理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百三十六話 新オスティア嵐警報

 オスティア終戦記念祭開催!

ネギたちがのどかと合流した翌日、盛大なパレードとともにその祭りの開催宣言が行われた。

 

 夕映が勤める戦乙女騎士団も、その警護として参加し、任務にいそしんでいた。また、国と国との無言の力比べを目の当たりにし、驚きを隠せないでいたのだった。

 

 だが、それ以上に夕映は一つ気になったことがあった。それは開会式の舞台の上にて、各国のお偉いさんが集う場所にいる、一人の亜人のことだった。

 

その亜人は大柄で巨大な角を頭部に持ち、大きな耳を生やしたものだった。しかし、その巨大な体とは逆に、とても穏やかで優しそうな目をしていた。

 

 亜人はちらでは珍しくない。見た目も特に異様という訳でもない。なのに何故だろうか。夕映ははじめて見たはずのその亜人に、懐かしさを感じていた。どこかで会ったような、むしろ近くにいたような、そんな気分を味わっていたのだった。

 

 それもそのはず、その亜人こそ夕映の師匠であるギガントだった。と言うのも、夕映はギガントの本当の姿を見たことはない。基本的に旧世界でギガントは、白髪の老人の姿だったからだ。そして、ギガントが何故そこにいるかと言うと、アルカディア帝国の代表としてこの記念祭に参加しているからだ。

 

 それだけではない。アルカディア帝国はアリアドネーと同じ中立国家だ。アリアドネーは中立国家として、この祭りの警備を担当している。それ以外にも未だに睨み合いが続くヘラス帝国とメセンブリーナ連合の仲裁役としても、この祭りに参加している。さらにアリアドネーは武装国家でもある。自分たちの力をある程度両国へ見せ付け、発言力を強める必要もあるのだ。

 

 アルカディア帝国もそのアリアドネーと同じく、この祭りにおいて警備を担当している。それはアリアドネーと理由は同じであり、両国が再び争いが起こらぬよう、つねに睨みを利かせているのが現状だ。また、同じく中立国家としてその両国から下に見られぬよう、強い力と統率力を見せ、自分たちがいかに強大であるかを知らしめるのも目的だった。

 

 こうして仮初の平和であるが、その平和を祝う記念祭の幕は切って落とされたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 終戦記念祭が開催され、新オスティアは昨日よりも活気付いた様子を見せていた。また、状助と覇王や数多と焔は、それぞれ拳闘大会で勝利を掴み、順調に優勝へと手を伸ばしていった。

 

 

 そして、オスティア終戦記念祭開会式を経て昼ごろ。ネギはアスナから聞かされた、アスナの過去のことを考えていた。

 

 

「……黄昏の姫御子……」

 

 

 昨日アスナが語った過去。それは壮絶なものだった。黄昏の姫御子と呼ばれ、魔法無効化を長きに渡って利用され続けた、一人の少女の話だった。

 

 

「アスナさんにそんな過去が……」

 

 

 魔法無効化を強制的に発動させられる苦痛。誰もが彼女を人として見ない。まるで化け物を見るような、白い目。しかし、その時はそれすらも、なんとも思えないほどに心が磨耗していたのだろうと、アスナ自身が小さく口にした。

 

 

「それでも、アスナさんは……」

 

 

 だが、そんなことは重要じゃないと、アスナは続けたのをネギは聞いていた。あの呪縛から開放された後は、とても幸せだったとアスナは笑いながら語ってくれた。

 

 紅き翼との交流や、メトゥーナトとの冒険。どれも大切で、とても美しい宝石のようなものだと、アスナははっきりと笑顔で言葉にしていた。

 

 そして、そんな彼らの足を引っ張らないように、誰にも負けないように強くなると決意した。だからこそ、色んなものを得て強くり今の自分があるのだと、アスナが話してくれたのをネギは思い出していた。

 

 

「うん、そうだ。だから、僕ももっと強くなろう」

 

 

 アスナはあれほどのことがあったと言うのに、強く生きている。今も強くなろうとしている。過去を見ず、前を向いて歩いている。

 

 ならば、自分もさらに強くなりたい。心も体も、今よりももっと、強くなろう。ネギはそれを決意しながら、強く握りしめた右拳をじっと眺めていたのだった。

 

 

「!」

 

 

 だが、その時、何か気配を感じた。それは前に、どこかであったような気配だった。

その気配はこちらをじっと見ている、観察している。ネギはその方向へ振り向き、その場所を見た。

 

 そこは多くの人々が通行する通りだった。人が多くてわかりづらいが、確かにそこに一人の男性が立っていた。赤い外套、茶色の肌、白い逆立った髪。それこそ、あの時、あの場所で見た、あの男だったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギがいる高台から少し離れた下の場所で、少女たちが会話をしていた。アスナ、千雨、刹那の三人だ。

 

 

「とりあえず、大体の仲間とは合流できたな」

 

「そうですね。残るは……」

 

「一元と……」

 

「ゆえちゃんにエヴァちゃん、それとアーニャちゃんね」

 

 

 千雨はようやく散らばったメンバーと合流できたことを安堵した様子で話していた。

刹那も同じ様子であったが、未だに見つかっていないメンバーのことを考え、少し顔色を曇らせていた。

 

 残る合流できていないメンバーは4人。カズヤ、夕映、エヴァンジェリン、そしてアーニャだ。

千雨がそのカズヤを数え、残りをアスナが言葉にしていた。

 

 

「師匠と一元は心配いらねぇだろうけど」

 

「ええ、残りの二人は少し心配ですね……」

 

 

 ただ、千雨はエヴァンジェリンとカズヤは心配ないだろうと話した。

エヴァンジェリンはさることながら、カズヤも根性だけはあるからだ。

 

 しかし、それ以外の二人は心配だと、刹那は小さく口にしていた。

夕映は確かに優秀な魔法使い見習いではあるが、攻撃の魔法を覚えていなかった。アーニャも多少なりとて戦えるようであったが、まだまだ幼い少女だ。そんな二人を心配しないはずがなかった。

 

 が、夕映もエヴァンジェリンも、当然この新オスティアへ来ていた。

そして、エヴァンジェリンもそろそろ合流しようかと考えていた時間でもあった。なので、彼女たちの心配は後に解消されることになるのは間違いなかった。

 

 それ以外にも、アスナたちがエヴァンジェリンの到来を知らないのには訳があった。エヴァンジェリンはアリアドネーの名誉教授であるため、式典の舞台の上に上がることが可能であった。だが、所詮はゲストという扱い。エヴァンジェリンは目立ちたくはなかったので、それを断っていたのである。

 

 

「あれ、あそこにいるのはネギ先生?」

 

「本当ですね」

 

 

 まあ、そうやって心配していても始まらない。

アスナはそう考えてふと上を見上げれば、そこにはネギの後姿が小さく目に映った。

アスナがそこを指さすと、刹那もそれに気が付いた様子を見せていた。

 

 

「何をしてるんだろ」

 

「多分昼飯でも食ってんだろ」

 

「いえ、それにしては何か様子が変ですよ」

 

 

 アスナはネギの後姿を見て、あんな場所で何をしているのかと考えた。千雨はそのアスナがこぼした言葉に、適当に答えていた。

しかし、刹那はネギの様子が少し変なことに気が付き、そのネギの場所へ行くことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギは今、目の前にいる赤い男と対面していた。アーチャーと呼ばれた男だ。何と言うことか、アーチャーに敵意は無く、両手も下に下げたままだった。

 

 

「あなたは……、確か……」

 

「久しぶり、と言ったところか……? ネギ・スプリングフィールド」

 

 

 ネギは目の前の男を覚えいていた。記憶していた。

自分をあの時撃った、赤い外套の男。恐るべき敵であることを忘れてはいなかった。

 

 するとアーチャーは、何の戦意を見せぬまま、ニヒルな笑いを見せながら、ネギの名を呼んだ。

まるで久しく会った知り合いのような、そんな態度であった。

 

 

「アスナさん! 刹那さん!」

 

「貴様は……!」

 

「あんたは……!」

 

「ふっ、自己紹介がまだだったかな……?」

 

 

 そこへネギを左右から挟むように、その場所へとアスナと刹那が飛んできた。

そして、目の前のアーチャーを睨みつけ、武器を取り出そうと構えていた。

 

 そんな二人を涼しい眼で眺めるアーチャー。

何せアーチャーは即座に武器を取り出すことができる。その部分で大きく焦る必要がないのだ。故に余裕の態度で、貴様だあんただ言われたのを考え、名乗ってなかったことを思い出して笑っていた。

 

 

「私の名は”アーチャー”。いや、そう呼ばれているものにすぎんがね」

 

「アーチャー……」

 

「弓兵……?」

 

 

 ならば名乗っておくのが礼儀だろう。アーチャーは自らの名をネギたちへと語った。しかし、このアーチャーは転生者だ。英霊エミヤ(アーチャー)贋作(にせもの)だ。だからこそ、そう呼ばれていると言ったのである。

 

 アーチャーと聞いて、刹那が最初に思ったこと。それはバーサーカーが説明したサーヴァントのクラスだった。

また、昨日すでにアーチャーのクラスのサーヴァントと出会っていた。つまり、目の前の男は自分の名だと言いつつも、名を明かす気がないことを、刹那は理解したのである。

 

 アスナはアーチャーと聞いて、弓兵なのかと考えていた。

いや、確かに目の前の男はゲートで、何度か弓を使っていた。それを考えれば、自らアーチャーと名乗るのは間違ってはいないだろうと。

 

 

「ふむ、しかしなるほど……。私が君たちを認識しづらかったのは、()()のせいか……」

 

「!」

 

「いやはや、ソレのせいで君を認識するのに、多少時間がかかってしまった。まったく、ソレの効果を中和する魔法具を使っているはずだったんだがね」

 

 

 また、アーチャーはネギたちがしている指輪を見て、納得した様子を見せていた。

ネギはそれに気が付いたアーチャーに、多少驚いた顔を見せながら、その指輪に目を向けた。

 

 と言うのも、その指輪はエヴァンジェリンが学園祭でネギに渡した、認識阻害がかかる指輪だった。その効力はかなり高かったようで、認識阻害の類を無効化する魔法具をアーチャーが使っていたにもかかわらず、ネギを認識するのに数十秒ほどかかったのである。

 

 アーチャーはそれを皮肉っぽく笑いながら、肩をすくめて説明した。

自分たちが使っている魔法具もわりと高い性能だと言うのに、いやはやそのようなものがあるとはと。

 

 

「あなたは……一体何を……!」

 

「そうだな、今回は特別、戦いに来たと言う訳ではない」

 

 

 ネギはアーチャーがこの期に及んで何をしにきたのかと思った。

もしやここで再び戦う気なのだろうかと。

 

 アーチャーはそこでゆっくりとネギへ近づきながら、自分がここへ来た理由を説明し始めた。

今回は戦いに来た訳ではないので、そう力む必要はないと、そう言いたげに笑いながら。

 

 

「何!?」

 

「どういうことよ……!」

 

「言ったとおりだが?」

 

 

 それを聞いた刹那とアスナは、何を言ってるんだという様子で叫んだ。

ゲートで襲ってきたというのに、今回は戦う気がないなどと信用できないと思ったからだ。

 

 だが、アーチャーはネギの側までやってきて、その二人に余裕の態度で今の通りだと口にした。

戦いに来たのではないというのは、()のアーチャーの本心だからだ。

 

 

「別に戦うだけが全てではないだろう? ここに私が来たのは、平和的に解決するべく交渉に来たのだからな」

 

「平和的……? 交渉……?」

 

「私たちを襲っておいて、交渉ですって!?」

 

 

 アーチャーは涼しげな顔で、それを言ってのけた。

何と言う言い草だろうか。あれほどまでもの被害を出しておいて、いまさら平和的だなどと言い出したのだ。

 

 ネギはその言葉に戸惑いを感じ、何を言ってるんだという顔を見せた。

また、アスナはその言い草にカチンと来たのか、怒りの声を上げていた。

 

 むしろ、アスナの怒りは当たり前で正当なものだ。ゲートでの惨状と罪状を考えれば、いきなり殴られても仕方が無いレベルだからだ。向こうが突然攻撃してきたというのに、今度は平和的に解決だと言うのだから、頭にこない方がおかしいぐらいである。

 

 

「だが、ここで戦えば被害がでる。どうかね? 少しぐらい私の話を聞いくれてもいいと思うがね」

 

「……わかりました」

 

「ふっ、わかってもらえたようで何よりだ。では、話し合いがしやすいよう、場所を移すとしよう」

 

 

 しかし、そんな怒るアスナを他所に、アーチャーはさらに言葉を続けた。

望みどおり戦ってもよいが、そうなればこの街に被害がでると。そう、ゲートの時とは違い、ここは街の中。祭りの最中とあって人も多く歩いているこの街で、戦えばどうなるかぐらい簡単にわかるというものだ。

 

 ネギもそれを聞き考え、アーチャーの言葉に従うことにした。

そうだ、アーチャーの言うとおり、ここで戦えば周りの人に迷惑がかかる、被害が出る。それだけは避けなければならないと考え、アーチャーの話を聞くことにしたのだ。

 

 また、アスナと刹那もそれを考え、静かにネギを見ていた。

ただ、アスナは眉間にしわを寄せ青筋を立てながら、我慢した様子であった。

何せ、友人である状助が一度アーチャーの仲間に殺されかけているのだ。それを考えれば当たり前の怒りというものだ。

 

 アーチャーはネギが自分の言葉を承諾したのを受け、ふっと笑って見せた。そして、交渉しやすい場所へ移動することを提示し、彼らはこの場から移動したのである。

 

 

「アイツは確かあの時のヤツかよ……」

 

 

 そのネギ近くの建物の影で、千雨が焦った様子でそれを見ていた。

千雨もチラリとだが、ゲートで見たあの赤い男のことを覚えていた。

 

 

「まずったな……、コタローや流たちは闘技場だろうから連絡しやすいが……」

 

 

 あの赤い男が敵なのは間違いないだろう。しかし、今周囲に仲間はいない。アスナや刹那も十分強いだろうが、あの赤い男だけがここにいるとは限らない。

 

 千雨はそれを考え、とりあえず仲間を集めようと思った。ただ、今闘技場にいるであろうメンバーは小太郎や流や覇王たちだけだ。それ以外のメンバーは、この街を散策しているだろうし、連絡が付けられないと考えた。

 

 いや、そのメンバーを考えれば、十分赤い男の連中を相手にできるかもしれないと千雨は考え、まずは流たちに連絡することを優先したのだ。

 

 

「早まるなよ、ネギ先生……!」

 

 

 しかし、仲間が集まるまでに、ネギがことを起こさないという保証も無い。なので、千雨はネギが先走らないことを祈りながら、ひっそりと連絡するために急いで移動するのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちはアーチャーの指示で、オープンカフェへと移動してきた。アーチャーは早速椅子に座り、リラックスした様子を見せていた。

 

 

「さっ、座りたまえ」

 

「……」

 

 

 だが、ネギは警戒を怠らず、そのアーチャーの動きを伺っていた。

そこでアーチャーは、まずは座れとネギへ話した。

ネギもそれを受け入れ、静かにアーチャーに対面する形で席についたのである。

 

 

「私たちはここでいいわ」

 

「ご自由にどうぞ」

 

 

 しかし、アスナと刹那はあえて椅子に座らず、いつでも動けるように立っていることにした。

アスナがそれを辛辣な感じで述べるが、アーチャーは気にせずそれでもかまわないとした。

 

 

「あなたは、一体何者なんですか……? 一体どうして僕たちを……?」

 

「ふむ……、君は我々のことをあまり知らないと見えるが、自分の父親が何と戦っていたかは知っているだろう?」

 

「……多少なりは。僕の父さんは、戦争を裏から操る闇と戦ったと聞いています」

 

 

 ネギはまず、アーチャーがどういう人物なのか気になり、それを質問した。

アーチャーはその問いを聞いて、ネギが自分たちのことを知らないことをここではじめて知った様子だった。

 

 と言うのも、アーチャーとネギは直接会ったことがゲートの事件前には一度も無い。修学旅行の時にアーチャーと戦ったのはバーサーカー一人。そう言う人物がいた、程度には説明されても、どんな人間なのかは知らないのだ。

 

 アーチャーもその辺りはある程度予想していたが、自分たちの正体をまるで知らなかったということは少し誤算であった。なので、その辺りをネギに少し説明しようと、一つのことをネギへ尋ねた。

 

 それはネギの父親が戦っていた存在についてだ。ネギの父、ナギが戦っていた敵、それは20年前の戦争を裏で操る”完全なる世界”と言う組織だ。ただ、ネギは断片的に聞いただけだったので、悪いヤツら、裏を手引きする闇、程度にしか理解していなかった。

 

 

「そう。そして、その闇の生き残りが、我々ということだ」

 

「なっ……何……!?」

 

「何だと!?」

 

「……!」

 

 

 ネギが自分の知っていることを言葉にすると、アーチャーは突如自分の正体をばらしたのである。

つまり今ネギの目の前にいる男こそ、20年前にナギが倒した敵の意思を告いだ、新たな敵だということだった。

 

 ネギと刹那はそれを聞いてかなり驚き、とっさに構えを取った。

また、アスナも焦りと怒りと不安が入り混じったような表情で、強く拳を握りアーチャーを睨んでいた。

 

 

「そう構えないでくれたまえ。今回は戦いに来たのではないと、先に言っておいたはずだが?」

 

「……」

 

 

 それでも身構える三人へ、アーチャーは冷静に戦う気はないと再度説明した。

さらにそれを証明するため、アーチャーはあえて両手を上げて降参のポーズをとって見せたのである。

 

 それを見たネギたちは、すっとあげた拳を下げて戦闘態勢を解除した。

ただ、アスナだけはアーチャーを射殺すように睨みつけたまま、その体勢を変えなかった。

 

 

「それで、君はどうしたいのかね?」

 

「何が……?」

 

「その偉大なる英雄である父の意思を引き継ぎ、我々とことを交えるのかね?」

 

「それは……!」

 

 

 すると、今度はアーチャーが、ネギへと突然質問し始めた。

ネギはその質問の意味がわからず、どういうことなのかと尋ねた。

 

 ネギの問いにアーチャーは、今の質問の意図をゆっくり話し出した。

そう、アーチャーが聞きたかったこととは、ネギの今後の行動についてだ。

 

 自分たちの正体を知ったのならば、ネギが次にどう動こうとするのか。アーチャーはそこが気になった。自分たちと戦うのか、それともそのまま帰るのか。

 

 ネギはそれに対し、少し迷いを見せた。

確かに父であるナギは、目の前の男のような野望を持つ敵を倒してきたのだろうと。しかし、それはナギだからであって、別に自分ではない。

 

 それに、ネギがここへ来た目的は父のことを良く知る為でもある。

その点に関しては、ある程度目標を達成したと言えよう。さらに、自分の生徒を巻き込んで、そこまでする必要があると言うのだろうか、と考えていた。

 

 

「君はただたんに、英雄の息子として生を受けたに過ぎない。このまま教師として過ごすのもいいのではないか?」

 

「……そうでしょうね。……それもいいとは思います」

 

 

 そして、アーチャーはネギへと、まるで説得するかのようなことを言い出した。

ネギは英雄の息子であるが、英雄ではないし英雄になる義務はない。今教師をしているならば、それに勤しんでもよいではないか。アーチャーはしれっとした態度でそう言った。

 

 ネギはアーチャーの意見に、少し悩んだ後にいいかもしれないと答えた。

自分は父親と同じようにはなれないと理解しているネギは、別にナギのような英雄になりたい訳ではないからだ。それなら今はただ魔法使いの試練として行っている教師だが、本当の教師を目指すのも悪くないと思ったのだ。

 

 

「……ですが、最初に巻き込んだのはそっちではないんですか?」

 

「ああ、ゲートの時の話か。あれは事故のようなものだ」

 

「事故……!?」

 

 

 だが、ネギはそれよりも別のことをアーチャーへ尋ねた。

と言うよりも今のアーチャーの話は、はっきり言えば事の発端とはさほど関係のないことだ。

 

 それに先に攻撃してきたのは明らかにアーチャーの連中だ。自分たちに非がある訳でもなく、むしろ被害者だと冷静にネギは訴えたのである。

 

 それにアーチャーは事故だと言い出した。

ネギはいぶかしんだ表情で、その言葉を聞き返した。

何せ明らかに意図的な攻撃だったと言うのに、事故と言い出したからだ。

 

 また、後ろの刹那とアスナも、渋い顔でアーチャーを睨んでいた。あれで何が事故だと言うのか。言い訳にしてはお粗末すぎると言い出しかねないような様子だった。

 

 

「そうだ。我々の目的遂行の目標に、たまたま君たちと出くわしたに過ぎない」

 

「事故にせよ、こちらは大きな痛手を負いましたが……!?」

 

 

 アーチャーはそれに対して、説明を始めた。

あの時の出来事は自分たちの任務遂行のため、やむを得ず行ったことであると。

 

 しかし、ネギはそれで納得するはずもない。

やむを得ない状況? 偶然出くわした? それがどうしたと言うのだろうか。アーチャーが言うように事故だったにせよ、こちらの被害は大きかった。それを無視することは、当然できないというものだ。

 

 

「そのことはすまなかったと思っている。だが、作戦上仕方がなかった」

 

「そんなことで……!」

 

 

 するとアーチャーはなんとも思ってないような様子で、淡々とすまなかったと言い出した。

そして、言い訳するかのように、任務遂行のために必要であったと言うではないか。

 

 ネギは流石に頭にきたのか、椅子から立ち上がりテーブルを両手で叩いた。

が、アーチャーはそれをしらけた顔で眺めているだけであった。

 

 

「今更……!」

 

「アスナさん……?」

 

「大丈夫……!」

 

 

 また、アスナもネギ同様、いや、それ以上に怒りを露にしていた。強く拳を握り、体を震わせ、その憤怒の叫びをあげる一歩手前まで来ていた。

 

 そうだ、今更こんなところですまなかったなど、ただの挑発以外何物でもない。現に未だ仲間は全員そろわず、捜している最中だ。

 

 さらにあの時状助が死にかけた。人が一人死にそうになったのだ。それをそんな言葉だけで許せるはずがない。アスナはそう強く思いながらも、その怒りを必死に抑えようと堪えていた。

 

 刹那はそんなアスナへと、心配する声をかけていた。

刹那とて今のアーチャーの言葉に怒りを覚えてもいいはずだ。実際そうであった。しかし、アスナのその激昂ぶりを見て、アスナを心配する方が強くなったのである。

 

 ただ、アスナもここで怒りでアーチャーに攻撃してはならないことぐらい理解していた。

なので、刹那へと無理やり笑顔を作りながら、大丈夫だと言ったのだ。

 

 

「さて、本題に入ろう。私は君たちが無事、帰還してくれることを今は願っている」

 

「なっ!?」

 

 

 だが、なんと言うことだろうか。アーチャーはネギたちのことなどまったく気にせず、さらに言葉を続けたのだ。

しかも、それはまたしても爆弾発言であった。このアーチャーは何を思ったのか、ネギたちが旧世界に帰ってくれれば嬉しいと言い出したのである。

 

 ネギはその言葉に怒りを通り越し、驚きの顔を見せた。

それは刹那やアスナも同じであった。そして何故、突然そんなことを言い出したのか、三人は疑問を持った。

 

 

「君たちの邪魔はしない。むしろ協力しよう。だから一つ、条件を呑んでほしい」

 

「何を言って……」

 

 

 しかし、アーチャーはさらにさらに、ネギたちの驚きを無視して言葉を続けた。

なんというかこのアーチャー、交渉しに来たと言うわりには自分勝手に喋っているだけだった。

 

 そして、そのアーチャーの言葉とは、またしてもふざけたものだった。アーチャーは一つの条件を承諾すれば、旧世界へ帰るのを手伝うと言い出したのだ。

 

 ネギはその言葉に、何がしたいのだろうかと思った。

また、その条件とは一体どんなものなのだろうかと疑った。それ以上に、どうして突然そんなことを言い出したのかを疑問に思った。

 

 

「何、簡単な条件だよ。そこの”お姫様”を、我々に譲ってほしいというだけだ」

 

「何だって!?」

 

「!?」

 

「……やっぱり……!」

 

 

 アーチャーはその条件を、アスナを見ながら口にした。

そう、アーチャーの条件とはアスナの引渡しであり、それが一つの狙いでもあったのだ。

 

 ネギはそれに驚き叫び、刹那も驚愕した表情を見せていた。

何せ二人ともアスナの正体を知っている。お姫様と言われれば、アスナだと判断するのは容易かった。

 

 ただ、刹那は、どうして目の前の男が彼女を必要としているのかはわからなかった。ネギはアスナから自分の正体や魔法無効化を利用されてきた経緯を聞いていたので、それを察することができた。

 

 だが、刹那は未だそのことをアスナから聞いていなかった。なので、何か理由があるはずではあるが、その理由が思い浮かばなかったのだ。

 

 しかし、アスナは当然その理由を知っている。そのため、アスナはそのアーチャーの言葉を聞いて、やはりと思った。何故なら完全なる世界(かれら)の望みはただの一つ、世界の破滅だからだ。それに必要な最後のピースこそ、魔法無効化能力を持つアスナだからだ。故に、アスナはアーチャーをさらに眉をひそめて睨んだ。

 

 

「勝手なことを言わないでください!」

 

「ふっ、悪い条件ではないはずだが?」

 

「いいえ! 最低の条件です!」

 

 

 ネギはそこで再び怒りの叫びをアーチャーへと放った。

アスナを引き渡せなど、冗談でも許せないと思ったからだ。

 

 しかし、アーチャーはやはり涼しい顔のまま、その条件こそ最高だろうと言ってのけた。

ネギはそのアーチャーの言い草に、さらに苛立ちを感じながら、むしろ最低だと大声で答えた。

 

 

「そうかね? 我々はゲートの事件の後なら、どこでも彼女を奪うことはできたはずだ」

 

「それは……!」

 

 

 そこでアーチャーは、自分の条件のどこが良い部分なのかを説明し始めた。

アスナなどいつでもさらうことができた。それでもあえてやらなかったと。

 

 ネギもそれには確かにと思った。

とは言うが、アスナとてそう簡単に捕まるほどヤワではない。アーチャー流の強がりの可能性だって十分ありえるとも考えた。

 

 

「だと言うのに、私はこうして取引を持ちかけてきた。優しい条件だと思わんかね?」

 

「これのどこが優しいと言えるんですか!?」

 

 

 そう思考しているネギへと、アーチャーは言葉を続けた。

あえて卑怯な手を使わずここで話し合いを行い、両者納得した上でアスナを貰っていく。これほど公正な条件はないだろうと、語ったのである。どの口がほざくか、とはこのことだろう。

 

 しかし、ネギはやはりそれに反発した。

たとえアーチャーが言うことが本当だったにせよ、どの道アスナを奪うのには変わりない。そんなことはどんな条件を出されてもありえないと、ネギは叫んだのである。

 

 

「やれやれ、彼女一人を我々に貸してくれれば、それで丸く収まると言う話なんだがな」

 

()()?」

 

「別に一生我々が彼女を縛ることはしない。数ヶ月経ったら開放し、麻帆良へ送ってさしあげよう」

 

 

 アーチャーは子供のように叫ぶネギに、ため息をつきながら肩をすくめた。

いや、実際ネギはまだまだ子供であるのだが。さらに、あすな一人をこちら側に貸せば、全てが解決するとこぼした。

 

 ネギは貸すという言葉に、大きく反応した。

貸す、とは一体どういうことなんだと。

 

 するとアーチャーはその意味を静かに語りだした。

そう、自分たちとてアスナをずっと拘束している訳ではないと。目的完遂の暁には、そのまま麻帆良へと帰すと言い出したのだ。

 

 だが、アスナはその目的が完遂してはならないことを知っている。そのため、何かをい痛げな表情をしながら、キッときつい目つきでアーチャーを睨んでいたのだった。

 

 

「だからと言って、彼女をあなたたちには渡せません!」

 

「そうか、ここまで緩い条件でさえ、呑めないと言う訳か」

 

「当たり前です!」

 

「それでは仕方がないな……」

 

 

 それでもネギはアーチャーの交渉を否定した。

それが本当か嘘かもわからない、保証も無いのだから当然だ。もし本当だったとしても、アスナを置いて帰るという選択はネギの中になかったのだ。

 

 そんなネギにアーチャーは、やれやれという態度を見せた。

これほどの好条件を呑めないというのは、なんと我がままな子供なのだろうかと。

 

 しかし、ネギはアーチャーのその言葉に、大きく反発した。

それはそうだ、当然だ。アスナは大切な生徒だ。彼女を犠牲にしての帰還など、自分だけでなく仲間も許さないだろうと叫んだのである。

 

 アーチャーは完全にNOを突きつけるネギを見て、腕を組んで考え始めた。

そこまで拒絶されてはこの条件は無理だろう。ならば、別に考えておいたものを提出しようと。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちがアーチャーと交渉している間に、千雨は闘技場へ向けて走っていた。

 

 

「くそー。まさかこんなことになるとは……」

 

 

 なんということだろうか、敵がまさかこんな場所に現れるとは、千雨も予想していなかった。いや、実際は予想すべきでもあったと、後悔をしつつも流たちにこのことを知らせるべく、千雨は街の裏道を駆けるのだった。

 

 

「ちうっちー!」

 

「千雨さん!」

 

「早乙女に宮崎か!?」

 

 

 そこでハルナとのどかと出くわした。二人は未だ見つからない夕映が、ここに来てるかも知れないと考え捜していたのだ。

 

 急ぐ千雨にハルナは大声で呼び、のどかもどうしたのだろうかと声をかけた。

千雨はそこに現れた二人を見て、いいところに来たと言う様子を見せたのだ。

 

 

「どうしたの? なんでそんなに急いでんの……?」

 

「ああ、それはだな……」

 

 

 ハルナは千雨がどうしてこんなに急いで走っているのだろうかと疑問に思った。

何せ千雨は体育系ではなく、引きこもりなタイプである。そんな彼女が必死に走るなど、何かあったとしか思えなかったのだ。

 

 千雨もその理由をハルナとのどかへ話すつもりだった。

なので、今しがた起こった出来事を、二人へと説明したのである。

 

 

「何!? 敵の首謀者がネギ君に大接近!?」

 

「ネギ先生たちは大丈夫なんですか!?」

 

「ああ、今のところは戦いにはなってなかったが、どうなるかはわからない……」

 

 

 ハルナは千雨の説明を聞いて、ネギたちが危機的状況に陥っていることを理解した。

そして、千雨が急いでいたことも把握した。

 

 のどかも同じくネギがピンチなのを理解し、そのネギが無事かどうかを焦る様子で千雨へ確認した。

 

 千雨はその問いに、自分が最後に見た時は戦ってなかったと言葉にした。

だが、その後どうなったのかはわからないし、今どういう状況になっているのかもわからないと話した。

 

 

「最大のピンチって訳かー……。だけど裏を返せば最大のチャンスでもあるね……!」

 

「何をする気だ……!?」

 

「よし! ならば今こそ昨日話したアレを実行する時よ!」

 

「なっ!? アレをやるのか!?」

 

 

 ハルナはこのピンチ、どうしようかと考えた。

そこで何かできないかを悩むハルナに、千雨は不安を覚えた。

 

 ハルナはなんと、ここで昨日話し合った作戦を決行するべきだと大いに叫んだ。

千雨はそれを今ここでやるのかと、正気を疑う様子で驚いた。

 

 

「だめだ! 危険すぎる! 相手を考えろ!」

 

「はい……、確かに危険です……」

 

 

 その作戦とは、のどかが敵の思考を読み取り、情報を得ると言うものだった。はっきり言えばそれは博打に近い行為だ。リターンは大きいがリスクがあまりにも大きすぎる。

 

 千雨はそのことを踏まえて、ハルナとのどかへ危険を呼びかけ叫んだ。

だが、のどかもそのぐらいのことを理解できないはずもない。危険は承知の上で、それを行うと言い出したのだ。

 

 

「だけど、相手が親玉ならばなおさらです……!」

 

「何を言ってんだ! 相手はテロリストのようなもんだぞ!? もし万が一のことがあったらどうするんだ!?」

 

 

 何せ思考を読む相手とは、敵のボスクラスの相手だ。かなりの情報を集めることができるはずである。

のどかはそれを考え、だからこそ賭けをしてでも行う必要があると、強く言葉にしたのだ。

 

 しかし、やはり千雨は反対だった。

あの赤い男がボスと言うことは、逆を言えば危険が跳ね上がると言うものだ。赤い男の最後に見た攻撃、それはすさまじい爆発を伴った。

あれを受ければひとたまりもないと、千雨は焦りながらのどかへと訴えかけた。

 

 

「大丈夫です。私だって色々とこっちで修羅場をくぐって来ました。それに、ネギ先生の役に立ちたいんです!」

 

「役に立ちたいの前にお前に何かあったらどうする!? そうなったらそのネギ先生自身が悲しむことになるんだぞ!」

 

 

 それでものどかは問題ないと強い姿勢で話した。

のどかもこの魔法世界で幾度となく窮地を潜り抜けてきた。それは少しなりとて自信につながっていた。

 

 それだけではない。好きなネギのために、何か行動したい。役に立ちたいと常に願っていた。そのチャンスが来たのだから行動を起こしたいと、のどかは思ったのだ。

 

 千雨はそののどかの意見に、むしろ逆だと叫んだ。

のどかの役に立ちたいと言う気持ちは、とても美しく尊い、すばらしいことだと千雨も思った。

 

 されど、そのせいでのどかに何かあれば、ネギは自分を悔やむことも千雨は理解していた。ネギの思うことは全員の無事だ。だからこそ、ここで無理をする訳にはいかないと、のどかを叱咤するように叫んだのである。

 

 

「それに死んだら終わりなんだ! これは現実(リアル)なんだ! とにかくせめて流たちに助けを求めてからでも……」

 

 

 それに、この摩訶不思議な世界であれど、現実であると千雨は言った。

ファンタジーな雰囲気に騙されているが、ここでも死んだら人生は終わりだ。千雨はそれを例えに出し、のどかに踏みとどまるように大声で訴えかけた。

 

 また、その作戦を強行すると言うのなら助けを呼んでからでも早くはないと、千雨は考えた。

自分たちだけでは厳しいかもしれないが、法や小太郎が助っ人となるならば、多少ではあるが安全になると思ったのだ。

 

 

「……そうだ、現実とは儚く脆いものだ。ふとした瞬間、一瞬にして……、砕け散ってしまう」

 

 

 しかし、それを千雨が言いかけたその時、その男は現れた。

黒い髪、黒い目、黒い眉毛。竜をかたどった鎧と、その剣の柄。尋常ではない、とてつもなく恐ろしい威圧感。あの竜の騎士の男が、いつの間にか彼女たちの近くに立っていたのだ。

 

 そして、その男もまた、現実の非情さを説いていた。

この男は転生者。神の失敗により、突然命を落とした被害者。神がちょっとミスしただけで、人は死ぬのだ。いや、そうでなくとも何かしらの弾みで、人は簡単に命を落とす。男はその経験を物静かに、哀しげに彼女たちへと語りかけていた。

 

 

「何!? なっ!? おい、まさかコイツは!?」

 

「ゲ……!?」

 

「あっ……!」

 

「何、驚くことはない。お前たちがここから動かなければ、私とて手出しはせん」

 

 

 三人の少女は男の姿を見てかなり驚いた。あの男は数週間前のゲートにおいて、驚異的な戦闘力を見せていた。エヴァンジェリンですらてこずっていた、とんでもない強者だと言うことを、千雨たちは覚えていた。

 

 だが、この竜の騎士の男の表情は穏やかで、まるで殺気がなかった。なんということだろうか、戦いに来たと言う雰囲気ではなかったのである。むしろ、彼女たちが動かなければ何もしないとさえ、男は緩やかな声で話したではないか。

 

 だが、千雨たちはその言葉を信用することはできない。目の前の男が脅威なのを知っているからだ。恐ろしさを知っているからだ。故に、この状況をどう打破するかを、三人の少女は模索するのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その頃、一人の男性が街中を魔法での強化を行いながら疾走していた。その男性とはアルスだ。アルスは転生者であり原作知識を持つ。この辺りでネギが狙われることをあらかじめ知っていた。

 

 とは言え、ここは”原作”とは異なる世界。本当にそれが起こるかは、その時になって見なければわからないというものだ。

 

 

「くっ! 何か……、嫌な予感がするぜ……!」

 

 

 ただ、アルスは何か良からぬことが起こるのではないかと、その不吉な予感を感じ取っていた。故に、アルスはネギたちと合流すべく、新オスティアの街を駆けていたのだ。

 

 

「無事でいろよ……!」

 

 

 自分が合流するまでに、何も無ければいいが。アルスはそればかりを考え、ネギの下へと急いだ。何も無ければそれでよし、何かあったなら無事でいてほしい、そう願うばかりだった。

 

 

「なっ! くっ!?」

 

「へえ、避けたんだ?」

 

 

 だが、そんなアルスへと、突如として銀色の槍が襲い掛かった。その槍は、裏道からアルスを狙うようにして飛び掛ってきた。しかし、その槍は、槍と言うには少し変わった形状だった。

 

 アルスはとっさにそれをかわし、難を逃れていた。また、眼下でしゃがみこむ、突然飛んできた槍の持ち主を見て、まさかと言う顔をしたのである。

 

 そして、その槍の持ち主こそ、ゲートでアルスと戦った青いローブの少女だった。少女は、その小さな肢体には似つかわしくない、足のつま先から生える巨大な得物でアルスを攻撃したのだ。

さらに、アルスがそれを避けたことに、嬉しそうな声で感心したことを口にだしていた。

 

 

「お前はあん時の!」

 

「お久しぶりね。案外元気そうじゃない」

 

 

 アルスはその青いローブを見て、ゲートで戦った少女であることを思い出した。

少女はそのローブの中からアルスを見て、小悪魔のような笑みを見せながら、ボコボコにした相手が元気なのを確認していた。

 

 

「今はお前にかまってる暇はねぇんでな……!」

 

「そう言わないでよ。私だってこんなつまらないことしたくないんだから」

 

 

 しかし、アルスは今は急いでいる。目の前の少女と戦っている暇はない。故に、その場から去ろうとするも、少女の恐るべき移動速度で、それは妨害されてしまう。

 

 少女はアルスを妨害しながらも、自分とてこんな茶番はしたくないと、つまらなそうに語った。

ゲートの時もそうであったが、彼女は基本的に()()の作戦に乗り気ではないようだ。

 

 

「でも、あなたとのダンスなら、付き合ってもいいのだけれど?」

 

「はっ! 丁重にお断りだ!」

 

「そう。じゃあ……」

 

 

 それでも、少女は面白おかしそうにそれを述べた。

アルスとの戦いならば、それはそれで面白そうだと。それならばまだやる気が出てくると。

 

 だが、アルスは即座にNOと言った。

ここで少女と戦っている時間はなく、急がねばならないからだ。むしろ、目の前の少女が現れたことで、ネギたちの身にも何かしら起こっていることを察したのである。

 

 そこへ少女は小さく一呼吸すると、アルス目がけて鋭い蹴りを放った。

淑女の誘いを断ることは不可能、強引にでも付き合ってもらう、そんな感じの一撃だった。

 

 

「ちぃ!!」

 

「一人で踊りなさい。醜く、愚かに」

 

 

 アルスはその攻撃も、とっさのバックステップによりかわすことができた。

また、急いでるので邪魔をするな、それを言いたげな目で、アルスは少女を睨みつけた。

 

 少女はそれを見て静かに、小さく笑った。

それならそれでかまわないと。であれば、一人寂しく倒されればよいと、少女は悪戯っぽく言った。そして、少女は再びアルスへと飛び蹴りをかまし、アルスはそれを防ぐべく魔法を使うのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは再びネギとアーチャーがいる、テーブルの席。アーチャーは腕を組み、何かを考える素振りを見せた後、それをゆっくりと口にし始めた。

 

 

「ふむ、呑めないと言うのであれば仕方がない。では、別のプランを話そう」

 

「別のプラン!?」

 

 

 アーチャーはネギが先ほどの条件を呑めないと断ったことを受け、ならば別の条件を提示することにした。

ネギは別の条件があることに驚き、大声を出していた。

 

 

「お姫様は諦めよう。ならば、君たちは我々を黙って無視してくれ。簡単なことだろう? それで君たちは無事麻帆良へ帰還できる」

 

「それって……どういう……」

 

「どういうことよそれ……!」

 

「どうもこうも、言ったとおりだ。我々の邪魔さえしなければ、それでいいと言うことだ」

 

 

 アーチャーの別のプラン、それはなんと自分たちのことを放置してくれれば、何もしない上に麻帆良へ帰る手助けをするというものだった。

 

 はっきり言ってこの条件はかなり怪しい。ネギやアスナも意味がわからないと言う様子で、アーチャーにそれを問いただそうとした。

 

 それを聞いたアーチャーは、言ったとおりだと言葉にした。

深い意味はなく、その言葉通りの条件だと。

 

 

「さて、君は我々の目的を知らないと見える。ならば、それを教えよう」

 

「え……!? 何故……!?」

 

 

 するとアーチャーは何を思ったのか、今度は自分たちの目的を語ると言い出した。

ネギはそれにも驚き、疑問に感じた。何故なら、敵である自分たちに、アーチャーが自らの目的を語る理由がないからだ。むしろ、目的を教えることでアーチャーが不利になる可能性もあるからだ。

 

 

「我々の目的、それはこの世界の破滅だ。しかし、ただ破滅させるのではなく、君たちが思う以上の考えが存在することをここで言っておこう」

 

「!?」

 

「だから、君たちは静かに自分の世界へ帰り、我々を見逃してほしい」

 

 

 アーチャーはネギの驚きを無視し、自分たちの目的を話し出した。

彼らアーチャーが属する”完全なる世界”の目的、それは簡単に言えば世界を破滅させることだ。厳密には、魔法世界の住人を”完全なる世界”と言う夢の世界へ移し、魔法世界を消滅させることである。

 

 それをアーチャーは堂々と、ネギに宣言した。

ただ、その破滅がただの破滅ではなく、大いなる意思と志があることを含めて説明した。

 

 ネギは当然それを聞いて、先ほど以上に驚いた。

まさかこの世界を破滅させようと思っているとは、ネギも思っていなかった。また、それを自分に宣言して、どうしようと言うのかと、さらに疑問を感じたのだ。

 

 そこでアーチャーはその説明を終えた後、そのようなことだから自分たちを無視しろと言い出した。

その条件を呑むならば、旧世界へ帰れるようにするというものだったのである。

 

 

「それはつまり……、この世界と仲間と、どちらかを選べと言うことですか……!」

 

「そういうことだ」

 

 

 そこでネギはアーチャーの意図に気がついた。

アーチャーはそうやって説明することで、ネギに威圧を与えようとしていたのだ。いや、もはや単なる嫌がらせか。どちらにせよ、ネギは旧世界へ帰り仲間のことを優先するか、この魔法世界のことを優先するかという選択を迫られたのである。

 

 そう、その選択を迫ることこそがアーチャー最大の目的だった。二つの選択を与え、どちらか一つに返事をさせる。否、実際は言葉巧みに誘導し、片方の無視させて帰還することを選ばせようとしているのだ。

 

 また、ネギのその問いに、アーチャーはそれに即座にYESと答えた。

お前には二つ選択がある。二つだけだが重大な選択だと。さあ、どちらを選ぶのだと、アーチャーはそう鋭い視線でネギへと訴えかけたのだ。

 

 

「……っ」

 

「アスナさん!?」

 

「……大丈夫だから……、気にしないで……」

 

「……アスナさん……」

 

 

 だが、そのアーチャーの発言を絶対に許せないものがいた。アスナだ。アスナは完全にキレたのか、とてつもなく鈍い”ミシリ”という音を、そこで立てたのである。すると、アスナの右足の下の地面に大きくヒビが入り、強く足を踏みしめたと言うのが伺えた。

 

 それだけではない。アスナはギリギリと音を立てながら、拳を強く握っていた。これ以上強く握れば爪が食い込み血が出るのではないかと思えるほど、その拳は硬く握られていたのだ。

 

 刹那はそれを見て驚いた様子で、アスナを心配する声を出した。

何せ、刹那が見たアスナの表情は、恐ろしく暗く目付きも普段見せることのないほどに鋭かったからだ。

 

 さらに、これほどまでにアスナが怒っているのは相当のことであると刹那は思った。

いや、自分の故郷を滅ぼすとか言う相手が目の前にいるのだから、それは当然だろう。それ以上に足元にヒビが入るほど、アスナがアーチャーの発言を我慢しているのだと刹那は実感したのである。

 

 アスナは刹那のその声に、静かにゆっくり安心させるようなことを、辛そうな笑みを見せながら言った。

声は非常に震えており、怒り心頭で感情は爆発寸前と言う様子だった。むしろ、自分の敵の勝手な発言の数々を、ここまでよく我慢したと言えよう。

 

 刹那はアスナの辛そうな表情に、声をかけるだけで精一杯だった。

今アスナは目の前の男を殴りかからないよう、必死に耐えている。刹那はアスナのその心境を察しながらも、ただただアスナを心配することしかできなかった。

 

 

「はっきり言おう。この世界がどうなったにせよ、君には何の関係もないのではないかね?」

 

 

 アスナのそんな様子など、やはりアーチャーは気にしていなかった。そこでアーチャーは、さらにネギへとその屁理屈をまくし立てた。

 

 そう、ネギはこちらの世界に来たのは初めてだ。

アーチャーはそれを言葉にし、ネギと魔法世界は無関係だと言うことを説明しだした。

 

 

「君の父がこの世界を救ったにせよ、少なくとも君が連れて来た生徒には何にも関係がないはずだ」

 

「……いいえ、関係あるわ」

 

 

 関係があるとすれば、ネギの父であるナギが、この世界を救ったということだけ。それ以外はまったくもって無縁の世界だ。さらに、それ以上にネギが連れて来た生徒など、関係すらないだろうとアーチャーは言葉にした。

つまり、本来ならば生徒を優先的に選び、この魔法世界など捨て置けと言っているのだ。

 

 だが、そこでアスナは静かに、その口を開いた。

関係がない、などとは言わせない。ネギとてこの世界と大きく関係していると。

 

 

「ふむ、君はそうだろうが……」

 

「私だけじゃない……、ネギだって関係ある。何故なら……」

 

「アスナさん……?」

 

 

 アーチャーは、そのアスナの言葉が彼女自身のことだと思い、それを言った。

 

 しかし、アスナが言いたいことはネギとこの世界との関係だ。

自分も大きくこの世界と関わってはいるが、ネギとて大きく関係していると、アスナは静かにその理由を話し出したのだ。

 

 ネギはアスナが次に、何を話すのだろうかと思い、彼女の名を呼んだ。

アスナは自分とこの世界との関係を知っているのだろうか。ならば、一体どんな接点があるのだろうかと、ネギも疑問を感じたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 千雨、のどか、ハルナの三人は、一人の男と裏路地にて対峙していた。その男こそ、額に輝く竜の紋章を持つ、竜の騎士の男だった。

 

 

「こうなったら……! ”来れ!(アデアット)”!!」

 

「アーティファクトか。やめておいた方がいいぞ」

 

 

 目の前の男はこう言った。動かなければ何もしないと。

しかし、三人の少女たちはそれを信用することはできない。

 

 故に、ハルナとのどかはそこでアーティファクトを展開し、応戦の構えを見せた。だが、千雨はここでは未だ仮契約を行っていないので、ただ一人アーティファクトを使えずにいた。

 

 それでも千雨は魔法を知っている。攻撃こそできないが守りは可能だと考え、その手に小さな杖を出し目の前の男に向けていた。

 

 そんな三人を静かに眺めながら、それはよくないと語る竜の騎士。

竜の騎士は三人に対し殺気や敵対心などをまったく見せておらず、先ほどの言葉は本心だったと思われる。

 

 だと言うのに三人の少女は、自分の言葉を無視した。

竜の騎士はどうするかを考えながら、今一度忠告を述べたのであった。

 

 

「どうかな!」

 

「ほう?」

 

 

 ハルナはアーティファクト、”落書帝国”へとすばやく絵を描き、それを実体化させた。その時間、なんとわずか2.7秒と言う早業である。

 

 また、ハルナのアーティファクトは描いた絵を実体化させるものだ。

今描いた絵である炎を纏ったマッチョなおっさん、”真・炎の魔人EX”を実体化し、竜の騎士へと攻撃させたのだ。

 

 だが、竜の騎士は感心の声を漏らすだけで、防御どころか棒立ちでそれを眺めているだけだった。なるほど、そう言う能力のアーティファクトか。そんな目で彼女の行動を見ているだけだった。

 

 そこへ真・炎の魔人EXの拳が竜の騎士の顔面に直撃した。されど、その攻撃程度では竜の騎士に傷を付けることはかなわない。竜の騎士の最強防御、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫くことはできない。

 

 

「ノーガード!?」

 

「むしろまったく効いてないぞ!?」

 

「防御する必要すらないってことね……!?」

 

「……無意味なことはよせ」

 

 

 のどかは防御すら取らなかった男に驚いた。

千雨はそれでもダメージになってないことに驚いた。

ハルナは自分の攻撃では防御すら不要だと言うことに驚いた。

 

 そう驚く三人へ、男は静かに語りかける。

そう言うことだ、無駄な行為はやめて大人しくしておけ。お前たちの行動は全て徒労に終わるだけだと、竜の騎士は敵意を見せず言うのだった。

 

 

「だが、宮崎!」

 

「はい! ”我、汝の真名を問う”!」

 

「む!」

 

 

 しかし、今の攻撃はダメージを与えようとしたものではなかった。

一瞬、ほんのわずかな一瞬の隙を作る為だった。

 

 ハルナはのどかの名を叫ぶと、のどかは指にはめた魔法具を使った。相手の名を読み取る魔法具、”鬼神の童謡”だ。これにより、竜の騎士の男の名をのどかは得ることができたのだ。

 

 竜の騎士の男は、その行動に眉を寄せた。彼女たちが何をしようとしているかはわからないが、何やら術中に嵌ったようであると。それでも竜の騎士はそれに対して気にした様子は見せなかった。それは自身の能力への絶対的な自信の表れだった。

 

 

「よし、逃げるよ!」

 

「おし」

 

 

 ハルナはのどかの術が竜の騎士にきまったのを見て、逃げる行動へと移った。ハルナはアーティファクトから一頭身のタヌキのような姿をした、”超弾力装甲・とんずら君”を呼び出した。そのとんずら君の口の中へと二人を誘導し入り込み、そのまま跳ねてその場から立ち去ったのだ。

 

 

「……悲しいことだ。動かなければ無事で済んだものを……」

 

 

 竜の騎士は彼女たちがそれを使い立ち去る光景を見て、ただただむなしさだけを感じていた。何と言うことだろうか。いたずらに抵抗するなど、逆に自らの首を絞める行為でしかないというのに。

 

 悲しい、あの少女たちへと攻撃しなければならなくなったことが、とても悲しい。竜の騎士はそう考えながら、彼女たちが去った空を少し眺めた後、その足取りを追ったのである。

 

 

「どうだ?! いけたか!?」

 

「はい! いけたはずです!」

 

 

 三人が乗り込んだとんずら君は何度かバウンドした後、建物の屋根の上に着地した。そこで三人は外へ出てた。

 

 千雨はのどかへと、先ほどの男の名はわかったかを尋ねると、のどかはきっと大丈夫だと言葉にした。

 

 

「あの人の名前が出ました!」

 

「よし!」

 

「とりあえずこのまま逃げ切って……」

 

 

 そして、のどかは魔法具を使い、先ほどの男の名を表示した。男の名を知れれば、のどかのアーティファクトである”いどのえにっき”で思考を読み取れる。逃げて遠くから思考を読んで、敵の動きを知ることもできるのだ。

 

 のどかがその男の名前を得たことを知ったハルナは、まずは喜びの声を出した。

千雨もそれならここは一度引いて、仲間を呼ぼうと言おうとしたその時、突如そこに人影が現れた。

 

 

「逃げ切れると思ったのか?」

 

 

 それこそやはり竜の騎士の男。竜の騎士の男は”トベルーラ”を用いて高速飛行し、ここまで簡単に追ってきたのだ。

そして、三人へと無情な言葉をかけた。その程度では逃げれはしないと。

 

 

「え!?」

 

「なっ!?」

 

「早い!?」

 

 

 のどかもハルナも突然現れた男に驚き、千雨も男の行動が早いことを驚きながら口にした。

いや、この程度では逃げ切れないことなど、少し考えればわかることだった。

 

 

「動くなと言ったはずだ。動かなければ何もしないと言ったはずだ。それを破ったのはお前たちだ」

 

 

 竜の騎士の男は静かに叱咤するかのように、それを三人へと言った。

何故動いてしまったのか。行動さえしなければ、何もしなかった。約束したはずだと。

 

 そうだ、自分は何もする気はなかった。言葉通りだった。それを破ったのはそちらだ。そちらが悪いとまるで自分に言い聞かせるように、竜の男は言葉にしていた。

 

 

「動いたことを、後悔することになるぞ」

 

「だったらどうするってんだ!」

 

 

 竜の騎士の男は、その軽率な行動を今ここで後悔するだろうと、三人へと宣言した。

千雨は身体を震わせながらも、ここで叛逆するかのように生意気な言葉を吐いて見せた。

 

 

「だったらどうするだと? こうするのだ!!」

 

「うわあ!?」

 

 

 その千雨の挑発に、竜の騎士の男は大きく反応し、天に指を伸ばしてそれをすばやく振り下ろした。

すると、千雨の横へと雷が落ち、千雨はそれに対して驚き悲鳴を上げたのだ。

 

 

「いっ、今のは雷か!?」

 

「ヤバイねぇこれ……」

 

「もはや後はないぞ。観念しろ」

 

 

 千雨は今の攻撃が雷系の魔法であることを理解し、戦慄した。

ハルナも今のは流石にヤバイと感じた。今の攻撃を受ければ、ただではすまないのは明白だからだ。

 

 竜の騎士の男は驚き怯える三人へ、今の攻撃はただの牽制であることを告げた。次は本気で今の雷を命中させることになるだろうと、三人へと威圧をかけたのだ。

 

 

「にっ、逃げるんだよ――――!!」

 

「あんなのにあたったらひとたまりもねぇ!」

 

「あの人はもう私たちを倒すつもりです!!」

 

 

 ハルナはこの危機的状況に、とりあえず逃げると言う選択を選びそれを叫んだ。

もはやこの状況、崖っぷちに他ならない。逃げる以外に手はなかった。

 

 千雨もあの雷に命中すれば、死ぬかもしれんと考えた。故に、ハルナと同じように逃げる選択を選んだのだ。

 

 のどかもその二人に釣られ、逃げることにした。

また、のどかはすでに男の名を知ったので、アーティファクトのいどのえにっきを使って思考を読んだのだ。その男の思考は、すでに自分たちを逃がすことも許すこともないと言う、容赦のないものだったのだ。

 

 

「のどか! あんたが操縦して!」

 

「え!? 私!?」

 

「あんたはヤツの思考が読めるんでしょ!?」

 

 

 ハルナは逃走のためにアーティファクト、落書帝国から空飛ぶマンタを呼び出した。

そして、それをのどかに操縦させることにしたのである。

 

 何せのどかは竜の騎士の思考を、アーティファクトのいどのえにっきを使って読める。それ以外にも魔法具”読み上げ耳”でいどのえにっきに表示されたものを、直接耳にすることが可能だ。

 

 つまり、敵がどこへ攻撃するかが、ある程度わかるということだ。ハルナはそれを理解していたので、戸惑うのどかへそれを叫んでそれを操縦させたのである。

 

 

「少々痛い目を見てもらうしかないようだな!」

 

 

 だが、竜の騎士の男とて彼女たちを逃がす気はない。

再び”トベルーラ”を用いて高速飛行しつつ、雷系の呪文である”ライデイン”を彼女たちへ放ったのだ。

 

 

「うわああ!?」

 

「街中だってのに無茶苦茶するねえ……!」

 

 

 それでもそのライデインは当たらなかった。何故ならのどかが男の思考を直接耳で聞いてし、回避したからだ。雷がどこへ着弾するかがわかるならば、そこを避けるだけだ。すれば、雷だからと言っても、避けれないと言う訳ではない。

 

 何せ相手の攻撃が来る場所に印があるようなものだ。その部分を意図的に避けることで、攻撃が発生する前に先手で、その攻撃を回避しているのだ。見て避けているのではなく、攻撃が来る場所に攻撃が来る前に、攻撃が当たらない場所へと批難しているだけだ。

 

 そう、まるでスタープラチナのパンチを先に知り、それを容易く回避したテレンス・T・ダービーのように、ストレイト・クーガーの超高速で蹴りを先読みし、回避してみせた無常矜持のように。それが相手の思考を読むということなのだ。

 

 千雨はなんとか回避されたライデインに驚き恐怖の叫びを出していた。

ハルナもこんな街のど真ん中で、これほどの魔法を使うのかと焦りを感じていたのだった。

 

 また、ハルナたちはお尋ねものであるが、認識阻害の指輪によりそれを悟られることはない。なので、その辺りは心配せず、ただただ敵の無茶苦茶な攻撃に驚くだけなのだ。

 

 

「……? 我がライデインが命中しないだと?」

 

 

 竜の騎士の男は、今のライデインが命中しなかったことに驚いた。

本来なら雷速で落下する稲妻を回避することなど、そうそうできない。だと言うのに彼女たちは、それを回避してのけた。竜の騎士は何故回避できたかを、この時点で少しずつ模索し始めていた。

 

 

「このままじゃまずいぞ! とりあえず闘技場の方へ急げ!」

 

「わかってる!」

 

 

 千雨は今の現状は回避できているが、追いつかれればどうなるかわからないと考えた。

なので、早く闘技場へ行き仲間に助けを求めるしかないと、そのことを叫んでいた。

 

 のどかもそのぐらい理解していた。

うまくいくかどうかはわからないが、とにかくそちらの方へ逃げるようにはしていたのだ。とは言え、先ほどから数回のライデインを回避すつつの行動には、かなり厳しいものがあった。

 

 

「ぬう……、どうなっている……」

 

 

 また、竜の騎士の男は先ほどから何発も放ったライデインが、全て命中しないことに疑問を持っていた。いや、最初の一発目が当たらなかった時から、すでにその疑問はあった。それでも最初の一発はまぐれで避けられた可能性を考え、何度もライデインを撃ち込んだのだ。

 

 なのに、その全てが回避された。これは普通のことではない、何か裏がある。竜の騎士の男はその謎を解くべく、さらにライデインを彼女たちへと放つのであった。

 

 

「うん、わかるよハルナ! 千雨さん!」

 

「すごいな宮崎!」

 

「よーし! このまま逃げ切れれば!」

 

 

 しかし、のどかはそれをギリギリであるが回避して見せた。相手がどこに攻撃するかを先読みできるというのは、やはりそれだけで強みなのである。それ以外にも、この空を飛ぶマンタの操作方法が、触れているだけで自在に操れるというのも大きかった。

 

 千雨はそののどかを素直に賞賛した。

確かに心を読んで先読みすることは可能だろう。だが、それで完璧に回避できるかは別問題だからだ。

 

 ハルナもこれならいけそうだと思い、元気を出してきた。

とは言え、危機的状況というのには変わらないので、表情は緊張したままであった。

 

 

「……アーチャー(やつ)が言っていた少女とは、もしや……」

 

 

 何度もライデインを避けられたのを見た竜の騎士は、そこでアーチャーが言っていたことを思い出した。

彼女たちの仲間には心を読む娘がいる、その少女に気をつけろと忠告されていた。竜の騎士はそれを考え、つまり今目の前のあれを操作している少女こそ、アーチャーが言っていた娘ではないかと察したのだ。

 

 

「もう気づかれたのか!?」

 

「ハルナ!」

 

「あいよ!」

 

 

 千雨は広げてあるいどのえにっきを見て、竜の騎士の男がのどかの秘密を理解したことを知った。

そして、いずれは気が付くと思っていたが、もう少しかかってくれればよかったと、そう思った。

 

 のどかも相手の心を読んでいることを知られたのは仕方ないとし、ハルナへ新たな注文を告げた。

すると、ハルナは落書帝国から新たな道具、ギガホン君を作り出してのどかへと手渡したのだ。

 

 

「バロンさん! あなたは一体何者ですかー!!? できたらプロフィール形式で詳しく!!」

 

「……ぬう」

 

 

 そこでのどかはさらに敵のことを知るために、それをメガホン型の道具であるギガホン君を使い、竜の騎士の男へと叫んだ。

いどのえにっきは相手の返答など必要ない。今叫んだ内容こそに意味があるのだ。

 

 竜の騎士の男は、今のでのどかの術中にはまったことを一瞬で理解した。

してやられた、彼女たちに自分の情報を奪われてしまったと。また、この竜の騎士の男の名は、バロンと言うようだ。

 

 

「でかしたのどか!」

 

「よし! このままいっきに逃げ切るぞ!」

 

 

 ハルナはのどかが敵の情報をゲットしたことを喜び、盛大に褒め称えた。

千雨はこれなら後は仲間の下へと行き、助けを求めるだけだと張り切った。

 

 

「……心を読む……か。なるほど、これほど驚異的とはな……。ならばいいだろう……」

 

 

 竜の騎士の男は、自分の魔法を回避して逃げる少女たちを見ながら、目を瞑って一瞬悩んだ。心を読むということの脅威、これは放っておけぬものだろうと。実に残念だが、彼女たちがそういう態度で出るならば、もはやこちらも全力で応えなければならないかと。

 

 

 ……この竜の騎士の男は相手が少女であるが故に、ある程度力を抑えていた。ギガデインではなくあえてライデインを使ったのも、そのためだった。

 

 また、のどかがライデインを避け続けられたのも、竜の騎士の男の心のどこかに迷いがあったからでもあった。むしろ、その比率の方が高いだろう。何故ならこの男が本気でライデインを命中させようと思えば、最初の一撃目ですでに終わっていたはずだからだ。

 

 そう、竜の騎士の男自身が気づかないほどの、小さな小さな心の迷いが隙を生み、ライデインを発生させる時間にラグが生じたのだ。故に、のどかはライデインをギリギリのタイミングで避け続けられたのだ。

 

 ああ、あわよくば彼女たちに手傷を負わせることなく終わってもらいたかった。それこそ竜の騎士の男の本音だった。どうして彼女たちは動いてしまったのか、戦いをはじめてしまったのか、男はそれを嘆いていた。

 

 だが、それが竜の騎士の濁っていた決意を固めてしまった。決意させてしまった。そんな男を本気にさせてしまったのは、間違いなく彼女たちだろう。

 

 

 故に、男はもはや捨て置けぬと考えた。心を読むという能力の脅威を理解してしまったからだ。彼女たちが自分を相手に敵対し、行動してしまったからだ。

 

 

「っ!」

 

 

 のどかは竜の騎士の思考を読み取ることで、男が自分たちへ本気になったことを察した。察してしまった。先ほどまでの行動は本気ではなく、かなり手加減されていたことを理解してしまった。そして、竜の騎士の男が本気となったことで、そのすさまじい重圧と殺気を感じ取ってしまったのだ。

 

 

「貴様らを今から一戦士として認め扱い、ここで果ててもらうとしよう!!」

 

 

 彼女たちの行動は賞賛に値するものだ。自分を相手にここまで立ち回れたのだから、兵士、いや、戦士と言えるだろう。だから竜の騎士は、もはや彼女たちをただの少女とは思わない。これほどまでの戦いを見せたのだから、一人の戦士として認めたのだ。

 

 しかし、だからこそ竜の騎士は、その彼女たちへと本気をぶつけることにした。戦士であるならば、覚悟があったならば、ここで倒され散るのも覚悟の上であるはずだと。

 

 だからこそ竜の騎士は最大最高の奥義で、彼女たちへと賞賛を送ろうと考えた。そう、最大最強のあの技で、彼女たちを一掃することを選んだのだ。

 

 竜の騎士の男は、敵とみなした少女たちを目標に捉えると、すさまじい速度で空へと舞い上がった。そこで剣を天に掲げると、その剣目がけて雷が落ちた。その雷は剣と一体化し、それを落下とともに、彼女たちへ目がけて振り下ろしたのだ。

 

 

「まずい! 最大の雷が!! 避けきれない!!」

 

「うそ!?」

 

「マジか!?」

 

 

 のどかは竜の騎士の男が、次に行うことをいどのえにっきで理解した。理解したのはいいが、どう対処すればいいのかわからなかった。

 

 何せ、次の攻撃こそ、男が持つ中でも最大の奥義だからだ。その自信と威力を読み取ったのどかは、恐れおののくしかなかったのだ。

 

 さらに、先ほどの攻撃は遠距離からの攻撃だったからこそ回避できていた。しかし、近距離攻撃ならどうだろうか。剣の軌道が読めたところで、それを回避する手段は彼女たちにはない。

 

 それ以外にも、竜の騎士が無意識的に手加減していたのも大きかった。今の全力を出した竜の騎士の攻撃は、流石に避けられるものではなかった。

 

 のどか一人だけなら回避ができただろうか。いや、それでも難しいだろう。だと言うのに、こちらには千雨とハルナもいる。乗り物を操りそれを回避するには、彼女たちはあまりに未熟だ。

 

 それ以外にも万が一剣撃は回避できたとしても、近距離で発生する膨大で圧倒的な稲妻は回避不可能。故に、のどかは回避不可能と判断した。これはどうしようもなくマズイと、大声で叫んだ。

 

 そののどかの慌てた声に、ハルナも千雨も驚き焦った。避けれないならどうするか。防御するか。彼女たちは防御するならと考えたが、ゲートで見たあの雷を守りきれる自信などなかった。

 

 それでも何とか防御しようと、ハルナはとっさにアーティファクトを起動した。千雨も杖を握り、障壁を張ろうと魔法を使った。

 

 

「”ギガブレイク”!!!」

 

 

 そして、無情にも彼女たちへと、その技は解き放たれた。

ギガブレイク。竜の騎士が持つ最大の奥義の一つ。強靭な肉体を持つものでなければ、一撃で下される最強の剣技。彼女たちではオーバーキルは必至であること間違いない、すさまじい奥義だ。

 

 もはやこれまでか。三人の少女たちはその雷の光を遮るように、目を瞑って恐怖するしかなかった。あれほどの攻撃だ。自分たちだけで防げるものではないのはすでに理解していた。彼女たちには絶望しかなかった。

 

 

「”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!!」

 

 

 ああ、だがそこに、一筋の光が差し込んだ。救世主が現れた。彼女たちがいる建物の下から、その光は空高く舞い上がった。その光も、空で剣を振り下ろす男と同じ雷であった。その救世主は雷と同じく黄色い髪をした筋肉が滾る男だった。それこそ雷鳴轟くゴールデンだったのだ。

 

 

「うわっ!?」

 

「ちょっ!? 何!?」

 

「キャアッ!?」

 

 

 ゴールデンのことバーサーカーは、ゲートで見せた時のように、ギガブレイクを宝具で受け止めた。そこですさまじい轟音と衝撃と、雷による膨大な光が発せられた。だが、それは空中で全て拡散し、地上には影響はでなかった。

 

 しかし、その轟音と光を浴びた少女たちは、驚きと戸惑いの悲鳴を出していた。また、この光はゲートで見た時と同じ現象だということに、気が付いたのである。

 

 

「あっ、あれは!」

 

「ゴールデンさん!」

 

 

 そして、光と音が止むと、少女たちをかばうようにして、その前に静かに降り立ったバーサーカーがいた。彼女たちはバーサーカーの存在に気が付き、自分たちが彼に助けられたことをここでようやく理解したのだ。

 

 

「おうおう、ガキども相手に大人げねぇじゃんかよ。……なあおっさん!」

 

「お前はあの時の……!!」

 

 

 バーサーカーはそんな彼女たちの前に立ちふさがりつつ、目の前の竜の騎士の男を挑発した。

何せ目の前の男は無力な少女を本気でしとめんと、奥義を使ったのだ。許せるはずもないというのが、バーサーカーの人情だった。

 

 また、竜の騎士の男、バロンはゲートの時と同じく、ギガブレイクを防がれたことに再び驚いていた。

さらに目の前に立つバーサーカーへと、額の紋章の光をさらに強くしながら、鋭い視線を送るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギや千雨たちが大ピンチのこの状況の中、未だそれを知らずにのんきしているものがいた。

木乃香とラカンである。木乃香は状助とアスナが再会したこの広場にて、父親の友人であるラカンと面白そうに話をしていたのだ。また、木乃香の横には当然さよもおり、ニコニコしながら二人の会話を聞いていた。

 

 

「そうかー、このかちゃんそんなつえーのか!」

 

「そうやえー! ウチかて弱くあらへんよー!」

 

 

 ラカンは最初、木乃香を見た目どおりのおっとりとした少女としか思っていなかった。

だが、木乃香の話を聞くうちに、なかなかどうして実力をつけていることを知った。

 

 いやはや、やはり見た目だけではわからんものだ。気配とてほんわかしていると言うのに、あの覇王の弟子となりて修行していたとはと。

 

 木乃香も自分のことを強いと、ラカンへアピールして見せた。

ただ、木乃香は自分がまだまだであるとも思っていた。それでも強いと言葉にするのは、覇王の修行の成果に誇りと自信を持っているからだ。

 

 

「んで、アンタら何用だ?」

 

「え? あっ……!」

 

「あの人は!」

 

 

 だが、そこでラカンは空虚へと突然話しかけだした。

するとそこに二人の人影が現れたではないか。

 

 木乃香はその二人を見て、ハッとした表情を見せた。

また、さよもその二人に見覚えがあったようで、そんな感じの声をもらしていた。

 

 

「……」

 

「ふぇっへっへ……」

 

 

 そこに現れた二人の男。それは銀色に輝く防護服(メタルジャケット)の男と陽だった。

防護服(メタルジャケット)の男はラカンを帽子ごしに睨みながら、不気味な沈黙を保っていた。

陽は木乃香をじろじろと眺めながら、怪しげな笑いを出していた。

 

 

「あの人は確か状助さんを襲った……!」

 

「それに……陽!」

 

「久々だなーこのかよー!」

 

 

 さよは防護服(メタルジャケット)の男を見て、状助と戦い負傷させた人物だと言うことを思い出した。

木乃香は敵となってしまった陽をキッと睨み、その名を叫んだ。

 

 陽はそんな木乃香相手に、余裕の様子を見せていた。

むしろ、木乃香にまた会えて、また自分を見つめられているのを喜んでいる様子だった。

 

 

「俺の名はブラボー、ただのブラボーだ。貴殿がラカン殿であるとお見受けした」

 

「ほう、ご丁寧に自己紹介か。で、目的はなんだ?」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男も沈黙を破り、その口を静かに開いた。そこで出された言葉は、自己紹介とラカンへの確認の言葉だった。この防護服(メタルジャケット)の男は、自らをブラボーとだけ名乗った。

 

 ラカンはその男が自ら名乗り出たことに感服しつつも、その男へと目的を尋ねた。

とは言え、どうせろくなことではないのだろうと、ラカンはそこで考えていたが。

 

 

「難しいことではない。ここでラカン殿と一つ、相間見えたいというだけだ」

 

「わかりやすいのは嫌いじゃないぜ」

 

 

 だが、男の目的は簡潔だった。強敵ラカンとの戦い、それこそがこの防護服(メタルジャケット)の男の目的だった。いや、実際はアーチャーがネギに接近している時に、ラカンが邪魔しないように抑えるのが彼の役目だ。しかし、防護服(メタルジャケット)の男が今話した目的も、彼の本心から出たものであった。

 

 ラカンは目の前の銀色の男の言葉に、ニヤリと笑った。そういうことか、確かに簡単だ。ならばいっちょ戦ってやるか。そう考えて、スッと拳を握ったのだ。

 

 

「おい小僧、邪魔をするなよ」

 

「うっせーなおっさん。オレはこのかの面倒見るからそっちこそ邪魔すんなよ!」

 

「ふん、生意気な小僧だ……」

 

「それはどっちだっつーんだよ!!」

 

 

 そこで防護服(メタルジャケット)の男はおもむろに、横にいる陽へと声をかけた。その言葉はかなり辛口であり、陽のことをまるで信用していないということが伺えた。

 

 また、陽の目的は木乃香だった。陽もラカンを抑えておくという役割を持っていたが、そんなことなどどうでもよかった。陽は木乃香に勝利して、木乃香を自分のものにしたいという欲求しかなかったのだ。

 

 

「では、場を用意するとしよう。この背景を壊すのは、俺としても忍びない」

 

「用意がいいじゃねぇか。確かにここで暴れるにゃちょいと狭いか」

 

 

 すると、防護服(メタルジャケット)の男はすっと一本の杖を取り出した。それはあの”リリカルなのは”で登場する、デバイスと言う杖だった。

 

 本来このデバイスは、リンカーコアと言う魔力精製機関がなければ動かせない物だ。だが、この世界は"ネギま"であり、魔力さんあればよいらしく、防護服(メタルジャケット)の男にはそれを動かす程度の魔力があったようだ。

 

 故に、防護服(メタルジャケット)の男はその杖を仲間から借り、それを用いてこの場に結界を作り出し、周囲に被害がでないようにしようと考えたのだ。

 

 ラカンは目の前の男が何をするかわからなかったが、この場所を破壊するのは好ましくないと思っていた。なので相手の配慮に、またしても感心の声を漏らしていた。

 

 

「こりゃ結界か何かか? これで俺を閉じ込めたって訳か」

 

「閉じ込める? そうではない」

 

 

 そして、防護服(メタルジャケット)の男が自前の魔力でそれを操作すると、世界は一遍して無人の空間へと変貌した。

 

 ラカンは周囲の雰囲気が一瞬で変化したことに気がつき、結界を使ったことを察したのだ。また、先ほどの言葉が嘘で、実際はこの結界で自分を閉じ込める算段だったのかと、少し真顔となって言葉にしていた。

 

 しかし、防護服(メタルジャケット)の男の先ほどの言葉に、嘘偽りなど一切なかった。この結界は周囲に損害を出さぬようにするためだけのものであり、閉じ込めようなどとは考えていなかった。

 

 

「そんなことよりも単純な話だ。二人のどちらかが倒れるまで勝負する。それだけだ」

 

「なーんだ。だったら問題ねぇな!」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男は静かに構えを取り、戦いのルールを宣言した。

そうだ、この結界は自分たちがどんなに戦っても、外に影響が出ないようにするためのもの。どちらかが倒れ動かなくなるまで、ここで戦うことこそが外に出る唯一の方法だと、防護服(メタルジャケット)の男は鋭い眼光を覗かせながら、ラカンへと告げたのだ。

 

 ラカンはそれを聞いて、大いに笑いながらだったら良いと言葉にした。むしろ、回りくどくなくて良い。こういうのが面白い、そう思いながら、ラカンもゆっくり戦闘態勢へと移ったのだった。

 

 

「さてさてこのかぁ! 今日こそオレのものになってもらうぜ!!」

 

「……さよ」

 

「はい!」

 

 

 また、陽と木乃香もこの結界の中に入っていた。

陽は木乃香へとへらへら笑いながらそれを宣言すると、木乃香はその言葉を無視して、さよを静かに呼んだのだった。

 

 

「”O.S(オーバーソウル)”……!」

 

「おお? この前よりやる気があるって訳かよ。いいぜ、だったらオレが勝ったら!」

 

 

 木乃香はもはや有無を言わず、陽と戦う気でいた。それはすぐさまO.S(オーバーソウル)を行ったことから明らかだった。

 

 陽は木乃香がすでに戦う態勢となったのを見て、自分もすぐさまO.S(オーバーソウル)を行った。そして、ゲートの時よりも今の木乃香が本気であることを理解したのだった。

 

 

「オレの女になれよなぁ!!」

 

「……陽!!」

 

 

 だが、陽はそんなことなどどうでもいい。陽が一番求めていることは”木乃香”だからだ。木乃香を自分のものにしてはべらせることこそが陽の一番であり、それ以外は捨て置いてもよい事柄なのだ。

故に、陽は木乃香へとそれを叫んだ。ここで自分が勝利したのなら、自分のものになれと。

 

 しかし、木乃香も陽を倒すことで頭がいっぱいだった。何せ木乃香は陽が敵で現れたことを、昨日すでに覇王に相談していたからだ。そこで覇王が出した答えは、もし再び陽が現れたならば、全力で倒して自分の前につれてきてほしい、というものだった。

 

 だからもはや、木乃香は陽に対して慈悲も手加減もない。あるのは陽を倒すということのみ。さらに、覇王の下に陽を連れて行くということだけだったのだ。

 

 

 こうして、二組の戦いが無人の空間で始まったのであった。


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