――――全員、全員だろうか。
誰もがザジ似の少女が持つ、仮契約カードから放たれた光を見た後、パタパタと倒れて昏睡した。
フェイトでさえも、あの金髪グラサンのバーサーカーさえも、この力にはあらがえず近くで倒れて動かない。
誰もが夢を見ているからだ。
自分が最も幸福となる夢、出来すぎた夢を。
状助は前世の夢を、エヴァンジェリンは幼き頃の夢を、フェイトは栞の姉との優雅なひと時の夢を、バーサーカーは
誰もが望んでいた、失いたくなかった、手に入れたかったものを手にした夢を。
しかし、
いや、
「……あれ? 俺は効いてねぇ……?」
「おかしいポヨね……。あなたのような存在には、効果てき面なはずだが……」
それは変だな、と思った。
誰がそう思ったのか。それは転生者の一人である、アルスだった。
何故そう思ったのか。何故なら”幻灯のサーカス”が通じてないからだ。
だが、何故というのはそこではない。
自分なら確実に間違いなく通じると、アルス本人が思っていたからだ。
同じく、何故、と疑問に思うものがいた。
それこそ、アーティファクトを稼働したポヨと語尾をつける少女。
本名がポヨなのかわからないが、ポヨを語尾につけるのでポヨと呼ばれる少女である。
何故疑問に思うのか。
それはこのアーティファクトの効果は、
何故なら、転生者は自分が好き勝手したいという欲望が強いからだ。
自分の思い通りになる世界こそが理想であり、夢の中でその理想が実現することが可能だからだ。
この”幻灯のサーカス”は、未練や悔い、あるいは欲望や野望が多ければ多いほど、よく効く。
満たされぬ想いが多ければ多いほど、心の穴が大きければ大きいほど、この術には抗えない。
また、それは転生者だけではない。
サーヴァントですら適用される。何故ならサーヴァントという存在が、
本来聖杯戦争で呼ばれ、願いが叶うとされる聖杯を勝ち取るために争う存在、それがサーヴァントだからだ。
……まあ、
それと、抗魔力が高ければ防げる可能性もあるかもしれないが。
「俺ってなんだかんだ文句言いながらもリア充だったのか……。この事実めっちゃへこむぜぇ……」
それはそれとして、目の前のアルスはしゃがみ込んで頭を抱えていた。
自分がそんなに満たされていたとは思ったことがなく、不平不満ばかりだったはずだと嘆きながら。
俺は勝ち組と思ったことはない、と言ったはずなんだが、おかしい、そう思いながら。
――――この”幻灯のサーカス”の弱点こそ、
満たされない想いや心に大きな穴を持つものに効果が大きいのなら、その逆がリアルが充実してる人、すなわちリア充だからだ。
つまるところ文句や不満を言っていたアルスだったが、思っていた以上に心の中では充実していたということだ。
その事実を突き付けられて理解できない今の現状が、アルスを苦悩させていたのである。
「なんだなんだ? 急に変な夢見ちまったみてえだが」
「っ!? 何故通じないポヨ!?」
「あ? 俺様を誰だと思ってんだ?」
しかし、
いや、厳密には一度倒れた男だった。もう一人、バグった男がのっそりと立ち上がってしゃべりだした。
それこそラカン。
頭に手をのせながら、よく寝たと言う様子で、まるで寝起きのような態度で周囲を見渡していた。
その様子にポヨは驚いた。
一度幻灯のサーカスにかかったにもかかわらず、抜け出したからだ。
それ以上に、術から抜け出した時間が一瞬でしかなかったからだ。
されど、ラカンはそんなこと朝飯前という態度だった。
当たり前だ。目の前の男はバグ。バグりながら努力を重ねたバグの中のバグなのだ。常識など通用する訳がない。
「いい夢見せてもらったけどよ、ありゃ夢でしかねぇからな」
「この男、バグってるポヨか……?」
とは言え、ラカンも幻灯のサーカスで見せられた
だが、それでもただの夢であり、現実ではないと否定したのである。
この術をこれほど早く抜け出すなど、イカれているとしか思えない。バグ中のバグだ。いや、自力で抜け出す時点でバグっている。
今まで余裕の態度を見せていたポヨは、ラカン相手に表情を引きつらせていた。
しかし、判断が遅い。それを言うのはあなたで百人目です。
「しっかし、俺たち
「そのようですね……」
「おっ? タカミチも無事か」
「ええ……、なんとか」
さらにここに立っているのはアルスとラカンだけではなかった。
もう一人、そうもう一人、この幻灯のサーカスから免れた男がいた。
それをラカンが言うと、その男が声を出した。
それこそメガネで無精髭の男、高畑・T・タカミチであった。
このタカミチ、
確かに後悔やナギなどに多少思うところはあるが、一番後悔が強いであろう師匠の死がない。
故に、特に今、不幸や不運に感じていることはない。だから通じなかった。この男もリア充だったのだ。
ラカンはほう、と言う様子でタカミチへ声をかけると、少し冷や汗を見せながら返事を返していた。
目の前で光ったら周囲の仲間が倒れている。自分に術が効かなかったのはラッキーだったと。
「おっさんばっかりリア充ポヨか。なんか変な気分ポヨ……」
「ひでぇこと言うなよ」
うわぁ、なんだこのおっさんたち。
中年ぐらいで少年の頃が懐かしい年頃なはずなのに、幻灯のサーカスが通じてない。
正直ポヨはそう考え、妙な気分を味わっていた。
アルスはそのつっこみに、言いすぎだろと言い放つ。
別におっさんがリア充でもいいだろ。ヘイトスピーチはやめろと。
「まっ! 思惑通りに行かなくて残念だったな!」
「少し誤算ポヨね……」
ラカンはふと少し目を別の方向に向け、ニヤリと笑いながらポヨを煽る。
ポヨとしてはこの程度は些事であるが、思ったよりも効果が出なかったことを嘆いていた。
「ああ? 残念だったなってのは、俺たちのことじゃねぇぜ?」
「? ……どういうことポヨ……?」
されど、ラカンの今の言葉は、そういう意味ではない。
自分たちが立っているのは当然だから、と言うのがラカンの意見だからだ。
ポヨはその発言の意図が理解できず、ふと質問が口から出た。
ラカンたちが思惑通りではないのは当然ではあるが、それ以上の意図が読み取れなかった。
「こういうことです……!」
「っ!? 何!?」
だが、その答えはすぐに理解できた。
死角から魔法で作り出した槍を突き出し、突撃してきた少年がいたからだ。
それは幻灯のサーカスの術中にハマったはずのネギだったのだ。
とっさにポヨは槍を回避し、バックステップにて距離を取って周囲を警戒。
ネギの姿に驚いて一瞬硬直したというのにこの動き。流石はラスボス級。
「……妹の手引きポヨか」
「そうです。ザジさんのお姉さん」
そして、ポヨはようやく全てを理解した。
あの
ネギもザジから全て話を聞いたので、彼女の問いを肯定し、目の前の少女の正体を口に出しす。
「俺を忘れちゃ困るぜぇ!」
「っ!!」
しかし、もう一人忘れてはならぬものがいた。それはネギの兄として転生したカギだ。
カギも自慢の杖に術具融合をし、雷神斧槍を完成させて隙だらけのポヨへと攻撃したのだ。
ポヨはとっさに爪を伸ばしてはじき返し、先ほどと同じように少し後方へと移動し距離をとる。
また、周囲を警戒し、他も目を覚ましかけはじめているのを確認すると、再び目の前に立ちはだかるものたちを鋭く睨む。
「兄さん!」
「弟ばかりにいい恰好させてたまるかよってんだ!」
ネギはカギの復活を喜ぶように声を出した。
周囲の仲間たちはまだ完全には起きていない。だというのにカギは目覚めてすでに行動を起こした。
普段はアレだが流石は兄だと、素直に心の中で褒めたたえていた。
カギとて弟のネギに負けたくはないという気持ちがあった。
弟に先を越されたのは状況的にしょうがないとしながらも、兄らしい行動しておきたかったようだ。
それに、先ほど飛空艇の防御でネギが使った武装、あれは自分も習得した術具融合だった。
自分と同じ術が使えるようになり、しかも完成度は自分のソレを超えていた。
それはつまり自分と並び始めている、いや、超えてきている証拠だ。
はっきり言ってネギは天才だ。
このままでは自分を超えるかもしれない、とカギは思っていた。
とは言え、このままただ抜き去られるなんてことはさせない。
転生者としてというより、なんだかんだ言いながら兄としてのプライドが、カギに芽生えていたからだ。
地獄めいた修行を必死こいて耐えてきたのは、強敵を倒すだけではなく、そう言う理由もあったのである。
「……それで、どうする気ポヨ?」
「……それはどういうことですか……?」
ポヨはネギやカギの目覚めと連動して、起き始めた彼ら彼女らを再度見て、はぁ、と軽くため息を吐くと、再びネギたちを目で定めた。
正直予想外の出来事であった。
とは言え、この先を超えて上層部にたどり着き、この一連の騒動を収めたとしよう。
それで何が変えられる? 何が終わらせられる? 何の意味がある? それこそがポヨの質問であった。
されど、
何故なら、彼はこの魔法世界崩壊を救うための一手を、思いついていないからだ。
魔法世界崩壊を阻止するための方法を、思いつくというところにも達していないからだ。
「君たちがこの儀式を阻止したところで、最短9年と6か月後には魔法世界は消滅する」
「っ!」
だから、ポヨははっきりと、この魔法世界が滅びの道しかないことを示す。
この10年足らずの間に、確実に魔法世界は消え去るのだと。
それがこの”完全なる世界”の儀式を止めたとしても、絶対に起こりうると言うことを。
ネギはそれを聞いて、たまらず言葉を詰まらせた。
確かにそうだ。崩壊するとはいどのえ日記に記されていた。
あのアーチャーとかいう人も、そのことを小さく語っていた。
「ならば、この先に進むことはやめて、引き返すほうが賢明ポヨヨ?」
「痛いところを突かれたな……」
であれば、この儀式を止める意味はないだろう。
止めたところでどうせ消え去る。消え去るのであれば、せめて幸福な夢の中に消えたほうがよいだろうとポヨは語る。
アルスもそれを言われたら厳しいと、顔を渋らせる。
言われた通り、こっちにはそれを何とかする手立てがない。
相手の提案を潰すのであれば、それ相応の提案が不可欠。
それがないのに潰すのだから、確かに自分たちは不利だとアルスも思った。
ここに未来から来た超やエリックが居れば、また話は変わっただろう。
だが、アルスもそこについては考えていなかった訳ではない。
彼らと協力すれば10年内には消え去ると言う魔法世界も、存続できるかもしれないと思っていた。
「確かにそうかもしれねぇ、だけどそうじゃないかもしれねぇ」
「? 未来はほぼ決まったようなものポヨ」
しかし、そこで急にかっこつけて、希望を言葉にしだすカギ。
とは言え、カギは別にそのあたりを深く考えてはいない。
その場の勢いに任せているだけではある。
されど、ポヨは魔法世界の滅びは確実なのを知っているし、理解している。
なので、何を言い出すかと思えば、程度に聞いていた。
「未来が一つだと誰が決めたんだ」
「誰かが決めた訳ではないポヨ。計算でそうなると確実な予想が出ただけポヨ」
カギは次に言う。未来が一つとは限らないと。
確かに、カギの言うことは正しい部分もある。
一つ一つの選択が違った、色々な未来。分岐した未来、並行世界。
そう言ったものも存在し、現に存在する、あるいは存在した。
まあ、カギはそんなことを考えて発言した訳ではないが。
だが、ポヨは魔法世界の崩壊は、自分たちの研究機関が出した結論だと語る。
つまり、自分たちの実証を踏まえての発言であり、そこには確固たる自信があった。
「しかし、こちらにはその用意がある、と言われたら?」
「何……?」
「えっ? 急に何……?」
そこへ、ようやく目を覚ました一人の少女が、飛空艇から現れて語りだした。
それはアルカディアの皇帝の部下、ギガントに師事する少女、調……、ここでは本名であるブリジットだった。
ポヨはブリジットの言葉に、ピクリと反応した。
どういうことだ? 魔法世界の崩壊を防ぐ手立てと言ったか? と。
が、自分がかっこよく発言してるところに急に話に入られたカギは、アホ面でポカンとしていた。
と言うか、俺がしゃべってたんですけどー! と今すぐ叫びたかったが、何か言える雰囲気じゃないので渋々黙るしかなかった様子。
「我らが皇帝、ライトニングが魔法世界崩壊を防ぐ手立てを用意していると言われた、どうです?」
「む……、噂に聞くアルカディアの皇帝ポヨか」
魔法世界の崩壊は阻止できる。そうアルカディアの皇帝は宣言した。
であれば、ここを守護しようとする目の前の
ポヨもかの皇帝の話は知っている。いや、風のうわさで聞いたことがあった。
曰く、千年以上も生きた怪物であるとも、理想郷を守護する人柱であるとも、何かよくわからんが強すぎてよくわからんとも。
「皇帝陛下は魔法世界の崩壊を阻止、あるいはそれに準じた準備をすでに整えておいでです」
その皇帝が、魔法世界の崩壊を尽力して阻止している。
否、すでに用意は整っている。いつでも崩壊しても大丈夫なよう備え終わっていると。
ブリジットは師匠の代理として、このことを語っている。
そして、その全ては真実であり、本当に皇帝は用意を終わらせているということだった。
「……ライ……皇帝? なんか聞いた気が……わかんねえー!? なあ知ってっか……?」
「悪いが俺だって詳しくは知らねえ」
だが、カギは皇帝と言われても???と言う顔をするだけであった。
誰だかわからんとアルスへとそれを聞けば、アルスもよくわからないと質問を切り捨てる。
何故ならカギはラカンの映画を見ていないからだ。
いや、総督府にてその続きを見たはずだ。されどあの映像では名前自体は出れど、皇帝の姿はほぼ出てこなかった。
故にカギは、そのあたりをあまり覚えておらず、名前ぐらいはどっかで聞いたはず……と頭を悩ませる。
その点アルスは、ラカンの映画を見たのである程度知っていた。ただ、説明できる程詳しく知ってる訳でもなく、映画の中で何やらやっていた、ぐらいにしか理解してはいなかった。
「初耳だわ……」
「は? あのバカが! そういうことは私にも教えろ……!」
また、今しがた目覚めたアスナも今の話を聞いていた。
それで皇帝がそんなことまでしていたという事実に、ちょっとショックという顔を覗かせたのである。
何がショックかと言うと、皇帝の部下であり育ての親、メトゥーナトからも何も聞いてなかったからだ。
まあ、あのメトゥーナトは筋金入りの堅物。
不必要なことや守秘義務があることは絶対に口にしない、クソ真面目が仮面をつけて歩いている男だ。
故に、アスナのショックは小さかった。
それ以上に大きな、巨大なハンマーで頭をたたき割られたようなショックを受けるものがいた。
それこそ皇帝とは500年ぐらいの付き合いがある、真祖の吸血鬼エヴァンジェリンだ。
エヴァンジェリンも幻灯のサーカスには抗えずに封じられたが、アスナと同じぐらいに目を覚ました。
そこで聞いたのは、皇帝が自分に隠して魔法世界崩壊の阻止の準備をしていたことだ。
そういうことがあるなら、なんで自分に報告がこない?
エヴァンジェリンはそれを思い、地面に拳を叩きつけてキレ散らかした。
今度会ったら殴る数を増やしていやる、首を洗って待っていろ、そう恨み辛みを重ねながら。
「これですべてがうまく行き、解決されるはずです。どうか引いてはいただけませんか?」
皇帝の魔法世界崩壊への準備は確実である。
だから、戦う必要はない。ブリジットはそう優しく説くように、ポヨへと語りかけた。
「……信じられん……ポヨ」
――――だが、その次の瞬間、ポヨから壮絶な殺気と魔力があふれ出したのだ。
「かの皇帝がそう言ったにせよ、この魔法世界の崩壊を阻止など、到底不可能ポヨ」
「……! これは……!!?」
「けっ、こけおどしだぜ!」
だが、たとえそれが
すると、ポヨの背後には悪魔のような黒い物体が出現し、彼女の額に二本と頭部にも二本の角が生えたではないか。
これこそが彼女の本気。
魔界でも上位に君臨する魔族の、本気の戦闘形態だ。
そんな夢物語など信用できない。
その夢物語など、この場で粉砕してやろう、そんな雰囲気だった。
流石のネギもこの状況に驚き、戦慄せずにはいられなかった。
また、他の全員も起き始めた目でその姿を見て、寝耳に水のような顔で驚愕していた。
が、カギは余裕の態度だ。
何せカギは転生特典に
殺す気はさらさらないが、悪魔や魔族に特効が入る武器で攻めれば余裕だと考えていたからだ。
「不可能かどうかを決めるのは、あなたではありません」
「我々の研究機関で出た結論こそが崩壊ポヨ。自分だけの独断ではない」
不可能だと何故そう言える? 何故そうまでして頑なに否定する?
ブリジットはそう思い、皇帝の準備に不備はないと発言する。
しかし、ポヨもまた、自分たちの研究機関の予想こそが真実であると言葉にする。
皇帝が何をするにせよ、魔法世界の崩壊からは免れないと信じている。
「……その言葉を事実だと言うのならば、この私を倒してから先に行くポヨ」
だからこそ、もう戦うしかない。
どちらも自分が正義だと思うのであれば、勝者こそが正義。敗北者こそが悪となる。
ポヨはこの話はもう平行線にしかならんと考え、戦闘の意思と姿勢を見せていた。
「やはり戦うしかねぇってことか」
「やっぱ押し通したものが正義を貫けるって訳かよ! まあ、俺には正義なんてねーけど!」
「言ってる場合じゃないよ!?」
こりゃもう戦わざるを得ないと諦めをつけ、アルスは戦う構えを取り始めた。
カギもポヨの態度に、戦いを避けることは不可能だと判断し、再び雷神斧槍を構えだす。
正義と正義がぶつかるなれば、それを貫くにも力がいるのだと。が、最後に一言無駄に余計なことを言うのもカギだった。
完成した術具融合を構えて戦う姿勢を見せるネギであったが、カギが急にバカなことを言うものだから、たまらずつっこみをいれてしまった。
なんともしまらない兄であると、ネギは改めて思うのであった。
「まっ! だったら、俺がちょいちょいっとやっつけちゃ」
「……彼女は僕が相手をしよう。君たちは先に行ってくれ」
「タカミチさん!?」
「はあぁっ!? 急に何を……!?」
戦うんならしょうがない。
カギはならばと悠々とした態度で足を一歩踏み出した。
だが、そこへゆっくりとネギの前に出て、この戦いに手を挙げる男が一人、それは高畑であった。
高畑の急な申し出に、ネギは一人で大丈夫かと言う顔で名を呼んだ。
カギは、何か突然出てきていいところ持っていくのかこのおっさん、と思い、それがぽろっと口から出てしまっていた。
「舐められたものポヨね。これでも私はラスボスと同等には強いポヨ……っ!? ぐっ!?」
ポヨもたかが人間、魔法も使えぬ男が一人で何ができると高をくくった、その瞬間。
地面を抉り石の床を砕き、鉄をも粉砕するほどの圧縮された気の塊がポヨを襲った。
何とか障壁で防御して見せたが、その顔色は困惑の一色だ。
ポヨは一体何が起こったのかわからなかった。
魔法ではない気の技であるが、それを放った動きが見えなかったからだ。
「そっちこそ舐めないでほしいね。僕だって師匠を超えるために、伊達に長年修行してきた訳じゃないさ」
まるで動いた素振りも見せず、涼しい顔で淡々と語る高畑。
――――無音拳。ポケットからまるで居合のように放つ拳圧による攻撃。
それを相手に悟られることなく放って見せたのだ。
彼は師匠、ガトウに追いつくために必死に努力を続けてきた。
師匠であるガトウも存命であり、修行をつけてもらえる時間も存在した。
故に、
「さて、二人だけでやりあおうか」
「この男……!」
今度は無音拳で壁をぶち抜き大穴を開けた高畑は、何度もポヨへと連続で無音拳を放つ。
ポヨは高畑の力ずくの攻撃の前に、防御で精いっぱいとなっていた。
高畑はそのままポヨを大穴へと押し込んでいく。
そして高畑の目論見は成功し、邪魔にならぬようこの場から姿を消すことに成功したのだ。
「ヒュ~っ! あの野郎、カッコつけて行きやがったぜ!」
「だが、助かったと言うほかない」
ラカンは口笛を吹いて高畑の強さを称賛しつつ、カッコつけてんなと口に出す。
そんなラカンの言葉に、カッコつけてんのは否定せずに助かったと言うアルス。
どうやら強敵の一人を封じ込めることに成功したことで、先に進めると誰もが思ったようであった。
「あのおっさん、あんな強いのかよ……!? 嘘だろ!?」
「あぁ? あいつはそりゃ強ぇに決まってんだろ?」
「マジかよー……」
カギは高畑の強さを目の当たりにして、目をむいて驚いていた。
えっ、高畑ってカマセの雑魚じゃなかったの!? 二次創作ではいいところないまるでダメなおっさんだったはず……、と思っていたからだ。
そんなカギにラカンは、何言ってんだこいつ、という顔でそれを言葉にした。
高畑は師匠であるガトウの元で我武者羅に修業した。旧世界で教師をやってる時も一人で鍛錬を続けていた。
そりゃ弱い訳ねえだろ、と言うのがラカンの意見だった。
そもそも、原作でもそれなりに上位だった高畑。
まあ、最終的にネギの方が上だと自ら認めたりしてるので、その程度扱いにされても仕方がないのだが。
ラカンの言葉にカギは、信じられねえー、と口に出す。
いや、実際今目の前で起きたこと故に、信じざるを得ないのだが。
と言うよりもカギの高畑への印象はあまりよくなかったのだが、ここで少し改めようと考えたのであった。
「俺たちは先を急ぐ……ハッ!?」
そんなやりとりが終わり一段落ついたと思ったアルスは、目が覚めた仲間たちに先のことを説明しようと彼らの方へと向き直したその直後、急な鋭い攻撃が宙を舞った。
ここは敵地。
安心する余裕がある場所ではない。一難が去って気が緩んだところへの不意打ち。
アルスが少しほっとし、背を見せたところを狙った一撃だ。
アルスへと一直線に伸びる凶刃は、射止めんとばかりの鋭く圧縮された気の刃。
それが長く続く廊下の先から、タイミングを計ったかのように飛んできたのだ。
「ほう、かわしたか。流石だな」
「…何もんだ?」
だが、アルスは紙一重でそれをかわした。
とは言え、額から冷や汗を流し、本当にギリギリであったことが伺える。
避けた場所の床を見てみれば、スッパリと床を切り裂いているほどの切れ味だった。
命中していれば確実に真っ二つとなり、血の噴水と化していたであろう。
そして、そこへ一人の男が現れた。それなりの体格をした短い金髪の男だった。
男はアルスが不意打ちを回避したことに対して、笑いながら褒めたたえた。
ただ、これは馬鹿にしてる訳ではなく、心からの惜しみない称賛だ。
何せ男は殺す勢いで技を放ったのだから。
それを回避したということは、目の前の男が強者であるからだ。
アルスは男の声がした方向へと振り向き、急に現れた第三者を警戒した。
ここに人間・人型の敵が出てくるというのは、
すなわち、転生者の可能性が大きいと考えたからだ。
「それは相棒が良く知っているさ」
「ッ! お前は!」
しかし、男はアルスの問いに答えず、アルスの少し後ろでライフルを構える真名へと声をかける。
特に緊張もなく、旧友に出会ったようなリラックスした、気さくな声であった。
ただ、真名の方は違った。
真名は知っていた。この男を知っていた。
だから、ここに出てくるとは思っていなかったと言う顔で、絶句した後大声で叫んだ。
「ビリー!」
「よう相棒、先ほどぶりだな」
その男の名はビリー、と真名ははちきれんばかりの声で呼んだ。
何故お前がそこにいる。見つけた戦う理由とはなんなのか。そんな疑問が入り混じった心の叫びだった。
――――そうだ、心のどこかで、真名にはこうなることなどわかっていた。
学園祭の時、ほんの一瞬であったが声を聞き姿を見た時。
さらには総督府の地下物資搬入港で、言葉を交えたその瞬間からわかっていたことだった。
驚く真名など気にしてないかのように、男、ビリーは再び語り掛ける。
それはまるで本当に旧友と会話するかのように、穏やかな口調であった。
「知り合い……ですか……?」
「ああ、古い仲間だよ……」
ネギは真名へと、彼のことを聞く。
真名はビリーへと標的を定めたまま、静かにその問いに答えた。
彼は昔の仲間。
自分と同じ
一緒に
「相棒、
「おかげ様でな……!」
「……そうか。それはよかった」
ビリーもまた、マスターである彼のことを多少なりとて気にかけていたようだ。
5年前、死にかけたあの男。偉大なる魔法使いを目指して戦っていたあの男。
今も生きているのだろうか。
仮契約カードが死んでないのなら生きているだろうが、五体満足でいるのだろうか。
ビリーもそれは気にしていた。
真名はようやく平常心を取り戻し、小さく笑ってそれを答える。
彼は生きている。魔法使いは半分引退したようなもんだが、元気だと。
5年前、ビリーがいなければ死んでいたかもしれない彼。
故に、選ぶ言葉は一つ、おかげ様だ。
ビリーもそれを聞いてふと笑みを見せ、よかったと言葉にする。
拾ってくれた恩もあるし、彼は尊敬できるマスターだ。それだけに、元気で生きているという言葉に、ビリーは安堵を見せるのだ。
「なら、
「……いいだろう……」
しかし、それはそれ。
今のビリーは
されど、ビリーは真名以外に興味がなかった。知らない目の前の誰かと戦う気は毛頭なかった。
真名もそれを理解し、ビリーの要求に応えた。
二人きりがいいならちょうどいい。自分が彼を相手にして、後ろの仲間を先に行かせられると。
ちなみにカギはこの空気の中を割り込むことができず、何が何だかと言う顔で会話を聞いていた。
「竜宮さん!?」
「こいつは私に任せて先に行け」
「で、ですが……」
とは言え、ネギには目の前の男が未知の敵にしか見えない。
そんな敵と二人で戦わせるというのは、気が引けるものだった。
それでも真名は任せろと言う。
目の前の男を知り尽くしている自分なら、有利に戦えると。
そう言われようとも、ネギは言葉を渋らせる。
敵は一人だが、どれほどの強さを秘めているかわからないからだ。
「別に俺の狙いは相棒だけだ。お前たちに今のところ用はない」
「それは本当か疑わしいな。お前は昔からしたたかだった」
「昔の相棒をもっと信用して欲しいところだが、いや……、むしろ信用されていると言えるかな?」
そこへビリーも真名の助け舟になるかのように、ネギたちへと言葉を述べる。
用事があるのは旧友のみ。それ以外は有象無象で興味がないと。
そんなビリーの言葉に真名は、冗談交じりに語り掛ける。
この目の前の男は正々堂々も卑怯も好む、なんでもありの男だ。
作戦のためならば、どんな汚い手も使うことを厭わない。
心にも思っていないことだって行動できる男だった。
その真名の言葉に、冗談で返すビリー。
二人で一対一がしたいというのに、信用されてないような言い方だ。
ただ、その評価こそが最大の信用だと、ビリーは思った。
「だが、お前とやるんなら、私も全力だ」
「当たり前だ。そうでなければ意味がない」
真名は故に、
目の前の男の強さを一番知っているのは、自分だからだ。自分を相棒と呼ぶこの男の
だが、ビリーも本気同士の衝突でなければつまらないと考えていた。
そう、同じ仮契約者の従者同士、何も気にせずただ全力でぶつかること。
今はそれを望んでいた。
「
「ッ!? これはまさか……!」
「
だから、真名は先手を打つ。
この男を倒すための一手を、大きな一手を。
真名が叫べば、突如円盤状の物体がビリーを取り囲むようにして宙に浮く。
ビリーもこの不意打ちには流石に驚いたのか、その円盤を見てしまったと舌打ちしそうになる。
また、それを発動させた本人は、察しの通りだと得意顔で語りかけた。
「グっ!?」
「超鈴音特性、重力地雷。一瞬だが50倍の重力がかかる」
すると、それはすぐに起こった。
円盤状の物体から強力な重力が発生し、ビリーとその周囲を圧迫したのだ。
これこそ超が作った重力を50倍にする地雷。
受けたビリーはたまらずうめき声をあげると、重力の重みで石畳の床が崩壊し、地面に大きな穴が開いたのだ。
「あとは任せたよ!」
「あっ!」
ビリーは強烈な重力を受け、その大穴へと落下していく。
真名もネギたちに声をかけながら、ビリーを追って大穴へと落下していった。
ネギは引き留めよう、としたがもう遅い。
すでに真名とビリーは、二人だけの世界へと入っていったのだった。
「いきなり重力50倍の地雷とは、とんだ挨拶じゃないか、相棒」
「あれで無傷のお前がそれを言うのか」
落下していく中、ビリーは追ってきた真名へと、ニヤリと笑いながら語りかけた。
まるでこの程度は余裕と言いたげな、いや、実際余裕そのものであり、落下しながらも態勢は垂直を維持しているほどだった。
真名とて、この程度ではビリーを取れないということは理解していた。
されど、まったくの無傷でこれを凌いだビリーに、思った以上の難敵だと改めて実感させられたのである。
「それなら
ならば、もう一つ手を使うか。
真名は構えたライフルの銃身をビリーへと向け、狙いを定めてそれを銃声とともに解き放つ。
「っ! この銃弾はまさか」
「遠くから学園祭を見ていたんだろう?
ビリーは察して体をそらして弾丸をかわせば、その先で黒い円形のエフェクトが発生したではないか。
その光景をビリーは知っていた。見ていた。効果は何となく理解していた。
そうだ、これこそ
真名の奥の手の一つとなったものだ。
「もっとも、これはビフォアが作ったものを超が再現したものだがな」
「いい友人を持ったようで、俺も鼻が高いな相棒ッ!」
「照れるじゃないか」
この強制時間跳躍弾は何かのためにと超が、ビフォアが残したものを研究し、再現したものであった。
この超高密度にまで高められた魔力が漂う空間だからこそ、使用が可能なもの。
真名は先ほどスナイパージョンが使っているのを見て、ここならば使えると判断して使用したのだ。
ビリーはと言うと、やはり悠々とした態度で、懐かしむように真名へと語りかけるのみ。
いやはや、こんなものを作る友人というのは、中々面白い人物じゃないか。
そんな友人が相棒にできて、うれしい限りだと。
そう言われた真名は、気にすることなくそんなことを言う。
別に嬉しくない訳ではないが、今のビリーに言われたところで、何かを感じる訳でもない。
「だが、これだけではお前相手じゃ足りないな」
「なら、次は何を出す?」
ただ、これだけでもまだ足りない。
目の前で何も気にせず自由落下している元相棒を倒すには、これだけでは足りない。
だからこそ、真名は最後の切り札を惜しみなく使う。傭兵である真名が、全ての手札を切らなければならないほどに、目の前の男は強い。
故に、ビリーは次に出てくる切り札を知っていながら、あえて催促するかのように挑発した。
そうそう、最大の力をもって、俺と衝突しよう。そう言いたげに笑いながら。
「5年ぶり……になるか。
「……そうだな。懐かしいもんだ」
真名の左目が、燃えるかのように光り輝く。
膨大な魔力が黒い渦となって、纏ったコートを破くほどの勢いで、全身から放出される。
髪の毛は真っ白に染まり、背中の腰あたりから、コウモリのような翼が生えたのだ。
――――これぞ魔眼を解放した、真名の姿。
魔族とのハーフである真名の魔族化であった。
真名は懐かしいと言う様子で、これを語る。
5年前、仮契約者であるマスターが、命を落としかけたその時のことを。
同じく懐かしいとビリーも語る。
あの時、仮契約者であるマスターを、必死で助けようともがいた日のことを。
「行くぞビリー!」
「
これで準備は整った。
あとはもう罠もなく仕掛けもなく、ただただ力と力でぶつかり合うだけだ。
真名は元相棒の名を叫び、落下速度を加速させてライフルを再び構える。
ビリーも胸に手を置き、心おきなく撃ってこいと示し、笑いながら相棒と叫んだのだった。