ここは現在時間の麻帆良の一角。
まだまだ猛暑が続く最中、一人の眼鏡の男が歩いていた。その男こそ、木乃香の父親である、近衛詠春であった。
詠春が真夏の暑い中、なぜ京都からここへわざわざやって来ているか言うと、関東へ出張しに来ていたからだ。
さらに、近くに来ているのならと、昔の仲間であるアルビレオが自分のいる場所に呼んだからである。
そうして、その呼んだ張本人がいる図書館島の最奥部へと、詠春はやってきたのであった。
「久しぶりですね」
「本当にそうですね、詠春」
まずは、久々の再会に喜びを見せる二人。
いやはや、最後に会ったのは何年前だろうか。もしかしたら、何十年と会ってなかったのだろうかと。
「彼らは今頃、あちら側ですか」
「そうです」
まあ、再会の喜びはここまででよしとして、詠春は本題を切り出した。
それはネギたちの現在地のことだ。今、ネギたちは魔法世界へと渡っている。
詠春はそれを事前にアルビレオから聞いており、それを再確認するかのように尋ねたのである。
その問いに対してアルビレオは、すぐさま肯定の言葉を一言で返した。
「私の娘や刹那もあっちに行っているのですよね……?」
「はい、そのとおりです」
詠春はそこで、ならば自分の娘である木乃香や刹那も、魔法世界へ行っているだろうとアルビレオに尋ねた。
アルビレオはにこやかな表情を変えず、当然と言うようにその問いにYESと答えた。
と言うのも、詠春とて自分の娘やその友人が、魔法世界で何かよからぬことに巻き込まれていないか、少し心配だった。
実際はメガロメセンブリアに行くという程度らしいので、危険はないと理解しているのだが、どうにも心配になってしまったようである。
「まあ、幸いあちらには、彼らもいますし」
「……うーむ……」
とは言え、向こうには同じく昔の仲間であるメトゥーナトやラカン、それにガトウもいる。
であれば、大きな心配は必要ないだろうと、アルビレオは言葉にしていた。
されど、やはり心配になってしまうのが父親というものだ。
それを聞いても詠春は、険しい顔で腕を組みながら唸るのであった。
「確かに、あなたの娘もあちらへ行っているのですから、心配にもなりますでしょうね」
「ええ、まあ……」
その詠春の姿を見たアルビレオは、その気持ちはわかると述べた。まあ、本当にわかっているかは別だが。
詠春も、確かに心配で仕方がない、と言う態度で、実際心配していると言う感じに答えていた。
「しかし、あの子たちは強くたくましいですから」
「そうですね」
だが、彼女たちはとても強い。
それはアルビレオも実際見たことであり、あのぐらい強ければ、魔法世界で何が起ころうとも、逆境を乗り切ることぐらいできはずだと、確信していたのだ。
そう言われた詠春も、刹那やアスナ、それに自分の娘である木乃香の強さを理解していた。
ならば、心配ばかりせずに無事であることを信じようと思い、詠春は険しい表情を緩めるのであった。
…… …… ……
そして、場所を大きく移して、ここは魔法世界、新オスティアの提督府の宮殿内。
舞踏会の会場で、大柄な金髪の男バーサーカーと、黒髪の少女の刹那が会話をしていた。
「おん……? なんだ……? この感覚は……」
「どうかしましたか?」
そこでバーサーカーが、突如として何か嫌な感覚に襲われたのだ。
それを言葉にすると、刹那も一体何がどうしたのかと、バーサーカーへ聞いたのである。
「いんや……、なんつーかよ……。ビリっと来たっつーか……」
「なんだか歯切れが悪い言い方ですね」
バーサーカーが言うには、何か大きな衝撃を受けたような、そんな感覚があったと言う。
されど、刹那にはそのニュアンスがあまり伝わっておらず、あまりわかっていない様子を見せた。
「バッドなセンシングってやつ? それを感じちまってなぁ……」
「いったい急にどうしたんですか」
そこでバーサーカーは、もっと簡単でわかりやすい言葉を使って説明した。
つまるところ、嫌な予感ってやつだ。
それを聞いた刹那は、なるほど、と納得した。
が、その虫の知らせと言うのがあまりにも突然で、しかも少し戸惑った様子を見せるバーサーカーに、何があったのかと思ったのである。
「なあに、一瞬、不安が過っただけさ。念のため、ちょいと見回りしてくるぜ」
「では、私も同行します」
刹那に心配されたと思ったバーサーカーは、ニヤリと笑って見せながら、心配しすぎたと言う感じに話した。
そして、その不安を拭うために、とりあえず見回りしようと考え述べた。
ならば、それについていくと、刹那も言い出した。
「いや、
「……どうしてですか?」
しかし、バーサーカーは刹那に残るよう言うではないか。
刹那はそれに対して、不思議な顔で聞き返した。
「一応このかちゃんの護衛だろ? 護衛が全員、護衛対象の傍から離れちゃいけねぇだろ?」
「……そうですね」
何故、と言われたので、バーサーカーはそれに対して説得するように説明した。
それは当然、一応ではあるが木乃香の護衛としてここにいるのだから、護衛全員が姿を消す訳にはいかない、というものだった。
覇王が近くにいるのであれば、安全は保障されたようなものであるのだが、それでも護衛として存在しているのだから、それはまずいというものだった。
刹那も、バーサーカーの説明にしっかりと納得したようであった。
確かに、護衛としてここにいるのであれば、そこを移動する訳にはいかないと。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」
「気を付けて」
と、いう訳だからよろしく、と言うように挨拶すると、バーサーカーはゆっくりと歩き出していった。
それを刹那も見送りながら、送り出す言葉を贈るのであった。
…… …… ……
舞踏会も随分と盛り上がり、それなりに時間が経った。
そろそろ呼ばれる頃か、とネギたちが思っていたところへと、一人の少年が礼儀正しい態度で現れた。
「こちらのご用意ができましたので、お迎えに上がりました」
「わざわざありがとうございます」
それこそ、クルトの補佐をしている少年であった。
少年は招き入れる準備が終わったので、彼らを呼びに来たのである。
そんな謙遜した態度の少年に、ネギも頭を小さく下げてお礼を述べていた。
「そして、申し訳ありませんが、ご入室される方はあなた方兄弟を含めて最大5名でお願いします」
「5名ですか?」
「はい」
ただ、流石に彼らの仲間全員を呼びつける訳にもいかない。
なので、制限として5人だけを、総督のいる部屋へと案内するということだった。
ネギは5人なのを確認するために聞き返すと、当然のごとく肯定の言葉が戻ってきた。
――――
そもそも、ただ自分たちと話すだけであれば、確かに大人数で行く必要もないだろう、とすら思っていた。
「じゃあ、人選の方はこちらで決めてもいいんですね?」
「残り3人は自由にしてよいと言われております」
「そうですか。わかりました」
ただ、念のためにネギは5人中3人、自分と兄のカギ以外は、だれを選んでもかまわないかを尋ねた。
自分たち以外にも指定、もしくは条件があるならば、それに従おうと思ったからだ。
しかし、目の前の少年は特にクルトからそういうことは言われておらず、自由にしてよいと返した。
ならばとネギは、その言葉を聞いて残りの3人を誰にするかを考えはじめた。
「なら、まずは指名された僕と兄さん」
「ようやくって感じだな……」
では、まず選ぶべき人選は、直接呼ばれた自分だろう。
そして、自分と同じく指名を受けたカギだ。
カギも今呼ばれたことで、なんか随分待たされたな、と思いながらそれを口走った。
「それと、アスナさん」
「私? いいけど」
それ以外は、あの場にはいなかったが、クルトと顔見知りであるアスナを選んだ。
選ばれたアスナも、自分が呼ばれたことを気にすることなく、問題ないと言った。
「ならば、私も行くとしよう」
「えっ!? エヴァちゃんが!?」
「……貴様の護衛をすると言っただろう……?」
すると、そこで自ら率先して名乗り出るものがいた。それこそエヴァンジェリンであった。
それを聞いたアスナは、かなり驚いた顔で、思ってもみなかったということを言い出した。
そんなアスナを見たエヴァンジェリンは、ため息を小さく吐くと、自分が名乗り出たのは今はアスナの護衛をしているからだと、呆れた顔で説明したのである。
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
「ああ」
ネギもエヴァンジェリンの宣言に対して、とてもありがたいと頭を下げて礼を述べた。
エヴァンジェリンも当然と言う様子で、特に何か言うこともなく、一言返事で承った。
「じゃあ、最後は……」
そして、もう一人だけ部屋へ入ることが可能だ。
その最後の一人をどうするかと、ネギは周囲の仲間たちを見て、悩みながら選んでいた。
「なら、のどかさん、お願いします」
「ひゃい!? わっ……私ですか!?」
「のどかさんは僕の最初のパートナーですから」
そこでネギの目に入ってきたのは、なんとのどかだった。
ならばと思ったネギは、のどかに同行を頼んだのである。
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのどかは、頼まれたことに驚き変な声を漏らしていた。
また、本当に自分でよいのかと、逆にネギへと聞き返した。
しかしながら、そこでネギが見せたのは、なんという自然なイケメンムーブか。
その理由をさわやかに、自然体で語っていくではないか。
ネギがのどかを選んだ理由とは、事故であったにせよ、初めて仮契約の従者になったのがのどかだからだった。
それに、別に危険な場所へ赴く訳ではないので、戦力なども気にしていないからだ。
「わ……、わかりました!」
「ありがとうございます」
「いえっ! むしろ、選んでくれてありがとうございます!」
そんなイケメンムーブを目の当たりにしたのどかは、リンゴのように顔を赤く染め上げながら、喜びあふれる声で承諾の言葉を出した。
すると、そう言って当然と言う様子で、ネギが頭を下げてお礼を言うではないか。
のどかはもう爆発しそうなぐらいに照れながらも、逆にお礼を述べた。
何せ、ちゃんと自分を生徒以外の目で見てくれていたからだ。あのような仮契約をしたというのに、それを大切にしてくれたからだ。
そのことが本当にのどかにとって嬉しかった。心の奥底から跳ね上がりたい気分になるぐらい、嬉しかったのだ。
「では、ご案内します。ついてきてください」
「よろしくお願いします」
話が決まったのを見ていたクルトの側近である少年は、そこで一礼し、案内すると述べた。
ネギもそれに対して礼儀よく、案内を頼むと言葉にした。
そして、少年に誘導された彼ら5人は数人の仲間から見送られながら、ゆっくりと移動をはじめ、その場所へと向かうのだった。
…… …… ……
ネギたちはクルトの側近の少年に連れてこられ、大きな扉の前までやってきていた。
「この扉の先に総督が待っております」
この先の部屋で、総督であるクルトが待っているということだった。
「……では、どうぞごゆっくり」
ネギたちを待ちかねていたかのように、扉がゆっくりと開き出した。
少年の一言を聞いた後、ネギたちはその扉の向こうへと入っていったのだった。
「ようこそ、我が特別室に」
その先にあった部屋は何もない大きな円形の部屋だった。本当に装飾品やアンティークも家具もない、奇麗ですっきりした部屋だった。
そして、そこには当然のようにクルトが部屋の中央で立ちながら待っており、彼らへと歓迎する言葉を送ってきた。
「なっ!! こいつは……!!!」
「急にどうしたの兄さん……!」
すると、突如としてカギが、妙に驚きだしたではないか。
しかし、この部屋自体には特に何かあった訳でもなく、急に驚きだしたカギに、何か気が付いたのかと尋ねるネギがいた。
「ガトウのおっさん!?」
「おう、この前ぶりだな、坊主」
カギがまず驚いたことは、目の前にやはり”原作”だと死んでいるはずのガトウが、クルトの横にいることだった。
さらに、部屋自体にも特に立体映像が流れている訳でもなかったので、驚いたというのもあった。
そこでカギに驚かれながらも声をかけられたガトウは、軽快な挨拶を飛ばしたのだった。
「久しぶりね、ガトウさん」
「おおう! あん時の嬢ちゃんか! 大きくなったなぁ!」
「まあね!」
そこへアスナがガトウへと駆け寄り、笑顔で久しい再会を祝った。
ガトウもアスナが見違えるぐらいに成長していたことに、大きく驚き喜んだ。
それを言われたアスナは、胸を張って自分の成長を誇らしげに見せたのである。
「それで、ほう? お前がナギのもう一人の息子か」
「あっ、はい。初めまして、ネギです」
そして、ガトウはアスナから視線を外し、ネギの方を見た。
ガトウは話に聞いていた、もう一人のナギの息子に興味があったからだ。
それでそれを確かめるべく、ガトウはネギへと質問すれば、素直な返事と自己紹介が返ってきた。
「あいつの息子としちゃ、ちょいとアホっぽくねぇなあ」
「やっぱりそうですか……」
ガトウはネギの見聞して、やはりナギとは少し違うと思った。
何よりなんか真面目で頭がよさそうだ。あのバカ筆頭だったナギとは大違いだと思ったのだ。
ネギはそれを聞いて、誰もがそう言うと思った。
いや、まあ、そう言われるのは自分の父親が、ほとんど悪いとしか言いようがないのだが。
それでも、ネギは父親の良いところもしっかり理解しているので、特に気にすることもないのである。
「コホン。あいさつはその辺で」
「ははっ、つれねぇこと言うなって」
「ここへ彼らを呼んだのは、再会を祝賀するためではありませんよ……」
「わかってるって」
すると、しびれを切らせたクルトが、そろそろ話がしたいと言う様子で、ガトウへと語りかけた。
それに対してガトウは、悪びれることなく再会や出会いを喜んでもいいじゃないか、と言うではないか。
そんなガトウへと、少し呆れた様子でクルトは、そんなことをするためにこの場を用意した訳ではないと文句じみた言葉を発した。
ガトウもそのことは理解していたので、クルトへと笑いながらそう言うのだった。
「あなた方をここへ招いたのは、あなた方にお伝えしたかったことがあったからです」
「僕たちに伝えたいこと?」
そこでクルトはネギたちの前へと移動し、何故ここへ呼んだのかを語り始めた。
その理由を聞いたネギは、復唱するようにそれを尋ねた。
「もったいぶらないで話せや!」
「兄さん! 言動が荒いよ!」
「し、しょうがねぇだろ!?」
悠長に話を進めるクルトへと、しびれを切らせたカギが叫びだした。
なんという短気だろうか。いや、カギは未だにクルトを疑っているので、そういう態度に出てしまうのだ。
そんなカギを窘めるネギ。
相手が何もしていないのに、ちょっと口が悪すぎると思ったのだ。
が、カギはそれを仕方がないと言い訳した。
まあ、信用していない相手なのだから、口調が荒げても仕方のないというのは当然なのかもしれないが。
「多少の無礼は気にしませんので……。そして、次に行かせてもらいますよ」
そのカギの暴言に、クルトは特に表情を変えずに、気にしていないので気にしないでもよいと言った。
そして、それよりも早く本題に入ろうと、目的を語り始めた。
「私が伝えたかった事。その一つがあなた方の村を襲った
「……!」
クルトが伝えたかった事とは、まさに6年前、ネギの故郷を襲った犯人だった。
その言葉を聞いたガトウも少し陰った表情を見せていた。やはり、あの事件をどうにかできなかったことを、少し後悔している様子だった。
ネギはそれを聞くと、ぴくりと反応し、少し驚いた表情を見せていた。
とは言え、ネギはあの事件を
「しかし、これを説明するには、もう一つの伝えたいこと、あなた方の
「母さんのこと……ですか……?」
「そのとおり!」
しかし、その犯人がどうして故郷を襲ったのかを説明するには、もう一つのことを教えなければならなかった。
それこそすなわち、ネギの母親のことだったのだ。
自分の母親が言葉に出てきたことに、先ほどよりも大きくネギは反応を見せた。
また、それを確認するかのように聞き返せば、YESとクルトが返してきた。
「あなたの母親は、オスティアの偉大のなる女王であらせられた」
「……! やっぱり、あの人が……!」
「ほう……。あの男から得た情報から、すでに察していたようですね」
クルトはやや演技じみた大げさな動きをしつつ、ネギの母親について説明をし始めた。
そう、ネギの母親はこのオスティアの女王であったのだと、高らかに言葉にしたのだ。
されど、ネギはラカンの映像や、アスナの言葉から、それをすでに知っていた。
なので、ラカンの映像に出てきた金髪ロングヘアーの女性こそ、まさしく自分の母親であったことを、再認識しただけであった。
が、クルトはラカンが彼らに、多少情報を与えただけだろうと思っただけだった。
なので、あの男が教えた情報を整理し、答えを導き出したと考え、感心した声を漏らしていた。
「ならば、まずはご覧いただこう! あなた方の父と母の物語を……!!」
「この映像は……!」
「ゆっくりとご視聴していただきたい」
まあ、そんなことよりも実物を見た方がよいと、クルトは次のステップに移り始めた。
すると、部屋が突如として暗闇になったと思えば、部屋全体に立体的な映像が表示されだしたのだ。
ネギたちはそれに驚き周囲を見待たすと、そこにはラカンが映画として見せてくれた、20年前の最終決戦の映像が流れているではないか。
そこへクルトがその映像を堪能してほしいと言葉にすると、本人もその映像を懐かしむように見始めたのだった。
…… …… ……
立体映像として流れ始めた映画は、ちょうど20年前の最終決戦から始まった。
それは
「たとえ! 明日世界が滅ぶと知ろうとも!!」
ナギは絶望の渦中でせせら笑いながら滅びを呼ぶ造物主へと、叫びながら拳を伸ばし魔法を放つ。
「あきらめねぇのが! 人間ってモンだろうがッ!!」
もはや何もかもあきらめ、投げ捨てようとしている造物主へと、ナギは何度も叫ぶ。
「人!! 間を!!」
ナギは、杖に魔力を込め、一つの槍を成型する。
それはまさに、光の槍と呼ぶにふさわしい姿だった。
「なめんじゃ!! ねえええぇぇぇぇッッ!!!」
それを大声とともに造物主へと目掛け、おもいっきり投擲したのだ。
自分の声を届けるかのように、一直線に。
そして、槍は造物主に吸い込まれるように突き刺さるとともに、膨大な魔力が破裂し造物主を滅ぼしたのだ。
これでようやく造物主との、苦しい戦いが終わりを告げた――――。
・
・
・
戦いは終わった。
ナギの師匠であるゼクトが犠牲となったが、戦いは終わった。
誰もが終戦ムードで歓喜に溢れた喜びを分かち合う中、ナギは上の空であった。
それは
しかし、なんと奴は師匠であるゼクトの体に乗り移り、完全に支配してしまったのだ。
あの後ゼクトがどうなったのかわからないが、もはや
そのことを思い返しながら、宮殿の広場で空を見上げるナギ。
と、そこへ静かにやってきたのはアリカだった。
「ここにいたか……」
「よぉ、姫さん。全部終わったな」
「……そのようじゃな……」
アリカはナギを探してここまで来たようであった。
ナギもやってきたアリカへと、振り向いて話しかけた。
長きにわたった戦いは終わった。戦争は終わった。そして、完全なる世界との戦いが終わった。
ナギはそれを、穏やかな表情で言葉にしていた。
そのナギの台詞に、アリカも思うところがある様子を見せながらも、肯定したのだった。
「なんだよ、世界が平和になったってのに、そんな浮かない顔して」
「……それはこちらの台詞じゃ」
そうだ、戦いが終わり世界は救われたのだ。平和になったのだ。
だと言うのに、アリカの表情はすぐれない。そのことにナギは疑問を感じ、何かあるのかと聞いた。
が、それはアリカとて同じことを考えていたのだ。
「主こそ、何か悩みを抱えておるだろう? 無理をして明るく振舞っておるのが見え見えじゃ」
「……」
目の前のナギは見るからに空元気であり、無理をしている様子だった。
それに疑問を感じたアリカは、その理由を聞いたのである。
それを聞かれたナギは、その時のことを思い返しながら、少し陰のある表情で口をつぐんでいた。
・
・
・
――――今から23時間前。
それは光だった。光が墓守り人の宮殿を包み込むようにして、渦巻いていた。
そして、それは広域魔力減衰現象であった。魔力が光の渦となって、すべてを飲み込もうとしていたのである。
「間に合わなかったのか……!?」
「彼らに限ってそんなはずは……」
アリカが乗る艦艇内で、ガトウは焦りと驚きの声をあげていた。
また、その横の幼きクルトも、紅き翼の彼らが敗北するはずがないと、焦った表情で言葉にしていた。
もはやこのままでは、魔法世界は消滅してしまうだろう。
それを阻止すべく、アリカは指揮を取った。墓守り人の宮殿を艦隊で包囲し、封印を行うというものだ。
ただ、”原作”ではアスナとともに封印することになるのだが、
そのアスナの代わりに、アルカディアの皇帝がすり替えるよう命じた、黄金の杖とともに封印されることとなった。
「よろしいのですね……? 女王陛下……」
アリカが最後に命令を下す前に、ガトウが一言尋ねた。
それは、この封印において、今後起こりうることに対しての質問だった。
「……かの皇帝を信じよう……」
しかし、アリカの答えは、アルカディアの皇帝を信じるというものだった。
あの皇帝は戦いの前に、すでにアリカと密談を行っていた。そこで皇帝は封印における魔力消失現象を、どうにかすると言ってのけていたのだ。
だからこそ、本来ならばその弊害として国を落とすことになることさえ、顔色を変えずに命じたのだ。
実際は不安もある。あの皇帝が失敗すれば、自国は滅びるのだから。されど、あの皇帝がそう断言したのであれば、信じる他はないとも思ったのだ。
また、同時刻にて、墓守り人の宮殿では、造物主に乗っ取られたゼクトとナギが対面していた。
「武の英雄に未来を造ることはできぬ。貴様には結局何も変えられまいよ」
造物主は淡々と、ボロボロとなったナギへと語りかけていた。
そうだ、お前が自分を倒そうとも、この世界は変えられない。この世界の理不尽さは、変えることはできないと。
「……
また、造物主は誰かを思い浮かべながらも、その誰かでさえも世界を変えられていないと言った。
ナギには造物主が言う男というのが、誰なのかはわからなかった。されど、造物主がそう言葉にするほどのものでさえ、世界は変えられてないのだと言うことも理解した。
「人間は度し難い……。英雄よ、貴様も我が2600年の絶望を知れ」
そう言葉にしだすと、造物主の体がまるで霧や砂が散るかのように消え始めた。
「さらばだ……」
「ぬっ……グッ……お師匠……」
そして、造物主が最後に皮肉のような別れを口にすると、その姿はこの場からなくなったのであった。
それをナギは、ただただ見ているだけしかできなかった。師匠であるゼクトが、造物主となって消えていったのを、見送ることしかできなかった。
「師匠……ッ!!!」
その悔しさを吐き出すかのように、ナギは今消えてしまったゼクトを呼び戻すように叫んだ。
「師匠オォぉぉぉぉおおおぉぉぉ――――ッッ!!!!」
何度も何度も、取り残されて一人となったナギは、その瓦礫の山の上で叫んだ。
しかし、その叫び声は誰にも届かずに、むなしく空に消えていくだけであった。
・
・
・
ナギは過去の記憶から、ふと現実へと戻ってきた。
「……俺は……話したくない」
「……そうか……。なら、聞かぬ」
そして、ナギは今悩んでいる理由を話さなかった。
ただ、黙っているという訳ではなく、話したくない、と一言だけ言葉にはしていた。
それを聞いたアリカも、ふと目をつむってそれ以上は聞かなかった。
「へえ……、お優しいこって」
「主のその辛そうな顔で、何となく察しがつく……」
「そうかい……」
強引に聞いて来るとばかり思っていたナギは、そんなアリカへと小さく笑ってそう言った。
されど、アリカが無理に聞かなかったのは、理由を察していたからだ。
何せ、彼ら紅き翼が戦いから帰ってきた時、一人足りないのを知っていた。そのことに対して、ナギが何か悩んでいるのだろうと思たのだ。
そう言われたナギは、後ろを向いて小さく言葉を出した。
やれやれ、何もかもお見通しみたいだ。顔には出してなかったはずなんだがな。そう心の中でつぶやいていた。
「妾は女王となった。これから主と会う機会もほとんどなくなるであろう」
「……まあ、そうかもしれねぇな……」
と、そこでアリカは話を変えて、自分のことを話し始めた。
自分は王女ではなく女王となり、この国のトップとなった。昔からなかった暇も、さらになくなるだろう。
そうすれば、お前とも会えなくなるだろうと、静かに述べた。
ナギはアリカの今の話を聞き、背を向けたまま首だけを振り返った。
また、ナギもそう言われてしまえば、まあそうだな、としか言えなかった。
まったくもって目の前の女は生真面目だ。少しぐらい抜け出せばいいじゃん、などと無粋なことは流石のナギも、冗談でさえあえて言わなかったのである。
「……のう、ナギよ……」
「あ?」
と、そこでアリカは先ほどとは変わった、しおらしい声で目の前の男の名を呼んだ。
突然呼ばれたことに少し疑問を感じながら、再びアリカの方へと体を向け、話を聞く体制を取っていた。
「……妾に何かあった時は、……妾など捨て置いてよい」
「……急に何を言い出してんだ?」
アリカが改まって話し出したことは、自分に不幸があった時のことだった。
この先、何が起こるかわからない。何もないかもしれないが、何か起こるかもしれない。そうなった時は、自分など気にしなくてもよい、と言い出したのだ。
それを聞いたナギは、あまりにも唐突な話に、少し混乱した様子を見せていた。
「その時は、妾ではなく、貧苦に苦しむ無辜の民を救ってほしい」
「……って言われてもなぁ……」
さらにアリカは言葉をつづけ、自分のことを気に掛けるならば、助けを欲する人々を気にかけてほしい、と言葉にしたのだ。
その表情こそ平坦なものであったが、どこか切ない様子であった。
とは言え、突然そんなことを言われても、どうしたらよいのかわからないというものだ。
ナギは頭をボリボリと右手でかきながら、どう答えるかを悩んだ様子を見せていた。
「頼む……」
「……」
そんなナギへと、アリカは小さく頭を下げるではないか。
アリカは本気で、自分のことなど捨て置いてほしいと思っているのだ。
ナギもあの強気なアリカが頭を自分に下げるなんて思ってなかったのか、少し面を食らった気分だった。
されど、その態度で今の言葉が本音であることを、言葉でなく心で理解できたようだった。
「……はぁー……。わかったよ」
「……本当か!?」
だから、わざとらしい大きなため息を吐き出した後、そのことに対してYESと言った。
そのナギの答えにアリカは頭を上げて、不安が少し混じった顔で、約束を確かめるべくそう言った。
「約束できるかはわからねぇが……、あんたの今の言葉……、忘れねぇよ」
「……礼を言う……」
ナギはそこで、自分の今の気持ちを言葉にし始めた。
確かに今、それに対して承諾の答えを言ったが、そうなった時にそれができるかはわからないと。それでも、今の真摯な言葉は、絶対に忘れないと誓ったのである。
アリカはナギの言葉に、ただただ静かに、再び頭を下げて礼を言うだけだった。
約束はできないと言われたが、その言葉を覚えていくれているだけでもよいと、そう思ったからだ。
そして、二人は今後のことを話し合ったあとに別れた。
アリカは、今すべきことをするために。ナギは次に何をするかを考えながら。
・
・
・
その数時間後、アリカはナギが去った後も宮殿にて、たたずんでいた。
「陛下……!」
「状況はどうなっておる?」
ガトウが跪いて、アリカへと言葉をかけた。
また、その横には同じく跪いた、幼きクルトの姿もあった。
アリカは彼らの方を振り向き、このオスティアの現状を尋ねた。
「現在、アルカディアの皇帝が言っていた通り、何も大きな影響はありません……!」
「うむ、……そうか」
それに対してガトウは、今のところ何も問題がないと言葉にした。
さらに、この状況をすでに、アルカディアの皇帝が教えてあったのだ。特に何事もなく、無事に終わるということをだ。
――――本来ならば、ここでオスティアは滅ぶ運命であった。
魔力消失現象が発生し、浮遊島であるこの国は、雲の下の大地に沈むはずだった。だが、それを皇帝が何らかの方法で解決し、滅びから免れたのだ。
アリカはその報告を聞いて、結果がわかっていたかのように返事をした。
あの皇帝がそう言ったのだから、間違いが起こるはずがないと。
「アリカ女王陛下」
「主はメトゥーナト」
すると、そこへ皇帝の部下の一人である、メトゥーナトがスッと現れた。
突然の訪問だと言うのにアリカは驚くことなく、そっちの方へ顔を向け、その名を呼んだ。
「我が皇帝陛下が、魔力消失現象を抑えることに成功したとのこと……」
「そうであったか」
メトゥーナトがここへ来たのは、皇帝からのメッセージを届けるためであった。
その内容とは、やはり魔力消失現象のことだった。
それを聞いたアリカは、特に疑うこともなく、納得した様子を見せていた。
「では、我がオスティアは崩壊の危機から免れたと言うことじゃな……?」
「ハッ、その通りです」
であれば、この国は救われたのだろう。
それをメトゥーナトに聞けば、肯定の言葉がすぐさま返ってきた。
アリカはそれを聞いて、目をつむりながら心から安堵したのである。
「本当なのか、それは……」
「本当だからこそ、今も影響なくオスティアは安定している」
「確かにそうだが……」
しかし、ガトウはその話に現実味を感じられなかったのか、真偽をメトゥーナトへと聞いた。
それに対してメトゥーナトは、むしろ現状で何も起こっていないのだから、間違いないだろうと答えた。
そう言われてしまったガトウは、事の規模の大きさに戸惑いながら、納得せざるを得なかったのだった。
「そうじゃ、メトゥーナトよ! アスナは無事か!?」
「心配ございません。今はわたしの仲間の保護下で、健康状態を診て貰っております」
「そうか……。それはよかった……」
アリカは今のメトゥーナトの話を、すでに信用していた。
それでもただ一つ、一つだけ聞きたいことがあった。
それはアスナのことだ。
メトゥーナトが救出したであろうアスナは、今どうしているのかが気になったのだ。
その質問に対して、メトゥーナトは素直に答えた。
あのような場所で閉じ込められていたということもあり、とりあえずは健康のチェックをしていると。それに、成長も抑制されているようで、それがどういう状態なのかも調べているようであった。
今のメトゥーナトの言葉に、心の奥底から胸をなでおろすアリカ。
彼女もアスナのことが気がかりであり、心を痛めていたからこその安堵であった。
「では、わたしは皇帝陛下のもとへと戻ります」
「うむ、報告ご苦労だった」
全て言い終えたと考えたメトゥーナトは、とりあえずは帰還することにした。
アリカも報告の為に出向いてくれたであろうメトゥーナトへ、別れの挨拶を含んだ礼を述べたのだった。
ガトウも挨拶替わりとばかりに軽く手を振るれば、背を向けて帰還の準備を始めたメトゥーナトは軽く振り向きながら握り拳に親指を立て、無言の挨拶を行っていた。
そしてメトゥーナトは、マントを翼へと変え、素早く大空へと飛び去って行った。
「……アルカディアの皇帝……か……」
アリカはメトゥーナトが飛び去った空を見上げながら、アルカディアの皇帝のことを考えた。
あの男は何故ここまでしてくれているのだろうか。
中立国であるアルカディア帝国、その皇帝でありながらも、これほどまでに協力してくれたのだろうか、と。
されど、いくら考えてもその答えは出ず、不思議な男だ、と思うばかりであった。
かくして、オスティアが崩壊することもなく、無事に戦争が終わったのである。
しかし、それでもすべてが終わった訳ではない。
それに……。
「畏れながらアリカ陛下……。あなたを逮捕します」
「……何故じゃ」
2か月後、オスティアの王宮にて、突如としてアリカが兵士に囲まれ、武器を向けられていた。
そして、兵士はどういうことか、アリカを逮捕すると言い出したのだ。
アリカにはその理由など検討が付かず、いわれのない罪を聞いたのだ。
「陛下の父、元国王とともに
すると、兵士から罪状がつづられ始めた。
どういうことか、元国王と同伴して完全なる世界と徒党を組んだと言い出したではないか。
「また、オスティア周辺の状況報告について、虚偽改竄の疑いが持ち上がっています」
それだけではなく、情報の改竄なども罪状として挙げられており、明らかに不当なものであることがわかった。
「フフフ……、浅はかなことをされましたな陛下。我らの情報機関の力を甘く見られたようだ」
「……主ら……、はかったか……!」
そこで兵士の後ろにクツクツと笑っていたフードの男が、アリカへと言葉を放った。
フードの男こそ、メガロメセンブリア元老院議員の一人だった。そして、目に見えてこの男がアリカをはめた張本人である。
アリカは突然のことであったが、気を動転させるのではなく、むしろ怒りに駆られていた。
まさかこのような強引な手で、この国を乗っ取ろうと企んでくるなど、思ってもみなかったのだ。
アリカ普段以上に厳しい目つきでフードの男を睨みつけながら、兵士に連行されていった。
その様子をニヤニヤと笑いながら、フードの男は眺めていたのだった。
なんということだろうか。
メガロメセンブリア元老院議員の一部、反アリカ派と呼ばれる元老院が反旗を翻し、アリカへと濡れ衣を着せ、罪人として牢獄へと送りやがったのだ。
彼らの狙いこそ、オスティアひいてはウェスペルタティア王国の掌握だった。
それだけではなく、姿を眩ましてしまった黄昏の姫御子、アスナの奪取も狙っていたのだ。彼女の魔法無効化の力を、メガロメセンブリアで再利用しようと目論んでいたのである。
そのため、邪魔なアリカ女王には消えてもらうのが一番だと考えた。
そこで彼女の父、元国王の罪をアリカにも着せ、そのまま罪人として処罰してしまおうとしたのだ。そして、アリカの有罪は決定し、即座に2年後の処刑が決まってしまったのだ。
さらに、彼らは完全なる世界とアリカが結託し、世界を混乱させたと言う嘘を広めるネガティブキャンペーンを行ったのだ。勿論信じないものもいたが、それによりアリカは
ただ、”ここでは”マクギル議員は生きており、それを阻止しようと動いていた。それでも止めるに至らなかったが故に、マクギル議員は大いに悔やんだ。
かなりの手を使い阻止しようとしたのだが、相手の方が上手であり発言力も強かったのである。
だが、そのような暴挙を許すようなアルカディア帝国の皇帝ではない。
はっきり言って反アリカ派のやり方が気に入らなかった。許せなかった。
何せ、”原作”とは違い、アリカは
アルカディアの皇帝ライトニングが協力し、全て調べ上げた証拠とともに、アリカが国王をその玉座から引きずり降ろしたのだ。正当な裁きを与えたので、殺すことはしなかったのである。
しかし、その方法を逆に利用された形となってしまったのも事実だった。
とはいえ、こんな無茶苦茶なやり方が許されると思うのか? 許される訳がないだろう。
だからこそ、ライトニング皇帝はアリカの救助を考えた。
そして、アリカはライトニング皇帝の庇護下に入り、アルカディア帝国へと渡った。
だが、その事実はオスティアには伝えなかった。どこにメガロメセンブリアの耳や目があるかわからなかったからだ。それ以外にも、紅き翼の面々には内密にと教えてあったが、まだ少年であったクルトとタカミチにはあえて教えなかった。
また、いなくなったアリカの変わりは立てず、強力な幻術で対応した。
すでにケルベラス無限監獄に入ったことにし、魔法の幻覚であたかもそこにアリカが囚われているように見せかけたのだ。それ以外にも牢の番はアルカディア帝国の兵士にすり替え、万全の体制を敷いたのである。
そして、アリカをはめた議員が行った、改竄した情報の証拠などを集めて回った。
タイムリミットはアリカの処刑日までだ。これにはかなり難航したが、皇帝の部下とガトウなどが協力し、一生懸命に探し回った。
とは言え、流石にこの情報を得るにはいささか時間がかかってしまった。秘密裏に動いていたというのも大きいが、相手の情報の隠蔽がうまかったというのもあった。
それは当然と言えば当然だろう。何と言っても一国の女王を罠にはめるのだ。生半端な隙があってはできない行為である。綿密に情報を改竄、隠蔽が行われていたからこそ、皇帝らも手を焼いたのだ。
それでもタイムリミット前に全ての真相を手に入れた彼らは、さてこの情報をどこで公開しようかと考えた。
そこで最も相手にダメージが行く時を見計らって公開するのが、一番だと誰もが意見を一致させた。
ならば、アリカ処刑の日に合わせ、その情報を公開し事を起こした議員を叩こうという計画が立てられたのだ。完膚なきまでに叩き潰し、二度とこんな真似が出来ぬようにするために。
それ以外にも、オスティアのトップが空くという状況になってしまうので、そこも何とかしなければと考えた。
皇帝はオスティアがメガロメセンブリアの手に落ちぬよう手をまわし、アリカ派のマクギル議員などを使いオスティアの情勢を取り持った。
が、それでも大きな問題が発生した。
それはオスティアの民衆の不満が、可視化されてきたというものだ。その不満とは、アリカ陛下を罪人として処分したメガロメセンブリアに向けられたものだった。
その理由はウェスペルタティア王国の多くの民衆が、アリカを支持していたからだ。
誰もがアリカの無罪を主張し、罪を擦り付けたと思われるメガロメセンブリアに怒りを感じていたのだ。このままでは暴徒とかし、再び戦争が勃発しかねないという状況となってしまっていた。
だからこそ、オスティアの状況をアリカへと報告し、そのつど対策を教示してもらうという行動も行った。
オスティアの民をなだめる方法や、政治や統制などの指示も貰ったのだ。それにより、何とか暴徒化を防ぎ、戦争になることを避けることができた。
――――そんな形で2年の時が過ぎた。
アリカの処刑日の決定はすぐさまアルカディアの皇帝、ライトニングの耳に入った。
ついにその日が来たか、と思った皇帝は、処刑日の為にひっそりと準備を始めた。
そして、アリカ処刑10日前、まだ少年であったクルトはナギと連絡を取っていた。
もうすぐ愛するアリカ女王が処刑されてしまうのだ。何とかしてほしいの一心で、ナギへとそれを頼んだのである。
何せ、アルカディアの皇帝の作戦は、クルトに教えられていない。
幼き日のタカミチにも教えられてはいないが、それ以外の紅き翼のメンバーにはメトゥーナトが秘密裏に話していた。
故に、ナギはそんなことよりも、今を苦しむ人々を救うことに専念していた。
あの日、アリカが言った言葉。自分を救うならば、多くの民を救ってくれと言う言葉が、今のナギを突き動かしていた。
本来ならばアリカが
だからこそ、ナギはクルトの話など目もくれず、目の前で傷ついた少女を癒すことに専念していた。
もはや聞く耳を持たぬナギへと、見損なったと吐き捨てるクルト。
希望はないのか。彼女の心と名誉を救えはしないのか、そう考えながら彼は絶望の渦に沈んでいった。
・
・
・
ついにアリカ女王陛下の処刑の日がやってきた。
皇帝は偽物である幻影のアリカと本物のアリカを入れ替え、処刑台へと送った。
別に処刑したいとかそういうことではなく、偽物が幻影だからこそ、バレる可能性を考慮したからだ。
それ以外にも、すでにアリカ救出の準備は整っており、問題ないからでもある。
アリカは処刑台に立たされ、今まさに処刑が執行されようとしている瞬間だった。
処刑台と言っても、断頭台のようなものではなく、渓谷へと延びる先のない橋の先端だ。そこから魔力が消失する谷底へ叩き落し、そこに巣くう魔獣の餌にするという処刑方なのである。
「……歩け……、いや、歩いてくださいお願いします……」
「……わかっておる」
処刑を催促する兵士がアリカへと先へ進むよう
しかし、アリカが谷底へ落ちていく時に考えることは、絶望ではなかった。
アルカディアの皇帝は言った。
これはただのミュージカル。イベントを盛り上げるための、いわば芝居のようなものだと。
本来ならば魔力も気も消失するため、魔獣に食われたら復活すらかなわぬ地獄へ行くだけだが、それを皇帝は芝居と言った。
であれば、何かしらの仕掛けがあるのだろう。自分に話していないサプライズがあるのだろう。
であれば、特に心配などせず、身を任せればよい。そう考えたアリカは、目を瞑りながら重力に身を任せていたのだ。
と言うのにその直後、首を伸ばした魔獣が、アリカを飲み込んでしまったではないか。
「クックックッ……。王家の血肉はさぞ美味でしょうな」
「クッ……、アリカ様……」
これで処刑は終了。大罪人、アリカ女王は死して罪を償った。そう思われた。
アリカを罠に嵌めたと思っていたフードをかぶった元老院議員は嘲笑い、クルトはアリカが死んでしまったと思い、心の奥底から悔やんでいた。
――――だが、処刑は完了などしていなかった。当たり前だ。そんな馬鹿なことがあるはずがない。
なんと、ナギが魔法が使えぬ谷底だと言うのに、魔獣の頭を吹き飛ばし、アリカを抱きかかえて救出したのだ。
「なっ……何故、主がここに……」
「バーカ、てめぇに会いに駆けつけたんだろうが」
アリカはナギの顔を見て、少しだけ驚いた。
まさか、こんな場所まで来るとは思ってなかったのだ。あの皇帝が何かするとばかり思っていたのだ。これが皇帝が用意したサプライズだと言うのであろうか、そう驚きの中で考えていた。
そんなアリカがふと、口にした問いに、ナギは静かに答えた。
何故なんて愚問もいいところだと。ここに来たのは、長年会うことができなかった、アリカに会いに来たからに決まっているだろうと。
……ナギもアリカがアルカディアの皇帝に保護されたことは知っていた。
それ以外にも、仲間であり皇帝の部下であるメトゥーナトから、皇帝の計画を教えてもらっていたのだ。
だからナギは、アルカディア帝国にかくまわれていることをメガロメセンブリアに知られぬために、あえてアリカに会うことをせず、ずっと魔法世界を旅しながら傷ついた人々を救っていたのである。
が、2年と言う月日は長い。ナギとて、惚れた女に会えないのは辛かった。
故に、こうしてこの日を待ちわびていたのだ。アリカとの再会を……。
「じゃが! 主とてこんな場所では……!!」
「はっ! 誰に言ってやがんだ……っついたいところだが……」
されど、この場は魔法も気も使えぬ地獄。
最強だの千の呪文の男だの言われたナギも、この場をなんとかできるのだろうか、とアリカは思った。
ナギはそれを言われて、問題ないと言ってやろうと思った。
されど、あえてそれを言わず、言葉を一度詰まらせた。
「なんつったって、こっちにゃもう一人、頼もしい仲間が来てんだからな!」
「……お久しぶりです、アリカ陛下」
「主はメトゥーナト……!」
しかし、そこへもう一人の男がいた。
銀の仮面で素顔を隠し、黒い外套を風になびかせる男。メトゥーナトだった。
それをニヤリと笑って、抱きかかえたアリカへと紹介した。
メトゥーナトもそこで、久しい再会を喜ぶかのように、アリカへと声をかけた。
それを見たアリカは、皇帝がしっかりとフォローしているのだと理解した。
自分の最高の部下の一人である彼を、ここへと参上させたのだから、本気なのだろうと。
「んじゃ、さっさとここから出るか!」
「ああ……、
「……フッ……。妾は自分が不幸だと思ったことは、一度もないのじゃがな……」
なら、用事は済んだ訳だし、こんな魔獣だらけの臭い場所はおさらばだと、ナギは言葉にして脱出を始めた。
メトゥーナトもそれを聞いて、
そんなメトゥーナトの言葉にアリカは、今日までのことを考えながら、小さく笑ってつぶやいていたのだった。
そして、メトゥーナトがナギの援護として、魔獣へ切りかかった。
なんというこだろうか。魔力も気も使えないというのに、剣を振るえば真空の刃が発生し、大量の魔獣の首や体を両断したのである。
このメトゥーナト、魔力や気などを用いずとも、この程度の相手を倒せるぐらい修練していた。
やれて当然と言う様子で、どんどん魔獣を切り落としていったのだ。
そして、ナギはそんなメトゥーナトに驚きながらも、アリカをお姫様だっこしたまま走りだした。
「なんつーヤツだよあの野郎ッ!? 俺たちとつるんでいた時なんかよりもずっと強ぇじゃねぇかよッ!! オイッ!!」
「流石はあの皇帝が傍に置くだけのことはある……」
ナギはメトゥーナトのでたらめな強さに、驚くよりも怒りを感じて文句を言っていた。
何せあれほどの実力を、ナギは一度として見ていないからだ。
いや、あのメトゥーナトが手を抜くことはない。それでも、これほど本気になったメトゥーナトを、ナギはここで初めて目撃したのである。
アリカも同じように驚きながらも、同時に納得もしていた。
あのアルカディアの皇帝が傍に置く騎士だ。その強さは当然折り紙付きになるだろうとは思っていたのだ。
「そろそろか……。フッ!!」
「メトの野郎、何する気だ!?」
「わたしの手を使え! 一気に上まで跳ね上げるぞ!!」
「よっしゃぁッ!! 任せたぜッ!!」
メトゥーナトはナギが走り出して魔獣との距離が空いたのを見て、頃合いだと考えさらなる行動を起こした。
そこで、背後の魔獣を真空刃で切り刻みながらナギの前へと移動したのだ。
ナギは突然目の前に跳ね飛んできたメトゥーナトに、何を考えているのかと叫んだ。
するとメトゥーナトは、その意図を大声で発し、ナギへと伝えたのだ。
「うおらぁッ!!!」
「ッ! 行けッ!!!」
それを聞いたナギはならばと大きく飛び跳ねると、メトゥーナトがすでに組んだ両手へと右足を乗せたのだ。
メトゥーナトはそこでグッと両手や足腰に力を入れると、全身を使って力いっぱいナギを空へと吹き飛ばし、上空まで打ち上げたのだ。
「杖よ!」
渓谷の外へと出てしまえばもう問題ない。
ナギはアリカを両手で抱えたまま、両足を呼び出した杖に乗せ、魔法で飛行を始めた。
「フッ!! ハァッ!!」
メトゥーナトも、魔獣を切り伏せながらその残骸を伝い、崖の上へと飛び上がりマントを翼に変えて空を飛んだ。
その眼下には、崖の上でうろたえる元老院議員の姿と、なんと高笑いする皇帝の姿があった。
皇帝は面白おかしく腹を抱えながら、議員を指でさして爆笑していたのである。
それ以外にも、紅き翼の面々も集まっており、その少し離れた場所にはギガントと、その肩の上にアスナの元気な姿もあった。
いったい何が起こっているのだろうか。
アリカにはわからなかったが、ふと顔を上へ向ければ、ナギの顔が間近にあるではないか。2年も会っていなかったナギの顔に、懐かしさと切なさと、愛おしさがこみあげてきていた。
ナギも久々のアリカの顔を間近で見て、ふっと小さく笑った。
無事でよかった。あの皇帝がかくまってくれたおかげもあり、元気そうで何よりだと思った。
「しかし、あれなら主がおらずとも、メトゥーナト一人でも十分じゃったのでは?」
「はあー!? マジで言ってんのか!?」
ただ、アリカはふと疑問に思った。
あのメトゥーナトの強さを見て、これならナギが無理しなくてもよかったのではないか、ということだ。
だが、それを聞いたナギはふざけたことを言うなと言う感じで、少し怒気を含んだ叫びをあげたのである。
「やつの実力を見たじゃろう……? だから……」
「……あんた、前に言っただろう? メトはアルカディアの皇帝の騎士であって、あんたの騎士じゃねぇって」
「確かに言ったが……」
ナギが何に怒っているかわからない様子のアリカは、キョトンとした顔で合理的な判断を述べていた。
それを聞いたナギは、心底呆れたという顔で、自分でなければならない理由を語り始めた。
その理由の一つは、あのメトゥーナトはアルカディアの皇帝の騎士であり、アリカの騎士ではないということだった。また、それを一体のは誰でもない、アリカなのだ。
そう言われたアリカも、過去の自分の発言を思い出し、間違いないと言った。
「だったら、あんたをかっさらう役は、やっぱり俺じゃねぇとダメだってことだ」
「何故そうなるのじゃ……?」
であれば、やはりここでアリカを連れ去る役目は、自分以外いないと、ナギははっきり言った。
されど、やはり理解できていないアリカは、疑問符を頭にのせたような顔を見せていた。
「オイオイ、忘れちまったのか? 俺は未だにあんたの騎士だぜ? ここに参上するのは当たり前だっての!」
「そう……じゃったか……?」
「そりゃそうだぜ。未だに俺の杖と翼は、返してもらってねぇからな」
いやはや、困った女王様だ。ナギはそう思いながら、ここへ来た理由を語った。
まだアリカから、騎士解任の命令を受けていない。自分は今もアリカの騎士だと、ナギは宣言したのである。
それに対してアリカは、あれ? そうだっけ? と言うようなとぼけた顔をするではないか。
いや、確かに主はクビだとか、主は自由だとか言って、騎士から解任した記憶はないが。
さらに、まだ自分が騎士である理由を、ナギは述べ始めた。
何故ならば、ナギは未だにアリカから、あの時預けた翼と杖を受け取ってはいないからだ。自分の翼と杖は未だにアリカの手中にある。と言うことは、まだ騎士としての役割は終わっていないと。
「それにだ!」
だが、そんなことは理由の一つにすぎない。
その本当の理由を、ナギは声を大きくして言い始めたのだ。
「さっきも言ったが、俺があんたに早く会いてぇからここに来た。それだけだ」
「な……、何故じゃ……?」
その理由はいたってシンプルだった。
アリカに会いたい、それが最大の理由だったのだ。
が、アリカは自分がそう言われる理由が思い浮かばない。
思い浮かばないが、そう言われるとは思ってなかったので、ほんの少し驚いていた。また、なんでそんなに会いたかったのか、それをナギへと驚きながら聞き返した。
「何故だってそりゃ……」
そこまで言わなきゃわからんのか? ナギは一瞬そう思った。
しかし、言わなきゃわからんのであれば、この場で言ってやるとも思った。どうしてそこまで会いたかったのか。そんなもんは愚問でしかないだろう。
「あんたのことが好きだからに決まってんだろぅが!」
「なっ……!」
簡単だ。お前が好きだからだ。それ以外に何があるっていうのだ。
ナギはそれを盛大に、高らかに、大きな声で叫び、アリカへと言い放った。
アリカはまさかそこまで想われていたとは考えていなかったようで、先ほど以上に驚いた顔を見せていた。
さらに、その驚愕の顔は真っ赤に染まっており、告白されたことにかなり動揺している様子であった。
「意外って顔すんなよ。傷つくぜ……」
「いや、そうではないが……」
そこまで驚くことあるの? ナギはそう思ったのか、ちょっとショックを受けていた。
それなりに長く一緒にいた仲だと言うのに、そういう考えにたどり着いてくれないと言うのは、流石にちょっと悲しかったようだ。
アリカとて驚いたが、意外と言う考えで驚いた訳ではなかった。
むしろ、逆に自分なんかにナギが惚れていたことに、意外だと感じていたのだ。高飛車みたいな態度で接してきたし、何かあれば王家の魔力でぶん殴ってたので、むしろ嫌われているかもしれないとさえ思っていたからだ。
「で、あんたはどうだ?」
「は? 何が……」
「俺のことどう思ってるかだよ」
と、ここでナギが、だったらそっちはどう思ってるのだろうか、と質問しだした。
アリカはその質問の意図がわからず、ぎこちない様子で聞き返すではないか。
ナギは説明不足だったと考え、今の質問の内容を言葉にした。
それはつまり、アリカがナギを異性としてどう思っているのか、ということだった。
「そっそれは……、言わないとダメか……?」
「そりゃ俺が言ったんだぜ? そっちも言うのが礼儀ってもんだろ?」
「そっ……そうなのか……」
急にそんな質問をされたアリカは、さらに顔を赤くしながら動揺した。
今、この心の内に秘めた感情を聞かれるとは思ってなかった。それを言葉にしないとならないのか。アリカは胸の高鳴りを加速させながら、ナギへとそれを聞き返した。
が、ナギは容赦なくそれはねぇだろ、と言うではないか。
自分がしっかり告白したんだから、その答えを聞かせてくれるのは当たり前だろう? 一般常識だろう? と。
えっ、本当にそうなのか? アリカはそれが外の世界の礼儀なのか、と思いながらも、ならば言わねばならぬのか、とも考え、さらに顔を赤くしながら胸に熱いものがこみあげてくる感覚を味わうのだった。
「しっ、しかし……、妾は王族であるが故に私心などとは許されぬ身……」
「あー! 王族とか使命とか、んなこと関係ねぇ! 今は重要じゃねぇしどうでもいいんだよ!」
しかししかし、アリカは色々と理由をつけて、質問をあやふやにしようとし始めた。
そもそも自分は王族だ。国の中核となりて、民を導く存在だ。そのような存在が、このような淡い恋心を持っていいものか、と。
いやまあ、そうアリカが思っているのも事実だが、半分は恥ずかしいので言い訳している状況だった。
されど、ナギにそんな言い訳など通用しない。
そういう面倒でまどろっこしいしがらみなんぞ、どうでもいいと叫んだ。聞きたいのはそういうことではないからだ。
「今! あんた自身がどう思ってるか聞きてぇんだよ!
「そっ……、それは……」
そうだ、今聞きたいのは素直な気持ちだ。アリカと言う個人が抱いている、自分への気持ちを聞きたいんだ。
ナギはそう大きく叫ぶと、アリカはたじろいだ様子でどもっていた。
そこで、ナギはゆっくりとアリカを杖に下した。
アリカはその杖にしっかりと二の足で立ち、ナギの方を向いた。
「そういうことなら……嫌いでは……ない……」
「はー? 何か言ったか? 声が小さくて聞こえないなー!」
アリカはついに観念したのか、小さな声ではにかみながら、自分の気持ちを言い始めた。
だが、それでも素直ではないのか、少しひねくれた感じに言うのであった。
そんな言葉を聞いたナギは、そんな聞こえているにも関わらず、聞こえていないふりをした。
と言うか、ナギはそんな中途半端な答えは望んでいない。もっと素直でしっかりとした気持ちを聞きたいのだ。だから、それを煽るような小馬鹿にしたようなことを言って、アリカを挑発したのである。
「……くっ! ああそうじゃ! この二年間、主のことを考えぬ日は一日もなかった! それが悪いか!」
そこまで言われたアリカは、やけくそになって正直に自分の気持ちを、盛大に吐き出した。
ああそうだ。そうだとも。あのアルカディアの皇帝に保護されていた、この2年間、その中でずっと、ナギのことを考えていた。
ナギは何をしているだろうか、約束を守ってくれているだろうか。元気にしているだろうか。
毎日必ず、そんなことを考えていた。一日たりとも、考えなかった日はなかった。
ああそうだ! そうだとも!
最初からアリカは、自分の気持ちなんかわかっていた。目の前の男が好きだと言う、この気持ちは知っていた。王族であろうとも、女王になろうとも、この溢れる気持ちだけは、抑えることはできなかったのだ。
「いや、……悪くねぇ」
ナギは今のアリカの声に、大いに満足していた。
なんだ、そうだったんだ。自分だけの一方通行ではなかったのか。むしろ、そこまで想ってくれていたのか。
ああ、悪くない。そんなに自分のことを想ってくれていたなんて、ちっとも悪くない。
そう、ナギは思いながら、静かにアリカの唇を奪ったのだ。
アリカも突然のキスに驚く訳でもなく、むしろ素直に受け入れていた。
何度も会いたいと願った相手に、今こうしてキスをされていることに、喜びを感じながら。
また、二人の唇が重なる姿を、美しく輝く朝日が祝福していた。
この二人のキスの瞬間は、太陽だけが見ていると言っても過言ではなかった。
「なあ、アリカ」
そして、数分とも思える数秒が経ち、ナギは唇をゆっくりと離すと、ふと目の前に立つ絶世の美女の名を口にした。
「結婚すっか?」
そして、ナギは唐突に、アリカへとプロポーズを行った。
それは本当に突然で、まるで自然に話しかけるかのようなものだった。
「確かに俺は王族とかそんな大層な家柄じゃねぇが、これでも世界を救った大英雄様だぜ? 釣りあいぐらい取れるだろ?」
ナギとアリカ、一般人と王族。身分だけを見れば、不釣り合いだろう。
しかし、ナギは世界を救った英雄。まあ、自分で言ってもアレなんだが。つまり、英雄と王族ならば、身分ぐらい問題ないだろう、とナギは自信満々に言い出した。
「それに、あんたの国も民も責任も、悩みも苦痛も、これから起こる事柄も全部、一緒に背負ってやるぜ」
それだけじゃない。
ナギは身分以外でも、アリカが背負う王族としての義務も、未来で待ち構えるそのすべての出来事を、自分も背負うと宣言した。
「な?」
最後に、その一言だけを、アリカへと伝えた。
だから、一緒になろう。まるでそう言葉にしたかのような、ほんの一言だった。
「……はい!」
アリカは突然のプロポーズに困惑したが、そのあとに喜びがこみあげてきた。
目の前の男がそれほどまでに、自分を欲し、自分と共に歩むことを願っていることに、感激したのだ。
だからこそ、その返事は、素直な”はい”だった。
その表情は一度として見せたことのないほどの、眩しく、そして優しい笑顔であった。
「ふ……」
少し離れた場所でメトゥーナトは、一件落着と言わんばかりに微笑んでいた。
彼は騎士故に、ナギとアリカの方を見ずに、あえて地上で起こっている出来事を眺めて笑っていたのだ。
そこで起こっていることとは、皇帝がフードをかぶったメガロメセンブリア元老院議員を、指さしながらゲラゲラと笑っているところだ。この議員が完全に罠にはまり、これから絶望していくだろうということに、皇帝は笑っていたのだ。
何せ、今まさに、マクギル議員がアリカの無罪を主張し、反アリカ派が行った虚偽の情報や捏造の証拠をたたき出しているところだからだ。これによりアリカの名誉は回復し、アリカをはめた議員の地位と名誉を落失させることに成功したのである。皇帝が笑っているのはそのためだったのだが、この映像ではそれを説明することはなかった。
これにて映像は終了し、「エピソード2 完」の文字が流れた。