理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百三十三話 アリアドネー

 和美と茶々丸とマタムネの三人は、世界一周を行いながらはぐれた仲間を探していた。そして、魔法世界の最も南に位置する、龍山山脈付近で仲間が持つ白き翼のバッジの反応があったのだ。

 

 そこで和美は茶々丸のその報告を受け、即座にアーティファクトを展開した。すると六つのスパイゴーレムが現れ、その一つに胡坐をかきながらマタムネが座ったのである。

 

 そのスパイゴーレムはその反応のあった場所まですぐさま飛び出すと、そこには古菲の姿があった。古菲はそこでさらに強くなる為に、一人修行していたのである。

 

 古菲はそのゴーレムに気が付き驚いたが、それが和美のものだとわかるとすぐさま喜んだ。こうして古菲は和美たちと合流し、それを遠く離れたグラニクスの仲間たちへ伝えたのであった。

 

 だが、それだけではなかった。グラニクスの仲間たちも、さらに別の仲間の情報を得ていたのだ。

 

 その仲間とは、まずアスナたちのことだった。アスナと刹那は合流したことを、ネギたちに既に連絡済だ。そこへもう一度、木乃香や楓と合流したことを伝えてきたのである。

 

 さらに、のどかもそこへ手紙を送り、無事を伝えてきた。また、裕奈やまき絵の無事も、ようやくそこへ現れたアルスが、覇王たちへと話したのである。それを聞いた亜子とアキラも喜び、その二人の無事を祝っていた。

 

 それだけではなく、アルスはハルナの無事も確認していた。何と言うか、彼女は一人で大丈夫そうだったので、とりあえず連絡用の発信機を渡し、そこに残してきたのだった。

 

 それをネギへと伝えれば、当然それについて喜んだ。ただ、未だ見つかっていない仲間たちを考え、それについて心配もするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 魔法世界での9月9日。のどかは街で仲間となったトレジャーハンターチームと、店で席に座っていた。

 

 のどかは新たな魔法具”読み上げ耳”を手に入れていた。それを耳に装着すれば、文字が自動的に音声となって聞こえるというものだ。

 

 この読み上げ耳もまた、特別高価だったりすごい効果のある魔法具ではない。しかし、この前手に入れた”鬼神の童謡”と彼女のアーティファクト”いどのえにっき”が加わればそうではない。

 

 鬼神の童謡で相手の名を知り、いどのえにっきにその相手の心を写す。その写った文字を読み上げ耳で読み取れば、相手の思考を簡単に知ることが可能となるのだ。

 

 のどかはその最強コンボを完成させたので、ちょっと試そうと考えた。するとそこへトレジャーハンターの一人であるクレイグが、離れた場所にいるのどかへ話しかけてきたのである。

 

 

「嬢ちゃん、旅費ってのはやっぱ例のオスティアまでのことだよな?」

 

「え……?」

 

 

 のどかは覇王が言っていた、オスティアと言う場所へ向かう為の資金を集めていた。それを知ったクレイグは、そのことをのどかへ尋ねたのである。

のどかは突然の質問に、少し驚いていた。

 

 

「俺たちがそこまで送ってやるぜ。あんた一人じゃ心配だかんな」

 

「でも、クレイグさん、そこまでしなくても……」

 

「ガキが遠慮するんじゃねぇーっての」

 

 

 クレイグはそんなことせずとも、自分たちがオスティアまで送ってやると言って来た。

のどかはそこまでしなくてもよいと話すが、クレイグはどうにものどかがほうっておけないらしい。

 

 そんな時、のどか魔法具を通してアーティファクトから、クレイグの心の中が声となって聞こえてきた。

クレイグは本当にのどかを心配し、むしろ遠慮ばかりするのどかに遠慮は要らないとさえ思ってくれていた。

 

 

「なあ?」

 

「そっ、そうね……」

 

 

 そこでクレイグは、他の仲間へとそれを尋ねた。

アイシャはそんなクレイグに、少しどもりながら肯定した。

 

 のどかはそんな仲間たちの心情も読み取り、それが聞こえてきた。

アイシャはなんとクレイグに惚れており、クレイグがのどかへ親切にしているのを見て、少し嫉妬していたのである。

 

 そして、もう一人の男性であるクリスティンは、クレイグに惚れるアイシャを眺めながら小さく笑っていた。

クレイグに惚れ嫉妬するアイシャに、嬉しくも心苦しいと思っていた。そう、クリスティンはアイシャに惚れており、三角関係となっていたのだった。

 

 しかし、クレイグ本人は別にアイシャのことをそう言う目では見ていない。

クレイグは故郷にいる身分違いの幼馴染に惚れており、それがのどかにそっくりなのだ。それもあってか、クレイグはのどかにとても親切なのである。

 

 また、リンはそんな三人を見ながら、各々の事情を話した方がよいのだろうかと思っていた。

彼女は三人の関係を、一人遠くから眺める傍観者だったのである。

 

 

「あわわ……」

 

 

 これはまずいんじゃないかな。そう考えたのどかは思わず慌ててしまった。

何と言うことだろうか、知るべきではなかった事情を知ってしまったのである。これはもうやめようと考え、何かあった時までこの魔法具は封印しよう、そう思ったのだった。

 

 

「……?」

 

 

 だが、その魔法具をしまおうとしたのどかは、彼らとは少し離れた場所で腕を組んでいるロビンの心も読み取ってしまった。

そのロビンの心境、それは彼らとはまったく異なるものだった。

 

 まず、ダンナと言う単語がすぐに出てきた。きっとロビンが最も信頼し、信用している人物なのだろう。その次に20年前の事件と言う言葉が聞こえてきた。20年前、今と同じようにゲートが攻撃されたことがあったらしい。そして、20年前の再来ではないか、と言う言葉に、のどかはどういうことなのだろうかと言う疑問を感じた。

 

 ロビンが思う20年前の事件とは、大分烈戦争と魔法世界消滅の危機のことだった。しかし、のどかはその事実を知らないため、一体20年前に何があったのだろうか、と不思議に思うだけだったのである。

 

 また、それを聞くほどの勇気ものどかにない。こっそり頭の中を覗いていて、その単語が気になったなど、聞けるはずも無い。なので、その疑問は心の内にしまっておくことにしたのだった。

 

 それを聞いていたのどかは、ふとロビンを見上げていた。するとロビンは視線を感じたのを察し、のどかへ笑いかけながら小さく手を振って見せた。

 

 のどかはロビンが何を考え、どうしようとしているのかまではわからないし読み取ることができなかった。ただ、彼もまた信用できる人物である、ということだけは、そこでしっかり理解したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方こちらは時間を少し戻し、ゲート強襲直後のメガロメセンブリアの一角。美空は自分の魔法使いの主であるココネや、ウルスラの先輩である高音とその従者である愛衣と共に、麻帆良から任命され、この魔法世界へやってきていた。

 

 

「げー!! 帰れねぇー!!」

 

 

 楽しく魔法世界で遊んでいた美空に未曾有の危機がおとずれた。それはなんと、旧世界と魔法世界を結ぶゲートが破壊されたという事件だった。これによって麻帆良に戻ることが絶望的となり、美空は涙を流していたのだ。

 

 何せゲートが破壊されたならば、復旧には数年を要する。つまり、美空は他のクラスメイトと卒業を共にできないと考えたのである。

 

 また、高音や愛衣もそれを聞いて慌てていた。これは大変だ、どうしよう。そんな声が部屋に響き渡っていたのである。

 

 

「あれ? そういえば猫山先輩は?」

 

「そういえば先ほどから姿がありませんね……」

 

 

 しかし、そこで美空は一つ気が付いた。

同じく一緒に来ていた猫山直一の姿が忽然と消えていたのだ。それを高音に尋ねれば、高音もさっきまではそこにいたのに、と疑問の声を出していた。

 

 

 そんな噂をされている直一本人は、すさまじい速度でアルターにより改造された車で突っ走っていた。すでに首都を離れ、何も無い荒野となった平地を、砂煙を巻き上げながら、猛スピードでかっ飛ばしていたのである。

 

 

「ぬううぅ……」

 

 

 だが、そんな快走を見せる直一の表情は暗く、苦虫を噛んだような表情で小さく唸っていた。嫌な予想が当たった。そんな表情だった。

 

 

「やっぱこうなっちまったか! しょうがねぇ! はじまったことはくよくよしてても仕方がねぇ!」

 

 

 直一もゲートの強襲は予想していたことだった。何せ直一も”原作知識”を持つ転生者。そうなる可能性を視野に入れていた。しかし、予想していたのと当たって欲しいのとは別だった。できるならばこの予想が外れることを、直一は願っていたのだ。

 

 それでもやはり予想は的中。いや、あのアーチャーとか言う胡散臭いヤツの存在を確認した時から、こうなるんじゃないかとさえ思っていた。直一はそれを考えながら、アルターで改造した車のギアをどんどん上げていく。

 

 

「そうは言ったが、世の中物事は先手必勝! 先に動いたものが有利となる! つまり後手に回ったことはこちらが遅かったということだ! さらに遅れたということは悪手でありいいことではない! むしろ悪い! だが実際は”俺自身の行動が遅れた”ことの方がよっぽど気に入らない!!!」

 

 

 遅れた。遅かった。遅くなった。こればかりは何が起こるかわからないことだったが、一手遅れたというのは事実だ。だが、直一はその事実が気に入らなかった。相手の行動を見るまで動けなかった、自分の遅さが気に入らなかった。それをまくし立てるように、超高速で口に出して叫んでいた。

 

 

「しかし! しかし! どんなに後手に回ろうとも悪手であろうとも、こちらもすばやく機転を利かせて動けばむしろ逆転の一手となる! そうだ! 遅れたのなら追い抜けばいい! それだけだ!!」

 

 

 もはや始まってしまった。事件が起こってしまった。後手に回った。それはそれで仕方が無い。ならば、次に何をするかを考え行動すればいい。直一はそう考えながら、まずは各地に散ったはずの”白き翼”を探すことにした。

 

 

「だからカズヤ、法、無事でいろよ!!」

 

 

 さらに、そこに含まれているはずの、自分と同じ転生者であるその二人の身を案じていた。

あの二人は千雨から魔法世界へ来ないかと誘われたことを、直一に話していた。そんな二人がいたというのに、ゲートの事件を防げなかったことに、直一は嫌な予感と不安を感じながら、アクセルをさらに踏み抜くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 夕映とエヴァンジェリンがアリアドネーへとやってきて、数週間の時が流れた。夕映は依然として騎士団候補生の授業を受け、エヴァンジェリンも色々と情報を探っていた。

 

 

「あの、エヴァンジェリンさん。質問があるのですが……」

 

「うん? 何だ?」

 

 

 そんな時、夕映は宿代わりにしているエヴァンジェリンの研究室にて、その部屋の主たるエヴァンジェリンへと、何かを尋ねようと声をかけた。エヴァンジェリンは何だろうかと首をかしげながら、夕映の言葉に耳を傾けた。

 

 

「20年前の戦争のことで……」

 

「……ああ、授業でやったのか」

 

 

 夕映が気になったこと、それは20年前に発生した魔法世界での戦争のことだった。

エヴァンジェリンはそれを聞いて、授業で習ったのだと理解した。

 

 

「それで何が聞きたいんだ? 大抵のことは授業で習ったと思うが?」

 

「……その時の戦争で活躍したナギ・スプリングフィールドは、やはりネギ先生やカギ先生の父親なんですよね?」

 

「そうだ、間違いない」

 

 

 ならば、一体何が知りたいのだろうかと、エヴァンジェリンは夕映へ尋ねた。

何せ授業で戦争の流れや何が起こったのかは、ある程度教えてもらえるはずだからだ。

 

 夕映はそこで、静かに口を開いた。

授業で聞いた英雄の名、ナギ・スプリングフィールド。その人物の息子こそ、もしや自分たちの担任であるネギやカギの父親なのではないかと察したのだ。

 

 その真偽を確かめるべく、夕映はエヴァンジェリンへそれを聞いた。

するとエヴァンジェリンも、特に何か気にすることもなく、一言肯定する言葉を述べていた。

 

 

「それと、近衛詠春と言う人はこのかの父親で、メトゥーナト・ギャラクティカという人は、アスナさんの親代わりの……」

 

「それも間違いない」

 

 

 さらに夕映は詠春やメトゥーナトがナギと一緒に映っている画像を見て、木乃香の父親とアスナの親代わりをしているあの人ではないかと考えた。

 

 ここの夕映は京都で総本山やナギの隠れ家へ赴いてはいない。そのため、直接詠春とは会っていないのだ。なので、苗字を聞いてそう思ったのである。

 

 それについてもエヴァンジェリンは、一言あっているとだけ言うのだった。

まあ、知り合いの父親やそれに近い存在が何人も戦争で英雄になってるなど、驚くべき事実すぎて確認したかったんだろうとも思っていた。

 

 

「一体何があったのですか? 20年前に……」

 

「ふむ……、私も聞きかじったことしか知らんが、それでもかまわないか?」

 

「はいです。エヴァンジェリンさんの知っていることだけでいいので、教えてほしいです」

 

 

 自分の近くに英雄と呼ばれる人や、その息子がいたということに夕映は驚いた。

それ以外にも、20年前のことについて、少しだけ気になったのである。

 

 エヴァンジェリンは夕映にそれを尋ねられると、腕を組んで考えた。

何せエヴァンジェリンも直接関わったことはなかったので、皇帝やそのメトゥーナトなどに話を聞いただけだったのだ。なので、聞いた話ということをあらかじめ言っておいた。

 

 夕映もそれでかまわないと思い、エヴァンジェリンが知ることを教えて欲しいと話したのだった。

 

 

「そうだな、授業で習っただろうが、戦争を裏で操っていた組織があった」

 

「”完全なる世界”……ですね……?」

 

「そうだ。そして、それはネギ少年たちの父親である、ナギとその仲間たち、”紅き翼”によって倒された」

 

 

 しかし、あの20年前の事件は色々と根が深く、どこから話して言いか迷うほどに大きいものだった。

エヴァンジェリンはそこを考えながら、とりあえずそのナギたちが敵対していた相手のことを話すことにした。

 

 20年前に起こった大分烈戦争、その引き金を引き裏で操っていた組織、完全なる世界。これも授業で習ったはずだと、エヴァンジェリンは述べた。

 

 夕映も確かに習ったと思いつつ、その名を静かに口にした。

そして、エヴァンジェリンは続けるように、その組織はナギ率いる”紅き翼”に倒されたと。

 

 

「……はずだった」

 

「はずだった……?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンはさらにそこに言葉を付け足した。

夕映は倒されたと聞いて安堵したつかの間、そうではなかったことに少し驚き、それを復唱したのである。

 

 

「あの時ゲートを襲ってきた連中、あれが”完全なる世界”の残党の可能性がある」

 

「そんな……!?」

 

 

 エヴァンジェリンはそこで、衝撃の真実を語りだした。

いや、実際は憶測であって確定ではないが、その組織がゲートを襲ったのではないかと話したのだ。

 

 夕映はそれを聞いてさらに驚いた。

まさか20年前に倒されたはずの組織が、今になって現れ自分たちを襲ってきたというのは衝撃的だったのである。

 

 

「連中のあの時の目的はゲートの要石の破壊。つまり、旧世界とこの世界をつなぐ橋を壊すことだったようだ」

 

「それに私たちは巻き込まれた……と?」

 

「たぶんな」

 

 

 また、エヴァンジェリンはその連中の目的を言葉にした。

あのアーチャーとか言う男の仲間は、ゲートにあった旧世界と魔法世界を繋ぐための要石を墓石に来たようだった。

 

 つまり、敵の計画に自分たちは巻き込まれ、こんなことになってしまったのではないかと夕映は考えた。

それを言葉にすると、エヴァンジェリンも予想だが、と小さく述べた。

 

 

「ヤツらはまだ生きていた。貴様らの元担任のタカミチや、その師である男が壊滅して回っていたのだが……」

 

「高畑先生がそんなことを……!?」

 

「アイツも()()()じゃずいぶん名が売れた男だからな」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 エヴァンジェリンは連中が未だ生き残っていたことに、少しだけ驚いた様子だった。

何せ連中の残党はタカミチやガトウが一掃して回っていた。ほとんどどころかほぼ壊滅したと、エヴァンジェリンは聞いていた。なので、それでも生き延びた残党がいたということに、まさかと思ったのである。

 

 そのタカミチの名を聞いた夕映は、それにも驚いた。

まさか自分の元担任が、そんなことをしていたとは思ってなかったようだ。いや、確かにまほら武道会で見せた実力なら、そのぐらいできるのだろうとも思ったが。

 

 夕映の疑問にエヴァンジェリンはそっと答えた。

タカミチは魔法世界でかなり名の知れた実力者。雑誌の表紙になるぐらい、人気なのである。

 

 それを聞いた夕映は、初めて聞いたという表情で、納得した様子だった。

 

 

「つまり、今後もヤツらに狙われる可能性はあるということだ」

 

「何故ですか……!? 私たちは関係ないはずでは……!?」

 

 

 それはそれとして、エヴァンジェリンは一つの結論をはっきり述べた。

あの連中の計画に巻き込まれたとは言え接触したということは、再び狙ってくるだろうと言うことを。

 

 夕映はそれに驚き、それはおかしいと叫んだ。

何せ接触したとは言え、ただたんに巻き込まれたというだけのはず。あちらにこちらを襲う意図があったかは別として、自分たちは何の関係も無いからだ。

 

 

「確かに、貴様らは20年前の事件と関係ない。だが、ネギ少年が近くにいるだろう?」

 

「ネギ先生はナギさんの息子……!」

 

 

 声を荒げる夕映に、エヴァンジェリンはその理由を静かに話し出した。

そう、夕映の言うとおり、自分たちはまったく関係の無いことだ。

 

 だが、連中がこちらを狙う理由はある。それはネギの存在だ。ネギは英雄であるナギの息子。つまり、ネギがこちらにいるが故に、連中は襲ってくるかもしれないということだった。

 

 夕映もそれを聞いてはっとした。

戦争を終わらせた英雄、完全なる世界を倒した男。その息子がネギであり、確かに小さくはあるが因縁めいていると思ったのだ。

 

 

「でも、おかしいです! 確かにナギさんが戦争を終わらせた人だとしても、その子供であるネギ先生が狙われるというのは変です!」

 

「綾瀬夕映、貴様の言うとおり、まったくもっておかしな話だ」

 

 

 しかし、夕映はそのことに怒りを見せた。

父親が英雄だろうがネギはネギである。20年も前のことなど、まったく関係ないじゃないか。そう夕映は思ったのだ。

 

 そう、関係ない。エヴァンジェリンもそう言った。

ナギが戦争を終わらせたり完全なる世界を倒したとしても、ネギには直接的に関係はない。狙われるというのも普通に考えればおかしいとさえ思うのだ。

 

 

「しかし、それでもネギ少年を邪魔だと思うだろう。何せ自分たちを一度倒した男の血を引き継ぐものだからな」

 

「そっそんな! じゃあカギ先生も!?」

 

「だろうな」

 

 

 そうは言うが、そんな理屈など関係ないないのだ。

敵だった息子だというだけで、攻撃するには十分な理由なのだから。その息子だから、再び自分たちの敵として立ちはだかると思えるのだから。

 

 そうだ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。どんなに関係が無くたって、敵の息子というのは敵なのだ。危険な人間として敵対するには十分なのだ。

 

 夕映はエヴァンジェリンのその言葉に、ならばネギの兄であるカギもその対象なのではないかと叫んだ。

カギもネギの兄であり、ナギの息子だ。寝坊してゲートに来なかったが、カギもまた狙われているのではないかと思ったのである。

 

 エヴァンジェリンもそれを一言で肯定した。

ネギが狙われたというのならば、当然カギも狙われる。それにカギは転生者。転生者が敵だというなら、そちらの理由で狙う可能性もあるのだ。

 

 

「そんなのヒドすぎます!!」

 

「その意見はもっともだ。私も……」

 

 

 夕映はそれに激怒した。

英雄の息子だから、敵の息子だから、そんな理由で襲われる。そんなことが許されるのか、許される訳がない。夕映はそう思い、強い怒りを感じていた。

 

 それはエヴァンジェリンも同じことだった。

何の関係もないことを、その男の息子だからといって、責めるなどあってはならないと思っていた。が、それを言おうとした時、エヴァンジェリンは言葉を詰まらせた。

 

 

「……いや、私はそれを言う資格はないのかもな……」

 

「それはどういう……?」

 

 

 エヴァンジェリンはそこで、自分にそれを批難する資格はないと言葉にした。

何せエヴァンジェリンも”原作”にて、父親ナギの責任を息子ネギに負わせようとしたからだ。

 

 他者の記憶を読み取る魔法を使えるエヴァンジェリンは、転生者の記憶からそれを知ってしまっていた。それを考えれば、自分もそれを責めることはできないと、皮肉を感じて苦笑していた。

 

 だが、夕映はそれがわからなかったので、何故という顔でそれを尋ねた。

 

 

「……なんでもないさ。さて、それ以外に何か質問は?」

 

「……いえ、大体わかりました……」

 

「そうか」

 

 

 エヴァンジェリンはその夕映の問いには答えず、気にするなとだけ述べた。

そして、再び夕映へと質問はないか聞き返した。

 

 夕映はある程度のことを理解したので、もうそれ以上聞きたいことはないと話した。

エヴァンジェリンはそんな夕映を見て、腕を組んで一言返事をした。

 

 

「さて、話は変わるが、あの覇王がオスティアで会おうと言ていたな」

 

「そうでしたね。ネギ先生たちも一緒に来るようでした」

 

 

 とりあえず今の話は終わりと判断したエヴァンジェリンは、別の話題を振った。

それは覇王が映像でオスティアで間に合わせることを言葉にしていたことだった。

 

 夕映もそこへ行けばネギたちにも会えると考えていた。

なので、ここで授業を受けながらその時を待っていたのである。

 

 

「だが、その前に綾瀬夕映、貴様にはひとつ試験を受けてもらう」

 

「……!? どういうことですか!?」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはその次に驚くべきことを言い出した。

それは夕映に試験を受けろというものだった。

 

 このまま時期を待ってオスティアへ行くとばかり思っていた夕映は、それに雷にあたったような衝撃を受けていた。何故試験を受けなければならないのか。夕映はその理由をエヴァンジェリンへ驚きの表情で聞いたのである。

 

 

「オスティアで行われる式典へ出向く、警備隊の選抜試験がもうすぐ行われる」

 

「まさか、私はその警備隊の試験に合格し、オスティアへ向かえと……?」

 

「そのとおりだ」

 

 

 エヴァンジェリンはその理由を静かに、少しずつ、淡々と説明した。

このアリアドネーからオスティアへと警備隊が出向くことになっていた。また、その警備隊を集めるための選抜試験が近々行われるというのだ。

 

 夕映はそれを聞いてすぐさま察した。

つまり、その警備隊へ入隊し、オスティアへ行けということだと。

 

 エヴァンジェリンはまさかという顔でそれを言う夕映へと、正解だと一言だけ述べた。

 

 

「どうしてそんなことを……!?」

 

「貴様はこの短い期間で、ずいぶんと腕を上げた。遠くから見ていた私にはよくわかる」

 

 

 だが、夕映にはそれを受ける理由がわからなかった。

オスティアならエヴァンジェリンについていけばよいと考えていたからだ。

 

 それについてもエヴァンジェリンははっきり答えた。

夕映はこの短い間に、急激に成長して見せた。魔法という不思議な力を知りたいという欲求がそうさせたのだろう。その実力はエヴァンジェリンが一目置くほどであった。

 

 

「だからこそ、ここで少し腕試しをさせたいと思っただけさ」

 

「ですが、エヴァンジェリンさんはどうするんですか!?」

 

 

 だからこそ、ここで一度夕映に、自分の実力というものを知っておいてもらおうと考えた。

その絶好の機会こそが警備隊への入団試験。さらにそのままオスティア行きのチケットが手に入るため、一石二鳥だとさえ思ったのだ。

 

 夕映はそれならエヴァンジェリンはどうするのかと尋ねた。

まさかオスティアへ行くのが困難になったのではないか、そう考えたからだ。

 

 

「別に私は気にすることなく、式典行きの船に乗れる」

 

「なら私もそれに……!」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはこのアリアドネーの名誉教授。

オスティアの式典と言う祭りへならば、VIP待遇で行くことが可能だった。

 

 それを夕映が聞くと、自分も同じようについていきたいと話した。

 

 

「ほう? いいのか? この試験は貴様自身がどれほど成長したかを確認するチャンスでもあるんだぞ?」

 

「チャンス……ですか……?」

 

 

 そんな夕映へと、エヴァンジェリンはニヤリと笑いながら、それを論するように話した。

この試験は夕映が自分を見直すきっかけになると。自分がどれほど成長したのかを理解することができる好機だと。

 

 夕映はそんなエヴァンジェリンの言葉に耳を傾けた。

そういえば自分がどのぐらい成長したのか、さほど理解できていないことに気が付きながら。

 

 

「貴様は魔法使いとして大いに成長した。そんな貴様が今どれほどなのか、しっかり自分自身で見極めておく必要があるんじゃないのか?」

 

「……」

 

 

 エヴァンジェリンは夕映の成長と実力を認めていた。

夕映は元々一般人であり魔法を知らぬ人間だった。それにネギなどのような天才ではなく、はっきり言えば凡人だ。

 

 それでもなお、よい師に恵まれさらに努力をしてここまで成長して見せた。

その成長を自分で感じず、知らず、理解せず、何をするというのだとエヴァンジェリンは夕映へ語ったのである。

 

 

 また、エヴァンジェリンが警備隊の選抜試験を、夕映のテストに使ったのには理由があった。夕映はカギなどのように戦闘能力だけを磨いてきた訳ではない。基本は治癒と防御だ。エヴァンジェリンが夕映と戦い実力を教えるというには、分野的に違うと考えた。

 

 

 さらに選抜試験は実戦などで役に立つ様々な要素が含まれている。治癒は防御を得意とする夕映には、むしろそちらの方が都合がいいとエヴァンジェリンは考えたのだ。

 

 夕映もエヴァンジェリンの言葉が間違っていないと考えた。

確かに今、自分の実力がわからない。成長したという漠然とした感覚しかない。今の自分ならばどれほどのことができるか、それを知るのもいいかもしれない、そう思い始めていた。

 

 

「ただ闇雲に勉学に励んでいるだけでは、自分に身についた力もわかるまい。腕試しは必要だろう?」

 

「確かに……、そうかもしれません」

 

 

 ただただ鍛錬するだけでは、夕映は自分の実力が把握できないのではないかとエヴァンジェリンは考えた。

他人から見て分析するのは簡単だが、本人がそれを実感するかは別の問題だ。

 

 また、自分の実力をしっかり把握し、何ができるかを考える必要がある。

自分の実力を理解しなければ、何かあった時慌ててしまう。分析を誤り失敗してしまう。それを防ぐ為にも、夕映自身が今何ができるか、どのぐらいやれるかを知る必要があると、エヴァンジェリンは思った。

 

 夕映もエヴァンジェリンが言いたいことが理解できた。

つまり、自分の力が今どのぐらいあって、どの程度通用するかを知って来いということだ。

 

 

「……わかりました」

 

 

 そこで足りないと感じ悔しい思いをしたのであれば、さらに修練を積めばよい。うまくいったのであれば、自分の成長を喜び、さらなる飛躍に励めばよい。夕映はそう考え、エヴァンジェリンの申し出を承諾したのである。

 

 

「その試験がどれほどのものかはわかりませんが、必ず入隊してみせます」

 

「その意気だ。よい結果を楽しみにしているぞ」

 

 

 だが、やるのであれば最良の結果を残さねばならない。今の自分がどれほどやれるかはわからないが、エヴァンジェリンが満足する結果は目に見えて明らかだ。夕映はそれを考え、試験の合格をエヴァンジェリンへと約束した。

 

 エヴァンジェリンは夕映の凛々しい表情を見て、ふっと小さく笑った。

そして、それを褒めるように激励を述べ、夕映のやる気をさらに奮い立たせるのだった。

 

 ……ちなみにエヴァンジェリンと共にここへやってきたチャチャゼロは、暇つぶしに酒を飲んだりしていた。しかし、今のエヴァンジェリンの会話を聞いて、再び出番があることを確信し、ケラケラと笑っていたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 夕映はエヴァンジェリンの言われたとおり、試験を受けることにした。しかし、その試験は二人一組での出場だった。誰を誘おうかと考えた夕映は、隣の席で友人となったコレットを誘ったのだ。

 

 夕映から誘われたコレットは、嬉しく思う反面困ってしまった。警備隊選抜試験は、優秀な生徒が当然参加する。コレットはクラス一の落ちこぼれ。夕映の足を引っ張ってしまうと思ったのだ。なので、最初はその誘いを断ったのである。

 

 それでも夕映はコレットを誘った。足を引っ張ろうがかまわないと。絶対に入隊しなければならないという訳ではないし、それなら特訓をすればよいと思ったからだ。

 

 コレットも最初こそ渋っていたが、夕映の情熱に負けてコンビを組むことにした。そして、試験のための特訓を二人で行い、ついにその日に望んだのである。

 

 

「行くですよ! コレット!」

 

「はっ、はい!」

 

 

 夕映とコレットはスタートと同時に加速し、上位に食い込んだ。そこで別の組の妨害をかわしながら、順位をさらにあげていったのだ。

 

 この選抜試験は基本的に脱がしあいである。生徒間の攻撃魔法の使用は禁止されており、それ以外の魔法を使っての妨害となるのだ。

 

 そこで手っ取り早く妨害できるのが、武装解除の魔法なのである。なので、この試験は少女たちが街中での脱がしあうと言う、ファンタジーなものなのだ。また、それ以外のルールは10箇所に設置されたチェックポイントを通るというもである。

 

 

 夕映は攻撃魔法を使わなければよいと聞き、武装解除以外の魔法も使った。

風の精霊を分身とする魔法を使い、それで相手を惑わせたり盾にしたりしたのである。

 

 それ以外にも”原作”のような、相手の魔法を受け流す形の障壁を用いたり、一点に集中させた武装解除を使っていた。そのおかげで夕映たちは一番の順位で都市部を抜けることができたのである。

 

 

「これは!?」

 

「グリフォンドラゴン!?」

 

 

 都市部を抜けて魔獣の森を迂回しするルートをとおりながら、草原の上を箒でまたがりながら夕映とコレットは飛行を続けていた。しかし、そこへ突如鷹と竜があわさったような魔獣、グリフォンドラゴンが現れたのである。

 

 

「委員長のヤツ、近道しようとしてとんでもないの拾って来たっちゃのね!?」

 

 

 コレットは夕映の後ろの少し離れた場所を飛んでいたため、そこ場でとまって何が起こったのかを分析した。だが、夕映はドラゴンの目の前にいたためか、逃げ場を失ってしまっていたのだ。

 

 

「お嬢様!?」

 

「グッ……」

 

 

 また、ドラゴンを呼び寄せてしまった張本人である、長いツインテールと褐色の肌を持つ亜人の少女は吹き飛ばされ、地面に横たわっていた。彼女の名はエミリィ・セブンシープ。夕映が入ったクラスの委員長をしている少女だ。

 

 その側にはエミリィに焦りながら心配する声を出す、短い黒髪の少女がいた。彼女はベアトリクス・モンロー。この魔法世界にいながら”人間”の少女。エミリィの家に小さいころから仕え、エミリィの付き人という身なのである。

 

 

 ……しかし、何故エミリィがこの試験に挑んでいるのだろうか。

”原作”での彼女の志願動機は”ナギ”だった。母親譲りのナギファンである彼女は、ナギと自称しそれに変装したネギに会う為に、この試験を受けることにしたのだ。つまり、ネギがナギと自ら名乗らず、変装せず、画面にすら出てこないこの状況では、エミリィが試験を受ける動機がないのだ。

 

 ただ、彼女は委員長であり実力者だ。クラスでも常に実力は一番だった彼女は、突然クラスに転入してきた優秀な魔法使いである夕映という存在を警戒をしたのである。

 

 とは言え、夕映ははっきり言って天才ではなかった。魔法だって凡人レベル。いたって普通というやつだ。それでも夕映は努力家だった。魔法のことに関しては、非常に勤勉であった。努力を惜しまなかった。

 

 いきなりクラスに入ってきた謎の少女が、すごい勢いで成長している。これを見たエミリィは、そんな夕映に焦りを感じたのだ。

 

 そんな時、その夕映がこの試験を受けると耳にした。ならば、どちらが上かを決めようと考え、この試験を受けたのであった。

 

 

「カマイタチブレス!! 逃げてぇ!!」

 

 

 だが、そのような自己紹介や説明をしている暇はないようだ。ドラゴンはくちばしのような形の口を大きく開き、何かを吐き出そうとしていた。それは風の刃であるカマイタチのブレスだ。

 

 それを見たコレットは、ドラゴンの目の前でたじろいでいる三人に大きな声で危険を知らせた。

このままではブレスの餌食になってしまう、早くその場から離れるよ叫んだのである。

 

 

「ユエさん!」

 

「くっ……!」

 

 

 もうダメだ、エミリィはそう思い目を閉じた。

しかし、痛みや衝撃がまったくこない。恐る恐る目を開けば、目の前には障壁を張って耐える夕映の姿があったのだ。

 

 エミリィはそれを見て、たまらず夕映の名を呼んでいた。

夕映は障壁で防御し苦悶の声を出しながらも、ゆっくりと後ろにいるエミリィの方に目をやった。

 

 

「大丈夫ですか?!」

 

「どっ、どうしてあなたが私たちを!?」

 

 

 そして、夕映は後ろの二人へと、安否を確認した。

だが、エミリィは驚きながら、夕映が自分たちをかばってくれていることについて、疑問を投げかけたのだった。

 

 

「そんなことよりも、まずは体勢の立て直しと離脱を……!」

 

「え、えぇ……」

 

 

 夕映はそんなエミリィの質問は後回しと言葉にし、この緊迫した状況をどう切り抜けるかを考えていた。

それにはまず、後ろで座り込んでいるエミリィに、この場を離れるよう命じた。

 

 エミリィも多少動揺しつつも、ベアトリクスに抱えられ、その場を後退したのである。

 

 

「”火よ灯れ”!」

 

 

 夕映は二人の離脱を確認すると、すばやく手に持っていた小さな杖を、ドラゴンへと向けた。そして、火を出して光を灯す魔法、”火よ灯れ”を唱え、ドラゴンの目をくらませたのだ。また、目がくらみもがくドラゴンを見た夕映は、チャンスとばかりにその場を離れた。

 

 

「委員長、怪我は?」

 

「いえ、大丈夫よ」

 

「それならよかったです」

 

 

 エミリィたちはすでに後退し、後ろで待機していたコレットの側へ来ていた。

夕映もそこへとすぐさま戻り、エミリィの状態を確認した。

 

 エミリィも特に怪我は無かったので、それを言うと、夕映もほっとした表情を見せた。

 

 

「今のうちに逃げようよ!」

 

「いえ……、今のは単なる目くらましにすぎないです……」

 

 

 コレットはドラゴンが目をくらませているうちに、さっさと退散しようと提案した。

だが、夕映はそれでは逃げ切れないと考えていた。何せ、あれはただの目くらましであり、それ以上の大きな効果はないからだ。

 

 

「それよりも……」

 

「それはアーティファクトカード!?」

 

 

 すると、夕映は懐から一枚のカードを取り出した。それはカギとの契約で得た、仮契約カードだ。

 

 魔法使いの従者とならなければ手に入らないカード。選ばれたものだけが得られるというカード。それを夕映が持っていたことに、三人は驚いていた。

 

 

「ユエさん、あなたは一体……」

 

「私はただの魔法使い見習いです。”来れ(アデアット)”!」

 

 

 エミリィは目の前にいる夕映と言う少女が、何者なのだろうかと考えた。

突然クラスへやってきて、ある程度の魔法を操れて、そして魔法使いの従者と言う存在。一体どこからやってきて、何をしてきたのか少し気になったのだ。

 

 だが、夕映はそんなエミリィの問いに、苦笑しながらそう答えた。

まだまだ未熟な身と考える夕映は、未だ自分を魔法使い見習いだと思っているのである。その後、夕映はカードからアーティファクトを取り出し、あのドラゴンについて調べだした。

 

 

「……やはり、あの魔獣から逃れるのは難しいようです……」

 

「でも、今から逃げれば!」

 

「……あの程度の目くらましだけでは、簡単に追いつかれます」

 

 

 夕映のアーティファクト、世界図絵は魔法などのことを調べられる辞書。当然目の前で未だ目をくらませうろたえている、グリフォンドラゴンについても調べることができる。

 

 夕映はそれを見て、あのドラゴンから逃げるのは不可能と判断した。何せ自分たちの飛行速度よりも、ずっとすばやく動けるのだ。森ではなく何も無い場所を飛んだのなら、簡単に追いつかれてしまうと考えたのである。

 

 それでもドラゴンがひるんでいる今ならば、逃げ切れるかもしれない。

そう考えたコレットは再びそれを提案したのだ。

 

 しかし、夕映の答えは変わらなかった。

自分でドラゴンの目をくらませた夕映は、その効果が大きくないことを理解していた。

 

 あのドラゴンの目が治れば、すぐさまこちらを追ってくるだろう。何も無い空を飛ぶのならば、簡単に見つかるのは明らかだ。

 

 それに目をくらませたことで、逆にこちらを執拗に狙う可能性もある。そう考えた夕映は、やはり逃げるのは無理だと断言したのだ。

 

 

「ヤツの目がくらんでいるうちに、ヤツを倒す作戦を説明するです!」

 

「えっ!? あのグリフォンドラゴンを私たちだけで倒すって言うの!?」

 

「それしか助かる道はないです」

 

 

 逃げられないのならば、倒すしかない。

夕映は即座にそう判断し、他の三人へと説明すると叫んだ。

 

 だが、エミリィはドラゴンを倒すと聞いて、驚き戸惑った。

騎士団候補ではあるものの、たかが生徒でしかない自分たちが、ドラゴンを倒せるはずがないと思っているからだ。

 

 夕映はそれでも倒さなければならないと語った。

そうしなければ助からないと、強く言葉にしたのである。

 

 

「無茶だよ!」

 

「下級種とは言え相手は竜種……! 私たちだけでは到底……!」

 

「たとえそうだとしても、やらなければこっちがやられます!!」

 

 

 コレットもベアトリクスも、あれを倒すのは無理だと口にした。

二人もエミリィと同じく、自分たちだけでドラゴンを倒すのは不可能だと考えているのだ。

 

 しかし、夕映はそれでも諦めない。

倒せないとか倒せるとかではなく、倒さなければこちらの命が危ないからだ。やってみなくてはわからないし、やらなくてはいけない。どの道この方法しか生き残るすべがないと、夕映は鋭い表情で言葉にした。

 

 

「お願いです! 私に協力してください!!」

 

「ユエさん……」

 

 

 だからこそ、三人の力が必要だ。

夕映はこの作戦に協力してほしいと、その三人に頭を下げた。

 

 未だドラゴンは動けずにいる。しかし、そろそろ目も治る頃だろう。どっちにしろ急がなければならない。委員長たるエミリィは、どうするか判断しかねていた。どうしようか迷っていた。

 

 そこへ夕映が頭を下げ、こちらに助けを求めている。

天才ではないが優秀で魔法使いの従者だった夕映が、今まさに自分たちの力を必要としてくれている。ならば、どうする。決まっている。夕映に協力する。それだけだ。

 

 

「……わかりました。作戦を教えていただきます?」

 

「お嬢様!?」

 

「委員長!?」

 

 

 エミリィはこの状況を起こしてしまったと言う負い目があった。失敗したと思った。焦りすぎたと思った。

 

 そう、目の前で頭を下げる夕映が、自分に追いつくのではないかと思い、焦っていた。追いつかれるのが怖かった。委員長である自分が、突然やってきた少女に追い抜かされるのが恐ろしかった。いや、この試験のレースで言えば、すでに追い抜かされてしまっていた。

 

 そんな焦りから、魔獣の森を抜けてショートカットしようと考えてしまった。それがこんな状況を招いてしまった。自分の失敗は自分で払わなければならない。

 

 そして、目の前の夕映が最善の手を考えてくれている。協力を求め頭を下げてくれている。ならば、それに協力しよう。夕映に手を貸してこの場を切り抜けよう。エミリィはそう思い、夕映へとそう答えた。

 

 それを聞いたコレットとベアトリクスは、エミリィが夕映と協力することに驚いた。

まさか本当にこの四人だけで、あのドラゴンを倒すというのか。そう考え驚いた。

 

 

「ありがとです。では……」

 

 

 夕映はエミリィが協力してくれることに、とても感謝した。

だからそこで、微笑みながら静かに礼を述べた。また、ドラゴンの目が治らないうちに、すばやく自分が考えた作戦を説明したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 魔獣の森。アリアドネーの都市ほどの大きさを持つ、わりと広大な森だ。そこですさまじい音を立てながら、木々を押し倒して直進する物体があった。それは鷹と竜が合わさったような生物、グリフォンドラゴンである。

 

 グリフォンドラゴンは何かを追いかけているようで、森の木々など目もくれず、ひたすらそれを狙っていた。

そして、それに追われているものこそ、コレット、エミリィ、ベアトリクスの三人だったのだ。

 

 

「こっちだよ!!」

 

「当たりません!!」

 

 

 夕映の作戦はこうだった。

三人でとりあえずドラゴンの気を引き、時間が経ったら合流するというものだ。なので、とりあえず三人はドラゴンの気を引きながら、そのドラゴンに追っかけられているのである。

 

 

「ユエさん!」

 

「もう少しだけお願いしますです!」

 

「ええ!」

 

 

 三人は夕映のいる場所へと迂回しながら、森の木々の間を縫うように飛んでいた。その三人はようやく時間どおり、夕映の待機している場所へ行くと、夕映は箒から降りて地面に立っていた。

 

 夕映は自分の居場所をしっかりと教えるため、再び光を放った。夕映を肉眼で発見したエミリィは夕映の名を叫ぶぶと、夕映はもう少しだけと叫んだ。エミリィも打ち合わせどおりであることを理解し、夕映の叫びに呼応した。

 

 

「ブレスが来る!!」

 

「障壁を!!」

 

 

 口を大きく開けたドラゴンを見たベアトリクスは、カマイタチブレスがくるのを察して叫んだ。コレットはそれを聞いて、急いで夕映の前へと行き障壁を張らなければと叫んでいた。

 

 

「くっ!!」

 

「ユエ! 早く!!」

 

「もう少し……!」

 

 

 そして、三人はドラゴンがブレスを吐く前に、夕映の前までやってこれた。その次に三人はすばやく障壁を張り、夕映を守るように盾となった。

 

 ただ、このブレスは簡単に防げるものではない。それでも三人の力を合わせれば、防げないと言うほどのものではない。何せ夕映が一人でなんとか防げるブレスだ。三人の障壁ならば、防げないはずがないのだ。

 

 しかし、そのブレスの衝撃はすさまじいものだ。エミリィは障壁に魔力を注ぎつつ、苦悶の声を小さくあげた。

 

 また、コレットも耐えるのがやっとの様子で、次の行動を夕映に催促していた。夕映もそれを聞いて、後少し我慢してほしいと言葉にした。夕映はギリギリのところでタイミングを見計らっていたのである。

 

 

「今です!! ”開放!! 雷の投擲!!”」

 

 

 そこでようやくドラゴンのブレスが止まった。その瞬間を待っていたとばかりに、夕映は遅延呪文をひとつ開放した。夕映は三人がおとりとなっている間に、すでにその魔法を用意しておいたのだ。

 

 さらに、その魔法は雷の槍を相手に投げつけ攻撃する魔法、”雷の投擲”だった。その魔法を封じておいた杖から発射し、ドラゴンへ向けて飛ばしたのである。

 

 

「風の障壁!?」

 

「防がれた!!?」

 

 

 しかし、その渾身の雷の投擲は、ドラゴンの風の障壁によって阻まれてしまった。

そう、このグリフォンドラゴンは風の障壁を操ることができ、大抵の攻撃魔法はそれで防がれてしまうのだ。

 

 エミリィやコレットはそれを見て驚いた。

まさか今の魔法が防がれるとは思っていなかったのだ。これでもう万事休すか、誰もがそう思ったところで、夕映は不適に笑っていた。

 

 

「いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 

 夕映は雷の投擲が防がれることも、すでに考慮に入れていた。当たり前だがドラゴンの障壁を破るには、夕映の魔法では役不足だ。

 

 だが、ドラゴンの障壁は一箇所にしか発生させることができない。つまり、正面で雷の投擲を受けている間は、それ以外の場所に障壁を張ることができないのだ。

 

 そして、夕映の自信のある言葉に、三人はキョトンとした顔を見せた。これが全て計算どおりだということを、はじめて知ったからである。

 

 

「縛れ! ”大地の鎖”!!」

 

「魔法の鎖!?」

 

「グリフォンドラゴンを囲んで……!!」

 

 

 夕映はドラゴンが雷の投擲を防いでいる間に、さっとしゃがみこんで地面に手をかざした。するとドラゴンの下から、そのドラゴンを囲うほどの魔方陣が現れ、そこから無数の鎖が飛び出したのだ。

 

 それは大地の精霊を使った、魔法の鎖だった。夕映が師であるギガントから学んだ、相手を束縛するための魔法。自衛のために学んだ、防衛のための魔法だった。そう、夕映はこの鎖の魔法を使うために、遅延呪文を使用し、三人に防御を頼んだのだ。

 

 グリフォンドラゴンの障壁は一箇所しか配置できない。その隙を突くために、雷の投擲を夕映は使ったのだ。そして、グリフォンドラゴンがそれを防いでいる間に、鎖を呼び出して拘束しようと考えていたのだ。

 

 誰もがその鎖の出現に驚いた。

まさか、自分たちがおとりとなっている間に、このような魔法を設置していたとは思ってなかったのだ。

 

 また、その鎖はドラゴンを取り囲み、ぐるぐると巻き込み縛り上げた。さらにそのまま地面にはりつけにし、完全に身動きが取れないほどの状態にしたのである。

 

 

「くちばしも開けないように縛り上げました。これでブレスも吐けないでしょう」

 

「いつの間にこのような魔法を……」

 

「ですが、私の魔法では力不足です。数分たらずで拘束が解かれてしまうです」

 

 

 夕映はドラゴンがブレスをはかない様に、くちばしのような口も鎖で縛った。

これでもはやブレスに怯える必要は無くなったということだ。

 

 エミリィはこの鎖の魔法を見て、驚いた様子を見せていた。

このような魔法を自分たちがおとりになっている時、すでに用意していたのかと。

 

 ただ、夕映はこの魔法は未完成だと言葉にした。

この程度の拘束では、ドラゴンを完全に縛っておくことは不可能だと。未完成が故に、数分も持たずに鎖は引きちぎられてしまうと。

 

 

「だから、最後にこうするです。”眠りの霧”」

 

「グリフォンドラゴンを眠らせて……」

 

 

 故に、もうひとつ最後に夕映は魔法を使った。

それは相手を眠らせる魔法である眠りの霧だ。その眠りの霧をゆっくりとドラゴンの近くを漂わせるように吹きかけた。

 

 コレットは夕映が眠りの魔法を使ったのを見て、ドラゴンを眠らせることで確実に安全を確保するつもりなのを察した。

 

 すると、鎖の束縛をとこうと必死にもがいていたドラゴンは、徐々にその力を失っていき、最後には動かなくなったのである。つまり、眠りの霧が効いてきて、ドラゴンは眠ってしまったと言うことだ。

 

 

「ふぅ……。みんなのおかげでなんとかなったです。ありがとです」

 

「やったねユエ!!」

 

 

 夕映はドラゴンが完全に眠ったのを確認したのち、緊張を吐き出すかのようにため息をついた。

そして、協力してくれた三人へと、笑みを見せながらお礼を述べたのである。

 

 コレットも安全になって安心したのか、夕映に抱きついて無事を祝った。

一時はどうなるかと思ったが、切り抜けられたと言うことを大いに喜んだ。

 

 

「しかし、ほとんどアナタ一人でやったのではなくて……?」

 

「いえ、私一人では鎖の魔法を準備することも、魔法を当てることもできませんでした。みんなが協力してくれたからできたです」

 

「そっ、そう……?」

 

 

 そこへエミリィは今思った意見を口にした。

今その場で倒れ眠るドラゴンを見て、これを全てこなしたのは夕映ではないかと言うことだった。

 

 だが、夕映は一人でそれができたとは思っていない。

雷の投擲や大地の鎖を準備する時間を稼いでもらう必要があったし、障壁で守ってもらう必要もあった。その二つを協力して行ってもらって、初めて成功したと言える作戦だったのだ。

 

 なので、夕映はエミリィの言葉を静かに否定した。

そうではない、誰もがドラゴンを倒すために一致団結したからこそ、この勝利があるのだと。

 

 真っ向から夕映にそう言われたエミリィは、意外な言葉にキョトンとした。

そして、目の前にいる夕映という少女に、不思議な気持ちを抱いていた。

 

 この夕映という少女は、魔法使いとして中々のものだ。先ほど見せた二つの魔法も、発動するタイミングもすばらしいものだった。そんな夕映とどちらが上かを確認するために、エミリィはこの試験を受けた。

 

 だが、もうそんなことなど、エミリィもどうでもよくなっていた。夕映という謎の少女は、きっと力があるとか強いとか、どうでもいいのだろう。いや、最初からわかっていたことだったはずだった。

 

 それにどちらが上とか下とかに拘っていたのはエミリィ自身だった。勝手にそれに拘り、勝手に戦いを挑み、無様をさらしただけだった。

 

 だというのに夕映は、手を貸してくれた。むしろ頭を下げて協力を要求してきた。それを思ったエミリィは、自分の幼稚な考えを恥じて、夕映に笑みを見せていたのだった。

 

 

「でも、試験はもう駄目だね……」

 

「それでも竜種を相手にして無事だったのですから、それだけで十分です」

 

 

 しかし、ドラゴンを倒すためにずいぶんと時間をかけてしまった。

コレットはそれを考え、試験には合格できないだろうと落ち込んだ様子を見せていた。

 

 ただ、夕映はドラゴンを相手にして、全員が無事だったからそれでよしとした。

あのドラゴンを倒せると言ったが、やはり成功したことに一番安堵したのは夕映だったのである。

 

 

 四人の少女たちがドラゴンを倒せたことにほっとし、喜んでいる空の上で、一人の少年が杖の上に立ってその様子を眺めていた。その少年はカギだった。カギはようやくアリアドネーにたどり着き、この場にやってきていたのである。

 

 

「なあ、兄貴。出て行かなくてよかったのか?」

 

「いいんだよ。ゆえのヤツがやれるかどうかの話だからな」

 

 

 カギはアリアドネーに着くやいなや、その日が警備隊の選抜試験であることに驚いた。

これはまずいと考えたカギは、すぐさま魔獣の森へとやってきたのである。何せカギは転生者、原作知識を持っている。当然夕映が森でドラゴンに襲われることも知っていたからだ。

 

 だが、カギはピンチになった夕映のところへ行き、ドラゴンを倒すことはしなかった。それを不思議に思ったカモミールは、カギの肩の上でそれを質問した。

 

 するとカギは、これでよいと言葉にした。

この戦いは夕映のものであって自分のものじゃない。夕映が本当に命の危機にさらさない限りは、出て行く気はなかったのだ。

 

 

「でもよー、出て行きたそうだったじゃねーか」

 

「そりゃ従者のピンチに颯爽と現れる主とかかっこよすぎるじゃん?」

 

 

 しかし、カギは夕映を助けに行きたくてうずうずしていた。

それをカモミールはニヤリと笑いつつ、不思議そうに言葉にしたのだ。

 

 カギも当然出て行きたかったと語った。

自分の従者である夕映の危機に駆けつけ、解決する主。ビジュアル的にも展開的にも、最高に爽快でかっこいいものだ。

 

 

「……そんでもよ、俺がかっこつけるより、ゆえが成長した方が実りが大きいじゃん?」

 

「兄貴ぃ……、あんたって人は……!!」

 

 

 それでもカギは助けに行かなかった。

自分が出て行けばドラゴンを倒すなど造作も無いことだろう。でも、それじゃ夕映が成長できない。ここは夕映が切り抜ける場面だ。自分がでしゃばれば、夕映の成長を阻害してしまう。そう考えたカギは、助けに行きたいのをぐっとこらえて、あえて傍観に徹したのである。

 

 カモミールはそのカギの言葉を聞いて、めちゃくちゃ感激していた。

あのかっこつけで余裕くれまくりで調子こきまくりのカギが、自分のことより夕映のことを優先したからだ。つまり、カモミールはカギの些細な成長に、喜んでいたのである。

 

 

「んじゃ、一足先にバレねぇよう、戻るとしますか」

 

「おう!!」

 

 

 カギは夕映たちが動き出しそうなのを見て、見つかる前に退散しようと考えた。

ここで夕映に会って驚かせるのも悪いと思ったし、再開はしっかりとした場所でしたいとカギは思ったからだ。

カモミールもカギのその声に元気よく返事をし、一人と一匹はこっそりとアリアドネーへと戻るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 あれから夕映たちはチェックポイントを回りながら、ゆっくりとアリアドネーへと戻った。ドラゴンを倒すのに時間がかかりすぎた四人は、ビリとその手前の順位が決まったも同然だからだ。

 

 

「あれ? ビリでもお出迎え?」

 

 

 しかし、アリアドネーに戻ってみれば、歓迎と歓声のオンパレード。コレットは一体何事なのかと思い、少し驚いた様子を見せていた。

 

 

「そっか、竜種を倒したから!」

 

「そのとおりよ」

 

「総長!」

 

 

 そこでコレットは、自分たちがドラゴンを倒したからだということに気がついた。

コレットはそれを言葉にすると、そのことを肯定する言葉が突然返ってきた。

 

 その声の方を向けば、そこには大きめの角を生やしたロングヘアーの、少し歳の行った女性が立っていた。それこそアリアドネーの総長(グランドマスター)であるセラスだった。

 

 

「竜を倒したものは、特別枠を与え合格としましょう」

 

「ええ!」

 

 

 セラスはオスティアでの式典は治安が悪くなると語った。

なので即戦力がほしいと述べた後、ドラゴンを倒した人を特別に警備隊への入隊を許可すると言ったのだ。

 

 それを聞いたコレットは大きな声を出して喜んだ。

まさかビリっけつの自分や夕映が合格するとは思ってなかったからだ。

 

 だが、周囲の反応は少し違うようだった。

ドラゴンを倒したのは優秀で委員長のエミリィだと思った生徒が、エミリィを祝福する声を上げたのだ。

 

 しかし、転入生の夕映もわりと優秀だったためか、少数ではあるがそっちの可能性もあると主張する生徒も現れた。どっちがどっちだと誰もが悩み、言い争いになりそうなほどの雰囲気となってしまったのである。

 

 

「いいえ、竜を倒したのは私ではありません。こちらのユエさんです」

 

「委員長……?」

 

 

 そんな見苦しい光景に耐えかねたエミリィは、夕映の側へとやってきて、はっきりとそこで夕映が倒したと主張した。確かに自分たちも協力したが、ドラゴンの動きを封じ眠らせたのは夕映だからだ。

 

 それを聞いた夕映は、少し呆けた様子でふとエミリィを見た。

夕映は別に自分が倒したとか倒さないとか、さほど興味が無かったからだ。それにこれはエヴァンジェリンから与えられた試練。絶対に入隊しなければならないという訳でもなかったからだ。

 

 

「よくやったな、綾瀬夕映」

 

「エヴァンジェリンさん!?」

 

 

 だが、そこへ金髪のロングヘアーをなびかせながら、歩いてくる少女がいた。それはあのエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンは夕映へと近づき、労いの言葉をかけたのである。

 

 夕映はエヴァンジェリンがここへ来るとは思っていなかったようで、驚いた顔を見せていた。

 

 

「えっ!? エヴァンジェリン様!? 握手をお願いします!!」

 

「なんですって!? あのエヴァンジェリン様が!?」

 

「むう……、未だ有名というのも面倒だな……」

 

 

 すると周囲もエヴァンジェリンを見て驚いた後、黄色い悲鳴を上げだした。また、コレットは生で見るはじめてのエヴァンジェリンへと、慌てながら握手を求めだしたではないか。さらにエミリィもエヴァンジェリンを見て、目を疑った様子を見せていた。

 

 エヴァンジェリンも自分が有名であることに、ため息をついていた。

いやはや、自分が現役だったのはずいぶんと昔だったはずなのだが、そう思いながら頭を悩ませていたのだった。

 

 

「ええい! とりあえず落ち着け貴様ら! 騒がしい! 総長の前でもあるぞ!!」

 

「大変そうね」

 

「昔からちっとも変わらんなまったく……」

 

 

 周囲はどんどんエヴァンジェリンへと近寄り、誰もがエヴァンジェリンを見て感動、感激、感涙していた。流石にエヴァンジェリンも周囲がうっとうしくなってきたので、たまらず叫び周囲を叱った。

 

 何せ目の前には総長がいるのだ。見苦しい光景を総長の前で見せるなど、無礼だと怒ったのである。

 

 そんなエヴァンジェリンを見て総長は、微笑みながらその本人へとそう言った。エヴァンジェリンは他人事のように言う総長をちらりと睨んだ後、再び深々とため息をつき、小さく嘆くのだった。

 

 

「さて、先ほどの結果発表だが、誤解が生じているようなので、訂正しておこう」

 

「誤解……?」

 

「誰が倒したかなど、どうでもいいことだ。どうせ一人では倒せん。貴様らが全員で協力したということだろう?」

 

 

 エヴァンジェリンの一声で誰もがしーんと静かになった。そこで仕切りなおすようにエヴァンジェリンは、先ほどの合格者の発表のことを説明し始めた。

 

 夕映は一体なんの話だろうと考え、それを尋ねた。

するとエヴァンジェリンは、あのドラゴンを倒すには一人では無理だと話し、その場にいた四人も警備隊に入るにふさわしいと言葉にしたのだ。

 

 

「つまりだ、貴様ら4人にも合格を与えるということだ」

 

「なっ!? つまり私たちも……!?」

 

 

 簡単に言えば、4人とも合格ということだった。

エヴァンジェリンがそれを話すと、エミリィは大きく反応して驚いた。

 

 ドラゴンを倒しのは夕映だ。そのチームが合格するのは当然である。しかし、自分たちまで合格になるとは、エミリィも思ってなかったのだ。

 

 

「そういうことだ。そうだろ?」

 

「ええ、そうです」

 

 

 エヴァンジェリンはそれを言い終えた後、チラリとセラスの方を見てニヤリと笑った。

そして、最初からそのハラだったんだろうとエヴァンジェリンはセラスに尋ねると、セラスはそれを微笑んで肯定した。

 

 

「よかったですね、委員長」

 

「いえ……、私は別に……」

 

 

 夕映は合格が出たエミリィへと、それを祝う言葉を笑顔で述べた。

ただ、エミリィは本当にそれでいいのだろうかと、少し戸惑った様子を見せていた。

 

 ドラゴンを倒したのは間違いなく夕映だし、自分は少し協力しただけだった。なのに、自分たちまで合格になってよいのだろうかと、エミリィは少し悩んだ。

 

 しかし、夕映は自分の合格を祝ってくれている。喜んでくれている。そんな彼女の笑顔を見たら、それでもいいか、とエミリィは思えた。なのでエミリィも、笑顔を向ける夕映へ、小さく笑って見せたのである。

 

 

「ふふふ、やはり貴様は私が思っていたとおり、たくましくなったようだな」

 

「そんな……、私なんかまだまだです……」

 

「そうか? まあ謙虚なことはいいことだが……」

 

 

 エヴァンジェリンはその夕映の下へとやってきて、笑みを見せながら夕映の成長を喜んだ。

夕映はエヴァンジェリンに褒められたことを嬉しく思いながらも、やはり自分は未熟者だと言葉にしていた。

 

 だが、エヴァンジェリンは夕映をすでに未熟だとは思っていなかった。

きっちり基礎を習っていたし、アリアドネーの授業で魔法の技術もかなり上達した。魔法使いとしては十分な力を得たと、エヴァンジェリンは夕映を評価していたのである。

 

 

「とりあえず、貴様は警備隊としてオスティアへ赴け」

 

「それはいいのですが、あちらで合流するとなると不便なのでは……?」

 

 

 そして、警備隊入隊試験に合格したということは、警備隊としてオスティアへ行かなければならないということだ。エヴァンジェリンはそれを夕映へと話すと、夕映は一つだけ不安を述べた。

 

 それは合流のことだ。

あちらにはネギたちがいるだろうが、警備隊としての勤めている時、合流するのは難しいのではないかと夕映は考えたのだ。

 

 

「合格したのだから、義務は果たせ。何、式典が終わった後にでも合流すれば問題ないさ」

 

「それもそうですね……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンもそれを考えていなかった訳ではない。

すぐに合流できたとしても、どうせすぐには旧世界へは帰れないのだ。オスティアの式典が終わり、警備隊としての仕事を終えた後に合流しても問題ないと考えていたのだ。

 

 夕映もエヴァンジェリンの説明を聞いて、それなら大丈夫そうだと思った。

 

 

「わかりました。精一杯がんばらせてもらうです!」

 

「その意気だ。せいぜい苦労してこい」

 

「はいです!」

 

 

 夕映はそれならば、警備隊としての勤めをしっかりと全うすることを、エヴァンジェリンへと宣言したのである。

 

 エヴァンジェリンはその夕映がまぶしく映った。そう、まるで数百年も前の、若かりし頃の自分を見ているような、そんな気分だった。

 

 だが、エヴァンジェリンはそれを表には出さず、夕映へと激励した。

すると夕映はエヴァンジェリンの言葉に、強く大きく、はっきりと返事を返したのだった。

 

 

 その会話が終わると、そこへ他の生徒たちが再びここぞと詰め寄った。さらに夕映にも色々と質問が殺到した。何せエヴァンジェリンの知り合いらしき人物なのだ。その辺りを追求されないはずがなかったのである。

 

 また、エミリィもその辺りのことを夕映へと尋ねた。夕映はこの状況を考えて、”今は”ただの知り合いと言うことにしておいた。ここで自分が仮ではあるが、エヴァンジェリンの弟子とは言えないからだ。

 

 その後、大勢の生徒にもみくちゃにされた夕映は、疲れはてた姿でエヴァンジェリンの研究室へと戻った。するとそこには見知った少年、魔法使いの主でもあるカギがいたのである。

 

 夕映はカギの姿に驚き、幻覚を見ているのかと思った。しかし、そんな夕映へとカギは笑いながら、からかうようなことを言うのだ。こうしてとりあえず夕映とカギは合流し、オスティアへ行く準備をするのだった。

 

 エヴァンジェリンはと言うと、騒いだ多くの生徒を叱咤していた。

だが、生徒たちはみな嬉しそうにするばかりで、流石のエヴァンジェリンも普段よりも多くため息をついていた。そんな光景を総長のセラスは、微笑みながら見ていたのだった。

 

 


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