理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百六十二話 造物主の掟

 ここは地下物資搬入港。

その入り口に、二人の人影が走ってきた。

 

 

「ふぅー、到着だな」

 

「なんとか来れたか」

 

 

 それは数多と焔だった。

二人は敵の猛攻をかいくぐり、二番乗りでこの場所へとやってきたのだ。

 

 

「熱海のにーさんと焔じゃん!」

 

「よう!」

 

「う、む」

 

 

 二人に気が付いたハルナは、とっさに声をかけると、二人もそちらへと移動し、数多は軽快にあいさつを交わした。

ただ、焔はややぎこちない様子で、返事を述べていた。

 

 

「いやー、大丈夫かなって思ってたけど、やっぱ無事だったんだね!」

 

「あの程度なんてことなかったぜ」

 

「そっちも無事みたいで……、よ……よかった……」

 

 

 ハルナは二人のことを、少しだけ心配していた。

が、闘技場での決勝戦を見ていたハルナは、二人がこの程度でやられる訳がないとも思っていた。

 

 そんなハルナの言葉に、数多は反応して豪語した。

こんな雑魚程度、問題なんてあるはずがないと。

 

 その隣の焔は、逆にハルナたちを心配するような言葉を、小さい声でこぼしていた。

彼女たちはクラスメイト故に、多少なりと気にしていたようだ。

 

 

「そりゃ兄ちゃんならそりゃ余裕やろな」

 

「あのぐらいで手こずってたら、親父にゃ一生勝てねぇからな」

 

「せやろな……」

 

 

 そこへ小太郎がやってきて、数多へと話しかけた。

小太郎と数多は山で知り合ってから、随分と仲良くなった。修行も時々一緒にするようになり、数多の実力を知っていた小太郎は、あの程度の相手なら数多なら楽勝だろうと思っていたようだ。

 

 数多も目標が目標なので、あの程度で苦戦する訳にもいかないと、ふっと小さく笑って言葉にした。

むしろ、あの程度の敵に苦戦するようでは、父親である龍一郎に殴られかねないとさえ思っていた。

 

 その数多の言葉に、小太郎も苦笑いを見せ、肯定した。

小太郎も闘技場の決勝戦を見ていたので、その父親の強さを理解していたからだ。

 

 

「まっ、俺も負けてられへんわな!」

 

「お互いさらに強くなろうぜ!」

 

「おう!」

 

 

 まあ、それはそれとして、さらに高みを目指したいと、小太郎は心から宣言した。

そんな小太郎に数多も同調し右腕を差し出せば、小太郎も返事とともに右腕を伸ばた。そして、二人は右腕同士を組んでニヤリと笑っていたのである。

 

 

「……で、今の状況は……?」

 

「まだ半分ぐらい集まってなくてね」

 

 

 盛り上がる二人を差し置いて、焔はハルナへと状況の確認を行った。

ハルナはその問いに答え、ここにいない人がまだ多いと説明した。

 

 

「みんなが集まるまでここで待機ってことになってるよ」

 

「なるほど……」

 

 

 当然それ以外にも、現状どういう考えで動いているかも、ハルナは答えた。

まだここへ来ていない人も結構いるため、この場を動くことはできないと。

 

 焔はそれを聞いて、頷きながら納得した。

それに、ハルナの後ろには数人のクラスメイトが待機しているが、まだまだ全員には程遠いのも確認できた。

 

 

「まあ、今楓が迎えに行ったし、他の子たちも大丈夫だとは思うけど……」

 

「そういえば、先ほど通り抜けていったのは彼女か……」

 

 

 また、ハルナは先ほど仲間を迎えに行くと出ていった楓のことも話した。

そこで焔は先ほどこの港の入口付近の廊下で、一瞬だけ姿が見えた人影が通り過ぎたのを思い出し、それが楓だと言うことを認識したようだ。

 

 

「とりあえず、今は警戒でもしておこう」

 

「えー? もっとおしゃべりしてくれてもいいんじゃない?」

 

 

 焔は全員が集まるにはもう少し時間がかかると考え、周囲に敵がいないかを見回ることにした。

それにハルナは文句を飛ばす。

 

 焔はもともとクラスで浮いた存在だった。

基本的に必要なことしか会話しない、どこか翳りがあり。とても鋭利な刃物みたいな孤独な少女だった。

 

 だが、最近少し丸くなってきて、随分と態度が柔らかくなった。

雰囲気も刺々しさが消え、話しやすくなったのがよくわかる。

 

 だから、こういう時ではあるが、親交を深められれば、とハルナは思ったのである。

 

 

「……地上(うえ)はまだ敵だらけだし、警戒は必要だ」

 

「うーむ、まあ、本人が嫌だって言うのなら、無理にとは言わないけど」

 

「……いや、その……、別に嫌と言う訳では……」

 

「ほほーう?」

 

 

 されど、焔は会話が理由をつけて断ろうとした。

と言うか、何を話していいかわからないので、戸惑ってしまっているのが本音であった。まあ、実際警戒が重要なのも間違いないのだが。

 

 ハルナは本人が嫌そうなのを見て、今回はやめておこうと思慮した。

すると、焔は小さな声で、そういう訳ではない、とこぼすではないか。

それを聞き逃さなかったハルナは、メガネを光らせてニヤリと笑った。

 

 

「なるほどー! 素直になれないとかそんな感じかー!」

 

「ちっ、違……わ、ない……か……」

 

 

 そこでハルナはわざとらしい大きな声で、自分が思ったことを言葉に出した。

前までツンツンしてたからか、今すぐ素直になりきれないんだろう、と考えたのである。

 

 焔はハルナの言葉を否定しようとするも、強く否定することはできず、むしろその通りであると、弱弱しい声で認めたのだ。

 

 

「おやおやぁ? 結構トゲが抜けてきて、いい感じになってきたじゃん?」

 

「……」

 

 

 そんな焔の態度を見たハルナは、意外と言う気持ちを感じながらも、目を細めてニヤニヤと笑っていた。

また、ムキになって否定するとばかり思っていたが、しおらしく認めるとは予想外であった。

 

 こんな様子の焔など、半年前までは想像すらできなかった。

ならばと、ハルナは今の気持ちを素直に焔へと伝えた。随分と心境が変化したのか、鋭さが抜けたと。

 

 が、そこで焔は口をつぐんで黙ってしまった。

頬を少し紅色に染めながらも、無言で下を向いてしまったのだ。

 

 

「なんでそこで黙っちゃうかなー……!?」

 

「……いや、そうではなくて……」

 

 

 急に黙ってしまった焔へと、ハルナは焦った顔を見せていた。

何か悪いことを言ってしまったのではないか、と思ったのである。

 

 ただ、焔は別に悪い方向に何か思った訳でもなかった。

だから、ハルナの焦る顔を見て、ゆっくりと重たい口を開き始めた。

 

 

「どうなんだろうな、と考えてしまって……」

 

「自分の変化に戸惑ってるってやつ?」

 

「多分……」

 

 

 自分でも、今言われたことをあまりよく理解できていると言い難い状態だと、焔はぽつりと語り始めた。

ハルナはそれについて、自分が今考えたことを焔へと伝えた。

そして、焔もハルナの意見には概ね正解だと考え、一言そう述べた。

 

 

「まあ、時間もまだある感じだし、お互い色々埋めていこうかね」

 

「そ……、そうだな……」

 

 

 まあ、なんにせよ焔が自分たちに対して、悪感情を持っている訳じゃなさそうだ。

ハルナはならばと、親交を深めていこうと焔へ笑顔で語りかける。

 

 焔は少し照れ臭そうにしながらも、拒絶することなく、むしろ受け入れることにしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 少し時間を戻して、そこは夕映たちがいる場所。

未だに敵の数が減らずに、囲まれている状況だった。

 

 

「すごい敵の数です……!」

 

「それに……私の魔法がまるで通じませんわ……!」

 

「私のが効かないのはともかく委員長の魔法が効かないのはおかしいよ!」

 

 

 数の減らない召喚魔に、困惑の色が隠せない夕映。

その近くのエミリィは自分の放つ魔法が、召喚魔に通じていないことに、大きな動揺を受けていた。

 

 また、それがおかしいと、コレットも怪訝な表情を浮かべていた。

何せエミリィはアリアドネ―のクラス委員長で、魔法の才能に長けているからだ。

 

 

「それにユエさんとビーの魔法は通じておりますし……、確かに何か変ですわね」

 

「何か、このからくりには裏がありそうです」

 

 

 しかし、夕映とベアトリクスの魔法だけは、しっかりと召喚魔にダメージを与えている。

それに何かがあるのではないかと、エミリィと夕映は睨んでいた。

 

 

「四人とも、無理しないで。僕がこの場は何とかするから」

 

「はい……」

 

「お願いしますです」

 

 

 だが、彼女たちが話し合っている時に、再び巨大な轟音が宮殿内に響き渡った。

その音の発生源を見てみれば、すでに巨大な衝撃が大量の敵を吹き飛ばした後であった。

 

 そして、それを起こした張本人、タカミチが、ポケットに手を入れたまま、普段通りの微笑の表情で立っていた。

そんなタカミチは、頑張ろうと奮闘する彼女たちへと、ここは自分に任せて欲しいと述べた。

 

 それに対して彼女たちも、小さく返事をして、タカミチに任せることにしたようだ。

と言うのも、攻撃が通る夕映とベアトリクスの二人でさえ、タカミチが放つ無音拳の前には赤子同然だったからだ。

 

 

「だけど、このままではマズイかもしれない……」

 

「あの巨人の存在もあるですし、どうにかしないと……」

 

 

 とは言え、この状況で一番危険なのは、少し離れた場所に顕現している、あの巨大な召喚魔の姿だ。

あまり大きな動きを見せていないが、あれこそが間違いなくこの場において、一番障害になると、誰もが思っていた。

 

 

「なっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 

 だが、突如として外が、まるで太陽が爆発したかのように光り輝いた。

巨人の召喚魔を建物内から見ていた彼女たちは、その光に驚きながら目を守るように腕で塞いだ。

 

 

「なっ、何!? 今の光は!?」

 

「あれを!」

 

 

 その光が収まり、何がどうなったと狼狽えるコレット。

そこで外へと指をさし、見てと言わんばかりに声を出す夕映がいた。

 

 

「巨人が……、消えてる……」

 

「すごい……、でもなんで……」

 

 

 その外の様子を見てみれば、再び彼女たちは驚きの光景を目の当たりにしたのである。

それは外に巨大な存在感を出していた、巨人の召喚魔が消滅していたからだ。一体何が起こったのか、誰もが理解できずに呆然とするばかりだった。

 

 

「もしや、今のは覇王さんが」

 

「ハオって、あのアカクラハオ様!?」

 

「え……? は、はいです」

 

 

 そこで夕映は、ある仮定をを口にした。

あの光こそ、覇王が放った攻撃だったのではないか、というものだった。無論それは間違いではなく、覇王が放った”鬼火”によって、巨人の召喚魔は消滅したのだ。

 

 しかし、そこで彼女たちが耳を傾けたのは、覇王と言う人物の名前であった。

エミリィは覇王の名を聞くと、急に興奮したように夕映へと詰め寄り始め、夕映はいきなりのことで困惑するしかなかった。

 

 

「まさかこんな近くにまで来ていたなんて……!」

 

「きっと私たちの窮地に駆けつけてくれたんですわ!!」

 

「違うと思うんですけど……」

 

 

 さらに、コレットも覇王の名前に感激し、興奮の色を隠せない様子だ。

なんと、エミリィは両手を重ねて祈るような態度を取りながら、覇王が近くにいると言うことに喜びの涙を見せ始めたではないか。

 

 なんだこれ、と少し引いた表情の夕映は、自分たちの為に覇王が来た訳じゃないと、ため息交じりに否定の言葉を漏らした。

ベアトリクスも特に覇王に何か感じている訳ではないのか、無言でエミリィを見ているだけであった。

 

 と言うのも、彼女たちは覇王がこの舞踏会に来ていることを知らなかった。

確かに覇王は闘技場で決勝戦などをしたりと近くにはいたのだが、直接会うことがなかったのである。故に、こんな誤解をしているのだった。

 

 

「いやあ、すごいね彼は」

 

「まったくもって本当です」

 

 

 タカミチは先ほどの光と、感激する彼女たちを見て、覇王の凄さをその身で実感し、ぽつりと一言こぼす。

 

 夕映も覇王と言う人物をよく知っている訳ではないが、その強さだけは周知だったので、タカミチの言葉に同調した。

 

 

「さて、僕も彼に負けないように頑張らないと」

 

 

 また、タカミチは覇王の仕事ぶりに感化され、さらにやる気を出した。

あんなすごい光景を見せられたからには、この程度で遅れてなるものか、と久々に対抗心が燃えたのだ。

 

 そして5人は順調に歩みを進めながら、集合場所へと着実に移動していったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、バロンとともに夜の闇に消えたエヴァンジェリンは、無人の岩礁地帯まで飛ばされていた。

 

 

「吸血鬼よ、どこまで持つかな?」

 

「なめる……なぁ!!」

 

「むっ!?」

 

 

 その巨大な岩礁へと降り立った両者。

未だに力づくで剣を押し続け、挑発的な言葉を飛ばすバロン。

 

 そこでエヴァンジェリンは地に着いた足で踏ん張り、バロンの剣を薙ぎ払ったのだ。

それに対してバロンは少し驚きながら、後ろへと数歩下がった。

 

 

「ここでなら人を気にせず戦える。前とは違うぞ?」

 

「でかい口がたたけるのも今の内だ」

 

 

 前にバロンと戦った時は、周囲に仲間がいた。それでは広域魔法が使え勝ったが故に、エヴァンジェリンは押されていた。

しかし、今、この場には誰もいない。障害となるものは存在しない。

であれば、全力でバロンの相手ができると言うものだ。

 

 されど、バロンとて未だ真の実力を見せてはいない。

豪語するだけならば誰でもできると挑発しながら、額の紋章を輝かせたままエヴァンジェリンを睨みつけていた。

 

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

「ふうん!!」

 

 

 が、バロンの台詞こそ今返してやると、エヴァンジェリンは叫びながら握っていた氷の剣を振りかぶって襲い掛かった。

とは言え、竜闘気(ドラゴニックオーラ)にて強化されているバロンには、その程度の攻撃は通用しない。

すさまじい膂力で振り回された真魔剛竜剣が氷の剣と衝突すると、逆にエヴァンジェリンが弾き飛ばされたのだ。

 

 

「どうした? 先ほどの威勢はどこへ行った?」

 

「グッ……、この特殊な気、すさまじい力だ……」

 

「当然だ! 竜の生命力たる気なのだからな!」

 

 

 暴風すらも吹き飛ばすかのような、重く精悍な剣撃。

繊細さに欠けるも豪快に振り回される力強い剣の圧力は、まさに巨大な竜が振り回す爪そのもの。

 

 バロンは本気でエヴァンジェリンを滅ぼすべく、剣を振り回しながらさらに煽り強気で攻めた。

その最中にも竜闘気(ドラゴニックオーラ)全開で放たれる剣の一閃が、まるで濁流のごとくエヴァンジェリンへと襲い掛かる。

 

 流石のエヴァンジェリンもバロンのすさまじい猛攻に、反撃の機会すら与えられなかった。

それもそのはず、やはり竜闘気(ドラゴニックオーラ)による強化が、絶大な力を見せていたからだ。

 

 エヴァンジェリンはそれを愚痴のように吐き出すと、バロンはさらに強気な態度で攻撃を激しくさせていった。

 

 

「ならばこちらも奥の手を用意するだけだ!」

 

「やってみるがいい!! できるものならばな!!」

 

 

 だが、バロンが本気であるならば、エヴァンジェリンも相応の対応をするだけだ。

ここには誰もいない、何もない。ならば、最大の力が発揮できるというものだ。

 

 そこでエヴァンジェリンはバロンが剣を大きく振りかぶった一瞬の隙をついて、瞬時に後方へと下がった。

 

 エヴァンジェリンの発言と行動に、むしろさらに挑発的になるバロン。

今のお前に何ができる? できるのならばやってみろ。その前に阻止してやる。そう叫びながらも、移動したエヴァンジェリンを追うように、爆発的なスピードで距離を詰めに行った。

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック……」

 

「詠唱などさせるものかぁ!」

 

 

 エヴァンジェリンは素早く詠唱を唱え始め、その”本気”の準備へと入った。

されど、それを見逃すほどバロンは甘くない。詠唱中のエヴァンジェリンへと、山すらも切り落とすような斬撃を繰り出したのだ。

 

 

「ぬう!?」

 

 

 だがしかし、その強靭な剣撃は足元が光ったと同時に、何かに阻まれいなされた。

別の剣のような何かが、バロンの剣の腹を叩き軌道をずらしたのだ。

 

 

「へぇ、マスターの相手はあなただったの?」

 

「お前は……!」

 

 

 その光の中から少女らしき声が聞こえてきた。

そして、光が消えた場所には、エヴァンジェリンの従者となった少女、トリスが片足を高く伸ばして立っていたのだ。

 

 そう、エヴァンジェリンは自分一人では目の前の男を相手にするのは厳しいと判断し、従者であるトリスを召喚したのだ。

また、召喚の光がやんだことで、再び周囲は夜空の星だけが照らす、淡い闇へと染まっていた。

 

 

 トリスはゆっくりと持ち上げた脚を地面へと下しながら、マジマジとバロンを見ていた。

なるほど、エヴァンジェリンが急に呼び出したと思えば、相手はこの男か。確かに、この男を相手にするのであれば、呼ばれるのも道理。そう思考しながらも、挑発的な声でバロンへと声をかけた。

 

 先ほどの攻撃をいなされたバロンはと言うと、驚きの顔を見せていた。

何せ元々トリスは完全なる世界(こちら)側にいた。それがどういう訳か敵対者として出てきたのだ。

 

 いや、それ以上にバロンが驚いたのは、積極的にエヴァンジェリンの味方をしていることだった。

半ば強制的に使役されているのなら、わからなくもない。だが、目の前のトリスはそのような雰囲気がまるでなかった。故に、バロンは驚愕せざるを得なかったのだ。

 

 

「裏……切ったのか……」

 

「別にあなたたちの仲間になったつもりなんか、一欠片もなかったのだけどね」

 

「そうか……。そうだろうな……」

 

 

 バロンは表情を固めたまま、トリスへと問う。

そんなバロンを小馬鹿にするかのように、トリスはせせら笑いながらそれに答えた。

それを聞いたバロンは、合点がいったと言う様子で、ふと微笑をこぼしたのだ。

 

 

「……ならば、お前もここで消えてもらうだけだ」

 

「あーらぁ……、怖い怖い」

 

 

 ああ、裏切ったのならば容赦の必要はないだろう。

この場で消し去ってしまえばいいのだから。バロンはそう決意し、剣を強く握りしめて構えた。

 

 その時、バロンからは重圧とも言えるほどの殺気が放たれた。

視線だけで人を殺せるのではないかと言う程の、強烈な威圧だった。

 

 だと言うのに、バロンから放たれるおぞましい殺気を、軽く受け流すトリス。なんとトリスは、わざとらしく恐怖したような動作を見せながらも、表情は煽るような余裕の笑みを見せていた。

 

 

「でも、私なんかにかまっている暇があって?」

 

「何……? グッ!!?」

 

 

 それもそのはず、トリスはただの時間稼ぎでしかなかった。

それをあえてバロンへと投げれば、トリスの背後から南極のブリザードのような極寒の旋風が吹き荒れてきたのだ。

 

 流石のバロンも苦悶の声を漏らし、両腕で顔を隠して視界を狭めた。

さらに、その猛吹雪は強さを増し、地面を凍結させてきたのだ。バロンはとっさに距離を取り、トリスの背後にある蒼色に淡く輝く存在を見つめていた。

 

 

闇の魔法(マギア・エレベア)……、術式兵装”氷の女王(クリュスタリネー・バシネイア)”」

 

「……それがお前の奥の手……という訳だな……!」

 

 

 そこにいたのはエヴァンジェリンだった。その蒼く輝く淡い光こそ、エヴァンジェリンだった。

氷の翼を背中に宿し、蒼白い眩さを放ちながら、威風堂々と佇んでいた。

 

 それこそエヴァンジェリンの奥の手の一つ、闇の魔法(マギア・エレベア)にて千年氷華を武装した、エヴァンジェリンの姿があったのだ。

 

 バロンはその姿と肌を刺すほどの冷気と、身震いするほどの魔力と圧力を感知し、表情を厳しくしながら剣を握りなおした。

そうか、その姿こそエヴァンジェリンの本気。言うだけはあったと言うことか。バロンはそう思考しながらも、強気の態度は変わらずだ。

 

 

「さて、第二ラウンドと行こうじゃないか!」

 

「氷の身体をその自信ごと、粉々に粉砕してくれる……!」

 

 

 これでようやく対等に戦えると踏んだエヴァンジェリンは、これからが本番だとばかりにバロンへと挑発した。

その挑発にバロンは気にすることなく、むしろ逆に粉砕してやると言い切ったのだ。

 

 

「私を忘れるなんて、いい度胸じゃない?」

 

「っ! ぬう……!」

 

「氷の上は私のテリトリーでもあるのよ」

 

 

 しかし、相手はエヴァンジェリンだけではい。

ここにはもう一人、エヴァンジェリンが呼び出した従者のトリスがいるのだ。トリスはバロンが自分に眼中がないのを利用し、即座に接近して蹴り上げたのだ。

 

 とっさにバロンはその蹴りを回避しながらも、その鋭利な蹴りに表情をゆがませていた。

 

 また、トリスはエヴァンジェリンの闇の魔法の影響で周囲が凍結した氷の上で、得意げにそれを言った。

元々スケートのように滑って戦うトリスには、この凍結したフィールドの上はまさに水を得た魚というものだった。

 

 

「……結構マスターと私って相性いいのね」

 

「初耳だぞそれは」

 

「あら? 話してなかったかしら?」

 

 

 ふと、トリスは今の自分の発言を思い、エヴァンジェリンの魔法とは相性が最高なのではないか、と言葉にした。

エヴァンジェリンはトリスの突然の台詞に、聞いてないと呆れた顔で言い出した。

 

 そのエヴァンジェリンの言葉に、トリスはそのことを教えたかどうか、とぼけた様子で思い返すような素振りを見せていた。

 

 

「じゃ、行きましょう?」

 

「ああ、行くぞ!」

 

「……来い!」

 

 

 まあ、そんなことは置いておくとして、今は目の前のバロンを倒すのが先決だ。

トリスはエヴァンジェリンへと、戦いをはじめを告げると、エヴァンジェリンも言葉と同時にバロンへと襲い掛かった。バロンは襲い掛かる二つの蒼き光に対して、堂々と構えていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 

 一方、ネギたちより先行したカギはと言うと……。

 

 

「やべぇ! 迷った! また迷った!!」

 

 

 やはりと言うか、またしても道に迷っていた。

一体ここはどこだろうか。一応宮殿の庭のようだが、この場所がどこなのかさっぱりわからない。カギは頭を抱えて悩みながら、大声で叫んでいた。

 

 

「今回はカモの奴もいねぇし、一人で迷子になっちまったよー!!」

 

 

 しかも、今回はカモミールすらおらず、カギは独りぼっちだった。

相談役もなく孤立してしまったカギは、本気でマズイと慌て始めていた。

 

 

「どうすっかなー! どうするっか……ああ?」

 

 

 頭を抱えながら周囲をうろうろしながら、まずどうするかを考え始めたカギ。

だが、その直後、夜空で動く光り輝く物体を目の当たりにしたのだ。

 

 

「ありゃ……、まさかヴィマーナか!?」

 

 

 その暗い空を走る一筋に黄金の輝き、それこそカギも特典として保有している黄金の空を飛ぶ船、ヴィマーナだった。

 

 

「あのヴィマーナの行く先にあるのは……、もしかして墓守り人の宮殿……か……?」

 

 

 そして、その移動先はもしや敵の本拠地なのではないか、とカギに疑問がわいた。

 

 

「つまり、敵っつーわけか」

 

 

 何せ、この状況下で何もせず、空から高みの見物決め込んで、帰っていくような相手だ。

明らかに敵、敵でなくともよほどこの状況に興味がない人物なのは間違いないだろう。故に、カギは敵として認定した。

 

 

「やっちまうか……?」

 

 

 ならば、先手必勝。

この場であれほどのものを保有している敵を倒せたならば、大金星なのは間違いない。

 

 

「……いや、やめておこう……。俺は()()が使えねぇ……。不意打ちに失敗したらちょいとヤバイ……」

 

 

 だが、カギはあえて攻撃するのをやめることにした。

カギには一つ懸念すべき問題があったのだ。カギは選んだ特典の性質上、あるものが使えないのだ。最大で最強の武器、それが使えないがために、不意打ちに失敗した時のことを考えたのである。

 

 

「それに、もしも相手が()()()()()()()()()()()を使ってきたら、この世界がどうなるかわかったもんじゃねぇ……」

 

 

 そして、相手がもし、自分と同じような特典を選び、それを保有していたら。

それを使える相手であったならば、この世界が破壊されかねないと、らしくもない弱気な態度を見せながら、少なめの脳みそで思考した。

 

 

「とりあえず、あいつらんとこに急ごう……」

 

 

 だから、あえて無視して仲間の場所へと移動することにした。

とりあえず、歩けばなんとかなるだろう、と考え、前へと足を延ばして移動し始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 のどかを守護ろうとローブの男の前で剣を握るクレイグ。

そのクレイグへと影使いローブの男が、静かに呪文を唱え始めた。

 

 

「リライ……」

 

 

 その呪文とは()()()()

魔法世界の住人を消し去り、()()()()()()へと送り出す魔法。

 

 

「ッ!?」

 

 

 だが、それを全て言い終える前に、突如として数本の矢がローブの男へと飛んできた。

ローブの男はとっさに気が付き避けたが完全にはよけきれず、何本かの矢が軽く体をかすめた。さらに、それによってローブの男の呪文は完成せず、クレイグは消えなかった。

 

 

「なあ、オレもちょいと混ぜてくれませんかね?」

 

「!? ぐうお!?」

 

 

 その矢が飛んできた闇の影から、男の声が響いてきた。

そして、姿なき声の主は、気が付けばローブの男の前へと現れ、サマーソルトキックをかましたのである。

それを顔面に受けたローブの男は大きく後ろへと下がり、声の主は少し離れた場所へと着地したのだった。

 

 

「くっ……。いつの間に……」

 

「なあに、影に潜むのは得意なもんでねぇ」

 

 

 ローブの男は今まで蹴りを入れた主に気が付かなかったことに、驚きを感じていた。

 

 それに対して、蹴りを入れた張本人は隠れるのが得意だと、肩をすくませて、せせら笑いながら言い放った。

そう、こういう卑劣な手こそが自分の本分。相手に悟られずに狩ることが、自分の本来の技だと。

 

 されど、そのたれた目は、全く笑ってなどいない。

むしろ、目の前のローブの男を射殺すほどの、鋭い殺気を込めて睨んでいた。

 

 

「テメェ!?」

 

「ロビン!?」

 

「ロビンさん!?」

 

 

 また、のどかたちは突如現れた人物を知っていた。いや、知人と言うより仲間だった。

緑色の外套、茶髪、クロスボウ。それこそ、あのロビンだったのだ。

 

 故に、のどかたちはその名を驚きながらも叫んだ。

誰もが何故ロビンがここにいるのか、わからなかったからだ。

 

 

「ちょっと、今まで何してたのよ!?」

 

「いやあ、夜空を眺めてたらなんか変なのがわらわら出てきましてねぇ。蹴散らしながらアンタらを探してたって訳ですわ」

 

「ったく……、それはこっちの台詞だぜ……」

 

 

 アイシャは今の今まで姿を見せなかったことについて、ロビンに追及した。

が、ロビンは相も変わらずぬらりくらりとかわすように、ヘラヘラとした態度で質問に答えたのだ。

 

 ただ、ロビンは嘘を言っている訳ではない。本当に謎の影のような敵が出てきたからこそ、こうしてここへ参上したのだ。

 

 それを聞いたクレイグは呆れたような表情を見せていた。

突然いなくなったと思えば、いきなり現れる。神出鬼没もたいがいにしろと言いたくなると言うものだ。

 

 

「ああ、他のお二人さんはご無事でしたよ」

 

「そりゃよかった」

 

 

 まあ、それよりもロビンは、クレイグたちに伝えたいことがあった。

それは他の仲間の二人、クリスティンとリンのことだ。あの二人は別の場所にいるが、とりあえず無事であることを、ロビンは彼らに話したのである。

 

 クレイグもその二人に何とか連絡を取ろうと思ったが、念話が妨害されており、それどころではなかった。

なので、ロビンの報告にほっと胸をなでおろしたのだ。

 

 

「さぁてと……、いっちょやってやりますか」

 

「おう!」

 

 

 しかし、今は談話している時ではない。吹き飛ばしたとは言え、敵がいるのだから。

だから、ロビンはクレイグへと、そろそろ攻撃へ移ることを告げ、クレイグも快く承諾し、ニヤリと笑って見せたのだ。

 

 

「そらよ!」

 

「チィ……! ()()()()()()()()……!」

 

 

 その会話が終わった直後、ロビンの体がぶれたと思えば、ローブの男の死角へと回り込み、すかさず矢を放っていたのだ。

 

 ローブの男はその矢を影の魔法で防御しつつも、邪魔されたことを苦々しい声で漏らしていた。

ただ、何やらそれは意味深な感じでもあった。

 

 

「はっ、おたくが先に手ぇ出したんだろうが……!」

 

「ぐう……!」

 

 

 されど、ローブの男へと、ロビンは言い返しつつ、再び矢を何本も放つ。

その卓越した矢の射撃に、流石のローブの男も影の魔法での防御で手一杯と言う様子だ。

もはや完全に後手に回されてしまい、ローブの男も苦悶の声を吐き出すばかりだった。

 

 

「っ! ”我、汝の真名を問う”!」

 

「なっ!? 小娘風情がッ!!」

 

 

 そこへ、のどかがとっさに呪文を放った。

それは相手の名前を読み取るものだ。

 

 ローブの男はロビンの登場で失念していたのだ。

危険とされていた少女のことを。相手の思考を見ることができる少女のことを。

 

 故に、名前を知られたことに大きく焦った。

そして、ターゲットをロビンからのどかへと変え、襲い掛かったのだ。

 

 

「おいおい、俺を忘れちゃ困るぜ?」

 

「人形ごときが!」

 

 

 だが、のどかへの道を阻むものが現れた。

それは当然クレイグだ。クレイグは握った剣でローブの男へと切りかかり、のどかを守護ったのだ。

 

 ローブの男は苛立ちを抑えられない態度で、邪魔ものへと罵倒を吐きながら、クレイグの剣を影で作りだした剣で防いでいた。

 

 

「ロビンさん! あれを!」

 

「っ! 任せな!」

 

 

 そんな時、のどかはあることに気が付き、ロビンへと指をさして指示を出した。

ロビンはその短い言葉と指の先にあるものを見て、すべてを悟り返事を返すと、再び姿をくらましたのだ。

 

 

「あらよっと!」

 

「フン……!」

 

 

 そして、ロビンは不意打ちのごとく、ローブの男へと蹴りを放った。

 

 が、流石に二度目の不意打ちは、ローブの男も見抜いていた。

それを影で作り出した防御壁で防御し、そのまま影の魔法を破裂させ、その衝撃で二人を吹き飛ばしたのだ。

 

 

「甘いぜ?」

 

「何ッ!?」

 

 

 されど、ロビンはその行動を狙っていたかのように、吹き飛ばされながらも再度矢を数本放った。

しかも、その矢の行き先はローブの男の脳天ではなく、他の場所だったのだ。

 

 ローブの男は仮面の奥で驚愕の表情を見せていた。

その矢が狙った先は、なんと造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)だったからだ。

 

 それだけではない。

放たれた矢が造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を反射し、まるで操作するかのようにのどかの方へと跳躍させたのだ。

 

 

「ロビンさんありがとうございます!」

 

「この程度なんてことねぇさ!」

 

「しまった……!」

 

 

 のどかは造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を受け取り、華麗に着地したロビンへと感謝を送った。

そう、のどかの作戦は、このキーのような杖、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の奪取だった。

 

 この杖には何か嫌な予感がした。いや、それ以上にとてつもない大きな秘密があると、のどかは感じ取り杖の奪取を頼んだのだ。

 

 

 その礼にロビンは特に気にした様子もなく、問題ないと言う様子で微笑んでいた。

 

 また、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を奪われたローブの男は、今の作戦にしてやられたと言う様子だった。

アレを奪われるのはマズイ。特に読心術使いの少女に奪われがのは非常にマズイ。ローブの男はアレの奪還のために行動を始めた。

 

 

「そして、質問です()()()()()()()! この杖の仕組みと使い方を教えてください……!」

 

「ぬぅ……!」

 

 

 しかし、そこに追い打ちをかけるかのようにのどかの質問が飛び込んできた。

その質問の矢で刺されたローブの男……、デュナミスは、再びしまったと言う表情を仮面の中で見せ、一瞬硬直してしまったのだ。

 

 

「…………っ!」

 

 

 ただ、のどかもどう言う訳か、デュナミスの思考を読み取ると、一瞬驚いた後に若干戸惑った顔を見せたではないか。

まさか、そんなことは……!? のどかはそう考えると、ちらりとクレイグとアイシャを見たのだ。

 

 

「……今のはすべて事実ですか?」

 

「ミヤザキノドカ……!」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 その後表情を戻したのどかは、今のデュナミスの思考が、本当のことなのかを訪ねた。

 

 されど、デュナミスは今の問いに答える訳でもなく、憎々しげな視線をのどかに贈るだけだった。

だが、この問いに答えはいらない。何故ならのどかのアーティファクトいどのえにっきで、デュナミスの思考が読めるからだ。

 

 そして、デュナミスの頭にふと浮かんだ()()を読み取り、のどかは皮肉めいた礼を送ると、再びクレイグとアイシャを険しい表情でちら見していた。

 

 

「返してもらうぞ!」

 

「アンタの相手はオレだろ?」

 

「貴様……!」

 

 

 当然デュナミスは造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を取り戻すために、のどかへと影の魔法で生み出した触手を伸ばした。

 

 だが、ロビンはそれを阻止すべく、デュナミスへと体当たりをかましたのだ。

それを受けたデュナミスは、ロビンの膂力で押し出され、ロビンとともに壁の方へと飛んでいった。

 

 

「もう少し付き合ってもらうぜ?」

 

「ぬううおおお!?」

 

 

 そして、ロビンはその壁を突き破り、デュナミスとともに外へと出て、そのまま落下していったのだ。

デュナミスはロビンにつかまれ動けぬ状況下で、ただただ落下していくのを体感しながら悲鳴を上げるしかなかった。

 

 

「お、おいロビン!?」

 

「オレの事は気にせず、嬢ちゃんのお仲間んとこへ行きな!」

 

「ロビンさん……!」

 

 

 クレイグたちはすぐさま壁の穴へと駆け寄り、落下していくロビンへと大声で呼んだ。

そんな声にロビンはほんの少し振り返り、気にするなとだけ叫び、ふっと笑いながら、その後夜の闇へと消えていった。

 

 そのロビンの献身的な行動に、のどかはほんの少し涙を見せていた。

敵を引き付けて自分たちが自由に行動できる時間を、作ってくれたからだ。

 

 

「わかりました……、行きましょう……」

 

「……そうだな。ロビンの奴がこの程度でくたばる訳がねぇしな」

 

「そうね……、じゃあ急ぎましょうか」

 

 

 のどかは涙をぬぐい、仲間のいる集合場所へと移動することに決めた。

ロビンがこのまま死んでしまうはずがないと、確信していたからだ。

 

 クレイグも、あの強いロビンが落下した程度で死ぬなんて思っていなかった。

これはチャンスを作るために、ロビンが敵を突き放したのだと考えたのである。

 

 ならばと、クレイグの横にいたアイシャが、向きを変えて移動しようと持ち掛けたのだ。

 

 

「いえ、()()ですぐに行けます」

 

「その杖でか?」

 

 

 が、そのアイシャの提案に、のどかは異を唱えた。

何故なら、ロビンが渡してくれたキーの形の杖、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)がこの手にあるからだ。この使い方を、デュナミスの思考から読み取っていたからだ。

 

 のどかはそれを掲げながら、これを使えば移動できると語った。

それをクレイグは物珍しそうに眺めながら、不思議そうに質問した。

 

 

「はい。では参りましょう。”宮崎のどか、クレイグ・コールドウェル、アイシャ・コリエル、()()()()()”」

 

 

 その問いにすぐさまのどかは答えると、その直後に詠唱を一言唱えた。

それは造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の機能の一つ、転移の呪文だった。

 

 のどかが呪文を唱え終わると、3人の足元に魔法陣が出たと同時にその場から消え去り、そこには静まり返った空間だけが残されたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 フェイトは絶大な危機に見舞われていた。

今まさに、自分の愛した女性が、消え去りそうになっていたからだ。

 

 

「やめろ……!!!」

 

 

 故に、フェイトは悲痛な叫びを、クゥァルトゥムへと上げていた。

されど、クゥァルトゥムは意に介すことなく、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を起動し始めた。

 

 

「リライト!!」

 

 

 そして、ついにその呪文が解き放たれてしまった。

すると、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の地球儀を模したような部分が輝きはじめ、目の前の栞の姉が光に包まれたのだ。

 

 

「えっ!? あっ!?」

 

「なっ!?」

 

「……!」

 

 

 しかし、次にフェイトが見た光景は、栞の姉が光の花びらとなって散っていく姿ではなかった。

奇妙にも光となって散ったのは、栞の姉が着ていたドレスだけだったのだ。

 

 まるで武装解除を受けたような状況となった栞の姉は、ハッとして自分の姿を見て驚いた。

だが、驚いたのは彼女だけではない。

 

 それを見てニヤニヤと笑っていたクゥァルトゥムは、表情をこわばらせて今の光景に驚愕していた。

本来ならばそのまま完全なる世界へと送り去っているはずなのに、目の前の女性は消えずに残っていたからだ。

 

 その様子を同じく驚きながら、目の当たりにしているフェイトがいた。

されど、彼女が消えなくてよかった、と言う大きな安心感も同時に味わっていたのだった。

 

 

「キャアッ!!?」

 

「なんだとぉ!?」

 

 

 その後、栞の姉は今の痴態に恥ずかしさがこみあげてきて、悲鳴とともに体を丸め込んだ。

何せドレスが消え去ったことで、白く綺麗な柔肌がさらけ出されてしまったのだから。

 

 それだけではなく、普段はつけないような村娘とは思えぬ大胆な白色のレースの下着すらも、隠すものがなくなり丸見えになってしまっていたのだ。

流石に栞の姉もたまらず体を丸めて隠したくなると言うものだ。

 

 されど、そんなことなどどうでもいいクゥァルトゥムは、彼女が消えなかったことに困惑した声を上げるだけだった。

 

 

「何故()()されない!?」

 

「……!!」

 

「ちぃ!?」

 

 

 そうだ、本来ならば造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)により、完全なる世界へと送られるはずなのだ。

それがどういうことだろうか。未だに”リライト”を受けた栞の姉は、消えずに存在しているではないか。

 

 クゥァルトゥムは盛大に戸惑い焦りの声を荒げていた。

絶対なる造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)が通じていないことが、クゥァルトゥムの心をかき乱す。

 

 だが、その隙を見逃すほど、フェイトは甘くない。

即座に態勢を立て直し、瞬時にクゥァルトゥムの目の前へと飛び出し、攻撃を仕掛けたのだ。

 

 クゥァルトゥムもマズイと感じ、とっさに防御を図る。

そして、困惑したまま、フェイトから距離を取ったのであった。

 

 

「……大丈夫かい……?」

 

「あ……。は、はいっ」

 

 

 フェイトはとっさに栞の姉を庇うように前へ立つと、上着を脱ぎ去り半裸の彼女のへとかけた。

また、先ほどの”リライト”を受けたことを心配し、異常はないかを栞の姉へと助かめるように聞いた。

 

 栞の姉も受け取った上着で体を隠しながら状態を確認し、何もなかったので問題ないと返事した。

 

 

「くっ!? わからんがもう一度!!」

 

「次はないよ」

 

「なっ!? いつの間に!?」

 

 

 クゥァルトゥムは未だに混乱した様子のまま、ならば二度やればよいと考えた。

されど、二度目など、このフェイトが許すはずがない。

 

 瞬間的に間合いを詰め、クゥァルトゥムの目の前へとフェイトが現れた。

速すぎるそのフェイトの動きに、クゥァルトゥムは圧倒されて目をむいて驚いた。

 

 

「ガッ!? う……っ?」

 

「よくも彼女に恥をかかせたね」

 

「あ?」

 

 

 そこでフェイトは掌底にてクゥァルトゥムの顎を打ちぬいた。

クゥァルトゥムは強烈な振動が頭部に走ったことで、一瞬意識が持っていかれかけたのだ。

 

 フェイトは心底怒っていた。

栞の姉を”完全なる世界”へと送ろうとしたからだ。

彼女のドレスをひん剥いて、柔肌をさらけ出させたからだ。

 

 そう言われたクゥァルトゥムだが、フェイトが何を言っているのかさっぱりだった。

故に、意味がわからない、と言う様子で戸惑うばかりだったのである。

 

 

「……許さないよ」

 

「ゴオアッ?! こんな馬鹿なあああ……っ!?」

 

 

 そして、フェイトは鋭い正拳を怒りとともに、クゥァルトゥムの腹部へと叩き込んだ。

その正拳はとてつもない破壊力であり、踏み込んだ足の地面が盛大にひび割れ、クレーターができるほどのパワーだった。

 

 正拳を受けたクゥァルトゥムは衝撃波が腹部を貫通し大穴を開け、断末魔を吐き捨てながら、すさまじい勢いで吹き飛ばされていた。

 

 なんということだろうか。地の属性であるフェイトの膂力はアーウェルンクスシリーズの中でも飛びぬけている。

されど、これほどの力があるなど、クゥァルトゥムは知らなかった。完全に侮っていたのである。

 

 

「クゥァルトゥム!?」

 

「貴様の相手はこの私だッ!!」

 

「……くっ!?」

 

 

 吹き飛ばされ、壁に激突して動かなくなったクゥァルトゥムを見たクゥィントゥムは、驚きながらクゥァルトゥムへと叫んで呼び掛けた。

 

 だが、その隙を見たランスローが、疾風のごとき素早さでクゥィントゥムの懐へと入り込み、剣を突き立てたのだ。

クゥィントゥムも雷化で瞬時に回避してみせたが、その表情は焦りに彩られていた。

 

 

「速い……。ならば、私もこれを抜くしかあるまい……!」

 

 

 とは言え、流石に雷化の速度は伊達ではない。

ランスローの技術をもってしても、とらえきれるものではなかった。

 

 ならば、奥の手を出すしかないだろう。

ランスローは、握っていた剣を鞘へと戻し、再び剣を構えるようなポーズを取り出した。

 

 

「”無毅なる湖光(アロンダイト)”……!!」

 

 

 すると、何もない手に、膨大な神秘を宿した剣が金の粒子を散らしながら出現したではないか。

 

 それこそが、無毅なる湖光(アロンダイト)

かの理想の騎士(サー・ランスロット)が持っていたとされる、絶対に刃毀れすることがないとされる伝説の剣。約束された勝利の剣(エクスカリバー)と起源を同じくする神造兵装。

 

 全てのパラメーターを1ランク上昇させ、ST判定の成功率を2倍にする。

それだけではなく、竜属性の相手へ追加ダメージを負わせる効果を持つ、()()()()

 

 このランスローが特典としてもらった、Fate/Zeroのバーサーカーの能力、その最強の宝具(ちから)

さらに、もう一つの特典である()()()()()()()()()()()()()()()と言う効果により、黒く呪われた剣である無毅なる湖光(アロンダイト)は、本来の聖剣としての()()()()()()()()()()()()()()()で顕現していた。

 

 

「そんな剣を出したところで……!」

 

「どうかな?」

 

 

 その剣に秘められた恐るべき力を感じながらも、クゥィントゥムは当たらなければどうと言うことはないと考えた。

こちらは雷速で動いている。それを神々しく光る剣を抜いただけで、どうにかできる訳がないと高をくくっていた。

 

 だが、ランスローは無毅なる湖光(アロンダイト)を抜いたことにより能力が上昇している。

故か、自信満々の表情で、クゥィントゥムを煽るかのように笑って見せたのだ。

 

 

「ふん。やはり無意味だったな」

 

「それはこの後、すぐにわかることだ」

 

 

 されど、ランスローは剣を何度も振るうも、やはり雷速で動くクゥィントゥムにはかすりもしない。

クゥィントゥムは何度も雷速で動き回りながら攻撃し、ランスローをじりじりと壁際まで追い詰めていったのだ。

 

 だと言うのに、ランスローの表情は焦りや苦しみではなく、やはり自信に満ちた表情であった。

壁際のがけっぷちに追いやられたことで、頭がどうにかしてしまったのだろうか。

 

 いや、違う。ランスローはクゥィントゥムの攻撃を確実にしのいで見せていたのだ。

そして、確信をもって、次で決着がつくと宣言して見せたのだ。 

 

 

「貴様も”完全なる世界”へと行くがいい」

 

「……」

 

 

 そんなランスローなどもはや倒したと思ったクゥィントゥムは、ランスローの言葉通り勝負に出た。

ここで完全にランスローを倒し、意識を完全なる世界に飛ばそうと行動に出たのだ。

 

 それをあえて黙って聞いているランスローは、雷速で近づくクゥィントゥムを、見失わぬよう鋭利な視線で見極めていた。

 

 

「そ・こ・だッ!!!」

 

「何!?」

 

 

 そして、ランスローは大声で叫び、その無毅なる湖光(アロンダイト)を振り上げた。

すると、無毅なる湖光(アロンダイト)から、青白い光が輝き始めたではないか。

 

 ランスローが膨大な魔力を無毅なる湖光(アロンダイト)へと流すことにより、まるで湖の輝きのごとき青白の魔力光を刀身に発生させたのだ。

 

 その変化にクゥィントゥムは気づくもすでに時遅し。

直線的にランスローの懐へと入り、攻撃モーションを取ってしまったクゥィントゥムは、雷化の動作でさえ、一瞬の隙ができてしまっていたのだ。

 

 

「”縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)”ッ!!」

 

「があああああ!?」

 

 

 それこそがセイバー・ランスロットが持つ最強の技。最大の宝具、縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)だった。

 

 剣が砕ける程の魔力を剣へと籠め、相手を斬る瞬間にその内包された絶大な魔力を解放して切り裂く絶技。されど、無毅なる湖光(アロンダイト)は砕けない。だからこそ、可能としている奥義だ。

 

 その一瞬。一瞬が全てを制した。

伝説の一刀が、クゥィントゥムの雷化した体を切り裂き、吹き飛ばしたのである。

その切り裂かれた断面は青白い魔力光により、まるで輝く湖ようであった。

 

 

「ぐっ……こんなことが……」

 

「いかに雷化していようとも、強大な魔力での斬撃には耐えられまい」

 

 

 なんということだろうか。

クゥィントゥムは肩から腹の部分まで切り裂かれ、壁に衝突したのちに床へと倒れ伏せていた。

 

 そう、ランスロ―は壁を背にすることで、クゥィントゥムの軌道を制限し、攻撃する場所を狭めたのだ。

それによりクゥィントゥムの動きを見切り、最強の一撃を叩きこむことに成功したのである。

 

 それに縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)ならば、雷化したクゥィントゥムを倒せると確信していたようであった。

 

 それは何故か。無毅なる湖光(アロンダイト)に膨大な魔力を蓄積して斬撃を与えるのが縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)だからである。

よって、強大な魔力が内包された斬撃は、雷で構築された体をたやすく切り裂いたのだ。

 

 また、雷化していたというのに、その一撃にて切り裂かれたクゥィントゥムは、体を動かすことができずに地面に這いつくばっているではないか。

さらに、今のダメージで雷化が解け、もはや虫の息と言う様子だった。

 

 

「くっ……。ここは一旦引くぞ」

 

「仕方ないか……」

 

 

 流石に足腰が立たないほどのダメージを受けた二人は、このままでは危険だと判断した。

クゥァルトゥムは撤退を進言し、クゥィントゥムはそれに承諾すると、持ってきた造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の転移機能で消えていった。

 

 ただ、ここで一つ疑問が生じる。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の機能をフルに使えば、もっと有利に戦えたはずである。

それを何故やらなかったのか。それは最初に栞の姉をリライトした時、機能しなかったからだ。

 

 故に、最大で機能を使えば自らの肉体も修復できるはずなのに、それをしなかったのだ。

そして、この機能不全を報告するためにも、一度撤退を行ったのである。

 

 また、栞の姉にリライトが通じなかった理由は、やはり両手の人差し指にはめられた指輪だった。

これは当然、焔やブリジットがつけているものと同じものであり、自らを魔法世界と同じ理を構築することで、旧世界でも活動できるものだ。

 

 だが、もう一つ隠された機能がある。

それこそが造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)への防御機構、造物主への叛逆(アンチ・ライフメイカー)だった。

その機能とは、造物主の掟(コード・オブザ・ライフメイカー)の効力を相殺し、無効化するというもの。

 

 だからこそ、ブリジットが造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の影響がある敵を攻撃できたり、栞の姉にリライトが効かなかったのだ。

 

 

「仕留めきれずか……」

 

「いや、彼女たちが無事ならそれでいい」

 

 

 魔法陣が地面で輝いたと思えば、クゥァルトゥムとクゥィントゥムの姿はもうなかった。

ランスローはここで確実にとどめを刺したかったが、流石に一瞬で行われた転移の前では一手遅かった。

 

 悔しそうに噛み締めるランスローだったが、その傍のフェイトは他の従者たちや栞の姉が無事だったことに、心底安心しきった様子だった。

 

 

「大丈夫だったかい?」

 

「フェイト様が守ってくれましたから……」

 

「は、はい……! 守ってくれてありがとうございます」

 

「いや……。君たちが無事でよかった」

 

 

 そして、再びフェイトは従者たちや栞の姉の傍により、無事を確認した。

代表として栞が問題ないことを告げ、栞の姉も必死に守護してくれたことへの感謝を、微笑んで送っていた。

それを見たフェイトは、かすかな笑みを見せながら、無事を喜んでいたのであった。

 

 

「しかし、その格好をどうにかしなくてはね」

 

「あっ……」

 

 

 とは言ったものの、犠牲になってしまったものはあった。

それは栞の姉が着ていたドレスのことだ。

 

 もはや身を隠すものがなくなり、下着姿になってしまった栞の姉は、なんとかフェイトから受け取った上着で体を隠しているような状況。

 

 フェイトは栞の姉の格好を見て、このままではよくないと考えた。

栞の姉も自分の今の姿を思い出し、さらに顔をリンゴのように真っ赤に染め上げていた。

それに、じっと見つめてくるフェイトが目の前にいるので、さらに恥ずかしくて仕方がないのだ。

 

 そこで栞の姉はフェイトと仮契約を結んだことを思い出し、急いでカードを取り出した。

そのおまけの着せ替え機能で、服を呼び出して事なきを得たのであった。

 

 


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