理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百三十一話 仲間たちは今 その①

 ポケモンの里が襲われてから数日が経った。あの時に襲われたポケモンたちは、みな無事だった。多少なりに怪我をしたものが多かったが、ミドリがきずぐすりで治療できる範囲だったのだ。

 

 また、あれから大人たちが帰ってきて、ミドリがこの惨状を説明した。そして、復興を行い、里は元通りに直ったのだ。

 

 カズヤもまた里のものたちに歓迎され、同じように復興を手伝った。自分が招いたという訳ではないが、原因の一つだったことに、カズヤは少なからず罪の意識があったからだ。

 

 復興が終わった後、カズヤは地図をずっと眺めていた。静かな怒りを見せるように、憎悪する敵を睨むように。

 

 そのカズヤの姿を、ミドリは遠くから見ていた。どこかにこのまま行ってしまいそうな、そんな儚さがあったからだ。

 

 

「あれ……? カズヤ?」

 

 

 そして、その次の朝。ミドリはふと起きて、カズヤが寝ている寝室へとやって来た。すると、そこにはカズヤの姿はなく、綺麗にしっかり片付けられた部屋だけが残っていた。

 

 

「置き手紙……」

 

 

 また、テーブルには一枚、紙切れのようなものが置いてあった。それはミドリに当てて書かれた、手紙だったのだ。

 

 ミドリはそれを見つけると、その場で急ぐように読んだ。そこにはカズヤの今まで居座らせてくれた感謝と、自分が黙って出て行くことの謝罪が載っていたのだ。

 

 

「……! まさか!」

 

 

 ミドリはすぐさま自分の家の玄関へ走り、その扉を開いた。まだ朝方で太陽は低く、朝の日差しが山々に遮られながらも、ゆっくりと里を照らし始めていた。

 

 だが、そこにはすでに、誰もいなかった。否、一匹のポケモンが、外で遠くを見つめていた。それはミドリの手持ちのポケモンのイーブイのブイだった。

 

 

「……ブイ、彼は出て行ってしまったのね……」

 

 

 ミドリはそっと、そのイーブイを抱きかかえると、同じ場所を眺めた。

きっとイーブイは、彼が出て行ったのを知っているのだろう。きっと止めようとしたけど、止められなかったのだろう。だから、せめて見送るように、ずっと彼が歩いていった軌跡を見つめていたのだろう。そのことを察し、ゆっくりイーブイの頭を撫で始めた。

 

 

「馬鹿な人……。気になんてしてないのに……」

 

 

 そして、ミドリは手紙の内容を再び読んだ。

そこにはこの里が襲われたのは自分のせいであると書いてあったのだ。それを謝罪する文が書かれていたのだ。

 

 カズヤはあのナッシュが、自分を目的としてやってきたのを知った。理解していた。故に、ここにずっと居座るのはまずいと考えた。これ以上迷惑はかけられないと思った。そう考えたカズヤは、誰も目を覚まさない内に、こっそりと出て行ってしまったのだ。

 

 ミドリはその謝罪を見て、ぽつりとこぼした。

カズヤがこれに書いたとおり、里が襲われたのは彼がここに来たからなのだろう。でも、それを気にする人はいなかったし、ミドリ自身気にしたことは無かった。

 

 約束通り、その時期が来たらリザードンでオスティアへ送るつもりだった。なのに、カズヤはそのことに対して心を痛め、出て行ってしまった。本当に馬鹿だ、馬鹿な男だ。そう、悲しげに吐き捨てながら、ミドリは遠くを眺めるしかなかった。

 

 

 そして、出て行ったカズヤは、再び森を歩いていた。苦しそうに右腕を左手で押さえながらも、確実に足を前に出していた。

 

 そうだ、最初からこうしていればよかった。それなら誰にも迷惑をかけることなどなかった。そう考えながら、ひたすら森の中を歩いていたのだ。

 

 

「……」

 

 

 また、カズヤの右目はまぶたが落ち、開かなくなっていた。特典(アルター)を使いすぎたカズヤは、その部分にまで侵食の影響がでてきていたのだ。いや、”スクライド”を考えれば、むしろこの症状が出るのは遅い方だ。それでも、片目のまぶたは通常では、自力で開くことがなくなってしまったのだ。

 

 この症状は、里が襲われた時に戦った後に発生したものだった。それを見たミドリは、かなり心配した様子を見せていた。カズヤはそれをふと思い出し、小さく笑った。だが、それも一瞬のことで、すぐさま目つきを鋭くさせ、怒りを露にしたのである。

 

 

「あの野郎は……、あの野郎だけは絶対に許さねぇ……」

 

 

 そうだ、あの里を襲い、自分を挑発してきたあの野郎は、ナッシュとか名乗ったクソ野郎だけは、絶対に許せるものか。カズヤはそれを怒りとともに口に出し、ゆっくりとだがしっかりと大地を踏みしめ、前へと歩いていた。

 

 

「メガロなんたらだったな……。待ってろよ……、クソ野郎……」

 

 

 あの男だけは絶対に倒す。そう決意を新たに固めながら、ヤツがいるであろう場所へと、カズヤは歩いて行った。あの男はこう言った。”本国側(メガロメセンブリア)の転生者”だと。つまり、ヤツがいる場所はそこだということだ。ならば、そこへ殴りこみ、その男を倒す。カズヤはそれを考えながら、ひたすらにその場所を目指すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 時間を戻し、カズヤがミドリに保護され目覚めた頃、一人の少年が魔法世界の空をものすごい速度で飛行していた。その少年はカギであった。肩にカモミールを乗せながら、杖をスケートボードのように乗りこなし、縦横無尽に飛び回っていたのだ。

 

 

「チクショー! どこがどこだかわからねぇー! 迷子になっちまったー!」

 

「だから言ったじゃねーっすか! しっかりと空飛ぶ船で行きやしょうって!!」

 

 

 とても深い山奥の上空にて、カギの声がこだましていた。

カギは今の状況にヤバイと感じ、焦りの声を大きく上げていたのである。

 

 何と言うことか、カギは今飛んでいる場所が、どこなのかわからなくなってしまったのだ。一言で言えば迷子になっていたのである。カギは今自分がどこにいるかさえも、わからなくなってしまっていたのだ。

 

 カモミールはそこで、カギの反省点をはっきりと言葉にし、叱咤した。

杖で目的地に行こうとせず、ちゃんとした交通手段を使って行くべきであったと。

 

 

「俺の魔力なら杖でひとっ飛びだと思ったんだよー!」

 

「そりゃ行けるだろうけどよー、行き先わからなきゃ意味ねーでしょー!」

 

「ぐうの音もでんわ……」

 

 

 カギは自分の魔力量ならば、そんな交通手段など用いずとも、目的地のアリアドネーまで飛んでいけると考えていた。しかし、しかしだ。行き先の場所がわからなければ、無謀としか言いようがない。カモミールはそれをぷんすか怒りながら叫ぶと、カギも反省する様子を見せていた。

 

 

「かーっ! アリアドネーどこだ! かーっ!」

 

「近くの町に寄って、調べたらどうですかい?」

 

「近くの町……か……」

 

 

 カギは目的地の位置がもはやわからず、どこにあるだなんだと叫びだした。

完全に混乱しているようだ。

 

 カモミールはそんなカギを見かねたようで、とっさにアドバイスを一つ送った。

それは人のいる場所へ行って、調べればよいのではないかという、当然のことだった。

 

 カギはそれを聞いて、町があるか周りを見渡した。

そういえばそうだった。何でそんなことに気がつかなかったのだろうか、そう考えながら周囲を眺めた。

 

 

「見渡す限り森と山しかねーじゃねーか!」

 

「……あーこりゃダメだ……」

 

 

 しかし、回りは見渡す限りの山、山、山。森、森、森。はっきり言って人が住んでいるような場所ではなかった。何もなかった。カギはそれを見て、何もないことを叫んだ。

 

 カモミールもそれを見て、今の案が実行不可能であることを理解し、呆然としていた。

 

 

「とっ、とりあえず町を探しやしょう! 町を!」

 

「しかねーかー……」

 

 

 ならば、まずやることは、人がいそうな場所を探すことだった。カモミールはそれを言葉にすると、カギも疲れた表情のまま、その道しかないことを理解し、ぽつりとそれを言葉にした。そして、一人と一匹は町を探しながら、再び魔法世界の空を飛び回るのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギが空中で迷子になっている時と、ほぼ同じ頃。

タルシス大陸にあるテンペテルラにて、一人の男性が誰かを訪ねるかのように、ふらりと現れた。

 

 

「ここ……だな……」

 

 

 その男はアルス。アルスは自分の内に眠る”原作知識”を使い、行方不明となった裕奈を探していた。そう、裕奈が”原作”で働くことになった、このテンペテルラの一つの店を探し、それをようやく見つけ出したのだ。大きな屋根に壁のない建造物。多少南国のような雰囲気のある酒場のような店だった。

そして、その店へと足を踏み入れたのだった。

 

 

「いらっしゃ……あっ!」

 

「よっ、探したぜ」

 

「アルスさん!」

 

 

 そこへ一人の少女が、アルスを店へと迎え入れるために現れ、元気よく挨拶しようとした。しかし、そのアルスの姿を見て、それを中断したのである。

 

 アルスはその少女へと、気軽に声をかけた。まるで知り合いのようなそんな軽いノリだった。

 

 と言うのもそのはず、その少女こそ、アルスが探していた裕奈だった。裕奈はアルスの姿を見て、とても喜びパーッと笑顔を見せたのだ。

 

 

「捜しに来てくれたんですね!?」

 

「まあな、お前はあの二人から預かった、大事な大事な娘さんだからな」

 

 

 裕奈はアルスが現れたことを考え、自分たちを捜してくれていたのだと察した。それを話せばアルスもそれを肯定し、ニヤリと笑って見せた。

 

 アルスにとって裕奈は、友人である明石夫妻から預かった大事な二人の娘。何かあったら会わす顔がないというものだ。

 

 

「あっ、あなたは確か……」

 

「ゆーなのご友人だね。俺は君たちのことも捜していた」

 

「ありがとうございます」

 

 

 するとそこへ、もう一人少女が現れた。それは裕奈の友人のまき絵だ。まき絵はロンドンで道案内をしてくれたアルスを覚えており、アルスを見てそれを思い出したのだ。

 

 アルスもまき絵を見て、裕奈の友人だと理解した。

そして、まき絵やその他の子たちも捜していることを言葉にしたのだ。まき絵はそれを聞いて、笑いながら礼を述べていた。

 

 

「お? その人はユーナちゃんの知り合いか?」

 

「はい! 引率者みたいな感じの人です!」

 

「ほーう、ソイツはよかったな!」

 

 

 すると、椅子に座っていた一人の男性が、裕奈へと話しかけた。

裕奈はその男性に、アルスのことを説明した。男性はそのことを喜び、裕奈たちへ笑いかけた。

 

 

「彼は……?」

 

「あの人はジョニーさん! 行き倒れになった私たちを助けてくれたんだ!」

 

 

 アルスは裕奈へ、その男性のことを尋ねた。

裕奈はそれを悠々と紹介し、恩人であることを説明したのだ。

 

 とは言え、アルスは”原作知識”のある転生者。ある程度のことは理解していた。ただ、”原作どおり”に進んでいるかは彼自身にもわからないことだ。故に、それを確かめるためにも、それを裕奈へ聞いたのである。

 

 

「それは……、どうもありがとうございます」

 

「たまたまだよ! たまたま!」

 

 

 だが、そんなことなどさほど関係ないことだ。アルスはそう考え、ジョニーと呼ばれた男性へと近づいた。そして、裕奈やその友人を助けてくれたことに感謝を述べたのだ。

 

 ジョニーもまた礼を言われて、多少照れくさそうにそれを言葉にした。

行き倒れの少女を助けるなんて、当然のことだ。そう言いたげな表情だった。

 

 

「さてゆーな、どうする?」

 

「んー。さっき中継で知り合いが映って、一ヶ月後にオスティアってところで落ち合おうって言ってたんだよねー」

 

「知り合い?」

 

 

 アルスは再び裕奈へと向き、今後のことについて話し出した。

そこで裕奈は、先ほどのテレビ中継のような映像で、覇王が映っていたことを思い出し、それを言葉にした。

 

 裕奈は先ほど、旅費を稼いだだけでは旧世界へ帰れないことを知った。だが、その時にテレビで覇王が問題ないことをほのめかすような言葉を述べていた。また、ネギや誰かはわからないが、数人のクラスメイトも無事だと言うことを知ったのである。

 

 なので裕奈は、覇王がそこで話したように、一ヵ月後にオスティアで落ち合ってもよいと考えていた。ただ、裕奈はそこで覇王の名を出さず、知り合いと言葉にしてしまった。アルスは知り合いと聞かされ、一体誰だろうかと思い、それを聞き返したのである。

 

 

「そうそう、このかの彼氏の覇王さん!」

 

「びっくりだよねー! あの人もここに来てるなんてね!」

 

「……覇王のヤツが!?」

 

 

 裕奈はアルスの質問に、素直に答えた。

知り合いと呼んだ人物は、木乃香の彼氏である覇王だと。いや、実際は未だ覇王は木乃香を彼女と認めてないし、木乃香も覇王を彼氏とは明言していないのだが。

 

 まき絵もそれを聞き、まさかあの覇王がこの場所にいるなんて、と驚いた様子で語っていた。

何せ覇王は単身でこの魔法世界に乗り込んでいる。そんなことをしているなど、彼女たちには想像できないことだったからだ。

 

 アルスもそれを聞いて、かなり驚いていた。

アルスも彼女たちと同じように、覇王がここに来ていることなど予想していなかったのだ。

 

 

「後東君も元気そうだったよ!」

 

「ん? アイツがどうかしたのか?」

 

「あっ、アルスさんは知らないんだっけ……」

 

 

 また、裕奈はさらにそこで、あの状助がピンピンしていたことをアルスへと話した。

裕奈が最後に見た状助は血みどろで、かなり危険な状態だったからだ。故に、状助が元気そうに画面に映った時は、喜んだのである。

 

 が、アルスは状助たちの近くにいなかったため、それがわからなかった。

状助に何かあったのだろうか、程度にしか察せなかったのである。

 

 なので、裕奈もそれを思い出し、その時のことをアルスへと説明した。

数週間前のゲートでの出来事。状助が瀕死になっていたこと。助けようとしたけどできなかったことを。

 

 

「そんなことが……」

 

「でも大丈夫そうだったし、私も安心したよ」

 

「それはよかった……」

 

 

 アルスは裕奈からの説明を受け、初耳だと言うような驚く顔を見せた。

自分が青いフードの敵と戦っている間に、そのようなことが起こっていたなんてと。

 

 しかし、そんなことがあったけれど、状助は無事な様子だった。裕奈はそれをほっとした様子で言葉にしたのである。

 

 アルスも裕奈の安心した表情を見て、小さく息を吐いてよかったと語りかけた。

状助も仲間だし、その仲間がいなくならずに良かったと、アルスも思っていたのだ。

 

 

「で、どうする? 俺はまだ見つかってない子たちを捜しに行くが……」

 

「私たちはとりあえず、ここで働いてようかなって……」

 

 

 ならば、そこにはもう問題はないのだろう。アルスはそう考え、再び今後のことについて話し出した。

アルスは裕奈たちの無事を見ることができたので、未だ行方不明の子を捜しに行こうと考えた。

だが、裕奈はそれについて行くと言わず、この場所で働くと言葉にしたのだ。

 

 

「なんか私たち人気になっちゃったみたいで、いきなりいなくなったら困ると思うし……」

 

「雇ってくた恩もあるもんね」

 

「……そうか、それならしかたねぇか」

 

 

 裕奈はここで働かせてもらっていた恩を感じていた。それに、気がつけば自分たちがこの店の花になっていることを理解していた。

 

 何せ裕奈たちのことを聞きつけ、遠くからやってくるお客さんもいると言う話だ。それを考えたら、今すぐここをやめて出て行くのは忍びないと考えたのである。

 

 また、それはまき絵も同じであった。せっかく雇っていただいたのに、このままバイバイでは後味が悪い。一ヶ月も期間があるならば、せめて恩としてギリギリまで働くべきだと、二人は考えていたのだ。

 

 アルスはそれを聞いて、ふっと笑って見せた。この子たちは確かに優しくいい子だ。彼女たちは迎えに来た自分よりも、恩を優先しようとしている。そこにアルスは素直に関心したのである。

 

 

「なら、コイツをとりあえず渡しとく」

 

「これは?」

 

「何ですか……?」

 

 

 ならば、これ以上何も言う必要もなければ、無理に連れて行く必要もないだろう。アルスはそう考えて、一つのカードをスーツの内ポケットから二枚取り出し、それを裕奈とまき絵に配った。

 

 それを手に取った裕奈とまき絵は、一体なんだろうかと考えた。なので、二人ともこのカードに何の意味があるのかを、アルスへ尋ねたのである。

 

 

「通信機さ。何かあったら呼んでくれ」

 

「おー! 気が利くー!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 アルスはカードの正体をすぐさま説明した。

その小さな免許証ほどの大きさのカードは、通信機だったのだ。

 

 この通信機は発信機も内蔵されており、持ち主の位置がしっかりとわかる。それだけではなく、カードの表面から立体映像が出て、テレビ電話のように会話が可能なのだ。

 

 裕奈たちはそれを聞き、大いに喜んだ。確かにこれがあれば何かあった時、すぐにアルスに助けを求められる。さらに、アルスが得た情報も受け取れるということだ。

 

 それを考えた裕奈はこのカードを握り締め、中々いきなことをすると笑って述べた。

まき絵も気を使ってもらったことに感謝し、ぺこりと頭を下げていた。

 

 

「なら、一ヶ月前になったら迎えにでも来るか?」

 

「そうだねー。それがいいかもー」

 

 

 アルスはそれを渡しておけば問題ないと思った。そして、それなら約束の時期の前にでも迎えに来て、一緒にオスティアへ向かえばいいかと考えた。裕奈もそれでいいと、アルスの意見を肯定した。

 

 

「いや、その必要はないぜ」

 

「ジョニーさん?」

 

 

 だが、その話を聞いていたジョニーが、その話に割り込んできた。

裕奈は一体なんだろうかと、彼の名を呼んでいた。

 

 

「お嬢ちゃんたちは、俺がそこまで責任を持って送り届けるさ」

 

「……本当によろしいので?」

 

「乗りかかった船ってやつだ。そのぐらい任せてくれ」

 

 

 ジョニーは自らの船で、彼女たちをオスティアへ送ると言葉にした。

アルスはそれを聞いて、本当にいいのかと再度尋ねた。

 

 するとジョニーは笑いながら、その程度なら気にするなと豪語するではないか。

行き倒れになっていた彼女たちを助けたのだから、最後まで付き合ってもいいだろう。彼はそう考えたのである。何せこのジョニー、自分の飛行船を所有しているのだ。それで彼女たちをオスティアへ送ればよいと考えたのだ。

 

 

「……わかりました。彼女たちをよろしくお願いします」

 

「任されよう!」

 

 

 ならば、その言葉に甘えよう。アルスはそう考え、深々と頭を下げて、二人のことを頼み込んだ。

ジョニーもそれを見て、しっかりと二人のことは預かったと宣言した。

 

 また、アルスはそこで内ポケットに手を入れ、何やら取り出そうとした。だが、ジョニーはそれを見て、片手を出して首を横に振り、それを静止した。

 

 アルスはそれを見てスーツから手を引き、再び小さくお辞儀したのだ。まさしく無言の大人の会話だった。一瞬だったが、そこには二人の少女にはわからない、大人の取引があった。

 

 

「いいんですか!? そんなことまで!?」

 

「別に構いやしねぇって!」

 

 

 また、まき絵はジョニーが送ってくれると言ったことに驚き、そこまでしてくれるのかと大きな声で口にした。

ジョニーもまき絵の言葉に、問題ないと笑いながらはっきり言葉にしていた。

 

 

「ただし、たまには酒ぐらいおごってくれよ?」

 

「はーい!」

 

「そのぐらいならお安い御用ですよ!」

 

 

 だが、ジョニーは二人を見て、その見返りを冗談交じりで要求した。

それはたまにでもよいから酒をおごってくれ、というものだった。

 

 まき絵はそれを笑顔で肯定し、とてもいい返事をした。

裕奈も当たり前だと言う様子で、それを承ったのだ。

 

 

「じゃあ、俺は次の街に行く」

 

「うん、ありがとうアルスさん!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 アルスは用事が済んだので、別の行方不明者を捜しに行くと言葉にした。

いつまでもこうしている訳にはいかない。裕奈たちは名残惜しいが、未だ見つかってない子を探さねばならないと考えたからだ。

 

 また、裕奈とまき絵はここまで捜しに来てくれた上に、通信機を渡してくれたことについて、再度お礼を述べていた。

 

 

「一ヵ月後、あっちで会おう!」

 

「オッケー!」

 

「はーい!」

 

 

 そして、アルスは手を振りながら、この店を後にした。裕奈やまき絵も同じように手を振り、元気に別れの挨拶をしながら、アルスが去るのを見送った。ジョニーもその光景を見て酒を飲みながら、小さく笑っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 覇王が全国生放送にてコメントを発信してから数日後。場所は自由交易都市グラニクスから少し離れた荒野のど真ん中にある、古びた遺跡。そこへと二人の人物が、ある人を訪ねてやってきていた。

 

 

「よっ、ネギ先生」

 

「千雨さん、お久しぶりです」

 

「そうだな、久しぶりになるな」

 

 

 その一人は千雨だった。そして、訪ねた人物とはネギだった。千雨はネギへと軽快な挨拶を一言述べた。

ネギはそれを見て、久々に顔を見たと思い、それを口にした。千雨も、ネギと顔を合わせるのは久々だったのに気が付き、そういえばそうだったと言葉にしていた。

 

 

「あっ、法さんもお久しぶりです」

 

「ああ、久しぶり」

 

 

 また、千雨と一緒にやってきたもう一人は法だった。法は千雨のボディーガードとして、ここへ共にやってきたのだ。

 

 ネギはその法にも、小さくお辞儀をして挨拶した。

法もネギへと小さく笑い、挨拶を返したのだった。

 

 

「二人とも、どうしたんですか?」

 

「ネギ先生に朗報を伝えに来たんだよ」

 

「朗報?」

 

 

 ネギは久々に二人に会えたことを喜びつつも、何か用があってここに来たのだろうかと考えた。なので、それを千雨へ尋ねれば、ネギに一つの報告をしにきたと、千雨は静かに言葉にした。ネギは一体どんな報告があるのだろうかと、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

 

「ほれ、この手紙だ」

 

「これは……!」

 

 

 すると千雨は、持ってきた手紙をネギへと渡した。

ネギはそれを受け取り文章を読むと、ハッとした表情を見せたのだ。

 

 一見誰が出したかわからないように、差出人の名前は全てイニシャルとなっていた。また、その内容は全文カタカナで、本当に無事を伝えるのみのものだった。

 

 だが、ネギはその差出人のイニシャルを見て、誰が出したかすぐにわかった。この手紙の送り主は刹那とアスナだったのだ。

 

 

「覇王が大会の魔法世界中に放送される生中継で、色々と話してな」

 

「それを見たこいつらが念報を送ってきたって訳だ」

 

「よかった……」

 

 

 法はこの前の大会で勝利した覇王が、その生中継のインタビューで自分たちの無事を発言したことを説明した。そして、それを見たアスナたちが、自分たちの無事を知らせるために、こうして手紙を送ってきたと、千雨が言葉にしたのだ。

 

 ネギはその手紙を見ながら、その説明を聞いて、喜びと安堵の表情を見せていた。本当に無事でよかった。そう小さく言葉にしながら、感涙していたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは同じく魔法世界のシルチス亜大陸。そのちょうどヘラス帝国とオスティアとの真ん中に位置する場所。森と山に囲まれた美しい光景の中に、一つの水場があった。

 

 ぱしゃりという水がはねる音が、滝が流れる音にまぎれて複数聞こえてきた。そこに三人の少女たちが、美しく流れる滝の下で体を清めていたのである。麗しき少女たちの肢体に水が滴り、よりいっそう光り輝いて見えた。

 

 

「刹那さんと合流できてよかったわ」

 

「私もアスナさんたちと合流できて安心してます」

 

 

 その三人とはアスナと刹那、それにあやかだ。アスナとあやかの組は刹那と無事合流し、再会を喜んだ後だった。二人は再会したことに安堵し、笑いあったのである。

 

 

「しかし、ここへ来て驚きの連続でしたわ……」

 

「確かにそうでしょうね……」

 

 

 ただ、ここへ来る前までは何も知らぬ一般人だったあやかにとって、この数週間は激動の日々だった。見たことも無い怪物や不思議な魔法が飛び交ったり、謎の賞金稼ぎに追われたりと、イベントが盛りだくさんだったからだ。

 

 それをため息を吐きながら言葉にするあやか。刹那もそんなあやかを見て、少し同情する様子を見せていた。

 

 

「さらに言えば、今も驚いてますが……」

 

「ああ、刹那さんの羽根?」

 

「ええ……」

 

 

 だが、あやかはそれ以上に、側にいる刹那にも驚いていた。

何せ刹那は今、文字通り白い羽根を伸ばし、手入れをしていたからだ。何も知らないあやかは、その羽根に大いに驚いていたのだ。

 

 アスナはあやかに何を驚いているのかを少し考え、目の前に広がる刹那の翼のことかと思った。

それをあやかへ言えば、少し硬い表情でその言葉を肯定したのだ。

 

 

「私も最初見た時はびっくりしたわ」

 

「そうでしたの?」

 

「そりゃそうよ」

 

 

 そんなあやかへとアスナが言葉を投げた。

アスナも刹那の翼をはじめて見た時、結構驚いていたということを。

 

 あやかはアスナのその言葉に、本当なのかと尋ねてみた。

わりとこういう不思議なことに慣れている様子のアスナを見て、彼女が驚くほどのことだったのかと。

 

 あやかのそんな疑問視する表情を見て、アスナはしれっと肯定した。

こんなおかしなことばかりの世界を知っていたし体験して来たが、クラスメイトが翼を生やすなんてことははじめての体験だったからだ。

 

 

「でも、何に驚いたかって言えば、とにかく綺麗だったってことね」

 

「……確かに、とても美しい羽根ですわね」

 

「ふっ、二人ともそんな!」

 

 

 だが、アスナは刹那が羽根を生やしたことに大きく驚いた訳ではなかった。刹那が伸ばした翼が、白く輝かしかったからこそ、その美しさに驚いたのだ。

 

 あやかはそれを聞いて、ふと刹那の翼に目をやった。そして、改めて刹那の翼を見て、その綺麗さに心を奪われていた。

 

 ただ、二人に何度も翼を褒められた刹那は、くすぐったさを感じて顔を赤くしていた。

この翼は木乃香もそう褒めてくれたし、今は自分の誇りだと刹那は思っている。しかし、こんなに面と向かって褒められると、流石に恥ずかしいのである。

 

 

「刹那さんの羽根ね、このかが言うにはすごいやわらかくて、もふもふしてるらしいわよ」

 

「へえ、それはよさそうですわね」

 

「そっそれは……!」

 

 

 さらにアスナは木乃香から聞いた刹那の翼の評価を笑顔で話した。

木乃香が言うには、刹那の羽根はとてもふかふかしており、さわり心地が最高だということだ。

 

 あやかも、今すぐその羽根を触りたいという様子のアスナを見て、再び刹那の翼を見てみた。

言われてみればとてもしなやかで手触りもよさそうな翼だ。アスナが触ってみたそうにするのもわかると、あやかも思い始めていた。

 

 その二人を見た刹那は、このままではまずいと考えた。

いや、別に羽根を触るのはいいのだが、触られるととてもくすぐったく気持ちがよいのだ。アスナ一人ならまだいいが、あやかが加わってもふもふと触れたら、変な声を出してしまうと思ったからである。

 

 そんな感じで赤面する刹那を見て、アスナはクスりと笑った。

そして、そんなことはしないと言う様子で、別の話題を振ったのである。

 

 

「そうそう、このかで思い出したんだけど、刹那さん、このかの居場所わかったんでしょ?」

 

「……あっ……はい、何とか……」

 

 

 アスナは先ほどの木乃香の言葉と言うつながりで、木乃香のことを次の話題にした。

刹那は木乃香を必死に捜し情報を集め、ついに木乃香がいると思わしき場所をある程度特定することに成功したのである。刹那もアスナにそれを聞かれ、小さく肯定したのだった。

 

 

「もっと心配してるのかと思ったけど、そうでもないみたいね」

 

「いえ、心配ではあります」

 

 

 また、アスナは刹那の毅然とした態度を見て、大きく心配している訳ではないのかと思った。しかし、刹那も心配していない訳ではなかった。この危険が取り巻く魔法世界に飛ばされてしまったのだ。心配しないはずがないのだ。

 

 

「ですが、このちゃんは十分強いですから……」

 

「……そうね」

 

 

 だが、それ以上に刹那は、木乃香のことを信頼していた。

あの覇王の弟子であり、強くも優しい木乃香だ。この程度の逆境でも、元気にしていると刹那は思っていたのだ。

 

 アスナも刹那と同じことを思っていた。

木乃香は強い。気持ちだけではなく、戦う力も強い。覇王が鍛えたシャーマンだけあって、確かに実力だって申し分ない。アスナもそれを知っていたので、刹那同様大きな心配はしていなかったのだ。

 

 

「まあ、それにこのかにはさよちゃんもついてるはずだしね」

 

「ええ、あの二人ならどのような危機も乗り越えられるでしょう」

 

 

 また、木乃香には持霊となった友人のさよが側についているはずだ。

木乃香はゲートの事件で転移する前、O.S(オーバーソウル)をしていた。つまり、さよが木乃香と一緒にいるのは間違いないのである。

 

 アスナはそれを言葉にし、一人ではないのだから問題ないはずだと考えた。

刹那もそれを聞いてふっと笑い、木乃香のさよの二人ならばどんな障害も切り抜けられるだろうと述べたのである。それほどまでに、二人は木乃香を信頼しているのだ。

 

 

「近衛さんのこと、信頼してらっしゃるのですね」

 

「はい。大切な友人ですから」

 

 

 すると二人の話を聞いていたあやかが、刹那へそれを話した。

話を聞いていると、二人は木乃香のことを随分と信頼しているようだ。特に刹那は木乃香と親しそうであったし、それほど友情が厚いのだろうと察したのだ。

 

 刹那もあやかの言葉に、柔らかい笑みを見せながら、その言葉をはっきり言った。

木乃香は今も昔もとてもとても大切な友達。何かあったら苦しいけれど、それ以上に木乃香なら大丈夫だという確信が刹那の中にはあったのだ。

 

 

「あっ……、そう言えばアスナさん、随分と元気になりましたね」

 

「そ……そう?」

 

「そうですよ。合流した時は、顔には出してませんでしたが、雰囲気はとても暗かったのがわかりましたよ」

 

「そうだった?」

 

 

 そこで刹那は、話をしながら笑顔を見せるアスナを見て、ふと気がついた。それをアスナへ聞けば、ほんの少し慌てた様子で、そのことを尋ね返していた。

 

 刹那はどうしてそう思ったのかを、アスナへと話した。

刹那がアスナたちと合流した時、アスナはとても辛そうな様子だった。表情こそ笑ってはいたが、そこから醸し出ている雰囲気はとても暗く、元気がないのがすぐにわかったほどだった。

 

 アスナはその時のことを思い出すような仕草を見せつつ、とぼけた様子を見せていた。

多分そうだったかも、いやそうだったかな、そう言い訳したそうな感じだった。

 

 

「ふふ、東さんが生きてるのを知れて、安心したのでしょう」

 

「やはりそれでしたか……」

 

「う……、まあ、そうだけど……」

 

 

 あやかもその二人の話に乗っかり、口に手を当てて小さく笑いながら、アスナが元気になった理由を口にした。

その理由は難しくはない。あの状助が生きていたからだ。元気な様子で姿を見せてくれたからだ。

 

 と言うのも、アスナはこの前、全魔法世界に中継された覇王のインタビューで、状助が映っているのを目撃したのだ。それを見たアスナは大いに喜び、涙するほどだった。また、あやかも同じぐらい喜び、二人は感激のあまり抱きしめあったほどのことだった。

 

 刹那もその場を目撃しており、あやかの言葉を聞いてやはり、と思っていた。

元気になる要素があるならば、それ以外考えられなかったからだ。

 

 アスナも少しばつが悪そうにしながらも、正直にそれを肯定した。

状助が生きて元気だったのを見れて、心の奥底からよかったと思えたのは事実だ。それで元気を取り戻し、オスティアで再会を果たしたいと思っているのも事実だからだ。

 

 それに、あの状助が生きてくれていた、元気でいてくれた、それが知れただけで、アスナは十分だったのだ。

オスティアに行けば会えるのだから、急ぐ必要はない。元気でいてくれるのなら、それでいいのだ。

 

 

「いいんちょだって、ネギ先生が無事だって聞いて、喜んでたでしょ?」

 

「当たり前ですわ! ネギ先生に何かあったらと思うと……」

 

「あー、はいはい」

 

 

 そこでアスナは話をそらすように、今度はあやかへ言葉を投げた。

あやかもネギの無事を聞いて、とても喜んでいた。実際は状助の無事もそれと同じぐらい喜んでいたのだが。ただ、状助は状助、ネギはネギ。別腹なのである。

 

 あやかはそれを当然だと豪語した。

敬愛するネギが無事だったのだから、それ相応に喜ぶのは当然であると。むしろネギに何かあったら、アスナほどではないにせよ相当凹むだろうと、わざとらしく泣いた振りを見せていた。

 

 アスナはそんなあやかを見て、いつものが始まったと考えた。

なので手をヒラヒラさせて、邪険な言葉を投げたのである。

 

 

「なっ、なんですの! その態度は!? 私は真剣にネギ先生を心配してますのに!」

 

「いつも通りの態度だと思うけど?」

 

 

 あやかはそんな態度を見せたアスナに、ムッと来たのかプンプンと怒り出した。

が、アスナはそれはいつものことだと冷めた態度で接していた。

 

 

「その態度、いつ見ても気に入りませんわ!」

 

「別に気に入られようともしてないけど……」

 

「言いましたわね!!」

 

「まあまあ、二人とも……!」

 

 

 あやかもいつも見るアスナの態度に苛立ちを感じ、その怒りを叫びと共に放出した。

逆にアスナはやはりと言うか、冷淡な態度であやかをあしらうように、なんともないと言った様子を見せていたのだ。

 

 あやかはアスナのその態度に本気で怒ったようで、食って掛かろうかと言うほどまでになっていた。それを見かねた刹那は、あやかを宥めようと焦りながら声をかけていた。

 

 ただ、怒りを見せるあやかだったが、内心は嬉しくも思っていた。普段通りのアスナが戻ってきたことで、安心と喜びを感じていたのである。故に、怒っているはずなのに、何故か口元は笑っていたのだ。

 

 刹那も同じような気持ちだったようで、焦りながらも小さく笑って見せていた。アスナはそんなおかしな二人を見て、同じように笑って見せていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 刹那たちが水浴びをしている場所から少し離れた森の中にて、一人の男が薪割りをしていた。この薪割りに意味は無く、ただの暇つぶしのようだ。

 

 その男こそ、刹那のサーヴァント、バーサーカー坂田金時。バーサーカーは刹那と共に転移され、ずっと一緒だった。そして、このバーサーカーもアスナたちと合流したのである。

 

 

「ゴールデンな一日は元気な薪割りからはじまる」

 

 

 刹那たちは今、水場で水浴びをしている。男たるバーサーカーがそこにいるのは気まずい。いや、むしろそう言うのが苦手なバーサーカーにとって、非常に目に毒な光景だ。故に、一人近くの森の中で、暇つぶしとして薪割りを楽しんでいたのだ。

 

 バーサーカーは自慢の宝具、黄金喰い(ゴールデンイーター)を使って、器用に力強く薪を割っていた。むしろこの宝具は鉞である。形こそ派手でゴツゴツしているが、鉞なので当然薪割りもこなすのである。

 

 カッツーン、カッツーン。薪が簡単に割れる音が森に響いた。むしろ森は静まっており、その音以外の音はなかった。本当に誰もいない、静かな森だった。

 

 

「ってなぁ……。そう思うだろ? あんたも……よぉ!!」

 

 

 だが、そこでふとバーサーカーは、薪を割るのをやめ、森の木々へと話しかけた。

バーサーカーが薪を割るのをやめたため、森は再び静まり返っていた。さらにバーサーカー、その誰もいない場所へと、割った薪を勢いよく投げつけたのだ。

 

 

「はれー? なしてバレてしもうたん?」

 

「ハッ、その程度の気配ぐらいお見通しだぜ!」

 

 

 すると、薪はすっぱり真っ二つとなり、そこへ一人の少女が現れたではないか。その少女は長髪で眼鏡をしたかわいらしい少女だった。だが、それとは裏腹に、何やら凶気がにじみ出ている、そんな少女だった。

 

 そう、この少女こそ、修学旅行にて刹那たちを襲ったものの一人の月詠だ。月詠は気配をしっかり消していたというのに、自分がいるのがばれて驚いた様子を見せていた。

 

 が、バーサーカーはなんとも無いといった態度で、月詠にそれを豪語した。

いくら隠れていても、俺の目はごまかせないぜ、そんな感じに笑っていた。

 

 

「で? どんな用だ?」

 

「センパイの様子を見に来ただけですえー」

 

 

 バーサーカーはそこで、月詠へと、一体何しに来たと質問した。

はっきり言えば愚問ではあるし、バーサーカーもそんなことなどわかっていた。だが、戦うにせよ何にせよ、敵の目的を知ることは悪くない。バーサーカーはそう考え、それを尋ねたのだ。

 

 その問いに月詠はのほほんとした態度で答えた。

緊張感の無い声で、しれっと刹那を見に来ただけだと言い出したのである。

 

 

「先輩だぁ? ああ、テメェが大将が言ってた二刀流のヤツか!」

 

「センパイがウチのことを……? ふふふ、それはうれしいわぁ~」

 

 

 バーサーカーは月詠が言った先輩が誰なのか、一瞬わからず考えた。

そして、刹那(大将)が話していた二刀流の神鳴流の使い手であることを思い出した。自分を神鳴流の使い手の先輩として、そう呼ぶ女剣士がいることを、バーサーカーは刹那から教えられていたのだ。

 

 それを聞いた月詠は、あの刹那が自分のことを話していたということを嬉しく思った様子だった。

顔を紅潮させ、身体を震わせ、全身でそれを感じていた。

 

 

「だがよ、残念ながら大将は今、取り込み中なんでな」

 

「ふふふ……、そうやなー……」

 

 

 バーサーカーはそんな月詠を妙でデンジャラスなヤツだと思った。

話には聞いていたが、いざそれが目の前に現れれば、よくわかるというものだ。

 

 それでバーサーカーは思った。

こりゃあれだ、生粋の狂戦士か何かだ。たまにいる死闘に愉悦を感じちゃうアレなヤツだと。だが、あえてその辺りは無視し、その刹那ならば今ここにはいないと言葉にした。

 

 月詠はそこで何か考えるような素振りを見せ、何やら悩んでいた。

 

 

「そこのお兄さんもおいしそうやけど……、あいにくお預けくろうとる身やしなあ」

 

 

 そして、月詠はバーサーカーをちらりと見て、こっちに相手をしてもらってもよさそうだと思った。

中々のマッスルボディだけではわからない、それに隠れた人ではない何かを、月詠は感じ取っていた。

 

 しかし、月詠はアーチャーから、むやみに戦うことを禁じられていた。と言うのも、月詠は別に戦いに来た訳ではなかった。ちょっと刹那の様子を見て、どんな感じかを確認しに来ただけだった。また、敵情視察と言う意味もあったが、戦えなければ月詠にとっては何の意味も無いことだった。

 

 それにアーチャーからは、時が来たら存分に戦わせてやる、と約束していた。故に、それに素直に従い、刹那と戦いたいのをぐっと我慢しているのである。

 

 しかも、刹那の様子を見にやってきたのはいいが、目の前にはゴッツイ筋肉質のお兄ちゃんが見張っているではないか。こりゃ近づくことも難しいと考えた月詠は、撤退しようか迷っているところで、バーサーカーに見つかったのである。

 

 

「今日のところは、残念やけども引かせてもらいましょか」

 

「なんだよ。バトりに来たんじゃねぇのかよ」

 

「そうしたいんけどな、やったらあかんて言われてしもうとるんですわー」

 

 

 どうせ戦えないし、目の前のマッチョに邪魔されるし、刹那には会えそうに無いし、こりゃもう駄目だ。

そう考えた月詠は、撤退を宣言した。

 

 バーサーカー少し拍子抜けした様子で、戦わないのかと尋ねた。

ここまでくりゃ普通戦うぐらいはするんじゃないのかと、バーサーカーは思ったのである。

 

 いや、月詠も目の前のバーサーカーとも斬りあいたい本気で思っている。

だが、アーチャーからダメだと言われているので、仕方ないと諦めているのだ。

 

 

「へっ、だいぶ律儀なもんで」

 

「うふふ、一応雇われた身やからねー。依頼者の命令は従うもんやろ?」

 

「まあ、そうだろうがな」

 

 

 バーサーカーはそれを聞いて、やけに律儀だと感じた。誰かに命令されていたとしても、ちょっとぐらい戦ってもいいんじゃないか、と思わないのかと思ったのだ。

 

 それでも律儀にアーチャーの命令を守る月詠。雇われの身故に、そう言うことはしっかりするべきだと言葉にしていた。

 

 確かに月詠の言っていることは当然だ。

バーサーカーもそう考えた。その通り、間違ってはいない。命令とあらば聞かねばならぬこともある。バーサーカーも生前(かこ)の事柄から、それをしっかり理解はしているのだ。

 

 

「では……、おおきにー」

 

「だが、逃がす訳にはいかねぇよな!」

 

 

 なので、ささっと撤退しようと懐から札を取り出し、月詠はさようならを述べた。しかし、バーサーカーもすでに地面を蹴り上げ、月詠の方へと突撃をしかけていた。

 

 

「ひゃっきやこー!」

 

「チッ! 目くらましか!!」

 

 

 だが、月詠はさらに別の札を取り出し、それを放り投げた。するとそこから大量のファンシーな式神が、月詠を覆いつくしたではないか。

 

 バーサーカーもこれには少し焦った。敵の姿が見えなくなると言うのは、何があるかわからないからだ。

 

 

「だったらよ!! 黄金衝撃(ゴールデンスパーク)!!!」

 

 

 大量の式神が邪魔ならば、一瞬で吹き飛ばせばいい。バーサーカーはそれをすぐさま考え出し、自慢の宝具である黄金喰い(ゴールデンイーター)を三度小さく振った。

 

 その振った衝撃でトリガーのスイッチが押され、黄金喰い(ゴールデンイーター)に装着されている雷カートリッジが三つ炸裂した。そして、そのまま勢いよく真下へと、その黄金喰い(ゴールデンイーター)を振り下ろせば、すさまじい雷が地面をえぐり吹き飛ばしたのだ。

 

 いや、吹き飛ばしたのは地面だけではない。大量にいた式神も全て吹き飛ばされ、一瞬で消滅し、視界が戻ったのである。

 

 

「ッ! ……転移か何かで逃げたっつー訳か……」

 

 

 だが、すでに月詠の姿はそこにはなく、逃げた後だった。これほどまでにすばやく消えるのは、転移の符を使ったのだとバーサーカーは考えた。

 

 

「流石のオレも転移されちまったら、追うにも追えねぇってもんだぜ……」

 

 

 しくじった、バーサーカーはそう思った。

しかし、時既に遅し。逃げられたんじゃ仕方が無い。それに転移されたとあれば、追尾することも不可能だ。実際は転移を追尾する魔法も存在するが、バーサーカーは無論使えない。完全にお手上げというものだ。

 

 

「まったくもって、恥ずかしいところを見られちまったみてぇだな?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 敵を逃がしたことにしくじったと感じながら、バーサーカーはあさっての方向へと話しかけた。すると、今度は甲冑を装備した騎士らしき人物が二人、すっと現れたのである。

 

 

「何者だ? あんたらは?」

 

「我々はメトゥーナト様に仕えし騎士です」

 

「あなた方の味方です」

 

 

 現れた騎士風の人物二人へと、バーサーカーは向きなおした。そして、その二人へと、一体誰なのかを威圧しながら質問したのだ。

 

 二人の騎士風の人物は、そこで自分たちの正体を説明した。あのメトゥーナトの部下の騎士であり、味方であると。

 

 

「めっ……? 誰だ?」

 

「ああ、そうでした……。旧世界(あちら)ではその名は使われてないのでしたね」

 

「来史渡、銀河来史渡ですよ」

 

「ああ、あの男か」

 

 

 だが、バーサーカーはメトゥーナトと聞いても、ピンとこなかった。誰だっけそれ? そんな顔で再びそれを尋ねたのである。

 

 騎士の方もうっかりしていたと言う態度を見せながら、それを答えた。

メトゥーナトは旧世界では銀河来史渡と名乗っていた。そのことを思い出した騎士は、その名を口にしたのである。

 

 それを聞いたバーサーカーは、ようやく合点がいった様子だった。そういえばそんな男が自分の近くにいたな。マスターである刹那の友人の親代わりをしている男だったな、と思い出したのだ。

 

 

「で? その部下が何の用だ?」

 

「我々はメトゥーナト様から、あなた方の護衛を任せられました」

 

「影ながらあなた方を守護するのが役目」

 

 

 ある程度目の前の騎士が何者なのかはわかった。なら、その部下がここに来て何をしているのだろうか。それを疑問に思ったバーサーカーは、次にそれを尋ねた。

 

 騎士はその上司であるメトゥーナトから、アスナたちの護衛のためにここに来たとはっきり説明した。

ただ、近くにいながらも彼女たちに悟られぬように護衛しろと指示されたため、姿を現すことはしなかったとも言葉にした。

 

 

「……失礼、私の名はスパダ。先ほども述べたように、メトゥーナト様に仕える騎士です」

 

「同じく、私はグラディ」

 

「自己紹介か、忘れてたぜ。オレはバーサーカー、坂田金時。よろしく頼むぜ」

 

 

 そこで騎士は先ほどは自分たちの立場を説明したが、名乗り上げてなかったことを思い出した。

故に、一言謝罪を述べた後、自らの名前を堂々と名乗ったのだ。

 

 バーサーカーも彼らの堂々とした名乗りを聞いて、自分も忘れていたと考えた。

なので、バーサーカーも自らの真名を名乗ったのである。

 

 本来ならば、サーヴァントが自ら真名を名乗ることは自殺行為に他ならない。しかし、バーサーカーは目の前の騎士二人の堂々とした名乗りに、無礼であってはならないと思った。別に目の前の二人を信用した訳ではないが、ここで自分の真名を名乗っておかなければ格好がつかないと、バーサーカーは考えそれを実行したのだ。

 

 

「話を戻しますが、我々はその任務のために、先ほどの女性を監視し追っていたのですが……」

 

「今の雷の光で、見失ってしまった……」

 

 

 そして、二人の騎士は彼女たちに近づく不穏な女性、月詠を監視しながら追っていた。敵対行動をするというのなら、すかさずその女性と戦い捕獲しようと考えていたのだ。

 

 だが、それは目の前のバーサーカーの攻撃によって不可能となってしまった。バーサーカーの宝具のはげしい雷で、その女性を見失ってしまったのだ。

 

 

「おう、あんたらも今のを追ってたって訳か」

 

「はい」

 

「……そいつぁ悪いことしちまったかな」

 

「それは?」

 

 

 バーサーカーはそれを聞いて、少しばつが悪そうな様子を見せた。

あ、やべぇ。あれ俺がやった技だ。そう思いながら、そのことをバーサーカーは聞いたのだ。

 

 騎士はそれに静かに頷き、一言肯定の言葉を述べた。

すると、バーサーカーはさらに居心地が悪そうな様子を見せながら、謝罪するような言葉を述べ始めたのである。騎士は一体どうしたのかと思い、それをバーサーカーへと尋ねた。

 

 

「いやな……、オレが今のに逃げられたって訳でな……。すまねぇ……」

 

「そうでしたか……」

 

「お気になさらず。我々でもうまく捕まえられた保障はありませんので……」

 

 

 バーサーカーは自らの失態を恥じる様子で、その相手は今さっき自分が逃がしてしまったと話した。月詠の行動は逃げに徹していたので、たとえ誰であっても逃げられた可能性は高い。だが、自らの失敗は反省するべきだとバーサーカーは思い、悪いことをしたと頭を小さく下げていたのだ。

 

 二人の騎士も状況がわかってきたようで、バーサーカーの言葉に納得していた。また、気を落とすバーサーカーへと、励ますような言葉をかけたのだった。

 

 

「まっ、確かにそうかもしれねぇし、逃げられたんならしょうがねぇ。だったら、次来たらとっ捕まえるだけだぜ」

 

「その通りです」

 

「それがいいでしょう」

 

 

 見知らぬ二人に励まされたバーサーカーは、気を使わせてしまってるのも悪いと思った。

なので再び元気を取り戻し、失敗を悔いたならば次に成功させれば言いと、はっきり断言したのだ。

 

 騎士二人も、バーサーカーの言葉に感化され、肯定していた。

そうだ、それが一番だ。次があるならば、その次に今の失敗を生かせばいいと、二人も思ったのである。

 

 

「では、我々は再び闇に紛れますので……」

 

「このことは、彼女たちには内密に……」

 

「おう、任せとけって!」

 

 

 そして、騎士二人は再び姿を隠すと述べ、すっと闇へと消えていった。最後にバーサーカーへと、自分たちのことを内緒にしておくよう述べると、影の転移魔法(ゲート)に沈んでいったのだ。ただ、転移したと言ってもこの付近であり、遠くには行ってはいないのだが。

 

 バーサーカーも消えていく二人を見ながら、その約束にはっきりとOKの返事をした。

まあ、今の騎士二人が敵という訳でもなさそうだし、そのぐらいは任せておけ、という感じだった。

 

 

「……しっかし、大将たちはまだ水浴びしてんのか? 長ぇなあ……」

 

 

 完全にこの場から去った騎士を見たバーサーカーは、そこで小さなため息を吐いた。

と言うのも、さっきからずっと刹那たちが水浴びを終えるのを待っているのだ。女性だからと言うのもあるが、流石に長すぎると思い始めていたのだ。

 

 だがその後、ものの数分もしないうちに、刹那たちはバーサーカーの下へとやってきた。バーサーカーが放った宝具の雷の光と轟音に気が付き、何かあったと考え駆けつけたのだ。

 

 バーサーカーは騎士二人のことを省きながら、何があったか説明した。そして、とりあえず目的の場所であるオスティアへと、さらに気を引き締めて行くことにしたのであった。

 

 


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