理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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魔法世界編 分断と判断
百二十五話 不安


 メガロメセンブリア、魔法世界の首都。その場所にある、旧世界と魔法世界をつなぐ橋、ゲートポート。普段は静かなその場所だが、今は騒然とした光景となっていた。なんということか、ゲートポートの建造物の天井がほとんど吹き飛び、悲惨な状態となっていたのだ。そこから白い煙がとめどなくたちこめていたのである。

 

 

「なんてこった……」

 

 

 そのゲートポートを首都の方から眺める男が一人、目を見開いて驚いていた。名はガトウ。ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。無精髭と横長方形の眼鏡の男。タカミチの師であり、身請け人であり、かつてはナギ・スプリングフィールドとともに戦った、紅き翼のメンバーの一人だ。流石に過去の戦いから年月が経ち、顔には多少しわが増え、老いを感じさせていた。

 

 

「やられたか……、クソッ!」

 

 

 ガトウはゲートポートの状況を見て、しかめた顔で悔やんでいた。いや、むしろこうなることなど予想していなかった。ナギの息子であるネギを、ゲートポートにて迎えようとしていただけだ。だというのにこのような結果になるなどと、思っても見なかったのだ。

 

 

「奴ら、はじめからこれを見越しての行動だったってのか……」

 

 

 ガトウは本来ならば、もっと前にゲートポートへ到着している予定だった。だが、何者かが首都へ無差別的に攻撃を行い、それの対処をしていたのだ。

 

 犯人は転移により逃亡。被害は見た目は大きいように見えるが、それほどではなかった。死者、重傷者はゼロ、建造物の損壊はあるものの、たいしたものではなかったのだ。さらに、襲われた首都の場所は、ゲートポートから遠く離れており、ゲートポートからは見ることができない場所でもあった。

 

 この不可解な事件は、もしやゲートポートの事件とかかわりがあるのではないか。いや、その首都で暴れたものが、ゲートポートから目を背けさせるための囮だったのではないか。ガトウはそう考え、やられたと思っていた。

 

 

「チッ、とりあえずタカミチに連絡するしかねぇか」

 

 

 とりあえず、弟子であり仲間でもあるタカミチに、この状況を連絡することにした。ゲートの状態がここからでは見えないものの、今ならまだギリギリだろうが、向こうからこちらへ渡れると考えた。しかし、ギリギリのギリギリ、スピード勝負だ。早急な伝達が必要だ。

 

 さらに、これほどの事件なのだから、明らかに大規模な組織が関わっているのではないかと言う、嫌な予感も感じていたからだ。

 

 

「ネギとカギ、だったな……。そんでもって嬢ちゃんも……、無事でいてくれよ……」

 

 

 まずはガトウはゲートの現状を調べるべく、そちらへと足を向けた。ゲートの現状を調べ、タカミチに連絡するためだ。また、ナギの息子、ネギとカギと、黄昏の姫御子たるアスナの無事を祈っていたのだった。

……まあ、カギはこの事件に巻き込まれてはいないのだが……。

 

 

 ガトウがこのゲートポートの参上を知った同時刻、同じようにゲートポートへとやってきたものがいた。

 

 

「フェイト様! アレを!!」

 

「遅かったか……」

 

 

 それはフェイトご一行であった。フェイトは皇帝から命じられ、この場へと足を伸ばしたのだ。が、時既に遅し。ゲートは見るも無残な状態で、煙がたちこめていたのであった。

 

 フェイトの従者の一人である暦が、その惨状なゲートへと指を伸ばし、驚きの声を出していた。フェイトもまた、ここへ来るのが遅かったと嘆いていた。

 

 と言うのも、フェイトは皇帝から、このゲートが危機に晒されるだろうと教えられていた。当然、皇帝のその知識も協力的な転生者から提供されたものだったが、ネギたちの護衛を頼むと任されていたのだ。

 

 フェイトも最初は、敵対していたナギの息子を護衛する身になるとはと、皮肉が利いていると思っていた。しかし、この現状を目の当たりにした時、そんな考えは吹き飛んでしまった。

 

 

「まさか、ここへ来る途中襲ってきたのはこのためだったか……!」

 

「どうしましょう……」

 

「不覚……!」

 

 

 フェイトは随分早く、ここへ来るようにしていた。だが、フェイトもまた、謎の敵の襲撃を受けたのだ。相手はすさまじい魔力を持った魔族であり、炎の魔法を得意としていたようだった。こちらの命を狙う気はなかったのが幸いした、というほどに、その敵は強敵だった。あの竜の騎士と同格か、それ以上の存在だったと、フェイトが思ったほどであった。

 

 そのせいで到着時間が随分と遅れ、着いてみればこの状況。まさに、はめられたと言わんばかりだ。フェイトはそれを無表情ながらに悔やむ声を出し、従者たちはおろおろとするばかりだ。同じく従者となった転生者のランスローも、先の襲撃にて敵にいいようにされたことを、情けなく思っていた。

 

 

「皇帝にどういい訳していいやら……」

 

「奴ら、中々計画的だったようです。この場所を欺くために、数多くのデコイを用意したのかと……」

 

「まんまとひっかけられたって訳か……」

 

 

 皇帝からの使命、任務失敗。どう報告したらよいだろうか、そうフェイトは考えた。いや、もしや、皇帝はこうなるだろうと考えていたのではないだろうか。自分たちが失敗する可能性を、すでに考慮していたのではいか。そう思うほどであった。

 

 ランスローはひざまずきながら、フェイトへと意見した。この敵は非常に計画的だと。さらに大規模な集団で、ゲートから意識をそらすため、多くの敵を配置していると。

 

 と言うのも、謎の敵は首都やフェイトたちだけを襲っていたのではない。世界全体の大きな都市なども襲撃を受けていたのだ。そして、全ての襲撃においても、死者、重傷者ゼロ、被害も最小という状況だったのだ。

 

 しかし、襲われたのは都市だけではない。魔法世界にある、このメガロメセンブリアのゲート以外の、他の10箇所のゲートも同時に襲撃されていたのだ。このメガロメセンブリアのゲート襲撃と同時に、他のゲートも破壊されていたのである。

 

 かなり統率の取れた組織的犯行。つまるところ、元々フェイトが所属していた、完全なる世界の犯行に他ならないだろう。フェイトはそれを考えると、いっぱい食わされたか、と思った。

 

 そして、これほどまでの行動をするというのは、やはりアルカディアの皇帝や他の”転生したもの”の行動を視野に入れているのだろうと考えた。ならば、確かにつじつまがあうだろう。

 

 ゲートを襲撃する前に、関係のない場所で暴れる。被害を最小限にしつつ、かなり派手に、目立つようにだ。そうすれば何者かがゲートを守ろうとしても、そこへ行かざるを得なくなる。その守ろうとするものこそ、皇帝の部下であることを考慮している可能性すらあった。

 

 また、そうなれば、どうしてもゲートの守備は手薄となる。そのタイミングでゲートを襲撃、破壊と言うのが、敵の作戦だった。いやはや、敵は随分と優秀のようだ。

 

 

「……ナギ・スプリングフィールドの息子だったか……。個人的に興味があったんだけど……」

 

 

 フェイトはそこでふと、未だ見ぬナギの息子、ネギのことを考えた。あのバグの中のバグ、ひょうきんでぶっとんだナギの息子。どんな人間なのか、どんな性格なのか、どれほどの強さなのか。多少なりと興味があった。

 

 が、この現状、生きているのか、死んでいるのかすらわからない。とりあえず、ゲートの状況を確認した後、皇帝に一報送る必要があると、フェイトは考え行動を開始したのだった。

 

 

 さらに同じように、破壊されたゲートポートを眺めているものが、一人いた。一人、たった一人、ゲートポートが浮かぶ海の上で、その光景を見てほくそ笑む男がいた。

 

 

「フフフフフフ……、やはり来ましたか……」

 

 

 坂越上人、否、真の名はナッシュ・ハーネス。転生者にてメガロメセンブリア元老院議員まで上りつめた、サングラスのいけ好かない男。彼は海の上を自らの超能力(とくてん)で浮きながら、ニタリと笑って一人ごちった。

 

 

「待っていましたよ、あなた方がここへ来るのをねぇ……」

 

 

 ようやく、ようやく来た。彼らが、ここへやってきた。我が計画が達成される時が来た。ナッシュはそう考えると笑いが止まらないようで、ニタニタといやらしい笑いを見せていた。計画通り、すべてがうまく行っている。ことが思うように進んでいる。そう考えるだけで、笑いがこみ上げてくるというものだ。

 

 そも、このナッシュ、転生者として原作知識を持っている。ゲートがこうなることもすでに予想済み。今後の展開もある程度予想できる。が、彼が欲しているのはネギなどではない。同じ転生者のカズヤと法だ。二人の力こそが、このナッシュの計画に必要なものなのである。

 

 

「さて、盛大な”祭り”の時のために、色々と用意しておかなければ……」

 

 

 ナッシュは今後の計画の為に、さらなる準備を怠らないようにと、独り言を口にもらした。そして、ゲートに背を向けると、そのまま瞬間移動でこの場から去っていった。ナッシュが去った後には、波の音と風の音、それにゲートが爆発したことで、慌てて駆けつける人々の足音や騒ぎ声だけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同時刻、ウェールズの田舎の村。ネギの故郷の一つの家。そこには残された少年が一人、久々の自分の布団の中で、ぐうぐうとよだれをたらしてみっともなく寝ていた。

 

 

「ふあああー!」

 

「兄貴!! やっと目覚めたかー!」

 

「おう! グッモーニン! ……なんか……明るくね……?」

 

 

 そして、ようやく、本当にようやくカギが目を覚ますと、最初に目に入ったのは慌てて叫ぶカモミールの姿だった。二番目に目にしたものは、太陽が少し空に登り始めた、明るい日差しであった。

 

 

「そりゃ待ち合わせから2時間ぐらい経っちまってるからな……」

 

「え? マジ?」

 

「マジの大マジっスよー!!!」

 

 

 カギは不思議と明るい日差しを見て、疑問に思いそれを尋ねた。それを聞かれたカモミールは、待ち合わせよりも2時間も経っていることを、がっくしした様子で言うではないか。

 

 するとカギはまるで現実味がなさそうな顔で、本当なのかと再び尋ねた。いや、流石に2時間も寝過ごすとかありえんだろ。おかしいだろと思ったんだ。

 

 だが、カモミールはそれに叫ぶようにして答えた。本当だ、マジなんだ。むしろ嘘だと言うのなら、嘘であってほしいぐらいだ。そう言いたそうな様子で、それを絶叫していたのだった。

 

 

「オー! ノー! なんてこったい! もう駄目ズラ! 終わったズラ! どうすんのよこの状況ー!!」

 

「何度も起こしても起きない兄貴が悪いんですぜー!!!」

 

「ちくしょー! 昨日は興奮して中々寝付けなかったせいだぜ! きっとよー!」

 

 

 それを聞いたカギは、ついに混乱しだして両手で頭を抱えながら、これはもう駄目だと早口な言葉で叫び始めた。どうすんだこれ、どうすんのこれ。頭をかけえたカギは、首を大きく振りはじめ、ヤバイヤバイとかなり焦りだした。

 

 と言うか、それも全部まったく目を覚まさないカギが悪い。ネギやカモミールは何度もカギを起こそうとしたのに、まったく起きないのだから仕方がない。カモミールは若干興奮した様子で、それを大いに叫んでいた。

 

 カギだって、そんなことは言われなくてもわかっている。カギは昨日の夜、初めて行く魔法世界に興奮が収まらなかった。それでまったく眠気が起こらず、眠れたのは朝になる前だった。まるで小学生、と言われても仕方ないような、そんな状況に嵌ってしまっていたのだ。

 

 さらに、元々寝坊癖があったカギは、いつもどおり寝過ごした、というのもある。いつも朝早く起きていれば、ここまでにはならなかっただろう。全部カギの自業自得が招いた悲しい結果だ。

 

 

「あーどうするんだよこれ!! もう魔法世界に行けねーぞ!!」

 

「もう一度ゲートを開いてもらったらどうですかい?」

 

 

 カギはもはや、魔法世界入りを諦めていた。無理だと思った。不可能だと考えた。カモミールはそんなカギへ、ならば再度、だめもとでゲートを開いてもらえばと進言した。

 

 

「ゲートはぶっ壊されちまうんだよー! もうだめだー!」

 

「なんでそんなことに!?」

 

「知らねぇーよー! どうする! どうする!?」

 

 

 が、カギはここでも”原作”標準な考えをしていた。ゲートは完全なる世界によってぶっ壊され、使い物にならなくなる、ということを思い出していた。そうだ、原作だとゲートは吹っ飛んでダメになるんだ。もう駄目だ、おしまいだ。そうカギは考えた。まあ、実際ゲートは吹っ飛ばされ破壊されているので、間違いではないのだが。

 

 カモミールは普通に考えたらそんなことはありえないと思ったので、何で? と言う顔で叫んでいた。が、カギもゲートを破壊した理由なんか、どうでもよくなっていた。なので、更に慌てた様子で、ただただうろたえるばかりであった。

 

 

「あっ!!」

 

「何かいい案でも見つかったんですかい!?」

 

 

 しかし、そこでカギはふと思い出した。今ならまだギリギリ間に合うのではないか? そう思った。それを変な顔で思い出すと、カモミールはカギが名案が浮かんだのかと、それを尋ねた。

 

 

「そうだ、そうだよ! まだ間に合うぜー!」

 

「本当か!!?」

 

「おう!」

 

 

 魔法世界へ行くならまだなんとかなる。そういえば、原作でもギリギリのタイミングだったが、タカミチらが魔法世界入りを果たしていた。ゲートの魔力が消えるまでの間ならば、まだチャンスがある。そうカギはひらめいた。

 

 故に、テンションがうなぎのぼりになったカギは喜び叫び、カモミールもそれならよかったと笑っていた。

 

 

「早速あのタカミチに連絡だ! 多分そろそろ動いてる頃だろうぜ!」

 

「何がなんだかわからねぇが、兄貴が魔法世界へ行けるならそれでいいぜ!」

 

 

 ならば、早く動いた方がいい。今頃、ゲートが破壊されて慌てているころだろう。そろそろタカミチにも連絡が行くはずだ。それに便乗し、一緒に連れてってもらおう。そうカギは考え、早速タカミチへと連絡しようと行動を開始した。

 

 カモミールもカギの作戦があまり理解してない様子だったが、とりあえずカギが魔法世界へ行けるならばと、安堵した顔を見せたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ……アスナは何もない真っ白な世界を歩いていた。ここはどこなのだろうか。そう考えながら、ゆっくりと歩きながら、辺りを見回していた。

 

 

「ネギ……? みんな……?」

 

 

 すると、顔の見知った人たちが、次々に現れ、そして消えていった。ネギや木乃香や刹那、その他のクラスメイトたち、誰もが自分の顔を見た後に、後ろを向いて消えていった。

 

 

「みんな! どこ行くの!?」

 

 

 アスナはその去っていくネギたちを追うも、まったく追いつけない。誰も彼もがそこから立ち去り、アスナは焦りと不安を覚えた。

 

 

「状助?」

 

 

 さらにそこへ、状助が現れた。状助は無言で微笑みながら、光を前にアスナをじっと眺めていた。そんな状助へ、アスナは不思議そうな顔でその名を呼んだ。

 

 

「どこ行くのよ!」

 

 

 しかし、状助も何も言わず、そのまま光の中へと去っていった。まるで、この世からいなくなってしまうような、そんなはかなさがあった。アスナはもう状助に会えないのではないか、そんな漠然とした不安を感じ、手を掴もうと必死に走った。

 

 

「ちょっと待って! 状助! 待……っ!」

 

 

 それでも、いくら走れど、何度も足を速めようとも、状助には追いつけない。状助へ待つように叫ぶも、まったく反応すらない。()()間に合わないのか、そんな気持ちに胸を締め付けられながらも、それでもアスナは状助を追った。そして、必死に追いかけて手を伸ばすも、状助はそのまま光の中へと飲み込まれ、消えていった。

 

 

「状助――――ッ!!!」

 

 

 アスナはそこで大きく叫び、目を見開いて手を伸ばした。すると、目の前に青い空と緑の木々と、見知った顔が目の前に映った。

 

 

「アスナさん! 大丈夫ですの!?」

 

「いいんちょ……?」

 

 

 その顔はあやかだった。そして、先ほどまでの光景は、アスナが見ていた夢だったようだ。あやかはうなされていたアスナを見て、驚いた様子で語りかけていたのである。

 

 アスナは汗ばんだ体を持ち上げ、心配するあやかの顔を見ていた。まだ、頭がはっきりしていないのか、何故ここにあやかがいるんだろうかと、不思議に思っていたのだ。

 

 

 ……アスナはあの爆発の時、転移するよりも一瞬早く、あやかの手を掴むことに成功した。あやかはこの事態がよくわかっていなかったが、アスナの鬼気迫る表情に、異常な事態であることは呑み込むことができた。そして、二人はこのどこかもわからない大森林へと飛ばされてしまったのである。

 

 

「……大丈夫、ちょっと悪い夢を見ただけだから」

 

「本当でしょうか? 顔色が悪いようですが……」

 

「大丈夫だって! このとおり!」

 

「アスナさん……」

 

 

 アスナはこの前に何があったかを思い出し、手を額に当てながら、心配するあやかへ問題ないと述べた。だが、あやかはアスナの顔色がかなり青いことを見て、まったくそんな気はしなかった。

 

 大丈夫だと言っても心配の色を見せるあやかへ、アスナは力こぶを作るようなポーズをして見せ、自分が元気だという証拠を見せた。これであやかの不安と心配が消えるならば、そう言った感じだった。

 

 それでもあやかには、むしろアスナがそうやって無理をしているように見えた。自分を心配させまいと、不安にさせまいと、わざと元気であるかのように振舞っている。そんな風に感じていた。

 

 

「早く人がいる場所を探さないと! いいんちょはそれでなくともお嬢様育ちなんだから!」

 

「私だってこのぐらい、なんともありませんわよ!」

 

「それじゃ、今日も張り切って歩こっか!」

 

「そうですわね!」

 

 

 しかし、アスナはそんな陰鬱な雰囲気を吹き飛ばそうと、必死で声を張り上げた。昨日からずっと何もない森をさまよっているだけだ。人がいる町や村を、早く見つけようと、意気込みを叫んだ。それに、あやかは大きな屋敷で育ったお嬢様。こんな生活は耐え難いだろうと、それなりに気を使っているようだった。

 

 そんなアスナの言葉に、あやかも元気よく反論した。確かにずっと暗いのはよくない。アスナが無理をしてでも雰囲気をよくしようとしているなら、それに乗っかるべきだ。あやかはそう考えながら、この森での生活ぐらいなんら支障はない言って見せたのである。

 

 ならば、早速今日も町を捜して歩こう。アスナはそう笑って言うと、あやかもそれに同意した。とにかく人がいる場所を求め、二人は再び朝の森を歩き出したのであった。

 

 

「……」

 

 

 森の中は当然危険がいっぱいだ。野生の魔物が徘徊し、翼竜までもが空を縦横無尽に飛びまわっている。それの目を避けながら、あるいはアスナが戦いながら、ゆっくりと先に進んでいった。

 

 あやかはそんなアスナをずっと見ていた。元気に先導し、あるいは自分を守る盾となり、必死に戦う姿を見ていた。

 

 アスナは本当に強い。昔から見ていたのに、こんなに強い娘だったなんて、まったく知らなかった。あやかは素直にそう思えた。強さとは力だけではない、精神的な部分も含めてだ。

 

 このような状況になったというのに、混乱した様子も見せず、自分に気を使ってくれている。そんなアスナを見て、あやかは感謝と同時に、何か危うさも感じていたのだ。

 

 今のアスナには、どこか影が差している部分がある。あやかは、それもはっきり認識していた。確かに普段どおりの笑顔をこちらに向けているが、どことなく無理をした笑顔だからだ。やはりアスナはつらい気持ちを隠している。自分のためだけでなく、どこかアスナ自身、何か大きな不安を抱え込んでいると、あやかは思った。

 

 

「いいんちょ、疲れてない?」

 

「ええ、少し……」

 

「そうね、ここで少し休もうか」

 

 

 順調に森を切り抜けるアスナとあやか。だが、流石に朝から歩きっぱなしという訳にはいかない。アスナは咸卦法で身体能力を強化できるが、あやかはそれができない普通の一般人だ。

 

 そこで、疲れの色を見せ始めたあやかへ、アスナは疲れたなら休もうと提案した。あやかもこの先のことを考え、無理はよくないと判断し、その提案をのんだ。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 アスナとあやかは倒れた樹木を椅子がわりにし、そこへ腰を下ろし休憩をはじめた。しかし、つかの間の休息だというのに、二人の間にはまったく会話がなかった。

 

 アスナは少しうつむきながら、何やら考え事をする様子を見せていたからだ。あやかがそれを見て、声をかけるべきか迷っていたからだ。それでもあやかは、やはりこのままアスナが無理をするのは良くないと思った。なので、静かにうつむいているアスナへと、そっと声をかけたのだ。

 

 

「アスナさん?」

 

「へっ!? なっ、何!?」

 

「何を驚いてますの?」

 

 

 本当にさりげなく、あまり大きくない声で、あやかはアスナの名を呼んだ。すると、アスナは普段なんでもない、いつもどおりの変哲のない呼び声にも関わらず、大きく跳ね起き驚いた。

 

 あやかは、まるで授業中に居眠りをして、そんな時に質問をされる生徒のような態度のアスナに、なんでそこまで驚くのかと考えた。そして、やはりアスナは無理をしているとあやかは思った。

 

 

「……アスナさん、少し、いえ……、だいぶ無理をなさってません?」

 

「え?」

 

 

 あやかは静かに、それを切り出した。先ほどからアスナはずっと、何か物思いにふけ、つらそうな顔をしていた。何と言うか、見ていられないのだ。何か悩みがあるならば、話して欲しい、あやかはそう思ったのだ。

 

 アスナはそんな突然の質問に、一瞬ドキッとした顔を見せた。いきなりそう言われ、もしやまたしてもあやかに心配をかけてしまったのかと、そう思ったからだ。

 

 

「別にそんなことないわよ! 全然無理なんてしてないって!」

 

「いいえ、やはり無理してますわ」

 

「ないってば!」

 

 

 故に、あやかを安心させるかのように、アスナは必死に元気だと笑った。体をあちこち動かし、ポーズをきめ、問題ないことをアピールしたのだ。

 

 が、それでもあやかには、その行動そのものが無理をしている証拠だとわかった。普段のアスナならばもう少し静かに、特に問題ないと話すはずだ。何言ってんの、という顔をするはずだ。あやかはアスナと付き合いが長い。アスナが今、おかしなことなどお見通しなのだ。

 

 それでもアスナはそれをむきになって否定した。そんなことはない、無理なんてしていない。そう叫んだ。

 

 

「アスナさん……、ここに来てからというもの、ずっと気を張りっぱなしみたいですし。少し力を抜いた方がいいと思いますけど……?」

 

「それは……」

 

 

 そんなアスナの必死の否定すらも、あやかには痛ましく思えた。やはり、どこか無理をしている。この場所へ来てから、ずっとこの調子だ。このままではいずれ、何らかの形で爆発してしまう。その前に、少しでも休んで欲しい、あやかはそう静かに言葉にした。

 

 アスナはあやかのその言葉に、少したじろいだ。あやかの言っていることは、間違ってはいないからだ。無理をしていない、というのはやはり嘘で、どこかしら無理をしていることを、アスナ自身も感じているからだ。

 

 

「それに今も何か考え事をしているようでしたし……」

 

「う……」

 

 

 また、あやかは今のアスナの様子を見て、何やら思いつめているのではいか、とも思った。アスナは、ズバズバと図星を当てられて、少しひるんだ様子を見せていた。

 

 

「……こんなことにいいんちょを巻き込んだから、悪かったって。ゴメンね」

 

「それのことでしたら、昨日も申し上げましたでしょう?」

 

 

 そこまでわかっているのなら、その理由を話した方がいいだろう。アスナはそう考えたのか、静かに小さく、自分がそうしている理由をぽつりぽつりと話し出した。

 

 その理由は、やはり無関係なあやかを、こんなことに巻き込んでしまったという負い目からだった。実際はアーチャー軍団が勝手にやらかしたことだ。しかし、アスナは自分の身分を理解しているので、自分を狙ってきたからこうなった、と思い込んでいたのだ。

 

 それに前からずっと、こうなる可能性を考慮していた。だというのに、何もできなかった。みんなを巻き込んでしまった。そう考え、あやかにとても気を配っていたのだ。

 

 ただ、あやかはそのことについて、昨日、強制転移してきた時にも話したと、特に気にした様子もなく語った。と言うのも、アスナが今言ったことは、もうあやかへ話したことだった。こんなことに巻き込んでゴメン、すでにそう謝ったことだった。なのであやかにとってこのことは、済んだこととして片付いていたのである。

 

 

「ここに来てしまったのは自業自得、あなたたちに付いてきた私が悪いんですから」

 

「そ、それもあるけど……」

 

「あの事故はあなたが悪い訳でもないでしょう?」

 

 

 それに、このことはあやかも自分に非があることを理解していた。まき絵たちを必死で止め、あの平原の片隅に戻ってきていれば、このようなことにはなっていなかった。それができずに流されて、ここへ来てしまった。ならば、それは当然自分に責任があると、あやかは思っていた。故に、それ自体はアスナのせいではないと思っていたのだ。

 

 あやかはそれを、説明するように述べた。アスナはその言葉を聞いてもなお、納得のいかない顔を見せていた。

 

 アスナは昨日同じ台詞を聞いていた。だが、それでもアスナは納得してはいなかった。やはり、巻き込んだということに対して、かなりの罪悪感があるからだ。

 

 そんな顔をするアスナを見て、少しため息をまじえながら、気にしすぎだと思ったあやか。あの事故はアスナが悪い訳ではない。まったく何も知らない自分が見ても、それは明らかだとあやかも理解していた。

 

 

「むしろ……、それとは別のことで悩んでいるのでは?」

 

「……何をよ……?」

 

 

 また、あやかはアスナが悩んでいることは、これだけではないことを見抜いていた。自分のことだけではない。何か、もっと大きな事柄がアスナを苦しめていると。

 

 それをあやかは、じっとアスナを見ながら少しずつ話し始めた。アスナは何かを悟られたと感じながらも、それ以上悟られまいと、冷静な態度をとりつくろって見せた。ただ、そんな冷静に見せようとする表情にも、どことなく暗い雰囲気がかもし出ていた。

 

 

「……東さんのこと……、とか……?」

 

「……!」

 

 

 そこであやかは核心を突いたことを、小さく口にした。東状助。あの時、死にそうになっていた男子。自分の友人。もしかしたら、いや、絶対に、彼のことが一番心に引っかかっているのではないか。あやかはそう考え、彼の名を出した。

 

 すると、アスナは一瞬目を見開き、悲痛な表情を見せたではないか。アスナがもっとも後悔していたこと、それは状助を助けられなかったことだ。あの状助の手をつかめなかったことだったのだ。

 

 

「……やはり……、そうでしたのね……」

 

「……」

 

 

 ああ、思ったとおりだ。あやかはそう思い、悲しげにそれを言った。アスナも状助のことを考え、再びふさぎこむようにうなだれた。何であの時、助けられなかったんだろうか。そればかりが、アスナの心を縛り付けていたのである。

 

 

「……無理、……なさらくてもいいんですのよ?」

 

 

 アスナがこれほどまで落ち込み傷付いている姿を見るのは、あやかもはじめてだった。そんなアスナを、何とかしてあげたい、そう思った。数十秒の無言の時間の後、気が付けばあやかはそんなアスナへと優しく、まるで自分の弟へ言い聞かせるような口調で、それを言葉にしていた。

 

 

「……いいんちょ……」

 

「ほら……」

 

 

 アスナは名を呼ばれ、ふとあやかの方へ顔を向けた。ほんの少し目に涙がたまり、いつものような強気の様子はまるでなく、本当に弱りきった表情だった。あやかは辛そうにするアスナを見て、自然に両手を広げて見せた。

 

 我慢する必要はない。自分に気を使ってやせ我慢をする必要はない。泣きたければ、泣いてもいい。あなたは今、泣いていい。あやかはそう思い、アスナへと微笑んで見せた。

 

 

「うぅ……、いいんちょ……」

 

「アスナさん……」

 

 

 そんなあやかを見たアスナは、もはや限界だった。ずっとあやかのために我慢してきたのに、目の前のあやかはそれを許した。だから、もう我慢できなかった。する必要がなくなってしまった。

 

 すると、アスナは我慢していた涙を、少しずつ流しはじめた。小さかった粒がだんだんと大きくなり、ついに虚勢の堤防は決壊した。

 

 そして、アスナはついに大きく泣き出し、あやかの胸へと抱きついた。あやかは、泣きつくアスナをなだめるように頭をなでながら、彼女のはじめて見る姿に心を痛めていた。最初からこうしたかったんだろう。それなのに我慢して、自分に不安を抱かせまいと頑張っていたなんて、そうあやかは心苦しく思っていた。

 

 

「――――――――」

 

 

 もはや、言葉にならないほどの悲痛な泣き声。アスナはためにためた涙を全部流すほどに泣きじゃくった。我慢していたものを全部吐き出すかのように、大声で泣き叫んでいた。

 

 本当は、そう、本当はこの場所に転移してきた時から、こうしたかった。大声で泣きたかった。苦しかった。つらかった。でも、それでも、それはできなかった。

 

 見知らぬ土地に投げ出されたあやかを、これ以上不安にさせられなかったから。この世界を知っている自分が、何とかしなければならないと思ったから。あやかを守ってあげないといけないと思ったから。だから、ずっとここまで無理してきた。涙を我慢してきた。虚勢を振舞って見せた。

 

 だけど、もう無理だった。我慢し切れなかった。あやかが我慢しなくていいって言ってくれたから。胸を貸してくれたから。気持ちを汲み取ってくれたから。優しい笑みを見せてくれたから。

 

 自分がしっかりしなくちゃいけないと思うけど、流れ出た涙は止まらない。涙は溢れてしまう。こんな姿は恥ずかしいけれど、みっともないけれど、それでも、アスナは泣き叫ばずにはいられなかった。

 

 

「状助が……! 状助がぁ……!」

 

「うん……、うん……」

 

 

 ゲートポートの爆発により、アスナは状助から引き剥がされてしまった。もっとも手を握り、助けなければならない状助に、手が届かなかった。その手をつかめなかった。

 

 助けられなかった。助けることができなかった。今のアスナの心にあるのはそれだった。あの時、状助を追い返していれば。あの時、間に合っていれば。あの時、手が届いていれば。そんな後悔が、アスナに重くのしかかっていた。

 

 さらに、アスナを苦しめる要因に、状助の怪我があった。あの怪我では、もう状助は助からないかもしれない。もう会えないかもしれない。そう考えただけで、アスナは胸が締め付けられる思いでいっぱいだったのである。

 

 本来精神も心も強いアスナであったが、あの状態の状助が助かる、ということを考えられるほど楽観的ではなかった。いや、本当は助かってほしいと思っているし、助かっていてほしいと願っている。それでも、あの血の池に沈んだ状助を見た後では、それを本気で思えなくなってしまっていたのである。

 

 

 アスナは湯水のように溢れる涙と、喉が枯れそうになるほどの声を出しながら、何度も何度も彼の名を呼んだ。死んでほしくない。いなくなってほしくない。二度と会えないようなことになってほしくない。そう想いながら、何度も何度も泣いた。涙した。叫んでいた。

 

 あやかも、弱りきって子供のように泣きじゃくるアスナへと、優しい声で受け答えをしていた。小さな子供をあやすように、何度も何度もやさしくアスナの頭を撫でた。どれほど辛かったのだろうか、そう考えながら、アスナの悲痛な叫びを聞いていた。

 

 また、あやか自身も状助のことを思い、小さな雫を頬につたわせていたのである。アスナの悲しみが伝わってきたから。アスナがこんなにも涙するから。自分も状助の友人だから。

 

 

「……ゴメン……、いきなり泣き出したりして……」

 

「別に気にしませんわよ?」

 

「……ありがと……」

 

 

 どのぐらいの時間が経ったのだろうか。アスナはようやく冷静さを取り戻したのか、あやかの胸から離れ、突然慟哭してしまったことを謝った。目を右手でこすり涙をぬぐいながら、なんともみっともないところを見せてしまったと。

 

 あやかもそれに対し、指で目にたまった涙をすくい取り、このぐらいなんでもないと微笑み返して話した。むしろ、今のアスナは泣くことに、恥じることはないと思っていた。

 

 アスナはそんなあやかの優しさに、少し照れくさそうにしながら、小さく礼を述べた。無理をしなくていいって言ってくれて、胸を貸してくれて、あやしてくれて、本当にありがとう、と。

 

 

「……でも、状助は……」

 

「アスナさん……」

 

 

 しかし、アスナはいくら泣いても、もう状助は戻ってこないのではないかと思った。あの怪我だし、このような場所に転移させられたのなら、助かる見込みはないからだ。そう考えると再び暗い気分へとなり、落ち込んでしまったのだ。

 

 あやかは再び落ち込むアスナ見て、どう元気付けようか考えた。アスナを立ち直らせるために、どんな言葉をかけてあげればよいだろうかと。

 

 

「……東さんは絶対に生きておりますわ!」

 

「……いいんちょ?」

 

 

 そこであやかは、アスナへと強気の様子で、状助は死んでいないと断言した。アスナはあやかの突然な言葉に、一瞬あっけに取られていた。

 

 

「東さんはあれほどガタイのいい男子なのですから、あの程度では死んだりしませんわ!」

 

「だけど……!」

 

「アスナさんは東さんが生きてることを、信じておりませんの?」

 

 

 状助は体格がとてもいい人間だ。未だ伸び盛りな年齢だというのに、身長も高く肩幅も広い。そんな彼が、簡単に死ぬとは思えない。そうあやかは声を張り上げた。

 

 しかし、アスナはそれでも生きている方が不思議だと思っていた。全身血まみれで、もはや瀕死の重傷。あれで助かった方が奇跡だと、そう考えていたのだ。

 

 だが、あやかは現実的な話よりも、意思的な話をした。状助の状態とか状況だとかではなく、アスナ自身がどう思っているのか、彼の無事を信じているのかを。

 

 

「……私だって、信じたい……。でも……」

 

「だったら、信じましょう」

 

「……あ……」

 

 

 アスナも当然、状助が生きていると信じたかった。だけど、あの怪我を見てしまったら、それもできないと思ってしまっていた。なので、それを弱弱しくアスナは小さく言葉にした。本当は信じたい、生きてるって思いたいと。

 

 それを聞いたあやかは、そっとアスナの両手を握り、再び優しい声で、信じようと言った。信じたいのなら、信じるべき。信じられないで苦しいなら、信じてみようと。

 

 アスナは、そんなあやかを見て、ふと昔を思い出した。それは随分昔、小学生だったころのことだ。あやかの弟が生まれる前に死んでしまうかもしれない。出会えないかもしれない。そう泣いていた時のことだ。

 

 その時アスナは、涙を流すあやかへ言った言葉を思い出した。それなら祈ろう。無事を祈ろう。そう確かに言ったはずだ。あやかは今、それを自分にしてくれているのではないか。元気付けようと、自分がしたことをしてくれているのではないか、そうアスナは思った。

 

 

「彼が生きてることを、その無事を、二人で信じましょう?」

 

「……! うん……!」

 

 

 あやかも、アスナが昔、自分を勇気付けてくれたことを覚えている。今でも感謝している。だからこそ、アスナの力になってあげたいと思った。恩を返せると思った。

 

 故にあやかは慈母のような微笑で、アスナを元気付けるようにそれを話した。きっと彼は死んでない。どこかで生きてる。そう自分にも言い聞かせるように、アスナへ話した。

 

 アスナはそんなあやかの暖かさに感謝しながら、大きく強く返事をした。そうだ、状助はきっと生きている。この程度で死ぬようなヤツじゃない。きっとどこかで生き延びてる。次に会う時はいつもどおりのちょっとマヌケな顔を見せてくれる。アスナは強くそう思い、今はただ自分たちの身を守り、散り散りになった仲間を捜すことに決めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じ頃、同じように森を走るものがいた。当ても無く、ただただ走るものがいた。フードを深くかぶりながら、森を突き抜けるものがいた。

 

 

「ここはどこなんだよ……」

 

 

 それは千雨だった。千雨も昨日、見知らぬ森林地帯へと投げ出され、さまよっていたのである。ここがどこだかわからない。遠くを見渡せる場所から眺めても、木、木、木。近くに人の住む場所すらも、人の気配すら存在しない。そんな場所で千雨は、森を抜けようとひたすら走り、あるいは歩いていたのだった。

 

 

「どこもかしこも木ばかりだ。明らかにジャングルじゃねーか!」

 

 

 歩けど歩けど森は抜けれない。というよりも、この森というよりジャングルが、かなり広大に広がっているからだ。また、ここの千雨はネギと仮契約してないせいで、アーティファクトが使えない。よって、この場所がどこなのかさえも、知ることができないのだ。故に、その不安は大きいだろう。不安を拭うように、悪態をついたり大声で叫ぶしかないのである。

 

 

「クッソッ……。頼りになるのはこの杖一本かよ……」

 

 

 だが、千雨には武器があった。ファンタジーな武器が。いや、武器というには心細いものだ。それでも心強いものがあった。

 

 それは魔法の杖だ。初心者用の子供が握るような、小さな小さな杖。おもちゃのような星が戦端についただけの、ただの杖。

 

 見た目は確かに頼りない。しかし、千雨には頼り甲斐がある、今あるなかで最高の武器だ。それがあれば治癒の魔法と障壁ぐらいは使えるからだ。何かあってもある程度のことからなら、身を守れるからだ。その杖一本を手に握り締めながら、この場を何とかしなければと、ジャングルの中を走るのだった。

 

 

「……」

 

 

 そして、千雨はこのジャングルへ来て、何度も思い返していた。あの光に飲まれた時の光景を。転移させられる前に見た、あの二人の姿を。カズヤと法の、傷だらけの有様を。

 

 

『なっ! 何が起こってんだ!?』

 

 

 あの時、突然の発光、魔力の暴走とアーチャーの矢の爆発によるものに、千雨はあっけにとられた。千雨にはその原因を理解することはできなかったが、なにやらヤバイ雰囲気なのは察していた。

 

 

『おい! 流! 一元!』

 

『クッ! 長谷川か……!』

 

『デケェ声……、だすんじゃねぇよ……』

 

 

 光が周囲を包み込み、爆風と魔力の暴走で吹き飛ばされた千雨。ようやくカズヤと法の目の前まであと一歩というところで、再び引き離されそうになってしまっていた。

 

 そんな千雨に気づいた二人も、力なく爆風に呑まれ、ただただダルそうにしているだけであった。法はわき腹を押さえながら、苦痛に耐えていた。カズヤも右腕を握り、今にも気を失いそうな顔で、千雨を眺めていた。

 

 

『とりあえず手ぇ出せ!』

 

『絶影……! グゥ……!』

 

『流!!』

 

 

 このままでは三人とも散り散りに吹き飛ばされる。そう考えた千雨は、とりあえず手を伸ばせと叫んだ。が、法も限界であり、アルターすら操れない状態だ。もはや、手を伸ばすことさえかなわない状態だった。苦しむ法に千雨は名を叫ぶので精一杯という状況だ。この魔力の暴風に、抗う力は両者にはなかった。

 

 

『すまない長谷川……、手は届きそうに無いようだ……』

 

『わりぃな……、もう右腕に感覚がねぇんだ……』

 

『何諦めてだよ!』

 

 

 法も力が残っていない。カズヤもアルターを使いすぎて、右腕に感覚が無いほどの疲労をしていた。二人は完全に消耗しきっており、体を動かすことすら厳しいという状態だったのだ。そんな二人へ、千雨は叫んだ。諦めるなと激励した。

 

 

『長谷川……、無事でいてくれ……!』

 

『おい! 流……、法!』

 

『なぁに……、問題ねぇさ。……むしろ、テメェはテメェで何とかしろよ……』

 

『カズヤ!!』

 

 

 しかし、もうどうしようもない。こうなってしまっては、どうしようもなかった。法はこれからどうなるかはわからないが、千雨の無事を祈った。カズヤも同じく、他人の心配する前に、自分の心配をしろと、苦しそうに言った。

 

 千雨はその二人の名を叫び、届かぬ手を何度も伸ばした。だが、無情にも二人は吹き飛ばされ、千雨も一人、同じように光の嵐に呑まれ、強制転移させられてしまったのであった。

 

 

「アイツら、無事だよな……?」

 

 

 あの二人は無事なのだろうか。千雨はそう考えた。確かにあいつらは結構頑丈だ。そう簡単にはくたばりそうにない。まほら武道会の時、あれほどの戦いを見せた後も、わりと元気だった。きっとどこかで自分を探してくれているはずだ、そう祈るばかりだった。

 

 

「……つーか、どこをどう歩けばいいんだよ……」

 

 

 とは言え、今は他人の心配ができるような状況でもない。このジャングルの中、どこがどこだかわからない最悪の事態。どこへ向かえばいいのかもわからなければ、どうしようもないというものだ。もはやその時点で、千雨は途方にくれた。いや、くれそうになったのだ。

 

 

「とりあえず、歩くしかねぇか……。肉体労働は苦手なんだが……」

 

 

 途方にくれかけた千雨だったが、なんとか持ち直し歩くことにした。ここがどこだかわからないが、とりあえず歩こう、走ろう。そう前向きに考えた。

 

 

「一人か……」

 

 

 ふと、そこで千雨は、今自分が一人だけの状況だということを考えた。そういえば、一人になるのはいつごろぶりだろうか。確かに麻帆良の女子寮では一人ではあるが、それ以外は誰かしらが側にいた。あるいは、話し相手がいた。カズヤや法はそのもっともな例である。

 

 魔法を受け入れてからは、エヴァンジェリンの別荘にいた。そこでも基本一人で魔法の練習をしていたが、やはりエヴァンジェリンが指導してくれたりもした。千雨が一人だけでいるというのは、そう感じるのは本当に久しぶりなのである。

 

 そして、久々の一人という状況に寂しさを感じながら、ひたすら歩くのであった。

 

 

「気がつけば夜かよ……、早いところ安全な場所を見つけねぇと……」

 

 

 そうこうしているうちに、すでに太陽は地平線のかなたへ落ちていった。周囲は暗くなっており、このままでは危険だ。千雨は安全な場所を見つけ出し、そこで一夜をすごさなければと、周囲を見渡した。

 

 そこに突然風が吹いた。木や草が揺れ動き、がさがさと音を立てた。千雨は心細さから、その程度のことにも不安を感じた。何か、危険な生物が潜んでいないか怖くなった。さらに、このままで大丈夫なのだろうか、そんな不安までよぎった。

 

 

「あー! 暗いことを考えるな! これが現実だっつーんなら、何とかしなきゃいけねーだろ!!」

 

 

 しかし千雨は、そんな不安を振り払うように首を振り、そう言うことは考えるなと叫んだ。暗いことを考えたって解決はしない。今はただ、目の前にある現実的な問題を何とかするべきだと、そう考えた。そして、それを叫び着ていたフードを脱ぎ捨てた。心が折れないように、諦めないようにと意気込みを込めて。

 

 

「自衛手段だって師匠から学んだんだ! このぐらいどうってこと……!!」

 

 

 そうだ、こっちにはファンタジーな力がある。攻撃はできないが、守りと回復は万全だ。いや、万全と言うには少し心細いが。それでもファンタジーに対抗するファンタジーな力が使えるのは大きい。エヴァンジェリンから、障壁と治癒の魔法を学んでいた千雨は、それだけが頼りだったが、それが自信でもあったのだ。

 

 だが、それを豪語し笑う千雨へ、突然の危機が襲い掛かった。タコのような奇妙な魔物が、千雨の背後にあった水辺から水音とともに登場し、その口から生える触手で捕らえようとしていたのだ。

 

 

「な……」

 

 

 その得体の知れない怪物を見た千雨は、一瞬あっけにとられてしまった。なんということか、体をひねりそれを見て一瞬硬直した。その一瞬が命取りだった。そこへすかさず魔物が触手を伸ばし、千雨の手足を拘束したのである。

 

 

「ちょっと待て! 心の準備ってもんがあんだろーが!!」

 

 

 しまった、そう思った時にはすでに、千雨は魔物に捕らえられていた。いきなりのことに、千雨は驚き、何もできなかった。心構えができてさえいれば、魔法で障壁を張るなりできたのだが、それもできなかったのだ。

 

 

「溶け……! 靴が……! 繊維だけを溶かしてんのか!?」

 

 

 さらに最悪なことに、触手の体液か何かで、服だけが溶け始めたではないか。千雨はそれにも焦った。と言うかつっこみどころしかなかった。ファンタジーだからって、なんと都合のいいことか。ちょっとファンタジーすぎやしませんか、そう思った。

 

 

「クソッ! 何か魔法は! やめっ! チクショウ!!」

 

 

 が、そんなことを考えている暇などない。このままでは魔物に捕食されるが運命。どうやってここを切り抜けるか、千雨は考えた。何かないか、何か使える魔法は。

 

 そう考えているところに、魔物は味見するかのように千雨を嘗め回す。千雨はそのたびに恐怖とくすぐったさと焦りで、どうしたらいいかわからなくなり、どんどん混乱していくのだった。

 

 

「……こんなことなら一つだけでも、攻撃の魔法を覚えとくんだった……」

 

 

 こりゃきつい。いまさら障壁を張っても無意味だし、怪我はまったくしていないので治癒も不要だ。では、何が一番ここで使えるのだろうか。そんなことは考えなくてもわかる。攻撃の魔法だ。

 

 しかし、千雨は攻撃の魔法を教えてもらってはいない。魔法の射手ですら、習得していない。あーあ、こんなことになるってわかってれば、そのぐらい教えてもらったというのに。いや、最初から教えてもらっていればよかった。千雨はもはや諦めムード漂う状況で、そう後悔していた。

 

 

『オイオイ、こんなんで諦めちまうのかよ?』

 

「……カズヤ……?」

 

 

 千雨はもはやどうしようもないと、そう諦めかけた時、ふと誰かの声が聞こえた気がした。カズヤ。彼がここにいるはずもないし、姿は見えない。だと言うのに、何故かカズヤの声がした。あの男は確かに馬鹿だったが、諦めることを嫌っていた。そのカズヤが、弱気な自分に叱咤をかけたのではないか、そう千雨は思った。

 

 

「……そうだよな……」

 

 

 だが、やはり気のせいだ。カズヤの姿なんてどこにもない。それでも千雨は再び強い心を取り戻した。このまま終わってなるものか。ここでくたばってたまるかと。

 

 

「……こんなところで……諦めて……、たまるかよ!」

 

 

 そうだ、こんなところで終われない。死ねない。あいつらの元気な顔をもう一度見るまで、くたばる訳にはいかない。まだ何もしてない。まだ何も知らない。こんな状態で、終われるはずがない。

 

 千雨は再び四肢に力を入れ、触手を振りほどこうともがいた。そういえば魔力などで身体能力を強化できるという話を聞いた。それができるならやってみる価値がある。それで抜け出せるかもしれない。千雨はそれを思い出し、実行に移そうと考えたのである。

 

 

 そんな時、少しはなれた場所で、木々の合間を抜けながら、超高速で飛行する物体があった。音すら追いつけない、影すら見えない。それほどのスピードだった。そして、その物体から放たれた、ミサイルのようなもの。それが千雨へと目がけ、飛び込んでいったのだ。

 

 

「なっ! うわッ!!」

 

 

 千雨は驚いた。突如として自分を縛っていた触手が瞬く間にちぎれ、吹き飛んだから。その瞬間、タコのような魔物の真下が大爆発を起こし、上空に吹っ飛ばされて目の前から消え去ったからだ。

 

 また、千雨もその爆発の衝撃で軽く吹き飛び、そのまま自由落下して池に落ちると思った。しかし、それは阻まれた。誰かがそっと背中を抱きかかえ、支えたからだ。

 

 

「すまない……、少し出遅れた……」

 

「流……、なのか……?」

 

 

 懐かしい声が千雨の耳に入ってきた。懐かしいというが、数日程度のものだ。それでも千雨には、何故か懐かしく聞こえた。

 

 そして、千雨は顔を上げると、そこには見知った男の顔があった。流法。小学校の頃から友人として親しんできた、その男子がそこにいた。

 

 法も申し訳なさそうな表情で、千雨の顔を見ていた。もう少し早く来れば、こんなことにはならなかったはずだ。遅れてしまって申し訳ない、そうすまなそうにしていた。

 

 先ほどすさまじい速度で飛んでいたのは、法のアルター真・絶影だった。魔物の触手を分断したのは、その右腕と体の間に存在する武器、伏龍だ。そのアルターの蛇のような下半身部分に乗り、法は千雨の下へと駆けつけたのであった。

 

 

「ふぅ……」

 

「流……! 無事だったのか!」

 

「まあ、な……」

 

 

 法は陸地へと移動し着地し、先ほど攻撃に使ったアルター、真・絶影を消滅させた。そして、千雨をそこへと立たせると、小さくため息をついた。

 

 千雨は法の姿を見て、安堵した顔の中に心配そうな様子を覗かせていた。あの爆発の時の光の中で見た法は、随分と苦しそうであった。今は大丈夫なのかと、そう思ったのだ。

 

 また、千雨は法の顔を見たら緊張の糸が切れ、今にも泣き出しそうになっていた。それでも法の前で泣くのは恥ずかしかったのか、それを必死に我慢し、目に少し涙をにじませる程度におさめていた。

 

 そして、法は千雨の問いに、少し疲れた様子で小さく答えた。とりあえずだが、今は大丈夫だ。ある程度は回復したと。

 

 

「……つーか、どっち向いてんだよ」

 

「……長谷川……」

 

「なっ、なんだよ……」

 

 

 しかし、目の前の法は何か変だ。顔はあさっての方向を向いており、こちらを向いていない。そのせいか感動の再会なはずなのに、普通なら抱きしめあうシーンになってもおかしくないのに、そんな雰囲気がまるでなかった。千雨は不思議に思い、何で自分の方を見ないのかと、法へ尋ねた。

 

 すると法は、真剣な、何やら重大なことを話すかのように、重たい口を開いた。それを聞いた千雨は、何かとてつもない問題が起こったのではないかと、少し不安な顔を見せた。

 

 

「……非常に言いにくいことなんだが、……その、服がだな……」

 

「…………服だぁ? あ……」

 

 

 だが、法が言いたいのはそういうことではなかった。法が非常に言いづらそうな顔で、額に手を当てながら、千雨の今の状態のことを話した。

 

 千雨はそれを聞いて、何がどうしたと思い自分の体へ目を向けた。

そこには、なんとまああられのない自分の体が映ったではないか。

 

 あのタコの魔物に溶かされ、あちこちが露出してしまった服が、目に飛び込んできたではないか。

 

 しかも、上半身なんかはほぼ裸同然だった。下着も全部溶けていた。恥ずかしいという言葉では言い表せないだろう。

 

 

「……長谷川?」

 

「……テメェ、見たのか?」

 

「いや……それは……」

 

 

 すると、突然千雨の雰囲気が変わった。法はそれを察し、その名を恐る恐る呼ぶと、千雨は両手で体を隠しながら、静かにそれを質問した。見たのか。その言葉には多大な重圧がかけられていた。先ほどの弱弱しい様子から一変し、恐ろしい声を出していた。

 

 法はそんな声を出す千雨の顔をぱっと見ると、そこには青筋を浮かべた千雨の顔があるではないか。これは少々厄介だ。そう思いながらも、正直に話そうと考えた。のだが、千雨の放つプレッシャーのせいで、少し言葉がどもっていた。

 

 

「この野郎! そのローブ貸しやがれ!!」

 

「ぐっ!!!」

 

 

 千雨は己の羞恥心から、法の胸元を一発殴った。乙女の肢体を見た罰だ、当然そのぐらいはさせたもらう。そう思ったからだ。また、その着ているローブを貸せとせがんだ。

 

 しかし、法は千雨が予想する以上に痛がった。さらにその場にうずくまり、かなり苦しそうにするではないか。

 

 

「おっおい! 別にそんなに強く殴ってねぇぞ!」

 

「……いや、長谷川のせいではない……」

 

 

 千雨は本気で殴ってはいなかった。軽くこついてやっただけのはずだった。それでも目の前の法は、うずくまって苦しみだした。流石の千雨もそれに焦り、法へと近寄りあわあわとしはじめてた。

 

 法はそこで、今の千雨の拳が痛かった訳ではないと話した。あの程度で苦しむほど、法の体はやわではない。千雨が悪いわけではないと、安心させるように説明を始めた。 

 

 

「俺は先ほど動けるようになったばかりでな……、まだ傷が癒えてないだけだ……」

 

「おまっ……! 待ってろ!!」

 

 

 と言うのも、法はこのジャングル付近に転移されてから、まったく動けなかった。アルターの使いすぎでそれの回復も必要だったが、敵の攻撃でのダメージが予想以上に大きかった。

 

 休んだおかげで確かに減退していたアルター能力は回復した。それでも怪我だけはどうしようもない。人間である法では、一日二日で傷が癒える訳がないのだから。故に、今でもダメージを引きずっていたのである。

 

 そして、とりあえず動けるようになり少し歩いたところで、千雨の声がどこからか響いてきた。それはたぶん、いや、間違いなく悲鳴だった。何かマズイことが起こっているのではないか。そう考え、急いでこの場所へと駆けつけたという状況だったのだ。

 

 千雨はそれを聞き驚き、ならばと考え行動に移った。何と言うことだ、目の前の男子は自分を助けるために、痛む傷を我慢して、駆けつけてきたというのか。ならば、やることが一つだ。そう千雨は思いながら、今もずっと握っていた小さな杖を、傷ついた友人へと使ったのである。

 

 

「たびたびすまない……」

 

「いいんだよ。むしろ、こっちの方こそ……」

 

 

 法はそっと、自分の着ていたローブを千雨へとかぶせながら、礼を述べていた。千雨は法へと治癒の魔法を使ったのだ。それにより法が負った傷を、ある程度治療できたのである。ただ、法のダメージはかなり大きいようで、全快という訳にはいかなかった。

 

 それでも、なりふり構わず治療してくれた千雨へと、法は礼を言った。千雨もその礼に照れくさそうにしながらも、別に気にするほどのことはしていないと話した。

 

 

「その、助けてくれて……、あ……、ありがとよ……」

 

「フッ……」

 

 

 また、千雨はそのまま照れつつそっぽを向きながら、助けてもらったことに礼を小さく口にした。少しぶっきらぼうで素直じゃなかったが、はっきりとそれを言った。

 

 そんな千雨を見て、法は小さく笑った。とりあえず彼女が無事でよかった。そういう態度ができるぐらい余裕があるなら、大丈夫だろう。そう思っていた。

 

 

「……なあ、一元の奴は?」

 

「わからん。ヤツも俺たちのように、この世界のどこかに転移させられたはずだが……」

 

 

 千雨はそこで法の方を向きなおし、カズヤの話をしはじめた。法がここにいるのなら、カズヤも一緒なのかと思ったからだ。

 

 しかし、カズヤの姿はここにない。法もカズヤとは光の中で転移され、完全にはぐれてしまったのである。故に法はカズヤも自分たちと同じように、転移させられさまよっているのではないかと話した。

 

 

「そうか……」

 

「気になるのか?」

 

「そりゃ、あんだけヒデェ状態だったんだ。心配の一つぐらいするだろ……」

 

「……そうだな……」

 

 

 千雨はその法の報告を、残念そうに聞いていた。もしかしたらカズヤも一緒かもしれないと思っていたので、少し寂しそうな表情を見せていた。

 

 法はそれを見て、カズヤのことが気がかりなのかと尋ねれば、千雨は当然だとはっきり言った。あの光の中で見たカズヤは、法以上に苦しそうな顔をしていた。あんなボロボロな状態なのだから、心配しない方がおかしいと、静かに落ち込んだ様子で話した。

 

 法も確かにと考えた。あれほどのダメージ、流石のカズヤもヤバイはずだ。カズヤのダメージは、自分よりもダメージが大きいということも理解していた。

 

 

「だが、アイツはこの程度でくたばるようなタマではない。どこかで俺たちを探してるに違いない」

 

「……そうだな」

 

 

 それでも法は、カズヤは無事だという確信があった。あの程度で倒れるような男ではない。自分が何度も戦い、そのしぶとさを知っている。カズヤはどこかで自分たちを探している、再び自分たちの目の前に、姿を現すはずだと思っていたのである。故に、法はそれを空を眺めながら、強い意志を見せるかのように語った。

 

 千雨は法のその真剣な表情と言葉に、そうかもな、と微笑した。いや、あのカズヤが簡単には倒れないだろう。死ぬはず無いというのは千雨も思っていたことだ。ならば、きっとまた、この世界のどこかで出会うだろう。千雨はそう考え、法と同じように天を眺めた。

 

 空は完全に夜となり、綺麗な星空が広がっていた。二人はそれを眺めながら、カズヤの無事を思うのであった。

 

 

「むっ、そこにいるのは誰だ!?」

 

「何?!」

 

 

 だが、そこで法は何者かの気配を感じ、サッと立ち上がり手刀を構え、臨戦態勢をとった。千雨は突然の法の行動と、何かが近くにいるのかと思い、驚いた顔を見せていた。

 

 

「あっ、ど、どうも……」

 

「こんばんわ……」

 

 

 すると、草むらからひょっこりと現れたのは、ネギと茶々丸だった。ネギは少し気まずそうな様子で顔を出し、それに釣られて茶々丸も姿を現した。二人は今さっきここへやって来ていたのだが、法と千雨の雰囲気に中々出てこれなかったようだ。

 

 ネギと茶々丸は白き翼のバッジを使い、千雨を見つけ出した。白き翼のバッジには、その他のバッジの位置を調べる検索機能が備わっていたのである。それを頼りに、散らばった仲間を探していたのだ。

 

 また、ネギの右手にはいつもの杖があり、杖の損失は免れていた。というのも、ゲートポートでネギは、アスナから杖を渡されていた。なので、当然それを握り締めたまま転移したので、杖を失うことなくこの場に持ち込めたのだ。

 

 それだけではない。ネギの負傷を治癒したのは、状助のクレイジー・ダイヤモンドだ。木乃香の膨大な魔力でネギを治療した訳ではない。よってネギは、その膨大すぎる魔力が体内にのこることにによる、発熱などの症状に悩まされることもなかったのだ。

 

 

「なんだ、お前たちか……」

 

「ネギ先生!」

 

 

 法は二人の姿を見て、両者とも無事だったことに安堵していた。しかし、千雨はネギの姿をみると、突如興奮して駆け出しそちらへ向かったのだ。

 

 

「このっ!」

 

「わっ!」

 

「……無事で何よりだ……」

 

 

 千雨はそのまま勢いよく、ネギへと拳を振り上げた。ネギは殴られると思い目を瞑ると、千雨はその手をゆっくり下げ、頭に乗せた。そして、ネギたちの無事を静かに喜び、小さく感涙していたのだった。

 


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