覇王たちが拳闘大会で勝利を重ね、さらに時間が過ぎた。そこで次の段階に作戦を進めるべく、今度は世界一周を行って未だ居場所がわからぬ仲間を探すことにした。
そのメンバーに選ばれたのは和美と茶々丸、そして最近は和美の守護霊と化しているマタムネだった。原作どおりに近いメンバーと言う訳だ。これも状助の案で行ったことだ。
また、和美はネギと仮契約を交わし、アーティファクトを手に入れていた。その名を”渡鴉の人見”。能力は最大6つのスパイゴーレムを超々遠距離まで飛ばせ、さらに遠隔操作が可能というものだ。ただ、戦闘能力はなく色々と制約も存在するが、ある程度問題ないと考えたようだ。
しかし、和美は仮契約のためにネギにキスをした訳ではない。やはりあの仮契約ペーパーを使ったのである。ネギは何かあった時のために、数枚だけそれを持ってきていた。実際はエヴァンジェリンにとりあえず持って行けと言われたので持ってきたのだが、役に立つとは思ってなかったようだ。
それ以外にも、和美は夕映がのどか以外ネギと仮契約させたくないと考えているのを知っていた。それでも背に腹は代えられないこの状況なので、頭の中で夕映に謝りつつ、ネギと仮契約をしたのだ。それに仮契約なので、契約解除すればいい。全てが終わったら仮契約を解除し、夕映に会ったら謝る覚悟でそれに望んだのである。
そんな感じで5万という大金を使い、その三人は魔法世界一周の旅に出て行った。後は時期が来るまで修行や大会で勝利し、オスティアへ行くだけであった。
…… …… ……
時間を数週間ほどさかのぼり、ゲートの事件から数時間後のこと。エヴァンジェリンと夕映は魔法学術都市アリアドネーへと飛ばされていた。
「懐かしいな……」
エヴァンジェリンは久々にアリアドネーの風景を見て、懐かしさを感じていた。
もう何年もここへ来てはいないが、あまり変わりのない光景に、自然と笑みがこぼれていた。
「あの、エヴァンジェリンさんは、この場所を知ってるですか?」
「知っているも何も、私はここの名誉教授だぞ?」
「そ、そうだったのですか!?」
すると、そこへ夕映がひょっこり現れ、エヴァンジェリンがこのアリアドネーを知っていることについて尋ねた。エヴァンジェリンは当然と言う様子を見せながら、それに答えた。
と言うのも、エヴァンジェリンはこの場所で数々の功績を残した人物。その功績が称えられ、名誉教授とまで上り詰めた。なので、知っていて当たり前、と言うか忘れられるはずもない場所だと言う態度で、それをはっきり言ったのだ。
夕映はエヴァンジェリンが名誉教授であるという事実に驚いた。
師であるギガントの友人だとは聞いていたし、高名な魔法使いであるとも聞いていた。だが、このアリアドネーと言う地で、名誉教授と言う大きな役職についていることは、流石に初耳だったのだ。
「貴様のアーティファクトで調べれば出ると思うが?」
「えっ!?」
エヴァンジェリンは驚き戸惑う夕映を見て、小さくため息を吐いた。
そして、夕映のアーティファクトで調べればすぐにわかることだと、少し呆れた様子で教えたのである。
夕映はそのあたりを失念していた様子で、再び驚いていた。
夕映のアーティファクト、世界図絵は魔法のことなら何でも調べられる辞典だ。そこには当然エヴァンジェリンのことも載っている。それを見ればすぐわかるということを、夕映はうっかり忘れていたのだ。
「とりあえず、久々の我が研究室へ案内しよう」
「いいのですか!?」
「寝泊りできるところは必要だろう?」
エヴァンジェリンはそのことは置いておくとし、まずは休憩できる場所の確保を考えた。そこで昔自分が使っていた研究室があるのを思い出し、夕映をそこへと誘ったのだ。
夕映は研究室と聞いて、本当にそんな場所へ入っても大丈夫なのかと思った。
研究と言うからには資料などがあるはずだ。本来ならば他人に見せるような場所ではないと思った夕映は、そこへ招かれてもよいのかと驚いた顔で尋ねたのだ。
だが、エヴァンジェリンはそのあたりはどうでもよかった。
身を休める場所は必要だし、用意するのも面倒だ。ならば、自分が使っていた自分専用の部屋があるのなら、そこを使うのが一番楽だと思っただけだ。なので、特に気にした様子もなく、エヴァンジェリンはそれを口にするのであった。
「それに、事故とは言えここへ来たからには、挨拶回りもせんとならんしな」
「大変ですね……」
「地位を得るということは、そういうことだ」
また、エヴァンジェリンは久々にアリアドネーへ来たからには、挨拶ぐらいしなければと考えた。
確かにここへ来たのは意図せぬものだったが、自分の地位は名誉教授。アリアドネーの総長などにも挨拶しに行くのは当然だとエヴァンジェリンは思ったのだ。
夕映はそれを聞いて、結構色々あるんだな、と思った。
ここに来たのは事故であり、こっそりしてればいいとさえも思った。なので、ただ一言それを言ったのだ。
しかし、エヴァンジェリンは自分の立場を考えれば、しなければならないと語った。
戻ってきたからには義務として挨拶ぐらいしなければならない。それがたとえ自分の意図しない事故であっても、変わらないと堂々と言葉にしたのだ。
夕映はそんなエヴァンジェリンの言葉に、納得した様子だった。
偉くなるということは、立場を得るということは、そういうことなのだと理解したのだ。
そして、夕映はエヴァンジェリンの後ろについて行きながら、その場所を目指した。
数十分ほど、その城とも言えるほどの巨大な建物の中を歩いていたエヴァンジェリンがぴたりと止まると、目の前に立派な扉があった。そここそがエヴァンジェリンが古くから使っていた研究室だったのだ。
「ここがエヴァンジェリンさんの研究室……」
「ふむ、どれもこれも特に問題なさそうだな」
エヴァンジェリンはロックされた、その扉に魔法をかけた。エヴァンジェリンの手と扉の間には魔方陣が現れ、それが開錠の魔法のようであった。それが数秒だけ続いた後、ロックがはずれた扉は自動的に開かれたのである。
扉が開かれるとエヴァンジェリンはその中へと静かに入っていった。夕映もそれに続いて、恐る恐る部屋へと入った。すると、扉がゆっくりと動き出し、パタンと言う音と共に閉じたのだ。
夕映はそれに驚きながら、周囲を見渡した。本棚や研究資材などが丁寧に並べられ、キッチリ整理されていた。また、長らく使ってなかったはずなのに、部屋は綺麗でありほこりなどの汚れが一つもなかったのだ。
エヴァンジェリンも部屋へ入ると、周囲を確かめるように見渡した。さらに何か変わってないかを確認すると、問題ないと一言述べた。
「さて、私は挨拶がてら情報収集を行うが……」
「なら、私も行くです」
エヴァンジェリンは問題ないことを確認すると、挨拶を行いつつ情報を集めると言葉にした。
他に飛ばされた仲間たちが気になるし、魔法世界では何が起こっているのかを調べる必要があると思ったからだ。
夕映もそれを聞いて、自分も行くと申し出た。
散り散りになった仲間たちが心配なのは、夕映も同じだからだ。
「いや、貴様はここで授業でも受けていてもらおう」
「授業……ですか……?」
「そうだ」
だが、エヴァンジェリンは夕映の申し出にきっぱりとNOを突き出した。
さらにこのアリアドネーにて、魔法の勉強をしてもらうと述べたのだ。
夕映はこんな時に授業と聞いて、困惑した様子だった。
仲間がどうなっているかわからないというのに、授業を受けろというのは流石の夕映も理解できなかったようだ。
夕映のその当然の疑問に、エヴァンジェリンにそれを聞かれても、一言肯定するのみだった。
「ここは学術都市だ。知識を得たいものならば、死神でも受け入れる、そんなところさ」
「はぁ……」
ただ、エヴァンジェリンにはそれを夕映にさせる理由があった。それは夕映の強化だ。夕映は基礎や防衛のための魔法はわりと多く覚えている。
しかし、逆に攻撃の魔法は一つも覚えていない。魔法の射手すら習得していないのだ。ならば、ここで授業を受けさせ、勉強させるのもよいと考え、それを話したのである。
その夕映は気の抜けた生返事をするのが精一杯の様子だった。それでも魔法の授業と聞けば、興味が湧かない訳ではない。エヴァンジェリンがどんなことを考えてそれを提案したのかはわからないが、そうしろと言うならしようと思っていたのだ。
「ここで授業を受ければ、色々な魔法も習えるし、色々と経験になるはずだ」
「それで、この場所で授業を……」
「それもあるが、もう一つ理由がある」
そんな夕映に、エヴァンジェリンはその理由を説いた。
それに魔法を覚えるだけではなく、よい経験にもなるだろうと言葉にした。
エヴァンジェリンが夕映に受けさせようとしている授業は、ただの授業ではない。魔法騎士団候補の育成の為の授業である。つまり、結構ハードで厳しいやつだ。戦闘訓練もある魔法騎士団候補生の授業ならば、当然攻撃も習得できる。一石二鳥と言う訳なのだ。
夕映はエヴァンジェリンの言葉に、なるほど、と考えた。
強化のために、ここで魔法の勉強をしろと言っている、それを夕映は理解した。
だが、エヴァンジェリンはそれだけが理由ではなかった。もう一つ、それ以外に理由があると、人差し指を立ててその理由を言葉にし始めた。
「本来ならば私が貴様を鍛えてやってもよいと思っていたのだが……、このような状況では、それも厳しいだろうと思ってな」
「それでですか」
「故にだ、ここで私の指導の代わりと言ってはなんだが、授業でも受けていてもらおうと考えたのさ」
エヴァンジェリンはこのようなことにならなければ、夕映たちをさらに鍛えようと思っていた。しかし、こんなことになってしまっては、その暇はない。現状を確かめ、仲間たちの居場所を突き止めなければならない。
それにこの状況はすぐに解決するものではないだろう。ある程度の時間をこのアリアドネーで過ごすことになる。そう考えたエヴァンジェリンは、夕映に授業を受けさせることにしたのだ。
夕映はそのもう一つの理由で、エヴァンジェリンの考えに納得した。
きっとエヴァンジェリンは自分を次の段階に移したかったのだろう。さらに色々な魔法を教えたかったのだろう。そんな矢先にあのゲートでの強襲があって、それができないと考え、あえて授業と言う形で自分を鍛えてくれるのだろう。夕映はそう思い、心の中でエヴァンジェリンに感謝していた。
「しかし、私も手伝えることがあれば、協力するです!」
「それは嬉しいが、ここは私の庭も同然の場所だ。貴様に頼るようなこともあるまい」
「そうかもしれませんが……」
それでも夕映は何か役に立ちたいと思った。
なので、エヴァンジェリンへと、それを再び強く言葉にしたのだ。
ただ、夕映がそう言う理由はそれだけではなかった。あの時、状助が重傷だった時、何もできなかったことを後悔していた。せっかく手に入れた
だが、やはりエヴァンジェリンは夕映に何かさせるつもりはなかった。この場所は古くからエヴァンジェリンが慣れ親しんだ土地。わからないことはない。情報を得るのも、ここにいる知人などにあたればよい。故に、エヴァンジェリンは夕映へと、それを言ったのだ。
そのエヴァンジェリンの言葉を聞いた夕映は、それでも納得できないという顔を見せた。確かに言われたとおり、自分ができることなどないのかもしれない。だけど、たとえそうであったとしても、役に立ちたいと思うのだ。
「気にするな。それに、あの戦いで貴様らを守れなかったのは私の落ち度だ」
「ですが……!」
それに、エヴァンジェリンもそれなりに気負うことがあった。あの時、ゲートにて、夕映たちを守りきることができなかったことだ。
自分がついていくので安心しろなどと言っておきながら、この体たらく。情けないとしか言いようがない。それにあの出来事はある程度予想していたことだった。それなのに、こんな結果になってしまったことにエヴァンジェリンは、深く負い目を感じていたのだ。
そう静かながらに平然とした様子で、エヴァンジェリンはそれを述べた。
全ては自分の驕りが招いた失態だ。夕映がそれを悩み苦しむ必要はない、そう静かに言葉にした。しかし、内心は自分への怒りがこみ上げ、今にも体を震わせそうになっていたのだ。
夕映はそう言われても、引き下がらずに言葉を発した。
そうかもしれないけれども、それで自分が何もしないという理由にはならないからだ。この状況で自分が何もしないというのが許せないからだ。
「貴様はここで学業をつみ、さらに自分を磨け。いいな?」
「……わかりました」
「それでいい」
だが、その夕映をエヴァンジェリンはばっさりと切り捨てた。
夕映の申し出は正直嬉しいが、それをさせてしまってはエヴァンジェリンとしてのこけんにかかわるというものだ。豪語したのに仲間も守れず、仮ではあるが弟子の手を借りるというのは、流石のエヴァンジェリンとしてもプライドが許さないのだ。
それに、やはり夕映には足りない、攻撃魔法を習得してもらう必要があるとも思っていた。治癒と防御は確かに十分習得している夕映だが、この先はそれだけでは不安だとエヴァンジェリンは感じたのだ。だから夕映にはここでさらに魔法を習得してもらい、強くなってもらおうと思ったのである。
夕映もはっきりそう言われたので、取り付く島がないことを理解した。なので、これ以上のことは言わず、渋々と一言肯定の言葉を述べるのであった。
ようやく素直になった夕映を見て、エヴァンジェリンはほっとした微笑みを見せた。そして、ゲートでの戦いでボロボロとなった服から、この部屋に置いてあったスーツと白衣に着替え、扉の前へ歩いていった。
「では、挨拶ついでに入学手続きもしてきてやる。貴様はここでおとなしく待っていろ」
「よろしくお願いしますです……」
エヴァンジェリンは扉の前で再び夕映へ話しかけ、次の行動の予定を話した。
夕映はその話を聞いた後、すっと頭を小さく下げ、それを頼む言葉を口にしたのだ。
エヴァンジェリンはそれを見て、再び小さな笑みを見せた。
その後扉に手をかけ開き、そのまま外へと出て行こうとしたところで、何故かぴたりと止まったのだ。
「おっと、言い忘れていたな。そこの本棚にある本は好きに読んでかまわん」
「本当ですか?」
「待っているのも退屈だろう? 本を読みながら適当にくつろいでいるといい」
「ありがとうございます」
エヴァンジェリンは扉に手をかけたまま頭だけを後ろへ向け、夕映へとそれを話した。
ここで夕映を待たせるのはいいが、待っている時間は長くなるだろうし暇だろうと思ったのだ。なので、魔法の本が並んでいる本棚から、好きな本を取り出して読んで待っていろと言ったのだ。
夕映はそれに大そう喜び驚いた。
あのエヴァンジェリンの部屋にある魔法の本らしきもの、それを読んでいいと許可されたのだ。本当ならば自分が許可を取って読みたいと思うものを、エヴァンジェリン自身から言い渡されたのである。
エヴァンジェリンは、喜びながらも本当にいいのかと言う様子を見せる夕映へ、その理由を説明した。部屋にあるソファーに座りながら、じっくりと本を読んでいてかまわないと、笑いながら述べたのだ。
夕映は完全に許可が出たことと、エヴァンジェリンが気を使ってくれたことに喜び、頭を深々と下げて礼を口にした。なんということだろう。ここにある本は多分エヴァンジェリンの研究資料や魔導書だ。それを読ませてもらえるなんて、夢なのではないかと思ったのである。
「では、今度こそ行ってくる」
「いってらっしゃいです」
言いたかったことを言い終えたエヴァンジェリンは、再び別れの言葉を述べると、そのまま部屋の外へと出て行った。夕映も見送りの言葉でエヴァンジェリンを送り出すと、そそくさと本を取り出し、読むことにしたのだった。
…… …… ……
エヴァンジェリンと夕映がアリアドネーへ来てから数日が経った。
夕映はエヴァンジェリンの指示通り、魔法騎士団候補生として授業を受けることになった。
「突然ここのクラスへ入ることになった、ユエ・アヤセさんです。仲良くしてあげてくださいね」
「よろしくです」
夕映はそのために教室へと招かれ、教卓の近くに立っていた。その横にいた先生が夕映をクラスに紹介し、夕映もそれにあわせて頭を下げた。そして、夕映は用意された席へと座るよう指示され、そちらへと歩いていった。
「あっ、あの時はごめんなさい!」
「いえ、別に気にしてませんので……」
「で、でも、もうすぐで大変なことになりそうだったし……」
夕映は席へと腰掛けると、隣の席の少女が突然謝ってきた。
褐色の肌で頭に垂れた犬のような耳を持ち、楕円の眼鏡をかけた亜人の少女だった。彼女の名はコレット・ファランドールと言う。
彼女は何故夕映に謝っているのか。それは夕映がゲートの事件で強制転移され、このアリアドネーへ来た時までさかのぼる。
と言うのも、彼女は”原作どおり”箒にまたがり飛行しながら、魔法の練習をしていた。そして、そこへ”原作どおり”夕映が突如現れたのだ。”原作”ならばそこで二人が衝突し、コレットの未熟な忘却呪文とあわせ、夕映が記憶喪失となってしまうのだ。
だが、ここでは”原作”とは異なる部分があった。エヴァンジェリンの存在だ。夕映と共に転移してきたエヴァンジェリンが、とっさに夕映の首を後ろへ引っ張り、衝突を避けたのだ。それによって夕映は記憶喪失することなく、この場に座ることができたのである。
ただ、コレットはその時のことを未だに悩んでいた。なので、突然クラスメイトとなった夕映に驚きながらも、とっさに謝ったのだ。
そんなコレットを見て夕映は、ふとその時のことを思い出した。そこでその時のことなど、まったく気にしていないと苦笑しながら述べたのだ。
しかし、コレットはそれでは気が治まらなかったようだ。あの時ぶつかっていたら、どうなっていたかわからなかった。それを考えれば恐ろしいと感じ、それを言葉にしたのである。
「ですが、私は無事でしたし、あの時も謝ってくれました。なのでもうこの話は終わりです」
「う、うん……」
それに夕映は無事だった。エヴァンジェリンのとっさの行動のおかげでもあったが、衝突しなかった。さらに、ぶつかりそうになった時にも、コレットは夕映にペコペコと頭を下げた。もはや夕映はそこで終わった出来事として考えていたので、それ以上は謝らなくていいと、優しく言ったのである。
コレットも夕映にそこまで言われてしまったので、もうそれ以上は何も言えなかった。故に、コレットは小さく頷くと、このことはもう話さなかった。
そして、夕映の初授業は特に問題なく終わった。コレットは席が隣同士になった夕映と親しくなろうと、廊下で話すことにしたのだ。夕映もそれを快く受け、二人は廊下で会話していた。
「ところで、ユエさんの側にいた人……」
「ゆえでいいですよ」
そこでコレットはふと疑問に感じたことを夕映へと聞こうとした。
すると夕映は、呼び捨てでかまわないと言葉にしたのである。
「席も隣同士になった訳ですし、堅苦しいのはなしです」
「ありがとう。私のこともコレットって呼んでいいから!」
「はいです」
席も隣同士だし短い間かもしれないけれど、共に学業を積む仲となった。気軽に呼ばれる方がよいと、夕映はそれを話したのだ。
コレットもそれならと、自分も呼び捨てでよいと笑いかけながら言った。
夕映はそれに対し、笑顔でしっかり返事を返したのである。
「えっと、話を戻すけど、あの時ユエと一緒にいた人って、もしかしてあのエヴァンジェリン様?」
「あの? というのはよくわかりませんが、そうです」
「えっ!? ほっ、本当に!?」
「はっ……はい、本当です」
コレットは話を戻し、前々から気になっていたことを夕映へと尋ねた。
それは夕映の横にいた金髪の少女のことだった。あの時は衝突しそうになって慌てていたので気にしなかったコレットだったが、よくよく考えればあの姿はエヴァンジェリンではないかと思ったのだ。
と言うのも、エヴァンジェリンはアリアドネーではとても有名だ。いや、別にアリアドネーでなくても魔法世界では結構有名ではあるのだが。それでも特にアリアドネーでは、その数々の功績から非常に尊敬され、人気があるのだ。
しかし、夕映は”あの”と言われても、エヴァンジェリンが人気だということに実感がないのでよくわからなかった。ただ、エヴァンジェリン本人であることには間違いないので、そうであるとだけ言葉にした。
すると、コレットは興奮しながら顔を近づけ、再度それが真実なのかを追究した。
夕映は少し後ろへ引きながら、驚いた様子で嘘ではないと言うのであった。
「すごい! あのお方のお知り合いなんて!!」
「それほど有名なんですか?」
「それはもう! アリアドネーにいる人であのお方を知らない人はいません!」
コレットはあの少女が本物のエヴァンジェリンだということを知り、さらにテンションをあげていった。さらに、夕映がその知り合いだということに、とてもすごいと叫んでいた。
それでも、やはり夕映はエヴァンジェリンが人気者であることを、さほど理解していなかった。ここへ来た時にエヴァンジェリンが言ったように、一度自分のアーティファクトで調べては見たものの、実感が伴ってないのだ。
それを夕映がコレットに尋ねれば、コレットは非常に嬉しそうにそれを語った。
このアリアドネーでは誰一人として、その名を知らぬものはいないと。
「……確かに、治癒系の魔法の発展と向上に大きく貢献した方とは聞いてましたが……」
「それだけじゃないよ!」
また、夕映もある程度はエヴァンジェリンのことを調べ、または本人から聞いていた。このアリアドネーの地で治癒魔法を大きく発展させた、優れた魔法研究家であることを。
だが、コレットはそれ以外にも多くの功績があることを、楽しそうに語りだしたのだ。
「魔法騎士団でも数多くの武勇を残し、未だ根強いファンもいっぱいいるんだから!」
「流石は……ですね……」
「それに、みんなの憧れの的だし、私も憧れてるんだ!」
「確かに……、あの方の凄さは身近で見ていた身としては、よくわかっているつもりでしたが……」
エヴァンジェリンは治癒魔法の先駆者というだけではない。それ以前は魔法騎士団に入り、多くの武功をあげた猛者だ。未だにそのことは伝説として語り継がれており、その方面からも多くのファンを持っていたのだ。
そんなエヴァンジェリンを、アリアドネーで魔法を習うものはみんな憧れていた。当然コレットもエヴァンジェリンに憧れ、目標にしていた。
夕映はそれを聞いて、思った以上のすごさと人気に驚いていた。
身近で指導を受けたことのあるエヴァンジェリンは、当然そのエヴァンジェリンのすごさは知っていた。なので、驚きながらも納得もしていた。確かにあの人ならばそのぐらいできそうだと。
「ですが、このことは内緒にしてほしいです。エヴァンジェリンさんにもそうしておけと言われましたし」
「あー……、有名人の知り合いってバレたら大変だもんね……」
だが、それ故に、夕映は自分がエヴァンジェリンの知り合いであることを、みんなに黙っていてほしいとコレットへとお願いした。
これほどまでに有名なエヴァンジェリンの知り合いだと知られたら、面倒なことになりそうだからだ。さらにエヴァンジェリンもそのことを考慮しており、夕映にそれを伝えていたのだ。
コレットもそれを聞いて、すぐさま察したようだ。
確かに色々と動きにくくなったりして、面倒かもしれないと、そう思ったのである。
「わかった! 約束するよ!」
「ありがとです」
となれば、当然それを約束すると、コレットはその誓いを夕映へと元気に言葉にした。
夕映もその言葉に思わず笑みがこぼれ、そっとお礼を述べたのだった。
そんな感じで夕映はコレットと友情を育みながら、学業を積み、色々なことを学んでいった。新しい魔法、魔法世界の歴史、旧世界との関係など、多くのことを習ったのだ。
また、エヴァンジェリンも情報収集を続けていた。そこでわかったことは、自分たちがお尋ね者にされていることだった。それに対してエヴァンジェリンは、元々賞金首なので特に気にした様子を見せることは無かった。
しかし、夕映はそれを聞いてかなりショックを受けていた。当然である。何もしていないだけでなく、むしろ被害者の立場だと言うのに、賞金首にされてしまったのだから。ただ、ここではそう言った情報があまり出回っていなかったので、特に問題はなかった。
それでも散らばった仲間たちの情報は未だ入ってこないようで、エヴァンジェリンはその辺りを重点に調べていた。とは言っても、ここに来てまだ一週間も経っていない。中々情報が集まらずに四苦八苦していたのである。
何せここは中立国家。他の国の情報がなかなか入りづらいのだ。
また、それ以外にもエヴァンジェリンは懸念することがあった。あのゲートで強襲してきた連中が、もしや20年前の戦争で裏から手を引いていた組織の残党なのではないか、というものだった。
20年前に起きた大分烈戦争、それを操っていた”完全なる世界”と言う組織のことだ。あれから20年が経ち、残党はほぼ駆逐されたとエヴァンジェリンは聞いていた。あのタカミチやガトウなどが、徹底的に叩き潰したからだ。
だが、それが未だに隠れながら活動し、仲間を増やして徐々に増大化しているのではないか、そうエヴァンジェリンは睨んだ。であれば、このままではネギやその仲間たちが更なる戦火に巻き込まれるのは目に見えている。エヴァンジェリンはその辺りを考えながら、仲間の情報を幾度と無く調べるのだった。
「今日は飛行訓練百キロマラソンよ!」
そして、その日は外での実習のため、夕映は体育着に着替え外に出て箒を片手に握っていた。その実習は箒を使った飛行魔法での空中マラソンだった。
それを先生がはっきりと生徒全体に行き届くように叫び、指示を出していた。
「そういえば、ユエは飛べるの?」
「それなりに練習しましたので、飛ぶぐらいなら大丈夫です」
コレットは箒にまたがり飛行の準備をする夕映へと、それを尋ねた。
夕映はその質問に、小さく笑いながら答えた。問題ない、何度か練習しているので飛ぶことぐらいはできると。
そもそのはず、夕映は麻帆良にいる時、師であるギガントに飛行の魔法を習っていた。そのおかげである程度の飛行は可能となっていたのだ。
「わっ! すごい! 上手だよ!」
「そうですか? 自分ではわからないことなので……」
「確かに教科書どおりって感じだけど、だからこそ安定してるって言うか!」
夕映は魔力を操り全身に力を入れると、ゆっくりと、ふわりと、箒と共に宙に浮き始めた。
それを見たコレットは、とても関心した様子でそのことを褒めたのである。
夕映は褒められるほどのことだったのかわからなかったためか、キョトンとした様子を見せていた。
何せ自分のことなので、自分でこれが上手だ、という感覚がよくわからなかったのだ。
コレットも夕映の飛行は上手だと言ったが、まるでお手本どおりの飛行だと評価していた。
ただ、それ故か非常に安定しており、確実で安全だとも思ったのである。
「ありがとです。それでは行きましょうか」
「うん!」
そして、二人はそのまま箒にまたがり、飛び立つ生徒たちの後ろについていくようにして飛び立った。
夕映は楽しいひと時だと感じつつも、仲間の安否を気にしていた。本当にこんなことをしていてよいのだろうか。それをふと考え、空から眺める景色の遠くを見つめるのだった。
…… …… ……
日を戻してネギたちが修行している頃、ある場所で一つのグループが走っていた。そこは古い遺跡の内部で、今にも崩れそうな状況だった。
「ダメだ崩れる!」
「走って走ってぇ!」
「まさか最後にこんなベタなトラップたぁね!」
数人の男女が崩れ落ちる遺跡の中を、出口を求め走っていた。彼らはトレジャーハンターなのだろう。遺跡に眠る宝を手に取った瞬間、その遺跡が崩れる罠に引っかかってしまったようだ。
「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」
「はい!」
だが、そこにはあののどかの姿があった。のどかは彼らの仲間となって、遺跡めぐりをしていたのである。
そんなのどかを一人の男性が心配そうに声をかけていた。
彼の名前はクレイグ・コールドウェル。このチームのリーダー的存在。髪を後ろにかき上げた、少し目つきの悪い男性だ。
彼にそれを聞かれたのどかは必死に走りながら、平気であることをはっきり告げた。
「見ろ! 出口だ!」
「やったぁ!」
もはや遺跡が崩れるのも時間の問題となったこの状況で、ようやく目の前に小さな光が見えた。それこそがこの遺跡の出口であり、誰もが喜びながら一目散に駆けて行った。
「たー! 危なかったぁ!」
「まさか遺跡が丸ごと崩れるとはねぇ」
そして、先ほどの場所から多少離れた岩山の頂上で、それぞれがその遺跡が崩れるのを眺めていた。いやはや間一髪という状況だったようで、切り抜けられたことを喜ぶ声が複数飛び交っていた。
「ふぅ、死ぬかと……」
のどかも流石に今回は疲れたのか、ため息をついてほっとしていた。
遺跡が崩れるという体験は、当然のどかとてはじめての経験だった。
「怪我はない? ノドカ?」
「は、はい」
そこへのどかへ気にかけた声を発する女性が現れた。彼女の名はアイシャ・コリエルと言う。エルフのような長い耳を持つ長髪の女性だ。先ほどの遺跡崩壊で、瓦礫か何かで怪我をしていないか、のどかへ聞いたのである。
のどかは特に怪我は無いので、素直に一言答えた。
「随分たくましくなったわよねぇ。遺跡で拾ったアンタが仲間に入れてくれって言った時は、どうしようかと思ったけど」
「ノドカちゃんの罠発見能力は一級品!」
「使える……!」
のどかはゲートの事件にて、どこかの遺跡の内部に転移してしまったようだ。そこで助けてくれたのが、彼らだった。のどかは彼らに仲間に入れて欲しいと頼み、今に至る訳である。
それを思い出しながらのどかの成長を喜ぶアイシャ。
彼女は最初のどかを見た時、頼りないと感じたようだ。のどかは引っ込み思案でちょっとあどけない性格なので、仕方が無いといえば仕方が無い。
そこへ後ろからのどかを称える声が聞こえてきた。
前者は長い髪を頭の後ろで束ねた美丈夫の男性で、クリスティン・ダンチェッカーと言う。後者は短い黒髪のエルフみたいな長い耳を持つ女性で、リン・ガランドと言う。二人はのどかの技術を大いに賞賛し、仲間にしてよかったと思っていた。
「しかも、初歩の初歩だけど色んな治癒の魔法も使えるし」
「ホント最高の逸材だよ!」
さらに、のどかはギガントから治癒の魔法や防衛のための障壁を教え込まれていた。初歩で簡単な治癒ではあるがその種類は多く、麻痺や氷結、やけどに毒などまで治癒が可能だ。
麻痺や毒は特に罠などに多く、非常に助かっているとアイシャは嬉しそうに語った。
クリスティンもそんなのどかを拾ったことをとても喜び、歓迎して正解だったと笑って述べていた。
「その歳でそんな技術、どこで身に付けたんだい?」
「えーっと……、部活や課外授業で……ちょっと……」
「へぇ?」
クレイグはのどかの技術に、少しだけ疑問に思ったようだ。
中々の罠発見能力や治癒魔法などは、早々身につくものではない。のどかがそれをどこで獲得したのか、ふと本人に尋ねたのである。
のどかはその問いに、少し悩んだ様子を見せた後に答えた。
のどかは麻帆良で図書館探検部に所属している。そこで数多くの罠を見てきたのどかは、そこでその技術を得たのである。また、課外授業とはギガントの魔法の講座のことだった。
が、クレイグには部活や課外授業と言われても、よくわからない。なので、生返事を返して不思議がるのがやっとであった。
「しっかし、ノドカちゃんに仕事とられちまって、あんたも形無しだなロビン!」
「確かに嬢ちゃんが来たせいで、仕事減っちまったみてぇだな!」
「……」
だが、ここにはもう一人、彼らの仲間がいた。”原作”では存在しえない、もう一人の仲間。ロビンと呼ばれた男性。緑色のマントを装備し、茶髪でツンツンしていて右目が隠れるような髪型をした、垂れ目がトレードマークな美貌の男性だった。
そのロビンと呼ばれた人物は、彼らから少し離れた場所で、腕を組んで静かにたたずんでいた。まるで、仲間という訳ではないが、さりとて他人と言う訳ではない、そんな距離感を感じされるような人物だった。
その最後の一人へと、クリスティンは皮肉を飛ばした。クレイグもそれに乗っかり、からかうような声を投げたのである。それを言われたロビンと呼ばれた男は、自分に言葉が飛んできたのに気が付くと、ゆっくりと彼らへ向いた。
「……へいへいっと、むしろオレは楽ができていいと思ってるんですけどねぇー」
「よく言うわ!」
「実はちょっとだけノドカに嫉妬とかしてるんじゃない?」
「ありえる」
ロビンと呼ばれた人物は、非常に罠を得意としており、トラップの類を発見する能力に長けていた。しかし、のどかが来てからそれを発揮する機会が減ったので、それを笑い話として出されたのだ。
また、ロビンはそれを言われ、肩をすくめてそれを言った。仕事が減って楽になった、助かっていると、皮肉を返したのである。
そんなロビンへと、クリスティンは笑って返した。
アイシャもそう言うロビンが、実はのどかの技術を羨んでいるのではと笑って述べた。
リンもそれに同調し、その可能性があると一言口に出していた。
「する訳ねーっしょ? 相手はまだガキだぜ? そんな相手にムキになってどーすんの!?」
「まっ、そりゃそうだ!」
「つーかロビン、さっきまでどこ行ってたんだ!?」
そこまで言われたロビンは、それだけはないと断じた。
確かにとても若いと言うのに、その技術を持つのどかはすごいだろう。ただ、逆に言えばそんな子供と張り合うなんて、情けないではないかとロビンは言った。と言うか弁解した。
クリスティンはそれを聞いて、言うとおりだと笑って話した。
そこへクレイグがロビンへと、一つの疑問を尋ねた。
何せ遺跡崩壊している中、必死に逃げていた時に姿がなかったからだ。
「近くにいましたけどねー? 最近のオレ、影薄いっしょ? だから気がつかなかったんじゃないんですかねー?」
「やっぱグレてねーかお前!?」
「やだねー、それ大人気なさすぎってもんでしょ? いつも通り”姿を消してた”だけですよ」
ロビンはそれについて、ちょっと皮肉っぽく答えた。
近くにいたけど仕事が減った自分なんて、いてもいなくても同じだったのではと。
クリスティンはそう言うロビンが、先ほどの話を聞いてへそを曲げてしまったのかと叫んでいた。
が、ロビンはそれを更に皮肉っぽく答えた。
別にそんなことでグレるなんて、大人気なさ過ぎる。いつものように姿を消し、気配を消し、近くに潜んでいたと、やれやれと言う感じに述べたのである。
「その魔法具の力だっけっか? 効果を見りゃかなりのモンだぜそりゃ」
「あたりまえっしょ? オレの自慢の”宝具”ですからね」
それを聞いたクレイグは、姿を消す力を持つ緑色のマントに注目した。姿を完全に消しさる魔法具。使い方によってはかなりの効果を発揮し、売れば相当の値段になるのではないかと思ったようだ。
ロビンはそれを当然と答えた。
このマントこそロビンがロビンたらしめる装備。”宝具”と呼ぶべき最高の装備。身に着けてさえいれば誰もが姿を消せ、そのひとかけらでも効果を発揮する緑の外郭。
ただ、実際は他人に自慢するような代物ではないし、自慢できるような使い方もしない。だが、先ほどからの随分な言われように対抗し、ここはあえて誇張してそれを言葉にしていた。
「おっと、それよりお待ちかねのお宝配分タイムと行こうぜ!」
「待ってました!」
とまあ色々とあったが、とりあえず宝を山分けしよう。
クレイグはそれを叫ぶと、クリスティンもはしゃいで宝を手に取った。
リンも無言ではあるものの、いつの間にか宝の山に手を伸ばしていた。
「嬢ちゃん、ホントにいらないのかい?」
「遠慮することないよー?」
「いえ! そんな! 私はこれだけで十分です!」
だが、のどかは魔法具一つ手に握っていただけで、宝の山には目もくれなかった。それを気にしたクレイグが、のどかへと声をかけた。クリスティンも仲間として遠慮は不要だと、のどかへ話した。
しかし、のどかはこの握った魔法具一つで充分だと言い切った。
それに色々と迷惑をかけているだろうし、助けられている。なので、それ以上は恐れ多いという態度をのどかは見せたのである。
「ロビンもそんなところにいないでこっちで選別しようぜ!」
「別にオレは矢と罠の材料さえありゃいいんでね。気にしないでくれってもんさ」
「あんたもホント謙虚だなー……」
また、もう一人、その宝の山を見ても、何もしない人物がいた。それはロビンだった。
ロビンは先ほどと同じく、彼らから少し離れた場所に立っていただけだった。宝なんぞ気にせず、団欒とする彼らを眺めていたのだ。
クリスティンはそんなロビンにも声をかけ、宝を山分けしようと誘った。
それに対してロビンは、不必要な宝は別にいらないと言うだけだった。
そう、このロビンはそう言う場所には自ら入らず、離れた位置を好んでいるのだ。
クレイグはそんなロビンへと、少し呆れた様子でそれを口に出していた。
既に仲間なのだから、もう少し欲張ってもよいものを、そう思ったのである。
「それがノドカが捜してたマジックアイテムね」
「はい! ついにみなさんのおかげで……」
そこでアイシャはのどかへ近づき、のどかが手に持っていた魔法具を見た。
のどかはこの魔法具を探していたようで、ようやく手に入ったことを喜び、感謝していた。
こののどかが持つ魔法具、鬼神の童謡と言う。鳥の爪のような形をし、爪先はどこか万年筆に似た形をしている、指にはめて使う魔法具だ。
その能力は相手の名前を見破るというもので、名を尋ねればその人物の本当の名前を見抜くことができる。逆を言えばそれだけしか効果がないので、基本的に大きな価値はない。
だが、のどかのアーティファクト、いどのえにっきと併用すればその効果は倍以上となる。いどのえにっきは名前を知った相手の思考を、本として読むことができるアーティファクトだ。つまり、名前を知れれば相手の思考も読めることになるのである。
とは言え、ここののどかはさほどアーティファクトを多用したことがなかった。使う場面がほとんど無かった。つまり多少アーティファクトの扱いは不慣れ、経験不足であった。
それでも師であるギガントからある程度の使い方をレクチャーされており、使い方はしっかり理解していた。故に、ここぞと言う時の切り札にしようと考えたのだ。
そして、この状況となった今、何かあってもおかしくないと考えた。なので、できうる限りのことはしておこうと、この魔法具を探し、見つけたのであった。
…… …… ……
同じ頃、別の場所にて二人の少女が歩いていた。いや、実際は二人ではなく、三人と言った方が正しい。それは楓と木乃香、それにさよだった。また、木乃香が操る前鬼と後鬼が、巨大なドラゴンの角をえっさほいさと担いでいた。
「楓、すごいんやなー」
「いや、拙者はまだまだでござるよ」
木乃香は楓のことを、とてもすごいと褒めていた。
何に対してかと言うと、その楓の強さにだ。
しかし、楓は謙虚な態度で、それほどでもないと語った。
この程度では強いとは到底言えないと。何故なら麻帆良の文化祭で、眼鏡の男に苦戦したことがあったからだ。
楓はあの眼鏡の男の
「せやかて、目隠ししたままドラゴンに勝ててしまうんやから、十分すごいやん!」
「そうですよ! あれですごくないなら、何がすごいのかわからなくなりますよ!」
「さよ殿まで……」
とは言え、先ほど楓は目隠しをしたまま、黒い竜を倒して見せた。
木乃香はそれを考えて、十分強いではないかと、笑顔で楓を褒め称えていたのだ。
また、木乃香の持霊となったさよも、横から顔を出して楓を褒めた。
さよもドラゴンを一人で倒した楓の強さに驚き、とてもすごいと感激していたのだ。
さよにまでそう言われた楓は、そこまで大げさなことではないと言いたそうな顔を見せた。
むしろ、あの程度で苦戦しているようでは、修行が足りないとさえ楓は思っていたのである。
「……そう言うこのか殿こそ、シャーマンとしての腕前も随分と上達したように見えるでござるが?」
「んー、ウチもまだまだや。こんなんやったらはおに合格させてもらえへん」
ならば、楓は逆に木乃香へと、そちらの修行の成果を尋ねた。
木乃香はシャーマンとなり、その技術と実力を伸ばしていた。それはこの魔法世界に来てからも当然のことだった。
しかし、木乃香もまた、自分の実力に満足してはいなかった。今のままでは師である覇王に届くことはない。さらに、あの覇王がこの程度で免許皆伝を授けるはずもないと、悩みながら答えたのだ。
「覇王殿はそれほど厳しいのでござるか」
「そうやなー、修行に対してはかなりきびしーやろなー」
楓は木乃香の実力を見て、合格が出ないと言うことに驚きを感じていた。
シャーマンではない楓にはその辺りのことはわからないが、木乃香の実力は高い方だと思っていた。どんな攻撃をも弾く防御、気を用いずに飛行する技術、舞のように戦うセンス。どれも高いと評価していた。
それでも合格の二文字を与えない覇王は、相当厳しいのではないかと楓は木乃香へ尋ねたのである。
木乃香はそれに対し覇王を思い浮かべながら、どうなんだろうと考えた。
普段の覇王はそれほど厳しい態度を見せることは無い。むしろ最近は少し甘えさせてくれる方だった。だが、やはり修行と言うことになれば、非常に厳しかったと言葉にした。
「あっ、そうや。はおで思い出したんけど、なして
「そういえばそうでござるな」
「なんででしょうねー」
そんな時、木乃香はふと思い出したことがあった。
それは覇王が魔法世界へやってきて、テレビのような映像に状助と映っていたことだ。木乃香は覇王がこっちに来ているのを知らなかったので、かなり不思議に思ったのである。
その疑問は楓やさよも感じたものだった。
どうして、何のために覇王がここにいるのか、覇王自身状助たちぐらいにしか話してないからだ。
「毎年夏になるといなくなるんのと関係しとるんかなー」
「ふむ、確かに気になるところでござるな」
覇王は夏休みになるとかならず魔法世界へやってきている。木乃香はその事実を知らないが、もしやそれと関係があるのではないかと考えた。
楓も腕を組んで悩む様子を見せながら、それに対して不思議がっていた。
「まあ、それは覇王さんに直接聞けばいいんじゃないでしょうか」
「そーやな! オスティアっちゅー場所で会えるんやったな!」
とは言え、覇王がここの世界にいて、なおかつ合流する予定なのだ。会った時にでも質問すればいいのではないかと、さよはそれを提案したのだ。
木乃香もさよの言葉を聞いて、これ以上考えるのはやめようと思った。
本人に聞けばわかることだし、覇王がここにいるということはむしろ嬉しい誤算だったからだ。
「覇王殿が映像に映っていた話のことでござるな」
「あれにはウチも驚いたわー」
「でも覇王さん、このかさんに一言だけしかメッセージを送りませんでしたねー……」
楓もその話に混じり、覇王の映像を思い出していた。
木乃香はその時の心境を嬉しそうに言葉にした。
ただ、さよは少しだけそれに不満があった。
覇王はその映像で、木乃香に関して一言しか話さなかったからだ。
グラニクスの闘技場で、覇王は魔法世界全土に中継された生放送で、オスティアへ一ヵ月後に会おうと言った。また、覇王は状助から木乃香がいることを聞いていた。なので、木乃香へメッセージを残した。
その内容は簡潔だった。”君もオスティアで会おう”それだけだった。それ故さよはそれを思い出し、もう少し自分の弟子を労わるような言葉はなかったのかと、不満を言っているのである。
「さよ、ええんよ。むしろ、あの一言がはおらしゅーて、ウチは嬉しかったわ」
「むー……、このかさんと覇王さんには、目には見えない大きなつながりがあるんですね……」
「多くの言葉など不要なほどの関係でござるか」
しかし、木乃香はそれだけで十分だった。
むしろあの覇王が、自分へ専用のメッセージを言葉にしたことに、とても嬉しく思っていた。昔だったら何も言わなかったであろう覇王が、あえてそれを言葉にしてくれた。それだけで木乃香は満足だった。
そう笑顔で語る木乃香を見て、さよは自分の考えが浅はかだったと感じた。
そして、二人には大きな信頼があることを、再び確認したのである。
楓もそれについて、小さく言葉にした。
言葉など使わずとも、意思が伝わっている。以心伝心というやつだろうか。それほどまでの信頼関係を築いているということに、とても関心していたのだ。
「せやから、次に会ーた時にはおがビックリするぐらい、鍛えななー!」
「お互いに頑張らんとでござるな」
「二人とも! ファイトですよ!」
木乃香は覇王とそこで再会した時、今以上に強くなって驚かそうと思った。
だからもっと強くなりたいと思うし、さらに技術を向上させたいと思うのだ。最終目標は覇王と並ぶこと。そして、正式にお付き合いをすること。そのために強くなろうと頑張っているのだ。
楓もさらに強くなろうと考えていた。
この程度ではまだまだ至らないと思っている楓は、共に強くなろうと木乃香へ声をかけるのだ。
そんな二人に対して、さよはただただ元気よく応援するばかりだった。
と言うよりも、さよができることと言えば、そのぐらいなのだ。
そして、三人はドラゴン退治を依頼された村へと戻り、そのドラゴンの巨大な角を見せた。その村はこの時期にやってくる黒いドラゴンに悩まされていたようで、その角を見てとても喜んでいた。また、三人は村から大いに歓迎を受け、田舎の村だと言うのにかなりの賑わいを見せていた。
「みんな喜んでくれてよかったわー」
「そうでござるなー」
「楓さんが頑張ったおかげですねー」
ドラゴンを退治された人々の喜びようを見て、木乃香は心のそこからよかったと思った。
楓も修行がてらとは言え、ドラゴンを撃退したことの達成感を味わっていた。
さよもいつものようにふわふわと笑顔を見せながら、楓の功績だと言葉にしていた。
「元の世界では役に立たなかった拙者の力で、こうも喜んでもらえるとは……」
「むー……。そないなこと言ーたら、ウチかて今んとこ大きく役に立っとらへんよ?」
「そういうことでは……」
楓は自分の忍術で人々が喜ぶ様に、不思議なものだと述べた。
元の世界、旧世界では戦うだけにしか使わない、世の中では役に立たないものだったからだ。
だが、木乃香はそれに対して、ちょっと怒ったような感じでそれを言った。
何せ現代社会ではシャーマンの力も、さほど役に立っているとは言えないからだ。
それを言われた楓は、別にそう言うことを言いたかった訳ではないと、ちょっと焦った様子で言葉にしていた。
「でも、もしかしたらやけど、今後役に立つかもしれへんやろ?」
「……そうなればいいでござるな!」
しかし、木乃香はそこで再び表情を戻し、役に立つことがあるかもしれないと言った。
確かに忍術やシャーマンの技術など、現代の社会で役に立つかはわからない。ただ、人のために使おうと思えば、役に立つこともあるかもしれないと木乃香は思ったのである。
楓はそう言葉にして笑みを見せる木乃香を見て、自然と笑いがこぼれた。
木乃香の言うとおり、今までは役に立ってはいなかった。だが、今後役に立つ場面があるかもしれないと、楓も思えてきたのだ。
「さて、残り一匹ドラゴンがいるそうでござるが……」
「せやったら、ウチが今度戦ってもええ?」
「このか殿が……?」
その話は置いておくとして、村人の話ではまだ一匹ドラゴンが残っていると楓は話した。
ならば、今度は自分が相手をしたいと、木乃香は名乗り出たのである。
楓はそれを聞いて、少しぽかんとした様子を見せていた。
「ウチも目隠しして戦ってみたいんよ!」
「大丈夫でござるか?」
さらに、木乃香は楓を真似て、目隠ししたままドラゴンと戦いたいと言い出したのだ。
それは流石に、と言う様子で、楓は木乃香を心配していた。
「はおが教えてくれたんやけど、擬似的でも五感の感覚を無くしたりすると巫力が多少上がるんやって」
「シャーマンの力の源でござったか」
「それ以外にも死んだり、死ぬような体験をしても、あがるんでしたよね」
何故、木乃香がそのようなことを言い出したか。それはシャーマンとしての力をさらに伸ばしたいと考えたからだ。
シャーマンは巫力を用いて、
楓もふと巫力と聞いて、気と同じようで少し違う、シャーマンが操る特殊な力のことだと思い出していた。
そこへさよも木乃香の説明を補足するように、それを話した。
シャーマンは死んだり、死んだ時と同じような体験をすれば、巫力が伸びる。まあ、本気で巫力を伸ばしたいなら、死んで地獄で修行するのが一番ではあるのだ。
「シャーマンとして強なるには、巫力も鍛えんとならへん。せやから、ちょっと危険かもしれへんけど、そういう修行もせんとなーって思ったんや」
「ふむ……、確かに安全に戦っているだけでは、その先に行くのは難しいかもしれないでござるな」
「でも、私のようになるのはダメですよ!」
「わかっとる。無理はせんよー」
また、シャーマンとして強くなる為には、技術だけでなく巫力も増やさなければならない。そのためにも、危険と隣り合わせの戦いを行わなければならないと、木乃香は語ったのだ。
楓もその多少危険な戦いと言う部分に、共感を覚えていた。
自分も先ほど、目隠ししたままドラゴンと対峙した。危なかった部分もあったが、良い成果を得ることもできた。地道に努力して強くなることもできるだろうが、それ以上になる為には多少の危険も必要かもしれないと思ったのである。
が、それで命を落としてしまっては何の意味も無い。修行はあくまで強くなるための行為であり、そこで命を落としたら台無しだ。
さよは別にそれを考えて言った訳ではないが、とにかく死なない程度にしてほしいと木乃香へ叱咤するように言ったのである。
木乃香もそうやって心配してくれているさよへ、笑顔を見せてそう言った。
自分とて覇王と並ぶまでは死ぬ訳にはいかないし、死にたくは無い。多少無茶はするかもしれないが、無理はしないとさよを安心させるように話した。
そんな彼女たちが会話している時に、ふと村の門の方から見知った声が聞こえてきた。最初に聞こえてきたのは、豪快な男性の声であった。
「いやぁー、久々の羆退治だったぜ」
「あれはドラゴンで、ヒグマではないのでは……?」
その男性の声の主、それはミスターゴールデン、バーサーカー坂田金時だった。
それに続いて聞こえた声は、そのマスターである刹那だった。
バーサーカーは巨大なドラゴンの角を肩に乗せて片手で抱えながらニカッと笑っていた。
そして、なんということだろうか、その角の元の所有者を羆と言い出したのである。
そんなバーサーカーへ刹那は呆れた顔で、絶対に違うと答えた。
と言うか、ヒグマとドラゴンを間違えるはずがない。あれはドラゴンだったと、はっきり言ったのだ。
「山で吠え盛って空飛ぶでかい獣って言や、羆だ」
「ヒグマって絶対そんなヤバイ生き物じゃないでしょ……」
「ヒグマが空を飛ぶなんて聞いたことありませんわよ……」
するとバーサーカーは、あれがヒグマであると言う証拠を並べ、自慢げに豪語した。
山の中に生息し、大きな声で吠え、空を飛ぶ巨大な生物。それこそヒグマの証拠だと言ってのけたのである。
いや、それはない。絶対にありえない。そんな生き物が旧世界の山にいる訳がない。そのヒグマは本当にヒグマなのだろうか。そう思ったアスナもあやかも刹那同様、呆れた表情でそんな生き物など知らないと、ため息混じりに言葉にしていた。
「しかし、その角を持ってもらってすいません」
「いいってことよ。こういう仕事ってのは男の仕事だ。女にやらせることじゃねぇ」
「別にそこまでひ弱じゃないんだけどね……」
まあ、それはよいとして、刹那は巨大なドラゴンの角をバーサーカーが抱えていることについて、申し訳なさそうに礼を述べた。
バーサーカーはそんな刹那に笑いかけながら、気にするなと言葉にした。
むしろ、こういう仕事こそが男の仕事。女性に任せられることではないと語ったのだ。
それを聞いたアスナは、バーサーカーが言うほど自分は弱くないと、小さくこぼした。
アスナは女だからと言うだけで甘く見られていると思った。なので、その部分が少し癪に障ったようだ。
「強いとか弱いの問題じゃねぇって。ほら、あれだ。レディーファーストってやつ? あれみたいなもんだ」
「気を使ってくれているってことですね」
「おうよ!」
しかし、バーサーカーはアスナの言葉を聞いて、そういうことではないと話した。
こう言うことは男がやるべきであって、単純に女性には任せたくない、ということだった。
そこへ刹那がわかりやすく、バーサーカーが考えていることを言い当てた。
つまり男子たるバーサーカーが、10代半ばの自分たちと言う女の子に対して、配慮してくれているのだろうと。
バーサーカーも刹那の言葉に、はっきりとそうだと答えた。
こう言う力仕事、荷物持ちこそ男がするべきことであり、女性にやらせるなんてもってのほかだと、バーサーカーは思っているのである。
「おっと、お捜しの友人がいるじゃんか!」
「えっ!?」
「あっ」
その時、ふとバーサーカーが木乃香たちを発見した。すると喜んだ声でそれを大声で言うと、刹那やアスナもそちらを見て驚いたのだ。
「せっちゃん!」
「このちゃん! 無事でしたか!」
「せっちゃんこそ!」
また、木乃香もバーサーカーの声に気がつき、刹那の方へと駆け寄ってきた。
刹那も同じように木乃香へと近寄り、手を合わせて両者の無事を祝っていた。
「このか! 元気そうじゃない!」
「アスナもいつも通りで安心したわー!」
アスナもそこへ駆けつけ、木乃香と悠々とハイタッチして喜んだ。
二人とも変わらずの元気さを見て、安心したのである。
「そちらも無事だったんですのね!!」
「いんちょ! そっちこそ大丈夫やったん!?」
「ええ、特に大きな問題はありませんでしたわ!」
当然あやかもそこへ駆け寄り、木乃香たちの無事に安堵していた。
木乃香はそう言うあやかへ、むしろこっちの方が心配だったと言う様子で驚いていた。
木乃香にそう言われたあやかは、確かに色々驚くことはあったが、何か支障がでるとかそういったことはなかったと、嬉しそうに語っていた。
「おや、ゴールデン殿、久しぶりでござるな」
「お久しぶりですー」
「おう、久々だなニンジャガールにゴーストガール」
楓はアスナたちの方へは行かず、バーサーカーへと声をかけた。
また、さよは幽霊なので抱き合ったりすることはできない。故に、とりあえずあっちの四人の輪には入らず、バーサーカーの下へやってきた。
バーサーカーはその二人へ、軽快な挨拶を発した。
そして、目の前の二人も元気そうで何よりだと思い、ニッと笑って見せていた。
「そちらはお変わりないようでござるな」
「まぁな。そっちは腕を上げたみてぇだが?」
楓はバーサーカーへ、色々と変わっていないようで安心したと言葉にした。
バーサーカーはそう言う楓を見て、楓がさらに実力をつけたと思い、そこにも喜びを見せていた。
「まだまだ、これからでござるよ」
「そうか。まぁ、己が納得するまで精進することだな!」
しかし、楓は木乃香にも話したように、この程度では至れていないと言葉にした。
バーサーカーはそれを聞いて、それなら自分が納得するまで強くなるしかないと語った。
「さて、このかたちとも合流できたし、目指すはオスティアってところかしらね」
「そうですね。ネギ先生たちもそこで会えるはずです」
アスナはようやく木乃香たちと合流できたことに安堵を覚えながら、次の目的地について力強く発言した。
刹那も、そこへ行けばネギや他の仲間たちと合流できると信じ、その場所を目指そうと言うのであった。