理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百六十話 敵襲

 宮殿の外では、何やら騒ぎが起きていた。

いや、騒ぎなどと言う生易しいものではなかった。

 

 

「なっ、なんだ!? 何が起こっているんだ!?」

 

「なんだあれは!?」

 

 

 突如として地面から召喚されたかのように出現した大多数の怪物に、宮殿を護衛する兵士たちは動揺し、パニック寸前になっていた。

 

 その姿は骸骨の兵士や悪魔の兵士、大型の悪魔と様々だった。

だが、それらに共通することは、全身が黒ずんでおり、闇が怪物の形になったかのような感じが見受けられるところだ。

 

 しかし、その程度の大きさだけにとどまってはいない。

むしろ、最初に現れた召喚魔こそが、最も恐ろしく巨大であったのだ。

 

 その大きさはゆうに数百メートルは超えているのではないかと言うほどのものだった。

空に浮かぶ新オスティア、その総督府の側を流れる雲を突き破り、総督府の宮殿の何倍もの大きさを持つ、超大型の怪物(モンスター)

 

 誰もがそれを見た瞬間に、恐怖に慄き平常心を失っていった。

警備兵も恐怖のあまり体が硬直し、思うように動けなくなるほどだった。当然、客も恐怖に染まり、パニックを起こし始めていた。

 

 

「うおおおああ!!?」

 

「こっ、攻撃してきたぞ!?」

 

「迎え撃て!!」

 

 

 そして、そのような召喚魔が、ついに兵士たちや客に襲い掛かってきたのである。

兵士たちは何とか平常心を取り戻し、客を逃がし、宮殿内に召喚魔を入れぬよう戦闘を開始。周囲に出現した召喚魔を駆逐せんと、勇敢にも攻撃を行ったのだが……。

 

 

「効いてない……のか……!?」

 

「ばっ、バカな……」

 

「うわああ!!?」

 

 

 まるで攻撃が通らなかった。

いや、かき消されているかのように、魔法などの攻撃が命中する手前で消え去るのだ。

もはや、これでは打つ手なし。警備兵たちはやられるがままに、敵の攻撃を防ぐしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 当然、この状況に巻き込まれているものはいた。

状助だ。彼は不安を感じて宮殿の外で待機していたら、案の定な状況になってしまったことに今更ながら慌て始めていた。

 

 

「オイオイオイ!? やっぱりこうなっちまうってのかよ!?」

 

「なっ、なんだいコレは!?」

 

「”敵”だぜ! チクショー!! 戦いは避けられねぇかぁー!」

 

 

 状助は突如として出現した召喚魔を見て、すぐさま察したかのように声を荒げた。

状助は”()()()()()()()()()()”転生者。これが”完全なる世界”による攻撃であることを、即座に理解したのだ。

 

 しかし、その傍らにいた三郎は、突然のことで混乱した様子を見せていた。

この三郎も状助と同じく転生者であるが、”()()()()()()()()()”転生者だ。

故に、この現状への理解が追い付かず、誰か! 誰か説明してくれよ! と言う状態となっていたのだ。

 

 そんな困惑する三郎へと状助は、すぐさま説明を入れた。

これは敵がやってきた証拠だ。”()()()()”敵がここに攻めてきたんだと、心底残念そうに叫んだのである。

 

 

「三郎さん!」

 

「亜子さんは俺のそばに」

 

「うん……」

 

 

 また、彼らの近くにはもう一人、亜子がいた。

亜子もこの状況がまったくわからない様子で、三郎へと助けを求めたようだった。

 

 そんな不安がる亜子の手をしっかりと握り、引き寄せ、彼女は自分が守ると言わんばかりの態度を見せる三郎。

自然な騎士(ナイト)ムーブを見せる三郎に、亜子は頬を紅色に染めながらも、この突然始まったナニカに、怯えるしかなかった。

 

 

「とりあえず約束した合流地点へ移動だぜ」

 

「でも、この状況でどうやって……」

 

「蹴散らして行くしかねぇだろうがよオォ! ドラアァッ!!」

 

 

 状助は、このままではマズイと考え、こうなることを予想して決めてあった合流地点への移動を即決した。

と、言うのも、何かあった時はこの総督府下部にある、物資搬入港で落ち合うことになっていた。状助が何やら嫌な予感がする、と不安がるので、何かあればとみんなで決めておいたのである。

 

 とは言え、闇を凝固したかのような召喚魔は、どんどん数を増やしている。

こんな状態でどうやってその場所まで行く気なのかを、三郎は状助へと聞いたのだ。

 

 そんな問いに状助は、強行突破だと叫んだ。

安全に移動できる手段があるのならば、それを使いたいところだ。されど、そんな手段なんかどこにもないのだから、無理やり敵をぶっ飛ばしながら、移動するしかないのだ。

 

 状助はそう叫んだ後、即座に自らのスタンド、クレイジー・ダイヤモンドを繰り出し、召喚魔を殴り飛ばした。

もはや敵が周囲を埋め尽くし始めており、それをモーゼが海を割るかのように、強引に進んでいくしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助たちとは別に、宮殿内で何やら騒がしいことに気がついたものがいた。

それはアルスと裕奈、そしてトリスだ。

 

 

「なんだどうした!?」

 

「アルスさん! あれ! あれ!!」

 

「こいつは……」

 

 

 アルスが何があったのかと言葉を漏らせば、宮殿内の床からも召喚魔がぞろぞろと湧いて出てきたでははないか。

それを見た裕奈が指をそちらに向けてアルスを呼べば、アルスも何が起こったのかを即座に理解したのである。

 

 

「……わざわざ乗り込んでくるなんて、やれやれね」

 

「結局こうなっちまったか……、全く面倒だぜ……」

 

 

 トリスはこの状況に、なんとも気の抜けた態度を見せていた。

はー、こんなところまでやってきてご苦労なことだ、そんな感じの気分だった。

 

 アルスもまた、こりゃまた面倒くさいことになったと考えた。

こうならなきゃいいのにな、と楽観的なことを考えていたが、そうはならなかったことに落胆するしかなかったのだ。

 

 

「この状況どうすんの!?」

 

「めんどくさいが客を逃がしながら、予定の合流ポイントに移動するしかねぇ!」

 

 

 そんなやる気がないような態度を見せる二人に、裕奈は言ってる場合か、と言う感じで指示を仰いだ。

 

 それに対してアルスは、なっちまったもんはしょうがないと意識を切り替えた。

そして、戦えない招待客たちを庇いながら、自分たちの作戦どおりに行動すると、やけくそ気味に叫んだ。

 

 

「私は好き勝手にやらせてもらうけども?」

 

「ああ、存分にやってくれ!」

 

「じゃ、そういうことで」

 

 

 ただ、その指示に従う気がないトリスは、むしろ自分の意志で行動すると言い出した。

トリスはエヴァンジェリンの従者となりて庇護下にいるが、アルスにはそんな義理も義務もない。よって、適当に相手をすることにしたのである。

 

 されど、そういうトリスにむしろ頼もしさを感じたアルスは、ならば好き放題してくれと言うではないか。

ならばと、トリスは仮契約カードに登録しておいた、青ローブ姿を呼び出し早着替えを完了。さらに両足に武装すると、一瞬にして敵の中央へと移動し、蹴散らし始めたのだ。

 

 戦う彼女の動きは、まさしく流水のごとく美しさであった。

まるで一流のダンサーのような身のこなしは、まさしく湖を優雅に舞う白鳥そのものだった。軽やかかつしなやかなステップを踏むごとに、召喚魔をヒールブレードで串刺しにしていったのである。

 

 

「あの人なんかすごい強くない!?」

 

「あったりまえだ。俺を一度ボコしたんだからな」

 

「えー!? 何それ聞いてないんだけど!?」

 

 

 裕奈は初めて見るトリスの戦いぶりに、息をのんだ。

なんという美しくもしなやかな動きだろうか。強い、強すぎる。

 

 そのことをアルスに聞けば、そこでさらに信じられないことをアルスが言い出したではないか。

 

 アルスを一度倒したと言うのは、裕奈にとってショックな言葉だった。

どんな魔法でも無詠唱で撃てて、やる気はないが強さだけは確かに一流だった。そんなアルスが敗れたと言うのは、信じがたいことであった。

 

 しかし、目の前で踊るように敵を苦も無く切り刻み穿っていく少女の姿に、信じざるを得ないものがあった。

まあ、裕奈はそれ以上に、その話を初めて聞いたことに、一番文句があったのだが。

 

 

「んなことより、とりあえずは……」

 

「やるしかないね……!」

 

 

 とは言え、そんなのんきをしている暇はない。

アルスはさてとと準備運動を軽くすると、静かに構え始めた。

 

 そして、裕奈もアルスの言葉に同調し、杖を取り出すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 大量の召喚魔は、尽きることがなくとめどなく湧いて出てきている。

数多たちも宮殿内で、それを見て何事かと驚いていた。

 

 

「なんだよこいつら!?」

 

「召喚魔の類か……!?」

 

 

 こりゃいったいどうなってんだと、悪態つく数多。

焔も敵の姿や出現方法を見て、召喚魔ではないかと予想を付けた。

 

 

「っ! 攻撃してきたぞ!?」

 

「まさか、あの野郎の差し金ってやつか!?」

 

 

 そして、一体の悪魔兵士のような召喚魔が、その握った剣で焔へと攻撃してきたではないか。

焔はその攻撃を簡単にかわし、数多が召喚魔を殴り飛ばした。

 

 そこで数多はこの攻撃が、コールドとか名乗った男の、あるいはその一味の犯行なのだろうかと考えた。

 

 

「攻撃してくるなら、反撃するまでだ……! 来れ(アデアット)!」

 

 

 そんなことよりも、攻撃してきたということは、敵で間違いないだろう。

いや、もう見た目からして敵と言う雰囲気なのだが。

 

 焔はだったらと周囲に出現した召喚魔を、左目のアーティファクトの熱線で攻撃した。

 

 

「……!? 何か……、変だな……」

 

「どうした!?」

 

 

 だが、その直後、何やら違和感が焔を襲った。

そのつぶやきに数多は、焔に何かあったのかと尋ねた。

 

 

「いや……、一瞬だが、攻撃が敵の前で消失した感じがあった」

 

「でもよお、ちゃんと命中してるじゃねぇか」

 

「だから変に感じたのだが……」

 

 

 焔が感じた違和感とは、放った熱線が召喚魔に命中する瞬間、消滅したような印象があったのだと言う。

 

 その理由は、この召喚魔のようなものも、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の加護を受けているからだ。

それによって()()()()()の攻撃はどんなものでさえも、無効化されてしまうのである。

 

 焔も()()()()()であり、その法則が適用されてしまう。

されど、数多が言うように、その熱線は敵に命中し、焼き滅ぼした。本来ならばそのまま無効化されてしまっていたはずなのだが、どういう訳なのだろうか。

 

 その理由は焔が両腕に装備している指輪にあった。

この指輪は本来なら器がなければ行くことのできない旧世界へ行く時に龍一郎から授かった、器なしで行けるようにするために、皇帝とギガントが作り出したものだ。

 

 それによって焔の攻撃が、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の効果を貫通し、召喚魔を倒したのである。

故に、その無効化を無効化した部分に、焔が違和感を感じたのだ。

 

 

「まあいい! 通じるのなら攻撃あるまでだ!」

 

「俺も負けてられねぇな!」

 

 

 しかし、違和感があれど攻撃が当たるならば、問題などどこにもない。

焔はそう言い放ち、再び召喚魔へと攻撃を開始したのである。

 

 数多も焔の行動を見て、義妹に先を越されんと、戦闘を開始したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じく、この異変に気が付いた千雨は、この急に来た状況に戸惑いを感じていた。

 

 

「一体何がはじまったんだ!?」

 

「敵が乗り込んできたみたいだ」

 

「へっ! 嬉しいねぇ! こっちは退屈で退屈で死にそうだったんだ! 少しばかし遊ばせてもらうぜ!」

 

 

 なんだこれは、どうしてこうなった。千雨は驚きの中で、なんとか状況を把握しようと努めていた。

同じように冷静にこの場の対処を考える法の姿もあった。

 

 そんな時、むしろ待っていたと言わんばかりに、興奮する声が男の聞こえてきた。

それはたまたま傍にいたカズヤだ。カズヤは舞踏会というものに退屈を感じていた。なので、この暴れることができる状況がやってきたことに、喜びを感じていたのだ。

 

 

「そう言っている場合ではない! ここには戦えないものも多い! 避難を優先するのが道理だ!」

 

「そーいう面倒ごとは俺にゃ向いてないんでね! それはテメェが勝手にやりな!」

 

 

 その空気を読めぬ発言に、法は怒りを感じて叫ぶように指示を出した。

されど、カズヤはそんなことはしたくない、の一言で切り捨て、言い出しっぺが頑張れと言うだけだった。

 

 

「んなことやってねぇでどうにかしろ!」

 

「あいよ!」 「わかっている!」

 

 

 またしても隙あらば喧嘩を始める二人に、千雨はやっとる場合か! と叱り飛ばした。

それを聞いた両者は、息があったかのように、同時に返事を返すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 また、この襲撃に驚いているのは、彼らだけではない。

夕映とアリアドネ―の騎士団の仲間たちもまた、この状況に困惑していた。

 

 

「何ですかこれは!?」

 

「これは……、召喚魔……悪魔!?」

 

 

 突然出現した召喚魔を見て、夕映は何が起こったのかと混乱しそうになっていた。

同じくその友人のコレットも、召喚されたものが悪魔、魔族の類ではないかと考え、戦慄した様子だった。

 

 

「外を見るです!」

 

「なっ!?」

 

 

 そこで夕映が外の窓を見れば、なんと巨大な怪物の姿があるではないか。

夕映の指が指し示す場所を仲間たちも見て、これはただ事ではないことを悟り驚いた顔を見せていた。

 

 

「護衛の兵士たちも戦ってるようですが、有効打がないようですね……」

 

「マズイんじゃないこれ!?」

 

 

 さらに、すでに戦闘を始めた兵士たちの雲行きも怪しい。

このままでは敵の数に押しつぶされかねないと、エミリィやコレット、ベアトリクスも不安をつのらせるばかりだった。

 

 

「ここは応戦して……!」

 

「待つです! まずは私のアーティファクトで、敵の情報を調べてみるです!」

 

「ですが、そんな暇は……!?」

 

 

 されど、ただ見ている訳には行くまいと、エミリィは率先して戦おうと、装剣を用いて騎士団用の剣を呼び出した。

 

 だが、そこで夕映が待ったをかけた。

敵の正体がわからぬまま、闇雲に戦うのは危険と判断したからだ。

 

 しかし、敵が増え続けており、すでに攻撃が始まっている状況だ。

このような状況で悠長なことはしていられないと、エミリィは焦った様子で叫ぶのだ。

 

 

「お困りのようだね」

 

「この声は……!?」

 

 

 そんな時、ふと、夕映が知る声が耳に入ってきた。

どこで聞いたか、とても懐かしいような、最近まで聞いていたような、そんな声だった。

 

 その直後だった。

すさまじい光景が、彼女たちの綺麗な瞳に映されたのだ。

 

 それは、光だった。それは、破壊だった。

巨大な光の柱のようなとてつもない気の圧力が、周囲の召喚魔を一瞬にして消滅させていた。

 

 

「すごい……、一撃で大量の敵が……」

 

「あっ、あなたは……、まさか!?」

 

 

 なんという力だろうか。あれほど膨れ上がっていた敵の山が、もはや見る影もない。完全に消えて滅された後だった。

誰もがその光景に驚く中、この力を知っている夕映が光が放たれた方向を見れば、見知った人がポケットに手を入れながら、そこに佇んでいた。

 

 

「高畑先生……!」

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 

 それは、タカミチだった。

そして、光の正体とは、無音拳であった。

 

 夕映はこの技を見たことがあった。知っていた。

あの光の柱のような力は、まほら武道会で見た時と同じ、タカミチが使っていた技だ。

 

 とっさに夕映がそばにやってきた男の名前を呼ぶと、タカミチは普段通りの笑みを見せ、彼女らのそばへと近寄りながら、優し気に挨拶を述べてきた。

それはまるで通学路や学校で会った時のような、いつも通りの声色だった。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「別に礼にはおよばないよ。元生徒を助けただけだからね」

 

 

 夕映は、この状況で助けてくれたことを理解し、礼とともに頭を下げた。また、何故高畑先生がここにいるのか、と言う疑問が湧いたが、魔法世界に囚われた自分たちを助けに来てくれたのだろうと考え、あえて質問はしなかった。

 

 それに対してタカミチは、特に気にした様子を見せず、前に担当したクラスの生徒を助けただけ、と言うだけだった。

 

 

「……さっきの続きはやらないのかい?」

 

「そっ、そうでした! 来れ(アデアット)!」

 

 

 そこでタカミチは、先ほど夕映が何やらやろうとしていたのを思い出し、それを提言した。

すると、夕映も言われて思い出したかのように、自分のアーティファクトを呼び出したのであった。

 

 

「あれは召喚された魔族ではなく、闇の魔素を編んで造った、言わば()()()()……」

 

 

 そして夕映は、周囲の召喚魔や外の巨大な怪物がどういうものなのかを、アーティファクトで調べ、その正体をぽつりぽつりと説明し始めた。

 

 

「影使いと人形使いの中間のような、非常に珍しい魔術です」

 

 

 敵である召喚魔は、かなり珍しい術で造り出されたものだった。

影を用いて召喚魔のような形とし、それを操作しているというものだ。

 

 

「さらに窓の外のあの黒い巨人、20年前の大戦で()が使ったという画像を発見しました」

 

「20年前の大戦……!? まさか完全なる世界(コズモエンテレケイア)……?」

 

 

 さらに、20年前の大戦にて外の巨大な怪物が存在していたことを、夕映は発見した。

それを聞いたエミリィは、あれを操っているものが20年前に紅き翼に倒されたと言われた、完全なる世界の手のものなのか、と訝しんだ。

 

 

「……そうだね。アレは確かに、20年前の大戦で奴らが使っていたものだよ」

 

「そんなっ!?」

 

「やはり、そうでしたか……」

 

 

 今の夕映の説明を聞いていたタカミチが、ふと静かにその事実を述べ始めた。

その言葉に、エミリィは驚き、他の二人も驚愕の表情を見せていた。

 

 ただ、夕映は最初から予想していたようで、驚くことはなく、むしろ納得した様子を見せていたのだった。

 

 

「あれほどつぶして回ったのに、まだこんな元気があったとは……」

 

「そういえば、先生は彼らの残党を倒して回っていたんでしたね」

 

 

 いやはや、完全なる世界の残党は、しらみつぶしに潰してきたはずなんだが。

だと言うのに、これほど大それたことをやらかせるぐらいの戦力があるとは。タカミチは少ししてやられたと言う気分を感じながら、苦笑してそのことをこぼした。

 

 夕映はその言葉に反応し、タカミチが残党狩りをしていたことを思い出したようであった。

 

 

「おや? よく知っているね」

 

「エヴァンジェリンさんが教えてくれたです」

 

「なるほど」

 

 

 夕映がそれを知っていることに少し驚いたタカミチは、物知りだね、と言う感じで何故それを知っているのかを尋ねた。

 

 と言うのも、夕映はその事実を、エヴァンジェリンから教えてもらっていた。

それを説明すると、タカミチも納得した顔で小さくうなずいていた。

 

 

「さて、ここはネギ君たちと合流しようか」

 

「確かにその方がよさそうですね」

 

 

 とりあえず、この場はネギと一緒にいた方がいいだろうと思考したタカミチは、夕映らにそれを提案した。

夕映も他の子たちもその案には賛成だったので、特に意見もなく素直に指示に従ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 襲撃はさらに勢いを増すばかりであった。

当然、元完全なる世界の一員であるフェイトの目にも、その状況が映し出されていた。

 

 

「これはいったい!?」

 

「多分、()()が本腰をあげたのかもしれない……」

 

 

 栞の姉はフェイトの隣で、突如地面から召喚された怪物に驚き、少し怯えた様子を見せていた。

そんな怯える栞の姉を安心させるかのように前にスッと立ち、この襲撃が元仲間の仕業であると、フェイトはすぐに見抜いた。

 

 その後ろに控えていた従者である栞・環・暦、そして剣の名を貰ったランスローの四人も、突然の襲撃に驚き戸惑っていた。

 

 

「この闇の傀儡なる術は……なるほど、()の差し金と言ったところか」

 

 

 また、この召喚魔のような存在が、一人の男が操る闇の人形のようなものだと言うことも、フェイトは理解した。

何せ組織を抜ける前から知っているのだ。そのものの戦い方も理解しているのは当然と言えよう。

 

 

「……まさか、皇帝はこれを見越して、僕たちをここに……?」

 

 

 むしろ、それよりもフェイトが気になることがあった。

こうなることがわかっていたであろう皇帝が、何故自分たちをここに送ったのか、と言うことだ。

 

 元は目の前の敵の一員だったのだから、けじめをつけろ、ということなのだろうか。

それとも、他に理由があるのだろうか、とフェイトは考えた。

 

 

「戦闘の許可を……。私が周囲の敵を殲滅しましょう」

 

「任せたよ」

 

「ハッ」

 

 

 しかし、そんなことをしている暇はない。

召喚魔じみた敵が、続々と周囲から出現し続けているからだ。

 

 この状況を見かねたのか、フェイトの少し後ろに待機していた剣のこと黒騎士ランスロ―が、ひざまずきながらフェイトへと応戦の許可を求めてきた。

しかも、すでに黒きフルフェイスの甲冑を魔法で呼び出し武装しており、戦闘態勢は整っている様子であった。

 

 フェイトはすぐさま少ない言葉で、ランスローへと戦闘許可を出した。

そこでランスローは小さく返事をした直後に無銘の剣を引き抜けば、まるで血が滴ったかのような朱色の筋が剣全体に走り、禍々しい紅き光りに包まれたではないか。

 

 それこそがランスロ―の特典(のうりょく)が一つ、Fateのサーヴァント、ランスロットの力の一端。

ランスロットが保有する宝具、騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)だ。

 

 

 ――――ふと、強い風が舞い上がった。

強風、という程の風ではなく、髪がふわりと巻き上がる程度の強い風だ。

どこからの風かと言えば、それは漆黒の騎士が瞬く間に移動した時に発生した、衝撃で巻き起こったものだった。

 

 その風をフェイトが肌で感じるころには、驚くべきことに目の前に現れた敵の半分が、ばらばらに切り刻まれて消滅していたのだ。

まさに、雷光のごとき素早さ。電光石火とはこのことだろう。最高の騎士(ランスロット)の能力を鍛えてきた転生者、ランスローの実力は伊達ではない。

 

 

「僕はこの召喚魔のようなものを操っている男を知っている。それを探して倒せばいい」

 

「ですが、この数と混乱した中では……」

 

 

 またフェイトは、この召喚魔の使い手を知っていると話し出した。

この召喚魔じみたものを操っているのは昔の仲間だ。これは20年前にその男が操っていた術の一つだ。それさえ倒せば、この騒動は収まると言うことも熟知しており、フェイトはそれを語った。

 

 昔の仲間のよしみというものはあるが、今はアルカディアの皇帝の仲間となりて、彼らを裏切った。

ならば、もはや敵同士。相手も自分をもう仲間などと思っていないだろうと、フェイトは考えた。

 

 

 が、この混乱した中で、一人の男を探すのは至難の業だ。

それを栞は、不安に染まった表情で言葉にしていた。

 

 

「そうだね。それに、彼だけが来ているなんて、甘い考えは捨てた方がよさそうだ」

 

「えっ!? 敵がまだ増えるってことですか!?」

 

「これほどの本気の攻撃だ。戦力をそろえて投入してくると考えた方が自然だ」

 

 

 栞の言葉をフェイトは肯定し、それ以外にも敵が来ている可能性があると考えた。

この規模の攻撃なのだから、敵が一人だけやってきているなど、ありえないだろうと。

 

 それを聞いた暦は、この状況でさらに敵が増えることに、慌てふためくように声を発した。

フェイトが言う敵が一人だけでさえ、この状況だというのに、さらに敵が増えたらどうなってしまうのか、と思い戸惑ったのだ。

 

 されど、現実は非情だと考えた方がよいと、フェイトは言う。

何せこの総督府を混乱させるほどの攻撃なのだ。本気で襲撃してきていると考えれば、敵が増え無い訳がないのである。

 

 

「まっ、まさかあの時の男も……!?」

 

「……来ている可能性はある。誰のものかはわからないが、驚異的な重圧(プレッシャー)を微弱なりに感じるよ……」

 

 

 そこで敵として最も考えられるのは、例の竜の騎士だ。

あの男がここに来ているのではないかと環は考え言葉に出した。

 

 そしてフェイトもまた、どこからかで放たれている、すさまじい殺気に近い何かを少なからず感じていた。

その恐ろしい気配が竜の騎士のものなのかはわからないが、とにかく油断はできないだろうと考えた。

 

 

「……とりあえず、周囲の人々を救出しよう。皇帝が何かしている以上、見過ごす訳にはいかない」

 

 

 また、フェイトは招待客が”人形”とわかった上で、あえて救うことにもした。

あの皇帝がこの世界を救うと断言したのだ。であれば、目の前の”人形”も救う価値があると信じたのだ。

 

 いや、フェイトはその前からすでに、戦争や転生者の争いで親を失った、身寄りのない子供たちを助けていた。その助けようと思った相手が”目の前で苦しむ人形たち”に変わっただけなのかもしれない。

 

 

「……少しよろしいでしょうか」

 

「何か?」

 

 

 だがそこで、すでに周囲の召喚魔を斬り倒し、安全を確保したと判断し、フェイトの前でひざまずく漆黒の騎士が一人。

なんということだろうか。フェイトの手を煩わせることなく、すでに周囲の敵の殲滅が完了していたのだ。

 

 そこでランスローはこの状況を説明すべく、フェイトへと意見する許可を求めた。

とは言えフェイトは、そこまで改まる必要はないんだけど、と心の中で思いながらも、ランスローの言葉の続きを聞いたのである。

 

 

「……私が”転生した者”であることは、ご存じでしょう」

 

「覚えているよ」

 

 

 すると、ランスローは自らが転生者であることは、すでに教えているのは覚えているだろうと言い出した。

その問いには当然と言う様子で、フェイトも肯定の一言を小さく発した。

 

 

「では、私が保有するその”()()()()()()()()()()()()”のことを話してもよろしいでしょうか」

 

「……お願いできるかな?」

 

「ハッ」

 

 

 ランスローは別に転生者であることを再確認するために、今のことを話し出した訳ではない。

その続きこそが、ランスローが語りたい本来のものだった。

 

 それこそ、転生者が持つと言う”原作知識”のことであった。

ランスローはそれをこの場で話してよいかと、フェイトへと許可を再び求めた。

 

 フェイトは少し考えた末に、ランスローが”知っている未来”を教えてもらうことにした。

その許可が下りたランスローは、高らかな返事とともに小さく頭を下げると、スッと立ちあがってこの先起こりうる最悪の予想を語りだした。

 

 

「この襲撃の一端は、20年前の再来の序章。魔法消失現象による、魔法世界の崩壊を意味しております」

 

「……なるほど……」

 

 

 そう、この襲撃が意味することとは、20年前に完全なる世界が行った魔法世界の消滅と言う計画が、再び実行に移されたということだ。その初期段階の行動であると、ランスローは説明した。

 

 それを聞いたフェイトは、小さくうなずきながら、納得した様子を見せていた。

 

 

「彼らの最終的な目的、この世界の消滅が間近に迫っていると思われます」

 

「……そうか、だから皇帝は……」

 

 

 そして、初期段階と言ったが、すでに敵の準備はほぼ整っていることも間違いないと、ランスローは語った。

フェイトはランスローの説明を聞いて、アルカディアの皇帝の真意がほんの少しわかったと思ったようだ。

 

 

「であれば、この騒動に巻き込まれているであろう、ネギ・スプリングフィールドと接触し、共に行動するのがよろしいかと……」

 

「……彼と、か……」

 

 

 そして、その場合は完全なる世界と敵対しているであろう、ネギたちと共闘するのが、得策だとランスローは静かに述べた。

 

 ネギ、と聞いたフェイトは、数日前に彼と語り合ったことを思い出した。

ただ、()()のフェイトはネギとほとんど接点がないので、彼に執着するほどの気持ちは持ち合わせていないのだが。

 

 

「そうだね、君の言うとおりにしてみよう」

 

「ハッ、ありがとうございます」

 

 

 その数秒後、フェイトはランスローの意見を取り入れることにした。

自分たちだけで行動してもよいが、この騒動は一筋縄ではいかないと考えたからだ。

 

 そのフェイトの言葉に、ランスローは再びひざまずき、頭を下げて感謝の言葉を述べた。

そんなランスローにフェイトは、オーバーすぎないかな? と思うのだった。

 

 

「じゃあ、僕たちの目的は、ここにいるであろう彼を探すということでいいね?」

 

「はい!」

 

 

 フェイトはそれならと、後ろの従者たちにも次の行動について問題はないかを尋ねた。

それについて栞は何も言うことはなく、ただただ元気のよい返事を返すだけだった。同じく、その後ろの暦と環も大きくうなずき、それでいいと言う態度を見せていた。

 

 

「あ……っ、周囲の人たちも助けながらで」

 

「わかってます!」

 

 

 また、フェイトは言い忘れたという感じで、人命救助を付け加えた。

だが、それは先ほど話していたことなので、従者たちもすでに理解していることだった。

 

 

「それなら……」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 そして、フェイトは目的を言い終えると、自然体のまま、傍らにいた栞の姉の肩に手を伸ばし、そっと抱き寄せた。

栞の姉は突然のことに驚き、変な声を出して顔を真っ赤にし、驚いた顔をのぞかせた。

 

 

「僕から絶対に離れないで」

 

「はっ、はい……!!」

 

 

 だが、驚くことは行動だけではなかった。

その直後、フェイトからとてつもない言葉が放たれたのである。

 

 それは単に、はぐれないように、ということなのだろう。

このような状況下ではぐれては、危険を伴う。フェイトも真剣な表情で、真面目に言っている。

 

 が、やはり好いた男の子に抱き寄せられ、甘い言葉を投げかけらると言うのは、恥ずかしすぎて顔を覆い隠したくなるほどのことだ。

顔を隠すのは我慢できたものの、顔全体をリンゴのように染め上げた栞の姉。

 

 高まる鼓動と嬉恥ずかしいこの状況。栞の姉は慌てて飛び跳ねそうになる体と心を落ち着かせ、何とか平常心だけは保てたことに安堵した。

されど、緊張のあまりか声が絡まって、どもりながらの返事になったのは仕方のないことだった。

 

 

 そして、フェイトたちは敵を駆逐し、警戒しながらも、ネギを探して動き出した。

また、栞の姉はフェイトに抱きかかえられ、顔を常に赤くして、ドギマギしたまま移動することになったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 外がさらに混乱する少し前、ネギたちは総督府の特別室にて、どうするかを話し合っていた。

 

 

「どういたしますかね?」

 

「とりあえず、外に出てみなければ状況がわかりませんね……」

 

「まあ、外にゃタカミチが待機してるし、何かあれば何とかしてくれるだろうが……」

 

「何……!? ヤツも来ていたのか……」

 

 

 ギガントは顎を指でなでながら、クルトとガトウへと、対策をどうするかを尋ねた。

クルトは外を見ないことには、どうなっているかわからないと述べ、ガトウは外にはタカミチがいるから、ある程度はどうにかなると言葉にした。

 

 が、タカミチの名前を聞いたクルトは、大きく反応を見せた。

クルトとタカミチはガトウが拾った孤児であり同世代の仲間なのだが、考え方の違いからあまり仲が良くない。なので、タカミチが来ていると聞いてクルトは、少し嫌悪の表情を見せたのである。

 

 

「こうしちゃいられねぇ!!」

 

「兄さん!? どこへ!?」

 

「決まってんだろ? 生徒のところへさ!!」

 

 

 だが、そこで突如として叫び、走り出した少年がいた。

それこそ転生者であり、ネギの兄として生まれたカギであった。

 

 カギは転生者故に、当然今の状況がどうなっているかを、”()()()()”で理解していた。

なので今、外がかなり危険な状況だと考え、すぐさま敵を殲滅しに駆けたのだ。

 

 されど、それを知らぬネギは焦ったカギを見て、驚いた顔で行き先を聞いた。

それに対してカギは、堂々とした様子で外にいる生徒のところと宣言したのである。

 

 

「待って兄さん!!」

 

「相変わらずせっかちねぇ……」

 

 

 ネギは何とか独断行動しだしたカギを制止せんと叫ぶも、すでにカギは扉を蹴飛ばして外に出た後だった。

その様子をアスナは見ながら、カギは本当にせわしなく落ち着きがないと、小さくこぼすのだった。

 

 

「我々も外に出てみましょう」

 

「では、私は陛下を安全な場所へと移動します」

 

「お任せいたします……」

 

 

 されど、こんなところにずっといては、外の状況などわかるはずもない。

確かにカギのように、素早く行動した方がよいのも事実ではあった。

 

 それを考えたクルトは、自分たちも外に出ることを提案した。

ギガントはならばと、自分がアリカをかくまうことにすると意見した。クルトはそれなら安心だ、と快く承り、ギガントへとアリカのことを頼み小さくお辞儀して見せた。

 

 

「ネギよ……」

 

「母さん」

 

「本当ならば行くな……と言いたいところじゃが……」

 

 

 また、アリカはこの突然の状況の中、落ち着きながらもネギへと近寄り名を呼んだ。

その表情はこの先の不安とネギたちへの心配で、心苦しそうなものであった。

 

 名を呼ばれたネギも、アリカを母と呼んで対面した。

そこでアリカはしゃがみこんでネギに目線を合わせ、静かに語り始めた。

 

 

「……止めても行くのじゃろう?」

 

「……はい」

 

 

 本当ならば、息子が危険な場所へと行くのを止めたい。

自分と一緒に安全な場所へ避難しようと言いたい。抱きしめて自分のそばに置いておきたい。

 

 しかし、目の前の息子は、それを望んではいないだろう。

先ほど駆けていったカギのように、友人などのために戦いに出ていくのだろう。

 

 アリカはそう思い、ネギへとそう問いかけた。

ネギも答えはすでに決まっていたと言う様子で、小さいながらもはっきりとそう返事をしたのだ。

 

 

「ならば、せめて無事に帰ってきてくれ……」

 

「……はい!」

 

 

 ああ……、それならば、せめて無事を祈らせてほしい。

できることなら傷つくことなく、今のようななんともない状態で帰ってきてほしい。アリカは願いを込めながらそれを言葉にし、それに応えるかのようにネギは元気よく返していた。

 

 

「……ネギ先生……」

 

 

 そんな母子の光景を、少し感涙しながら見ているのどかの姿があった。

のどかはこの親子が出会えて本当に良かったと、心の奥底から感激していたのだ。

 

 

「安心して! 私が守ってあげるから!」

 

「それは心強い」

 

 

 その話を聞いていたアスナは、ここには自分がいると言わんばかりの様子で、アリカへと声をかけた。

心配などどこにもない。自分がネギを助けるから、無事に返して見せるから。そう宣言したのだ。

 

 そんなアスナの自信満々の笑みを見たアリカは、ふと小さく笑いをこぼしていた。

あれほど小さかったアスナが、これほど頼もしく感じるようになるとは。自分の息子を守ると言い出すとは。そんな顔を見せるようになるとは。アリカは不思議な気分と喜びを感じながら、自分の気持ちをアスナへと言った。

 

 

「……しかし、主もやつらの狙いであることを忘れるでないぞ……」

 

「わかってる」

 

 

 されど、20年前と同様ならば、敵の目的は目の前のアスナでもあるだろう。

それを知っているアリカはおもむろに立ち上がり、アスナの両肩に両手を乗せ、むしろ自分の心配もするべきだと忠告した。

 

 アスナも当然それを理解している。

自分が捕まったらこの世界がどうなるかを、熟知している。

だからこそ、その返事を述べるアスナの表情は硬く、真剣そのものだった。

 

 

「ふん。この私がいるのだから、その心配は無用だ」

 

「当然頼りにしてるわよ! エヴァちゃん!」

 

「ああー! うっとうしいわ!!」

 

 

 と、そこへ一人の少女がすっと現れ、心配には及ばない、と吐き捨てた。

それこそ、今はアスナの護衛を自ら行っているエヴァンジェリンであった。

 

 エヴァンジェリンがそう断言したのを見たアスナは、大変喜んだ様子で彼女の小さな体に抱き着き、頬ずりまでしはじめたではないか。

そんなアスナの行動に完全に暑苦しいとばかりに離れろと叫び、引きはがそうと両手でアスナの顔を押し出すのだった。

 

 

「すまぬ……、三人のことをよろしく頼む……」

 

「……任せておけ」

 

 

 そこへアリカがエヴァンジェリンへと、深く頭を下げた。

三人とは目の前のネギやアスナだけではなく、我一番にと出ていったカギのことも含んでいた。

 

 そこまで深く頭を下げられるとは思っていなかったエヴァンジェリンは、そっぽを向きながらも、確かにはっきりと承った。

アスナも空気を読んだのか、エヴァンジェリンから離れ、ネギの隣へと移動していた。

 

 

「それじゃあ、行きましょうか!」

 

「行ってきます!」

 

「気を付けるのじゃぞ!!」

 

「了解!」

 

「はい!!」

 

 

 湿っぽい別れの挨拶が終わったのを見たアスナは、部屋の外へと行くことにした。

ネギもそれにつられて元気な表情で、大きな声で別れの挨拶を述べたのだ。

 

 そんな二人へとアリカは、最後に注意を発して見送った。

二人もその言葉に勢いのよい返事を叫び、扉の方へと駆けだした。

 

 

「のどかさんも行きましょう!」

 

 

 しかし、ネギが走り出した方向は、のどかのいる場所だった。

自分の従者であるのどかへと自然に駆け寄り、右手を彼女へと伸ばし、その左手を握りしめたのだ。

 

 

「えっ……、はっ、はい……!」

 

 

 のどかは急に手を握られたことで、熱いものが胸からこみ上げる感覚に襲われた。

それは顔に出ており、もはや顔は湯だったように赤く、返事を返すのもやっとな心境で。そんな顔をネギに見られまいと、のどかはうつむくのだった。

 

 当然、その手の感触は言葉では言い表せないような、そんな気恥ずかしさを感じ。のどかは今、嬉しいような照れ臭いような、そんな気持ちがひしめき合った状態になっていたのである。

 

 

「あっ……」

 

 

 また、そこでのどかは、思ったよりも握られたネギの手が小さいことを実感した。

ネギは容姿に優れ、性格も紳士的だった。だから、目の前の少年が10歳だということを、改めて思い出したのである。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「……いえっ! なんでもありません! 大丈夫です!」

 

「そうですか……?」

 

 

 ネギは、手を握ったところで、のどかが急に顔を下に向けたのを不思議に思い、何かあったのかと尋ねた。何かやったのかな、手を掴んだのが悪かったのかな、と思ったのだ。

 

 のどかはネギにそう言われると、ようやく思考の海から戻ってきた。

するとのどかは、自分の今の状況を考え、顔を紅潮させてあわあわと慌て始めたのだ。さらに、言い訳するかのようなことを、ふためきながら大声で訴えた。

 

 とてもテンパった様子なのに問題ないと言うのどかに、ネギは本当なのかと訝しんだ。

故に本当に? と聞こうと考えて口を開いた直後、別の声がそれを妨げた。

 

 

「早く行くわよ!」

 

「待ってください!」

 

「今行きます!」

 

 

 そのやり取りを妨げたのは、アスナの鶴の一声だった。

アスナは、ネギとのどかのやり取りを、微笑ましく思いながら眺めていた。だが、状況が状況なので、そろそろ急がないとまずいと考え、二人へと呼び声を発したのだ。

 

 そのアスナの声を聞いたネギは、今はそんなことをしている時じゃないと考え、アスナの方へと走り出した。

その右手にはのどかの左手が握りられており、アスナへ声をかけた後、ふと、顔をのどかの方へ向け、笑みを見せたのだ。

 

 のどかもネギの手を放すまいと、しっかりと握り返し、同じくアスナへ返事を叫び駆け出した。

そこで不意打ちとも呼べるような、ネギの少年らしい笑みを見せられ、のどかは心臓が跳ね上がるような気分だった。

 

 されど、のどかはネギの自然な笑みが見れたことが、むしろ嬉しかった。

だから、照れよりも喜びの方が勝り、そんなネギに返すように、同じように微笑んで見せたのだった。

 

 

 そして、ネギに手を引かれて駆けながら、のどかは思った。

こんな少年が自分たちのために戦おうとしてくれている。危険に身をさらそうとしている。いや、すでに何度か晒してくれていた。

 

 それをほんの少し切なく思いながらも、ならばさらに自分もネギの役に立ちたいと、のどかは再度決意を胸に秘めたのだ。

 

 

「……いい気なものだ」

 

 

 また、エヴァンジェリンはのんきそうな三人を見てそう愚痴ると、影の中に消えていった。

エヴァンジェリンは影のゲートを使って、三人のことを追ったのである。

 

 

「では、我々も……」

 

「そうだな、彼らを護衛しながら敵を倒そう」

 

 

 ネギたちが外に出たのを見たクルトも、こうしてはいられないとガトウへと話しかけた。

ガトウも意図を理解し、自分たちも行動に移ることにしようと考えた。

 

 

「そちらは任せました」

 

「ああ、お互い御武運を」

 

 

 であれば、最後に挨拶をとガトウは、ギガントへとアリカのことを頼んだ。

ギガントも小さくうなずくと、手を伸ばしてガトウと握手し、彼らの無事を祈っていた。

 

 そして、彼らはそれぞれ行動に移り、特別室は無人となったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 視点を外へ移すと、そこはもはや地獄絵図であった。

召喚魔は数が増え、もはや客や兵士よりも召喚魔の方が多いと言う状況だった。

 

 

「ドララララララァァァッ!!」

 

「大丈夫かい? 状助君!?」

 

「問題ねぇが……、数が多すぎるってもんだぜ……」

 

 

 最悪の状況の中、クレイジー・ダイヤモンドの見えざる拳を無数に振るう状助の姿があった。

また、先ほどから戦い続けの状助に心配する声を出す、亜子の手を引く三郎の姿もあった。

 

 そう言われた状助だが、そこで空元気を見せて安心させれるような余裕もない。

倒しても倒しても数の減らない敵に、焦りを感じているからだ。この状況がどうにも芳しくないからだ。

 

 

「亜子さん!」

 

「なっ! 新手だとぉぉッ!?」

 

 

 そこへ突如として、敵がさらに地面から生えるようにして出現した。

その召喚された場所がなんと亜子のすぐ後ろであり、召喚魔の拳が彼女を目掛けて振るわれていたのだ。

 

 三郎はその光景を見てとっさに彼女の名を叫んだ。

状助も新たな敵の出現に驚きながらも、亜子を助けようとそちらへ走り出していた。

 

 

「はっ!」

 

「あぶ……何!?」

 

 

 しかし、間に合わない、と状助が思った時、三郎が亜子を抱えてジャンプしたのだ。

それによって敵の攻撃は空を切り、亜子は無事に助けられたのである。

 

 それを見た状助は、は? と言う顔をしながらその光景を見ていた。

まさか、三郎がそんな芸当を見せるなど、一片たりとも思っていなかったようだった。

 

 

「た、助けたのかよ……、グレート」

 

「ふぅ……、覇王君のおかげだね」

 

 

 マジかよ、と驚きながら、状助は近くに降りてきた三郎に話しかけた。

三郎は安堵の溜息を小さく吐き終えると、覇王に感謝を述べていた。

 

 それもそのはず、三郎と状助は覇王から”気”の修練を積まされていた。

故に、三郎は気をコントロールすることで、亜子を抱えて大ジャンプを行えたのだ。

 

 

「大丈夫だったかい?」

 

「…………えっ!? ……あっ! うんっ! 別に何ともあらへんで……!」

 

 

 そして、抱えていた亜子へと視線を落とし、なんともないかを聞く三郎。

その二人の姿は服装も相まって、まさに王子様とお姫様のような、誰もが憧れるような幻想的なものであった。

 

 これはもしや夢なのではないだろうか。

亜子は不謹慎にも今の状況をそう思ってしまっていた。

 

 確かに目の前は悪夢めいた状況ではあるが、ドレスに身を包んだ自分が、タキシードに身を包んだ三郎に抱かれているなど、夢としか言いようがなかった。

客観的にこの状況を捉えた亜子は、自分を抱えて見下ろす三郎に早まる鼓動が聞かれていないかを心配しながら、顔を真っ赤に染めていた。

 

 そんな状態であれば、当然三郎のかけた言葉にも、反応が遅れてしまうというものだ。

目の前の男子の顔から視線を動かせずにいた亜子は、その声にハッとしながら、慌てて返事を返すのだった。

 

 

「つっても、問題はあったぜぇ……! すっかり囲まれてやがる!!」

 

「どうしたものか……」

 

 

 だが、他に問題が発生したと、状助は焦った表情で言い出した。

なんと、今のハプニングで少し攻撃の手を緩めてしまったために、完全に敵に包囲されてしまったのだ。

 

 このどうしようもない状況で、三郎は不安を感じながらも、打破の一手を模索していた。

また、こんな状態で亜子を降ろせないと考え、そのままお姫様抱っこを続行したのである。

 

 亜子も恥ずかしさと申し訳なさで降ろしてもらおうと思ったが、何やらそんな雰囲気ではないのを察し、あえて黙ることにした。

されど、内に秘めた渦巻く感情が消える訳ではないので、やはりはにかんだ表情で固まってしまっていたのだった。

 

 

「だったらァッ! 俺が道を作ってやる!」

 

「この声は!?」

 

 

 しかし、そこで突如として空から、見知った人の声が響いてきた。

状助はその声に気が付き、ハッと空を見上げたのだ。

 

 

「”衝撃のオォッ! ファーストブリットオオォォッ!!”」

 

 

 さらに、高らかと技名を叫ぶ声が状助たちの耳に入った。

状助はこの技の名前を知っている。この技を使う人物を知っている。この技の破壊力を知っている。

 

 その直後、敵が集中した場所へと、彗星が落下したかのような巨大な衝撃が巻き起こった。

状助が空を見上げ、声を聴いた時にはすでに。そう、すでにその人物は、目の前の敵を吹き飛ばした後だったのだ。

 

 

「す……すげぇ……」

 

 

 その衝撃音の方向を状助が向けば、誰かが落下した地点には巨大なクレーターが出来上がっていた。

状助はその威力を見て、小さい声で戦慄の声をつぶやいた。なんという破壊力。あれほどいた敵が、消え失せていることに、状助たちは驚かざるを得なかった。

 

 

「いかんいかん……、またしても世界を縮めて……」

 

 

 そして、そのクレーターの中央には落下してきたと思われる人物がしゃがみこんでいた。

それこそストレイト・クーガーの特典(のうりょく)を持つ、猫山直一であった。

 

 

「ッてる場合じゃねぇ! カズヤたちはどこだ!?」

 

「えっ!? いや……わからないっス……」

 

「こうしちゃいられねぇ……!」

 

 

 直一は自分のスピードに酔いしれた様子を見せていたが、何かを思い出したのか我に返り、状助へと詰め寄ってきたのだ。

突然食い掛る直一に状助は驚きながらも、その問いの答えは持ってないと言った。

ならば、と考えた直一は、即座に行動に移っていた。

 

 

「俺はカズヤたちを探しに行くが、もう大丈夫か!?」

 

「道ができたのでなんとかなりそうっス」

 

「おし、なら後は自分たちで何とかしろ!」

 

 

 と、その前にと言う様子で、直一は状助へと再び質問をした。

それは自分がいなくても、この状況を乗り切れるか、というものだった。

 

 状助は今の直一の攻撃で逃げ場ができたので、大丈夫だと思った。

なので、問題は解消した、と不安げな顔をしながらも返したのである。

 

 

 この状況下で彼らを放っておくのは忍びないと直一は考える。

周囲には未だ謎の敵が大量にいるからだ。

 

 それでも直一はいかねばならない。

状助たちのことよりも優先すべきことがあるからだ。故に、最後に状助たちへと激励の言葉を叫んで送っるしかなかった。

 

 

「無事でいろよォ、カズヤ……、法……!」

 

 

 直一は状助たちへの言葉を言い終えると、脚部に装着されたラディカル・グッドスピードのかかとのピストンを炸裂させ、一瞬にして最大加速へと持って行った。

直一は急いでいた。カズヤと法に危機が迫っていることを知ったからだ。

 

 だからこそ、一直線に彼らのもとへとたどり着かねばならないと焦っていた。

早く見つけ出し、知らせなければならないと考え、できうる限り最大最高のスピードで、邪魔な敵を蹴散らしながら、直一は爆走するのであった。

 

 

「もう見えなくなっちまった……」

 

「すごい速い……」

 

 

 礼も返事もできないまま、あっと言う間にいなくなった直一を追うようにして眺めていた状助は、その速度にあっけにとられていた。

三郎も同じように、見えなくなった直一のスピードに、戦慄した様子だった。

 

 

「とりあえず、俺たちも行こうぜ!」

 

「そうだね!」

 

 

 だが、ボケっとしている場合ではない。

敵はまだまだ大量にいるのだ。危機を脱した訳ではない。

 

 状助は直一が敵を蹴散らしてくれたチャンスを逃さんと、三郎に声をかけて再び走り出した。

三郎も短い返事を返しながら、亜子を抱きかかえて状助の後を追うのであった。

 

 

 


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