理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百三十話 一元カズヤ

 覇王たちが拳闘大会に出場してから、ネギと小太郎がラカンの下で修行を始めてから一週間が経った。

 

 覇王は当然のごとくその大会で無双し、勝利の星を思うがままに集めていた。状助もある程度大会で戦うようになり、多少なりに気の操り方を理解し始めていた。

 

 それとは違う大会で、数多も無敗を誇っていた。転生者が多くいる中でも、数多はそれを寄せ付けぬほどの強さだった。しかし、本人はそれで満足してはいなかった。学園祭で現れたあの氷の男のことを考え、さらなる力を欲していたのである。

 

 三郎や法も覇王の指南の下、気の習得にいそしんでいた。どちらも状助以上に上達が早く、すでにどちらも瞬動を操れるようになっていたのだ。状助はそれを見て羨ましがりつつも、自分は自分のペースでと考え、ゆっくり上達していこうと思っていた。

 

 千雨や和美は街で聞き込みなどで情報収集を行いながら、未だ行方知らずの仲間を捜していた。亜子とアキラと夏美の三人も、闘技場内で接客や配給などの仕事を行いながら、少しずつこの場に慣れていった。

 

 また、ラカンとの修行を行っているネギと小太郎も、かなり上達をしていた。小太郎はラカンとの殴り合いなどで、日に日に動くを良くして行った。それ以外にも、狗神の使い方などもうまくなっていたのである。

 

 ネギも数日で術具融合を完成させ、動かせるようになっていた。だが、動かせるようになっただけで、未だ確固たるイメージができあがってなかった。どうすれば守りを鍛えられるのかをラカンに殴られながら、必死に模索する日々を送っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一人、森をさまよう男がいた。男は右腕を左手で抑えながら、苦しそうに歩いていた。数日間食事すらしてないようで、足元はフラフラしていた。もはや限界の様子だった。

 

 その男の名はカズヤ。カズヤは法たちとは違う場所に飛ばされ、いく当ても無くさまよっていたのだ。腕は能力の使いすぎで常に激痛が付きまとい、右腕は動かせないほどになっていた。

 

 そして、カズヤはついに倒れてしまった。肉体的に限界だった。それでも、それでもカズヤは心の中で抗っていた。死んでたまるか、ここでのたれ死ぬものかと、気持ちをくすぶらせていた。その苦しみに抵抗するように、カズヤは諦めようとはしなかった。

 

 だが、それもむなしく、カズヤはそのまま動かなくなってしまった。能力の使いすぎと体力の消耗で、カズヤの体は動かなくなってしまった。

 

 このままこの男が終わってしまうのだろうか。ここがこの男の終着点なのだろうか。いや、そんなはずはない。だってこの男は、動かない体を動かそうと必死に抗っているのだから。終わってたまるかと、心の中で叫んでいるのだから……。

 

 

…… …… ……

 

 

 カズヤは暗闇を歩いていた。ここはどこだろうか、そう思った。そこでふと、周囲を見回せば、周囲が真っ赤に光り輝いた。それはまるで溶岩のような、そんな灼熱の炎だった。カズヤはそれを見て必死で逃げた。流石のカズヤもそんなものに触れれば、焼け死ぬからだ。

 

 だが、逃げても逃げてもその炎はカズヤを追ってくる。そして、最後にその炎は、カズヤを囲い込んだのである。もはや逃げ場を失ったカズヤ。そこでアルターを使おうと考えたが、何と言うことか、ここではうまく使えなかった。

 

 カズヤはとうとう、その炎に呑まれてしまった。焼ける身体、燃える肉体。カズヤはその炎で一瞬にして火達磨となってしまったのだ。

 

 熱い、熱い、熱い。身体がどんどん熱で焼けていく。それをカズヤは実感していた。夢だと言うのに現実味に溢れていた。

 

 また、その溶岩のような炎を浴びて、カズヤはふと思い出した。ああ、これは自分が”前世で死んだ時と同じ”だと。そう、この炎は溶岩ではなく、灼熱に熱された溶けた鉄だったのだ。

 

 それを思い出したところで、カズヤは炎の中に消えていった。苦痛も徐々に消え、これが死であることを理解しながら、カズヤはさらに深い闇へと飲み込まれてしまったのだった。

 

 

「……! ここは!?」

 

 

 カズヤは今の悪夢から、飛び起きるように目を覚ました。

すると周りの景色が一変しており、木々が鬱蒼とした森から、どこかの家の木でできた壁となっていた。また、今いる場所はベッドの上であり、誰かが自分を発見し、助けてくれたのだと理解できた。

 

 

「あっ、起きました?」

 

「……あんたは?」

 

 

 そこへ一人の少女が片手にポットを持って、その部屋へと入ってきた。茶色のふわりとしたセミロングの髪をした、何の変哲も無い10代前半ぐらいの少女だった。

 

 カズヤは少女を見て、誰だろうかと思った。ただ、ここの家の主なのだろうということは察しがついていた。

 

 

「私はミドリ。新芽ミドリ。アナタは?」

 

「……カズヤ。一元カズヤだ……」

 

 

 その少女はカズヤにそれを聞かれ、すぐさま答えた。少女の名はミドリと言った。そして、カズヤにもそれと同じ質問をし、カズヤもそれにしっかり答えたのである。

 

 

「ここはどこなんだ?」

 

「ここはシルチス亜大陸の北東にある、ポケモンの里」

 

 

 さらにカズヤは質問を続けた。この場所が一体どこなのだろうかという、至極当然の質問だった。

ミドリはそれをそっけなく、静かに答えた。この場所がどこにあって、どんな場所なのかと。

 

 

「ポケモン? あのか?」

 

「そう、あのポケモン」

 

 

 ポケットモンスター、略してポケモン。成長すると進化を遂げる、すさまじい生命体。未だ多くの謎に包まれた生物は、本来この世界(ネギま)には存在しない、ありえない生物だ。

 

 しかし、この世界に転生した転生者たちが、そのモンスターを特典として選びつれてきた。故に、その謎の生物はこの世界に存在することになったのである。

 

 

 カズヤはポケモンと聞いて、再度聞き返していた。

ポケモンと言えば前世でも見た、あのゲームのことだからだ。自分もやった、あの有名なゲームだったからだ。

 

 ミドリもそれに、彼が知っているものと同じだと言葉にした。

ポケモンと言えば、あの摩訶不思議な生き物が出てくるゲームだと。そして、そのモンスターのことだと。

 

 

「そうか、あんたも俺と同じ……」

 

「そのとおり、私もアナタと同じ転生者」

 

「……で? それならどうする?」

 

 

 また、今のでカズヤは目の前の少女が、自分と同じ転生者だということに気が付いた。

ミドリもまた、それを知っているカズヤを見て、目の前の男子が転生者だと言うことがわかった。

するとカズヤは、自分が転生者ならば次はどういう対応をするのかと、挑発的に言葉を投げたのである。

 

 

 

「どうもしないけど?」

 

「はぁ? 俺は転生者、危険なヤツかもしれねぇだろ?」

 

「アナタは危険なの?」

 

「さぁな……」

 

 

 だが、ミドリは特に気にした様子もなく、何もしないと言うではないか。

カズヤはその言葉に拍子抜けし、もしも自分が”ゲートを襲った連中”のような危険な転生者だったらどうするんだと話した。

 

 そこでミドリは逆にカズヤへと、そちらが危険なのかときょとんとした顔で質問したのだ。

カズヤは顔をそっぽ向いて、はぐらかすように一言だけ述べたのだった。

 

 

「ぐっ……うっうぐ……」

 

「右腕、動かさない方がいいと思うけど……」

 

「見たのか……?」

 

「ええ、仕方なく」

 

 

 カズヤはそこで体を動かすと、右腕から想像を絶するすさまじい激痛が起こり、激しい電撃を受けたかのような感覚が体を駆け巡った。ミドリはその苦痛にゆがむカズヤを見て、一言だけ忠告したのである。

 

 そこでカズヤは右腕を押さえその痛みと戦いながら、ミドリに腕の惨状を見たか尋ねた。

ミドリは当然それを見たと言葉にした。

 

 既に右腕はアルターによってかなり侵食されており、全体的に亀裂が発生していた。その亀裂はもはや服では隠せないほどとなっており、ミドリはそれを不思議に思って見てしまったのである。

 

 

「その腕、どうしたの?」

 

「力を使いすぎただけさ。気にすることじゃねぇよ」

 

「そう……」

 

 

 ミドリはその腕がどうしてそうなったのか、とても不思議に思った。

それをカズヤに尋ねえれば、”特典(ちから)”を使いすぎただけだと、腕を眺めながら言葉にした。

ミドリはそれだけを聞くと、それ以上何かを聞こうとはしなかった。

 

 

「そういや大人はどこにいるんだ?」

 

「買出し。ここは辺境の村だから、大人の人は月に一度買出しに出かけるの。数日は戻ってこないよ」

 

「へぇ、そうかい」

 

 

 そこで今度はカズヤの方からミドリへと質問をした。

それはとても素朴な疑問だった。カズヤは先ほどから、大人の姿がまったく見当たらないことに気がつき、それを尋ねたのだ。自分のようなよくわからない謎の人物を招いたというのに、誰も大人が出てこなかったからだ。

 

 するとミドリはそれに答えた。大人は月に一度、買出しに出かけていなくなると。と言うのも、ここは随分と辺境の場所にある。わざわざ街まで出かけるには、かなり距離があるのだ。なので、月に一度大量に買出しを大人たちが行い、それを保存して生活しているのだ。

 

 カズヤはその問いに、そうなんだ、程度の感想を述べた。

つまるところ、今ここにはミドリぐらいしかいないと言うことだけはわかったのだ。

 

 

「で、あんたはそれで寂しくねぇのか?」

 

「別に? 私にはこの子たちがいるから」

 

「そいつは……」

 

 

 カズヤはさらにさらに質問を続けた。大人がいなくて寂しくないのかと。とは言え、相手も自分と同じ転生者。半分は冗談みたいな質問だった。

 

 また、ミドリも特にそのあたりは気にしてなかった。

何故なら、そこには自分が家族同然だと思う生き物が、ずっと側にいたからだ。

 

 ミドリがそちらへ目を向けると、カズヤもその方に目を向けた。

すると、そこにはつぶらな瞳をした茶色の毛並みがフカフカした、一匹の生物がいたのである。

 

 

「この子はイーブイのブイ。アナタを見つけたのはこの子なのよ? 感謝してあげてね」

 

「そりゃ助かったぜ。ありがとな」

 

 

 それはポケモンと呼ばれる生き物の一種だった。イーブイ。しんかポケモンと言う分類の、数種類ものポケモンに進化する可能性を持つ、珍しいポケモンだ。しかも、ただ珍しいだけではなく、見た目もかわいらしい小柄なポケモンである。

 

 このイーブイはミドリの手持ちの一匹だった。また、ミドリはこのイーブイこそ、カズヤの真の命の恩人だと言葉にした。そう、このイーブイがカズヤを発見し、カズヤはそれで助かったのだ。

 

 そして、大人たちが安心して買出しに出かけることができるのも、このようなポケモンが彼女の側にいるからということもあったのだ。

 

 するとそのイーブイは、カズヤへと近づいていった。カズヤはベッドから降りてしゃがみこみ、イーブンへと感謝しながらその頭をそっと左手で撫でたのである。また、イーブイは撫でられたのが気持ちいいのか、目を瞑って嬉しそうにしていた。

 

 

「なあ、ここのポケモンは全部あんたのなのか?」

 

「違うわ。ほとんどが逃がされて行き場を失った子たちばかり」

 

「逃がされて……?」

 

 

 また、カズヤはさらにさらに質問を言葉にした。

ふと窓から外を見れば、生前見慣れたポケモンが、元気に走り回ったりしている。それだけではなく、気がつけばこの部屋にはイーブイ以外にも、小型のポケモンが何匹かいたのだ。

 

 ミドリはその当然の問いに、違うと話した。

ここにいるポケモンは、確かに自分が”特典でつれて来た”子もいる。だが、それ以上に、”自分と同じような転生者が逃がした”子の方が圧倒的に多いと。

 

 カズヤはその”逃がされて”という言葉に疑問を覚えた。

なので、もう一度それについて、ミドリへと聞いたのだ。

 

 

「そう、ボックスから逃がす、と言う作業。でも、この世界にそれはないから、ただ単に捨てられてるってだけ」

 

「何故、そんなことを……?」

 

 

 ミドリはその”逃がす”そのものを、悲しげな表情で説明した。

”逃がす”とは、本来ポケモンのゲームで、預けられたパソコンのボックスから、逃がすを選ぶことだ。だが、それはゲームでの話であって、現実ではない。つまり、ここでの逃がす行為とは、捨てるという行為なのである。

 

 カズヤはどうしてそんなことをするのか、まったくわからなかった。自分が持ってきたのならば、逃がすなんておかしいと感じたからだ。だから、それをミドリへと聞いたのだ。

 

 

「戦いに不利な能力を持って生まれた子たちは、不要と言われて捨てられるのよ。転生前のゲーム内で何度も見た光景……」

 

「……じゃあ、こいつらは……」

 

「そう。捨てられたかわいそうな子たちよ……」

 

 

 彼らはポケモンを育成した。育成できる環境を整えた。たまごと呼ばれるものを出現させ、孵化させることにも成功した。

 

 だが、その弊害は小さくは無かった。そのせいで、気に入らない能力のポケモンは、捨てられるようになってしまった。ポケモンには複雑な能力が絡み合っている。それが一致しないポケモンを、人々は不要として野にはなったのだ。

 

 哀れに捨てられたポケモンたちは、行き場を失った。そのままのたれ死ぬか、あるいは他の生物に食われるか。または、その強大な能力を駆使して、生き残るかであった。

 

 この現状、本来ならば”ゲーム内”で何度も見られた光景だ。ゲームの中ならば、”逃がした”ポケモンはただ消えるだけだ。

 

 しかし、ここはゲームではない。現実に起こっていることだ。それでも逃がす人々は、単純にゲームと現実との区別がついていないのである。いや、転生者にはそのような人も少なくは無いのが現状なのだ。

 

 それをミドリは、心苦しそうに話した。

ゲームの中ならば、仕方ないと思う部分もある。誰もがやっていた。だが、それが現実になるとすれば話は別だ。まるで増えたペットを捨てる感覚。それと同じことなのだと、ミドリはそれを知ったのだ。

 

 カズヤはそれを聞いてハッとし、周囲を見渡した。

ここでのポケモンたちは、みな嬉しそうだった。それでも、捨てられたという事実を、カズヤはそこで理解したのだ。

 

 ミドリもそのカズヤの言葉を、寂しそうに肯定した。

そうだ、ここにいるポケモンは、基本的に捨てられたものばかりだ。”おや”に捨てられ、帰る場所を失った、かわいそうな子たちなのだと。

 

 

「私たちはここで、そんな子たちを保護してるの」

 

「そうかい……」

 

 

 そんな現状を見て、なんとかしなければと立ち上がったのが、この里に住まう転生者たちだった。彼らもまた、ポケモンを特典としてつれてきたものたちだった。ただ、その現状に悲哀を感じ、何とかしなければと思ったのである。

 

 そして、彼らは捨てられて路頭に迷うポケモンたちを保護し、この施設で世話をすることにした。これはポケモンが魔法世界の生態系を、破壊するのを防ぐことにもなっているのだ。ミドリはこの施設で生まれた転生者の一人だったのである。

 

 カズヤはそれを聞いて、無関係だと言う様な返事を一言だけ投げた。

ただ、カズヤはカズヤなりに思うところがあるようで、目の前のイーブイを優しく何度も撫でていたのだった。

 

 そこで部屋にいた一匹のポケモンが、その部屋にあるテレビのスイッチを入れた。この部屋に入るとそれをする癖があるようだ。

 

 

『こんにちはー覇王さん。今日は全国生中継ですよ』

 

『へぇ、全国中継か』

 

 

 すると、立体映像が宙を浮いてついたではないか。それこそ魔法世界で普及しているテレビである。

 

 その画像はある映像を映していた。それはなんと、拳闘大会の中継だった。さらに、そこの映っていたのは、なんとあの覇王だったのである。

 

 

『麻帆良学園女子中等部、3-Aのみんな、見ているかな? 知っているかもしれないけど、僕は覇王。木乃香の友人さ』

 

 

 映像の中の覇王は、何やら情報を発信するかのように、言葉を述べていた。

そう、覇王は行方不明者になった子たちに、色々と情報を渡そうとしていたのだ。

 

 

「コイツは……!」

 

「知り合い?」

 

「あぁ……。でも何故だ……」

 

 

 カズヤは映像の覇王を見て、驚いた顔を見せていた。

そんなカズヤを見たミドリは、映像に映っている男子がカズヤの知り合いなのだろうかと考えた。カズヤはミドリの質問を肯定しつつも、どうして覇王が魔法世界にいるのかを、とても疑問に思っていたのである。

 

 

『君たちの担任も一部の友人たちも、僕の近くで元気にしているよ。そこの彼も無事さ』

 

『どうもっス……。心配かけてゴメンっス……』

 

 

 覇王は自分がネギや一部の3-Aの子たちと一緒にいることを告げた。

そして、そこにもう一人、カズヤが驚く人物が現れたのだ。

 

 それこそ魔法世界のゲートで血まみれになって死にかけていた、状助だったのである。状助は腰が低い態度でヘコヘコしながら、心配させたことについて謝っていた。

 

 

「生きていたのか!」

 

「?」

 

「……いや、なんでもねぇ。こっちの話さ」

 

 

 カズヤは思わず叫んだ。状助が元気そうな姿を見せたからだ。が、それがわからないミドリは、少し驚きながら、不思議そうにカズヤを見ていた。カズヤはキョトンとしたミドリを見て、騒ぎすぎたと反省しながら、いい訳を述べたのだった。

 

 

『さて、僕ならともかく君たちでは、移動手段に乏しいから……』

 

 

 映像の覇王は何やら悩む仕草を見せ、どうしようかと考えていた。

覇王は自分にはS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)があるので移動には困らないと考えた。が、その他の人たちはそうは行かないだろうと、そこで思ったのだ。

 

 

『やはり”彼”が言ったように、一ヵ月後にオスティアと言う場所で開かれる大会で、落ち合うことにしようか』

 

 

 ならば、状助が言ったように”原作どおり”、一ヵ月後のオスティアで再会しようと宣言した。移動にはお金も時間もかかる。それが妥当だと、覇王は考えたようだ。

 

 

『ああ、あと帰りのことも気にしなくていい。”知り合いがいい便を用意してくれる”だろうからね』

 

 

 さらに覇王は言葉を続け、”帰りも問題ない”と話した。

帰りとはゲートのことだ。魔法世界の全11箇所のゲートは、全て破壊されてしまった。普通ならば、旧世界に戻ることはできない。

 

 だが、破壊されていないゲートを覇王は知っている。それこそアルカディア帝国にあるゲートだ。それを使えば、旧世界に返れると考えたのである。

 

 ただ、今はそのゲートもとある事情で封鎖されており、一区切りつかない限りは開くことが無い。とは言え、壊れている訳ではないので、再度開けば使えるのである。

 

 

「おい! オスティアってどこだ!?」

 

「えっと……、ここからずーっと南へ行ったところ辺りだけど……」

 

「そうか! ならこうしちゃいられねぇ!」

 

 

 それを聞いたカズヤは、興奮気味にミドリへとオスティアの場所を尋ねた。

ミドリは地図を頭に描きながら、その問いに焦りつつも答えた。

するとその答えを聞いたカズヤは、すぐさま出て行こうと家の玄関まで走っていったのだ。

 

 

「え!? 出て行くの!?」

 

「目的地がわかったんだ! 行かねぇ訳にはいかねぇだろ!?」

 

 

 ミドリもカズヤを追って玄関までやってきた。

そして、今すぐ出て行くのかと、驚きながら聞いていた。

 

 カズヤは行くあてがわかったのだから、ここにとどまる必要はないと考えた。

それにここに長くやっかいになる気もなかったし、ちょうどいいとばかりに移動しようと思ったのだ。

 

 

「一ヶ月も先でしょ!?」

 

「こっちは歩きだ! 時間がかかる!」

 

「はぁ!? そんなの無茶よ!」

 

「できるできないじゃねぇ! やるかやらないかだ!」

 

 

 だが、ミドリはそこで冷静になって、先ほどのテレビの内容を思い返した。先ほどの男子が言っていた言葉、それは一ヵ月後の約束だった。つまり、まだまだ期間はあるということだ。

 

 それをミドリがカズヤに言えば、カズヤは歩いてそこまで行くと言い出したではないか。ミドリはここからオスティアまでの距離を考え、無茶苦茶だと叫んでいた。

 

 が、カズヤは最初からできないと決め付けてはいない。やってみないとわからないとばかりに、玄関の扉のドアノブに手をかけ、扉を開いたのである。

 

 

「って、おい! 離せ! 離せってお前!」

 

「ブイもアナタを行かせたくないって」

 

「んなこと言ってないであんたもコイツを離せって!」

 

 

 そこに気がつけば、カズヤのズボンの裾を引っ張るイーブイの姿があった。このイーブイはカズヤを行かせないために、食い止めようとしていたのである。

 

 ミドリは関心しながら、カズヤへそれを言った。

しかし、カズヤは諦めずに、イーブイを話そうと抵抗した。ただ、乱暴に抵抗せずに、裾を引っ張り上げる程度だった。

 

 

「アナタ、結構ブイに気に入られたみたいね」

 

「あのなぁ!」

 

 

 ミドリはそのイーブイが、カズヤを気に入ったことを察した。

最初にカズヤを発見したのもそこのイーブイであったし、先ほどから随分とカズヤに可愛がられていた。きっとカズヤが動物好きなことを理解したのだと、ミドリは思っていたのだった。

 

 それをカズヤに言うと、カズヤは呆れた声で叫んでいた。

そうじゃないだろう? このイーブイをどかしてくれ、そう言いたそうな顔であった。

 

 

「あーわかった。その時期になったら、私が送ってあげるから!」

 

「はぁ? あんたが? どうやって?」

 

 

 そこでミドリは一つの提案をした。

それはなんと、一ヶ月手前まで来たら、自分がカズヤをオスティアへと運ぶというものだった。

 

 カズヤはミドリを見て、どうやってそれをしようと言うのかと疑問に思った。力も自分よりなさそうだし、そこまで運ぶ足があるとは思えなかったのだ。

 

 

()に頼むのよ」

 

「彼?」

 

 

 ミドリはカズヤの疑問視した顔を見て、微笑みながらそれを言った。

カズヤはその言葉にも疑問に感じ、一体誰に何を、といった様子を見せていた。

 

 

「こっ、こいつはぁ……!」

 

「そう、彼はリザードンのリザ。彼の足なら数日でそこまで行けるわ」

 

 

 だが、ミドリがそう言った後に、その”彼”は現れた。なんと、その”彼”は上空から空中を滑走するかのようにそこへと舞い降り、最後にゆっくりと着地したのだ。

 

 ドスリと言う音と共に、着地した”彼”を見たカズヤは、大いに驚いていた。まさか、このシルエットは、このオレンジ色の肌は、背中にあるあの翼は。

 

 そして、ミドリはその”彼”の種族と名を言葉にした。それはリザードンだ。かえんポケモンと言う分類の、高熱の炎を吐くポケモンだ。尻尾には常に炎が灯っており、彼の命を映し出すものだ。

 

 このリザードンもミドリの手持ちの一匹で、大空を自由に舞うことができるポケモンだ。そして、ミドリは彼にリザと言うニックネームをつけ、呼んでいた。つまり、このリザードンの背中に乗ってそらをとぶを使い、カズヤをオスティアまで送る気だったのである。

 

 

「はっ、そりゃすげぇな」

 

「でしょ? だから……」

 

「だが、俺はいやだね」

 

「何で!?」

 

 

 カズヤも生で見たリザードンの迫力に、多少なりに驚きを感じていた。確かにコイツなら、そのオスティアとか言う場所までひとっ飛びなんだろう。しかし、カズヤはそのミドリの提案を、あろうことか断ったのである。

 

 ミドリは断られたことに驚き、どうして断ったのだと言葉にしていた。

こんなにも協力的な提案をしていると言うのに、断るなんてありえないと思ったからだ。

 

 

「楽をしたくねぇのさ」

 

「はぁ? マゾなの?」

 

「さぁな……」

 

 

 カズヤは驚く顔をするミドリに、その理由を淡々と話した。

なんということか、カズヤはただ楽がしたくないと言うだけで、今の提案を断ったのだ。

 

 ミドリはそんなカズヤを見て、もしや苦労したがりのマゾなのではないかと思った。

それをミドリが呆れながら言葉に出すと、カズヤはすっとぼけた言い方で、知らないなと言うだけだった。

 

 

「だから、俺は一人で行く」

 

「はぁ……」

 

 

 そんなつまらない理由だが、それが自分の課せたルールだ。故に、そのルールに従って、誰かの手は借りないと、カズヤは考え出て行こうとしたのである。

 

 が、そんな男気をミドリは馬鹿だとしか思えなかった。こんなところで無意味に虚勢を張ってもしょうがないし、何よりその態度は自分に失礼ではないかと思ったからだ。なので、ミドリはそんなカズヤにため息をつきながら、呆れていたのであった。

 

 

「……って、ソイツとコイツをどかせ!」

 

「何のこと?」

 

「とぼけてんじゃねぇよ! ソイツとコイツだ!」

 

 

 しかし、カズヤは出て行こうとして気がついた。

目の前にはリザードンが立ちはだかり、足には未だイーブイがズボンの裾を掴んでいた。これでは流石のカズヤも出て行くことはできない。なので、この二匹をどかせと、ミドリへと叫んだのだ。

 

 ミドリはそこですっとぼけたようなことを言い出した。

何のことやらわからないと、そんな顔も見せていたのだった。

 

 カズヤはさらに言葉を荒げ、この二匹を早くどかせとせがんだ。

これではまったく前に進めない。出て行くことができないと。

 

 

「さぁ? 私はブイにもリザにも、特に命令してないけど?」

 

「むしろどけって命令しろってんだ!」

 

「そう? 私はアナタの意見も尊重しようと思うけど、ブイとリザの意見も尊重したいし」

 

 

 だが、ミドリは再びすっとぼけた。

とは言え、彼女が言っていることも事実であり、実際命令はしていない。

 

 そこでとうとうカズヤは怒りが限界に達したのか、先ほどよりも大きな声で叫んだのである。

どくなと命令していないのなら、逆にどけと命令しろと、怒りの言葉をミドリへと投げつけたのだ。

 

 だと言うのに、ミドリは涼しげな顔で気にしていない様子だった。

カズヤの出て行くという意見もしっかりと聞き入れ、それなら好きにすればいいと言葉にした。また、逆にイーブイやリザードンの意見も尊重し、命令はしないと言ったのだ。

 

 

「ああそうかい……! だったら……」

 

「だったら? どうするの?」

 

 

 すると、カズヤは本気でキレたのか、握り拳を強く握り締め、アルターを使おうとしはじめたのだ。ミドリはカズヤに、だったらこっちも手はあると、そんな感じの言葉を述べたのである。

 

 また、カズヤの行動に反応したリザードンは、カズヤを鋭く睨みつけた。イーブイは逆に、うるうるとした表情を見せ、カズヤに哀愁を見せたのだ。

 

 

「……っ、わーったよ……。あんたのご好意に甘えさせてもらうよ。それでいいんだろ?」

 

「うん、素直でよろしい」

 

 

 カズヤは二匹の表情を見て、気分が萎えたようだ。

むしろ助けてくれた恩人に暴力を振るうのも悪いと感じ、カズヤは自ら折れることにしたのである。

 

 ため息を吐きながら、しおしおとやる気をなくしたカズヤを見て、ミドリは笑顔を見せていた。

それが一番だ。最初からそうしてくれていればよかったのに、そんな表情であった。

 

 

「しょうがねぇなぁ……。だが、何か手伝えることがあんならやらせてくれよ?」

 

「見た目の割りに律儀ね……」

 

 

 ならば、しょうがない。カズヤはそう考え、それならとりあえず世話になろうと考えた。ただ、何もしないのも嫌なので、手伝いぐらいさせてほしいとミドリへと話したのだ。

 

 ミドリはその言葉を聞いて、意外に律儀な性格だと思った。

まあ、確かにさっき、楽をしたくないと言っていたので、それなのかもしれないとは思っていたが。

 

 

「わかった。できそうなことがあれば頼むことにするよ」

 

「頼んだぜ」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 

 ミドリはそれならと考えたが、カズヤができることがわからなかったので、今は保留にした。故に、今後何かしら頼むだろうとだけ言葉にしたのだ。

 

 カズヤもそれを聞いて、快く頼んだとだけ口にした。それにミドリも応え、笑顔を見せたのであった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 カズヤがミドリに保護され、数日が経った。

未だ大人たちが買出しから帰ってこないが、特に大きな問題は起こっていなかった。

 

 カズヤがミドリに頼んだとおり、ミドリはカズヤには小型のポケモンの世話をさせることにした。そして、カズヤもそれを快く受け、それらにいそしんだのである。

 

 

「だけど、本当アナタって、動物に好かれるタイプなのね」

 

「さぁな。意識したことすらねぇ」

 

 

 ミドリとカズヤは小さなポケモンの世話のために、その専用の小屋の中にいた。そこでミドリは数日間カズヤとポケモンの触れ合いを見て、ふと思ったことがあった。なんだろうか、このカズヤと言う男子は、中々どうしてポケモンによくなつかれるのだ。

 

 ただ、カズヤもそのあたりは気にしたことがなかった。

なので、それをミドリから言われても、特に考えもしなかった。

 

 

「不良が動物に好かれる的な何か、ってやつね」

 

「よくわかんねーよ」

 

「あっそー」

 

 

 ミドリはそれを”不良の癖に何故か動物に好かれる”と言うことに例えた。

よく漫画などである設定の一つ、不良なのに動物が好きだったり、動物に好かれるタイプだったりする、というものだ。

 

 が、カズヤはそんなことなど知らないとばかりに、どうでもよさげな顔をしていた。

まあ、確かにカズヤは不良のレッテルをはられた人間ではあるが。

 

 そんなカズヤを見てミドリは、つまらなそうな声を出していた。

今のはちょいと気が利いた洒落のつもりだったのだが、完全にシカトされた形になってしまったからである。

 

 

「私は外の子の面倒見てくるから、そっちは頼んだからね」

 

「ああ、わかったよ」

 

 

 するとミドリは小屋の中にいるポケモンをカズヤに任せ、外のポケモンの様子を見に行くことにした。外にも中型や大型のポケモンが駆け回っており、それの世話をするためだ。

 

 カズヤも中を任され、それに対して返事をしていた。

特に不満も無く、それをしっかり聞き入れた。

 

 

「はぁ~、お前の御主人は随分と強引だなあ」

 

 

 カズヤはしゃがみこみ、足元にいたイーブイをそっと撫でた。そして、ここに厄介になった時のことを思い出し、それを愚痴っていたのだった。また、撫でられているイーブイのブイは、気持ちよさそうな顔を見せていた。

 

 

「法や千雨や、あいつら以外の連中も無事なんだろうな……」

 

 

 さらにカズヤは、自分の友人たちが無事なのだろうかと、ふと心配になった。あいつらのことだ、無事でいるだろうという気持ちはあるが、それでもやはり心配だった。

 

 

「何だ!? 何が起こった!?」

 

 

 だが、その時、すさまじい揺れがその小屋を大きく揺らした。さらには外から爆発音が聞こえ、ビリビリと窓ガラスを振動させたのだ。カズヤは今の衝撃でただ事ではないと思い、すぐさま小屋の外へと飛び出した。

 

 

「こっ、これは!?」

 

 

 すると、牧場のようになっていた場所のあちこちに、大小さまざまなクレーターができていた。綺麗な緑色の絨毯は茶色が入り混じり、まるで紅茶や珈琲をこぼしたかのような状態となってしまっていたのだ。

 

 

「何だよ……! これはどういうことだよおい!!」

 

 

 カズヤはすぐさま周囲を見渡すと、あちらこちらで倒れているポケモンたちを発見した。一体どうなっているのだろうか。先ほどまでは平穏だった草原が一変し、完全に戦場の跡のような状態だった。カズヤはまったくもって理解が追いつかず、たちまち叫んだ。一体何がどうなってしまったのだと。

 

 

「おい、あんた! 大丈夫か!?」

 

「……え、ええ……。それよりも……」

 

「なんだってこんな……!」

 

 

 そこでカズヤは少し離れた場所で、倒れ伏せているミドリを発見した。近くにはあのリザードンも倒れており、何かと戦っていた可能性を感じさせていた。

 

 カズヤはすぐさまそこへ近づき、ミドリを抱え上げた。ミドリはカズヤの言葉にしっかりと返答し、自分よりもポケモンたちを助けて欲しいといいかけていた。

 

 だが、カズヤの心境はそれどころではなかった。このようなことになったのを見せられて、かなり頭にきていた。その怒りはカズヤの体を小刻みに震わせ、絶対に許せないと拳を強く強く握り締めたのだった。

 

 

「ハハッ! ハハハッ!!」

 

「てっ、テメェは!! テメェが!!」

 

 

 すると、そこから離れた場所で、大きな笑い声が聞こえてきた。カズヤはこの声に聞き覚えがあった。知っていた。記憶していた。そうだ、あの時、あのゲートで、自分たちを襲ったクソ野郎の笑い声だ。

 

 そう、その笑っている本人こそ、カズヤたちをゲートで攻撃したスーパーピンチの男だったのだ。スーパーピンチの男は、黄色いロボット型のアルター、スーパーピンチクラッシャーの肩の上で仁王立ちし、そこから見下すかのように周囲を眺めていたのである。

 

 カズヤはその男を発見すると、すさまじい形相で睨みつけ、そっちの方へと歩き出した。そして、本気の怒りを吐き出すかのように、その男へと、言葉にならないほどのけたたましい叫び声をあげたのだ。

 

 また、どうしてスーパーピンチにこの里のポケモンたちが負けたのか。それはここにいるポケモンの大半が捨てられ、育っていないものばかりだったからだ。それに大人たちが買出しから未だ帰ってきておらず、強いポケモンが少なかったからである。

 

 

「テメェ! 人様の庭でこれほどのことをやらかしたんだぞ! 笑ってねぇで何とか言えよ!!」

 

「ハハハハハハッ! ハハハハハハハハハッ!!」

 

「何かあんだろ! すいませんでしたとか、ごめんなさいとか、二度としませんとか!」

 

 

 カズヤは他人のシマを荒らした目の前の男に、怒りをぶつけるような雄たけびを上げていた。ふざけたことをやってくれたな。絶対にへこませてやる。そう思っていた。

 

 だが、目の前の男はただただ笑うだけだった。何がおかしいのかまったくわからないぐらい、笑っているだけだった。

 

 カズヤはそれが許せなかった。ここをどうして襲ったとか、そんな理由はどうでもいい。だが、落とし前は付けてもらう。ここを襲ったケジメは、報いは、絶対に受けてもらう。そんな感じの言葉を、カズヤは敵へと叫んでいた。

 

 

「ヒヒハヒハハハハッ!!! アハハハハハハハッ!!!!」

 

「ああそうかい……。だったら、テメェはぶっ潰すッ!!」

 

 

 それでも目の前の男は、自分のアルターの肩の上で、狂ったように笑うだけだった。もはやこの男に理性というものはないのだろうか。まったくもっておかしくなってしまっていた。

 

 カズヤも目の前の男が普通ではないことを理解した。

だが、そんなことも関係ない。どんな相手であれ、こんなことをやらかした相手は、ただぶん殴るのみだ。そうだ、ヤツは許せないクソ野郎だ。ぶっ飛ばす以外ありえない。それをカズヤは怒りと共に言葉として吐き出した。

 

 そこでカズヤは強く握った拳を天に掲げ、戦う意思を見せた。

周囲の地面が抉れ、虹色の粒子となりて、分解された腕と共に再構築を始めた。そう、本気のシェルブリットを作り出し、戦う姿勢を整えたのだ。

 

 

「それが……、アナタの……」

 

「あんたは傷ついた連中とともに離れてな!」

 

 

 ミドリはカズヤの変質した腕を見て、それが彼の特典(ちから)なのかと思い驚いた。さらに髪が逆立ち、いつもの頼りない表情から、鋭い目となった猛獣のような表情へと変貌したことにも驚いていた。

 

 また、カズヤはそんなミドリに、この場所から怪我したポケモンとともに離れることを、忠告として述べたのだ。

 

 

「くたばりやがれ!! ”シェルブリット”オォォォッ!!!」

 

「ハハ! ハハハハハハッ!!」

 

 

 カズヤはその後、すぐさま背中に装着されたアルターのプロペラを、猛烈な速度で回転させた。さらにシェルブリットを展開し、推進力を増して加速した。そして、目の前のスーパーピンチ目がけ飛び込み、拳を前へと突き出したのだ。

 

 敵はそれを迎え撃とうと、スーパーピンチクラッシャーが右手に持つパワードライフルでカズヤを狙い打った。だが、カズヤはそれを回避し、ついにスーパーピンチクラッシャーの前まで飛び込むことに成功したのだ。

 

 

「オラァァァッ!!!」

 

「ハハッ!?」

 

 

 カズヤはそのまま拳を振りぬき、スーパーピンチクラッシャーの胸部を殴り飛ばした。するとカズヤの拳の衝撃で、そのスーパーピンチクラッシャーはたった一撃で粉々に粉砕されたのである。

 

 スーパーピンチの肩の上にいた敵の男は、その勢いで盛大に空へと吹き飛んだ。表情も普段の狂ったような笑みではなく、多少なりに焦った様子であった。

 

 

「ハッ! どうだ!」

 

「ハッ……ハッハッハッ!!」

 

 

 カズヤは弧を描くように地面へと着地し、吹き飛んだ相手を見ていた。

参ったか、そう言う顔だった。だが、次の瞬間勝ち誇ったカズヤの表情は、すぐさま変わることになる。

 

 なんということだろうか。敵の男は再び、スーパーピンチクラッシャーを再構築したのだ。あれほどの巨大なアルターを再構築するというのは、相当精神に負担が大きいはずなのだ。それでも男は再び構築したスーパーピンチクラッシャーの肩の上で、またしても狂ったように笑い出したのであった。

 

 

「チィ! またそれかよ!!」

 

「ヘハハハハハハッ!!!」

 

 

 カズヤは焦った表情となりながら、ゲートの時のことを思い出していた。

ゲートで強襲してきた時も、同じように倒しても倒しても、即座に再構築されてしまった。これでは何度やってもきりがない。ただの根競べになってしまうのだ。

 

 敵の男はそんなカズヤを、見下すかのように笑っていた。

こちらは平気だ。何度やられても復活するだけだ、そう言いたげな顔だった。

 

 

「ハハハハアハハハハッ!!!」

 

「なっ! こいつ!!」

 

 

 さらに、敵はあろうことか、切り札を持ち出した。天空にて虹色の粒子が渦を巻き、その中心からそれは現れた。そう、それこそスーパーピンチクラッシャーのサブメカ、赤色の羽を持った大いなる翼、ピンチバードだ。

 

 カズヤはそれを見て、本気を出したかと思った。

だが、この程度で驚いている訳にもいかない。倒さなければと、そう考え拳で地面を殴り、上空へと舞ったのだ。

 

 

「ハハハハッ!! フハハハハハッ!!!」

 

「野郎ッ! ぐうっ!!」

 

 

 しかし、本来ならばそのまま合体するはずのピンチバードが、カズヤへと襲い掛かったのだ。まるでジェット機が飛行するほどの速度での、翼を使った攻撃を受けたカズヤは、あろう事か地面に叩き落されてしまったのである。

 

 

「グオオアァァァッ!!?」

 

「カズヤ!」

 

 

 さらに地面に衝突したカズヤへと、ピンチバードは追撃を行った。その巨大な鉄の爪を使い、カズヤを攻撃したのである。

 

 今の攻撃にカズヤはたまらず苦痛の声を大きく上げた。

それだけではなく、すさまじい衝撃と激痛を受け、後方へと吹き飛ばされ転がったのである。

 

 ミドリは猛攻を受けるカズヤを見て、たまらず叫んだ。

そして、そこへと駆けつけるかのように走り出したのだ。

 

 

「来るんじゃねぇ! ぐぐ……」

 

「でも!!」

 

「いいから来るな!」

 

 

 だが、カズヤは痛みに耐え、ゆっくりと立ち上がりながら、そんなミドリを見て、それを制止した。

こっちに来ても危険なだけだ。目の前の敵が何をしでかすかわからない。かなり危ない状況だ。

 

 それでもミドリは叫んだ。

このままではカズヤがやられてしまう。それはあまりに心苦しい。自分も、自分のポケモンもまだ戦える。一緒に戦おうと、そう言おうとしたのだ。

 

 しかし、ミドリがそれを言う前に、カズヤが大きく叫んだ。

来るな。絶対に何があろうとも、こっちに近づくなと。

 

 

「ハハハハハハッ!!」

 

「やろ……グウオオオォォッ!!!」

 

 

 そんな中、ピンチバードはついにスーパーピンチクラッシャーとの超ピンチ合体を果たした。カズヤがひるんでいる時に、それを行ったのである。

 

 ピンチバードが変形、展開して巨大なロボのボディーとなり、スーパーピンチクラッシャーがその胸部へと収納されたのだ。崖っぷちのスーパーピンチの最強の姿。赤く輝くマッシヴなボディ。背中に生えた巨大な翼。これこそがグレートピンチクラッシャーなのだ。

 

 また、敵の男は地面に降り立ち、ピンチガードなるバリアを張りながら、地をのたまうカズヤを見て笑っていたのである。

 

 そして、グレートピンチクラッシャーは、デンジャーハザードを使ってさらにカズヤを攻撃した。胸部の腋から発射される、ビームのような攻撃だ。その連射を受け、足元がおぼつかないカズヤは吹き飛ばされ、再び地面に転がされてしまったのである。

 

 

「ハハハハッ!! ヒャハハハハッ!!!」

 

「クソ……!! こんなところでよぉぉーッ!!」

 

 

 そこでとどめと言わんばかりに、グレートピンチクラッシャーは上空へと羽ばたいた。背中に搭載された翼がボディーと分離し、巨大なバスターソード型の剣、ラストチャンスソードへと変形したのである。それを青く輝く天空にて握りしめたグレートピンチクラッシャーの勇士は、まさに勇者立ちであった。

 

 カズヤは何とかしようと再び立ち上がろうと、必死で足に力を入れていた。だが、先ほどと今の攻撃と、右腕の消耗により、うまく立ち上がれないでいたのだ。

 

 そこへグレートピンチクラッシャー最強の技が、天から地へと放たれた。握り締められたラストチャンスソードから、紫色のまがまがしい光が発生し、それが刀身となって伸びたのである。

 

 その剣をそのまま頭上まで振り上げ、勢いよく落下しながらその光とともに振り下ろしたのだ。それこそが逆境を乗り越え、逆転の一手となるその奥義、逆転閃光カットだ!

 

 すさまじいこの奥義を見て、未だ動けぬカズヤは焦った。

あの技はこのシェルブリットでも、かなり厳しい攻撃だ。防ぐのならば、それ以上の技で対処しなければならない。目の前の敵はバリアを張り、防御に徹している。どちらを攻撃しても間に合わない。

 

 カズヤはここで一瞬だが諦めかけた。ここで終わりだというのか、この一撃で終わってしまうのだろうか。いや、まだだ、まだ終われない。そう意思と信念を再び強く持ち、迫り来る脅威を破壊するために、拳を強く握り締め、それに立ち向かおうとした。

 

 

「なっ! お前!!」

 

「ハハッ!?」

 

 

 だが、そこへカズヤとグレートピンチクラッシャーの間に入り、その攻撃を相殺せんとするものが現れた。それはあの時のリザードンだった。もはや傷だらけだったというのに、決死の覚悟でフレアドライブを使い、逆転閃光カットを受け止めたのだ。

 

 流石の敵の男も、それには驚いた様子を見せていた。

まさか、この技を相殺するほどの威力を、あの赤きトカゲが持っているとは思っていなかったのだ。

 

 

 フレアドライブとは、ポケモンが使う炎タイプの技の中でも、高い威力を持つものだ。炎を全身にまとい、渾身の力をもって敵に体当たりするという技だ。

 

 しかし、リザードンの放った、そのフレアドライブには、当然ながら反動が存在する。ゲーム上ならば、相手の与えたダメージの三分の一を、自分のダメージとして受けることになる。ここはゲームの中ではないが、それ相応の反動がリザードンを襲ったのだ。

 

 

「お前!? 何でだ! 何でだよ!!」

 

「……リザは、アナタを助けたかったのよ……」

 

「だから何でなんだよ!!」

 

 

 今の攻撃を防いだリザードンであったが、その衝撃と反動により吹き飛び、その大地へと叩きつけられた。そこへカズヤは走ってきて、どうして自分を助けたと何度も叫んでいたのだ。

 

 ミドリも悲しげな表情をしながら、その場へと駆けつけ、その理由をリザードンの代わりに言葉にした。

目の前で苦しそうに倒れこむリザードンは、カズヤを助けたい一心で行動をしたのだと。

 

 しかし、カズヤにはそれがわからなかった。

自分を助ける理由もないはずだ。自ら傷つく理由もないはずだ。なのに、どうして自分なんかを助けたのだ。身を挺して助けてくれたのだ。

 

 カズヤはたまらずそれを叫んだ。

自分が傷つくのはかまわない。だが、それ以外の関係の無いものが傷つくことを、カズヤは許せなかったのだ。

 

 

「テメェ!! テメェェェェッ!!」

 

「ハハハハッ!」

 

 

 カズヤは敵に大声で叫んだ。

怒り、もはや怒りとしか言いようのない、全身から沸き立つような激しい激昂だった。

 

 しかし、悲しいかな。目の前のグレートピンチクラッシャーは再び攻撃しようと、ラストチャンスソードを構えた。この一撃でかたがつく。故に、敵は笑っていた。大声で笑っていた。

 

 

「ハッ!?」

 

「ブイ!」

 

 

 そこへ複数の星形の光が、笑っていた男を襲った。スピードスターと言う技で、相手に絶対に命中するという効果のあるものだ。その技は確かにそのとおりに男へと命中したが、男はピンチガードで守られており、今の攻撃でのダメージを与えることができなかった。それでも男は一瞬、一瞬だが気を取られた。

 

 そして、その攻撃を行ったのは、カズヤとともに小屋にいたイーブイだった。イーブイは全身の毛を逆立てながら、目の前の男とグレートピンチクラッシャーを、威嚇していた。また、ミドリはそんなイーブイを見て、心配するようにその名を大声で呼んだのだった。

 

 

「貰ったアアアァァァッ!!」

 

「ハッハハッ!?!?」

 

 

 カズヤは男がイーブイの攻撃でひるんだのを見て、チャンスだと思った。背中のプロペラを盛大に回転させ、その中心から粒子を放出し、いっきにグレートピンチクラッシャー目がけ、加速したのだ。

 

 男は気を取られていたことに気がつき、カズヤの攻撃に遅れをとった。男がそれに気がつき驚いた時にはすでに遅く、カズヤはグレートピンチクラッシャーに届くかというところまで飛んできていたのだ。

 

 

「”シェルブリットバースト”オォォォッ!!!!」

 

「ハハッ!?」

 

 

 カズヤはそのまま光り輝く右腕で、グレートピンチクラッシャーの顔面を殴りぬいた。すると、その衝撃と破壊力で、グレートピンチクラッシャーを完全に粉砕したのである。

 

 敵の男はそれを見て驚きつつ、グレーとピンチクラッシャーの破壊で起きた爆発に巻き込まれていた。そして、男は爆風と衝撃で上空へと高く飛び上がり、苦痛の笑い声を出していたのだった。

 

 

「ハッ……ハッ……! ハハッハハハッ!」

 

「チィ!!」

 

 

 しかし、吹き飛ばされて朦朧とした顔を見せた男は、再びスイッチが入ったかのように切り替わり、笑い出したではないか。さらに、再びアルターを構築しはじめ、スーパーピンチクラッシャーが頭部から出現したのである。

 

 

「ハァァァ!!?」

 

「お前! まだ……!?」

 

 

 だが、それを防ぐかのように、倒れていたリザードンが渾身の力を振り絞って、その男へと攻撃した。男がその特典(ちから)を出す前に、リザードンが再びフレアドライブを使い、突撃したのである。

 

 男は今の攻撃を受け、笑い声のような悲鳴のような、そんな声を叫んでいた。流石にアルター構築中の状態では、今の攻撃を防ぐことはできなかったようだ。そして、男は炎の渦巻くリザードンの猛烈な突撃により、炎の熱と衝撃を受け、どこかに飛んで行ったのだった。

 

 カズヤは倒れていたはずのリザードンが、再びあの技を使ったことに驚いた。何と言う意思の強さだろうか。まさかあれほどの状態から、二度もあの技を使うとは思っていなかったのだ。

 

 

「おい! 大丈夫なのかよ! おい……!!」

 

「待って!」

 

 

 だが、今の攻撃でリザードンは、失速しながらゆっくりと地面に落下し、動かなくなってしまった。カズヤはすかさずそこへと駆け込み、不安な表情で心配しているような言葉を叫んでいた。

 

 そこへミドリがすぐさま駆けつけ、リザードンの容態を確認した。

カズヤはそれを見て、無事を祈るばかりであった。

 

 

「……大丈夫、”ひんし”なだけ……。道具を使えばすぐに治る」

 

「ハァ……。そうかい……」

 

 

 ミドリはリザードンの状態を確認したのち、安堵した様子で、”ひんし”状態であることを告げた。

”ひんし”状態とはすなわち、戦う力が残っていない状態のことだ。つまるところ、命に別状はないというものだ。

 

 それにリザードンが命の危機に瀕すれば、尻尾の炎が消えかけるはずだ。確かにリザードンはボロボロで動けない様子であるが、尻尾の炎だけは多少弱弱しくあるが、しっかりと灯っていたのである。

 

 カズヤはそれを聞いて、ほっとしながら息を小さく吐いた。自分の為に体を張って、死んでしまったら心苦しいからだ。故に、無事でよかったと、そう素直にカズヤは思っていた。

 

 

「ありがとな、お前ら」

 

 

 カズヤは倒れたリザードンと、気がつけば側にやってきていたイーブイへと、礼を述べていた。

二人のおかげで助かった。とても感謝していると、心の底からそれを言葉にし、緩んだ表情を見せたのだ。

 

 それを言われたイーブイもニコニコと笑っており、倒れて治療を受けているリザードンも、ニヤリと笑って見せていた。だが、そんなあたたかな時間はカズヤによって、すぐさま中断されてしまったのだ。

 

 

「……! いや、まだだ……!」

 

「何が……?」

 

 

 カズヤはここでふと、何者かが近くで見ていることに気がついた。誰か近くにいる。先ほどからあの戦いを眺め、楽しんでいた奴がいる。

 

 ミドリはそれに気づいていないため、カズヤの言動がよくわからなかった。一体どうしてしまったというのか。そんな表情で驚くだけだった。

 

 

「誰だ! こっちを見てほくそ笑んでるヤツは!!」

 

 

 カズヤはまだ見ぬ敵の気配を感じ取り、突如として地面に拳を突き立て、上空へと急上昇して行ったのだ。また、戦いが終わったと考え閉じていた右腕を再び展開し、背中のプロペラを使って爆発的に加速したのである。そして、カズヤは勘でその相手の位置を察し、そこへと空中から突撃していった。

 

 すると、カズヤが目指す場所に一人の男が、威風堂々と立っていた。四角いレンズのサングラスをかけ紫色の髪をオールバックにし、漆黒のスーツを着こなす男がいやらしく笑いながら立っていた。

 

 

「そこかぁぁ!!!」

 

「カズヤ!」

 

 

 カズヤはそのままその男へと、一直線に突撃した。

それを見たミドリは、カズヤを心配するように、彼の名を叫んでいた。

 

 

「フッ」

 

「ウオオオオッ!!!」

 

 

 そんなカズヤを眺めながら、その男は笑いつつ、姿勢を変えずにふわりと宙に浮いた。杖もなく魔法も使わず、自然に宙に浮いて見せたのだ。

 

 だが、カズヤはそんなことを気にする余裕もなく、その拳を男目がけて突き出した。しかし、男は片手をかざすと、そのカズヤの攻撃を謎のバリアで受け止めて見せたのだ。

 

 

「テメェ! まさかあん時のヤツかッ!!」

 

「はい、”本国側(メガロメセンブリア)”の転生者、ナッシュ・ハーネスです」

 

 

 カズヤは受け止められた拳以上に、その男の顔を見て一瞬驚いた。

この目の前の男は、確か学園祭の時に現れた男だ。ビフォアの部下だった男だ。直一から聞かされていた男だ。

 

 そして、男もそれを尋ねられ、静かにニヤニヤと笑いながら、それに答えた。

本国の元老院であり転生者でもある、このナッシュ・ハーネスだと、余裕の態度で言い切った。

 

 

「テメェがここを!? 」

 

「私が襲わせました」

 

「ふざけんなあッ!!」

 

「本気ですよ?」

 

 

 さらにカズヤは怒りを噴出すかのように敵へと問い詰めた。

まさか、ここを攻撃させたのは、目の前にいるいけ好かない男なのだろうかと。

 

 その問いにもナッシュは静かに、やはりあざ笑うように答えた。

そうだ、そのおとり。カズヤの察したとおり。あのスーパーピンチの男は自分の部下で、ここを襲わせたのも自分だと、そうはっきり言ったのだ。

 

 カズヤはその発言に、完全にキレた。

怒りが爆発した。絶対に許さないと決めた。それを表すかのような、けたたましい叫びをカズヤは喉の奥から発したのである。

 

 が、そんなカズヤを見ても、いまだ余裕の態度で嘲笑する目の前の男、ナッシュ。ふざけるな、と言われても困るとばかりに、むしろ本気で行ったと、ふざけた様子で語りだしたのだ。

 

 

「そうです、その憤怒です、その悲哀です! その強固な信念です! では開いてもらいましょう、向こう側の世界の扉を……!」

 

 

 また、ナッシュのバリアとカズヤの拳の衝撃で、すさまじい火花と雷撃が発生していた。その衝撃はすさまじく、ナッシュのサングラスにヒビが入るほどであった。

 

 しかし、それを見てもなおも、ナッシュは余裕だった。むしろ、カズヤの力を引き出させるかのように、挑発していた。

 

 そうだ、その力だ。もっと見せてみたまえ、君の本気を。”向こう側へ通じる扉”を開いて見せろ。ナッシュはそれを馬鹿にするかのような言葉遣いで、カズヤへと述べていた。

 

 

「でないとここを襲ったことは、無駄になってしまいますよぉ? あなたのせいでねぇ……!」

 

「野郎ゥゥゥッ!!!」

 

 

 だが、まだ”扉”を開くには足りないと思ったナッシュは、さらにカズヤを煽った。ここを襲ったのは単純明快。カズヤを怒らせて”扉”を開いてもらうためだ。

 

 故に、この場所はただ利用しただけにすぎない。そう、カズヤがここにいたからこそ、ここが襲われたのだと、そうナッシュは言葉にしたのだ。

 

 そして、ならば”扉”が開かれなければ、ここを襲った意味などない。そのまま無意味に襲われ、破壊されただけの場所になってしまう。自分の腐れた行動を棚に上げながら、ナッシュはそれを馬鹿にしたような口調で、カズヤへと言ったのだ。

 

 カズヤはその言葉に、もはや怒りすらも通り越していた。怒りは暴走し、完全に我を失うほどに、カズヤはプッツンした。マジに暴れだすほどの怒りだった。また、とめどなく発生する怒りの感情が、カズヤの拳にさらなる力を与えたのだ。

 

 

「”シェルブリット”ォォ!!」

 

「何!?」

 

「”バースト”ォォォッ!!!」

 

 

 カズヤは怒りを信念に昇華させた力で、必殺の技を放った。するとカズヤの右腕がさらなる光を発し、爆発的な破壊力を生み出したのだ。

 

 ナッシュはそれに驚き、一瞬たじろいだ。

何と言うすさまじい力だろうか、これほどの力が出せるとはと、驚いていたのだ。

 

 カズヤが技の名前を言い終えると同時に、ナッシュが発生させていたバリアを打ち砕いた。さらにナッシュがかけていたサングラスも、バリアもろとも破壊したのである。

 

 だが、カズヤの拳はナッシュには届かなかった。別にナッシュが新たな防衛策を使った訳ではない。ナッシュはただ、たじろぎ後ろへと下がっただけだ。

 

 では何故だろうか。それはそこに発生した光の柱が、カズヤを飲み込んだからだ。そう、この光の柱こそが”向こう側の扉”であり、ナッシュが目指す目的の一つだったのだ。

 

 

「ほう、私の能力を一瞬でも貫くとは……」

 

 

 ナッシュは一人、感心するかのようにごちった。自分の力には自信があり、信頼しきっているナッシュ。そのナッシュの能力を一瞬でもカズヤが超え、貫いたことにナッシュは面白いと感じていた。

 

 

「そして、しかと確認できました。この大地でも扉が開くことを……」

 

 

 また、ナッシュの目的はこの”向こう側の扉”が、この魔法世界でも発生するかというものだった。それをカズヤが発生させたことで、その目的は達成されたのである。

 

 だが、それだけではない。ナッシュはカズヤと法の力を利用するのが目的だ。今回はただの実験でしかない。ナッシュは自分をカズヤに標的としてもらうために、ここに現れ挑発することも目的の一つだったのだ。つまり、自分を攻撃しにやってくるカズヤを、再び利用しようと目論んでいるのだ。

 

 しかし、何故ナッシュはカズヤの位置を知ることができたのだろうか。それは簡単なことだった。ゲートをナッシュの部下が襲った時に、気づかないように発信機をカズヤに取り付けたのだ。さらに、それは法にも付けられており、法の現在位置もナッシュは把握しているのである。

 

 

「さて、目的も達成できましたし、退場するとしましょう。それでは、お待ちしておりますよ……」

 

 

 ナッシュは目的が完遂されたことを見て満足し、そのままこの場から消えていった。用がなくなったのだから、ここにいる必要もない。それに、次の準備もあるため、ナッシュは早々に立ち去ったのだ。

 

 

「何……、あの光は……」

 

 

 ミドリは突如として発生した光の柱を、ただ呆然と眺めていた。

あの光は一体なんだろうか。カズヤが発生いさせた現象なのだろうかと思いながら。また、横にいるイーブイや治療を終えたリザードンも、同じようにそれを見ていた。

 

 

「ここはまさか……!」

 

 

 そして、カズヤは”向こう側”へとやってきていた。虹色の光に満たされた、トンネルのような空間。それこそが”向こう側”の領域だ。

 

 地面もなにもないこの空間で、カズヤは漂いながら思い出していた。この空間こそは、まさしく”向こう側”であることを。

 

 

「あれは……!」

 

 

 さらにカズヤの背後の空間が、白い光に満たされ始めた。カズヤはそれに気がつき後ろを振り向けば、そこには黒い炎を全身に燃やし、右腕が黒く、左腕が白い人影を発見したのだ。だが、その謎の人影は、光の中へと消えていった。

 

 しかし、カズヤはあれを知っていた。この”特典(アルター)”を持つカズヤだから、知らないはずがなかった。覚えていた。ただ、それを追おうとまでは思わなかった。故に、その人影が消えていくのを、じっと眺めているだけだった。

 

 

 そして、場所は変わってここはグラニクス。その都市にて一人の男子が、その異変に気がついた。

 

 

「ぐっ……」

 

「どうした法?!」

 

「いや、大丈夫だ……」

 

 

 法は千雨と買出しに出かけていた。だが、突然右腕を謎の感覚が襲い、荷物を落としてしまっていたのだ。また、法は右腕を押さえながら、苦悶の表情を見せていた。

 

 千雨は法の突然の異変に、驚いた様子で心配した声を出していた。

法はそんな千雨を安心させるかのように、問題ないと一言言葉にしたのである。

 

 

「カズヤ……。まさかヤツが、”扉”を開いたとでも言うのか……」

 

「一元がどうかしたのか!?」

 

「なんでもない」

 

 

 その腕の感覚を感じ、法は一つのことを察した。カズヤが”向こう側の扉”を開いたのではないかということだ。そうでなければ、このような感覚に見舞われるはずがないと、法は考えたのだ。

 

 法もまたカズヤと同じアルター使い。それだけではなく、どちらも同時に”向こう側の扉”を開いたもの同士だ。故に、カズヤが”扉”を開いたことを、感覚で理解したのだ。

 

 しかし、千雨にはまったく訳のわからないことだったので、法にそれを尋ねた。法はその問いには答えず、あえて黙っておくことにしたのだ。

 

 何せ”扉”をどう説明すればいいのかわからない上に、カズヤがまた無理をした証拠でもあるからだ。そんなことを教えて千雨を不安にさせるのなら、あえて黙っておこうと法は考えたのである。

 

 

「だが、今確信した。カズヤは生きている」

 

「本当か!」

 

「ああ……」

 

 

 だが、法にも一つ確実にわかったことがあった。それは”カズヤが生きている”ということだ。あのカズヤが”扉”を開いたのならば、そこにカズヤがいるはずだ。ここからはそれが見えないが、間違いなくカズヤは生きている。それを法は理解した。

 

 なので法は、それだけを千雨に教えた。

すると千雨も驚きながらも、安堵と喜びが混じったような表情を見せていた。

そして、再度確認するかのように尋ねる千雨へと、法は微笑んで間違いなくと言うのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:新芽ミドリ

種族:人間

性別:女性

原作知識:あり

前世:10代学生

能力:ポケモントレーナー

特典:ゲーム内の自分のポケモンを転生世界へ連れて行く

   ポケモンを”現実的に”育てる才能

 

 

 


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