理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百十六話 仲直り

 さて、夏の日差しと輝く海から帰ってきた一同は、いつもどおりエヴァンジェリンの別荘で修行にいそしんでいた。そこは多くの木々に彩られた広い森林地帯で、大きな河と滝がその森を割るようにして覗いていた。そして、アスナと刹那はその別荘内にて、模擬戦を行っていた。

 

 

「ハァッ!」

 

「フッ!」

 

 

 刹那はこの前木乃香との仮契約により手に入れたアーティファクト、建御雷を用いてアスナへ応戦していた。と言うのも、刹那はこのアーティファクトを使いこなすためには、木乃香との連携が必要だった。ゆえに、その連携もかねてアスナに模擬戦を行ってほしいと頼んだのである。

 

 ただ、実際連携と言っても、木乃香が刹那の建御雷へ送る魔力の量などを、調整したりすると言うものでしかないのだが。それでも魔力と気は反発しあう性質があるので、どうしても訓練が必要だったのだ。

 

 また、アスナも刹那のアーティファクトの試し切りと言うことで、ハマノツルギではなくメトゥーナトが残した彼の愛用の剣を用いて戦っていた。何せハマノツルギは魔法なら何でも無効化でき、アーティファクトも例外ではなく、豆腐のように切り刻んでしまうからだ。

 

 それにアスナは、メトゥーナトの剣を一度使ってみたいと思っていた。ハマノツルギはその特性上、気を用いた攻撃を使うのに向いていないからだ。気や魔力などを用いた自己の能力強化などは例外ではあるものの、刀身にそれらを付与して飛ばすという技が使えないのだ。その悩みを解決するには他の武器を用いる以外なかったので、アスナはこの剣を体になじませようと、それを使って修行をしたかったのである。

 

 

「これでっ!」

 

「甘い!」

 

 

 刹那はその白い翼を用いて空中へと舞い上がり、アスナを牽制。アスナも優雅に空を舞う刹那を虚空瞬動を用いて飛び跳ねるように追い、刹那の背中を捉えていた。

 

 そして、アスナに追いつかれたと感じた刹那は、そこで普段使う剣と同じ程度の大きさにした建御雷を、振り向きざまに横に振るった。また、同じタイミングでメトゥーナト愛用の剣を縦に振り下ろすアスナ。その両者の剣が衝突し、鋭い音ともに火花を散らしていた。

 

 

「……やるッ!」

 

「……クッ……!」

 

 

 すさまじい剣と剣とのつばぜり合い。両者とも一歩も引かず、力比べをするように剣と剣が衝突していた。しかし、その時間もわずか数秒のことだ。お互いに埒が明かないと感じたのか、二人はすぐさま後方へと飛び下がった。

 

 

「”光の剣”!」

 

「”斬空閃”!!」

 

 

 両者とも離れた位置へと移動したその瞬間、お互いに向かって必殺の技が放たれた。アスナはその咸卦の気を用いて強化した身体能力をフルに使いつつも、威力を抑えた光の剣で刹那を撃ち落さんと刀身からそれを放った。

 

 だが、刹那も負けてはいない。アスナが技を放ったと同時に、刹那も神鳴流の奥義を解き放った。その二つの技が衝突すると、互いに対消滅を起こしその場で爆発。その爆発の煙で視界が塞がるも、二人はその煙の中ですでに剣を交えていた。

 

 

「トァッ!」

 

「ハッ!」

 

 

 そこで刹那は建御雷で抑えていたアスナの剣を受け流し、その背後へととっさに移動。さらにアスナの背中を目掛け、縦に建御雷を振り下ろし切り伏せた。

 

 

「っ!」

 

「なっ……!」

 

 

 アスナもマズイと判断し虚空瞬動を使い横へ跳ね、煙の外へと飛び出しそのまま落下。刹那は煙の視界で一瞬アスナを見失ってしまい、すぐさま自らの体を回転させ、翼を用いて煙を吹き払った。しかし、煙を払った時にはすでにアスナは近くにおらず、すでに下にある河の水面近くまで降りていた。

 

 

「ハアァァッ!」

 

 

 アスナは河の水面付近まで降り立つと、そこから上空の刹那目掛けて再び光の剣を連続で撃ち放った。だが、アスナには空中で静止し、両足で踏ん張るような”足場”を作る技術はない。そのため水面ギリギリの位置で虚空瞬動を何度も使い、その場に踊るような動きで滞空しつつ、光の剣を刹那へ向けて放っていたのだ。

 

 さらに、体をひねりながらと言うのに、光の剣は完全に標準が刹那を取られていた。なんということだろうか、アスナはいかなる体制で光の剣を放とうとも、決してあらぬ方向ではなく確実に刹那目掛けてそれを飛ばしていた。

 

 何度も何度も剣を振り回し、光の剣を飛ばすアスナ。普通に見れば下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言うような戦法でもあるだろう。ただ、どの道刹那には飛び道具の類は効かない。何せ神鳴流には飛び道具を無効にするほどの技術が存在するからだ。アスナもそのことを理解しているので、所詮はただの牽制、当たれば運がよかった程度の攻撃でしかないのだ。

 

 

 例えるならば暴風か、その荒れ狂う嵐のごとく、飛び交う無数の光の刃が刹那へと迫るが、刹那は当然冷静そのもの。その刃の中を潜り抜けるように飛び回りながら、徐々にアスナとの距離を縮めていったのである。

 

 

「神鳴流奥義! ”斬鉄閃”!」

 

「”護光刃”!」

 

 

 全ての光の刃をすり抜けた刹那は、すでにアスナの目の前まで攻め込んでいた。その飛翔は例えるならば谷間を流れる烈風のごとく、荒々しくも繊細な動きだった。流石は翼を使って飛行しているだけはある。そして、刹那はアスナの頭上まで来ると、すぐさま奥義を解き放ち建御雷を振り下ろす。それは鉄をも切り裂く必殺剣、斬鉄閃だ。

 

 また、アスナも棒立ちではない。当然応戦の構えを見せていた。アスナはその攻撃を見た瞬間に、剣に光の剣を纏わせて刹那目掛けて振り上げた。これもアスナが開発した新必殺技、その名も護光刃。

 

 光の剣を飛ばすのではなく剣自体に帯びさせることで、剣の切れ味と防御力を格段に上昇させることが出来るのだ。それは気での武器強化を軽々上回る性能であり、そこに咸卦の気が加わることでさらに威力があがると言うとんでもない技だった。

 

 

「ウッ……クッ……!」

 

「……ッ!」

 

 

 またしても両者の技が衝突し、言葉では言い表せぬほどの衝撃と振動が二人を襲う。その衝撃は水面にも伝わり、まるで水面が爆発したかのような水しぶきが、二人を囲うように発生していた。どちらも今のは本気の一撃だった。だが、どちらの攻撃も拮抗し、完全に相打ちとなっていたのである。

 

 ……その後二人は何度か剣を打ち合いながら別荘の建物へと戻ると、満足したのか武器を収めそっと握手を交わしていた。

 

 

「また腕をあげましたね……、アスナさん」

 

「そっちもね! 刹那さん!」

 

 

 二人は笑顔お互いの健闘を称えあった。どんどん新しい技を開発し、借りた剣を使いこなし始めているアスナを、刹那は素直に強くなったと感心していた。アスナも同じように、さらに剣戟の鋭さを増す刹那に感服していたのだ。

 

 

「なにここ……」

 

 

 今のアスナと刹那のとてつもない戦いを見たアーニャは、一体ここは何なんだろうと思いながら、ポカンとした顔を見せていた。普段の別荘では日常茶飯事に行われているこの戦いですら、アーニャには超人対戦にしか見えなかったのだ。

 

 

「二人ともすごいですね……」

 

「ホンマ、アスナもせっちゃんも強ーなっとるなー」

 

 

 しかし、それでもあの二人はとてつもなく強い。ゆえに、その戦いも激しさを増す一方だ。だからなのか、普段から見慣れているはずのネギも木乃香も、二人の強さに驚くばかりであった。

 

 

「んー、まだまだよ」

 

「はい、目指す先はさらなる高みです」

 

「え? あれで……?」

 

 

 それでもアスナはこの程度ではまだまだだと、自分の強さに満足してはいなかった。刹那も同じ考えであり、当然未だ極みには達していないと、静かに口を開いたのだ。アーニャはそんな二人の謙虚な言葉に、あれで十分すぎるほどだと言うのにさらに強くなりたいのかと思い、嘘でしょ? という顔をしていた。

 

 

「そういえばネギ先生も修行してるんだっけ?」

 

「はい、一応は……」

 

「えっ!?」

 

 

 また、そこでアスナはネギも同じように戦闘の訓練をしていることを思い出し、それをネギに尋ねた。ネギも確かに魔法での戦闘訓練を行っていることを思い出し、一応と言いつつもその質問を肯定していた。それを聞いたアーニャは、まさかネギまでこのようなことをしているのかと勘違いしたのか、驚いた顔でネギの方を向いたのだ。

 

 

「ね、ネギもあれぐらい強くなったの?!」

 

「僕は流石にあそこまで強くないよ……」

 

「そっ、そうよね!? 当然よね!?」

 

 

 まさか、いやそんなまさか……。ネギもあの二人のようなとんでもバトルが出来るようになってしまったのかと考えたアーニャは、恐る恐るそれをネギに聞いてみた。とは言えネギも修行はしているが、あんな異次元な戦闘が出来るほど強くなっていない。

 

 ()()でのネギは魔法戦士を選ばずに、ひたすら魔法使いとしての強さを求めた。それは師匠であるギガントの”父親のようにはなれない”という言葉が大きな要因だった。ただ、それ以外にもギガントの魔法使いとして完成された、”魔法使い単独での強さ”と言うのにあこがれた部分もあった。

 

 魔法使いは基本的にパートナーを壁とし、詠唱時間を稼いでもらいつつ後方支援を行う戦闘スタイルが一般的だ。しかし、ギガントは無詠唱や高速詠唱にて即座に魔法を撃ち、強力な防御や魔法障壁で相手の攻撃を防ぐ、まさに”要塞”のような戦闘スタイルだった。それを間近で見たり教わったネギは、そんな戦い方にあこがれたのである。

 

 それでも、その戦い方が出来るほどまだ強くないと思っているネギは、あの二人ほどの実力はないと考えていた。だからネギは、あんなにすごい訳ではないと、アーニャへ言い聞かせるように言葉にしていた。アーニャも、そりゃ当然あのボケネギがあんなに化け物なはずがないと、焦りながらも納得の言葉を述べたのだ。

 

 

「とりあえず休憩にしましょう」

 

「そうね。流石に私も疲れたわー」

 

「そやなー。ウチも疲れだけは治せへんしね」

 

 

 まあ、そんなことよりも疲れた体を癒す方が先だと、刹那は休憩を提案した。アスナも左手を右肩に沿え、右手をぐるぐる回しながら、確かに疲れたと言葉にしていた。あのような戦闘を模擬とは言え行っていれば、疲れないはずがないだろう。また、木乃香も疲れだけは治療出来ないと話して、休むことを勧めていた。

 

 

「なんであの二人はあんなに強いのよ!? 日本の人はみんなあーなの!?」

 

「違うと思うけど……」

 

 

 と言うか、どうしてアスナと刹那はあれほどまでに強いのか。一体何なのだろうか、日本人は誰もがあのようなカラテ、チャドーなどのスゴイジツを使えるのだろうか。ニンジャ、ゲイシャ、サムライは存在したのか……。アーニャはそのことに疑問を感じ、この国は何かおかしいとさえ思い始めていたのだった。

 

 いや、そんなことはない。確かに麻帆良は日本の中でもずば抜けているとは思うが、日本人がみんなあの二人レベルなはずがない。ネギは当然そう思い、違うと否定の言葉を述べていた。まあ、アスナは実際には日本人ではないのだが。

 

 

「あっちもすごいわね……」

 

「流石あの二人ですね……」

 

「なにこの超人集団……」

 

 

 また、アスナがチラリと横を見れば、楓と古菲も模擬戦をしているではないか。どちらも本気で戦っており、アスナたちの修行同様、すさまじい攻防が繰り広げられていた。

 

 なんとまあ、いつ見てもすさまじい戦いだろうか。アスナも見慣れてはいるが、確かにすごいと言わざるを得なかった。刹那も二人を高く評価しており、なんと言う強さなのだろうかと呆けながらに思っていた。アーニャはここにいる人たちが尋常ではないと感じ、超人の集まりなのではないとさえも思い始めていたのだった。

 

 

「ウチやって、そこそこやるんやけどなー?」

 

「そうですよー! このかさんも十分すごいんですから!」

 

「キャッ! いきなり誰か出てきた!?」

 

 

 しかし、その会話で思うことがあった木乃香は自分だってみんなと同じぐらい戦えると、微笑みながら言葉にした。さらにそこでさよも現われ、木乃香が非常に強いことを強く訴えかけたのだ。ただ、突然幽霊のさよにアーニャはかなり驚いた。いきなり幽霊が現れて話しかけられるなど、体験したことのないことだったからだ。

 

 

「あー、この子はさよや。幽霊さんやえー」

 

「よろしくお願いしますー。あっ、友達になってくれると嬉しいですー」

 

「幽霊とかはじめて見た……」

 

 

 突然のさよの登場に驚くアーニャを見て、そっと安心させるように木乃香はさよのことを紹介した。さよも頭を下げて挨拶し、自分と友達になってほしいなー、とアーニャへ笑顔で声をかけた。それでもアーニャは幽霊というインパクトのせいか、初めて幽霊を見たせいか、未だ驚いた表情で珍しいものを見る目でさよを眺めていた。

 

 

「まあ、このかも覇王さんに鍛えられてるんだから当然よね」

 

「そーやでー! せやからアスナだけやのーて、せっちゃんとも修行したいんやけどなー?」

 

「いっ、いえ! 流石にそれは恐れ多いといいますか……」

 

 

 アスナは木乃香の今の発言を聞いて、確かに覇王に鍛えてもらった木乃香はかなりの実力者であることに間違いないと言葉にした。あの覇王の弟子であり覇王の全てを叩き込まれた木乃香は、ハッキリ言えばシャーマンとして上位に入るほどの実力の持ち主だ。アスナはたまに木乃香とも修行として模擬戦をするので、それが実感として理解できた。

 

 木乃香もアスナにそう言われて褒められたと思い明るい笑顔を見せながらも、刹那も一緒に修行してほしいと、その刹那に肩を寄り添いながら話すのだ。しかし、やはり刹那は踏ん切りがつかないと言うか、守護対象である木乃香と戦うのは気がひけると思っていた。ゆえに、刹那は木乃香の行動に焦りながらも、それは出来ないと申し訳なさそうに断るのだった。

 

 

「オバァーッ!」

 

「ギャーッ!」

 

「あっ、また落ちてきた」

 

 

 そこへなんとカギのヤツが、ボロボロになりながら落下してきた。さらに地面にたたきつけられたカギは、謎の断末魔を叫びながらそこに倒れ伏せてた。アーニャはまたしても突然のことに身をかわしながら、女の子らしからぬ絶叫を上げたのだ。だが、アスナや他の人たちは完全に慣れた様子であり、また落ちてきた、程度の感想しかなかったようだ。

 

 

「イテェ! なんちゅー攻撃だ!」

 

「申し訳ありませんカギ先生。マスターの命令ですので……」

 

「んなこたぁわかってんだよ!」

 

 

 カギはゆっくりと体を起こし立ち上がると、空の方を向いて今の攻撃を思い返していた。また、カギが見上げた場所には黒のメイド服姿の茶々丸が、空中で仁王立ちするかのような姿勢で待機しており、カギは今回茶々丸と戦っていたことが伺え知れた。

 

 しかも、茶々丸はエヴァンジェリンの魔法により全体的な防御力をかなり上昇(ドレスアップ)させられており、魔法の射手程度ではダメージにならないほどの硬さだ。それに加えて防御の装備としてプロテクトシェードを持つ茶々丸は、城壁レベルの堅塁さを得た状況だった。まあ、そのぐらいやらないとカギの修行の相手は務まらないと考えられての強化なのだが。

 

 そして、茶々丸はエヴァンジェリンの命令ではあるものの、カギをボロボロにしたことについて詫びていた。ただ、そう頼み込んだのはカギ自身なので、それは全て理解していた。なので、謝る必要などないと言う顔で、わかっていると叫んでいたのだ。

 

 

「しかし、最近やたら強くなってきてねぇか!?」

 

「どうでしょうか……。私にはよくわかりません」

 

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

 

 

 カギはふと、茶々丸が最近パワーアップしていると思い、それを本人に聞いてみた。しかし、茶々丸はそのあたりのことをさほど理解していない様子で、わからないとすまなそうな顔で言葉にするだけだった。そんな茶々丸にカギは、嘘をつくなと言うことを、少しおちゃらけた感じで言葉にするのだった。

 

 

「げっ、カギ」

 

「アーニャか……。はぁ~、わりぃが今はオメェの相手してる暇ねぇんだ」

 

「何よ! その言い草!」

 

 

 だが、アーニャは落下してきた物体をカギと理解すると、非常に嫌な顔をして一歩後ずさりをしていた。そんな態度のアーニャにカギは、ため息をつきながら、話している暇はないと悩んだ様子で話した。アーニャはそのカギの態度と物言いが気に入らなかったのか、突然怒り出して叫んだのだ。

 

 

「後でたっぷり相手してやっから、今はあっちが先客だ!」

 

「別に必要ないけど……」

 

「あっそう! んじゃ邪魔したなぁ! トワァッ!!」

 

 

 まあ文句を言うなり蔑むなりするのは自由だが、それは後で聞いてやると、カギはアーニャへ言い放った。アーニャはそんなカギに、別にそんな時間すらも不要だと切り捨てたのである。それならそれで問題ねぇや、もはやカギはそう思い、邪魔したことを詫びるとすぐさま空へと飛び上がっていった。そして、カギは再び茶々丸と戦闘に入り、今度はここに落下せぬよう、遠くへ移動して言ったのである。

 

 

「……あのエロカギ、あんなに強いなんて……」

 

「兄さんはハッキリ言って、僕よりも数段強いと思うよ」

 

「むぅ……」

 

 

 アーニャは茶々丸の攻撃を防ぎつつ遠くへ離れていくカギを見て、どうしてあんなに強くなっているのだと、ぽつりと嘆いた。それを聞いたネギは、カギの戦闘能力は自分なんかよりもずっと上だと、アーニャへ話したのである。アーニャそのネギの言葉に驚きはせずに、むしろ少しふて腐れた顔をしていた。

 

 何せカギの強さは今しがた自分の目で確認済みであり、否定することが出来なかったからだ。それでもやはり、あのカギが自分やネギより強いと言うことが、納得できないのもアーニャだ。正直言えばあのどうしようもなく馬鹿でスケベなカギに負けているということが、アーニャにとって悔しくて気に入らないのである。

 

 

「ネギ君ー! ちょっと聞きたいことがあるんだけどー」

 

「あ、はーい!」

 

 

 と、そんなところで、ネギはハルナに呼ばれていた。ハルナはネギにアーティファクトのもっとうまい使い方がないかと考え、それを質問するために呼んだようだ。ネギは手を振って叫ぶハルナに、大きな声で返事を返した。

 

 

「僕、ハルナさんに呼ばれたからちょっと行って来るね」

 

「しょうがないわねー、いってらっしゃい」

 

「それじゃあ後でね!」

 

 

 ネギはハルナに呼ばれたので、そちらの様子を見に行くことをアーニャへ伝えた。アーニャも呼ばれてしまったのなら仕方がないとそう思い、いってらっしゃいと少し不満そうな感じで言葉に出した。するとネギはまた後でと元気に述べて手を振ると、そのままハルナの方へと走っていった。

 

 

「何よ……、ネギのヤツ、なかなかの人気ぶりじゃない……」

 

「焼いてるん?」

 

「はぁ!? だっ、誰がそんな……」

 

 

 アーニャは走って去っていくネギを見ながら腕を組み、頼られてるんだと思いつつ少しやきもちを焼いていた。そこへ木乃香が腰を低く下げて、むくれたアーニャに話しかけ、モテモテのネギを見て焼いているのかと尋ねたのだ。しかし、やはりアーニャは素直ではないので、慌てながらにそんなことはないと、顔を真っ赤に染めつつも否定するのであった。

 

 

「まあ、私たちはちょっと休むけど、アーニャちゃんはどうする?」

 

「んー、もう少しここにいます」

 

「そ、じゃあ私たちは失礼するわね」

 

 

 アスナがそこで、自分たちは少し休憩するけどアーニャは一緒に来るかここに残るかどうするのかと、本人に聞いてみた。アーニャはその問いにスッっと、もう少しここに居ることにすると丁寧に答えた。ならば自分たちは先に休憩させてもらうとアスナは考え、ニコリと笑って失礼すると言葉にし、そのまま休憩所へ歩き出した。

 

 

「あまり変なところへ行かないようにしてくださいね……。修行場でもあるので危険な場所もあるので」

 

「わかりましたー」

 

「ほな、またなー」

 

 

 また、刹那はこの別荘が修行に適した環境に整えられた場所もあるので、危険な部分もあるとアーニャへ説明し、注意をした。何せこの別荘は雪山や砂漠、ジャングルなどの多彩な環境が用意されているのだ。そういう場所へ間違えて足を踏み入れてしまったら、危ないと刹那は思ったのだ。アーニャもその刹那の忠告をしっかり聞き入れ、笑みを浮かべて頷き理解したことを言葉にした。

 

 そして、刹那もそれを聞いて安心したのか、アスナの後を追うように歩き出した。さらにその後ろを追う形で木乃香が歩き出し、振り向き様にアーニャへまた後でと手を振って去っていったのだった。

 

 

「……なんでみんな、こんなにすごいのよ……」

 

 

 そして、一人になったアーニャは、周りの超人ぶりを思い返し、何でこんなにすごいのだろうかと独り言を言葉にしていた。明らかにただの中学生とは思えない強さに、修練によって培われた技術がそこにあった。魔法学校でさえもこんなことは教えられないと言うのに、何故ここの人たちはあれほどの強さを見につけたのかと、疑問に思ったのである。

 

 

「それは誰もが目標を持って、よき師の下で研鑽を積んでいるからです」

 

「ユエ? それとノドカ」

 

 

 そこへそっと現れ、アーニャの後ろから話しかけたのは夕映だった。また、その後ろにはのどかもおり、そっとアーニャへ手を振っていた。アーニャも話しかけられたことに気がつき、とっさに振り向き誰が話しかけてきたかを確認し、その名を口にした。

 

 

「どういうこと? お師様はもう帰っちゃったんでしょう?」

 

「はい。ですから師匠が今の師と呼ぶべき人に、私たちを託してくれたのです」

 

「そう……。ところでそのお師様の代わりって誰?」

 

 

 アーニャは夕映が言う”よき師”という言葉に大きな反応を見せた。夕映や自分の師匠であるギガントは、すでにこの地を去っていることをアーニャはネギから聞かされ知っていた。なので、一体誰がその夕映が言う”よき師”なのだろうかと疑問に感じたのである。

 

 それを夕映へとアーニャが尋ねれば、アーニャもしっかりそれを答えた。師匠であるギガントがこの地を去る際に、自分たちを今の師とも言えるであろうある人に、託してくれたのだと説明したのだ。その説明を聞いたアーニャは納得した様子を見せながらも、その今の師が誰なのだろうかと言う新たな疑問を再び夕映へと尋ねた。

 

 

「この城の主である、エヴァンジェリンさんという人です」

 

「え? え? エヴァンジェリン……?」

 

「ええ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルです」

 

 

 夕映はそれも当然のように答えた。何を隠そう、いや隠してないが、この(べっそう)の主でもある、エヴァンジェリンと言う人物が今の師であると、夕映は説明した。

 

 その名を聞いたアーニャは、聞き間違えたような様子を見せ、目を見開いて聞き返すようにエヴァンジェリンの名を言葉にした。そこで夕映はもう一度、フルネームでその名を呼んだ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、ギガントが自分を託したすばらしき師であると。

 

 

「魔法世界にて、治癒の魔法ならばこの治癒師以上のものはいないと謳われた、あの……?」

 

「そうです、”金の教授”、”純潔の治癒師”、”治癒魔法の母”、”童女の賢者”などの異名を持つ、あのエヴァンジェリンさんです。ご存知で?」

 

 

 アーニャはその名を聞いて、最初に思いついたのは名高き治癒師だ。ただ、治癒師としてならばこれ以上の治癒師は存在しない、そう噂されるほどの人物、そのエヴァンジェリンが、まさかこんなところに居るなどとは思わなかった。なので、本当にその人なのかと夕映へ恐る恐る尋ねれば、そうですと肯定する言葉が返ってきた。

 

 夕映はさらにエヴァンジェリンが持つ異名を並べていった。金髪から連想された金の教授。幼き姿から穢れを知らぬと思われ呼ばれた純潔の治癒師。

 

 治癒魔法の発展の貢献を称えられ付けられた治癒魔法の母。そして、治癒魔法以外にも数々の魔法を操る幼き少女としての名、童女の賢者。それ以外にも数多くの異名を持つがとりあえずはそれらを並べ、その名で呼ばれたエヴァンジェリンであることを夕映はアーニャへ話し、このエヴァンジェリンを知ってるのかと尋ねたのだ。

 

 

「とっ……」

 

「と?」

 

 

 するとアーニャはプルプルと体を震わせはじめ、と……、とだけ小さく述べはじめた。何が言いたいのかわからなかった夕映は、と、の意味することとは何かと、アーニャに聞いたのである。

 

 

「とっ! 当然知ってます! 治癒魔法を革命的に進展させた偉人でしょう!? なっ……、なっ……、何でそんな人がこんなところに!?」

 

「まあ……、そのあたりは色々と訳有りだそうです……」

 

 

 アーニャはその後、突如として大声でエヴァンジェリンのことを知っていると叫んだのだ。何せエヴァンジェリンはかなり有名な人物。魔法世界にて知らないものはいないとされるほど、その名を世に広めていた。魔法世界のことはあまりわからないアーニャも例外ではなく、あの治癒魔法を革命させた大魔法使いエヴァンジェリンを知らぬはずがないと大げさに声に出していた。

 

 しかし、アーニャはさらに疑問に思った。そんなすごい有名人が、この麻帆良にどうして居るのだろうということだ。ただ、夕映もその理由を知らなかった。エヴァンジェリンからは”ちょっとした用”程度にしか語られていないので、訳有なんだな、とは思っていたが、どんな理由でここにいるかまでは知らされてはいなかったのだ。

 

 

「……ふん、そう褒めるな。体がむずがゆくて仕方がない」

 

「あ、エヴァンジェリンさん」

 

「どうもー」

 

 

 と、そんな話をしているところへ、その本人が現れた。白い白衣を纏った幼い見た目の少女、エヴァンジェリンだ。何やら二人が恥ずかしい異名を並べられた上に、やたらに持ち上げるような言い方で自分を語っていたことに、エヴァンジェリンは気恥ずかしさから体が痒くなると言って、その恥ずかしさを紛らわすように不機嫌な態度を見せていた。

 

 夕映もエヴァンジェリンの登場には少し驚いたが、別に悪口を言っていた訳ではないので、特に気にする様子を見せはしなかった。また、のどかはエヴァンジェリンへ、やわらかな態度で挨拶していた。

 

 

「こっ、この人がエヴァンジェリン……様……?」

 

「”様”はやめてくれないか。”さん”で充分だ」

 

「あ、はい」

 

 

 しかし、突然目の前にあの有名なエヴァンジェリンが現れたのを見たアーニャは、口をパクパクさせて体をカチコチに固めドキドキしながら、様をつけてエヴァンジェリンの名を呼んだ。治癒師として名高く気高いエヴァンジェリンが目の前にいる、そう考えただけでアーニャは頭がふっとーしそうになっており、かなり緊張していたのだ。

 

 ただ、やはりエヴァンジェリンは”様”をつけられて呼ばれるのにも抵抗を感じていた。なので、アーニャにも静かに”さん”で呼んで欲しいと頼んでいた。アーニャはそうエヴァンジェリンに言われ、素直にはいと答えた。むしろ、それ以上何も言えなかったのである。

 

 

「あっ、あの……」

 

「ん?」

 

 

 だが、アーニャは少し慣れたのか緊張しつつもエヴァンジェリンへとぎこちない様子で話しかけた。一体なんだろうかとエヴァンジェリンは思い、頭にクエッションマークを浮かべ、アーニャが次に出す言葉を待っていた。

 

 

「そのっ、後でサインください!」

 

「はぁ……、わかった、後でやろう」

 

「あっ、ありがとうございますっ!」

 

 

 アーニャはそのっ、と言葉を溜めた後、声を大きくしてサインがほしいと言い出した。エヴァンジェリンはそれを聞いて、下を向いてやれやれと言う顔でため息を大きく付いた後、そのぐらいくれてやると困った様子で言葉にしていた。とりあえずサインをくれると約束してくれたことに、アーニャは感激しながら大きく頭を下げて感謝の言葉を述べたのだ。

 

 

「人気ですね……」

 

「まあな、昔から一定のファンもいるぐらいだからな……」

 

「ファンもいるのですか……」

 

 

 なんと初見のアーニャにさえサインをねだられているエヴァンジェリンを見ていた夕映は、人気者だと悟り目を細めてそれを言葉にしていた。そんな夕映にエヴァンジェリンもいつもどおりしれっとした態度で、昔からファンがいると話したのだ。まさかファンまでいるなどとは、夕映もそこまでは考えてなかったようで、ここでようやくエヴァンジェリンの人気ぶりを確認したようであった。

 

 

「……しかし、奴らの成長速度はおかしいな」

 

「彼女たちですか」

 

 

 そんなことは置いておくとして、エヴァンジェリンは話題を変えるように、この別荘で修行しているものたちの成長速度の速さを語りだした。夕映もそれを聞いて、アスナたちのことだとすぐに理解したようだ。

 

 

「確かにみんなすんごく強くなってますね」

 

「ですが、これもエヴァンジェリンさんのアドバイスのおかげでは?」

 

「ふん、あの程度であれほど成長するなら、奴らが才能の塊だった証拠だ」

 

 

 のどかも夕映と同じように思ったようで、誰もがかなり強くなっているのを遠くから見ても、実感出来ると言葉にしていた。しかし、それも全てはエヴァンジェリンの指導のおかげではないかと、夕映が率直な意見を述べたのだ。それでもエヴァンジェリンは、自分の指導だけであれほどまでに伸びるならば、それは才能があったからだと静かに語った。

 

 

「それに、貴様らも他人事ではないがな」

 

「そっ、そうですか……?」

 

「どうなんでしょう……」

 

「フッ、気がついていないのか。まあ、才能におぼれるよりはましだがな」

 

 

 だが、その才能の塊、いわゆる天才とやらは彼女らだけではなく、目の前にいる夕映とのどかも該当するとエヴァンジェリンは話した。のどかも夕映もそうエヴァンジェリンに言われ、どうなんだろうかと動揺しながら悩む様子を見せていた。エヴァンジェリンはそんな謙虚な態度の二人を見て、静かに笑いつつ気が付かないならそれでもよし、才能を自覚して天狗になるよりずっといいと口に出していた。

 

 そもこの二人も最初はただの一般人だった。それが数ヶ月で多種多様な魔法を使えるようになっているのならば、凡人とは言えぬであろう。確かにギガントの指導がよかったのかもしれないが、それでも短期間でここまで上達できているのなら、やはり才能がないなどと言うのはありえないと、エヴァンジェリンは考えていたのだ。

 

 

「サインなら後で渡そう、ゆっくりしていくがいい」

 

「はっ、はいっ!」

 

「では、また後でな」

 

 

 それはそれとして、エヴァンジェリンもずっとこうしている訳にはいかない。色々と修行している連中の様子を見てまわり、弱点や悪い部分を指摘してやらねばならないからだ。それだけではなく、あの千雨も必死で魔法を修行している。あの娘にも色々と教えたいエヴァンジェリンは、ここでずっと語らってはいられないのだ。

 

 だからエヴァンジェリンはもうここを去ろうと考え、アーニャへサインを後で渡すことを話しこの別荘でくつろいでいてくれと話した。アーニャもエヴァンジェリンがサインを約束してくれたことを嬉しく思い、明るい笑顔でとてもいい返事を返していた。そして、エヴァンジェリンもまた後でと言葉にし、ゆっくりと別の場所へと歩いていったのであった。

 

 

「あー緊張したー。まさかあれほどの有名人にこんなところで出会えるなんて……」

 

「話には聞いていましたが、そんなにすごい有名な方だったとは……」

 

「有名とは聞いてたけど、実感なかったしね……」

 

 

 いやはや、あの超が付くほどの有名人が目の前に現れるとは、アーニャはそう思いながら緊張したと言葉にしていた。それを聞いた夕映は、エヴァンジェリンがかなりの有名人だとはある程度本人から聞いてして知っていたが、自分の予想以上だったとはと話した。

 

 のどかも同じ気持ちだったようで、エヴァンジェリンが有名人だとは知っていたけど、自分たちは知らなかったし近くにいたせいかそれが実感出来なかったと述べた。

 

 

「そりゃ、魔法使いじゃ知らない人はほとんどいませんから」

 

「へぇー、そんなにすごい人だったんだ」

 

「確かに、治癒魔法を発展させたという偉業を考えれば当然ですね」

 

 

 アーニャはそんな二人に、エヴァンジェリンの有名さを語った。魔法使いでは知らない人はほとんどいないほどの有名ぶりだと。……とは言うものの、ネギはエヴァンジェリンに会うまで、そのことを知らなかっただが。

 

 のどかは力説するアーニャを見て、そこまですごい人だったとはと言葉にして感心していた。また、夕映は新たな治療の魔法を開発するなどして治癒魔法を発展させてきたのならば、そのぐらい有名でも納得がいくと、頷いていたのだった。

 

 

「しかし、流石はお師様ね。あんなすごい人とも知り合いだったなんて!」

 

「そういえば師匠は顔が広そうでしたね……」

 

「うん、学園長先生とも顔見知りみたいな感じだったよね」

 

 

 いやはや、そんな偉人を知人に持つ師匠は本当にすごい人だ、アーニャはそこを考えて笑いながらそれを口にしていた。そう言われれば確かにギガントの顔が広いのかもしれないと、夕映もそのアーニャの言葉に同意した。のどかもギガントが学園長と親しそうに話しているのを見ていたので、そのことを不思議そうに話していた。

 

 

「お師様ってもしかして有名な方だったりするのかなー……?」

 

「詳しく調べたことがないのでわかりませんが、可能性はあるかと」

 

 

 アーニャはもしやギガントは自分たちが知らないだけでかなりの有名人なのではないかと、ふと疑問に思ったようだ。夕映もそのことについては調べてなかったと話しながらも、否定は出来ないと頷いていた。

 

 

「にしても、うらやましい……。お師様だけでなく、あんなすごい人に教えてもらえて……」

 

「……アーニャちゃんもみんなのように強くなりたいの?」

 

 

 ただ、アーニャはそれ以上に、夕映やのどかなどの今の環境がとても羨ましいと思った。師匠であるギガントもすばらしい師であったし、それ以外にもあのエヴァンジェリンからも教えを受けられている。こんな誰もが羨むような状況に、アーニャは少し嫉妬したのだ。

 

 のどかはそんな暗い顔をするアーニャが、周りの人たちみたいに強くなりたいのだろうかと思ってそれを聞いてみた。先ほどからアーニャは、みんなの強さを気にしている様子だった。もしかしたら魔法使いとして強くなりたいのかも、そうのどかは考えたのだ。

 

 

「そうじゃないけど……、とにかくネギに抜かされるのが嫌なんです……」

 

「アーニャちゃんはネギ先生より年上でしたね。だからそう思ってしまうんでしょうか」

 

 

 だが、アーニャは決して強くなりたいという訳ではなかった。それでもネギに抜かされるのだけは、どうにも我慢できないとアーニャは小さく言葉にしていた。夕映はアーニャがネギよりも一つ年上だということをふと思い出した。だから夕映は、アーニャは自分よりも年下のネギに追い越されるのが嫌なのだろうと、そう察してそれを話したのである。

 

 

「まあね……。でもそれだけじゃない……、私もお師様みたいにすごい魔法使いになって、困ってる人たちを助けたいもの」

 

「その気持ちはわかるかな……。師匠さんの口癖みたいなものだったしね」

 

「そうだけど、そうじゃなくて……。むーっ! とにかくお師様ぐらいすごい魔法使いになりたいんです!」

 

 

 アーニャは、年上だからこそネギに抜かされたくないと言う夕映の言葉を否定はせず、そうかもしらないと言う感じで返した。しかし、アーニャが二人を羨む理由は他にもあった。アーニャはギガントの弟子として、色んな治癒魔法を教えてもらった。

 

 ならばもっともっと魔法の修行をして、多くの人を助けられるようになりたい、そう思うようになっていた。それゆえアーニャは、もっと魔法の修行をして、いつかはギガントのような多くの困った人を救う魔法使いになりたいと夢見ていたのだ。

 

 そんなアーニャの目標に、のどかもわかるところもあると話した。何せ人の為に役に立つような魔法使いになりなさいと、ギガントから夕映やのどかもよく言われていたことだ。むしろ口癖と呼べるほどに、ギガントは魔法使いとしての正しき姿を二人に話していたのである。

 

 ただ、アーニャはそれもあるけどそれ以外にも理由があるという様子で、どうそれを口にしていいか悩んだ様子を見せていた。アーニャはギガントに両親や村の人たちを石化から助けてもらったことに、とても感謝していた。ギガントはアーニャやネギの努力あってのことだと思っているが、ネギもアーニャもギガントのおかげだと思っているのだ。それでアーニャは、ギガントがよく言葉にしていたからと言うだけで、それを目指した訳ではないと思ったのである。

 

 

「……アーニャちゃんは随分師匠に入れ込んでいるようですが、何か理由があるのですか?」

 

「そ、それは……」

 

 

 そこで夕映はアーニャがギガントをかなり尊敬していることに気がついた。いや、夕映も当然ギガントのことを尊敬している。魔法使いになることを条件付で許してくれたし、学園長と交渉して魔法の修行の許可を取ってくれた。その後の面倒もしっかり見てくれた。それだけでも十分尊敬できると夕映は思っていたのだ。

 

 だが、アーニャの場合は自分たちよりもギガントを尊敬し入れ込んでいるように、夕映は思えた。と言うことは、自分たちよりももっと深い事情があって、それでそうなったのではないだろうかと考えたのだ。だから夕映はその部分についてアーニャに尋ねれば、アーニャは口ごもって話すか話すまいか悩んだ様子を見せたのである。

 

 

「……んー、ちょっと長い話になるけど、聞いてくれます?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「うん」

 

 

 アーニャは悩んだ末に自分がギガントに憧れるその理由について、語ろうと思った。しかし、それを話すには、まず話しておかなければならないことがあった。それは過去の事件の話だ。その話はそこそこ長くなってしまうと思ったので、アーニャは話すかどうか悩んだのだ。

 

 そしてアーニャは少し話が長くなってしまうけどと前置きをして、それでも聞いてくれるかどうかを、二人に尋ねた。夕映やのどかは当然問題ないと言葉にし、むしろ聞いてみたいという表情でアーニャがそのことについて話すのを待っていた。

 

 

「じゃあ……。もう6年前のことになるんだけど……」

 

 

 ならば、話しても大丈夫だろう。アーニャはそんな二人の表情を見た後、そっと目を瞑りながら昔を思い返すように、6年前に起こった事件について話し始めた。6年前の冬の日に、自分の故郷が悪魔の集団に襲われたこと。自分は魔法学校に居たおかげで難を逃れたこと。その事件で自分の両親や村の人たちが悪魔の永久石化を受けてしまったこと。

 

 その後ギガントとネギの修行場に勘違いして突入したこと。そこからギガントの弟子となり、ネギとともに魔法を習ったこと。さらにギガントやネギと協力して自分の両親や村の人たちにかかった永久石化を解く研究を始めたこと。そして、永久石化の解除に成功し、再び両親に会えたこと。色々あって一言だけでは済ましきれないので、アーニャは要点のみを夕映とのどかに話したのだ。

 

 そのことを話すアーニャは表情をコロコロ変えており、悲しいことがあれば悲しい表情を、うれしいことがあったら喜んだ表情を見せた。二人もそんなアーニャを、表情豊かで可愛い子だと思い微笑ましく思う反面、そのような暗い事件があったことにショックを受けていたのだった。

 

 

「……そんなことが……」

 

「大変だったんだね……」

 

「まあね、でももう終わったことですから」

 

 

 なんという痛ましい事件だろうか。自分たちが知らない場所で、そんな悲惨なことが起こっていたなんて。夕映ものどかもその時のアーニャの心境を考え、大変沈痛な表情をして目の前の少女を見ていた。

 

 ただ、アーニャ自身はもう終わった事件だと思っており、今の話で暗い顔をする二人へ笑顔を向けて、むしろ気にしないでほしいと二人を励ますのだった。確かにアーニャも事件当時はとても辛かったが、持ち前の明るさと心の強さで乗り越えてきた。何があっても決して弱音を吐かず、その事件と向き合ってきた。

 

 それに、()()にはギガントもいた。彼はアーニャがネギの友人という理由だけで、魔法を教えた訳ではなかった。少しでも気を紛らわせられる場所を、安心できる場所をアーニャに与えたかったのだ。

 

 そして、魔法学校を卒業する前、ギガントやネギとともに村人たちの石化の解除を成功させた。流石のアーニャも両親と再会した時はそれまでずっと我慢してきたことで、その感情が爆発し大いに涙したものだ。だが、そのおかげで今はかなりスッキリしており、その事件のことは忘れないと思いながらも、心は穏やかになっていたのである。

 

 

「ネギ先生もその事件に?」

 

「むしろ私よりもネギの方が大変だったと思いますけど……」

 

 

 そこでのどかはアーニャと幼馴染であるネギも、同じ事件に巻き込まれたのではないかと思った。それをアーニャに尋ねれば、アーニャはネギの方が自分よりも大変だったのではないかと話した。

 

 アーニャは魔法学校に通っていたので村にいなかったので難を逃れたが、ネギは違う。ネギは村でその悪魔の集団に襲われたのだ。きっと自分なんかよりも恐ろしくて大変な目にあったんだと思うと、アーニャは苦悶の表情でそれを話した。

 

 

「ネギ先生にもそんな壮絶な過去があったなんて……」

 

「まったく知りませんでした……」

 

「ネギももう済んだ事だと思ってるみたいだし、特に話す気もなかったんじゃないでしょうか?」

 

 

 ネギもそんなヒドイ事件に巻き込まれていたとは。夕映ものどかも驚きながらも、自分たちの無知を恥じていた。そんなことがあったというのに、ネギはいつも明るい表情だった。少しぐらい悩んでいてもおかしくはないはずだと、二人は深刻に考えたのである。

 

 しかし、アーニャはその二人に、ネギもそこまで気にしていないと思っていると話した。ネギとてあの時は必死だったし何かを恐れている感じもなくはなかったと、今を思えばあるんじゃないかとアーニャは思った。

 

 それでもギガントやネカネやスタンが支えてくれたし、何より石化した人たちを助けることが出来たのだ。きっとネギも自分と同じように事件はもう過去のものと考え、話す必要もないことだと思ったのだろうとアーニャは言葉にしたのである。

 

 

「なら、カギ先生も?」

 

「さあ? アイツは平気そうな顔してたから知らないけど?」

 

「そっ、そうなんですか……」

 

 

 だが、それならばネギの兄であるカギも、その事件に巻き込まれたんじゃないだろうか。夕映はふとそれを考え、カギのこともアーニャに尋ねて見た。アーニャはカギのことは嫌いだ。それを差し引いても、カギがどう悩んでいるかなどまったくわからなかった。

 

 と言うのも今は少し違うのだが、あの頃のカギは基本的に、あの事件を”原作内のイベントの一つ”としか見ていなかった。生き残れれば問題ないとさえ考えていたカギは、さほどその事件のことで感傷に浸ったり感情的になったりなどしなかったのだ。

 

 そう言うこともあり、アーニャはいまいちカギが何を考えているのかわからなかった。あんなことがあったと言うのに、あのカギは平然とした顔をしている。それだけではなく、スケベな視線を撒き散らし、嘗め回すようにこっちを見てくる。アーニャがカギを嫌う理由はそこにもあったのである。

 

 

 夕映も今の話を聞いて、呆れるばかりであった。確かにカギはノー天気ではあるが、そこまで頭がお花畑だったのかと思ったのである。

 

 いや、そんなはずはないだろう。あんな事件があったのに、何も考えないはずがない。あんなノー天気そうな顔からは想像つかないほど、何か暗いものを感じているかもしれないと考えた。

 

 あのカギとてそんな事件に巻き込まれれば、何か思うところぐらいあるはずだと。しかし、そこでカギのマヌケな笑いを思い出し、はたして本当にそうなのだろうかと夕映は悩むのだった。

 

 

「そういえば師匠さんも、カギ先生とは面識がさほどない感じだったけど……」

 

「カギ先生は師匠と接点があまりなかったようでしたね」

 

「だってアイツ、私やネギがお師様の下で修行してるの知らなかったんですもの」

 

 

 そこでのどかはギガントとカギにさほど接点がないことを思い出した。あのギガントは学園長との話の時、カギとはあまり面識がないようなことを話していた。そのことを思い出したのどかは、その疑問を言葉にしたのだ。

 

 夕映ものどかの話を聞いて、どうしてなんだろうかと思った。ネギやアーニャはギガントの弟子となったのに、カギだけ省かれているような感じだったからだ。あのギガントがカギだけを仲間はずれにするような人物ではないと思った夕映は、何かあったのだろうかと思ったのだ。

 

 その疑問にアーニャはため息を付いて話し始めた。むしろカギは自分やネギが、ギガントの弟子となったことさえ知らなかったと、呆れた顔で説明を始めたのだ。

 

 

「教えてあげなかったんですか?」

 

「アイツのことあんまり好きじゃないから、私から教えようなんて思ったことなかったもので……」

 

 

 夕映は知らなかったのなら何で教えてあげなかったのかと、責めるような言い方ではなく、単純に疑問に思った感じで聞いてみた。その夕映の質問に、アーニャは正直に答えた。ぶっちゃけカギが嫌いだったから教えてあげようなんて思わなかったと。

 

 

「それに、ネギのお姉さんや知り合いのおじいさんが、ネギとアイツのことを面倒見てくれるようお師様に頼んだらしいけど、アイツ自身が断ったみたいだったし」

 

「そっ、そうだったんですか……」

 

 

 だが、別に教える必要もなかったと、アーニャは語った。何せネカネやスタンがネギをギガントに任せる際に、カギも面倒見てくれるように頼んでいたのだ。しかし、カギはその申し出を断った。理由は簡単、特典が手に入れば無敵になれるからだ。

 

 ただ、そんな理由を知らないアーニャは、どうして断ったのかわからなかった。まあ、別にその方が都合が言いとさえ思ったアーニャは、そのことを深く考えたことすらなかったが。そして、夕映もなんでそこで断ったのだろうかと、先ほどと同じように呆れた声を出していた。

 

 

「そういえばお二人は私の妹弟子でしたよね!」

 

「そうだね」

 

「そうなりますね」

 

 

 そんな湿った話はもう終わりにしよう、そう思ったアーニャはパッと明るい表情をして話を切り替えた。その話は夕映とのどかがアーニャよりも後から入った弟子と言うことだ。

 

 ネギよりも後に入ったアーニャは、ギガントの弟子の中で一番新参者だった。そこへ新しく夕映とのどかが弟子入りしたことで、アーニャは自分も姉弟子となれたことに喜びを感じていたのだ。

 

 そう尋ねられたのどかも夕映も、間違ってはいないと言葉にした。むしろ、言われてみればそうである、と考えるぐらいにはアーニャを姉弟子と認めていた。

 

 

「だったら友達になりましょう!」

 

「友達ですか?」

 

「そう! 同じ師を持つもの同士、友情を深めようと思って!」

 

 

 ただ、アーニャはそれを鼻にかけ、偉そうにしようと思った訳ではない。アーニャはネギが兄弟子となった時、自分の方が年上だと言うことを忘れないよう強く注意した。そして、目の前の妹弟子二人は自分よりも年上のお姉さん。そのことを考えれば、そんなことなど出来るはずがなかったのだ。

 

 アーニャは単純に弟子同士、仲良くなりたかった。弟子と言うつながりでしかないが、異国の友人として夕映とのどかと接したかったのである。

 

 

「それはいいけど……」

 

「どうしましょうか……」

 

「べっ、別に嫌なら無理にとは言わないけど……」

 

 

 夕映とのどかは、アーニャに友達になろうと言われ、少し困惑した様子を見えていた。どうしようか、そう悩む二人を見たアーニャは、もしかしてあつかましすぎたと思い、ちょっとシュンとした様子を見せたのだ。

 

 

「そうじゃないです。アーニャちゃんと友達になるというのはむしろ嬉しいです」

 

「でも、友達になるなら、言っておかないとならないことがあって……」

 

「……何を……?」

 

 

 別に夕映ものどかも、アーニャと友達になるのが嫌な訳ではなかった。むしろそう言ってくれて嬉しいとさえ思っていた。ただ、それならば正直に話しておかなければならないことがあると、二人は思っていた。このままこのことを隠してアーニャと友達になるには、後ろめたさがあったからだ。

 

 それを素直に話すことを決意した夕映とのどかは、そのことをアーニャへと告げようとした。アーニャは一体二人は何を話したいのだろうかと、不思議そうな表情でそれを待っていた。

 

 

「私、ネギ先生と仮契約を……」

 

「私はカギ先生とですけど……」

 

「え……?」

 

 

 すると夕映とのどかは懐から一枚のカードを取り出した。そして、それをアーニャによく見えるように持つと、二人はそれぞれネギとカギと仮契約をしたことをカミングアウトしたのである。アーニャは突然のことで一体何を言っているのかわからず、口をあけたまま一瞬固まってしまっていた。

 

 

「どっ、どういうこと!?」

 

「わっ、私の方はちょっとした手違いみたいな感じで……」

 

「そんなことはいいの!」

 

 

 しかし、アーニャのフリーズした脳が再び動き出した後、今度は焦りと興奮で大声を出し始めた。一体どういうことなのだろうか、いつの間にあのネギとカギがこの二人と仮契約をしたのだろうかと。

 

 そんな興奮するアーニャに、のどかは事故みたいなもので仮契約してしまたっと、少しいい訳っぽく言葉にした。のどかは魔法を知らない時に、ネギに不意打ちする形で仮契約をしてしまった。この仮契約はある意味不正なものであり、心から喜んでいいものではないと、のどかも常々思っているところがあったからだ。

 

 だが、そんな理由など関係ないと、乱暴に切り捨てるアーニャ。どんな理由があったにせよ、仮契約は仮契約。既にそれが完了しているなら、言い訳なんて意味などないと思ったのだ。

 

 

「むしろなんでアイツなんかと!?」

 

「そこも色々ありますが……」

 

「ううー! アイツにだけは絶対に負けたくなかったのにー!」

 

 

 それでもアーニャはネギはまだいいと思った。本当はとても悔しくて許せないが、ネギなら仕方がないとも考えた。顔も性格もよく気配りの達人で、少しデリカシーのないところもあるが基本的にお人よしのネギなら、モテるしありえなくはないと思ったからだ。

 

 それでもカギだけは理解できなかった。いや、理解を拒んだと言った方が正しかった。ハッキリ言えばありえないの一言だ。あのカギが仮契約をしているなど、たとえ神が許しても自分が許さないと言うほど、アーニャはそれがショックだったのだ。

 

 

 ……”原作”ではネギが7人もの生徒と仮契約を交わしていたことにショックを受け、立ち去ろうとするほどの怒りを露にしていた。ただ、それ以外にも故郷の村人が石化したままということで、ネギがそれを忘れてヘラヘラしていると思ったからと言うのもあったようだ。

 

 しかし、()()では石化は解かれ、アーニャの心に余裕があった。それにネギがまだのどか一人しかパートナーにしてなかったので、逃げ出すほどではなかったのである。それを差し引いても、カギが仮契約していることにはとても悔しく感じ、ご立腹な状態なのだが。

 

 

 夕映もそのあたりには複雑な心情があるのだが、そこはあえて言うまいとした。どの道今のアーニャには、どんな言葉も意味がないと思ったからだ。それに、この仮契約は自分のエゴでもあったし、いい訳なんて意味がないと考えたからだ。

 

 また、実際カギはもう一人、ハルナとも仮契約をしている。が、それもはっきり言えば夕映と同じように、アーティファクトが欲しくて行ったことであり、特にカギに何かを感じている訳でもない。

 

 ただ、夕映はそのことをあえて言わなかった。本当ならば言っておかないとならないと考えた夕映であったが、カギにもう一人パートナーが居るなどと話せば、さらにややこしくなると思ったからだ。

 

 するとアーニャはかなり悔しそうな顔で、カギだけには負けたくなかったと叫びだした。ネギなら自分より先に仮契約するかも、とは思っていたが、カギに先を越されるなどと思っても見なかったからだ。しかも、あんなヤツに先を越され負けたと言うのが、たまらなく悔しかったのである。

 

 

「落ち着いてください、アーニャちゃん!」

 

「こっ、これで落ち着ける訳ないじゃない!!」

 

「そんなにカギ先生が仮契約したことが許せないの……?」

 

 

 怒りと興奮で暴れだしかねないアーニャを見た夕映は、落ち着いてほしいと言葉をかけた。だが、やはりアーニャとしては千の雷に直撃したに等しい衝撃だったので、落ち着けるはずがなかった。完全に怒りに支配されたアーニャは、もはや夕映たちに丁寧語を使う余裕も中区なってしまったのだ。そんな様子を見ていたのどかは、それほどまでにカギの仮契約を認めたくないのだろうかと、アーニャへ刺激せぬよう静かに尋ねて見た。

 

 

「だってあのカギよ!? きっとユエはアイツに騙されてるんだわ!」

 

「カギ先生は本当にアーニャちゃんに嫌われてるんですね……」

 

 

 そして、今度は夕映がカギに騙されて仮契約したのだと思ったアーニャ。あのカギならば平気でそう言うことをすると、夕映を説得するような感じで話し出したのだ。

 

 しかし、仮契約自体は夕映から申し出たもので、カギから言い出した訳ではない。なので、騙されることなどはあり得ないと思った。それと、カギがこれほどアーニャから嫌われていることを、夕映はここで身をもって知ったのである。

 

 

「アーニャちゃん。昔のカギ先生はどんな人だったかは知りませんが、今のカギ先生はそこまで言うほど悪い人じゃないですよ」

 

「嘘よ! 騙されてるんだって! アイツはそう言うヤツなの!」

 

 

 ならば、少しカギのことを話そうと夕映は思った。夕映は昔はダメなヤツだったのかもしれないが、今は悪い人ではなくなったとアーニャへ言葉を投げかけたのだ。それでもアーニャは夕映の言葉を信用せず、嘘だときっぱり切り捨てた。やはり夕映はカギに騙されてしまっている、そうアーニャは思い込んでしまっていたのだ。

 

 

「……私は騙されてませんよ。最初は私もカギ先生にはあまりいい印象を持ってませんでしたから……」

 

「じゃあ、どうして……!」

 

 

 騙されてると騒ぐアーニャに、夕映は騙されてなどいないと話した。夕映とて最初のカギにはいい印象を持てなかったからだ。それに、カギは結構マヌケで人を騙せるほど頭がよさそうでもなかったからだ。

 

 なら、何故カギと仮契約をしたんだろうか、アーニャはその疑問を吐き出した。いい印象がなかった相手と仮契約するなんて、普通に考えればありえないことだからである。

 

 

「カギ先生は少し変わったです。ほんの些細な変化かもしれませんが、今は昔のカギ先生ではないと思うのですよ」

 

「……どうだか……」

 

 

 カギは変わった、夕映は素直にそう感じていた。昔とは雰囲気がどことなく違う。わかりづらい些細な変化かもしれないが、確実にカギは変わったと、夕映は思っていた。だが、そう夕映に言われても、アーニャは強情にもそのことを認めようとしない。腕を組んでそんなはずはないと、不機嫌そうな声を出すだけだった。

 

 

「最近見たカギ先生はどうでした?」

 

「昔と同じダメダメでスケベ顔だったわよ!」

 

 

 夕映はそこでアーニャへ、今のカギの様子はどうだったかを聞いて見た。しかし、アーニャは強情で、昔と同じくどうしようもなく馬鹿で変態だと叫ぶだけだった。

 

 

「……カギ先生は確かに今もスケベかもしれませんが、今は少し引っ込んだと思うのですよ」

 

「そうだね。昔のカギ先生はなんと言うか……、ちょっとダメな感じだったかな……」

 

「お二人がそう言うのならやっぱり相当どうしようもなかったのね……」

 

 

 夕映もアーニャのその言葉を聞き、確かに今のカギも十分スケベなのだろうけど、今はそれも随分隠れたと話した。のどかも同じ意見だったようで、最初に会った時のカギは、何かちょっと近寄りがたい雰囲気だったと言っていた。この二人にそこまでダメだしされるんだから、昔のカギはやはりダメダメだったんだろうと、改めて感じるアーニャだった。

 

 

「それでも、カギ先生は少し成長しましたから」

 

「今は全然話しかけやすくなったよね」

 

「ふーん……」

 

 

 しかし、そのカギは今はいない。カギはしっかりと成長をとげ、ある程度まともになったのだ。夕映がそう言葉にすると、のどかも話しかけやすくなったとカギを褒めた。そんな二人の話をアーニャは、そうなんだ、と言うそっけない感じで聞いていた。この二人がそういうのであれば、まあそうなのかもしれない、と思ったのである。

 

 

「アーニャちゃんは少しカギ先生と話してみるといいと思いますよ」

 

「えっ……。で、でも……」

 

 

 夕映はそこでアーニャへ、カギと話してみればよいと提案した。アーニャも今のカギと話してみれば、もしかすればある程度仲良くなれるかもしれないと思ったからだ。それでもアーニャは未だにカギのことが好きではないので、悩む様子を見せたのだ。

 

 

「昔のカギ先生の行動で嫌いになったというのは予想出来ます。ですが、カギ先生もそのことで悩んでました」

 

「ほ、本当……?」

 

「はい、ですから少しだけでも話してあげてほしいです」

 

 

 夕映も昔のカギがどんなものなのか、ある程度想像できた。なので、それで嫌いになったのなら仕方のないことだとも思った。しかし、カギは昔のことを悔やみ悩んでいた。そんな今のカギならば、アーニャとも仲良くやっていけるかもしれないと夕映は考えたのだ。アーニャはそれが本当なのか疑心暗鬼だった。だから一度夕映にそれを聞けば、夕映は間違いないと自信を持って答えたのである。

 

 

「まっ、まあ、妹弟子の頼みじゃ仕方ないかしら?」

 

「お願いするです」

 

 

 そこまで夕映にお願いされては、姉弟子として聞くしかない。アーニャはそこでちょっと生意気な態度と口調で、カギと話をしてみることにしたと言ったのだ。夕映はアーニャが頼みを聞いてくれたことを嬉しく思い、微笑んで再びお願いしますと言葉にした。

 

 

「うっ……、わっ、わかりました! 少しだけだからね!」

 

「それでいいです。少しでもカギ先生と話してくれればそれで」

 

「そう……? ……じゃあほんーの少しだけど、アイツと話してみる……」

 

 

 夕映に笑顔でお願いしますなど言われてしまうと、アーニャはもはや断ることなど出来ないと思った。なので、照れくさそうにしながらも、少しだけと釘を打ったのだ。

 

 夕映も少しで構わないからカギと会話してほしい思った。カギとアーニャが会話することに意味があると思っていた夕映は、ほんの少しでもいいから言葉を交わす時間が出来ればいいと考えてたのだ。

 

 アーニャも少しだけでいいと言われ、それなら何とかできるかもしれないと思い、カギと一度話してみようと決意した。本当はあまり気が進まないが、ここまで言われてしまったら後には引けないとも思ったからだ。

 

 

「ありがとうです。アーニャちゃん」

 

「別にユエがお礼する必要ないでしょう? 元は全部アイツのせいなんだし」

 

「まあ、そうですね」

 

 

 アーニャが素直にカギと話すと言葉にしたのを見た夕映は、ありがとうと感謝の言葉をかけた。カギが嫌いなアーニャにカギと無理やり話させるのは、自分のわがままみたいなものだったからだ。

 

 しかし、アーニャは夕映が謝る必要はないと笑みを見せて話した。すべての元凶はカギであり、カギがアレだったから自分が嫌いになっただけだと、アーニャは思っていたからだ。夕映もアーニャにそう言われ、確かにそうかもと微笑んで言葉にしていた。

 

 

「とりあえず、アイツんところに行って来る!」

 

「よろしくです」

 

 

 ならば善は急げ、有言実行だ。アーニャは夕映と約束したカギと話すということを、すぐにやろうと思った。後に伸ばせば決意が鈍るし、話す機会もなくなってしまうかもしれないと思ったからだ。だからアーニャはカギを探しに行くと言うと、すぐさま走り出した。そんなアーニャの背中を見ながら、夕映は一言よろしくと述べるのだった。

 

 

「……ゆえ、結構カギ先生のこと気にかけてる?」

 

「少しでも二人の仲が修復できれば、と思っただけです」

 

「確かにいがみ合ってるのを見るのはあんまりいい気分じゃないしね……」

 

 

 そこでのどかが夕映へ、疑問に感じたことを聞いた。何故夕映がここまでするのだろうか、夕映はカギのことを気にかけているだろうかと、疑問に思ったからだ。

 

 夕映はその質問に、カギとアーニャの関係が良くなればいいと思ってやったと話した。あの二人はこのままではずっと喧嘩しかしないだろう、それではあまりに悲しいと思ったと、率直な意見を述べたのだ。

 

 のどかも夕映のその答えに、自分もそう思うと言葉にした。喧嘩するほど仲がよいならいいが、ただいがみ合っているのを見るのは、自分も辛いと思ったのである。

 

 

「……後はカギ先生が自分で頑張る番ですよ……」

 

 

 ただ、夕映はそれだけの理由でアーニャとカギの仲を取り持とうと思った訳ではない。あの馬鹿だけど調子がいいカギが、初めて本気で悩んでいるところを見せたからだ。アレだけ落ち込むほどに、カギはアーニャに嫌われていることを悩んでいたのだ。だから夕映は、少しでもカギとアーニャの仲が良くなればいいと思い、少しだけ手を貸したのである。

 

 いや、それだけではない。夕映はカギを教師としてだけでなく、友人としても見ている。仮契約の時に友人になると言葉にし、今はカギを友人だと思っている。だから、友人であるカギに力を貸してあげるのは普通のことだと、夕映は考え行動したのである。

 

 そして夕映はアーニャを何とか説得し、そのチャンスを作った。後はカギの努力しだいだ。それだけは自分でもどうしようもないと、そのチャンスをカギが生かしてくれることを、夕映は祈るだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 別荘の建物の内部にある廊下を歩く一人の少年。それは修行の合間に与えられた休憩中のカギだ。カギは先ほどの茶々丸との戦いを思い返しながら、ふらふらとその廊下を歩いていたのである。

 

 

「なんだかんだ言ってやっぱ茶々丸のヤツ、強くなってるぜきっとよー……」

 

 

 あの戦いで茶々丸が前よりも強くなっているとカギは思った。確かにエヴァンジェリンの魔法により強化されていたが、それはいつものことだ。それを差し引いても、明らかに出力などの向上があるとカギは考えていた。と、そう腕を組んで考えながら歩くカギの前に、一人の少女が立ちふさがった。

 

 

「カギ……」

 

 

 その少女はアーニャだった。アーニャは夕映との約束を果たすため、カギに話しかけに来た。そして、カギを見つけたアーニャはそのまま話しかけようと、その目の前にいる少年の名を呼んだのだ。

 

 

「あぁ? なんだアーニャか」

 

「何だとは何よ!」

 

「いきなりなんだよ!? 俺なんかやった!?」

 

「そ、そうじゃないけど……」

 

 

 ふと考え事の最中に名を呼ばれ、その声の主を見ればアーニャではないか。カギは少し驚いたが、名を呼んだのが目の前のアーニャだったことに気がつき、なんだろうかと思ってそれを声に出した。

 

 しかし、アーニャはカギに”なんだ”と言われたことが気に入らなかったので、何だとは何だと、ついムキになって叫んでしまったのだ。

 

 突然叫びだすアーニャに流石のカギも困惑した。もしかしてまた何かしでかしてしまったのだろうか、カギはそう思ったのでそれをアーニャへ驚きつつ聞いたのだ。だが、今のはあの程度で怒った自分が悪かった。アーニャはそう考え、カギが何かした訳ではないと、小さな声で言葉にしていた。

 

 

「んじゃなんだ? お前から話しかけてくるとか珍しいじゃねぇか」

 

「別にいいでしょ!?」

 

 

 ならばアーニャは何がしたいんだろうか。さらにアーニャの方から自分に話しかけてくるなんて珍しいこともあったもんだ。カギはそう考えて、それを淡々と述べた。それでもアーニャはその程度のカギの言葉にも過剰に反応し、ついつい興奮気味に言葉にしてしまうのだった。

 

 

「で、なんだ? 俺なんかやった?」

 

「ちっ、違うわよ……」

 

 

 何か言うごとに怒った様子で大声を出すアーニャに、カギは一体どうしたのだと本気で思った。もしや知らずにまたしても、アーニャに変なことをしてしまったのかと思った。それをアーニャに尋ねれば、またしてもクールダウンした様子で、違うと小さく言葉にするだけだ。

 

 それではいけない、アーニャはそう思い、先ほど夕映に言われたことを思い出し、カギと話そうと再び声をかけた。

 

 

「……その、ユエがアンタと話せって言うからしょーがなく話しかけてるの!」

 

「……ゆえが……」

 

 

 そこでアーニャはどうしてカギに話しかけているのか、その理由を話し出した。カギと少しでもいいから会話をすることを、夕映と約束したからだと。アーニャはここでカギと何を話せばいいかわからなかった、だからまずは、そう言った経緯があったことをカギに話したのだ。

 

 また、アーニャの物言いはやはり乱暴気味だったが、カギは夕映がそうさせたことを理解し、どうするか悩んでいた。

 

 

「……そうだな……、……ならここでお前に謝っておこう」

 

 

 夕映は自分なんかのために、アーニャと話す機会を作ってくれた。アーニャに嫌われた自分が、少しでもアーニャから許してもらえる、またとないチャンスだとカギは思ったのだ。だから、この場でハッキリアーニャに言っておきたいことを、ここで言おうとカギは考え行動に出た。

 

 

「……昔の所業の数々、悪かったな……」

 

「なっ、何よ急に!?」

 

 

 カギはなんと、アーニャに向かって頭を下げ、今までの自分の行いを謝罪したのだ。昔の自分は本当にどうしようもないヤツで、アーニャに嫌われても仕方がない。そう反省したカギは、まずやらなければならないと思ったことこそ、迷惑をかけてしまったアーニャへ謝ることだった。

 

 突然ビシッと礼儀正しく頭を下げ謝るカギに、アーニャはかなり驚いた。少しでも会話しようと話しかけただけなはずだったのに、いきなり謝られるなんて予想していなかったのだ。

 

 

「んや、お前さ、俺のこと気持ち悪いと思ってんだろ?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「昔の俺を考えりゃ、確かにきめーわな」

 

 

 カギは謝罪の理由を静かに話した。昔の自分の行動のせいで、アーニャに不快な目にあわせてしまっていたと。アーニャもカギにそれを言われたら、間違ってはいないと答えた。

 

 いやはや、そのとおりだ。カギは昔の自分を今思い返しても、自分でさえ気持ち悪いヤツだと思っていた。そんなヤツが好かれるはずがないし、嫌われたって当たり前だったとカギは苦笑交じりで、アーニャへ言葉にしたのである。

 

 

「だから、気分悪くさせたことについて、ここで謝るよ。本当にすまなかったな……」

 

「カギ……」

 

 

 そうだ、だから謝らせて欲しい。別に許して欲しい訳ではない。それでも謝らずにはいられない。カギは再び頭を下げ、アーニャに向かって謝った。アーニャもそんな真摯に謝るカギを見て、少しズキリと胸に痛みを感じた。まさか、カギがこれほどまでに昔の行いを恥じて反省していたなんて、アーニャも思ってなかったのだ。

 

 

「ううん、私こそ、アンタ……、カギに対してきつく当たりすぎたわ……。ごめん……」

 

「別にお前が謝る必要ねぇだろ? なんたって全部俺の自業自得なんだからよ?」

 

「でも……」

 

 

 アーニャもそこでカギに対して謝った。確かにカギが言うとおり、昔からカギを気持ち悪いと思っていた。だから、邪険な態度で接することしかしなかった。だが、目の前のカギはそれをしっかり謝ってきた。ならば、自分もその部分は反省し謝らなければならないと、アーニャも自分のカギに対する行いを悔い改めて頭を下げたのだ。

 

 だが、カギはそんな謝るアーニャへと、苦笑しながら必要ないと断じた。何せ全ての原因は自分自身であり、そうなったのは当然の報いだとカギは思っていたからだ。

 

 そう話すカギを見ても、やはり自分の行動はよくなかったと思うアーニャ。この前もカギにひどいことをしたし、ずっとそうして来たことに、アーニャは罪悪感を感じていたのである。

 

 

「気にするなって言ってるだろ? 全部俺が悪いんであって、お前は悪くないんだからよ」

 

「そっ、そうね! 全部カギが悪いんですものね!」

 

「そういうこった」

 

 

 元気のないアーニャを見たカギは、全部自分が悪いのであってアーニャは何も悪くないと、励ますように述べた。アーニャもそのカギの言葉に、確かにそうだと思ってカギが悪いと言い放った。カギもそれでいいと思い、その意見を肯定していた。

 

 とは言え、アーニャも全部カギが悪いとは思ってなかった。確かに原因は全部カギであり、カギが悪い。それでもアーニャは、自分の態度もあまりよくなかったと、心の中では反省していたのである。

 

 

「……何か変な感じね」

 

「何が?」

 

「アレだけ嫌いだったアンタと、こうして怒らないで話せるんですもの」

 

 

 そこでアーニャはこの状況に、不思議な気分を味わっていた。カギはそれが何だろうかと尋ねれば、本気で嫌いな相手であるカギに、正面から話が出来ていることに、不思議な気分を感じていると話したのだ。

 

 何せアーニャは本気でカギが嫌いだった。近づくことさえしたくないと思っていた。そんなカギに面と向かって会話出来ていることは、アーニャにとっては驚くべきことだったのである。

 

 

「それはよかった」

 

「でも、あれだけで全部信用すると思ったら大間違いなんだからね?!」

 

 

 カギはアーニャのその話に、よかったと言葉にした。それはカギが話しかけやすくなったとかそういう意味もあるが、アーニャが気分を害せずカギと話せていることに対する言葉だった。だが、そこでアーニャは謝っただけで完全に信用することはないと、カギに釘を刺すような言葉を述べた。謝って全部チャラなど、おいしい話は早々ないのだ。

 

 

「わかってるって!」

 

「本当に!?」

 

「当然!」

 

 

 カギも当然そんなことはわかっていた。自分がしてきたことが、あれで全部チャラになって許してもらえるなんて甘い考えは持っていなかった。だからカギは、わかっていると言葉にするのだ。

 

 アーニャはそのカギの返事に、嘘ではないかと言葉にした。ただ、アーニャの先ほどの言葉は自分の今のカギへの態度に対する驚きからくるものであり、はっきり言えば素直になれないだけであった。

 

 アーニャに本当かと聞かれたカギは、しっかり自信を持って当然と言葉にした。そんなカギを見たアーニャは、確かに夕映やのどかが話したように、少しだけ、本当に少しだけだがカギの何かが変わったのだと実感したのである。

 

 

「おっと!! やっべー! 俺これからまた修行なんだわ!」

 

「また!?」

 

「おうよ。自分から厳しくしてくれって頼んじまったかんな。文句言えんのよ」

 

 

 しかし、カギがふと右腕の時計を見れば、随分時間が経っていた。もうすぐ修行の再開の時間だと言うことに気がついたカギは、焦った様子でまた修行だとアーニャへ話した。アーニャは先ほどまで修行していたと言うのに、またすぐに修行だと言うカギに驚きの声を上げていた。

 

 まあ、それはカギ自身が望んだことであり、そう頼んだのでやるしかないのだ。カギもそのあたりはしっかりわきまえているので、文句は言えないとアーニャへ語ったのである。

 

 

「そうなんだ……」

 

「まっ、つーことで俺は行くぜ? じゃーな!」

 

「わかった。頑張ってきなさいよ?」

 

 

 まさかカギが修行馬鹿になっていたとは。アーニャはそれが思いも寄らなかったので、大変そうだと思いつつも少し呆れていた。また、時間が押してきていたので、カギはアーニャに修行へ行くと話し、その場を立ち去ろうとした。

 

 これほど修行して一体どうしようというのか。アーニャにはそれがわからなかったが、頑張っているということは理解出来た。そんな訳だったのか、自然とカギを応援するような言葉がアーニャから出たのである。

 

 

「はっ! アーニャに応援されるたぁ、明日は雨だな!」

 

「カギ! アンタ一々一言多すぎ!」

 

「おっと口が滑っちまった! わーるかったよ! あばよー!」

 

 

 突然優しい言葉をかけてくれたアーニャに、カギはふざけた態度で明日は雨だと面白がりながら言葉にした。だが、そんな言い方をしたカギだったが、アーニャから初めて優しい言葉をかけられて、かなり嬉しく思っていた。

 

 そこで、カギの内心などわからないアーニャには、からかわれているだけだと思い、いつものように怒って叫ぶのだった。減らず口だけはまったく変わらないやつだと思いながら。

 

 カギも今のは口が滑ったと言い訳し、そのことを謝りながら逃げるように立ち去っていった。ただ、そうやって逃げるように立ち去ったのは、感激してちょいと涙をにじませていたからでもあった。

 

 ……カギも少しは意地があり、同世代のアーニャには涙を見せたくなかったのである。故に、そんな態度をとってしまったのだ。だから、逃げるように立ち去っていったのだ。

 

 このカギ、こんな些細なことでもすぐに感動し、涙を見せるほど涙もろい男なのである。……いや、あれほど嫌われていたアーニャに応援されたということは、カギにとっては些細なことではなくそれほどのことだったのだ。

 

 

「はぁ……、まったくカギのヤツ……」

 

 

 逃げるように走り去るカギを後ろから眺めながら、ため息をつくアーニャ。せっかく初めて頑張れと応援したのにあんな態度を取られてしまったので、やはりいつものカギなんだと呆れていたのだ。それでも本気でカギに対して嫌悪を抱くことはなく、まあいいか、と思う程度ではあった。

 

 

「どうでした?」

 

「ユエ……、それにノドカ……」

 

 

 そこへ夕映とのどかがアーニャの後ろへと現れ、夕映がアーニャへ話しかけた。アーニャはその夕映の声に気がつき振り向き、その夕映の質問の答えを考える素振りを見せた。

 

 

「カギのヤツ……、ユエの言うとおり、ほんのちょっとだけど……、昔と少し違ってた……」

 

 

 アーニャはその後夕映の顔をしっかり見て、自分の今の気持ちを素直に話した。夕映の言ったとおり、カギは昔と違っていた。少しだけかもしれないけど、昔と変わっていたと。

 

 

「言葉にしにくいけど……、なんだろう……。昔のような目で私を見てなかった……かも……」

 

「そうでしたか」

 

 

 カギは昔のようにしつこい感じでもなかったし、スケベな目でジロジロみても来なかった。むしろそんな行動を、頭を下げてちゃんと謝ってくれた。何かわからないけれど、色々と角が取れて丸くなっていた。言葉に言い表しにくくうまく表現できなかったが、アーニャはそのことを夕映へ話した。

 

 夕映もカギが変わったとアーニャが言ってくれることを信じていたのだが、そうアーニャが言ってくれたことにほっとした様子を見せていた。もし、カギが何かまたやらかしてしまったらどうしようか。アーニャがカギを認めなかったらどうしようか。夕映もそのあたりを気にして、少し心配していたのだ。

 

 

「……ユエやノドカももこんな感覚を味わったんですか?」

 

「アーニャちゃんほどではないですけど、多少は……」

 

「私たちはアーニャちゃんのように、昔のカギ先生を知らなかったからね」

 

 

 アーニャはこんな不思議な気持ちを夕映とのどかも感じたのだろうかと思い、それを尋ねた。あのどうしようもなくスケベで馬鹿なカギが、とてつもない変化を起こしていたからだ。

 

 そのアーニャの質問に、夕映も少しは感じたと話した。のどかは自分たちがアーニャほど昔のカギを知らないので、アーニャほどの感覚はないかもしれないと言葉にしたのだ。

 

 

「で、どうするですか? カギ先生のことは」

 

「そうね……。カギ、確かに今もスケベ顔だけど……、少しぐらい気を許してもいいかも……」

 

「そうですか。なら、今からカギ先生とアーニャちゃんは友達ってことですね」

 

「よかった、仲良くしてもらえそうで」

 

 

 ならば、その変わったカギと今後どうするのか、夕映はそれをアーニャに聞いた。アーニャも今のカギなら少しぐらい仲良くしてもいいと思ったようで、苦笑しながら多少なら仲良くしても言いと話した。夕映ものどかもそれを聞いて一安心し、これでようやく二人の険悪な仲を修復できたと思ったのだった。

 

 

「そこまで信用してないけど……。まあ、今のカギなら知り合い以上友達未満として付き合えるかな」

 

「また微妙な……」

 

 

 しかし、アーニャは未だに全面的にカギを信用しきれていない。何せあれだけ嫌っていた相手なのだから、すぐに仲良くと言うは難しい。という訳で、知り合いよりは仲良くするけど、友達としてはまだ早いと言葉にしたのだ。夕映はそんなアーニャの曖昧な言葉に、微妙な位置だと呆けた顔でポツリと口にしていた。

 

 

「アーニャちゃんはカギ先生と色々あったから、まだまだ素直になりきれないのかも」

 

「別に素直よ私は!?」

 

 

 のどかはアーニャの物言いに、多分素直になりきれてないだけだと笑顔で語った。だが、アーニャの今の言葉は本音であり、素直になってないと言う訳でもなかったのだ。だからアーニャは、今ののどかの言葉を必死に否定したのである。

 

 

「ただ、カギといきなり友達って言うのは、そういう感覚がないといいますか……」

 

「そのあたりはカギ先生と友達として付き合っていけば解消されるでしょう」

 

「うん……。そうかも……」

 

 

 まあ、それでもいきなりカギと友達というのは、あまり実感出来ないとアーニャは静かに言葉にした。嫌悪していた相手が変わったからと言って、すぐに友達になれるかと言えば、やはり難しい問題だからだ。

 

 夕映はそこで、少しずつ仲良くなっていけばいいと話した。カギといきなり仲良くする必要はなく、少しずつ友達になればいいと夕映は思ったのだ。アーニャも夕映の意見に賛成し、少しずつカギと友達になっていこうと思った。今すぐは無理でも、長く付き合っていけば友達になれるかもしれないと、アーニャも考えたのだ。

 

 

「よかったー。仲が少しでもよくなって」

 

「ですね。カギ先生はなんだかんだ言って、寂しがりやみたいですからね」

 

「アイツが? 寂しがりや?」

 

 

 それならよかったとのどかも大いに安心し、明るい表情を見せていた。このまま再び仲がこじれたらどうしようかと、少し不安だったのだ。また、そこで夕映はカギが寂しがりやだと、アーニャへ話した。アーニャはその夕映の言葉に、あのカギが寂しがりやってどういうことなんだろうかと、首をかしげて聞き返していた。

 

 

「はい、カギ先生は寂しがりやです。強がってますが、誰かと一緒にいないと不安になるタイプです」

 

「えー! 何それ! カギのヤツ、一人が寂しくて泣いちゃう訳?!」

 

「泣きはしないと思いますが……」

 

 

 夕映はカギのことを寂しがりやだと分析していた。何せすぐに感激して涙するし、自分と友達になった時も結構感動していたのがカギだ。それを考えればカギはあんな態度を見せてはいるが、内面的にはかなり人とのつながりに飢えていると夕映は思ったのだ。

 

 アーニャはその夕映の話を聞いて笑いながら、あの馬鹿でスケベなカギが実は寂しがりで、カギが孤独の寂しさから泣き出してしまうのかと、面白半分に言葉にしていた。ただ、夕映も寂しくは思うだろうが、泣くほどではないかもしれないと、少しだけカギをフォローした。

 

 

「プップ……。アハハハハハッ! 面白いわそれー!」

 

「……本人には言わないでくださいね……。きっと怒って否定するはずですので……」

 

「わかってますよー。でも面白いこと聞いちゃった!」

 

 

 そこでアーニャは寂しくて泣き出すカギを想像し、おなかを抱えて笑い出した。あのスケベなカギが一人になって泣いている姿は、アーニャにとって面白いものだったのだ。夕映はアーニャに今の話をしたことは内密にしてほしいと頼んでいた。特に本人に話せば怒ってありえないと叫ぶだろうと、想像がつくと思ったからだ。

 

 まあ、アーニャもそのぐらいわかっていたので、誰にも話さないと約束した。それでも今の話はアーニャにとって朗報であり、面白いことを知ったと満足した笑みを見せていた。

 

 

「これならカギ先生と、仲良く出来そうだね!」

 

「ふふ、まだわからないけど、そんな気がしてきました」

 

 

 のどかは今のアーニャの笑顔を見て、これならアーニャとカギが仲良くできそうだと思った。アーニャものどかのその言葉に、わからないと言いつつも出来そうだとも話したのだ。何せアーニャが今まで抱いていたカギ像は随分と変わり、何か少し憎めない馬鹿なカギになってきたからだ。

 

 

「……でも、カギに仮契約を先越されたのだけは納得いきませんけど……!」

 

「それはまた別の話なんですか……」

 

「当たり前でしょ!? 仮契約は魔法使いにとって大事なことなんですから!!」

 

 

 それはそれとして、カギに仮契約を先にされたことだけはどうにも許せそうにないと、ころりとムッとした表情へと変えて話すアーニャ。カギと仲良くするのはいいけれど、やはりカギに先に仮契約されたことに対しては悔しくて仕方がないようだ。

 

 夕映も仮契約に関してはそのあたりと関係ないのかと思い、それを言葉にしていた。アーニャはその夕映の言葉に反応し、当然だと断言した。仮契約は魔法使いにとって一大事であり、パートナーを作るというのは恋人や伴侶を見つけるのと同じことだからである。

 

 

「ふーんだ。私だってネギやカギに負けないぐらい、すごいパートナー見つけて見せるんだから!」

 

「私たちに負けないぐらいの、ですか」

 

 

 だが、アーニャはならばネギやカギよりもすごいパートナーを見つけて見せると、得意顔で豪語した。しかし、ネギとカギのパートナーは目の前に居るのどかと夕映だ。

 

 夕映はそれを考えて、自分たちに負けないぐらいのパートナーを探そうとしているのかと、アーニャに聞いたのだ。と言うか、今の自分たちは所詮魔法使い見習い。自分たちよりも優れたパートナーなら、結構居るのではないかと夕映は思ったのだ。

 

 

「そう! だってユエもノドカも私の妹弟子だもの! 当然すごくない訳ないじゃないですか!」

 

「褒められてるのかな……?」

 

「自画自賛にも聞こえますが……」

 

 

 そりゃ当然といわんばかりの表情で、アーニャは夕映ものどかもすごくないはずがないと言い出した。あのギガントの弟子であり自分の妹弟子なのだから、すごくないことはないとアーニャは思っていたのだ。

 

 ただ、のどかは自分たちが褒められているのかだろうかと言う微妙なところだと思い、夕映はアーニャの物言いから自画自賛なのではないかと考えてしまったようだ。

 

 

「とにかく! 私もちゃんとパートナー見つけなくっちゃ!」

 

「張り切るのはいいですが、こう言うことは焦りすぎない方がいいですよ」

 

「わ、わかってます……!」

 

 

 それでもパートナーが見つからなければ意味がない。アーニャはとりあえずはパートナーを見つけようと心に決めたのだ。そんなアーニャに夕映は、そういうことは焦らずゆっくりやった方がいいと助言した。魔法使いにとって大切なことならば、じっくりやっていくことが大事だと思ったのだ。それはアーニャもわかっていることだったが確かに早計過ぎたと思い、夕映の言葉に焦りながらもわかっていると答えていた。

 

 

「でも、いいパートナーとめぐり合えるといいね」

 

「まあ、アーニャちゃんもまだまだ若いですから、気長に考えてもいいと思うです」

 

「そ、そうね! 焦っちゃだめよね!?」

 

 

 のどかもアーニャならば、きっといいパートナーに出会えると思うと、彼女を励ましていた。また、夕映もアーニャは若いので時間は山ほどあるので焦らなくてもいいと、少し年寄りじみたことを話していた。

 

 アーニャもその二人の話を聞いて、やはり焦っちゃダメだと思ったようだ。なんせアーニャはすぐに焦って早とちりするタイプだ。こういうことこそ、焦らない方がよいと自分でも考えたのだ。

 

 

「なんだろう、ちょっと罪悪感が……」

 

「アーニャちゃんはのどかのライバルですからね……。そう思うのも無理はないのかもしれません……」

 

 

 しかし、のどかはアーニャに平然とそんなアドバイスを送っていることに少し罪悪感を感じたようだ。アーニャとのどかはネギのことが好きであり、恋敵のようなものだ。魔法使いのパートナーはそのまま恋人になるケースが多い。それを考えたのどかは、アーニャをネギから遠ざけようとしているに等しいと思ったのである。夕映もそのことを考えて、のどかがそう感じるのも仕方ないと言葉にしていた。

 

 

「見てなさいよ! ネギ、カギ! 絶対に見返してやるんだから!」

 

 

 だが、それを言われたアーニャ本人はそんなことは考えていなかった。アーニャにあるのはただ一つ、ネギやカギが驚くようなすごいパートナーを見つけることだけだ。そういうところはまだまだ子供なアーニャは、今後見つけるであろうパートナーを夢見て、ネギとカギを見返すことに執念を燃やすのだった。


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