理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

146 / 179
百四十六話 突然

 作戦を失敗し、帰還を果たそうとするアーチャー一味。

彼らは見つからぬよう無数に岩が浮かぶ無人地帯、その一角にある大きな岩場にて集合を行っていた。別で動いていたブラボー、陽も合流し、これからの作戦を考えるようだった。

 

 ただ、そこには角の生えた魔族バーンの転生者と、転生者ディオの姿はなかった。

どうやらあの男二人は、彼らとはまったくなじんでいないようだ。そもそも二人はここに集まっている連中とつるむ気も協力する気もないのだ。

 

 それ以外にも作戦に参加し、無事だったものたちも、各々の判断で帰還していった。

 

 

「作戦は失敗した」

 

「……やはりか」

 

 

 深い霧が立ち込める岩場に、数人の男性が集まっていた。

アーチャーは口を開くと、今回の作戦が失敗したことを告げた。

 

 それを聞いたブラボーと名乗る男は、だろうなと言う様子で静かに言葉に出した。

元々この作戦が成功するなど、微塵にも思っていなかったからだ。

 

 

「はっ! んなこったろーって思ったぜ!!」

 

「お前が言うな」

 

「あ? 何だとぉ?」

 

 

 ブラボーと共に別働していた陽も、生意気な感じでそれを言った。

そう、このアーチャーが考えた”原作知識に基づいた作戦”なんぞ、成功するはずがないと、誰もが思っていたのである。

 

 しかし、それを馬鹿にしたかのように言い放ったのは陽だったが為か、ブラボーなる男はそれを嗜めた。

そんなブラボーに対して、敵意をむき出しにしながら、陽はにらみつけたのだった。

 

 

「ハッ、所詮雑種の作戦。失敗して当然よなぁ」

 

「ふん、好きに言っておけ」

 

 

 黄金の鎧を纏う転生者も、アーチャーの失敗した作戦を鼻で笑った。

いやはや、とんだ茶番だった。くだらないどころか道化でしかなかったと。

 

 アーチャーは黄金の転生者の皮肉なんぞ流しながら、勝手に言ってろと言い放つだけだった。

 

 とは言え、アーチャー本人もそう思っていた。

失敗する前提で動いていたに等しいだろう。それでもその作戦を実行したのは、今後の為でもあったのである。

 

 

「随分と派手にやられたな」

 

「……ぬかった、としか言えぬな……」

 

 

 だが、そこへ一人、遅れてやってきたものがいた。

それを見たアーチャーは、一瞬驚きながらも冷静さを保ち、それを述べた。

 

 そして、悔やむ様子で語る男こそ、全身やけどなどのダメージを負った竜の騎士であった。

 

 

「おっ、おっさんがそんなにダメージ受けるなんて馬鹿な……」

 

「一体何を食らえばそれほどの傷を……」

 

 

 陽は竜の騎士のダメージが尋常ではないことを察し、かなり戦慄した様子を見せていた。

また、陽と同じくブラボーなる男も、竜の騎士の状態を見て驚愕していた。

 

 何せ竜の騎士は竜闘気(ドラゴニックオーラ)で守られている。その気の防御はいかなる攻撃をも跳ね除けるほどだ。

それを突破し、竜の騎士にこれほどのダメージを与えた攻撃とは、一体どんなものだったのかと、驚いたのである。

 

 

「”鬼火だ”……。覇王と呼ばれたものが放った……」

 

「クソ兄貴のだと!?」

 

「生半端な攻撃ではないと思ったいたが、竜の騎士程がここまで大きなダメージを受けるとは……」

 

 

 竜の騎士はブラボーなる男の問いに、静かに答えた。

覇王が放った最大の攻撃、炎の塊、鬼火を受けたが故に、これほどの手傷を負ったと。

 

 陽は覇王の名前が出たとたん、機嫌を損ねて言葉を荒げた。

ブラボーなる男も、竜の騎士の惨状を見て、鬼火のすさまじさを察していた。

 

 

「そんなことはどうでもよい。さっさと次に移らんのか雑種」

 

「言われなくとも、やるさ」

 

 

 しかし、黄金の鎧の男は、竜の騎士の傷など関係ないと言う態度を見せた。

それよりも、次の作戦とやらに移行しないのかと、アーチャーへと文句を言う始末だった。

 

 アーチャーもそれに多少の怒りを感じながらも、次の行動へすぐに移るとはっきり言った。

また、それを言いながら竜の騎士へと、傷を癒す薬を手渡していた。

 

 

「……なあ、一つ聞きてぇんだが」

 

「何だ?」

 

 

 だが、そこへ陽がアーチャーへと、何か質問をしたそうに声をかけてきた。

アーチャーは不機嫌そうな表情で、陽にそれを尋ね返した。

 

 

「”アーニャ”はいないのか?」

 

「……見ていないな……、そういえば……」

 

 

 陽が聞きたかったこと、それはアーニャの存在だった。

”原作”だとアーニャは、この時点で完全なる世界に捕まっている。だと言うのに、この場にアーニャの姿がない。それに疑問を持った陽は、アーチャーがアーニャを捕まえたか知りたかったのだ。

 

 アーチャーはそれに対して、知らないと述べた。

と言うか、彼らはアーニャが今どこにいるか知らない上に、捕まえてもいなかったのだ。

 

 

「はー!? 何やってんだコイツ! 人質すらも取ってこれねぇのかよ! クソだな!!!」

 

「そう言うな。すでに”原作”とは違う。彼女が見つからなくてもおかしくはない」

 

「だけどよぉー!!!」

 

 

 すると陽は腹が立った様子で罵倒を浴びせ始めたのだ。

何と言う言い草だろうか。自分で探す気すらないくせに、この始末だ。

 

 そこへブラボーなる男が、アーチャーへの庇護に回った。

ここはもう原作とは違う。だから見つからないのも仕方がないと。

 

 とは言え、陽も引き下がろうとはしない。

アーニャを捕まえていないことに、さらに文句を吐き出そうとしていた。

 

 

「そこの道化は少女を捕まえ、やましいことしようとを考えているんだろう? わかるぞ、(オレ)にもわかるぞ」

 

「うっ、うるせぇよ! わりぃってのかよ!?」

 

 

 黄金の鎧の男が、そんな時に突然口を開いた。

陽が言いたいことはわかると。その思考はよく理解できると。

 

 陽はその男へと、それが何がいけないと叫んだ。

いや、当然悪い、普通に悪い。明らかに悪いことなのだが。

 

 

「いや、悪くはない。むしろ、(オレ)の望むところよ」

 

「なんだ、アンタもオレ側の人間か」

 

 

 しかし、なんということか。黄金の鎧の男は、それを良しとした。よいと言った。

むしろ、自分もそういうことをしてみたいとまで言ってのけたのだ。

クズ、ここにきわまりであった。

 

 それを聞いた陽は男への威嚇をとき、この男もまた、自分と同じなのだろうと思ったのだ。

 

 

「ハッ! 貴様と一緒にするな、道化。(オレ)は貴様ほど愚かではない」

 

「なんだとテメェ!!!」

 

 

 だが、陽のその物言いに、黄金の鎧の男はせせら笑って違うと言った。

陽などと言うカスと高貴なる自分は別であると。あくまで考えが似ているだけで、別のものだと。と言うが、外から見れば同じようなものだ。同じ穴の狢である。

 

 陽は明らかに自分を小馬鹿にしている様子の男へと、再び怒りをぶつけるように叫んだ。

何が違うというのか。ほざくのもいい加減にしろ。そんな様子だった。

 

 

「やれやれ、こんな状態で次の作戦がうまくいくとも思えんがな……」

 

「同感だ」

 

 

 なんかすでに仲間割れが始まっているこの状況に、アーチャーは頭を悩ませていた。

これでは次の作戦とやらも、うまくいくはずがないと。

 

 ブラボーなる男も呆れた様子を見せながら、アーチャーに同情していた。

また、竜の騎士は傷を癒し終えると、すでにこの場にいなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アルスは仲間たちとの会談の次の日、再びエヴァンジェリンと共に彼女の別荘へと足を踏み入れた。

エヴァンジェリンはラカンが見せた映像を思い出しながら、一人で何やら考え事をしている様子だった。

 

 そして、アルスはエヴァンジェリンの従者にされた転生者の少女へと、声をかけていた。

 

 その少女はやはりミニスカメイドの格好をしており、その手にはモップが握られていた。

また、アルスの顔をみるやいなや、げんなりした表情を覗かせていたのだった。

 

 

「よぉ、元気してっか?」

 

「どこをどう見れば元気に見える訳? 目が腐ってるんじゃない?」

 

 

 アルスは軽快な様子で、少女……トリスとようやく名乗った転生者へと挨拶をした。

しかしながら、トリスは皮肉を言いながら、罵倒を飛ばす有様だった。

 

 

「そう言いなさんなって」

 

「ふん……。で、何か用なの?」

 

 

 トリスの物言いにアルスは苦笑しながら、ふて腐れるなと言葉にした。

そんなアルスへとトリスは、用があるなら早く言って、と言う様子で語りかけた。

 

 

「いや、何。ちょいと聞きたいことがあってな」

 

「何? 情報を引き出そうとしても無駄だって、最初に言ったはずだけど?」

 

 

 アルスが少女に会いに来たのは、単に質問したいことあがったからだ。

が、少女はそれを情報収集と思ったのか、無駄の一言で片付けた。

 

 

「そっちじゃねぇさ。個人的な質問よ」

 

「はぁ? まぁ、聞くのはいいけど答えたくないことは言わないわよ?」

 

「別にプライベートなことでもねぇから安心しな」

 

 

 しかし、アルスは情報を引き出そうという気はまったくなかった。

ただただ、自分が気になったことを聞きたいだけだった。

 

 トリスはそう言うアルスに、どういうことなんだろうかと思った。

思ったが、さほど気にしなかった。それよりも、アルスの質問に対して、変なものであれば答えないとはっきり言った。

 

 アルスも変な質問をする気もないとはっきり述べた。

別にスリーサイズが知りたい訳でもないし、年齢や下着の色なんかどうでもよいからだ。いや、普通に考えればそんなことを尋ねるのは失礼で、変態だが。

 

 

「お前さんの特典、デメリットはどうなってんのかなって思ってなぁ。特に腕の感覚とかさ?」

 

「ああ、そう言うこと」

 

 

 アルスが気になったこと、それは少女が持つ特典についてだ。

トリスの特典は”Fate/EXTRA CCCに登場するメルトリリスの能力”である。メルトリリスは基本的に腕の感覚がない。つまり、そう言ったデメリットも能力として付加されているのか、と言うものだった。

 

 トリスはアルスが聞きたいことを理解し、合点がいったという様子を見せた。

なるほど、そう言うことか。自分の”特典”について聞きたかったのかと。

 

 

「別に感覚がないとかそう言う訳じゃないわ」

 

「は? デメリット消してもらった系?」

 

 

 トリスはアルスの質問に、両手をヒラヒラさせたり拳を握ったり開いたりしながら素直に答えた。

この程度のことならば、教えてもかまわないと思ったからだ。また、このトリスは本来あるはずのデメリットがなかったようだ。

 

 それを聞いたアルスは、デメリットがないことをいぶかしんだ。

いやはや、確かにデメリットを消す転生者もいるかもしれない。そのくちなんだろうと。

 

 

「頼んでないわよ! 自己改造とかして何とかしようって考えてたけど」

 

「なるほど」

 

 

 しかし、トリスはそんなことを”転生神”に頼んではいなかった。

確かにデメリットは理解していたが、それをどうにかしようとも考えていたのである。

 

 アルスもそれを聞いて、そういうことかと納得したようであった。

 

 

「でも、あまり特典が機能してないせいか、”人間”だからか知らないけれど、デメリットはほとんど出てないわ」

 

「人間?」

 

 

 トリスは何故デメリットがあまり出てこないのかを、自分なりに考えていたようだ。

そのことをアルスへと説明すると、アルスは”人間”という言葉に疑問を持って首をひねった。

 

 

「私は人間よ! 人間として生まれて5歳の時に特典が発現したんだから」

 

「あっ、そうか。つい、そう言う存在(アルターエゴ)だと思ってた」

 

 

 そんな態度のアルスへと、トリスは胸に手を当てながら、自分は”人間”であることを強く主張した。

自分は最初から人間で今も人間であると。”転生神”が言ったように5歳の時に特典を使えるようになったと。

 

 アルスはそのあたりを失念していたようで、トリスに言われてようやく気が付いた。

また、トリスの特典を考え”人間”ではないものだと勝手に思っていたのであった。

 

 

「人間よ! 足の武器だって取り外せるし!」

 

「そういやなくなってるな」

 

 

 そんなことを言うアルスへと、トリスは足を前に突き出してはっきりと説明した。

そう、足の具足も取り外すことが可能だと主張したのだ。

 

 が、短いスカートから伸びた細くすらっとした右足は、なんともいえないエロスに満ち溢れていた。

しかし、アルスはそんなことなどまったく気にしておらず、本当だ消せるんだそれ、程度の感想を淡々と述べるだけであった。

 

 

「と言うか、英霊の力貰ったヤツらだって、種族・英霊になってないでしょ!?」

 

「言われて見ればそうである」

 

 

 トリスはそれならと、わかりやすい例えを出した。

そうだ、英霊としての力を貰った転生者も、基本的に英霊と言うものではなく、あくまで人間として生まれ出るのだ。

 

 とは言え、魔族や竜の騎士は”そう言う存在”として生まれるようだ。

そこらへんは何らかの差があるようだが、とにかく英霊の力を貰った転生者は”人間”として生まれるということだった。

 

 

「とりあえず、腕の麻痺とかはなくって、不器用でもないわ」

 

「そうかそうか」

 

 

 まあ、そう言うことだから、と言う様子で、トリスは要点を言い終えた。

アルスも説明を聞いて、腕を組んで頭を縦に振りながらしっかり納得していた。

 

 

「聞きたいことってそれだけ?」

 

「おう、すまんかったな」

 

「別にいいけど。あなたも暇なのねぇ」

 

「今んとこはな……」

 

 

 また、トリスは小さくため息をつきながらも、アルスへとまだ質問があるかを尋ねた。

しかし、アルスが聞きたかったことはそれだけだったので、無いと言いながら時間を使わせたことに謝礼をしていた。

 

 トリスは、後頭部に手を乗せながら頭を小さく下げるアルスを見て、質問程度なら気にしていないと述べた。

ただ、そこでさらに皮肉のような言葉もアルスへと吐き捨てたのであった。

 

 アルスはそれに対して、多少なりに深刻な表情を浮かべていた。

言われたとおり、”今”はまだ何もない。敵が動いてないからだ。

 

 多分彼女は”彼ら”がいつ動くのかさえ知らされていないのだろう。

故に、知らないからこそ、今のような皮肉が言えるのだろうと、アルスは思った。

 

 さらに、敵が攻撃を仕掛けてくるタイミングはわからないが、どの道これから忙しくて面倒になる。

本当に面倒臭くてしょうがないが、それは避けられないことであるとも、アルスは考えていたのだ。だからこそ、アルスは先々のことを考え、表情を渋くしていたのだ。

 

 

「そうねぇ。なら、今度は私があなたに質問するわ」

 

「先に質問したのは俺だからな。できる限りは応えよう」

 

「そう、じゃあまずは……」

 

 

 そんなアルスの表情を見ていなかったのか、トリスは自分が今度はアルスへと質問する番だと言い出した。

アルスはハッとして彼女の方を向き、自分がしたことなので彼女にもその権利はあると答えた。トリスはアルスがOKを出したのを聞いて、少しずつ聞きたいことを話し始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 新オスティアへ戻ってきたのはアルスだけではない。

あの舟上での上映と回避の後、茶々丸・和美、そしてマタムネも新オスティアへと戻ってきていた。

 

 

「む……」

 

「どうしたの?」

 

 

 街を散策している中、茶々丸が突如として反応した。

和美は一体何がどうしたのかを、茶々丸へと尋ねたのだ。

 

 

「いえ、微弱ながらバッジの反応があった気がしましたが……」

 

「バッジってことは、つまり……」

 

「あの少女でしょうな」

 

 

 すると、茶々丸は静かにそれに答えた。

その内容は”エヴァンジェリンから配られたバッジ”が近くで反応したというものだった。和美はそれを聞いて、最後に残ったバッジの持ち主、つまりアーニャの反応と言うことだと気が付いた。

同じくマタムネもその事実に気づいた様子だった。

 

 

「ただ、反応が小さすぎて、位置が特定できません」

 

「どゆこと?」

 

 

 とは言ったものの、完全な位置の把握はできていないと茶々丸は申し訳なさそうに述べた。

いや、本人の表情は冷淡そのものであるが、雰囲気がそんな感じであった。

 

 和美はそれに対して、どうして特定できないのかを、不思議そうな顔で質問した。

 

 

「色んな要因が重なったりすると、反応が微弱になるものですから……」

 

「なるほどー」

 

 

 茶々丸はその問いに、率直に答えた。

何かしらの妨害や壁が厚い建造物、生物の体内であれば、その反応は弱くなるからだ。故に、この反応の弱さ自体が何で起こっているのかは、今すぐにはわからないとしたのである。

 

 和美はその答えを聞いて、とりあえず納得した様子だった。

 

 

「しかし、この新オスティアに反応があることは間違いありません」

 

「つまり、アーニャちゃんはすでに近くにいるってことね!」

 

 

 だが、この近くに反応があったと言う事は、この街のどこかにいるということだ。

和美と茶々丸はその事実に気が付き、喜んだ様子であった。

 

 

「この人の量ですから、合流に手間取っているのかもしれませんね」

 

「この人だかりでは、我々を見つけるのも困難と言えましょうな……」

 

「闘技場に行っても警備が厳重だし、色々と面倒なことも多いもんねぇ……」

 

 

 新オスティアは祭りの真っ只中。この人ごみでは中々自分たちを探せていないのだろうと、茶々丸は言葉にした。

何せアーニャはまだ子供。背丈が小さいので、人が多いこの街で自分たちを探すのに困難しているのだろうと考えたのだ。

 

 マタムネも同じ考えだったようで、同感だという様子で物語っていた。

また、和美も自分たちがいる闘技場でさえも、色々と面倒ごとが多いので近づきにくいのかもしれないと考えたようだ。

 

 

「とりあえず、探すしかないね」

 

「はい」

 

「ですね」

 

 

 しかし、この街にいるという事実がわかったのだ。向こうが見つけられないのならば自分たちで見つければよい。

三人はそう考えながら、街を歩いていた。

 

 そんな三人の横を、小柄と大柄のフードをかぶった二人の人影が通り過ぎて行ったのを、彼女たちは気がつかなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナも他と同じように、すでに新オスティアへと戻ってきていた。

そこでアスナは戻ってすぐさま、あやかの下へと訪れていた。

 

 

「いいんちょ、ちょっといい?」

 

「大丈夫ですけど、どうしました?」

 

 

 アスナはひょっこりとあやかの前に現れ呼びかけた。

あやかは突然のアスナの訪問に、一体どうしたのだろうかと言葉にしていた。

 

 

「んー、ちょっと話をしようと思って……」

 

「……そうですか。では、少し歩きましょうか」

 

 

 そう話しかけたアスナであったが、そこで頬を指でポリポリとかき、ほんの少し照れくさそうな様子でそれを述べた。

そんなアスナの態度を見たあやかは、ふっと小さく笑い、話すなら歩こうと提案したのだ。

 

 

「しかし、急にどうしましたの?」

 

「……この前、黙ってたことを話そうかなって……」

 

「あの時の……」

 

 

 とは言え、突然話とは一体どういうことなんだろうかと、歩きながらあやかはアスナへ聞いた。

 

 アスナはそれを、少し話しづらそうにしながらも、説明した。

それは自分の正体に関わる根源的なもののことであった。

 

 アスナは自分がこの世界の出身であり、この国の姫であることはあやかに話した。

しかしながら、自分が100年ほど生きていたことなどは、あえて伏せていたのだ。

 

 あやかはそれをアスナが告白するという約束をしていたことを、ふと思い出したのであった。

 

 

「どういう風の吹き回しで?」

 

「んー、魔法(こっち)に関わる子たちには説明したから、せめていいんちょにもって考えてね」

 

「別に気にしなくてもよいと言うのに……」

 

 

 だが、何故アスナが突然そんなことを言い出したのだろうか。

あやかはそこが気になったので、それを尋ねてみた。

 

 その理由とは、先ほど自分がどういう存在なのかを、魔法を知っている仲間に話したから、というものだった。

アスナはそれを、やはり少し照れくさそうにあやかへ話したのだ。

 

 あやかはなんと律儀なものかと思いながらも、そこまで気にすることではないと口にした。

 

 

「そう言う訳にはいかないわ。約束したもの」

 

「確かにそうですわね」

 

 

 とは言え、アスナがそれでは不満だった。

あやかとは長い付き合いであるし、自分のことも最初に話した。故に、別の仲間に話したならば、せめてそのことを話すと約束したあやかにも教えておきたいと思ったのだ。

 

 あやかはアスナの言うことに、まあ一理あるとも思った。

約束したのは事実であるし、アスナがそう自分から言ったことでもあるからだ。

 

 

「それで、この前のことはどんなことですの?」

 

「それはね……」

 

 

 ならば、アスナが自分に教えたいこととは一体なんだろうか、それをあやかは尋ねた。

アスナはそれを聞くと、ゆっくりと口を開き、その隠していた事実を語りだした。

 

 自分は100年も生きているということを。

魔法無効化と言う不思議な力を利用されてきたことを。今回の事件にも少なからずかかわりがあるだろうということを。

そして、ネギの父親のナギやその友人たるラカンとも知り合いであることを。

 

 アスナがそれを静かに語らうのを、あやかは何も言わずに聞いていた。

それが嘘ではないだろうと言う事を考えながら。身近にいた彼女が、そんな遠い存在であったことに、小さく驚きながらも表情に出さなかった。

 

 

「……そういうことがあったんですのね……」

 

「……驚いたり疑ったりしないのね」

 

「あなたは最初から驚くべき人物でしたから、この程度では驚きはしませんわ」

 

 

 あやかはアスナの話を聞き終えると、やっと全部話してくれたのだと理解した。

また、あまり驚いた様子を見せず、暖かみのある目で友人を眺めていた。

 

 と言うのも、アスナの説明にあやかはついてこれてはいなかった。

いきなり100年間も幽閉されていたとか言われても、一般人の感性では理解し得ない状況だからだ。ただ、一つだけわかったことは、今のアスナはそんなことなど一つも気にしていないということだった。

 

 また、アスナが全てを話してくれたことに、あやかは嬉しく思っていた。

この街に入る前に話してくれた時のように、とても嬉しかったのだ。だからこそ、驚き以上に喜びの方が勝っていたので、あまり驚くこともなかったのである。

 

 

 そんな淡白なあやかの態度に、アスナはもう少し驚くばかりかと思ったと口にした。

先ほど話した仲間たちは、大小あるが思い思いに驚き、気遣ってくれたからだ。

 

 だと言うのに、目の前の友人はまるで反応が薄かった。

むしろ、色々なことをいっぺんに言い過ぎて、頭が混乱しているのではないかとさえ思えた。

 

 あやかはそう言うアスナへと、最初からそんなものだったとからかうように言い出した。

この世界に来たときからすでに驚き飽きている。もはやこの程度のことで、いちいち驚くことはない、と言う感じだった。

 

 

「むっ、それ……どういう意味よ……」

 

「さぁ? どういう意味でしょうねー」

 

「ちょっとー! 待ちなさいよー!」

 

 

 しかし、アスナは今のあやかの台詞を聞いて、小馬鹿にされたと考えた。

そのため、少しむすっとした様子で、その意味を尋ねたのである。

 

 そんなアスナへと、さらにからかうようにあやかは今の問いをはぐらかした。

そして、笑いながら逃げるように走り出したのだ。

 

 アスナはあやかにちゃんと説明するように叫びながら、走り出したあやかを追うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、ここは闘技場。

あれから覇王と状助は、快調なペースで拳闘大会を勝ち進んでいた。その勢いは止まることがなく、誰の目から見ても優勝間違いなしであった。

 

 

「ぬぅぅ! まさかこんなヤツが出てくるなど!!」

 

「負けてられっかよぉ!!」

 

 

 今も覇王たちは決闘の真っ只中だった。

対戦相手はまたしても転生者だったようで、覇王の姿を見て戦慄した。まさかチートオブチートが目の前に現れるなどと、思っても見ていなかったようだった。

 

 

「食らえ!!」

 

「遅いよ」

 

「なっ!?」

 

 

 もはや相手はやけくそになったのか、勢いよく覇王へと近づき、その太い右腕を伸ばした。

 

 だが、覇王にその拳は届かず、気が付けば真横に移動されて避けられていた。

相手は驚きながら、覇王の声が聞こえた方向へと首を向けたのだ。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

 

「がああぁぁッッ!!!!???」

 

 

 しかし、その瞬間に、相手はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕に叩き潰され、そのまま燃やされてしまったのだ。

相手はただただ押しつぶされ、焼かれる熱に苦しみもがき、叫び声をあげるだけしかできなくなっていた。

 

 

「相棒!! ぐおわ!?」

 

「余所見たぁ余裕っスねぇ……! ドラァァ!!」

 

「うぐげぇ!!」

 

 

 対戦相手の片方が、仲間の危機を察して動こうとするも、時すでに遅し。

すでに状助がその懐へと忍び込み、拳を突き立てていたのだ。

 

 さらに、状助はニヤリと笑いながら皮肉をこぼし、スタンドで力いっぱい殴りつけた。

それは敵の顔面に直撃し、そのまま遠くへと吹き飛ばしたのである。

 

 

「圧勝!! 覇王・ノリスケコンビ、圧勝!!!」

 

 

 それによって覇王と状助の勝利が決定した。ちなみに状助は偽名としてヒガシガタ・ノリスケを名乗っているので、ノリスケとして扱われている。

司会は高らかに彼らの勝利を宣言し、二人へと喝采を送るよう観客たちに語らった。

 

 

「ふぅ……」

 

「圧勝っつーけどよぉ。俺はかなりギリギリっつーかよぉ……」

 

 

 覇王は勝利宣言を聞いて、小さくため息をついていた。

状助は圧勝と聞いて、自分は限界ギリギリでの戦いだったとこぼしたのだった。

 

 

「おー、流石はおやなー」

 

「東さんも随分強くなりましたね」

 

 

 観戦していた木乃香や刹那は、二人の活躍を賞賛していた。

覇王は言わずともだが、状助もそこそこ戦えるようになってきたと。

 

 

「でも、状助はやっぱ状助よ」

 

「アスナは状助に厳しいんやねー」

 

 

 だが、アスナは不満な様子で状助は変わっていないと言葉にした。

木乃香はそんなアスナに、苦笑しながら厳しいことを言うと述べていた。

 

 

「無理をして、……あの時みたいになってほしくないだけよ……」

 

「あの時……ですか……」

 

 

 しかし、別にアスナも理由もなく辛辣な言葉を言っている訳ではない。

状助があのゲートの時のように無理をして、危険な状況になって欲しくないと思っているからこその発言であった。

 

 刹那もあの時のことを思い出し、その心配はわかるという様子を見せたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 戦いが終わった後、状助と覇王は闘技場のテラスで風にあたりつつ、今の現状を語り合っていた。

 

 

「覇王のおかげで楽勝っスねぇー」

 

「状助だって随分強くなったじゃないか」

 

「そりゃ何度か戦ってるからよぉ……」

 

 

 状助は覇王が強いおかげで、どんどん勝利を重ねていることに感謝していた。

いやはや、覇王がちょいと戦うだけで快進撃が続くのだ。状助はそれに対して楽だと思っていたのである。

 

 だが、状助とて覇王におんぶだっこされている訳ではない。

徐々に気の使い方がうまくなってきており、瞬動もそこそこ上達してきた。そのことを覇王は、にこやかな表情で述べたのだ。

 

 すると状助は、自信なさげに当然と述べた。

ある程度この闘技場で戦ってきた。練習もしてきた。これだけやって上達しないなんてことはないと、小さく言葉にしたのである。

 

 

「しっかし、このまま何もなけりゃいいんだけどなぁ」

 

「そんなに何を心配してるんだい?」

 

 

 しかし、状助にはそれでも不安があるようで、何かぼやき始めたのだ。

覇王は一体何があると言うのか、という様子でその疑問を尋ねたのである。

 

 

「いやぁ……、もしかしたらラカンと戦うことになるかもしれねぇって思ってよぉ……」

 

「何でそんなことを?」

 

 

 状助は覇王の問いに、腕を組んで難しそうな顔で答えた。

それはラカンと戦うことになるだろうという、漠然とした不安と危機感であった。

 

 覇王はそれを聞いて、何故? としか思えなかった。

なので首をかしげながら、再び状助に質問するのだった。

 

 

「だってよぉ、テンプレじゃあねぇか」

 

「?……ああ、そういうことか」

 

 

 それに対して状助は、テンプレだからだと返した。

大抵の転生者はラカンと試合を行うというのを、状助は当然だと思っていたからだ。

 

 一瞬覇王はその答えに疑問を持ったが、すぐに氷解したようだった。

なるほど、テンプレと言うならば、状助は”原作”などを考えてそのような不安を感じているのだろうと。

 

 

「だけど、僕らは彼と戦う理由もないし、彼にもさしたる利益もないと思うけど?」

 

「いや、まぁそうだけどよぉ……」

 

 

 とは言うが、自分たちもラカンと戦う理由はないし、ラカンもこちらと戦う理由もない。

戦ったところで何か大きな利益がある訳でもない。覇王はそれを状助に語りかけように話した。

 

 

「ああ? 誰と誰がバトるって?」

 

「おばっ……!! いつの間に!?」

 

 

 だが、そこへラカン本人が、状助の後ろから現れた。

状助は焦るように驚きながら、ラカンの方へと体を向けた。

 

 

「別に深い意味はないんっスよー!」

 

「彼はいつもこんな感じなんだ」

 

「ほおー? そうかい?」

 

 

 状助は慌てながら、今の発言に意味はないと叫びだした。

覇王も状助をフォローするように、普段からこんな様子であると言葉にした。ラカンは腕を組んで懐疑的にしながらも、まあいいかと納得した様子を見せたのだった。

 

 

「まあ、今のぼやきの答えを言うとだな……、別におめぇらとやりあう気はさらさらねぇぜ」

 

「そっ、そうっスよねぇー!」

 

 

 また、ラカンは状助が先ほど述べた言葉の答えを、ここではっきり言ったのだ。

お前たちとは戦う気はないと。

 

 状助はそれを聞いて、焦る態度を見せながらも内心安心していた。

いやはや、テンプレどおりラカンと戦う必要がなくてよかった。戦うことになっていたらどうなっていたことかと。

 

 

「……が、興味がない訳じゃねぇがな。特にそっちの強さにはな」

 

「……」

 

 

 しかし、ラカンとてまったく興味がないという様子でもなかった。

そう言いながら、ラカンは覇王の方をちらりと見た。

 

 覇王もラカンからの視線を感じ、無言でそちらを若干睨むように視線を移した。

 

 

「んまぁ、ぶっちゃけ晴れ舞台でバトる気なんざねぇってこった」

 

「だってさ。よかったね状助」

 

「おう……」

 

 

 ラカンは覇王の反応を見てニヤリと笑った後、もう一度戦わないことをしっかり述べた。

覇王もふっと笑った後、状助へとそう言った。状助は今のに多少不安を覚えながらも、とりあえず今は安心するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは覇王たちが戦っていたところとは違う試合場。

とは言え、この覇王たちと同じ巨大闘技場の中の一つではあるが。

 

 

「快調に進んでいるな」

 

「だな! だが、油断はできねぇぜ」

 

「そうだな……。特にこのチームには……」

 

 

 そこで覇王とは別の大会で、順調に勝ち進んでいた数多と焔が、他者の試合を観戦していた。

同じく、その横にはネギと小太郎もおり、こちらの大会を見学しに来ていた。

 

 今の所何か大きな問題もない数多と焔の二人であったが、次に始まる試合を行う片方の組を、二人は警戒する様子を見せていた。

 

 

「無名の飛び入り参加! 女性と少年と言う組み合わせにも関わらず、これまで無敗を貫いて来たダークホース!」

 

 

 そして、二人が警戒している相手の組が、司会の叫びにも似た大きな声での紹介とともに、試合場へと上がってきた。

その組は片方が女性で片方が少年と言う組み合わせだった。ただ、基本的にローブを深々とかぶっており、顔を見せることは無かった。

 

 

「今回も勝利を収め、連勝無敗を貫き通せるでしょうか!」

 

 

 また、この組も数多たちと同じく無敗を貫いており、この戦いでも連勝が重なるかが大きな焦点となっていた。

 

 

「……」

 

「……ふっ……」

 

 

 司会の言葉で湧き上がる歓声の中、女性と思わせる方は沈黙を保ち、少年と思わせる方は小さく笑っていた。

 

 

「少年だと言うのに、ほぼ一人で相手をして圧勝している。とんでもない相手だ」

 

「ああ……」

 

 

 周囲が大きな声で黄色い声を上げる中、やはり数多たちはその組の過去の戦闘について会話していた。

何せ基本的に女性と思われる方はあまり動かず、少年らしき方がほぼ全ての敵を相手にしていたからだ。それ以外にも、少年らしき方はたいていの相手を、一撃で倒してしまってきたのだ。

 

 焔はそのことを口に出しながら、ぶつかった場合どうなるかを考えていた。

しかし、数多は何か別のことが気になる様子で、生返事を返すだけだった。

 

 

「うん? どうした兄さん? 何か気になることでもあるのか?」

 

「いやなぁ……。あのちっこいヤツの戦い方、どっかで見たようなって思ってよ……」

 

「記憶違いでは……?」

 

 

 数多が何やらいぶかしんでいる様子に、焔は疑問を感じてそれを尋ねた。

数多はその疑問に、やはり悩む素振りを見せながら答えた。

 

 と言うのも、数多はあの少年らしき対戦者の戦い方が、自分が知っているものに似ていると思っていた。

どこかで、よく見ていたような戦闘方法。それが何なのかがわからず、モヤモヤしていたのである。

 

 しかし、自分たちはあの二人組みを見るのは初めてであり、会ったことなどない。

思い過ごしではないかと、焔は数多へ言うのだった。

 

 

「だと思うんだが……、何かすげー引っかかるんだ……」

 

「考えすぎだろう」

 

 

 数多も焔の言うとおりであると言いながらも、やはり気になってしまうとも言葉にした。

そんな数多に焔は、気にしすぎだと言う態度を見せるのだった。

 

 

「さてぇとぉよぉ、そろそろ正体でも晒すかーねぇ?」

 

「……」

 

 

 また、試合場では、そろそろ試合が行われようとしていた。

そんな時、少年らしき方が、何やら隣の女性に話しかけていたのである。女性はその言葉に何も言わずに、小さく頷くだけだった。

 

 

「おっと! どうしたのでしょう! 体を隠すために巻いていた布を、突如として外し始めました!」

 

「む、ついに姿を現すのか」

 

「どんなヤツだ? 割と気になってはいたんだ」

 

 

 そして、その二人は顔を隠す為に装備していたローブを、勢いよく脱ぎ捨てた。

それを司会は期待を煽るような言葉で、観客たちを賑わせていたのだ。

 

 数多と焔も二人が正体を現すことに興味津々だった。

何せ謎が多いだけでなく、強豪でもあるからだ。どんな姿をしているか、少なからず興味があったのである。

 

 

「え? どういうことだ……?」

 

「ま、マジかよ……」

 

 

 だが、そこで見た彼らの正体は、数多たちの想像を絶するものだった。

故に、それを目を見開き、かなり驚いた様子でその姿を見ていたのだ。

 

 

「なっ、なっ! 何と言うことでしょう!! 先ほどの少年は突如として大きくなり、逆に女性だった方が小さくなりました!」

 

 

 何故驚いたのか。それには理由があった。

それは女性と思っていた人物が本来は少女であり、逆に少年と思っていた人物が背の高い男性だったからだ。

年齢詐称薬を用いて、変装していたからだ。

 

 

「あれはアーニャ!?」

 

「何やて!?」

 

 

 更に、何と言うことだろうか。

片方の少女の姿を見たネギが、突然驚きその少女の名を叫びだした。赤色のツーサイドアップの姿をした少女、まさしくアーニャだったのだ。

 

 それだけではない。アーニャが突然現れたことだけでなく、拳闘大会に出場していたということにも驚きがあった。

しかも、見知らぬ成人男性と一緒と言う部分も大きかった。

 

 また、隣の小太郎もネギと同じく驚いていた。

 

 

「そして、少年だと思っていた人物はなんと! 過去何度もこの場で圧倒的強さを見せ、優勝を我が物としてきた男!」

 

 

 さらに、アーニャの横にいた男性のことを、司会は有名人のように称え始めた。

いや、有名人なのには間違いなかった。

 

 何故なら、この大会で昔、猛威を振るった男だからだ。

何度も連戦連勝し、優勝を奪ってきた男だったからだ。

 

 

「熱海龍一郎です!!」

 

 

 そして、その男の名を、司会は高らかに称えるように、観衆へと叫んだ。

なんと、彼こそが熱海数多の父親たる、熱海龍一郎だったのだ。

 

 

「親父ぃ……!」

 

 

 数多はその父親の姿を見て、苦虫を噛んだような、恐ろしいものを見たような、まさかこんなところでその姿を目にするとは、と言う表情が合わさった、なんとも一言では言い表せないような驚きの表情を見せていた。

 

 

「あの人が熱海さんのお父さん!?」

 

「ああ……。多分だが……」

 

 

 ネギは数多の声を聞いて、あの場でアーニャの横に立っているのが彼の父親なのかと察した。

数多もネギの問いに多分そうだろうとだけ答えた。

 

 

「しかし、本物だというのでしょうか!?」

 

 

 また、司会もこれが本物であるかはわからないと、多少の疑いを持ちつつ紹介していた。

 

 

「だったとしても関係ねぇ! ぶっ飛ばす!」

 

「おっしゃぁ!」

 

「まっ、正体見せたんだし、一発でけぇの行くか」

 

 

 そんなことなどどうでもよいとばかりに、彼らの対戦相手が先手を打ってきた。

だと言うのにその男は余裕の態度で、ゆっくりと構えを取るのであった。

 

 

「”超熱血衝撃崩壊拳”!!!」

 

「ぶべ!?」

 

「ひでぶっ!?」

 

 

 だが、男がゆっくりと引いた腕を、勢いよく前に突き出せば、とてつもない灼熱と衝撃が迫り来る対戦相手を襲ったではないか。

その後二人の対戦相手は、その衝撃波に飲み込まれ、吹き飛ばされて床に転がって動かなくなった。

 

 

「いっ……、一撃! またしてもたった一撃で勝負が終わってしまいました! まさしく本物! 本物の龍一郎がこの大会に戻ってきたということです!!」

 

 

 あっけない、あっけなさすぎる。たったこれだけの攻撃で、今の対戦が終わってしまったのだ。

これで確定した。男が熱海龍一郎本人であることが、証明されてしまったのだ。司会はそれを盛り上げるように、盛り立てるように悠々と叫んだ。

 

 

「まっ、とりあえずこんなもんか」

 

「そうかしら……」

 

 

 しかし、龍一郎は今の攻撃はかなり手加減したという様子であった。

確かに派手にぶっぱなしたが、それだけと言う感じだ。

 

 だが、今の技には意図があった。そう、今ここで観戦しているであろう息子に、アピールするためだったのだ。

 

 ただ、アーニャにはその意図がわからないので、突然おっさんが大技をブッパしただけに見えた。故に、それを横で聞いていたアーニャが、それはないと言う顔で驚きつつも呆れていた。

 

 

 

「やっぱ親父だありゃ……」

 

「うーむ……」

 

 

 そして、龍一郎の思惑通り、それを観客席から見ていた数多も、下で戦っているのが父親であることを完全に理解した様子だった。

何せあの技は父親である龍一郎が使い、自分が教わった技だからだ。故に、これはヤバイと言うような感じで、顔を青くしていたのである。

 

 同じように焔も、腕を組んで冷や汗を額にたらし、焦りを感じていた。

このまま勝ち進めば、当然龍一郎と衝突するからだ。

 

 その二人の横で、ネギたちもアーニャへ何度も叫んでいた。

ただ、アーニャはネギの姿をチラリと見ただけで、特に行動を見せなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 試合が終わった後、数多たちはこの状況をどうするかを話し合っていた。

いや、本当にマズイと言うのが数多の思う現状であった。

 

 

「こりゃマジでヤバイ……。親父が出てくるなんて考慮してねぇよ!」

 

「それはそうだ……」

 

 

 正直数多は焦っていた。自分の父親が大会に出てくるなど、予想外にも程があるからだ。

と言うか仕事はどうした、何で大会に出てきてるんだ、そんなことさえも考えていた。

 

 焔も同じであった。まさか、まさか、本当にあの龍一郎が大会に現れるなど、まったく考えても見なかった緊急事態だ。

どっかで仕事しているのだろう、程度にしか考えていなかったが故に、この出来事は大きな衝撃だったのである。

 

 

「しかも試合の後、忽然と姿を消すしよぉー! どうすりゃいいのさ!」

 

「困ったものだな……」

 

 

 さらに、なんと龍一郎らは試合後にどこかに行ってしまったのか、会場には見当たらなかったのだ。

数多たちは何度も探したが、その姿を捉えることはできなかった。

 

 故に、話もできず何を考えているのかすらわからないと言う状況でもあった。

なので、本当に困ったという様子で、数多は頭を抱えながら混乱し、焔も腕を組んだまま固まっていた。

 

 

「アーニャも一緒だったみたいですけど、一体どうしてでしょうか?」

 

「親父に拾われたのかもしれねぇ。わからんがな……」

 

 

 また、ネギはアーニャがその人と一緒にいたことを、数多へと尋ねた。

とは言え、数多もそれを聞かれてもわからないので、予想したことだけを述べるだけだった。

 

 

「とにかく、親父を倒さなきゃいけなくなったのはかなり厳しいぜ……」

 

「そんなに数多さんのお父さんってそれほどまでに強いんですか?」

 

「そりゃなあ……」

 

 

 そして、最大の問題は龍一郎を自分たちでどうやって倒すか、ということだった。

今の自分に父親を倒すことはできるだろうか、難しい、無理かもしれない、数多の頭にはそれが何度も過ぎるのみであった。

 

 ネギは先ほどの戦いしか見ていなかったので、龍一郎の実力を全て知らない。

なので、一体どれほどの強さなのだろうかと、数多へもう一度聞いたのだ。

 

 数多は頭をぼりぼりかきながら、どう説明すればいいか、と考えた。

 

 

「あのメトゥーナトのおっさんと互角にバトれるぐらいにゃ強いのは間違いねぇし……」

 

「私も何度かその二人の喧嘩(たたかい)を見学したことがあるが、高次元すぎて何が起こっているのかさえわからなかった……」

 

「そっ、そこまでなんですか!?」

 

 

 そこで数多は身近にいただろうメトゥーナトと互角ほどだと、ネギへ説明した。

 

 焔もそれを聞いて、小さいころに何度か二人の戦いと言う名の喧嘩を見学させてもらったことを思い出した。

それを思い返しながら、その二人の戦いがすさまじすいものであったと、小さくもらしたのであった。

 

 ネギはそれを聞いて、驚きの表情を見せた。

いや、強いということは大体理解していたが、それほどの強さとなると、と言う様子であった。

 

 

「俺もさっきの戦いを見ただけやけど、ラカンのおっさんと同等と考えてもええと思うで……」

 

「ラカンさんと同等……」

 

 

 小太郎も先ほどの試合を見て、あのラカンと同じぐらいの実力ではないかと言い出した。

ネギはそれを聞いて納得するように、されどそれほどまでにと言う驚きが混じった言葉を小さくもらしていた。

 

 

「だから悩んでるんじゃねぇか。どうやって親父を倒すかってよ」

 

「でも、数多さんのお父さんなんですよね? だったらあちらが勝っても賞金を譲ってもらえばいいのでは?」

 

 

 そう、故に数多はどうするかを考えあぐねいていた。

あの強豪な自分の父親を、どうやって倒すか、ということを。

 

 しかしだ、そもそも何故勝利を前提にしているのかと、ネギは不思議に思った。

こちらが勝てばそのまま、アチラが勝っても理由を話し、賞金を譲ってもらえばいいのではないか、と考えたのだ。

 

 

「さてねぇ、そこら辺は何考えてるかわからんねぇから、もしかしたらもありえるしよ」

 

「え? 無理ってことですか!?」

 

「無理じゃねぇだろうが、負け確定で挑んだら譲らねぇだろうぜ」

 

 

 だが、数多はネギのその言葉に、そううまくいくとは思えないと言い出した。

つまり、父親であるはずの龍一郎が勝利したならば、賞金はそのまま持っていかれる可能性があると言うことだ。

 

 ネギはそれに対してかなり驚いたのか、そんなことがあるのか、と言う様子で大声を出していた。

何せ数多と龍一郎は親子だ。理由があって賞金を欲している息子から、賞金を奪おうとするだろうかと言う疑問があったのだ。

 

 ただ、数多はそこに理由を付け加えた。

別に意地悪で賞金を持っていくということはないだろう。それでも諦めで戦い負けるということがあれば、賞金は持っていかれるだろうと。

 

 

「ちゅーか、なして突然数多の兄ちゃんの親父が出てきおったんや?」

 

「難しいことじゃねぇさ、親父の考えなんてすぐわかる」

 

 

 そんなところで小太郎が、一番の原因である龍一郎が突然大会に現れたことに疑問を感じたようだ。

一体どういう意図があって、数多の父親が大会に出てきたのだろうかと。

 

 数多はそれを聞いて、そんなことは察しが付いていると言葉にした。

龍一郎が何を考えているのか、その目論見は何かまではわからないが、一つだけ確実にわかることがあった。

 

 

「俺の今の実力を見てぇんだ。あわよくば越えて見せろって言ってんだ」

 

「父親を……越えろ……」

 

「……ああ」

 

 

 それは、自分の今の実力を実感しておきたいのだろうと、数多は静かに答えた。

そして、可能であれば勝利して見せろと言う、難題を与えてきたのだろうと。

 

 ネギはそれを聞いて、小さくそれをこぼした。

と言うのも、その言葉にネギは多少羨ましいと感じたからだ。自分も近くに父親がいたら。自分も正面から父親とぶつかれたら。そんなことがふと頭に過ぎったのである。

 

 そんなネギに気が付くことなく、数多はその通りだという返事を一言述べるだけだった。

この無理難題をどうするかを考えるのに精一杯であった。

 

 

「まあ、親父から直接話を聞けねぇんなら、こっちで頑張るしかねぇ……」

 

「一番辛い戦いになりそうだな……」

 

 

 とにかく、龍一郎が姿をくらまし、会えないと言うのが大きかった。

何でもいいから文句の一つや二つ言った後、話すぐらいはしたいと思ったからだ。それができないのであれば、こちらが勝手に考え行動するしかないと、数多はため息を吐き出しながら言うのであった。

 

 焔もあの龍一郎との戦いは、一番厳しいものだと考えた。

故に、渋い顔を見せたまま、この先の不安を隠しきれずにいたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。