理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百五十七話 仮契約

 ネギたちがダンスをしている最中、結界内ではすさまじい攻防が繰り広げる役者が二人いた。

その二人の役者こそラカンと、完全なる世界に属する転生者のブラボーなる男だ。

 

 

「”粉砕!! ブラボラッシュ”ッ!!!!」

 

「”羅漢萬烈拳”ッ!!!」

 

 

 もはや結界内の建物は見るも無残な姿となりはて、その戦いの苛烈さを物語っていた。

常に拳と拳がぶつかり合い、その衝撃が建造物へダメージを与え、破壊していくのだ。

 

 それだけではない。目では見えないほどの、とてつもない速度で両者が激突することでも、破壊が行われていた。そんな状況など全く気にせず、二人は何度も拳を打ち付けあうのであった。

 

 

「すっ……すごい戦いです……」

 

 

 ブラボーが連れてきた仲間の少女も近くにいては危険と判断し、少し離れた建物の屋根の上で、その戦いを眺めていた。そして、このでたらめな戦闘に度肝を抜かされるばかりだった。

 

 

「オラオラァッ!!」

 

「ぬううぅぅぅおおおおぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 

 

 すさまじい無数の拳同士の衝突と炸裂音。

拳が一つぶつかり合うだけで、空気が吹き飛び衝撃波となりて、周囲の物体を破壊していく。

 

 

「オラよぉ!!!」

 

「ぐううおおお!!!」

 

 

 されど、両者とも互角とも見える戦いであるが、優勢なのはラカンであった。

戦いが激しさを増していく中、それに比例するかのようにラカンの動きも激しさを増していく一方だったのだ。

 

 それに対して苦戦を強いられているブラボーなる男。

体を覆うパーフェクトディフェンダー、シルバースキンがあるにも関わらず、完全に押されていた。

 

 現に、ブラボーはラッシュのパワー比べで負け、軽く吹き飛ばされていた。

また、ダブルシルバースキンがこうもたやすく砕かれ、本体をさらしているではないか。

 

 ダブルシルバースキンは瞬時に修復され、元に戻る。

が、その瞬間的に修復される途中のそのわずかな時間で、ラカンは本体のブラボーに直接ダメージを与えきている。

 

 ブラボーなる男がいくらダブルシルバースキンで鎧を作ろうとも、目の前のラカンのバグじみた攻撃には対応しきれていないのだ。

 

 これは前の戦いで、ラカンがすでに証明してしまったこと。前の戦いでできたことが、今の戦いでできないなどと言うことはないのだから当然だ。

 

 

「つえぇなホントてめぇ……。その銀色を差し引いても充分すげぇよ」

 

「貴殿に褒められるとは、至極恐縮だな」

 

 

 されど、ラカンは目の前の銀色の男を、賞賛しているではないか。

というのも、これほどの本気を見せているのに、何とかしがみついてくる目の前の男に、喜びを感じていたのだ。

 

 そうだ、戦いとはこういうものだ。

雑魚を蹴散らすだけじゃまったくもって面白くない。やはり、強敵とせめぎ合いこそが、戦いの醍醐味であると。

 

 そう褒められたブラボーも、悪い気はしていなかった。

だが、内心目の前の強敵(ラカン)に、焦りを感じざるを得なかった。それでも、まだまだやれると確信しているブラボーは、余裕の態度で返すのだった。

 

 

「だが、やっぱ俺を倒すにゃ足らねぇな!」

 

「その足らないものを、ここで足らせて見せようッ!!」

 

 

 しかしだ。それでも、ラカンも確信していた。

目の前の銀色の男は、自分を超える存在ではないことを。自分を倒すには、少しだけ実力不足であることを。

 

 ただ、そんなことは言われなくても、ブラボー本人が一番理解していることだった。

故に、さらなる闘争本能と気を燃やし、もっともっと強く強く、と念じるのであった。

 

 

 そして、両者は短い会話が終わった後、再び巨大な爆発音の中で衝突を繰り返すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一人の少年が重たい足取りで歩いていた。

誰もが浮かれた表情で、ダンスを楽しむ場所だというのに、気が重そうな雰囲気だった。それこそカギであった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 何度も疲れた感じのため息を吐き、のろのろと歩くカギ。

 

 

「さて……、誰とすっかなぁ……」

 

 

 カギはずっと迷っていた。仮契約の相手を誰にするか決められず、さまよっていた。

 

 

「うーん……。やっべぇなあ……、思いつかねぇ……」

 

 

 考えても考えてもまったく決まらず、あーどうしよう、と悩みに悩むカギ。

考えすぎて頭が疲れてきたのを感じ、もうどうでもよくね? とまで思い始めていた。

 

 

「ばっくれちまうか……?」

 

 

 だったら逃げちゃえばいいじゃん! と一瞬閃くも、その閃きはパリィのようにすぐさま消された。

 

 

「いやー、そりゃマズイよなあ……。バレるよなぁ……」

 

 

 何せ、あのハルナが命じてきたことだ。バレたら面倒極まりない。

そのことを考えると、逃げるという選択肢はつぶされてしまっていたのだと、肩を落とすカギであった。

 

 

「あー! どうすりゃいいんだ!!」

 

 

 もはや、自暴自棄となり、頭を抱えて叫びだしたカギ。

周囲に大勢の人がいるというのに、そんなことすら気にする余裕がなくなっていたのだった。

 

 

「ちっくしょー……。昔の俺なら悠々と喜んでやってたってーのによー……。どこで歯車が狂ったんだ……」

 

 

 あーあ。昔なら喜んでたはずなんだ。仮契約いっぱいしてハーレム作ると意気込んでたんだ。

だというのに、今はそんな気持ちにまったくならない。別にそんなもん欲しくなくなっちゃった。この心変わりに少し戸惑いを感じながら、はて、どうするかな、とカギは悩む。

 

 

「はぁ……」

 

 

 そして、再び辛気臭いため息を吐く。

なんというか、転生してから何度目だ、というぐらいの溜息の量だった。

 

 

「またどうしたですか……。そんな溜息なんかついて……」

 

「ギエエエエエッ!!?」

 

 

 そんな時、再び後ろから夕映の声が聞こえてきたではないか。

それに驚いたカギは、訳がわからん叫び声をあげて、焦りまくったのである。

 

 

「おっ、驚きすぎです! しかも二度目です!」

 

「あ、いやーたびたびすまんね……」

 

 

 カギが急に叫びだしたのを見た夕映も、ちょっと驚いたので少し怒った。

というか、さっきも同じことでカギが驚いていたのを思い出し、それに対してもつっこみをいれていた。

 

 いやはや、二度目というのもなんかすまん、と言う様子で、カギは夕映の方に振り返り謝った。

 

 

「で、何かあったんですか?」

 

「あったもクソも、ハルナのやつが仮契約してこいって言い出しやがってなー……」

 

「あー……」

 

 

 夕映はカギが何やら悩んでる様子だったので、声をかけたということだった。

それをカギに聞けば、仮契約のことで悩んでいると言うではないか。

そのことを聞いた夕映は、小さく声をだして納得した様子を見せていた。

 

 

「でも、その紙でやるんなら、さほど問題ないのでは?」

 

「それ以前の問題だぜ……。誰とすりゃいいのかわっかんねーんだ……」

 

「なるほど……」

 

 

 とは言え、何を悩む必要があるのだろうか、とも夕映は思った。

何せ、カギの手には自分が仮契約を行ったのと同じ、仮契約用紙が握られているではないか。それを使うなら、簡単に気にすることもなく終わるので、悩むことはないのでは? と考え疑問を口にしてみたのだ。

 

 すると、カギは方法が問題ではない、と言い出した。

カギが一番悩んでいるのは、誰と仮契約を行うか、ということだった。

まあ、あまり従者を増やす気のないカギは、仮契約自体に乗り気ではないということもあるのだが。

 

 ふむ、そういうことか。夕映は再び納得した。

方法じゃなく、選べないことに悩んでいるなら、確かにそうかもしれない、と思ったのである。

 

 

「誰とならいいと思うかね?」

 

「誰となら……、と急に言われても……」

 

 

 そこでカギは、ならば目の前の夕映に相談してみればよくね? と考えそれを口に出した。

されど、それをいきなり言われても、夕映としても困ってしまうというのが本音であった。

 

 

「あ……。だったら、ほら、あそこにまき絵さんがいますよ」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

 

 まあ、それなら近くに誰かいないか、夕映は周囲を探してみれば、ドレス姿のまき絵がいるではないか。

 

 それを夕映が教えると言うのに、なんたることか。カギは、そうだね、としか言わないではないか。

なんというか、本気で仮契約する気がない様子としか見えない態度であった。

 

 

「迷うのであれば、近くの人に話してみるのがいいと思うです」

 

「そうだなぁー……。まっ、それが一番かなぁー……」

 

 

 それでも夕映はそんなカギに、アドバイスを送って見せた。

カギもそう言われたので、悩みに悩んだ末に、それでいいか、と思ったようだ。

されど、そのアドバイスにカギは、心の中で自分でもわからないざわつきを覚えていた。

 

 

「何かほかに悩み事でも?」

 

「んーや、別に……?」

 

 

 そんな何か煮え切らないカギの態度に、別の悩みがあるのではないか、と夕映は質問した。

だが、それに対しては何か濁すような態度を見せるだけで、カギは何も言わなかった。

 

 

「あっ、待ってください」

 

「なんだなんだぁ?」

 

 

 と、夕映の言った通りにしよう、とカギが動いた矢先に、夕映が待ったをかけたではないか。

急の待ったにカギは、戸惑いつつもほんの少し何かを期待するかのように、再び夕映の方へ振り向き直した。

 

 

「今思ったのですが、カギ先生が仮契約をするということは、つまりネギ先生も、ということではないのでしょうか!?」

 

「あー……。そうだな」

 

 

 カギに待ったをしたのは、そこでふと気になったことが浮かんだからだ。

それはカギが仮契約を行うのであれば、もしやネギもそれを行うのではないか、ということだった。

 

 それを聞かれたカギは、夕映が前に言っていたことを思い出しつつも、YESと言葉にした。

 

 

「ネギ先生にはのどか以外と仮契約して欲しくなかったのですが……」

 

「しょーがねーじゃん……。こういう状況だしよ……」

 

「そ……そうですが……」

 

 

 夕映は前々から、ネギにはのどか以外と仮契約をしてほしくないと思っていた。

だから、こんな時でも、自分のわがままだとわかっていても、それを言ってしまうのだ。

 

 カギも夕映の考えはわからなくはないと思いながらも、この危険な状況じゃ仕方ない、と言った。

何せ危機が迫っている可能性があるのだから。いや、その魔の手はすでにやってきているのだが。

 

 そう、カギの言っていることの方が正しい。

夕映もそう思いながらも、やはり、のどかのことを考えれば、と納得しずらい様子を見せていた。

 

 

「仮なんだし、後で解除もできるんだから気にしすぎるなって」

 

「は……はい……」

 

 

 そこでカギは気休め程度になればいいか、とそのことを言った。

どうせ仮契約は所詮仮であり、本契約ではないのだから、と。

 

 それを言われた夕映は、ほんの少し自分を納得させたのか、小さな声であったが肯定の言葉を残した。

 

 

「……まあ、とりあえず俺はまき絵に話してみるわ」

 

「はいです」

 

 

 それを聞いたカギは、今は他人のことより自分のことじゃね? と考え、仮契約のために再び歩き出したのだった。ただ、今の夕映の台詞を自分にも言ってくれればなー……と内心思っていたカギは、淡い期待を裏切られたと思い、足取りをさらに重くしていた。

 

 夕映はと言うと、そういえば最初はカギの相談だったことを思い出し、そのカギの背中を暖かい視線で見送るのだった。

 

 

 ……ちなみに、ネギは悩みながら歩いているところをあやかに見つかり、その理由をうっかり馬鹿正直に話してしまった。

あやかもみんなと同じようなにハルナから仮契約がどう言うものかを聞いていた。

なので当然、それを聞いたあやかに仮契約を迫られて、ネギは慌てふためきながら仮契約を行うことになったのであった……。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、もう一人別の場所で、とぼとぼと歩く少年が一人。

黒いぼさぼさの髪にとがった犬のような耳を持つ少年、小太郎だった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 彼もまた、少し困っていた。

なんでこんなことになったんだ、と思っていた。

 

 

「急にんなこと言われてもなぁ……」

 

 

 何故なら、彼もまた、カギたちのように仮契約を行えと言われてしまったからだ。

しかも、相手は居候の部屋の主の一人。ちょっと急に言われすぎて、困ってしまったという感じだった。

 

 

「まっ、しゃーないわな。いっちょやったるで……!」

 

 

 とまあ、悩んでいてもしょうがない。

別に()()()()()をするとかそういう訳でもないし、やってみるかと思い、小太郎は気合を入れなおしたのだった。

 

 

「おっ、夏美姉ちゃん」

 

「えっなに!? きゅ、急にどうしたのかな!?」

 

「いやなー、ハルナ姉ちゃんに夏美姉ちゃんと仮契約してこいって言われてもうてな」

 

 

 そこで小太郎はたまたま夏美を発見し、即座に声をかけた。

ならばさっそく仮契約を終わらせてしまおうと、考えたのである。

 

 そして、急に小太郎から話しかけられた夏美は、驚きのあまり少しキョドった態度を見せてしまっていた。

この夏美、()()と同じく小太郎に、淡い恋心を抱いているので当然と言えば当然の行動であった。

 

 そんな夏美からの問いに、小太郎はなんと馬鹿正直に答えたのだ。

ハルナにそう言われたから仕方なくなー! と言い出したのだ。

 

 

「せやから、夏美姉ちゃん、頼むわ!」

 

「え……」

 

 

 そういうことだから! と小太郎は特に気にした様子もなく頼み込む。

その発言と行動に、夏美は少し戸惑った様子を見せていた。

 

 ただ、夏美も仮契約のことは、すでにハルナから聞かされていた。

なので、そこに戸惑ったという訳ではない。

 

 

「うーん……」

 

「ど、どないしたん……」

 

 

 そこで夏美はどう言う訳か、その返答に困ったような態度を見せ始めたではないか。

流石にOK貰えると思っていた小太郎は、その夏美の態度に困惑したようだった。

 

 

「嫌やったら無理にとは言わんけど……」

 

「……別に……、嫌じゃないよ……」

 

 

 消極的な態度の夏美を見て、嫌なのかな、と思った小太郎は、やめといてもいいと言い始めた。

されど、夏美とてそれが嫌という訳ではない。むしろ、嬉しいとさえ思っていた。

 

 

「せやったら、なしてそんな顔するんねん」

 

「それは……」

 

 

 ならば、何故そんな悲しい顔をするのだろうか。塞ぎこんだ態度を見せるんだろうか。

小太郎はまったくそれがわからず、夏美に聞くしかなかった。

 

 すると、夏美もゆっくりと、口を小さく開き始めた。

 

 

「……コタロー君は、私と仮契約したいの?」

 

「なんや急に……」

 

 

 そこで夏美最初に出した言葉は、小太郎に質問するものであった。

不意打ちのような質問に、小太郎は少し戸惑った様子を見せた。

 

 

「だから、私と仮契約したいのかって聞いてるの!!」

 

「……えー……そりゃ……まあ……」

 

 

 小太郎の煮え切らない態度に、夏美は先ほどの様子からは思えぬほどの、張り詰めた声で再びそれを聞いたのだ。

一瞬それに対して驚いた小太郎だが、その問いの答えを曖昧な感じにぼかすではないか。

 

 

「……ほかに仮契約したい人がいるなら、その人としてもいいんだよ……?」

 

「は……?」

 

「私なんかと仮契約したって、きっといいことなんてないと思うし……」

 

 

 そんな小太郎を見た夏美は、その程度に思っているのなら、別のもっと自分よりも仮契約したい人がいるのならば、そちらとすればいいと言い出した。

夏美は小太郎の最初の言葉で、指名されたから自分と仮契約をするのだと思ってしまったのである。

 

 されど、その言葉に小太郎は、まるで何を言っているんだ、と言う顔を見せてぽかんとした。

小太郎とて今の夏美の言葉は、寝耳に水のようなものだったようだ。

 

 その小太郎など置いて、さらに言葉を進める夏美。

夏美は自分を平凡な人間だと思っており、自分に自信がないからこそ、そう言っているのだ。

 

 

「ちょっ、ちょっと待てや!」

 

 

 だが、その言葉に小太郎は大きく反応を見せた。

 

 

「別に他人とか損得とか関係あらへんで!」

 

「で、でも……」

 

 

 夏美と仮契約するのに、そういったことはもともと求めていないと、小太郎は大きな声ではっきりと言った。

されど、夏美は本当にそれが小太郎の為になるのかと思い、それでいいのかと聞き返そうとした。

 

 

「確かにハルナ姉ちゃんに言われたからっちゅーこともある」

 

 

 しかし、小太郎はその前に、自分の考えていたことを語り始めた。

夏美との仮契約は、ハルナに言われたから、というのは間違っていない。言われなければ、絶対にやらなかっただろうから。

 

 

「せやけどな! 俺も夏美姉ちゃんと仮契約しとーから聞いとるんや!!」

 

「え……?」

 

 

 ただ、そうだとしても、夏美と仮契約をしろと言われて、それが嫌だとは言ったことはなかった。

そう言われたけれども、むしろ仮契約をするならば、夏美以外にいないとも思っていたのである。

 

 それを聞いた夏美は、意外と言う様子であった。

また、聞き間違えではないか、と言う顔でもあった。

 

 

「夏美姉ちゃんは恩人や。せやから少しでも危険から遠ざけたいと思っとる」

 

 

 夏美は小太郎にとって、かけがえのない恩人であった。

アーチャーにボコられ、捨て置かれたのを助けてくれた。そのあと自分たちの部屋に居候させてくれた。暖かい時間を与えてくれた。どれをとっても恩ばかりだ。

 

 まあ、夏美の部屋にはあやかもおり、そっちにも恩が無い訳ではないが。

あやかの場合、ちょっと口うるさいがそれなりに護衛術を学んでいる様子なので、小太郎の評価はそれなりというのがあった。それに、何もない夏美のが心配というのも大きかった。

 

 そんな夏美だからこそ、このいつ危険が迫ってくるかわからない状況で、その危険からできるだけ遠ざけておきたい、と小太郎は思っていた。

 

 

「そのための仮契約や」

 

「コタロ君……」

 

 

 だからこそ、仮契約をすることに反対はしなかった。

この仮契約で何が出るかわからないが、とりあえず危険から遠ざかりそな何かが出ればいいとも思った。

 

 そして、小太郎の宣言めいた言葉を聞いた夏美は、顔を紅色に染め、改めて惚れ直していた。

まさか、小太郎が自分のことをここまで心配してくれているなんて、思ってもみなかったからだ。

 

 

「なんか、我がままなこと言ってごめんね……」

 

「べっ……、別にええねん。俺やって勝手なこと言ーとるし……」

 

 

 そして、今までの発言を夏美は謝り始めた。

勝手に小太郎の気持ちを推し量り、塞ぎ込んでしまったことへの謝罪であった。

 

 されど、小太郎も夏美との仮契約を、勝手なことだと言葉にした。

急にこんな話を振られても、やっぱ迷惑かな、と思ったのも事実だからだ。

 

 

「じゃ、しよっか」

 

「おっ、おう……」

 

 

 まあ、なんやかんやで丸く収まったところで、夏美が仮契約をしようと、少しはにかみつつ話した。

小太郎もそれを聞いて、ちょっと照れ臭そうにしながら、仮契約用紙を懐から出すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 この舞踏会に、当然ながら見えざる住人たちもやってきていた。

それは幽霊少女のさよと、キセルをくわえたネコマタのマタムネである。

 

 

「すごい場所ですねぇ~」

 

「いやはや、豪華絢爛とはこの場所にあるような言葉ですね」

 

 

 さよは木乃香が覇王と踊っているのを邪魔しないよう、気を使って離れていた。

マタムネも同じく、覇王に気を使ってさよと一緒にいたのである。

 

 両者とも同じ気持ちの幽霊同士、会話を弾ませていた。

一人と一匹もこのような場所に来るのは初めてなので、その輝かしい光景に驚きと興味を同時に味わっていた。

 

 

「そういえば、さよさんの今の体はゴーレムで作られているそうですね」

 

「ハルナさんのアーティファクトで作ってもらいました」

 

 

 と、そこでマタムネが、さよの今の現状に触れ始めた。

なんと、今のさよはさよに限りなく似せたゴーレムボディにO.S(オーバーソウル)された状態だったのだ。

 

 それを作成したのは当然ハルナであり、ハルナのアーティファクトにかかれば、この程度お茶の子さいさいというものであった。

 

 

「なるほど、つまりさよさんは周囲の人にも見える、ということですね」

 

「そうなんですよ~! やっと悩みが解消されました~!」

 

「それは素晴らしいことですね。美しき友情かな」

 

 

 と、そこでさよの今の姿の利点をマタムネは語りだした。

ゴーレムは実体があるので、それにINしているならば、姿を見てもらえるということだった。

 

 さよは自分の姿が見えないことを悩んでいたので、この体はとても嬉しいと体全体で表現していた。

 

 そんなさよを見たマタムネも、彼女の輝くような笑顔に惹かれ、にこやかな表情を見せていた。

 

 そして、マタムネは思った。

さよがこうして悩みを解決させているのは、友情、絆というつながりができたからだろう、と。

 

 

「はい! とてもいい人たちと友達になれました!」

 

 

 さよはマタムネの発言に、にっこりと笑ってそう言って見せた。

死んでずっと寂しい思いをしてきたが、本当に彼女たちに出会えてよかったと。

 

 

「それもこれもこのかさんのおかげです!」

 

「……お互い、主を大切にしていきたいですね」

 

「そうですね。友達としてもすっごく大事ですからね」

 

 

 その出会いをくれたのは、まさしく木乃香だった。

木乃香には大変感謝していると、嬉しそうにさよは語った。

 

 それを聞いたマタムネは、ふと一瞬せつない表情を見せた後、そう言葉をこぼした。

そのマタムネの表情に気が付かず、笑顔でさよは話を続けるのだった。

 

 

「と、今思ったのですが、姿があるさよさんが小生と会話していると、一人で見えない何かへ話しかけていることになるのでは?」

 

「そっ……、そういえば……!」

 

 

 しかし、そこでマタムネはふと、別のことが気になりだした。

それは今のさよが周囲に見える状態ならば、姿を見ることができない自分と会話していたら、奇妙に見られないか、ということだった。

 

 そのことに関して失念していたと言う様子で、さよも驚いた表情を見せたのだった。

 

 

「まあ、ここは魔法の世界。小生の姿も周囲の鬼のような角を持つかたたちには、見えているやもしれませんが」

 

「それならいいんですけどね~」

 

 

 とは言え、この場所は魔法の世界。

別に自分の姿が見えていてもおかしくはないだろう、とマタムネは言葉にした。

さよも、そうであればいいな、と微笑みながら願望を口にするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 先程ネギと踊り終わったアーニャは、一人で舞踏会の会場をうろついていた。

 

 

「もー! ネギったら色んな人とダンスしてデレデレしちゃって!!」

 

 

 しかし、何やら不機嫌な様子で、プリプリと怒りながら歩いていたのだった。

と言うのも、あのネギが次から次へと踊る相手を変えて踊っていたからだ。

 

 まあ、ほとんどその相手は彼の生徒であり、忙しそうにしていたのだが。

それでもアーニャには、デレデレしているように見えたようである。

 

 

「……まあ、私とも踊ってくれたからいいけど……」

 

 

 されど、自分と踊ってくれたので、まあ許すが、とも思っていた。

が、やはりそれはそれ、これはこれなので、嫉妬で顔を膨らませていたのだった。

 

 

「……ん? ……わぁ……、なにあの綺麗な人……」

 

 

 そんな時、ふと一人の女性が、アーニャの目に入った。

それは煌めくような金髪のロングヘアーと白く澄んだ肌が美しい、絶世の美女であった。

 

 

「まさに、美女と野獣ね」

 

 

 また、その前には巨大な耳と額に一本の角を持った亜人がおり、その亜人が女性をエスコートしているようであった。

その光景を見たアーニャは、ぽつりと感想をこぼしていた。

 

 

「でも……、この雰囲気はお師様……?」

 

 

 しかし、アーニャはそこでふと、自分とよく知る人物と同じ気配を、その亜人から感じ取った。

その人物とは、魔法の師匠となってくれたギガントだったのだ。そして、その感覚は間違ってはいなかった。

 

 

「……だけど、明らかに別人……よね……?」

 

 

 だが、アーニャはそれを勘違いだと考えた。

白髪の老人であるギガントが、あのような大柄な亜人であるはずがない、と考えたのだ。

 

 何せ、ギガントは彼女の前では白髪の老人の姿でしか見せていなかった。

なので、亜人の姿をしているギガントを、ギガントと思えなかったのだった。

 

 

 そして、その美女とギガントは、扉を開いて別の通路へと消えていき、それをアーニャは見送ったのち、再び歩き出したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは会場のバルコニー。

もはや外は闇に染まりきっており、夜空には幾多の星々が輝きに満ちていた。

 

 そんな場所で一人の男子が、欄干にもたれかかりながら、疲れた顔で外を眺めていた。

 

 

「こういう場所はやっぱ慣れねぇなぁ……」

 

 

 それは状助であった。

普段はこのような場所に慣れてない状助は、小さくため息をついていた。

 

 

「なんか、肩がこってきちまったぜ……」

 

 

 左肩を右手でもみほぐしながら、首を回す状助。

ダンスもそうだが、雰囲気のせいで緊張したので、何倍にも疲れたようだ。

 

 

「あいつらはうまくやってんだろうなあ……」

 

 

 されど、そこで考えることは、友人たちのことだった。

覇王や三郎は彼女がおり、それをうまくエスコートできているか、少し心配になったのである。

 

 

「何やってんの?」

 

「そりゃ疲れたから休んでるんじゃあねぇか」

 

「ふーん」

 

 

 そんなところに、ドレス姿のアスナが横から顔を出してきた。

状助はそれに対して、やはりくたびれた様子で説明した。

その答えにアスナは、そうなんだ、程度に認識したようであった。

 

 

「で、なんか用か?」

 

「ちょっとね」

 

 

 また、逆に状助が今度はアスナへと質問した。

アスナはその問いに、少し意味深な表情を見せながら、小さくそう答えるだけだった。

 

 

「…………ねえ……。こっちに来たこと、……後悔とかしてる?」

 

「はあ?」

 

 

 そして、アスナはその数秒間黙った後、再び状助へと質問をした。

それはやはり、魔法世界へ来たことへの問いであった。

 

 されど、状助は急な質問に、また何を言い出してんだ? と言うような声を出したのだった。

 

 

「いきなり死にかけたし……、大変だったでしょ……?」

 

「まあ、そうだがよぉ」

 

 

 そんな声を出しながら、難しい顔をする状助に、アスナは言葉を続けた。

その言葉に状助も、それは間違ってないと肯定した。

 

 

「だがなぁ、前にも言ったけどよ……、ここに来るってことは()()()()()()()()()だからよ」

 

 

 とは言え、このやり取りは何度もしたことだ。

状助とて覚悟のうえでここへ来たのだから、何度聞かれても答えは一つだ。

 

 

「後悔なんかしちゃあいねぇよ」

 

「そう……」

 

 

 そうだ。ここに来て死にかけたのも、色々あったのも、全てひっくるめて後悔はないと、状助ははっきり言った。

ただ、その言葉にアスナは、少し俯いて一言だけ小さく言葉を漏らしていた。

 

 やはり、状助が後悔はないと言っても、死にかけたのには違いない。

それをどうにかしてあげれなかったことが、未だにアスナの心の傷として残っているのだ。

 

 

「だからよぉ、おめぇがなんか罪悪感とか感じてるってんなら、気にしすぎなだけってことだぜ」

 

「うん……、そうだよね……」

 

 

 なにやら落ち込むアスナへと、状助は優しい感じで声をかけた。

そういうことだから、気にするな。悪いのは自分であって、お前ではない、と。

 

 そう言われたアスナは、ゆっくりと顔を上げて状助を見て、小さくうなずいた。

とは言え、アスナはやはり納得はしていない。それでも、今は落ち込むのをやめようと思ったのだった。

 

 

「状助……」

 

「なんっ……だよ……!?」

 

 

 そして、アスナは不意に、状助の方を真っ直ぐに向いて彼の名を呼んだ。

その表情はとても柔らかな笑みだった。

 

 それを見た状助は一瞬ドキりとした様子で、急にどうしたと言う感じで、呼ばれたことに対して聞き返した。

 

 

仮契約(パクティオー)、しようよ」

 

「……ぱく……なにっ!?」

 

 

 アスナはそこで、なんと突然仮契約を持ち掛けた。

状助はそのアスナの発言に驚き、一瞬聞き間違えたかと思ったようだ。

 

 

「突然何を言い出してんだ!?」

 

「別に突然って訳でもないでしょ?」

 

「脈略もなく言ってくるってことは突然だろうが!?」

 

 

 いきなりのその言葉に、驚きと焦りで声を荒げる状助。

されど、アスナは慣れた態度で、そんなことはないと言うではないか。

 

 が、状助としては寝耳に水。

特に前ぶりもないのは、やはり突然以外何物でもないと叫ぶのだった。

 

 

「だって、まだまだ大変な感じじゃない」

 

「いや、まあ、そうかもしれねぇけどよぉ」

 

 

 とは言え、アスナも考えなしに発言した訳ではない。

ある程度向こうへ帰る算段は立ったが、まだまだ危険は去ったとは言えない。何せ、未だ敵は健在であり、いつ襲ってくるかもわからない状況だからだ。

 

 それを聞けば状助も、間違ってないと少し不安な様子で語った。

状助は”原作知識”があるので、今後起こりうる最悪の事態を考えたりもしていたからだ。

 

 

「それに、そういうのあった方が便利でしょ?」

 

「そ、そうかぁ?」

 

 

 また、それならば状助にアーティファクトがあった方がよい、とアスナは考えたのだ。

それを状助に言うと、微妙な顔をしながら、疑問文で返してきたではないか。

 

 

「まあ、いいけどよぉ……」

 

「いいの?」

 

 

 それでも状助とて、アーティファクトはないよりあった方がいいかもしれない、と思ったようだ。

なので、それをアスナに言えば、逆に大丈夫なのかと聞き返されていた。

 

 

「別にそんぐれぇ問題ねぇぜ。で、紙は?」

 

「紙? ああ、あれ?」

 

「そうだぜ、あれだぜ」

 

 

 状助は問題ないと、今度は余裕のある態度で言い返した。

と言うのも、状助は楽観視していた。何を楽観視していたと言えば、仮契約の方法だ。

 

 話にしか聞いてないが、どうやら紙に拇印をするだけで、仮契約が終わるらしい。

それを用いた方法で、仮契約を交わすのだと思ったのである。だから、その紙はどこに? とアスナに聞いたのだ。

 

 アスナも紙と聞いて思い出したのか、あれかー、と口に出した。

そうそう、それそれ、と状助はアスナの発言につられるように、言葉にしたのだった。

 

 

「ないけど?」

 

「ないのかー……。……ないぃぃッ!?」

 

 

 だが、アスナはここで、とてつもない発言をしだしたではないか。

それはなんと、そんなものはない、と断言したのだ。

 

 と言うか、ネギもあと3枚しかないと言ったものを、アスナが持っている訳がないのである。

また、すでにアスナは、先ほどエヴァンジェリンにも同じものがないか聞いていたが、用意するには時間がかかると言われてしまっていたのだ。

 

 で、ないと言われた状助は、なるほどなるほど、と相槌を打った数秒後、飛び跳ねるぐらいに驚きだした。

 

 

「あれがねぇと仮契約できないじゃあねぇかッ!!」

 

「別になくてもできるけど?」

 

 

 紙を使った方法で仮契約するとばかり思っていた状助は、それじゃ無理じゃん! と大きく叫んだ。

されど、アスナはそんな状助の態度をスルーしながら、それ以外の方法があると言い出した。

 

 

「ああ、別の簡単な方法ってやつか」

 

「そうよ、キスすればできる」

 

 

 状助はそのアスナの言葉を聞いて、少し落ち着きながらなら問題ないか、と考えた。

紙がなくても、()()()()()()で仮契約ができるのだろう、と思ったのだ。

 

 しかし、次のアスナの発言に、状助はさらに驚愕することになるだろう。

その方法とは当然、接吻によるものだった。アスナはそれを、しれっとした態度で言い放ったのだ。

 

 

「そんな方法あったなぁ、キスで簡単に……、キスだとおおぉぉぉぉォォォッッ!!???」

 

「驚きすぎじゃない?」

 

 

 正直状助は、アスナはキスでの仮契約などしない、と思っていた。

なので、それを聞いてそんな方法があったことを思い出し、それをここで今行われようとしていることに、月まで吹っ飛ぶぐらいに驚いたのだ。

 

 そんな慌てふためく状助を見たアスナは、少し呆れた顔を見せていた。

と言うか、そんなに驚くことだったのか? と言うような態度であった。

 

 

「だっ、だってよぉ! キスだぜぇ!?」

 

「まあ、そうだけど」

 

 

 とは言え、キスだ。接吻だ。

状助は少し照れた様子で慌てながら、それをアスナへと言葉にした。

 

 されど、アスナはそれがどうした? と言うような様子であった。

確かに紙での仮契約の方が楽だろうが、こっちの方法も大きな儀式が必要と言う訳ではない。それを考えれば、()()()()()()()()まだまだ楽な方ではある、とアスナは考えた。

 

 

「まさかよぉ……、その方法で仮契約するとか言うんじゃあねぇだろうなぁ……?」

 

「そのまさかよ?」

 

「だよなぁ、やらねぇよ……なにいぃぃぃィィィッ!?」

 

「だから驚きすぎ」

 

 

 まあ、そんな方法があるのはわかった。

ただ、それを実行する訳がないと、やはり状助は思っていた。なので、それ以外の方法で仮契約するんだよなあ? と言いたげな様子で、アスナへそれを聞いたのだ。

 

 しかし、状助の考えは見事に打ち砕かれた。

アスナは当然、その方法だ、とはっきり言葉にしたのだ。

 

 やらないと思っていた状助は、それを聞いて馬鹿な……そんなの嘘だ……と思いながら、飛び上がって驚愕の声を叫びだした。

そんな状助へと、なんというか、さっきからオーバーに驚きすぎだと、アスナは冷静に突っ込むばかりであった。

 

 

「マジで言ってんのかよ!? 嘘だろ承太郎!」

 

「私は本気よ?」

 

「マジかよグレート……」

 

 

 本当の本当にその方法でやんのか? と状助は現実逃避に近い形で質問をしだした。

だが、アスナの考えは固まっており、冗談ではないとはっきりと言ったのだ。

 

 それを聞いた状助は、とうとうブルっちまったのか、どんどん顔色を悪くしていった。

普通なら青くするどころか、逆に赤くなる展開だと言うのに、なんと情けないことだろうか。

 

 されど状助とて、こんなところまで来て、まさかアスナとキスをすることになんて思ってもみなかったのだ。キスとか考えたことがなかったのだ。

 

 

「……そんなに……私とキスするのが……嫌……?」

 

「いっ、いや……、別にそうじゃあねえがあよお……」

 

「じゃあ、いいじゃない」

 

 

 なんか、敵と戦って命を懸けるよりも恐怖している状助の姿を見たアスナは、本気で自分とキスをするのが嫌で嫌でたまらないのではないか、と思った。

と言うか、状助の態度はそう思われても仕方のないぐらいであった。

 

 しかし、嫌というよりも滅茶苦茶照れ臭いと思っている状助は、その質問にはNOと言った。

なんというか、恥ずかしいというか、そういう感情で拒んでいるのが状助だった。

 

 嫌ではない、と言われたアスナは心から胸をなでおろし、なら問題ないのでは? と言葉にした。

 

 

「でっ、でもよぉ……。心の準備ってやつがよぉ……」

 

「女々しいわねぇー」

 

「うっうるせーぜ!」

 

 

 それでも状助は接吻と言う行為にビビっているのか、そんなことを言い出した。

アスナはそれを見て少し呆れながら、臆病風を吹かせすぎだと思った。

 

 いやはや、状助とて転生者。転生前の年齢と加算すれば、もういい年の人間ぐらいには生きているはずである。

それでもキス程度で動揺しまくってるのは、やはり今の肉体に精神が引っ張られているからかもしれない。

 

 そして、そうアスナに言われた状助は、精いっぱいの文句を返すのであった。

 

 

「はい、深呼吸!」

 

「すーっ、はーっ」

 

 

 そこで、とりあえず滅茶苦茶動揺している状助へと、アスナは深呼吸するように勧めた。

状助も言う通りに、大きく息を吸って、大きく空気を吐き出したのだ。

 

 

「落ち着いた?」

 

「まったく落ち着かねぇぜ……」

 

「まあ、しょうがないっか……」

 

 

 それでその深呼吸の効果はあったのかと、アスナは状助へと尋ねた。

しかし、それでもまったく効果がなかったと、状助は言い出したのである。

 

 アスナはそれを仕方がないと片付けた。

状助は昔から、そういうことには臆病であることを理解していたからだ。

 

 

「あっ、あのー……」

 

「来た来た」

 

 

 と、そこへ一匹のオコジョが、二人の話す前の欄干の上へと、すっと現れた。

それは当然カモミールだ。カモミールは仮契約の為に、アスナに呼ばれていたのである。

 

 しかし、カモミールは一度アスナに殺されかけた経緯があり、ビビりまくっていた。

まあ、殺されかけたのはカモミールの自業自得が招いたことなので、あまり同情の余地はないのだが。なので、いつもの調子こいた態度ではなく、滅茶苦茶臆病な態度で小さく呼びかけたのであった。

 

 アスナはカモミールの姿を見て、予定通り来たと思った。

これで準備は整った。あとは状助がそれをやってくれるかどうかだ。

 

 

「俺っち、なんかしやしたかね……?」

 

「別にこれからしてもらうんだけど」

 

「なっ……なにを……!?」

 

 

 カモミールはビビりながら、アスナに何か無礼を働いたかどうかを尋ねた。

殺されかけてからと言うもの、下着泥棒なんて一切行ってないし、セクハラもやってない。だから、そういった記憶がないので、自分が知らない間に何かやったのか、と疑心暗鬼な状態になっていたのだ。

 

 されど、アスナはそれはこれからだと言うではないか。

いったい何をおっぱじめようってんだろうかと、はやり怯えながらカモミールは聞き返した。

 

 

「仮契約の陣を用意してほしいのよ」

 

「そ、そうっすか……。仮契約の……」

 

 

 アスナがカモミールにやってほしいことはたった一つ。

仮契約の魔法陣を描いて、仮契約の準備を行ってもらうことだ。

 

 それをカモミールが聞けば、なるほどそのことかー、と思い、とりあえず命の危機がないことに安堵した。

 

 

「…………仮契約ウウウゥゥゥゥゥッ!?!?!?」

 

「うっうるさい……!」

 

 

 だが、その直後カモミールは、今アスナが言った単語を思い返し、飛び跳ねながらに驚愕し、怒号のような声で叫びだした。

いや、まさか、まさかまさか、まさかのまさか、仮契約などと言う単語が出てくるなんぞ、思ってもみなかったのだ。

 

 そんなカモミールを冷ややかな目で見ながら、叫び声がうるさいと文句を言うアスナ。

まあ、こんな近くで大声で叫ばれたら、文句の一つは言いたくなるだろう。

 

 

「マジで!? うっそ!? マジで!? これ夢じゃね!?」

 

 

 が、カモミールはそこで再び考えた。

馬鹿な。こんな都合のいいことがあるはずがない。テンション爆上がりさせながらも、今一つ現実味のない現状に、これが夢であるとさえ思ったのだ。

 

 

「姉貴! ちょいと殴ってみてくれ!」

 

「なんで……?」

 

「いいから! いいから早く!!」

 

 

 故に、カモミールはそれを確かめるべく、アスナへ自分を殴らせようと考えた。

しかし、突如として殴ってくれと言い出したカモミールに、アスナは気味が悪いと思いながら理由を尋ねた。

 

 だが、カモミールはそんなことよりも、早く現実か否かを確認したいので、ただただ高いテンションで殴ってもらうのを催促するのであった。

 

 

「んじゃ、ほい」

 

「あべしぃぃ!? いてぇぇ!! いてええよおお!! 夢じゃねぇ!! やったッ!!!! ぃやったああああぁぁぁぁ――――――ッ!!!」

 

「うっ……うるさいって言ってるでしょ……?」

 

 

 まあ、殴って満足するならいいか、と思ったアスナは、とりあえず適当にカモミールをぶん殴った。

カモミールは殴られた勢いで真横に吹き飛び、苦しみ悶えながらもこれが夢でないことを理解し、さらにテンションを上げて喜んでいた。

 

 うわあ……、と一瞬声が出そうになったアスナだったが、それ以上にカモミールのクソ高いテンションに若干イラついた様子だった。

また、状助も殴られて狂い悶えるオコジョを見て、若干引き気味であった。

 

 

「んじゃ、やらせていただきますっっ!!!」

 

「よろしく」

 

「うおおお!!!」

 

 

 そして、カモミールはテンションを上げたまま、アスナへと頭を下げながら、魔法陣の作成を行うことを宣言した。

 

 アスナはそれに対して、適当な感じで頼むと言った。

すると、カモミールは滅茶苦茶気合を入れまくり、超高速で魔法陣をアスナの足元に描きこんだのである。

 

 

「えっ、マっ……マジでするってのかよ!?」

 

「するって言ったでしょ……?」

 

「だ……だけどよぉ……!!」

 

 

 それを見た状助は、仮契約が本気であることを理解した。

しかし、やはり踏ん切りがつかない状助は、マジで? と言い出すばかりであった。

 

 そんな状助へと、アスナは呆れながら本気であるとしっかりと言った。

が、やはり状助はキスという行為に抵抗があり、臆病な態度を見せるのだった。

 

 

「…………また、何かあったら……戦うんでしょ?」

 

「いや、まぁ……、わかんねぇけど……、たぶんな」

 

「だったら、なおさらよ」

 

 

 すると、アスナは少し悲しそうな顔で、再び危険に身を投じるのだろうと状助に尋ねた。

 

 状助はアスナにまっすぐ見つめられながらそう聞かれ、わからないと言いながらも、やはり戦うだろうと答えた。

 

 何せ状助がここに来た理由が、自分の特典(スタンド)が役に立つだろうと思ったからだからだ。

であれば、間違いなく戦うだろう。死ぬかもしれないが、戦ってしまうだろうと考えたのだ。

 

 なら、この仮契約はさらに必要じゃないかと、アスナは言葉にした。

危険なことをするのなら、もっと自分を守れるようにするべきだと。

 

 

「……状助があの時みたいになるのは、……もう嫌だから……」

 

「アスナ……、おめぇ……」

 

 

 また、アスナはやはり、ゲートでの出来事がずっとトラウマのようになっていた。

再び状助が死にそうになる姿を、もう見たくはないと思っていたのだ。だからこそ、仮契約をしたいと思ったのだ。

 

 悲しげにそう語るアスナを見た状助は、彼女からそこまで思われていたことを改めて理解した。

まさか、ここまで自分を心配してくれているなんて、考えてもみなかったと思い、ほんの少し感激していた。

 

 

「はぁー……。……しょおぉーがねぇーなぁーっ! 女がここまで言ってきてんのに、乗らねぇなんて男じゃあねぇよなぁーっ!」

 

 

 ああ……。ならば、ここは腹をくくるべきだろう。

ここまで想われ言われて何もしないのは、むしろ男が廃るってものだ。そう考えた状助は、夜空へ向かって大きな声を出して、気合を入れなおした。

 

 ……まあ、することと言えば、キス一つなのではあるのだが。

 

 

「わかったぜ、アスナ。やってやるよ! とことんな!」

 

「……ありがと……」

 

「礼はこっちが言いたいぐらいだぜ」

 

 

 そして、再びアスナの方へと向き直し、状助は仮契約をすると宣言したのだ。

その言葉にアスナも、自然と優しい笑みを見せ、自分のわがままを承諾してくれたことに礼を述べた。

 

 されど、状助はその礼はむしろ自分の台詞だと、言ったのだ。

この仮契約は自分を心配してのことなのだから、こっちが逆に礼を言う立場だと状助は思ったのである。

 

 

「……じゃあ、ほら……、もっと近寄って……」

 

「……うう……、いっ、いくぜぇっ!!」

 

 

 こうして、仮契約の儀式が始まった。

二人は魔法陣の上に座り、そっとお互いの顔を近づけ始めた。

 

 が、状助が中々顔を近寄らせてはくれないので、じれったく思ったアスナは発破をかけるような言葉を発した。まあ、そういう本人も、ほんのりと頬を紅色に染めており、少し緊張した様子ではあるのだが。

 

 状助も先ほど気合を入れたというのに、土壇場で恥ずかしくなってしまったようだ。

それを必死に振り払いながら、ゆっくりとアスナの顔に自分の顔を寄せていくのであった。

 

 その数秒後、音もなく二人の唇が軽く触れあった。

両者とも目を閉じ、その初めての仮契約(キス)の時間を静かに過ごした。

そこに言葉もなく、声もなく、ただただ、唇が重なっているだけの初々しいキスであった。

 

 すると、魔法陣があたりを照らすほどに光り輝き、儀式の成功を知らせていた。

その成果として、一枚のカードがそこに現れた。それはシャボン玉のキセルをくわえた状助の姿が描かれた、一枚の仮契約カードだった。

 

 そのあと光は消失し、二人は仮契約が終わったことを知ると、ゆっくりと触れていた唇をはにかみながら離した。

 

 やはりキスは恥ずかしかったのか、アスナは頬を赤く染め、左手をぎゅっと握りしめて右手で口元で隠しながら、俯いて照れていた。

状助はと言うと、顔全体を真っ赤にし、今にも叫びだしそうな表情で顔を背けていたのであった。

 

 

「まさか姉貴が俺っちの()()()仮契約の一番手になるたー、世の中わからねーもんだぜ……」

 

 

 その光景を眺めていたカモミールは、今の感想をこぼしていた。

いやはや、自分の魔法陣で()()()()()()()初めての仮契約の使用者が、まさか初めて出会った時に自分を半殺しにした、あのアスナの姉貴とは。中々感慨深いものだなー、と思いながら、タバコに火を入れるのであった。

 

 ちなみに本来の一番手は一応ネギとのどかの仮契約である。

 

 




ズキュウウウン

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