理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百十話 進展

 ここは千葉県にある成田空港。そのロビーへアスナたちはやってきていた。なぜならメトゥーナトとギガントが魔法世界へ、アルカディア帝国へ帰るので、彼らの見送りをするためだ。そして、メトゥーナトとギガントたちも、アルカディア帝国直結のゲートがあるイースター島へ行くため、飛行機を待っていたのだった。

 

 

「我々は先に戻るが、……大丈夫か?」

 

「大丈夫よ! 任せて!」

 

「わかった」

 

 

 メトゥーナトはアスナに、自分たちは戻ってしまうので、大丈夫なのだろうかとアスナへ尋ねた。麻帆良にアスナを残して去るのは、心配だったからだ。また、後に魔法世界へ来る時のことが心配だったのだ。そう心配そうにするメトゥーナトへ、元気よく大丈夫だと叫ぶアスナ。別に心配する必要はないと、自信満々な様子を見せたのだ。そのアスナの姿を見たメトゥーナトは、ふと笑みをこぼしてわかったと、一言述べた。

 

 

「おっちゃんも大変だなー。向こうに戻っても仕事なんだろ?」

 

「まあな。だが、お前の父は一人で頑張っているのだからそうも言ってられん」

 

 

 そこへ今度は数多がメトゥーナトへ声をかけた。メトゥーナトが帰郷するのは休みだからではない。むしろこっちに居る時よりも大変な仕事が待っているのだ。それを考えた数多は、大変だなあと思いメトゥーナトにねぎらいの言葉をかけたのである。

 

 だが、メトゥーナトは自分たちよりも、今も一人で皇帝を支えているであろう数多の父、龍一郎を考えれば、いい方だと言葉にした。皇帝のもっとも信頼する部下であるメトゥーナト、ギガント、龍一郎の三人の内、二人が麻帆良で活動していたのだ。一人となった龍一郎が、一番大変だったのではないかと、メトゥーナトは考えそれを話していた。

 

 

「そうだったな! 親父には元気にしてるって言っといてくれよな!」

 

「私も穏やかに過ごしていると伝えていただきたい」

 

「伝えておこう」

 

 

 数多はそこで、親父は一人であっちに居ることを、メトゥーナトに言われて思い出した。そうだった、親父は一人で頑張っていたんだった。そんな親父に自分は元気だと伝えて欲しいと、数多はニカっと笑ってメトゥーナトへ話した。その横にいた焔も、数多と同じく何事もなく過ごしていることを話しておいて欲しいと、メトゥーナトへと頼んだのだ。メトゥーナトはそのことを快く引き受け、伝えておくと言葉にしていた。

 

 

「まあ、俺らも後に戻るけどな」

 

「それがいいだろう。ヤツもお前たちに会いたがっているはずだ」

 

 

 ただ、夏休み中に向こうへ戻るのは数多たちも同じだった。そのため、少しこちらで夏休みを楽しんだ後、戻ることにしていたのだ。それを数多が話すと、メトゥーナトもそうしてやれと言葉にした。何せ龍一郎は一人寂しくあっちで頑張っているのだ。子供に会いたがっているだろうと考え、それを話したのである。

 

 

 その四人とは別に、もうひとつ四人組のグループがあった。それはネギやギガントたちである。ネギや夕映、のどかもまた、ギガントへ別れの挨拶をしに来ていたのだ。

 

 

「お師匠さま、色々ありがとうございました」

 

「君はワシの弟子なんだ。改まって礼を言うこともない」

 

「……お師匠さま……」

 

 

 ネギは短い間だったがとてもお世話になったと、ギガントに頭を下げていた。魔法がバレてしまった時のフォローや、麻帆良でも魔法を教えてもらったことに感謝していたからだ。だが、ギガントは弟子の面倒を見るのは当然ゆえに礼はいらないとネギへ話したのだ。ネギはその言葉に感極まり、少し涙目になっていた。これからまたお別れするのだから、寂しさを再び感じていたのだ。

 

 

「……なあに、これが別れではない。また会いに戻ってくるよ」

 

「……はい!」

 

 

 そんな寂しさを感じている様子のネギへ、ギガントは温かみのある笑みを見せ、別にこのまま会えなくなる訳ではないと、やさしく声をかけた。そして、向こうの仕事が一段落したら、また会いに来ると言葉にしていた。ネギはそのギガントの言葉に喜びを感じながら、涙をぬぐって笑顔を見せ、元気よく返事をしたのだ。

 

 

「師匠、短い間でしたがありがとうございました」

 

「本当にありがとうございました」

 

 

 ネギの後に夕映とのどかも、ギガントへと礼を述べて頭を下げていた。今まで魔法を教えてもらったことへの感謝の気持ちである。二人はやはり世話になった師との別れというのもあり、やはり寂しそうな表情だった。

 

 

「これ、君たち。これが最後の別れではないと、言ったばかりだろう?」

 

「……そうでしたね」

 

 

 ただ、ギガントは二人が二度と会えないという様子を見せていたのを感じたようだ。だからネギにも言ったことだが、この別れで二度と会わないという訳ではないと、静かに二人へ話した。夕映はその話を聞いていたので、そういえばそうだったと、頭を上げて言葉にしていた。

 

 

「暇になったら、また魔法を教えてあげよう。今までのようにな」

 

「……はい! 嬉しい限りです!」

 

「楽しみにしてます……!」

 

 

 またギガントは、先ほどと同じように仕事が一段落したら、再び魔法を教えてあげると、二人へやさしく話していた。夕映はその言葉に、感涙しながら笑みを見せて返事をしていた。のどかもまた、微笑んでそのことを楽しみにしていると言っていた。

 

 

「いい弟子を持ったな」

 

「ワシの自慢の弟子たちだよ」

 

 

 そんな様子を見ていたメトゥーナトは、ギガントへ話しかけた。なかなかすばらしい弟子たちではないか、流石はギガントだと。ギガントも当然のように、あの三人は自慢の弟子だと言い切っていた。

 

 

「あ、パパ」

 

「なんだ?」

 

 

 そこへアスナがメトゥーナトを呼び、話を切り出した。メトゥーナトはなんだろうと思い、それを尋ねたのだ。

 

 

「エヴァちゃんから伝言」

 

「ふむ? マクダウェルから?」

 

「皇帝陛下に、”今度顔を出すから首を洗って待っていろ”ですって」

 

「……わかった。伝えておこう……」

 

 

 アスナはエヴァンジェリンから伝言を預かっていた。エヴァンジェリンはアスナがメトゥーナトたちを見送りすることを知っていた。なので、伝えておいて欲しいことをアスナへ話しておいたのだ。その伝言とはアルカディアの皇帝への言伝だった。

 

 しかし、その内容はなんということか、少し物騒なものだった。というのも、エヴァンジェリンはいまだに皇帝が送ってきた手紙のことを根に持っていた。そのことの仕返しとして、そういった伝言を言い渡したのである。メトゥーナトはその伝言に、少し引きながら伝えておこうと約束した。まあ、これも全部皇帝が悪い、因果応報なのだ。メトゥーナトもこればかりは仕方がないと思い、快くその伝言を承ったのだ。

 

 

「……アスナ」

 

「何?」

 

 

 また、メトゥーナトが今度は思い出したかのように、アスナを呼びかけた。アスナは用件が済んだので、一体なんだろうかと思ったようだ。

 

 

「本当にこちらへ来てくれるのか……?」

 

「うん、行くわ」

 

 

 メトゥーナトはアスナへ、本当に魔法世界へ来てくれるのかを再び尋ねた。実際メトゥーナトはアスナへ魔法世界に行ってほしい訳ではない。ここで断ってくれるのであれば、それでいいと思っていたのだ。だが、アスナは行くと言った。強気の表情で、ハッキリとそう言葉にしたのである。それは決意の証。それは曲げることがない強い意思だった。

 

 

「……そうか……。すまない……」

 

「もう何度謝ってるのよ。別に気にしなくていいのよ!」

 

「うむ……」

 

 

 メトゥーナトはアスナのその表情と目を見て、アスナが絶対に魔法世界へ行くことに決めてしまったのだと確信した。だからもう何も言うことはできなかった。ただ、一つ言葉に出来たことは、やはり謝罪の言葉だった。

 

 ただ、このことを頼まれたときからメトゥーナトが謝ってるのを見たアスナは、何度目だろうと思った。ゆえに、謝る必要はない、気にしていないと励ますように話したのである。アスナからそう言われてしまったメトゥーナトは、出す言葉が見つからなかったのか、静かに唸るだけだった。

 

 

「……ならば、これを渡しておこう」

 

「……! これって……」

 

 

 それならば、これを渡しておこう。メトゥーナトはそうアスナへ話すと、そっと腰から白い布で包まれた板のようなものを取り出した。だが、それは板などではない。アスナはその正体を知っていたので、それを渡されたことにかなり驚いていたのだ。

 

 

「いいの!? これ、パパの愛用の剣じゃない!?」

 

「大丈夫だ。剣なら他にある」

 

「だっ、だけど……!」

 

 

 その白い布に包まれた中身、それはメトゥーナトが普段から使っている、鞘におさまった西洋風の剣だった。常に手入れが施され、美しい外見とすばらしい切れ味を誇る、メトゥーナトの愛剣だったのだ。また、白い布は強力な認識阻害を発生させるためのものであり、一見したら剣だとはわからないものなのである。

 

 それを手渡されたアスナは、これを預かってしまってよいものかと叫んでいた。この剣はメトゥーナトが昔から使ってきたものだ。もはや体の一部といっても差し支えないほど、この剣をメトゥーナトが利用してきたのをアスナは知っていたのだ。ただ、剣はこれだけではないので、特になくても問題ないとメトゥーナトは静かに語った。しかし、やはりこの剣は受け取れないと、アスナは慌てながらに言葉にしていた。

 

 

「後に向こうへ行く時のお守りにしてほしい」

 

「……わかった。ありがとう……」

 

 

 それでもメトゥーナトは、この剣をアスナに渡しておきたかった。何せ自分たちの計画のために、アスナに魔法世界へ来てもらうことになっているのだ。その罪滅ぼしとは言わないが、せめてお守りとして持っていて欲しいと。また、何かあった時には役立ててほしいとメトゥーナトは思ったのだ。ただ、使う場面などない方がよいと、メトゥーナトも思っているのだが。

 

 アスナもそう言われてしまったら、受け取らなければ失礼だと思った。だからそっとその剣を受け取ると両手で抱きかかえ、そのことの礼を穏やかな微笑みを浮かべて述べたのである。

 

 

「そろそろ時間だな」

 

「では、行くとするか……」

 

 

 そうこうしているうちに、飛行機の発射時刻が迫ってきていた。メトゥーナトとギガントはそれを見て、飛行機へ向かうことにしたのだ。

 

 

「ではな諸君、元気でな」

 

「また会おう」

 

「はい! お師匠さまもお元気で!」

 

「師匠、また会いましょう!」

 

「さようなら!」

 

 

 ギガントとメトゥーナトは最後の挨拶を行い、静かに歩き出した。ネギたちもそれにつらられ別れの言葉を叫び、ひと時の別れを惜しんでいたのだった。

 

 

「またなー」

 

「旅の無事を祈ってます」

 

 

 また、数多と焔も同じく挨拶を叫んでいた。ただ、数多たちはどうせアルカディアへ帰るので、後に会うことが出来る。そのため、ネギたちのように別れを惜しむような様子は見せてなかった。

 

 

「またね、パパ!」

 

「ああ……!」

 

 

 そして、最後にアスナが右手を広げ、大声で再会の約束を叫んでいた。そのアスナの声にメトゥーナトも反応し、その約束を受け取っていた。その後二人は人ごみに姿を消し、完全に見えなくなった。それを見たネギたちは、飛行機が見える場所へと移動して行ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが成田空港へ赴いている時間と同じ時刻のエヴァンジェリンの別荘内。そこで必死に初心者用の杖をふるい、呪文を唱える千雨の姿があった。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、”火よ灯れ”!」

 

 

 千雨は魔法習得のために、何度も何度も何度も何度も、この火よ灯れを練習していた。かれこれ何百回やっただろうか。それでもなかなか火が灯らず、ずっとこうやって杖をふっていたのである。

 

 

「クソ! もう一度!」

 

 

 今度も同じく火が灯らなかった。灯るまで練習しなければ魔法を使うことは出来ない。だから千雨は、もう一度、もう一度と何度も言葉にしながら、再び杖を振り下ろすのだった。

 

 

「はかどっているか?」

 

 

 そこへ千雨の様子を見に来たエヴァンジェリンが、うまく出来ているかと聞いてきた。エヴァンジェリンは千雨に魔法を教えることを約束したが、やる気がなければいつまでたっても魔法は使えない。だが、千雨は必死に何度も練習していた。その姿を見て、エヴァンジェリンは非常に嬉しい気分を感じていたのである。まあ、それを顔には出さずに冷静な態度を取り繕いながら、エヴァンジェリンは千雨へと話しかけたのだ。

 

 

「見ればわかんだろ……。ちっともうまくいかねぇ……」

 

「そういうもんだよ。火が灯るまで頑張るしかないのさ」

 

「はぁ~、そうかぁ……」

 

 

 そのエヴァンジェリンの言葉に、千雨は見ればわかると不機嫌そうに話した。何度やっても火は灯らず。本当に灯るのか不安になってきたのである。ただ、魔法使いも同じように、何度も練習するのだから、これ以外魔法を使うようになる方法はない。だから火が灯るまで練習を頑張るしかないのだと、エヴァンジェリンは語ったのだ。それを聞いた千雨は、ため息を大きく吐いて、やるしかないのかと思ったのだった。

 

 

「よしっ」

 

 

 まあ、近道はなく、火が灯るまで練習しなければならないなら、それをやるしかない。そう考えた千雨は、気を取り直して気合を入れた。次こそは成功してくれと願いながら。次こそは火が灯ってくれと祈りながら。手の力を緩めてやさしく杖を握り締め、その手をゆっくりと静かにあげた。そして、深呼吸をした後に、その杖をすばやく下げ、その呪文を唱えたのだ。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、”火よ灯れ”!!」

 

「むっ」

 

 

 なんと、ようやくそこで千雨がふるった杖が光り輝いたのだ。まるで今までの練習を祝福するかのように、杖の先端に火が灯ったのである。エヴァンジェリンはそれを見て、少しだけ驚いた。まさかこの短期間の間に、火が灯るなど思っていなかったのだ。また、ようやく灯ったその火を見て、よくやったという感情が湧き上がってきたのも同時に感じていた。

 

 

「でっ、出来た……! 出来たぞ!!」

 

「ほう……、やるじゃないか。数十日の間によくここまでやった」

 

「流石に疲れた……」

 

 

 千雨はその光った杖を見て、涙が出そうなほど喜んだ。何度も練習し、ようやく火が灯ったのだ。本当ならば走りまわって喜びたいぐらいの出来事だった。今までの努力がようやく実ったのだ、千雨は喜びの叫びを大声で叫び、今の最高の気持ちを外へと吐き出したのである。

 

 エヴァンジェリンはそんな千雨へ、よくやったとねぎらいの言葉をかけていた。本来ならば数ヶ月はかかるはずのことを、数日でやってのけた千雨に、最高の言葉を告げたのだ。ただ、千雨は叫び終わるとその場にへたれこみんだ。何せ何度も同じように火よ灯れを行っていたのだ。火が灯ったことで、その疲れがどっと押し寄せてきたのである。

 

 

「さて、貴様には第二段階へ移るとしよう」

 

「本格的に魔法を教えてくれるのか!?」

 

「そういうことだ」

 

 

 エヴァンジェリンはこれでようやく二段階目、つまり基礎魔法の練習に入れると思った。それを千雨へ言うと、千雨は少し興奮した様子で、新しい魔法を教えてくれるかどうかを尋ねてきたのだ。千雨のその質問に、エヴァンジェリンは笑みを見せながらそのことを肯定した。

 

 

「うっそー! 千雨ちゃん火が灯ったの!?」

 

「ま、まあな」

 

「努力の賜物だよ」

 

 

 そこへやってきたハルナは、千雨が火よ灯れを成功させたのを知り、たいそうな驚きようを見せていた。自分は何度やってもうまくいかなかったというのに、まあよく出来たものだと思ったのである。千雨はそう叫ぶハルナへと、少し照れながら一言、まあなと言葉にした。その横でエヴァンジェリンは、これこそ努力が実ったことだと言っていたのだった。

 

 

「くー! 羨ましいなあー!」

 

「姉さんも必死になれば出来るようになりやすぜ」

 

「本当かなー……」

 

 

 ハルナは滅茶苦茶うらやましく思った。火が灯れば新しい魔法が覚えられるからだ。だが、ハルナははっきり言えば練習不足。それに魔法使いが数ヶ月も練習するのだから、そうそううまくはいかないのである。

 

 そのことを知っているカモミールも、ハルナの肩からひょっこり顔を出し、必死に練習すればいずれできると励ましていた。ただ、何度やっても光らない杖を振るだけなのは、やはり飽きる。というか、本当に自分が魔法を使えるようになるのかさえ疑わしいと、ハルナは少し気落ちした様子を見せていた。

 

 

「貴様と長谷川千雨では反復した回数が何十倍も違うからな。当然の結果といえよう」

 

「そーいうことだ、早乙女」

 

「ぐぐー……! 魔法も日々の努力あるのみかー……」

 

 

 エヴァンジェリンはそのハルナを見て、千雨とハルナとでは行った火よ灯れの回数が桁違いだと言葉にした。そもそも魔法使いが数ヶ月練習するものを数十日でものにした千雨は、何百何千何万とも数えられるほどに、杖を振っていたことになる。そこまでしてようやく火が灯ったのだから、当然ハルナもそのぐらいやらないと駄目だということだった。

 

 千雨も当たり前だといった様子で、もっと練習しろとハルナへ告げた。でなければ魔法は使えないのだから当然だ。それに、自分だって必死に苦労したのだ。このぐらいやってようやく火が灯るのだから、練習あるのみなのだと千雨は語ったのだ。

 

 そう千雨に言われたハルナは、少し悔しそうな様子を見せていた。また、魔法も必死に練習しないと駄目なのかと思い、大変だなあと思ってもいた。ただ、ハルナはそんなことよりも別のことが気になった。だからそのことをエヴァンジェリンに尋ねたのだ。

 

 

「そういやネギ君やゆえたちは?」

 

「知り合いが帰郷するからその見送りに行ったよ」

 

「へぇー」

 

 

 ハルナが気になったこと、それはネギたち数名がこの場にいないことだった。エヴァンジェリンはその質問に、知り合いの見送りと答えた。それはメトゥーナトやギガントの見送りのことだ。ただ、ハルナは大きな接点がある訳ではないので、それ以上気にならなかったようで、生返事で返していた。

 

 と、そんなところへもう一人少女が現れた。カメラを持った和美である。和美は銀髪の出来事から開放されかなり余裕が出来た。そのため最近コソコソしているハルナたちを不審に思い、こっそり後をつけてきたののだ。

 

 

「みんな最近コソコソしてると思ったら、こんなところにいたんだねぇー」

 

「なっ!? 朝倉!?」

 

「どうしてここが!?」

 

 

 和美はこの魔法球内にある別荘を不思議に思いながら、ハルナたちがこんな面白い場所にいたのかと、笑みを浮かべて言葉にしていた。その和美の姿を見たハルナと千雨は大層な驚きようを見せ、どうしてここがバレたのだろうかと頭を抱えた。まさかこの場所がバレてしまうとは、さらにあろうことか和美にバレてしまうとはと、そう焦っていたのだ。

 

 

「私の調査にかかればバレバレよ!」

 

「大丈夫なのか……?」

 

 

 ハルナと千雨があまりにも驚くので、和美は自慢げに自分の調査ならばこの程度はたやすいと、簡単にわかると豪語したのだ。千雨はそんな和美を見て、この場所がバレてしまって大丈夫なのだろうかと、かなりの不安を感じていた。

 

 

「コイツも貴様らの友人か?」

 

「はっはいっ! 彼女も私たちのクラスメイトなんですけど……」

 

「バレてしまったみたいで……」

 

 

 その様子を眺めていたエヴァンジェリンが、ここでようやく口を開いた。突然現れた新たな少女とハルナたちのやり取りを見て、彼女たちの友人なんだろうと思ったようだ。そのことをその二人へ尋ねると、ハルナがクラスメイトだと焦りながら話し、千雨がこの場所がバレたことを少し青ざめながら説明したのだ。

 

 

「あれ? なんかマズいことしたかな……?」

 

「ふむ……、まあ一人と一匹が増えたところで、もうどうでもよいがな」

 

「……一匹?」

 

 

 なにやら深刻な雰囲気を見せたハルナと千雨を見た和美は、ここに来たのがそんなにまずいことだったのかと思い始めていた。ただ、ここの主であるエヴァンジェリンは、別に気にしている様子はなかった。しかし、そこでここに来たのは和美一人のはずなのだが、もう一匹と言う言葉をエヴァンジェリンが放ったのだ。一匹、その言葉にハルナは疑問に思った。何せどこにも”一匹”に該当するものが見当たらなかったからだ。

 

 

「お初にお目にかかります。小生、マタムネと申す」

 

「ネコの霊……。いや、O.S(オーバーソウル)というやつか」

 

「わかりますか」

 

 

 だが、その一匹は確実に存在した。そして、それはエヴァンジェリンへと、自ら名を名乗りだし、頭を下げていたのだ。そう、一匹こそネコの霊であるマタムネだった。エヴァンジェリンはマタムネを見て、動物霊と言うだけではなく、O.S(オーバーソウル)であることも見抜いたのだ。マタムネはそう言われ、静かに頭を上げて、エヴァンジェリンのことをなかなかの慧眼の持ち主だと考えていた。

 

 

「えっ!? 何かいるの!?」

 

「確かによーく見ればうっすら……、いや幻覚だ……」

 

「あれ、二人には見えないのか」

 

 

 しかし、ハルナや千雨にはマタムネは見えない。マタムネは霊でありO.S(オーバーソウル)だ。普通の人間には見ることなど不可能な存在なのである。ただ、千雨は火よ灯れが成功し、魔法使いの一歩を踏み出していた。ゆえに、本当にうっすらとだが、それらしき影ぐらいは見ることが出来たようだ。

 

 が、そんなものなど見たくなかったと思った千雨は、あれは幻覚だと思いなおし、首を振っていたのだった。また、何故かマタムネを見ることが出来る一般人の和美は、二人がマタムネを見えないことに気がつき、そういえばマタムネは幽霊だったことを改めて思い出したようだ。

 

 

「よよ? どーしたん?」

 

「このかー! とうとうここが朝倉にばれちゃったよ!!」

 

「それは大変やなー……」

 

「口外しなければ大丈夫だと思いますが……」

 

 

 そこへ木乃香と刹那、そしてさよがやってきた。木乃香はハルナと千雨が悩んでいる様子を見て、一体どうしたのかと声をかけたのだ。ハルナは和美にこの場所などがバレたことを大声で叫び、オーバーなリアクションを取った。何せパパラッチのこと和美にバレてしまったのだ。かなりマズイと思っているのだ。

 

 それを聞いた木乃香が横を向けば、そこには苦笑した和美がいるではないか。こりゃ確かにマズイかもしれんと、木乃香も思ったのだった。ただ、刹那はこの場所や魔法をしゃべらなければ大丈夫なのではないかと、大げさすぎると思ったようだ。と言うのも、一応マタムネがお目付け役として側に居るのを木乃香も刹那も知っていた。なので、それほど焦ることもないと考えたのである。

 

 

「おや、木乃香さん、刹那さん、それにさよさん。お久しぶりです」

 

「マタムネはん、おひさしゅー」

 

「お久しぶりですー」

 

「お久しぶりです……」

 

 

 マタムネは木乃香と刹那とさよを見つけ、そっと頭を下げて挨拶した。その礼儀正しいお辞儀に、木乃香たちも応えて挨拶を返していた。

 

 

「な、何かそこに居る?」

 

「ネコの幽霊さんやえ」

 

「そ、そんなのもいるのかよ……」

 

 

 その挨拶のやり取りを見たハルナと千雨はさらに戦慄していた。本当にその場に何か居るということを、核心させられてしまったからだ。それを木乃香へハルナが尋ねると、ネコの幽霊が居ると言葉にしたのだ。千雨はそこで、自分のクラスにも幽霊がいるというのに、ネコの幽霊も存在することに驚き半分呆れ半分の気分を味わっていたのだった。

 

 

「そこの二人はマタっちが見えないみたいだね」

 

「みたいやねー」

 

「仕方のないことですよ」

 

 

 和美は二人にマタムネが見えないことを言葉にしていた。何せ自分には見えるのに、普通の人には見えないマタムネに、和美はやっぱりと言う気持ちだったようだ。木乃香もそのことに相槌を打ち、本人のマタムネは仕方のないことだと言葉にしていた。当然幽霊は普通の人に見えないのだから。

 

 

「なー、マタムネはん。はおがどこ行ったか知らへん?」

 

「うーむ……。小生が話すべきことかどうか……」

 

 

 そこで木乃香はふと思い出したかのように、マタムネに覇王の居場所を聞いてみたのだ。何せこのマタムネは覇王のO.S(オーバーソウル)。きっと知っているに違いないと思ったのである。

 

 マタムネも覇王の行き先を知っていた。夏休みになるとフラりと股旅へと出て行く覇王の居場所を、マタムネは教えられていたからだ。ただ、そこでマタムネは悩んだ。確かに知っているが、それを木乃香に話してよいものかと。と言うのも、覇王の弟子である木乃香すら知らぬことを、勝手に話してはマズイのではないかと考えたのである。

 

 

「知っとるんやな?」

 

「知ってはおりますが、覇王様が語られてないことを話すのは……」

 

「んー、そないなら話さんでもええよー。ありがとなー」

 

「かたじけない……」

 

 

 木乃香はマタムネの悩む態度を見て、覇王の居場所をマタムネが知っているのを察した。マタムネも正直に知っていると話したが、覇王がじきじきに話していないことを話すのは気が引けると、少し戸惑っていた。

 

 木乃香も無理に聞こうと思っていなかったので、マタムネのその様子を見て、なら仕方ないかと思い聞くのをやめたのだ。その木乃香の優しい対応に、マタムネは感服しながら頭を下げ、かたじげないと一言つぶやいたのだった。

 

 

「てゆーか朝倉に魔法のことバレたんじゃない!?」

 

「最悪だなそれは……」

 

 

 また、ハルナは和美がここに居るということは、魔法の存在がバレたのではないかと気づき、さらに焦っていた。千雨も最悪だと言葉にし、今後どうなってしまうのかと悩む様子を見せたのだった。

 

 

「あー、魔法なら結構前から知ってたよ」

 

「えっ!?」

 

「それは小生が話したようなもの故……。いや、娘さんがたには小生の姿が見れぬのでしたな……」

 

 

 しかし、和美はすでに魔法のことを知っていた。何せカモミールが吹き込んだからだ。だから和美は、ハルナの肩の上で何か言いたそうにして焦っているカモミールへ、笑顔を送っていた。

 

 また、あえてマタムネは自分が教えたことにした。なぜならマタムネも、魔法やオコジョ妖精のことを教えはしなかったが、カモミールに聞くようにと言って和美を止めなかったからだ。ゆえに、マタムネは自分が和美に魔法を教えたも同然だと思っているのである。

 

 それを言うとハルナはマヌケな声で驚きを見せた。知らぬ間に和美が魔法を知っていたからだ。また、ここにはいないネギ、または夕映やのどかは、和美が魔法を知っているということを知っていた。が、この場にはいなかったので、そのことを知る人がいなかったのである。

 

 

「ふむ、ソイツに教えてもらったというのなら、まあいいか」

 

「ええー!? いいんですかーそれでー!?」

 

「外に漏らさなければな」

 

 

 マタムネがじきじきに和美に魔法を教えたと言うのを聞いたエヴァンジェリンは、マタムネと言う存在が教えたのなら気にすることもないと思ったようだ。先ほどから見ていたが、このマタムネとやらはとても律儀な性格のようだ。和美が魔法をバラそうなら、それを阻止して叱ってくれるだろうと考えたのである。

 

 ただ、ハルナはそのことに納得出来なかったのか、それを叫んでいた。と言うか、見えない何かが魔法を和美に教えたのだから、不安になるのも仕方のないことだろう。そう叫ぶハルナに、エヴァンジェリンは暴露しなければ問題ないと言葉にしていた。

 

 

「そのぐらいわかってるから安心してよ!」

 

「安心できねぇ……」

 

 

 和美もハルナの言葉に心外だと思い、魔法のことをばらすはずがないと大声で話した。そんな和美に冷たい目線を向け、信用は出来ないと話すのは千雨だった。このパパラッチ、早々信用など出来るはずがないと、少しばかり思っていたからである。

 

 

「小生もそのことは話さぬよう、しかと約束させておりますので大丈夫かと」

 

「それなら大丈夫そーやなー」

 

「お目付け役がいるのなら……」

 

「なんかみんなひどくない……?」

 

 

 不安がる周りを垣間見たマタムネは、自分が話さないように約束しているので大丈夫だと、安心させるような言葉を話した。ただ、姿が見えないので誰が話しているのかわからぬのが玉に瑕だった。それでも見えている木乃香や刹那は、なら大丈夫だろうと安心した様子を見せたのだ。その周りの態度に、和美も少しショックを受け、ヒドイと言葉にしていたのだった。

 

 

「ところでこの金髪の女の子は誰?」

 

「誰って、ここの主だって!」

 

「私の師になるのか……?」

 

 

 まあ、そんなことをずっと気にしている和美ではない。そんなことよりも、和美は目の前の金髪の少女のことが気になったのだ。ハルナはその問いに、この別荘の持ち主だと話し、千雨も今は自分の師匠なのではないかと考えながら語っていた。

 

 

「私はエヴァンジェリン、魔法使いさ」

 

「へえー、魔法使いはやっぱりネギ君たちだけじゃなかったんだねえー」

 

 

 エヴァンジェリンはそのやり取りを聞き、自分から名乗り出た。そこで魔法使いという言葉を聞いた和美は、ネギやカギ以外にもやっぱり魔法使いがいたのかと感心していたのだった。

 

 

「おっと、私は朝倉和美! よろしくね!」

 

「……こちらこそ」

 

 

 ただ、そんなことを考えるより、まず相手が名乗ったのなら自分も名乗るのが礼儀だと、和美も自己紹介を行った。そんな元気によろしくと言う和美に、エヴァンジェリンも小さくこちらこそと言葉にしていた。

 

 

「そうだな……。朝倉和美といったな。魔法に興味はないか?」

 

「魔法? 魔法かー……」

 

 

 さらにエヴァンジェリンは腕を組んで悩む仕草を見せた後、和美に魔法を知りたくないかと質問したのだ。それは悪魔のささやきか。エヴァンジェリンはあの和美をも魔法使いにしようとしたのである。しかし、和美は魔法と聞いて、非常に難しいことを考えるような態度を見せた。何かすごく不穏な言葉を聞いた、そんな感じだった。

 

 

「んー、外から見てるだけで充分かなー……」

 

「おや、どうしてだ?」

 

 

 そして和美は魔法はノーサンキューと言葉にした。誰かが使っているのを見ている分にはいいが、率先して使いたいという様子ではなかった。エヴァンジェリンはそのことを質問した。一体なぜ魔法を使いたくないのか。誰もが使いたいと思うのが魔法なのではないかと思っていたからだ。

 

 

「いやねー、色々嫌なもん見てきちゃったしね……」

 

「嫌なもの? この麻帆良の魔法使いは一般人に手を出すはずがないが……」

 

 

 その問いに和美は腕を頭の後ろに回し、少しだけ説明した。魔法と言う不思議な力を見たことがあったが、それはあまり良い光景ではなかったというものだった。エヴァンジェリンは和美の言葉に疑問を感じた。この麻帆良の魔法使いは、基本的に魔法使いと言うことを隠している。さらに魔法は世の為人の為にと考え、そのために修行したり魔法を使っているのだ。だから、普通ならいいものを見たと思うのだとエヴァンジェリンは考えていたのだ。

 

 

「んー、魔法使いの銀髪の男子がさー。問題起こしたところをたまたま見ちゃってさー……」

 

「例の銀髪の男か……。確か天銀神威とか言ったな……」

 

 

 和美が見た問題とは、あの銀髪のことだった。神威は時たま魔法を使い、ストレスを発散するかのように人を傷つけていた。その光景が焼きついてしまった和美は、魔法が怖いものだと認識してしまったのである。そしてエヴァンジェリンも銀髪と聞いて、もしやあの銀髪なのではないかと言葉にしていた。

 

 

「天銀君だっけ……? 前までけっこークラスで噂の男子だったんだけどなー」

 

「私も話にしか聞いてませんが……」

 

 

 ハルナはそこで、神威の名を聞いてピンと来たようだ。3-Aの中でかなり人気だった銀髪の神威。しかし、カギがその神威を打ち倒し、覇王がニコぽを含む特典を消滅させた。さらに、その素性が和美により暴露されたので、誰もがその神威に幻滅したのである。だからハルナも神威がクラスで何故人気だったのかまったくわからなくなってしまったようだった。

 

 そんなハルナに続き、刹那も口を開いた。刹那は確かにその悪名は聞いたが、噂と話でしか知らないのだ。故に、どんな人物だったのかは想像しかできないと言葉にしていた。

 

 

「あの野郎のツラぁ、今も思い出すだけでムカムカしてくるぜー!」

 

「カモ君がそんなに怒るような人だったの!?」

 

「野郎は男の腐ったようなヤツですぁー!」

 

 

 そんな時に、ハルナの側に居たカモミールが、銀髪の顔を思い出しただけで腹が立つと怒りを露にしていた。兄貴たるカギをボコボコにぶちのめし、洗脳でモテモテになろうとするあの銀髪には何度も煮え湯を飲まされたからだ。

 

 ハルナはそんなカモミールの態度に驚いていた。あのスケベでちょいとおっさんなカモミールでさえも、ここまで頭にくると言わしめたのだ。相当アレな人だったに違いないと思ったのである。カモミールは驚きながら言葉にしたハルナの質問に、最低最悪で男の腐ったようなヤツだと、さらに怒りをまして叫んだのだ。

 

 

「そういや私もそんな感じのヤツに突然声をかけられたことがあったような……」

 

「大丈夫だったの!?」

 

 

 だが、そこで千雨は銀髪と聞いて、少し前のことを思い出した。それは彼女たちが話す銀髪かはわからないが、確かに銀髪のイケメンが声をかけてきたというものだった。それを聞いた和美は少し驚いた様子で、千雨が何かされていなかったかを問いただしていた。

 

 

「なんかヤバそうだったからすぐに逃げたよ……」

 

「そっかそっかー」

 

 

 ただ、千雨はその時さっさと逃げ出した。銀髪でオッドアイでイケメンな男子が、突然ナンパの真似事をしてきたからだ。正直言ってあれはない。明らかに普通には見えなかったと千雨は思い、逃走を図ったのである。和美は千雨の説明に、それならよかったと話し、ほっとした様子を見せていた。

 

 

「ウチもその人に襲われたことがあるんよ」

 

「そういえばそんなことがあったって言ってましたね……」

 

「……あの時話してくれたことですか……」

 

「うーん、随分被害者が多かったんだねー……」

 

 

 その話を聞いていた木乃香も、その銀髪のこと神威に襲われたと話し出した。それはあの覇王とデートしていた時の事だ。刹那もその話は木乃香から聞いていたので、確かにそんなことがあったようなと思い出した様子を見せていた。刹那もその話を聞いた時は本気で怒り、次にその銀髪を見たら切りかかるぐらいの勢いだったのだが。

 

 また、さよも同じく木乃香から話を聞いていた。あの時さよは覇王とのデートと言うことで側にいなかったのだが、側に居ればよかったと少しだけ後悔したのである。何せさよが側に居れば、木乃香は自分の身を守れるぐらいのO.S(オーバーソウル)を作り出し、防御することが出来たからだ。まあ、過ぎてしまったことは仕方がないし、覇王に守ってもらった木乃香は、後悔で陰鬱なさよを随分励ましたのだった。

 

 木乃香の深刻そうな話を聞いた和美は、あの銀髪は随分被害者を出していたのだと実感したようだ。そして、これを考えれば自分が知らないだけでクラスの大半が被害にあっていたのではないかと考え、身震いして青ざめていた。

 

 

「しかし、もうあのもののまやかしはありませんので、大丈夫でしょう」

 

「そーだね……!」

 

「そりゃ兄貴がぶっ倒してくれたから安心ってもんよーっ!」

 

「カギ君やるじゃん!」

 

 

 しかし、もう銀髪の魔の手は消滅した。カギが銀髪を倒し、覇王が特典を奪ったからだ。マタムネはそう和美を安心させるように話すと、和美もそうだったと思い再び表情を明るくしたのだ。カモミールも同じく、カギが銀髪をぶちのめしたことを、喜びながら豪語していた。そんなことがあったことを知ったハルナも、あのカギがよくやったと褒めるようなことを述べたのだった。

 

 

「まあ、魔法が使いたくなったら教えてやるよ」

 

「うーん、でも今はまだいいかなー……」

 

 

 そんなことがあったために、和美は魔法を使いたいと思ってなかった。それ以外にも魔法を使っているのを外から眺めているだけで十分であり、別に自分が使える必要がないとも思っていたのだ。

 

 そのことはエヴァンジェリンにも伝わったようで、エヴァンジェリンも無理には教えようとしなかった。ただ、魔法が使いたくなったら気軽に言ってくれと、やはり名残惜しそうな様子を見せていた。それでも和美は今のところ魔法を習いたいとは思っておらず、悩む仕草を見せながら保留ということにしたのだった。

 

 

「あ、そーや。エヴァンジェリンはん」

 

「ん?」

 

「ウチにも治癒魔法、教えてほしいんやけど」

 

 

 そこで木乃香はエヴァンジェリンを呼び、エヴァンジェリンは何事だろうかとそちらを向いた。そしたらなんと、木乃香は治癒魔法を習いたいと、エヴァンジェリンに申し出たのだ。

 

 

「貴様は確か、巫力による治療は出来るんだったな」

 

「そーやけど、巫力が切れたら使えへんし、何よりウチにもぎょーさんの魔力を活用せんと思ってなー」

 

「ふむ、貴様の魔力は確かに膨大だったな」

 

 

 木乃香は元々覇王から、巫力を用いた治癒を習っていた。それが出来ることはエヴァンジェリンも知っていたので、どうしていまさら治癒魔法などを知りたいと思ったのかと考えた。

 

 木乃香はその理由を、静かに話した。それは巫力がある場合はその治療が可能だが、結構巫力を使うのだ。また、自分にはかなりの魔力があることを知っていた。なので、この魔力を腐らせているのは勿体無いと思い、巫力の治療以外にも魔法での治療を覚えようと思ったのだ。

 

 エヴァンジェリンも木乃香の魔力のことは察知していた。かなり高い魔力であり、修学旅行の京都にて狙われたほどなのも知っていた。

 

 

「いいだろう。ただし、教える前に”火よ灯れ”を使えるようになってもらうがな」

 

「そんぐらいなら、もう出来るよーなっとるよー」

 

「むっ、準備がいいな」

 

 

 ならば火よ灯れを練習するべきだと、エヴァンジェリンは木乃香へ指示した。火よ灯れが出来なければ、魔法を使うことは出来ないからだ。だが、木乃香はすでにそのぐらい出来ると、少し自信ありげに言葉にした。エヴァンジェリンは木乃香の準備のよさに、関心していたのだった。

 

 

「一応はおから教えてもらっとったんや!」

 

「覇王はシャーマンのみに特化していると思ったが、魔法も使えたのか」

 

 

 木乃香は覇王から、一応初歩の火よ灯れを教えてもらっていた。シャーマンとして鍛えるには不要だが、その膨大な魔力が役に立つかもしれないと覇王が思ったからだ。また、覇王もある程度魔法を使うことが出来る。が、シャーマンとして最高の力を持つ覇王は、それを使うことはまったくと言ってないのである。木乃香からそう聞いたエヴァンジェリンは、あの覇王が魔法もかじっていたことに少し驚いた。京都出身でありシャーマンである覇王が魔法すら使えるというのは、やはり想像しがたいものがあったからだ。

 

 

「手際のいいことだ。なら長谷川千雨と一緒に教えるとするか」

 

「ありがとなー!」

 

「気にするな」

 

 

 ただ、もう準備が出来ているなら話は早いとエヴァンジェリンは思い、ふっと笑って見せた。そして、ならば先ほど火が灯った千雨と共に、自分の知識を教えようと思ったのだ。木乃香は教えてくれると聞いて大層喜び、明るい笑顔でお礼を述べた。そんな木乃香に、礼はいらぬと返すエヴァンジェリンだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは麻帆良にある建造物の一室。そこにあるひとつのテーブルにて、一人の男が座っていた。それはあの無詠唱の特典を持つ転生者のアルスだった。アルスはそこで缶コーヒーをちびちび飲みながら、ある人物を待っていた。

 

 

「おっ、来たか」

 

「久々だな、アルス」

 

 

 そして、そこへ扉が開きそこから現れたのはアルスの友人でもある明石教授だった。アルスと明石教授はこの場所で会談をする予定だったのだ。アルスはやってきた明石教授へと、ようやく来たかという顔で、右手を上げて待ちくたびれたという様子を見せていた。また、明石教授も久々に会うアルスに、そう一言述べてその席へと座ったのだった。

 

 

「あれ? 君の奥さんは?」

 

「ん? ああ、情報だけ貰って来させてないぜ」

 

「どうしてだい?」

 

 

 そこで明石教授は周りを見渡し、ある人が居ないことに気がついた。それはメルディアナ魔法学校の校長のミニステル・マギであり、()()()()このアルスの妻であるドネットだ。本来ならばドネットもここへ来る予定だったので、明石教授は彼女が居ないことを不思議に思ったのだ。

 

 それを明石教授がアルスへ尋ねると、来てないと当たり前だろうと言う態度で言葉にした。一体どうしてなのだろうか。明石教授はそのことをさらにアルスへ追及したのだ。

 

 

「情報交換程度にイギリスから、わざわざここまで来てもらう必要もないだろ?」

 

「そうだけど、久々に会える機会だったじゃないか?」

 

「どーせこの夏に帰ることにしてんだ。今会わんでも問題ねーさ」

 

「まあ、君がいいならいいんだけどね」

 

 

 明石教授のその問いに、たかが情報交換に遠くからこの場所へ来ることなど必要ない、そうアルスは応えた。イギリスからここへ来るのに金もかかるし時間もかかる。そんなことするならば、自分が情報を受け取って話したほうが早いと、アルスは思ったのだ。ただ、久々に自分の妻に会えるチャンスだったのではと、明石教授はアルスへ聞いた。あれだけ会いたがっていたんだから、この機会に会っておけばよかったのにと思ったのだ。

 

 その問いにもアルスは悠々とした態度で答えた。と言うのも、この夏に帰郷する予定のアルスは、今会わずとも後に会えると思っていた。だからこの瞬間ではなく、自分が帰った時にでもたっぷり会えばよいと、そう明石教授へ話したのである。明石教授はその答えを聞いて苦笑しつつも、アルスがそれでよいというならと、特にそれ以降気にする様子を見せなかった。

 

 

「……ゆーなには尾行されてないよな?」

 

「大丈夫だよ。夕子が抑えてくれたからね」

 

「そうか、なら大丈夫だな」

 

 

 また、アルスはそこでぼそりと静かに言葉を出した。その内容とは、明石教授の娘である裕奈に追跡されていないかということだった。明石教授はアルスの問いに多少なりに疑問を感じながらも、自分の妻である夕子が裕奈にかまって抑えてくれたと笑みを浮かべ話したのだ。それを聞いたアルスは椅子の背もたれへ体を預け、ふぅっとため息をついて安心していた。

 

 

「……そんなヤバイ話なのかい? こんな場所でしかも人払いまでされているけど……」

 

「まぁな……」

 

 

 ただ、明石教授は、アルスがこの場で話すことにさらに疑問を感じていた。一体何を話すのだろうか。この談話では麻帆良の侵入者のことやビフォアのことを話すことになっていたはずだ。

 

 それに裕奈もここでは魔法生徒だ。ある程度話を聞かせるに値するはずである。そんな裕奈にすら聞かせられない話とは一体なんだろうかと。さらに、このようなほとんど誰も来ないような建物の一室で、しかも人払いまでもがされており、非常に厳重な状況だった。こんなに厳重にしてまで話す内容とは一体、そう明石教授は考えていた。アルスは明石教授の疑問を解消しようとはせず、とりあえずまぁなと一言だけ述べ、この談話を開始したのだった。

 

 

「とりあえず、話に入らせてもらおうか」

 

「そうだね」

 

 

 アルスはそこで一旦会話を戻し、予定していた情報の交換を行うことにした。明石教授もアルスの言葉を肯定し、すぐにでも始めようと思ったようだ。

 

 

「このアーチャーとか言うヤツ、最近よくここに進入してはのぞきを働いていたクソッたれだったな」

 

「女子中等部3年生が行った修学旅行にも現れたって報告されているよ。なんでもバーサーカーが戦闘したようだ」

 

「アイツとやりあってよく生きてたな。そこだけは関心だ」

 

 

 そこで明石教授が取り出した資料を眺めながら、写真に映る男へとアルスは指でトンと叩いた。その写真の男は赤い外郭、白髪、黒い肌の男だった。それは自らをアーチャーと名乗った転生者の男だ。アルスはこのアーチャーを一目見て転生者だと気がついた。ただ、接点などはないので情報でしか知らないのだが。

 

 そして、アルスはアーチャーが最近、”原作”が始まってから何度も麻帆良に進入していると言う情報を得ていた。さらに覇王からの報告では覗きをしていたと言うことを、バーサーカーの情報からは修学旅行で邪魔をしに現れたということを学園側は受け取っていたのだ。また、アルスはバーサーカーと戦って生き延びたアーチャーにある程度驚いていた。あのバーサーカーと戦って逃げ延びるなど、普通に考えればすごいことだからだ。

 

 

「それはそれとして、このアーチャーはビフォアと関係ないようだ」

 

「やはりか」

 

 

 とりあえずそのことは置いておくとして、このアーチャーとか言う男は学園祭で暴れたビフォアとは何の関係もないと、アルスが話した。このアーチャー、ちょくちょく麻帆良に進入しているが、特に何かしている様子があまりなかったからだ。さらに、ビフォアと繋がっている証拠もなく、知り合いと言う感じでもなかった。それを聞いた明石教授もそう思っていたようで、やはりと言葉にしながら頷いていた。

 

 

「むしろ、あの伯爵の悪魔の方が関係してるんだっけっか」

 

「そうだね。あの犬上小太郎という少年の証言が事実なら、間違えないだろう」

 

「まっ、それはそっちから貰った報告をあっちに送ってあるから安心しろ」

 

「それは助かるよ」

 

 

 しかし、あのヘルマンと言った悪魔とは関係しているだろう、アルスはそう腕を組んで言葉にした。明石教授もそのアルスの言葉を肯定し、頷いていた。何せ小太郎から聞き出した情報によれば、あのアーチャーが自ら呼び出したようだからだ。

 

 また、アルスは何故アーチャーとか言うやつがそんなことをしているのか考えた。そして、あのアーチャーはきっと原作の流れを修復し、原作どおりに事を運びたいのだろうと予想した。そうでなければそんなことをする必要もないし、悪魔を呼び出すこともないからだ。

 

 アルスは明石教授からすでに情報を貰っており、その情報は自分の妻であるドネットへ送っていあると話した。何せネギの村を襲った悪魔と酷似した悪魔が麻帆良に現れたのだ。その情報はあっちもほしいのは当然のことだ。アルスはゆえに、その情報をすばやく向こうへ送りつけていたのだった。明石教授も助かると言葉にし、アルスに礼を述べていた。

 

 

「というか、アレも大事にゃーなってねぇが、結界を突破してやってくれたかんな」

 

「だけどあの事件は、マルク・ビアンコという男の方もかなり危険だったようだね……」

 

 

 とは言え結界が施された麻帆良に進入し、多少なりに暴れたヘルマン。よもやよくもここまでやってくれたと、アルスは少し怒気を含んだ言葉を発していた。まあ、それでも被害と言うような被害はなく、襲われた生徒も数人であり被害にあったのは一人の生徒とネギぐらいと言う奇跡的な状況だった。

 

 だが、それ以上にメガネの男、マルクの方が危険だったと、真剣な表情で明石教授は話した。あのマルクは本気で命を奪おうとネギを襲ったと報告がされている。それ以外にも一般人の生徒にまで攻撃を行ったと言うのだから、危険だと感じるのは当然だった。

 

 

「でもま、あのメガネも今じゃすっかり反省したようだ。何があったかは知らねーがな」

 

「まあ、悪いことじゃないさ」

 

 

 しかし、あのマルクも今では完全に反省し、自分の行いを悔い改めていた。アルスはその変貌ぶりに、一体何があったのだろうかと思ったのだ。

 

 と言うのも、マルクは主であったビフォアが正義だと信じていた。その正義は偽りだとビフォア本人からバラされ、裏切られた。マルクは自分の正義に裏切られ、信じれ来たものを失ってしまったのだ。さらに、その後聖歌と言う少女を見たマルクは、その少女を信仰しあがめ始めたのである。ゆえに、過去の行いをきっちり反省し、今は静かに牢屋で暮らしているのだった。

 

 まったく持ってマルクの態度が理解できんとするアルスに、自分の過ちを悪いと認め反省していることは悪いことではないと、明石教授も苦笑しながら話していた。

 

 

「しかし、ビフォアのヤツがよりにもよって、精神をぶっ壊されちまうとはな……」

 

「明らかに人為的な感じだったね……。発見した魔法先生も驚いていたぐらいだし……」

 

「あの状態じゃろくに情報を聞き出せやしねぇ……」

 

 

 だが、そんなことよりも重大なことがあった。それはビフォアのことだ。ビフォアはあの後牢獄へとぶち込まれ、色々と聴取を取らされた。しかし、ある朝突然精神が破壊され、完全に廃人となっていたのだ。しかも、その壊れようはただ事ではなく、明らかに何者かが手を加えたような状況だったのである。それによってビフォアからは情報を引き出すことが出来なくなってしまい、色々とわからないことが出てきてしまったのだ。

 

 それを悔しそうに話すアルスと、同じように苦虫をかんだ様子を見せる明石教授だった。あのビフォアがどこで何をやってきたのか。仲間はアレだけだったのか。全てがわからなくなったからだ。

 

 

「魔法などで行ったことだとすれば、何らかの痕跡が残るはずなんだけど、……その形跡すらなかった……」

 

「まぁ、大体誰がやったか検討はついてるがな……」

 

 

 さらに言えばまったく痕跡が残っていないと言うのも特徴だと、明石教授は鎮痛な様子で話した。まるで幽霊が現れてビフォアの精神を破壊したのではないか、そう思わせるほどに痕跡がなかったのである。しかし、アルスは犯人をある程度推測していた。いや、こいつしかいないと思う人物に、心当たりがあったのだ。

 

 

「……坂越上人……」

 

「ビフォアの仲間で逃げおおせたのは、雇われのスナイパーとヤツだけだ。だが、口封じにビフォアの精神をぶっ壊せんのは上人(ヤツ)だけだ」

 

「……確かに……」

 

 

 アルスの静かに発せられた言葉に、明石教授は反応してその名を言った。坂越上人の名を。そう、ビフォアの仲間の中で、捕まえることが出来なかったもの、それがスナイパーのジョンと上人だ。また、その上人がビフォアの口封じを行っても不思議ではない。それに、あの魔法を無力化させる牢獄へ、誰にも気づかれずに進入し、痕跡も残さずにビフォアの精神を破壊できるのは、あの上人ぐらいだとアルスは思っていたのだ。それをアルスは言葉にすると、明石教授も納得がいくと思った様子を見せていた。

 

 

「んでもって、最悪な情報が入った。さっきヤバイって言った情報だ。知りたくなかったぜ、こんな情報はよ」

 

「それは一体……?」

 

 

 だが、アルスはそこで話を切り返し、最悪の情報を手に入れたと言い出した。少しおちゃらけた態度で頭をポリポリとかきながら、その情報が記された報告書を取り出して、テーブルへと投げ捨てた。しかし、アルスの心は非常に穏やかではなかった。ゆえに、そんな態度となっていたのだ。そのアルスが言う最悪の情報とは一体何なのか。明石教授はその報告書を手に取りながら、アルスへとそれを尋ねていた。

 

 

「坂越上人なんてヤツぁ、この世に存在しねぇってことだ」

 

「やはり偽名だったか……」

 

 

 その情報とはあの坂越上人という人物は存在しないと言うことだった。この世界に坂越上人という超人的な能力者は居ない。つまるところ、偽名だったということが判明したと、やれやれと言う表情でアルスは話した。明石教授もそう考えていたのか、特に驚く様子はなく、やはりと言葉にしていた。

 

 

「さらに、ソイツに似た人物をあらってもらったんだが、より最悪の真実が浮かび上がった」

 

「なんだって?」

 

 

 アルスは坂越上人という人物が存在しないなら、顔や身長などが同じ人物が居ないかを探したのだ。しかし、アルスはそこで最悪だと言葉にした後、その表情が見る見ると険しくなり、なにやら難しい顔でマズイことだと話し出したではないか。その様子を見ていた明石教授も、なにやらただ事ではなさそうだと思いながらも、何がわかったのかをアルスへと聞いたのである。

 

 

「……坂越上人は存在しないが、ソックリなヤツは居た……」

 

「……それは誰だったんだ……?」

 

 

 だが、それ以外にもアルスは情報を得ていた。それは坂越上人という人物は居なかったが、それに類似した人物を探して回ったということだった。そして、その人物を見つけ出していたのである。このこと自体は喜ばしいはずなのだが、アルスは険しい表情のままだった。一体何故アルスがそんな顔をするのだろうか、その人物が危険人物だったのだろうか。明石教授は不思議に思い、それを聞いたのである。

 

 

「はぁ、なんてこった……。本当に最悪だ……」

 

 

 明石教授からそのことを尋ねられたアルスは、再び背もたれに体を預け、前髪を掻き分けるように右手で額を覆って嘆いた。なんということだ、どうしてこうなった。最悪野中の最悪だとつぶやきため息を吐いたあと、その真実を明石教授へと告げたのだった。

 

 

「”ナッシュ・ハーネス”……。その男が坂越上人と酷似した人物だ」

 

「それで、何がヤバイんだ?」

 

 

 坂越上人と同一人物だと思われる人間、その名はナッシュ・ハーネスとアルスは答えた。だが、それだけでは何がヤバイのか明石教授にはわからなかった。だからさらに、そのことをアルスへと問い詰めた。

 

 

「……ナッシュ・ハーネスは……本国の……、メガロメセンブリアの元老院だ……」

 

「……!」

 

 

 そこでアルスは重い口を静かに開き、そのナッシュ・ハーネスの正体を語った。なんとこのナッシュ・ハーネスという人物は、麻帆良の本国であるメガロメセンブリアの元老院の一人だったのだ。

 

 その事実を聞いた明石教授もおぞましい何かを感じ、驚いた表情をしたまま固まってしまったのだ。また、その事実の衝撃により、言葉すら出なかったのである。二人はそのことに、視線を合わせ、ただただ冷や汗を額に流しながら、険しい表情のまま固まるだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは魔法世界の東側に存在する連合国、その首都メガロメセンブリア。そのとある建物の中。その部屋はとても豪華な飾りなどが綺麗に置かれ、足元には赤い絨毯が敷き詰められたきらびやかな一室。そんな美しい部屋で、一人の男が外を眺め優雅な気分に浸っていた。黒いスーツ、紫の髪をオールバックにしたサングラスの男が、ガラス一枚ごしに映し出される、メガロメセンブリアの静かな夜景を堪能していた。

 

 

「ナッシュ様、随分と機嫌が良いようですが……?」

 

「わかりますか?」

 

「はい」

 

 

 のその一人の男の付き人らしき人物が、その男の名を呼んだ。そう、その男こそ、坂越上人と言う名を偽った、あのナッシュ・ハーネスだった。付き人はナッシュ・ハーネスが非常に機嫌がよさそうなのを見て、何故なのかと尋ねたのだ。

 

 するとナッシュ・ハーネスは外のメガロメセンブリアの町並みを眺めたまま、ほくそ笑むような表情で、自分の今の気持ちがわかるかとその付き人へと聞き返した。付き人はさも当然のように、礼儀正しくそのことを肯定した。ナッシュの表情は何を思っているかはわからないが、とても愉快そうだったからだ。

 

 

「もうすぐ私の野望が達成するのですから、感情が高ぶるのも仕方のないことです」

 

 

 その付き人の質問に、ナッシュは小さな笑みを浮かべつつ答えた。自分の野望がもうすぐ達成される。そう考えただけで笑いが止まらないと。

 

 

「フフフ……。もうすぐ彼らはここへ来る。そうなれば、私の野望が達成されることでしょう」

 

「それはすばらしい……」

 

 

 その野望の達成に必要なものたちが、きっとこちらへやって来るだろう。そうすれば、自分の野望は完成したも同然。そう考えただけで愉快な気分が止まらないと、ナッシュは付き人に話したのだ。付き人はそんなナッシュの表情と言葉に、思わずすばらしいと喜びの言葉を上げていた。付き人もナッシュの野望に賛同し、ここに立っているからである。

 

 

「もう準備は出来てますからね。後はもう少し待つだけです」

 

「楽しみですね……」

 

 

 そして、その野望に必要な人物たちを歓迎する準備は終わっている。後はその人物たちがこの場所へ来るのを待つだけ。ナッシュはそう静かに語り、期待感をつのらせていたのだった。付き人も嬉しそうな表情で、それは楽しみだとナッシュへ話した。

 

 

「はい、楽しみでなりません。私の野望が達成される、その日が……」

 

 

 ナッシュは付き人のその言葉を肯定し、楽しみで心が躍ると。自分の野望が達成されるであろう、その時を考えるとそれだけで気分が高揚すると、笑いをかみ締める表情でナッシュは付き人に語りかけていたのだった。


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