アスナは転生者アーチャーを追って飛び去ったネギを追いかけるため、空中を虚空瞬動で移動していた。
「ネギ……!」
しかし、ネギはすでに遠くへと移動してしまったらしく、中々追いつけなかった。
「っ! 新手!?」
故に、急いでネギを追うアスナの前に、突如新手の敵が現れた。敵は塔の形をした建造物の上に静かに立ちながら、アスナを見ていた。その男は頭に角を生やし、額に三つ目の目を持つ魔族だった。
「”カイザーフェニックス”……!」
「あっ! くっ!」
なんとその新たな敵が右腕に魔力を込めると、炎の鳥が現れたではないか。それこそまさにダイの大冒険に出てくる最大のボス”バーン”が得意とする呪文、”カイザーフェニックス”だったのだ。敵はカイザーフェニックスを発生させると、すばやくアスナへ目がけ飛ばし攻撃したのである。
アスナはその攻撃に驚き、一瞬戸惑った。それでも握っていたハマノツルギで何とか防ぎ、後退して近くの建造物の屋根へと移ったのだ。
「防ぎきった……? なるほど……」
「邪魔しないで!」
魔族の男は自分の魔法を完全に防いだアスナを見て、少しだけ驚いた。
そして、魔法無効化能力の脅威を理解し、ならば次にどうするべきかを考えた。
アスナは攻撃を受け、そこにいる魔族を敵だと認識した。
ならば、ネギを追う邪魔になると考え、即座に瞬動を使いその敵へと襲い掛かったのだ。
「そうか、ではこれならどうだ?」
猛スピードで迫るアスナを眺めながら、敵は次の行動にすでに移っていた。
魔法が効かないというのは中々厄介だが、逆を言えばそれ以外の攻撃を行えばいいということだ。故に、魔族の男は冷静だった。問題ないと静観しながら、その構えを取りはじめた。
「”天地魔闘の構え”」
「なっ! ああ!?」
それこそまさに”天地魔闘の構え”だった。天地魔闘の構えとは、大魔王バーンが得意とする技の一つだ。この技は相手の攻撃に対するカウンターであり、この構えを取っている時は自ら攻撃することができなくなる。
だが、そんなデメリットなど笑い飛ばすかのような、恐ろしい技がこの天地魔闘の構えだ。天地魔闘の構えは、防御・物理攻撃・魔法攻撃を連続的かつ同時に、相手へと放つ技でもある。相手の攻撃を確実に防ぎ、物理攻撃や魔法攻撃にて、三連続同時攻撃を行うのだ。
とは言え、弱点は存在する。それはこの技を放った後、数秒間動けないということだ。しかし、相手が一人であるならばそのような弱点など弱点にならず、無敵に等しい攻撃が繰り出せるのだ。
故に、当然アスナの攻撃を軽く受け止め、赤子の手をひねるように振り払った。アスナは今の敵の動作に驚き、小さく悲鳴を漏らした。
そこへさらなる追撃が襲い掛かった。天地魔闘の構えは三段攻撃だ。防御の後に牽制のカイザーフェニックス、ジャブの掌底、本命の闘気を宿した手刀が連続的に放たれたのだ。
「くっ! うああ……!」
「ほう、力を抑えていたとは言え、あの程度で済むとはな……」
その攻撃でアスナは再び地上へと叩き落された。流石に三連撃を全て防御することはできず、魔法であるカイザーフェニックスと通常攻撃の掌底を防御するので精一杯だった。つまり、最後の一撃である闘気を宿した手刀だけは、防ぎきれなかったのだ。
とは言え、魔族の男はそれも本気で繰り出した訳ではない。アスナは彼ら”完全なる世界”にとって、もっとも重要な人物。手違いで殺してしまう訳にはいかないからだ。
それでもアスナは気を用いて、その攻撃のダメージを最低限に抑えていた。魔族の男はそれを見て、なるほどと感心していた。確かに話に聞いたとおり、かなりの実力を身につけているようだと。
「しかし……ふん、くだらん。何故、余がこんな下賤な作戦に手を貸さねばならぬのか……」
ただ、魔族の男はこの作戦に不満しか感じていなかった。
それは第三の目を用いた”瞳”と呼ばれる能力。第三の目で見つめた、自分よりも実力の差がある弱者や負傷者などを、瞳と呼ばれる宝玉へと封じる力である。これを用いればアスナとて、簡単に捕らえることができるというものだ。
しかし、ここのアスナは魔族の男が思う以上に、相当鍛え上げられていた。故に、簡単に封じることは不可能と判断した。ただ、ダメージを与え弱らせれば、問題なく捕獲できる。それでも使わなかったのは、それ以外の方法でアスナを捕らえようとしているからだ。
と言うのも、この能力を使って欲しいとアーチャーから頼まれたが、男はそれを断ったのである。この作戦にまったく持ってやる気を感じなかった男は、アスナの足止め以外は一切行動しないとアーチャーへ断ったのだ。
なので、この魔族の男は今の攻撃だけが仕事であり、それ以外の作戦に手を貸すこともなかった。落ちていくアスナを眺めながら、作戦通りの場所へと落下させられたことを確認すると、その場から去って行ったのだった。
…… …… ……
一方その頃、未だ結界内でラカンとブラボーなる男が戦っていた。どちらも無傷であり、互いに拮抗した状態であった。
「その銀色の服は厄介だな!」
「当然だ……」
ラカンはブラボーなる男が身にまとうシルバースキンに、多少なりと手を焼いていた。何せどんなに攻撃してもその部分が六角形のパーツにはじけるだけで、ダメージを与えられないからだ。さらに、瞬時に修復されてしまい、元に戻ってしまうからだ。
ただ、ブラボーなる男はその特性を理解した上で使っている。なので、その部分を褒められたとしても、嬉しさなど湧かないのだ。
「だが、大体その服の特性は理解したぜ?」
「ほう?」
しかし、ラカンはすでにシルバースキンの特性を完全に把握した様子だった。殴ればその部分が硬化し、はじける。その後すぐに修復され、ダメージを0にする。なるほど、確かに最強の防御と言ったものだと。
それを聞いたブラボーは、やはり察したかと言う顔を帽子の下から覗かせていた。
これほど何度も攻撃していれば、理解するのも当然だというものだ。
「おらぁ!!」
「むうん!!」
そこでラカンは最大の右パンチをブラボーへと見舞った。ブラボーも同じく強烈な右パンチを放ち、それがすさまじい衝撃を帯びて衝突したのである。
すると、ブラボーは打ち負けたようで、その銀のジャケットを吹き払われた。だが、その中には同じく、シルバースキンが現れたのだ。
「おお? 重ね着してるってか?」
「流石だ……。最大の気を用いてさらに強化しているはずのシルバースキンをこうも容易く打ち破るとは……」
ラカンはその下にも同じようなジャケットが現れたのを見て、二重に着ていたのかと思った。
また、確かにあの銀の服を二重に重ねていれば、かなりの防御力になるだろう。突破できるものも、一握りだろうと考えた。
しかし、ブラボーは今の攻撃に戦慄していた。
闘争心を高ぶらせることで、武装錬金の性能をあげることができる。シルバースキンならば、その防御力を向上させることができるのだ。
それ以外にも、気を用いてシルバースキンを強化していた。これにより、ミサイルでも傷つかないとされたシルバースキンを、さらに強固にしていたのだ。
だと言うのに、ラカンは右パンチでそれを破って見せた。
たった一撃でシルバースキンを粉砕したのだ。故に、ブラボーは驚き、冷や汗を流していた。そして、考えてみればラカンほどの男ならば、そのぐらい当然であると考えるべきだったと、認識を改めていた。
「しかし、その程度ではこのダブルシルバースキンを破れはしない!!」
「だったら、次はどうだ? ”羅漢萬烈拳”!!」
ああ、それでも、それでもこのダブルシルバースキン、簡単には砕けない。どちらも同時に粉砕するパワー、その後再生する前に攻撃する速度、どちらも必要だからだ。
すると、ラカンは自信満々な表情で、次の攻撃を繰りだした。それは拳を高速で連打するというシンプルな技だった。
「ぐうう!?」
「ほう? それがテメェのツラって訳か」
「ぬう……。これほどとは……。いや……予想できたはずだったのだがな……」
すると、なんということか。その攻撃を受けたブラボーのダブルシルバースキンは、見るも無残に破裂四散。ブラボー自身にダメージはないが、これは戦慄と驚愕の両方を味わっていたのだ。
何せダブルシルバースキンは無敵と称するに値する最強の防御。それをいともたやすく打ち破ったラカンに、驚かざるを得ない。
ブラボーは攻撃を受けシルバースキンを破壊されながら、数メートル先まで吹き飛ばされた。そこですかさず体勢を立て直し、しかと着地しながらラカンを驚きの眼で眺めていた。
ラカンはようやく現れたブラボーの顔を見て、ニヤリと笑った。
胡散臭いジャケットで身を隠しているのだから、胡散臭い顔をしているのだと思ったが、なかなかどうして伊達男ではないかと。
また、ブラボーもシルバースキンが修復される中、ラカンの壮絶さに戦慄していた。
むしろ、そのようなことなどわかっていたはずだと悔い改めていた。そうだ、目の前の男はバグ中のバグだ。シルバースキンを打ち破るのに、そう時間はかからないことなどわかっていたはずだと。
「そういやよう。テメェらがここに来たってことは、ぼーずんとこにも敵が行ってるってことだな?」
「察しがいいな……。そのとおりだ」
ふと、ラカンはそこで気が付いた。
この連中が自分の前に現れたということは、つまりネギの方にも敵が行っている可能性があるということだ。
それをラカンがブラボーに尋ねれば、そうだと言うではないか。
と言うか、ブラボーもブラボーで馬鹿正直すぎた。ここで嘘をつくなりすればよいというものを、あえて正直に話してしまったのだ。このブラボーと言う男は嘘が苦手なようで、正直な性格だったらしい。
「! ネギ君の方にも!?」
「余所見しねぇでオレだけを見ろや!」
「くうぅっ! 陽!!」
それを少し離れた場所で聞いていた木乃香が反応し、ラカンたちの方を向いて焦った様子を見せた。
いや、普通に考えればここに敵が現れたということは、ネギの方にも現れているのは当然と言えよう。ならば、早くネギたちと合流する必要がある。木乃香はそれを考え、驚いていた。
だが、陽は木乃香が余所見をしたのが許せなかったのか、大声で叫び大きく強烈な一撃を振り下ろした。
木乃香はハッとしてそれを防御し、再び陽へと邪魔をするな言わんばかりに反撃を行ったのだ。
「んじゃ、しょうがねぇ。もうちっと遊んでようと思ったが、そうもしてられねぇみてぇだしな」
「何だと……?」
「何せメトの依頼は”ぼーずとコタロー”の面倒見だからな。ちゃんと受けた依頼は最後までやらねぇと怒られちまう」
ラカンはネギの方にも敵が行っていることを聞き、これはちょいとまずいと思った。
なので、首を回しながら、さてどうしたものかと考え、この戦いを今すぐ終わらせることにしたのだ。
そのラカンの発言に、ピクリと反応を見せたブラボー。
”遊んでいようと”と言う部分に、聞き捨てならないものを感じたのだ。何せ、今の今まで互角に戦っていたと言うのに、それが”遊び”だったのだから、大小なりと怒りや驚きぐらいあるだろう。
また、ラカンにはそれをせざるを得ない理由があった。
それはメトゥーナトからの依頼だ。ラカンはメトゥーナトの依頼で、ネギや小太郎のことを頼まれていた。その依頼を失敗する訳にはいかない。失敗したら後が怖いからだ。だからこそ、ここで時間を食う訳にはいかないのだ。
「と言う訳で、名残惜しいがここで終わらせて貰うぜ!」
「そうは行かんぞ……!!」
「へっ!」
故に、最優先事項はネギたちの安全確保だ。そのためには目の前の銀色の男を、一瞬で倒す必要がある。
が、ラカンはそんなところを心配するような男ではない。
確かに目の前の銀色の男は強いが、倒せない相手ではないとすでに理解していたからだ。なので、ラカンはさっさと終わらせるために、目の前の男へと仕掛けることにした。
しかし、ブラボーもまた、ラカンを逃がす気はない。
自分たちの目的はラカンを抑えておくことだ。時間稼ぎだ。あわよくば倒せれば、とも思っていた。そのため、ここでラカンを取り逃がすわけには行かないのだ。必死だった。
そんなブラボーの態度に、ふとラカンは笑った。
そして、次の瞬間、ラカンから膨大な気が溢れだし、その技を繰り出したのだ。
「”ラカン・インパクト”ッッ!!!」
「なっ!? ぐううおぉぉぅぅ……!?」
それは”ラカン・インパクト”。強力で巨大な気を波動として放つラカンの大技。まるでそれは波動砲のごとき技で、その絶大な気の渦が拳から放たれたのだ。
それを受けたブラボーは、すさまじい衝撃で吹き飛ばされ、その気の光に飲み込まれた。もはや避けることすらかなわず、壮絶な気の嵐に飲み込まれながら悲鳴を上げるのが精一杯だったのである。
「あのおっさん何やって……!?」
「そんでもって!」
陽はいきなりの事態に驚きながら、ブラボーがやられたのを見て悪態をついていた。
だが、そこへラカンは間髪いれずに木乃香と戦っている陽へと振り返り、瞬間的に陽の目の前へと飛び出した。
「テメェもだ!」
「グベバー!?」
そして、そのまま適当に右ストレートを放つと、それは陽の顔面に吸い込まれるかのようにHIT。
陽は苦悶の奇声を叫びながら、数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、そのまま地面に衝突し転がったのだった。
「ラカンはん!?」
「このかちゃん、ここから出るぜ!」
「せやけどどうやって……!?」
木乃香は突如として目の前に現れ、陽をぶっ飛ばしたラカンを眼をぱちくりさせながら驚いていた。
するとラカンはそんな様子の木乃香へと、この結界から脱出すると言い出した。
だが、この結界は特殊なようだ。
そのことを多少なりと察していた木乃香は、どうやって脱出するのかをラカンへ尋ねたのである。
「ああ、そりゃまあ……、こうするんだ!!」
「えっ!? えっ!?」
ラカンは木乃香の問いに、ニヤリと笑いながら拳を強く握り始めた。
その光景に木乃香はさらに疑問を覚え、一体何をするつもりなのかと考えた。
「何をするつもりだ!!」
「おおう、あれを食らって無傷か? すげぇなその銀色!」
しかし、その木乃香の疑問を代弁するような質問が、別の場所から飛ばされた。
それはあのブラボーだった。シルバースキンに護られたブラボーは、ラカン・インパクトに耐えたのである。
ラカンは自分の奥義たる技を受けてもピンピンしているブラボーを見て、たいそう嬉しそうに驚いた。
なるほど、あの銀色のジャケットは想像以上に頑丈のようだ。防御だけならこの世界のどのアーティファクトをも上回るだろうと。
「うおおおおおおおおお!!!! ”両断!! ブラボチョップ”!!!」
また、ブラボーはすかさずラカンへと、再び攻撃を仕掛けた。この結界から抜け出す方法があるのなら、それをさせてはならないからだ。
故に、一瞬で天高く飛び上がり、その落下と虚空瞬動の加速をもって、ラカンへ向かって行った。さらに掌に一点集中した膨大な気の力を用いた、最大最高の一撃をラカンへと叩き込んだのである。
「がぁ!?」
「だがまっ、わりぃな。今取り込み中だ」
「こっ……、これほどにも差がある……とは……」
だが、そのブラボーの一撃は命中しなかった。
それよりも速く、ラカンの無数の拳の連撃がブラボーを襲ったからだ。ブラボーのダブルシルバースキンを全て跳ね除け、本体にまで攻撃が命中していたからだ。
ラカンはシルバースキンの穴をすでに理解していた。
強烈な攻撃ならば、あの銀色は分散する。それでも瞬時に修復することで、攻撃を防いでいる。それを二つも重ねれば、確かに最強の防御だろう。
ならば、二つを分散させた状態で、再生される前に攻撃すればいい。
単純だがそれがあの銀色を破る手だ。それは普通ならば不可能に近い攻略方法。それをラカンは、まるで片手間作業のように容易く行ってしまったのだ。
そして、ブラボーはその攻撃を受け、再び吹き飛ばされた。
その中でブラボーは恐れおののいていた。ダブルシルバースキンを打ち破り、内部の本体にまで攻撃してくるその瞬間的で爆発的な連続パンチに。ラカンという男の強さに。実力に。
「ぬん……!! ぬぐうおおぉぉぉおおぉぉおおおぉおおぉぉぉぉぉッ!!」
ラカンはブラボーが倒れ動かなくなったのを見て、唸り声とともに右拳に力を込め始めた。すると、なんということだろうか。周囲の空間がきしみ、揺れ始めたのだ。
「”大次元破り”!!!」
さらに、ラカンはそこで今考えた技の名を叫ぶと、結界の壁が砕け散り、消滅したのである。それはつまり、ラカンが結界を破壊し、外に出れたということだ。
「なっ!? 嘘……だろ……」
「なん……、とい……う……、出鱈目な男だ……!」
その光景を見ていた陽とブラボーは、ただただ驚くだけであった。
目を見開き口を開け、マヌケな顔をしながらも、陽はラカンのその力技に目を疑っていた。
ブラボーもまた、ラカンにあることを再認識していた。
すさまじい力だ。恐ろしい。強大すぎるということを。
いや、確かにラカンは”ネギま”においてバグ中のバグ。アーティファクトで作り出した空間を破壊していた。
それでもこの結界は”ネギま”のものではなく、”リリカルなのは”のものだ。それすらも重力魔法の応用とゴリ押しで破壊したラカンは、間違いなくバグだった。
故に”原作知識”を持つ陽やブラボーは驚いていたのだ。この結界すらもラカンが破壊できるということに、心底驚愕していたのだ。
「なんだ、テキトーにやってみたが、案外イケたな」
ラカンは今のすらも、ただただ適当な行動だった。
いやー、うまく行ってよかったよかった。そんな結果オーライな顔で笑っていた。
そんなラカンを隣で眺めながら、木乃香もポカンとするしかなかったのだった。
…… …… ……
場所を移し、ここはエヴァンジェリンがいる場所。真祖の吸血鬼にて最大最高の魔法使いであり、この世界ではアリアドネーの名誉教授たるエヴァンジェリン。
どのような相手にも余裕の構えを崩さず、大抵の転生者をあしらってきた猛者。そんなエヴァンジェリンが今まさに、窮地に追いやられていた。
別に戦いで危機に瀕した訳ではない。精神的な部分で、かなり追い詰められていた。その表情に余裕がないほどに、目の前の男に追い詰められていたのだ。
「ずっとこの時を待ちわびていた……。そして、ようやく会えたな……エヴァンジェリン……。いや、ここはやはりキティと呼んであげるべきだったか……?」
「馬鹿な……、何故ここにいる……? いや……、何故生きてる……!」
エヴァンジェリンの前に現れた男。
黄色のジャケットとズボンに黒いインナーを着こなした、ところどころにハートのアクセサリーを身につけた男。男だと言うのになんとも妖艶なる顔立ちをした、金髪の男。
その男はエヴァンジェリンへと安堵させるように、されどまるで旧知の仲のような気軽さで声をかけ始めた。そして、エヴァンジェリンを”キティ”と呼んだ。
その名を知るものはアルカディアの皇帝や紅き翼のアルビレオなどぐらいであまり多くはないと言うのに、その名を男は呼んだのだ。
だが、エヴァンジェリンはその名を呼ばれたにも関わらず、そんなことなど気にもしていなかった。否、気にする余裕がなかった。
体を震わせながら、この世ではありえない現象を見るような顔で、まるで亡霊を見たような表情で、その男をエヴァンジェリンは見ていた。
そこで、”何故生きている”と言葉にした。目の前の男はエヴァンジェリンが知っている男だった。いや、”知っていた”男だったのだ。
そう、”何故生きている”と言うその問いは、死んだ人間へ使う言葉だ。つまり、目の前の男はエヴァンジェリンにとって死んだ人間、過去の人間ということだった。
「兄様!!」
「ふふふ……、懐かしいな。その声、その響き、その呼び方……。あの時と変わらぬかわいらしい声だ」
エヴァンジェリンは男へと、普段は見せないようなかわいらしい声で、はちきれんばかりにその正体を叫んだ。
なんということだろうか。目の前の男はエヴァンジェリンの兄だと言う。
いや、ありえないと言うことはないだろう。この世界の転生者のルールに”原作キャラの身内にはなれない”なんてことはない。現にカギはネギの兄として転生している。そうだ、目の前の男が”エヴァンジェリンの兄”として転生しているのならば、そうなるだろう。
その男はエヴァンジェリンの顔を見て懐かしく感じながら小さく笑い、昔を思い出していた。
あの小さな小さなエヴァンジェリン。愛しの妹。かわいらしく愛らしかったあの娘。
会いたかった、ようやく出会えた。そんな感情がこみ上げながらも、それを表に出さぬようにしながら、エヴァンジェリンをマジマジと眺めていた。
「くっ!? 幻覚なのか!? 知らぬうちに何かの術を受けたというのか!?」
「違うな……、幻覚ではないぞ、我が妹よ……」
そこでエヴァンジェリンは我に返り、ふと周囲を見渡した。
自分の兄は過去の人間だ。自分がまだ人間だった頃、つまり600年も前の人間だ。それほど昔の人間が、ここにいるはずがない。生きているはずがないのだ。
故に、エヴァンジェリンは幻覚などの攻撃を疑った。すでに自分が何者かに攻撃され、幻覚を見せられていると考えたのだ。
だが、目の前の男はそれを否定した。そうではない。幻覚でも幻でもなく、確実に存在すると。
「しかし、兄妹が久々に再会したというのに、そんな顔をされては兄として悲しい」
「黙れ!! 兄様は600年も前の人間だ! 生きているはずがない!!」
さらに、男は少しばかり悲しげな顔を見せながら、そう言った。
長年の夢である妹との再会が、こんな寂しいものになるとはと。本来ならば抱き合い、再会を喜び分かち合うはずであったと。
それにエヴァンジェリンは怒りの声を上げていた。
目の前の男が兄であるはずがない、絶対にありえないことだ。そう思っているエヴァンジェリンは、偽者などに兄を気取られるのがたまらないという様子だった。
「本当にそう思うか? では何故、お前がこうやって生き延びている……?」
「それは私が吸血鬼に……! まさか……!?」
そのエヴァンジェリンの叫びに、なるほどと言う顔を見せた男。
すると、男はどうして自分が偽者だと思うのか、ならばエヴァンジェリン自身は何故長い年月を生きてきたのか尋ねたのだ。
エヴァンジェリンはそれに対し、自分は吸血鬼となったからこそ600年と言う歳月を生きてこれたと叫ぼうとした。
だが、そこでエヴァンジェリンは気が付いてしまった。いや、目の前の男が気づかせたのだ。
「そのまさか、と言うヤツだ。この私もお前のように、吸血鬼となりて永き時を生きてきたのだ」
「そっ……、そんな……。嘘だ……」
そう、このエヴァンジェリンの兄を名乗る男は、エヴァンジェリン同様に吸血鬼となりて、長き歳月を生きてきたのだ。
と言うよりも、この男が選んだ特典から見れば当然の結果であった。
……この男、ディオと言う。
ディオ・B・T・マクダウェル。そう”この世界で名づけられた”男。その男が選んだ特典は”ジョジョの奇妙な冒険のDIOおよびディオの能力”と”ネギまの真祖の吸血鬼の力”だった。
ディオの能力とはすなわち、吸血鬼としての力だ。だが、それだけでは日光や波紋の前では無力だ。はっきり言ってしまえば、ジョジョの吸血鬼は他作品の吸血鬼などほど強くはない。第二部では雑魚として登場し、蹴散らされる程度の存在でもある。
故に、もう一つの特典を選んだ。そう、この世界の真祖の吸血鬼としての力、すなわちエヴァンジェリンと同じ力だ。それにより日光や波紋を克服し、ぶっちぎりで最強の存在となったのである。
その事実を突きつけられたエヴァンジェリンは、大きなショックを受けていた。
エヴァンジェリンは600年前のことだが、兄と言う存在を忘れてはいなかった。かすかではあるが、しっかりと記憶に残っていた。優しく暖かかったあの兄の笑顔を、忘れてはいなかった。
そんな優しかった兄が、自分と同じ吸血鬼となっていた。それはエヴァンジェリンにとって、最も衝撃的でつらい事実だったのだ。
「嘘ではないぞ、キティ。そして、私がここに来たのは、お前を迎えに来たからだ」
「迎えに……、だと……!?」
ディオと言う男はエヴァンジェリンが落胆し、もらした言葉に反応した。
そうだ、今目の前にいる自分は正真正銘、お前の兄であると言ったのだ。さらに、ディオは自分の目的を優しく接するかのような声で言葉にした。
エヴァンジェリンは迎えに来たと言われ、一体どういうことだと考えた。
迎えに、とは帰る場所があるのだろうが、そこは一体どこなのだろうかと考えた。
「我が妹よ、私とともに故郷へ帰ろう。そこで静かに兄妹二人で、永遠の安らぎを得よう」
「何……!?」
このディオと言う男の目的、それはエヴァンジェリンを見つけることだった。
そして、その後は自分の故郷へと帰り、誰にもわからぬようひっそりと二人で暮らすことだったのだ。そのことをディオはエヴァンジェリンへと、そっと話しかけた。
しかし、エヴァンジェリンは寝耳に水のような様子だった。
エヴァンジェリンにとって、それは今更すぎることだったからだ。
「ふっ……、ふざけるな……!!」
「む?」
故に、エヴァンジェリンの心には怒りがこみ上げてきた。
何と言う言い草だろうか。今更、本当に今更そんなことを言ってくるとはと。だから、エヴァンジェリンはそう叫んだ。勝手なことを言うな思い、叫んだ。
するとディオは怒りの叫びを上げるエヴァンジェリンを見て、はてなと疑問に思った。
どうしたというのだろうか、何か癇に障るようなことを言ってしまったのだろうかと。
「貴様が本当に兄様だったとしても、ヤツらの仲間なのだろう!? 貴様の誘いは罠なのだろう!?」
「ふーむ……。ヤツらとはあの
また、エヴァンジェリンは目の前の兄が、敵の組織に組していることを察していた。
ならば、今の言葉も自分を丸め込む為の罠ではないかと勘ぐったのだ。
それをエヴァンジェリンが言えば、ディオはなんと仲間である組織のものを、薄汚いと言うではないか。
と言うよりも、今のその敵組織である”完全なる世界”の大半は転生者しかいない。むしろ、転生者で構成された組織と言ってもいいほどになってしまっている。
いや、原作だとこの時代の”完全なる世界”は人員不足であった。すさまじいほどまで居た人員は全て倒され、残りわずかと言う状況だった。それに比べれば、転生者とは言え人員が確保されている状況は、彼らにとっては悪くはないのだろう。
ただ、ディオは転生者と言う存在を信用していない。自分もそうではあるが、転生者というものは信用できないと考えているのだ。
「……確かに、私は今、あの連中と同じ組織に属している」
「やはりか……!」
だが、このディオと言う男もまた”完全なる組織”に属していることに違いはない。
故に、それを正直にエヴァンジェリンへと話した。
エヴァンジェリンも予想が当たったという顔を見せていた。
この男の言動は罠であり、自分を嵌めるためのものだったのだと。
「だが、私は連中など知ったことではない」
「何だと!?」
「私の目的はな、キティ……。お前と再会し、迎えることだったからだ……」
しかし、そこでディオはさらに言葉を続けた。その言葉は意外なものであった。
ディオは仲間である完全なる組織のものたちを、どうでもよいと言って切り捨てた。むしろ、最初からあの連中を当てになどしていなかった。
エヴァンジェリンはそのディオの言葉に驚いた。
目の前の男も”完全なる世界”のために動いていると思っていたからだ。
また、その理由をディオは静かに話し始めた。
この男の目的はエヴァンジェリンとの再会。それ以外などどうでもよかった。再会して故郷へと帰ることこそが、この男の全てだった。
このディオが”完全なる世界”に入ったのも、エヴァンジェリンを見つけるためだ。この組織に入っていれば、エヴァンジェリンに会えるかもしれないと考えたからだ。
だからあえて組織へと入り、エヴァンジェリンが現れるのをずっと待っていたのだ。そして、ようやく再会できたのだ。
「そうだ、私はずっとお前を捜していた。一人ぼっちになってしまった、お前を……」
「っ……! 今更!!」
ディオは600年の間、エヴァンジェリンを捜し続けていた。
吸血鬼になってしまったであろう可愛い妹。孤独に一人歩き続ける哀しき妹。
本当ならばエヴァンジェリンを吸血鬼になどせず、人として一生を過ごして欲しかったのがディオだった。エヴァンジェリンが”原作”で負う役目は、自分がすればいいと思っていた。
しかし、それはかなわなかった。故に、それを救いたく、または寂しさを和らげようと思い、再会したいと願っていた。
だが、エヴァンジェリンにとって、それも今更だ。”原作”のエヴァンジェリンがどうだったかはわからないが、ここのエヴァンジェリンは孤独を感じてはいない。アルカディアの皇帝に出会い、アリアドネーで友人を作り、つながりをはぐくんできた。
今ディオが言っている言葉など、完全に今更でしかない。今更やってきて一人ぼっちだなんだと言われる筋合いなど、もはやどこにもないのだ。
だからエヴァンジェリンは怒りを感じ、ディオへと攻撃を行った。
吸血鬼となり鋭くなった爪を使い、魔力で強化したその力で襲い掛かったのだ。
「っ!? またか!?」
「やめてくれないかキティ。私はお前と戦いに来たのではない。お前を傷つけたくはない……」
「うるさい! 黙れ黙れ……っ!!」
しかし、突如目の前にいたはずのディオが姿を消した。
エヴァンジェリンはそれを見て振り返れば、そこにディオの姿があるではないか。
今のはまさか先ほど受けた攻撃と同じではないか、そうエヴァンジェリンは考えていた。
そんなエヴァンジェリンの心中など気にせず、ディオは自分の意見を述べていた。
可愛い妹とは戦いたくはないし、戦いに来た訳ではないと。その美しく白い肌に傷を付けたくはないと、暖かみのある声で囁いた。
ああ、だからこそ、エヴァンジェリンは腹立たしくて仕方がない。その声を聞くたびに、どうしようもなくイライラしてしまう。
「その顔で! その姿で! その声で! その名で私を呼ぶな!!」
「うーむ……。一体どうしたというのだ……。何が気に食わない?」
そうだ、昔、あの時優しかった兄が、自分と同じ吸血鬼となって目の前に現れた。その事実がエヴァンジェリンを苦しめる。否定したいと心から叫ぶ。ありえないことだと思い込むように、怒りをぶちまけていた。
だが、ディオと言う男はそのエヴァンジェリンの内心を理解できていない。
せっかく再会したと言うのに、一体何が嫌なのだろうかと思考するだけだ。いや、”特典”で吸血鬼になった男には、エヴァンジェリンの心情などわかるはずもないことだった。
「むっ! もしや反抗期と言うヤツか……? ならばどうすればいいのだろうか……」
「ふざけるなぁ!!」
そこでディオは、エヴァンジェリンの今の塩対応は、反抗期だからではないかと結論付けた。
明らかに違うというのに、そんな結論に達したこのディオと言う転生者は、少し天然だったようだ。
それを聞いたエヴァンジェリンは、怒り心頭となってディオへと襲い掛かった。
今の状況でかなり精神が揺さぶられているというのに、目の前の兄の姿の男はボケている。何と言うか、やっぱり腹が立つのだ。
「っ!? また消えた!? いや……まさか時を……?」
「ほう、我が能力に気がついたか。流石、我が妹だ。すばらしいぞ」
だが、やはりディオは突然姿を消し、今度は横へと回りこんでいた。
それを見たエヴァンジェリンは、そのディオの謎を理解し始めていた。
この男、もしや時間を止めているのではないか。エヴァンジェリンは、アスナから時間を停止する敵と戦ったことを聞いていた。その状況と今の状況がかなり似ていることに、エヴァンジェリンは気が付いたのだ。
ディオはエヴァンジェリンの言葉に、良くぞ気が付いたという顔でエヴァンジェリンを褒めだした。
ほんの少し能力を見せただけで、簡単に自分の時間停止に気が付くというのはかなりの切れ者といわざるを得ないと。
……そう、このディオのもう一つの能力はDIOの能力、スタンドであるザ・ワールドだ。近距離パワー型のスタンドで、スタープラチナを上回るパワーを持つとされる人型のヴィジョンのスタンド。
そのザ・ワールドの能力は時間を数秒間停止させるというものだ。スタープラチナと同様に時間を止め、止まった時間の中を動くことができるスタンドだ。ジョジョの奇妙な冒険の第三部でDIOが”最強のスタンド”と言葉にするのは、その能力があるからだった。
「だが、困ったな。私は反抗期になった妹にどう接していいかわからん……」
「馬鹿にしているのか!」
「いいや、そうではない」
また、ディオは時間停止がバレたことなどまったく気にしていなかった。
それ以上にエヴァンジェリンの今の対応の方がとても気になっていた。どうしてこんな生意気になってしまったのか。反抗期ならばどうやって接すればいいのだろうかと。
いやはや、600年も後になって反抗期を迎えるとは、随分遅い反抗期だとディオは悩んでいた。
昔は兄様兄様とすそを掴み甘えてきたあの妹が、こんなに怒りの目つきで鋭く睨みつけてくるなんて。それを考えながら、ディオは少し悲しい思いに浸っていた。
エヴァンジェリンはそんなディオへ、馬鹿にされたと考え怒りを叫んだ。
と言うか、先ほどから目の前の男はそんな調子であり、まるで戦う気配がないのだ。
それは当然のことだ。このディオの目的はあくまでエヴァンジェリンと再会し、迎えること。戦いなど目的にないのだ。むしろ、愛する自分の妹と積極的に戦い、傷付けようなどと思う兄はいないだろう。
「この! ”氷爆”!」
「そういうことはやめてくれないか……」
「”断罪の剣”!!!」
それでもエヴァンジェリンには、目の前の男がふざけているようにしか見えなかった。
そこに昔、もはや遠い記憶だが懐かしいものもあった。それがまた、エヴァンジェリンを苦しめていた。目の前の男を拒絶するかのように、幻を払うかのように魔法を撃ち出すしかなかった。
ディオはそれを後ろへ下がり回避しながら、攻撃をやめるようエヴァンジェリンへと声をかけた。
自分の最愛なる妹と戦いたくはない、穏便に済ませたい。そう思っているからだ。
しかし、エヴァンジェリンは止まらない。
600年生きてきたエヴァンジェリンが最もショックだったことこそ、兄が目の前に現れ生きていたという事実だ。その事実を認めたくないが故に、エヴァンジェリンは目の前の男を倒そうと必死になっていたのだ。
だからこそ、自分が持つ中で殺傷力の高い魔法、断罪の剣を用いて襲い掛かった。どんな物質でも切り裂き切断する光の剣の形の魔法。
とは言え、目の前の兄が吸血鬼となっているならば、殺すにはそれでも足りない。足りないが、ここは街のど真ん中だ。広範囲にも及ぶ魔法を使う訳にはいかなかったのである。
「”断罪の剣”……!」
「何!?」
だが、なんとディオと言う男も、エヴァンジェリンが使ったものと同じ魔法を使ったではないか。そして、断罪の剣と断罪の剣がぶつかり合い、すさまじい火花が周囲に散った。
エヴァンジェリンはそれを見て、かなり驚いた。
この魔法は自分が編み出した”氷系魔法”の究極の一つでもある。それをたやすく真似されたことに、エヴァンジェリンは目を開くしかなかったのだ。
「何故、その魔法を……!? いや……、ま……さか……」
「ほお? 激昂しているようで、中々どうして冷静じゃあないか、キティよ」
エヴァンジェリンは自分と同じ魔法をどうして使えるのか、疑問に思った。
そこで思ったこと、それは目の前の兄も”転生者”ではないかと言うことだった。転生者ならば、それはありえる。転生者のカギを見て、理解できるというものだ。
それでも自分の敬愛した兄が”転生者”だったという事実にも、エヴァンジェリンはショックを隠しきれなかった。
確かに転生者にはいい人間もいることをエヴァンジェリンは知っている。覇王や状助は”いい転生者”だ。信用できる存在だ。
しかし、エヴァンジェリンが思う転生者像は基本的に”悪人”である。そう言う方向の”転生者”に出会う方が多かったからだ。あまりいい思い出がなかったからだ。
だから、ショックなのだ。兄が転生者だったとすれば、自分に謎の好意を抱き擦り寄ってきた、あの連中と同じ存在ということになる。それがたまらなく辛かったのだ。
そんな様子だと言うのに、攻撃の手を衰えさせないエヴァンジェリン。
ディオはそれを見て、自分が思ったことを率直に口に出し、褒め称えた。
「しかし、ふむ……」
「っ!?」
すると、ディオは時間を停止し、その場から離れ建物の屋根の上へと移り、何やら考える素振りを見せた。エヴァンジェリンは突然消えたディオを探し、そちらへと目を向け睨んだ。
「……そうだな、確かに突然の再会というのはさぞショックであろう……」
ディオは先ほどから様子がおかしいエヴァンジェリンを見かね、どうするかを考えていた。
600年前に消えて分かれた兄が、突然と現れるというのはやはり衝撃的すぎたのだと思ったようだ。
「お前の元気な顔も見れたことだし、一度引き上げるとしよう」
「貴様!?」
ならば、とりあえず一度帰還することにしようとディオは考えた。
エヴァンジェリンに会うという目標は達成された。無理にエヴァンジェリンを誘うのも悪いだろうと思ったのだ。
エヴァンジェリンは突然そう言い出すディオに、逃げるのかと叫ぼうとしていた。
勝手にやってきて勝手なことを言って、好き勝手して帰るのかと。
「……少し頭を冷やして冷静になって、もう一度考えてほしい。では、また会おう、我が妹よ」
「貴様アァ!!」
ディオはエヴァンジェリンに、今後のことについてじっくり考える時間を与えようと思った。
突然現れた兄からの突然の誘いなど、すぐに答えられないというのも当然だろうからだ。
それに妹に再会できたことだけでも、ディオは充分満足だった。
だから今は、エヴァンジェリンの考えがまとまるのを待とうと考えたのだ。
そして、それを言い終えると、ディオは再び姿を消した。ただ、今までとは違うことは、もうディオがこの場にいないことだ。
エヴァンジェリンは最後にディオへと大声で叫んだ。
しかし、もうそこにはディオはおらず、虚空へと木霊するだけだった。
「……くっ……、兄……様……」
エヴァンジェリンはその後、倒れこむようにうなだれ、小さく嘆いた。
敬愛していた兄、優しかった兄が吸血鬼となりて目の前に現れた。
かすかな記憶にしかないが、忘れたことはなかった、あの兄の顔。それが今となって突然現れたことは、エヴァンジェリンにとって辛いことだ。
自分はどうすればいいのだろうか、兄は何をしようというのか。それを考えながら、ただただ悲痛な表情を浮かべるばかりだった。
…… …… ……
一方、別の場所では二人の男子が衝突を繰り返していた。数多とコールドなる男だ。二人は拳と脚を何度もぶつけ合い、激しい戦闘を繰り広げていたのだ。
「オラァ!!」
「ふっ!!」
数多が拳を突き出せば、コールドが脚を突き出す。何度も何度もそれが行われ、まったく勝負がつかない状況だった。
「ふふはははは!! いいぞ! 俺が見込んだとおりだ! あの時よりも数段以上強くなっているぞ!!」
「あったりめぇだろうが!!」
だと言うのに、コールドはかなり嬉しそうに高笑いをしていた。
見定めた数多と言う男が、学園祭の時よりもそうとう強く育っていたからだ。でなければ面白くないと、笑っていたのだ。
数多はそんなコールドへと、それは当然の結果だと叫んだ。
あの戦いでの敗北は屈辱的だった。一方的になぶられるだけだった。だからこそ、目の前の氷の男を倒すと誓ったのだから、強くなったのは当たり前のことだった。
「”爆炎焼却拳”!!」
「”アヴィスコフィン”!!」
しかし、このままでは埒が明かないと考えた両者は、同時に大技を繰り出した。
数多は燃え盛る炎の拳を、爆音とともに撃ちはなった。コールドは凍てつく鋭い氷柱を脚に乗せ、突き穿つかのように放った。
「互角!?」
「拮抗……!?」
その両者の技は衝突し、膨大な水蒸気をぶちまけた。されど、どちらの技もまったく決め手にならず、数多の炎は氷に打ち消され、コールドの氷柱は炎に溶かされてしまったのだ。
両者は今の攻撃が完全に互角だったことを理解し、数メートル後ろへと下がった。何と言うことだろうか、今の技は確かに最高の技だった。両者はそう思いながら、ならば次はどう出るかを模索していた。
「ふふふ! そうだ! そうでなくては面白くない!」
「俺だって負けっぱなしは性に合わねぇのさ!」
「ああそうだ! それでこそだ!!」
ああ、だけども、それでいいとコールドは笑う。
むしろ、今ので終わってしまってはもったいないとばかりに、この戦いを楽しんでいた。
数多もまた、このまま負けるのはたまらないと叫んだ。
二度も同じ相手に敗北するなんざ、恥ずかしくて男が廃ると。
コールドはそう意気込む数多を見て、さらに喜んだ。
その精神力、その心意気はすばらしいものだ。だからこそ、お前をライバルとして選んだ。自分の目に狂いはなかったと証明されたことに、喜びを感じていたのだ。
「ぐっ!!」
「ぬうぅ!!」
そして、両者は再び衝突した。
拳と脚が再び激突し轟音が街に木霊した。されど、どちらも負けてはおらず、やはり拮抗したままだった。
「しっかしテメェ、あん時の技はどうしたんだよ?」
「ここでは人が多いからな。あの時は人が少なかったが故に使ったにすぎん」
そこで数多はふと思い出したかのように、それを言葉にした。
コールドは先ほどから、地面を凍結させての滑走を行っていなかった。舐められているのではないかと思った数多は、それを問いただしたのだ。
すると、意外な言葉がコールドから返ってきた。
この場所は祭りの最中で賑わう街のど真ん中。人が多い故に広範囲に及ぶ技は使うことができないと言うではないか。
確かに、この新オスティアは人で溢れかえっている。
麻帆良祭での戦いの時は、人がいない場所だったので全体を氷で埋め尽くせた。だが、ここでは人が多すぎて、被害が出ると考えたようだ。
「君こそ、もっと炎の出力を上げるべきだと思うが?」
「テメェと同じく、人が多いからな!」
「ふふ……、そうだな。ここで
また、コールドが逆に数多へと、もっと炎を出さないのかと質問した。
その問いに数多は、コールドと同じことを言って返した。
ここは人が多い。派手に炎を振り回す訳にはいかないと、数多も考えていたようだ。
とは言え、ここの住民はある程度そう言うことに慣れている。
ただ、過去に転生者が暴れたりしたこともあり、”原作ほど”慣用ではない。なので、やはり派手に暴れないにこしたことはないのである。
コールドは数多の言葉を聞いて、小さく笑いながらも少し不満の様子を見せていた。
戦うならばもっと派手に、本気で、激しく行きたかったというのが、コールドの本音だからだ。
「だが、別に大技がなくったってよ!」
「ああ! 奥義なんぞ使用不可能だろうであろうが!」
それでも、それがなくとも、勝つのは自分だ。それを本気で両者とも思っていた。最後に立っているのは自分だけだと。
「テメェには負けねぇ!!」「君では勝てない!!」
故に、再び両者は衝突する。
何度も何度も、幾度となく衝突する。
この激闘の果てに、勝利を掴むのは自分であると確信しながら。絶対に敗北はないと、勝者は決定していると言わんばかりに。
…… …… ……
転生者名:ディオ・B・T・マクダウェル
種族:吸血鬼
性別:男性
原作知識:あり
前世:40代社会人
能力:ネギまの真祖の吸血鬼としての能力、スタンドのザ・ワールド
特典:ジョジョの奇妙な冒険第一部および第三部のディオまたはDIOの能力
真祖の吸血鬼としての力