一方そのころ、総督府から少し離れた浮遊する岩礁地帯にて、激しい攻防が繰り広げられていた。
それこそエヴァンジェリン&トリスとバロンの対決だ。
「ほら、どうしたのかしら?」
「ぬうぅ……」
トリスは笑いながら、その鋭い足にて鋭利な蹴りを、何度もバロンへと差し向けた。
その速度たるや、無数に足があるかのように見えるほどのものだった。
流石のバロンも剣で防御をしながら、ゆっくりと後退するほどだ。
「こちらも忘れてもらっては困るぞ!」
「っ!」
されど、相手にしているのはトリスだけではない。
当然その隙を見たエヴァンジェリンも、即座に鋭い爪で襲い掛かってきたのだ。
バロンもこれにはたまらず、バックステップで距離を取った。
が、その表情には未だ余裕があり、鋭い眼光を二人へと向けていたのだ。
「……流石に強いな」
「当たり前ではなくて?」
「舐められたものだな」
と、バロンはそこで、二人へ賞賛の言葉をつぶやいた。
いやはや、すさまじい実力だ。この肉体をもってしても、そうそうに倒せない相手とは。
いや、片方は同じく神の恩恵にあずかったものだ。
もう一人は吸血鬼の怪物だ。当然と言えば当然か、と一瞬だけバロンは思いに更けた。
そのバロンの言葉に、トリスはピクリと反応し、”強い”、と言われれば当然と答えた。
同じく神から
また、エヴァンジェリンはそのような言葉が吐ける余裕に、腹立たしいと感じていた。
今の状況、明らかにこちらが追い込んでいると言うのに、未だ下に見られているような態度なのだから当然だ。
「――――ならば、ここからが本番だ」
だが、下に見るのは未だ本気ではなかったからだ。
そう一言バロンが言えば、額の紋章が美しい青色に光り輝いた。
さらに、全身から青色のオーラが噴出し、とてつもないプレッシャーを放ちだしたのだ。
「……なんと言う……、すさまじい気だ……」
「……やれやれね。まだ本気で踊っていなかった訳?」
エヴァンジェリンはその光景に、おぞましさを感じて冷や汗を頬に流していた。
なんという爆発的な気であろうか。あれが”人間”の出せるものなのだろうか、と。
トリスは冷静な表情を見せながらも、内心は危険だと警告を鳴らしていた。
トリスは知っているからだ。あれは神々が作り出した怪物の力を貰った存在だと言うことを。
人の形をしたナニカだと言うことを。
「ヌウオオオオオォォッ!!」
「速い!!?」
突如、獣のような大きな叫び声が上がった。
それはバロンの発した怒号だった。その瞬間、数十メートルは離れていたはずのエヴァンジェリンへとすでに肉薄していたのだ。
これにはエヴァンジェリンも驚いた。
あの距離から一瞬にして移動してくる速度を考えればとてつもないものだからだ。
さらに、あの動きには瞬動などの技術的なものが一切なかった。
己の肉体のみでこれほどの速度が出せるというのは、恐怖でしかなかったのだ。
「ぐうっ!」
「このまま押しつぶしてくれる!」
そのまま勢いを使って、剣を横なぎに振るうバロン。
強烈な斬撃がエヴァンジェリンを襲うも、何とか魔法障壁にて防御。
されど、竜の騎士のすさまじい膂力は障壁などもろともせず、ねじ伏せられかけていた。
「そうは……! キャッ!?」
「邪魔はさせんぞ」
見かねたトリスは咄嗟に動こうとしたその時、蒼い一閃が襲い掛かった。
寸前で直撃こそ回避したものの、左腕をかすめたのか赤い血がにじみ出ていた。
それこそバロンの額から放たれた紋章閃。
バロンは首と殺意をトリスへと向け、邪魔されぬように打ち込んできたのだ。
「調子に……乗るなアァッ!」
「ぐ!」
が、よそ見をしているバロンへと、エヴァンジェリンは啖呵を切って押し返し始めた。
障壁を二重にし、バロンの剣をはじき返したのだ。
「逆に押し通してくれる!」
「甘いわ!」
エヴァンジェリンは流れを変えるベく、さらなる追撃を開始する。
このまま一気に叩き潰そうと言う算段だ。
とは言え、バロンもこの程度で自分の優位が変わることはないことを知っている。
再び剣を構えなおし、エヴァンジェリンへと再び攻撃を開始するのだ。
「それはこっちの台詞よ!」
「それはどうかな?」
「避けない!?」
そこへ隙を見たトリスが、鋭い足を向けて超特急で突撃してきた。
この一撃が決まれば、逆転できると言う考えだった。
トリスは超高速で鋭い飛び蹴りを放ってきている。
にも拘わらず、バロンはその攻撃を見て、気にする様子すら見せなかった。
トリスは避けないバロンに、逆に驚きの顔を見せていた。
「なっ!? 嘘!? 刺さらない……!?」
「今の私は
「なんですって!?」
そして、トリスはバロンが何故避けなかったのかを、驚愕とともに理解することになった。
今のトリスの攻撃は、最大の力で放ったものだ。
確実に相手を仕留める気で放った、最高の一撃だ。
だと言うのに、なんとバロンの体に鋭い足が、まったくもって刺さっていないのだ。
それもそのはず、バロンは
つまり、並大抵の攻撃ではダメージにならないと言うことだ。
いや、トリスの攻撃は並大抵以上の攻撃だった。
それでも
トリスはこの事実に、衝撃を受けざるを得なかった。
自分の攻撃がダメージにならない。これほどショックなことはなかったのである。
「ふうん!!」
「キャアアッ!?」
すると、体に
とてつもない力で回転しだしたバロンに、トリスは何もできずにされるがまま、悲鳴を上げて重力と遠心力を感じるしかなかったのだ。
「トラァッ!」
「ぐうっ!?」
そしてバロンは、その勢いでトリスをエヴァンジェリンへと、返すかのように投げ捨てた。
トリスはそのままエヴァンジェリンへとぶつかり、エヴァンジェリンも勢いを殺しきれず吹き飛ばされたのである。
「貴様!」
「次はお前の番だ、吸血鬼!」
だが、エヴァンジェリンは即座に態勢を立て直し、叫びながら再びバロンへと突撃していった。
それを見たバロンも標的をエヴァンジェリンへと定めれば、再び額の紋章が青白く輝いた。
「先ほどあいつに使った攻撃か!」
「流石に一度見られては、不意打ちにはならんか」
それこそ、先ほどトリスへと使った紋章閃だ。
しかし、エヴァンジェリンはそれを見ていたが故に、咄嗟に回避して見せた。
バロンも二度目となれば当たらないと感心しつつも、今度は剣を天空に高く掲げたのである。
「だが、これならどうだっ!」
「来るか!」
すると、剣へと目掛け、爆発的な雷が空を割るようにして落ちてきた。
これこそ、竜の騎士最大の奥義の一つ。必殺の剣、ギガブレイクの予備動作だ。
それを見たエヴァンジェリンも、障壁を複数張って身構えた。
あの攻撃は一度食らったが故に、とてつもない威力だと言うことを身をもって知っているからだ。
「”ギガブレイク”!!」
「ちぃぃ!」
バロンは必殺の名を叫べば、すでにエヴァンジェリンの懐まで入り込んでいるではないか。
その瞬間、ギガデインを帯びた剣がエヴァンジェリンへと叩き落ちた。
が、エヴァンジェリンとてすでに用意した障壁で防御。
障壁とギガブレイクとの衝突で、すさまじい余波が発生。
防御された雷が周囲へ飛び散り、エヴァンジェリンが闇の魔法を使用した時に発生した氷床を粉砕し始めたのだ。
「障壁で防御したか!」
「その程度では……!」
剣を障壁に押し付けつつ、バロンは防御したことを賞賛するかのように語りかけた。
エヴァンジェリンも一度受けた攻撃の威力を分析したので、この一撃ならば耐えれると考えていた。
されど、その考えは甘いものであったことを、この後身をもって体感し、後悔することになる。
「ふ……、その言葉、そっくり返そうかっ! ”ギガブレイク”ッ!!」
「ううあ!?!」
強気のエヴァンジェリンへと、バロンは言葉を一言返すと、次の瞬間、恐ろしい光景が繰り広げられたのだ。
なんと、バロンが再び剣を天へと掲げれば、膨大な雷が再度、剣へと落ちてきたではないか。
そして、もう一度バロンは、その必殺の名を叫び、剣を振り下ろしたのだ。
その衝撃と破壊力は絶大だ。
エヴァンジェリンが対ギガブレイク用に使用した障壁を、たやすく切り裂いたのである。
さらに、その暴竜のごとき破壊の一撃が、エヴァンジェリンの華奢な体へと突き刺さったのだ。
これにはエヴァンジェリンも、たまらずかわいらしい声の悲鳴を上げ、衝撃で吹き飛ばされた。
「これで終わらんぞ! ”ギガブレイク”ッ!!!」
「ぐうああっ!!?」
だが、バロンはこの一撃で終わらせる気はない。
目の前の敵が蒸発し、塵になるまで、この技をたたきつける気だった。
再び最強の必殺技が解き放たれ、もはや無防備に吹き飛ばされるエヴァンジェリンへと、無慈悲に叩き落される。
エヴァンジェリンはギガブレイクにて、なすすべもなく身を引き裂かれ、雷で焼かれ、苦悶の声を叫ぶだけ。
「”ギガブレイク”ッッ!!!」
「ぐああああっ!!!!」
ギガブレイクに直撃したエヴァンジェリンは、氷の床へと叩きつけられた。
きらきらと砕け散った氷が舞いあがる中、エヴァンジェリンが見た光景は、再びバロンの剣へと雷が落下していく様子だった。
そこへバロンは容赦なく四度目のギガブレイクを解き放つ。
エヴァンジェリンとて避けることはかなわず、三度目のギガブレイクを受けてしまったのだ。
すさまじい衝撃と雷鳴。雷が暴れる竜のように周囲を焼き、粉砕していく。
凍った岩礁もすでに氷が砕け溶け、岩肌をさらしている状態になるほどだった。
――――本来ならば一撃で相手が仕留められると言うほどの威力の技を、三度も命中させてきた。
かの獣王すらも一撃で瀕死になったこの技を、三度も連続で食らったのだ。
真祖の吸血鬼たるエヴァンジェリンでさえも、消滅せずに絶叫できるだけで褒められたものである。
ただ、この状況はもはや、大人が子供をいじめているような状態だった。
これほどまでに、竜の騎士の力は絶大だったと言うことを、エヴァンジェリンは改めてわからされたのだった。
「この……好き放題してくれちゃってっ!」
しかし、この戦いはタイマンではない。
エヴァンジェリンには従者として、トリスと言う仲間がいた。
トリスは投げ飛ばされて態勢を整えるのに時間を食ってしまったが、ここでようやく復活したようだ。
そこで現状を見かねたトリスは、すかさず高速で蹴りを放った。
「”ギガデイン”!!」
「こんなもの……!」
エヴァンジェリンを相手にしていたバロンだが、そこに付け入るほど隙はない。
即座に迫りくるトリスへと、雷の呪文であるギガデインを放ったのだ。
とは言え、トリスとて戦闘力は上位の存在だ。
その程度ならば、たやすく回避して見せたのである。
「さっきのようにはいかないわよ!」
「ならばっ!」
先ほどはいいようにされたが、次はそうはいかない。
トリスはそう言葉にしながら、バロンへと迫った。
だが、バロンはそんなトリスへと、今度は呪文などではなく、
「っ!? ちょっマスターを!?」
「ぐっ!?」
「あぁ!?」
それこそ、バロンの目の前にいた、ズタボロのエヴァンジェリンだった。
また、超高速で投げつけられたエヴァンジェリンを、トリスは受け止めてしまったのだ。
実際、回避しようと思えば回避できるものだった。
それでも、ごくわずかな時間ではあるが、従者とマスターと言う関係になった心情が、それを拒ませてしまったのだ。
「”ギガデイン”!!」
トリスがちょうどエヴァンジェリンを受け止めた瞬間、バロンは二人へとギガデインを放った。
二人まとめて攻撃できる状況となり、一石二鳥という訳だ。
「ぐううっ!?」
「ああああぁぁ!!?」
無防備なエヴァンジェリンを受け止めて、咄嗟な行動ができないトリスは、そのままギガデインの餌食となった。
当然、エヴァンジェリンも一緒に食らい、強烈な雷の衝撃と熱に、両者とも悲鳴を上げるほかなかった。
「そして……”ギガブレイク”!!」
「ぐああっ!?」
「ううう!?」
しかし、バロンの手はそれだけで休まりはしない。
再び剣へ雷を落とせば、ギガデインを食らって苦しむ二人へと、ギガブレイクを解き放ったのだ。
エヴァンジェリンもトリスも、これにはもはやどうすることもできない。
ギガブレイクの威力と衝撃でうめき声をあげながら、二人は吹き飛ばされて岩礁の岩肌に転がったのであった。
「所詮はこの程度か……、口ほどにもない」
「なんというでたらめな強さだ……」
「なんなのよ……」
バロンは二人が強者であることを理解していたが、戦ってみればこの結果だ。
この無残な状況に、まるでがっかりするかのような口ぶりで、二人を煽っていた。
そんなエヴァンジェリンであるが、煽られていることなど気にしている余裕などなかった。
岩肌に体を預けながら、目の前の人の形をした怪物が想像以上の存在だったことに、焦りを感じているからだ。
しかも、ダメージが大きすぎて闇の魔法も解けてしまっている状態であり、万策尽きたと言う様子であった。
トリスも岩肌の上で寝かされながら、この怪物はどうやれば倒せるかを考えていた。
だが、考えても倒す方法がまったくもって思い浮かばなかった。
もはやどうしようもない絶望が、初めて彼女を襲っていたのだ。
「さて、確実にこの場で消えてもらうぞ」
「くっ! そうはいかん!」
未だに岩肌で倒れこみ動けぬ二人に、バロンは処刑の宣告を言い放ち、再び剣を構えた。
エヴァンジェリンとてこのまま負けるわけにはいかないと考え、何とか再生した肉体を押して、バロンへと突貫。
そして、どんな物質であろうとも切り裂く魔法、断罪の剣ならば通用すると考え、その魔法を纏った右腕をバロンへと薙ぎ払ったのだ。
「甘いわ!」
「なっ!? うっうあぁ……!!」
――――その瞬間、エヴァンジェリンの右腕から真っ赤に染まった液体が、噴水のごとく噴出した。
なんと、バロンはエヴァンジェリンの右腕を、断罪の剣ごと切り落としたのだ。
そのスピードと技量たるや、まさしく達人の技であった。
まさか、こうもあっさりと腕を切り落とされるとは……。
エヴァンジェリンも、こんなあっけなく回避されるとは思ってなかったと言う顔をを見せていた。
本来ならば物質を消滅させるほどの魔法、断罪の剣。
これが命中すれば、いくら
故にか、バロンは何かを察したかのように、その右腕を切断したのだ。
それに、エヴァンジェリンは剣の達人ではない。
合気道こそ得意としているが、剣士ではないからだ。
当然、剣の技量はバランの方が上だ。ならば、接近戦こそバランに分があるのは仕方のないことだった。
また、バロンはエヴァンジェリンの行動を見て、これほど動けたことに少しだけ驚いた。
何せギガブレイクを三連続で受け、さらにギガデインと再度のギガブレイクを食らったのだ。
生きている方がおかしいのだ。それだけ吸血鬼が、生命力あふれる存在なのだろう。
そんな涼しい顔をして見下ろすバロンを、睨みつけながらも困惑の声を漏らすエヴァンジェリン。
されど、この魔法を避けたと言うことは、すなわち通用すると言う証だ。
が、それがわかったからと言って、この状況を打破できる程、バロンは甘くなかったという訳だ。
「ふぅん!!」
「ぐっ!? ぐっうっ!!?」
そう言われたバロンは気にすることなく、華奢なエヴァンジェリンの首根っこを、空いた左手で強く握りしめてたのだ。
「ふん!」
「ぐう!」
さらに、バロンはエヴァンジェリンを、そのまま軽々と持ち上げて、勢いよく地面に叩きつけた。
「おおおっ!!」
「ぐううああああっ!?」
さらにさらに、今度はエヴァンジェリンを再び持ち上げたと思えば、その場で手を放したではないか。
されど、次の瞬間剣を背中の鞘へと納めると、拳で殴りかかりだしたのだ。
とてつもなく、すさまじい
その衝撃とダメージで、エヴァンジェリンは体をくの字に曲げながら、うめき声を漏らしていた。
「オオオォォォッ!!」
「ぐわああああ――――ッ!?」
そして、次の瞬間、バロンはその凶悪な拳をエヴァンジェリンへと連打しだしたのだ。
腕、足、体、顔、その全身をくまなく叩きのめすほどの、圧倒的な拳の物量攻撃。
衝撃波で周囲の岩礁は砕け散り、地面もバリバリと砕き裂け、砕けた破片が舞い上がった。
エヴァンジェリンはその拳の連打を受けるだけで何もできなかった。
いや、何とか障壁で防御はしている。
されど、それもほぼ意味を成しておらず、障壁を砕いて拳が柔肌に届いていたのだ。
「ドオオリャアァッ!!」
「ガアッ!?」
怒号のような叫びとともに、バロンの右腕がエヴァンジェリンの体を貫いた。
鮮血が舞い、彼女のその小さな口からも真っ赤な液体が零れ落ちた。
「くたばるがいい! フウゥゥンッ!!!」
「グッ……アアウウゥゥ……!!??」
しかし、それで終わりではない。
バロンはそのままエヴァンジェリンの左腕をつかみ、岩肌の地面へと思い切りたたきつけたのだ。
その衝撃で巨大なクレーターが出来上がり、中心ではエヴァンジェリンが大の字になって、激痛の悲鳴を上げて苦しんでいた。
「ふ、ようやくおとなしくなったか」
「く……まだだ……」
もはや、もはや動けるのか、と言う程までに打ちのめされたエヴァンジェリンは、まるでまな板の上の鯉のようにおとなしくなっていた。
それを見たバロンも、やっと動けなくなったと思ったようだ。
だが、エヴァンジェリンはまだ動けた。
貫かれた腹部、殴られた箇所、切り飛ばされた右腕を修復し、小鹿のように震える足で、ゆっくりと立ち上がってきたのだ。
「ああ、まだだ。しかととどめを刺してくれるわ」
その光景を見たバロンは、やはり完全に消滅させなければならないと考え、再び剣を取り出した。
「ふぅぅん!! 最大出力だ!!!」
そして、天高く剣を掲げれば、今まで以上の最大級の雷が、雷鳴と共に剣へと落ちてきたのである。
それはバロンの本気であった。今までのギガブレイクでは倒せないと考えたバロンは、最大最高のギガブレイクを見舞う気なのだ。
「ちょっと!? まずいわ! マスター逃げなさい!!」
「……」
未だ先ほどの攻撃で動けぬトリスは、この光景を見てヤバイと思った。
あの攻撃を直撃すれば、流石のエヴァンジェリンも死ぬかもしれないと思ったからだ。
故に、逃げろ、とらしくない態度で大きく叫んだ。
だが、肝心のエヴァンジェリン本人は、低姿勢のままたたずみ、バロンを睨みつけているだけであった。
「”ギガッ! ブレイクッ”!!!!」
そして次の瞬間、エヴァンジェリンのいた場所から、爆発的な雷と雷鳴が強烈な光とともに発せられた。
今まで以上に派手な光景であり、それまでのどのギガブレイクよりも破壊力が上であることの証明でもあった。
また、これこそギガブレイクが、完全に決まったと言う証拠でもあったのだ。
「マッ! マスター!!」
エヴァンジェリンがギガブレイクを受けたのを見て、トリスは盛大に叫んでいた。
関わりが薄いはずなのに、これほどまでに叫べるのは、彼女が元は情が厚い性格であるのだろうと感じられるものであった。
「ようやく蒸発したか」
「そんな……嘘よ……」
バロンはエヴァンジェリンがいたであろう、粉砕され黒く焦げたクレーターとなった場所を見ながら、ぽつりと一言こぼした。
今の一撃の直撃では、もはや助かるはずもない。ようやく、ようやく完全に息の根を止めることができたはずだと。
そのバロンの絶望の言葉に、トリスはバロンの方を見ながら膝をついてよろめいた。
あの不死身の吸血鬼が死ぬなんて、そんな馬鹿なことがあるはずがない。
そう信じるかのように、現実逃避するかのように、トリスは嘘だと小さくつふやくしかなかった。
「ああ、嘘だよ」
「何?!」
しかし、突如としてどこからか、エヴァンジェリンのささやきが聞こえてきた。
その聞こえた声の方向をバロンが振り向いた直後、吹雪のハリケーンが降り注いだのだ。
「”闇の吹雪”!!」
「ぬう!!?」
それこそ、エヴァンジェリンが得意とする魔法、闇の吹雪であった。
バロンは驚きのあまり隙ができ、闇の吹雪を回避できず、腕を十字に組んで防ぎ少し後ろへと下がるしかなかった。
「……どうやって避けた……?」
「影の転移魔法だよ。貴様が落ちてくる瞬間に使ったのさ」
「なるほど」
バロンが驚いたこと、それはギガブレイクに直撃したはずのエヴァンジェリンが元気に生きているからだ。
さらに、生きていたと言うことは、あのギガブレイクをどうにかかわしたということだからだ。
故に、多少戦慄した様子でバロンは、それをエヴァンジェリンへと質問する。
エヴァンジェリンもその問いに、得意な顔で解説した。
そのメカニズムは単純だった。ただたんに、影の転移魔法で転移し、逃げただけだったのだ。
それを聞いたバロンは、納得した様子だった。
されど、次はないと言う様子で、さらにエヴァンジェリンを睨みつけたのであった。
「だが、数分生き延びたにすぎん! もう一度食らわせるまでだ!」
「……こいつ、疲弊と言うものがないのか……?」
そして、ならばとバロンはさらに
今のギガブレイクを回避しようとも、消滅するまで撃ち続けるだけであると。
と言うのも、先ほどからずっと、あのギガブレイクと言う大技を連発しているのにも関わらず、まるで疲れを見せないからだ。
普通ならばあれほどの魔力や気を消費しているのだから、多少なりと疲れを見せてもいいはずだ。
なのに、まったく疲れを感じさせぬバロンに、脅威を感じていたのである。
そもそのはず、バロンは特典に大量の
これにより魔力の減少でギガブレイクが使えなくなる恐れをなくし、無敵の竜の騎士となったのだ。
「これで終わらせてやる! ”ギガブレイク”ッ!!」
「ッ!」
そして、バロンは何度目かわからないほどに天へと掲げた剣を、もう一度天へと向けた。
すると何度も目にしたあの極大の雷が、剣へと落ちてきたのだ。
バロンは再度ギガブレイクを解き放てば、すでにエヴァンジェリンの懐へと肉薄していたのである。
エヴァンジェリンも回避しようにも、先ほどからのダメージの疲弊では、この突然の速度には対応しきれなかった。
「!? 消えただと!? 再び影の転移魔法を使ったか!?」
が、振り下ろされたギガブレイクは、なんと空を斬ったではないか。
バロンも再び驚き、またもや影へと逃げたかと考え、周囲を見回して警戒した。
「そうではないぞ。バロン」
「ッ!? 貴様は!」
と、そこで聞こえてきた声は、少女の声とは違う、男性の声であった。
バロンはハッとしてそちらの方へ向けば、驚いた顔のエヴァンジェリンの横に、金髪の男性が立っていたのである。
「お前はディオ! 邪魔をすると言うのか!?」
「そうではない。我が妹に対しての数々の仕打ちが我慢できんだけだ」
その男性とはディオだ。
ディオが時間を止めてエヴァンジェリンを窮地から救ったのだ。
それを理解したバロンは、邪魔をされたと思い、若干の戸惑いを混じらせながら、怒りを表し叫ぶ。
されど、ディオは特に気にした様子もなく、自分の行動原理を説明しだした。
そう、ディオがエヴァンジェリンを助けたのは、妹がボコボコにやられているのが目に入り、我慢ならなかったからだ。
「……そういうことか。だが、やつは我らの敵だぞ?」
「……このディオにとって、敵か否かとは、信頼できるかできないか、それだけのこと」
事情を理解したバロンではあるが、それでも目の前のエヴァンジェリンは敵だ。
それを言うとディオは、
「この私はお前たちを基本的に信用していない。故に、味方してやっていると言う訳ではないのだ」
「ほう、つまり、敵対すると言うことでよい訳だな?」
「それで結構」
はっきり言おう。このディオは他の転生者を信用していない。
自分も含める転生者は、基本的に自己中心的な存在だからだ。
だからこそ、転生者などの味方なんぞ、やる訳がないとディオは考えている。
バロンもその意見を否定することはなかったが、ならば敵となるかと、鋭い眼光でディオへ尋ねれば、ディオはその問いに間を置くことなく、YESと断言して見せた。
「このディオは我が妹に出会うために、お前たちを利用していたにすぎんのだからな」
「ふ……っ、なるほど」
ディオは自分の正直な意見を、バロンへと述べる。
エヴァンジェリンとの再会の為だけに、転生者どもを利用してきたと。
たったそれだけの理由の為だけに、共に行動していただけにすぎないと。
するとバロンは、小さく笑ったと思えば、握っていた剣を鞘へと納めたではないか。
「しかし、流石に私だけでお前とその二人を相手にするのは、いささか骨が折れると言うものだ」
「ほう? つまり逃げ帰るという訳だな?」
そして、バロンはもう戦う気がないと言う様子で、そう言葉にしだした。
それを聞いたディオは、少し煽るような感じで、それを聞き返すではないか。ディオはエヴァンジェリンを傷つけられ、かなり腹が立っていた。故に、多少なりと煽るような言い方をしたのだ。
「そう思ってもらって構わん。今一番の大事な時だからな」
「確かにそのようだな」
だが、バロンはそんな安い挑発に乗るほど愚かではない。
また、バロンがある方向を見れば、その先から眩い光が発生し始めているではないか。
それはすなわち、墓守り人の宮殿であった。
その正体を知るディオも、バロンの”大事な時”と言う言葉に反応しながら、その光の方角を眺めた。
「なんだあの光は……。いや、まさか……」
「始まったのね」
エヴァンジェリンもその光を見て、何かを察した様子であった。
当然トリスは”原作知識”で知っているので、ついに来たかと言う様子だった。
「――――あの光の渦で待っているぞ」
バロンは最後に一言残すと、その場をルーラで去っていった。
変える方角は当然、あの光の中心。
そう、バロンはあの光の渦の中で決着をつけようと言ったのだ。
「……引いたか」
バロンが去ったのを確認したディオは、小さく息を吐いて緊張を解いた。
ディオとてあのバロンが本気になれば、どうなるかなどわからないからだ。
「何故、私を助けた……?」
すると、エヴァンジェリンはディオへと、今しがたの行動について疑問をぶちまけた。
「先ほど言った通りだが?」
「私はまだ、貴様の質問に答えていないぞ!」
そんなエヴァンジェリンの問いに、特に気にした様子を見せず、一言で返すディオ。
が、その答えではエヴァンジェリンは満足しなかったのか、少し荒い声で叫び、再び質問を返していた。
何せ、ディオと再会した時に言われた、”故郷へ帰る”と言う問いかけに、エヴァンジェリンは応えていないからだ。
なのに、急に出てきて助けたディオの行動が、不可解でしょうがなかったのだ。
「そんなことは関係ない。私がそうしたいと思ったからやった、それだけのことよ」
「……」
されど、このディオの行動理念は、エヴァンジェリンを探し再会することだった。
再会した今、今度はその妹を失わないようにすると言うことだ。
だからこそ、バロンに痛めつけられていたエヴァンジェリンを助けるのは、至極当然の行動だったのだ。
そうディオから言われたエヴァンジェリンは、少し冷静になったのか落ち着いた様子を見せていた。
とは言え、未だ半信半疑ではあるエヴァンジェリンは、ディオを完全に信用することはできない。
それでも、多少なりと信用した様子でもあった。
「逃がしてよかったの?」
「我が妹を失うかもしれんと考えると、藪蛇をつついて竜を出すのは危険と判断したまでだ」
「……ふーん」
何とかダメージを多少なりと回復させたトリスが、ようやく立ち上がってディオの近くへと歩んできた。
そして、バロンをこの場から逃がしてよかったのかを、ディオへと聞く。
ディオはそれに対して、あのバロンと戦いを続ければ、エヴァンジェリンがさらに被害を受けると考えた。
故に、あえてバロンを逃がしたと答えたのである。
それ以上に、あのバロンは未だ隠し玉を持っている。
それが解放されれば、自分たち三人で太刀打ちできるかすら怪しいと言うのも、ディオの中にはあったからだ。
トリスもディオの答えに、納得した様子であった。
それに、自分たちが二人がかりで戦ってなお、この惨状を考えれば、当然か、とも思ったようである。
「とりあえず、あいつらのところへ移動しよう」
「まあ、それが一番かもしれないわね……」
エヴァンジェリンは、まず取る行動として仲間たちとの合流を提案した。
トリスもそれが一番安全だと考えた陽であった。
「で、貴様はどうする?」
「私は単独で行動するとしよう。このままそちらへ行く訳にもいくまい?」
ならば、目の前のディオはどうするか、とエヴァンジェリンは質問を出す。
ディオは自分は仲間ではないが故に、再び単独で行動すると言葉にした。
「キティよ。この戦いが終わったら、600年間の溝を埋めよう。故郷へ帰るか否かは、それが済んでからでもよかろう」
「……わかった」
「ではな、また会おう」
そして、ディオはふわりと浮き始めると、最後にエヴァンジェリンへと言葉を送った。
再会した時の答えは、この戦いが終わりもう少し話し合ってからでも遅くはないと。
故郷へ帰るか否かは、それからでも遅くはないと。
そのディオの言葉に、エヴァンジェリンは一言だけ肯定の言葉を小さく出すだけであった。
目の前の兄を名乗る男は、何を考えて600年間生きてきたのか、確かに知りたいとエヴァンジェリンは思ったからだ。
ディオは返事が返ってきたのを聞くと、ふと笑い、そのまま別れの言葉を残して光の方角へと飛び去って行ったのだった。
「ふうん。兄妹、ねえ……」
そんな二人のやり取りを見ながら、トリスは兄と妹と言う関係を考えるのであった。
…… …… ……
打って変わってこちらは地下の物資搬入港。
何とかデュナミスを撃退し、多少なりと警戒している状況。
「大体みんなそろうたみたい?」
「あと少しのようですね」
木乃香はようやく仲間たちがそろってきたのを見て、少し安心した様子だ。
また、刹那も大体の仲間が集まり、仲間がそろいつつあると思った。
「覇王さんはどうしてるんでしょうか」
「はおなら心配あらへんやろうけど……」
されど、未だに戻ってこない覇王を考え、刹那は少しだけ不安を募らせた。
あの覇王の前に何か強大な敵が現れたのだろうか、そう考えたからだ。
とは言え、あの覇王が負けると言うことはない。
それは木乃香も理解しているので、さほど気にしない様子で言葉にしていた。
「あーあーテステス」
「式神……!? まさか覇王さんの!?」
「うん。そうやね」
と、そこで急に二人の目の前に、手乗りサイズの小さな覇王が現れた。
それを見た刹那は、それが覇王の作りだした式神であることに気が付き、ほんの少しだけ驚いていた。
されど、木乃香は特に驚く訳でもなく、ちょっぴり表情を緩ませて肯定の言葉を述べるだけだった。
「この式神はメッセンジャーなだけだから気にしないで」
そこで覇王の式神は、この式神の目的を話し出した。
覇王は念話も可能であるが、確実性を考えて式神を用いて連絡を行うことにしたようなのだ。
「僕はこの先単独で行動させてもらうから、そっちはそっちで勝手にやってほしい」
「覇王さんらしいと言えばそうですが……」
「合流せへんの?」
そして、その要件とは、単純に覇王が一人で行動すると言うことを伝えに来たと言うものだった。
それを聞いた刹那は、単独行動と言うのは覇王ならそうするだろうと言う感じでこぼし、木乃香は合流しないのかと質問を述べた。
「敵の本拠地に異変が起きている。早めに何とかしないとならないようだ」
「異変とは……?」
覇王も合流を考えたが、これからとてつもないことが起こる、いや、すでに起き始めているが故に、先に行動を起こすことにした。
その覇王が言う異変とは、どんなことなのだろうか。
この物資搬入港からでは外の状況がわからないので、刹那はそれに対して聞いたのである。
「光が、いや、この世界の魔力が集中し始めている。何かが起こる前兆だろう」
「何が起こっているんかな…?」
その現象とは、すなわり光となった魔力が、墓守り人の宮殿を中心に集まり始めていることだ。
これこそまさに、魔法世界を消滅させるための儀式の前兆。
されど、覇王はそこまで断言せず、何かが起こるとだけ答えた。
それは転生者ばかりの世界で、それが確実に起こると考えるのは甘い考えだからだ。
木乃香も覇王の説明を聞いて、何かよからぬことが起こっているのだろうと考えた。
「という訳で、君たちがどうするかはわからないけど、僕は一人でも乗り込むつもりだ」
「一人で大丈夫なんですか?」
覇王は何か嫌な予感がしたのか、一刻を争う状況と判断し、一人で敵陣へと乗り込む構えだった。
いや、こうして式神が話している最中にも、すでに覇王は行動を開始していた。
そうやってまたしても単独で行動する覇王に、刹那は大丈夫かと少し心配した様子を見せていた。
「わからないさ。ただ、何かあれば強引に吹き飛ばす」
「あまり無茶せんといてほしいんやけどなー……」
「心配してくれてありがとう。だけど、どうにも危うい状況のようだからね」
されど、今の大丈夫か、と言う言葉を、覇王の式神は外の状況の事だと思ったようだ。
故に、何か起こりそうになる前に、鬼火で粉砕すると過激な発言をしだしたのである。
そんな覇王の式神に、そういう危険なことは避けてほしいと木乃香が心配そうに言った。
が、覇王の式神は気遣う木乃香へと、心配してくれたことを感謝すると同時に、やはり今の現状が危機的なものであることも語った。
「それと、状助と三郎にもよろしく伝えておいてくれ」
「うん。わかったえ」
また、覇王は自分の友人にも話しておいてほしいと、木乃香へとお願いする。
それを木乃香は当然のように承諾するのだった。
「じゃ、また」
そして、役割が終えた式神は、ポンと煙を出して消え、一つの紙の人形に戻った。
「覇王さん、一人で乗り込むと言ってましたけど、大丈夫なんでしょうか……」
「わからへん。せやけど、はおならきっと大丈夫や!」
「……だといいのですが……」
木乃香はそのふわりと落ちる人形を掌に載せながら、刹那の言葉に耳を傾けた。
刹那は覇王の強さを理解しているが、流石に一人で敵陣に乗り込むのは危険すぎると考えたのだ。
されど、木乃香は覇王ならば問題ないと、笑顔で強気の発言をするではないか。
それでもやはり、刹那は最悪の状況を考えてしまうのであった。
…… …… ……
そして、ようやくネギたちが、この合流地点へとやってきた。
「みなさん、ご無事で!」
「ネギ先生!」
ネギは自分の生徒が無事であることにほっとし、喜びの声を出していた。
また、生徒たちも彼の無事に喜び、名前を呼んでいたのであった。
「やっと主役の登場だよ」
「ごめん、ちょっと遅くなった」
「別にいいって」
そこではるなも歓迎の言葉を述べれば、アスナは合流に手間取ったことを謝罪した。
が、そんなことは気にしていないと、はるなは笑って述べるのだ。
「のどかさん! 無事だったねすね!」
「ネギ先生もご無事で!」
そして、ネギははぐれてしまったのどかが無事だったのを見て、咄嗟に駆け寄り声をかけた。
のどかもネギの無事に喜びの声を出し、笑顔を見せていた。
「そうでした! ネギ先生! 少しこちらに!」
「なんでしょうか?」
と、そこでのどかは何かを思い出したかのように、急いだ様子でネギを誘った。
ネギも急に焦った感じののどかに、何かあるのかと疑問に思いながら、その彼女の後ろをついっていった。
「大丈夫やった!?」
「うん。大丈夫よ」
「よかったです」
その傍らで、アスナへと心配した様子で声をかける木乃香がいた。
アスナは心配する木乃香へと、特に何もないことを笑顔で話し、刹那もそれに安心した様子を見せた。
「状助も無事でよかったわ」
「いやー、一時はどうなることかと思ったけどよー……」
次にアスナは、状助が無事なのを確認し、胸をなでおろした。
何せわりと無茶ばかりする状助だ。また怪我をしていないかと心配していたのだ。
まあ、とにかく無事ではあったものの、道中は危険であった。
そのことを思い出しながら、溜息を吐く状助であった。
「今、はおから連絡が来てな」
「覇王さんから?」
「何やら外が大ごとになっている感じのようで……」
そこで木乃香は先ほど覇王から連絡が来たことを、あすなへと伝えた。
アスナはさてなんだろうかと言う様子で首を傾げ、木乃香は覇王が言ったことを簡略的に説明したのだ。
「そう……。始まったのね……」
「……? それはどういう……?」
すると、アスナは何やら悟ったようなことを言いながら、外を見るかのような遠い目を見せたのだ。
その言葉の真意は何なのかと、刹那は聞き返そうと言葉を出した。
「そんなことより、なんであの人がいる訳?」
「ん? ああ、アイツのことか」
だが、刹那の問いを吹き飛ばすかのように、アスナは突如不機嫌さを噴き出し始めた。
それはアーチャーとか呼ばれた男が、状助の後ろに控えていたからだ。
状助はアスナのその言葉で察し、アーチャーの方をちらりと見た。
「そうよ! 敵でしょ!? どうしてよ!」
「いやぁー、それも色々深い訳があってよおー……」
「だからどういう訳!?」
あのアーチャーとか言うやつは、色々とやらかしてくれた敵だ。
アスナにとって許せない敵の一人だ。故に、何故ここにいるのか、叫ぶように状助へと問い詰め始めたのだ。
とは言え、状助もどう説明していいのやらわからない様子で、ただただごまかすようなことを言うだけだった。
その態度にどんどん怒りのボルテージを上げていくアスナ。
「私から弁解しよう。私は彼らの捕虜となった。それだけだ」
「はあ?」
その様子を見ていたアーチャーが、自ら説明を始めだした。
が、それこそ火に油を注ぐような行為である。
アスナは意味が分からんと言う様子で、信じられないものを見る目をするだけだ。
「何か向こうで一悶着あったみたいなんよ」
「だからって……!」
アスナの怒りようを見た木乃香も、何とかなだめようとフォローをはじめる。
されど、怒りはむしろ増えるばかりで、一向に収まらなかった。当然と言えば当然である。
「落ち着けって! 俺が許したんだ。頼むよ」
「なんで……!」
状助もこうなることをわかっていた感じで、自分が許したから落ち着いてくれとアスナへ頭を下げる。
そんな状助の態度に、さらに理解ができないと言う態度を見せるアスナ。
あれほどのことをしたのに、状助が許したと言う言葉にも耳を疑いたくなるが、それ以上に頭まで下げてきたのに理解できない様子だったのだ。
「確かに今更どの面下げてと言われるだろうが、……すまなかった」
「なっ!? 本当に今更……!」
そこへアーチャーも、今までの事について頭を深々と下げ、謝罪しだしたではないか。
が、その光景を見たアスナは、もはや火山が爆発したのではないかと言う様子で、怒りを爆発させたのだ。
「だったら! 今更謝るんなら! 最初からしなきゃよかったじゃない!!」
「……そう言われると耳が痛い」
ここで頭を下げるのなら、自分が悪かったと言うのなら、何故最初にあんなことをしたのだ。
しなければこんな苦労もせず、状助も死にかけることなどなかったはずだ。
それが許せなかったと、アスナは大きく叫んで突きつけた。
それに対してアーチャーは、怯んだ様子で表情を翳らせた。
アスナの言っていることは正論だからだ。言われて当然だからだ。
「まっまあ、俺がとりあえずぶん殴っといたからよぉ。それで機嫌直してくれよ」
「……」
もはや怒り大爆発のアスナへ、状助は優しい声で、報復はしといたとなだめだしたのである。
アスナもこれ以上怒ってばかりでは何の進展もないと考えたのか、少し黙って状助を見ていた。
「……わかったわ」
「すまねぇ……」
「別に……状助が謝ることじゃないでしょ?」
そして、怒りを分散させながら、アスナは状助の言葉に従うことにしたのだ。
それに対して状助は、再び頭を下げるではないか。そりゃアスナが怒るのは最もだったからだ。
とは言え、状助が謝る必要なんてない訳で、アスナはようやくクスりと小さく笑い、それを言うのであった。
まあ、状助も完全にアーチャーを許した訳ではない。
それでもここまで来る間、会話をしてある程度人柄を理解したからこそ、この態度なのだ。
「ただし、私は信用なんかしないからね」
「それで結構。私がしたことが許されるなど思っていない」
「……あ、そう」
が、当然のことながら、アスナはアーチャーを信用しないと宣言した。
アーチャーもそれが当然であると理解しているので、そんなことを言い出したのである。
しかし、言われたアーチャーはと言えば、なんというシレっとした態度なんだろうか。
そんな態度だったが故に、アスナは冷ややかな目でアーチャーを見始めたではないか。
「そういう態度が悪いんじゃあねぇかなあ……」
「うっ……、癖になってしまっていて、な……」
それを見ていた状助は呆れた様子で、その上から目線みたいな態度がよくないと進言をしてやった。
アーチャーもこういう芝居じみた態度が癖になってしまっていることに、少し後悔を見せたのであった。