映画が終わり、「エピソード2 完」の文字が流れた。
誰もが映画を見入っていたのか、シーンと静まり返っていた。
「いつ見ても素晴らしい……」
「キモッ! 泣いてんじゃねぇよ!?」
「兄さん言い過ぎだってば!!」
そんな静寂を打ち破ったのは、クルトの号泣する声であった。
それを見たカギは、うわっ、なんだこのおっさん!? と言う感じでつっこみを入れたのだった。
まあ、確かに感動ものではあっただろうが、いい年の大人が涙を滝のように流して泣く姿は、ちょっと……、と言うものだ。
されど、流石に言い方というものがあると、ネギはカギを注意したのである。
「しっかし、こんなことになってっとはなぁ……」
とは言え、それよりもカギは思うことがあった。
いやはや、確かに”原作”に近い終わり方ではあったものの、かなり違っている部分もあった。
過去もこれほどの変化があったことを、カギは改めて認識させられたようだった。
「あん時の俺、わけぇなぁ……」
「まあ、確かに久々に見たガトウさんは、ちょっと老けたわね……」
また、ガトウはほんの少しだけ出てきた過去の自分を見て、年を取ったとつぶやいた。
それを聞いたアスナは、そんなガトウの顔を見て、確かに老けたと言葉にした。
そりゃ20年前と比べりゃ、当然としか言いようのないことなのだが。
「ちなみに、これはナギとアリカ様、二人から聞いた話をもとにしているので、ほぼ真実でございます」
そこへ、クルトがこの映画は事実であると、はっきり宣言した。
つまり、改竄や捏造は存在しない、ということだ。
「わかりましたか? あなたの母親と父親の過去が……」
「……はい」
そして、クルトは再びネギへと話しかけた。
これが君らの両親にあった過去の出来事だ。理解していただけたかな、と。
いや、まあ、半分は二人の馴れ初めのような気がしなくもないのだが。
それに対してネギも、大体のことを把握したので、肯定する言葉を一言返した。
「そう、だからこそ、あなた方が狙われたのです。我が所属するにメガロメセンブリアによって……!」
「……!」
故に、その時も巣くっていたそういった輩が、6年前の惨劇を引き起こすと言う暴挙に出たのだと、クルトは語った。
ただ、その犯人を特定するような言い方はせず、全体的にこちら側が悪い、と言うだけであったが。
つまるところ、あの事件は彼らの逆恨みに近いものであった。
それに後継ぎが存在しているというのも許せなかったのだ。何故なら、後継ぎがいれば、その子供に将来国を任せるだろうからだ。
そうなってしまっては、自分たちの国に吸収できない可能性があると考えた。
だからこそ、その後継ぎである彼らを亡き者にしようと、愚行に走ったのである。
その事実を聞いたネギは、少し驚いた様子であった。
まさか、いや、そうかもしれない、とは思っていたのだが、改めてそれを聞かされると、驚かざるを得なかった。
「……でも、あなたは関与してるようには見えませんでしたが……」
「……そこはあえて何も語りませんがね」
しかし、クルトの物言いでは、まるで自分もそれに関与したかのように言うではないか。
ネギはそれに疑問があった。何故なら、目の前の彼にはそうするだけの理由がないからだ。なので、それを聞けば、クルトからは言えないと返ってきた。
「でもよぉ、そんだけじゃねぇだろ? あの場所を狙ってきたやつらって」
「流石と……言いましょうか。ですが、その真実はまだ教える必要はありませんのでね」
「……まあ、知らなくてもいいっちゃいいし、俺としても都合がいいし」
ただ、カギはそこでその連中以外にも、あの村を襲ったやつらがいるのではないか、と言い出した。
それはまさしく転生者のことだ。
カギはその時森に逃げ込んだが、木の上から村の様子を眺めていた。
そこで見たのは、大量の悪魔の軍団だけではなく、人影が何らかの力を使って暴れている姿であった。
それをカギは転生者だと思った。
あそこを襲って主人公を殺し、自分たちが主人公になり替わろうとする連中がいても、おかしくないと考えていたからだ。
それを聞いたクルトは、そんなカギを賞賛した。
とは言え、まだわかっていない感じのネギには、あえてそれを教えようとはしなかった。
このクルトも、転生者と言う存在を知っていた。
何せ、20年前の大戦において、そういった存在が敵であったり味方であったりしたのだから、当然と言えよう。
また、メガロメセンブリアの一部の議員も、ある程度知っている事実でもある。
それに、転生者の中にはナッシュのように、元老院議員となっているものまでいるのだ。
そこでカギは、クルトが転生者の存在をバラさなかったことを少し安堵し、小さな声でぼそりとつぶやいた。
何せカギ本人が転生者で、今はまだそれを隠しているからだ。
いずれ話すかもしれないが、今はまだそっとしておいてほしいと思っているので、それを言われなくてよかったと思ったのだ。
それに、主人公を殺して成り代わりたいからとか言う自分勝手なくだらない理由で、あの村を襲った連中がいるとか、知ってもいいことはないとも思った。
そんなつまらないことを知ったら、怒りがわいてくるかもしれないだろう。
さらに、自分まで軽蔑されるかもしれないと、カギは思っていた。
まあ、軽蔑されるようなことを自分もしようとしたのは事実なので、しかたないとも考えているが。
「兄さんも何か知ってるの?」
「まあなあ。でも、これは知らん方がいいもんだぜ……。俺も少し泣く……」
そんな二人の会話を聞いたネギは、カギが自分の知らないことを知っているのかと思い、それを聞いた。
が、カギはそれを肯定しつつも、あえて聞くなと言いながら、泣き真似するように右手で両目をこするではないか。
「そんな……、兄さんが泣くほどのことが……」
「いや……、そんな大げさなもんじゃねぇけど……」
そのカギの態度を見たネギは、カギが泣くほどの事実が存在することに、驚愕した様子だった。
そんなネギを見たカギは、自分がただ単にオーバーなリアクションをしただけであると、ちょっと申し訳なさそうに言葉にした。
確かに自分が目の前の弟をダシにして、ハーレム作ろうとか考えていた黒歴史に、泣きたくなることはあるのだが。
「しかし、犯人を知ったと言うのに、怒りすら見せないとは……」
「確かに、あの事件は悲しく辛いものでした」
そこへクルトがネギの姿に関心した様子で話しかけた。
なんということだろうか。自分の村を襲った連中を知ったのだから、もう少し激昂してもいいのではないのかと。
いや、むしろ自分のことを恨み、殴りかかってきてくれてもよかったとさえクルトは思っていた。むしろ、その権利が彼らにはあるとさえ思っていたのだ。
と、言うのも、クルトはあの事件を未然に防ぐことができなかったことを、かなり悔やんでいた。
ここでは生きていたマクギルに師事し、彼とそれを阻止せんと尽力を尽くした。されど、それがかなわなかった。それ故、あえて自分も悪かったような言い方をしていたのだった。
そう、この過去の真相をネギたちにクルトが話したのは、ケジメをつけたかったからだ。
アリカ陛下の息子たちにその事実を伝え、今語ったアリカ陛下の不幸と、6年前の事件、そのどちらも未然に防ぐことができなかったことへの、贖罪をしたかったのだ。
しかし、ネギは動揺はすれど、怒りなどは見せなかった。
それは何故なのかとクルトは言葉をこぼすと、その理由をネギは静かに語り始めた。
今もあの事件の悲痛さは、すぐに思い出すことができる。村が炎の中に飲み込まれ、人々は石となって動かなくなってしまっていた。まさに地獄絵図だった。
「ですが、僕の中では、すでに解決した問題ですので……」
「なるほど。あのギガント殿が師をされただけはある」
されども、石になってしまった人々は、自分たちが元に戻した。
あの村はもうないけれど、今は別の村に移り住んで、元気に暮らしている。あの時からの時間はもう戻らないけれど、彼らにはこれからが待っている。
そう考えれば、誰があの事件を起こしたとか、そういうのはもう気にすることはなくなっていたのだ。
なので、ネギはそれをもう問題視していないと、クルトへと言葉にした。
クルトはそれを聞き、ネギの表情を見て、少し驚きながらも納得した様子を見せていた。
なんとさわやかな表情だろうか。確かに辛い過去を思い出させてしまい、少し曇った顔ではある。
されども、そこに一片の闇もなく、ただただ悲しみだけを見せている。まるで春風のような少年だと、クルトは思った。
この目の前の少年の心の穏やかさは、どこで育まれたのだろうか。
本来ならば復讐を考えてもよいではないか。どす黒い感情が渦巻いてもいいのではないか。
それを全て振り払うことができたのは、ギガントが彼の師匠となりて、魔法以外のことも教えたからなのではないか、と。
彼がこの少年の心を救ったのだろう。心を闇に囚われさせることなく、光を見せたのだろう、とクルトは心の中でつぶやいていた。
「このことを教えるために、この場所へ……?」
「そうです」
それよりも、その話はもう終わりなのかな、と思ったネギは、再びクルトに質問した。
ここで話したいこととは、今のことなのだろうと。
クルトもそれには、一言で肯定した。
「しかし、それだけではございませんよ」
「どういうことですか?」
とは言え、それだけの為に、ここへ呼び出した訳ではない、とクルトは続けた。
ネギはまだ何かあるのだろうか、とさらに質問を重ねたのである。
「手紙でも説明しましたが、まずは、あなた方にかかっている指名手配も、正式に取り消しましょう。私なら、何とかできるはずです」
「えっ、あっ! 本当ですか!? ありがとうございます!」
「いえいえ……、明らかに不手際なのですから、当然のことです」
もう一つの理由、それはネギたちにかかった指名手配の取り消しのことだ。
”原作”ならばクルトこそが指名手配を行った犯人のようであったが、
それを聞いたネギは、大いに喜んで礼を述べた。
また、手紙に発せられた映像から、確かにそのようなことがあったのを、思い出したようだった。
ここではエヴァンジェリンの指輪のおかげで、変装などすることなく生活していたが故に、少し抜けていたみたいではある。
それに対してクルトは、それを当然と言った。
本来指名手配がかかるはずのものではないのだから、その通りとしか言いようがないが。
しかし、何者かがいたずら目的で行ったのか、悪意を持って行ったのか、それとも何か陰謀があって行ったのかはわからない。
されど、この指名手配は明らかに不当だ。なので、この場で指名手配の取り消しを、約束することにしたのである。
ただ、カギだけは最初のゲートでの事件に巻き込まれていないので、指名手配されてはいない。
なので、特に何も言わず他人事のように、そんなこともあったな、と"原作知識"を思い出していた。
「そして、もう一つ、一番重要なことがあります」
「重要なこと……?」
だが、それ以上に重要なことがあると、クルトは厳しい表情で語り始めた。
先ほどまではにこやかな表情であったクルトが、険しい表情で語りだしたのを見て、ネギは何事なのかと聞き返した。
「……会っていただきたいお方がおります」
「誰だろう……?」
クルトは真剣な表情のまま、合わせたい人がいると言い出した。
ただ、ネギにはまったくそれに検討が付かず、その人物を思考するのであった。
…… …… ……
場所を移して、ここは宮殿外の結界の内部。
ラカンとブラボーが戦っている宮殿の屋上だ。
「ぐうう……。なんということだ……。これほどの差があるなど……」
「久々に楽しめたぜ。だが、もうそろそろ終わりみたいだな」
しかし、戦いは終わりを告げようとしている様子であった。
銀色に輝く二つのシルバースキンの内側は、血に濡れた状態で膝をつくブラボー。
ニヤリと笑って余裕の態度を見せる、少し負傷した様子で仁王立ちするラカン。もはや勝敗は決したと言っても、過言ではない状況だった。
ブラボーはラカンとの実力差に大きな開きがあったことを、とてつもなく悔しそうにしながら、その目の前の男を睨みつけていた。
それに対してラカンは、額から血を流しながらも、この戦いを
すでに過去形。もはや勝利を確信している、という様子だった。
「このまま……、再び負けるのか……」
ブラボーはまたしても勝てないと思ったのか、心が折れかけていた。
この前のように無様に敗北するしかないのかと、諦めかけていた。
「……
だが、ブラボーは敗北を受け入れたくはなかった。
このまま負ける。勝てない。確かにそうかもしれない。されども、ここで終わらせるにはまだ早い。終わるわけにはいかない。
ブラボーは折れそうな心を奮い立たせ、再び立ち上がった。
このままおめおめと負けて逃げかえるなど、許されない。誰が許さないか、それは自分自身が許さないと。
「……ふぅぅ……」
「おん? どうした? 新しい手でもあんのか?」
そして、ブラボーは立ち上がると、大きく深呼吸を始めた。
何が足りないのか。何が欠けているのか。それを考えるかのように。
そんなブラボーを見たラカンは、新たな技でも繰り出すのだろうかと考えていた。
また、その状況でも未だに戦おうとするブラボーに、少し感心した様子であった。
「……
しかし、ブラボーが深呼吸を終えると、突如として言葉をつぶやきはじめた。
「
すると、今度は声を張り上げ、叫び声とともに自分の未熟さを言い放ったのだ。
そうだ、そうだそうだ。
そう叫びながら、シルバースキンを無造作につかみかかる動作をすると、ブラボーは光に包まれた。
「何? 銀色を自ら解除しただと……?」
ラカンはブラボーのその行動に、驚きを隠せなかった。
それは何故か。ブラボーが突如として、自らのアドバンテージであり、最強の鎧でもあるダブルシルバースキンを解除したからだ。
そのシルバースキンの中からは、つなぎを着た、短くツンツンした黒髪の男が現れた。
それこそブラボーと自ら呼ぶ男の、本当の姿だ。されど、体のあちこちは血濡れになっており、額からも真っ赤な鮮血を流していた。
「これを持っていてくれッ!」
「えっ!? こっ、これは!?」
これほどまでにボロボロだと言うのに、ブラボーはダブルシルバースキンを解除して手に残った二つの核鉄を、仲間の少女へと叫び無造作に投げたではないか。
少女は慌てながらとっさに受け取ったその核鉄を見て、驚愕した表情を見せていた。
「一体どうしたんですか!? 勝負を捨てちゃったんですか!?」
何故こんなことをするのだろうかと、少女はブラボーに叫んだ。
これを外したということは、もはや負けを認めてしまったのだろうかと。
「やっぱり
「そうではないっ! 俺はもう、それに頼るのをやめただけだッ!!」
「……そんな……!」
であれば、最後の手段に出るのだろうと、少女は考えた。
その最後の手段とは、
しかし、ブラボーはそうではないと、目だけを少女の方に向け、大きく叫んだ。
勝負を捨てたのではない。新たに覚悟を決めたのだと、高らかに宣言したのだ。そうだ、シルバースキンに頼っていたからこそ、目の前の男に届かなかったのだと、そう咆哮したのだ。
少女はブラボーの言葉に耳を疑った。
あの防御があろうがなかろうが、押されていたのは事実ではないか。ならば、もはや最終手段以外ありえないのではないか、と。
「……確かに、渡された
その少女の不安に支配された表情を見たブラボーは、
あれを使えば確実に勝てることも熟知していると。
「だが、それではダメだ……。これだけは……認められない……」
「……」
だが、そんな惨めな勝ち方など、許しがたい。
そんなつまらない勝利など、勝利などと呼ぶに値しない。
勝利とは、己の力と技でつかみ取るものだ。そんな道具に頼った勝利など、無意味だ。
ブラボーはそう考えながら、それは絶対に認めないと、両手の拳を強く握りしめてきっぱりと断言したのだ。
少女はそんなブラボーの真剣な言葉を聞いて、強い意志を見て、深く考える様子を見せていた。
本来ならば、この場で目の前の最大最強と呼べるほどの男を、確実に倒す必要がある。確実に倒すための手は用意してある。
されど、ブラボーはその確実な手を許さない。その手で倒してしまえば、きっとブラボーの心にはわだかまりが残り、一生後悔し続けるだろうと、少女は思った。
「……わかりました……」
「……悪いな……」
だから、少女はブラボーの気持ちを考え、それを理解したと言葉にした。
ブラボーが切磋琢磨してきたのを、知っているからだ。あのバグであるラカンを倒すために、鍛えてきたのを知っているからだ。
ブラボーが何故そこまでラカンにこだわるのかは知らないが、それでも、彼がそうしたいのなら、そうさせてあげたいと切実に思ったのだ。
少女のその言葉に、ブラボーも一言詫びた。
これは単純な我がままだ。作戦ですらない。故に、謝罪する。自分が悪いと思っているから。
そう、たとえ、この肉体が特典で得たものであっても。たとえ、この力が借り物であったとしても。
この力を鍛えていたのは事実だ。この鍛えた肉体は、絶対に間違いなんかじゃないんだから。
ブラボーは常にそれを信念として鍛えてきた。頑なな意志を心の柱とし、研鑽してきた。だからこそ、壁であり目標でもある目の前の男に、小細工なしで勝利したいのだ。
「……なら、勝ってください……。絶対に……!」
「ああ……」
その謝罪を少女は飲み込むと、そこまで言うのであれば、勝利以外はありえないと、ブラボーへと言う。
ブラボーはそれに対して、一言で肯定すると、再びラカンへと視線を移した。
「すまない……、待たせたな……」
「別にいいぜ。んじゃ、続きをやるか!!」
また、今の行動を待っていてくれたラカンへと、ブラボーは非礼を詫びた。
ラカンはそれをあっけらかんとした態度で流すと、再度の戦いのゴングを鳴らしたのだ。
「オオオオオオォォォォォォオオオォォォォッッッ!!!!」
その瞬間、ブラボーはすさまじい雄たけびを上げると、まるで瞬間移動したかのような速度でラカンの目の前へと迫ったのだ。
「な……に……?」
「ウオオオオオオオォォォォッッッ!!!」
直後、大砲の砲撃などを軽く超えた拳が、ラカンを砕かんと撃ち込まれたのだ。
ラカンはその拳を両手をクロスさせてガードして見せたが、先ほど以上のスピードとパワーに一瞬圧倒された。
ラカンに拳が命中したことを感覚で理解したブラボーは、ブラボーはさらに強く叫びをあげ、ボルテージを上げていく。
その勢いと衝撃により、ラカンは後方へと吹き飛ばされ、宮殿の壁を砕き穿ち内部へと沈んでいった。
「さっきよりも動きがよくなってやがる……。それだけじゃねぇ、パワーもかなりあがってやがる……!」
ラカンはブラボーが先ほど以上の攻撃を放ってきたことに、驚きを隠せなかった。
まさかこんな力を隠していたなど、思ってもみなかった。
いや、違う。あの男は銀色を脱ぐまでは、これほどではなかった。
あの銀色の男を目覚めさせたのは、明らかに自分だとラカンは吹き飛ばされながら思った。
――――と言うのも、ブラボーは自分の気をシルバースキン強化に回していた。
それらを全て自らの肉体強化へとつぎ込むことで、これほどの爆発的な力を発揮したのである。
そして、ラカンが吹き飛ばされた先は、宮殿のホールであった。
本来ならば多くの人々がダンスを行っている場所だ。だが、ここは結界の内部であり、人々の声もなく、美しいシャンデリアにも光がない、無音で薄暗い無人の広間でしかなかった。
「ウウウオオオラアアァァァァッッ!!!!」
「ッ!!」
その宮殿内のホールへと落ちたラカンは、その叫びの方向へとすぐさま顔を向けた。
が、その方向にはすでにブラボーの姿はなかったのだ。
気配を察して後ろを振り向けば、そこにブラボーがいたではないか。
ブラボーはその直後、拳以外にも蹴りなども混ぜてた猛攻を、背を向けているラカンへと叩き込んだ。そのとてつもない速度とパワーは、まさに暴風。これにはラカンも唸るほどであった。
そのブラボーは、さらに声を張り上げて、放つ拳と蹴りのスピードを加速させていく。
目の前の男に届くために、目の前の男を超えるために、ひたすらに全身全霊を込めて攻撃を打ち放つ。
されど、その程度でラカンを仕留められるほど、甘くはない。
ラカンはとっさに体の方向を変え、そのブラボーの拳と蹴りを、体全体を駆使していなし、ダメージを無効化してみせたのだ。
「”粉砕ッッ!!! ブラボラッシュ”ッッッ!!!!」
「ッ!! すげぇよ……。やっぱテメェはすげぇ……!!」
今の攻撃でラカンが捉えられぬのならと、超音速の拳のラッシュをブラボーは解き放った。
無数の、空に輝く星の数ほどの拳が、ラカンへと一斉に襲い掛かったのだ。
その拳は振るわれるごとに衝撃波が発生するほどの速度であり、流石のラカンも防ぐので精いっぱいであった。
しかし、それでもラカンを砕くにはまるで足りない。そのブラボーの全ての拳を、ラカンは拳で撃ち落としていたのだ。
ただ、その攻撃にラカンは惜しみない賞賛を送っていた。
これが目の前の男の、本気になった姿なのか。先ほども思っていたが、やはりこの男の実力は素晴らしい。ああ、楽しい。すげぇ楽しい。ラカンはこの猛攻をしのぎながら、ただただこの戦いに楽しさを感じていた。
「”流星ッッ!! ブラボー脚”ッッ!!!」
「オオオラァッ!!!」
そこでブラボーは拳の連打をやめ、一瞬にして宮殿の天井を砕いて、結界で色褪せた星々が輝く夜空へと高く舞った。
その行動により、ホールの床には巨大なクレーターが出来上がり、衝撃のすさまじさを物語っていた。
もはや一瞬よりも速いブラボーの行動であったが、ラカンにはそれが見えていた。
故に、ブラボーの次の攻撃に備えて、拳を握りしめて待ち構えたのだ。
すると、天井の穴から覗く夜空から、ブラボーの叫びが聞こえてきた。
いや、その声がラカンに届く前に、すでに、すでにブラボーがラカンへと、流星のごとく落下し、蹴りを炸裂させていたのだ。
ラカンは唸るような声を出しながら、その蹴りを本気で放った右拳のパンチで受け止めた。
とは言え、その衝撃だけは殺すことなどできはしない。ブラボーの今の攻撃でラカンの立っていた床は陥没し、周囲すらも砕き瓦礫に変えていったのである。
「いいぜぇ!! そうだッ! こうでなくっちゃなあッ!!!」
ラカンは今の攻撃にかなり感激していた。
今の技がこの前受けた時よりも、ずっと重く強かったからだ。
ふと見れば右拳から血がにじんでいるではないか。
これほどの実力者がまだ眠っていたことに、ラカンは喜びが沸き上がってきていた。
「ウオオオオオッッ!!!!」
「フンッ!!」
「何ッ!?」
対するブラボーは、今の蹴りを受け止められたと悟ると、即座にラカンの拳から降り、今度は脇腹目掛けて蹴りを放った。
その瞬間でさえもブラボーは叫び声を止めずに、命を削っているかのように戦っていた。
だが、その蹴りがラカンの右脇腹に突き刺さった瞬間、逆にラカンは脇腹と右腕でブラボーの伸びきった足を拘束したのだ。
これにはブラボーも驚いた。まさか全力で放ったキックが、簡単にガードされるとは思ってもみなかったからだ。
「おらよぉッ!! ”羅漢大暴投”ッ!!!」
「グッ!? うおおおおぉぉぉぉッ!!?」
さらにラカンは、そのまま体全身に力を入れ、ブラボーを豪快に投げ捨てたのだ。
とてつもない速度でブラボーは投げ飛ばされると、その爆発的な勢いでホールの柱を数本をその体で貫き砕いた。
「……これしきの……ッ!!」
だが、ブラボーは激痛など意に介すことなく、次の行動へと移行する。
態勢を変えて、その先にあった柱へと着地するかのように両足を付け、勢いを殺したのである。
「これしきのことオオォォォォ……ッッ!!!!」
そしてブラボーは、その柱からラカンへと再びライフルから放たれた弾丸のようにとびかかると、その衝撃で足場に使った柱は崩壊、粉みじんとなったのだ。
「いいぜ!! マジで最高だぜテメェ!! もっと楽しもうぜ!!」
「今こそ貴殿に勝つッ!!」
それを見ながらラカンは、無邪気に遊ぶ子供のように、この戦いをまだまだ続けようと言い始めた。
そうだ、もっとだ、もっと来い。もっともっと戦おうぜ。こんな楽しい時間を、終わらせるにはもったいないと。
されど、ブラボーにその意思はなく、目の前の男を倒すことだけに、執着していた。
この戦いは楽しむためではない、自分が壁を乗り越えるための試練であると、ブラボーは強く思っているからだ。
そんな短い会話が終わると、その瞬間、両者の拳と拳がぶつかり合い、大規模な爆発が発生したのであった。
また、ブラボーの仲間の少女は、宮殿の屋根の上でブラボーの勝利を願うのであった。
…… …… ……
クルトが会わせたい人がいると言った後、ネギたちが入ってきた時と同じ、背後の扉がゆっくりと開かれた。
その扉から、大柄な一本の角を額に生やし、大きな耳を持った亜人が姿を現し、静かに部屋へと入ってきた。
「お師匠さま……、じゃない……? でも、この雰囲気は……!」
「ふむ、流石にわかってしまうか」
その亜人を見たネギは、ふとその雰囲気が知っている人物に似ていると感じた。
それは師匠であるギガントのことだった。されど、その姿は自分が知る白髪の老人ではなく、大柄の亜人。明らかに別人だったために、大きく困惑していたのである。
ネギの言葉を聞いた亜人は、顎を指でなでながら、それが正解であるかのような言葉をつぶやいた。
「え……? じゃあ、まさか、本当に……!?」
「うむ、そのとおりだよ」
今の言葉を聞いたネギは、目の前の亜人があの白髪の老人と同一人物であることを理解し、驚いた顔を見せた。
そして、ネギの疑問を完全に晴らすために、亜人……ギガントはその正体を自ら語った。
「今まで騙していて悪かった。これが、ワシの本来の姿なのだ」
「いえ、少し驚きましたが、気にされるほどではありませんから」
ギガントは旧世界にて変装を行い、姿を偽っていたことを謝った。
たとえ理由があろうとも、騙していたことに変わりはないからだ。
されど、ネギはそのことに対して、特に気にした様子は見せなかった。
目の前の亜人の姿が、自分の師の本当の姿であったとしても、恩師に変わりはないからだ。それに、亜人などいない旧世界ならば、人に変装するのは当然だとも思ったからだ。
「しかし、それよりも今は、こちらの方が重要なのだよ」
「え……?」
ただ、クルトが言った会わせたい人物とは、このギガントのことではない。
ギガントはそれを言葉したあと、ゆっくりと右側へと移動すると、ギガントの体の影から、一人の女性が現れたのだ。
その女性を見たネギは、気が抜けたような言葉を発した。
「あ……ああ……!?」
しかし、その数秒後、目を見開き、ありえないものを見たかのような表情で、驚愕の声を漏らしたのである。
「……すまなかった、我が息子たちよ……」
「ま……、まさか……」
そこにいたのは金髪のロングヘアーで、凛とした表情の美しい女性であった。
色白の肌と白いドレスのようなローブを身にまとった、可憐な女性であった。そして、その女性はネギとカギに対して、
ネギは目の前の女性に心当たりがあった。
何度かその人の話を聞いて、映像でも見たからだ。ただ、ここで出会えるとは思っていなかった。こんなところで再会できるとは、考えてもみなかった。
「か……母……さん……?」
「……二人とも……大きく……なったのう……」
そんな驚いた顔のままゆっくりと歩みを進めはじめたネギは、女性へと恐る恐るそう言った。
そうだ、目の前の女性こそ、ネギの母親であるアリカだったのだ。
アリカは成長した息子らを、愛おしく思いながら、再会を喜んでいた。
この10年、会うことがかなわなかった息子たちに、感涙していたのである。
「母さん!!」
「ネギよ……!!」
ネギは感極まり、アリカへと駆け寄り涙を浮かべながら抱き着いた。
それに対してアリカもかがんで、しっかりと優しくネギを抱きしめたのだ。
「……よかった……」
「……本当にね……」
それを見ていた誰もが、心からよかったと思っていた。
のどかはネギが母親と再会できたことに喜び、感動のあまりか涙を浮かべていた。
アスナもこの場でアリカと出会えるとは思っておらず、少し面を食らった気分であった。
だが、それ以上に、10年ぶりに見たアリカの元気な姿と親子の再会を見て、頬を涙で濡らすほどに喜びを感じていたのだった。
「……カギ先生も、行ったら?」
「……俺はいいんだよ! 別に今更出てきたって、どうでもいいんだよ!!」
そこへアスナは涙を浮かべ、自分もアリカに駆け寄りたい気持ちを抑えながらも、カギに気を使った言葉を述べた。
されど、カギはアリカの登場に驚きながらも、自分は関係ないと言う感じで言い張っていた。
なんで自分らを産んでからさっさと消えていった女が、今更出てきて母親面しているんだ。
”原作知識”でしか覚えてない母親なんぞ、どうでもいいだろうが。そう悪態をついていた。
「……本当に?」
「そりゃそうだろうが!!」
されど、それが本心なのかと、アスナはカギへと聞いたのだ。
それでもカギは当たり前だと強情を張るではないか。
「そりゃそうなんだが……クソッ……」
しかし、そんな憎まれ口をたたくカギだったが、本当にどうでもいいなんて思ってなどいない。
ああ、畜生。別に目の前の女を、母親だと思ったことなんてなかったのに。気にしたことなんて一度もなかったはずなのに。
「……なんで……、なんでだよ……。なんでなんだよ……」
どうしてなんだろうか。この安心感は、高揚感は、喜びは、感激はなんだろうか。
おかしい、そんなはずはない。こんなにも激しく感情を揺さぶられるようなことじゃないはずなのに。
「なんで……こんなにも涙が……、あふれて……きやがるんだ……。止まらねぇんだよぉ……、チクショオ……」
どうしてなんだろうか。別にちっとも気にかけたことすらなかったはずなのに。
ああ、畜生。涙がどうして止まらないのか。目の前の女を、どうして母親であると認めてしまうのだろうか。
母親として慕ったこともなかったのに。母親としての行為を受けたことなんて記憶にないのに。
それでもわからないが、確かに目の前の女は母親だと認識してしまう。どうでもいいはずなのに、再会を嬉しく思い涙があふれ出てくる。
カギは自分の気持ちに、涙が止まらないことに困惑していた。
その原因であるだろうアリカを、涙を拭くことすらせず、ただただ見ていた。
そう、アスナが先ほど質問したのは、カギがむせび泣いていたからだ。
静かにであったが、滝のように涙を流していたからだ。
「……カギよ、そちらも寄るがいい」
「おっ、俺はいいんだっ。兄貴だからいいんだっ!」
「そう言わずに寄るがいい」
そんなカギにアリカは、優しい表情で自分に寄るよう呼び掛けた。
が、カギはそれに対して、つっぱねるようなことを言うではないか。
単純にカギは、そんなことは恥ずかしくてできない、と思っているのだ。
自分は転生者だ。こんな産んだだけの女に寄り添うなど、できるはずがない。転生して10年、転生前はおっさんだった俺が、そんなことできない、そう思っていたのだ。
されど、アリカはネギの頭をなでていない方の手を、カギへと向けた。
恥ずかしがることはない。今まで何もできなかったのだから、存分に甘えてほしい、と。
「けっ……」
「うむ……」
そんなアリカの態度を見たカギは、観念したのかアリカへとゆっくりと近づき、体を寄せたのである。
とは言え、がっつくように抱き着く訳でもなく、ただただ体を少しだけ預ける形ではあったのだが。
アリカはぶっきらぼうなカギを見て、温かみのあるほほ笑みを浮かべていた。
何を言おうとも、自分の傍に寄ってきてくれたことが、何よりも嬉しかったのだ。
「二人とも、苦労を掛けた……」
そこでアリカは二人を軽く抱きしめながら、まるで懺悔するかのように贖罪を語り始めた。
「謝っても許されぬだろうが、言わせてほしい……。すまなかった……」
10年間、母親として何もできなかったことを、親として近くにいれなかったことを、アリカは二人に謝罪した。
こんな謝罪で許してくれるとは思っていない。謝罪だけで許してくれるとも思っていない。
されども、謝らずにはいられなかった。謝らなければならないと思った。
許されることではないと思いながらも、二人への罪の意識として、謝らずにはいられなかった。
「いいんです……。何か事情があったと思いますから……」
「別に気にしてねぇし……。気にしたこともねぇし……」
「すまなかった……」
その謝罪に、ネギはあまり大きく気にした様子を見せなかった。
むしろ、母親と再会できたという喜びの方が大きく、悪感情などが出なかった。
それに、ネギは父親のことばかり意識して、母親のことをあまり意識したことがなかった。
近くで母親のことを話してくれた人が師匠以外いなかったのもあるが、本来の子供ならば、それでももう少し意識を向けるものだろう。だと言うのに、父親に拘り、母親を疎かにしていたのがネギであった。
それ故に、母親のことをもっと知ろうとしなかったことに対して、再会を経て、少しだけ後ろめたさを感じてしまったのである。
カギはと言うと、本当に気にしていなかった。
ただただ、こんなところで、こんな形で出会うとは思っていなかった、その一点に尽きた。だから何も言うことなどなく、それ以上思うこともなかった。
本来ならば罵倒雑言を投げられてもおかしくないと言うのに、二人とも何も言わなかった。
そのことにアリカは涙を一粒流しながら、もう一度だけ二人へと、静かに謝るのであった。
「……アリカ……」
「……アスナか……」
そこへ、アスナも静かにアリカへ近寄り、彼女の名前を呼んだ。
アリカはその声を聞いて顔を上げると、そこには懐かしい顔があり、その顔は涙で濡らしながらも、喜びに満ちた笑顔だった。また、再会を祝うかのように、アリカも目の前の少女の名を呼び返したのである。
「主も随分と大きくなったではないか」
「ふふ……、ありがと」
そして、アリカは成長したアスナを見て、そのことを言葉にした。
昔会った時はあんなに小さかったと言うのに、ここまで大きくなってくれていた。小さいままではなかったことに、喜びと安心感を同時に味わっていた。
アスナもそう言われ、自信ありげに胸を張り、礼を述べた。
昔見た小さいままではない。ちゃんと成長できたことを、見せたかったのだ。
「……ふん」
そんな彼女らのやり取りを、遠くからエヴァンジェリンが眺めながら鼻を鳴らしていた。
一見不貞腐れた態度のように見えるが、彼女なりに彼らの再会を喜んではいるのである。
されど、エヴァンジェリンの内心は複雑なものであった。
何せ、少し前に実兄に出会い、迎えに来たと言われたのだ。あの時自分はどうするべきだったのか。あの兄の言葉に、どう答えればいいのか。どう応えてやればよいのだろうか。そればかりを考えると、気持ちがモヤモヤとするのだった。
「さて、こうして再会したのだから、ゆっくりと語らいでも……」
そこへクルトが彼女らへと声をかけ、どうせならもっとしっかりした場所で話し合おうと言いかけた。
だが、そこへ邪魔をするかのように、部屋全体が大きく揺れたのである。
「……という訳にはいかんようだな……」
ギガントはその揺れを感じ、ゆっくりと語らっている余裕はなさそうだ、と言葉にした。
また、誰もがこの揺れに対して驚きを感じ、何がどうなったのかと言う顔をのぞかせていた。
「なんだこの揺れは……! どうなっている!?」
「い、今しがた謎の敵影が出現し、この総督府をかこっております!」
「何……!?」
クルトもこの揺れを感じて、何が起こったのだろうかと声を荒げた。
そこへ側近の少年が扉から現れ、なんと敵が現れたと報告しに来たのだ。
その報告にはクルトも寝耳に水であった。
本来ならば、このまま彼女らとゆっくり話し合う予定だったからだ。
「……
「よくもまあ、よい雰囲気のところに水を差してくれる……!」
ガトウはこの揺れの犯人に目星をつけ、やれやれと言う態度を見せた。
クルトはこの麗しき再会の邪魔をされたことに、かなり腹を立て、怒りを叫んだのであった。