理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百六十四話 ランサーVSバーサーカー

 ――――それは英雄の戦いだった。

それは神話の再現だった。

 

 ランサーとバーサーカーの戦いぶりは、まさにそう言っても過言ではなかった。

 

 

「ハアァッ!」

 

「オラァッ!!」

 

 

 両者とも手に持つ武器を叫びとともに振り回し、それが衝突すれば金属音とともに巨大な火花が散らして消える。

何度それを繰り返しているだろうか。両者とも引けを取らぬ攻防を、表情一つ変えずに行っていたのである。

 

 バーサーカーは握りしめた鉞を力強く振り下ろす。それをランサーは槍の柄で防御することはせず、体をいなして回避。

その隙をつくかのようにランサーは、槍を横なぎに振り払う。

 

 だが、バーサーカーは鉞を地面にたたきつけたと同時に、その衝撃と勢いを利用する事で空高く飛び上がり、自らの体を上下に反転。

見事槍を回避し、さらにその勢いに任せてもう一度ランサーへと、バーサーカーは斜め上から鉞をたたきつける。

 

 今度はランサーが隙をつかれた形となるが、ランサーも冷静にバーサーカーの攻撃を分析。

ランサーは振るわれた槍を握る力を弱め、遠心力にて柄の部分を滑らせ、その石突の先端付近を再び強く握りしめた。

そして、ランサーは槍の重量と遠心力を利用する事で回転、バーサーカーの攻撃を回避して見せた。

 

 さらにランサーは地面に衝突したバーサーカーへと、そのまま遠心力に任せて再び槍を横なぎに振るう。

 

 バーサーカーはすかさず姿勢を低くしランサーの槍をかわせば、そこから上へと突き上げるように鉞を振り抜く。

 

 だが、ランサーはバーサーカーの攻撃を、わかっていたかのように対応。ランサーは槍の重量にを任せつつも、自在に槍をコントロールすることで回転、その勢いを使いバーサーカーの鉞へと槍を叩き込み、その攻撃を阻止したのだ。

 

 その槍と鉞の衝突で発生した衝撃を利用し、バーサーカーはランサーとの距離を取った。

 

 ――――その間、わずか数秒の出来事だった。

 

 

「そういや、アンタのマスターはどこにいんだ? 近くで隠れてんのか?」

 

「……ここにはいない」

 

 

 バーサーカーは一度口笛を吹いて、肩へと鉞を担ぎトントンと二度ほど叩くと、不意にランサーへと唐突に質問を投げた。

それに対してランサーは、特に表情を変えることなく正直に答えだした。

 

 

「我がマスターは今、外に出ることができない状況にある」

 

 

 ランサーのマスターは誰かはわからないが、動けないと言うことだった。

それをランサーは特に嘘をつくような素振りも見せず、槍を縦してその石突を地面へと突き立てながら言葉をつづけた。

 

 

「そして、オレはそんなマスターのために、ここにいる」

 

「そうかい。だが、こっちも負けられねぇ理由はあるんでな」

 

「ならば、互いに死力を尽くすまでだ」

 

 

 そして、ランサーは言葉をつづけ、自分の戦う理由を述べた。

そう、この戦いこそ動けぬマスターのためのもの。それ以外の理由はない、ということだった。

 

 その答えを聞いたバーサーカーは、何か事情があるのだろうかと察しながらも、この場にいないということだけを理解したのであった。

 

 されど、戦う理由はバーサーカーとて同じことだ。

マスターの脅威となるであろう相手を倒すこと、それこそバーサーカーの戦う理由なのだから。

 

 であれば、互いの意思を武力を持ってぶつけ合う他ないだろう。

ランサーはそう述べると、再び槍を両手に握り構えをとり、同時にバーサーカーも鉞を握りしめなおして構えた。

 

 

「おらよ!」

 

「フウッ!!」

 

 

 その数秒後、両者は怒号とともに姿を消しされば、次の瞬間、すでに武器同士をぶつけ合った状態となっていた。

もはや異次元レベルの戦闘。瞬く間に、両者が衝突していたのだ。

 

 

「こっちのことも忘れちゃ困りますよ!」

 

「――ッ!」

 

「待ちな!」

 

 

 されど、忘れてはならない。

この場の戦闘は一対一のタイマンではないことを。

そう、バーサーカー側にはもう一人、アーチャーのロビンがついていることを。

 

 ロビンはバーサーカーがランサーを抑えている隙をつき、とっさに矢を放った。

右肩を貫かれ動かしにくい状況の右腕を、左腕で抑えながらではあるが、その精度に変わりはなく。

 

 それをランサーは咄嗟に後方へと跳んでなんとか回避。

バーサーカーはそれを追撃。とてつもない瞬発力でランサーへと距離を詰め、鉞を横なぎに振るう。

 

 

「フンッ!」

 

「なっ!? なんだとッ!? うおっ!?」

 

「槍を投げただと!? だがよ!」

 

 

 だが、ランサーはバーサーカーの方向から一転、ロビンの方向へと視線を移した。

さらに、そのロビンへと、なんと握っていた槍を、勢いよく投擲したではないか。

 

 ランサーを狙って狙撃の準備をしていたロビンも、これには驚き戸惑いながらも、なんとか体をそらして槍を回避。

バーサーカーもランサーの今の行動には驚いたが、逆に武器がない今がチャンスだと、さらに攻撃を加速させた。

 

 

「――――武具など無粋」

 

「……!」

 

 

 しかし、その直後、即座にランサーはバーサーカーへと向き直せば、右目が燃え始めたではないか。

バーサーカーはその雰囲気と魔力の流れにただならぬ予感を感じ、攻撃を中断しランサーと距離取ろうと図った。

 

 

「真の英雄は目で殺すッ――――」

 

「何ぃッ!!?」

 

 

 そのバーサーカーの予感通り、次の瞬間、ランサーの右目から、すさまじい光線(ビーム)が発射されたのだ。

これこそ先ほどロビンの宝具を相殺した技。いや、厳密には技ではなくランサーが保有する宝具の一つだった。

 

 その熱量、世界を焼くがごとき爆熱。

宝具が通ったであろう地面は、直線状に焼けただれ、溶岩のように溶けるほどだった。

 

 されど、バーサーカーはその宝具を見て圧倒されながらも、距離を取っていたのが幸いし、横へ飛び上がることで回避することができた。

あのままランサーに接近戦を挑んでいたら、あの宝具に貫かれていたやもしれん。

バーサーカーはそう考えながらも、ランサーの次の行動に目を光らせていた。

 

 

「さらに、受けるがいい!」

 

「魔力の槍か!? おもしれぇッ!」

 

 

 ランサーは徒手が故に、今度は周囲に魔力放出にて造り出した”槍”を宙に浮かべたのだ。

それを見たバーサーカーはその攻撃の内容を判断、理解し、ニヤリと笑いをこぼしてみせた。

 

 

「オオオラアアアァァァッ!!」

 

 

 そして、ランサーは魔力の槍をバーサーカーへと投擲。

触れれば肉体すらも蒸発しかねない熱量の槍は、バーサーカーへと瞬時に接近。

 

 それをバーサーカーは叫び声とともに、まるで荒ぶる暴風のように鉞を振るい、次々に迫りくる魔力の槍を全てを撃墜したのだ。

 

 

「”梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”ッ!!」

 

 

 が、ランサーの攻撃はそれにとどまることはない。

そう、再びあの光線(ビーム)の宝具を、薙ぎ払うように発動させたのだ。

 

 そこでようやくランサーは宝具の真名を口にした。

 

 ――――梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

 

 ブラフマーストラはインドの英雄が持っていると言われる宝具。

射撃武器であり、本来ならば弓などの形状を取るとされている。

 

 されど、このランサーは弓と言う形状はなく、無形の可視光線として使用した。

それはランサーと言うクラスに当てはまったためだ。また、このランサーは今の宝具から、インド由来のサーヴァントであるということが伺い知れた。

 

 

「ッ! ”黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)”ッ!!!」

 

 

 しかし、今のバーサーカーにランサーの真名を紐解く余裕はない。

何せ、魔力の槍を対応していたバーサーカーは、その隙をつかれた形となったからだ。

そこで避けきれぬと判断したバーサーカーは、自らの宝具を開放し、相殺することを瞬間的に選んで行動した。

 

 ガンツンガツンガツンと三度、薬莢がはじけるような音がしたかと思えば、その鉞から雷神が起こすほどの膨大な雷が発生した。

さらに三つ並んだ鉞の刃の中央が、すさまじい速度で上下に運動し始める。

 

 バーサーカーは迫る光線(ビーム)へと、そのまま鉞をたたきつければ、雷鳴と爆音が周囲に響き渡った。

その宝具同士の衝突により、雷と光線(ビーム)ははじけ、周囲に四散し、その周囲に着弾すると、その熱量で溶解させたのだ。

 

 されど、ランサーの狙いはバーサーカーだけではなかったのだ。

 

 

「チィ! 今のはオレじゃなく、槍を吹き飛ばすために使いやがったのかッ!」

 

「そういうことだ」

 

 

 ランサーのもう一つの狙い、それは投擲した槍であった。

突き刺さった槍の近くに、宝具の余波が降り注ぎ、衝撃で槍を空高く跳ね上げた。

その飛び上がった槍を、ランサーもすかさずジャンプして回収したのだ。

 

 

「あっ……あぶねぇ……」

 

 

 また、ロビンも梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)を見て何とか回避し、一命をとりとめていた。

されど、負傷した体での回避だったために、結構ギリギリだった。

それは表情からも見て取れ、冷や汗で頬を濡らし青ざめていた。

 

 

「だがよ! オラアッ!!」

 

「フッ!」

 

 

 それでもバーサーカーはひるむことなく前へと出て、鉞をランサーへと叩き落す。

だが、槍を再び得たランサーは、それを両手で握った槍で受け止める。

 

 

「くっ……!」

 

「オオラァッ!!」

 

 

 とは言え、バーサーカーの膂力はすさまじく、ランサーの足元は崩れ沈み、さらに後方へと押されるほどであった。

 

 

「――ハァッ!」

 

「チィッ!」

 

 

 だが、ランサーは片側の力を抜くことで、槍の上を滑らせるようにして鉞をいなした。

そして、そのまま槍の石突でバーサーカーを穿つ。

 

 バーサーカーは自分の力を利用されたことに舌打ちしながらも、バク宙でランサーの突きを何とか回避して見せた。

 

 

「フンッ!」

 

「あめぇッ!」

 

 

 ランサーは後方に飛び上がり着地したバーサーカーへと、姿勢をそのままに穂先を勢いよく突き出す。

しかし、バーサーカーはそれを鉞で受け止め、大きくはじき返した。

 

 

「もういっちょオォッ!」

 

「そうはいかん」

 

 

 さらにバーサーカーは、その場で舞うかのように高速回転するとともに、鉞を横なぎに振るう。

 

 それをランサーは体を折り曲げることで回避。

その態勢のままランサーは、バーサーカーの足元へと槍を薙ぎ払うように振るった。

 

 バーサーカーはそれを飛び上がって回避し、上空から落下速度を利用し、再び鉞を振り下ろす。

その攻撃をランサーはバク転ことで、後方へと下がって回避。

 

 

「持っていきなッ!」

 

「そちらもなッ!」

 

 

 それを追撃するかのように、さらにバーサーカーはランサーへと詰め寄り鉞を斜め上からたたきつける。

ランサーも負けずと槍をバーサーカーへと振り払えば、鉞と槍が衝突し盛大な金属音と火花を散らす。

 

 そして、両者は数秒間つばぜりあった後に、一旦距離を置くのであった。

 

 

「……やるな……」

 

「それはこっちの台詞だぜ」

 

 

 ランサーは押し切れずにいる相手の強さに、感服した様子であった。

されど、それはバーサーカーも同じだ。両者とも互角、膠着した状況だったからだ。

 

 

「なんつー戦いだよ……。まったくついていけませんわこりゃ……」

 

 

 また、二人の戦いぶりを目の当たりにしていたロビンは、壮絶さに呆れた顔を見せていた。

まったくもって自分が入る余地がほとんどなかった。自分にはまったく真似のできない、とんでもな死合だった。

そのせいか、積極的に援護射撃を行いたかったが、その隙があまりなかったために数回にとどまっているほどだ。

 

 

「しかし、このままでは千日手にしかならないか」

 

「悔しいがそんなところみてぇだ」

 

 

 もはやこの戦い、終わる気配がないことをランサーは悟った。

同じくバーサーカーも、それを感じざるを得なかった。

 

 

「――――ならば、()()()()()使()()()最大の宝具で、応えるとしよう」

 

 

 で、あれば、それを打破するための一撃必殺の攻撃を放つしかないだろう。

だが、最大の宝具で応えることはできない。故に、自分が今持てる中での最高の宝具を使用することを、ランサーは選んだ。

 

 すると、ランサーからは膨大な魔力があふれ出し、それが炎の形となって噴き出し周囲の地面を溶かし始めた。

なんという神々しくもすさまじい光景だろうか。灼熱の炎に抱かれたランサーは、周囲を照らす小さな太陽のようであった。

 

 

「ッ! オイこりゃ……」

 

「なんだこの魔力量は……?! 頭おかしいんじゃないですかねぇ!?」

 

 

 バーサーカーは目の前の光景に、引きつった表情を見せ額から汗を流していた。

なんという魔力の塊だろうか。尋常ではないだろう。とんでもない化け物を目覚めさせた気分であった。

されど、臆する気持ちは微塵もない。どんな相手でも倒すと言う頑なな意志が、バーサーカーには存在するからだ。

 

 後ろに控えていたロビンはと言うと、ランサーが放出した魔力に戦慄していた。

なんというとんでもない魔力だろうか。明らかに自分とは大きな差のある相手だ。

もはやどうにもならないと言う現実を突きつけられたロビンであった。しかし、それでも打開の一手を脳裏に巡らせていた。

 

 

「受けてみるがいい……! ――――梵天よ、我を(ブラフマーストラ)……」

 

 

 ランサーはゆっくりと、槍を投擲するかのような構えを取りはじめた。

そして、死刑宣告を告げるかのように、その宝具の真名を刻み始めたのであった。

 

 

「(令呪によって命ずる。ランサーの背後へ転移せよ)」

 

「ッ!?」

 

 

 だが、その時、突如としてロビンへと直接念話が飛んできた。

さらに、同時にすさまじい魔力を受けたではないか。それこそ令呪による強制的な命令権限。

一時的とはいえ、ありえないような現象すらも発生させることができる力だ。

それによってロビンは驚愕とともに、ランサーの背後へと一瞬にしてテレポートして見せたのだ。

 

 

「さっきのお返しだぜ!」

 

「なにっ!? くっ!」

 

 

 また、先ほどの令呪の命令を受けると同時に、ロビンは治癒の魔法にて損傷を治療されていた。

万全となったロビンは念話と令呪の意図を理解し、宝具を開放せんとするランサーへと、奇襲の矢を放ったのだ。

 

 突然のことにランサーは、狼狽の表情とともに振り返った。

そして、宝具の使用を中断し、咄嗟にロビンの矢を槍ではじき返す行動に移った。

 

 されど、来るはずのない背後からの攻撃には、完全に対応できなかった。

ランサーはほぼ全ての矢を槍で防いで見せたが、一撃だけは防ぎきれず左腕にかすめて、小さくではあるがダメージを受けたのだ。

ただ、完全な奇襲であったのを考えれば、それだけで済んだと言うのはランサーの技量の高さに驚かざるを得ない。

 

 

「さらに令呪によって命ずる。令呪の魔力を用いて宝具を即座に放て」

 

「了解ッ! 祈りの弓(イー・バウ)ッ!!」

 

 

 さらに、令呪の使用が続く。

ロビンはその令呪の魔力をもって、ランサーへと即座に宝具を開放したのだ。

それはまるで先ほどの雪辱を晴らすかのようであった。

 

 

「ぐううッ!!??」

 

 

 流石のランサーも二度にわたる令呪での攻撃は、防ぐことがかなわなかった。

ロビンの宝具を槍で受け止めたものの、その効力を打ち消すことはできない。

先ほどの奇襲でたった一撃ではあるが、ダメージを受けていたランサーは、すでに毒を盛られていたのだ。

 

 一回かすっただけの小さな傷だが、ロビンはそれで充分だった。

毒さえ入れば、この宝具は最大の効果を発揮できるからだ。

 

 故に、ランサーの体内に内包された毒《不浄》は炸裂し、ランサーはうめき声をあげながら苦痛を味わうのだった。

 

 

「……油断していたか……。敵のマスターの存在を失念していたとは……」

 

 

 ランサーは侮っていた自分に対して、強く後悔の念を抱いていた。

周囲に人影はなかったがために、彼らのマスターもまた、近くにいないと判断してしまった。

 

 このランサーは他者の嘘を見分けるスキルを持つ。

ただ、それは相手が嘘をついていると言う自覚があればの話だ。

目の前の二人のサーヴァントは、どちらもマスターが近くにいないと言う様子であり、そこに嘘偽りはなかった。

それ故、敵のマスターの存在を忘れていたのである。

 

 それ以外にも、バーサーカーとの戦いに興じすぎた。

この世界に召喚され、はじめて互角に渡り合える強者に巡り合った。

ランサーにとってそれは、戦士としてまぎれもない幸運であり、幸福の時間でもあったからだ。

 

 

「オレの宝具を直撃したっつーのに、まだ立ってられるってか!?」

 

 

 奇襲に成功したロビンであったが、ランサーが膝をつくこともせず、今の一撃に耐えていることに驚きの声を上げていた。

並みのサーヴァントであれば、今の一撃で消滅してもおかしくないものだった。

そうでなくても、瀕死でもおかしくない状態なはずなのだ。

 

 だと言うのに、体を前のめりにしながらも、未だに立ち尽くしているランサーは、やはり化け物だと言わざるを得なかった。

 

 

「……撤退か」

 

 

 と、そこでランサーは、ぽつりと独り言を小さくこぼす。

 

 

「逃がすかよ!」

 

「すでに命令は下されている」

 

 

 それを聞いたバーサーカーは、すでにランサーの真上へと飛び上がり、鉞を振り下ろしている最中であった。

が、その瞬間、ランサーはその場から消え去ったのだ。

 

 

「なっ! 令呪での転移か!」

 

「相手のマスターも、動けないまでもどこかでここを見てやがったってわけか」

 

 

 その光景を見ていたロビンも、自分が行ったことと同じことをしたことを理解し、驚きの声を上げていた。

 

 バーサーカーもランサーがいた場所へと着地し、鉞を肩に担いで言葉を漏らす。

ランサーのマスターは近くにいないものの、どこからか覗き見していたのだろうと悟ったのであった。

 

 

「んったく、予定とは随分と違うんじゃねーですかね? ()()()()?」

 

「それについては弁明の余地はありません。申し訳ありませんでした」

 

 

 戦いも終わったところで、一呼吸置いたロビンは、ふと振り返り、そこへ現れた人影を()()()()と称し、皮肉交じりに言葉を交わした。

その()()()()と呼ばれた人影は、月夜に照らされ姿を現せば、なんと女性であったのだ。

女性は()()()()と呼ばれたことに何も反応せず、ただただロビンの言葉に対して小さく謝罪するだけだった。

 

 

「あぁ? ()()()()だと……?」

 

 

 だが、バーサーカーはロビンがマスターと呼んだ女性を見て、訝しんだ表情を見せた。

バーサーカーは過去に見たロビンのマスターは、髭のじいさんだった。

だと言うのに、目の前のマスターと呼ばれた人物は、似ても似つかない。

 

 どういうことなのかと疑問に思いながらも、まずは自分のマスターのところへと帰ろうと考えるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 少し時間を戻して、ここは集合場所となっている地下物販搬入港。

その天井付近の空間が、突如割れたのだ。

 

 

「本屋ちゃん!? それと確かこの人たちは……!?」

 

 

 すると、その空間のひずみから、見知った顔が落ちてきた。

それはのどかだった。それだけではなく、トレジャーハンター仲間のクレイグとアイシャも一緒だ。

 

 それを見たハルナは驚いた顔で、近くに落ちたのどかに近寄りつつ、共に落ちてきた二人のことを思い出していた。

また、それを見ていた仲間たちも、同じように驚いていた。

 

 

「なっ、どないなってんのや……!?」

 

「コタローくん!」

 

 

 小太郎も少し驚いていたが、今の空間から突然出てきた現象が、転移の魔法ではないかと考え質問した。

しかし、のどかは焦っているのか、その問いに答える余裕がなく、むしろ小太郎に助けを求めるかのように叫んできたのだ。

 

 

「さっき黒い魔術師に襲われて……、ロビンさんが抑えてくれて……」

 

 

 何故焦っているか。それはあのロビンが、敵を抱えて闇に消えたからだ。

また、先ほどの敵以外にも、恐ろしい相手がいるかもしれないと考え、のどかはさっき起こった出来事を説明し始めたのである。

 

 

「っ!!?」

 

 

 だが、その時、突如として、先ほどロビンが抑えていたはずのデュナミスが、のどかの背後に現れた。

さらに、のどかのか細い首を、いかつい右腕から出した魔法陣で締め上げて、体ごと持ち上げたのだ。

 

 

「ぬうぅ……。ぬかったとしか言えんな……」

 

「あっ!? あぁっ!!」

 

「動かぬほうがいいぞ。この小娘の首をひねることなど造作もない!」

 

 

 先ほどの失態は大きかった。

まさか、狩るものが狩られるものとなりかけてしまうとは、と。

そうぽつりと独り言を漏らしながらも、デュナミスはのどかの首をさらに強く締め上げ、奪われた造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を左腕で取り返した。

 

 その苦しさにのどかも苦悶の声を出し、苦痛にあえぐ表情を見せていた。

その周囲の仲間たちも助けようと動こうとしたが、それを察したデュナミスは、のどかを人質とすると宣言したのだ。

 

 

「ノドカ!?」

 

「野郎……!!? ロビンはどうした!?」

 

 

 先ほどの戦いを知っているアイシャも、のどかを心配する声を出した。

同じくクレイグは、さっき目の前の男を相手にしていた、仲間のロビンのことを質問した。

 

 

「奴ならば他の仲間が相手をしている……」

 

「なんだと……!?」

 

 

 すると、デュナミスは隠すことなく、その事実を告げた。

そうだ、あのロビンと言う男は、自分の味方であるランサーと呼ばれる男が相手をしているのだと。

 

 まさか、あのロビンが抑えられるほどの相手が、敵にも存在したとは。

クレイグはその事実に驚きながらも、今の状況をどうするかを模索していた。

 

 

「小娘よ……。先ほどの胆力はなかなか賞賛に値するものであったが……。故に貴様はここで消えてもらうしかない」

 

「うっ……くっ……」

 

 

 されど、デュナミスはのどかを人質にしたままにする気はない。

はっきり言って先ほどの行動は恐るべきものだった。

対処すべき相手だと認識したが故に、この場で()()()()()()へと消えてもらうことにしたのだ。

 

 のどかは今のデュナミスの言葉が本気であることを悟った。

故に、このままではマズイと、抜け出す方法を考え始めていた。

 

 

「……!」

 

「…………」

 

 

 そこで、のどかは目が合った焔と小太郎へと、小さくうなずいて合図を送った。

焔と小太郎も、のどかの意図を察し、大きな博打をすることに決めたのだ。

 

 

「そのアーティファクトともに……、何ッ!? グッ!?」

 

「今や!」

 

「ぬうぅ!?」

 

 

 それは、単純に焔の能力である、目から炎を出すことだった。

炎は言葉を述べるデュナミスの顔面に直撃し、ひるませた。

その炎は一瞬で、大きいものでもなかったが、一瞬だけ隙を作ることに成功したのだ。

 

 そこで小太郎がすかさず、気で強化した手刀にてデュナミスの右腕を切断。

のどかを抱えて救出したのだ。

 

 

「大丈夫やったか!?」

 

「は……はい。ありがとうございます」

 

 

 のどかをゆっくり下しながら、傷などはないか確かめる小太郎。

のどかも特に異常はないことを確認し、助けてもらった礼を述べた。

 

 

「それと、わかってくれてありがとうございます」

 

「勘やったけどなんとかなってよかったわ」

 

「何となくだ……何となく……!」

 

 

 また、自分の作戦を頷くだけで察してくれた焔と小太郎へと、微笑みながら礼をもう一度送った。

それに対して小太郎はニヤリと笑い、察しただけだと言う様子を見せていた。

 

 ただ、焔は感謝されるのが恥ずかしいのか、頬を紅色に染めそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに答えるだけだった。

 

 

「貴様ら……!」

 

「人質がいないんやったら、こっちのもんやで!」

 

「それはどう……ぬっ!」

 

 

 してらやられた、と言う強い悔しさを吐き出すかのように、デュナミスは声とともに小太郎たちを睨みつけた。

 

 されど、人質さえいなければ怖いものはない。

小太郎は強気でそう発言すれば、その瞬間、突如として卓越した忍術がデュナミスを襲ったのだ。

そう、楓はすでに近くまで戻ってきており、自分が出るタイミングを見計らい、今この瞬間を待っていたのである。

 

 デュナミスはその忍術を影の魔法にて何とか防御したが、完全には防ぎきれず少なからずダメージを受けた様子ではあった。

 

 

「楓姉ちゃんか!」

 

「無事でござるか!?」

 

「まあな」

 

 

 当然、それを放ったのは仲間を探しに出ていた楓だった。

楓は全員の無事を確認するかのように小太郎へと聞けば、YESと言う答えが返ってきた。

また、楓と一緒にいたアーニャたちも、楓が攻撃したのを見計らってこの場へ駆けつけ、非力な子たちの盾となっていた。

 

 

「ぬう……。増援か……」

 

「拙者たちだけではござらんよ」

 

「何!?」

 

 

 デュナミスは増援として現れた楓を睨みながらも、どうするかを考え始めていた。

だが楓は、今の増援が自分たちだけではないことを、ふっと笑って言い出した。

 

 嘘か本当か。

デュナミスは数多の言葉を聞き、真偽を確かめるかのように声を出した瞬間、さらなる攻撃が襲い掛かった。

 

 

「神鳴流奥義・斬鉄閃!!!」

 

「うちもおるで!」

 

「ぬうう……!」

 

 

 今度は鋭い剣技がデュナミスを切り裂いたのだ。

それこそ神鳴流の奥義だった。また、当然の使い手は、刹那だ。

 

 しかし、攻撃はそれだけにとどまらない。

巨大な白い翼を模したO.S(オーバーソウル)が、畳みかけるかのようにデュナミスを切り裂いた。

そして、木乃香が大声を出して自分の存在をアピールしていた。

 

 今の二撃でデュナミスは、右肩と腹部を切り裂かれ、その部分が泣き別れするほどのダメージを受けていた。

だが、それほどのダメージを受けたと言うのに、上半身のみを宙に浮かせたまま、少しひるんだ様子しか見せなかった。

 

 

「刹那! それにこのか殿! 気を付けるでござる!」

 

「わかっている! (アーチャー)並みに厄介な相手のようだな!」

 

「はいな!」

 

 

 そのデュナミスの様子を見た楓は、相手がかなりの強敵であることを察した。

いや、それ以前にあのゲートでの事件の時、対峙した時点でわかっていたことだった。

 

 そうだ、油断ならぬ相手だと、楓は刹那へと忠告する。

刹那も当然理解していたので、あのアーチャーと同等かそれ以上の相手だと言葉にしたのだ。

当然、木乃香も元気に返事しながらも、緊張の表情を見せていた。

 

 また、そのアーチャー本人は、出くわすとマズイのであえて物陰に隠れていた。

 

 

「悪いな、もう一人追加だ」

 

「くっ……」

 

 

 そこへさらに、もう一撃、弾丸がデュナミスを穿った。

その銃声の後から、見知った声が聞こえてきたではないか。

 

 デュナミスも今の弾丸を胸部に受け、さらに後ろへと下がりながら、若干苦しそうな声をあげていた。

 

 

「真名!? 何故ここに!?」

 

「久しぶりだな。こちらも事情があるのだが、今は話している暇などなさそうだ」

 

「……そのようでござるな」

 

 

 その声の主こそ、楓らと同じクラスの真名であった。

意外な人物の登場に、刹那は若干驚きつつもそれを問えば、相変わらずの態度で真名は返事をするだけだった。

そして、それよりも今は、目の前の敵に集中するべきだと真名は答えれば、楓も小さくうなずき返事を返すのだった。

 

 

「ふむ……。これでは不利か……」

 

 

 先ほどからダメージを与えられたデュナミスは、未だに上半身のみを浮かせたまま不気味に彼女らを眺めていた。

いやはや、これほどの数を相手にするのは、少々骨が折れそうだ。さて、どうするかと思考中だ。

 

 なんと余裕の態度だろうか。底が見えぬ相手に、刹那たちも額に汗を流し、踏み込むタイミングを計っている状況だった。

 

 

「ここは一度退かざるをえんようだな……」

 

 

 敵の数を考えて、デュナミスは撤退を決定した。

これほどの数を一人で相手にするのは、少々骨が折れそうだと思ったからだ。

それだけではなく、やはり()()()を相手にするならば、それにふさわしい場所でこそとも考えたからだ。

 

 

「そうはいかねぇよ」

 

「っ!?」

 

 

 が、そこへ邪魔を入れるかのように、男の声が響き渡る。

それを確認するようにデュナミスが上を向けば、雷の槍が6本ほど降り注いだのだ。

 

 

「ぐううぅぅ……!? これは……!?」

 

 

 その六つの雷の槍はデュナミスを中心に、六方星の魔法陣となりて強靭な結界となった。

結界の強烈な重圧に、デュナミスはうめき声をあげ、地面にたたきつけられ縛られた。

 

 

「俺が得意とする結界さ。あんたはもう動けんぜ」

 

「貴様は……!!」

 

 

 その結界を発生させた張本人こそ、アルスだった。

また、今使用した術こそ、トリスを封じた対竜種用の結界だ。

 

 デュナミスはアルスの顔を見れば、どこかで見た顔だと言う様子で驚いていた。

 

 

「アルス先生! ゆーな!」

 

「ここにいるのは全員無事みてぇだな」

 

「よかったー!」

 

 

 そこへ降り立ったアルスと裕奈を見たハルナは、安堵と歓喜の声を上げていた。

同じく裕奈が降り立つと、明るい笑顔でまき絵たちの近くへと駆け寄っていった。

アルスも周囲の生徒たちや仲間たちを見て、この場にいるものたちに何もなかったことを確認した。

 

 

「さて、お前にゃここで退場してもらうぜ」

 

「……フ」

 

「何を笑って……っ!?」

 

 

 そして、アルスは再びデュナミスへと視線を戻し、こいつをこの場で倒すことにした。

この目の前の男は完全なる世界の幹部格で危険な存在だ。今、ここで倒せれば後が楽になると考えたのだ。

 

 が、デュナミスはこの状況でさえ、小さく笑って余裕の態度を見せるではないか。

一体何がおかしいのかと、アルスが聞こうとしたその時、突如としてデュナミスの背後の結界の外に、一人の男が現れたのだ。

 

 

「あの御仁は……!?」

 

「知っているのか楓?」

 

「街で苦戦した相手でござるよ……」

 

 

 すると、その男を見た楓が、大きく反応を見せた。

刹那はそこでかえでへと尋ねれば、新オスティアにて戦闘し、苦しい戦いを強いられた相手だと言うではないか。

 

 

「――――何もんだテメェ……」

 

「……名乗るほどのものじゃない」

 

 

 アルスは、結界を手で触れながらニヤリと笑うその男へと、睨みつけながら質問を飛ばした。

男はアルスの方を少し見てそう答えた後、真名へと視線を移したのだ。

 

 

「そうだろう?」

 

「――っ! 馬鹿な……!!?」

 

 

 そして、男は不敵に笑って見せながら、真名へと話しかけてきた。

真名はと言うと、驚愕の表情を見せたまま、硬直していた。

まるで幽霊を見たような、信じられないものを見たような、そんな状態だった。

 

 

「どうだ? 元気してたか? 相棒……」

 

「お前がどうして……!!」

 

 

 さらに、男は真名へ気さくに挨拶しつつ、彼女を”相棒”と呼んだのだ。

それに対して真名は、その男がここにいることについて、驚きながら尋ねていた。

 

 

「戦う理由を見つけたからさ」

 

「戦う理由だと……!?」

 

 

 その問いに、男はただ一言、理由が見つかったからだと、小さく笑いながら言った。

その理由とはなんだ、真名は再び男へ問う。

どんな理由があれば、目の前のローブの男の味方となるのか、理解しかねたからだ。

 

 

「それより俺なんかとおしゃべりしてる暇なんかあるのか?」

 

「……!? これは……!?」

 

 

 だが、それ以上の質問に男は答えることなく、話を変えてきた。

それは自分と話している状況なのか、と言うものだった。

 

 すると、なんと急に床が冷え始めたではないか。

真名もそれに気が付き、咄嗟に地面へと目を移した。

 

 

「なっ、なにこれ!?」

 

「床が凍って……」

 

 

 その異常な現象は、他の子たちにもわかるものであった。

裕奈はその現象に驚いた声を出し、アキラもどういう訳か床が凍結し始めているのを見て、凍り付いた床から離れるように後ろへと下がった。

 

 

「これはまさか野郎の……!?」

 

「フフフ……、そのまさかってやつだ」

 

「現れやがったな!」

 

 

 その現象には見覚えがあった。数多には見覚えがあった。忘れるはずもない、この凍結。

まさしく、あの男の仕業だと確信の言葉を発した時、デュナミスの影からもう一人、見知った顔が笑いながら現れた。

 

 そうだ、その犯人こそコールド・アイスマン。

数多と何度か衝突した、冷気を支配するこの男だ。

 

 

「なっ!? 俺の結界すらも凍るっつーのか……!?」

 

 

 また、コールドを中心に床が凍結しており、なんとアルスが張った結界すらも薄氷のように凍り付いてしまっていたのだ。

それに、攻めようと考えても床の凍結で、無力な子たちも巻き添えにしかねないと考え、誰も一歩も動けない状況になってしまっていた。

 

 

「会いたかったぞ。成長したお前に」

 

「ここでケリつけに来たって訳か?」

 

「そうしたいのは山々なんだがな」

 

 

 そんな周囲の空気など気にせずコールドはニヤリと笑いながら、数多へと会いたかったと、まるで恋人へラブコールをするかのように言い出した。

当然、数多はコールドがここへ現れたのは、ここで自分と決着をつけるべく来たのだと考え、それを言葉に出した。

 

 しかし、コールドもその気はあるようだが、少しがっかりした様子で決着は追いそれと言葉を続ける。

 

 

「今回はここで帰らせてもらうよ」

 

「新たな世代の者どもよ、次はふさわしき場所で相まみえようぞ」

 

「またな、相棒」

 

 

 コールドは戦いに来た訳ではなく、デュナミスの回収をしに来ただけだった。

そうコールドが語れば、別の男が凍結した結界に力を入れ粉々に砕くと、デュナミスの闇とともに消え去った。

そして、もう一人の男もまた、真名へと再会の約束をしながらも、別れの言葉を送りながら闇に飲まれていった。

 

 

「待て!」

 

「待てよテメェ!!」

 

 

 真名と数多が制止の言葉を同時に投げるが、すでにその姿はなく、完全に消え去った後だった。

 

 

「……逃げたか……」

 

「仲間がまだいるとは……。いや、もっと警戒すべきだった……」

 

 

 数多は敵を逃がしたことに、悔しそうな顔を見せて拳を強く握っていた。

また、アルスも他の敵がいることを考えて行動するべきだったと、大きく反省して自分の甘さを痛感していた。

 

 

「今の御仁は知り合いでござるか?」

 

「ああ……。古い友人だ……」

 

 

 楓は唖然として動けぬ真名へと、先ほどの男との関係を質問した。

あのらしくない取り乱しようといい、掛け合いといい、見知った関係なのではないかと察したからだ。

 

 真名はその問いに、静かに答えた。

察しの通り、知人であると。しかも、友人であったと。

 

 

「……どうしてお前は……」

 

 

 その問いを答えた後、真名は遠くを見るかのような目をしながら、いなくなったあの男へと再び問いをこぼしていた。

何があったのだろうか。どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 その疑問は尽きることはなく、答え知ることもできない。

その答えを持つ本人も、この場にはもういないのだから。

 

 そして、とりあえず危機を脱した彼らは、残りの仲間が戻ってくるのを待つことにするのであった。

 

 

 


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