理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百二十九話 ジャック・ラカン

 状助たちの話はまとまった。とりあえずと言う形ではあるが、二つの拳闘大会に優勝し、100万ドラクマを稼ぐ方針となった。

 

 だが、それをネギたちに話すと、法と小太郎は文句を言った。法の場合は、何故自分にも相談しなかったというものだった。こう言うことならば、一言でも言ってくれればよかったというものを、と怒ったのである。

 

 小太郎の場合は違う。そう言う戦いが好きな小太郎は、どうして自分を誘わなかったと怒ったのだ。そんな面白そうな話なら絶対乗った。その戦いでさらに強くなりたいと思い、かなりご立腹であった。

 

 とまあ、なんやかんやで怒る二人をなだめた後、覇王と状助は拳闘大会出場のために、入団テストを行った。が、覇王はこの魔法世界ではかなりの有名人であり強者。すんなりテストに合格し、二人は拳闘大会出場の資格を得たのだった。

 

 また、法も覇王に”気”を教えてもらうことにした。ゲートでの戦いで、己の未熟さを思い知ったからだ。アルターの特性上、自分が狙われるのが一番の弱点なのを知っているからだ。

 

 

 そして、皇帝が送り込んだ捜索部隊は皇帝からの指示により、とりあえず彼らを見守れという形となった。覇王がいるのなら問題ないだろうし、今は敵の行動もないので、下手に動く必要はないと皇帝は考えたようだ。

 

 なので、捜索部隊はグラニクスで待機し、周囲の警戒が任務となった。他の危険な転生者がやってくる可能性を考慮し、それを退治し捕獲するというものだ。

 

 

 そして、覇王と状助は拳闘大会の初試合を行おうとしていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助と覇王は試合の為に会場へと入り、その周囲を眺めていた。観客は満員に近く、その歓声ですでに会場内は賑わっていた。

 

 

「ほへー、人多いっスねぇ~」

 

「そんなもんだろ。ここらは娯楽が少ないからね」

 

 

 状助はそんな会場を見て、人が多いと思った。

わりと魔法世界の端っこのこの街で、これほどの人が集まるものかと考えたようだ。

 

 覇王はそれに対して、小さく答えた。

この付近は娯楽が少ない。こういったものぐらいしか、楽しみがないのだろうと。

 

 

 そして、司会および審判の声が、そこへ鳴り響いた。反対側から、覇王らの対戦相手が現れたからだ。その対戦相手の紹介で、盛り上がっていたのである。

 

 片方はまるで象を思わせるような下半身と、筋肉質な男性の上半身を併せ持ち、頭から背中にかけて何本もの角を生やした亜人だった。その両手には巨大な槍と盾が握り締められ、あちこちに鎧らしきものも装備されていた。

 

 もう片方も、筋骨溢れたたくましい肉体を持ち合わせた、長い金髪をした戦士風の男性だった。上半身は裸で右腕には巨大な篭手を、左手には鋭い槍を握り締め、腰には剣や鉄球を装備した猛々しい姿だった。

 

 また、そこで説明された試合のルールはシンプルだった。ギブアップか戦闘不能となった時点で決着というものだ。

 

 

「この俺様に立ち向かうなど身の程知らずめが……!」

 

「血と汗と涙を流してもらおうか!」

 

 

 さらにその対戦相手は、明らかに転生者であった。やはり、転生者は自分たちの力を試したいがために、こういった大会に出てきていたのである。その対戦相手の二人も、同じだった。

 

 そう、片方はロマンシング・サ・ガ2から強敵、七英雄の一人、”ダンターグ”の能力の特典を貰った転生者だった。もう片方は同じシリーズの3からの強敵、四魔貴族の一人、”アラケスの本体”の能力を貰った転生者だったのだ。二人は互いに強さを鍛えあいながら、この拳闘大会で何度も勝利を収めてきた実力者なのだ。

 

 そして、二人は自分の特典(ちから)に自信があるのか、状助らに何やら豪語していた。俺たちの方が上だと、そう言葉にしていた。

 

 

「ありゃロマサガか?」

 

「みたいだね。中々強そうだ」

 

 

 状助はその姿を見て、すぐに特典の元を理解した。

と言うか、知っている人が見ればすぐにわかる、そんな姿だった。また、案の定転生者が現れたと、状助は思ったのである。

 

 覇王も目の前の二人が転生者だと理解した。むしろ覇王は、見ただけでそれが転生者であることとその特典がわかる。そして、やはりこうなったか、そう考えていた。ただ、そんなことなど関係ないとも思っていた。どんな相手であれ、倒すだけだからだ。

 

 

「開始!」

 

 

 覇王と状助が相談し合っていると、そこで試合開始の合図がなされた。すると覇王も状助も、とっさに戦闘態勢へと移行し、敵をしかと見定めていた。

 

 

「早々に砕け散れい!! ”ぶちかまし”!!」

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)……」

 

 

 相手も同じように、すでに行動を起こしていた。ダンターグの転生者は試合開始と同時に、突進を行っていた。この技で二人まとめて吹き飛ばす算段のようだ。

 

 しかし、覇王はそれを見逃すはずもない。即座にその転生者の真上にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)し、その巨大な掌でその相手を叩き潰したのだ。

 

 

「ぐおおお!? がああああああ!?!!」

 

「嘘だろ……!? アイツが一撃でやられるなんて……!」

 

 

 ダンターグの転生者は地面にめり込みながら、魂すらも焼き尽くす炎の熱で、苦痛の声を叫んでいた。一撃、たった一撃で、ダンターグの転生者はまるコゲとなり敗退してしまったのである。

 

 素早すぎる。何と言うスピードだろうか。覇王のO.S(オーバーソウル)のすさまじさを見たアラケスの転生者は慄いた。あの巨大な獣を思わせるアイツが、たった一撃で倒されるなど思っても見なかったのだ。

 

 

「余所見はよくないよ?」

 

「何!? コイツ術師系だと思ったが違うのか!?」

 

「オールラウンダーってやつさ」

 

 

 さらにアラケスの転生者がダンターグの転生者に気を取られている間に、すでに覇王がその相手の目の前までやってきていた。また、気を取られているアラケスの転生者へと、一言忠告を述べたのである。

 

 アラケスの転生者は驚いた。覇王はシャーマンであり、接近してくるとは思ってなかったからだ。目の前のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に注意すればよいと考えていたからだ。

 

 覇王はその相手の問いに、適当に答えた。術も接近戦もこなす万能型(オールラウンダー)だと。

 

 

O.S(オーバーソウル)、神殺し!!」

 

「ぬうう!! ”やきごて”!!」

 

 

 すると覇王はその場で愛刀である物干し竿に、大鬼神リョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)した。覇王が剣術をも使えるようにと考案したO.S(オーバーソウル)、神殺しだ。

 

 アラケスの転生者はそれを見て攻撃がくると考えた。ならば返り討ちにしてやる。そう思い、とっさに手に持った槍で攻撃を開始した。

 

 その槍を突き出さんとする時、突如強烈な熱気がその槍の穂先にこもった。まるで釜戸で焼かれ打ち出された直後の鉄のように、真っ赤に燃えたのだ。

 

 

「秘剣……、”燕返し”!!」

 

「なっ!? その技は!? ガァ!!!」

 

 

 だが、覇王もそれを見逃すはずが無い。槍が自分に届く前に、すでに攻撃は終わっていたのだ。覇王が鍛えに鍛えた奥義、それを槍が自分に届く前に、相手に命中させていたのである。

 

 アラケスの転生者は、その技を見て驚いた。燕返しは至近距離では回避不可能と言われるほどの絶技。自分の位置では回避できないと思ったのだ。何せ同時に一寸の狂いも無く三つの斬撃が放たれるのだ。射程距離の外に逃げる以外、回避するすべはないのである。

 

 そして、その転生者が考えていたように、燕返しは直撃した。胸に三つの切り傷を負い、吹き飛ばされて地面に転がったのである。

 

 

「僕らの勝ちだね」

 

「なあ……」

 

「ん?」

 

 

 完全に動かなくなった対戦相手の二人を見て、覇王は自分たちの勝利を確信した。

 

 また、カウントが取られる中、状助は覇王に呆れたような顔で話しかけた。覇王はなんだろうかと思い、首をかしげながら状助の話を聞いていた。

 

 

「俺、何もしてねぇんだけどよぉ……」

 

「初戦だからね。印象に残るように無双したのさ」

 

「そ、そうかよ……」

 

 

 状助は今の戦いで何もしていないとこぼした。

気の練習をするとか戦いになれるとか、そういうことをするものだとばかり思っていた状助は、気が付けば終わった試合にポカンとしたのである。

 

 ただ、覇王は今後のことを考え、一人で敵を一瞬で倒したと言葉にした。

何故ならここで有名にならなければならないからだ。有名になって、行方不明者全員に自分の声を届けなければならないからだ。故に、最初から本気を出しインパクトを与え、印象に残るような試合を行ったのである。

 

 それを聞いた状助は覇王の答えに、確かにそうだと思った。が、やはり一人で無双した覇王に、少し不満の様子だった。

 

 そして、カウントがゼロになり、対戦相手の敗北が決定した。初戦にて余裕の勝利を飾った覇王らに、盛大な喝采と共に司会の熱のこもった解説が会場に溢れていた。

 

 

「どうもー! 勝利者インタビューデス!」

 

「ど、どうもっス……」

 

 

 すると司会を務めていた悪魔ような姿の女性が、勝者の二人に近づいてきた。勝利した二人に、今の戦いの意見を聞こうと言う物だろう。そして、二人に持っていたマイクを向けたのだ。

 

 状助はマイクを見たとたん緊張し、突然カチコチになっていた。この状助、カメラやマイクなどを見ると、緊張するタイプのようだ。

 

 

「ランキングでも常に上位に位置するゴダンダ・ラスケアコンビ! そのベテランを下しての見事なデビュー戦おめでとデス!」

 

 

 先に司会は勝利者へと、祝いの言葉を投げかけた。また、あの転生者はゴダンダとラスケアと言う名前だったようで、戦歴も中々のものだったようだ。

 

 

「新人さんお名前は?!」

 

「え? 名前っスか……? 俺、なーんにもしてないんスけど……」

 

 

 そこで司会はまず、状助へと名前を尋ねた。しかし、状助はそれに戸惑った。

何せ自分は今回の戦い、何もしてないからだ。何もしてないというのに、先に自分が名乗るなど、おこがましいと思ったのである。

 

 

「いいじゃないか、名前ぐらい」

 

「おっおう……」

 

 

 そんなところへ、今回の勝利の立役者である覇王が、気にするなと声をかけた。

なら、まあいいかと思った状助は、とりあえず答えることにしたのである。

 

 

「えーっとっスねぇ……。ヒガシガタ・ノリスケ……、でいいんスかねぇ……?」

 

「なんで疑問系なんデスか!?」

 

 

 だが、状助はそこでふと思い出した。気が付けば自分も賞金首にされていたということを。

ならば、そのまんま名前を答える訳には行かないと考え、思いついた適当な偽名を名乗った。が、緊張しすぎていたせいか、この偽名で大丈夫なのか聞き返していたのだ。

 

 司会は突然疑問系で紹介されたことに、少し困惑していた。自分の名前なんだから、他人に聞くのはおかしいと思ったからだ。

 

 

「すまないね。彼は極度のあがり症なんだ」

 

「そうなんデスか。で、こちらのお名前は?」

 

 

 見かねた覇王はニコリと笑いながら、状助の失態にいい訳を述べた。

状助は緊張のため混乱してしまっていると、嘘半分本当半分に答えたのである。

 

 それを聞いた司会は納得した様子を見せた後、覇王へとマイクを向けた。そして、覇王へと名を尋ねたのである。

 

 

「……覇王」

 

「はい?」

 

 

 覇王はそこで、小さく自分の名前を語り始めた。

しかし、司会は聞き取れなかったのか、それとも聞き間違えと思ったのか、もう一度それを尋ねていた。

 

 

「……赤蔵覇王」

 

 

 覇王はならばと、再び答えた。

先ほどよりも力強く、はっきりと自分の名前を高らかに、そして静かに宣言した。

 

 

「え!?」

 

「や、やはりか……!」

 

「どおりでかなわぬはずだ……」

 

 

 司会はその名を聞いて、目を見開き驚いた。覇王? いやまさか、()()()()なのだろうかと。

 

 さらに対戦相手だった転生者も、今の攻撃でボロボロの体を起こしながら驚いていた。そして、今の試合が当然の結果だったことを理解した。

 

 と言うのも、覇王の名は魔法世界でも有名だ。そして、その覇王は悪しき転生者を倒して回っているという噂が、魔法世界に住む転生者たちに広まっていた。故に、この二人もその名が幻や嘘ではなく、真実だったことを知ったのである。

 

 それだけではなく、会場全体もザワザワとざわめき始めた。目の前に本物の覇王がいる。強さは聞いていたがこれほどとは。写真よりも可愛い顔をしている、などなどの声が、会場を賑やかにしていた。誰もが本物の覇王が拳闘大会に参加し、戦うとは思ってなかったのだ。本物が現れるなど、考えても見なかったのだ。

 

 

「おま……!」

 

「ふふふ、僕は君のようにお尋ね者ではないからね」

 

 

 状助は覇王のその態度に驚いた。と言うかかなり焦った顔を見せた。なんで本名をそのまま教えてしまうのかと。

 

 が、覇王は別に状助たちのように、賞金首ではない。やましいこともないので、むしろ当然のことをしただけなのである。

 

 

「それに有名になる必要があるんだろ? だったらいいじゃないか、ぴったりだろう?」

 

「そうだがよぉ……」

 

 

 また、覇王は自分の名前が魔法世界で売れていることを知っていた。なので、ここで利用できないかと考えたのだ。

 

 ただ、状助は覇王のそんな作戦に、呆れた顔を見せていた。本当に大丈夫なのだろうかと。この先さらなる強敵が現れないか、少し不安になっていたのだ。

 

 

「赤蔵覇王と今言ったデスか!? あの”星を統べる者”で有名な!?」

 

「……その呼び名はあまり好きじゃないんだ」

 

「そっ、それは失礼したデス!」

 

 

 すると、司会は戸惑った様子のまま、覇王の異名を言葉にした。

もしや目の前の覇王と言う少年は、魔法世界で有名な”星を統べる者”なのではないかと思ったのだ。

 

 しかし、覇王はその言葉に肯定を含みつつも、少し不機嫌な態度を見せた。この覇王、その異名が好きではない。そういう呼ばれ方をされたくないのである。

 

 司会は覇王が露骨に機嫌を悪くしたのを見て、すぐさま謝罪した。そして、覇王のことについて盛大に観客へと投げかけ、盛り上げていたのだった。

 

 

「しかし、有名になってちょっと迷惑していたけど、こういう使い方ができるとは思ってなかったね」

 

「オメェなぁ……」

 

 

 そんな周囲の状況などおかまいなしな様子で、覇王は微笑んでいた。

気がつけば有名になって、正直言えばあまりよい気分ではなかった。だが、こんな使い方ができるのならば、今は悪くないと思ったのである。

 

 が、やはり状助は呆れていた。

と言うか、覇王が有名だとは聞かされていたが、これほどとは思ってなかったようだ。

 

 

「まあ、一戦目としてはこんなもんかな」

 

「そうかもしれねぇ……。俺なんもしてねぇけど」

 

 

 覇王はこれでかなり有名になり、知名度も上がったはずだと笑っていた。また、この一戦で大きな手ごたえを掴んでいたのだ。

 

 ただ、状助は今回何もしていないので、ただただ困惑することばかりであった。なので、ため息をつきながら、今度はしっかり戦おうと心に決めるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その覇王たちの初試合を観客席から眺める少年が二人が、覇王の強さに改めて戦慄していた。ネギと小太郎の二人だ。強い、何と言う強さだろうか。相手とて弱い訳ではなかったはずだ。だと言うのに、ものの数秒で試合を終わらせてしまった。その強さに戦慄し、驚き、感激すらしていた。

 

 

「すごい……」

 

「ホンマ赤蔵の兄ちゃんは化け物やで……」

 

 

 ネギは純粋に、覇王の強さに感服していた。一体どんな修行をすれば、あれほどまでに強くなれるのだろうかと。

 

 また、小太郎は恐怖すら感じていた。小太郎は覇王がリョウメンスクナを一撃で倒したのを見て、覇王に恐縮するようになってしまった。とは言え、覇王が小太郎にどうこうした訳でもなく、小太郎が感覚的に恐れを抱いているだけである。

 

 

「あー、俺もこれに出て強ーなりたかったわー」

 

「……」

 

 

 さらに小太郎は、覇王たちが勝手に試合出場の件を決めたを思い出していた。自分も誘ってくれれば、絶対に乗ったのに。こんな試合に出れれば、さらなるレベルアップが図れるのに。そう考えながら、少しふて腐れていたのだった。

 

 ただ、ネギはすでに終わった試合会場を眺めながら、何か考え事をしていた。強くなりたいとはネギも思っている。だが、今すぐあれほどまでに強くなれるかと言われれば、無理だと考えていた。ではどうすればいいのか、何を先に伸ばせばいいか、それをじっくりと考察していたのである。

 

 

「確かに強ぇな……。噂は本当だったって訳だな」

 

「おっさんもそう思うやろ?」

 

 

 そこへ小太郎の横に座っていた男性が、その話を聞いたのか覇王の強さについて言葉をこぼした。とてもガタイがよく、筋肉質で褐色肌の大男だった。

 

 その男は覇王の噂が本当だったことに、関心していた。よくあるデマの情報ではなく、本当に覇王と言う存在が強いものだと今の試合で理解したのだ。

 

 それを聞いた小太郎は、その男へ話しかけた。

あの覇王は化け物じみた強さだ。大鬼神すら一撃で倒す、正真正銘現代に生きた化け物だと。バグキャラだと。

 

 

「ああ、俺もそう思うぜ。ありゃかなり強い。いや、メチャクチャ強い」

 

「まったくやで! どないしたらあんな強ーなれるんや!」

 

 

 また、男は今の試合での感想を率直に言葉にした。

あの覇王と言う少年は強い。戦わなければわからないが、自分ぐらい強いだろうと思っていた。

 

 小太郎もその男の意見に賛同していた。

それだけではなく、自分もあのぐらい強くなるにはどうしたらいいのだろうかと、悔しそうに声を出していた。

 

 

「かー! 俺もアレぐれぇ強なりたいわ! ネギもそう思うやろ!?」

 

「……うん」

 

 

 強くなりたい。もっと、もっと、強くなりたい。小太郎は純粋にそう思っていた。それをネギに尋ねれば、ネギも強い意思を感じる返事を、小太郎へと返していた。

 

 

「そーかそーか! 強くなりてぇか!」

 

「男なら当たり前のことやろ! 誰よりも強ーなりたいっちゅーんは!」

 

「おう! そうだな! 男なら当然だな!」

 

 

 すると、横の男がガハハと笑いながら、それを小太郎へと問いかけた。

小太郎はそれに対して、当たり前だと叫んでいた。男なら誰よりも強くなりたいと思うのは、当然だと。

 

 男はそれを聞いて、再び大きな声で笑っていた。

そのとおりだ。間違ってない。男ならばそう思うのは普通のことだと。

 

 

「……だったら、俺がお前らを鍛えてやってもいいぜ?」

 

 

 だが、そこで男は突然ニヤリと笑い、自分が小太郎らに修行をつけてもいいと言い出した。その表情は自信に溢れており、かなり強気の様子であった。

 

 

「は? 何言ーとるんやこのおっさんは!?」

 

「……あっ、あなたは……!」

 

「お? ネギの知り合いか?」

 

 

 小太郎はそんなことを言う男に、意味がわからないという顔を見せた。そこでネギがその男の顔を見れば、ハッとした様子を見せたではないか。小太郎はもしやこの男、ネギの知り合いなのではないかと察していた。

 

 

「確かあなたは……、ジャック・ラカンさん!?」

 

「ほう、ぼーず。俺のことを知ってたのか」

 

「話には聞いていましたので……」

 

 

 ネギは小太郎の横に座る大男を知っていた。教えてもらっていた。京都の隠れ家で、彼が写った写真を見ていた。そう、この男こそ紅き翼のメンバーの一人、バグの中のバグであるジャック・ラカンだったのだ。

 

 男、ラカンはネギが自分のことを知っていたことに、関心した顔を見せていた。また、ネギも話しに聞いたぐらいには、と言葉にしていたのだった。

 

 

「あれか? このおっさんもネギの親父の仲間っちゅーやつか?」

 

「うん、そうだよ」

 

「あー、確かそんな時もあったなぁ」

 

 

 すると小太郎もそこで色々察したのか、横の男がネギの親父の仲間だったヤツなのかとネギに尋ねた。ネギはそれに対して頭を縦に振り、間違いないと肯定した。

 

 ラカンもそれを聞いて、過去のことを思い出していた。そういえば、そう呼ばれていたこともあったなと、しみじみと思い出に浸っていた。

 

 

「それよかおっさん! 今鍛えてくれるっちゅーたよな!」

 

「おう、そう言ったが?」

 

 

 また、小太郎はラカンの今の言葉にハッとし、それについて興奮気味に質問した。

ラカンも鍛えてやると言った事に二言はないと言う様子で、大きく構えて言葉にした。

 

 

「それやったら、まずは戦ってみんとな!」

 

「ほう、俺とやるってか? 言っとくが俺様は強いぜ?」

 

「はっ! やってみんとわからんやろが!」

 

 

 ならば一度戦いたい、手合わせ願いたいと、小太郎は大きく叫んだ。

鍛えてもらうならば、当然強い人がよい。その実力に見合うか、自分で確かめたいと思ったのだ。

 

 だが、ラカンはそれに笑って答えた。

ラカン自身、己の強さにそうとうな自信がある。むしろ魔法世界で彼ほどの実力者はそうそういないぐらいの強さだ。故に、果敢に挑もうとする小太郎に、好印象を受けていた。

 

 小太郎もまた、ラカンのその言葉に乗るようにして、さらに声を荒げた。

強いのはすでにわかっている。見ればわかる。それでも全てがわかる訳ではない。わからない部分は戦って理解すればよいと、そう思っていたのだ。

 

 

「ちょっと待ってください!」

 

「なんやネギ! 今ええとこやっちゅーのに!」

 

「何だぼーず?」

 

 

 しかし、そこでネギが二人の間に入り、会話を中断させた。

小太郎は突然冷や水をかけられた感じで、邪魔をするなと叫んでいた。

逆にラカンは特に気にした様子もなく、静かに何か用なのかと言葉にするだけであった。

 

 

「何故、僕たちを鍛えようと?」

 

「何故だって? それはだな……」

 

 

 ネギは少し疑問に思ったことがあった。それはどうしてラカンが、自分たちを鍛えると言い出したのか、ということだった。

 

 何せネギの父親の仲間だというだけで、そこまでする必要がないからだ。それにラカンは隠居の身。わざわざ自分たちのいる場所まで出向いて、それをする理由がない。そこにネギは非常に気になった。どういう理由なのだろうかと。

 

 ラカンはネギの疑問はもっともとだと思った様子で、腕を組みながらその理由を思い出していた。

 

 

「いや、何。メト、……メトゥーナトの野郎がよ、俺にそう依頼してきたって訳だ」

 

「来史渡さんが?」

 

「んん? ああ……、アイツあっちじゃそう名乗ってやがったっけっか」

 

 

 ラカンはネギたちの前に現れた理由を、淡々と語り始めた。

そして、その理由とは、あのメトゥーナトがネギたちを頼むと、依頼してきたというものだった。

 

 メトゥーナトやタカミチは、当然のことながら魔法世界にいる紅き翼の面々に、ネギたちが魔法世界へ行くということを話していた。そこでガトウには、ネギの出迎えを頼んでおいたのだ。だが、ラカンにはそれを頼まなかった。性格上、すっぽかす可能性があったからだ。

 

 なのでメトゥーナトは一人、ラカンに依頼と言う形でこのことを頼んでおいた。金にがめつくうるさいラカンならば、金が関わったのならば、面倒だと思っても動いてくれるとメトゥーナトは考えたからだ。

 

 また、メトゥーナトの名を聞いたネギは、アスナの父親がわりをしていた男性を思い浮かべた。あの人が事前にそういうことをしてくれていたのかと、察したのである。

 

 ただ、ラカンはネギの言った名前が一瞬わからなかった。来史渡とは、メトゥーナトが旧世界の麻帆良で使っていた偽名だからだ。故に、少しラカンは考え、それがメトゥーナトの偽名だったことを思い出したのである。

 

 

「一応金も貰った手前、断れなくなっちまってな?」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

 

 とりあえずその話はおいておくとして、ラカンは再び説明を始めた。

ラカンはメトゥーナトから金を貰ったがために、面倒ではあるがこの依頼を断れなくなったと、面白おかしく言葉にしていた。それはつまり、依頼でなければ面倒でやらなかった、ともとれる発言だったのである。

 

 ネギはそれを思い、少し呆れていた。今の言葉で目の前の男はわりといい加減な性格なんだと理解したのだ。この人結構変な人だ、そう思ったのだ。

 

 

「だからアイツをだまくらかして、金だけ貰っちまおうって思ったんだがよ」

 

「え!?」

 

「でもよ、んなことしたらマジで殺されるって考えたらヤベエと思ってよ! 流石にやめたぜ!」

 

 

 しかし、ラカンはさらに続けた。

この際断れないのなら、いっそうのこと金だけ貰って騙して逃げてしまおうとしたと言い出したのだ。その表情は愉快そうであり、一度はそれをやろうと考えたことだというのが伺えた。

 

 ネギはその発言に、一瞬耳を疑った。まさか依頼されたというのに、それまですっぽかそうなどと、普通はありえないと思ったからだ。

 

 

 まあ、確かに普通ならやらないし、ラカンも普段はやらないことだ。隠居してるとは言え、傭兵としての信頼も落ちるし、それは自分の首を絞める行為だからだ。

 

 だが、相手がメトゥーナトなどの仲間なら別だ。元々自分がどんなヤツかを知っている仲間ならば、別にいいか、の一言で済ませられるというものだ。

 

 ただ、ラカンはそれを考えた上で、さらに考えたようである。そんなことをすれば、冗談では済まされないと思ったのだ。

 

 あのメトゥーナトは真剣に依頼してきた。これを蹴ったとなれば、本気でキレるに違いない。そして、キレたら自分にも手に負えないだろう。そう考えた末、依頼どおりやろうとラカンは思ったのだ。

 

 

「アイツ怒らせると魔獣なんか目じゃねぇぐらい怖くてよ!! あーゆーヤツを怒らせちゃいけねぇぜ!!」

 

「は、はぁ……」

 

 

 キレたメトゥーナトはヤバイ。正直相手にしたくない。ラカンがそう言うほどのものであった。普段は冷静沈着な態度を見せるメトゥーナト。しかし、アレはわりと情熱的で感情的だ。

 

 キレれば本気で報復しに来る。騙したとして、それがバレれば容赦なく攻撃してくる。ラカンはそれを恐れたので、約束を守ったということだった。とは言え、半分は冗談なのだが。半分は。

 

 そこでラカンはあんな感じの人間は怒らせない方がいいと、HAHAHAと笑って言葉にしていた。普段静かな態度を取り繕っているヤツこそ、怒った時の怖さは計り知れないと、大笑いしていたのである。

 

 ネギはそんなラカンに呆れるしかなかった。さらにネギには、あの冷静で大人な雰囲気のメトゥーナトが、キレる姿が思いつかなかったのだ。まあ、それはネギがその一面しか見ていないだけだから、というのもあるのだが。

 

 

「……だが実はな。もう一つ、ここに来た理由がある」

 

「……それは?」

 

 

 しかし、ラカンがここに来たのにはもう一つ理由があった。

それを静かに話そうとするラカンに、ネギはそれを尋ねていた。

 

 

「それと、お前がアル……ビレオやエヴァンジェリン、それとあのギガントの弟子として修行したって聞いてな。そこに興味が出た訳よ」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 ラカンがここまで出向いた理由。それはネギが多くのものから教えを受け、師事したからだ。その教えたものたちが、自身の知り合いで優秀な人材ばかりだからだ。

 

 ラカンもまた、ギガントの名を知っていた。紅き翼の仲間であるメトゥーナトの同僚であり、何度か会ったこともあるからだ。

 

 また、その実力や能力もある程度知っていた。アルカディア帝国のNo2であり、皇帝が信頼する部下の一人。単純な戦闘能力こそメトゥーナトや龍一郎に劣る部分もあるが、それ以外の部分では二人からずば抜けているのもギガントであった。

 

 そんなすさまじい連中から教えを受けたネギに、ラカンはかなり惹かれるものがあった。大物になれる予感を感じていたのだ。

 

 ネギはその二つ目の理由を聞いて、素直に納得していた。確かに自分はその三人から魔法の指南を受け、修行をしてきたと。

 

 

「せやったら俺は!?」

 

「ついでだついで! 一応メトからお前のことも頼まれたしな!」

 

「ヒデーなこのおっさん……」

 

 

 すると小太郎が自分が話題にいないことに気がついた。それをラカンに尋ねれば、ラカンはカラカラ笑いながら、メトゥーナトに頼まれただけのついでだと言い出した。流石にそれは酷い、酷すぎると、小太郎は一言呆れてこぼしたのだった。

 

 

「とは言うが、俺は多分犬のぼーずの方が、教えやすいだろうぜ?」

 

「ホンマか!」

 

「おうよ!」

 

 

 ただ、ラカンは自分が鍛えるならば、小太郎の方が相性がいいと言葉にした。何故ならラカンは”気”を用いての肉弾戦の方が得意だからだ。

 

 小太郎はそれを聞いて、シケた顔から一転して元気な顔となった。そして、それをラカンに尋ねれば、ラカンも自信ありげな返事を返したのである。

 

 

「むしろ……だな……。そっちのぼーずの方が……、なんつーか……、俺が教えられそうなことはないかもしれん……」

 

「えー!?」

 

 

 ラカンはそれよりも、ネギの方をどう鍛えるか悩んでいた。何かすごい必殺技でも伝授すればいいのだろうか。とは言え、話に聞けば完全な魔法使いスタイルだ。それじゃ自分が何かを教えることはできないのではないか? そう考えていた。

 

 それをラカンが言うと、ネギは大きな声を出して驚いた。

いや、むしろその叫びはつっこみに近いものだった。

 

 

「じゃあ一体何しに来たんですか!?」

 

「いやー、だってよ? 俺は肉体的に最強だし? 頭使って戦う魔法使いってのは性にあわないっていうか?」

 

 

 ネギはそこに大きなつっこみを入れた。

ラカンは基本は自分の修行のために来たというのに、口を開けば何もできないと言うではないか。それでは何をしに来たのか、まったく意味がわからない。

 

 そんなネギにラカンは笑って答えた。

魔法使いとかよくわからんと。むしろ、体や技を鍛えて直接殴る方が得意なラカンは、小難しく魔法を使って戦うスタイルなど、まったく理解できないのだ。

 

 

「ナギのヤツもあれはあれで馬鹿だったしよ? 頭まったく使わない奴だったからなぁ……」

 

「は、はぁ……」

 

 

 また、ラカンのライバルでありネギの父親のナギも、頭を使わず力押しをするタイプだった。その逆を行くネギをどうやって鍛えていいのか、ラカンもよくわからないのだ。

 

 ネギはもはや何も言葉が出なくなっていた。

それほど呆れていた。だが、それでもここまで来てくて、自分たちの面倒を見てくれようとしていることには、感謝していたりもする。

 

 

「まあ、そういうのは後々考えるってことにするか!」

 

「いいんですかそれで!?」

 

「問題ない!」

 

「いやいや! 問題だらけなのでは!?」

 

 

 ラカンはもはや考えるのを投げ捨てた。

今は別に気にする必要もあるまい。また今度考えればいいと、笑って言葉にしたのである。

 

 ネギは投げやりなラカンを見て、盛大につっこんだ。

が、ラカンはそれに、大丈夫だと豪語した。

 

 それを聞いたネギは、そんなはずはない。問題を先延ばししているだけなのではないかと、焦った様子で叫んだのである。

 

 

「うるせー! 男が一々みみっちいことを気にすんな!」

 

「あいたー!」

 

「ホンマにヒデーわこのおっさん……」

 

 

 するとラカンは、ネギのつっこみにイラついたのか、ネギの頭に拳を叩き込んだ。男の癖に小さいやつだ。その程度のことなど、気にしすぎだと。

 

 ネギはラカンの拳を受けて、かなり痛がった。これでもまだ手加減されている方ではあるが、頭を抑えながら激痛に苦しんでいたのだ。

 

 それを横で眺めていた小太郎はドン引きしながら、ラカンという男がどんなヤツなのか理解した様子だった。いやはや、ネギの言葉はまさしく正論だった。それでも拳でねじ伏せてしまう、とんでもないヤツであると。

 

 

「とりあえず、今日は言いたいことは言い切ったので帰る!」

 

「そっそんな!」

 

「早いトコ修行するんやないんか!?」

 

「ガキが夜更かしするもんじゃないぜ?」

 

 

 ラカンはその後すっきりした顔で、目的が終わったので帰ると言い出した。

ネギはここまで話しておいて何もせず、さっさと帰ろうとするラカンに、文句を言いたそうな顔を見せていた。

小太郎も修行させに来たといいつつも、帰ろうとするラカンに文句を一言飛ばしたのである。

 

 が、ラカンはそんなことなど気にもせず、ニヤリと笑ってそれを言った。

別に焦ることはない。今すぐやらなければならない訳ではないと、そんな様子だった。

 

 

「それに心配すんな! 明日の朝迎えにきてやる。そんでもって、俺様がじきじきに、しっかり修行つけてやるよ」

 

「そうですか……」

 

「ま、おっさんがそういうんやったら……」

 

 

 また、ラカンは明日の朝に迎えにくると言った。

普通ならネギたちが自分のところへ来いと言うところだが、何せメトゥーナトに依頼されているのだ。中途半端なことはできないと考えたのか、自ら出迎えることにしたのである。

 

 ネギはラカンのその言葉に納得したのか、それ以上は言わなかった。

小太郎も同じだったようで、ラカンがそうするのならと、引き下がったのである。

 

 

「んじゃ、また明日な! 寝坊すんじゃねーぞ!」

 

「はっ、はい!」

 

「おう!」

 

 

 ラカンは最後に別れを済ますと、そのまま帰っていった。ネギたちはそれに対して大きく返事をし、立ち去るラカンを見送ったのだった。そしてネギたちは、このことを他のみんなに報告し、ラカンの下で修行することにしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 次の日の朝、ラカンは約束どおり迎えに街までやってきた。ネギや小太郎だけで行かせるのは心配だと思った千雨や茶々丸だったが、ラカンの仮契約カードを見て本物だと理解し、問題ないだろうと考えたようだ。

 

 また、無茶をしそうな小太郎をネギが抑えてくれれば、と思ったのか、とりあえずは二人だけで行かせることにしたのである。

 

 と言うのも、誰もが忙しかったというのもある。100万ドラクマは大金だ。状助たちが大会で優勝することになったにせよ、コツコツ稼ぐことは重要だと誰もが思った。それに散らばった仲間たちを探すためにも、生活していくためにも、お金が必要だからだ。

 

 なので、誰もがチマチマと仕事をしながらお金を稼ぐことにしたので、ネギたちの様子見をする暇がなかったのである。それに、暇になった誰かが様子を見に行けばよい、とも考えたというのもあったのだ。

 

 

「んじゃ、まずそっちのぼーずが昨日言ったように、バトってやる」

 

「おっしゃ!」

 

 

 と言う訳で、ネギと小太郎の二人は、ラカンの隠れ家にやってきていた。グラニクスから少し離れた、荒野のど真ん中にあるオアシス、そこにある古びた遺跡のような場所だった。

 

 ラカンは小太郎が昨日言った、まずは戦いたいという要求に応え、すでに戦いの姿勢を見せていた。小太郎もラカンがその気なのを見て、ぐっと全身に力を入れていたのである。

 

 

「このコインが地面に落ちたら合図だ。いいな?」

 

「おう! はよしようや!」

 

「そう慌てんな。俺は逃げも隠れもしねぇからよ」

 

 

 ラカンはすっとポケットから、一枚のコインを取り出した。そのコインを小太郎に見せ、わかりやすくルールを説明したのだ。

 

 小太郎ははやく戦いをしたいようで、それを聞くやいなや、催促を始めてたのである。

ラカンはそれを見て笑いながら、焦るなと言葉にしていた。

 

 

「そんじゃ、行くぜ」

 

「!?」

 

 

 ならば、早速とばかりにラカンはコインを指ではじき、放り投げた。

小太郎はコインの落下音を耳を澄ましながら、ラカンをしっかりと捉え睨みつけていた。

 

 だが、なんということだろうか。コインの落下した音がチャリンと鳴ったと同時に、ラカンが消えたのだ。小太郎は確かにラカンを間違いなく捉えていた。だと言うのに、一瞬で見失ったのである。

 

 

「え!?」

 

 

 また、ネギはその光景を見て、唖然としていた。一体何が起こったのか、まったくもって理解できなかったのだ。

 

 それもそのはず、コインが落ちた時には、すでに決着がついていたからだ。消えたラカンは小太郎の真横まで瞬く間に移動し、そのまま勢いよくその小太郎のどてっぱらを殴り飛ばしたのだ。

 

 小太郎は何もわからないまま、その殴られた衝撃とともに吹き飛ばされ、背後にあった建物の壁に衝突していた。さらに小太郎自身にも何が起こったかわかっておらず、背中を壁に打ち付けたところで、混乱した様子を見せていたのだ。

 

 

「ぐっ……!?」

 

「おっとすまねぇ、ちょいと本気を出しちまった」

 

「まったく見えなかった……」

 

 

 何が、一体何が起こったのだろうか。小太郎は吹き飛ばされた場所で周囲を見た。まるでわからなかった。意味がわからなかった。何をされたかわからなかった。ラカンの攻撃が早すぎて、殴られたという感覚も、吹き飛ばされたという感覚も、まったく感じることができなかったのだ。

 

 ラカンは頭をポリポリかきながら、大人気なかったと小さく言葉にして謝っていた。だが、強さを知りたいと言ったのは小太郎だ。故に、ほんの少しだが、本気を見せてやろうとラカンは思ったのである。

 

 また、ネギも今の戦いを見て、戦慄したまま動けなかった。いや、今のは戦いですらなかった。一撃で片付いてしまった、ただの蹂躙であった。

 

 

「ほら、立てよ」

 

「くっ、なんちゅー速さや……。殴られたことすら気づけんかったで……」

 

 

 ラカンは小太郎の目の前までやってきて、手を差し伸べた。ほんの少しだったが、本気を出したことに対する侘びのようなものだ。

 

 小太郎もようやく何が起こったのかがわかってきた様子だった。そして、腹部に鈍痛がしはじめたのを感じ、殴り飛ばされたことをようやく理解したのである。

 

 

「どうだ? 俺は強ぇだろ?」

 

「ホンマ強えーわ……。よう実感したで……」

 

 

 立ち上がった小太郎を見て、ラカンはニヒルに笑った。また、自分の強さをアピールするかのごとく、それを豪語したのである。

 

 小太郎もそれを見て、全てを察した。この目の前の男はとてつもなく大きな存在であり、かなりの強者であるということを。さらにこの男と修行すれば、自分も強くなれることを実感していたのだった。

 

 

「さてと……。次はそっちだな」

 

「はい!」

 

 

 そして、小太郎との約束を果たしたラカンは、次にネギの方へとやってきた。

ネギもラカンの言葉に、元気よく返事をしていた。

 

 

「……ところでお前、何ができるんだ?」

 

「えっとですね……」

 

 

 そこでラカンは、とりあえずネギが今何ができるのかを尋ねた。

魔法や技など、使えるものは何かがわからなければ、どの道鍛えようがないと考えたからだ。

 

 ネギはそこでそれを思い出しながら、少しずつ言葉にしていった。

魔法の射手はもちろんのこと、使える属性や他の魔法。教えられてきた力の全て。それらを次々と思い出し、ラカンへと話したのである。

 

 

「色々できるって訳だ」

 

「ええ、まあ…」

 

 

 ラカンはそれを聞いて、なるほどと思っていた。思ったよりも攻撃の技が少ないと感じたが、それ以外は手札が多いことを理解したのだ。

 

 ネギもラカンにそれを言われると、小さく返事をしていた。

確かに色々できるにはできるが、これではまだ足りないと思っていたからである。

 

 

「つまり……器用貧乏ってやつか」

 

「……はっ、はい……」

 

 

 そこでラカンは、一言きつい言葉を発した。

色々できるが色々できない。つまるところ、器用貧乏と言うしかないと。手札は多いが中途半端。現時点では万能とは呼べず、器用貧乏でしかないのだと。

 

 ネギもそれは理解していた。自分は未だに技術が足りないことを。だからこそ、色んな人から教えを請うたのだと。ただ、それをはっきりと言われると、ネギもショックだったようで、少しだけ落ち込んだ様子を見せていた。

 

 

「しかし、どうしたもんか……。昨日言ったとおり、俺はお前を鍛えるには向いてねぇ」

 

「みたいですね……」

 

 

 とは言え、ラカンは戦士タイプ。完全な魔法使いタイプであるネギを、どう鍛えればいいかがわからない。なので、どうしたものかと悩んだ様子を見せたのである。

ネギも先ほどの戦いを見て、それを察した様子だった。

 

 

「ところで、お前らはどうして強くなりたいんだ?」

 

「そりゃ男やったら最強目指すもんやろ!」

 

「それは間違っちゃいねぇな! 確かにそうだ! シンプルでわかりやすくていいぜ!」

 

 

 ラカンはふと、ここで唐突に二人へと質問した。

何故強さを得たいのか。何故上を目指すのか。シンプルだが奥深い質問だった。

 

 どうしてそのような質問をラカンがしたのか。その理由は目標があった方がいいと思ったからだ。目標があれば、その道を進んでいける。その方が修行に力が入るし、力もつきやすいと考えたからだ。

 

 その問いに小太郎は、即座に力強く答えていた。

男に生まれたのならば、上を目指すのは当たり前だ。最強を目標に、強くなりたいと思うものだと。

 

 そんな小太郎の答えに、ラカンは大きく笑った。

馬鹿にしているのではない。むしろ、清清しくてよいと思ったからだ。男に生まれたのならば、男だったら最強になりたい。単純だがわかりやすい答えだ。

 

 それに、小太郎の今の答えは実にラカン好みだった。故に、やはり小太郎は自分と相性がいいと、ラカンは再度認識したのである。

 

 

「で、そっちは?」

 

「僕は……」

 

 

 ラカンは未だ質問に答えていないネギの方を向き、再び聞きなおした。

するとネギは少し悩んだ後、ゆっくりと口を開いたのである。

 

 

「みんなを……、大切な人たちを守れるぐらい、強くなりたいです」

 

「……それだけか?」

 

「はい」

 

 

 ネギは、今心に秘めていることを、ここで明かした。大切な人たち、自分の生徒や知り合い、それらを守れるぐらい強くなりたい、そう静かに話したのだ。

 

 が、ラカンは少し拍子抜けした顔で、え? それだけ? と聞いていた。

むしろ、もっと何かあるだろう。そう言った表向きの理由ではなく、本心があるだろう。ラカンはそれを考え、もう一度ネギにそれを聞いた。

 

 しかし、ネギはそれ以上答えなかった。

いや、今のネギにとって、今の答えこそが全てであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 

 

「……つーか何か目標とか、そういうのないのかよ?」

 

「目標……ですか?」

 

「おうよ、それがあるのとないのじゃ大違いだ」

 

 

 ならば質問を変えよう。ラカンはそう考え、目標をネギに尋ねた。

強くなりたい理由はそれでもいいだろう。だが、自ら目指すものは別にあるはずだと考えたのだ。

 

 ネギは目標と聞いて、少し悩んだ。色々と目標を達成してきたネギとして、今ある目標とは何なのかを、真剣に模索したのである。

 

 ラカンは真面目な表情でそれを聞いたネギに、目標の重要性を語った。

ただ闇雲に進むより、目標があった方が、目指す終着点があった方が鍛えやすいと思っていたのである。

 

 

「……お師匠さま……、ギガントさんのようになりたいです」

 

「アイツのようにか?」

 

「はい!」

 

 

 するとネギは数秒間考えた後、自分の面倒を見てくれた最初の師匠である、ギガントのようになりたいと答えた。

 

 ラカンはそれを聞いて小さく笑いながら、関心した様子で再度尋ねた。

ただ、ラカンはその答えに、ほんの少し疑問に思った。はて、何でアイツのようになりたいのだろうかと。

 

 そんなラカンの疑問など知らず、ネギはそれに、心から返事をした。

自分が今まで目指してきたもの、それはギガントのようになりたいと思ってのことだった。今もそうだし、そうなりたいと願っていた。

 

 

「おお! そうだったな! お前は最初ヤツに師事したんだったな!」

 

「はい。僕の憧れです」

 

「そうかそうか! だからエヴァンジェリンやアルにも教えを請い”手札”を増やしたって訳か!」

 

 

 だが、ここでラカンはその疑問を解消することを思い出し、大きな声を出した。

ネギが最初に師事したのが、あのギガントだったことを。そして、アレのすごさを見たのなら、確かに目標にするのも頷けると、そう考えたのだ。

 

 ラカンのその言葉に、ネギははっきりと、自信を持って言葉にした。

そうだ、今も昔もお師匠さまこそ憧れだ。あの人のようになりたいと、あの人のように、人の役に立つ人になりたいとずっと思ってきたのだと。

 

 

 そんなネギを見て、ラカンは全てを理解した。

なるほど、アレのようになるのなら、手札が多い方がいい。何せギガントというものは何でもできる存在だ。苦手なのはなんだと聞かれれば、思い浮かばないぐらい何でもできる。

 

 アレこそ正真正銘、千の呪文を操る存在だと、ラカンは認めていた。いや、”術のデパート”や”千の精霊を使役する存在”の方が正しいと、ラカンは考えていたのだ。

 

 そして、アレを目指すならば、手数は多い方がいい。エヴァンジェリンやアルビレオに師事すれば、それを増やすことができる。ネギが今までこだわりを持たず、色んな人に教えを受けたのは、そのためかとラカンは察したのである。

 

 

「つまり、お前の最終目標は”移動要塞”って訳だな?」

 

「はい。攻守を極限まで高めた魔法使いです」

 

 

 そこでラカンは、ネギの最終目標を言い当てた。

移動要塞。つまりはいかなる攻撃をも障壁で受け止め、あるいは回避し、砲撃のように魔法を打ち込むというものだ。そして、それを極めたのがあのギガントという存在だったのだ。

 

 ネギもそれを肯定し、自ら定めた目標だと述べた。

本来、魔法使いはパートナーと呼ばれる”盾役”が必要だ。そのパートナーが敵の攻撃をしのいでいる間に、魔法使いが詠唱するのが基本戦術である。

 

 だが、それを一人でやろうと考えているのがネギだった。また、接近戦をこなさずとも、魔法使いの能力のみでそれを行おうとしていたのだ。

 

 

「なるほどなぁー。魔法使いの究極を目指す訳か」

 

「そうです。僕の()()()()()はそれになります」

 

 

 ラカンはネギの答えに納得した。

親父のナギのようにはいかないが、それに近い形に落ち着こうと言う訳かと。ギガントのように全てを受けきり、全てを倒す魔法使いになりたいのかと。

 

 しかし、ネギはそれを肯定しつつも、一言だけそれにくわえた。

確かにそれは自分の目標だが、”強さ”としての目標でしかないと。何故ならネギは人の役に立つ人になりたいのであって、ただ強くなりたいという訳ではないからだ。

 

 強さの理想こそ、間違いなくそれなのだが、真の理想はそれではない。ネギが本当に目指すもの、それはギガントのように傷ついた人を癒し、あるいは助けられる人間なのだ。

 

 

「だけど、今の僕にはそんなことはできませんし、すぐにはなれません」

 

 

 ただ、ネギはそれを言い切った後、それは目標でしかないと言葉にした。

今の自分の実力を見れば、それはまだまだ先にある手に届かないものだと理解していたからだ。今すぐそれをやれと言われても、できるようなことではないのだ。

 

 

「だから、まずは守りを鍛えたいと思っています」

 

「ふーん。自分の強くなった時のヴィジョンと、鍛える順番ってやつを、しっかりイメージできてるみてぇだな」

 

 

 故に、ネギはまず、自分の身近な人を守れるように、防御を鍛えたいと思った。攻撃を延ばして敵を倒すこともできるだろう。しかし、ネギは攻撃よりも、防御を選んだのだ。

 

 また、ラカンはネギのその信念がこもった発言に、色々と納得した様子を見せていた。ネギは自分がどうやって強くなるかを、しっかり段階を踏んで考えている。強くなる段階をイメージできている。

 

 そこにラカンは関心を寄せていた。これなら少し背中を押すだけで、大きくなると確信した。

 

 

「おいネギ、守りだけやったら敵を倒せへんやろが」

 

「それはわかってるよ」

 

 

 だが、そこで話を横で聞いていた小太郎が、そんなネギに文句を言った。

防御と言うのは確かに重要だ。ただ、それだけでは敵を倒すことはできない。小太郎は敵が倒せなければ意味が無いのではないかと思い、それをネギに言ったのである。

 

 ネギとてそのぐらいは理解していた。守ってばかりでは敵を倒せない。いずれ自分がジリ貧となって、ピンチになるだろうとも。

 

 

「でも、そしたらコタロー君が敵を倒してくれればいいじゃないか」

 

「むっ……。まぁ、そうやろけどなぁ」

 

 

 しかし、ならば敵を倒してくれる仲間がいればいい。そしてそれは、目の前にいる。自分が敵を倒せないのなら、仲間にそれを任せるのも戦術だ。

 

 それをネギは小太郎へと話すと、小太郎は少し渋い顔を見せた。小太郎もそれは間違ってないとも思った。しかしながら、男なら敵を一人で倒すぐらいの意気込みは見せて欲しいと、そう思った。自分に頼らず、自身の手で敵を打ち砕くことを、考えて欲しいと思ったのである。

 

 

「僕だってコタロー君が言う強さも欲しい。でも、今すぐにはそれを得ることはできない……」

 

 

 だが、ネギはさらに言葉を続けた。

当然ネギとて、小太郎が言いたいことぐらいわかっていた。そう言う強さも最終的に必要だと考えていた。攻撃の重要性も理解していた。

 

 ただ、今は守りと攻撃、どちらも選ぶという欲張ったことはできない。二兎を得るものは一兎も得ず。どちらか片方に力を注ぐ必要があると、ネギは考えていたのだ。

 

 

「その足りない分は、仲間で補うべきなんじゃないかって思って……」

 

「……お!?」

 

「お?」

 

 

 ならば、自分が足りない部分を仲間でカバーしあうのも、悪くは無いのではないかとネギは語った。

すると、小太郎はそれを聞いて、目を見開き驚いた様子を見せていた。

ネギはそんな小太郎に、どうかしたんだろうかと不思議そうな顔を見せたのである。

 

 

「おおう! ネギの癖にええことゆーわ!」

 

「えっ!? 何で!?」

 

 

 小太郎はネギの話を聞いて、感激していた。いやはや、まさかネギからそんな言葉を聞けるとは思ってなかったのである。確かにそうだ、仲間というものはそういうものだ。小太郎はネギの言葉に、奮い立つような感覚を感じていたのだ。

 

 ただ、ネギは小太郎の突然の言葉に、驚いていた。自分が何か変なことを言ってしまったのかと、そう思ったのである。

 

 

「せやったな。仲間っちゅーもんは、根拠もなしに信じられるもんやったな!」

 

「……うん。それだから、()()頼むよ」

 

 

 小太郎はそこで、仲間というものを思い出した。仲間は信頼すべきものだ。信じあってこその仲間だ。ネギが今、自分を信頼してくれていると言うのなら、それに応えなくてはならない。小太郎はそう思い、笑いながらネギを見ていた。

 

 ネギも小太郎がそう言ってくれたのを見て、微笑みながらそう言った。

今だけでもいい、自分が強くなるまででいい。だから、今は協力して欲しい、そう頼んだのだ。

 

 

「ええで! ()()それでええことにしたるわ!」

 

「ありがとう、コタロー君!」

 

 

 小太郎はネギの頼みに、快く承った。

ネギとて今に甘んじる様子はない。ならば、今だけでも頼ってもらおう。ネギが守りを行うならば、自分は攻撃を担当しよう。そう思った小太郎は、右手をネギに差し伸べた。

 

 ネギもその小太郎の手を見て、すかさずその手を握り締めた。そして、ネギは小太郎へと感謝を述べ、互いに笑いあったのである。

 

 

「せやけどな、それは今だけやで? 強なったら、肩を並べてもらわんとな!」

 

「わかってる。約束する」

 

 

 だが、小太郎はそこで、今だけだとはっきり言った。

修行して強くなったなら、肩を並べて戦えるぐらいになっておけ、そうネギへと言い放った。

 

 ネギも同じ気持ちであった。強くなったのならば、互いに背中を預けられる、そんな仲になろう。そうネギも思い、小太郎へとそれを約束したのである。

 

 

「……なかなかいい友情じゃねぇか。どおりでヤツが、二人を俺に預けようと思った訳だ」

 

 

 ラカンは強く互いの手を握り締める二人を見て、小さく笑っていた。なるほど、あの二人を同時に修行させるということは、互い互いに競い合わせるということになるのかと。それならば、あのメトゥーナトが二人を自分に預ける気になった訳だと、そう考えていた。

 

 そして、ラカンは少し懐かしい気持ちを感じていた。ライバル、すばらしいものだ。やはりこうでなくてはと。ナギとの喧嘩や力比べ、どれもいいものだった。あの二人もそんな仲なのだろうかと。ならば、きっと今よりもずっと強くなる。ラカンは二人の明るい未来を予想しながら、これからどう修行つけるかを思考するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギと小太郎がラカンに呼ばれて次の日。二人はこの遺跡にとどまり、ラカンとの修行を行っていた。とは言え、ラカンはネギに何かを教えることはできないので、適度にアドバイスを投げる程度にとどめていた。

 

 そして、ネギはラカンの下で、黙々と魔法の修行を行っていた。どうすれば障壁をもっと堅くできるか、大きくできるかなどを研究していたのだ。

 

 

「そういやお前、エヴァンジェリンにも色々教えてもらってたんだろ?」

 

「はい、色々と教えてもらいました」

 

「何を教わった?」

 

「治癒の魔法全般です」

 

 

 ラカンはふと、ネギがエヴァンジェリンにも師事していたことを思い出し、それを尋ねた。

エヴァンジェリンに魔法を教えてもらったのなら、何かできるのではないかと思ったのだ。

 

 ネギもその問いに素直に答え、色々と教えてもらったと話した。

ただ、何を教えてもらったかが肝心なので、ラカンはそれを再びネギへと聞いた。

 

 ラカンのその問いに、ネギは再度答えた。

治癒魔法を色々と教えてもらったと。

 

 

「治癒? そんだけか?」

 

「ええ、まずはそれが知りたかったもので……」

 

 

 ラカンはそのネギの言葉に、少し拍子抜けしていた。え? それだけ? 他にはないのか? そんな顔を見せたのだった。

 

 だが、ネギはエヴァンジェリンに教えてもらいたかったのは、治癒の魔法である。最初にそれを教えてもらわず、何を教われというのかと思うぐらい、それを熱望していたのだ。

 

 

「……何で? それ以外もあっただろ?」

 

「エヴァンジェリンさんは治癒魔法でも有名な方です。その方から教わる治癒魔法はすばらしいものだと思いまして……」

 

「いやまあ、確かにアイツは金の教授とか呼ばれるぐれぇ、治癒魔法の先駆者であり先導者だが……」

 

 

 ラカンはどうしてそれしか教えてもらわなかったのかと考え、怪訝な表情を見せた。何せエヴァンジェリンは攻撃も防御も治癒も可能な、最高の魔法使いだ。治癒を習うだけで終わるには、おしいものなのである。

 

 しかし、ネギはやはりエヴァンジェリンの座右の銘である治癒魔法を、その本人から教わらない訳にはいかないと思っていた。治癒魔法を長年研究してきたエヴァンジェリン。そんな彼女から治癒魔法を教えてもらうというのは、それほど大きな意味があるのだ。

 

 と言うのも、ここでのエヴァンジェリンは治癒魔法の研究者である。いかなる治癒魔法をも操り、または数多くの治癒魔法を開発してきた存在だ。高名な治癒魔法使いとして、エヴァンジェリンは有名なのである。

 

 それにネギ自身、それを教わってかなり大きなものも得ることができた。なので、そのことに関して、まったくもって後悔はないし、むしろ満足していたのである。

 

 ラカンもそれを聞いて、納得はしたようだった。確かにネギの言うとおり、エヴァンジェリンは治癒魔法の開発などで人々に献上した魔法使いだ。アリアドネーでは名誉教授と言う地位まで得て、金の教授とも呼ばれるほどだ。そのことを考えれば、ネギの言っていることも理解できなくはないと、そう考えた。

 

 

「でもよ、アレ教えてもらってねぇの? アレ」

 

「アレ?」

 

「”術具融合”……だったか? そんな感じのヤツ」

 

「あの魔法ですか……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンが開発していたのは、治癒魔法だけではない。それ以外にも強力かつ汎用性溢れる魔法を生み出していた。

 

 ラカンはそれを思い出すかのように、それを言葉にした。

ネギはラカンが何か思い出しているのを見て、何だろうかと考えた。

 

 そして、ラカンはようやくそれを思い出し、その魔法の名を口に出した。

そう、ラカンが言いたかったこと、それはエヴァンジェリンが開発した攻守を併せ持った魔法”術具融合”のことだったのだ。

 

 ネギもその名を聞いて、その魔法を思い出していた。エヴァンジェリンに師事したネギも、その名だけは知っていたのである。

 

 

「僕の兄さんは使ってました」

 

「あー、お前には双子の兄貴がいたんだったな」

 

「はい」

 

 

 また、ネギはその魔法を自分の兄、カギが積極的に使っているのを覚えていた。カギはあの魔法を習得し、自らの力として手足のように扱っていた。

 

 それを聞いたラカンはネギに兄がいることを、ここでようやく思い出したのである。そういえば、聞いたような聞いてないような、そんな様子であった。

 

 

「んじゃ、お前は教えてもらってねぇ訳?」

 

「え、えぇ……。教えて欲しいと思いましたが、まずは治癒の魔法が先だったもので……」

 

「ふーむ……」

 

 

 ならば、どうしてネギは教えて貰わなかったのだろうか。ラカンはそれを疑問に思い、ネギへとその理由を尋ねた。

 

 ネギも教えて欲しいと思ったことに違いはなかった。ただ、やはり治癒の魔法を優先的に教えてもらいたかったので、術具融合は後回しにしてしまったのである。

 

 ラカンはそれを聞いて、腕を組んで考えた。さて、どうしたものだろうかと。別に知りたくないと言う訳でもなさそうだし、使えた方がよいだろうと思ったのである。

 

 

「んじゃ、俺が一度手本を見せてやる」

 

「え!? できるんですか!?」

 

「一応だがな」

 

 

 ラカンは考えた末、その”術具融合”をネギに見せてやることにした。

ネギはラカンがそれを使えることに、驚いていた。

 

 そんなネギに、ラカンは一応、と言葉にするも、自信はある様子であった。何せこのラカン、他人の技を見ただけで真似できるほど、戦いの天才なのである。

 

 

「まぁ、俺様は元々強ぇから、こんなもん必要ないんだがな」

 

 

 ラカンはそこで、ぽつりと言葉をこぼした。

元々ラカンは強い。自他とも認める強さだ。何が強いといえば、肉体的に強いのだ。故に、小細工がいらないのである。

 

 

来れ(アデアット)!」

 

「アーティファクト……!」

 

 

 ラカンは術具融合の実演の為、アーティファクトを使用した。ラカンのアーティファクト、それは”千の顔を持つ英雄”である。

 

 千の顔を持つ英雄とは、変幻自在に武器を作り出すアーティファクトで、無敵無類の宝具とも呼ばれるすさまじいものだ。が、ラカンは武器を使うより素手の方が強いので、実際大きく役に立っているという訳ではないのだが。

 

 それをラカンは使用し、一本の片手に収まる剣を作り出した。振るいやすく取り回しのよい、そこそこの大きさのみすぼらしい剣だった。

 

 また、ラカンのアーティファクトを見て、ネギはそれにも驚いた。確かに一度、本人かを確認するために仮契約カードを見せてもらった。しかし、その能力は教えてもらっておらず、はじめて見たからである。

 

 

「おうよ、術具融合は基本的に武器と魔法の合一。武器を使った方がわかりやすい」

 

「そうなんですか」

 

 

 ラカンはどうしてアーティファクトを使用したのか、その理由をネギに話した。

術具融合は武器と魔法をあわせることで完成する術だ。武器がなければ使えないというのもある。実際は杖代わりの指輪でも十分機能するのだが、剣などのしっかりした形の武器を使った方がわかりやすいと思ったのだ。

 

 ネギは術具融合にさほど詳しくないので、ラカンの言葉を素直に聞いていた。なるほど、確かにそれなら見た目もわかりやすいし、理解しやすいと関心していた。

 

 

「さて……と……」

 

 

 そこでラカンは魔法を使用するための指輪を取り出し、指にはめた。その後ゆっくりとポーズを決めたのち、数秒間静かに動きを止めた。

 

 

「”奈落の業火”! ……”術式固定”!」

 

「固定……!」

 

 

 そして、ラカンは初心者用の魔法発動キーと共に、一つの魔法を使った。

 

 奈落の業火。炎の魔法の中でも上級に位置する魔法だ。それを解き放つことなく、掌の上で球状に変化させたのである。それぞまさしく”術式固定”。魔法を撃ち出さず、固定する術だ。

 

 ネギはその光景に度肝を抜いた。魔法を爆発させずに固定するなど、一度も見たことのない現象だったからだ。カギが使っていたのは完成した術具融合であり、その術を作り出す過程は見てなかったからだ。

 

 

「……コイツをこのまま……、武器と融合させる……! ”魔力合体”! ウオリャァッ!!」

 

「これが……」

 

 

 その球形に固定した奈落の業火を、ラカンは勢いよく武器にぶつけた。そこで魔力を武器へと流し込み、武装として変換、変形させていく。すると、魔法が破裂することなくその武器と融合し、炎のビームサーベルのような形となったのである。

 

 ネギはその魔法の工程に、驚きを感じていた。と言うのも、ネギが見ていたカギの術具融合は、常に完成されたものだった。どうやって編み出し、使用しているのかはまったく知らなかったのである。

 

 

「そうだ、コイツが”術具融合”……」

 

「……すごい」

 

 

 ラカンは完成した術具融合を振り回し、舞いを踊るように動かした。そして、これこそがエヴァンジェリンが編み出した術、術具融合だと紹介したのである。

 

 ネギはそのすさまじい技術に、心を奪われた。これが兄であるカギが、手足のように振り回していた術。すごい、とてもすごい。ネギは心からそう思っていた。

 

 

「この魔法は、かつてエヴァンジェリンが編み出した”闇の魔法”を、自らの手で誰でも使えるようにアレンジした魔法だ」

 

「”闇の魔法”ですか?」

 

「そうだ」

 

 

 そこでラカンは術具融合とアーティファクトを解除し、その誕生秘話を語りだした。

術具融合とは、元々”闇の魔法”を改造したものだ。エヴァンジェリンは闇の魔法で用いる”術式固定”を自身から武器へと対象を変え、別の術として作り出した。

 

 ネギは闇の魔法と言う言葉に、少し興味を見せた。エヴァンジェリン本人からも聞いたことのない術。自分の兄のカギでさえ使っていなかった術。どんな魔法なのか気になったのである。

 

 

「ただ、闇の魔法は禁呪でな。適性がないヤツが使うと命にかかわる」

 

「命に?」

 

「ああ。なんでも”闇の魔法”ってのは、普通の人間が使えば”魔”に侵食されちまうんだとさ」

 

 

 ラカンは闇の魔法についても、ネギへと解説した。

闇の魔法は危険なものだ。禁呪と呼ぶほどに、その魔法はおぞましいものだった。適性がないもの、つまりエヴァンジェリンのような存在以外が使えば、死ぬ可能性すらある恐ろしい魔法だ。

 

 ネギはラカンの話を真剣に聞いていた。

命にかかわるほどの禁呪。それは自分が想像するよりも、はるかにリスクが大きいものなのだろうと考えながら。

 

 また、ネギのその言葉にラカンは反応し、さらに深く説明した。

普通の人間が闇の魔法をうまく使用できたとしても、魔に魂すらも侵食されてしまい人間ではなくなってしまう可能性すらある。故に、本来エヴァンジェリンぐらいにしか使えない、危険な魔法ということだと。

 

 

「だがまあ、アレを覚えればかなりのパワーアップにはなるが……」

 

「なるが……?」

 

 

 とは言え、それが使えるようになれば格段にパワーアップすることができる。ラカンはそう考えながら、ネギをマジマジと眺めていた。

 

 そんなラカンを真っ直ぐ見ながら、ネギはラカンが何を言いかけたのか気になり、それを尋ねた。

 

 

「ふーむ、お前じゃ無理そうだな……。何か”闇”っぽくないし」

 

「そうなんですか……」

 

 

 ラカンはネギの真っ直ぐで清んだ瞳を見て、ネギが闇の魔法を使うのは無理っぽいと思った。何せ内面にドロドロとした影、心の闇が深ければ深いほど、闇の魔法の適正が上がる。だが、ここのネギにはそれがなかった。本当に光そのものであり、特に影が見当たらなかったのだ。

 

 それにここのネギは、エヴァンジェリンから”そう言った修行”を受けていない。闇の魔法に適するような(うつわ)を作っていないのだ。だからこそ、ここのネギには闇の魔法との適合性がさほどないのである。

 

 ネギはそれを聞いて、少しがっくししていた。ただ、闇の魔法が使えないからガッカリした訳ではない。ぐうの音もでないほどに否定されたのが、ショックだったのである。それに闇っぽくないと言われたことは、素直に嬉しいとも思っていたのだ。

 

 

「最初に師事したギガントの影響がデカイみてぇだな。まあ、悪いことでもないが……」

 

「お師匠さまの影響……?」

 

 

 ラカンは今のネギがもっとも影響を受けているのは、きっとギガントなんだろうと考えた。それと、闇に適正がないことも、悪いという訳でもないと言葉をこぼした。

 

 だが、なんだか少し真っ当すぎて、つまらないなー、ともラカンは思った。ちょっと真面目すぎない? もう少しはっちゃけてもいいのよ? そう考えていたのである。

 

 しかし、ネギ本人はギガントの影響と聞いて、そうなのかなと思った。何せネギ自身それを意識したこともなかったし、言われたこともなかったからだ。それでもほんの少し、そう言われたことにネギは嬉しさも感じていた。なので、それをラカンへと聞いたのである。

 

 

「ああそうだ。随分とまあ、色んなしがらみ取っ払ってもらったみてぇじゃねーか」

 

「……はい」

 

「道理で、かなりすっきりしてる訳だ」

 

 

 ラカンはネギの疑問に、すんなり答えた。

色々あったはずなのだがそれを全て拭い去り、晴れ晴れしくなっていると。いやはや、すっきりしすぎて逆に怖いとラカンが思えるほど、今のネギは光に満ち溢れていたのだ。

 

 と言うのも、ラカンはネギのことをある程度仲間から話に聞いていた。そして、その本人を見て、話をしてみて、なるほどなるほど、とラカンは思った。納得ができた。

 

 あのギガントのヤツ、ネギを真っ直ぐに育てやがった。本人を支える根をしっかり大地に根付かせ、揺らぐことのない心を持たせやがった。芯の部分からきっちり鍛え、ひずみのない人間にしやがった。ラカンは目の前のネギを見て、そう思った。理解した。そして感心していた。

 

 

「まっ、それにアレを勝手に教えたら、俺がエヴァンジェリンに殺されるしな!」

 

「え!?」

 

「エヴァのヤツ、アレはアレで自分の技術に誇りを持ってるからな。中途半端なモンは教えたくねぇんだろうぜ」

 

 

 そこでラカンは話を戻し、闇の魔法は教えられない理由をもう一つ語った。

それはやはり、エヴァンジェリンから口止めされていたということだった。

 

 何せエヴァンジェリンは闇の魔法を他人に教える気などない。そんなものを勝手に誰かが教えたなら、絶対に許さないだろう。

 

 それがラカンならば、間違いなく地獄の底まで追い詰めて殺しに行くだろう。それほどのものだった。なのでラカンはそのことを、豪胆に笑いながら話したのである。

 

 ネギはそれを聞いてかなり驚いた。

流石に殺すというのは物騒だと思ったからだ。だが、それ以上にあの聡明なエヴァンジェリンが、そこまで言うほどのことなのかと思ったのだ。

 

 驚くネギに、ラカンはエヴァンジェリンがそうする理由も言葉にした。

エヴァンジェリンはプライドが高い。自分の技術に自信がある。故に、闇の魔法と言う危険かつ不安定なものを、世に広めたくないのだろうと。

 

 

「中途半端って……」

 

「確かに闇の魔法はすげぇ魔法だが、基本アイツにしか使えねぇ。だから中途半端なんだそうだ」

 

 

 さらにネギは闇の魔法が中途半端だと聞いて、嘘だろ、と言う顔を見せた。”術具融合”が編み出されたのも、その”闇の魔法”があってのことだ。

 

 それに話を聞けば常人では行うことができない、すさまじい魔法だと言うではないか。それを中途半端だと言うには、少し横暴ではないかとネギは思ったのだ。

 

 ただ、ラカンはその理由もしっかり話した。

エヴァンジェリンは闇の魔法をそう呼ぶには、大きな訳があると。

 

 エヴァンジェリンは闇の魔法は自分ぐらいにしか扱えない、固有の魔法だと思っているし、実際にそうだ。なので、それこそが闇の魔法の一番の欠点だと考えた。

 

 誰も使えないのでは意味がない。誰もが安定して使える魔法こそ、エヴァンジェリンの目指すものだった。故に、闇の魔法は外部に漏れて欲しくないと言うのが、エヴァンジェリンの考えだった。

 

 

「あっ! だから”術具融合”を編み出したんですね?」

 

「そうだろうなー。術具融合はしっかり習えば誰でも使え、リスクも少なく、汎用性も高い。完成されつつも発展性のある魔法だ」

 

 

 そこでネギはラカンの説明を聞いて、ハッした。

闇の魔法は危険極まりない、誰も使えないような魔法だ。だが、それを基にしたはずの術具融合は、そういったものはない。あのカギですら普通に使っていた。それでピンときた。

 

 そうか、誰もが使える魔法を目指したからこそ、エヴァンジェリンは術具融合を開発したのだと。確かにそう考えれば、エヴァンジェリンの考えが理解できる。魔法を開発するならば、自分だけでなく誰もが使えた方がいい。そう考えたに違いないとネギは察したのである。

 

 ラカンもネギのその意見を肯定した。

大きなリスクもなく誰でも安全に使える魔法、それこそが術具融合。それこそエヴァンジェリンが目指したものだったのだと、ラカンは語ったのである。

 

 

「すごい魔法なんですね」

 

「そりゃアイツが自信を持って世の中に発表した魔法だ。最高の代物には違いねぇさ」

 

 

 ネギはラカンの説明で、とても関心していた。術具融合はこれほどのものだったのかと。そして、それを開発したエヴァンジェリンがいかに優れた魔法使いなのかも、再認識していた。

 

 ラカンも術具融合の完成度を認めていた。エヴァンジェリンほどのものが、誇りを持って提供した技術。すばらしいものでないはずがないと、ラカンも思うほどだった。

 

 

「まぁ、それでも術を固定と融合させる作業がちと難しいんでな。多少訓練しねぇと普通は使えないが」

 

「やはりそうでしたか……」

 

 

 ただ、やはりと言うべきか、闇の魔法から開発したので、欠点も存在した。それは魔法の”術式固定”それを融合させる”魔力合体”が、繊細で難しいということだった。とは言え、訓練すれば身につけられるし、大きな魔法でなくとも練習ができる。大きな障害という訳ではない。

 

 それをラカンが話せば。ネギもすでに察していたようであった。本来ならば放出され、手元から離れる魔力をつなぎとめるには、技術が必要なのは明らかだったからだ。

 

 

「それで、この術具融合をうまく使うならば、”イメージ”を大切にしろ」

 

「イメージ……?」

 

「そうだ。自分で使うなら、どんな形がいいか、どんな動きをするか、どうすれば使いやすいかを、しっかりイメージして作り出すんだ」

 

 

 そして、ラカンは術具融合の使い方を説明し始めた。

術具融合は使用者のイメージによって、形状を変化させることができる。それはエヴァンジェリンが”O.S(オーバーソウル)”をヒントに開発した部分があるからだ。故に、術具融合をしっかりと操るならば、確固たるイメージが必要になるのだ。

 

 ネギはそれを聞き、どういうことなのかと尋ねた。イメージが重要だと突然言われても、いまいちピンとこなかったのだ。

 

 

「術具融合ってのはな、使用者のイメージで形状を変えられる。まあ、俺様はそんなもんいらねぇから、テキトーだったがな!」

 

「形を変えられる……?」

 

 

 ラカンはそのことをネギに説明した。

つまり、自分のイメージしだいで、どんな形にもなるということを。自分の想像でいかなり姿にもなりえると。

 

 ネギも今の説明で、それを理解し始めていた。

形状を自分の意のままに操ることができる。それは自らの意思を武器に込めるということだと。

 

 

「使いこなせれば変幻自在! 縦横無尽! 絶対無敵! いやー、俺様のアーティファクトにそっくりだぜ!」

 

「それほどなんですか……」

 

 

 ラカンはさらに言葉を続けた。

この術具融合は操れれば自由自在だ。まるで自分のアーティファクト、千の顔を持つ英雄に似ていると。

 

 ネギはラカンほどのものがそこまで言うほどのものなのかと、静かに驚いていた。いや、ネギもそのぐらいわかっていた。あのカギが自分の目の前で、それを振り回していたのだから。

 

 

「……とは言ったが、全部エヴァンジェリンが俺に言ったことなんだけどな!」

 

「え!? 今の台詞は全部エヴァンジェリンさんからの受け売りなんですか!?」

 

「そりゃアイツが考えた術だからな。当然アイツが一番詳しいし……」

 

「確かにそうですけど……」

 

 

 が、今までの言葉は全部エヴァンジェリンがラカンに説明したものだった。ラカンはそれを笑いながら言葉にすると、ネギはそれにも大きく驚いた。

 

 まさか今までの話や説明が、全部エヴァンジェリンの言葉だったとはネギも思わなかったのだ。とは言うが、ラカンもそこを少し言い訳した。

 

 そもそも術具融合はエヴァンジェリンが考案した魔法だ。一番それを知っているのも当然エヴァンジェリンだ。そのエヴァンジェリンから聞かされた言葉を使うのが、一番だとラカンは語ったのである。

 

 ネギもラカンの言葉に、いやまあ確かに、と思った。それでもやはり、丸々全部エヴァンジェリンの言葉だったというのには、少しだけ呆れていたのだった。

 

 

「まあ、そういう訳だから、俺もコツを教えろと言われても、これ以上は教えられん」

 

「そうですか……」

 

 

 さらにラカンは、エヴァンジェリンから説明されたことしかわからないと言い出した。

なので、どうやったらうまく行くかなどの方法は、教えられないと言葉にしたのだ。何せラカンは基本的に勘や感覚でそれを行うタイプ。気合いれりゃ何とかなる、としか言えないのだ。

 

 ネギもそれは今の話で察していた。なので、やっぱりか、と思うだけであった。

 

 ただ、ネギはそれだけを思っていた訳ではない。ならば自力で何とかするしかないと、既にそれを考えていた。

 

 

「と言うことで、コイツをお前に貸す」

 

「これは?」

 

 

 が、そんなネギに救いの手を差し伸べるように、ラカンは古びた一冊の分厚い本をネギへと手渡した。

 

 ネギはそれを見て、なんだろうかと考えた。見た感じ魔法の本のようだが、特に大きな力を感じていなかった。なので、ネギはこの本が一体なんなのかを、ラカンへと尋ねたのだ。

 

 

「エヴァンジェリンが書き溜めた魔導書だ」

 

「え……!?」

 

 

 ラカンはそれをニヤリと笑って答えた。

その本こそ、あのエヴァンジェリン執筆した魔導書であると。

 

 ネギはその答えに、かなりあっけに取られた。それな表情にも表れており、週秒間口を開いたまま動かなくなったのである。

 

 

「いいんですか!? これほどのものを!?」

 

「いいんだよ。俺様が昔エヴァンジェリンから(もら)ったもんだからな」

 

「そっ、そうなんですか!?」

 

「おうよ!」

 

 

 ネギはその本を持つ手を震わせながら、こんなものを借りても良いのかと叫んでいた。

だが、ラカンはアッケラカンとした顔で、別にそこまでのものじゃないと言葉にした。

 

 また、ネギはラカンがこの本をエヴァンジェリンから貰ったと聞いて、驚きを見せていた。本来魔法使いは、自分の手がけた研究などを載せた魔導書などを、他人に渡さないからだ。

 

 しかし、実際はラカンがエヴァンジェリンと賭けを行い、奪い取ったものだ。なので貰ったというのは、実は嘘なのである。

 

 

「まあ、それの内容は魔法世界にゃかなり出回ってるけどな」

 

「ええー!?」

 

 

 ただ、その本の内容自体は、特に珍しいものではない。何せエヴァンジェリンが全て公表したものだけが載っている本だからだ。なのでラカンは、しれっとそれを言葉にした。

 

 ネギはそれにも驚き、変な声で叫んでいた。

まさか魔導書の内容が、魔法世界に知れ渡っているなど思ってなかったのである。

 

 

「だってそれ、ただの教科書だぜ?」

 

「ほ、本当だ……!」

 

「昔アリアドネーでアイツが発行した教科書だ。あんときゃ騙されたぜ……。もっといいもんくれてもいいと思うんだがなー……」

 

 

 するとそんなネギを見て、ラカンはその本の正体を言葉にした。

魔導書とは名ばかりで、実のところだたの魔法の教科書だったのだ。

 

 ネギはそれを聞き、本を開いてペラペラとページをめくって眺めてみれば、確かにそうだと理解した。内容が全てわかりやすく書いてあり、まるで初心者に見せるような、そんな感じだったのだ。

 

 その教科書はエヴァンジェリンが昔、アリアドネーで発行したものだった。教授となったエヴァンジェリンは自分の魔法を公表し教えるため、その本を書き出したのである。

 

 ラカンはそれをガッカリした様子で語っていた。

賭けで勝利したというのに、その商品がただの教科書だったとはと。

 

 

 ただ、あの時エヴァンジェリンは確に自分が書いた魔導書だと口にした。それは間違ってなかったし、嘘ではなかった。が、まさかそれが教科書などとは、ラカンは思っていなかったのだ。

 

 そして後でそれを見てみれば、アリアドネーでは一般的となったものばかりが記載されている教科書だった。それを見て騙されたと悔しんだのは、今思えばまあ悪くない思い出でもあると、ラカンは落ち込みながらも懐かしんでいた。ただ、やはり悔しいのは事実なので、エヴァンジェリンに騙されたと愚痴をこぼしていたのだった。

 

 

「だが、それにたいていのモンは載ってる。お前は基礎魔法の天才なんだってな? それを見て修行するのもいいかもだぜ?」

 

「……すごい……。僕の知ってる教科書なんかよりも、濃密で濃厚な内容だ……」

 

「そりゃそうだ。教科書とは言ったが、あのエヴァンジェリンが自ら執筆したモンだからな」

 

 

 ラカンはネギが基礎魔法の天才であることを、仲間から聞かされていた。それを見て自分で魔法を研究した方が、きっと自分が必殺技を教えるより為になると、ラカンは考えたのである。

 

 ネギもその教科書をじっくり見て、驚きの声をあげていた。

たかが教科書とは言ったものの、あのエヴァンジェリンが自ら書き出したものである。内容もわかりやすくされており、そこいらの魔法の本なんかよりも内容も充実していたのだ。

 

 ラカンもそれを言葉にし、その本はかなりすごいと言葉にした。

はっきり言って教科書や参考書と言うレベルではない。間違いなく魔導書のレベルに匹敵する内容であるとも思っていたのだ。

 

 

「そこには”術具融合”の詳しい使い方までしっかり載ってるぜ?」

 

「これが……、兄さんが使ってた……」

 

 

 また、その本には術具融合についても詳しく記載されていた。どうやったらうまくできるか。どうすればうまく使えるかが、詳細に記されていたのである。

 

 ラカンがそれを言うと、ネギはその内容が記載されているページを開いた。するとそこには間違いなく、兄であるカギが使っていたものと同じ術式が書かれていたのだ。

 

 

「術具融合を使えば、お前が言ってた”守り”も鍛えらるはずだ」

 

「……みたいですね……」

 

 

 ラカンは術具融合をネギに話した一つの理由を言葉にした。

術具融合は攻撃だけの魔法ではない。防御にも使える魔法だからだ。

 

 術具融合は攻撃だけではなく、防御にも使える優れた魔法だ。参考にしたO.S(オーバーソウル)と同じように、極めれば守りも鉄壁となるほどだ。つまり、ネギが鍛えたい守りというのを、攻撃と同時に習得することが可能なのである。

 

 ネギもそのページを見て、それを理解した。防御と攻撃、両方が合わさった術。自分のイメージでどちらも操ることができると言うのは、ネギにとって革命的だった。その術具融合の戦略性と汎用性に、もはやネギは言葉すら出なかった。

 

 

「俺はお前がそれを完成させた時、腕試しぐらいはしてやる。だが、それ以外はお前しだいだ」

 

「……はい」

 

 

 ラカンはそこで、それを習得することこそが最初の課題であると、ネギに言い渡した。

そして、それが習得できた時、実戦を交えて鍛えてやると言葉を続けた。

 

 だが、術具融合を習得できるかはネギ自身の頑張り次第だとも、ラカンは話した。

が、そこはラカンも心配していなかった。ネギならばこの程度、すんなりクリアするだろうと思っていたからだ。

 

 ネギはそのラカンの言葉に、静かであったが熱のこもった返事をした。

早くこの術を試してみたい、使ってみたいと言う心の奥底から沸き立つ好奇心を、ネギは感じ取っていたのだ。

 

 

「むしろ、そっちの方がお前好みだろ?」

 

「確かにそうかもしれません」

 

 

 また、ラカンはネギが外で体を動かすよりも、部屋で本を読む方が好みなのではないかと考えた。故に、自分と殴りあうよりも、まずは一人でじっくり考える時間を与えようと思ったのだ。

 

 ネギもそのことについては否定しなかった。ネギ自身も戦うことより、そういうことの方が得意だという自覚があった。それに魔法を試行錯誤で研究するのは、むしろネギの趣味の範疇でもあったのだ。

 

 

「んじゃ、俺は犬のぼーずを相手にしてくるからよ。何かあったら言ってこい!」

 

「はい!」

 

 

 故に、ラカンはネギにその本を渡し、まずは小太郎の面倒を見ることにした。小太郎はネギとはまったく正反対で、とにかくバトルな少年だ。戦いながら強くなりたいと思う男子だ。ラカンはそこが気に入った。

 

 それ以外にも、小太郎は”気”を使って接近戦を行うタイプだ。そのため、ラカンにとって小太郎の方が修行をつけやすく、鍛えやすい存在なのだ。

 

 なので、ラカンはそう言って手を振り、その場を後にした。ネギはそんなラカンに元気よく返事をし、自分の課題をクリアするために、さっそく術具融合にチャレンジしてみるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ゴダンダ

種族:古代人

性別:男性

原作知識:あり

前世:50代元ビルダー

能力:外法、同化の法によるモンスターと融合

特典:ロマンシング・サ・ガ2のダンターグの能力

   人型に変身できる能力

 

 

転生者名:ラスケア

種族:魔貴族

性別:男性

原作知識:なし

前世:30代格闘家

能力:槍での物理攻撃

特典:ロマンシング・サ・ガ3のアラケス本体の能力

   全ての武器を使いこなす

 


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