理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百四十七話 晴れの日の昼

 少し過去の話。メトゥーナトと任務についていた龍一郎であったが、その任務が終わった直後、突如として休暇を命じられたのである。

 

 

「やぁーれやれ、突然の休暇命令だとはなあ」

 

 

 メトゥーナトと別れた龍一郎は、一人突然の休日に困惑を示していた。困った。このまま忙しく新たな任務に就くと思っていた龍一郎は、かなり困った。

 

 

「俺一人でこっちの仕事をやってただけなんだが、まあ貰えるもんは貰っておくか」

 

 

 と言うのも、メトゥーナトもギガントも、この前まで旧世界で活動していた。この魔法世界での活動は龍一郎が、一人でこなしてきたのである。そのため、二人が戻った今、短い間だが休暇を与えられたのだ。

 

 

「つっても、何をしてよいのやら。久しく会ってないガキどもに顔でも見せてやるかなあ」

 

 

 が、龍一郎は休む気などなかったが故に、休暇に何をしたらよいか悩んでいた。少しだが暇を貰ったのだから、数多や焔に会いに行くのがよいかと、龍一郎は考えていたのだった。

 

 

「きゃっ!」

 

「っと!」

 

 

 その時、龍一郎の足に小さな体がぶつかった。そこを見れば深くローブをかぶった少女らしき姿が、今の衝撃で小さな悲鳴を上げ、よろよろとしているではないか。

 

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

「いや、こっちこそわりぃわりぃ」

 

 

 だと言うのに、すぐに謝ってきたのは少女だった。とっさに謝ったという感じではあったが、龍一郎が謝るよりも早かった。

 

 龍一郎はそれを見てすぐさま謝り返した。余所見をしていたのは自分だったと。

 

 

「……ん? お前どっかで見たような……」

 

「えっ!?」

 

 

 と、次に龍一郎は、深くかぶったローブの隙間からチラリと見えた少女の顔を見て、ふと考えた。

どこかで、どこかで見た顔だと。その目の前にいるかわいらしい少女が、何故か記憶にあると。

 

 少女はそれを聞いて、ビクッと体を震わせた。

そして、驚きながら、これはマズイと言う様子を見せたのである。

 

 

「す、すみませんでしたー!」

 

「……おい、ちょいと待ちな!」

 

「っっ!!!」

 

 

 そこで少女は最後に再び謝りながら、その場から姿をくらまそうと猛ダッシュで走り出した。

しかし、龍一郎はその少女を、あろうことか呼び止めたのだ。

 

 少女はその声に反応して足を止め、さらに体を震わせ冷や汗を額に流し始めていた。

 

 

「な……何か?」

 

「いやー何って、お前のこと思い出したんだわ」

 

「わわっ私はしっ、知りませんが……?」

 

 

 少女はゆっくりと、龍一郎の方を向きなおし、何で呼び止めたのかを恐る恐る尋ねた。

もしや自分の正体がばれたのではないか。自分が何故わからないが賞金首になっていることが知られたのではないか。そんな感じの不安が少女の脳裏を覆いつくしていた。

 

 少女の不安なぞ知らず、龍一郎は全てを思い出したと、すっきりした顔で言い出した。

いやーそうだった。合点がいった。そうだそうだ、思い出した。そんな様子であった。少女はそれに対して、自分はそちらを知らないと、震えた声で言い放ったのだ。

 

 

「お前、ギガントんとこの弟子だろ?」

 

「……え?」

 

 

 だが、その後の龍一郎から出た言葉は、少女にとって意外なものであった。

 

 少女はその名前を聞いて、少し時間を置いてどうしてその名前が出たのかと、一瞬考えた。そして、その少女こそ、ネギたちとはぐれていたアーニャであった。

 

 

「どっかで見たと思ったらギガントの野郎から見せて貰った写真だったぜ」

 

「え……、あっ、あの?」

 

 

 龍一郎は腕を組んで、いやはやこんなところで出会うとは、と言う感じで、アーニャを眺めていた。

そうだ、そうだった。あのギガントのヤツが新しい弟子だと自慢してきた時、彼女が写った写真を見たのだったと。

 

 アーニャは師匠たるギガントの名がここで出てきたことに、かなり戸惑った。

謎の賞金がかけられたので、そちらの方で覚えられていたのかと思っていたからだ。

 

 

「あなたは……、もしかしてお師様の知り合い……?」

 

「知り合いなんてもんじゃねぇよ、同僚、……仲間ってやつだ」

 

 

 また、アーニャは目の前のおじさんからギガントの名が発せられたことについて尋ねた。

自分を知っているのが師匠経緯なら、目の前のおじさんはその知り合いの可能性が高いと考えたのだ。

 

 すると、案の定知り合いであると、いや、それ以上の関係であると返ってきた。

職場の同僚、仲間、そう龍一郎が腕を組んで答えたのである。

 

 

「そ、そうなんです!?」

 

「嘘じゃねぇよ。証拠もあるぜ?」

 

 

 ただ、それをすんなりと信用することはできない。アーニャはそれ故、再び同じように龍一郎へと尋ねた。

 

 龍一郎は自信ありげにニヤリと笑いながら、本当のことだと述べた。

そして、証明として彼らの仲間である証拠、写真などをアーニャへと手渡し見せた。

 

 

「よかった……。てっきり賞金稼ぎにでもばれたのかと……」

 

「ああー、お前らお尋ね者になっちまったんだっけ? そりゃ災難だったな」

 

「は……はい……」

 

 

 アーニャはここでようやく安心したのか、小さくため息を吐いた。

いやはや、賞金首にされてしまったので、その追っ手や賞金稼ぎの類ではないかと疑ってしまったと。

 

 それを聞いた龍一郎も、そういえばそうだったと考え、そんな彼女に労うような言葉をかけたのだった。

 

 アーニャはただただ、それに対して返事をするだけだった。実際大変だったし、こうしてコソコソしているのだから当然である。

 

 

「さて、お前はこれからどうすんだ?」

 

「私はネギを……仲間と合流するためにオスティアへ行く途中です」

 

「行き先はわかってんのか」

 

 

 それはそれとして、龍一郎はアーニャへと、今後はどうするのかを尋ねた。

仲間とはぐれたらしいのは大体理解していたので、探すにせよどうするのかと。

 

 だが、アーニャもすでに覇王が出てきた大会の放送を見ていた。

なので、いく当てだけはちゃんとわかっていたのだ。

 

 そこでオスティアへ行けばいいと、アーニャに言われた龍一郎。

なるほど、そうかと腕を組んで、ほんの少し考えた。

 

 

「なら早い。俺がつれてってやるぜ」

 

「本当に!?」

 

「嘘じゃねぇよ」

 

 

 ならば、そのオスティアへと自分が連れてってやればよくないか? そう龍一郎は考え出し、アーニャへとそれを言ってのけた。

 

 アーニャはそれを聞いて、驚いた表情を見せた。

何せ師匠の知り合いではあるが、自分は目の前のおじさんとは初対面だったからだ。そんな人が親切にも、仲間が集まるであろう場所につれてってくれると言うのだから、驚かないはずがない。

 

 龍一郎はアーニャが驚き疑いの言葉を出したのを見て、本当だとはっきり言った。

と言うか、こんなことに嘘をついてどうすんだ、という感じだった。

 

 

「んじゃ、俺についてきな!」

 

「ありがとうございます!」

 

「いいんだよ。ガキの面倒を見んのは大人の務めってもんだろ!」

 

 

 そして、龍一郎は親指で自分を指し、付いて来いとアーニャに豪語した。

アーニャは送ってくれることをに対して、龍一郎へと元気よく礼を述べ頭を下げた。

礼儀よく元気よく礼をするアーニャに、龍一郎は関心しながらもそこまでする必要はないと笑いながら言うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 時を戻して現在。新オスティアは当然祭りの真っ最中で、多くの人々が溢れかえっていた。

 

 

「終戦記念式典の祭りか……」

 

 

 そんな人だかりをゆっくりと歩きながら見渡す少年。白髪のこの少年、フェイトが祭りの様子を眺めていた。

 

 また、彼の従者三人も、その後ろをいそいそと歩きながら、周囲を伺っていた。

 

 

「実際は偽りの平和でしかないんだけれど……」

 

 

 フェイトはこの式典に意味があるのかどうかを考えていた。

所詮はうわべだけの和平。ヘラス帝国もメセンブリーナ連合も、本当の和解は行っていない。現にどちらの国も軍艦を浮かべ、けん制しあっている。

 

 そんな平和でも、争いがないだけマシだと、多少なりと彼は思った。

偽りであっても、血は流れていない。それならそれでよいのではないかと。

 

 

「さてと、彼との再会はいつごろにするべきかな」

 

 

 まあ、そんなつまらないことを考えている暇があったら、この前ネギ少年と約束したことについて考えた方がよいと、フェイトは思った。

さてはて、どうするべきだろうか。今すぐ、と言う訳にもいかないだろうか、と。

 

 

「フェイトさぁーん!」

 

「ん?」

 

 

 すると、フェイトの後ろの方から、彼を呼ぶ声が聞こえた。

透き通った女性の声だ。フェイトはその声に気が付き、ふと後ろを振り向いた。

 

 

「すぐに見つけられてよかったわ」

 

「ねっ姉さん!?」

 

「何故君がここに……?」

 

 

 その声の主は栞の姉であった。彼女はフェイトへと、大きく手を振って気が付くようアピールしていた。

次にフェイトが自分に気が付いたのを見て彼女は、そちらの方に駆け寄って小さく息を吐いた後、再びフェイトの方を見た。

 

 そして、この祭りで溢れた人々の中から、フェイトたちを見つけられて運がよかったと、栞の姉は小さく笑いながら述べた。

 

 ただ、その彼女の姿を見た妹の栞は、どうしてここにと驚いた。

しかし、フェイトはさほど表情の変化も無く、栞が思ったことと同じ疑問を、栞の姉へと尋ねたのである。

 

 

「何故って……、皇帝陛下から祭りを楽しんできて欲しいと言われましたので……」

 

「なるほど……」

 

 

 フェイトの当然の質問に、栞の姉はほんの少し困ったという顔を見せながら、その答えを口に出した。

その理由は簡単だった。アルカディアの皇帝が気を回したのか、彼女に休暇を与えたのだ。そればかりではなく、フェイトがここにいることを知っていたので、祭りを楽しんで来いと命じたのである。

 

 フェイトはそれを聞いて、すぐに理解した。

そういうことか、あの皇帝は何を考えているのだろうか、と。

 

 

「あっ! わっ、私たちは自分たちで見回りますんで!」

 

「にゃ!? ちょっと何をするにゃ栞!?」

 

「えっ、あ……、それじゃあ……」

 

 

 すると、栞が突如慌てた様子で、他の二人を押す形でその場から去っていこうと必死になっていた。

急に栞にズイズイと押された暦も、突然のことに驚いていた。環はと言うと、栞の考えを察したのか、同じように静かに去っていったのだった。

 

 

「急にどうしたんだろうか?」

 

「……あの子なりに気を使ってくれているんでしょう」

 

「そうかい?」

 

 

 フェイトは三人が急にこの場から去っていったことに、疑問を感じて腕を組んで首をひねっていた。

そんなフェイトへと、栞の行動を察した姉が、その答えを彼に話したのだ。が、それでもあまりわかっていないフェイトは、やはり首をひねるだけであった。

 

 

「それで、フェイトさんの今後の予定は?」

 

「少し街を見て回った後、”昨日知り合った少年”と会談をしようと思ってね」

 

「そうですか。その少年と言うのが気になるけれども……」

 

 

 従者三人の姿が見えなくなったところで、栞の姉はフェイトへとこれからのことを尋ねた。

 

 フェイトはとりあえず、ネギとの約束を果たそうと考えていたと答えた。

 

 栞の姉はなるほど、と納得しながらも、フェイトから述べられた少年のことが少し気になった様子だった。

 

 

「とりあえず、君がここへ来たことだし、一緒に祭りの中を練り歩こうかな」

 

「いいんですか? 予定があるなら改めてでも……」

 

 

 とは言え、彼女がここに来たのだから、まずは街を回ろうとフェイトは考えた。

ただ、栞の姉は予定があるなら予定の後でもよいと、謙虚に振舞った。

 

 

「問題ないよ。予定と言っても大きなものでもないしね」

 

「……そうですか……」

 

 

 しかし、フェイトは特に問題はないとした。

確かに約束はしたが、優先すべきことではないからだ。

 

 それを聞いた栞の姉は、そこで少し考えた。

ただまあ、彼がそう言っているのだから、それでよいのだろうと思った。

 

 

「では、お言葉に甘えさせていただきますね」

 

「それでいい」

 

 

 ならば、フェイトの言葉通り、それに甘えてしまってもよいだろう。栞の姉はそう結論を出し、フェイトへとそう述べた。

 

 フェイトも納得してくれたみたいだ、という顔で、小さく頷いていた。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

 

 そして、フェイトはごく自然に栞の姉の手を取り、彼女を優しく引くようにして移動を始めた。

栞の姉は本当にまぶしい笑顔を見せ、フェイトの言葉にしっかりと返事を返したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 快調連勝絶好調な覇王と状助。未だ大会にて負けなしの彼らは、勢いを増すばかりだ。

 

 

「いやー、このまま勝ち進めば、三郎を助けられるぜ!」

 

「どうも、そう言う訳にも行かなくなったらしい」

 

「はあ? どういうことだよそれはよぉー?」

 

 

 そんな状況なのか、多少調子づいた状助は、高らかに笑いながら問題なくいけるとはっきり言葉にしていた。

 

 が、そこへ冷や水をぶっかけるように、覇王はそれをつっこんだ。

それはありえなくなった。むしろ状況が悪化した、と。

 

 状助はその理由がわからず、何を言い出すんだという感じで叫んだ。

この最高潮の状況で、そんなことがありえるものなのかと。

 

 

「数多先輩の大会に、先輩の父親が現れたそうだ」

 

「つまりよぉ、……どういうことだ?」

 

 

 覇王は本気で深刻そうな表情を見せながら、状助へとその理由を述べた。

状助はそれでも何が悪いのかまったく理解できなかったようで、何がマズイのかを再び尋ねていた。

 

 

「数多先輩の優勝が危うい、ということ。つまりは賞金が手に入らないかもしれないってことさ」

 

「……マジで?」

 

「大真面目さ」

 

 

 状助のさらなる疑問に、覇王は根本的な部分を話した。

つまるところ、数多が優勝できない可能性が出てきた。賞金が手に入らない可能性が出てきた。そういうことだと。

 

 状助はそれを何とか飲み込めたのか、本気でそれを言っているのかともう一度尋ねた。

覇王は今度は苦笑を見せながら、困ったことにと言う感じでそれを言ってのけた。

 

 

「でもよぉ、父親なら賞金持ってっても、理由話して渡して貰えるんじゃねぇのか?」

 

「それがどうも難しいらしくてね」

 

「マジかよ……」

 

 

 ただ、状助は最もな疑問をそこで述べた。

親父が出てきて数多に勝ち目がないなら、まあそれは仕方ないのかもしれない。それでも数多の親父であれば、賞金ぐらいくれるんじゃねーの? と。

 

 覇王はその最もな疑問に、難しい顔を見せながら答えた。

何か知らないけど無理っぽい、その甘い考えは存在しないようだと。

 

 状助はそれを聞いて、ここに来てようやくことの重大さを理解したようだ。

それ、かなりヤバくない? このままじゃ三郎が助からないんじゃねえ? そう思ったのだ。

 

 

「でもまあ、僕らにできることはこちらの大会の優勝と、彼らの勝利を祈ることだけだよ」

 

「そっ、そうだがよぉ……」

 

 

 とは言え、この現状で自分たちが出来ることなどない。

有るとすれば自分たちが片方の大会を優勝することだけ。後は彼らを祈るだけ。その程度しかない。

 

 状助はそう言われながらも、今更になって焦った様子を見せていた。

いても立ってもいられない、このままでは本当にマズイと言う感じだった。

 

 

「こればかりは僕らがどう言おうと、どうしようもないことだ。とりあえず僕らは僕らで優勝を目指そう」

 

「……おう……」

 

 

 しかし、覇王は再びそう言った。

自分たちが彼らに対してできることはないと。無情であるが存在しないと。

だからこそ、自分たちができる事をしっかりやっておくべきだと、はっきりと言葉にした。

 

 状助も何か言いたそうであったが、これ以上何かを言っても意味が無いことを悟り、元気の無い返事を返すだけであった。

そう、覇王が今言ったことは正しいからだ。まずは自分たちができることを行うしかないからだ。

 

 こりゃどうしようもない。

そんな雰囲気が二人を包む中、再び彼らは次の試合に望むのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助らや数多らの不安や心配などをよそに、数多の父、龍一郎は変装しながら街の中を練り歩いていた。その横には当然同じように変装したアーニャがおり、少し疑問に満ちた視線を龍一郎へと送っていた。

 

 

「あのー……」

 

「どうした?」

 

 

 アーニャは小さな声で、龍一郎に声をかけた。

龍一郎はうん? と言う顔で、彼女の顔を見下ろした。

 

 

「その、どうして私たち、コソコソしているんだろうかと……」

 

「ん? ああー」

 

 

 アーニャには疑問があった。何故、どうして、ネギたちにもわからぬよう変装して隠れているのだろうかと。

普通ならそこで再会を喜び、行動を共にするのではないだろうか、と。

 

 が、龍一郎はあえてそうはさせず、未だ変装してごまかしているではないか。

これには一体どういう理由があるのだろうかと、アーニャはそれを尋ねたのである。

 

 しかし、龍一郎はそれを聞いて少し考えた後、とんでもないことを言い出した。

 

 

「そりゃ当然、ノ・リ・だ」

 

「は……はぁ……。……はあ!?」

 

 

 龍一郎はこの一連の行動を、ノリだとニヤリと笑いながら断言したのである。

アーニャは一瞬聞き流しそうになったが、今のその発言を考え、驚きながらもう一度龍一郎の顔を見上げたのである。

 

 

「ノリってどういうこと!?」

 

「まあ待て、ノリであるが理由もちゃんとある」

 

「ノリに理由がある訳!?」

 

 

 アーニャはそれは一体どういうことなんだと、多少なりに怒った様子で怒鳴りだした。

ネギたちの顔は見たものの、今あちらがどうなっているかもわからないし、そう言ったことを話せなかったからである。

 

 そんなアーニャへと、龍一郎は表情を変えずに理由があると言い出した。

アーニャはノリと言うものに理由があるのかと、さらにまくし立てるように問い詰めたのだ。

 

 

「お前さん、自分が強くなったってところを、友人に見せんだろ?」

 

「そうですけど……」

 

 

 すると龍一郎は、ゆっくりとアーニャへ語りかけるように話し出した。

 

 そもそもアーニャが龍一郎と共に大会に出たのには理由があった。

それはネギやカギを見返したかったというものだ。自分が知らぬ間に強くなったネギや、興味がなかったけどやたら強かったカギを見て、彼女は大いに焦ったのだ。

 

 自分の方が年上なのに、あの二人においてかれている。特にカギにかなり差をつけられているのが気に食わない。

そう言う気持ちから、アーニャは強くなりたいと思うようになっていたのである。

 

 そのことを龍一郎はアーニャへと言うと、アーニャは勢いを落として静かになった。

 

 

「だったらよぉ、こう言うのはインパクトが大事だろ?」

 

「そうなんでしょうか……」

 

「そう言うもんだって」

 

 

 ならば、インパクトだ。突然行方不明になった仲間が、強さを得ていた。

これほどの衝撃はないだろう。そう龍一郎は考え、それを実行していると言い出した。

 

 本当にそんなことがあるのか。アーニャは懐疑的な様子で、龍一郎の顔を見た。

だが、龍一郎は謎の自信溢れる顔を見せながら、問題ないと言う感じなことを言ってのけたのである。

 

 

「でも、別にコソコソ隠れている必要もない気がするんですけど……」

 

「そう言うなって。あえて会わずに試合だけ見せるだけで、全然違うもんだぜ?」

 

「はぁ……」

 

 

 とは言われたものの、それでも隠れている意味はないんじゃないかと、アーニャは考えそれを言った。

 

 しかし、龍一郎はそれでもやる価値はあると言い出した。

再会してしまえば話し合ってしまう。何をしてきたがわかってしまう。それでは衝撃が小さくなってしまう。

 

 何も知らず、本当に知り合いの彼女なのか、そう疑わせておいて強さを見せ付けた時にこそ、大きな衝撃となるだろう。龍一郎はそこを考えて、あえてネギたちからも隠れているのであった。

 

 

「とまあ、大会が終わってみりゃわかるだろうぜ? 今はちょいと我慢してくれ」

 

「……わかりました」

 

 

 とまあ、そんな小難しいことなど龍一郎は説明しなかったので、アーニャはやはり首をかしげるだけだった。

 

 龍一郎もこのコソコソの効果は、大会が終わってからじゃないとわからない。終わって見て彼らの驚く様を見れば、溜飲は下がるだろう。

そう言葉にして、今は我慢してくれとアーニャへ言った。

 

 アーニャはそう言われ、とりあえず言うとおりにすることにした。

本当に効果があるかは謎だが、別にネギの元気そうな顔が見れたし、とりあえずはいいかと思ったのである。

 

 

「まあなんだ、次の試合はお前に任せっからよろしく頼むぜ?」

 

「え? はっ、はい!」

 

 

 ただ、龍一郎はそれよりも重要だと思うことを、アーニャに話した。

それは次の戦いでは、アーニャをメインにするということだった。

 

 今までは基本的に、龍一郎がちょいと殴るだけで試合を終わらせてきた。

変装して少年の姿であったが、大体の相手は一撃で倒してきたため、アーニャに出番を与えてやれなかった。

 

 故に、次の試合はそろそろ大会の空気に慣れてきたアーニャに一任すると、龍一郎は言ったのだ。

 

 アーニャも龍一郎に多少指導を受け、それなりに動けるようになった。

とは言え、龍一郎は魔法使いではないので、瞬動などの動作の指導ばかりではあったが。

 

 それでもある程度強くなったアーニャは、ここに来てようなく自分の実力が確かめられることに、大いに喜んだ。

だが、突然話を振られたので、少し驚いた様子であった。

 

 

「心配すんなって。サポートしてやっからよ」

 

「いえ! ネギやカギを見返せるよう頑張ります!」

 

「クックッ、その意気だぜ!」

 

 

 アーニャその態度を見て、不安になっているのだろうかと思った龍一郎は、自分がサポートするから大丈夫だとはっきり豪語した。

 

 が、アーニャは多少不安はあっても、突然そう告げられた驚きの方が大きかった。

なので、表情を一変させ、自信溢れる表情で、友人を見返してみせると宣言して見せた。

 

 そんなアーニャに龍一郎は、これなら心配は不要だなと考え、小さく笑って見せたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もが試合への不安を募らせる中、それ以外のことを考えるものがいた。

カズヤと法である。

 

 

「なあ、そういや直一のヤツどこに消えた?」

 

「直一なら”調べごとがある”と言って姿をくらました」

 

「そうかい」

 

 

 カズヤは気が付けば再び姿を消した直一について、法へと尋ねた。

法はその問いに簡潔に答えた。あの男は調べもののために出かけたと。

それを聞いたカズヤは納得したのか、一言だけそれを言った。

 

 

「大体何を調べるかは予想できている」

 

「ナッシュとか言うクソ野郎のことだろ?」

 

「だろうな」

 

 

 また、法は直一が何を考えているかを、ある程度察していた。

カズヤも同じだったようで、その調べている対象の名を口に出した。

 

 そう、直一が最速で駆け回り調べている相手こそが、あのナッシュと言う男の存在だった。

それを大体理解していた法は、カズヤの言葉に対して肯定の言葉を述べた。

 

 

「あの野郎は次に会ったらぜってぇぶちのめす……!」

 

「そうだな。どんな理由があれ、ヤツの好きにはさせる訳にはいかん……!」

 

 

 すると、カズヤはナッシュへの怒りを思い出したのか、拳を強く握り締め憤りを感じていた。

法も同じように、あの男の行動は絶対に許せないと言う態度を見せ、眉間にしわを寄せていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは新オスティアから多少離れた、浮遊する岩が密集した場所の、一つの大きめの岩の上。

そんな場所で数多が試合のない時間帯にて、妥当龍一郎に燃えながら修行をしていた。

 

 何せ最終的に相手にしなければならないのは、あの大きな壁である父親、龍一郎だ。

何もせず悠長にしていれば、確実に負けるだろう。付け焼刃かもしれないが、とにかく何か修行をしなければと、数多は行動を起こしたのだ。

 

 

「すまねぇな……、お前ら……」

 

 

 だが、彼一人で修行している訳ではなかった。

数多が申し訳なさそうに謝り頭を下げている方向には、複数の少女たちがいた。

 

 

「別に気にしていませんよ」

 

「むしろ、こっちも体を動かせて万々歳ってところだし」

 

「怪我したらうちが治したるから、安心して特訓するんやえー!」

 

 

 それは刹那とアスナ、それに木乃香だった。

数多は一人での修行には限界があると考え、はてどうするかと悩んでいた。

 

 そこで義妹の焔が、親しい友人であり実力者でもある彼女たちに、協力を頼んだのである。

アスナたちは当然のごとく、その申し出を引き受けた。

 

 ただ、数多は最初こそためらった。いくら強くても、義妹の友人。

そんな彼女たちと戦うのは抵抗があった。

 

 しかし、今の状況においてこれ以上は存在しない。

背に腹は変えられぬと考え、数多は彼女たちを交えた修行を行う事にしたのだ。

 

 刹那は頭を下げる数多へと、何も気にすることは無いと少し苦笑して述べていた。

アスナもそんな様子で、逆にこちらも運動ができてよいとさえ言って見せた。

 

 

「いやー……、なんか本当に申し訳ねぇわ……」

 

「兄さん、気にしすぎは相手に失礼だ」

 

「……そうだな……!」

 

 

 それでも数多はすまないという気持ちが大きかった。

なので、再び謝罪を口にした。

 

 そんな数多を見かねた焔は、それ以上は失礼だとたしなめた。

彼女たちは快く引き受けてくれた訳だし、今もよしと言ってくれた。ならば、これ以上そうやっていても、むしろ無礼であろうと。

 

 数多は焔の叱咤を聞き、確かにそうだと思った。

相手が気にしていないと言うのに、何度も謝るのは失礼であったと。

 

 

「わりぃがもう少し付き合ってくれもらうぜ!」

 

「はい!」

 

「その意気じゃないと!」

 

 

 であれば、さらに彼女たちの行為に甘えるべきだろう。

のんびりとしている暇はない。試合は刻一刻と近づいてきている。数多は頭を切り替えて、彼女たちに修行の手伝いを申し出た。

 

 刹那は数多が明るくなったのを見て元気よく返事し、アスナも笑顔でそうじゃないとと言って見せた。

 

 そして、数多の修行は少しずつだが確実に行われていったのだった。

しかし、決戦の日は待ってはくれない。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方ネギと小太郎は街を練り歩きながら、覇王たちの試合について話し合っていた。

 

 

「あっちの試合はどうなるんだろうね……」

 

「わからへんわ……。兄ちゃん次第としか言えへん……」

 

 

 そこで、今悩んでいることは、ずばり数多の方の試合だった。

何せ何かアホみたいに強い数多の父親が、突然試合に登場したのだ。これはどうなるのか、まったくわからなくなってしまったというものだ。

 

 逆に、覇王の方のことはまったくと言っていいほど心配などしていなかった。

何せあの覇王だ。負けるのを考えるほうが無理と言うものだ。

 

 

「おや……?」

 

「あっ、あなたはあの時の……?」

 

 

 だが、そんな時に突如として、ネギたちの目の前に白髪の少年が姿を現した。

それはフェイトだった。また、その後ろにはネギには見知らぬ女性が付き添っているのが見えた。

 

 フェイトはネギたちが目の前に見えたことに、意表を突かれたという様子を見せていた。

ネギたちも同じくそう感じたようで、偶然の出会いに多少の動揺を見せていた。

 

 

「あの時以来だね、ネギ君」

 

「あの時はどうもありがとうございました」

 

「いや、気にしなくていいよ」

 

 

 そこでフェイトはさわやかに、ネギへと語りかけた。

ネギはその言葉で、頭を小さく下げてその時の礼をもう一度述べた。

フェイトはそんなネギへと、気遣いの言葉を言うのだった。

 

 

「お知り合い?」

 

「この前出会ったばかりだよ」

 

「その割には親しそうでしたが……?」

 

 

 この男の子は誰だろう。栞の姉は疑問に思った。

なので、そのことをフェイトへと聞いてみた。

 

 フェイトはその問いに、簡潔に答えた。

いや、別に知り合いと言うほどでもない。この前初めて会ったばかりの人だと。

 

 出会ったばかりと言うことは、初対面と言うことだろうか。それにしては、気さくな感じだ。二人が顔見知りのように見えた栞の姉は、それを小さくこぼしていたのだった。

 

 

「そうだ。偶然とは言えここで会ったのだから、この前の約束を果たすとしよう」

 

「そういえば話をするって言ってましたね」

 

 

 フェイトは偶然にもネギに会ったので、この前話すと言ったことを話そうと考えた。

ネギもフェイトがそんなことを言っていたのと、そのことをしっかり覚えていた様子だった。

 

 

「ここで立ち話も何だし、あそこのカフェで話をするとしよう」

 

 

 とは言え、街のド真ん中で話すのもアレな感じだ。

フェイトはそこで、近くにある喫茶店でそのことを話そうと述べ、誰もがそれに賛成した。

 

 そして、彼らは近くのオープンカフェへと入り、席について話し始めたのである。

 

 

「僕の予想では、ジャック・ラカンから色々と教えてもらったとは思うけど」

 

「はい、20年前のことをだいたい教えてもらいました」

 

 

 フェイトはまず、あのラカンからネギが話を聞いているという前提を話した。

と言うのも、あの場で自分が現れれば、ラカンが勝手にやってくれるとフェイトは考えていた。まあ、あてが外れていれば、自分が全部説明しようと考えてもいたのだが。

 

 ネギもラカンから20年前の戦いについて教えてもらったと、フェイトへ伝えた。

映像でわかりやすく、20年前に何があったのかを大体は見てわかったつもりだった。

 

 

「彼が君に教えたことは、ほぼ間違いないはずだよ」

 

「……やはり、あなたは……」

 

「そう、僕は君の父であり英雄である、サウザンドマスターの宿敵だった男だよ」

 

 

 しかし、フェイトはラカンが全てを話すとも考えていなかった。

重要な部分ははぐらかし、あえて教えなかったはずだと考えてもいたのだ。故に、()()と言葉につけた。

 

 それを聞いたネギは、ラカンが言ったとおり目の前の白髪の少年が、20年前に自分の父親と戦った相手だと完全に理解した。

 

 フェイトはネギの表情を見て、ネギが知っているとおり、敵だったのは間違いないとはっきり宣言したのだ。

 

 

「……微動だにしないんだね」

 

「ええ……。だって、それは過去の話だとも聞いていますし、今もあなたは過去形で話していました」

 

「なるほど……」

 

 

 だが、ネギは目の前の少年が父親の敵だったというのに、特に反応がないではないか。

フェイトはてっきり多少警戒するだろうと思っていたが、拍子抜けした様子だった。

また、何故平然とした態度でいられるかを、目の前のネギへと尋ねた。

 

 するとネギは、静かな様子でその理由を淡々と答えた。

敵だった、と言うのだから、今は敵ではないと言うことではないのか。ラカンも目の前の彼も、基本的に過去形だった。つまり、今はもう敵ではないと言うことだと、ネギは思っていたのである。

 

 ふむ、確かに。ネギの言うとおり、全て過去形で話していた。

ならば、恐れることなど無いか。フェイトはそう考えながら、納得した様子を見せていた。

 

 

「まあいい。ならば話をしようか」

 

「はい……、とは言っても何を話すのでしょうか?」

 

 

 とりあえず、それならそれで問題ない。

むしろ、話がスムーズにできるというものだ。では、話をしよう。フェイトはそう切り出した。

 

 ネギもそれに返事をしたが、はて、何を話すのだろうかと疑問に思った。

大体のことはラカンが教えてくれたし、何を話してくれるのだろうかと。

 

 

「ジャック・ラカンが教えたことはほぼ全てだが、全部じゃないはずだ。質問があれば答えよう」

 

「……」

 

 

 フェイトはそれについて、ラカンが全部話している訳ではないだろうと言葉にした。

何か不審に思った点や疑問に思った点、わからなかった点などを聞いてくれと、ネギに話した。

 

 ネギはそこで、さて何を質問しようかと、腕を組んで考えた。

確かに、ラカンの映像だけでは全貌がわかる訳ではないだろう。しかし、何から聞いたらよいか、迷ってしまった。はて、最初に何を自分は知りたいのだろうかと。

 

 

「ではまず、あなたのことを良く知りたいと思います」

 

「僕のことを?」

 

「はい」

 

 

 ネギはそれなら、今一番知りたいことを聞こうと考えた。

その知りたいこととは、ずばりフェイトのことだった。

 

 フェイトは突然自分のことを聞かれ、どうして自分のことを? と疑問に思った。

本当にそんなことでいいのかをフェイトはネギに尋ねれば、ネギはしっかりと肯定の返事を返してきた。

 

 

「どうしてあなたは父さんの敵だったのに、今はこうしているのか。僕たちを助けてくれたのか。その心変わりの理由が知りたいんです」

 

「そういうことか」

 

 

 特にネギが気になったことは、敵だった彼がどういう心境の変化で、敵をやめたのかと言うことだった。

それ以外にも、何をしてきたのか、好物は何かなど、色々聞きたいことがあった。だが、それよりもまずは、それを聞かなくてはならないと、ネギは考え質問した。

 

 フェイトはネギの質問の意図を理解し、納得した様子を見せた。

なるほど、敵だった自分が味方のように振舞っている理由が知りたいと言う訳か。

 

 さて、ならばそれに一番ぴったりはまる言葉はなんだろうか、フェイトはそれを考え始めた。

 

 

「そうだね。それを一言で言い表すなら、多分、愛と呼ばれるもののおかげかな……?」

 

「愛……? ですか……?」

 

 

 そうだな、自分が心変わりをした一番大きな理由、それは愛だろう。

横で座っている愛しく思える女性がいたから、今はこうしていられるのだろう。

 

 フェイトはそれを自信を持ってネギへと告げると、ネギはどうしてそこで愛? と言う顔を見せた。

少年であり恋愛経験がほとんどないネギには、その意味があまりよくわからなかったのである。

 

 

「僕はこちらの彼女に出合って、色々と考えるようになった。その結果が今というだけだよ」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 フェイトは横に座る栞の姉を手で示し、そのことを説明した。

彼女に出会ったから、彼女が傍にいたから、彼女が生きていてくれたから。それが無ければどうなっていただろうか、それをほんの少し考えながら、フェイトはネギへ答えた。

 

 ネギはフェイトの無表情の中にある小さな喜びと、その横で嬉しそうに笑う女性を見て、完全にそれを理解した。

彼にとって傍にいる女性は、とても大切な人なんだと。大切な人がいたから、変わったのだろうと。

 

 まあ、そのネギの横で、んなことあんのか、と疑問を持つ小太郎の姿があったが。

 

 そして、彼らは話し合いを行い、理解を深めていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギとフェイトが席につき、話し合いをし始めた頃。

その近くの建物の物陰で、彼らのことをコソコソと覗き見をする影があった。

 

 

「むむむ……、あれが英雄の息子……」

 

「確かネギさん……でしたね」

 

 

 それは当然と言うべきだろうか、フェイトの従者三人であった。

彼女たちはフェイトのことがやはり気になり、こっそり尾行していたのである。

 

 そんな彼女たちは今、フェイトと対面するネギを品定めするかのように見ていた。

あれが主人であるフェイトの敵であった、英雄ナギの息子か。なるほど、外見は主人に劣るが悪くない、と言う感じだ。

 

 

「どうします? 私たちも出て行きます?」

 

「と言うか、気が付けばまたしても尾行と覗き見を……」

 

 

 そこで、こんなことをせずに出て行こうかと、栞は提案を投げた。

環は自分たちの行動にまったく成長がないことに、嘆きを感じてこぼしていた。

 

 

「おう? お嬢ちゃんたち、ここで何してんだ?」

 

「ニャッ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

「ッ!?」

 

 

 そんな時、突如として背後から男の声が飛んできた。

誰もが突然の声に、ビクッと体を震わせ驚きの声を漏らしたのだ。

 

 

「そんなに驚くこたぁーねーだろ!?」

 

「いきなり声をかけられれば驚くにゃ!」

 

「そうですよ!」

 

 

 彼女たちが後ろを振り向くと、そこには褐色肌で筋肉ムキムキの大男が立っているではないか。

その大男は彼女たちが予想以上に驚いたのを見て、そこまでびっくりされても困るという感じなことを叫んでいた。

 

 とは言うが、突如として不意に後ろから声をかけられれば驚くのも無理は無い。彼女たちはそういい訳をした。

ただ、覗き見していたが故に、不必要に驚いたというのも大きいからである。

 

 

「この男、確かジャック・ラカンでは?」

 

「あっ!」

 

「本当だ……!」

 

「お嬢ちゃんたちにまで覚えられてるとは、有名すぎるな俺様はよ!」

 

 

 と、そこで栞は、目の前の男があの有名なラカンであることに気が付いた。

栞のその言葉に、残りの二人もそういえば、と言う感じでハッとした顔を見せたのだ。

 

 ラカンは目の前の少女たちにすらも名を覚えられていたことに、大そう喜び笑っていた。

いやあ、こんなかわい子ちゃんたちにまで知られているなんて、罪な男だぜ、と。

 

 

「で? 何を覗き見してたんだ? 俺にも見せてみろよ!」

 

「別に何も!?」

 

 

 さらにラカンは彼女たちがコソコソしていたのを見て、何か覗き見でもしてのだろうと推測していた。

なので、一体何を見ていたのだろうかと気になったのである。

 

 ラカンは彼女たちに対して、ニヤニヤしながら見ていたものを見せてくれと言い出した。

 

 栞はそれに大きく反応し、特にそんなことはしていないと慌てながらに言葉にした。

 

 

「ほーほー、あれか! なるほどなぁー!」

 

「て言うか、すでに見てる!」

 

「何勝手に悟ってるんですか!?」

 

 

 しかし、すでに時遅し。ラカンは言ったそばから、覗き見しているではないか。

また、その光景を見たラカンは、全てを悟ったらしく、彼女たちが何を見ていたのかよくわかったと言ったのである。

 

 彼女たちはたまったものではなかった。

環はラカンのすばやい動きに驚きながら、それ以上に自分たちが覗いていたものがバレたことに焦った。

栞もラカンが全部わかったという様子なのを見て、何で全部わかったのかとつっこみを入れていた。

 

 

「つーかよ、別にコソコソする必要ねーじゃん? 行こうぜ!」

 

「ちょ!? ちょっと待つにゃ!?」

 

「私たちまで!?」

 

「逃げれない……」

 

 

 全部理解したラカンは、何で彼女たちが覗き見なんてしているのだろうかと考えた。

多分予想だと彼女たちはあのフェイトの仲間か従者であるだろう。

 

 ならば、こんなところで隠れている必要ないじゃん、と思ったラカンは、無理やり日の当たる表へと彼女たちを引きずり出したのである。

 

 しかし、尾行や覗き見などをしていた彼女たちはいたたまれない心情だった。

故にこの場にとどまりたい一心で、ラカンの拘束を解こうとあがいた。が、彼女たちは必死に抵抗するもむなしく、ラカンに捕まれそのまま連れ出されてしまったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギとフェイトが語り合うテーブル。

両者とも、ある程度お互いの事を理解できたという感じだった。

 

 

「よぉー、元気しってっかー?」

 

「ラカンさん!?」

 

「ジャック・ラカンか、何故ここに?」

 

 

 そこへラカンが爽快に現れ、さっぱりとした挨拶を二人へと飛ばした。

ネギはいきなり現れたラカンに驚き、フェイトもこの場にラカンが登場したことに疑問を持った。

 

 

「こいつらが近くで覗いて……」

 

「ニャーッ!!!!??」

 

「わー!! わー!!」

 

 

 そんな二人の疑問にラカンがそっと答えようとした時、ラカンの後ろでコソコソしていた栞たちが必死で叫びそれを妨害しようとした。

 

 何せ彼女たちは尾行と覗きをしていたのだ。バレたらまずいのは当たり前である。

故に、必死でラカンよりも大きな声で叫び、ラカンがそれ以上言わないように促したのだ。

 

 

「君たちは何をそんなに騒いでいるんだい?」

 

「なっ、なんでもありません!」

 

「そっ、そうです! 何でもないです!」

 

「なんでもないデス……」

 

「まあいいけど……」

 

 

 目の前で騒ぎ出した自分の従者を見たフェイトは、一体何がどうしたのかと思ったようだ。

なので、それを彼女たちに聞いてみると、慌てながらになんでもないと言うだけだった。

 

 フェイトはとりあえず気にしないことにした。

別に何かあった訳でもなさそうだし、問題ないだろうと。

 

 

「しっかし、おめぇが()()()()ってのも、妙な気分だな」

 

「……確かに、そう思うかもしれないね」

 

「そうか、ラカンさんは昔、彼らと戦ったことがあったから……」

 

 

 そんな様子を見ていたラカンは、何か変な感じだと言い出した。

あの敵だったアーウェルンクスが、敵対せずに目の前でのうのうとしている。

 

 自分も特に敵対することなく、目の前のフェイトに対して自然体でいる。

何と言う奇妙なんだろうかと、フェイトを目の前にしてラカンはそう思った。

 

 フェイトはそのあたり、さほど何かを感じている様子はなかった。

ただ、ラカンがそう言うのも無理は無いとは思っていた。かれこれ何度も戦った敵同士。こうして互いに拳を交えず向かい合っていることに、違和感を覚えても不思議ではないと。

 

 その話を聞いていたネギも、その理由を察していた。

 

 

「と言っても、()()()()彼と戦ったことはないよ」

 

「そういや、確かにおめぇと戦りあったことはねぇなあ」

 

 

 ただ、フェイトはネギの言葉に、今の姿でラカンと戦ったことは一度としてないと述べた。

確かに昔、20年前での姿であれば、幾度と無く衝突した。

 

 しかし、それも過去の話。フェイトと名乗るこの今の状態で、ラカンとは戦ったことがないのである。

 

 ラカンもそれを聞いて思い出しながら、そういえばそうだったと口に出した。

 

 

「まっ、よろしく頼むぜ?」

 

「頼まれるようなことは無いはずだけど、あなたがそう言うのであれば」

 

 

 まあ、そんなことなんてどうでもいいだろう。

ラカンはそう言う感じで、フェイトへその言葉を投げかけた。

 

 何と言うことだろうか。敵であった男から、頼むなどと言う言葉が出てこようとは。

フェイトは表情を変えることは無かったが、内心少し驚いていた。また、彼がそう言うのならば、そうせざるを得ないだろうと、ラカンの言葉に頷いて見せたのだった。

 

 


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