理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百五十一話 熱戦・決戦・超激戦 その②

 龍一郎が本気を見せた時、特別観客席(VIPルーム)にて、二人の少年はその圧倒的か(ちから)を目の当たりにし、恐怖に慄いていた。

 

 

「な……なんやこれ……」

 

「す……すさまじすぎる……」

 

 

 すさまじい炎が一瞬爆発したと思ったら、次の瞬間、その周囲が焼けて溶けているではないか。

なんという爆発的で莫大で膨大な炎。無慈悲とさえ思える圧倒的な力。まるで大地が怒り火山が噴火したかのようだ。小太郎もネギもそれを見て、ただただ驚くことしかできずにいた。

 

 

「おいおいおい、こりゃヤベーな。龍一郎のヤツ、本気になりやがった」

 

「えっ!?」

 

 

 その横にいたラカンは、腕を組んでマズイと言う感じなことを口にした。

あ、これ終わったな。そんな感想に近いものだった。

 

 ネギはそれを聞いて、驚いた顔を見せた。

本気、つまり先ほどの戦いは本気じゃなかった、ということだからだ。あれほどの戦いをしていたというのに、本気でなかったと言う事実に驚いていたのだ。

 

 

「本気になるとどうなるんや!?」

 

「どうなるって? 見てりゃわかる」

 

 

 小太郎はその龍一郎が本気を出すとどうなるんだと、焦った声でラカンへ聞いた。

ラカンはそれはすぐにわかることだと、むしろ戦いの方に集中しろと言葉にした。

 

 

「数多さん!!」

 

「なっ……」

 

 

 すると、ラカンの言うとおりに、すぐにそれがわかった。

なんということだ。龍一郎に、まるでサッカーボールみたいに扱われる数多がそこにいるではないか。

 

 ネギはたまらず数多の名を叫び、小太郎も絶句した様子を見せていた。

恐ろしすぎる。すさまじすぎる。とんでもなく容赦のない龍一郎の攻撃に、二人はまたしても驚いていた。

 

 

「本気になったらこうなっちまうってワケよ」

 

「見りゃわかるで!」

 

 

 だが、ラカンはその光景を涼しい顔で眺め、先ほどの小太郎の質問の答えを淡々と言うだけだ。

それを聞いた小太郎は、聞かずとも見て理解したと叫んでいた。これは恐ろしい。龍一郎の本気の恐ろしさを見ただけで実感していた。

 

 

「やっぱ息子でもあの龍一郎にゃ勝てねぇかー」

 

「そ……そんな!」

 

 

 ラカンは淡々とした声で、”あーあ”と残念そうな声を出していた。

龍一郎相手じゃ勝てないよな。そりゃそうだ。その声は最初から諦めの入ったものであった。

 

 ネギはそんなラカンへ、何か言いたげに声をかけた。

しかし、何か言葉を出そうにもうまく言語化できず、何も言えなくなってしまったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 時を同じく、闘技場の観客席の後ろで、試合を眺めるエヴァンジェリンとギガント。

 

 

「おぞましいな」

 

「うーむ」

 

 

 冷静な声で、エヴァンジェリンは腕を組んでそう言った。

普通ならば”すさまじい”や”とてつもない”、”恐ろしい”と言った言葉を使うはずだ。だが、エヴァンジェリンは”おぞましい”と口にした。

 

 何故か。それはただの人間である龍一郎が、気合で炎を出しているからである。”心を燃焼させる”ことで発現している炎。その炎は燃やす対象を選ぶことができ、対象としなければ熱さえ感じないと言う。

 

 龍一郎言うに”真の熱血(パシャニット・フレイム)”と言うらしいが、魔法使いにとってそれは脅威だ。魔力も使わず杖なども使わず、気合を入れただけで炎がでるのだから当たり前だ。

 

 しかも、それで周囲を溶岩のように溶かしてしまう程の火力を有しているのだから、おぞましいと思うのは当然であった。

 

 ギガントもまた、龍一郎が本気を出したことを見て、この試合は龍一郎の勝ちだろうかと考えていた。

 

 

「むっ……流石は龍一郎だな。すばやい」

 

「速度だけではあるまいて。その衝撃もすさまじいものになっておるだろう」

 

 

 エヴァンジェリンは、龍一郎が数多の懐へと瞬時に移動し攻撃したのを見て、淡々と感想を述べた。

気での強化や瞬動であるだろうが、それにしてもすさまじい速度だと。伊達に人間でありながら、皇帝直属の部下をやってはいないと。

 

 ギガントもエヴァンジェリンの言葉を補足するかのように、その威力を言葉にしていた。

あれほどの速度、そして気や炎の強化があれば、その威力は近距離で爆発したダイナマイトかそれ以上かもしれないと。

 

 

「容赦がないな。相手は自分の息子だろうが」

 

「自分の息子だからこそ、容赦しておらんのだろう」

 

 

 いやはや、すさまじい龍一郎の猛攻に、数多はボコボコにされているではないか。

なんというか、こう手心と言うか。エヴァンジェリンはそう思ったのか、自分の息子だと言うのにやりすぎでは? と言葉に出していた。

 

 それを聞いたギガントは、むしろ息子であればこそ、全力で潰しているのだと語るではないか。

まあ実際、確かにちょっとやりすぎではないか、とギガントでさえ思っているが。

 

 

「というか、息子が死なないか?」

 

「死ぬギリギリまで追い詰めるつもりに違いあるまい」

 

 

 そう語り合いながら試合を眺めていたエヴァンジェリンだが、龍一郎の情け容赦ない猛攻を受ける数多を見て、大丈夫なのかと考えた。

あれほどの攻撃を幾度と無く受けているのだ。外見もだが中身もボロボロなのは間違いないだろう。

 

 エヴァンジェリンのぽつりとこぼしたその言葉に、ギガントは流石に殺すほどはしないだろうと意見を述べる。

とは言え、死に瀕させることによって、つまりギリギリのギリギリまで追い詰めることで覚醒を促しているのではないだろうか、と思ったのである。

 

 

「それほど息子に期待してるのか」

 

「乗り越えて欲しいというのは、弟子を持つワシもわからなくもないがな」

 

「私もそれはわかる。だが、スパルタが過ぎると思うが」

 

「彼なりのやり方だ。まあ、不器用なのは認めるがね」

 

 

 そこまでとことんやるのであれば、相当数多を期待しているのだろうとエヴァンジェリンは思った。

ギガントも多くの弟子を持つが故にか、いつかは自分を超えてくれるだろうという期待は、わかると言った。

 

 ただ、それはここのエヴァンジェリンも同じであり、確かに期待に応えてくれるのは嬉しいという気持ちはわかるとした。

が、それを差し引いてもちょっとやりすぎな気がする、とも表情を変えずにはっきり言った。

 

 ギガントもそれは同意であると思ったが、それが龍一郎が数多へ課す修行法みたいなものだと語った。

非道に見える行いは、不器用な彼が考えた、彼なりのやり方なのだろうと。

 

 

「おい、息子の方がピクリとも動かなくなったぞ」

 

「死んではおるまい。さて、どうなることやら」

 

 

 と、そこで龍一郎の激しい攻撃が止まったのを見て、エヴァンジェリンが言葉をこぼした。

止まった、と言うのは龍一郎が攻撃をやめたからであり、それはつまり数多が完全に動かなくなったからだ。

 

 エヴァンジェリンは死んでないか? と多少心配するような様子を見せた。

とは言え、表情や態度は冷静そのものであり、大きく気にしている感じでもない。

 

 それを見ていたギガントも、気を失っただけだろうと、同じく冷静な態度で言葉にした。

しかし、これで本当に終わってしまうのだろうかと、ギガントはこの試合の行く末を考えるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 試合は完全に、誰がどう見ても龍一郎が勝利したと言っても、間違いではない状態となっていた。

何故なら、数多がぴくりとも動かなくなっていたからだ。

 

 数多は龍一郎に地面に沈められた後、龍一郎の体重を乗せた蹴りを何度も食らった。

その攻撃で数多は完全に気を失ったのか、龍一郎の攻撃でできたクレーターの中心で、前のめりの状態で倒れふせていたのであった。

 

 

「……終わりかよ……。なさけねぇ……」

 

 

 完全に動かなくなった数多を上から眺めるように見ながら、ため息を吐き出す龍一郎。

ちょいと本気を出したら、もうついてこれないのか。マジでその程度でしかなかったのか。龍一郎は倒れた数多へと、失望の声を漏らしていた。

 

 

 ……龍一郎がコソコソして数多たちに会わなかったのは、ノリだけではなかった。この戦いで数多に本気を出させる為に、あえて隠れていた。

 

 数多がこの大会の賞金を必要としているという情報は、皇帝の部下からこっそりと教えてもらっていた。そこで龍一郎はこの大会に出て、数多の実力を測ろうと考えた。

 

 それに龍一郎は賞金なんて必要ない。別に賞金が欲しくて大会に出ている訳ではないのだ。数多が負けてそれをくれと言ってくれば、くれてやってもよいとさえ思っていた。どうして賞金が必要なのかも、皇帝の部下から教えてもらっていたからだ。

 

 しかし、数多の前に顔を出せば、自分がなにを考えているかなんぞ、すぐにわかってしまうだろう。わかってしまえば、賞金欲しさで優勝しようと考える数多に、小さな余裕ができてしまう。

 

 それを悟られてしまえば、数多が自分に勝つ意味を失う。それでは崖っぷちに追い詰められた状態の数多とは戦えない。それじゃ面白くないと龍一郎は考えた。

 

 であれば、自分の真意を理解させぬように、あえて会わないという選択をしたのだ。会わなければ自分が何を考えているか、悟られることはない。数多はきっと、俺に勝つために必死になるだろう。

 

 その龍一郎の思惑はしっかりと当たった。それでも目の前で、地面に倒れている数多がこの程度であったことに、龍一郎は落胆していた。

 

 

「に……兄さん!!?」

 

「ど、どうなってんのよこれ……」

 

 

 焔は完全に動かなくなった数多へと、心配する声を上げていた。

あの龍一郎の攻撃を幾度と無く食らい、指一つも動かなくなっているのだ。死んでないにせよ、かなりヤバイ状態だということは察せられた。

 

 アーニャもまた、龍一郎の容赦のない攻撃を見て、恐れを抱いていた。

そして、動かなくなった数多を見て、少しやりすぎなのではないかとさえ思っていた。

 

 

「弱すぎんぞ。必死こいて修行してこんなもんか? マジなら俺に勝つなんざ100年あっても無理だぜ」

 

 

 しかし、龍一郎はやりすぎだとは微塵にも思っていない。

これぐらいの攻撃、何とかできなければならないと考えているからだ。

 

 龍一郎は完全に数多に落胆していた。もう少しやれると思っていたのだが、蓋を開けてみればこの程度だったからだ。修行して強くなったと豪語していた数多が、まさかこんなあっけなく倒れると思ってなかったからだ。

 

 ただ、龍一郎は今の数多に落胆しているに過ぎない。本気で数多を潰しにかかったのは、この敗北を糧にしさらに実力を伸ばしてくれるだろうという期待があるからだ。どうせここで自分を超えることはできないと、龍一郎も理解しているからだ。

 

 だからこそ、本気を出してボコボコにした。立ち上がることすらできない程に、手加減なんぞせずに殴り蹴った。ただ、その結果がこの程度であったことに、龍一郎はむなしさを感じていたのだ。

 

 

「はぁ……。つまんねぇ……」

 

 

 もう少し根性見せろよ。

この程度でお寝んねしちまうんじゃ、もっと修行しないとならねぇぞ。俺だって人間なんだ、さっさと肩を並べる程度にゃ強くなってもらわんと困る。

 

 龍一郎はそう考えながら、再び大きくため息をついた。

もう少し楽しめると思っていた龍一郎は、もう動かない数多へと、この戦いの感想を吐き出した。

 

 そして龍一郎は、数多はもう動けないだろうと思い、視線を焔へと移した。

 

 

「うっ……!」

 

 

 焔は龍一郎に視線を送られ、たじろぎながら少し後ろに下がった。

別に龍一郎が威嚇しているとかそう言う訳ではない。ただ、次の標的が自分であると理解しているので、焔は攻撃が来る可能性を考慮して身構えた。

 

 

「なぁ、焔。棄権してくんねぇか? 俺はお前を殴りたくはねぇ」

 

「な……、何を……!」

 

 

 だが、何と龍一郎は、焔を攻撃する訳でもなく、むしろ棄権を促すことを言い出したのである。

何せ焔は龍一郎が罪の意識で義娘にした少女。思うところがあるが故に、殴りたくはないと言い出したのだ。

 

 しかし、焔は今更何を言っているんだと言う様子を見せていた。

ここで棄権なんてできない。できる訳がない。できるはずがない。

 

 

「アイツはもう動けんだろうし、こっちは二対一。もう勝ち目なんてねぇだろ?」

 

「くっ……」

 

 

 龍一郎は何とか焔と戦わずに済むよう、説得するかのように声をかける。

数多はもう動かない。今の現状ではもはや焔に勝ち目はない。であれば、無意味に傷付く必要はないと、龍一郎はささやいた。

 

 そう言われた焔は、とても悔しそうな顔を見せえた。

まだアーニャと決着はついていない。それに、この大会の賞金は必要。それにここで棄権すれば、倒れた兄に申し訳がないとも思ったからだ。

 

 

「なあ、頼むぜ」

 

 

 そこへ棄権を渋る焔へ、さらに龍一郎はそれを願うと言った。

父親の頼みなんだ。承諾してくれ。そう言いたそうな目で、その一言を述べた。

 

 

「……断る」

 

 

 だが、断る。

焔は一言で、龍一郎の頼みを拒絶した。絶対にそれはない。しちゃいけないと。

 

 

「一人で抗うのか? 無茶だぜ?」

 

「一人では……ない……」

 

 

 龍一郎は何故そこまで頑なに負けを認めないのかと、焔へと聞いた。

はっきり言ってもう勝負はついたようなもの。勝ち目なんてないのに、何故と。

 

 しかし、焔はまだ自分一人で戦っている訳ではないと言い出した。

辛そうな表情であったが、まだ、まだ終わっていないと言葉にした。

 

 

「あん? お前だけしか残ってねぇぞ?」

 

「まだだ……、まだ兄さんは負けてない……」

 

 

 一人ではない、と聞いた龍一郎は、何を言っているんだと焔へ問う。

数多はもう脱落した。一人しか残っていないと。

 

 その問いに焔は、まだ数多は生きていると言うではないか。

あそこで倒れて動かない義兄を、未だ数に数えていたのである。

 

 

「あれほどボコしたんだ。流石に起き上がってこれねぇよ」

 

「それでも……、兄さんは起き上がってくる」

 

 

 龍一郎は、数多はもう終わっていると考えていた。

あれほど本気で殴り飛ばしたんだから、動ける訳がないと思っていた。

 

 しかし、焔の意見は違った。

何であれ、あれで終わるような義兄ではないと、焔は本気で信じていた。

 

 

「絶対に……!」

 

「……」

 

 

 焔は数多が必死で修行してきたのを、間近で見てきた。

いつかは父親を超えたいと願い、戦ってきたのを見ていた。修行相手が欲しいと悩んでいるのも聞いた。修行内容に苦悩しながら、鍛えることを怠らなかったのを知っていた。

 

 だからこそ、ここで数多がこのまま負けるなど、ありえないと思っていた。

今は少し休んでいるだけだ。少し経てばまた立ち上がってくれる。焔は数多を信じていた。再起することを信じていた。

 

 焔のその数多を信じる言葉に、龍一郎は思った。

本気で数多の復活を信じている。これでは棄権してはくれないだろう。どうあっても折れない目だ、と。

 

 

「だったら、その前に寝かしつけてやるか」

 

「……私は……負けない……!」

 

 

 龍一郎は焔が棄権しないのを理解し、ならば戦うしかないと決意した。

決意したからには、本気でやらせてもらう。

 

 だが、焔も数多が起き上がるまで、耐え切ることを決意した。

ここで倒れたら自分たちは負けてしまう。せめて、義兄が復活するまでは、折れないことを宣言した。

 

 

「そらよぉ!」

 

「くっ!」

 

 

 そして、すぐさま龍一郎は、焔へと攻撃を開始した。

先ほど数多へ行ったような過激な攻撃ではないにせよ、それなりに力の入った拳を焔へと見舞った。

 

 焔は、すさまじい速度で向かってくる龍一郎の拳を、なんとか回避した。

だが、当然龍一郎の攻撃は、それにとどまることはない。

 

 

 

「ほらほら!」

 

「こちらだって!」

 

 

 今度は龍一郎が放った、苛烈な拳のラッシュが焔を襲った。

しかし、焔とてこのまま防御しているだけではない。そのラッシュを必死に回避しつつ、反撃としてアーティファクトを発動しようとしたのだ。

 

 

「な……っ!?」

 

「私を忘れないでよね!」

 

 

 だが、そのアーティファクトから発射された熱線(ブラスター)は、龍一郎には届かなかった。

なんと、顔を蹴られ無理やり射線をそらされてしまったのだ。

 

 そのことに焔は驚いた。さらに、それを行った相手にも驚いた。

なんと、今焔の顔を蹴り飛ばしたのは、アーニャだったのだ。

 

 この時点で、すでに焔は1対2。当然龍一郎以外にも、アーニャも相手にしなくてはならなかった。だと言うのに、焔は龍一郎にしか意識を向けていなかった。それが仇となり、隙をつかれてしまったのだ。

 

 それに、炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)した自分にアーニャの蹴りが当たったことにも、焔は驚いていた。

 

 その答えはアーニャの足にあった。なんと、アーニャのブーツが氷系魔法によって氷付けになっていたのだ。それによって炎化しているのにも関わらず、焔が蹴られたのである。

 

 アーニャは炎精霊化を打破するべく、どうするかを考えた。その結果、得意とは言えない氷系魔法を撃つよりも、自分の足などを凍らせて蹴った方がよいと考え出したのだ。

 

 なんとアーニャはこの土壇場で、術具融合を成功させていたのである。足にはブーツを履いていた。その片方に自分が今できる最高の氷系魔法を融合させたのだ。

 

 ただ、奇跡の産物と言う訳ではない。アーニャは魔法世界で普及している、エヴァンジェリンが執筆した魔道の教科書を、龍一郎におごってもらったのだ。

 

 龍一郎は魔法なんてよくわからない。自分が出す炎で殴るのが一番だと思っている。そういうのはギガントの専門で、自分はまったく専門外だからだ。

 

 それ故、アーニャへ魔法を教えるのは無理だった。鍛えてやると言ったのに、体術程度しか教えられないのはカッコがつかない。そう思った龍一郎は、それをアーニャへと買ってあげたのだ。それをアーニャが読んで、()()()()()()()カギが使っていた魔法、術具融合を習得したのだ。

 

 とは言え、まだまだ練習中だったため、完成するかは賭けであった。土壇場で完成させたとは、そういうことなのだ。そして、それを完成させて見せたのである。

 

 ただ、やはり未完成なためか見た目に変化はなく、ブーツが氷のようになっているだけに過ぎない。それでも魔法効果が上乗せされた蹴りは、しっかりと焔へダメージを与えていたのだ。

 

 

 また、当然意識を向けられていなかったアーニャは、少し腹が立った。

先ほどまで相手になっていたのに、龍一郎を相手にしてからは、こちらに視線すら送ってこないではないか。完全に無視されていると思ったアーニャは、ここで自分がいることをアピールするために、攻撃を行ったのだ。

 

 

「オオラァ!」

 

「うう……!」

 

 

 完全に不意をつかれ、今度は意識をアーニャへと移した焔。

それで一瞬、またしても隙が生まれてしまった。

 

 そこへ龍一郎の激烈な拳が、焔へと猛威を振るった。

焔は今、炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)している。だと言うのに、とてつもない衝撃が焔の細い肢体を襲い、苦痛を感じさせたのである。

 

 

「……」

 

 

 何分経っただろうか。いや、実際はそこまで時間など経っていない。

それでも焔には、この攻防が何分にも感じられていた。

 

 龍一郎の破壊力溢れる拳が、何度も体に食い込んでいく。

炎精霊化していなければ、一撃入っただけでダウンしていただろう。

 

 それ以外にも、アーニャが自分を逃がすまいと、自分の行動を制限している。

焔は龍一郎から距離を取りたくても、アーニャに邪魔されて下がれずにいたのだ。

 

 もはや龍一郎の攻撃を必死に回避するしかなかった。

そこへすかさずアーニャが、氷の蹴りを飛ばしてくる。それを避ければ今度は龍一郎の猛攻が、こちらに牙をむいてくる。

 

 焔はもはやどうしようもない状態に立たされていた。

まさにチェックメイト。詰みとしか言いようがない、絶体絶命の危機に陥っていた。

 

 

「このままでは……」

 

「ホントよくやるよ。たいした子だぜ」

 

 

 もはや限界。これ以上はどうしようもない。

それでも何とかしなければと、焔は必死に考えをめぐらす。義兄が起き上がるまで、何とか耐えると誓ったからには、ここで負ける訳にはいかないからだ。

 

 そう考えながら必死に耐える焔に、龍一郎はかなり関心していた。

自分の拳を何度も受けても、倒れず、膝をつかず、耐え切っている。

 

 この状況でさえ折れずに、何とかしようとしている。

龍一郎はそんな焔に対して、少し優しい声で褒める言葉を投げかけた。

 

 

「だがよ! これで終わりだ!」

 

「クッ……、兄……さん……っ!」

 

 

 しかし、ならばもう終わらせてやろう。

これ以上苦しませるのも、心苦しいというものだ。龍一郎はそう思い、先ほど以上の力を入れた拳を、限界寸前の焔へと放ったのだ。

 

 焔はこの龍一郎の攻撃を、回避しきれないと判断した。

ここで終わりなのか。耐え切れないのか。絶望が一瞬頭に過ぎった。そこで思うことはただ一つ、龍一郎に倒されてしまった数多のことだった。

 

 義兄はまだなのだろうか。もう起き上がってくるはずだ。

ここで寝たまま負けるなんて、そんなことあの義兄が許すはずがない。焔はそう思いながら、小さな声で兄を呼んだ。

 

 

「娘いたぶって楽しいのかよ?」

 

 

 だが、そこへ声が聞こえてきた。

それは目の前の義父の声でも、アーニャの声でもなかった。

 

 それを聞いたのは焔だけではない。

龍一郎もはっきりと聞いていた。この声に驚きを感じていた。

 

 

「っ!!」

 

 

 ハッ! と龍一郎はその声の方を向こうとした瞬間、突如として何者かの拳が顔面に直撃した。

いや、その拳の主は一人しかいない。あいつしかいない。

 

 

「っつっ……。なんだよ、本当に起きてきやがったのかよ」

 

 

 龍一郎はその拳を受けて距離を取ると、その拳を放ったものへと視線を移して睨みつけた。

いやはや、まったく、こんなことがあるもんだと。焔の言ったことが本当だったと、心の底から思っていた。

 

 殴られたというのに、龍一郎は関心した様子さえ見せていた。待っていた、そう言わんばかりであった。

 

 

「に……」

 

 

 焔も、今龍一郎を殴った相手へと、視線を移していた。

その相手は焔に背を向けかばうようにして、龍一郎と自分の間に立ちふさがったのだ。

 

 やっと起きてきた。待った甲斐があった。

自分の努力は無駄ではなかった。焔はそう思いながら、その人物を大きな声で呼び叫んだ。また、その表情は驚きと同時に、嬉しさが混じっていた。

 

 

「兄さんっ!!」

 

「わりぃな、転寝こいちまったぜ」

 

 

 ああ、それは数多だった。いや、最初から数多以外存在しないだろう。

龍一郎にコテンパンにぶちのめされたというのに、起き上がって復活を果たして見せたのだ。

 

 焔は数多が起きてくることを信じていた。

信じていたが、自分がやられる前に起きてきてくれた義兄に、とても嬉しく思っていた。だから、驚きの表情をしながらも、ほんの少し涙をにじませていた。

 

 

 そして、数多も自分が気を失っていたことを、焔へと謝った。

自分がぶっ倒れている最中、随分と酷い目にあったようだったからだ。

 

 だが、もう大丈夫だ。しっかりと目が覚めた。これから反撃の時だ。

数多は焔の声に答えながらも、その視線は龍一郎に注いでいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ほんの少し前、数多は気を失いながらも、この状況がどうしようもないことに絶望していた。

 

 

「このまま、負けちまうのか……」

 

 

 龍一郎(オヤジ)が本気になっただけで、このザマだ。

まるでクソ雑魚。羽虫のようにあっけなく潰された。体はまったく動かない。もうダメだと数多は思った。

 

 

「約束も果たせないまま……」

 

 

 そこで思い出すことは、この大会に優勝すると豪語した自分だった。

数多はあの時、友人の友人を助ける為に、この大会に参加した。

 

 軽率だった。焔からも窘められた。

それでもしっかりと約束した。賞金を手に入れると約束した。ただ、その約束は決して重いものではなかった。考えが軽かった。俺ならやれる、程度にしか思ってなかった。

 

 その気持ちの軽さが、ここに来て出たのだろう。

親父が出てきた時、何とかしてみせると思った。だが、それだけだった。もっと背負ったものが重ければ、もっと根性見せただろうと、数多は思った。

 

 

「親父に全く届かないまま……」

 

 

 だが、それ以上に悔しいのは、龍一郎との実力差がとんでもなくあったことだ。

まるで地球と月、いや、太陽と冥王星ぐらいの差があった。もっと縮んでいると思っていた差が、まるで縮んでいなかった。

 

 あれほど修行したのに、何度も修行したのに。

親父を超えるべく、必死に頑張ってきたというのに、何と言うことだろうか。数多はそのことを考えると、とてつもなく情けなく思った。

 

 

「何も得ないまま、負けちまうのか……」

 

 

 約束も守れず、親父にも届かず。

敗北者、まごうごとき敗北者。無様な無様な敗北者。

 

 チクショウ、悔しすぎてしょうがない。そう思っているのに、体はやはり動かない。

このまま意識を完全に手放し、楽になろうか、そう数多が諦めている時だった。

 

 

「……焔が、戦ってる……」

 

 

 すると、声が聞こえてきた。

それは義妹の焔の声だ。焔は自分が起き上がることを信じ、親父と戦いだしたではないか。

 

 

「俺を……待ってくれている……」

 

 

 完全に絶望的な状況。

だと言うのに焔は、自分が起き上がるのを待っている。起き上がってきて、再び戦ってくれることを望んでいる。この状況でさえ、希望を失っていない。

 

 

「……よな……」

 

 

 何だよ。妹の方が根性あるじゃねぇか。

数多は今しがたの無様な体たらくさよりも、自分が諦めていたことを恥じた。焔は諦めていないのに、自分は勝手に諦めてしまったことを情けなく思った。

 

 

「このまま負けるなんて、かっこ悪いよな……!」

 

 

 そうだよな。このままじゃ情けなさ過ぎる。

負けっぱなしは性にあわない。カッコが悪すぎる。

 

 

「何より……、妹が頑張ってんのに……」

 

 

 それ以上に可愛い義妹が必死になっているというのに、このまま負けを認める兄なんて、どうしようもなく惨めだ。

このままゴミ以下みたいな無様を晒してるのは、クズのすることだ。

 

 

「ここで寝てちゃあ、……兄としてダセェよな……ッ!!」

 

 

 全く、こんなところで体が動かねぇ……! なんて遊んでる場合じゃねぇ。

何が体が動かねぇだ。弱気になってるだけじゃねぇか。義妹が戦ってんだぞ。自分も戦わないでどうすんだ。

 

 それに男の約束に()()なんぞ関係ねぇ。

約束したからには果たすのが男だろうが。たとえ些細な約束でさえ守れない奴が、何かを守れる訳がねぇ。こうやって寝てるとか、……男のすることじゃねぇ!

 

 そうだ、そうだった。

自分が修行してきたのは、そういうことだった。絶対に親父を超えてみせるという、確固たる意地だった。熱意だった。情熱だった。

 

 こんなところで負けてたまるかよ!

負けちゃいけねぇ! このまま負けるなんて絶対に許されねぇ。動かないんなら無理やり動かせ。何も死ぬ訳じゃねぇんだ! オラッ! 立て! いや、動け! 動いて親父をぶん殴れ!!

 

 

 

 

 数多は動かないと思っていた体を、無理やり動かした。

体のあちこちが痛い。ガタが来てる。そんなことはどうでもいいと思った。

 

 それよりも重要なのは、状助らと約束した優勝だ。

賞金を持って帰ってくると約束した。アイツはそれを待ってくれている。そうだ、だからこそ、ここで寝ているなんてありない。

 

 それだけではない。

自分が寝てる間でさえ、必死に耐えてくれていた可愛い義妹だ。あの親父相手に頑張ってくれている。そして何よりも、目の前で義妹をいたぶる親父だ。

 

 ぶっ飛ばす。絶対にぶっ飛ばす。

数多はそう強く思い、足腰に力を入れ、立ち上がるまもなく飛び上がった。そのまま加速し勢いをつけながら、信念を込めた拳を握り締め、龍一郎の顔面に自然と放ったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 数多の復帰に、誰もが驚いていた。

あの状態から起き上がるどころか即座に移動し、龍一郎を殴り飛ばしたからだ。

 

 これにはあのラカンすらも、ほぉ、と声を漏らすほどだった。

ネギも小太郎も数多の復活を心から喜び、興奮した様子を見せていた。

 

 エヴァンジェリンでさえ、終わったと思っていた数多の復活には少し驚いた顔を見せていた。

なるほど、確かにあの龍一郎の息子なだけはある。あれほど打ちのめされたというのに、根性を見せて立ち上がるとは、と。

 

 ギガントも同じ意見だったのか、ふむ、と感心した様子だった。

とは言え、復活したからと言って傷が癒える訳ではない。どちらにせよ、この試合は数多が不利であることは明白だとも、二人は未だに思っていたのだった。

 

 

 しかし、最も驚いていたのは、数多の父親である龍一郎だった。

あの攻撃は手加減なんてしていなかった。はっきり言って威力だけで言えば完全に本気だった。

 

 完膚なきまでに叩きのめし、完全に地面の上に沈めてやろうと思った。

そして、それを実行してこの試合が終わるまでは起き上がれない程に、痛めつけたはずだった。

 

 

「……あの状態から立ち上がってくるとは……な……」

 

「妹が必死こいてんのに、横で寝てる兄貴がいる訳ねぇだろ?」

 

 

 だと言うのに、目の前の数多は立ち上がるどころか、自分の顔面に拳を一発くれやがったではないか。

いやはや、本当に起き上がってくるとは思っていなかった。また、今の攻撃は結構効いた。龍一郎はそう思いながら、口から流れ出た血を右腕で拭い去った。

 

 されど、その表情は笑っていた。

そうだよ、そうでなければ面白くない。あのまま終わるなんて、やはりありえない。龍一郎はそう思いながら、唇の片側を吊り上げていた。

 

 数多はそんな龍一郎へと、倒れたままでいられる訳がないと言葉にした。

そうだ、焔が耐えてくれていたのだ。ここで立たなきゃ兄として、男として廃るというものだ。

 

 

「……よく踏ん張ってくれたな、焔。ありがとう」

 

「……ああ。流石に父さん相手は骨が折れたぞ」

 

 

 そこで数多は少し振り向き、後ろにいた焔へと礼を言った。

自分が倒れていたのは何秒だったか、何分だったかわからない。短い時間だったかもしれないが、あの親父と戦い、倒れずに耐えてくれたことに、感謝したのである。また、その表情はニヤリと笑っており、余裕を取り戻した様子だった。

 

 焔もそれを聞いて、喜びで感涙しかけたのを我慢しながらも、皮肉を言って見せた。

やはりと言うか、龍一郎を相手にするのは大変だった。人生の中で上位に入るぐらい大変だった。

 

 

「んじゃ、かわいい妹の骨を折った悪い親父には、しっかり仕置きをしねぇとな!」

 

「ああ、父さんの折檻は兄さんに任せる」

 

 

 それを聞いた数多は、ふっと笑いながら、さらなる皮肉を重ねた。

骨が折れたというのは例えであるが、それ程のことをやった親父は許しちゃいけねぇと。

 

 焔も選手交代と言葉にし、龍一郎を再び数多に任せることにした。

 

 

「私は先ほどと同じように、今しがたいいようにしてくれた、アーニャと言う少女を相手にする」

 

「任せたぜ!」

 

 

 自分は再びアーニャを押さえ、数多と龍一郎の一騎打ちをさせやすくすると焔は考えた。

そう言うと焔は、先ほどの戦いで受けたダメージを引きずりながらも、再びアーニャの方へと飛んでいった。

 

 数多もその気概を理解したのか、一言元気な声でそれを頼んだ。

これでもう一度、何も気にすることなく龍一郎と戦える。これが最後のチャンスだと、数多は気合を入れなおし、龍一郎へと視線を戻した。

 

 

「クク……」

 

「ん?」

 

 

 龍一郎は数多と焔の会話が終わるのを待っていたかのように、そこに立っていた。

そして、二人の会話が終わった直後、突然小さく笑い始めた。

 

 数多は龍一郎の笑い声に、何だろうかと不思議に思った。

 

 

「クックックッ……、クッ! フッハッハッ!!」

 

「なっ……」

 

 

 すると、龍一郎の笑い声はどんどん大きくなり、大爆笑となっていった。

何がおかしくて笑っているのかわからない数多は、それに驚き戸惑った。

 

 

「フハハハハハハハハッ! クアッハッハッハッハッ!!」

 

「何がおかしいってんだよ!!?」

 

 

 なんということか。目の前の数多が戦闘態勢となったと言うのに、未だに笑い続けている龍一郎。

大きく腕を組んで笑っている様子は、誰もが頭を強く打ったのかと思う程のものであった。

 

 意味がわからない笑いを続ける龍一郎へと、数多は痺れを切らして質問した。

突然目の前で笑い出すとか正気なのか。数多は意味がわからず、叫んだように疑問をぶちまけた。

 

 

「ハッハックックッ……。わりぃなぁ。何がってそりゃあ、嬉しいから笑ってんのさ」

 

 

 何故笑った? 龍一郎の答えは簡単だった。

それを笑いを堪えながらも、その答えを数多へ述べた。

 

 

「……くたばったはずのクソ息子が再び起き上がるだけじゃなく、一撃入れてきやがったのが、たまらなく嬉しくてなぁ」

 

 

 何が嬉しいか。そんなことも簡単だった。それは目の前の数多だ。

あれほど追い詰め叩きのめし地面に寝かせた数多が、何と起き上がるどころか隙を突いて自分に一発ぶち込んで来たではないか。

 

 いやはや、終わったと思っていたというのに、ここぞで根性を見せてきやがった。

その心意気がたまらなく嬉しかった。目の前の数多が、再び自分に挑戦してくる姿が、心底嬉しかったのだ。

 

 

「はっ! んなに嬉しいんなら、何千発でもぶち込んでやるぜ!」

 

「クックッ……、いいぜ。試してみろよ」

 

 

 それを聞いた数多は、それを鼻で笑って見せた。

内心はかなり嬉しく思ったが、それを態度に出さず、むしろ挑発までして見せた。一発殴られて喜んでるならば、何度でも喜ばせてやるぞ、と豪語したのだ。

 

 龍一郎はその挑発を聞いて、さらに嬉しさを感じていた。

ああそうだ、それでいい。その意気だ。

 

 さっきの攻撃で怖気づくのではなく、さらに煽ってくる数多へと、龍一郎は応えた。

ならば、その言葉に相応しい言葉を返そう。来い、だったら今度はそっちが試験(ため)してみろ。

 

 

「ただし……」

 

「ッ!?」

 

 

 だが、戦闘に入る前に龍一郎は一度前置きを置いた。

すると、突如として巨大なプレッシャーが数多を襲ったではないか。

 

 

「今度はガチのガチ。本気のマジモードで……」

 

 

 そうだ、今度はさっき以上の本気を出す。

龍一郎はそう言葉を並べ始めた。当然言葉だけではなく、それは表にもあふれ出ていた。すさまじい炎が龍一郎を包み込み燃え盛り、足元はグツグツと溶解した地面が煮えたぎっていた。

 

 さらに観客もどよめくほどのすさまじい重圧が、会場を包み込んでいた。

なんと龍一郎は気合をさらに入れなおしただけで、この場を全て支配してしまったのである。

 

 

「やってやっからよッッ!!」

 

「ちぃ! 速すぎんだろ!?」

 

 

 そして、龍一郎は言葉を言い終える前に、数多へと攻撃を仕掛けた。

それは一瞬の出来事だった。一瞬、瞬きすらも遅いと感じるほどのすさまじいスピードで、数多の目の前に龍一郎が現れたのだ。

 

 だが、数多はその速度を見切っていた。

数多は龍一郎が懐に入りこんで、拳を突き上げてきているのをしっかりと捉えていた。故に、数多は龍一郎のスピードに文句を言いながらも、体をそらしてその拳をかわし、反撃に出たのだ。

 

 さらにもう一つ、数多は龍一郎のプレッシャーを跳ね除けていたのだ。

プレッシャーに押しつぶされていたならば、このようなことは不可能だったはずだ。つまり、数多は龍一郎のプレッシャーをものともせず、その攻撃に対応できたということだったのである。

 

 

 

 また、男二人が衝突を始めたところで、少女二人ものんきなんぞしていなかった。

すでに、少女同士の戦いも始まっていたのだ。

 

 

「待たせたな。先ほどの続きだ」

 

「待ってたわ! あのまま二対一で終わらせるなんて、私も乗り気じゃなかったもの!」

 

 

 挨拶代わりと言わんばかりに、台詞と同時にアーティファクトで熱線(ブラスター)を上から斜め下にいるアーニャへ向け、叩きつける焔。

 

 それに対応しバックステップで回避しながら、それに対して豪語するアーニャ。

アーニャが回避した場所には小さな焼け焦げたくぼみができており、その熱線(ブラスター)の威力を物語っていた。

 

 アーニャは、あのまま二人でリンチまがいなことをして勝利しても、嬉しくなんてなかった。

何せ二人がかりでは、自分の実力で倒したことにはならないからだ。

 

 それじゃ目の前の焔に、自分の実力を思い知らせない。舐められたままになってしまう。

だからこそ、やはり一対一での戦いを、アーニャは望んでいたのだ。

 

 

「やっぱアンタの炎化。厄介すぎよ!」

 

「そう言う癖に、対策してきたではないか!」

 

 

 とは言うものの、やはりアーニャは焔の炎精霊化には手こずっていた。

炎系魔法と体術がほとんど無効化されるのは、やはり厳しいのである。

 

 それだけでなく、遠距離からのアーティファクトの射撃も注意すべきことである。

故に、アーニャは中々焔へと近づけずにいた。

 

 しかし、焔とて完全に有利であるとは今は思っていない。

アーニャは炎精霊化の対策してきたからだ。さらには龍一郎から受けたダメージも残っている。焔はそんな状況だと言うのに笑いながら、炎をアーニャへ向けて放った。

 

 

「あったりまえでしょう……があっ!!」

 

「氷系の魔法を片足に纏って接近戦とは、なるほど考えたものだな!!」

 

 

 対策は必須だ。それは勝つためならば当然の結果だ。

アーニャはそれを敵に言われても、なんら嬉しくないと叫んだ。

 

 ただ叫んでいただけではない。

氷系の魔法、エヴァンジェリンがよく使う”氷爆”を用いて焔の炎を対消滅させつつ、しっかり距離を縮めてきたのだ。

 

 そこで距離をギリギリまで縮めたのを見たアーニャは、魔法で強化された肉体を最大限に使い、瞬時に焔の懐へと攻め蹴りを放ったのだ。

 

 その蹴りは特殊な状態であった。

先ほども同じことをしていたが、”術具融合”にてブーツに氷系魔法を封じ込め、炎の対策をしていたのだ。

 

 焔はそれを見て、よく思いついたと感心していた。

得意分野が二つ潰されたなら、せめて一つを生かそうと考えたのだろう、と。氷系魔法ならば攻撃できるだろう、と。その氷系魔法と得意な蹴りを同時に使えればよいと。であれば、その二つを融合すれば最高だと。

 

 確かに理にかなっていた。ただ、流石に全身の装備に魔法を融合させることはできなかったため、片方のブーツのみをメインウェポンにするしかなかったようだ。

 

 焔はそれを見極め、であればそっちを受けないようにして戦うことにしたのだった。

アーニャとてそれを理解しているため、そうはさせぬと自分が持っている全てを駆使して戦うのだった。

 

 

 当然、男二人の戦いも、先ほど以上にヒートアップしていた。先ほどと同じ、いや、それ以上の攻防が繰り広げられ、会場の地面を破壊しつくしていた。

 

 

「そらそらぁ! どうしたどうしたぁ!!? 必死に起き上がってきたのに、このままじゃまたお寝んねしちまうぜ!?」

 

「ううううおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 

 

 すさまじい、その一言に尽きた。

龍一郎の本気の本気は、すさまじいものだった。

 

 とてつもない拳のラッシュ。まるで、無数に腕があるかのような拳の残像が、超高速で数多に突き刺さる。そうやって無数に拳を撃ちつけながらも、龍一郎は数多への挑発を緩めない。

 

 しかし、数多とてそれを必死に、同じく拳で打ち返す。

無数の拳を、無数の拳で跳ね除けていたのだ。が、それでも数多の表情は必死そのものであり、龍一郎はやはり余裕の表情だ。数多は雄叫びをあげながらも、何とか必死に食らいついていた。

 

 

「どりゃあああ!!!」

 

「へっ!」

 

 

 何とか龍一郎の拳のラッシュをかいくぐり、数多は猛烈な炎と気を纏った右腕を、龍一郎へと振るった。

その拳を回避することなく、左腕で受け流す龍一郎。龍一郎の表情は微笑みが浮かんでおり、余裕過ぎるという感じだ。

 

 

「寝起きで目がさえてねぇのか? 寝ぼけてんのかぁ?! 頭がはっきりしてねぇのかぁ!?!」

 

「グウウウッ!!! チックショォォッ!!!」

 

 

 その数多の右腕を受け流した龍一郎は、そのまま至近距離から右拳で数多を攻撃した。

また、今の数多のだらしない攻撃を叱咤するかのように、さらに数多を奮い立たせんとまくし立てる。

 

 数多は龍一郎の右拳を、左腕で何とか受けつつも、反撃が中々うまく行かないという様子で叫んでいた。

 

 

「はっ!! おらよぉッ!!」

 

「グウウオオオッ!!!」

 

 

 そして、数多は次に左腕を突き出し龍一郎へと反撃すると、龍一郎はその数多の勢いを利用し、逆に数多の腹部を殴りこんだのだ。

 

 たまらず数多は苦痛で叫ぶ。

今の衝撃は自分が突き出した分と、龍一郎の突き出した分が合わさったものだ。

ダメージはかなりでかい。

 

 

「ウウオオッ!!!」

 

「……むっ!」

 

 

 だが、数多はその苦痛を堪え、なんとゼロ距離と言っていい程の至近距離から、龍一郎の顔面へと右拳を放ったのだ。

 

 龍一郎はそれに反応し、瞬動を用いたバックステップにて、一瞬にして数多との距離を置いた。

 

 

「チッ! 避けられちまったか!」

 

「ほう、さっきは身をもだえさせるだけだったっつーのに、カウンターきめてきやがるようになるたぁな」

 

 

 数多は今の攻撃がかわされたことを、悔しそうに言葉に出した。

ただ、今の攻撃がすんなり命中するとも思っていなかった。

 

 この程度じゃやはりダメか。もっと確実に当てれるようにしなければ。

そう数多は思いながら、この龍一郎との戦いに喜びを感じ始めていた。それは顔にも出ており、苦痛でゆがんでいるはずなのに、どこか笑った表情であった。

 

 龍一郎も、数多のカウンターには少々感心していた。

先ほどは同じ威力の攻撃で、苦しみもだえ叫ぶだけだった数多。だと言うのに、今はそれを受けてなお、反撃に出てきた。

 

 先ほどなんかよりも、ずっと根性が座ってきている。

力だけでなく、精神的にも一回り成長した。それがたまらなく嬉しいようで、笑いながら数多を褒めていた。

 

 

「だが、今のテメェならその程度じゃねぇだろ? 何か思いついたんじゃねぇのか?」

 

「ああ。さっき奥義をぶっ放した時に、ちょいとひらめいたもんがあるぜ」

 

 

 そこで龍一郎は、今の数多の実力がこの程度ではないことを察していた。

何かきっと掴んでいる。まだ何か隠している。龍一郎はそれを知りたいがために、数多へとそれを言葉にした。

 

 それを聞いた数多は、ニヤリと笑いながらそれを答えた。

その思いつきは、一度倒れる前に奥義を放った時にヒントを得たと。

 

 

「だったら見せてみろよ。あるもん使わねぇと、俺にゃ勝てねぇぜ?」

 

「わかってんだよ!」

 

 

 ならば、何故それを今使わない。

というか、思いついたのならさっさと使え。全部出し尽くさないと、自分には勝てないと。龍一郎は催促するかのように、数多へとそれを言った。

 

 数多も当然それを理解していた。

ただ、中々出すタイミングがなかったのだ。故に、大声でそう叫び答えた。

 

 

「だから、今すぐ見せてやっからよ! よく見てろよ!!」

 

「待っててやっから、さっさとやりな」

 

 

 それなら今すぐお望みどおり見せてやる。

目をかっぽじって、しっかり見ていろよ。数多はそう叫ぶと、気合を入れるかのような構えを取った。

 

 それを見た龍一郎は、ちょいとその技が出るのに時間がかかりそうだと考え、余裕に構えて待つと宣言したではないか。

実際、そんな無駄に時間がかかる技など、簡単に潰せる。が、せっかく息子が思いついた技だ、見せみようと思ったのである。

 

 

「待つ? だって?」

 

 

 が、しかし、龍一郎の目算は大きく外れた。

数多がポツリと言葉をこぼした瞬間、一瞬にして龍一郎の懐へと忍び込んだのだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

 龍一郎はそれに驚いた。

技を出すのは嘘だったのか。油断させる為のフェイクだったのか。

一瞬龍一郎の脳裏にその考えが過ぎったが、それはすぐさま霧散した。

 

 

「んな時間(ひま)ねぇよ!」

 

「グッ!? 野っ郎ぉーッ!!」

 

 

 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それをもろに、顔面で受け止めてしまったからだ。

 

 数多は龍一郎の懐へと侵入した時すでに、()()()()()()()()()()龍一郎の顔面にめり込ませていたのだ。

だからこそ、数多はそう言葉にして叫んだ。余裕なんてこく時間はないと。

 

 龍一郎も殴られながら、してやられたぜ、と数多の拳を顔に受けながら、大きく叫んだ。

いや、実際は自分が余裕こいた慢心が原因だが、まさか数多が一瞬で技を構築してくるとは思っていなかったのだ。

 

 

「おらよぉ!!」

 

「ぐうっ!」

 

 

 さらに数多は、またしても()()()()()()()()龍一郎の腹へと命中させた。

龍一郎はその一撃に苦痛の声を漏らしながら、とっさに再び数多との距離をとった。

 

 

「……それがテメェの新技ってやつか……」

 

「ああ、そうだぜ」

 

 

 そして、距離を取った龍一郎は、憎憎しげに数多を睨みつけ、その技の全貌を見た。

 

 そこにあったのは、炎の渦だった。

炎の渦を全身に巻きつけ、まるで鎧のように武装した、数多の姿がそこにあった。

 

 数多は龍一郎の言葉に、YESと回答した。

これが先ほど思いついた、新しい自分の技。

 

 

「名づけて、”炎渦爆装(えんかばくそう)”って感じ?」

 

「炎の渦を武装する……か。なるほどなぁ」

 

 

 先ほど思いついたがために、今まで名前が無かった。

数多はそれをここで名づけ”炎渦爆装”と、不敵に笑い呼んだのである。

 

 龍一郎はその数多の新技に、心から感服した。

よく思いついたと。炎の渦を武装し、拳や蹴りの威力を強化するのかと。

 

 

「オラッ!」

 

「ッ! 甘ぇッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 と、数多は答えを言い終えたと同時に、すぐ様龍一郎へと再び攻撃を開始した。

瞬間的に、瞬く間に龍一郎の背中へと回りこみ、足払いを放ったのだ。

 

 が、龍一郎はそれを瞬時に察し、むしろその足払いを蹴り上げたのである。

なんということか、”炎渦爆装”で強化されていると言うのに、それをものともせずに蹴り飛ばしてきたのだ。

 

 数多はその蹴りで吹き飛ばされ、驚きの表情を見せた。

ただ、驚きながらも態勢をすばやく整え、追撃に備えて既に構えなおしていた。

 

 

「今のタイミングでも防御されんのかよ!」

 

「あったりめぇよ」

 

 

 嘘だろ。今の攻撃もあっけなく防御しやがる。

数多は龍一郎の強さを、改めて実感した。しゃべってる最中、隙だらけだったから即座に攻めた。だと言うのに、簡単に自分の攻撃を反撃で受け止めてきた。数多はそれに戦慄せざるを得なかった。

 

 

「テメェのひよっこの拳に玩具が握られても、怖くねぇからな!!」

 

「だったら玩具だと思ってたもんが、凶器だってことを思い知らせてやるぜ!」

 

 

 そこで龍一郎は、数多をさらに煽った。

もっと俺の前で強くなってくれ。さらに技を磨いて見せてくれ。そう言わんばかりの挑発だった。

 

 そんな風に言われた数多も、皮肉交じりに叫び答えた。

今は玩具にしか見えないだろうが、後にそれが突き刺さってくる凶器になると、そう宣言した。

 

 

「いいねぇ! すごくいい――――」

 

「ちぃ!」

 

 

 が、その会話が終わった瞬間、今度は龍一郎が先手を取った。

龍一郎の姿がぶれたと思ったら、気が付けば数多の目の前に現れたではないか。

 

 数多は先ほど以上にスピードが増した龍一郎に、再び驚いた。

しかし、現れた瞬間に発せられた回し蹴りを、数多はしっかりと右腕で防御したのだ。

 

 

「――――ねぇッッッ!!」

 

「ぐううおっ!?」

 

 

 しかし、その回し蹴りは罠だった。

回し蹴りが腕に命中したとたん、その勢いで龍一郎は数多の頭上へと飛び上がって回り込んだ。さらに、今度は数多の背中へと、間髪入れずに蹴りを放ったのだ。

 

 それには数多も反応しきれなかった。

故に、防御もできずに直撃を受けるしかなかった。

 

 

「む! 炎の渦が衝撃を受け流し緩和してやがんのか!?」

 

「気が付くのがおせぇ!!」

 

「ぐっ!? こいつッ!?」

 

 

 だが、だがだが、何と数多は無傷。

今の龍一郎の蹴りが綺麗に背中へと入ったというのに、ダメージになっていなかったのだ。

 

 それは当然”炎渦爆装”の効果だった。

炎の渦が数多の体全身を包み込んでおり、それが緩衝材の役割を行い龍一郎の蹴りを受け止めていたのだ。

 

 なんてこった。

龍一郎もこの技の新たな能力に、驚きの表情を見せていた。まさか炎の渦が気流のように流れ、その流れをもって衝撃を受け流しているとは。いや、その技の姿を見た時、まさかな、とは思っていたが、まさかだったとは、と。

 

 数多は龍一郎へと、後ろを振り向きつつ肘撃ちを、龍一郎の顔面へ向けてはなった。

その肘撃ちは綺麗に龍一郎の顔面へと命中し、その顔をゆがませていたのだ。

 

 

「おらよぉおお!!!」

 

「舐めんなよッ!」

 

「ぐううあっ!?」

 

 

 さらに数多は振り向くと同時に、龍一郎へと拳のラッシュを浴びせた。

先ほど以上の速度、威力をもって、龍一郎へと猛烈な反撃に出たのである。

 

 これはちょいとまずい。

龍一郎はそう感じ、とっさに数多の拳を避けるように体をかがませ、右拳を数多へ向けて一直線に放った。

 

 その龍一郎の右拳は、なんと数多の腹に直撃し、数多は盛大に後方へと吹き飛んだのだ。

龍一郎が放った右拳の衝撃に、数多はたまらず悲鳴を小さくあげ、口から血を吐き出した。

 

 

「炎の渦の防御を簡単に貫通してくんじゃねぇよ!? おかしいだろ!?」

 

「あぁ? 俺の拳の()()()()()()にすりゃ、んなもんかき消すのなんて訳ねぇだろ?」

 

「イカれてんのか!?」

 

 

 なんと言うことだろうか。

ちょいと手こずらせたはずの炎渦爆装の防御を、あの親父はあっけなく突破してきやがった。防御が抜かれたからこそ、すさまじい衝撃で体が吹っ飛ばされたのだ。

 

 数多はありえねぇ、と言う表情でそれを叫んだ。

なんだそりゃ、頭がどうかしそうだった。ただ、そう思い叫びながらも、再び地面を蹴って龍一郎へと攻撃する数多。

 

 その数多の反撃を全身でかわしつつ、できて当然と龍一郎は豪語していた。

とは言え、龍一郎も最大の攻撃をもって、数多の防御を突破していた。逆を言えば、最大の力でなければ、数多の防御が抜けなかったと取れる発言であった。

 

 が、数多には()()()()()()()()()()()ことで頭がいっぱいだった。

故に、その龍一郎の発言は、親父の自信の表れとしか聞き取れなかったのである。

 

 

「その程度の小細工じゃ、俺の攻撃(こぶし)は防げねぇよ!!」

 

「やってらんねぇぜ!!」

 

 

 されとて、龍一郎にはまだまだ数多の技は玩具程度の認識だ。

自分の全力の拳を防げてこそ、ようやく凶器と言えると思っているからだ。

 

 それを龍一郎が数多へ言うと、数多はふて腐れた言葉を笑いながら吐き捨てた。

なんという親父だろうか。だからこそ、越え甲斐があるというものだ。

 

 

「だったら、防御なんて捨てて、全部攻撃に乗せるだけだぜッ!!」

 

「はっ! その程度で俺が倒せるんなら、修行なんていらねぇぜ!」

 

 

 防御が無意味となるならば、それを全て攻撃に回せばいい。

数多はそう叫びながら、体に纏っていた炎の渦を、両腕と両足に絞り込んだ。

 

 その両腕と両足は、炎の龍がからみつくがごとき姿を見せていた。

そして、燃え盛る竜巻を纏った拳を、再び龍一郎へと浴びせたのだ。

 

 が、龍一郎はそれを確実に回避し、数多へと反撃を行う。

また、数多をさらにやる気にさせるため、龍一郎は何度も何度も攻撃と同時に煽るのだった。

 


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