百三十四話 再会
オスティアとは、本来ウェスペルタティア王国の王都だ。ウェスペルタティア王国は、大小さまざまな浮遊島からなる国家。古くからの伝統が売りの美しき古都。メセンブリーナ連合とヘラス帝国の中間に位置し、戦略的にも重要な場所でもある。
原作ならばこのウェスペルタティア王国は、20年前の大戦にて崩壊、雲の下の大地へと沈んだ。しかし、それは起こらなかった。いや、起ころうとしたが、阻止されたのである。なので、未だウェスペルタティア王国は健在であり、雲の上に浮かび美しい都市を見せていた。
だが、彼らが向かうのはそのウェスペルタティア王国の王都たるオスティアではない。終戦後にて新たに作られた新オスティアこそが、彼らの目指す場所だったのだ。
…… …… ……
アスナたちご一行はついにオスティアの手前までやってきていた。そこから見渡す広大な空と、白い雲とともに浮かぶ巨大な島々が目に映った。
「オスティア……」
「ここが……」
アスナは本当に十数年ぶりの故郷を見て、色々と思い出していた。20年前のことや、紅き翼のこと。女王だったアリカのこと。さまざまな思い出がアスナの脳裏に過ぎっていた。
刹那ははじめて見るオスティアの光景に、驚かされていた。話には多少聞いていたが、これほどの島が宙に浮いているというのは、旧世界では見ることができない光景だからだ。
「島が空浮いとるよー!」
「すごいですねー!」
「なんだかすごすぎて、よくわからなくなってきましたわ……」
しかし、木乃香はぽわぽわとした感想を述べながら、嬉しそうに笑っていた。
さよもその横で同じようにふわふわと笑いながら、ただただはしゃいでいた。
その横であやかは、眼下に浮かぶ広大な景色の前に、理解が追いつかないのか驚きを通り越して呆れ果てていた。
「なかなかの絶景でござるな」
「へぇ、こいつぁなかなかゴールデンな場所じゃんか」
また、楓やバーサーカーも、同じようにオスティアの景色に感激していた。いやはや、中々すばらしい眺めだと。
「……」
「んー? どないしたんアスナ? さっきから黙ったままやけど」
「らしくありませんわね……」
すると、アスナは何かを思いつめるような表情で、無言となっていた。
木乃香は突然黙ったアスナを見て、一体どうしたのだろうと言葉をかけた。
あやかも静かになったアスナを見て、少し静か過ぎると思った。
確かにここのアスナは口数が多い方ではないが、それでもこんなに静かな娘ではない。あやかもその辺りが気になったようで、疑問の声を出していた。
「……私がもし、ここのお姫様だって言ったら、信じる?」
アスナは悩んだ様子を見せた後、儚げな笑みを見せながらくるりとみんなの方へ向き、突然そのようなことを言い出した。お姫様。それはつまり、このオスティア、いや、ウェスペルタティア王国の王族と言う意味だ。
「へ?」
「何を……?」
「それは一体どういう……?」
だが、いきなりそのようなことを言われても、当然目をぱちくりさせて驚くことしかできない。
木乃香も刹那もあやかも、何を突然言い出したんだろうか、聞き間違えだろうかと言う様子を見せていた。
さよや楓やバーサーカーも、頭にクエスチョンマークを浮かべるだけだった。
「……冗談よ」
アスナはみんなの反応を見て、ふっと小さく笑い、今の言葉は冗談だと言った。
実際は本当のことなのだが、突然そんなことを言っても、すぐに理解ができるはずがないと思ったのだ。
「びっくりしたわー!」
「そうですよ」
「ごめんごめん!」
木乃香も刹那も、今のが冗談だと聞いて、詰まった息を吐き出すように笑みを見せた。
いきなりアスナが真剣な声で言うから、どうしたのかと二人も思っていたのである。
いやはや、自分は何を言っているのだろうか。そう考えながら、アスナはみんなへ謝った。
ただ、アスナはここへ来たのなら、自分のことを話そうと思っていたのも事実だった。それでもやはり、急すぎたと思った。なのでもう少し時間を置いてから、もう一度話そうと思った。
「そうですわ! あなたのような人がお姫様だなんて!」
「だから冗談だって……」
あやかも突然のアスナの言葉に、ありえないと断じるような声を出した。
別に暴力的ではないがおしとやかと言う訳でもないここのアスナが、お姫様とはちゃんちゃらおかしいと、あやかは笑いながら大きく声に出したのだ。
アスナもそれを聞いてちょっとむっとしながらも、苦笑しながら冗談だからと言葉にした。
「……ですが、何故でしょうか……。それが嘘だと断言できません……」
「……いいんちょ?」
しかし、その後あやかは急に静かになって、不思議そうな様子でアスナを見つめた。そして、アスナがお姫様と言う言葉を、否定することはできないと話したのだ。
アスナはそんなあやかに、一体どうしたんだろうかと思った。
普通に考えれば冗談や嘘だと思うだろう。むしろちょっとつまらない洒落にも取れるはずだ。
そんな話だったというのに、あやかは悩んだ様子を見せながら、アスナの言葉を受け入れていた。
「アスナさん。……あなたが今言ったことは本当に冗談なんでしょうか?」
「委員長?」
「……」
だから、あやかはそれを確かめるように、アスナへと問いかけた。
木乃香は少し真面目な空気を感じ取り、一体どういうことなんだろうと思いあやかを呼んだ。
アスナはその質問を聞いて、うつむきながら静かに悩んでいた。
いや、実際は悩んでいたというよりも、まさか本気で信じてくれるとは思っていなかったことに対して、動揺していたのである。
「……ええ、冗談って言うのは嘘。お姫様って言うのは、本当に本当のこと……」
「え!? ホンマなんか!?」
「そんな……! まさか……!」
アスナは数秒黙った後、それを静かに話し出した。
そうだ、先ほどの言葉は嘘や偽りではなく、真実だと。
木乃香はそれを聞いて、本気で驚いていた。
まさかそんなことが本当にあるのだろうかと。
刹那も同じく驚いていた。
確かにアスナの技術は色々と驚くものがあった。それに魔法の無効化などの特殊な能力を持っていることにも不思議に思っていた。だが、それがまさか、魔法世界の国のお姫様などとは、流石に思ってなかったのだ。
「そうよ。……私は
「アスナ……」
「アスナさん……」
アスナの言葉の意味、それはすなわちアスナが魔法世界出身であるということにもなる。
アスナは、広がる空と雲と空に浮かぶ島々を背に、それを小さく笑いながらそれを話した。
何と言うことだろうか。まさか冗談だと思っていたことが、本当のことだったとは。誰もがそれを聞いて、驚かざるを得なかった。また、誰もがアスナの様子や雰囲気で、嘘や冗談ではないことを理解した。
そして、今までアスナのことを大きく気にしていなかった木乃香は、少しショックを受けていた。木乃香はアスナの親代わりが自分の父親の友人である、程度しか知らなかったが、それ以上何かを気にすることもなかった。そこでここに来て、突然のカミングアウトに、ちょっと驚きを隠せなかった。
だが、それ以上にそれを儚そうに言葉にしたアスナを見て、その気持ちを感じ取っていた。そのことを話すのには相当悩んだはずだ。別に黙っていてもよかったはずだ。それでもアスナがそれを言ったのは、きっと彼女自身に大きな節目ができたのだろうと。
刹那もアスナがどんな気持ちで、それを話したのかをある程度察することができた。自分も白い翼のことで悩んだことがあったからだ。自分の出身がここであると話そうと思った時、アスナはどのぐらい悩んだのだろうかと、深く考えていた。
「……今まで黙っててごめんね。でも、向こうで言っても信じてもらえないだろうって思ってたから……」
「そうやったんか……」
アスナは自分の出身や身分を隠していたことについて、静かに謝った。
仲良くなった友人にならば話してもいいとアスナは思っていたが、踏ん切りがつかなかったのである。
ただ、それはやはり信じてもらえるかわからなかったので、黙っていたという部分もあった。魔法世界を知らない人から見れば、魔法の国からやってきたお姫様など言われても、理解できるはずがないからだ。
「まったくですわ。そのようなことを隠していたなんて、呆れますわよ!」
「だから謝ったじゃない……」
そんなところへあやかは、悪態をつくような言葉を吐いた。
別にそんなことなど気にしなくても良いのに、そう言う意味の言葉だった。
それを聞いたアスナは、それを思ったからこそ謝罪の言葉を一言述べたと、少し呆れた感じで話した。
「……ですから、私も正直に話しましょう」
「へ?」
しかし、あやかはそこでしれっとした態度で、自分も心の内を明かすと言い出した。
アスナはあやかの突然の言葉に、思わず呆けた顔を見せていた。
「私があなたたちを追った理由、それはアスナさん。あなたのことが気になったからです」
「は? 私のことが?」
「ええ、そうですとも」
あやかはアスナが自分のことを正直に話してくれたことに感激した。
だから、今度は自分の気持ちを話す番だと、少しずつそれを言葉にし始めた。
あやかがこの魔法世界へついてきてしまった理由、それをアスナへカミングアウトしたのだ。その理由とは、アスナのことが気になったからだ。ただ、実際ここまでついてくる気はなかったし、ここにいるのは事故ではあるのだが。
アスナはそれを聞いて、何で? と言う顔を見せた。
また、そこまで怪しまれるようなことをしたのだろうかと、そこで少し考えた。
そして、アスナはあやかへそれを問うと、当然と言う答えが返ってきた。
アスナはさらによくわからないという顔を見せ、あやかはそれを見てクスリと笑って見せた。
「……昔からあなたは、何か不思議な感じがしてなりませんでした。それに、過去のことを一切話してくれませんでしたしね」
「そうだったかしら……?」
「そうでしたわよ!」
あやかはアスナが昔から不思議な娘だと思っていた。
また、アスナは自分の過去を話さなかった。小さいながらでも、どこから来たとか、どこで生まれたとかぐらいは話してもいいはずだ。それなのにアスナは、一切そういうことを話さなかった。
故にあやかは、ずっと昔からアスナがどこから来た人なのか気になっていた。出合った時は幼いというのに静かで毒舌で、今思えばどこか自分たちと違う人間に見えたとあやかは考えた。
あやかのその言葉に、アスナははて、と首をかしげた。そんな変な雰囲気だっただろうか、何も話さなかったのだろうかと、思い出す仕草を見せた。
アスナのとぼけた態度に、あやかは大声でつっこんだ。
ただ、本人としてみれば、さほど気にしたことの無いことなんだろうとも思った。
「ですから、正直に話してもらって、とても嬉しく思ってますわ。……ついてきてよかったと、思ってます」
「いいんちょ……」
だから、ずっと気になっていたことを告白してくれたことに、あやかはとても感激していた。
ここに来たのは事故だったし、色々不便で長い旅ではあったが、それでもここに来てよかったと思えた。
アスナはそんなあやかを見て、少し嬉しく思った。
いや、むしろ結構感動していた。あやかを巻き込んだことをアスナはとても気に病んでいた。それに自分の正体をもすんなり受け止め、信じてくれたあやかに、感謝と喜びを感じていたのだ。
「それに、あなたが麻帆良で今のことを話していたとしても、きっと私は信じましたわ」
「本当にー?」
また、あやかはここではなく麻帆良だったとしても、アスナの言葉を信用したと自信満々に述べた。
アスナの性格上、そんな冗談を言うとは思えないからだ。それに、アスナの告白で感じた不思議な気持ちは、きっと麻帆良でも同じだと思ったからだ。
アスナはそんなあやかへ、じとっとした疑いの目を向けた。
しかし、それは照れ隠しのようなものだった。やはり先ほどのあやかの言葉は、アスナにとって感涙ものだったのである。
「本当ですわよ。何せあなたは私の最大のライバルなんですから」
「……そうね、あんたは私のライバルだもんね」
疑問の目を向けるアスナへ、あやかは当然だという態度でそれを言葉にした。
アスナもそれを聞いて、そうだったと静かに返した。
「そのとおりですわ。ですから、あなたがどんな人であれ、この先ずっと……、私のライバルということですわよ!」
「……うん。ずっと、私はいいんちょのライバルよ!」
そして、ライバルだからこそ、どんなことがあっても、どんな人であっても、決してその立場は揺るがないと、あやかはアスナへ笑顔のまま堂々と宣言した。
アスナがどんな立場だったとしても、この不思議な世界の住人だったとしても、自分たちの絆には一切関係のないことだと、あやかは思ったのだ。
アスナはそんなあやかがまぶしく見えた。そのあやかの言葉はアスナの琴線に触れていた。とても感激していた。
このようなことになってしまったというのに、まるで当然のようにそれを言ってくれた。
だからこそ、アスナはあやかにはっきりと、同じことを強く言葉に出したのだ。ずっとこの関係が続けばいいと思いながら。ずっと親友であり強敵であり続けたいと思いながら。
「二人とも、仲がいいですね……」
「ええ……、本当に……」
「ウチらよりもずっと前から友達みたいやしなー」
そんなアスナとあやかのやりとりを見て、微笑みながら見つめる少女たち。
さよはともに笑いあう二人を見て、あれが親友というものなんだな、と思っていた。刹那も同じことを思っていたのでそれに同意し、木乃香はあの二人が昔から仲良しだったことを思い出していた。
それ以外にも楓やバーサーカーも、その光景を三人の後ろから眺めていた。やはり友とはいいものだ、そう思いながら。
「さっ、辛気臭いお話も終わり! とりあえず行きますか!」
「そうしましょうか」
「はいな!」
「はい!」
アスナはみんなの理解を得たことに満足し、あやかとの信頼を再確認した。なので、もうこの話はおしまいにして、先に進もうと元気を出して提案した。
あやかや他のみんなも頷き、元気よく返事した。そして、ご一行はネギたちと合流すべく、新オスティアへと向かうのであった。
…… …… ……
ひとり荒野を歩く男がいた。右目は開かないのか閉じたままであり、右腕を押さえ若干苦しそうにしながらも、確実に足を出し、前へと進んでいた。その名はカズヤ。彼はミドリのいた里から出た後、南へ南へずっと歩いていたのだ。目的地のメガロメセンブリアを目指して、目的であるナッシュという男を倒す為に。
「……!」
カズヤは荒野を歩いていると、ふと遠くから音が聞こえて来たのを耳にした。その音はバイクか車が疾走するような音と、ガンガンとアクセルを踏んだようなエンジン音だった。
「見つけたぁ!!」
「アイツは……!!」
カズヤがその音がする方向を向けば、見知った薄黒い桃色の車が爆走しているのが見えた。そして、その車内からは、カズヤがよく知る人物の声が聞こえたのである。
「ヒャッハー!! トオォォッ!!」
その刺々しく禍々しい車に乗る男こそ、カズヤの先輩である直一だった。直一はカズヤの手前まで車を走らせると車体を横にし、急ブレーキをかけて停車し、扉を開けて飛び出した。その後直一はカズヤの近くに立つと、ニヤリと笑ってサングラス越しにカズヤを見た。
「あんたは……直一……」
「久しぶりだなぁ……。魔法世界中を徘徊してしまったぞカズマ!」
「カズヤだ!」
カズヤはそんな直一を、気だるそうな態度で眺めていた。
直一はそこで挨拶代わりに、いつも通り名前を間違えてカズヤを呼んだ。
カズヤはそこですぐさまつっこみを入れ、強く睨みつけていた。
「でぇ……、あんたがどうしてここにいる? そのあんたが一体何の用だ」
「なあに、ちっとした麻帆良からの任務でな、ここに出向いていたのさ」
だが、カズヤはそこで疑問を持った。どうして目の前の直一がこの魔法世界とやらにいるのだろうかと。自分たちと一緒ではなかったこの男が、どうしてここにいるのだろうかと。
その問いに直一は、当然のように答えた。
麻帆良での仕事でこちらに来ていたと。実際は何かあった時のために、ここへ来ていたという理由の方が大きいのだが。
「そこでお前らが行方不明になったって聞いてな。そこいら中を探し回ってたのさ」
「はっ、ご苦労なこった」
また、直一はカズヤたちがゲートで攻撃を受けたであろうと言うことを、テレビを通じて知った。
そのためカズヤたちを探す為に、車を走らせていたのだった。
そして、ようやく見つかったカズヤはと言うと、その苦労を一蹴するように鼻で笑った。
別にそこまでする必要なんてないというのに、中々のおせっかいぶりだと思っていた。
「そろそろお前のお仲間は、オスティアで集まるみてぇだが……、お前はどうする?」
「俺か? 俺はんなことよりも、やらなきゃならねぇことができた」
「やらなきゃいけないことだとぉ?」
さらに直一は覇王の情報も得ていた。もうすぐオスティアにカズヤとやってきた仲間たちが集まる頃だということを。故に、そのことをカズヤへと告げ、どうするかと問い詰めた。
だが、カズヤはそんなことよりも、優先するべきことがあった。それはナッシュという男が売った喧嘩に応え、ぶちのめすことだ。だから、今はそれどころではないと直一に話した。
カズヤのその言葉に直一は何だそれはと考えた。仲間と合流する以上にやらなければならないこととは一体と、疑問を持ったのだ。なので、当然それをカズヤに尋ねた。
「ああそうだ! あのメガロなんたらから来た男……、ナッシュ・ハーネスをぶちのめす……!」
「なっ!? あの野郎に会ったってのか!?」
「ああ! ご丁寧に喧嘩まで売ってきやがった! だから買ってやるのさ、その喧嘩をな!!」
カズヤは直一の問いに、当たり前だと言う様に答えた。
あのメガロメセンブリアから来た男、ナッシュとか言ういけ好かない男を倒す為だと。
それを聞いた直一は、かなり驚いた様子を見せた。直一はナッシュの話をアルスから聞いていた。麻帆良で暴れたあの男は、メガロメセンブリアの元老院であると。何を考えているのかわからない、非常に危険な人物であると。
そこで直一は驚きつつカズヤに確認するかのように二度目の質問をした。
その問いにもカズヤは、当然だと言う様にナッシュをぶちのめしてやると答えるだけだった。
「だが、その前にやることあるんじゃねぇのか?」
「何だと!?」
しかし、仲間も大切なのではないかと、直一はカズヤへ語りかけた。
それに対してカズヤは、まるで威嚇するような声を出していた。
「お前ぇ、仲間はどうすんだ? お前のことを心配してるはずだろ?」
「知らねぇな! あんたが知らせればいいだろうが!」
「そう言うな。むしろお前が顔出して、安心させてやるってのがスジじゃねぇのか?」
「だから知らねぇっつってんだろ!」
と言うのも、仲間たちはきっとはぐれたカズヤを心配しているはずだろう。
顔を見せて安心させてやるのが当たり前のことではないかと、直一は述べたのだ。
だが、カズヤはそんな直一の正論に、知らないの一点張りであった。
仲間に会う前に、あのナッシュをぶちのめしたい。そうでなければ気が治まらないという様子だった。
「はぁ~……。そう……」
「う……!」
直一はこりゃダメだと諦め、深く深くため息をついた。
そして、ならばと言葉を漏らすと、虹色の粒子とともにその姿を消したのである。
カズヤはそれを見て、一瞬と惑った。
消えた、目の前の直一が、瞬く間に姿を消した。それはすなわち、直一が超高速で移動しているということだ。そして、攻撃態勢に移ったという照明でもあったからだ。
「……かい!」
「ぐうぅッ!?」
カズヤはとっさに防御を取った。しかし、そこに声が聞こえてきた。直一の声だ。その直後、いや、声の方が一瞬遅いぐらいのタイミングで、ガードしていた腕に衝撃が走った。
既にアルターを足に装着した直一に、カズヤは蹴り飛ばされたのだ。カズヤは今の蹴りの衝撃で数メートル吹き飛ばされ、何度か身体を地面にバウンドした後足を軸に回転して着地して見せた。
「テメェ……!」
「しょうがねぇな。だったら俺が無理やり連れて行くだけだ。その方が早い!!」
「ふざけんな!!」
直一の突然の攻撃に、カズヤは怒りを表しその直一を射殺すように睨んだ。
だが、直一は涼しい顔をしながら、カズヤを強制的に仲間の下に届けてやると宣言したのだ。
カズヤはその直一の言葉に、勝手なことをするなと叫んだ。
「やるんだったら容赦しねぇ! シェルブリットォォォォ!!!」
「はっ……!」
カズヤは直一が本気なのを見て、そこでアルターを使った。右腕を空に掲げると、虹色の粒子が舞ってその右腕が分解され、黄金の巨大な腕へと変質した。さらに背中には一枚羽のプロペラらしきものも出現し装着された。カズヤの
直一はカズヤが本気を出したのを見て、鼻で笑った。
ただ、その笑いは決してカズヤを卑下するものではなく、むしろ喜びのものであった。抵抗するのも悪くない。むしろ、その方がカズヤらしくてよいとさえ思っていたからだ。
「うおおおらぁぁぁ!!」
「ヒールアンドトゥー!!」
カズヤは右拳を地面にぶつけ、その衝撃で飛び上がり、勢いをつけて直一へと殴りかかった。直一もかかとにあるパイルを地面に衝突させ、爆発的な加速を得て飛び蹴りをカズヤへ食らわせた。
その両者の拳と脚がぶつかり合うと、すさまじい雷と衝撃波が発生した。何と言う力と力のぶつかり合いだろうか。強烈な衝撃は大地の砂埃を吹き払い、激しい爆音が鳴り響いた。
「いつも思うが、それはなかなかいい
「あったりめぇだろうが!!」
「だが足りない! 足りないぞォッ!!」
カズヤの拳を脚で受け止めながら、直一は素直にカズヤの能力を褒めた。
すさまじいパワーだ。確かにこれは強い。いや、強くて当たり前であることを、直一は知っている。
カズヤもだからこそ選んだというものもあった。
なので、当然だと叫んだ。そうだ、この拳が欲しかったのだ。使ってみたかったのだと。
が、直一はこの力だけではまだまだだと、大声で叫んだ。
そして、器用にカズヤの拳を踏み台にして飛び上がり、後方へと宙返りしながら、カズヤから距離をとり着地した。
「なっ!?」
「お前に足りないもの……それは!!」
カズヤは直一のテクニカルな動きに驚いた。しかし、驚いている暇などなかった。
直一は軽やかに着地した直後すぐさま走り出した。その後グングンと加速して行き、加速が絶頂になる頃合を見計らって、カズヤの方へと突っ込んでいったのだ。
「何もかも全てが足りない!!」
「グガアアアァッ!?」
直一はそこで一言叫ぶと、カズヤをその爆発的な速度をもって蹴り飛ばした。カズヤは何とか右腕のアルターでそれを防御したが、衝撃だけは殺せずに勢いよく吹き飛んでいった。そこで吹き飛んだカズヤは地面に転がった後、なんとか体勢を立て直し、再び直一を睨んでいた。
「例の台詞、言うと思ったか? 期待したか?」
「グゥッ! 誰が……!」
「はぁ、そりゃ残念だ」
そこで直一はニヤリと笑いながら、そんなことを言い出した。
直一の例の台詞の意味とは、やはり有名なアレのことだ。情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さそして何よりも、速さが足りない。この台詞だ。
よく二次創作やパロディでも使われる、有名な名台詞。直一はそれをカズヤに聞きたかったかと、冗談交じりに述べたのである。
だが、カズヤはそんなことなどどうでもよかった。今はそれどころではないし、そんなもん聞いても何の意味も得もないからだ。
直一はそのカズヤが吐き捨てた言葉に、残念と答えた。
しかし、そうは言ったものの、直一の表情は特に気にした様子も無く、むしろ笑っていたのだった。
「で……、その程度の力であの男を倒すつもりか?」
「それを決めるのはこの俺だ!!」
まあ、そんなことはどうでもよいと、直一は仕切りなおした。
そこでカズヤの力を体感し、これであのナッシュと言う男を倒す気なのかと質問したのだ。
何せあのナッシュはすさまじい力を持っている。あれに対抗するには、まだ少し弱いと考えたのだ。
それでもカズヤの怒りはあふれるばかりだ。
あの男を倒さなければ、気が治まらない。絶対に倒すと決めたのだ。故にここは引かず、目の前の直一を打ち砕こうと、拳を再び強く握り締めた。
「あの野郎をぶちのめすのが先だぁッ!!」
「やれやれ……」
そして、カズヤは再び地面を殴りつけ、高く高く空へと舞った。もはや止められない。止まらない。この頑なな信念は、そう簡単には揺るがない。
そんなカズヤを呆れた様子で眺め、肩をすくめる直一。これでは埒が明かないと考えたのか、少し痛い目を見てもらうことにしたようだ。
「なっ! しま……」
「”衝撃のォォ! ファーストブリット”オォォォッ!!」
直一はそこですぐさまかかとのパイルを用いて、一瞬で空へと飛び上がった。
カズヤはそれを見てまずいと思った。こっちは空中で構えを取っている最中だ。速度は直一の方が圧倒的に速い。どちらが不利なのかは一目瞭然だ。
また、直一は驚くカズヤを下に見ながら、即座にとび蹴りの体制をとった。その後技の名を大きく叫ぶと、一目散にカズヤへと飛び込んだのである。
「グオオオオアアアアア!!!」
カズヤは直一の蹴りが当たるよりも一瞬早く右腕でガードできた。だが、直一のスピードとパワーを持った衝撃は殺せず、そのまま急降下していった。
カズヤは何とか地面に衝突する衝撃を和らげるため、背中のプロペラを回転させその中心からエネルギーを噴射した。それでもその衝撃を殺すことはかなわず、地面に大きく衝突し、巨大なクレーターを作ったのだった。
「お前よぉ、あの男に喧嘩売られたのはわかったが、仲間に会ってからでも遅くはねぇだろぉ?」
「ふっざ……けん……なッ!」
直一はそのまま地面に綺麗に着地すると、乱れた髪に手を伸ばし、再び髪形を整えた。そして、地面と衝突したカズヤへ、悠長に語りかけたのだ。
カズヤはそのクレーターの中で、苦しそうな顔を見せていた。
とは言え、これほどのすさまじく地面と衝突したわりには元気だと言えるだろう。しかし、戦意は未だ衰えず、そんな直一を睨みながら悪態をついていた。
「それになぁ!」
「ぐっ……!!」
直一はサッとサングラスをはずすと、さらに未だ起き上がれずにいるカズヤへと、再び蹴りを入れたのだ。
カズヤはとっさにそれを右腕で受け止めながら、苦痛の声を漏らしていた。
「やっぱ仲間を心配させとくのは悪いだろう?」
「うるせぇー!! いきなり出てきて好き勝手言ってんじゃねぇ!!」
直一はカズヤに蹴りをいれたまま、カズヤに向かけて話し出した。
仲間を放置しておくのはよくない。まずは安心させてやれと、論するように述べていた。
が、カズヤは説教はごめんだとばかりに、怒りの叫びとともに右腕を振って直一を払いのけた。
「ならさらに話してやる。あの男の目的は”向こう側の扉”を開くことだ。何を考えているかまではわからないが、とにかく”向こう側”の力を求めている」
「だろうな。だが俺にはくだらねぇし関係ねぇ」
「それならそれでいい」
直一は再び少し離れた場所へ片足で着地すると、カズヤにナッシュが何を考えているかを話し始めた。
あのナッシュという男は、明らかに”向こう側”を狙っている。どうしてそれが必要かまではわからないが、それだけは間違いないと直一は睨んでいた。
カズヤもナッシュと戦った時、それを理解していた。だが、そんなヤツの考えなどはっきり言ってどうでもよかった。カズヤにとって大切なことは一つ、喧嘩を売られたから買う。それだけだった。それをカズヤは上半身を起こしながら、心底どうでもよさそうに口にした。
直一はカズヤの投げやりな答えを聞いて、一言で片付けた。
関係ないというのなら、それ以上はないからだ。
「だったら、オスティアへ向かってからでもいいだろ? どうせ道の上にあるんだ。少しぐらい寄り道したっていいと思うがな」
「そうは言うがな! 俺の怒りは冷めねぇのさ!」
「完全にキレてんなぁ……」
それならそれとして、仲間に顔を見せてもいいのではないかと、再び直一はカズヤに話した。
オスティアまでならばメガロメセンブリアへ行くために通るあたりに存在する。多少寄り道になるが、大きく迂回することはない。
しかし、やはりカズヤにその気はないようだ。
そんな場所など行かず、一直線にナッシュのいる場所を目指す。そんでもってぶん殴る。もはやそれしかカズヤの頭にはなかったのである。
そんなカズヤを見て、ため息を吐きながらこりゃダメだと悩む直一。
あのカズヤがここまで頭にきているというのは、相当なことをやられたのだろうと思ったのだ。
「まあ、しかしだ! オスティアへ行けば法にも会える。お前の友人のお嬢さんにもな」
「はっ! 会ってどうする?」
直一はならばと、別の方法でカズヤを説得することにした。
オスティアへ行けば、あの法や千雨にも会えるぞ、そう言った。
それでもカズヤはなお、会っても意味がないと抜かした。
そんなことよりも買った喧嘩をするのが先だと、そう言いたげに直一を睨みつけていた。
「来るかもしれねないぜ? アイツが、あの男が」
「ヤツが……!?」
直一は睨むカズヤを眺めながら、さらに言葉を続けた。
オスティアへ行けば、むしろナッシュの方からやってくるかもしれないと。
カズヤはその言葉に大きく反応して見せた。
あのナッシュが来る。それだけで驚くには十分だった。
「今言ったろぉ? あの男の目的は”向こう側の扉”を開くことだ。お前と法がそろわなければ何の意味もない」
「……確かにそうかもしれねぇが……」
そうだ、あのナッシュと言う男の目的は”向こう側”への扉を開くことである。小さな扉ならばカズヤ一人でも開けるが、巨大なものとなれば話が変わる。それこそ麻帆良で発生させたような”扉”を開くには、法の力も必要になるのだ。
ならば、法が現れるであろうオスティアへ、あの男が来る可能性は十分ある。そこで喧嘩を買うなりなんなりすればいいだろうと、直一は説明したのだ。
カズヤも直一の言葉に納得するものがあった。確かに、巨大な”向こう側”の扉を開くには、自分ひとりでは足りない。法がいればこそ可能になるものだ。カズヤはここに来て、少し心境を揺さぶられていた。
「それに、お前はまんまとヤツの企みにはまっちまってるのさ。いいのかそれで?」
「グゥゥ……」
そして、ナッシュがカズヤを挑発したのは、逃がさないためだと直一は考えた。このまま一人でナッシュの下へと行けば、あの男の思う壺だと直一はカズヤへ言い放ったのだ。
カズヤはそれを聞いて、悔しそうな表情で歯を食いしばっていた。直一が言っていることは正解だ。間違っていない。それでも喧嘩を売られたことに、かなりの怒りがあふれ出していた。アイツの思惑通りなど腹立たしいが、それでもあの男をぶちのめしたかったのだ。
「俺が俺の考えを貫くように、お前にはお前の考えがあるはずだ。さぁ、お前はどうする?」
「……決まってんだろ!!」
直一はそれなら次の行動を振り方と言うのを考えたらどうだと言った。
カズヤはこのままでいいのかを考え、このままあの男の思惑に乗っかったままなのは癪だと思った。
だったら、やることは一つだろう。すでに腹は決まった。答えた出た。カズヤはゆっくりと立ち上がり、それをはっきりと直一へ宣言するのだった。
…… …… ……
アスナたちはようやく、新オスティアへと到着した。
そこで自分たちがお尋ね者であることを考えたアスナたちは、逃走経路の確保を行なおうと思った。何せ賞金首として狙われ、攻撃された時があったからだ。
なので、アスナたちは散らばって、各自指定した場所を見て回ることにした。そうすれば合流した仲間にも迷惑がかからないと考えたからだ。まあ、ネギに会えば認識阻害の指輪で、ごまかすことが出来るようになるのだが。
また、あやかは一般人ということで、誰かが守ることになった。そこでアスナが名乗りあげたが、あやかはそこでNOと言った。
しかし、別にあやかはアスナに守られることが嫌という訳ではない。あやかはここへ来る前に、アスナが自分からお姫様だと話したのを思い出していた。なので、少し一人にしてあげた方がよいのかもしれないと思ったあやかは、あえて刹那についていくことにしたのだ。
「……変わらないわね……」
そう言う訳で一人歩くアスナは、過去を振り返りながら、懐かしむ様子で街を眺めていた。
「この道も、昔と同じだ……」
何と懐かしいのだろう。アスナは思いにふけながら、自分の知っている道を歩き出した。
「……ここも……」
どこも昔と変わらない。自分が知っているままの姿。確かに色々あったけれども、この光景は未だに脳に焼き付いて離れてはいなかった。
そこは展望テラス。島の端にある、空を見渡せる場所。アスナは昔、ここであのメトゥーナトや、ナギといたことを思い出していた。
そして、アスナはゆっくりとその円形のテラスへ続く階段を上り、その中央まで足を伸ばした。そこで周囲をくるりと見渡しながら、目を瞑って静かに大切な思い出を、そっと頭から取り出していた。
「っと、いけない。自分の仕事忘れちゃだめよね」
アスナはふと、思い出に浸りすぎていることに気が付いた。このままではいけないと考えたアスナは、意識を切り返して戻ることにした。
「っ!」
だが、アスナが戻ろうとした時、テラス入口に一人の人影を見つけた。180cmぐらいの背丈の、肩幅が広いリーゼントの髪型の男子であった。それは、アスナが一番気がかりだった人物。一番最初に会いたかった人物。
「よっ!」
そう、その人物こそ状助だった。状助はゆっくりと階段を上りながら、右手を小さく振って軽快に挨拶した。
状助は転生者であり、アスナがここに来る可能性を知っていた。なので、とりあえずアスナに顔を見せようと思い、ここへやってきたのである。
「……じっ……、状……助……」
「いっ、いやー、お互い大変だったっスねぇ~……、そっちは元気みたいで何よりっスよぉ~……」
アスナは近づく状助を、ただただ見ていることしかできなかった。
状助の無事を知ってからは、大きく気にすることはなくなっていた。だが、それでも内心は心配と不安でいっぱいだった。
状助はと言うと、今にも泣き出しそうな顔をするアスナを見て、うわっ、どう声をかけようと悩んでいた。
そこでとりあえず少し困惑した様子を見せながら、ぎこちない感じで声をかけたのだ。
「状助――――ッ!」
「うおおお!?」
その状助の声を聞いたアスナは、突如状助へ右拳を伸ばした。
状助は驚き、とっさにスタンドでそれを防御し事なきを得ていた。
「あっぶねぇッ! いきなり何するんだコラァッ!! スタンドで防御したからいいけどよぉー」
「状助……」
状助は突然の攻撃に頭にきたのか、大きな声で叫んだ。
とは言え、スタンドで防御したので傷はなく、すぐにその熱は冷めたようだ。
すると、アスナは涙を目に浮かべながら、再び状助を見ていた。
今の攻撃は状助本人かを確認するためのものでもあった。お尋ね者となっているアスナは、状助をすぐに本人であると判断できなかったのである。
「うお……!? アスナおま……!!」
「よかった……。本当によかった……」
「おっ……おおぅ……」
アスナは次に状助に抱きついた。状助本人であることを確認し、安心したのだ。
状助は突然のことに驚き、おろおろとうろたえるばかりだった。
そして、アスナは静かに涙を流しながら、状助との再開を喜んでいた。
状助もアスナのそんな声を聞いて、照れくさそうにしながら小さく返事をした。
「……ごめん……。手が届かなくて……ごめん……」
「おいおい……。んなこと気にしてたのかよ……」
アスナは状助の胸の中で、ひたすら謝っていた。
こうして無事に会えたのには違いないが、あの時伸ばした手が届かなかったことを、未だ後悔していたからだ。
だが、状助はそのことについてまったく気にしていなかった。
なので、別にその程度で泣くなよ、と言う感じにやさしく声をかけていた。
「あん時は自分が勝手に戦ってボコられただけだしよぉ、別に気にしてねぇぜ」
「だっ、だけど……!」
何せ状助はあの時戦ったのは、紛れもなく自分の意思だったからだ。ボコられて死にかけたのも自業自得だし、死すら覚悟したほどだった。故に、アスナにはまったく非はなく、むしろ自分を助けてくれようとしただけでも感謝していた。
それでもアスナはそれに納得できなかった。もとより自分が巻き込んだと思っているアスナは、それを素直に受け入れられなかったのだ。だから、アスナはそれを聞いて、バッと顔を上げて状助の表情を見たのである。
「まっ、こうしてピンピンしてんだからよー、気にするのはなしってもんだぜ」
「……うん……」
そこでアスナが見た状助の表情は、晴れやかな微笑みであった。
また、状助はそこでガッツポーズを見せ、もう暗い話はやめようぜとニカッと笑って言って見せた。
アスナは本当に元気そうな状助から激励を受けたので、それに従うことにした。なので、アスナはゆっくりと状助から離れ、元気アピールをする状助を見て涙を指でぬぐい、ふと小さく笑ったのだった。
「あっ! アスナさん!」
「ネギ……!」
するとそこへもう一人、少年が現れた。それはやはりネギだった。ネギはアスナを見つけるとそこへすぐさま駆け寄ってきた。
アスナもネギを見つけると、そちらを向いて手を振った。
「よかった……! 無事だったんですね!」
「えぇ。そっちも無事でよかったわ……」
ネギはアスナの下へくると、アスナが無事だったことを大きく喜んだ。本当によかった、本気でそう思っている表情であった。
アスナもネギの無事を見れて、心のそこから良かったと思っていた。そして二人は手をつかみ合い、再会を喜んだ。
「そういえば覇王さんは?」
「あいつならこのかを捜しに行ったぜ?」
「そう……」
アスナはそこで、一つ気が付いた。状助の側にいるはずの覇王がいないのだ。
それを状助に尋ねれば、覇王は木乃香を捜しに言ったと説明した。
アスナはそれを聞いて納得したのか、それ以上は聞かなかった。
「おう! そいつがアスナか!」
「むっ……。久々ね、ラカンさん」
また、さらにそこへ大柄な男性が現れた。ラカンである。ラカンは久々に見る成長したアスナを見て、見違えたという様子で声をかけた。
アスナは現れたラカンを見て、懐かしく思いつつ小さく挨拶をした。
「大きくなったなぁ……ってぬお?!」
「触らせないわよ……?」
「ハッハッハッ!! あの野郎、随分とまぁお転婆に鍛え上げてくれたもんだぜ!」
そこでラカンはアスナの胸を指で触ろうと、その手をすばやく伸ばした。
だが、アスナはそんなことなどお見通しの様子で、自分の胸まで伸びてきた指をとっさに掴んだのである。
ラカンはそれを見て少し驚いた後、大いに笑った。
まさか自分の指を止められるとは思っても見なかったらしい。
それ以外にもラカンは、アスナのそちらの成長にも喜びを感じていた。
ただ、胸を触れなかったというのは、少しだけショックであった。
その後、彼らは談笑しつつ、他の仲間と合流する為に移動するのであった。
…… …… ……
こちらは場所を変えて、アスナとは別行動をしていた木乃香の方。木乃香もアスナと同じように、ルートの確保と確認をしていた。
「えーと、こっちが大通りやね……」
地図を見ながらどこがどこだかを把握し、逃走する際はどう動けばいいかを木乃香は考えていた。そして、その地図にルートを赤線で書き込み、うんうんと頷いていた。
「っ!」
だが、そこでふと、木乃香は視線に気が付いた。バッとすばやくそちらを見れば、長い黒髪を風でなびかせた、一人の少年が立っていた。
「久しぶりだね、木乃香」
「はお……? はおなん……!?」
そこに居たのは紛れも無く覇王。威風堂々としたその立ち振る舞いは、まさしく覇王だった。
覇王はゆっくりと木乃香へ近づきながら、微笑んで木乃香の名を呼んだ。
木乃香はそんな覇王の姿を見て、驚きながら本人なのかと質問していた。
「そうさ。それ以外に誰がいるっていうんだい?」
「……はおー!」
覇王はその問いに、愚問だねと言う様子で答えた。
そうだ、自分が覇王だ。覇王以外何者でもないと。また、証拠として背後に
木乃香はそれらを見て、目の前にいる男子が覇王であることを確信した。すると木乃香は覇王へ駆け寄り、すぐさま抱きついて甘えて見せた。
「案外元気じゃないか」
「そうやえー! ずっとはおに並ぶために頑張って来たんやもん!」
「ほう……」
覇王は木乃香に抱きつかれながらも、冷静な様子でそれを口にした。
木乃香はそこでバッと離れ、明るい笑顔でここまでの旅路で修行してきたと嬉しそうに話した。
そんな木乃香を覇王は眺め、なるほどと一人納得した様子を見せていた。
「確かに、結構成長したみたいだね」
「そーやろー? ウチかて成長しとるんやえー!」
そして、覇王は木乃香が成長していることを理解し、それを言葉にした。
その表情は分かりづらいものであったが、ほんの少し嬉しそうだった。
木乃香も覇王にそう言われ、さらに嬉しそうに笑っていた。
覇王と並ぶため、覇王とお付き合いするため、必死に頑張っているとアピールしたのだ。
「でも、僕に並ぶならもっと頑張ってもらわないとね」
「わかっとる! もっと頑張る!」
「その意気だよ」
確かに木乃香はかなり強くなった。シャーマンとしても人間としても、大きく成長した。そのことを覇王はすでに認めている。喜びを感じている。
ただ、やはり覇王は素直ではない。それ故、この程度ではまだまだだと、木乃香へ告げたのである。
しかし、木乃香も覇王のことを理解している。そう言って来ると思っていたし、案の定そう来た。
だからさらにさらに頑張ると、笑いながら言うだけだった。
覇王はそんな木乃香へ、優しく激励する。木乃香が本当に自分と並ぶシャーマンになれるように。自分と同じぐらい強いシャーマンになってくれることを願うのだった。
…… …… ……
陽が落ちて辺りが暗くなった頃。ネギたちはとある酒場に集まっていた。そして、合流した仲間たちへと、ネギはラカンを紹介した。
また、ネギは持ってきていた認識阻害のかかる指輪を合流した仲間にも配った。これにより賞金首となってしまった仲間たちも、気軽に人の多い新オスティアでも気軽に行動できるというものだ。
「えっ! ナギさんのお友達!?」
「紅き翼のラカン殿!?」
「おうよ」
木乃香はラカンがネギの父親の友人であることに驚き、刹那と楓は名高き戦士として驚いていた。
そんな三人にラカンは一言、強気な返事を返していた。
また、ラカンは自分が有名であることを理解しているので、名前を叫ばれたところで認識阻害がかかる変装用眼鏡を装着していた。
「ナギさんの友達ゆーことはウチのお父様ともお友達やな!」
「ほぉ? そいじゃあんたがこのかちゃんかい!」
そこで木乃香はラカンが自分の父親、詠春の友人でもあることに気が付いた。それを嬉しそうに話せば、ラカンは目の前の少女があの詠春の娘であることに気が付いた。
「こりゃ驚きだ! あんな堅物からどーやってこんな可愛いのが生まれたんだ!?」
「えへへ」
また、ラカンは木乃香があの詠春の娘であることに驚いた。
こんなぽやぽやでふわふわした娘が、石頭の詠春から生まれるのかと。
そして、木乃香はラカンに頭を撫でられながら、嬉しそうに笑っていた。
父親の友人に会えたのが嬉しかったようだ。
「あいつに鍛えられたアスナとは大違いだな!」
「むっ、どういうことよそれ!」
さらにラカンは目の前の木乃香とアスナを比べ、笑いながらそれを述べた。
同じような堅物であるメトゥーナトに鍛えられたアスナは、木乃香と比べるとはやりお堅い印象があったらしい。
アスナはそれを聞いて、聞き捨てなら無いという声を出した。
確かに自分は木乃香ほどやっこくないが、そう言われるのは流石に癪に障ったようである。
「本物でござるな……」
「ああ……」
そのラカンたちの様子を見ながらも、冷や汗を流す楓と刹那がいた。あのような振る舞いをしながらも、一切隙がないのだ。流石は紅き翼のラカンと言われるだけはあると、二人は戦慄していた。
「しかし、紅き翼のラカン殿が助太刀いただけるとはありがたい!」
「ああん? 俺は何もしねぇぞ?」
「え!?」
刹那はそのラカンのすさまじさを垣間見て、改めてそれを言葉にした。
ラカンが仲間となってくれるのならば、とても心強いと。
だが、ラカンはそれをNOと言った。
別に協力する気などまったくないとしれっと述べた。
それには刹那も驚き、変な顔を見せた。
この流れなら普通仲間になるというもの。だと言うのにそれはないと言われたので、刹那は困惑したのである。
「わりぃがメトの依頼はあくまで”ネギとコタローの面倒を見ること”だ。それ以外はやらん」
「そっ、そんな!?」
何せラカンは依頼されたこと以外やる気はなかった。
ラカンがメトゥーナトから受けた依頼は、ネギとコタローを頼むというものだった。故に、それ以上はやらないし、サービスもしないと言った。ビジネスにはドライなのである。
刹那は仲間になってくれると思っていたので、完全に泡を食った様子だった。
知り合いの息子や娘がいるので、それをNOと言うはずがないと思っていた刹那。もはや、完全に当てが外れてショックだったようだ。
「残念だけどラカンさんはこういう人よ」
「はっ、はぁ……」
ただ、アスナはそうなるだろうと予想していた。なので、諦めた方がよいと刹那へ話した。しかし、そんなアスナでさえも、呆れた顔を見せていた。
刹那はアスナにそう言われ、生返事を出すのが精一杯だった。いやはや、こんな結果になるとは本当に思ってなかったらしい。
「気にすることはないさ。僕たちで十分やっていける」
「はお?」
「確かに覇王さんが味方となってくれるならば、百人力です……」
そこへすっと現れた覇王は、別にそれでも問題ないと片付けた。
確かにラカンと言う男が強力ではあるが、いなくても自分たちだけで切り抜けられると言葉にしたのだ。
木乃香はそんな覇王を見て、キョトントした顔で彼の名を呼んでいた。
また、刹那も覇王がこちらにいるのならば、覇王の言うとおりであると静かに述べた。
だが、実際覇王の言葉は、自分がいるからというものではない。木乃香も刹那も、そのサーヴァントであるバーサーカーも強力だと言う事を踏まえての発言だった。それ以外にもアスナや楓もいる。自分たちだけで十分敵を相手にできるという意味の言葉だったのだ。
「さて、僕たちには闘技場の門限があってね、もう戻らなければならない」
「そういやそんなもんもあったなぁ……」
「故に、今後のことを少しだけ話しておこう」
しかし、覇王はそこを訂正することなく、次の話を切り出した。
覇王はここ新オスティアで開かれる大会に出場することになった。なので、闘技場の門限には戻らなければならなかった。
そのためか、数多や焔の姿はすでになかった。とは言え、二人はもう少しこちらにいたかったと思っていたのだが。
状助も覇王の言葉を聞いてそれを思い出し、小さく言葉をこぼした。
うっかり忘れていたが、そんなもんもあったんだったな、と。
そして、覇王は門限には戻らなければならないので、今後のことなどについて話し合おうと提案したのだ。
「とりあえず、三郎のことは僕たちや熱海先輩に任せておいてくれ」
「それに異論はありません」
覇王は奴隷となってしまった三郎のことは、自分や状助、それと数多たちで何とかすると話した。
三郎は自分の友人だ。友人を自分の手で助けたいと思うのは当然であった。
ネギはそれについて、特に何も思うところは無かった。
目の前の覇王や数多に任せておけば、大丈夫だと確信しているからだ。
「散らばった仲間については、ネギ先生の生徒二人やアルス先生のおかげで大体つかめている」
「……ですが、それでもまだ見つかってない人も……」
「それに関してはとりあえず情報待ちかな……」
また、散り散りになっている仲間たちについては、ネギの生徒である和美と茶々丸が頑張って探している。それ以外にもアルスが持ってきた情報で、ある程度の人数の無事を確認することができた。
しかし、それでも未だ見つかっていない仲間も数人いた。ネギはそのことを、心配と不安の様子で静かに口に出した。
覇王もそれについては、和美や茶々丸の情報を待つ他無いと考えていた。なので、その辺りはとりあえず保留と言う形をとったのである。
「そして、元の世界に戻るゲート、それは僕の知り合いに頼むことにしてある」
「そいつぁ、かの皇帝か?」
「そのとおりです」
また、最大の目的である旧世界への帰還のことについて、覇王は触れた。
覇王は一つだけ知っているゲートがあった。この世界で破壊されていないであろう、もう一つのゲートの存在を。
その覇王の言葉に反応したのは、以外にもラカンだった。そこでラカンは覇王が知っているゲートこそ、アルカディア帝国に存在するゲートのことかと尋ねたのだ。
覇王はその問いに、静かに答えた。
自分の知人とはアルカディアの皇帝であること。そのアルカディア帝国のゲートを当てにしているということを。
「なるほどなぁ、確かにアルカディア帝国にも稼動しているゲートはあるか」
「はい、彼に頼めば使わせてもらえるはずです」
ラカンはそれについて、腕を組み頷きながら、そうかそうかと言葉にした。
このラカンも、一応アルカディア帝国にゲートが存在することを知っていたのだ。
覇王はそのゲートを貸してもらい、旧世界へと戻る算段を考えていた。
つまり、最終的にはアルカディア帝国まで赴き、そこから元の世界へ戻ろうと言う計画だったのだ。
「だが、たぶんそのゲート、今は閉鎖してるはずだぜ?」
「ゲートを閉鎖?」
しかし、ラカンからそこで意外な言葉が出てきた。
そこのゲートも今は閉鎖されてしまっているであろうと言うことだった。
覇王は何故? と言う顔で、それを聞き返した。
何せ覇王は原作知識をほとんど失ってしまっている。魔法世界消失の危機ということは知っていても、何がどう起こるかまでは記憶に無いのだ。なので、ゲートが閉鎖されたことについて、理解できていないのである。
「あぁ、ぼーずどもがゲートで強襲されただろ? その後全てのゲートは破壊された。そこのアルカディアのゲート以外はな」
「承知です」
ラカンは疑問を感じる覇王へと、そのことを説明した。
敵の狙いは明らかにゲートを破壊することだ。そして、その全てのゲートが破壊された。アルカディアのゲートを除いては。
覇王もそのことは状助やニュースで知っていたので、そのむねをラカンへ話した。
ただ、もう一つだけ破壊されていないゲートがあった。それは旧オスティアに存在するゲートだ。だが、これもまた過去に封鎖されたまま、未だに稼動していない。なので、この部分は除外したのである。
「そこで、かの皇帝は自分たちの国を守るためにゲートを閉じたはずだ」
「なるほど……。ゲートを攻撃される前に、自分が所有しているゲートを封鎖することで攻撃を間逃れようとしたのか」
ラカンはさらに説明を続けた。
ゲートが全て破壊するのが敵の目的だとすれば、皇帝はゲートを封鎖することで自国を守るだろうと。
覇王はラカンのその説明で、すぐに理解を示した。
ゲートが攻撃される前にあらかじめゲートを封鎖すれば、無理をしてそれを破壊することはないだろうと。
何せアルカディア帝国の警備は非常に厳重だ。進入してゲートを破壊するだけでも一苦労となる。そこまで高いリスクを払ってまで、停止したゲートまで破壊することはないと、敵も考えるだろうと覇王も考えたのだ。
「まっ、そういうことさ。それに、今すぐに帰れる訳でもねぇだろう?」
「そうですね……」
覇王がすぐに察してくれたことを見て、ラカンはニヤリと笑った。
また、すぐに帰れないし、今にでも帰るという気もないだろうと、覇王へ話した。
覇王もそれに、少し渋い顔で肯定した。
自分は別にここにいてもかまわないが、状助たちは話は別だ。それでも三郎を奴隷から開放する必要もあるし、未だ行方不明な人もいる。問題は山積みで、今すぐ帰ることは不可能だと考えたのだ。
「という訳で……、みんな、今後ともよろしく頼む」
「うーっす」
「はいな!」
「こちらこそ!」
「はい!」
全てを話し終えた覇王は、ネギや状助たちの方に振り返り、頭を下げてそう言った。
状助やその他の人たちも、その覇王の言葉に元気よく返事をし、それでよいとした。
「……ところでアスナさん」
「ん?」
話がまとまったところで、あやかはアスナを唐突に呼んだ。
アスナは何だろうと思いながら、あやかへ近寄った。
「……一つ疑問に思ったのですが、何故あのお方とお知り合いなので?」
「それは……、ほら、父親代わりの人が友人でそのツテでよ」
「確かにそうなのでしょうが……」
そして、あやかは気になったことを、アスナへ尋ねた。
その気になったこととは、アスナがあそこに座っている筋肉ムキムキな男性、ラカンと何故知り合いなのだろうかと言うことだった。
アスナはその理由をふと考え、父親代わりであるメトゥーナトの友人だから、それで顔見知りであると説明した。
それでもあやかの疑問はぬぐえなかった。今のアスナの言葉が事実だというのは理解できるし、間違ってないのかもしれない。ただ、それだけでは何か不十分な気がしてならないのだ。
「……本当にそれだけでしょうか?」
「何よ……」
「あなたがここへ来る前に、色々と話してくれたことには嬉しく思っています」
だから、あやかはもう一度、それを尋ねた。
本当にそれだけなのかと。本当は別の理由もあるのではないかと。
アスナはそう尋ねられ、あやかをジトっとした目で見た。今の理由だけでは納得できないのだろうかと思ったのである。
そこであやかは、ここへ来る前にアスナが話してくれたことを思い出した。
アスナはこの世界の住人で、ここのお姫様だということを。それをアスナが話してくれたことに、あやかは喜びを感じていた。
「ですが、他にも隠していることがあるのではないかと……」
「……」
あやかはその嬉しかったという気持ちを伝えつつ、ならばあの時に話していない、まだ秘密にしていることもあるんじゃないかと、小さく尋ねた。
アスナはそれを聞いて、少し考え込む様子を見せた。そこまで言われてしまったのなら、どうしようかと迷った。
そう、アスナがまだ話していないこととは、自分がかれこれ100年ほど生きているということだ。彼女たちが生まれる前から、自分がそこにいるラカンや紅き翼の面々と知り合いだったということだ。それをこの場で話してよいものか、と悩んだのである。
と言うのも、魔法世界のお姫様と言うだけで、普通なら呆れられるレベルだ。そこへ100年も閉じ込められて生きていたとか、兵器として扱われていたとか言い出せば、どんだけ属性盛りたいんだと言われるぐらいだ。
まあ、それでも目の前で真剣に訴えかけてくるあやかなら、きっと信じてくれるだろうとアスナも思っていた。だが、それをここで話すには色々ありすぎて、少し空気が重くなってしまうと考えた。
「……まあ、無理にとは言いませんし、話したくなったらでかまいませんが……」
「う、うん……。そうね……、いつか話すわ」
「ふふ、期待せずにお待ちしておりますわ」
話すか話すまいかを悩むアスナを見て、あやかは別に無理やり聞きだしたい訳ではないと、遠慮するように言葉にした。
アスナもそう言われたので、とりあえず今は黙っておこうと思った。
しかし、ここでは言えないけれども、今度機会があれば絶対に教えると約束した。
あやかはそんなアスナの言葉に小さく笑いながら、話してくれるのを待つと言った。
期待せずに、なんて言葉にはしたあやかだが、内心はきっと話してくれると信じているのだ。
「ほほーう? あんたも、アスナの友人か?」
「え、ええ、はい……」
すると、ラカンは突如あやかへ近づき話しかけた。
ラカンはアスナと親しく話すあやかに、少し興味がわいたらしい。
あやかはいきなり筋肉ムキムキのおっさんに話しかけられ、少し動揺した様子を見せた。
アスナの知り合いとは言え、マッチョのおっさんが突然話しかけられたら少し驚くのも無理はない。
「何よ急に……」
「いんやー? 別に?」
「何がしたいのよ……」
いきなりやってきたラカンに、アスナはじろりと見ながら文句を言いたそうな様子を見せた。
そんなアスナにラカンはとぼけながら、なんでもないと笑って話した。
アスナはそういう態度のラカンを見て、呆れながら本当に何なのだろうかと考えた。
「ただ、いい友人に出合ったなって思っただけよ」
「……当たり前でしょ?」
「クックックッ……、あのアスナがこうなる訳だ」
ラカンは不思議そうに自分を睨むアスナを見て、それを言った。
遠目でアスナとあやかのやり取りを見ていて、そう思ったからだ。
ラカンの言葉にアスナは少し黙った後、当然とはっきり言葉にした。
あやかが良き友人でなくて、何だと言うのか。そう言いたげな顔だった。
するとラカンは小さく笑い、勝手に納得する様子を見せた。
昔見たアスナは表情もなく無口な少女だった。だと言うのに、目の前のアスナは表情豊かで良く喋る。そこのあやかのような娘が友人になったからこそ、ここまで変化したのではないかとラカンは思ったのである。
「俺が言えた義理じゃねーが、お嬢さん。何があってもアスナと仲良くしてやってくれ」
「それは、当然のことだと思っておりますので……」
「おおー、そうかい。俺としたことが、ちーと余計なお世話だったかな?」
ラカンは再びあやかへ向きなおし、真面目な態度を取って見せた。
そして、アスナがどんな人間であれ、どんな存在であれ、仲良くしてほしいと頼んだのだ。
あやかは恐縮しながらも、言われずとも、という様子でそれを言葉にした。
今も昔も変わらず、アスナはライバルで親友だ。たとえアスナがどんな人であっても、気にすることは無いと思っていた。アスナがこの摩訶不思議な世界のお姫様だと話した時から、それはすでに決意していたことだった。
あやかの決意と信念がこもったその言葉を聞いて、ラカンは余計なことを言ったと思った。
別に自分がしゃしゃり出ずとも、問題なんかどこにもなかったことを理解したのだ。むしろ、余計なことをやっちまったと言う感じの方が強くなってしまったのだ。
「そうよ、余計なお世話よ」
「ハッハッハッ、わりぃなー」
「……まあ、別にいいけど」
そこへアスナがラカンへ、ラカンが思っていることと同じことを口にした。
別にラカンがそんなことを気にする必要などない、心配は不要だとアスナも思っていたからだ。
ラカンも少し反省したのか、豪快に笑いつつもアスナへ謝った。
いや、確かにアスナの言うとおりだ。ちょいとおせっかいがすぎたと。
ただ、アスナもラカンの行為を全て否定している訳ではない。
今のはおせっかいではあったが、アスナのことを気にかけているということでもあるからだ。故に、謝られたアスナは少ししおらしく、気にしてないと言う素振りを見せたのだった。