理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百二十八話 今後の目標

 ここは魔法世界の西にある自由交易都市グラニクス。そこにある巨大な闘技場の中の一室の扉の前で、何かを待つように立っている男子が一人そこにいた。

 

 

「亜子さんの様子はどうだった?」

 

「川丘君の持ってきた料理食べたら、すぐ元気になったよ」

 

「よかった……」

 

 

 その男子は三郎だった。三郎は誰かがその部屋から出てくるのを待っていた。そして、扉が開かれると、アキラがその中から姿をあらわしたのだ。そう、三郎はアキラが部屋から出てくるのを待っていたのだ。

 

 そこで三郎は、亜子のことについて心配そうに、扉から出てきたアキラへと尋ねた。

状助が作った料理を三郎がアキラに渡し、アキラが今度は亜子へと渡し、それを亜子に食べてもらったからだ。

 

 するとアキラは安堵した表情で、そのことを答えた。

あの料理を食べた後、急に熱も下がって元気になったと。

 

 その言葉に三郎もほっとした様子を見せていた。流石は状助だ。グッドジョブ。そう内心褒めていた。

 

 

「でも、その時すごい汗をかいてたからびっくりしたよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 状助は二つのスタンド能力を持つ。一つは何でも修復するクレイジー・ダイヤモンド。もう一つは料理と共に摂取すると、病気を治すことができるパールジャムだ。そう、パールジャムの効果で、亜子の病気が瞬く間に治ったのである。

 

 だが、やはりというか。パールジャムは病気を治す時、かなりオーバーなリアクションが発生する。当然亜子にもそれが発生したようで、アキラはそれを驚いた様子で語ったのだ。

 

 三郎はそれを聞いて、やっぱり、と思った。パールジャムの効果を考えれば、そのぐらい起こってもおかしくないからだ。むしろ、内臓が飛び出したり歯が抜けて生え変わったりするよりは、全然ましだとさえ思っていたのだった。

 

 また、三郎は自分で亜子に届けず、アキラに頼んだ理由がそこにあった。と言うのも、三郎は状助から”そうなる”可能性を聞いていた。ならば、男の自分よりも、女のアキラに任せた方がいいと思ったのだ。

 

 

「あの料理、誰が作ったの? 川丘君?」

 

「違うよ。友人の状助君」

 

「最近、刃牙と意気投合してる彼か……」

 

 

 アキラはあの料理、誰が作ったんだろうかと気になった。なので目の前の三郎がそれを作ったのかと聞いてみた。

 

 三郎は料理が得意である。それはアキラも亜子から聞いていたので知っていた。だから、先ほどの料理は三郎が作ったのだろうと思ったのだ。

 

 しかし、あの料理は状助が作ったものだ。三郎はそれを正直に教えた。友人が作ってくれたもので、自分ではないと。

 

 するとアキラは、その名を聞いて、状助のことを思い出した。自分の兄貴分である刃牙と、最近仲よさそうにしていた、あのリーゼントのことかと。

 

 

「……彼も、不思議な力を持ってるの?」

 

「え!? 急に何で!?」

 

「ああ、やっぱりそうなんだ」

 

 

 そこでアキラは、さらに踏み込んだことを三郎へと尋ねた。

あの料理は何か普通じゃなかった。亜子の異常な発汗と、その後の回復速度。どちらもおかしかった。だから、それが不思議でならなかったのである。

 

 三郎はその質問に、かなり驚いた様子を見せた。どうして突然そのようなことを。そんなことを言って、びっくりしていた。

 

 その三郎の態度で、アキラはそのことを悟った。理解した。状助という人も、刃牙のような特殊な力を持っているということを。

 

 

「……私の知り合い……刃牙って言うんだけど、知ってるよね?」

 

「うん、知ってるよ」

 

 

 次にアキラは三郎が刃牙を知っているかを聞いてみた。

ただ、絶対に知っているはずだとも思っていた。何せこの前の海で、刃牙と三郎が一緒にいたのを見ていたからだ。

 

 三郎も確かに知っていた。刃牙は状助の新たなスタンド使いの友人だった。自分よりも年上だが、わりと気さくな人だった。それを思い出しながら頷きつつ、それをしっかり答えた。

 

 

「その刃牙も、何か不思議な力を持ってるんだ……。だから、そうなのかなって思って」

 

「……そうだったんだ」

 

 

 アキラは三郎が刃牙を知っていることを聞いて、言葉を続けた。

どうして状助という人が、不思議な力を持っていることを察したのか。その理由を静かに語った。

 

 三郎はそのアキラの言葉に、なるほど、と思っていた。確かに知り合いがそういう力(スタンド)を持っているなら、ある程度察しても不思議ではないと。

 

 

「でも、何でそんなことを知ってるんだい?」

 

「……刃牙に、全部教えてもらったからね」

 

「そう言うことか」

 

 

 ただ、三郎は別のことが気になった。どうして刃牙がそう言う不思議な力(スタンド)を持っていることを、アキラが知っているのかということだ。

 

 一般人っぽいアキラに、スタンド使いである刃牙がそんなことを教えるかな、と疑問に思ったのである。あの状助ですら、さほど他人にスタンド使いであることを話さないからだ。

 

 アキラはそこで、その理由をそっと話した。

あの時のことを、学園祭二日目の夜のことを思い出しながら。

 

 刃牙は銀髪のこと神威から逃れた後、アキラに全てを説明した。自分の能力(スタンド)のことや、それ以外にも不思議な力が存在することを。故に、アキラはそういったことに耐性があり、理解があるのだ。

 

 三郎はそれでしっかりと納得した。

なるほどなるほど、彼がちゃんと説明したから知っていたのかと。それなら確かに不思議ではないし、色々説明がつくと。

 

 

「そうだ。亜子も元気になったし、顔見せてあげてよ」

 

「うん、そうするよ」

 

 

 アキラはそこでふと思い出したかのように、三郎へと亜子のところへ行くよう話した。

もう元気になっているし、色々話したいことだってあるはずだ。ならば、会って話してあげてほしいと思ったのだ。

 

 三郎も当然そうするつもりだった。なので、三郎はアキラへ頭を下げ、その亜子がいる部屋へと入っていった。

 

 

「刃牙……」

 

 

 アキラは三郎が部屋へと入ったのを見て、扉の近くの壁にもたれかかった。そして、ここにはいない、兄貴分の名を小さくこぼした。

 

 三郎や亜子や夏美には謝ったが、アキラがもっとも謝りたい相手。それこそ刃牙だ。

 

 刃牙は自分の為に、ちゃんと忠告してくれていた。なのに、それを無駄にしてしまった。そのことについて、謝りたい。会って頭を下げたい。そう考えながら、刃牙の顔を思い出すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 三郎が部屋へ入ると、亜子が一人ベッドの上に座っていた。

亜子は三郎に気づくとそちらを向いて、微笑みを見せた。

 

 

「あっ、三郎さん」

 

「元気になったみたいでよかった」

 

「うん」

 

 

 三郎が見舞いに来たことで、亜子は大そう喜んでいた。

三郎もそんな亜子を見て、元気になったことを理解し、嬉しく思っていた。

 

 

「……ごめんな。ウチのせいで、三郎さんにまで苦労させてしもーて……。それに余計なもん背負わせてもうたみたいで……」

 

「みんなにも言ったけど、いいんだよ。自分で決めたことだから」

 

「せやけど……」

 

 

 しかし、その直後、亜子はズーンとテンションを落とし、うなだれてしまった。それはやはり、自分が病気になったせいで、みんなに迷惑をかけたという罪悪感からくるものであった。そして、一番苦労させてしまったと思っていたのが、目の前にいる三郎だからだ。

 

 だが、三郎はその言葉に対して、横に首を振った。そうではない、亜子が悪い訳ではないと。それに、こうなったのも全て自分が決めてやったことだ。特にそこに後悔することはなく、むしろ亜子が無事でよかったとさえ思っていた。

 

 そう三郎が笑みを見せながら語りかけても、亜子は納得いかなかった。そもそも、自分が熱病におかされなければ、こうならなかったはずだからだ。みんなに負担を強いることは無かったはずだからだ。

 

 

「俺のことは大丈夫だから、気にしないでほしい」

 

「う、うん……」

 

 

 だから、三郎は気にするなと、笑いかけてそう言った。

亜子もこれ以上くよくよしていても、三郎に悪いと思った。なので、この話題はもうおしまいにしようと、話を終わらせたのである。

 

 

「……あの」

 

「ん?」

 

 

 ならば、別の話題を振ろうと、亜子は考えた。そこで、ふと疑問に思ったことを、三郎に尋ねようと考えた。ただ、どうやってそれを聞こうか迷ってしまい、言葉が中々でてこなかった。

 

 三郎は何か聞きたそうな亜子へと、何だろうという顔を見せていた。

 

 

「いや……その……」

 

「どうしたんだい?」

 

「……」

 

 

 しかし、ここで亜子はそれを聞いてもいいのだろうかと、少し悩んだ。そこでどもった亜子を見て、三郎は不思議に思って話しかけた。亜子は数秒黙った後、考えをまとめて徐々に言葉を述べ始めた。

 

 

「……学園祭の二日目の……、夕方の……夢なんやけど……」

 

「……!」

 

 

 亜子が疑問に思ったこと、それはやはり学園祭の二日目、その夕方に起こった出来事だった。未だにそれを夢なのか現実なのかわからない亜子は、そのあやふやな記憶を少しずつ、三郎へと話したのである。

 

 それを静かにゆっくり話すと、三郎が驚いた顔を一瞬だけ見せた。

その時の記憶は、夢だと思い込むようにしたと、カギに言われていた。なのに、ここに来てそれが現実なのではないかと、察し始めていたからだ。

 

 

「……なんか三郎さんが、ようわからへんけど光に攻撃されてな? ……ヒドイ怪我をすんねん……」

 

「うん……」

 

 

 その夢の内容は、三郎が先ほどのような目にあうというものだった。謎の光は銀髪が放った魔法の射手。それに三郎は貫かれ、大怪我を負った。

 

 三郎はその亜子の語りを、静かに聞いていた。あの時の光景を思い出しながら。

 

 

「……あれ、ホントに夢やったんかなって……」

 

「……」

 

「ここ、不思議な場所やろ? せやから、余計にそう思えてしまうんやろな……」

 

「……亜子さん……」

 

 

 ずっと夢だと思っていた、あの時の光景。だが、この場所に来て、先ほどの光景を見て、それが夢だったのか、亜子は疑問に感じ始めていた。

 

 三郎は、亜子にはその時のことなど忘れて欲しかった。あまりいい記憶ではないし、彼女自身にもつらいことだったからだ。

 

 

「……三郎さん、ホントのことを教えてほしい。あれは夢やったのか、それとも現実やったのかを……」

 

「……」

 

 

 しかし、亜子はそれを夢だったのか、現実だったのか尋ねてきた。

真剣に、どちらが本当なのかを。本当に現実にあったことなのかと。

 

 三郎はそこで悩んだ。本当のことを言っていいのか。

だが、ここで嘘をついても仕方が無いと思い、決意を胸に静かに口を開いた。

 

 

「……本当にあったことだよ……。あの時のことは……」

 

「……やっぱり……」

 

 

 三郎は正直に、されど苦心した表情で、それを言葉にした。

亜子もそれを聞いて、そうだったのか、と言う顔を見せていた。

 

 

「あまり驚かないんだね……」

 

「んー。かなり驚ろいとるよ、ウチ」

 

 

 ただ、亜子が大きく驚く様子はなかった。三郎はそれを言うと、実際は結構驚いていると話すではないか。ここでの出来事が驚きの連続であり、驚くのに慣れてしまったようだった。

 

 

「……ネギ君が肩を怪我しとるの見てな。何故か三郎さんとダブって見えたんや……」

 

「それで……」

 

 

 亜子がまず、その夢が本当なのかどうか疑問に思ったのは、ネギがアーチャーの攻撃で肩を貫かれた時だった。三郎もあの時、銀髪の魔法で足と肩を負傷した。亜子はその時の光景が頭に浮かび、思い出してしまったのである。

 

 三郎はそれを聞いて、納得した様子を見せていた。カギがほどした眠りの魔法で、夢として処理されたはずの記憶。それを呼び起こすほどの出来事が目の前で起こったならば、思い出してしまうのも仕方が無いと。

 

 

「そっか、あれは夢やなくて、現実やったんか」

 

「隠しててゴメン……」

 

「ええねん。三郎さんはウチのこと思うて、教えてくれへんかったんの、わかっとるから……」

 

 

 亜子はあれが現実だったことを、すんなりと受け止めた。そうだったのか、現実だったのかと、思いにふけながら。

 

 三郎は今まで黙っていたことについて、亜子へと謝った。亜子のためと思っていたとは言え、隠し事をしていたからだ。

 

 ただ、亜子は三郎がどうして黙っていたのか理解していた。なので、ニコリと笑って気にしないでと言うのであった。

 

 

「……ありがとう……、三郎さん……」

 

「何が?」

 

「……ウチのこと、必死に守ってくれはって、ありがとう……」

 

「……いいんだよ。さっきも言ったとおり、俺がしたいと思ってしたことだから……」

 

 

 そして、亜子はテレながら、三郎へと礼を言った。

三郎は何に対しての礼なのかわからず、それを尋ねていた。

 

 亜子の今のお礼、それは学園祭二日目の時、自分を守ってくれたことに対してのものだった。あの時、あれほどの怪我をしたのにも関わらず、立ち上がって守ってくれた。それがとてつもなく嬉しかったのである。だから、もう一度ありがとうと、はにかむように言ったのだった。

 

 それに対して三郎は、お礼はいらないと話した。

今も、あの時も、全部自分がしたいからやったからだ。自分がそうしようと決めたから行ったことだったからだ。

 

 また、あの時も今も、誰かが助けてくれた。自分ひとりでは守りきれなかった。故に、その礼は受け取れないとも思っていたのである。

 

 

「そうや。アキラと相談して決めたんやけど、ウチらも働こうって!」

 

「どうして?」

 

 

 数秒間、静かな時間が過ぎたところで、亜子はふと思い出したことを言葉にした。それは自分たちも働いて、お金を稼ごうというものだった。

 

 本当は三郎に、たくさん聞きたいことが亜子にはあった。銀髪のこと神威や先ほどの人たちが言っていた”転生者”ということ、自分の背中の傷のことなど。

 

 ただ、今はあえて聞かなかった。自分たちが住む麻帆良へ戻ってからでも遅くはないと考え、そっと胸の内にしまったのである。

 

 また、三郎は亜子が言ったことについて、何故そうしようと思ったのかを尋ねた。

もしかして自分の為だろうか。気にしなくても良いのにと思ったからだ。

 

 

「その首輪取るんに、お金がたくさんいるんやろ? せやから、ウチらも働いて、一緒に支払う!」

 

「別にそんな……!」

 

 

 亜子は三郎が奴隷となって、お金が必要なのを知った。なので、その分の足しになればと、自ら働いて稼ごうと思ったのだ。それにはアキラも夏美もそれに大いに賛成した。自分たちも頑張ろうと、一致団結したのである。

 

 しかし、そのことに対して三郎は、恐縮した態度を見せていた。自分で選んだのだから、そこまでしてもらわなくてもいいと。気にしすぎだと思っていた。

 

 

「……元はウチが病気したせいなんやから……、そのぐらい当たり前やろ?」

 

「……わかったよ」

 

 

 と言うのも、三郎がそうなったのは自分が病気をしたからだと亜子は思っていた。ならば、何か手助けをしたいと思うのは当然のことだった。

 

 三郎もそれを言われると、何も言えなくなった。だから、苦笑しながらも、それを良しとしたのである。

 

 

「でも無理はしないで? また倒れたら大変だから……」

 

「うん! わかっとる!」

 

 

 ただ、体には気をつけてほしいと、三郎は語った。

病気で数日も寝ていたのだから、無理をしてぶりかえしてもよくないからだ。

 

 亜子はそのことに、元気に返事をして見せた。無理はしない。だけど、一生懸命に頑張ると、とびきりの笑顔で三郎へと言ったのである。

 

 また、亜子が元気になったことにより、彼女たちは今後はこの部屋を出て、街にある宿にて泊まることになった。ずっと三郎が貸し与えられた部屋を使う訳にはいかないからだ。それに、ネギたちや覇王が来たことで、宿代ぐらいは貸しにしてもらえたからである。

 

 

…… …… ……

 

 

 三郎は亜子と別れた後、状助たちの下へとやってきた。今後のことについて、話し合うためだ。

 

 

「どうだった?」

 

「状助君のおかげでかなりよくなったよ。ありがとう」

 

「別に礼はいいぜ」

 

 

 状助は三郎へと、亜子のことについて尋ねた。

パールジャムの能力を使ったとは言え、うまくいくかはわからなかったからだ。

 

 だが、しっかり効果が出て、亜子は元気になった。

なので三郎は笑いながら、状助へと礼を言うのだった。

 

 三郎の表情とその言葉で、状助はほっとした様子を見せた。

そして、特に礼は不要と照れ隠ししながら述べるのであった。

 

 

「しかしよぉ、まさかオメェだけが奴隷になるたぁよぉー」

 

「……あの場合は仕方なかった。誰かがやらなければならなかった」

 

「……オメェ、ちょっぴり……。いや、かなりカッコイイじゃあねぇかよ……」

 

 

 そこで状助は、三郎が奴隷になってしまったことについて言葉にした。

”原作”では三人の娘が奴隷にされていた。だが、ここでは三郎が一人だけ、奴隷になっていたのである。状助もこれには少し驚いた。まさか三郎が自ら一人、名乗り上げて奴隷になっているなどとは、思いもよらなかったようだ。

 

 三郎もあの時のことを振り返り、そうしなければならなかったと話した。

誰かがそうしなければ、自分がそうしなければ、亜子を助けることはできなかったからだ。

 

 真剣な表情でそれを語る三郎を見て、状助は素直に褒めていた。

自ら犠牲になるなんて、早々できることではない。男だからと言って、一人だけ生贄になることなど、中々できるものではないと思ったからだ。

 

 

「しかし、どうするんだい? 100万ドラクマなんて、簡単には稼げない」

 

「覇王よぉ、オメェは魔法世界に頻繁に来るんだろ? いくらか金持ってねぇのかよぉー」

 

「ある訳ないだろ? そんな大金抱えて飛び回るなんてしないさ」

 

 

 だが、三郎が奴隷になったというのは問題だ。騙されたのかはわからないが、ともかく100万ドラクマの借金ができてしまったからである。

 

 そして、覇王はそんな金、すぐに稼げる訳がないと話した。100万ドラクマはかなりの大金だ。すぐに稼げるような額ではないからである。

 

 状助はそんな覇王へ、お金持ってないのかと尋ねた。

いや、覇王はある程度金を持っていることは知っていたが、もう少しぐらいあるかな、と思ったのである。

 

 とは言え、覇王とて大金を抱えて魔法世界をうろつくなんて、愚かな真似はしない。最小、最低限を心がけ、覇王は行動している。それに、大金持ってうろつくには、少し治安が悪いというのも理由にあった。むしろ、普通に考えても大量の金を持ち歩きながら、旅行する人間もいないだろう。

 

 

「やっぱり働いて返すしかないかな……」

 

「働いて返すってもよぉ、6年とか7年ぐれぇ働かねぇと無理な額だぜ?」

 

「え? そんなに!?」

 

 

 三郎は諦めて、このまま奴隷として働いて返さなければならないのかと考えた。それを聞いた状助は、それだと返すのに6年以上かかると言い出した。

 

 何せ”原作”だと3人が奴隷として働いて、5~6年かかると言われていたのだ。本来ならその3倍はかかってもおかしくないのである。

 

 状助の6~7年と言う言葉に、三郎は大いに驚いた。

全額返済にそこまで時間がかかるなんて、思ってなかったのだ。と言うか、100万ドラクマと言う数字がよくわからない三郎は、どの程度なのかさえ知らなかったのである。

 

 

「しかもよぉ、首輪を無理やり壊すと爆発するって言うしよ……」

 

「え!?」

 

「と言うかそれ、根本的な解決にはならないよね」

 

 

 さらに状助は、首輪を壊したりすると爆発することを思い出した。下手なことをすると、首輪がボン! となり、首が吹っ飛ぶということを。

 

 それには三郎も青ざめた。まさか先ほどから引っ張ったりしていたこの首輪、爆発するものだとはとびっくりしたのだ。また、首輪が壊せたとしても、大きな解決にはならないと覇王は淡々と語っていた。

 

 

「とりあえず、100万ドラクマをどう稼ぐか考えよう」

 

「それしかないか……」

 

 

 ならば、100万ドラクマを稼ぎきるしかないだろう。覇王はそれを言うと、状助も腕を組んで、だよなと頷いていた。

 

 

「……いや、待て……、待てよ……」

 

「どうしたんだい?」

 

 

 しかし、状助がまたしてもここで、”原作知識”を思い出した。覇王は待て待てと唸る状助を見て、一体どうしたのだろうかと声をかけていた。

 

 

「そうだった! 拳闘大会の賞金で一発だったぜ!」

 

「そんなものが!?」

 

 

 覇王が声をかけた直後、状助はまるでパリィをひらめいたように、突然叫びだした。

大きな拳闘大会で優勝すれば、その賞金として100万ドラクマが手に入ることを思い出したのだ。

 

 三郎はそれに驚き、そういうものもあるのかと思っていた。現実的に考えれば、そのようなものがあるとは考えられないからである。

 

 

「……いや、そうでもないみたいだ」

 

「何で……? なっ!」

 

 

 だが、覇王がそれに水をさすように、静かに口を開いた。

状助の言ったようにはならないと。うまくはいかないようであると。

 

 状助はそれに疑問を持ち、何故だと言葉にしようとした。

その時、状助は見た。チラシとして壁に貼ってある、その拳闘大会の詳細を。”原作”とは異なってしまった”現実”を。

 

 

「賞金が半額!? 大会が……二つ……?!」

 

「そうなのかい? わからないが、とにかく一発じゃ無理だ」

 

「どっ! どういうことよぉー!! マジかよグレート!」

 

 

 なんということだろうか。状助が目撃したのは、大会が二つあるということだった。そして、それによって賞金も半分となり、どちらも50万ドラクマになっていたのだ。

 

 覇王はそれに度肝を抜かれている状助へ、一つの大会で100万ドラクマを得るのは不可能だと言葉にした。

 

 状助はそこで、何故こんなことになってしまったんだと、慌てる様子で叫んでいた。

 

 

「いや待て! まさか転生者が多いからか!?」

 

「……元は一つだったのかい?」

 

「おう! 本来なら一番大きな大会で、100万ドラクマの賞金がでてたんだ」

 

 

 そこで状助は仮説を立てた。ここでは転生者が多く存在している。力をもてあました転生者が、そう言う大会に大量に参加したとすれば。そのせいで、大会を二つにされてしまったとすれば、確かにつじつまが合うというものであった。

 

 覇王はそこで、本来はこの大会は一つだけだったのかと、疑問を状助にぶつけた。

状助は”原作知識”に当てはめながら、本来だったら100万ドラクマの賞金が得られる唯一の大会だったと説明したのだ。

 

 

「だけど、二つになっちまって、賞金も半分に……! どうすりゃいいんだ!!」

 

「ど、どうしたんだい? 急に混乱して……」

 

「なっ、何でもねぇ!」

 

 

 そうだ、本当ならば拳闘大会で優勝し、100万ドラクマをゲットできるはずだった。それが不可能な今、どうすればいいのかと、状助は頭を抱えて混乱し苦悩していた。

 

 三郎はそんな状助の慌てように、何がどうしたのかわからなかった。故にそのことを尋ねれば、なんでもないと状助は叫び、考えをまとめようと必死になっていた。

 

 

「お前ら!」

 

「おや? その声は」

 

 

 だが、状助が悩み苦しんでいるその時、少しはなれた場所から声が聞こえた。覇王はその声に聞き覚えがあったのか、その声の方向を振り向き、誰なのかを確認した。

 

 

「熱海先輩!」

 

「おっしゃっ! 見つけたぜぇ!」

 

 

 その声の主は数多であった。数多は行方不明者捜索の旅に出て、まずは辺境に近い、このグラニクスへと立ち寄った。

 

 状助も数多の登場に驚き、喜びの表情を見せていた。いやはや、まさかこんなところで出くわすとはと、そう思っていた。

 

 また、数多も同じように、状助たちを見つけられたのを喜んでいた。捜しに出た甲斐があったと、そんな様子であった。

 

 

「久しぶりっス」

 

「久々だね、先輩」

 

「お久しぶりです」

 

「覇王も一緒か! 元気そうだな!」

 

 

 状助も覇王も三郎も、久々に会う先輩へと挨拶をした。数多はまさか覇王もいるとは思ってなかったようで、そちらにも大声で返事をしていた。

 

 

「どっ、どうも……」

 

「妹さんも元気そうで」

 

 

 すると、数多の横でちょこんと立つ焔が、緊張した様子で挨拶していた。

未だに覇王の前に出ると、少し緊張してしまうようで、恐縮していたのである。

 

 そんな彼女へ覇王はニコリと笑い、小さく挨拶を述べていた。

 

 

「いやー、行き当たりばったりだったけど、うまくいくもんだな!」

 

「運がいいだけだと思うが……」

 

 

 数多は行方不明となった状助らに出会い、非常に喜んでいた。

正直なところ見つかったらいいな、で出た旅だった。なので、こうも簡単に会えるとは思ってなかったようだ。

 

 とは言え、それはただ単に運がよかっただけだろう。調子よくする数多へと、ジトっとした目で見ながら呆れる焔が、そのことをつっこんでいた。

 

 

「先輩、俺らを捜しに来てくれたんっスか?」

 

「おうよ! まだお前らしか見つけてねぇがな……」

 

「わざわざありがとうございます」

 

 

 状助は数多がここへ来たのは、自分たちを探すためなのだろうかと思った。先ほど出会いがしらで、やっと会えたと数多が言ったのを、状助は聞き逃してなかったからだ。

 

 それを聞けば数多は、その通りだと豪語した。

が、逆を言えば、まだ状助らぐらいしか行方不明者を見つけていないとも、少し落ち込んだ様子で言葉にしていた。

 

 三郎はそれを聞いて、遠くから捜しに来てくれて申し訳ないと思い、そこで礼を述べながら頭を下げていた。

 

 

「んで、お前ら何か今、悩んでなかったか?」

 

「それが……」

 

 

 数多はそこで、状助らが何やら悩んでいる様子を見て、相談に乗ろうと思った。それを尋ねると、状助がゆっくりと説明を始めた。三郎が100万ドラクマの借金を背負い、奴隷になってしまったということを。

 

 

「100万ドラクマってお前……」

 

「何と言う無茶な額を……」

 

 

 それを聞いた数多は、途方にくれていた。

100万ドラクマは何度も言うように、かなりの大金だ。そんな金など無論数多も持ってないし、親父や皇帝に相談できる額ですらない。それほどの額の大金を借金として背負ったなどと、恐ろしいどころではないのである。

 

 焔もその額を聞いて、かなり呆けた顔を見せていた。

100万ドラクマ、一体何をしたらそんな額の借金ができるのだろうか。そう考え、返済は難しいのではないかと思うほどだった。

 

 

「でも、あの場ではどうしても必要だったんだ……」

 

「俺らがもっと早く到着してれば……、チクショウッ!!」

 

「状助、たらればは言ったらきりがないぞ」

 

 

 三郎はそんな顔をする二人に、それでもあの時は必要だったと話した。

あれがなければ、亜子の病気は悪化していただろう。非常に危険な状態だったのは事実だ。

 

 状助はそこで、悔しそうな様子でそれを叫んでいた。

三郎ともっと早く合流できていれば、三郎が奴隷にされる前に亜子の病気を治せれば、こんなことにはならなかったと。

 

 だが、覇王はそんなことを言ってもしかたが無いと、静かに言葉にした。

あの時こうすれば、ああすれば。確かにそう思うだろう。それでも、そんなことを言ったって意味などない。それなら次にどうするかを模索したほうが、建設的だと状助へと言ったのだ。

 

 

「とりあえず解決策として、賞金がもっとも高い拳闘大会で優勝しようと思ったんだけど」

 

「それでも半分の額しか集まらねぇ……」

 

「そういうことか」

 

 

 覇王はそのまま言葉を続け、今後の行動について数多へと説明した。

それはやはり、拳闘大会での優勝を目指すというものだった。

 

 しかし、その大会は二つになっており、片方優勝しただけでは全額集まらないと、状助はがっくしした様子でしゃべっていた。本来ならばこうなるはずじゃなかったと、そんな感じであった。

 

 数多は二人の説明を聞いて、なるほどと納得した。

確かに拳闘大会での優勝ならば、多額の賞金を得ることができる。そこでネックとなっているのは大会が二つあり、どちらも優勝する必要があるということなのだろうと言うことも理解できた。

 

 

「そんなら、俺も出るぜ」

 

「兄さんが?」

 

「あったりめぇよ!」

 

 

 そこで数多は、ならば自分も大会に出て優勝すると言い出した。

自信ありげにそう言う数多へ、焔は何で? という顔を見せていた。数多はそんな焔へ、ぐっとポーズをきめ、やるしかないと豪語して見せたのだった。

 

 

「だが、そうしたらみんなを捜すのはどうなる!?」

 

「う……、そっ、そうだった……。忘れちゃいけねぇことを忘れるところだった……」

 

「確かにこちらも重要だが、元の目的を忘れては困るぞ」

 

 

 しかし、焔は鋭くそこを指摘した。

最初に数多が言ったことは、行方不明者の捜索だ。まずはじめに決めたことがあるのなら、そっちを優先すべきであると。

 

 数多はそれを聞いて、うっかりしていたとうなだれた。

当初の目的を忘れ、横道にそれるなどあってはならないことだ。それについて数多は反省し、申し訳ないという顔を見せていた。

 

 焔はそんな数多に、こちらも重要なことには違いないがと前置きをしつつ、元々の目的をおろそかにしてはならないと叱咤した。ただ、目の前の本人はかなりヘコんでおり、わかったようなのでそれ以上のことは言わなかった。

 

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

「突然どうしたんだい?」

 

「いや、俺は今考えた……。いや、考えたっつーよりも、”知ってた”ことなんだがよ……」

 

 

 だが、その時状助が、何やらピンと来たらしく、突如待ってくれと言って考え出した。覇王はそんな状助に、何事だという様子を見せていた。

 

 状助は、”原作知識”を搾り出し、色々考えたようだ。そのことをぽつりぽつりと、説明し始めたのである。

 

 その説明には、今後のことについて語られていた。

本来ならばネギたちが、拳闘大会で有名となり、テレビに出て宣伝すると言うこと。その中で目的地を決め、そこで落ち合うことを宣言すること。それによって魔法世界に散らばった人たちが、その映像を見てその場所を目指すということを。

 

 また、他のメンバーが散らばった仲間を捜しに旅立ち、発見してくれるということ。おかげで全員が、その目指す場所でつどい、無事を確認できるということを。

 

 

「……つーことになるからよ。どうにかなるんじゃあねぇかなって思ったんだが」

 

「ほう……」

 

 

 つまり状助が言いたいことは、数多がみんなを探す必要はなく、拳闘大会で優勝してくれた方が嬉しいと言うことだった。

 

 覇王はその状助の話に、なるほどと思っていた。確かにそれなら、大会で優勝してくれた方がいいかもしれないと。

 

 

「しかし、それで大丈夫か? 見てない子とか、さまよってる子とかもいるんじゃねぇのか?」

 

「どうなるかはわからねぇが、大体うまくいくはず……」

 

 

 しかし、数多はそれで本当にうまく行くのかと、不安を指摘した。

数多には状助が言う”知っていた”知識とやらはわからないので、それでうまくいくのか純粋に疑問が出たのだ。

 

 未だに街などにつけず、さまよってる人もいるかもしれない。たまたま街にいないせいで、その映像を見ない人もいるかもしれない。その人たちがいたなら、それをどうするのかと言うことを、状助へつっこんだのだ。

 

 状助はそれを聞いて少し不安の色を見せながら、うまくいくはず、と自信なさげに言い出した。”原作”ではそれでうまくいったし、ちゃんと集まった。ならば、その手は使えなくは無いと思ったのだ。

 

 が、やはり数多の言うことも一理あり、もっともなものだ。イレギュラーが起きたら、うまくいかない可能性もあることを、状助は悩んでいた。

 

 

「……状助君、それって君が言う”原作知識”ってやつだよね?」

 

「まっ、まあな……」

 

 

 三郎はそこで、その作戦とやらが状助がいつも言う”原作知識”というものなのだろうと察した。いつもいつも、まいどまいど、状助が突然言い出すことは、そればかりだったからだ。

 

 状助はそれについて、どもりながら肯定した。

今言ったことは全て”原作知識”からくるものであり、自分の考えという訳ではないと。

 

 

「わかった。ならそうしよう」

 

「いいのかよ!?」

 

「とりあえず、そうするしかない」

 

 

 そこで覇王は考えた末、状助の言うとおりにしようと言った。

うまい作戦というのが思い浮かばない今、状助の作戦は悪くないと思ったからだ。それに”原作どおり”行くのなら、うまくいくかもしれないとも思ったからだ。

 

 状助は自分の意見を取り入れた覇王に驚いた。

自分で言ったのもなんだが、穴だらけの作戦だと思ったからだ。

 

 そんな状助に覇王は、とりあえずそれで行こうと言葉を投げた。

このまま悩んでいるだけでは、何もはじまらないからだ。どの道、今すぐ行方不明者全員の安否と場所を特定することは不可能だし、できることからしていこうと思ったのである。

 

 

「それに、100万ドラクマを稼ぐには、どうしてももう一組必要だしね」

 

「まあなぁ……」

 

 

 また、覇王はそれだけではなく、100万ドラクマを得るためには、やはり二つの大会を同時に優勝する必要があると考えた。なので、数多には是非とも大会で優勝して欲しいと思ったのだ。

 

 一応、他にもその候補はいる。ネギや小太郎がその一つだ。ただ、どちらにせよ今のままでの優勝は少し厳しいと、覇王は考えた。

 

 と言うのも、状助が言ったように拳闘大会が二つになった理由が転生者だと言うのなら、当然転生者が試合に出てくる。可能性の話だが、ありなくもない話でもあった。そして、その実力が未知数な状態では、博打になりすぎると思ったのだ。

 

 何せ転生者は強力な特典を得ている。拳闘大会に出てくるような転生者なら、ある程度鍛えてあると思ったのだ。故に、残念ながらネギたちには頼めないと、覇王は考えたのである。

 

 それにまだ10歳の子供たちを戦わせるのも、あまりよくないと覇王は思ったのだ。まあ、小太郎ならば率先し、喜んで参加するだろうが。

 

 

「とは言え、先輩一人じゃ出場できないのでは?」

 

「確かにそうだな……。そっちは?」

 

 

 しかし、この拳闘大会は二人で一組。二人いなければならない。故に、覇王は数多へと、パートナーはどするか尋ねた。

 

 数多は覇王の言葉を聞いてそのことを思いだし、少し考えた。が、数多も逆に覇王が誰と組むのか気になったので、それを聞き返したのである。

 

 

「僕と……、状助が出る」

 

「おう」

 

「状助君が!?」

 

 

 覇王は状助の方をチラリと見た。すると状助は静かに頷き、ニヤリと笑った。覇王はそれを見てニコリと笑い、それをはっきりと言葉にした。自分と、横の状助のタッグで戦うと。

 

 状助も覇王の言葉に続き、強気の姿勢で返事をした。俺も戦う。戦ってみせると。

 

 三郎はそれに驚いた。何故状助が出るのだと、驚愕した顔を見せたのだ。覇王が強いのは三郎もよく知っている。何せ転生者狩りをしていることも、本人から聞いていたからだ。

 

 

「無茶じゃないかい!? 状助君はスタンドが使えるとはいえ、俺と同じ一般人みたいなもんじゃないか!」

 

「確かにそうだな。そのせいで死にかけたしよぉ」

 

「だっ! だったら!」

 

 

 だが、状助は違う。スタンドは使えるが、それだけの人間だ。自分と同じように、本体は一般人と同等でしかない。三郎はそれを心配そうにしながら状助へと叫んでいた。

 

 状助もそれに対しては言い訳はしなかった。

間違ってないし、そのせいでゲートポートでは死にそうになったのも理解しているからだ。

 

 なら、何故。三郎はそう声を荒げて言った。

試合とは言え、死なないという保障はない。だと言うのに、どうして状助が体を張らなければならないのかと。

 

 

「だがよぉ、オメェが体張ったんだぜ? 俺もそのぐれぇしないとって思ってよ」

 

「状助君……、君ってやつは……!」

 

 

 そんな三郎に状助は、静かにそう言った。

ダチの三郎が他の三人の女の子を守るために、自ら奴隷となった。ならば、そのダチを助けるために戦うのも、友人として当然なのではないかと。

 

 三郎はその言葉に、少し感動していた。

状助の今の言葉に、三郎は非常に嬉しく思っていた。友人である自分を助けるために、自ら戦いに赴こうとするその姿勢に、とても心を打たれていた。

 

 

「それに、状助には少し”気”を習得してもらおうと思うしね」

 

「ああ、確かにこのままじゃいけねぇ……」

 

「”気”……?」

 

 

 また、覇王は状助の大会参加にて、さらなるパワーアップにもなると語った。

このまま戦いが激しくなれば、状助が再び危機にさらされる可能性があるからだ。故に、状助は大会に参加しながらや、自分との稽古で”気”を習得してもらおうと覇王は考えたのだ。

 

 状助もそのことは気にしていたようで、今のままではまずいと、渋い顔で言葉にしていた。

敵は明らかに自分を狙っていた。それは状助も理解したことだ。次に敵と出くわした時、再び自分を狙ったくるのは明らかだ。状助はそう考え、せめて戦力アップとして”気”を習得しようと考えたのである。

 

 しかし、三郎は”気”と言う言葉を聞いて、不思議そうな顔を見せた。

そもそも三郎は”ネギま”を知らない。なので、”気”と言われてもピンとこないのだ。

 

 

「生命のエネルギーだよ。ほら、ドラゴンボールやダイの大冒険の闘気的な感じさ」

 

「そんなものが……」

 

 

 あまりわかってなさそうな三郎に、覇王はドラゴンボールとダイの大冒険に例えた。

実際は多少違うのだが、あのシュインシュインと言ったオーラ的な感じで戦闘力がグッと上がると言った方が、わかりやすいと思ったからだ。

 

 三郎もその説明で大体把握したらしく、頷いて納得していた。

そういう感じか。確かにそれなら強くなれる。そう思ったようだ。

 

 

「……三郎、君も教えて欲しいと思わないか?」

 

「俺……?」

 

「そうだよ」

 

 

 また、覇王はそこで三郎へと、状助とともに鍛えないかと誘い出した。

 

 三郎はまさか自分も誘われるとは思ってなかったようで、自分なのかと聞き返していた。

それに覇王は笑みを浮かべながら、そうだとはっきり告げたのである。

 

 

「……そうだね……。俺も少しぐらい強くなりたい……! 強くならないと、彼女を守れない……!」

 

「ふふ、そう言うと思った」

 

 

 すると、三郎は拳を強く握りしめ、それを悔しそうな表情で眺めていた。強くなりたい、自分も強くなりたい。そう三郎は無念の気持ちを打ち明けた。

 

 

 三郎は思っていた。自分もこのままではいけないということを。この前も今も、亜子やその友人たちは結果的に助かったに過ぎない。

 

 あの時カギが現れなければ、先ほど覇王や状助が来なければ、どうなっていたかわからない。考えただけでも恐ろしい。そうだ、自分は無力だった。誰かが助けに来なければ、誰も助からなかった。

 

 三郎はそう考え、かなり悔しんだ。自分の弱さを、自分の無力さを。一人では好きになった女一人守れない、自分の非力さを。

 

 さらに、あのような状況が今後起こらないという可能性は低いだろう。他の銀髪や先ほどのような転生者が再び現れ、自分や亜子を襲うかもしれない。その時、亜子を守れなければ何の意味もないと、そう強く思っていた。

 

 そして、だからこそ、自分も強くなりたいと思いはじめていた。いや、強くならなければならないと、危機感を覚えた。力を渇望した。でなければ自分の惚れた女を、亜子を守れないと。そう三郎は考え、覇王の誘いに乗ったのだ。強くなるために、守るために。

 

 

 覇王は三郎が必ず誘いに乗ってくれると信じていた。

三郎が自分の弱さに苦心し、強くなろうとすることを確信していた。だからこそ覇王は、三郎を強くしようと思った。鍛えなければと思ったのだ。

 

 

「ただ、僕が君にそう言ったのは、そう言うと思っただけじゃない」

 

「何が?」

 

 

 しかし、覇王が三郎を誘ったのにはもう一つ理由があった。それを語りだすと、三郎は一体どんな訳なのだろうかと、そちらに耳を傾けた。

 

 

「君の特典の一つ、”運動神経が優れる”。これが多少拡大解釈されているならば、”体を動かすこと”に関してなら修練で身につきやすそうだと思ってね」

 

「確かにそうかもしれない」

 

 

 そして、覇王はその理由を淡々と述べ始めた。

 

 三郎が転生した時に貰った特典は二つ。一つは料理の才能。もう一つは運動神経のよさだった。覇王は”運動神経のよさ”と言うものが、どれほどの効果なのかと考えた。もしかしたら”運動”と言うように”体を動かすこと”に関しての才能なのではないかと。

 

 それなら格闘技術なども身に付けやすいのではないか、覇王はそれを考慮した。ならば、気を習得させ、多少なりに戦えるようになってもいいだろう。覇王はそれを踏まえて、三郎を修行に誘ったのだ。

 

 三郎もその話を聞いて、納得の様子だった。

と言うのも、三郎は今まで、自分の特典のことなどさほど考えたことのなかった。他人よりもちょっといい才能を貰って、前世より少しだけ楽ができれば、そう思って貰った特典だったからだ。

 

 

「だが、俺は今、奴隷だ。仕事中はできない」

 

「終わって余裕があればでいいさ。気さえ操れるようになれば、疲れも抑えられるしね」

 

「……ありがとう、覇王君」

 

 

 とは言え、今の三郎は奴隷となってしまった。暇ではない。奴隷なのだから当然なのだが、仕事をしなければならないからだ。

 

 覇王もそれぐらいわかっており、暇な時間や仕事が終わった時にでも修行しようと言葉にした。

また、気を操ることによって、身体能力の向上などで仕事もより速くなり、疲れにくくもなるだろうと話した。

 

 そこで三郎は覇王が気遣ってくれていることに感謝した。

無理をして修行させる訳でもなく、自分の意思でさせてくれるということに。その修行、仕事が終わった時ならば夜だろうし、覇王もその時間で修行に付き合ってくれるということに。

 

 

「話はまとまったか?」

 

「すまないね、先輩」

 

 

 すると数多が話の区切りがついたのを見て、話しかけてきた。

数多は覇王たちが話をまとめるのを待っていたのである。

 

 覇王は数多を待たせてしまったことに対して、小さく謝罪した。

多少だが待たせてしまって申し訳ないと。

 

 

「こっちも焔と話したんだが、拳闘大会には俺と焔が出る」

 

「先輩はわかるけど、なんで彼女が?」

 

 

 そして、数多は先ほどの、大会に誰が出場するかということに対しての答えを述べた。

数多とタッグを組んで拳闘大会へ出場するのは、なんと焔だった。数多と焔は相談し合い、そうすることに決めたのだ。

 

 だが、覇王はどうして焔が出場することにしたのかと、疑問を投げかけた。

焔は自分とは多少面識はあるが、三郎とは面識がほとんどない。それに組むならもう一人、適任者がいると思っていたからだ。

 

 その適任者とは、法だ。

法ならば、間違いなく優勝候補として入るだろう。法の操るアルター、絶影は強力だからだ。ただ、欠点を言うのであれば連携がとりづらいという部分と、数多とほぼ接点がないという点だろうか。

 

 

「大きな理由はありません。兄さんに協力しようと決めてここまで来たんだから、そうしようと思っただけです」

 

「兄思いのいい子じゃないか」

 

「そっ、それほど……でも……」

 

 

 覇王のその素朴な疑問に、焔は静かに答えた。

まず、ここまで来たのは、数多とともに行方不明者を探すためだった。しかし、その必要がなくなったのなら、数多の役に立つことをすればいいのではないかと考えた。ならば、数多とともに拳闘大会に出て、覇王らと協力し合った方がいいと思い、それを選んだのである。

 

 それを聞いた覇王はにこやかに笑いながら、いい子だと焔を褒めていた。

なんだかんだ言いながらも、兄を慕うその姿勢をすばらしいと思ったのである。

 

 突然覇王に褒められた焔は、一瞬驚いた後にはにかんだ態度を見せた。

魔法世界で有名人である覇王に褒められるのは、やはり特別な意味で嬉しいのだ。例えると、普通の人がイチローに会って褒められた、という感覚なのである。

 

 

「あったりめぇだろ? 自慢の妹だからな!」

 

「にっ、兄さん!」

 

「照れるな照れるな!」

 

 

 すると数多はしおらしくなった焔の頭にそっと手を置き、それを豪語した。

その表情は晴れ晴れとしたさわやかな笑みで、イヤミなどではなく、純粋に思ったことを言ったのがわかるものだった。

 

 焔は今の数多の態度がかなり恥ずかしかったようで、数多の方を向いて煙を出しながら、ぷりぷりと怒ってみせた。だが、その表情はどことなく嬉しそうであり、ただの照れ隠しのようなものであった。

 

 数多は顔を真っ赤にして照れながら怒る焔を見て、大いに笑っていた。

本当のことを言っただけだ。照れる必要はないと、そう笑って言葉にしていた。

 

 

「よし、とりあえずその方針で行こう」

 

「そうと決まれば、拳闘士として登録してもらわねぇとな!」

 

 

 話がまとまったところで、覇王はそれで行こうと音頭をとった。状助はならば拳闘大会に出場できる資格を得なければならないと考え、それを強気の態度で言葉にしていた。

 

 

「俺は何度かやってるんで、そのままいけるぜ」

 

「流石先輩っスねぇ」

 

「修行の一つさ」

 

 

 ただ、数多はすでに何度か拳闘大会に出場しているので、それは必要ないと話した。

数多は修行の一環として、何度か拳闘大会へ出場していた。なので、出場資格は持っていたのである。

 

 状助は数多の手の早さに関心したような声を出し、数多はそのことを一言で話した。

 

 

「目標は100万ドラクマ!」

 

「オッシャァァッ!」

 

「頑張るぜ!」

 

 

 さらに覇王は気合を入れるため、啖呵をきった。

数多も同調し、気合が入った大声を出した。続いて状助も、目標の為の意気込みを叫ぶのだった。

 

 

「みんな、悪い……。そして、ありがとう……」

 

「困った時はよぉ」

 

「お互い様さ」

 

「その通りだぜ!」

 

 

 そんな仲間に三郎は、感涙していた。

自分の為に一致団結し、戦おうとしてくれている。これほど嬉しいことはないと、三郎は思ったのだ。

 

 三人はそこで、困っている仲間がいるなら助けるのは当たり前だと、普段通りの様子で語った。

仲間だったら、何かあれば助けるのは当然だ。仲間なんだから助け合うのは普通のことだと、そう言ったのだ。

 

 そして、今後の方針が決まった彼らは、目標の為に動き出した。三郎を助け出すために。三郎を奴隷から解放するために。100万ドラクマを稼ぐために。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは首都メガロメセンブリア、そのゲートポート。

破壊されたゲートポートからは、未だに煙が絶えず噴出し、魔力が漏れ出していた。そして、その破壊されたゲートポートに、複数の人間が転送されてきた。

 

 

「間に合ったか!」

 

「お久しぶりです……、師匠」

 

「そっちも元気そうだな!」

 

 

 ガトウは光とともに現れた集団を見て、ほっとした様子を見せていた。

何故ならゲートポートの機能が停止寸前だったからだ。

 

 旧世界からこのゲートへやって来たものの一人は、あのタカミチだった。

タカミチは師匠であるガトウへと早速挨拶し、頭を下げていた。

 

 ガトウもまた、久々にあったタカミチを見て笑いながら、再会を喜んでいた。

 

 

「来たか……」

 

「アルス! 君もネギ君たちと一緒だったのか」

 

「まあな……」

 

 

 さらにアルスもガトウとこのゲートポートで待機しており、やってきたタカミチを歓迎していた。

また、アルスもガトウと同じように、間に合ってよかったと言う様子を見せていた。

 

 ……アルスはあの戦いで、ある程度ダメージを負っていた。しかし、重傷という訳ではなかったので、治癒の魔法で傷を癒し、ここで待っていたのだ。

 

 また、タカミチはアルスがネギたちと一緒に、こちらに来ていたことを知らなかったようで、そのことについてかなり驚いていた。

 

 アルスもタカミチには話してなかったことを思い出し、とりあえずそれを肯定したのだ。

 

 

「だが、しくじってこのザマだ。なさけねぇ……」

 

「……まさか、アルスがやられるなんて……」

 

 

 そこでアルスは、自分がいたというのにこの始末だと、悔しんだ表情で述べていた。

責任を持って預かった学園の生徒たちを、危険に晒してしまったと。

 

 タカミチはそんなアルスを見て、驚いた顔を見せていた。

アルスとて弱い訳ではない。むしろ魔法使いではかなりの強者だ。そのアルスが敗北し、こんなことになっているということに、驚愕していたのだ。

 

 

「相手はかなりの手馴れという訳か……」

 

「ああ、かなりヤバイ」

 

 

 そして、タカミチはアルスの話を聞いて、ここを襲った連中の実力を察した。

何せここに居合わせたのはアルスだけではなく、あの刹那やアスナまでいたのだから。

 

 アルスも自分と戦った相手の強さを思い出しながら、危機感を募らせていた。

あの強さは尋常ではない。とんでもない強敵だと、そう考えていた。

 

 

「これはもう少し報酬を増やしてもらわないとならないかな?」

 

「ハハハ……、そこら辺はお手柔らかに頼むよ……」

 

 

 すると、タカミチと一緒にこちらへやってきた真名が、その話を聞いて笑みを見せながらそうこぼした。

話に聞いていた以上に、中々厳しい任務のようだ。それならばもう少し雇い賃を増やしてもらわないと、割に合わないと思ったのだ。

 

 また、タカミチは商売根性を見せる真名を見て、小さく苦笑していた。

 

 

「うおおお―――――!!! やってきたぜ魔法世界!!」

 

「何とかなってよかったぜー!」

 

 

 そこへタカミチとともに、魔法世界へとやってきたもう一人。いや、一人と一匹が、喜びの声を叫んでいた。

そう、それこそカギとカモミールだった。彼らはタカミチへ連絡を取り合い、なんとか合流してここへやってこれたのである。

 

 

「ほう、君がナギのもう一人の……」

 

「イッエース! 俺はカギってんだ! よろしく頼むぜ!」

 

「中々元気がいい少年だな」

 

 

 ガトウはカギを見て、カギがネギの兄であることを思い出した。そういえばもう一人、ナギには息子がいたと。

 

 カギはそんなガトウへと、元気よさげに挨拶していた。

忘れないように頼むぜ、そんな感じであった。

 

 なんとまあ元気な挨拶だろうか。ガトウが見たカギの第一印象は、馬鹿っぽい元気な少年であった。うん、確かにコイツはナギの息子だ。そう納得するほどだった。

 

 

「……ん!?」

 

「なんだ? 俺の顔に何かついてんのか?」

 

 

 だが、そこでカギはガトウを見て、目を疑った。

アレ、おかしいな。何か変だぞ。夢か幻か、それとも幽霊か。まるで死人に会ったような顔を、カギは見せていた。

 

 ガトウは突然カギが驚きだしたので、一体何事かと思った。

なので、自分の顔に何かあったのかと、質問したのである。

 

 

「なっ……、なんで生きてるんだ……!?」

 

「? それは一体……」

 

「なっ、なんでもねぇぜ……!」

 

 

 カギはガトウを見て驚いた。

何故なら、本来ガトウは死んでいる人間だからだ。”原作”では過去の出来事で、死んでしまっている存在だからだ。カギは”原作知識”に当てはめてそれを考えた。だから驚いたのである。

 

 ガトウはカギの言葉に、大きな疑問を持った。

と言うか、はじめて出合った人間に、死んでないのか、などと言われても困惑するだけだ。むしろ、普通なら怒ってもおかしくない言い草だ。

 

 ぽろっと失言を発したカギは、それに焦ってなんでもないと慌てていた。

それでもやはりガトウが生きているのが不思議なので、本物かどうか考え、じろじろと眺めていた。

 

 

「まあいいか。よし、タカミチ行くぞ」

 

「はい、師匠!」

 

 

 とまあ、カギの発言と行動は疑問だが、今はそうしてはいられない。ガトウはそう考え、今後の対策を練るために移動することにしたのだ。

 

 また、ガトウに呼ばれたタカミチは、嬉しそうにしながらも、気を引き締めた様子で返事をしていた。

 

 

「カギ君はどうするんだい?」

 

「おっ……俺か?」

 

 

 だが、そこでタカミチは、ふとカギが気になった。

なのでカギがこれからどうするのかを尋ねたのである。

 

 カギはガトウの生存に挙動不審になりながらも、それについて少し考えた。

 

 

「俺は一人でネギたちを探しに行くぜ」

 

「一人で大丈夫なのかい?」

 

「俺だって伊達や酔狂で修行してねぇって! 大丈夫ってもんだ!」

 

 

 そしてカギは、自分の考えをタカミチへと豪語した。

それは一人で行方不明者となったネギたちを探すというものだった。

 

 何せこのカギも”原作知識”を持った転生者だ。ある程度居場所がわかるものもいる。それとは別に、自分の従者となった夕映が一番気がかりだった。故に、まずは目指すならアリアドネーだと思い、一人そこへ向かおうと考えたのである。

 

 が、このタカミチはとても心配性だった。カギが一人で大丈夫なのか、不安な様子を見せたのだ。

 

 カギはそこで、俺は強いと豪語した。

あのエヴァンジェリンに師事し、鍛え上げてきた。そんな自分ならば問題ない。大丈夫だ行ける余裕だ。そう叫んだのである。

 

 

「本当に大丈夫なんだね?」

 

「タカミチのおっさん、ほんと心配性だな……」

 

 

 それでもやはり、タカミチはカギを心配した。

どうしてそこまでタカミチがカギを心配するのか。それはカギがお馬鹿でかなり抜けたところがあるからだ。

 

 それに、学園に来た時の印象が、調子に乗ったら止まらない奴というものだ。それだけではなく、かなり間が抜けているというか、うっかりが目立つの奴というのもあった。

 

 つまり、はっきり言ってしまえばカギは信用がないのだ。悲しいことだが、これもカギの自業自得。本人もそれはある程度承知だ。

 

 そんな風に心配するタカミチを見て、カギは呆れていた。

確かに信用が無いのは重々理解しているが、ちょっと過保護すぎやしませんかと。

 

 

「まあいいじゃねぇか、行かせてやれよ」

 

「師匠?」

 

 

 見かねたガトウは、タカミチへと声をかけた。

そこまで言うのなら、一人で行かせてやればいいのではないかと。

 

 タカミチはそう言うガトウの方を向き、不思議そうな顔をした。

本当にそれでいいのだろうか。大丈夫なのだろうか。そんな不安の色がわかる顔であった。

 

 

「俺の見立てじゃ、コイツ中々やるぜ?」

 

「……師匠がそうおっしゃるのなら……」

 

 

 ガトウはカギを見て、悪くないと思った。

本人が言うとおり中々鍛えているだろうし、実際結構強いのではないか、そう考えた。

 

 タカミチもガトウにそう言われて、ならばカギを信じて行かせてやろうと思った。

自分の師匠であるガトウのお墨付きならば、大丈夫だろうと考えたのである。

 

 

「でもカギ君。くれぐれも無理はしないでくれよ?」

 

「わかってるって!」

 

 

 だが、やはりタカミチはカギが心配で、一言注意を呼びかけた。

なんだかんだで調子に乗りやすそうなカギに、あまりはめをはずさぬようにと。

 

 カギはそのタカミチの言葉に、OKOK! と笑って言った。

とは言え、本人がわかっているかは別問題である。

 

 

「なぁに、兄貴には俺っちもついていますぜ! 安心してくだせぇ!」

 

「……う、うん。じゃあ君にカギ君を任せたよ……」

 

 

 そこでカギの頭の上に乗ったカモミールが、タカミチへと宣言した。

自分がカギの面倒を見るので問題は無い。安心してくれと豪語したのだ。

 

 しかし、カモミールの宣言もタカミチには信用しずらいものだった。なので、不安の色は取れない様子で、仕方なくカモミールにカギを頼んだと言うのであった。

 

 

「んじゃ、早速行くぜ!」

 

「おっしゃー!」

 

 

 ならば、善は急げだ。

カギはタカミチとの会話が終わったと思い、そのままゲートの出口へと走っていった。カモミールもカギの頭の上で、気合を入れるかのような叫びを上げていたのだった。

 

 

「元気な奴だな。確かにナギのガキって感じだ」

 

「え、ええ……、まあ……」

 

 

 そのカギの背中を眺めながら、見送るガトウ。何とまあ元気なヤツよ。確かにナギもあんな感じに破天荒だった。懐かしいものを思い出されせてくれると、タカミチへと言葉にしていた。

 

 タカミチも確かにそう言われればそうかもしれない、とは思った。ただ、そのナギ本人よりも、馬鹿を極めたのがカギだ。アホを極めたのもカギだ。

 

 それとは別に、やはりタカミチはカギの第一印象がそうではない。なので、やっぱりナギに似てると言われれば、首を傾げたくなってしまうのだ。

 

 

「っと。ところでアルス、君はどうするんだい?」

 

「……俺も一足速く出て、裕奈たちを探すさ」

 

「……そうか」

 

 

 カギを見送ったタカミチは、次に近くにいたアルスへと今後について聞いてみた。

そこでアルスもカギと同じように、自分一人で行動すると言葉にした。タカミチは少し考えた様子を見せた後、仕方ないかという顔を見せていた。

 

 

「わかった。そっちはそっちで気をつけてくれよ、アルス」

 

「それはこっちの台詞だぜ。タカミチ」

 

 

 タカミチはアルスの考えを理解し、苦笑しながらその身を案じた。アルスもそれをタカミチに言われると、笑い返してその言葉は自分のものだと軽口を叩いて見せた。

 

 

「んじゃ、俺らもそろそろ行くぞ」

 

「はい」

 

 

 ガトウは時間が押していることを考え、タカミチへ出発することを告げた。タカミチはそれに素直に従い、長話を少ししすぎたと思った。

 

 

「それじゃ、気をつけてくれよ」

 

「そっちもな!」

 

 

 そして、ガトウはゆっくりとゲートポートの出口へと移動しはじめた。それを追う様にタカミチも動き出し、最後にもう一度だけ振り向き、アルスへと声をかけたのだ。

 

 アルスもタカミチへ、武運を祈ることを叫び、その背中を見送ったのだった。

 

 

「さて……、俺も……」

 

 

 アルスもならば、自分も行動を開始するかと歩き出した。だが、その時、アルスを呼ぶ声がその後ろから聞こえてきたのだ。

 

 

「あなた!」

 

「パパ!」

 

「なっ! お前ら!?」

 

 

 それはアルスの家族、妻のドネットと娘のアネットだった。アルスはその声を聞き振り返ると、二人がそこへ駆けつけたのである。

 

 彼女たちもタカミチやカギとともに、魔法世界へとやってきたのだ。魔法世界のゲートで、異変があったと聞いて駆けつけたのである。

 

 アルスは二人を見て驚いた。どうして二人がここにいるのだろうかと。

 

 

「何しに来たんだ! 来るなって言っておいたはずだろう!?」

 

「ごめんなさい。でも、あなたのことが心配で……」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 アルスは焦りと驚きで、二人へ怒鳴り声を発していた。

二人がここへ来ないように、しっかりと忠告しておいたのに、二人がここへ来てしまったからだ。

 

 それに対してドネットも、申し訳ないという様子を見せながら、小さく謝った。

確かに忠告されていた。危ないかもしれないから来るなと言われていた。それでもやはり、アルスが心配でやってきてしまったのだ。

 

 ドネットの横で不安そうにしているアネットも、同じ気持ちだった。だから、アネットも母親のドネットについてきたのである。

 

 

「……まっ、しょうがねぇか……」

 

 

 アルスは目の前の二人の、不安の表情を見て、小さくため息をついた。

何せ二人は自分が心配でここまで来たのだ。はっきり言えば嬉しいのである。故に、すでにアルスからは怒気が抜けており、苦笑した表情だけが残っていた。

 

 

「とりあえず、お前らはここで待っててくれ」

 

「あなたは……?」

 

 

 来てしまったものはしょうがない。ならば、安全そうなこの場所にとどまってもらおう。アルスはそう考え、それを言った。

 

 すると、ドネットはアルスへ、そちらはどうするのかと尋ねた。

待っていてくれ、と言うことは、アルス一人どこかへ行こうとしていると考えたからだ。

 

 

「俺は裕奈たちを捜しに行く」

 

「だったら私も……!」

 

 

 アルスはその問いに、静かに答えた。

そう、行方不明となってしまった裕奈たちを捜しに行くと。

 

 アルスはカギと同じように、一人で行方不明者を捜索する予定でいた。

それにアルスは転生者だ。”原作知識”がある。その”原作知識”どおりならば、裕奈のいる場所は特定できると考えていたのだ。

 

 アルスの答えを聞き、ドネットは自分もお供すると叫んだ。

アルス一人に任せる訳にはいかない。協力したいと申し出たのである。

 

 

「ダメだ。これだけはダメだ」

 

「そう……」

 

 

 だが、アルスはそれにNOと言った。来てはいけないと断った。

何せ敵は造物主の使途だけではない。転生者だ。そう、相手が転生者だからだ。

 

 造物主の使途ならば、”人間”の命を奪うことはない。”原作”でも”人間”の命は奪っていない。

 

 しかし、転生者は何をするかわからない。ヤツらは無法で無秩序だ。危険極まりない連中だ。そんな連中に出くわしたら、何が起こるかわからない。故に、アルスはドネットに、ついてくるなと言ったのである。

 

 ドネットはアルスの言葉に、素直に従った。

アルスがそこまで言うのであれば、何かあるのだろうと察したからだ。

 

 

「パパ、そんなにママや私が邪魔なの?」

 

「違うよアネット……」

 

 

 ただ、娘のアネットは幼いせいか、それが理解できなかったようだ。涙目になりながら、無用と言葉にしたアルスを見て、自分たちは必要ないのかとこぼしたのである。

 

 アルスはそんなアネットへ、優しく微笑んだ。

そして、アネットの視線にあわせるようにしゃがみこみ、その小さな彼女の頭をゆっくりなでながら、そうではないとゆっくり説いた。

 

 

「お前らは俺の宝だからな。何かあったら辛いんだ」

 

「パパ……」

 

 

 アルスが二人についてくるなと言う理由、それは二人が大事だからだ。何かあれば自分が苦しい。そんな苦しい思いはしたくはない。苦しむならば自分だけでいい。そう思い、二人を置いて行くことに決めたのだ。

 

 それを聞いたアネットは、気が付けばアルスに泣きつくようにしがみついていた。また、自分が勘違いをしていたことを理解したのである。

 

 父親は自分たちが邪魔なのではなく、むしろ必要としてくれていることを。だからこそ、自分たちの身を案じ、ここに残していくのだと言うことを、アネットは知ったのだ。

 

 

「だから、俺が一人で行く」

 

「……馬鹿ね……」

 

「悪いな……」

 

 

 そうだ、大切な家族を危険に晒すわけにはいかない。故に、一人で旅立つ。一人で行方不明者を捜す。そうアルスは立ち上がり、それを言葉にした。

 

 そんなアルスへ、ドネットは苦笑しながら、小さくそれをこぼした。

一人だけそんな苦労を背負い込もうなんて。普段は面倒臭がってばかりの癖に。

 

 そう言われたアルスも、確かに馬鹿だなと思った。

だが、やらなければならない。なので、そこでアルスは苦笑いを見せながら、一言謝っていた。

 

 

「今のあなたの言葉、私もそのまま返すわ」

 

「それはどういう……」

 

「私たちだって、あなたがいなくなったら辛いに決まってるじゃない……」

 

「……そうだったな」

 

 

 しかし、ドネットの今の言葉には、別の意味も込められていた。なので、気がついていないアルスへと、そのことを話し始めた。

 

 アルスはドネットに自分の言葉を返すと言われ、何の言葉だろうと思った。

悪いな、と謝ったことだろうか。俺が一人で行くと、言ったことだろうか。どれだろうと疑問に思っていた。

 

 そんな不思議そうな顔をするアルスへと、ドネットは小さく笑いながらそれを説明するかのように話した。

アルスが今言った言葉とは、お前らは俺の宝だ、というものだ。

 

 つまり、逆を言えば、ドネットやアネットとしても、アルスは宝だということだった。そんなアルスがいなくなってしまえば、自分たちも悲しいし苦しい。それを言いたかったと、ドネットは静かに告げたのだ。

 

 それを言われたアルスは、それを失念していたと一瞬思った。

ああ、自分の命なんて忘れていた。そして、こんなにも愛されていたのかと。

 

 まったく、自分は転生者だというのに、なんて幸せなヤツなんだろう。こんな特典を神から貰ったチート野郎だというのに、こんなに幸せでいいのだろうかと。アルスはそれをふと考えながら、だからこそ、目の前の二人を守ってやらなくてはと、再び強く念じるのだった。

 

 

「パパ……、いなくなっちゃうの……?」

 

「いなくならないさ。俺はお前らとずっと一緒だ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

 

 また、ドネットの今の言葉に動揺したのか、アネットは再び不安に感じた。

なので、アルスがここから消えてしまうのかと、ウルウルとした瞳でそれを聞いたのである。

 

 アルスはそんな娘を見て、再度幸せをかみ締めていた。

なんて優しい娘なんだ。親馬鹿かもしれないが、最高の娘だ。そう思っていた。

 

 そして、アルスはそんなアネットを安心させるように、にこやかに笑いそれを否定した。

自分はいなくならない。消えない。だって、二人が悲しむから。悲しませたくないから。絶対に死なない、今後も家族と離れずずっと一緒だと、そうアルスは宣言した。

 

 

「でも、今は行かなきゃいけない。裕奈は明石夫妻から預かった身だし、その友人たちも放っておけない」

 

「そう……」

 

 

 それでも、たとえ危険があろうとも、行かなければならないとアルスは告げた。

何故なら。裕奈は明石夫妻から預かった身、何としてでも無事に送り届ける義務がある。また、その友人たちだって、同じことが言えるのだから。彼女たちにも自分と同じように家族がいて、帰りを待っているのだろうから。

 

 ドネットはアルスの言葉に、一言述べるので精一杯だった。

アルスが思っていることもわかるし、気持ちは一緒だったからだ。

 

 

「……まったく、普段はやる気がない癖に、こういう時だけそんな顔するんだから……」

 

「いや、まあ実際は厄介なことになって、かったるいと思ってるがな……」

 

 

 そして、ドネットは今のアルスの表情を見て、クスリと笑った。

アルスは普段だらしなく、やる気のない男だ。だと言うのに、ここぞという時……、そう、今のような時には、真面目でやる気と使命感に溢れた表情をする。だからこそ、自分はそんなアルスに惚れたし、結婚したのだとドネットは惚れ直していた。

 

 とは言うが、アルスとて面倒なことは嫌いである。こんなことにならなければ面倒でなくて楽だっただろうにと、今も思っていることだ。正直言えば転生者の相手なんてしたくないし、ただひたすらしんどいだけだ。

 

 

「だが、やらなきゃならん」

 

「……そうね、そうよね」

 

 

 ああ、確かに面倒だ。面倒ごとが起こった。故に、行かなければならない。その面倒ごとを解消するために。行方不明になった人たちを探さなければならない。だから行くのだ。行くと決めたのだと、アルスは決意をその表情に見せていた。

 

 ドネットももはやアルスを止めれないと思った。

いや、すでに止める気なんてなかった。そうしなければならないと、思っているから。だが、それでもドネットの心の内には、引きとめたい、それがかなわないのなら一緒に行きたいと、思う気持ちもあったのだった。

 

 

「帰ってきたら、家族でゆっくり過ごそう」

 

「ええ……」

 

 

 アルスは今は行くしかない。だが、終わったら家族みんなでのんびりとしよう、そう話した。

 

 何せアルスは帰ってきたと思えば、すぐに旅立ってしまった。そして、こんなことに巻き込まれ、再び出て行かなければならない。のんびりと家族の時間を過ごせなかった。なので、罪滅ぼしとまではいかないが、家族水入らずの休日を過ごそうと思ったのである。

 

 ドネットもそれを微笑んで了解していた。

きっと、絶対、そう思いながら、それに返事をした。

 

 

「パパ、行っちゃうの?」

 

「すぐ帰ってくるさ。そしたら、また一緒に遊ぼうな!」

 

「うん……!」

 

 

 アネットも、そろそろ出かけるそうな父親に、不安げな顔で尋ねていた。

 

 そこでアルスはそんなアネットへ優しく笑いかけながら、すぐに戻ると語り、戻ってきたら遊ぼうと約束した。

 

 アネットはその言葉に満足したのか、今はそれでよいと、小さく頷いたのだった。

 

 

「……ドネット……」

 

「……あなた……」

 

 

 そして、アルスとドネットは数秒見つめあった後、優しく抱き合った。数秒間二人は抱き合会った後ゆっくりと体を離し、アルスはドネットの頬にキスをした。ドネットもそのお返しとばかりに、アルスの頬にキスをした。

 

 

「ほら、アネットも」

 

「パパ……」

 

 

 また、アルスはしゃがんでアネットの目線になり、手を伸ばした。アネットはアルスに抱きつき、アルスはそんなアネットの頭をふわりとなでた。その後アルスはアネットの体を抱えながら、その額に小さくキスをしたのである。

 

 

「おっし、家族からパワーを貰ったんで、充填完了だ!」

 

「いってらっしゃい、あなた」

 

「いってらっしゃい!」

 

 

 アルスはアネットの頭を再びなでた後、すっと立ち上がった。

今の行為でアルスは全身にみなぎる力を感じた。家族の愛が自分を強くしてくれていると思った。そこでガッツポーズをキメながら、アルスはそれを叫んだ。これでもう大丈夫だ。準備万端だと。

 

 ドネットはそんなアルスに微笑みながら、まるで会社へ出向く夫を見送るかのように、別れの挨拶を述べていた。アネットも同じように満点の笑みで、アルスへと大きく手を振り別れを言葉にしていた。

 

 

「任せておけ! んじゃな!」

 

 

 アルスはそれを見て笑いながら、愛する家族へと別れを告げた。

安心してくれ、無事に戻る。だから、ここで待っていてくれ。そう思いながら、右腕を振りながら、ゆっくりとその場を立ち去っていったのだった。

 

 

「無事、戻ってきて……」

 

 

 ドネットはその夫の背中を見ながら、ただただ夫の無事を祈った。

何があるかはわからないが、かならずこの場所へ、自分たちの家に戻ってきて欲しいと。自分にはそれしかできないと思いながら、遠く離れて小さくなる夫の背中をずっと見ていたのだった。

 

 


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