理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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魔法世界編 静寂と過去
百四十二話 嵐の後


 ネギたちとアーチャー一味の戦いが終焉を迎えそうな頃。新オスティアから少し離れた上空にて、一つの艦が雲の上を浮遊していた。そして、その近くに杖の上で胡坐をかく、少年の姿もあった。

 

 

「はぁ~……」

 

「兄貴ぃ~、そんなため息ついてどうしたんだ?」

 

 

 それはカギだった。カギは暇そうな様子を見せながら、盛大にため息を吐き出していた。

そんなカギへ、その肩で座りこんでいるカモミールが、そのため息の理由を尋ねていた。

 

 

「いやさぁ、ゆえの護衛っつっても、アイツ艦の中じゃん?」

 

「そりゃ警備部隊に属したんだから当然だろ?」

 

「んじゃ、俺がここにいる意味はあるのか……」

 

「それは言わないお約束ってもんだぜ!」

 

 

 カギは今、夕映の護衛をエヴァンジェリンから任されていた。しかし、夕映はアリアドネーの戦艦の中。姿は近くにない状態だ。

 

 それをカギが愚痴るように話せば、仕方ないことだとカモミールは言った。夕映は今、アリアドネーの警備兵だ。任務についているのなら、それが当たり前なのだ。

 

 と言うならば、カギは自分がここにいる必要性があるかを考えた。

はっきり言えば戦艦の中なので、夕映の身の安全はある程度保障されている。ならば、ここでただひたすら浮いているだけの意味は、あるのだろうかと。

 

 それを聞いたカモミールも、それをうすうす感じていた。が、それを言ったらきりが無いので、あえて言わない方がいいと大きく言葉に出したのだ。

 

 

「いやまあ、艦ぐらいぶっ潰す敵がいてもおかしくねぇけどさぁ……」

 

「じゃあいったい何が不満って言うんで?」

 

 

 とはカギも言ったが、戦艦を叩き落すぐらいする転生者も存在するだろうとは考えていた。

だからこそ、エヴァンジェリンの言葉に従い、律儀にここで護衛をやっている。

 

 それなら、いったい何がしたいのだろうかと、カモミールは思った。

ここにいること自体に大きく不満がないならば、いったいどこに不満があるのかと。

 

 

「いやこう……、暇だなぁ~って……」

 

「いいことじゃないっスか」

 

「んな訳あるかい!」

 

「ひえ!?」

 

 

 カギはそんなカモミールの問いに、やる気がなさそうなだらけた顔で、それを言ってのけた。

何と言うかまあ、本当にやることがない。安全安心、不安の要素一つ無い。暇そのものだった。

 

 カモミールはそれに対して、それはむしろ悪いことではないと言った。

安心できているのなら、平和な証拠であると。

 

 しかし、カギはその言葉を聞いたとたん、突如として叫びだした。

暇のどこがいいというのかと、カモミールへと当り散らした。

 

 カモミールは突然怒り出したカギに、大いに驚き慌てだした。

 

 

「あっちはお祭りやってんだぞ!? ゆえも我慢してるんだろうが、俺だって祭り行きたいわ!!」

 

「あーっ、そっちかー」

 

 

 カギはさらに興奮ぎみに、この現状の不満を語りだした。

そうだ、新オスティアは記念祭の最中だ。祭りだ。

 

 夕映も祭りに行きいかもしれないが、彼女は任務故に戦艦から出ることを許可されていない。

我慢しているんだろうな、とカギも思っていた。

 

 だが、カギだって祭りに行きたい。うまい飯食いたいし、騒ぎたいのだ。

あーチクショウ。楽しそうだな祭りは。楽しいんだろうな祭りは。カギはそれをずっと考えていたのだ。

 

 カモミールはそれを聞いて、むしろ拍子抜けした様子を見せた。

え、そこ? 悩んでいたのはその部分? そんな顔でカギを見ていた。

 

 

「むしろ、何かあるかと焦ってるとばっかり……」

 

「そんなもん、師匠(マスター)が出向けば問題なんてねーし、何倍にもおつりが来るし」

 

 

 と言うか、カモミールはカギが、あの新オスティアで何か起こるんじゃないかと考え、焦っているのではないかと思っていた。

 

 しかしながら、カギはエヴァンジェリンが出向いたのを知っている。

エヴァンジェリンが行ったのならば、心配する方が野暮だと思ったのだ。

 

 

「ん? ありゃゆえとその仲間か」

 

「おや? 出動みたいだな」

 

「おっしゃ! んじゃ俺らも追いかけますかー!」

 

「了解兄貴!」

 

 

 すると、戦艦から数人の少女が専用の杖にまたがり、新オスティアへ飛び出していくのをカギとカモミールは見た。

それは夕映とその仲間だった。カモミールはそれを見て、任務での出動だと考えた。

 

 ならば、カギは夕映の護衛のために、こっそり追跡することにした。

カモミールもそれを聞き、大きく返事をしたのである。

 

 そして、カギも夕映たちを追いながら、新オスティアへ出向くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、場所を移してネギたちがいる、闘技場の屋上。誰もが大きな被害もなく、戦い終わったことに安堵していた。

 

 

「ふぅ、どうにかなったみたいですね」

 

「みてぇだな」

 

 

 ネギも戦いが終わったのを見て、安心したのか小さくため息をついた。

ラカンも腕を組みながら、敵が撤退したのを確認し、ネギの言葉を肯定した。

 

 

「ありがとうございます、みなさん」

 

 

 そこでネギはみんながいる方を向いて、頭を下げて礼を述べた。

この戦いで生き残れたのは、みんなの力があったからだと思ったからだ。

 

 

「それと、のどかさん」

 

「はっ、はい」

 

 

 また、ネギはのどかを名指しで呼び、そちらに近寄っていった。

のどかは不意にネギから声をかけられ、少し驚いた顔を見せていた。

 

 

「どうしてあんな無茶を……」

 

「すみません……。どうしてもネギ先生の役に立ちたくて……」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 そこでネギが言葉にしたのは、この戦いで無茶をしたことへ対するやんわりとした叱咤だった。

のどかは確かに多少なりとて魔法が使えるものの、やはりただの少女に等しい。そんな彼女が、あのアーチャーなどに挑むなど、無理もいいところだからだ。

 

 のどかもそれは理解していた。理解していたけど、ネギの役に立ちたいという気持ちの方が大きかった。

それ故のどかは、ネギへと小さく謝りながらも、その理由を言葉にしたのだ。

 

 ネギはそれを聞いて、ある程度納得した様子を見せていた。

 

 

「その気持ちは嬉しいですが、やはり無茶はしないでほしいです」

 

「本当にごめんなさい!」

 

「いえ、無事だったからいいんです」

 

 

 自分のために行動してくれるという気持ちは、間違いなく嬉しいとネギは語った。

とは言え、それでのどかに何かあったら、どうしてよいのかわからなくなってしまうとも思った。だから、ネギはのどかへと、無茶をすることを禁止するよう述べたのだ。

 

 のどかは心配そうに見つめるネギを見て、もう一度頭を下げて大きく謝った。

のどかとてネギの役に立ちたいというのが一番だからこそ、こうして心配させてしまったことに、悪いことをしたと思ったのだ。

 

 ただ、ネギものどかが無事だったので、今回はそれ以上言わなかった。

 

 

「それにおかげで助かりましたし、そこはお礼を言わなければなりませんね」

 

「ネギ先生……」

 

 

 また、ネギはのどかの行動のおかげで、アーチャーから助けられたことを思い出していた。

あの時、河での戦いでのどかと小太郎が現れなかったら、自分はアーチャーにやられていただろう。それを考え、そのことはしっかりと礼をしなければと、ネギは思っていた。

 

 のどかはそんなネギへと、その名前を呼ぶので精一杯だった。

こんなに近くまで寄ってきて、自分を心配してくれているということに、不謹慎であるが嬉しくてたまらなかった。

 

 

「あっ、そうだった。お礼と言えば、あの人が助けてくれたおかげで無事だったんです」

 

「あの人が……?」

 

「おん? アイツは確か……」

 

 

 と、そこでのどかは照れ隠しをするように、知らない少年に助けられたことを言葉にした。

その少年、フェイトの方を向き、ネギへそれを紹介したのだ。

 

 ネギはのどかの目線の先を見て、はて、誰だろうかと探してみた。

すると、そこには自分と背丈が変わらない少年が、物静かな様子でこちらを見ていたではないか。のどかを助けてくれた人というのは、もしやあの少年ではないかと考えた。

 

 何せ、アーチャーの実力は先ほど戦ったネギも、よく理解した。

故に、のどかを助けた人がまさか少年だとは、ネギも思ってもみなかったのである。

 

 また、ラカンはフェイトを見て、何しにここへ来たのだろうかと疑問に思ったようだった。

 

 

「おっ、おい……。アイツはまさかよぉ……」

 

「……? どうしたの状助」

 

「いっ、いや……何でもねぇ……」

 

 

 ラカン以外にも、フェイトを知る人物がいた。

状助である。状助は”原作知識を持つ転生者”だ。フェイトを知らないはずがない。そして、フェイトがこの場に現れたことに、驚き戸惑っていた。

 

 いや、実際ならばここで退くのはフェイトだった。

それがあのアーチャーだったことに、多少疑問があったのも状助だった。そこへフェイトが現れて、ヤバイかもしれない、と恐縮していたのだ。

 

 そんな状助に、何かあったのかをアスナは尋ねた。

突如として驚きながら、冷や汗をかきだした状助を変だと思ったからだ。

 

 が、状助はそこで何もないとあえて言った。

”原作”と違う状態の今、下手なことを言って混乱させる必要はないと思ったからである。

 

 

「あの、助けていただいてありがとうございました」

 

「いや、気にしてないよ」

 

 

 のどかはその少年、フェイトへと近寄り、小さく頭を下げてお礼を丁寧に述べた。

あの時、この少年が攻撃しなければ、アーチャーの握っていた変な形のナイフで刺されていただろうと思い、心から感謝した。

 

 律儀に頭を下げる少女に、フェイトは特に表情に出すことなく、礼は不要と述べた。

とりあえず見た時にピンチだったから、たまたま助けたに過ぎないと、フェイトは思っているからだ。

 

 

「それより、君がネギ・スプリングフィールドでいいのかな?」

 

「え……? あっ、はい。そうですけど……」

 

 

 それ以上に、フェイトには気になる人物がいた。それは当然ネギだ。

ネギは過去に何度も戦ったナギの息子だ。それ故、ネギに近寄り、しっかりと本人かどうかを確かめたのだ。

 

 ネギも知らない人から名を呼ばれ、何で知っているのだろうかと思いながらも、それを肯定した。

 

 

「なんでテメェがここにいるんだ?」

 

「ジャック・ラカンか。その手の説明が必要かい?」

 

 

 そこへラカンが加わり、フェイトへと声をかけた。

先ほど疑問に思ったことを、単純に本人へ直接聞いたのである。

 

 フェイトはラカンの顔を見上げ、特に何か語る必要があるかを尋ねた。

どうせバグであるラカンのことだ。自分がここにいる理由も、ある程度察しているのだろうと思っていた。

 

 

「いや、大体予想はできてるがな」

 

「だと思ったよ」

 

 

 ラカンはそれに対して、すでに予想済みだと話した。

大体そんなもんだろう、という見当はついているようだ。

フェイトもラカンの言葉に、呆れた顔でやはりかと言葉にした。

 

 

「あなたはいったい……」

 

「自己紹介が遅れたね。僕はフェイト・アーウェルンクス。とある人の命令で、ここに来たものだよ」

 

 

 ネギはラカンと親しそうにやりとりをする少年に、一体誰なんだと質問した。

あのラカンと知り合いで自分のことを知っている。されとて紅き翼の面子という様子でもない。本当に謎の存在だった。

 

 すると、フェイトはネギへと自分の名を教えた。

そして、ここへ来た理由も、同時に話したのである。

 

 

「とある人……?」

 

「色々話したいことも多いんだけど、いかんせん話が長くなる」

 

「話しとはいったい……?」

 

 

 ネギはフェイトの言ったと”とある人”というのが気になった。

一体誰の命令でここへやってきたのだろうかと、その理由は何なのか、とも思った。

 

 フェイトはそれを説明しようと少し考えたが、ここで話すには長くなるとも思った。

命令をしたアルカディアの皇帝の話を除いても、自分のことだけでも長くなると思ったからだ。

 

 と、そこでネギは”話したいこと”という言葉を聞いて、何を話してくれるんだろうかと思った。

何せ目の前のフェイトと名乗った少年は、疑問に思うことばかり言って、肝心なことをまったく言ってくれないからだ。

 

 

「とりあえず、後日話すことするとしよう。今日は今の戦いで疲れただろうしね」

 

「ええ、確かに……」

 

 

 そして、フェイトは何一つ大切なことを話すことなく、別の日に説明すると言い出した。

多少なりに肝心な部分を言っておけばよいというのに、なんとも言葉が足りない男だ。

 

 ただ、ネギもフェイトの言うとおり戦いに疲れていたので、そのとおりにすることにしたのだった。

 

 

「では、また会おう。それじゃ」

 

「え、はい。また今度……」

 

 

 フェイトはとりあえず、この場を去ることにした。

完全なる世界の連中も退散したことだし、ネギの顔を見れて満足したからである。すると、フェイトは水の転移を使い、その場から消えて行ったのだった。

 

 ネギも流れに乗るように、フェイトへ別れの挨拶を述べていた。

とは言え、一体何がしたかったのかわからないままになってしまった。

 

 

「……あの人はいったい誰なんですか……?」

 

「ああー? まあ、簡単に言えばそうだなあ……」

 

 

 ネギはフェイトが何者なのか気になり、それを知っていそうなラカンへと質問をした。

ラカンはその問いに、腕を組んでうーんと考えた後、驚くべき発言をしたのである。

 

 

「……お前の親父の敵だったヤツだ」

 

「……え!?」

 

 

 それはなんとあのフェイトと言う少年が、ネギの父親であるナギと敵対していたというものだった。

ネギはそれを聞いて、聞き間違いではないかと言うように、驚いた表情で固まっていた。

 

 

「そりゃ驚くよな! 俺だって最初は驚いたからな!」

 

「どっ、どういうことなんですか!?」

 

 

 ラカンはネギの顔を見て大きく笑いながらも、自分も同じことを聞いて驚いたと、ラカンは言葉にした。

そう、このラカンもメトゥーナトからそれを聞いた時、ギャグや冗談ではないかと思ったぐらいだったのだ。ただ、その経緯や理由を聞いて、むしろ納得したのも彼であった。

 

 

 しかし、ネギは突如結果だけを教えられ、さらに混乱した様子を見せていた。

自分の父親の敵が、突然味方面で出てくれば驚かないはずがないだろう。

 

 

「単純な話だ。裏切り者になった」

 

「裏切り者……!?」

 

「おうよ。自分の組織を裏切って、別の組織についたってワケだ」

 

 

 ラカンはそんなネギへと、一言だけで説明した。

あのフェイトなる人物は裏切りを行い、こちらの方についたと。

 

 だが、やはりネギはいきなり裏切り者になったと言われても、訳がわからないだけだ。

裏切ったから仲間になったのはわかるが、その経緯がまったくわからないからだ。

 

 

「一体何がどうして……」

 

「まあなんだ。そのあたりも含めて、後で色々と教えてやるよ。特別サービスってヤツだ」

 

 

 ネギはチンプンカンプンと言う顔で、ラカンを見ていた。

敵だったのが裏切って、味方に。いったい何者なんだ。そればかりが疑問として浮かんでくる状態だった。

 

 ラカンはそこも含めて、後で全部話すと述べた。

過去のことからその部分まで、ある程度だが教えてやろうと思ったのだ。

 

 

「……うーむ、もしかして”原作”と随分ずれているってのか……?」

 

「何独り言喋ってるの……」

 

「いっ、いやー、何事もなくてよかったっスねーって思ってよぉー!」

 

「ふーん……」

 

 

 それを聞いていた状助は、腕を組みながら悩んだ様子を見せていた。

あのフェイトが敵ではなくなっていることには驚いたが、それはつまり”原作”とは違う道をたどったということなんだろうかと思ったのだ。

 

 と、そこでブツブツと独り言を口に出す状助へ、アスナは声をかけた。

独り言をもらしながらしかめ面をする状助を見て、何か悩んでいるのだろうかと思ったのだ。

 

 すると、状助はハッとした顔を見せ、パッと驚いた顔で特になんでもないとだけ述べた。

いやはや、今のが口に出てきたなんて恥ずかしい、そんな様子であった。

 

 アスナはそう言う状助を、じとっと睨んだ。

何か考えているのはバレバレで、それを隠そうとしている姿が怪しいと思ったからである。

 

 

 そこへ一人の少女が、急いだ様子で駆けつけてきた。

 

 

「おい! アスナ! 無事か!」

 

「ん? 焔ちゃん?」

 

 

 その少女は焔だった。焔はアスナへと大きな声をかけ、その近くへと駆け寄って行った。

アスナはその声の方を向いて、向かってくる少女の名を口に出していた。

 

 

「大丈夫よ。ほらこのとおり!」

 

「それはよかった……」

 

 

 そして、焔が近くへ来たのを見たアスナは、今の掛け声の返答をポーズをきめながら言葉にした。

焔はそう言うアスナを見て、ほっと安心したようだった。

 

 

「まったく。騒がしいと思って街へ向かって行ったと言うのに、ここへ戻ってくる羽目になったではないか……」

 

「もしかして心配で駆けつけてくれたの?」

 

「むっ、そうだが……」

 

 

 安心した焔は、今度は少しふて腐れた顔をしながら、小さな愚痴をはいた。

街で騒動があってそちらへ向かったというのに、気が付けばスタート地点に戻っていた。無駄に遠回りをしてしまったと、やれやれという様子を見せたのだ。

 

 そう言う焔にアスナはふと、思ったことを口にした。

もしや、自分たちのことを心配し、ここまで追ってきてくれたのだろうかと。

 

 焔はそれに対して、素直にYESと言った。

心配だったからこそ、ここまで追ってきたのは間違いないからだ。

 

 

「ありがとう」

 

「別に……」

 

 

 アスナはそれを聞いて、ニコリと微笑んでお礼を言った。

それを見た焔は、照れ隠しをするようにそっぽを向きながら、ほんのりと顔を赤くしながら小さな声で一言そう言った。

 

 

「そういえば数多さんは?」

 

「兄さんなら道中で敵と交戦に入った」

 

「大丈夫かしら……」

 

 

 また、アスナはふと、焔の義兄である数多の姿が見えないことに気が付いた。

それを焔に尋ねれば、敵が現れて戦闘をはじめたと答えが返ってきた。

アスナはそこで、戦いとなった数多を、多少心配する様子を見せた。

 

 

「それなら先ほど連絡があって、無事だと聞いた」

 

「それはよかった」

 

 

 焔はアスナの心配を消すように、義兄の無事を教えた。

敵が退いた後、数多は焔へと無事を念話で伝えたのである。

それを聞いたアスナは、一安心と言う顔を見せながら、よかったと一言述べた。

 

 

「ふむ、無事なようだな」

 

「この声、エヴァちゃん!」

 

 

 そこへさらに別の少女の声が、突然聞こえてきた。

その声を聞いてソチラをアスナが見れば、またしても少女が立っていた。

 

 アスナはその少女の名を、嬉しそうな声で呼んだ。

その少女こそ、あのエヴァンジェリンであった。

 

 

「……元気そうで何よりだ」

 

「……? どうしたの? 何か元気がないようだけど……」

 

「……なんでもないさ」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナの顔を見て、無事だったことを理解した。

そして、安心した様子でその言葉をかけたのである。

 

 が、アスナはエヴァンジェリンに、何か影が差している感じを受けていた。

普段ならばちゃん付けで呼んだ後、何かリアクションがあってもおかしくはないからだ。なので、そのことをエヴァンジェリンに尋ねた。

 

 エヴァンジェリンはそれに対して、表情を変えずに何事もないと述べた。

しかし、エヴァンジェリンは心の中で、アスナの敏感さに多少驚きを感じていた。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンは自分の兄が自分と同じ吸血鬼となり、生きていたことにショックを受けていた。

しかも、それが敵対する組織に入っていたのだから、その衝撃は計り知れない。そのショックが未だに抜けきれずに、心の奥底では色々と悩んでいたのである。

 

 とは言え、エヴァンジェリンはそれを悟られないよう、顔にはまったく出していなかった。

それでもアスナはそれを察した。そのことに、エヴァンジェリンは少なからず驚いたのである。

 

 

「おお? エヴァンジェリンじゃねぇか。久々だな!」

 

「……相変わらず暑苦しい筋肉の塊だな貴様は」

 

「そういうなって!」

 

 

 そんなところへラカンが現れ、エヴァンジェリンへと声をかけた。

エヴァンジェリンはラカンの登場を見て、露骨に嫌な顔を見せていた。

 

 ラカンは嫌そうにするエヴァンジェリンに、大きく笑っていた。

いやはや、普段どおり辛辣な態度で安心した、そんな様子であった。

 

 

「さて、私からも色々話すことがある。いいか?」

 

「ええ、話して」

 

 

 とまあ、久々の再会で色々話したいことはあるが、まずは話さなければならないことがある。

エヴァンジェリンはそう考え、とりあえずゲートの事件後の自分たちの経緯を話すことにした。

 

 アスナもエヴァンジェリンがシリアスモードになったのを見て、少し気持ちを引き締めた。

そして、エヴァンジェリンは自分と夕映がアリアドネーに飛ばされたところから話し出したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方その頃、警備兵の仕事として、新オスティアへ出向いた夕映ご一行は、目的の場所へと到着していた。

 

 

「確かこの当たりでしたね……」

 

 

 しかし、そこであたりを見回しても、特に争いがある様子はなかった。

はて、争いはどこだろうか。もう収まってしまったのだろうか、そう考えながら、注意深く街を観察する夕映だった。

 

 

「あっ、あれはエヴァンジェリンさん! そして……あれは……」

 

「ユエ! どこへ行くの!?」

 

 

 だが、そこで夕映が目にしたのは、エヴァンジェリンだった。

また、それ以外にも、ゲートの事件ではぐれて仲間たちもいたのである。故に、彼女はそこへ一直線に降りていったのだった。

 

 夕映の後ろにいたコレットは、夕映が突然進路変更したのを見て、そちらへ慌てて付いていった。

 

 

「あれ、誰か降りてくるよ?」

 

「噂をすれば何とやらだ」

 

「え? じゃあまさか……」

 

 

 その下りてくる夕映に気が付いたのは、アスナと同じくエヴァンジェリンの話を聞いていたのどかだった。

エヴァンジェリンは既に話を終えており、のどかの視線の先に映る人影を見て、そう一言言葉にした。

 

 それを聞いたのどかは、もしや下りてくる武装した人が、自分の友人なのかと思った。

いや、エヴァンジェリンがそう言うのであれば、それ以外考えられないと確信していた。

 

 

「のどか……!? のどかなのですか!?」

 

「もしかして、ゆえ!?」

 

 

 夕映は空からようやくはっきりと、友人の姿を捉えることができた。

なので、そこでそれが本人かどうかを確かめるように、その友人の名を何度も呼んだのだ。

 

 それを聞いたのどかは、ヘルムの下から聞こえる声が、夕映のものだとしっかりと認識できた。

だからだろうか、”もしかして”と言ったものの、”ああ、やっぱりだ”と言う気持ちの方が強かった。

 

 

「のどか!」

 

「ゆえー!」

 

 

 そして、夕映はその場に降り立つと、かぶっていたヘルムを脱ぎ捨て、のどかの名を呼びながらそちらへと駆け寄った。

のどかも駆け寄る夕映へと近寄り、抱きついたのだ。

 

 二人はヒシッと抱き合った後、懐かしさを感じながらマジマジと顔を見つめあった。

ようやく会えた、無事でよかった、それを伝えるかのように、二人は微笑みながら再会を喜んだのだった。

 

 誰もがその二人の光景に、ほんの少し感動をしていた。

再会できてよかった、何事もなさそうでよかった、そう言う様子だった。

 

 特に木乃香は周りよりも強く感激しながら、小さな涙を見せてその二人を眺めていた。

木乃香は同じ図書館探検部の彼女たちと、中学に入って以来の仲だからである。

 

 

「これはどんな状況……?」

 

「貴様たちも来たか」

 

 

 そこへ遅れてやってきたコレットたちが、ポカンとした顔でその様子を眺めていた。

エヴァンジェリンは彼女たちを見て、ようやく来たかと言う様子で話しかけた。

 

 

「えっ、エヴァンジェリン様!?」

 

「プッ! ……様って……! クッ……フフ……!」

 

「貴様! 何がおかしい!?」

 

「フフ……、なんでもない……!」

 

 

 コレットと同じく下りてきたエミリィは、エヴァンジェリンを見て驚き戸惑った。

アリアドネーを出る前に一度だけ見たエヴァンジェリンが、再び近くで見られることに少し興奮したのである。

 

 アスナはエヴァンジェリンが様をつけて呼ばれたことを聞いて、面白かったのか小さく噴出していた。

普段からアスナはエヴァンジェリンをちゃん付けで呼んでいるためか、ギャップを感じて面白いと思ったようだ。

 

 エヴァンジェリンはそんなアスナに、いったいどこに笑いのツボがあったのかわからなかった。

ただ、少し馬鹿にされたと思ったので、アスナに文句を言うように、大きな声でつっこみをいれたのだ。

 

 そうやってプリプリと怒るエヴァンジェリンに、アスナは必死に笑いをこらえながら、なんでもないと言葉にした。

ただ、アスナは今のエヴァンジェリンの態度を見て、普段どおりに戻ったと内心ほっとしていた。先ほどはこのような反応を見せなかったので、多少なりに心配していたのだ。

 

 

「ふん……まあいい……。ヤツの事情をアイツらにも話してやるとするか」

 

 

 とまあ、そんなことよりもやるべきことがあると、エヴァンジェリンは鼻を鳴らして落ち着きを取り戻した。

それはと言うと、目の前で未だ混乱している警備兵の彼女たちに、エヴァンジェリンはここに来て経緯を説明しようと思ったのである。これ以上混乱させておくのはよくないし、勘違いで面倒ごとになったら厄介だからだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンの説明を聞いた彼女たちは、沈痛な表情でそれを聞き終えていた。ゲートでの事故、今回の街での騒動、バラバラになった仲間、そして再会。それは彼女たちにとっても、衝撃的なことであった。

 

 

「そんなことがあったんですか……」

 

「初耳です……」

 

「あえて黙っているように言っておいたからな」

 

 

 エミリィは今のエヴァンジェリンの説明を聞いて、その事件がどれほどのものなのかを察して心を痛めた様子を見せていた。。

また、なんと爆発に巻き込まれ、仲間たちとはぐれてしまうなど。自分がそんな状況だったらば、どんなことになっていたのかと、静かに考えていた。

 

 コレットも、ここで初めてそれを聞いたと言葉にした。

夕映をコンビを組んで頑張ってきた彼女だったが、それを知ったのは今が初めてだったからだ。

 

 ただ、それはエヴァンジェリンが夕映に口止めしておいたからだ。

そのことを誤解のないよう、コレットへと話したのである。

 

 

「ということはつまり……」

 

「彼らは賞金首!?」

 

 

 そこで冷静に考えた彼女たちは、夕映たちが賞金がかかった犯罪者であることを思い出した。

そう、ネギご一行は何者かの手で、賞金がかけられていた。

 

 

「だけど、エヴァンジェリン様の話を信じるなら、完全に冤罪ですよね……?」

 

「我々はどうしたらいいんでしょう……」

 

 

 だが、エヴァンジェリンの説明によれば、むしろ被害者。

犯罪者とは逆で賞金をかけられるなど、間違いと言うレベルだった。

コレットはそれを言葉にし、エミリィもこのことをどう報告すればいいか迷っていた。

 

 

「ああ、そういうことなら安心しろ。すでにセラスには話が通っている」

 

「総長と!?」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは既にそのことを、アリアドネーの総長であるセラスに話していた。

なので、何も心配することはないと、彼女たちへ語りかけたのだ。

 

 エミリィはそれに対して、再び驚いた顔を見せていた。

とは言え、そう言った話が上のほうで既に行われているのは、当然のことでもあると思い返していた。

 

 

「だからこのまま一旦帰るんだ」

 

「は、はい……。ですが……」

 

 

 故に、今は特に気にせず帰れと、彼女たちへエヴァンジェリンは告げた。

 

 エミリィも納得した様子であったが、一つ気がかりがあった。それはこの現状で何もせず帰るということだった。

今の戦いのことも、どう報告していいかわからなかったのだ。

 

 

「騒動は鎮圧したことにしておけ。私からも連絡しておく」

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

 

 エヴァンジェリンは子犬のように困った顔をするエミリィを見て、向こうにある程度説明しておくと言葉にした。

それを聞いたエミリィは申しわけなさそうにしながら頭を下げ、お礼の言葉を述べたのだ。

 

 

「おい、綾瀬夕映。貴様も一度戻れ」

 

「え? ……わかったです」

 

「ふふ、物分りがいいのは助かるな」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、夕映にも帰るよう命令した。

夕映はそれを少し考えた後、素直に従ったのである。

エヴァンジェリンは素直に従った夕映を見て、小さく笑いながらそれを述べていた。

 

 

「なんでゆえまで?」

 

「先ほど話したとおり、綾瀬夕映も今はアリアドネーの警備兵の一人だ。帰らない訳にはいかん」

 

「だけどそれじゃ……」

 

 

 のどかはそれに対して、疑問を投げかけた。

せっかく再会したというのに、何故再び別行動をしなければならないのだろうかと。

 

 エヴァンジェリンは不満そうにするのどかへ、再度説明することにした。

と言うのも、夕映は現在アリアドネーの警備兵に属している。であれば、その職務を全うすることが先決だ。

 

 ただ、やはりのどかの不満は解消されなかった。

もとより合流こそが最優先の目標だった。それなのにまたバラバラになるというのは、少し抵抗があったのだ。

 

 

「いいのですよ、のどか。とりあえずみんなの無事を確認できただけでも、十分ですから」

 

「ゆえ……」

 

 

 そこへ夕映がのどかへと、気にしていないと言葉にした。

ここにいる全員の無事を確認できたし、それだけで自分は満足だと思ったからだ。

 

 のどかはそんな夕映を見て、少しだけ自分が恥ずかしいと思った。

どんな事情があれど警備兵になったのならば、それを全うしなければならないのは当然だ。だと言うのに、それがわかっていながら我侭を言ってしまった。そのことをのどかは恥じていた。

 

 

「なら、ハルナやここにいない人たちにも、私は元気だと伝えておいて欲しいです」

 

「うん、わかったよ」

 

 

 そして、夕映はそんなのどかへ、今この場にいない人たちにも、自分の無事を教えて欲しいと、健気な笑顔で言ったのだ。

のどかもそれに対してしっかりうなずき、必ず言うと約束した。

 

 

「では、我々は帰艦いたします」

 

「ご苦労だった」

 

 

 夕映とのどかの別れの言葉が終わったのを見て、エミリィは帰艦をエヴァンジェリンへ告げた。

エヴァンジェリンはそんな彼女たちへと、労いの言葉を述べていた。

 

 その後、エヴァンジェリンへと各自敬礼したのち、武装である槍を箒代わりに、少女たちは空へと飛び上がった。

 

 

「またです!」

 

「またね!!」

 

 

 夕映も仲間と同じように槍にまたがり、最後にのどかへ別れを告げると、手を振りながら上昇していった。

のどかも夕映へ手を振りながら、笑ってお別れをしたのである。

 

 そして、彼女たちはそのまま空を飛びながら、艦へと戻っていったのだった。

 

 

「そういえば、兄さんも来たんですよね? 今はどこに?」

 

「ぼーやならあそこだ」

 

「あっ、本当だ」

 

 

 しかし、そこでネギがふと思い出した。それは兄であるカギのことだ。

エヴァンジェリンの先ほどの説明では、カギも夕映やエヴァンジェリンの近くにいると聞いていた。ならば、どうして姿を見せないのだろうかと、疑問に思ったのである。

 

 いや、そんなはずがなかった。カギはすでに、すぐそこまでやってきていた。

エヴァンジェリンがその方向を指差すと、空の上で杖にまたがりこちらを眺めているカギがいたのだ。

 

 アスナもそれを見て、本当にこっちに来ていたのかと思った。

何せカギはネギたちとゲートに入るはずだったのが、寝坊して来られなかったからだ。

 

 

「あら、こっちに気がついて手を振ったけど、どっか行っちゃった」

 

「ぼーやには綾瀬夕映の防衛を任せてある。何かあるかわからないからな」

 

「今、夕映さんが戻ったから、一緒に戻ったんですね?」

 

「そういうことだ」

 

 

 カギはネギたちと目が合ったのを見て、手を振って自分の存在をアピールした。

だが、その後すぐに、その場から飛び去ってしまったのである。

 

 

「それでも近くに来て少し顔ぐらい見せればよいのに……」

 

「寝坊したから恥ずかしいのかもしれません」

 

「そうかしらねぇ……」

 

 

 アスナはそんなカギに、近くに来ないのかと思った。

どんな方法でこちらに来たかわからないが、とにかく合流できたのだから、顔を見せるのではないのかと思ったのだ。

 

 そのアスナの言葉に、ネギは意見を述べた。

カギとて寝坊したがために共にこちらにこれなかった。それを気にして恥じているのではないか、とネギは思ったのである。

 

 が、あのカギがそんなことで顔を見せないはずがない。

アスナはそう考えて悩む仕草を見せながら、どうだろうかと口に出していた。

 

 

「でも、夕映さんがアリアドネーの警備兵だなんて、驚きです」

 

「そうですね……。ゆえ、見ないうちに逞しくなってましたね」

 

 

 カギのことも確認できたネギは、別のことを考えた。

それは夕映がアリアドネーの警備兵になっているということだ。

 

 アリアドネーの警備兵は一国の正規騎士団と同等の集団だ。

そのような部隊に配属されるほど、夕映が魔法使いとして腕を上げたということを、ネギは驚いていたのだ。

 

 のどかも夕映が兵隊になっているとは思っていなかった。

一緒に魔法を習った仲である夕映が、見ないうちにすさまじい成長を遂げていた。のどかは別に夕映と魔法の実力を競っている訳ではないが、その差を考えてほんの少し羨ましいと思っていた。

 

 

「何を言ってる。貴様らも随分逞しくなったじゃないか」

 

「そうですか?」

 

「そうだ」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはそこで、成長したのは夕映だけではないと言葉にした。

そう、ネギは当然であるが、のどかもしっかり成長していた。そのことを、彼女たちへと指摘したのである。

 

 ただ、のどかは自分の成長と言うものを、あまり理解していない。

ちょっと冒険して度胸が付いたという程度で、それ以外はあまり変わっていないと思っていたのだ。故に、それをキョトンとした顔で、エヴァンジェリンへと尋ねていた。

 

 それに対してエヴァンジェリンは、一言肯定する言葉を述べた。

魔法の技術でならば、確かに夕映の方が一歩先に行っているだろう。だが、度胸や精神面だけならば、のどかも夕映と引けを取らないと思い、先ほどの発言をしたのである。

 

 

「まあ、とりあえず今後のことについて考えていこう」

 

「ですね」

 

 

 そして、まずは今後のことを相談しようと、エヴァンジェリンは提案した。

 

 ”完全なる世界”の残党どもは、まだ何かを起こすことは間違いないだろう。

こちらも狙われるのは間違いないだろうと、エヴァンジェリンは考えていた。だから、その対応も含めて、色々話し合う必要があるということだった。

 

 ネギもこのままでは何かよからぬことがありそうだと思った。

ゲートからの因縁は、まだまだ終わりそうに無い。むしろ、彼らとはまた戦うことになるだろうと、良からぬ予感を感じていた。なので、エヴァンジェリンの言葉に、ネギも素直に答えたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが今後のことについて会談し、すでに解散したその後。一人の男が少女をお縄にしてやってきた。それはアルスと、その彼に捕まった青いローブの少女であった。

 

 

「あら、誰もいねぇ。出遅れたか?」

 

「アンタもしかしてアホ?」

 

「いやー、かもしれねぇや、ははは」

 

「笑い事?」

 

 

 もはやガランとして誰もいない、闘技場の屋上。

それを見たアルスは、遅れてしまったかと少し途方にくれていた。アルスも”原作知識を持つ転生者”なので、ここにネギたちが集まっているだろうと予測をつけてやってきたのだ。

 

 しかし、もうネギたちの姿はなく、すでに解散してしまったようだ。

それを青いローブの少女が馬鹿にしたように言えば、アルスもただただ笑うしかないと、笑うだけであった。

が、そんな笑っているアルスを見て、いや笑い事ではないだろうと、敵ながら思う少女だった。

 

 

「いや、まだいるぞ」

 

「おー、これはエヴァンジェリン殿! お久しぶりです」

 

「そうなるな」

 

 

 だが、未だここを離れずにいるものがいた。

それはエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンはネギたちが解散した後も、ここに残って考え事をしていたのだ。その考え事とは、やはり実の兄であるディオが、吸血鬼となって目の前に現れたことだった。

 

 アレは本当に兄なのだろうか、兄を討つべきなのだろうか。もしも本当に兄ならば、自分はどうすればいいのだろうか、そんなことをずっと頭の中でグルグルと渦巻くように思考しながら、悩んでいたのである。

 

 アルスはエヴァンジェリンから声をかけられ、助かったと思った。

ここに誰もいなかったら、確保した少女をどうするか相談できなかったからだ。

 

 そんなことを考えながら、アルスはエヴァンジェリンへと丁寧に挨拶した。

エヴァンジェリンも普段と変わらぬ様子で、アルスの挨拶に応えていた。

 

 

「どうしたんです? こんなところで一人で」

 

「少し考え事をな……」

 

 

 とは言え、エヴァンジェリンがここに一人残っているというのも奇妙な話だ。

自分を待っていた、と言う様子でもなさそうだったので、アルスはエヴァンジェリンに、そのことを尋ねたのだ。

 

 エヴァンジェリンはそれに対して、物静かな様子でそう述べた。

ただ、悩んでいるという感じは見せずに、あえて今後のことについて考えていたという様子を見せていた。

 

 

「で、ソイツは何だ?」

 

「やつらの仲間です。捕獲しました」

 

「はっ。捕獲されてあげてんのよ」

 

「そういうことにしておいてやるよ」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、アルスが魔法で縛った少女を連れていることに気が付いた。

そして、そのことをアルスに聞けば、なんと敵を捕まえたと言うではないか。

 

 ただ、捕まった少女は、それを不服な様子で強がりを言っていた。

アルスはそんな少女に苦笑しながら、彼女の意見を皮肉まじりに汲んであげたのだった。

 

 

「そうか、よくやった。それでソイツの処遇はどうするんだ?」

 

「魔法具で契約して俺らに攻撃できんようにしようと思ってたところです」

 

「名案だな。なら、これを使え」

 

「おっ、流石です」

 

 

 するとエヴァンジェリンは、アルスのその行動を素直に褒め称えた。

また、その捕まえた少女をどうするかについて、アルスへ聞いたのだ。

 

 アルスはとりあえず、魔法具での強制契約を使い、自分たちに攻撃ができないようにしようと考えていた。

エヴァンジェリンもそれが妥当かと言う様子で、それに必要な鳥の翼に天秤がついた形の魔法具をアルスへと手渡した。

 

 アルスはそれを受け取り、こんなものがスッと出てくるあたり、流石エヴァンジェリンだと思った。

と言うのも、この魔法具”鵬法璽”は封印級と言うほどの、すさまじい効果のものだからだ。ただ、その絶大な効果と比例して、一般人が扱えないほどの魔力も有しているのだが。

 

 

「んじゃ、契約すっかね」

 

「はぁ、好きにしなさい」

 

「了解っと」

 

 

 アルスはそれを受け取ると、不機嫌そうな顔の少女へと振り返り契約執行の準備に入った。

青いローブの少女も完全に観念したのか、勝手にしろと言う態度しか見せなかった。

 

 

「言っとくけど契約したところで、アーチャーの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で破棄できるってことをお忘れなく」

 

「あー、そんなもんあったんだっけなぁ」

 

 

 だが、少女はそこでアルスの作戦の欠点を、諦めた様子で言葉にした。

そう、少女の仲間には転生者アーチャーがいる。アーチャーは破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を投影できる。つまり、どんな魔法で拘束したとしても、その短剣一本刺されれば、たちまち自由になるということだ。

 

 アルスもそこは失念していたと思い、いっけねぇと言う態度で頭をポリポリかいた。

それではこの魔法具を使って開放したとしても、アーチャーへ接近されれば意味がないと考えたのだ。

 

 

「契約の破棄? 何かの魔法具か?」

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)ってのはですね……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンはそれを言われても、どんなものかがわからなかった。

それでも会話の内容で、契約を破棄させる効果のある何か、というのだけはわかったようだ。

 

 そこでアルスがエヴァンジェリンへと、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)について説明を行った。

 

 

「なるほど、確かに面倒だな」

 

「そうなると、どうするかな」

 

 

 アルスの説明を聞いたエヴァンジェリンも、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)の能力を厄介だと評価した。

そして、それがある限り、目の前の少女を魔法具で何度契約しても、それを破棄されるということも理解した。

 

 故に、アルスはここに来て、再び少女の処遇をどうするか考えた。

魔法具を使っても意味が無いなら、このまま縄で縛っておくぐらいしかできないと思ったのだ。

 

 

「記憶を消してしまうか」

 

「確かにそれが一番でしょうね」

 

「は? ちょっと冗談じゃないわ!」

 

 

 すると、エヴァンジェリンが、意味ありげにニヤリと笑いながら、アルスをちらりと見て一つの提案をした。

 

 それはやはり、記憶の消去であった。記憶を消してしまえば、何をしたか、何をしたいか、何をしようと思ったかなど忘れてしまう。

そうなれば、自分たちを攻撃することもなく、アーチャーのところへ戻ることもないだろう。むしろ、こちらの有利なことを吹き込んで、遠くに逃がしてしまえばいいのだ。

 

 アルスも記憶の消去には多少の抵抗がある。

ただ、アルスは今のエヴァンジェリンの表情を見て、何か考えに裏があると考えた。なので、あえてその記憶の消去に賛同し、それしかないと言い出したのだ。

 

 それを聞いた青いローブの少女は、突如として慌てだした。

当然である。記憶が消されるなんてことは、普通に考えても拒絶したいことだからだ。冗談なら冗談と言えと、少女は大声で叫びだしたのである。

 

 

「冗談ではないぞ? 手っ取り早く無効化する手段としては最適だからな」

 

「いやよ! 記憶消去とか洒落にならないわ!」

 

「そうは言うがな。貴様と契約してもそれでは野放しにできないしな」

 

 

 少女の焦りに彩られた叫びに、エヴァンジェリンは淡々とした態度で冗談ではないと言い放った。

アーチャーとやらが契約を無効にしてしまうのなら、最適な方法が記憶を消すということだからだ。

 

 しかし、少女はそれだけは嫌だと声を張り上げる。

特に何かいいことがあった訳でもないが、やはり忘れるということは嫌なのだ。

 

 だが、それでもエヴァンジェリンは冷酷に、その事実を告げる。

契約が無意味になるならば、逃がす訳にもいかない。されど、このまま放置する訳にもいかないからだ。

 

 

「それに、今好きにしろと言ったのは貴様の方だぞ?」

 

「くっ……!」

 

 

 さらに、先ほど少女は、好きにしろとはっきり言った。

それをエヴァンジェリンがここで採り上げ、嘘だったのかと言う態度で少女を睨んだ。

 

 少女はそのことを言われ、ぐぐぐ……と悔しそうな様子でしり込みをしていた。

確かにそれを言ったのは自分だが、そういった意図で言った訳ではないとも思ったからだ。

 

 

「……まあ、それが嫌だと言うなら別の手があるが」

 

「っ! そっ、そっちでお願い!」

 

「ふふふ、そうかそうか」

 

 

 もはや、蛇に睨まれたカエルのような少女へと、エヴァンジェリンは別の提案があると言い出した。

いや、むしろこちらこそが本命であり、記憶を消すと言うのはブラフであった。

 

 それに気がつかず、少女はその提案の方がいいと慌てながら言い出した。

だが、ここで少女は致命的なことを忘れていた。その新たな提案がどんなものか、まったく聞かずにそれでいいと言ってしまったのだ。

 

 エヴァンジェリンはそれを聞いて、悪役みたいな笑みを見せた。

まさにたくらみが成功し、今にも大きく笑い出しそうな様子であった。

 

 

「なっ、何よ……、その薄気味悪い笑いは……」

 

「いや、なんでもない。では、そっちを行うとするか」

 

 

 エヴァンジェリンのその笑う顔を見て、少女は悪寒を感じたようだ。

もしかして、いや、もしかしなくても、何か大きな地雷でも踏んでしまったのだろうかと。

 

 すると、エヴァンジェリンは再び冷静な態度を見せ、ならば記憶を消すのをやめ、今考えたプランに変更すると述べた。

 

 

「と言う訳で場所を移すぞ」

 

「あいよっと」

 

「は? またどこへ連れて行く気!?」

 

 

 そこで、それを行うならば移動が必要だと考えたエヴァンジェリンは、場所を移すと指示を出した。

アルスもそれに軽い感じで返事をし、少女を引っ張り出したのだ。

 

 少女は突然の移動に戸惑い、何をどうするのだろうかと少し不安を感じ始めていた。

 

 

「誰も邪魔が入らない場所だよ。誰もな」

 

「そういうこった。んじゃ、行こうぜ」

 

「怖!? 何それ怖!?」

 

 

 エヴァンジェリンは少女の疑問に、再びニヤリと笑いながら、邪魔がいないところだと言い出した。

アルスもそこで同じように笑いながら、さっさと移動しようぜと少女へ言った。

 

 少女は二人に対し、何かおぞましい何かを感じたようで、怯える様子を見せ始めた。

 

 

「なんか素が出てきたな。本当はそんな感じなのか?」

 

「普段も素よ!」

 

 

 アルスはそんな態度の少女に、これが普段の姿なのかと言葉にした。

自分と戦っている時は演技で、今目の前の表情こそが本来の姿なのかと。

 

 が、別に少女は演技をしていた訳ではないらしい。

あの時も今も、基本的に素のままだと、大きな声で答えたのだ。

 

 

「おい、早くしろ。転移して行くぞ」

 

「おっと、すいません」

 

「ちょ!? 待って!? 待って!? ああ!!」

 

 

 そんな二人にエヴァンジェリンは、遅いとばかりに催促した。

とは言え、移動するのに足は使わない。何せ影の転移魔法(ゲート)が使えるエヴァンジェリンは、それで瞬時に移動ができるからだ。

 

 そして、アルスはエヴァンジェリンへとペコリと頭を下げ謝りながら、少し申しわけなさそうにエヴァンジェリンの手を掴んだ。

それを見たエヴァンジェリンは、アルスとともに影に沈みだしたのである。

 

 アルスに捕まっている青いローブの少女も、当然影に吸い込まれ始めた。

ただ、いきなりのことで困惑したのか、影に飲み込まれながら悲鳴を上げるだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンたちは目的の場所に移動し、その行為をすでに終えていた。そして、アルスとエヴァンジェリンは、その少女を囲みながらニヤニヤと笑っていたのだ。

 

 

「いい眺めだぜー、クックックッ!」

 

「なかなかいいな」

 

「くっ……!」

 

 

 アルスは少女をニタニタと笑いながら、マジマジと眺めていた。

いやはや、中々どうして可愛いものだ。先ほどの苛烈な戦いをしていたものとは思えないと、愉快な様子で笑っていた。

 

 エヴァンジェリンも少女の姿を見て、好意的な意見を述べていた。

いや、むしろ()()を用意したのはエヴァンジェリン本人。素材が悪くなければ、良いものになるのは当然だと腕を組んで思っていた。

 

 笑いものにされている少女はと言うと、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、悔しそうな顔を見せていた。

 

 

 それはどうしてかと言えば、少女の格好にあった。

フリフリで丈の短いスカート、フリフリのエプロン、短い袖の黒い服。明らかにフレンチメイド服と呼ばれる、露出が多い服装だったのだ。

 

 何故そんな格好に少女がされているかと言うと、単にエヴァンジェリンの趣味である。

また、少女は普段しないようなヒラヒラフリフリの服装をしないので、着慣れない服に戸惑い恥ずかしがっていたのだ。

 

 しかし、彼女の選んだ特典の原典、”メルトリリス”の格好を考えれば、優しいものであるだろう。

とは言え、少女も()()()()は普通に考えればとても恥ずかしいものなので、当然そんな格好はしていなかったのだが。

 

 

「なっ、なんで私がこんな……!」

 

「まあいいじゃないか。似合ってるぞ」

 

「うう……」

 

 

 少女は恥ずかしくて我慢ならないという様子で、短いスカートを抑えて必死に恥辱に耐えていた。

そんな少女にエヴァンジェリンは、素直な気持ちで似合っていると褒めるばかりだった。

 

 そう言われた少女は恥ずかしいという気持ちと、こんな服が似合っていると言われたことの喜びの二つの感情で、少し戸惑った様子だった。

 

 

「しかし、まさかそいつを従者にしようなんて」

 

「仮契約というのはやったことがなかったんでな。一度ぐらいやってみたかったのさ」

 

 

 アルスはそこでエヴァンジェリンに、その少女を従者にしたことについて尋ねた。

なんと、エヴァンジェリンは大胆にも、敵であった少女と仮契約を結んだのである。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンは仮契約を一度も行ったことが無かった。

ドール契約と言う人形に使う契約は行ったものの、仮契約は未だ経験が無かったのだ。

 

 なので、これはいい機会だとばかりに、少女を仮契約の実験台にしたのである。

ただ、それ以外にも色々と思惑がある様子だった。

 

 

「それに、茶々丸はロボで何かあったら私でも直せんからな。今後極力戦闘は避けさせたい」

 

「優しいですねぇー」

 

 

 その思惑の一つは茶々丸のことだった。

エヴァンジェリンの従者である茶々丸はロボットである。ロボットに治癒の魔法は通用しないので、修復できない。また、エヴァンジェリン自身もロボットの知識などないので、人形のチャチャゼロのように修理もできないのだ。

 

 それ故、戦闘用としてある程度戦える茶々丸にも、今後の戦いにおいては戦闘を避けさせたいと考えていた。

何せ敵は強力な火力を持つ相手ばかりだ。何かあったら困ると、エヴァンジェリンは考えていた。

 

 そこでそこの少女を従者にして、戦わせようと考えた。

少女ならば治癒の魔法も通じるし、”転生者”なので”対転生者”も可能だとも考えたのだ。

 

 その説明を聞き終えたアルスは、エヴァンジェリンへ一言そう言った。

なるほど、自分の従者の為でもあるのか。確かに、相手は”転生者”ばかりだ。何があるかわからない。

事前に対策しておく必要があると、アルスも腕を組んでそう思った。

 

 

「しかし、仮契約だけじゃ逃げられるんでは?」

 

「魔法具での契約を行い、特殊な魔法具である程度動きも制限できるようにもしてある」

 

「どおりでここまでつれてくる必要があった訳だ」

 

 

 とは言え、ただ仮契約をしただけでは、何の拘束にもならないのではないかと、アルスはそこを突いた。

 

 だが、当然エヴァンジェリンも、そこにもしっかりと力を注いでいた。

そう、少女が着ている服や装飾が特殊な魔法具となっており、エヴァンジェリンの意思一つで行動に制限を与えられるようになっているのだ。

 

 それだけではなく、魔法具には発信機としての機能などもあり、少女の正確な位置をすぐに知ることができるようにもなっていた。これらの魔法具と仮契約での強制召喚を使えば、少女はエヴァンジェリンから逃げることは不可能だろう。

 

 エヴァンジェリンの二つ目の思惑は、そこにあったのだ。

また、だからこそ、この場所まで来なければ用意できなかったというものだった。

 

 そして、この場所こそ、エヴァンジェリンがアリアドネーの研究室に置いておいた、ダイオラマ魔法球の中だ。

 

 この魔法球内にも魔法を研究する施設が独自に用意されており、アリアドネーの研究室よりも自分好みに研究ができる場所として、エヴァンジェリンが使用していたものだ。その中で役に立ちそうな魔法具を改良し、少女に装着させたのである。

 

 

「まあ、何かない限り、この魔法球内でメイドの真似事をさせておくつもりだがな」

 

「なっ!? どういうことよ!!」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは少女をすぐに戦わせる気もなかった。

魔法具で拘束したとは言え、やはり先ほど聞いたアーチャーとやらの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)が気になるからだ。

 

 アーチャーとやらの実力や能力は未だ全て解明されてはいない。どんな方法で少女に接触するかもわからない。よって、不必要に外に出すのは危険だと、エヴァンジェリンは考えたのだ。それ以外にも、隠し玉にしておこうと言う考えもあった。

 

 なので、エヴァンジェリンは少女を、この魔法球の中でメイドをやらせておこうと考えた。

この魔法球内ならば安全でもあり、何者にも侵入される心配もないからだ。

 

 しかし、少女はそれを聞いて、突如として焦りの表情で大声を上げだした。

 

 

「貴様はこの魔法球からは私の許可なしでは出れないようにもしてある」

 

「なんですって!? それじゃ、ここから出れないってこと!?」

 

「そうだ」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、さらに少女へ追い討ちをかけるようなことを言い出した。

それはなんと、エヴァンジェリンが許可しなければ、少女はこの魔法球から出ることができないというものだったのだ。

 

 少女はそれを聞いて驚き戸惑いながら、再び大声を張り上げていた。

つまりそれは、牢獄に幽閉されて囚われの身となってのと同じではないかと、少女は思ったからである。

 

 また、少女のその叫びに、エヴァンジェリンは一言だけでそれを肯定した。

そう、お前はここから出れない。出すことはないという、エヴァンジェリンの意思表示であった。

 

 

「だが、衣食住に不便はない。ここの中ならある程度自由にしてもかまわん」

 

「……はぁ……、まあ、捕虜としては最高の待遇だし、いいか……」

 

 

 それでも、エヴァンジェリンは少女に不便はさせないと述べた。

ここを出すことは無いが、それだけの面倒はしっかり見るとしたのである。まあ、実験的にとは言えこの少女は従者となった。従者の面倒を見るのは、主の務めでもあるからだ。

 

 少女はそこで大きくため息を吐き、とりあえずしょうがないと思ったようだ。

何せ自分は敵に捕まった捕虜のようなもの。そう考えれば、この処遇が悪いものではないと思ったのだ。

 

 

「この戦いが終わったら、完全に自由にしてやる。それまで我慢するんだな」

 

「はいはい……」

 

 

 だが、このままずっと捕らえておくという訳でもなかった。

閉じ込めておくのは”完全なる世界”との戦いが終わるまでの間だけ。それが終われば逃がしてやると、エヴァンジェリンは少女へ語った。

 

 ヤツら”完全なる世界”との戦いは続くだろう。

何せヤツらの目的が未だ達成された様子はない。ならば、何度もこちらにちょっかいをかけてくるはずだ。それと、やはり気になることが一つあるからだ。

 

 そのエヴァンジェリンの言葉に、少女は諦めたように二つ返事を並べた。

ただ、とりあえずは安全が保たれるとも考え、少し安心した様子でもあった。

 

 

「さて、私たちは行くが、貴様はここで掃除しておけ」

 

「掃除?! ここを一人で!?」

 

「そうだ。まあ、今すぐ全てを掃除しろとは言わんがな」

 

 

 そして、エヴァンジェリンは、少女へこの場所の掃除を任せ、外へ出ることにした。

この魔法球は研究施設となっている城と、外には広い平原が存在している。その研究施設の内部の掃除を、少女へ言いつけたのだ。

 

 が、その研究施設も小さい訳ではない。城であるからにはそれなりの広さがあるのだ。

そこを一人で掃除しろと言われた少女は、嘘でしょ!? という顔で驚きながら、ありえないと言う様子を見せていた。

 

 しかし、エヴァンジェリンは無情にも、それをはっきり肯定した。

とは言ったものの、エヴァンジェリンも一人でいっきに掃除するのは無理だろうと考え、指示に付け加えたのだが。

 

 

「ああ、後監視にチャチャゼロがいるから、何かすれば即座に首が飛ぶぞ」

 

「ケケケケケ」

 

「……っ!」

 

 

 また、少女が何か良からぬことを企まないように、エヴァンジェリンはもう一つ言葉を付け加えた。

それは監視役としてチャチャゼロがいるということだった。企てや反抗を行ったのなら、このチャチャゼロが命を狙うと、少女を脅すように言ったのである。

 

 それをソファーの上で聞いていたチャチャゼロは、喜びのあまり笑い声をもらしていた。

少女はケタケタと不気味に笑うチャチャゼロに、恐怖を感じて尻込みをしていた。

 

 

「まあ、契約したから何もできんだろうがな」

 

「オイ御主人、ヌカ喜ビサセルンジャネーヨ……」

 

「まるで私を切り裂きたいみたいじゃないそれ!?」

 

「切リ刻ミタイガ?」

 

 

 そんなところへエヴァンジェリンは、少女と魔法具での契約をしたので、そういったことは不可能であるとも言い出した。

装備型の魔法具での行動の制限以外にも、強制契約で自分たちに不利益をもたらさないようにしたのである。

 

 チャチャゼロはそのことで出鼻をくじかれたという様子で、かなりがっかりしていた。

このチャチャゼロ、最近戦闘に出してもらえないので、戦いに飢えていた。何かを切り刻みたくて仕方なかった。そこへようやく目の前に餌が現れたと思ったが、完全にお預けを食らったような気分にされてしまったのである。

 

 少女はチャチャゼロの嘆きを聞いて、つまり自分を切り刻みたいのではないかと思った。

それをチャチャゼロへと叫びながら言うと、当然という答えが返ってきたのである。

 

 

「ちょ!? 本当に大丈夫なんでしょうね!?」

 

「いつものことだ。気にしなくていい」

 

 

 少女はそのチャチャゼロの返答を聞いて、不安が一気にあふれ出した。

ここにいて本当に大丈夫なのだろうか。そこの殺人人形に突如攻撃されないだろうか、そんな恐怖がよぎった。

 

 ただ、エヴァンジェリンは、チャチャゼロのいつもの悪い癖が出たとしか思っていない。

なので、口だけでいきなり襲ったりはしないだろうから、心配するなと少女へ投げかけた。

 

 

「それと、後で聞きたいことがある……。その時になったら呼ぶから待っていろ」

 

「……?」

 

 

 そこへエヴァンジェリンが少女へと近寄り、少女の顔に自分の顔を近づけた。

そして、ぼそりと小さな声で、近くにいるアルスに聞こえないように、少女へと一つ命令した。

 

 それは少女に質問があるということだった。

その質問とは、やはり実兄であり完全なる世界の一員となっているディオのことだ。吸血鬼となった兄のことを、同じ仲間であった少女に尋ねたいと思ったのである。

 

 だが、少女はそのことをまったく知らないので、何が聞きたいのだろうかと疑問に思うだけだった。

 

 

「では、また後で。掃除のことならチャチャゼロに聞け」

 

「じゃーな。おとなしくしとけよ」

 

「メンドー事オシツケテンジャネーゾ!?」

 

「ちょっと!?」

 

 

 エヴァンジェリンは今の言葉を言い終えると、サッと振り返り出口へと歩き出した。

最後にチャチャゼロに色々と押し付けて。

 

 アルスも会話が終わったのを見て、エヴァンジェリンの後ろについていった。

 

 チャチャゼロは最後に仕事を投げつけられ、エヴァンジェリンへと盛大に文句を吐いていた。

 

 また、少女も完全に投げっぱなしにさせられたと思い、待ったと叫ぼうとしていた。しかし、そのままエヴァンジェリンはアルスとともに消え去り、すでにそこにはいなかったのだった。

 

 

 

「……はぁ……」

 

「マア何ダ……。トリアエズ、コノ部屋カラ掃除シロ」

 

「そうする……」

 

 

 チャチャゼロ以外誰もいなくなったこの部屋に、少女のため息の音だけがこだました。

そんな頭を下げてうなだれる少女へと、チャチャゼロは哀れに思ったのか、慰めの言葉をかけたのだ。

 

 少女も落ち込んでばかりではいられないと考え、とりあえず言い渡された仕事をこなそうと行動を始めるのだった。

 

 


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