理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百十五話 カギの憂鬱

 そこは山奥の小さな村。その村の一角にある小さな古びた木造の建物。明らかに外見は古びており、いたるところにツタなどの植物がびっしりと生えていた。例えるならばお化け屋敷と言った方がわかりやすい、そんな建物だった。

 

 そんなボロボロの建物なのだから、普通に考えれば誰も住んでいない、又は使っていないと思われるだろう。しかし、扉は綺麗であり蜘蛛の巣ひとつないという奇妙な状態だった。それはつまり、誰かがこの屋敷に出入りしていると言うことだ。そして、そんな屋敷へ攻め込む一人の少女がいた。

 

 

「たのもー!」

 

「おや、何かな?」

 

 

 赤い色の髪をツーサイドアップにした小さな少女。幼き時のアーニャだ。勇敢にもアーニャはこんなお化け屋敷のような建物の扉を、盛大に開けて大声で叫んだのだ。そのアーニャが最初に見たもの、それは椅子に座る男性の老人だった。

 

 白い髪に白く太めの眉毛。髭は生やしておらず、少ししわのある角ばった顔。まだ初老ぐらいだが、おじさんと言うよりは年寄りの男がそこに居たのだ。

 

 また、次にアーニャが周りを見渡せば、多くの棚が並んでおり、そこには多種多様な魔法薬の瓶が並んでいるではないか。つまり、ここは家ではなく魔法薬の店だったようだ。

 

 その椅子に座っていた老人は、アーニャの突然の訪問に驚くことなく、むしろ、小さく笑いかけながら何か用かどうか尋ねたのだ。なかなか元気のいい少女ではないか、このぐらいの年齢ならばこのぐらいがちょうどいい、そんなことを考えながら。

 

 

「最近ネギって男の子が出入りしてるみたいだけど、何をしてるのかしら!?」

 

「なかなか元気のいいお嬢さんだ」

 

 

 椅子に座る老人に対し、怒りをぶつけるように睨みつけるアーニャ。なんとも怪しい目の前の老人を警戒しつつ、精一杯の威嚇をしているのだ。さらにアーニャは、ネギという少年のことをその老人に乱暴な口調で尋ねた。

 

 アーニャは最近自分の友人であるネギが、この屋敷に出入りしているのを知った。そこでは何が行われているかはわからないが、最近ネギの様子が随分違うことに気が付いた。それだけではなく、魔法の初心者であるはずのネギが、随分と魔法の扱いに慣れ始めてきていたのだ。

 

 これは何かおかしいと思い、アーニャはネギを尾行して何をしているのかを調べ、この怪しい屋敷を発見した。そして、ネギが魔法を習っている可能性が一番大きいと睨んだこの屋敷へ、乗り込んできたと言う訳だったのである。

 

 そんな小さくかわいらしい少女が、必死で威嚇している。老人はその様子を苦笑しながら眺めつつ、自分の今思っている感想を率直に述べていた。

 

 

「しらばくれないで! ネギに何を教えてるか知らないけど、そんなの絶対に許さないんだから!」

 

「おやおや、それは困ったな」

 

「何よその顔は!! バカにしないで!!」

 

 

 しかし、老人の発言がごまかそうとしているよう聞こえたアーニャは、さらに怒り出して叫んだ。ネギに何かを教えて企んでいるのは目に見えていると、それは自分が許さないと。

 

 と言うのも、アーニャはネギに見ず知らずの何者かが、魔法を教えてもらっているということに腹が立ったと言うものだった。ネギよりも年が一つ上のアーニャは、自分がネギに魔法を教えたいとも思っていたからだ。また、ネギが自分よりも魔法をうまく使えるようになるのは、気に入らなかった。やはり年上なのだから、年下に抜かれたくはないという強い気持ちがあったのだ。

 

 だが、老人はアーニャにそういわれても、先ほどと変わらず苦笑したまま、困った困ったと言うだけだった。さほど困った様子を見せないこの老人に、アーニャは自分が馬鹿にされていると思ったのか、どんどんヒートアップしていったのである。

 

 そんな時、アーニャが入ってきた扉がゆっくりと開き、小さな影が床に映った。誰かがこの店らしき建物へ入ってきたということだ。ただ、その影の小ささから、大人ではなく子供であることは明白だった。

 

 

「こんにちはお師匠さま……アーニャ?」

 

「ネギ! こんな怪しいところで何やってんのよ! 危ないから帰るわよ!」

 

「え!? 待ってよアーニャ!?」

 

 

 その小さな影はネギのものだった。まだ幼いネギは自分よりも大きな扉を一生懸命に開けながら、そっと入ってきたのである。そこで目にしたのは、自分がお師匠さまと呼ぶ老人を、怒った顔でしきりに睨むアーニャだった。はて、まだこの場所をアーニャには教えていなかったはず、何でいるのだろうか、どうして怒っているのだろうかと、ネギは疑問に思って首をかしげていた。

 

 アーニャは入ってきたネギを見て、とっさにその手を掴んで外の方へと引っ張り出した。そして、こんな場所は危険だからすぐに出ようと、乱暴な言い草で言葉にしたのだ。ただ、それもネギを心配するあまりに出た言葉であり、悪意がある訳ではなかった。

 

 ネギは手を引っ張られながらも、しきりに説明をしようと慌てながらも話そうとした。ここは別に危険な場所でもなんでもない。心配する必要がないと、アーニャへ伝えようとしたのだ。

 

 

「ふむ……。お嬢さん、ワシはまだ君の質問に答えてはおらんよ?」

 

「もう大体わかったから聞かなくて結構です!」

 

「そうかね? ならば勝手に答えさせてもらおうか」

 

 

 そこへようやく老人が口を開いた。まだ自分は彼女の質問には答えていない。その質問の答えを聞かず、そのまま帰ってしまうのかい? そう老人はアーニャへ話した。

 

 するとアーニャはもう何も聞く必要はないときっぱり断り、ネギを引っ張って外へ連れ出そうとしていた。ネギがそんなアーニャに必死で抵抗する中、老人はならば独り言として、その答えを静かに話し出したのだ。

 

 

「彼はこの場所で、ワシに魔法を習いに来ておるだけだよ」

 

「ふーん? どうせ危ない魔法なんでしょ!?」

 

 

 自分はここでネギに魔法を教えている。それだけだと、落ち着かせるかのようにアーニャへ話す老人。しかし、それでもアーニャはその老人を信用せず、どうせ危険な魔法を教えているに違いないと勝手に思い込み、それを怒り気味に言い放った。

 

 

「違うよアーニャ! お師匠さまは基礎の魔法とか怪我を治す魔法を教えてくれてるんだよ!」

 

「騙されるんじゃないの!?」

 

「そんなことないよ!!」

 

 

 ネギはそんな言い草のアーニャへと、少しむっとした顔で強く反論した。そこに座る老人は危険なことなど教えたことはない。基本的な魔法や治癒の魔法を重点的に教えてくれたのだと、アーニャの言葉を必死で否定したのだ。

 

 アーニャはやはり老人を信用していないので、きっとネギが騙されているのではないかと思った。だから、それを声を荒げてネギへ言うと、さらに怒鳴るようにそんなことはないとネギは叫んだ。

 

 

「え? じゃあ、もしかして私の勘違い!?」

 

「何を勘違いしたかはわからないけど、お師匠さまは悪い人じゃないよ!」

 

「フフフ……、確かに、こんな古びた小屋に彼のような少年が出入りしてたら、怪しまれてもしかたあるまい」

 

 

 これほど必死に自分の意見を否定するネギを見て、まさか間違っていたのは自分ではないかと、アーニャは思い始めてた。何せ温厚なネギがこんなにも怒ってあの老人をかばっているのだ。そう思わずにはいられないのも無理はないだろう。

 

 ネギも追い討ちをかけるように、アーニャは何か勘違いをしていると、別にあそこの老人は悪い人ではないと、アーニャへ説明したのだ。また、老人もその二人の光景を見て苦笑しつつ、このようなボロ屋敷にネギほどの小さな子供が出入りしていれば怪しいと思われても仕方がないと、静かに述べていた。

 

 

「しっ、失礼しました!」

 

「別に気にしておらんよ。友人が心配でここへ来たのだろう?」

 

「は、はい……」

 

 

 自分が勘違いで目の前の老人を疑っていた。それに気が付いたアーニャはとっさに老人の前に立ち、その小さな頭を下げ、とても失礼な物言いをしてしまったことを謝った。

 

 ただ、老人は先ほどのアーニャの態度など、特に怒った様子もなく、むしろ気にしていないとさえ言葉にしていた。むしろ老人は、友人が心配だったからこそ勇気を出してやってきたのだろうと考え、目の前で頭を下げるアーニャに関心していたほどだった。

 

 アーニャは老人にそう言われたが、小さく居心地悪そうに返事をするのが精一杯だった。何せすごく失礼なことを言ってしまったのだ。恥ずかしいだけでなく、なんと勝手に人を疑ったという自己嫌悪で、泣きそうだったのである。

 

 

「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。ワシは怒っている訳ではないのだから……」

 

「で、でも……」

 

「……ふぅむ……そうだな、君も彼と一緒に魔法を教えてあげよう」

 

 

 自分の今の行いを反省し下を向いてしょんぼりするアーニャへ、落ち込まなくてもよいと慰める老人。それでもアーニャは先ほどの暴言の数々の罪悪感から、むしろ怒られても仕方のないことだと、そう訴えるような眼差しを老人へと向けていた。そんな落ち込んで目をウルウルさせるアーニャを見た老人は、腕を組んで悩んだ様子を見せると、なんとネギと同様に魔法を教えてあげようと提案しだしたのだ。

 

 

「え……?」

 

「君は彼の友人なのだから、ワシは大歓迎だ」

 

「そうだよ! アーニャも一緒に教えてもらおうよ!」

 

「でも、勝手に疑ったりして悪いことを……」

 

 

 アーニャは一瞬何を言われたのか理解できず、ポカンとしていた。そして、ハッとした顔で頭を上げれば、穏やかな笑顔をした老人の顔があるではないか。老人はアーニャの驚いた顔を見ながら、ネギの友人なら大歓迎だと、表情を緩ませたまま言葉にしていた。

 

 また、近くに居たネギもアーニャへと寄ってきて、一緒に魔法を教えてもらおうと、嬉しそうに誘ったのだ。しかし、やはりアーニャは先ほどのことを引きずっており、いまさらそのようなことなど出来るはずがないと、悲しそうな顔で小さく述べていた。

 

 

「確かに、何も調べずに早とちりしてしまったのは悪いことだ」

 

「はい……」

 

 

 そこで老人は、アーニャの何がいけなかったのかを、静かに語りだした。アーニャがネギは周囲の人に話を聞くなり相談するなりして、この場所で何をしているのか調べなかったこと。そして、もし自分が本当に悪人だったら危なかったことを含めて、ここへ一人で乗り込んできたことは悪いことだったと話したのだ。アーニャもそのことをしっかり受け止めており、弱弱しい声で返事をしていた。

 

 

「しかし、友人を心配して乗り込んできた、その勇気に免じて今回は水に流そう。どうだね?」

 

「……いいんですか?」

 

「いいと言っておるだろう?」

 

 

 だが、それでも友人を心配し何かあれば助けようと思い、ここへやってきたことは悪いことではないと、老人は言葉にしていた。こんな古びた屋敷など、アーニャほどの年齢の少女なら怖くて入っては来れないだろう。それ以外にも、何があるかわからないという恐怖もあったはずだ。それでも友人のために勇気を出して乗り込んできたことは、すばらしいことだと老人は褒めたのだ。

 

 だから、今回のことはこれでおしまい。悪いことをして謝った訳だし、これ以上引きずる必要はないと、老人は微笑んでアーニャへ言い聞かせるように話した。アーニャも老人の顔を見ながら、これで本当に許してくれるのかと、ゆっくり口に出していた。老人はそれは当然だと言う顔で、許したと言ったじゃないかと言葉にした。

 

 

「あ、ありがとうございます……、ええと……」

 

「おっと、ワシとしたことが……」

 

 

 アーニャは自分の行いが許されたことに感激しつつ、再び頭を下げてお礼を言った。ただ、ここでアーニャはこの目の前の老人の名前がわからず、口ごもってしまった。それを見た老人はそういえば名乗っていなかったことを失礼だったと思い、その名をそっと口にした。

 

 

「ワシの名はギガント、ギガント・ハードポイズン」

 

「わっ、私はアンナ・ココロウァです。気軽にアーニャと呼んでください」

 

「そうかね? ではよろしく、アーニャ君?」

 

「よっ、よろしくお願いします!」

 

 

 ギガント、その老人はそう名乗った。そう、この老人こそ、ネギとアーニャの師匠となるギガントだったのだ。アーニャもギガントが名乗ったのを聞き、慌てて自己紹介をした。そして、自分のニックネームであるアーニャと呼んで欲しいと話したのだ。ギガントはならば言葉に甘えてそうさせてもらうことにすると言い、アーニャへよろしくと述べた。アーニャもこれからのことを考え、よろしくお願いしますとハッキリ発言し、またまた頭をさっと下げていた。

 

 

「じゃあ、アーニャは僕の妹弟子だね!」

 

「え!? 私の方が年上でしょ!? 何でそうなるのよ!」

 

 

 そこでネギはこれからアーニャがギガントの弟子となるなら、自分の妹弟子になるってことだねと、笑顔で話した。アーニャは妹弟子と聞いて、自分がネギより年上なのにどうしてそうなるのかと少し怒った様子で叫んだのだ。

 

 

「だって、お師匠さまの弟子に先になったのは僕だもん!」

 

「む……、確かにそうだけど……」

 

 

 とは言え、先に弟子入りしていたのはネギである。だから当然下の弟子になるのはアーニャだ。そのことを自慢げに、ネギはアーニャへ悠々と述べた。アーニャもそれは確かに当然だと思い、その部分をぐっと我慢したようだ。

 

 

「……別にそれでもいいけど、年は私の方が上だってことは忘れないでよね!」

 

「わっ、わかったよー」

 

 

 だが、それでも自分の方が年上だということに違いはない。アーニャはそう思い、それだけは忘れないでとネギに強く言い放った。ネギもアーニャに怒鳴られて、仕方ないなあと言う顔で、わかったと言うばかりだった。

 

 

「あっ、と言うことは……」

 

「何かね?」

 

 

 アーニャはそこで、ネギが言うように弟子となるならば、と考えギガントの方へと顔を向けた。なにやら悩ましい表情をするアーニャに、ギガントはどうしたのかと尋ねると、アーニャはその答えをゆっくりと話し出した。

 

 

「私も、……お師様って呼んでもいいですか?」

 

「どうぞ、好きなように呼ぶと良い」

 

「ありがとうございます! お師様!」

 

 

 アーニャはこれからギガントへと師事するならば、師と呼ぶべきではないかと思った。だから少し恥ずかしそうにしながらも、ギガントへお師様と呼んでもよいかと尋ねたのだ。ギガントは特に気にする素振りも見せず、好きに呼べばいいとにこやかに語りかけた。それを聞いたアーニャはとても嬉しそうな表情となり、お師様とギガントを呼ぶことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 夏の朝。太陽の日差しがすでに照っており、外はそこそこ明るくなっていた。そんな晴れ晴れとしたさわやかな時間に、ふと寝言を言いながら目を覚ます一人の少女が居た。

 

 

「おしさま……、……あれ? ここは……?」

 

 

 今の夢で言葉にしていたはずのことを、そっと口に出して目を覚ます少女。それはアーニャだった。アーニャは昨日この旅館にネギにつれられやってきて、夕映とのどかとハルナの部屋で寝泊りしたのだ。また、服装はいつものものではなく浴衣となっており、昨日寝る前に着替えたようだ。そして、ふとアーニャは寝ぼけながらに体だけを起こし周りを見れば、まだ誰も起きておらず静かな寝息だけが聞こえてくるだけだった。

 

 

「そうだった。ネギをつれて帰りに来てそれで日本に……」

 

 

 一体ここはどこだろうかとアーニャは考えたが、昨日自分がネギを連れ戻しに日本へとやってきていたことを思い出した。そして、成り行きでここで寝泊りし、今目が覚めたということを、まだしっかりと目覚めていない寝起きの頭で理解した。

 

 

「……この状況はあの時と同じような……」

 

 

 また、アーニャは今の夢の内容をふと思い出した。それは師匠であるギガントと最初に出会った時のことだ。あの時ギガントに言われた言葉、それはしっかりと周囲を調べなかったということだった。この状況こそ、その時とは少し違うものの、似ているのではないかとアーニャは思った。

 

 何せネギの手紙の内容を勝手に解釈し、早とちりしてここへやってきてネギを連れ戻そうとしたのだ。さらにはネギの周りにいる生徒たちにネギが色目を使ってないか邪推し、ネギに八つ当たりしていたのではないだろうか。まったくネギの周囲のことを理解しようとせず、勝手に思い込んで暴れてるだけだ。これではあの時と同じなのではないかと、アーニャは思い少し反省していた。

 

 

「とりあえずネギに会って来よう!」

 

 

 ならばとりあえずネギに会って話してみよう。そう思い立ったらすぐさま行動だ。アーニャはそっと部屋から出て、ネギの居る部屋へと走り出した。

 

 ……とは言え、ネギもまだ寝てる可能性があるのに、やはり少し浅慮だろう。まあ、ネギより年上とは言えアーニャもまだまだ子供。これから色々学んでいくのだから仕方がないことなのだ。

 

 

 そしてアーニャはネギの居る部屋へと付くと、扉をバッと開いてその部屋へと飛び込んだ。ネギはカギや小太郎、それとゴールデンなバーサーカーと同じ部屋で寝ており、未だに誰も目を覚ましていなかった。

 

 

「ネギー! 起きてるー!?」

 

「……んんん!? アーニャのヤツか。ウルセーな……、まだ眠いっつ……グエェェ!?」

 

「ネギ! 朝よ起きなさい!!」

 

 

 アーニャはネギが寝ている布団を発見すると、そこへ駆け寄って起きているかと尋ねた。だが、ネギはまだ夢の中。ぐっすり眠っているではないか。しかもカギがアーニャのその声で目覚め、文句を言おうとしたその時、アーニャがカギの顔を踏んづけたのだ。カギはネギの隣に寝ていた形で、アーニャはカギが寝ているのを気にせず、カギの顔を踏みつけながらネギをたたき起こそうと叫んでいたのだ。

 

 

「……ん? あ、アーニャおはよう……。どうしてここに?」

 

「どうしてって、そりゃ……」

 

 

 あまりのアーニャとカギのやかましさに、ネギも目を覚ましたようだ。むくりと上半身を起こして目を擦りながら、目の前のアーニャへと挨拶するネギ。しかし、寝起きのさえない頭でも、何故ここにアーニャがいるのかという疑問が浮かび上がった。

 

 そのことをネギに質問されると、アーニャはどうしてと言われれば迎えに来たとから、と言おうと思った。が、先ほどのことを考え、尻すぼみになって言葉を失ってしまったのだ。ここでネギを本当に連れ戻してよいのだろうか、アーニャはそう考えて今の自分の行動に迷いを感じたのである。

 

 

「グガアアアアア!! 踏むな降りろ!!」

 

「ゲェー!? カギ!?」

 

「ゲェーはこっちの台詞だバカ!」

 

 

 そこへ未だアーニャに頭を踏み続けられているカギが、とうとう我慢の限界を超えた。唸るような叫び声をあげて、踏むなと怒鳴り散らしたのだ。アーニャは今足元にいたのがカギだということをいまさら知ったのか、非常に気味悪がった声を上げて後ろに後ずさりしていた。そんなアーニャへ、むしろそう叫びたいのはこっちの方だと、カギは怒り心頭の声を出していたのだった。

 

 

「バカですって!? このエロカギの癖に!!」

 

「おまっ!? みんな寝てんだから静かにしろや!」

 

「アンタも十分うるさいでしょーが!」

 

「ちょっと二人とも静かに……」

 

 

 アーニャはカギに馬鹿と言われたことにカチンときたのか、それはそっちだと言い返した。だが、カギは周りのみんながまだ寝ていることに気がつき、静かにしろとアーニャへ注意した。しかし、カギの注意も十分声が大きかったがために、アーニャはそっちもうるさいとさらに声を上げて叫んだのだ。それを見かねたネギが仲裁に現れ、そんな二人へ静かにするよう焦った様子でたしなめた。

 

 

「んー……、一体何が……」

 

「朝からどーしたん?」

 

「騒がしいですね……」

 

 

 するとふすま一枚隣の部屋から、少女たちが顔を出した。今のカギとアーニャの声に起こされたようだ。一体何がどうしたのかと、寝ぼけた顔でふすまに手をかけるアスナ。もう起きようと思っていたのか、他よりもしっかりと目が覚めている木乃香。それと、この騒動は何事なのかと、すっと意識を覚醒させている刹那の三人だった。

 

 

「朝からウルセーぞ……」

 

「む……、朝から騒がしいと思えばまたその小娘か……」

 

 

 また、さらに後ろから、せっかく気持ちよく寝ていたのにたたき起こされたと思い、イライラしながら文句を飛ばす千雨が現れた。その千雨と同じく騒がしいとイラだった声を出して、敷かれた布団の上から上半身を起こし、ふすまの隙間から隣の部屋を見る焔がいた。さらに焔は昨日から騒動の中心にいたアーニャを見て、今回も同じくこの騒動の原因がアーニャだと思い、不機嫌そうな顔でそちらを睨んだ。

 

 

「ほら、みんな起きちゃったじゃないか……」

 

 

 続々と隣の部屋から目覚める少女たちを見て、ネギはアーニャとカギにみんなが目を覚ましてしまったと、ため息交じりで注意した。本当ならもう少しぐらい寝ていてもいい時間だというのに、このような形で起こしてしまったのに申し訳ないと、ネギは思ったのだ。

 

 

「……ごめんなさい……」

 

「まーまー、もう起きる時間やったし、別に気にせへんよー」

 

 

 アーニャも流石に騒ぎすぎたと思い、すぐさま隣の部屋の前で頭を下げて謝っていた。確かにこんな朝早くから騒いだのは浅慮だった。とても失礼で迷惑な行為だったと。むしろ、そのぐらい最初に気がつくべきだったと、深く反省したのだ。

 

 そうやって頭を下げるアーニャを見た木乃香は、普段どおりの笑顔で、特に気にしていないと話した。それに、もう起きる時間帯であり、どの道もうすぐみんな起きるのだから気にする必要はないと、木乃香は思っていた。

 

 

「やーいネギに怒られたー!」

 

「こっ……」

 

 

 カギはネギに注意されたアーニャを見て、馬鹿にするような顔で挑発的な言葉を発した。なんという大人気ない男だろうか。これでも一応自称精神年齢50代である。精神が肉体に引っ張られているとは言え、そんな男が11歳ほどの少女へこのような言葉を出すなど、恥ずかしいとしか言いようがない。

 

 そんなアホな顔で馬鹿にするカギに、流石のアーニャもキレた。もうすでに拳を強く握り締め、体をプルプル震わせていたのだ。もはやアーニャは、すぐにでも殴りだすほどの勢いでカギへと文句を言うとした。しかしその時、ネギが間に入ってきたのだ。

 

 

「コラ! 兄さんも謝って!」

 

「おっ……、おう……、スマン……」

 

「このかも言ったけど、もう起きるからいいわよ」

 

 

 流石にカギの悪態を見かねたネギは、カギにも強くしかりつけた。先ほど注意したのはアーニャだけではない、カギにも注意したのだと。だから当然カギも謝るべきだと、ネギはカギへと怒鳴ったのだ。

 

 ネギにそう言われたカギは、あのネギがここまで怒るとはと思いながらも、確かに大人気なかったと反省した。それでそのままアスナたちに頭を下げ、すまなかったと謝ったのだ。ただ、アスナも木乃香と同じ意見だったので、もう起きようと思ってたので気にしないと言いながら苦笑していた。

 

 

「それで、アーニャちゃんどうしてここに?」

 

「ネギを迎えに来たんだけど……」

 

「まだ僕は帰らないって言ったじゃないか……」

 

 

 それはそれとして、アスナもアーニャがここに居ることに疑問を感じ、それを尋ねた。本当ならば別の部屋で預かってもらっていたはずだからだ。

 

 アーニャはその質問に、やはりネギを迎えに来たと話した。だが、少し迷っているような感じで、声がだんだん小さくなっていった。ただ、ネギは迎えに来たと言うアーニャへ、まだ帰る気はないと何とか説得しようと言葉にしていたのだ。

 

 

「そうね……。わかった……」

 

「やっとわかってくれた?」

 

「ええ、よくわかったわ……」

 

 

 アーニャはそこで悩んだ末に、ネギを連れ帰ることを諦めた。ゆえに、わかったと小さな声で口にすると、ネギもやっとわかってくれたと思い、表情を緩ませて再びそれを聞いていた。そこへアーニャはよくわかったと、まだ何か悩んでいる様子で言葉にした。

 

 ……アーニャは昔のことを思い出し、このままネギの話を聞かずに連れ帰るのはよくないと思った。それに、周りのネギの生徒たちも悪い人ではなさそうだし、ネギがその生徒たちと親しいながらも、ベタベタしている訳でもなさそうだと思った。また、仮にそうだとしても、まだそのような素振りをネギは見せていないので、自分の目で確かめようと考えたのである。

 

 

「だったら……、私もここに残るわ」

 

「うん! それがいいよ! 一緒に遊ぼう!」

 

「あ、うん……。そうする……」

 

 

 だから、アーニャはネギの近くに居ようと思い、帰らずに日本に滞在することを選んだのだ。それをアーニャはネギへ言うと、ネギは明るい笑顔を見せながら嬉しそうにそれがいいと話した。そして、この日本で一緒に遊ぼうと、アーニャを誘ったのである。

 

 そんな明るい顔をするネギに、アーニャは拍子抜けした気分を感じながらも、照れた様子で顔を赤くし、そっぽを向いてネギを視線からはずしていた。久々に見るネギの笑顔に、アーニャはドキッとしてしまったのだ。

 

 

「ケッ、普段からあんぐれー素直なら、もちっと高感度あがるんだろうがな……」

 

「ほー、つまりカギ君がゆーに、アーニャちゃんはネギ君のことが好きなんやな?」

 

「本人に言えば必死で否定するだろうが、まー誰から見てもバレバレだってんだ……」

 

 

 カギはその二人から少し離れた場所で腕を組み、その様子を見ていた。また、アーニャの素直な態度に、普段からあれならもう少しネギに好かれていると苦言を発していた。それに反応した木乃香がアーニャがネギのことが好きなのかと尋ねれば、見てわからぬかたわけと言った具合に、誰から見てもそう見えるとカギは答えた。まあ、本人に直接それを尋ねれば、やはり素直になれず絶対にありえないと言うだろうともカギは話し、ため息をついていた。

 

 

「なんかカギ君元気ないなー、どうしたん?」

 

「……いやねー、昔の俺ってマジ何やってたんだろうなって、いまさらながら思えてきてなぁ……。ハァ……」

 

「おじーちゃんみたいやな……」

 

 

 そこで木乃香はなにやらカギの元気が微妙になさそうなことに気がつき、それを聞いてみた。普段ならもう少しテンションが高めなカギが、妙に肩を落とした様子を見せていたからだ。それ以外にも、起きたばかりで調子が上がってない可能性もあるだろうが、何かそれ以外で元気がないかもしれないと思ったのだ。

 

 カギは不思議そうな顔でそう尋ねる木乃香へ、腕を組んで何かを思い出すかのように、ぽつぽつと語りだした。いやあ、昔の自分は何と愚かだったのだろうか。なんという黒歴史、情けなすぎて恥ずかしいとさえ思うと、カギはため息を何度もつきながらそれを話した。

 

 何か過去を振り返りながら話すカギを見て、木乃香は不思議なことに年寄りみたいだと思った。自分よりも年の下なカギがなんとも老けた顔で過去を語る様は、なんとも奇妙な光景だと木乃香は考えていたのだ。

 

 

「おじーちゃんじゃねぇがおっさんだかんな……。ちょっと一人でノスタルジィってやつに浸ってくら……」

 

「う、うん……」

 

 

 カギは非常にしんみりとした様子で、おじいちゃんではなくおっさんだとその部分を訂正した。何せ自称50代、本来ならばいい年こいたおっさんだと、カギは自分のことをそう思っていたからだ。それを言い終えた後、カギはふらりと歩き出し、一人でノスタルジーに浸ってくると言い出した。

 

 木乃香はそんなカギを止めることは出来ずに、ただただ見ていることしか出来なかった。何かを思いつめているような、そんな様子だったからだ。

 

 

「どうしたんでしょうか……」

 

「よーわからへんけど、何か反省しとるような感じやったね……」

 

 

 刹那もカギの様子がおかしいことを察し、一体どうしたのだろうかと木乃香へ話した。木乃香もカギが何を悩んであんな様子を見せているのかわからなかった。だが、何か反省しているように見えたと、木乃香は言葉にしていた。

 

 

「しかし、こっちの二人は起きないわね……」

 

「こんなウルセーところでよく起きないな……」

 

「ホンマやな、よー寝とるわ」

 

「ま、まぁもう起きる時間ですし、二人も起こしましょう……」

 

 

 と、そんな時、アスナはネギの部屋を見れば、まだぐっすりと大の字になって寝ている二人を発見した。それは小太郎とバーサーカーだ。これほど騒ぎになっているのに、まったく起きる様子もない二人。

 

 アスナはこれでも目が覚めないのかと思い、呆れた顔をしていた。千雨も同じく、先ほどはかなり騒がしかったと言うのに何で目が覚めないんだろうかと、呆れながらも不思議に思っていた。しかし、木乃香は逆に爆睡する二人を見て、むしろよく寝ていると関心して笑っていた。そして、とりあえずもう起きる時間なので起こした方がよいと、刹那はその二人を起こすために行動するのだった。

 

 

…… ……

 

 

 太陽も随分高いところへと昇り、雲ひとつないすがすがしい夏晴れとなった時間。3-Aの少女たちは昨日と同じく海へと駆り出し、おのおのの友人たちとひたすら楽しく遊んでいた。また、あの千雨も今日は太陽の下に引っ張り出され、パラソルの下で水着姿を晒し、ため息をついていた。

 

 そして、同じように状助らも海へとやってきたようで、またもひと悶着したようだ。この状助は本当にシャイというかヘタレというか、普通の転生者ならば他の女の子とも仲良くなるチャンスだと言う状況から逃げるタイプの男だった。またしてもアスナと顔を合わせた状助は、早々に逃げ出そうとしたのだが、流石に今回はつかまってしまったようだ。

 

 状助はこの状況を打破せんと、一緒にこの海にやってきていた仲間である刃牙に助けを求めた。だが、今回は刃牙からもノーを突きつけられた状助は、青ざめた顔でアスナに引っ張られて海の方へと連れて行かれたのだった。

 

 刃牙もせっかく妹分であるアキラに海で会ったのだから、今日は久々に一緒に泳いでやろうと思ったのである。それ以外も状助と一緒にやってきていた三郎も、昨日と同じく亜子と遊んでおり、同じく数多も焔の相手をしていたのだった。ゆえに、誰も状助を助けるものはなく、誰もがうらやましいと思うような状況の中、助けを求めるような顔でアスナたちと遊ぶしかなかったのであった。

 

 また、アーニャもネギにつれられて来ており、フリルのついた可愛らしい水着を着て、子供らしく海を楽しんでいた。さらにネギだけではなく、知り合ったのどかやハルナを筆頭とした3-Aの少女たちに可愛がられながら、アーニャは日本の海に満足していたのだった。

 

 

 しかし、そんな誰もが思い思いに楽しんでいる中、一人外れた場所で座り込み落ち込む少年がいた。それはあのカギだった。カギはなにやら思いつめた顔で、ずっとここでため息をついていた。

 

 

「はぁ……」

 

「姿が見えないと思えば、こんなところでどうしたのですか?」

 

 

 なんとも少年らしからぬしけた顔でため息をつくカギ。まあ、見た目は確かに少年だが、中身は自称おっさんだ。そんなあからさまに元気のないカギを心配したのか、そこへ夕映がやってきた。朝から非常に元気がなく落ち込んだ顔をするカギを見て、何か悩み事でもあるのだろうかと夕映も思ったからだ。だから夕映は腰を落とし、カギへとそっと話しかけ、どうして元気がないのか尋ねたのである。

 

 

「ノスタルジィに浸ってんのさ……。はぁ……」

 

「アーニャちゃんが来てから元気がないようですが……」

 

「まあ、俺はアイツに嫌われてっかんなー……」

 

「そうみたいですね……」

 

 

 カギは少年の見た目でノスタルジーに浸っていると、またしても言い出した。10歳程度の年齢の癖に、どこをどう懐かしむと言うのだろうか。夕映はそう考えたが、今回ばかりはスルーした。いや、それ以上に夕映には気になることがあったのだ。

 

 それはあのアーニャがここへ来てからというもの、カギの元気がないように見えたということだ。夕映はそれをカギへ尋ねれば、カギは自分がアーニャに嫌われていることを気にしていると話した。ただ、それは夕映も側で見ていてわかっていたので、少し哀れんだ顔でそうみたいだと述べていた。

 

 

「なんつーか、昔の俺って最低のクズだったんだなって……」

 

「最低だったんですか?」

 

「ああ、ゆえが見てもそう思うだろうな……。むしろ本気で嫌われてたかも……」

 

 

 カギは何を悩んでいるのか。それはアーニャに嫌われていることだ。ハッキリ言えば過去の自分の行いを考えれば、アーニャに嫌われるもの当然のことだとカギは思った。ただ、カギとて所詮は人の子。いくら転生して強力な特典を得ても、精神的には一人の人間でしかない。自称精神年齢50代であっても、人に嫌われるというものはあまりよい気分なはずがないだろう。カギはそれを考えて悩んでいた。

 

 しかし、カギの悩みはそれだけではなかった。それを少しずつ夕映に話すカギ。夕映はカギの自分は最低だったと言う言葉に、本当にそうだったのかと尋ねた。

 

 その夕映の質問に、愚問とばかりに当然とカギは自分にイラだった様子で言葉にした。何せ今考えれば、何故あのようなキチガイじみた行動をしていたのか、とカギ自身も悩むようなヒドイ人間だったからだ。

 

 

「お前らが語った最初の俺像? まんまな状態? あれをずっと続けてたかんな……」

 

「……そうだったんですか……」

 

「まーなー……」

 

 

 カギは例えとして、ハルナと夕映が話した自分の最初に思った印象こそ、昔の自分だと説明した。夕映もうすうすそうなんじゃないかと思っていたので、やっぱりと考えながらも、あえてそうだったのかと言葉にした。流石にこれほど落ち込んだカギに、そうだと思ったなどと言える訳がなかったのだ。

 

 カギも夕映の返事を聞いて、はぁ、とため息をついて返事を返していた。実際昔のカギは普通に見てもどうしようもないクズだった。正直言えば踏み台系転生者そのもの。この世界の人間をマンガのキャラだと考え、”原作キャラ”をはべらせたいと考える最低な人間、それが昔のカギだ。

 

 

 ただ、今はそのような考えはなくなり、目の前の夕映もこの世界に生きる人間の一人として見ている。いや、それでだけではなく、この世界に生きる人間も色々悩んだり苦しんだり楽しんだり、普通に生きている。カギは自分の”原作知識”が通用しなくなったあたりから、それに気がついたのである。

 

 誰もが何かの影響で変化する。それはつまり、誰もが人間として何かを考え、自分の生きる道を決めていると言うことに他ならないとカギは思ったのだ。それをしっかり理解出来たのは弟であるネギのおかげでもあった。

 

 この世界のネギはカギが知る”原作”のネギとは大きく異なる存在だった。本来ならば”原作のネギ”をアンチして叩きのめし、自分こそがこの”ネギま”の主役になろうとカギは愚かにも思っていた。だが、この世界のネギはカギがアンチしたいと思うような行動をせず、特に問題を起こさなかった。カギはその原因は知らなかったが、ネギの行動や思考の変化には気が付いていた。

 

 それをあえて見ぬ振りをし、”原作どおり”になることを望み、それが出来なかったがゆえに荒れていたのがカギだった。しかし、まったくもって”原作どおり”にならない現状を見てそれを諦めてからは、色々なものが見えるようになったのである。”原作”と言う言葉に踊らされていたことに、カギは気がついたのだ。それでカギは色々悟り、理解し、今の考えへといたったのである。

 

 

 それに、自分と同じような最低系転生者である、銀髪のこと神威に出会ったことが何よりも大きかった。神威の腐れた行動を見れば、自分がどんだけ愚かな人間だったかをカギは理解したのである。

 

 あの銀髪は自分と同じような存在だった。まさに正面に向き合って初めて気づく鏡そのものだった。正直言えばあの銀髪がいなければ、自分も銀髪と同じ末路をたどったのではないかと、カギは思うほどだった。

 

 周囲の”原作キャラ”を自分のものと称してはべらせ、自分の都合のいいように扱う。カギにはそれこそ出来なかったが、やろうとしていたことに差はなかったからだ。ゆえに、今考えればあの銀髪と衝突したことは幸運だとも思っていた。アレがなければ今の自分はいないだろう、カギはそう考えていた。

 

 

「あんだけ自分勝手してきていまさらだろうけど……、昔の俺をぶん殴りてぇ……」

 

「……つまり、カギ先生は昔の自分を思い返して、反省してるってことですよね?」

 

「そうかもな……」

 

 

 そんな腐った過去の自分を思い返すたびに、カギは自分の胸の黒歴史の傷が痛み、苦しく感じていた。こんな人間誰が好きになるだろうか。誰が愛してくれるだろうか。いや、それは絶対にありえない。そう思えるぐらい、自分がクズだったことをカギは理解したのだ。

 

 今は己の過去の過ちを反省してはいるが、それでも過去は変えられない。それを考えれば考えるほど、昔の自分が嫌になる。カギはそれを夕映へと情けなくしょげた様子で語っていた。

 

 じめじめした湿気のような愚痴を嘆きながら陰鬱な雰囲気を出すカギを見て、夕映はなにやら考える仕草を見せた。そして、カギが自分の過去の過ちを反省しているのだと夕映は気づいて、それを聞いてみたのだ。

 

 カギは夕映の質問に、投げやりながら多分そうなのかも、と話した。自分が反省しているのかはわからないが、自分の過去のことでアーニャに嫌われていることを気にしてることを考え、そうなのかもしれないと思ったからだ。それに、カギは基本的に自分に自信がない人間だ。偉そうに振舞ってはいるが、自分をネガティブに捕らえることが多い、それがカギなのである。ゆえに、自分が過去を反省しているかどうかでさえ、疑問に感じてしまっていたのだ。

 

 

「……ならいいのではないですか? 過去を反省できるぐらいには、カギ先生は変わられたと言うことでしょう」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

 

 夕映はカギのそんな返事を聞いて、反省しているのなら別にいいではないかと言葉にした。昔の自分がダメだと思えるということは、つまり昔とは違うことの表れだろう。それはすなわちカギ自身が成長した証でもある。そう考えた夕映はカギを励ますかのように、そう話したのだ。

 

 カギは本当にそれでいいのだろうかと、夕映へ自信なさげに尋ねれば、夕映は自信ありげな笑顔でしっかりとはいと答えた。反省が出来るカギは決して最低な人間ではないと、そういいたそうな顔をしながら。

 

 

「ハルナも言ったです。カギ先生は変わったと。それは私も同じ考えでした」

 

 

 夕映はさらにカギへ自分の考えを語りかけた。昨日ハルナと話したカギの印象の変化。夕映もそこで話したが、カギは麻帆良に来た時と今では随分変わったと、再度話した。最初に見たカギはとてもスケベな顔をして頼りなさそうな感じだった。だが、今はそれをさほど感じられなくなったと、夕映はそっと言葉にしていた。

 

 

「確かに昔のカギ先生はダメだったかもしれません。それでアーニャちゃんに嫌われたのかもしれません……」

 

 

 また、最初に見たカギ像を考えれば、どうしてアーニャに嫌われているのかは大体予想がつくと夕映は思った。そして、カギがそのことで自分をダメなやつだったと悩んでいるかもしれないと考えたのだ。だから夕映は、カギ本人が言うように昔のカギはダメなヤツだったのだろう、それでアーニャに嫌われたのだろうと述べた。

 

 

「ですが、今は違うです。信用を築くのは難しく、壊すのは簡単と言いますが、壊れた信用を取り戻せないとは言ってません」

 

「……つまり?」

 

 

 しかし、それは昔のカギだ。今のカギは変わったはずだ。ならばどうすればいいのか、それは簡単なことだ。もう一度信頼を取り戻し、友人になればよい。信頼を築くのは非常に大変だ。しかもそれが一度壊れたものだとすればなおさらだ。それでももう一度やり直すことぐらいできるはずだ。壊れた信用を取り戻せないと言うことはないはずだ。

 

 夕映は真剣な顔でカギにそれを語りかけていた。カギはそれはどういうことなのかと、夕映へと尋ねた。カギは夕映が最終的に何が言いたいのか、ということを聞いたのである。

 

 

「カギ先生が変わったところを見せれば、少しはアーニャちゃんも許してくれるのではないでしょうか?」

 

「そーかなあ……。アイツも結構思い込み激しいかんなー……」

 

「それでも、今のカギ先生なら少しぐらい気を許してもらえるかもしれません」

 

 

 カギは間違いなく成長し、変わった。ならばその変わったザ・ニューカギをアーニャの前で示し、証明してやればいい。そうすれば今は嫌われているかもしれないが、おのずとアーニャも心を許してくれるかもしれない。いや、今のカギならばきっと許してくれるはずだと、夕映はカギに強く訴えかけた。

 

 だが、カギはその夕映の言葉を信用しきれずにいた。何せあのアーニャはとても頑固者だ。一度そうと考えたらなかなか考えを改めてくれないのだ。それを知っているカギは。自分が変わったとしてもアーニャが許してくれるかわからなかったのである。

 

 ただ、夕映はそれでも今のカギならば、少しずつだが許してもらえるのではないかと言葉にした。ハッキリ言えば夕映も最初はカギを変態っぽく感じ、あまり好きではなかったからだ。まあ、それでも一応先生だし、変ではあったが何かしてくると言う訳でもなかったので、嫌うほどでもなかったのだが。

 

 

「……ほんとか? そう言ってくれると少しは元気を出すしかねぇや」

 

「そうです! その意気です!」

 

 

 それがたとえお世辞だとしても、カギは夕映の言葉を嬉しく思った。また、それだけではなく、夕映がそこまで自分のことを考えてくれていたのかと、カギは思って感動していたのだ。だからカギは、流石に夕映にここまで言ってもらったんだから元気を出さなければならんと、少しだけ表情を明るくしたのである。夕映も元気を出してきたカギを応援し、もっとポジティブに考えようと言葉にしていたのだ。

 

 

「カギ先生のいいところは何でも前向きなところです。自己を反省したなら、前に進むべきです!」

 

「……そ、そう言ってくれるか……」

 

 

 それと、カギは自分のことはネガティブに考える人間ではあるものの、その思考は常にポジティブなものだったと夕映は語った。カギは確かに自分に自信がなく、己をダメな人間だと思うネガティブな思考をもっている。しかし、それ以外のことは基本的にポジティブだ。

 

 ”原作知識”が通用しなくなった時、カギは悩むことをせず仕方ないと諦め、ならば自分の思うように生きることを決めた。銀髪のこと神威に負けた時も、悔しさをばねに必死に修行した。とりあえずハーレムを作りたいという夢も、今だって捨ててはいない。まあ、それよりも今は、目の前の夕映ともっと仲良くなりたいなーとも思っているが。

 

 夕映はそう言った部分は知らなかったが、カギの普段の行動からカギがポジティブであることを理解したのである。だから反省したのならば、ただひたすら前を進めばよいと、夕映はカギの背中を押すようにそれを言い放った。

 

 夕映にそう言われ励まされたカギは、かなり嬉しくて感激していた。まさかそこまで言ってくれるとは、そう評価してくれていたとは。そう考えると、さらに、またしてもカギは感涙しそうになっていた。このカギ、本当に涙もろい男である。

 

 

「な、何で泣いてるですか……?」

 

「なっ! 泣いてなんてないやい!」

 

「……そうですか」

 

 

 そんな涙を目にためるカギを見た夕映は、また泣いていると言葉にした。確かに自分はカギを応援するようなことを言ったが、まさかこの程度でも涙するとは思ってなかったのだ。

 

 しかし、カギはいつものように泣いていないと叫ぶ。それでも涙を流しそうになって居るのは事実であり、ただの強がりでしかない。

 

 また、カギはこうやって人に褒められたことがあまりなかった。いや、確かに故郷ウェールズでなら何度かあっただろう。だが、この日本、麻帆良へやってきて、そうやって他人からほめられた事がなかった。そのためなのか、この程度でさえもカギは感涙してしまったのである。

 

 

 夕映はそんなカギの嘘を、あえて肯定する言葉を微笑みながら述べた。ここで嘘だと言っても、カギが怒るだけだ。それならあえて、涙を見てみぬ振りをするが最善だろう、夕映はそう考えたのだ。カギとは言え男の涙だ、見なかったことにするのも優しさだと、そう思ったのだ。

 

 そして、最初に会った時、どうしようもないヤツだと思っていた目の前の男の子が、こんなことで涙している。思っても見なかったことだ。もはやこの状況、生徒と教師ではなく、まるで姉と弟のような、そんな不思議な関係となっていた。

 

 

「とりあえず、元気を出すです!」

 

「おっおう……! ありがとな……! ありがとな……!」

 

 

 そう回りくどく色々言って来た夕映だったが、一番何を言いたかったといえば、元気を出して欲しいという言葉だった。それをはっきりカギへと夕映は笑顔で伝えれば、カギは弱弱しい返事の後、何度も夕映に礼を述べた。

 

 こんなどうしようもない自分を応援してくれてありがとう。ほめてくれてありがとう。友達になってくれてありがとう。カギはそんな意を込めた感謝を、何度も夕映へと言葉にしていた。

 

 

「そんなに言わなくてもいいですよ」

 

「いや、させてくれ……。俺にとって、ゆえの言葉は今の礼だけじゃ足りないぐらいだ……」

 

 

 夕映は何度も礼を述べるカギに、そこまで言わなくてもいいと笑いかけて言った。

だが、カギはそれだけでも気が済まないと、真剣に言葉にしていた。カギは夕映の優しさに何度も心をすくわれたと思っていたからだ。友達になってくれたし、今もこうやって自分から相談してくれた。本当に感謝しか言葉が出ないと、カギは思っていたのだ。

 

 

「そこまでのコトでした?」

 

「まーな、ゆえの言葉、本当に嬉しかったぜ……」

 

 

 ただ、夕映はそこまでのことを自分がしたかと言えば、ノーだと思った。落ち込んだ相手を励まして元気を出してあげることは、3-Aなら普通のことだ。それでも、それでもカギにはそんな当たり前な夕映の言葉が、心に響いた。その優しさが嬉しかったのである。

 

 

「カギ先生がそういうなら、どういたしましてです」

 

「おう! おかげでちょっと楽になったよ、本当にありがとう」

 

 

 まあ、夕映も礼を言われて悪い気分ではなかった。なので、カギの礼を尊重し、どういたしましてと笑顔で答えた。カギも夕映が自分の礼を受け取ってくれたと思い喜ばしく思った。また、夕映が色々話してくれたおかげで気持ちが楽になったことを言葉にし、それに対して再び礼を述べるカギだった。

 

 

「お礼ばかりではなく、アーニャちゃんに許してもらえるよう頑張るんですよ?」

 

「わかってるって!」

 

 

 ただ、自分に頭を下げてばかりでは意味がないと夕映は話した。アーニャとの仲を直して友達になることが目的ならば、そのために頑張る必要がある。だから、そっちを頑張るべきであると、夕映はカギに静かに語りかけたのだ。

 

 しかし、カギもそのぐらいわかっていた。ここで頑張らなければ、きっと一生アーニャに許してもらえないと思ったからだ。だからカギは夕映のその言葉に、わかっていると強気の返事をしたのである。 

 

 

「こんなところに来てまでシケてんのも周りにわりーし、ちょいと遊ぶか!」

 

「そうしましょうか」

 

「……ゆえも来るのか?」

 

「友達ですから当たり前では?」

 

 

 カギは夕映のおかげで元気も出てきたし、せっかく海に来たのに自分だけショゲてたら周りで遊んでる人たちにも迷惑だろうと考えた。それでカギは、景気づけに海で遊ぶことを気合を入れるかのように、大きな声で言葉にしたのだ。

 

 すると夕映も、そうしようと言い出した。カギはその夕映の態度を見て、もしかして一緒に遊んでくれるのだろうかと尋ねたのだ。夕映も友達だからと言う理由で、当然だと言葉にした。友達なんだから一緒に遊ぶ、それのどこがおかしいのだろうかと、夕映はむしろカギの質問がおかしいと言う様子を見せていた。

 

 

「そうか……。じゃ、行こうぜ!」

 

「はい!」

 

 

 友達だから、なんと言う言葉だろう。カギはその言葉に嬉しく思った。ネギは弟で友達ではないし、カモミールも友達だがオコジョ妖精だ。それとはまったく違う、人間の、しかも女の子の友達、それが夕映だ。友達と言われたことに感激しつつも、カギは夕映へと海に駆り出そうと叫んだ。夕映も、ようやく元気を出したカギを見て、よかったと思いながら、元気よく返事をしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もが楽しく海ではしゃいでいたが、そのような幸福な時間も永遠には続くことはない。気がつけば夕方となっており、今日一日の楽しかった思い出を胸に、みんな宿へと戻っていったのだ。しかし、そんな宿で少しハプニングがあったようだ。

 

 

「すいませんねぇ……。急に人数がお増えになったもので2日目はお部屋がご用意できなくて……」

 

 

 なんということだろうか。急な客の増加により、部屋を用意しきれなくなってしまったと言うではないか。さらに言えば3-Aのクラスメイトの大半もやってきており、その人数分の部屋が足りなくなったと言うのだ。

 

 

「こんな大部屋になってしまって……」

 

「いえ、別に平気ですので」

 

 

 とは言え、3-Aのクラスメイトは基本的に仲良し組である。割り当てられないというのならば、大部屋で寝ればよい。ゆえに、3-Aの少女たちは一つの大部屋へ案内してもらったのである。また、部屋が用意できなかったことを詫びる女将へ、アスナが代表で気にしていないと苦笑しながら述べていた。

 

 その傍ら、大部屋から少し離れたところで少女と男が会話していた。サイドポニーテールの黒髪の少女の刹那と、大柄で筋肉ムキムキのタフガイ、バーサーカーだ。

 

 

「ネギ先生やカギ先生、それと小太郎君はいいとしても、バーサーカーさんはどうするんですか?」

 

「あぁ? 別に俺は寝る必要もねぇし、霊体化して適当にふらついてても問題ねぇさ」

 

「……いいんですか?」

 

 

 刹那はネギとカギと小太郎はまだ10代の幼い少年で、特に気にすることはないと思っていた。それは3-A共通の認識である。しかし、この目の前の大男は流石に厳しいのではないかと思った。部屋が大部屋一つになってしまったがゆえに、バーサーカーの寝床のことで刹那は困ってしまったのである。

 

 それに、バーサーカーはこの中で唯一男性と呼べるほどの男だ。こんな大男が少女たちと一緒に寝るというのは、なんと言うか絵面的に不健全である。そのため刹那は申し訳ない様子で、この状況をどうするのかとバーサーカーへ尋ねたのだ。

 

 するとバーサーカーは特に気にした様子も見せず、霊体化したりして適当にそこらへんをぶらぶらしていてもいいと話した。こうなってしまって迷惑をかけて申し訳ないと言う態度を見ながら、刹那はそれで本当にいいのかと再びバーサーカーへ尋ねたのである。

 

 ……まあ、実際カギも同じようなものなのだが、3-Aの少女たちは彼が転生して合計年齢50代のおっさんだという事実は知らないのだ。

 

 

「おうよ! それに屋根の上で寝転がって、月を見上げるのも悪かぁねぇ」

 

「そうですか……。なんかすいません……」

 

「ハッ! 気にすんなって刹那! むしろあんなところに居た方がおちつかねぇぜ」

 

 

 バーサーカーは二度も言う必要はないと言った感じであっけらかんとしており、ニカッと笑いながら屋根の上で横になり月を見上げるもいいかもしれないと答えた。何と豪胆な男だろうか。一緒に来たというのに追い出す形となってしまったと言うのに、本人は気にしていないどころか前向きな態度で接してくれている。

 

 そんなバーサーカーを見た刹那は、何と言ったらいいだろうかと考えながらも、苦い顔をしながら頭を下げて失礼を詫びていた。寝る場所すら確保できなかったと言うのに、このすがすがしさを見せられては、謝る意外の言葉が思いつかない、そう刹那は思っていた。

 

 刹那の苦心する様子を気にかけたバーサーカーは、さらに明るい笑顔で気にするなと声をかけた。それだけではなく、むしろこんな少女だらけの場所など、自分には狭苦しくて落ち着かないと。むしろ外へ出たほうが落ち着くと、バーサーカーはハッキリ言葉にしたのだ。

 

 

「なら、私も一緒にいきましょーか?」

 

「……! ……さよさんでしたか……」

 

「気持ちは嬉しいが一人で大丈夫だからよ! アンタは自分の大将んとこにいな!」

 

「でも、一人は寂しくないですか?」

 

 

 そこへそっと現れたのはなんと幽霊のさよだった。さよはたまたま刹那とバーサーカーが会話しているのを目撃し、話に入ってきたのである。さよも当たり前のように木乃香につれられて、ここへやってきていたのだ。また、幽霊ゆえに一人でいる寂しさを知っているさよは、バーサーカーへお供しようかと話しかけたのだ。

 

 刹那は突然現れたさよに、少しばかり驚いた。やはりいきなり幽霊がドロンと現れるのは心臓に悪いものだろう。それに、目の前のバーサーカーと会話しているのを他のクラスメイトに知れたら、質問攻めを受けるに違いない。刹那は流石にそれは少し厄介だと考え、こっそりとここで談義していた。なので、現れたのがさよだったことに安堵していたのだった。

 

 何せバーサーカーと刹那の関係を知っているのは、3-Aの中で魔法を知っているものでも一握りだ。それ以外の人の認識では、バーサーカーは小太郎に最近出来た友人ということになっている。また、それ以外にも白熊にまたがったヤンキーや筋肉の塊、木乃香の彼氏である覇王の友人などであり、そんな感じの認識しかないのである。

 

 突然現れてそんなことを言うさよへ、バーサーカーは微動だにせずその提案を丁寧に断った。さらに、自分のことよりも主である木乃香についていた方がよいと、バーサーカーは言葉にした。それでもさよは一人は寂しいだろうと思い、本当にそれでいいのかを聞き返していた。

 

 

「なあに、男ってのはたまにゃー一人になりてぇ時もあるってもんよ」

 

「そうなんですかー……」

 

「本当にそうなんでしょうか……」

 

 

 そんな心配そうにするさよへ、スカッとするような笑顔で問題ないとバーサーカーは話した。男っつーもんは一人になりたい時もある。そんな理由を述べて安心させようとしたのだ。そこまで言われてしまったらさよも引くしかないと思い、同行を諦めた。

 

 ただ、刹那はそれが本当なのかどうか、疑わしいと思っていたりした。バーサーカーはこう見えても女性が苦手だ。さよのような少女についてこられたら、やはりリラックスできないのではないかと思ったのだ。さらに言えば、さよは結構木乃香に似た顔をしている。今はある程度慣れてはいるが、バーサーカーは昔から木乃香が苦手だった。それ故に、バーサーカーはさよも少し苦手なんじゃないかと、刹那は思っていたのである。

 

 

「つーわけで、何かあったら連絡くれよな! 刹那!」

 

「はい! ではおやすみなさい」

 

「おやすみなさい~」

 

「おう! 早く寝ろよ!」

 

 

 バーサーカーは話が終わったと思い、手を大きく上げて一人立ち去っていった。刹那もいつまでもうじうじしてても仕方ないと思い、ぱっと明るい表情でバーサーカーへおやすみの言葉を投げかけた。さよも刹那のそれにつられ、少し気の抜けた感じで挨拶を述べていた。するとバーサーカーも刹那らの方を振り返り、早く寝ろよとニヤリと笑って叫んだ。そして、バーサーカーはすっと霊体化し、その場から姿を消したのだった。

 

 

 バーサーカーと刹那の会話が終わったところで、今度は大部屋に一人の男子が現れた。なにやら大部屋が騒がしいと思ったのか、何をしているのだろうとひょっこり顔を出してきたのだ。

 

 

「んん? 何か騒がしいと思ったらやっぱりオメェらかよ……」

 

「うん? 状助?」

 

 

 その男子とはリーゼントの髪型からまったく変えることの出来ない状助だった。状助はなにやら聞いたことのある声がよく響くと思い、この大部屋の前に来たのだ。そして、その近くに居たアスナへと話しかけたのである。アスナも状助が現れたのは予想外だったのか、何でこんなところに? と言う顔で状助を見るのだった。

 

 

「なんかすげーことになってんな……。一体どうしたっつーんだ?」

 

「人が多すぎて各自の部屋が取れなかったのよ」

 

「んで、こんな大部屋でザコ寝って訳か……」

 

 

 そして、状助がその大部屋を覗いてみれば、なんとも布団が部屋一帯に敷き詰められたすさまじい状況だった。なんという光景だろうか、こいつは一体どういうことだ。状助は驚きつつもそれをアスナに尋ねれば、アスナも正直に各自の部屋が取れなかったと説明した。いやはや、それでこんなことになってしまったのか。状助は少し大変そうだな、と思いながらも、楽しそうでもありそうだとも思っていた。

 

 

「そういえばアンタもここに泊まってたのよね」

 

「ため息が出るぐれぇ、奇遇っつーか怖いもんを感じてるがなぁ……」

 

「そんなに私たちとかぶるのが嫌な訳?」

 

「そーじゃあねぇがよぉ……」

 

 

 また、アスナはふと状助たちも同じ旅館に泊まっていることを思い出しそれを口にした。なんということだろうか、状助御一行とアスナたち3-A組は同じ旅館に泊まっていたのだ。

 

 状助はそれを聞いて、ため息をつきながら何で同じなんだと愚痴をこぼしていた。偶然なのだろうか、これほどの偶然があるだろうか。同じ海で出くわしたのはいいが、泊まる旅館も同じだとは。まったく持って恐ろしい何かを感じると、状助は思っていたのである。

 

 しかし、そんな状助の言い草をされたアスナは、そんなに自分たちと出くわすのが嫌だったのかと、ムスッとした様子で目を細め、状助を睨むようにしてそう言葉にしたのだ。

 

 確かにこれほど何度も出くわすというのは、奇遇とは考えられないぐらい奇妙なことだとアスナも思った。が、奇遇にも出くわしたというのに嫌な顔をしてため息をつかれれば、流石のアスナも頭にくるというものだ。だから、どうして自分たちと出くわしたことを不満に言うのかと、アスナは状助に文句を言ったのである。

 

 ただ、状助も別にアスナを邪険に思って、そんなことを言った訳ではない。この状助は元々臆病な人間である。この現状を見て状助は”もしや転生神のイタズラなのでは”と勘ぐってしまったりしていたところもあったのだ。

 

 実際は”転生神のイタズラ”など存在しないのだが、状助もある程度の二次創作で知った知識の中にそれがあった。故に、それが存在したとすれば、この状況はその”転生神”が運命を操って遊んでいるのではないか、と邪推してしまったのだ。

 

 だから、アスナと奇遇にも出くわしたというのに、逃げるような態度を取ったりしていたのだった。まあ、そういうことなので、プンプンと怒るアスナに、そういう訳ではないと状助は慌てながら話したのである。

 

 

「あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

「なんだぁ?」

 

「出来ればでいいんだけど、ネギ先生とカギ先生、それにコタロをそっちで預かってくれない?」

 

「別にガキ三人ぐれぇのスペースはあるけど、何でだ?」

 

 

 アスナはそこでそんなことよりも、もっと重大なことを思い出した。状助がそんな言い草と言うか、逃げ腰の態度は今に始まったことではないし、この程度で怒っても仕方がないことだと思ったのだ。そして、それを状助へと頼もうと思い、アスナは両手を顔の前で合わせ、お願いがあると話した。

 

 お願いされた状助はアスナからの頼みなどめったにないことなので、出来ることなら聞こうと思った。それに、確かにここでのアスナへの態度はあまりよくなかったかもしれないと状助は反省し、その償いとして頼みを承ろうとも思ったのだ。

 

 するとアスナは出来ればでいいと前置きをし、ネギとカギと小太郎を状助たちで預かって欲しいと頼んできた。状助は別にそのぐらい問題ないと快く承諾したが、どうしてそんなことを頼んだのかアスナへ疑問を聞いたのだ。

 

 この広い部屋ならガキ3人ぐらい問題ないだろうし、どうせ子供なんだから気にもしないだろうと思ったからだ。……まあ、カギは自分と同じ転生者だと言う事を知っている状助は、カギは確かに問題かもしれねぇ、とも思っていたのだが。

 

 

「子供だから私たちは気にしないけど、やっぱ女子に囲まれるより男子と一緒の方がいいんじゃないかなーって思って」

 

「まあ、そうかもしれねぇ」

 

 

 案の定アスナもネギたちは子供なので気にはしないと話した。だが、やはりお姉さんに囲まれて寝るより、同じ男子のお兄さんと寝た方が落ち着くんじゃないかと思っていた。なので状助が理由を尋ねてきたので、それを話して説明したのだ。状助もそのアスナの答えに納得いくものがあったようで、頷きながらそのことを肯定していた。

 

 

「あれ、東君じゃん」

 

「よっ、よぉ……」

 

 

 アスナと状助の話がまとまったその時、二人のところに別の少女が現れた。それはハルナだ。ハルナは状助がこんなところへやって来てるのを見て、すこし気になったので、その状助に声をかけに来たのだ。また、ハルナに話しかけられた状助は、やはりぎこちない態度で、目の前のハルナへと小さく挨拶をしてた。

 

 

「ここで何してんの?」

 

「いやぁ、何か騒がしいと思ってよぉ……。ちとどうしてだろうかって見に来ただけだぜ……」

 

「ふうーん。まあ、確かに3-Aは騒がしいからねぇ」

 

 

 そして、ハルナはその疑問を聞くと、状助はこの大部屋が騒がしかったので、誰かが宴会でもしているのだろうかと思い覗きにきたと話した。ハルナも騒がしかったから、と言う理由に納得した様子を見せていた。何せ3-Aは普段から騒がしく騒動の原因の一つ担っていてもおかしくないような連中だからだ。

 

 

「で、さ」

 

「急にニヤニヤしてどうしたのよ……」

 

 

 しかし、そこでハルナはクルリと視線をアスナへと移し、突然気色悪い笑いを始めた。アスナは一体何事かと思いながら、ちょっとニヤニヤするハルナが気色悪いと感じ、一歩後ずさりをしたのである。

 

 

「前々からずっと思ってたんだけどさ、ひょっとして……東君ってアスナの彼氏?」

 

「え? 何でそうなるの?」

 

 

 そうハルナに質問されたアスナだったが、どうしたらそう見えるのかとまったく理解出来ないと言う顔でそう言葉にしていた。状助は確かにいいやつだし昔からの友人だが、特にそう言った意識を持ったことがなかったし、普通に見れば友人として見られてもいいんじゃないかと思ったからだ。

 

 

「だって結構前から見てたけど、すんごく親しそうだしさー」

 

 

 と言うのも、ハルナは昨日といい今日といい、アスナと状助が仲よさそうにしているのを見ていた。それ以外にも、学園祭の時にアスナが助っ人として呼んだのがあの状助だった。だからハルナは当然彼氏だと思ったのだ。

 

 

「んな訳ねぇっスよぉー! ただの昔からのダチですって!」

 

「そー言ーこと」

 

「アスナに質問したのに、何で東君の方が慌ててんだろーか……」

 

 

 だが、その二人の言葉を否定したのは状助だった。状助はそんなことは絶対にありえないと考え、慌てながらに昔からの友人だと説明したのだ。アスナも状助に便乗し、ただの友人だといつも通りの冷静な表情で話した。

 

 ハルナはアスナへ質問したはずが、慌てているのは状助ということに、非常に不思議だと感じていた。普通ならアスナがこうやって慌ててもおかしくないと言うのに、その横で会話を聞いていた状助が、いきなり焦りだしたではないか。まさか、もしや、そうなのだろうか、ハルナはそこでそんな考えがよぎり、状助がアスナに気があるのではないかと勘ぐり始めていた。

 

 

「あら、東さん。ここでも奇遇ですわねぇ」

 

「何ィィィ――――――ッ!? オメェこんな時に出てくんじゃあねーッ!! 話がややこしくなるじゃあねーか!」

 

「いっ、いきなり何を怒ってるんですの!?」

 

 

 しかし、そこへさらにあやかがやって来て、状助へと挨拶した。あやかも状助とは旧知の仲。そんな友人が顔を見せたのだから、声をかけておこうと思ったのである。そんなあやかに対して、状助はなんということか、こっちに来るなと言わんばかりの顔で、何で来たんだと叫ぶではないか。なんという失礼なヤツ! あやかも流石に何故怒っているのかわからず焦る一方であった。

 

 

「まさか、いいんちょとも親しいとは……。これは予想外だったわー……」

 

「うおおおおおおッ!! やっぱり予想通りこうなったじゃあねーか!」

 

 

 それでも何故状助はこれほどあやかに強くあたったのだろうか。その答えは横のハルナである。ハルナは、状助があやかとも親しかったということで、さらに想像を膨らませていた。もしかしたら三角関係なのだろうか。いや、アスナは名前で呼んでいたがいいんちょは苗字で呼んでいた。そのような邪推と言う名の妄想が、どんどんあふれ出していたのだ。

 

 そんな妄想を掻き立てられ、腕を組んで独り言をぶつぶつ言うハルナ。状助はそのハルナの様子を見て、何かありもしないようなことを想像されているのではないかと思った。だから、これだからこの場にあやかが来られると困ると、状助は頭を抱えながら叫んだのである。

 

 

「ああ、そういうことでしたの……。ですが、私もそのあたりは気になってましたのよ? どうなんです?」

 

「どうなんです? じゃあねーっつーのよぉー! オメェやアスナは小学生ん時からのダチだっつってんだろーがよぉー!!」

 

 

 あやかにはハルナの独り言が聞こえたようで、そういうことかととっさに察した。確かにハルナはこういった恋バナみたいなものが大好きで、すぐに飛び込むような性格だ。そして、あやかも当然そんなハルナの性格を知っていたので、今話していたのは状助とアスナの関係のことだろうと理解したのである。

 

 だが、あやかもアスナと状助の仲は気になっていたのだ。故にそこで状助に、そこんとこどうなのかとニッコリ笑ってあやかは尋ねた。

 

 まさかこんな伏兵が潜んでいようとは。状助は完全に追い詰められた心境の中、突然何を言うだーっ! と心の奥底から叫んだのである。あやかもアスナも小学生の時からの友人であり、それ以上でもそれ以下でもない、それが状助の答えだった。

 

 しかしまぁ、この状助も転生者だ。カギほどではないにせよ、そこそこ合計年齢は高いほうだ。そんなはずなのにこの程度で冷静さが欠けるのは、チキンすぎるとしか言いようがない。まあ、ある程度肉体に精神が引っ張られているせいで、思春期の男子みたいな思考になっているのかもしれないが。

 

 

「二人とも、状助が困ってるじゃないの。ここら辺にして置いてあげたら?」

 

「いやぁ……、元はと言えばアスナに質問したことなんだけど……」

 

「だからさっきも言ったでしょ? ただの小学校時代からの友達よ」

 

 

 何か気がつけば標的が状助に向いてしまったのを見かねたアスナは、状助の助けに乗り出した。なんというか状助はこういう話が苦手なのを知っているアスナは、その辺で勘弁してあげて欲しいと、普段通りの態度でハルナとあやかへ話したのだ。

 

 しかし、考えてみれば最初にハルナが質問したのはアスナだ。元々はアスナへ尋ねたことである。それをハルナはアスナへ言うと、当然のようにしれっとした態度で、状助とは友人だとアスナは答えるだけだった。

 

 

「まっ、まあガキどもは俺らが預かるからよぉ!」

 

「え? ちょっと待ちなさい東さん! ネギ先生を連れ去ろうと言うのですの!?」

 

「そうよ。私が頼んだのよ」

 

 

 そして、この状況が非常に芳しくないこと考えた状助は、この隙にアスナの頼みを聞いて逃げるが一番と思った。だから状助はネギたちを預かることを口に出したのだ。だが、それを聞いたあやかは、もしや状助がネギを連れ去るのではないかと言うことを察し、それを慌てて追求した。すると、横で聞いていたアスナが、しれっとした態度で自分が頼んだと話したのである。

 

 

「なんでそんな余計なことを!!」

 

「いや、いいんちょと一緒にしてたら何が起こるかわからないし……」

 

「ちょっとー!? 別にやましい事は一切しませんわよー!!」

 

「信じられないわそれ……」

 

 

 それを聞いたあやかは、まくし立てるようにそんな余計なことをどうしてしたのかとアスナを問い詰めた。アスナは、それだからネギをあやかと一緒にしておくのは危険だと判断したと苦笑しながら述べていた。何でそんな風に思われているのかと思ったあやかは、決してそのようなことは絶対にしないと叫んでいた。が、アスナはそれを信用できないと、呆れた顔で断じたのだ。まあ、実際はアスナもあやかがそこまでするような人ではないと思ってはいるのだが。

 

 

「んじゃ、預かっていいんだな? おし!」

 

 

 そして、それを聞いた状助は突如その大部屋へと目にも留まらぬ速さで侵入し、その子供三名の確保に乗り出した。スタンドを使った跳躍と腕を使い、なんとあっという間にネギとカギと小太郎を掴み取り、入り口へと戻ってきたのである。

 

 

「一体何が?!」

 

「なっ、何やこれ!?」

 

「おまっ! 何しやがんだチクショー!」

 

「じゃーな! あばよー!」

 

 

 何が起こったのかわからない様子のネギ。気がつけば身長の高い男子に抱えられているではないか。さらに小太郎はクレイジー・ダイヤモンドの腕で背中を掴まれており、何がどうなっているのか理解できず慌てていた。

 

 また、ネギの反対側で抱えられたカギも、ネギたちと同じように突然のことに驚いた。突如自分が掴まれて持ち上げられている状況に、少なからず文句があったのだ。だが、そんなことなど気にもせず、状助はアスナたちにさらばと伸べると、すぐさま自分の部屋へと駆け込んだのであった。

 

 

「ああ!! お待ちなさいー!!?」

 

「逃げ足だけは速いわね……」

 

 

 なんという速度だろうか、あやかが状助に待てと言った時には、すでに状助の姿はなかった。アスナはそんな状助を見て、いつもいつも逃げ足だけは速いやつだと、呆れた様子で逆に感心すると思っていた。

 

 

「アスナは特に反応しないけど、東君はひょっとしたらひょっとするかもしれないねぇ……」

 

 

 状助の去った後をポカンと見ているアスナとあやかの側で、メガネを吊り上げて邪悪な笑みを見せるハルナ。ハルナは状助の態度を見て、もしやと勘ぐっていたのである。確かにアスナは冷静であり、特に状助へ何らかの感情を抱いているようには見えない。アスナの言うとおり、ただの友人なのだろうと今現在ではハルナもそう思わざるを得なかった。

 

 しかし、状助はあの程度の質問で随分テンパっていた。まあ、思春期の男子なのだから、目の前の子が好きかと聞かれればああもなるかもしれないだろう。ただ、それを差し引いても、ハルナには何かを感じていたようだ。そう、これは多分ラブ臭だと。故に、今度会ったらもう一度質問してみようかと、悪巧みを考えていたのであった。

 

 まあ、そのハルナの考えが正解なのかは状助にしかわからないことだろう……。

 

 

 

 


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