理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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テンプレ38:吸血鬼、封印されず

テンプレ39:やっぱりいじられる吸血鬼

テンプレ40:純粋魔法世界人、特殊な旧世界入り


十二話 騎士と吸血鬼 熱血親子と少女

 *騎士と吸血鬼*

 

 

 麻帆良学園都市の一角にある、誰かに気がついてもらう気すらない、完全に寂れた骨董品店。その店内で二人の男女が会談をしていた。男の名はメトゥーナト・ギャラクティカ、日本での偽名は銀河来史渡。そして女のほうは、女というよりも少女といった方がよい見た目で、名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという。

 

 今のエヴァンジェリンの格好は、白衣の下に白シャツに赤いネクタイ、そして黒のタイトスカートである。顔には楕円形のレンズをした眼鏡をかけており、完全に研究者のそれだった。

 

 エヴァンジェリンはアルカディアの皇帝からの依頼により、この麻帆良に来たのだ。しかし、いかんせんどうしてこうなったかが、よく説明されていなかった。

 

 だからイライラしながらけしかけるように、その部下であるメトゥーナトにどういうことかと説明を求めてきた。それも今にも食って掛かるような、鬼気迫る勢いでだ。

 

 

「おい、メトゥーナト! 貴様んとこの頭の頭はどうかしているのか!? こんな手紙だけを渡して説明になるか! どういうことか全部説明しろ!」

 

「誰かと思えばマクダウェルか……。久々に会ったというのに、いきなりだな……。……ちなみに手紙にはなんと?」

 

「自分で確認しろ、貴様のとこのトップだろうが!」

 

 

 突然店に入ってきた客だと思ったら、少女が叫んで突っかかってきたのだ。流石にそれにはメトゥーナトも驚き、それがエヴァンジェリンだと確認すると、いつものことかとため息をついた。この会話の後、相当頭にきていたのか、エヴァンジェリンは投げ捨てるように皇帝からの手紙をメトゥーナトへと渡した。そして、メトゥーナトはそれを開くと皇帝の立体映像が説明を始めた。

 

 

『そろそろ”物語”が始まるから、旧世界にあるジャパンの麻帆良へ行ってクレヨン。あ、すでにそこには部下のメトゥーナトが居るから、大丈夫大丈夫!あと、この手紙は3秒後に消滅……するわけねーだろ!だまされてやんの!!』

 

 

 この手紙の内容に、部下であるはずのメトゥーナトも流石にドン引きしていた。メトゥーナトが頭に手を当て、意味がわからないという表情をするほどであった。これはひどすぎる、あまりにもひどすぎる。確かに意味がわからないとメトゥーナトも納得した。

 

 

「そ、そうだな……説明しよう」

 

「今すぐ説明してもらうぞ!!」

 

 

 そしてメトゥーナトは、皇帝に全部面倒ごとを押し付けられたと思いながらも、とりあえず納得してもらうために説明したのだ。

 

 ちなみにエヴァンジェリンは”転生者”や”原作”のことを、ある程度皇帝から説明されている。何年も追い掛け回してきた、あの忌々しい人間たちの半分は、ソレだということを皇帝が教えたのだ。その説明を受けたエヴァンジェリンは、ドン引きしながらも鬼のような形相になるほど怒ったという。

 

 

「皇帝はとりあえず”原作どおり”にことを進めることにしたのだ。……とはいえ、流石に中学生をやれとは言わなかったのだが……」

 

「当たり前だバカ! そんなことするわけないだろう!?」

 

「だからとりあえず、麻帆良のログハウスで生活してくれればいいということだ」

 

「そんなことも説明できんのか!? 貴様んとこの皇帝は!!?」

 

 

 説明できないのではない、あえてやらないのだ。メトゥーナトはそう考えたがあえて口には出さなかった。とりあえずエヴァンジェリンは、不機嫌ながらも今の説明である程度納得したようだ。

 

 

「チッ、あの男が意味の無いことをするわけがないとは思ったが、そういうことか……。まあいい、今度あいつに会ったら一発顔面を殴らせてもらうとしよう!! フハハハハハハハハハハッ!!」

 

「その時は、是非お手柔らかに頼む……」

 

 

 先ほど不機嫌だったというのに、皇帝に一発お見舞いしてやろうと考えたエヴァンジェリンはテンションがうなぎ登りに上昇し、高笑いを始めるほど愉快な気分となっていた。それを見て、やはりドン引きしながらも、皇帝を殴るときはやさしくしてやってほしいと提案していた。

 

 と、そこへ一人のツインテールの少女がやってきた。中等部の1年となったアスナである。日曜日ということで、アスナは久々にメトゥーナトへ会いにやってきていたのだ。

 

 

「あ、エヴァちゃん、お久しぶり」

 

「久しぶりだな、ではない!! ちゃん付けで呼ぶのはやめろと、いっつも言ってるだろう!!」

 

「あ、そうだっけ、じゃあ……エヴァにゃん」

 

「おまっ!! アスナ! 貴様というやつは!!」

 

 

 アスナは悠々とした態度でエヴァンジェリンへと挨拶した。エヴァンジェリンも返したが、それ以上に気になることがあった。それは”ちゃん”を付けて呼ばれたことだ。

 

 エヴァンジェリンはこのかた600年も生きた吸血鬼だ。ちゃんなんて付けられても嬉しくないのである。ゆえに、せめて”さん”を付けてもらいたいのだ。そう、ちゃん付けはエヴァンジェリンのプライドが許さないのである。

 

 しかしアスナはそう言われ、もっと恥ずかしい呼び方をしたのである。なんということか、駄目だこの吸血鬼、完全にアスナに遊ばれているのだ。ぐぬぬとプルプル震えながら大声を張り上げるエヴァンジェリンを、面白い生き物のようにアスナは見ていた。

 

 メトゥーナトはそうやってムキになるからイジられるのだと思った。だが、あえて言わないのだ。なぜならメトゥーナトはアスナの味方であり、エヴァンジェリンに味方する気がまったくないからだ。

 

 

 しかし、なぜエヴァンジェリンがアスナのことを知っているのか。

それは、アスナがメトゥーナトや紅き翼とともに旅をしていた時や、エヴァンジェリンがたまにアルカディア帝国へ、戻った時に出会っていただけである。そこで、アスナのことをメトゥーナトなどに聞いたエヴァンジェリンは、ほんのちょっぴりアスナへの同情心が沸いて、色々話したりと友人に近い形の付き合いをしていたのだ。

 

 

「とりあえず落ち着け……、店内で騒がれても困る」

 

「貴様が親代わりだろうが! なんか言ってやったらどうだ!」

 

「別にそのぐらいで怒る方が子供ではないか? 気にしすぎなだけだろう」

 

「ぐっ!? ……そうは言うが600年も生きた吸血鬼のプライドと言うものがな……!」

 

 

 落ち着けと冷静に述べるメトゥーナトへ、エヴァンジェリンは今の怒りをぶつけた。お前がアスナの親として面倒見ているのなら、何かあるだろと。静観なんかしてないで、少しアスナに注意してやれと叫んだのだ。

 

 だが、そこでメトゥーナトはその程度のことを気にして怒る方が悪いとキッパリ答えた。むしろ600年生きた吸血鬼が、その程度でムキになるなんて大人気ないのではないか、恥ずかしくないのか、と考えていたのだ。

 

 エヴァンジェリンはそう言われ、間違ったことを言われていないので反論が出来ずにぐっっと押し黙った。それでも600年も生きてきたエヴァンジェリンにとって、可愛らしく呼ばれるのはとても恥ずかしいことだった。ゆえに、自分のプライドが許さないと、悔しそうにメトゥーナトを睨みつけながら、唸るような声でそれを言ったのだ。

 

 

「……ゴメンね。久々に会ったから嬉しくって」

 

「ぬ……、そっ、そうか? まぁ、そー言うのなら許してやろう……」

 

「ありがと」

 

 

 すごい剣幕でメトゥーナトを睨みつけるエヴァンジェリンを見かねたアスナは、そこでしおらしく謝った。久々に会ったので、浮かれてしまったと。そう言われてしまうとエヴァンジェリンも怒るに怒れなくなってしまい、謝ってきたことだし許してやるかと思い、そう言葉に出していた。そして、エヴァンジェリンから許しの言葉を聞いたアスナは、よかったと思い笑顔で礼を述べていた。

 

 

「ところで、エヴァちゃんは何でここに来たの?」

 

「今謝ったばかりじゃないのか!?」

 

「あっ、ついクセで……」

 

 

 アスナはエヴァンジェリンがこんなところに来るなんて何かあったのだろうかと思い、どうしてここへ来たのかを聞いて見た。しかし、謝った後だというのに、またしても”ちゃん”付けで呼んでしまったのである。

 

 待て待て、今の謝罪はなんだったんだと、またしても怒るエヴァンジェリン。アスナはそのことについて、癖になってしまっていて、うっかりしていたとしれっと答えたのである。

 

 

「そのクセ治せよ!? いいな!?」

 

「はーい」

 

 

 だったらその癖を治せ、直さないと絶対に許さないぞと、エヴァンジェリンは叫んでいた。そう叫ぶエヴァンジェリンを見ても余裕の態度で、一言の返事のみで返すアスナだった。

 

 

「ゴホン。今の質問に答えるぞ? ……いや、まあ、例の手紙を読めばわかるはずだが……」

 

「手紙?」

 

「いや、マクダウェルは皇帝陛下の頼みでここへ来るように言われたのだ。そして、その後の説明が無かったので、わたしのところへ説明を求めに来たという訳だ」

 

「そうだったんだ……」

 

 

 して、先ほどの質問へと話を戻すエヴァンジェリン。むしろ説明するよりも、その原因である皇帝からの手紙を見せた方が早いと思ったので、手紙を読んでみろと話したのだ。

 

 アスナは手紙と聞いて、さてどこにあるのだろうかと周りを見回すが、それはメトゥーナトが持っていたので見当たらなかった。そこでメトゥーナトは、手紙の変わりに自分が説明しようと考え、先ほどの経緯をアスナへ聞かせたのである。その説明を聞いたアスナは納得した様子を見せ、それじゃ仕方がないと思ったようだ。

 

 

「……ふむ……。アスナ、すまないが彼女に紅茶でも出してやってはくれないか……?」

 

「うん、わかった」

 

 

 そこで、ふいにアスナへお茶の用意をさせようと、申し訳なさそうにメトゥーナトがそう言った。アスナはそのぐらいお安い御用と言う感じで、微笑みながら頷いた後にそそくさと店から母屋の方へと歩いていった。

 

 

「……そろそろいいか? マクダウェル」

 

「むっ?」

 

 

 メトゥーナトは騒ぐエヴァンジェリンへ、もうそろそろ本題に入りたいと申し出た。と言うか、いつまでアスナに遊ばれているのだと、少し呆けていたのだった。

 

 エヴァンジェリンもメトゥーナトにそう言われ、まだ話の続きがあったことに気がついたようだ。この手紙通り麻帆良に来てればいいと思ったエヴァンジェリンは、もう話は終わったと思っていたのである。

 

 

「マクダウェル、今後について話そう……。”転生者”はマクダウェルが、アスナも在籍している現在の1年A組、つまり将来的には3年A組になるクラスに居ないことを不審に思うだろう」

 

「ふん、そんなことなど、どうでもよいだろう?」

 

「……まあ、マクダウェルの言うとおり、どうでもよいのだが、それで”転生者”が、どのような行動に出るかがわからないところに困っているのだ……」

 

 

 ”原作”ではキーキャラクターレベルの存在であるエヴァンジェリン。主人公であるネギの師匠となり、ネギを育て上げる存在となる。また、そのネギの窮地を何度も救うのも、このエヴァンジェリンだ。それが居ないとなると、”原作どおり”ことが進まず、最悪ネギが死亡してしまうのではないかと”転生者”が焦るだろう。その時、”転生者”がどのような行動に移るかが、ほとんど見当がつかないのだ。

 

 

「別にどうとでもなるだろう。私は一応麻帆良にいる、何かあれば直接手を下してしまえばいいんじゃないか?」

 

「例の一部の記憶のみを封印する魔法か。確かに何かあった時は、それを使ってもらえるとありがたい」

 

 

 エヴァンジェリンはハッキリ言って、そんな連中などかまう気などなかった。それに、自分がここにいれば何とかなるだろうとも思っていたのだ。それは記憶を封じる魔法を、エヴァンジェリンが使えたからだ。その魔法を使い、過去襲われかけた時などを簡単に脱出してきたのである。また、”転生者”とか言う面倒な輩に絡まれた時もそれを使い、面倒ごとを避けてきたのだ。

 

 それを使えばたとえ転生者とて、前世を思い出せなくなれば残るは()()で生まれ育った記憶のみとなる。そうすれば、確かに”特典”とか言う力は残るが、人格的に矯正が可能になるということだった。

 

 メトゥーナトはそのことを知っていたので、何かあればそれを使って欲しいとエヴァンジェリンに頼んでいた。面倒をかけることになるだろうが、それがどうしても必要な場合があるかもしれないと思ったからだ。

 

 

 また、アスナにお茶の用意と言う理由でこの場を離れさせたのは、こういった話を聞かれたくなかったからだ。転生者ということもあまり耳にして欲しくはないのだが、それ以上にアスナは記憶を消すということに敏感であることをメトゥーナトは考慮したのだ。

 

 それは過去にて、アスナの記憶を封印するか否かでメトゥーナトが仲間内と話し合ったことがあったからだ。紅き翼の一人でもあるガトウが、アスナの記憶を封印してしまったほうが良いのではないかと提案したのだ。アスナの過去は辛いものだ。長い間、ずっと閉じ込められ、争いの道具として利用されてきた。そんな悲しい記憶は無い方がよいと考えたガトウが、そのことを話したのだ。

 

 しかし、メトゥーナトは反対だった。確かにアスナの過去は本人にとっても辛いものだが、今はそれだけではないことを知っていたからだ。紅き翼の面々や自分と一緒に旅したことまで忘れさせてしまうのは、あまりにも寂しいではないかとメトゥーナトは反論したのである。ただ、両者ともアスナを思ってのことだったので、最終的にアスナに決めてもらうことにしたのだ。

 

 その質問を受けたアスナは、涙を流して記憶を消さないで欲しいと言葉にした。過去は本当に辛いことだが何も感じてなどいなかったがゆえに、大きく気にする必要が無いと思ったからだ。さらに、紅き翼のメンバーとの思い出を忘れてしまうなんて、絶対に嫌だったし悲しすぎると思ったからだ。そう言ったことがあり、アスナは記憶を消すことに非常に敏感になっているのである。

 

 

「まあ、そう言った輩に絡まれた時にでもやっておくとするよ」

 

「それでも充分だ。すまないが任せる」

 

「身に降りかかる火の粉ぐらい、自分ではらうだけさ」

 

 

 エヴァンジェリンも自分がここで襲われる可能性もある程度考慮していた。ゆえに、使うときは使おうと思っていたのである。メトゥーナトも、それで充分だと話し、再び頭を下げていた。そんなメトゥーナトをエヴァンジェリンは眺めながら、こいつ本当に真面目だなと思いつつ、自分の身ぐらい自分で守れると肩をすくめて話していた。

 

 

「……さて、方針も理解してもらえたようだし、これからよろしく頼む」

 

「やれやれ、仕方がないな。任せておけ」

 

「お茶出来たよー」

 

 

 とりあえず、エヴァンジェリンに全ての説明を終え、理解してもらえたと思ったメトゥーナトは、今後よろしく頼むと頭を下げていた。まあ、そこまでするのであれば仕方がないと、エヴァンジェリンはニヤリと笑って自分に任せておけと豪語したのだ。そんなところへようやくアスナが、紅茶を三つほどおぼんに乗せて戻ってきた。

 

 

「何? エヴァちゃん、これから近くに住むの?」

 

「貴様はなー! あーそうだよ!」

 

 

 アスナはメトゥーナトの最後の会話が聞こえたのか、エヴァンジェリンがここにとどまるのではないかと思った。それを聞くとまたしても”ちゃん”で呼ばれたエヴァンジェリンは、叫びながらその問いを肯定していた。と言うか、先ほどその癖を治せと言ったのにこの始末では、この先が思いやられるとエヴァンジェリンは呆れたりもしていた。

 

 

「そっか、それじゃこれからよろしくね!」

 

「フン……」

 

 

 アスナはエヴァンジェリンがこの麻帆良に住まうことを知り、笑顔で挨拶した。エヴァンジェリンもそうやって笑顔を向けられたら、怒る気にもなれない様子だった。ただ、それでも不機嫌なのは変わらないので、少しふてくされた様子で返事を返していたのだった。

 

 

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *熱血親子と少女*

 

 

 この麻帆良学園本校女子中等部、1年A組。

 

 基本的に2-Aおよび3-Aのメンバーに差はないが、エヴァンジェリンがこの教室にいない。

そして、そのエヴァンジェリンが座るはずだった机に、別の人物が座っていた。転生者というわけではないようだ。だが、本来ここにいるはずのない人物だ。普通では考えられないことなのだ。

 

 

 ”焔”

 

 ”原作”ではフェイトの従者をしていた、炎を操る力を持つ、ツインテールで”ジト目!ツリ目!”の少女である。魔法世界の住人であり、本来なら魔法世界から出てこれないはずの彼女が、なぜこの教室でエヴァンジェリンの席に座っているのか。これまた話せば長いことになる。

 

 

…… …… ……

 

 

 シルチス亜大陸のパルティア付近にて、二人の男が空中を高速で移動していた。アルカディア帝国、皇帝直属の部下である、ギガントと熱海龍一郎だ。転生者二名が大規模な戦闘を行っているのを察知して、駆けつけていたのだ。

 

 しかし、すでに手遅れであり、戦闘により街は破壊されつくされていた。そして、その戦闘をしていた転生者二名は、相打ちとなっておりどちらも最強の技を受け、完全に事切れた後だった。

 

 

「クソッ、遅かったか……」

 

「諦めるのは早いぞ! ”来れ(アデアット)”」

 

 

 街の惨状を見て握り拳を作り、そこから血を流す龍一郎と、すかさずアーティファクトを展開するギガントがいた。ギガントのアーティファクト、国境無き医師団は総勢200体の医者型オートマトンであり、その全てを展開し、ギガントは大声でオートマトンたちに命令を下す。

 

 

「国境無き医師団に告ぐ! この街の住人の生き残りを探すのだ!報告はしなくていい! 生命維持を最優先にするのだ!」

 

 

 この命令の後、アーティファクトのオートマトンたちは了解の発言の後、即座に街中に散らばって行った。それを見て龍一郎は自分の過ちを嘆いた。

 

 

「なさけねぇ……。あの時、他の転生者に気を取られさえしなければ……。……もっとすばやく、その転生者を倒していれば……」

 

「自分を責めるな、おぬしが悪いわけではない……。それに、その転生者を放っておけば、別の場所で、このような事態が発生していたかもしれん」

 

「そうは言うがよ……。やりきてねぇもんはやりきれねぇんだよ……」

 

 

 この街で転生者同士が戦闘しているのを察知した二人は、すぐさま街へと移動をしていたのだ。だが、そこへ新たな転生者が現れ、道を阻み交戦してきたということだった。その転生者を倒すのに手間取り、到着が遅れてしまい、このような悲劇を招いたのだと、龍一郎は悔やんでいたのだ。

 

 龍一郎はそのことを後悔し、それをギガントは励ましつつ、生き残りを探して歩き回っていた。するとそこに、一人の少女が座り込んでいた。生き残りがいたことに安堵を浮かべ、二人はその少女へと近づいていった。

 

 

「父……様……母様……」

 

 

 少女はこの惨状で死んでしまったであろう両親を呼びながら、左目を左手で抑えていた。そこからは血が流れており、左腕を赤く濡らしていた。そこへギガントは近寄り、声をかけた。

 

 

「お嬢さん、生きていてよかった……。……うーむしかし、その怪我は今の設備では完全には治療できそうにないな……」

 

 

 少女の左目は何で怪我をしたかわからない。だが、ギガントは怪我の様子を見て、現状では治療が難しいと言った。その後ろで、見ているだけしかできない龍一郎。彼は自分の行動を悔やむように、ただそれを眺めながら立っていた。

 

 と、そこへ国境無き医師団のオートマトンからギガントへ念話があり、生き残りが存在しないことを告げられたのだ。ギガントはやるせない表情をしながら、ならばどうするかを命令する。

 

 

「遺体は帝国にて埋葬する。かのものたちの遺体を集めよ」

 

 ギガントはこの街の住人の遺体をアルカディア帝国で埋葬することにした。なぜなら、この場所で埋葬すれば墓荒らしに遭う可能性を否定できないからだ。それでは死者が安心して眠ることができない、だからそうしたのだ。

 

 

「お嬢さん、君のご両親も手厚く埋葬させてもらうよ……。その前に、その目を何とかせねばならんな、とりあえず先に帝国に来ていただこう」

 

 

 少女は涙を流しながら、その言葉にうなずくことしかできなかった。ギガントは少女を連れ、一時的に帝国へと戻り、治療を優先した。龍一郎はその場にとどまり遺体にシートをかぶせながら、変わり果てた街の住人たちを供養するように、一人一人に手を合わせていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 アルカディア帝国の霊園にて、その街の人々の慰霊碑が建てられた。少女の両親はそれとは別に、しっかりとした墓が用意されており、少女はその前で自分の両親を供養していた。そこへ龍一郎がやってきてこう説明した。

 

 

「よう、自己紹介がまだだったな。俺は熱海龍一郎ってんだ、よろしくな! 俺は書類上、君の親になったが、まあ気にしなくていい。君の両親は、君だけのものだ、別に他人と思ってもかわんさ。だが、俺は一応、君の父親として面倒見させてもらう、そればかりは譲れん」

 

 

 龍一郎はあの事件を自分のせいだと責め、生き残りの彼女の面倒を見ると言い、預かったのだ。勝手なことだと龍一郎自身思ったが、こればかりは譲れないとも思った。少女はそれを承諾したようで、名を改め”焔”とし、新たに”熱海焔”として生きることになった。

 

 龍一郎は父親として彼女に接し、彼女もそこまで文句はなかった。だが、龍一郎には息子がいた。熱海数多である。彼は妹となった彼女に会うと、こう言ったのだった。

 

 

「はじめまして、俺は熱海数多ってんだ、よろしく頼むぜ! なんか兄になっちまったようだけど、気にしなくていいさ。ほんと赤の他人だし、兄なんて思う必要なんかないしよ。でも、俺は一応、君の兄として接するから、そこだけは譲ねぇ。ま、相談事とかあんなら、気軽に言ってくれや!」

 

 

 この親子、どうしようもなく似ていた。どうしてここまで答えが同じなのか、意味がわからないほどだった。

 

 焔は龍一郎には自分の命と両親を埋葬してくれた恩があるため、引け目を感じていた。しかし、この数多にはそのようなものはない。どうでもいい存在だった。その発言どおり兄として接してくる数多を、焔は鬱陶しく感じていた。だから募りに募った感情が爆発してしまったのだ。

 

 

「……私に一々かまうな! のうのうと生活し、大切な人も失ったことの無い貴様などに、かまってほしくなどない!」

 

 

 ”原作”でもフェイトの従者たちは、普通に生活していた3-Aメンバーに嫌悪感を抱いていた。自らを”敗者”や”神に捨てられた”として、彼女たちを”勝者”や”神々に祝福された”としていた。それは単純に、突然全てを失ったことからくるものであり、仕方の無いことだった。焔は特にそれを表に出していた。ジャック・ラカンに同情されて、怒り叫ぶぐらいであった。赤の他人たる数多にそのようなことを言うのは当然の結果だった。しかし、それを聞いた数多は、言い返すことすらなかった。

 

 

「そうだな……。でも性分なんだ、悪かった。……まあ、また来るよ」

 

 

 笑いかけるように、そういって部屋から出て行くこの少年に、焔は不思議な気分を味わっていた。どうして何も言わないのかと。怒らずとも、何か言い返してもいいはずなのだ。しかし数多は、何も言い返さず立ち去ったのだった。

 

 それからしばらくして、焔は熱海家の母親に会ったことが無いことを気にするようになった。今までそれに気がつかなかったのは、それほどまでに余裕がなかったからだった。

 

 あの事件から日が経ち、ある程度余裕のできた焔は、それを考えた。しかし、龍一郎にそれを聞くのは失礼であると、やはり恩人として引け目を感じていた。だから数多に聞いたのだ、母親がどこで、何をしているかを。

 

 

「かあちゃんなら、遠くで静かに暮らしてるさ」

 

 

 すると、あいまいな答えが返ってきた。どこで何をしているかがわからないのだ。その程度の答えでは、答えになっていないことに焔は文句を言った。

 

 

「それではわからない、もっと具体的に説明してほしい」

 

「ふうむ、かあちゃんに会いたいのか?」

 

 

 説明しろというのに、別の質問で返してきた。学校で説明文に説明文で返すなと教えられてないのだろうか。だが、焔は会いたいかと聞かれたら、会いたいと答えたのだった。すると数多は、その場所に案内してくれると言って、歩き出した。

 

 

 熱海家は基本的に、アルカディア城内の一室を借りて生活している。城の内部にある、転移用の魔方陣に乗ると、その場所へと移動していった。

 

 しかし、焔が見たその光景は、いつも見慣れた場所だった。霊園、アルカディア帝国の巨大霊園だったのだ。数多は気にせず歩き、目的地に到着したのか立ち止まり、こう言った。

 

 

「かあちゃんはここで静かに寝てる。ま、天国かなんかで、ゆっくりしてるだろうけどな!」

 

 

 そこは、とてもきれいに磨かれた、一つの墓の前だった。そこには熱海の姓が刻まれており、彼の母親の墓だと焔はわかった。そう、数多の母はすでに他界していたのだった。

 

 なんていうことだ、焔は考えれば気付くことができたはずだと思った。それで無くとも、教えてくれればよかったのにとも思った。

 

 

「なぜ……教えてくれなかった」

 

「色々あって、いっぱいいっぱいだったろう?そこに俺のかあちゃんもいねーから、なんて言える訳ないだろ?」

 

 

 ある程度時間が経ったら、教えようと数多も龍一郎も考えていたことだった。しかし、焔はさらに別のことが気になった。

 

 

「では、なぜあの時……何も言い返さなかった……。……どうして、何も言わなかった!」

 

 

 大切な人を失ったことのない貴様なんかに、と焔が怒りをぶつけた時のことだ。数多はすでに母親を無くし、大切な人を失っていた。それにもかかわらず、怒らず、文句すら言わなかったのだ。だから焔は疑問に感じたのだ。数多はそういえばそんなこと言われたかな、と思いゆっくりと説明した。

 

 

「別に怒ったり文句言ってもしょうがねぇーじゃんかよ。そっちはいっぱいいっぱいで、余裕なかったみてーだしさ! 気にするほどでもねーって」

 

 

 気にする必要はない、どうってことないと答えさらに数多は続けて理由を述べた。

 

 

「それの理由になるかわからねぇが、そうだなぁ~……。……俺は親父みてーに強くなりてーのさ。力だけじゃねぇ、精神的にも強くな」

 

 

 数多は説明した、自分の母親が死んだときのことを。

母親が死んだのに、父の龍一郎は、涙一つ流さず、ずっと笑っていたと言う。数多は父親が母親の死を悲しんでないと感じ、恨んだと言った。文句を言って殴りつけた時、普段なら簡単に避けれるはずが、龍一郎はそれを顔面に受け止めたのだと。そして、今考えれば、悲しくないはずがないと思ったと。しかし、自分の前では弱さを見せず、でかい背中だけを見せてくれていた。それが自分の父親、龍一郎の強さだと感じたのだと。

 

 

「だからよ、俺もあのぐれー、でっかくなりてーのさ、ま、そういうわけだ」

 

 

 気軽に説明しているが、地味に重い話しであった。数多は少年ながらも、自分の母親の死を乗り越え、父親のその時の態度を察し、すでに過去とのケリをつけていたのだ。これには焔もショックだった。自分より2年ほどしか差のない少年が、これほどのことを考えて前へと向かっていたからだ。そして、あの時のことを悪く感じた焔は、小さな声だったが素直に謝った。

 

 

「……ごめん」

 

「いや、気にしなくていいーって! 暗ーい話しちまったからって、暗くなる必要ねーって! 別に気にしてねーからよ、明るなってくれや!」

 

 

 あれだけ散々文句を言ったというのに、気にしてないと言い、あまつさえ、励ましてくるこの兄に、焔は少しだけ心を許す気になったのだった。そこに龍一郎が花束を持って現れた。

 

 

「よう、見ないうちに仲良くなったみてぇだな。ま、そのあたりはまったく気にしてなかったがよ」

 

「おい親父ぃ……。まさか、完全に俺に丸投げだったのかよ……」

 

「はっ、兄妹間の問題は勝手にそちらがやってくれねぇと、どうにもならねぇだろうが! ふん、まあいいや、あいつに報告してやるかな」

 

 

 そう龍一郎が言うと、花束を墓に沿えた。そして、今までのことを墓で眠る妻に聞こえるかのように、静かに語った。ほんの少しだが、焔が彼らの家族として一歩近づいた気がしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはアルカディア城にある、熱海家の部屋の一角。数多が麻帆良へと旅立った後、数年が経ち、原作メンバーが中等部へ上がる数週間前のことだった。

 

 「焔、おめぇにも麻帆良に行ってもらうことになったわ。別に普通に生活してくりゃいいだけだから、なんも気にしなくていいぜ」

 

 

 突然この親父、龍一郎がそんなことを言ってきた。行く必要なんて、考えてみればどこにもないというのにだ。しかも、自分は魔法世界人であり、旧世界へ行くことなどできないのだ。行くとしても”入れ物”が必要になるのである。

 

 

「どう、行けばいいのですか……」

 

「何、皇帝とギガントがこんなもん作ってくれたぜ。器用な奴らだなぁ~、よくできるぜこんなもんよ」

 

 

 そう言うと龍一郎の手には二つの指輪があった。これをなんかもうよくわからなそうに、龍一郎が説明する。

 

 

「これを片手ずつはめれば、不思議パワーで旧世界に行ける! と行ってたぜ。……いやーほんと不思議だなぁ~」

 

 

 まるで説明になってない説明だった。さりげなく説明書がついていたので、それを焔は読むことにしたのだった。説明書を開くと、立体映像の皇帝が現れ勝手に説明してくれた。

 

 

『これを両手の指に一つずつはめれば、”自分の世界”を作り出してくれる。簡単に言えば、自分の周囲のみに”魔法世界と同じ状況”を生み出すというものだ。魔法の適正などは多少下がるが、旧世界で普通に生活する分には問題ないはずだ』

 

 

 エヴァンジェリンに出した手紙とは打って変わって、まともに説明している皇帝の説明書であった。というか、焔は意味がわからない、どうしたらそんなものができるのかと思った、でたらめすぎると。龍一郎は説明書の内容を聞くと、皇帝が何か言っていたのを思い出したようだった。

 

 

「範囲が狭くて楽にできた。これを星一つ埋め尽くすってパねぇな、とか言ってたなぁ」

 

 

 この皇帝は規格外にもほどがあるだろう。とりあえず旧世界へ行けるらしい。しかし、皇帝や龍一郎とその仲間たちが、麻帆良で何か作戦を実行していることを焔は知っていた。それの邪魔にならないか、心配になったのだ。

 

 

()()()、私がそのような場所に行っても、問題ないのですか?」

 

 「何も気にするなって言ったじゃねぇか。皇帝からも許可もらったから、この指輪があるんだぜ?ガキはなんも気にせず、がっこー行ってりゃいいのさ」

 

 

 数多の修行の時とは完全に逆のことを言ってのけているこの龍一郎。修行バカな龍一郎だが、娘には激甘なのであった。というのも、息子だから修行させているのであって、もし数多が娘だったら、そのようなことをさせてはいないのだ。

 

 

「ま、その指輪には”出会っても居ないのに焔を記憶しているもの”への、強力な認識阻害がかかる仕組みにもなってるらしいぜ。だからまあ、安心して行ってくればいいのさ」

 

 

 麻帆良には多くの転生者がいる。焔は”原作”では主人公のネギと敵対したフェイトの従者だった。そういうわけで、敵だのなんだのといちゃもんをつけられる可能性が高いのだ。だからそれを防ぐために、転生者対策の認識阻害もかかるように、その指輪は作られているのだ。しかし龍一郎はそれ以外にも、少しだけ手を加えようと考えた。

 

 

「ま、そんだけじゃ不安かもしれねぇから、髪型ぐれぇ変えて行けや。ちょいとばかし、俺に髪をいじらせてくんねぇか?」

 

「え?あ、どうぞ……」

 

 

 そう言うと龍一郎は、鏡の前に焔を椅子に座らせ、リボンを取ってその長い髪をいじりだした。だが、龍一郎は、そこで一応こういうことは苦手だと先に言っておいた。

 

 

「こういうのは苦手だからよぉ、てきとぉーにやらせてもらうがいいか?」

 

「……父さんに任せます」

 

 

 龍一郎は鼻歌を交えつつ、どれがよいかといろいろな髪型を作り出していく。それを焔はじっとしながら、なんだかんだで嬉しそうにしているのだった。

 

 さて、この龍一郎、苦手だといいつつも、なかな器用に焔の髪型をいじっている。なぜなら龍一郎は自分の妻の髪をいじったことがあるからだ。いやーあの時が懐かしいぜ、と感傷に浸りながら、焔の髪型を何度も変えていった。

 

 

「んま、こんぐらいでいいだろう」

 

「これは……」

 

 

 どうやら焔の髪型が決まったようだ。リボンで長い髪を、左右二つに分けて結わえた髪型。しかしそれでは髪が長すぎるので、髪がクルリと輪になるように結わえてあった。焔は新しい髪形を喜んで受け入れ、龍一郎はそれを笑って眺めていた。

 

 

「ありがとうございます、父さん」

 

「気にすんな、まっ、これで問題ねぇな。まあ、気をつけろよ? 何かあったら、馬鹿兄貴にでも頼ればいいさ」

 

 

 焔は、麻帆良へ行くことを憂鬱に思っていた。だが、龍一郎や皇帝にここまでしてもらったのだから、行かなければ恩をあだで返すことになると考えた。それに、麻帆良へ行ってしまい最近会っていない兄に、会えることをほんの少しだけ楽しみだと考えていた。

 

 そして、現在に至るのだった。

 




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