アルカディア帝国、帝都アルカドゥスの中央にあるアルカディア城。
今は皇帝がここにいなかった。いたのは二人の男女のみ。男は少年であり、あのフェイトだ。相変わらず珈琲を飲んでいるのだ。少しは自重するべきである。
女は少女よりは年が上で、栞の姉だ。また、フェイトとその従者たちは竜の騎士との戦闘後、数日間アルカディア帝国の城で寝泊りをしていたのだ。そしてその玉座の間で、一つの戦いが起こった。小さな戦いだが、真剣勝負だった。その戦いとは。
「フェイトさん、明日、お時間いただけますか?」
「?」
「明日、一緒にアルカドゥスの街を散策しましょう!」
「そういうことか、いいよ。今は行動しずらいしね」
「ありがとうございます!」
栞の姉がフェイトをデートに誘うという戦いであった。勝利を収めた栞の姉は、晴れ晴れしたすがすがしい笑顔を見せていた。そこでやはり栞の姉が淹れた珈琲を飲むフェイト。
そして皇帝がいないといったが、すまんありゃウソだった。実はこっそりと、扉の向こうで見ていたのだ。この皇帝、平然とデバガメするのだ。しかしそれは皇帝だけではなかった。フェイトの従者三人も、同じだったのだ。
「フェイト様がデートですって!?」
「何……だと……」
「ううー、姉さん……」
「ヒヒヒ、楽しくなってきたぜぇ……」
明日が楽しみだと考え、悪人顔をさらに悪役のようにさせ、口を吊り上げ悪人笑いをするこの皇帝。実は皇帝こそが仕掛け人である。
栞の姉に皇帝が、休みならフェイトと出かけてみれば? と進言しておいたのだ。きっと明日のアルカドゥスは嵐警報発令だろう。いろんな意味で荒れる。とんでもないことになるはずである。
…… …… ……
次の日の朝。空は雲ひとつ無く美しく晴れ、最高のデート日よりであった。ここは帝都アルカドゥス、中央噴水広場という場所である。人気のデートスポットであり、普段は多くの男女に見舞われる、美しい噴水がある広場なのだ。
そこで待ち合わせをする男が一人立っていた。青色のスーツをしっかりと着こなし、そこそこ長身の男性だ。しかし、それはフェイトであった。
現在フェイトはいつもの少年の姿ではなかった。わざわざ年齢詐称薬を使って大人となっているのだ。なぜかいつに無く気合を入れなければならないと感じて、この姿となっているようだ。
「うへー、本気モードかよ。軽くジャブ程度だと思ってたぜぇ……」
「フェイト様の大人モード!」
「カッコイイ」
「なんてことでしょう……」
それを見た皇帝はマジ気合はいってんな、二つ返事のこの約束に、力を入れてやがる。と考えていた。他のフェイトの従者たちも、それぞれ意見を述べていた。栞はすごく、いても立ってもいられないような気分だった。
しかしそう言う皇帝やフェイトの従者たちも、フェイトにばれないよう年齢詐称薬などを使い、ガチの変装をしているのだ。完全にストーキングする気が満々だった。こんな面白いもの、見ないほうがおかしいと思うほどに。
「フェイトさん? ですよね。おまたせしました」
「いや……」
すると一人の娘がフェイトの近くへやって来て、その少し前で立ち止まった。その場所に白のワンピースを着た栞の姉が立っていた。ある程度着飾ったワンピースだが、派手さはない。しかし、それが逆に彼女を引き立てていた。
そしてまぶしい笑顔とともに、手を振ってフェイトに挨拶をしていた。フェイトはその姿を見て、それ以上声がでなかったかはわからないが、それ以上言葉を続けなかった。
「ひえー、あっちも本気か。いやまさかノーガードで殴り合いになるたぁー思っても見なかったぜ」
「強敵すぎじゃない! 栞のお姉さんは!!」
「か、勝てない……」
「ね、姉さん……」
このようなことを言っている皇帝だが、内心本気でわくわくしていた。というか皇帝、お前が仕掛け人だ。栞の姉が少し本気を出しているのは、当然だろうと。
フェイトの従者たちは、栞の姉の姿に戦慄を覚え、強敵と称していた。やはり栞は、その美しく着飾った姉を見て、頭を抱えて考え込んでいたのだった。
「それ、似合ってるね」
「あ、ありがとうございます。フェイトさんこそ、今日は凛々しくなってますね」
「まあね……」
互いを褒めあう二人。フェイトは素直に、栞の姉の姿を褒めていた。そして、フェイトのその言葉に、栞の姉は頬を紅らせながらも、いつものように笑顔だった。また、フェイトが大人モードなのを、凛々しく、頼もしく感じていた。
「とりあえず、案内をよろしく頼むよ」
「はい、まかせてください! 帝都のいいところを、連れて行ってあげますから!」
栞の姉は、満点の笑顔だった。フェイトはその笑顔に照らされ、この表情こそが彼女だな。と考えていた。皇帝たちはそれを見てさらに戦慄していた。まさしくその姿は、付き合っている男女のような光景だったからだ。
そしてとりあえず、フェイトと栞の姉は移動するらしく、こそこそとついていく皇帝パーティーだった。
…… …… ……
「ここが帝都アルカドゥスの中で、もっとも大きな百貨店です。入りましょうか」
「へえ、なかなか大きいね」
帝都アルカドゥスで一番巨大な百貨店、そこへ入っていくフェイトと栞の姉の姿があった。皇帝たちもこそこそと、中へ入っていき、ばれないようにストーキングをしていた。まずは色々見回っているようで、なかなか足を止めないようであったが、そこでも楽しく会話をしているようだ。
「フェイトさんは、おしゃれしないんですか? いつも同じ服ばかりですよね」
「そういうのには、あまり興味が無いからね。特に気にしたことも無いよ」
「それはもったいないですよ、フェイトさんは元がいいんですから」
「そういうものなのかい?」
「そういうものなのです」
もはや傍から見れば完全に彼氏彼女のような状態だった。皇帝は本気で付き合っちまえよ、と思い始めていた。フェイトの従者たちも、キャーキャーと騒がしく泣いたり笑ったりしていた。
「あんな楽しそうなフェイト様、初めて見たよ!?」
「表情いつもとかわってねぇーじゃねぇーか」
「楽しそう」
「このままフェイト様と姉さんが付き合ったら……。フェイト兄様と呼ばないとならなくなってしまう可能性が……」
フェイトの従者たちは、フェイトがいつも以上に楽しそうにしていると口にしていた。皇帝は普段から無表情で、今も無表情のフェイトが楽しそうなのか、微妙にわからなかった。そして栞は、このままではフェイトが義兄となってしまうと思い、とても困っていた。
「にゃ!?確かに……、栞は複雑そうね」
「栞専用兄属性とは」
「ああ、そりゃ複雑な心境になるわなぁー」
「うーんうーん、でも姉さんも楽しそうだから、うーん」
フェイトと同様姉のとても楽しそうで、幸せそうな姿を見て本気で悩んでいる栞だった。姉が幸せになれるなら、それもでよいと考えている。だがやはり、自分の主が兄になるのも複雑なのだ。
栞は長年フェイトに付き添い、彼をよく知っている。悪い人ではない、人なのかは置いておくとしても、とてもよい人だ。がっつくタイプではなく、とても紳士的に振舞ってくれる。多少天然なのは否めないが、それがフェイトの茶目っ気だとも思っている。
その主たるフェイトが、姉と付き合いゴールインしたら、義兄になってしまう。別にフェイトが義兄になることなど、そこまで重要ではないのだが、やはり悩んでしまうようだ。そうこうしていると、フェイトと栞の姉は紳士服売り場へと足を運んでいた。
「フェイトさんは、もう少しファッションに気を使うべきです」
「別にそこまで問題はないはずだけど……」
「いいえ、問題です! だから、色々と試してみましょうか」
「……お手柔らかに頼むよ」
フェイトは栞の姉に、着せ替え人形にされていた。人形だけにだ。イケメンのフェイトがおしゃれをしないなど、世の中の損失だと栞の姉が考え、どれが似合うかためさせているのだ。
ひえー、完全にデートだこれー、そう思う皇帝はさらに楽しくなってきたと感じていた。従者三人、自分たちもこのぐらいできれば……とうらやましそうに見ているしか出来なかった。
「そんなにうらやましいなら、誘えばいいじゃねぇか……」
「あのフェイト様とデートなどと恐れ多いです……。そばに仕えているだけで十分なんです!」
「うん、その通り」
「姉さーん……」
そばにいるだけでいいと言う従者。なんて献身的なのでしょう。そこまで尽くされるフェイトは、とても幸せものであろう。皇帝は意気地がねぇだけじゃねぇーのー!? と思いながらも、あえて言葉にしなかった。
流石皇帝だ。栞は姉のことばかり気にしていた。まさかこれほどうれしそうにデートするなどと、予想をはるかに上回ったわ!と思っているのだ。してフェイトの着せ替えが終わったようで、場所を移すらしい二人。やはりその後ろを、追跡する四人であった。
…… …… ……
フェイトと栞の姉は、喫茶店に入っていった。帝都アルカドゥスでも、そこそこ有名な喫茶店だ。なかなかよい珈琲を出すことで有名であり、栞の姉は珈琲好きのフェイトなら気に入ると思ったのだ。そこで、早めの昼食にもしようと考え、入店していったのだ。
「なかなかいい雰囲気の店だね」
「ここの珈琲はおいしいと有名なんですよ。フェイトさんが気に入ってくれればよいのですが」
「へえ、それは楽しみだ」
周りから見れば激甘空間な二人。やはり店内まで追跡し、二人の様子を見る四人がいた。皇帝もその甘過ぎる空間に、ブラックの珈琲を頼んでいた。従者三人も、同じものを頼むほどだった。
「あまーい、あますぎるよー!! いやーマジで甘い空間になってるぜ」
「見せ付けられているとしか思えない……」
「勝手に見ているのは私たちなんだけど」
「本当にうれしそうな姉さん……。久々に見た気がするわ……」
甘すぎる空間に、この皇帝もやられてしまったようだ。従者三人も、これほどまでのものを見せられるとは思っていなかったらしい。
当然である。あの無表情マシーンフェイト君が、ここまでエスコートできる完璧マシーンだとは誰も思うまい。こんな紳士的な態度で接されたら惚れてしまうやろー! と考えるが、もう基本的に惚れているのが従者二人だ。
栞は姉が気に入ったフェイトを、どういう人か調べるために従者になったので、惚れてはいないようだ。だが姉が、久々にとてもうれしそうにしているのを見て、やはり複雑な心境であった。そうこうしている間に、あちらの二人に注文の品が届いたようだ。
「どうでしょう? なかなかおいしいと評判なんですけど……」
「たしかに旨いね……でも」
「でも?」
「君の淹れた珈琲の前では、どんな旨い珈琲も霞んでしまうよ」
「え? いや、そんなことは……」
クサーッ!! クッサーッ!! こんな歯が浮いた台詞を、臆することなく平然と言うフェイト。風の精霊がいたら即死だった。無論風の精霊が。流石フェイト!俺たちの出来ないことを平然とやってのける! そこにシビれるあこがれるゥ!!
そんな風に褒められた栞の姉は、もう顔を真っ赤にして、下を向いていじらしく座るしかなかった。しかし、とてもうれしかったのか、栞の姉は真っ赤な顔でも、はやり笑顔でもあった。フェイトはなぜ、栞の姉がそうなっているのか、あまりわかっていなかった。お前のせいである。
そして皇帝は、まさかそこまで言うとは、ガチで落としにかかってるとしか思えんと考え始めていた。フェイトの従者三人は、今の言葉に相当衝撃を受けたようだった。まさかそんな台詞が出ようとは、考えても見なかったのだ。
「ありゃすげー、あんな歯が浮く言葉が出るやつが、世の中にいるとはよぉー!?」
「あ、あのフェイト様があのような台詞を?!」
「ああいう言葉、一度でいいから言われてみたい」
「フェイト様も姉さんも、いい感じすぎるー……」
もはや戦局は混乱し始めていた。皇帝もフェイトがここまでやるやつだとは、思っていなかった。未知数だった。従者三人も、フェイトのイケメン完璧紳士っぷりに、驚かされるばかりであった。
普段の少年の姿なら、そこまで威力は無かっただろう。しかし、今のフェイトは大人モードである。イケメン少年ではない、イケメン青年にそのようなことを言われれば、誰だって惚れる! 間違いなく惚れる! イケメン青年+甘い言葉=最強である。今のフェイトに敵はなかった。これなら竜の騎士すらも、倒せそうな勢いであった。
…… …… ……
早い昼食を終えると、二人は次に映画を見るようだ。お決まりであった。定番中の定番である。アルカドゥスの中で、最も有名な映画館へ、フェイトをつれて栞の姉がやってきたのだ。
映画はいろいろあった。恋愛物、冒険活劇、怪獣物、戦隊物、B級作品、より取り見取りだった。しかし、フェイトがチラリと見て、少し興味を引いたのは、それらではなかった。
「フェイトさんは、どの映画が見たいんです?」
「そうだね、……なら、紅き英雄達でいいかな?」
「フェイトさんも男の子なんですね。こういうのに興味があるなんて」
「いや……。ただなんとなくだよ」
紅き英雄とは、あの紅き翼を題材にしたドキュメンタリーっぽい映画である。彼ら紅き翼は魔法世界では超有名人である。なぜなら大戦を終わらせ、悪の首謀者を打ち倒した英雄たちだから当然なのだ。
このフェイト、初代フェイトの記憶を受け継いでいた。だから少し気になったのだ。彼らはどういう活躍をしたのか。どういう行動原理で自分と敵対したのか。フェイトは半分ぐらいはフィクションだろうと思ったが、少しだけ気になったのだ。
栞の姉は、フェイトも男の子だと思って、それを選んだのかと思ったようだ。皇帝もその映画のチケットをフェイトの従者の分も含めて購入し、こそこそと除くのだった。
「フェイト様はなぜ、あのような映画を……」
「意味深」
「暗い映画館で、フェイト様と姉さんが二人きり……うー」
「……あいつもまぁ、確かに因縁だよなぁ。しかも今は、ライバルいねぇしな」
皇帝はある程度察しているらしい。フェイトは紅き翼とガチで敵対し、化かし合いまでした仲だということを知っていた。なぜなら部下のメトゥーナトもその紅き翼の一人で、皇帝は彼から話を聞いており、かなり詳しい状況を知ったからだ。
半分はフィクションだろうと思うが、ドキュメンタリーっぽいのだから半分ぐらいは本当なんだろう。皇帝は自分が知りえる知識と照らし合わせながら、懐かしむように映画を見ることにした。そして、さりげなくフェイトの従者たちも、映画に釘付けにされていた。
『あんた、議員じゃねぇな、何もんだ?』
『よくわかったね。千の呪文の男』
初代フェイトが、偽テニールのごとくマクギル議員に成りすまし、テニールのごとくマクギル議員を”海底で寝ぼけさせた”シーンだ。
フェイトも初代の記憶から、そんなこともやったな。でもあの議員も偽者で、だまされてたんだなあー、と考えながら見ていた。
皇帝も、化かし合いに化かし合いを重ねた場面だ、ギガントは名演技だった、よい仕事をしたと感服しながら眺めていた。
栞の姉や、フェイトの従者たちは、フェイトのそっくりさんに驚いた。今の大人モードのフェイトに瓜二つだからだ。実際はそっくりさんレベルであって、本気で初代フェイトの姿をしているわけではないが、雰囲気も似ていたのだ。
まあ、従者たちは完全なる世界に、一応身を置いているという扱いなので、フェイトの兄だと考えられた。栞の姉も、世界には三人ほど同じ姿の人がいるのだと考えた。明らかに本人です、ありがとうございました。そして紅き翼は一時的にお尋ね者となり、追われる身となった。そして物語は進む。
『俺の杖と翼、あんたに預けよう』
英雄、ナギ・スプリングフィールドの名言である。そういうこともあったのか、程度に考え、フェイトは映画に熱中していた。
皇帝は後ろにメトゥーナトっぽい人物を見て、ああいうポジションがうらやましいんだろうなあ、騎士だもんなあ、と思っていた。次に会うときに、少しばかりその部分で、なじってやろうとまで考えた皇帝であった。やはりメトゥーナトは苦労人ポジションのようだ。
「いいシーンですね。私もこういうのに、少しだけあこがれます」
「僕はそういうのはいいかな」
後に夫婦となるこの男女のやり取りに、感動している栞の姉がいた。フェイトは別にそこまでだったようだ。まあ敵だったし、仕方が無い部分もあるのだが。
それから映画の中で、本格的に完全なる世界と紅き翼の戦いが激化し加速していった。手に汗握る戦いが繰り広げられていたのだ。造物主の部下と、紅き翼との激しい衝突。息を呑むほどの戦闘。皇帝はよくできてるなーと思ってそれを見ていた。
『見事……、理不尽なまでの強さだ……』
『”お姫様”はどこだ?消える前に吐け』
『フフフ、まさか君はいまだに、僕が全ての黒幕だと思っているのかい?』
『なん、だと?』
そして終盤、造物主が紅き翼を圧倒し、ほとんどが戦闘不能になった時のことだ。完全に諦めるしかないほどの絶望的シーンだ。
実はここに、メトゥーナトはアスナ救出のためにいないのだが、この映画はいることになっており、なんかボロボロになっていた。
ナギと初代フェイトが造物主のよくわからないビームで、吹き飛ばされたシーンでもある。そして、ナギは造物主に立ち向かう。どんなに絶望的でも、諦めないのがナギだった。
『たとえ! 明日世界が滅ぶと知ろうとも!! あきらめねぇのが人間ってモンだろうがッ!』
造物主の台詞は、まあずいぶんと改変されていた。当然である。実際この映画を作った映画系転生者も、このまま載せるのヤバくね? と思ったからだ。
だから造物主のくだりだけは、かなりぼかしてあるのだ。まあ、根本的な部分は公開しても大丈夫な情報ばかりなので、さほど問題ではないようだ。
『人! 間! を! なめんじゃ、ねえぇぇえーッ!!!』
そして、その叫びと共に、ナギの渾身の一撃が造物主へと決まった。ラストダンジョンを破壊しながらも、その一撃で戦いは終焉を迎えたのだ。そう、ナギは絶対に諦めず、造物主を打ち倒したのだった。
そのシーンをフェイトは見て、考えていた。諦めないということをだ。造物主はガチで諦めていると、ナギは言っていた。しかし、ナギは諦めなかった。
また皇帝も、諦めずにこの世界を何とかしようとあがいている。フェイトは今自分が、何をしたいのか、諦めないこととは何かを考えていた。
そして、この魔法世界と魔法世界人は、幻だということも同時に考えていた。この世界は幻想で、儚い存在なのだろうかと。
皇帝は、この映画がよく出来ていたことに好感を覚え、次は部下を連れてメトゥーナトを、なじるために見ようと思うのだった。映画を見終え、それぞれ意見するフェイトと栞の姉。遠目からなら、ほんと恋人同士であった。
「いい映画でしたね。私はあまり見ないジャンルだったので、少し勉強になりました」
「いい映画かは知らないけど、僕も悪くは無かったと思うよ」
そんなことを雑談しているフェイトらの傍ら、似たような話題で盛り上がる皇帝とフェイトの従者たちの姿があった。
「二十年ほど前に、あれほどの戦いがあったなんて……」
「フェイト様の兄上らしき人もいたんだね」
「姉さん、本当に楽しそうだなあ……」
「傑作だったな、いやはやあれを作ったやつらに金一封渡しておこう」
皇帝は本気でこの映画の出来に感動していた。結構リアルだったからだ。だから製作者の転生者に、金一封を渡そうと考えた。次回もすごい映画でも作ってもらうと思ったのだ。
フェイトの従者たちは、過去にこのような大規模な戦いがあったことを、はじめて知ったようだ。フェイト自身、こういうことをさほど話さないからだ。必要な情報のみしか、基本的に教えないのがフェイトである。
…… …… ……
こうしてフェイトと栞の姉の初デートは、終焉を迎えるようであった。あたりは暗くなってきており、帰りの人が増え始めていた。最初に待ち合わせた噴水広場へと場所を移し、フェイトと栞の姉は、会話をしていた。もう空は闇に染まり、星空が覗き始めており、噴水広場も美しいイルミネーションに彩られていた。
「今日はありがとうございました。おかげで、とても楽しい一日を過ごせました!」
「たしかに、充実した一日だったよ」
「今度は、フェイトさんから誘ってくださいね!」
栞の姉は、次はフェイトに誘ってほしいと申し出た。本来なら男子から誘うものだろうと、考えているからでもある。そして、栞の姉はフェイトの両手を掴んだ。そしてそのまま胸元付近まで持ち上げ、そのきめ細やかな手でやさしくはさむように、フェイトの両手を握り締めた。
「……私はですね、フェイトさん。あの村で危なかった私を助けてほしいと言ってくれたこと、今もとても感謝しています」
「いや……」
両手をはさむように握られ、どう返していいのかわからなくなったフェイトがいた。別に動揺しているわけではない。ただ、その手のぬくもりが、実感できていたからだ。本当に幻なのかと思うぐらい、その手の柔らかさと暖かさを、フェイトは感じていたのだ。
幻想であるならば、こんなに実感できるものなのかと、フェイトは考えていた。そして、それをさらに確かめるために、フェイトはその握られた手を離し、栞の姉を抱きしめた。両手を彼女の背中に回して、しっかりと抱きしめた。
「あ、い、いきなりそんな……こ、心の準備というものが……」
「……やはり、幻想とは思えない……」
栞の姉は混乱していた。突然フェイトが抱きついてきたからだ。もう湯気を出すぐらい、顔を赤くしてはうぅと可愛く言葉が漏らす栞の姉。だから、フェイトのその言葉に気がつかなかった。
そしてフェイトはその栞の姉の、その暖かさとやや早い鼓動を感じていた。鼻を優しくなでる、栞の姉の香り、やわらかい肌の感触を確かめていた。このままずっと触れていれば、消えてしまいそうな栞の姉の柔らかな肢体を実感していた。
また栞の姉もほんの少しだけ、フェイトの気持ちを察することが出来た。だから、そのままの栞の姉も目を瞑りながら、フェイトの背中に手を伸ばした。
「フェイトさん……。私はここにいますよ。あなたのおかげで、ここにいます」
「……僕は何もしていない。君を助けたのは皇帝だよ」
「でも、皇帝陛下の質問に、答えてくれたのはフェイトさんですから……」
お互いに気を使うように、やさしく抱き合う二人。二人は重なり合っていた。それを噴水のイルミネーションがその二人を照らし、美しく見せている。
フェイトはこの暖かさ、やわらかさ、その愛しさを失いたくないと思った。いや、あの村で初めて出会い、体の不調で抱きかかえられた時から、ずっと感じていたのかもしれないと思った。
そして、その栞の姉の感触を堪能したフェイトは、ゆっくりと体を離し、栞の姉と向き合った。栞の姉もほんの少し、それを名残惜しく感じながらも、フェイトの顔を向いて、優しくも暖かい笑顔をした。
「……そうだね、今度は僕から誘うことにしよう。そして、いつもの珈琲を頼むよ」
「フェイトさん、いつも珈琲のことばかりですね。でも、私はそういうフェイトさんが……」
ああ、答えはこんなにも近くにあったのか。気がつかなかったのではない、気がつかない振りをしていたのだと、フェイトは思った。
なんてことなかった。幻想だと聞かされていた。救済で消えていった。栞の姉も、幻想なのかもしれないと思っていた。だが、その彼女に触れて、ようやくわかったのだ。
幻想だとしても、ここに”ある”ということを。真実? 意味? そんな言葉、彼女の淹れる珈琲の前には、関係など無い。ここでようやくフェイトは答えを得たのだ。
きっと、
その様子を、デバガメのごとく皇帝がしっかり見ていた。だが、その目は真剣そのものであった。フェイトの従者たちは、涙目で見ていたが。
「みゃ゙ーーー!? フェイト様、なんて大胆な!?」
「男らしいです」
「ううー、姉さん。私、祝福しますから、幸せになってください」
「……ほう、フェイトのやつ、答えを見つけたようだな、じゃあ、けーるか!」
皇帝はフェイトが答えを見つけたことを確認すると、もう用はない、むしろ邪魔になると思い、撤退を申し出た。
これからが盛り上がるところだというのに、それを見ずに帰るのかと、栞は文句を言った。その他二名は、フェイトが本命を見つけたことに、涙を流し、嬉しいのか悲しいのかわからなくなっていた。
「え? 帰るんですか!? これからがいいところですよ!!?」
「フェイト様あぁぁー。どんなことがあろうとも、ずっとついていきますからぁぁー!」
「ストーカーにならないよう、注意しよう」
「これから先はR-18だぜ? よい子は帰る時間さ。……はぁ、しょうがねぇなあー、俺がいいとこで夕飯おごってやるからよ?これで勘弁してくれや」
「にゃんですと!?」
「R-18……」
「うー、そうやって食べ物で釣ろうったって……。あー、もう! い、行きます! 行かせてください!」
所詮彼女たちは少女だ。ちょろいちょろい。皇帝の提案を呑み、やけ食いだ! やけ飲みだ! 今日は食って食って食いまくってやる! と意気込むフェイトの従者たちであった。高笑いをしながら、夜の街にて複数の少女を連れて歩く皇帝。皇帝でなければ、正直警備兵に捕まるかもしれない光景であった。
その後、いろいろな料理を片っ端から食い散らかす暦と、それをよそに普通に大食いしている環がいた。その横で、酒が入ってないのにもかかわらず、酔ったように泣き上戸とかす栞がいた。それに皇帝はドン引きしながら、こういうことを乗り越えて、美しく成長しろよ少女たちと思っていたのだった。
…… …… ……
次の日の朝、アルカディア城の玉座の間。フェイトはソファーに座り、栞の姉を待っていた。当然、昨日の大人モードではなく、普通の少年モードだ。そこへやってきて、隣に座ったのは、残念ながら皇帝だった。
「ヒッヒッヒ、よぅフェイト君、昨日はおたのしみでしたね」
「見ていたのかい? いや、そんな気はしていたよ」
「最後まで見てねぇよ、あの後どうした? A・B・C、どこまで行った? 教えろよー」
「……それはそうと、今日、彼女は?」
フェイトは完全にとぼけるつもりだった。話を無理やり変えようと、栞の姉がまだ来ないことを質問したのだ。皇帝は部屋にいると考え、その妹の栞に呼んでくるよう頼んだ。
「おーい、ルーナちゃんよ、お姉ちゃん呼んできてくれるかい? 愛しのフェイト君が呼んでるよぉー!! ってな。部屋はわかるよな?」
「え?! は、はい。少々お待ちください……」
そう言うと栞はパタパタと姉のいる部屋へと走っていった。その後また皇帝は、フェイトの方を向きながら、ニタニタと笑っていた。フェイトはそんな皇帝に、目を合わせようともしなかった。
「……話を逸らすなってぇー! どこまで行った? もう全部ヤっちゃった!? マジ!? おめぇタツもんタツの!?」
「……ライトニング皇帝、あなたは下品だ」
「下品で失礼、でも気になるんだよなぁー。こういうこと、男のおめぇにしか聞けねぇーしよー!」
皇帝は逃がす気がないようだ。そこで、のらりくらりとその質問をかわそうと、必死に逃げるフェイト。早く栞の姉の珈琲が飲みたい。会いたい。そして珈琲を飲んで、この話題から逃げたい。そう考えて彼女を待つのであった。
その栞の姉はと言うと、自室のベッドで顔を赤くしながら、ゴロゴロ転がっていた。昨日の出来事に悶絶していたのだ。それを見た栞は、少し引いた後、とりあえず声をかけてみた。
すると姉はびっくりして飛び上がり、そんな姿を妹に見られたショックで、布団に包まってさらに悶絶してしまった。栞はその姿をみて、幸せそうだと思いながら、姉の新たな一面を発見していた。
…… …… ……
転生者名:不明、映画作者
種族:人間
性別:男性
原作知識:あり、取材の元、仲間と紅き翼を題材にした映画を作る
前世:50代アニメーター
能力:アニメーターとしての技術
特典:ドラえもんの道具、アニメーカー
魔法での画像作成技術
惚れた女のために組織を裏切ると書くと主人公に見える不思議
あと皇帝は影分身を使って分担して仕事をこなしてます。
決してさぼっている訳ではありません。
(とは言え、本体がさぼっているのには変わりませんが…)