理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百九話 心配無用

 ここはエヴァンジェリンのログハウスの地下にある”別荘”の中。エヴァンジェリンはカギの修行の為に、新たに三つほど”別荘”を増やしていた。まあ、ハッキリ言えばネコ用別荘のオマケという扱いなのだが。しかし、そのおかげで砂漠や熱帯雨林、さらには極寒地帯など色々な地形が加わり、修行の幅が広がっていたのだ。

 

 そんなところで本来あった普通の別荘にて、夕映とのどか、ハルナの三人が遊んでいた。そこへカモミールを肩に乗せたカギがふらりと現れ、三人へ話しかけたのだ。

 

 

「おーい、お前ら。俺が顧問の新しいクラブに入る気はねーか?」

 

「何それー!? どんなことをするクラブ?!」

 

 

 カギは突然自分が顧問しようと考える新生クラブの勧誘を三人にしだした。と言うのも新しいクラブを設立するには5人以上の部員を集める必要があるのだ。ただ、どんなクラブなのかを説明していなかったので、ハルナは何をするクラブなのかをカギへと質問していた。

 

 

「表向きにゃー英国文化研究だが……」

 

「表向きには……?」

 

 

 カギはその質問に、表向きには英国文化の研究を目的にしている、と思わせぶりなことを言い出した。 夕映はそれを聞いて、表向きということに反応を見せていた。

 

 

「実際は俺やネギの親父を探すことを目的としたクラブよ」

 

「どーいうことなんでしょう?」

 

 

 カギは言葉を続け、本来の目的は自分やネギの父親、つまり行方不明となっているとされるナギを探すためのクラブだと、三人へと説明した。まあ、実際カギはナギの居場所を”原作知識”で知っているので、どうでもよいことなのだ。また、夕映はどうしてその目的のために、わざわざクラブにしようとしているのかを、疑問に思ったようだった。

 

 

「いやね、ネギから魔法世界へ行くからついてきてくれって頼まれてよ」

 

「そういえば言ってましたね……」

 

 

 そこでカギは、ネギから魔法世界に来てほしいと頼まれたからだと理由を述べた。だが、カギはナギを探す気などまったくない。魔法世界へ行ってもナギは居ないし、見当はずれなのを知っているからだ。

 

 それでもそうするのは、ネギに魔法世界に来てほしいと頼まれたのもあるし、自分も魔法世界に行って見たいと思ったからだ。さらに、”原作ならば”この役割はアスナだった。が、ここでのアスナは夕映たちに魔法世界へ来てほしくなさそうであり、こう言うことに消極的だったのだ。だからカギが仕方なく、重い腰を上げているということだったのである。夕映もカギの理由を聞いて、そういえばネギが魔法世界へ行くと言っていたことを思い出していた。

 

 

「どーせお前らのことだからついてくる気マンマンなんだろ?」

 

「当然!」

 

「当たり前です」

 

「は、はい!」

 

 

 それでカギはその三人に、何も言わなくてもついてくる気だろうと思い、そう言葉にした。ハルナも夕映ものどかも、当然のごとくついて行くと、元気よく返事していたのだ。

 

 

「そこで資金調達もかねて、クラブにしちまおーと思ったって訳だ!」

 

「そこまで考えられたんだねー、カギ君」

 

「おい、そりゃちょっとヒドくね……? いや、まあ……」

 

 

 カギはやっぱりそうだろうなと思い、クラブにしたほうが資金調達もしやすいからだと、もうひとつの理由を語ったのだ。そんなカギへハルナは、普段から馬鹿そうなカギに、これほど頭が回るとはと思い感心していたのだった。だが、カギはそれを聞いて、酷すぎると思い言葉をもらした。ただ、そこでカギは”原作”の真似事であるがゆえに、言葉をどもらせていたのだった。

 

 

「で、そのクラブの名前は?」

 

「まだ未定! 募集中だぜ」

 

「そうなんですか……」

 

 

 ならば、そこクラブには名前ぐらいあるのだろうか。夕映はそれをカギに質問した。カギは即座に名はないと話し、募集中だと笑っていた。いや、クラブ設立するなら名前ぐらい決めておこうよ、夕映はそう考え、少し呆れた表情をしたのだ。

 

 

「そんなことよりもだ、入るのか入らないのか!」

 

「入る入るー!」

 

「入るです!」

 

「入れてください!」

 

 

 しかし、カギは名前よりも、目の前の三人がクラブに入るのかどうかが重要だった。それを叫ぶと三人はいっせいに、入ると叫んで答えたのだ。

 

 

「よしよし、どんどん部員を集めるぜ」

 

「でも兄貴よー。魔法世界は鎖国みてーな状況だぜ? 行くには鎖国時の日本や冷戦時代の東諸国へ潜り込むぐらいの覚悟が必要だと思うぜ?」

 

「なぁに、俺がついていれば安心もいいところだ!」

 

「ま、まあ兄貴ほどの実力者がそう言うのなら……」

 

 

 カギは三人の元気な回答に、ニヤつきながら頷いていた。そんなところに肩に居たカモミールが、魔法世界は鎖国してるような場所だと話したのだ。というのも魔法世界は、この旧世界と積極的なつながりを持とうとしていない。色々理由はあるのだが、とりあえず鎖国に近い状況なのだ。そこに入るにはそれなりの覚悟が必要だと、カモミールはカギへとアドバイスを送っていた。

 

 だが、そんなことなど臆せず、自分が居れば安心だと豪語するカギ。あの銀髪を倒したカギは、少し調子に乗っているのだ。そう、魔法世界で他の転生者が現れようとも、大丈夫だと高をくくっていたのだ。そんなカギを見るカモミールも、カギの実力は知っていたので、そのカギがそう言うなら問題ないのだろうと思ったようである。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここにもう一人、”別荘”へとやってきた少女が居た。それはアスナだった。アスナは状助のおかげで風邪が治ったので、シャワーを浴びて着替え、ここへとやってきたのである。そして、とりあえずこっちに木乃香たちが来てるかもしれないと思い、彼女たちを探していたのだった。

 

 

「みんなこっちに居るのかな?」

 

「あれ? アスナ」

 

「あっ、いたいた!」

 

 

 アスナは別荘の中へと入り、いつものメンバーが来ているかを探していた。するとそのすぐ側に木乃香と刹那が座っており、木乃香がここへ来たアスナに気がついたのだ。アスナもすぐに木乃香を見つけ、そこへと駆け寄ったのである。

 

 

「おはよう、このか」

 

「おはよー」

 

 

 朝、姿のなかった木乃香へと挨拶するアスナ。そして、同じく丁寧にそれを返す木乃香。しかし、木乃香はアスナを不思議そうな目で眺めていた。どうしてここへ来たのだろうか、そう考えていたのである。

 

 

「昨日調子悪そうやったけど、大丈夫なん?」

 

「んー……。もう大丈夫よ。ほら!」

 

「ウチの心配しすぎやったみたいでよかったわー」

 

 

 と、言うのも木乃香は、アスナが昨日調子悪そうにしていたのを知っていた。ゆえに、ここへアスナが来たことに少し驚き疑問に感じていたのだ。だから、風邪をひいてしまったのではないかと、アスナへと体調のことを聞いたのだ。

 

 アスナはその質問に、少し考えた様子を見せた後、ガッツポーズをして元気な様子を見せていた。何せ、状助がやってきて、風邪を治してくれたのだ。それを言おうか迷ったアスナは、あえて内緒にしておこうと思ったのだ。状助とて誰かに話してほしいと思わないだろうし、むしろ隠しておいてほしいと思っているだろうと考えたからだ。

 

 そんなアスナの姿を見た木乃香は、自分の心配のしすぎだったと、安心した様子を見せていた。アスナの調子が悪そうだったのは考えすぎだった、よかったよかったと思い笑顔を見せたのだ。

 

 

「刹那さんもおはよう」

 

「おはようございます」

 

 

 アスナは木乃香の横に座る刹那にも、そっとあいさつをした。刹那もアスナへ頭をさげながら、あいさつを返していた。

 

 

「二人はここで何をしていたの?」

 

「仮契約やえ」

 

「えっ?」

 

 

 アスナは木乃香と刹那が何をしていたのか気になったので、それを質問してみた。すると木乃香は仮契約と即座に答えたのだ。その答えにアスナは少し呆けた様子を見せたのだ。何せ仮契約の方法の基本はキスである。ゆえに、まさか木乃香と刹那がそんなことをしてしまったのだろうかと、一瞬考え戸惑ったのだ。

 

 

「ゆえからこの紙をもろーたし、せっかくやから試そうと思ったんよ」

 

「ああ、その方法かー」

 

「さっ、流石に女同士とはいえキスは……」

 

 

 そんな驚くアスナへ、木乃香はとある紙を一枚見せた。それは例の仮契約ペーパーだった。木乃香は夕映からそれを貰ったので、刹那に頼んで試していたのである。アスナはその仮契約の方法を知っていたので、その方法だったのかと納得した様子を見せていた。また、アスナもその方法でメトゥーナトと仮契約を交わしたので、少し懐かしいと感じたのだ。そこに刹那が割って入り、女同士でもキスは無理だと、顔を赤くして言葉にしていた。

 

 また、さよは二人の邪魔にならぬよう、位牌の中で寝ているようで、姿が見えなかった。いや、幽霊なので姿が見えないのは当然と言えば当然なのだが……。

 

 

「でも、覇王さんでなく私なんかでよかったのですか?」

 

「はおもええけど、もうどっか行ってしもーたしなー……」

 

「そういえば、毎年夏休みになると、すぐにどこかに旅立ってしまいますね……」

 

「本当、どこに行ってるのかしらね」

 

 

 そこで刹那は仮契約の相手が覇王ではなく自分でよかったのだろうかと、木乃香へ申し訳なさそうに話し出した。木乃香も覇王と仮契約をしてみたいと思ったが、覇王はもうすでにここにはいない。覇王は夏休みとなると、すぐさま姿を消してしまうことは木乃香も刹那も、そしてアスナも知っていたことだ。ゆえに刹那とアスナは、一体覇王がどこで何をしているのだろうかと、疑問に感じていたのである。

 

 

「それに、せっちゃんやったら大歓迎やえ!」

 

「それならいいんですが……」

 

「ウチの初ししょーははおやけど、はじめての友達はせっちゃんやもん!」

 

「そうですか……。ありがとう……」

 

 

 さらに木乃香はとても眩しい笑顔で、刹那なら仮契約の相手に申し分ないと言葉にしたのだ。刹那はそれでも少し自信がなさそうに、木乃香を見ていた。やはり自分よりも、覇王と仮契約させたかったと言う思いが強いのである。しかし、木乃香はそうは思ってなかった。確かに覇王は好きな男の子であり、師匠だ。それでも木乃香にとっての刹那は、大切なはじめての友達なのだ。それを木乃香は語ると、刹那はとても嬉しい気持ちになっていた。だから刹那は少し涙目となり、木乃香へ礼を言っていた。

 

 

「もしかして邪魔?」

 

「そんなことあらへんよー!」

 

「そ、そうですよ!」

 

 

 そんないい雰囲気な二人を見て、アスナは邪魔なのではないかと思っていた。木乃香も刹那もアスナのその発言に、そんなことはないと話した。ただ、木乃香は普通に気にしていないだけだが、刹那は勘違いされてしまったのではないかと思い、焦りながら否定していたのだった。

 

 

「それならいいけど……。ところでここに居るのは二人だけ?」

 

「んー、一応ウチら以外も来とるよ?」

 

 

 アスナは二人からそう言われたので邪魔にはなっていなかったのかと思った。また、そこで木乃香と刹那の二人しか顔が見えなかったので、それ以外はここへ来ているのかを木乃香へ尋ねたのだ。木乃香はその問いに、一応自分たち以外もこの別荘へ来ていると話した。この場にいないだけで、近くに居るだろうと考えながら。そんなところへ一人の少年がテコテコと歩いてきた。なにやらキョロキョロ周りを伺い、何かを探して居る様子だった。

 

 

「おっ、お前らー!」

 

「カギ先生?」

 

 

 その少年はカギだった。カギは木乃香たちを探していたのである。そして、カギは木乃香たちを見つけると、すぐさま叫んで駆け寄ってきた。そんなカギを見て、どうしたのだろうかとアスナは思ったのだった。

 

 

「よっ!」

 

「おはよう」

 

「おはよーカギ君」

 

「おはようございます」

 

 

 とりあえずカギは右手を上げて三人へと軽い挨拶をした。それを見た三人も、当然のようにカギへと挨拶を返していた。

 

 

「いやー、今お前らのことも探してたのさ」

 

「何か用?」

 

「新しいクラブの勧誘よー!」

 

 

 カギは夕映たちに話したことを、木乃香たちにも話そうと考えた。だから探していたと言うことだった。アスナはならば何か用があるのだろうとカギに聞くと、カギはドヤ顔で新しいクラブの勧誘だと語ったのである。

 

 

「ああ、魔法世界行くための?」

 

「そーそー! 学園長から資金調達してウハウハってスンポーよ!」

 

「確かにイギリスは遠いですからね」

 

 

 それを聞いたアスナはすぐさまピンと来た。そういえばネギがカギへ、魔法世界に一緒に行くことを頼んだのを思い出したのだ。また、ならばそのクラブはカギが魔法世界へ行くために用意しているのだろうと思ったのである。カギもアスナの言葉を肯定し、笑いながら旅費を頂くためだと話していた。なんという意地汚いやつだろうか。それでもやはりイギリスは遠い。刹那もそれを考え、仕方のないことだろうと思ったようだ。

 

 

「それに、ついてくるヤツが増えそうだし、こーしておく方が便利だと思ってな」

 

「あー、あの子達のことね……」

 

「せやけど魔法の国なんて聞いたら、行きとーなるんのもしょーがないと思うんよ」

 

「そうでしょうか……」

 

 

 さらにカギは別の理由を述べていた。それはやはり、ハルナたちのことだ。どうせついてくるのなら、仲間として迎えてしまった方がいいとカギは考えたのだ。まあ、夕映はカギの、のどかはネギの従者なので、それなりに理由があるのだが。

 

 アスナはそのことを考え、本当に大丈夫なのだろうかと思っていた。元々あっちに居たアスナは、やはり魔法世界に彼女たちを連れて行くのは不安なのである。

 

 そうアスナが不安げに語ると、木乃香はフォローらしきことを話した。そりゃ魔法の国があって行けると言われたら、行きたくなるのは当然だと。自分もいってみたいと思ったし仕方ないと言葉にしたのだ。その横で木乃香の言葉を耳にした刹那は、いや、その理屈はおかしいと、首をひねって考えていた。

 

 そうワイワイと話すカギたちの下へ、一人の少女がふらりと現れた。この別荘の持ち主であるエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンはなかなか”火よ灯れ”が出来ない千雨へ、そのコツを教えながら様子を見ていた。だが、何時間も練習しっぱなしの千雨を見かねたエヴァンジェリンは、その千雨を休憩させたのだ。その千雨の休憩の間にこの場に現れ、カギの話を耳にしていたのである。

 

 

「ほう、ぼーやが率先して顧問とはな」

 

「おーう師匠(マスター)!」

 

 

 エヴァンジェリンはカギが率先していることに珍しいと思った。ただ、それ以外にも大丈夫だろうかとも不安になった。そんなエヴァンジェリンの内心を知らず、カギはエヴァンジェリンへと手を上げて挨拶していた。

 

 

「おはようエヴァちゃん」

 

「おはよーございます」

 

「おはようございます」

 

 

 また、カギに続くようにそこに居た三人も、同じく挨拶をしていた。ただ、アスナはいつもどおりにエヴァンジェリンをちゃんつけで呼んだのだ。

 

 

「うむ、おはよう……。はぁ……」

 

「どーしたの? そんな深いため息なんかついて」

 

「貴様のせいだろうが……」

 

 

 それを聞いたエヴァンジェリンは、静かにため息をついていた。こいつまったくわかってくれない。何度も言っているはずだろうと思ったのだ。そんなエヴァンジェリンに、アスナはため息なんてどうしたのだと、しれっとした態度で聞いたのである。エヴァンジェリンはその問いにイラッとしながら、お前のせいだ馬鹿と叫んだのだった。

 

 

「……まあいい……。で、ぼーやが顧問? 冗談かなにかか?」

 

「……俺が顧問じゃ不満だってーのかよ!?」

 

「そう言ってるのさ」

 

「なっ、何ぃ!?」

 

 

 もういっそうのこと、こちらが大人になって聞き流した方がいいのだろうか。エヴァンジェリンはアスナが毎回”ちゃん”付けで呼ぶことに、諦めと呆れを感じながらそう考えていた。まあ、それよりもエヴァンジェリンは気になったことを言葉にしていた。それはカギが魔法世界へ行くためのクラブの顧問をするということだった。カギはチャランポランでミーハーで、その上アホだ。こんなヤツが顧問で大丈夫か、と思ったのだ。

 

 カギは不満そうにするエヴァンジェリンに、不服なのかと叫んでいた。一応真面目に取り組んでいることなので、流石にそう思われるのは心外だったようだ。その叫ぶカギに、不満があるからそう言っていると、エヴァンジェリンは馬鹿にした笑いを見せながらそう話したではないか。流石のカギも久々にカチンと来たようで、少し眉間にしわを作って見せていた。

 

 

「……そうだな。ぼーや程度でアイツらを守りきれると思ってるのか?」

 

「あったりめーよ!」

 

「無理だな」

 

 

 そう叫ぶカギに、エヴァンジェリンは静かに尋ねた。ならばお前に従者である夕映やハルナたちを、何かあった時に守れるのかと。カギはそのことに、当然だと叫び自信があると言葉にしていた。だが、エヴァンジェリンはそれを鼻で笑い、無理だとはっきり答えたのだ。

 

 

「即答かよ! やってみなくちゃわかんねーだろーが!」

 

「いや、絶対に無理だ」

 

師匠(マスター)も知ってんだろ!? 今の俺の強さを!!」

 

 

 カギはエヴァンジェリンにそう返され、やってみないとわからないと叫んだ。今のカギはあのクソ野郎の銀髪を倒したことが自信に繋がっていた。だから、今の俺は強いと思っているのだ。それを見透かしたエヴァンジェリンは、それでも無理だと言葉にした。何せ魔法世界にも転生者は存在する。この麻帆良よりも危険で好戦的なやつらが大勢居るのだ。そんなやからに絡まれた時、カギ程度で夕映たちを守りきれるとは思えないとエヴァンジェリンは考えていたのだ。

 

 

「知ってるからこそ、無理と言ってるんだ」

 

「ぐぎー! だったらどうやりゃ信用してくれんだ!?」

 

 

 だからこそ、カギ程度では無理だと語った。銀髪レベルが大量に居るはずはないが、最悪のことを考えればこそだ。カギはエヴァンジェリンにそうはっきり言われ、悔しそうな表情で歯軋りをしていた。そして、ならばどうやって信用してくれるのかと、エヴァンジェリンへ叫んだのだ。

 

 

「そうだな……」

 

 

 エヴァンジェリンは考えた。カギに自分の実力を知らしめるならば、どの方法がいいだろうかと。そこでエヴァンジェリンは横目でアスナを見て、この方法で行こうと考え、あることを思いついた。

 

 

「アスナ」

 

「ん?」

 

「ぼーやとちょいと戦ってみせろ」

 

 

 それはなんと、カギとアスナを戦わせると言うことだった。エヴァンジェリンはアスナの実力を理解している。カギがアスナと戦えば、自分の実力ぐらいわかるだろうと思ったのだ。だからエヴァンジェリンはアスナへと声をかけ、戦ってほしいと話したのである。

 

 

「え? 何で?」

 

「なに、少しぼーやに現実というものを知ってもらおうと思ってな」

 

「アスナとバトんのと、現実を知るのと、どう関係あんだよ!?」

 

 

 アスナは突然エヴァンジェリンからそう言われ、キョトンとした表情で何事だと言葉にしていた。というか、アスナは別にカギと戦う理由もなければ恨みもない。どうして戦う必要があるのかまったく心当たりがなかったのだ。エヴァンジェリンはアスナにどうしてだと聞かれ、理由を語った。それはカギに現実を知らしめてやるということだったのだ。しかし、カギにはそれがまったく理解出来なかった。アスナと戦うのと現実を知るのと、どうつながりがあるのかさっぱりわからなかったである。

 

 

「大いにあるさ。戦えばすぐにわかる」

 

「んならさっさとおっぱじめよーぜ! すぐに終わらせてやるからよぉー!!」

 

「まあ、カギ先生がやる気あるみたいだし、別にいいけど」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは戦えば理由がわかると語り、二人を戦わせようとしていた。カギもならば戦ってやると意気込み、さっさとかかって来いと言い出したではないか。アスナもカギが戦う気を起こしたのを見て、それなら戦ってもいいかと考えたようだった。

 

 

「ひとつ、ルールを言っておこう」

 

「お? アスナに対するハンデか?」

 

「別にそう言うわけではない」

 

 

 また、エヴァンジェリンは戦いにルールを設けると説明した。両者とも全力の本気となれば、危険が伴うからだ。しかし、カギはそれを自分が強いのでアスナにハンデを与えるものだと考えたようだ。エヴァンジェリンはそんなカギを見て、少し呆れてそれはないと言葉にしていた。

 

 

「まず、どちらとも飛び道具、遠距離攻撃は禁止だ」

 

「つまり王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)は使うなって事か」

 

「そうだ」

 

「まっ、そんなブッソーなもん、自分の生徒にゃ使わねーけどな!」

 

 

 とりあえずエヴァンジェリンはルールを話しだした。それは両者とも遠距離攻撃を禁止するというものだった。なぜならカギには王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)があり、かなり危険な攻撃だからだ。さらに、アスナには魔法は効かないことを知っているエヴァンジェリンは、どうせ魔法の射手なども無効なのだから、遠距離攻撃自体を禁止してしまってもいいと考えたのだ。

 

 それを聞いたカギは、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)など不要。そんな危険なものなど、自分の生徒たるアスナに使えないと豪語していた。と言うか、そんなものがなくとも余裕でアスナに勝てると高をくくっているのである。

 

 

「私の光の剣もなしか……」

 

「そういうことだ」

 

 

 アスナはそこで、自分が使える遠距離攻撃を考えた。そして、光の剣などの技も禁止だと気がついた。それを声に出すと、エヴァンジェリンもそのことを肯定していた。

 

 

「おい! アスナへ俺に対するハンデじゃねーのかよ!!」

 

「だからハンデではないと言ったはずだが……?」

 

「そ、そりゃそうだが……」

 

 

 だが、そんなところへカギが文句を叫ぶように声を上げていた。先ほどのルールはアスナにハンデを与えるものだと思っていたカギは、アスナにも制限が課せられたことに不満を感じたようだ。それをカギが叫ぶとエヴァンジェリンは、最初からそんなことはないと述べたと、ため息交じりで話したのである。カギもそれを聞いていたので、確かにそうだと言っていたとは思ったようだ。が、このカギは今自分が強いと思っているので、やはり納得していなかった。

 

 

「……しかしだ、逆を言えばそれ以外なんでも使っていいということだ」

 

「つまり、それ以外は全力でいいって訳だな!」

 

「そうだ」

 

 

 そう不満な表情をするカギへ、やれやれと言った感じにエヴァンジェリンは言葉を述べた。確かに制限を設けたが、それ以外ならば何を使っても構わないと、そう話したのだ。カギはそれを聞き、遠距離以外は全て使えるのかと思った。エヴァンジェリンもそれも肯定し、何でもやってくれと言ったのだ。

 

 

「そして制限時間15分の間に、どちらかが参ったと言うか動けなくなるまで戦い続ける。それがルールだ」

 

「別に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)がなくったって、よゆーだぜ!」

 

「わかったわ……」

 

 

 そして、エヴァンジェリンは最後のルール説明を言葉にした。15分の間に戦い、どちらかが負けを認めるか動けなく間で戦うというものだった。カギは余裕を見せており、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)がなくとも問題なく勝てると笑っていた。逆にアスナは気を引き締めたような表情で、わかったと一言延べ、余裕を見せるカギに眺めていたのだった。

 

 

「では早速はじめてもらおうか」

 

「おっしゃ!! ハンサム・イケメン・イロオトコ……」

 

「左に魔力、右に気……。合成」

 

 

 ならば早々に戦いの合図を出すエヴァンジェリン。それを聞いた両者は即座に戦闘の準備を整え始めた。カギは詠唱を、アスナは咸卦法を使ったのだ。

 

 

「”雷神斧槍”!!」

 

来い(アデアット)!」

 

 

 カギはそのまま普段使っている術具融合、雷神斧槍を杖に合体させていた。アスナは咸卦法以外にもアーティファクトであるハマノツルギをハリセン状態で呼び出していた。そして、二人は瞬間的に突撃し、衝突寸前となっていたのだった。

 

 

「もらった!」

 

「ふっ」

 

 

 カギはそのまま加速し、ご自慢の雷神斧槍をアスナ目掛けて叩き落した。しかし、そんな攻撃などアスナに通用しない。アスナはすぐさまハマノツルギで防ぎ、雷神斧槍を破壊して見せたのである。

 

 

「ギャニ!? 俺の自慢の雷神斧槍が!?」

 

「ほら!」

 

「ぶぺらっ!?」

 

 

 カギは雷神斧槍が破壊されたのを見てかなり驚いていた。自分が作り出した最強の技の一つであり、自慢としてきた雷神斧槍がたった一撃で粉砕されたからだ。ただ、術具融合で作り出された雷神斧槍とて魔法。その魔法を消滅させるハマノツルギの前では、当然無力だったのである。そう驚き慌てふためくカギに、隙ありとばかりにアスナは攻撃。ハマノツルギをそのままカギの顔面に命中させたのだ。それを受けたカギはうめき声をあげながら、そのまま数メートル吹っ飛び地面に転がっていた。

 

 

「ばっ、馬鹿な……!」

 

「遊んでる暇なんかないわよ?」

 

「うおおっ!?」

 

 

 地面に倒れふせたカギは、体を持ち上げながらありえないと言う表情で動揺していた。自慢だった最強の技を、あっけなく打ち砕かれたのだ。カギの自信ってやつも砕けそうになっていたのだ。そんなカギへアスナは容赦なく追撃を行った。いまだ立ち上がらずに膝をつくカギへ、ハマノツルギを振り下ろしたのだ。カギはそれに気がつき、とっさに横へ転がるようにその攻撃を回避し、即座に立ち上がって見せた。

 

 

「ならばこれはどうだ!? ”断罪の剣”!!」

 

「そんなの効かないわよ!」

 

 

 カギはすぐさま手の先から光で構成された刃を作り出した。それはどんな物質をも切り裂くと言われる断罪の剣だ。しかし、断罪の剣もやはり魔法。それを見たアスナはカギの断罪の剣を見て、無意味だと叫んだのだ。

 

 

「びぇー!? かき消された!? ブアァ!?」

 

 

 アスナの言ったとおり、断罪の剣はアスナに触れる直前に消滅し、空振りに終わった。カギはまたしてもマヌケな顔で叫び、その直後アスナの拳を顔面に受けて吹き飛ばされてしまったのである。なんと言う馬鹿なのだろうか。最初からわかっていたことなはずだろうに。

 

 

「こっ、こうなりゃ体術で!!」

 

「遅い!」

 

「ぶびばーっ!?」

 

 

 カギはもはや魔法は無駄だと思い、ならば近距離での戦いしかないと考えた。だから吹っ飛んだ先の地面を蹴り、アスナへ瞬動を用いて近づいた。だが、アスナはそれを見越しており、既にカギが居る場所へハマノツルギを横なぎに振り切っていたのだ。その攻撃はカギの腹部に直撃し、再びカギは吹き飛ばされてしまったのだった。

 

 

「おっ、俺は負けん!! そいやー!」

 

「はっ!」

 

 

 このままではマズイ、カギはそう思った。確かにあのまほら武道会で、カギはアスナの強さを見ていた。”原作”よりも強いアスナを知っていた。それでもカギは自分の強さに自信があった。アスナには負けないと思っていたのだ。しかし、悲しいかな。カギは今窮地に立たされていた。魔法が効かないというだけで、滅茶苦茶不利を強いられていた。

 

 もはや完全に押されているカギだが、それでも諦めてはいなかった。”戦いの戦慄”にて肉体を強化し、アスナへ再び特攻を仕掛けたのだ。アスナもカギが拳を伸ばして特攻しているのを見て、ハマノツルギを左手へと即座に持ち替え、そのまま右拳を伸ばしてカギの拳を受け止めていた。すさまじい力と力の衝突にて、周囲に衝撃波が吹き荒れた。また、両者とも力比べとなり、拳と拳をぶつけたまま、歯を食いしばっていたのだった。

 

 

「うげぇ! 押し負けた!?」

 

「当たり前だ! 普通、魔力のみの強化と咸卦の気の強化なら、当然魔力のみの強化が押し負けるに決まってるだろう!?」

 

「うげげー!」

 

 

 だが、押し負けたのはカギだった。徐々にカギがアスナの拳に押されていたのである。それをカギが叫ぶと、エヴァンジェリンはそれが当然だと言葉にしていた。魔力のみで強化したカギと、気と魔力を合成し、究極技法とまで言われた咸卦法にて強化されたアスナならば、明らかに後者の方が強いと。

 

 カギはエヴァンジェリンのアドバイスを聞いて、さらに焦った。まさかそれほどのだったとは、思ってなかったようだ。その直後、カギの拳を振り払い、アスナの拳がカギの顔面にまたもや命中。カギはもう一度吹き飛ばされて地面に転がってしまったのである。

 

 

「ちくしょー! 障壁も無意味だしなんちゅーでたらめな……!」

 

「そこっ!」

 

「あばびょっ!!」

 

 

 カギは押し負けたのを見て、アスナをデタラメだと評価していた。”原作”でも刹那が、アスナこそ一番強くなる可能性があると言わしめるほどだった。そのアスナが修行を行い強化され、今ここにいるのだ。カギが戦慄しないはずがなかった。また、アスナの魔法無効化能力により、カギの障壁すらも無意味となっていた。単純に機敏でパワフルなだけで、アスナはカギを上回っていたのである。

 

 そうカギが考えている間にも、すでにアスナはカギへと近づき飛び蹴りを食らわせていた。カギはそれを受けてさらに数メートル吹き飛んだ。カギはもはやボロボロとなり、謎の断末魔を叫んでくたばりかけていたのだった。

 

 

「俺がっ、この俺が押されているだとーッ!?」

 

「カギ先生、私のことナメすぎ」

 

「わかってたはずなのにっ! なんでこんな馬鹿な!!」

 

 

 カギは地面の倒れ伏せたまま、このまま負けてしまうのかと、悔しさを感じていた。そんなカギにさらなる追い討ちをかけんと、アスナはカギの横へと近づき両手で握り締めたハマノツルギを振り上げ、それを叩き落さんとしていた。そこでアスナは、カギが自分をなめていると思っていたので、そのことを冷徹に口にだし、ハマノツルギをそのまま振り下ろしたのだ。

 

 カギはアスナが強くなっているのを知っていた、魔法無効化を知っていた。だというのに、これほどの戦力差があるとは思っていなかった。なんと情けないことだ。自分の生徒にボッコボコに打ちのめされ、自信を打ち砕かれている。カギはそう考えながらも、なんとかアスナの今の攻撃を回避して立ち上がった。

 

 

「ふん!」

 

「ヒッデーブアァー!!」

 

 

 だが、カギが立ち上がった直後、アスナは回し蹴りをカギの顔面に命中させたのだ。その蹴りをもろに受けたカギは、苦痛の叫びを上げてアーチを描くように吹っ飛ばされてしまったのである。もはやこの光景、何度目であろうか。カギはこの戦いにて、アスナに吹っ飛ばされているだけだった。

 

 

「ふむ、15分だ。両者ともやめろ」

 

「ぐっぐぐっ……」

 

 

 エヴァンジェリンは時計を眺め、15分経ったので戦いをやめることを二人に叫んだ。カギは地面に倒れ伏せたまま、すさまじく悔しそうな表情で、ゆっくり立ち上がろうと必死にもがいていたのだった。

 

 

「どうだ? 不利な相手で、しかも同格か格上と戦った気分は」

 

「……ありえねぇ……」

 

「アスナを見てみろ。傷はおろか服すら汚れてないぞ」

 

 

 だが、カギは両手と膝を地面につけたまま動かず、今の戦いを思い返していた。そこにエヴァンジェリンが歩み寄り、今の気分を静かに聞いたのである。カギはそれに反応し、ありえねぇと一言だけ述べた。アレほどまでに修行し、強くなったと思っていたカギは、この結果はショックだったのだ。

 

 さらに、なんということか、今の戦いでアスナはカギから一切攻撃を受けてはいなかった。それだけではなく、服に汚れすら見えないと言う、完全に戦う前と同じ状態だったのである。それをエヴァンジェリンは、カギへと冷たく話したのだ。

 

 

「嘘だ……! おっ俺は強くなったんだ! あのクソ銀髪もぶっ倒したのに! 何故だ!?」

 

「これが現実ってやつだよ。確かにぼーやは強くなったが、魔法と王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)がなければ所詮はこの程度だ」

 

「うおおおああああああっ!!!」

 

 

 カギは今のエヴァンジェリンの言葉を聞き、とっさにアスナを見た。そこにはエヴァンジェリンの言ったとおり、無傷で汚れもなく、特になんともない様子を見せるアスナが立っているではないか。カギはさらにショックを受けた。まさか自分だけがこんなにボコボコにされるなど、ありえないと。完全に一方的に打ちのめされたのは自分の方だったと。銀髪すらも倒せた自分が、アスナに後れを取るなどと、カギはそう思い、悔しさを言葉にし叫んだ。何故だ、どうしてだと。

 

 そんな自信喪失したカギに、エヴァンジェリンはこれこそが現実だと、冷淡に話した。カギは確かに強くなった。修行を行い銀髪を倒した。だが、それでも王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)と魔法の力があってこそだ。それがなければカギとてただの人。魔力で身体能力が強化出来ても、それ以上に近距離戦が得意な相手には歯が立たないと言うことだった。

 

 今のエヴァンジェリンの言葉がカギの心に冷たく突き刺さる。そうだ、銀髪でもっとも活躍したのは雷神斧槍や爆熱炎拳などの魔法だった。悪魔を一撃で倒したのは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)だ。それを封じられた状況で、この程度しか戦えないなど、なんと情けないことだ。カギはそう考えながら、大きく叫んだ。完全に自信が砕かれ、負けを認めるしかなかったのだ。

 

 

「なんか悪いことしちゃった?」

 

「いや、いいんだ。ぼーやは最近天狗だったからな。その伸びた鼻をへし折っておく必要があったんだよ」

 

「そっかそっか」

 

 

 絶望にひれ伏したかのように叫ぶカギを見て、アスナは少しカギがかわいそうになった。それをエヴァンジェリンに言うと、気にするなと返ってきた。何せカギは銀髪を打ち倒し、自信過剰だった。この状態はあまりよくないと思っていたエヴァンジェリンは、その自信を一度砕いてやる必要があると思っていたのだ。そのことを説明されたアスナは、それなら気にする必要はないと思ったようだ。

 

 

「それに、ぼーやのあの技(ゲート・オブ・バビロン)があったら、どうなっていたかはわからんしな」

 

「確かにあの攻撃(ゲート・オブ・バビロン)はデタラメだもんね……」

 

 

 ただ、カギには王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)という攻撃方法が存在する。強力無比な武器を空中からばら撒く。ただそれだけでも脅威となる恐ろしい攻撃だ。それを使っていたのなら、このような結果にはなってなかっただろうと、エヴァンジェリンは思っていた。アスナもカギの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を近くで見たことがあった。確かにアレを使われたら、結構苦戦するだろうと考えた。

 

 

「とはいえ、ソッチにも光の剣を使わせればいい勝負になりそうだがな」

 

「そうかな? そう言ってくれると嬉しいわ」

 

 

 それでも制限されていたのはカギだけではない。アスナも光の剣を使ってない。エヴァンジェリンはそこを考えると、カギが王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を使ったとしても、アスナも互角に渡り合えたのではないかと言葉にしていた。そう言われたアスナは、ほんの少し褒められたと思い、エヴァンジェリンに笑顔を見せてた。アスナも王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を回避するのは厳しいと思っていた。それでも負ける気はなかったのだが、やはりエヴァンジェリンにそう言われるのは、とても嬉しいことだったのである。

 

 

「うううーっ! 俺はまだ……弱い……!」

 

「そう言うことだ。あまり調子に乗っていると痛い目を見るぞ?」

 

「もう充分見たぜ……」

 

 

 カギは先ほどから同じ体勢で、敗北に打ちひしがれていた。そして、自分はまだ弱い、情けないほどに弱いと、つぶやいていたのだった。エヴァンジェリンはそんなカギへ、ようやくそれを理解したかと、調子に乗らない方がよいと述べたのだ。だが、今の戦いこそ痛い目であったカギは、もう充分見たと小さく言葉にしていた。

 

 

「まあ、それがわかれば充分だ」

 

「……もっと修行しなきゃいけねーわこれ」

 

 

 エヴァンジェリンは敗北のショックで落胆するカギに、まだまだ弱いことがわかればよいと話した。そう言われたカギもゆっくり立ち上がりつつ、もっと修行しないと駄目だと思い、そう言葉にしたのだ。銀髪は倒せたが、それ以上の相手が出てきた場合、これで勝てるなどと思ってはいけないと、より一層気を引き締めたようである。

 

 

「アスナはホンマに強いんやなー」

 

「負けていられませんね……」

 

 

 また、この戦いを眺めていた木乃香と刹那は、アスナの強さを賞賛していた。あのカギを無傷でいなしたアスナは確かに強いと、木乃香はと思ったのだ。刹那もアスナの実力を見て、置いていかれぬよう更なる修行を行おうと誓っていたのだった。

 

 

「……とりあえず部員集め再開すっかー……」

 

 

 また、カギはエヴァンジェリンがアスナと会話をし始めたのを見て、再びクラブの部員を集めようと思った。古菲と楓は未だ勧誘していないので、その二人を探すために移動を始めた。そして、自分の弱点が接近戦だとわかったのならば、古菲や楓に戦い方を教えてもらっても良いと考えたのである。

 

 

「そういえばネギ先生は?」

 

「少年なら犬少年を相手に修行してるはずだ」

 

「犬……。誰?」

 

 

 アスナはふと、ネギが居ないことに気がついた。そこで周りを見渡し近くに居ないことを確認すると、エヴァンジェリンへ尋ねてみた。するとネギもこの別荘にやってきており、別の場所で犬の少年と修行していると話したのだ。アスナはその人物を聞いて、一体誰だろうかと腕を組んで思い出そうとしていた。

 

 

「……犬上小太郎とか言うヤツだよ。知ってるはずだろう?」

 

「あー、あの子か」

 

 

 エヴァンジェリンが名を言葉にして、アスナはようやくその人物を思い出した。あまり接点がなかったので中々思い出せなかったが、武道会に参加したりと知り合い程度の仲ではあった。とはいえ、犬少年と言われただけでは、流石にアスナもピンとはこなかったのである。

 

 

「でも何であの子がここへ?」

 

「弟の方を相手させるのに丁度言いと思ってな。誘ったらすぐに食いついたよ」

 

「そうだったの」

 

 

 しかし、どうしてその小太郎が、エヴァンジェリンの別荘にてネギと修行しているのだろうか。アスナはそこが気になった。それをエヴァンジェリンへ尋ねると、ネギの相手に丁度良いと答えが返ってきたではないか。

 

 確かに小太郎は気がつけばネギの友人となっていた。また、さりげなくライバルと呼べる存在になっていた。そう考えればネギの修行相手に小太郎はもっていこいだろうと、アスナも納得していた。

 

 

「一緒にいたバーサーカーも乗り込んできたがな……」

 

「大変ねぇ……」

 

 

 また、最近ではバーサーカーと小太郎は師と弟子の関係のようになっていたようで、よく一緒に居ることが多い。エヴァンジェリンが小太郎を誘い、小太郎がバーサーカーを誘ったようで、この別荘へやってきたというのだ。それはまた大変そうだとアスナは思い、ふと木乃香と刹那の方を見ると、突然現れたバーサーカーに驚く刹那が居たのだった。

 

 

「あれ? エヴァちゃんってバーサーカーさんのこと知ってたんだ」

 

「はぁ……。……一応はな」

 

 

 だが、アスナはそこで、エヴァンジェリンがバーサーカーを知っていることに少し驚いていた。あのヤンキーにどういった接点があったのか気になったのである。そこでエヴァンジェリンはまたしても”ちゃん”を付けられて呼ばれたのに深く深くため息をつき、一応と言葉にしていた。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンと同様に、バーサーカーもここへ来た時から麻帆良の警備を行っていた。そこで顔見知り程度には知り合いだったのだ。さらに小太郎も魔法使いの集まりに顔を出すぐらいはしていたので、エヴァンジェリンも知らない顔ではなかったということだった。

 

 

「別にヤツ(バーサーカー)がここにきたことなど、特に気にしてはいないがな」

 

「ふーん、けっこー優しいとこあったんだ」

 

「……私はいつだって寛大だぞ?」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンは堂々とした態度で、バーサーカーが来たことを気にも留めていないと語った。アスナはそれを聞き、エヴァンジェリンにも優しい部分があったのかと思い、それを口に出していた。まあ、何かと甘い部分があるとは昔から思っていたのだが。アスナのその言葉に、さらに背筋を伸ばして寛大だと豪語するエヴァンジェリン。自分は見た目ほど小さくないと言いたげな、そんな表情だった。

 

 

「え? じゃあ”エヴァちゃん”って呼んでもいいのね!?」

 

「それとこれとは話が別だ!」

 

 

 そこまで言うのならば、”ちゃん”で呼んでもいいんじゃないか。そうアスナは思ったので、それをニコリと笑って言い出した。それは流石に関係ないとばかりに、エヴァンジェリンは叫んだ。それだけは絶対に譲れない、それがエヴァンジェリンのプライドでもあったのだ。

 

 

「えー……」

 

「えー、じゃない! 大体そのクセは治すと言っただろう!?」

 

「そうだけど、エヴァちゃんって呼びやすいし……」

 

 

 アスナはそのことに、非常に不満そうな表情で小さく言葉を出していた。寛大なんだからそのぐらい許してくれてもいいじゃない。アスナはそう思ったからである。だが、やはりエヴァンジェリンはそれを許したくない。むしろその呼び方を治すと言ったのはアスナの方だと、少し怒気を含み叫んでいた。確かにそう言ったのは自分だが、エヴァちゃんと言う呼称は非常に呼びやすいので、ついそうしてしまうとアスナは話した。

 

 

「貴様なあー!」

 

「わかったから! わかったから!」

 

「本当にわかっているんだろうなあー……」

 

 

 何度も”ちゃん”をつけて呼ぶアスナに、エヴァンジェリンは我慢の限界を超えたらしく、顔を赤くして激しく怒るエヴァンジェリン。そうプリプリと怒るエヴァンジェリンを宥めるように、少し困った表情で笑いながら、わかったと連呼するアスナだった。わかったと言いながら、本当にわかったのかさえ怪しいアスナに、エヴァンジェリンは本当にわかったのかと、深いため息と共に口に出していた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 そんな他愛の無いやり取りの後、二人は急に静かになった。二人はどこか遠くを見つめるように、空の方を眺め始めたのだ。会話も無く、顔を向けるわけでも無く、されど並んで同じ景気を見る二人。そんな無音の時間が数秒間過ぎ去っていった。そして、この静かになった空気を破ったのは、エヴァンジェリンだった。

 

 

「……本当に魔法世界へ行く気なのか?」

 

「……うん」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナへ、静かに魔法世界へ行く気なのかと聞いていた。何せエヴァンジェリンもアスナの事情を知っていたからだ。いく必要はないと思っているからだ。また、その質問に、アスナは静かに、そして小さく頷き肯定していた。

 

 

「何故行く?」

 

「何故って、パパに頼まれたから……」

 

 

 それゆえさらに、エヴァンジェリンは魔法世界へどうして行きたいのか、少し険しい表情でアスナへ尋ねた。アスナはその理由を、メトゥーナトが行ってほしいと頼んできたからだと話したのだ。

 

 

「……あの甘いメトゥーナトのことだ。強要はしてないはずだ。拒否権だってあったはずだ」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはメトゥーナトのことをある程度理解していた。あのメトゥーナトは騎士として頑固者であるが、それ以上に甘い人間だ。アスナへ魔法世界に行くことを頼んだだろうが、強制などはしていないだろう。断れば仕方ないと思い諦めるだろう。あの男はそういうヤツだと、エヴァンジェリンは言葉にしていた。

 

 

「貴様が断れば行く必要などなくなったはずだ。それでも何故行く?!」

 

「それは……」

 

 

 そうだ、断れば別に魔法世界など、行く必要は無い。なのにどうして行くと決めたのか。エヴァンジェリンは少し機嫌悪そうに、アスナへ向きなおしそれを問いただした。アスナもエヴァンジェリンへ顔を向け、その真剣な表情を見て、その答えをどう話そうか考える素振りを見せていた。

 

 

「アルカディア帝国へ戻るだけなら安全だろう。だが、そうでないなら危険が及ぶ可能性は否定できん」

 

 

 また、メトゥーナトらの所属するアルカディア帝国ならば、皇帝が納めているあの場所ならば、安全は約束されている。そこへ行くというのならば話しは別だ。しかし、そうでないのならば、いかに安全な場所とて危険が迫る可能性があると、エヴァンジェリンはアスナへ話した。

 

 

「それに貴様が魔法世界へ赴くことに大きな意味があることぐらい、わかっているはずだろう?」

 

「……当然わかってる……」

 

 

 それに、黄昏の姫御子として、戦争の道具として扱われてきたアスナならば、魔法世界へ行くというのがどれほど危険なのかわかっているはずだと、エヴァンジェリンはまくしたてていた。魔法を無効化する力は希少価値であり、狙われている可能性がある。エヴァンジェリンはそのことを踏まえて、アスナに魔法世界へ行くなと話していたのだ。

 

 しかし、アスナはそのことについて、理解していると小さな声で話した。そんなことはエヴァンジェリンに言われなくても、しっかり自覚している。何があるかわからないことぐらい、わかっていた。自分のせいでネギたちが被害にあったらどうしようとか、そういった不安すら感じているのだ。ゆえに、ほんの少しだけ、不安の色を顔に出していた。

 

 

「ならば何故だ!」

 

「……そうね」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナが不安に感じていることを察し、そうまでして魔法世界へ行く理由はなんだというのかと、アスナの方を向いて大声で尋ねた。それは叫びに等しい声だった。アスナはそんなエヴァンジェリンに、俯きながらポツリポツリと、自分の考えを語り始めたのだった。

 

 

「確かに、パパに言われたからってのもあるけど……」

 

 

 アスナはメトゥーナトに頼まれたから、ネギと共に魔法世界へ行くことに決めたと、静かに話した。ただ、理由はそれだけではない。それ以外の理由もあることを、一呼吸置いた後に話し出した。

 

 

「みんながあっちに行って、もしも危険な目にあったとして、それを知らないでのうのうと過ごすのが嫌だから、かな……」

 

「そんなこと……。……先ほどはああ言ったが、ぼーやがいれば問題ないだろう?」

 

 

 アスナはみんなが魔法世界へ行ったとして、そこで危険なことがあった時、自分がそれを知らないのが嫌だと語った。もしそうなっていたとしても、自分だけはこの麻帆良で平和に暮らしているというのが許せないと、アスナは思っていたのである。

 

 だが、エヴァンジェリンはその理由を、そんなことで片付けた。また、カギではあいつらを守りきれないと話したエヴァンジェリンだったが、あのカギは縛りさえしなければかなり強い分類だと思っていた。カギが本気を出せばあいつらぐらい守れるはずだと、アスナへと冷淡に話したのである。

 

 

「それに、近衛木乃香や桜咲刹那もいる。あまりその辺りは問題ないはずだ」

 

「……それでも、みんなが苦しい目にあってるなら……、それを無視することなんて出来ない……!」

 

 

 さらに言えば木乃香や刹那も同行することになるだろう。あの二人がついていけば、大抵の危険は防げるだろうと、エヴァンジェリンはそう話した。何せシャーマンとして鍛えられた木乃香と、アスナと共に修行してさらに磨きがかかった刹那が同行するのだ。そこにカギを含めれば、はっきり言って過剰戦力だろう。それゆえアスナが魔法世界へ行く必要はないと、エヴァンジェリンはアスナを諦めさせるように言葉にしていた。

 

 しかし、アスナはそれでもみんなと共に魔法世界へ行くと行った。みんなが何かに巻き込まれて苦しむというのなら、自分も同じように立ち向かいたいと口調を強めて話したのだ。

 

 

「ふん、そう言うならば、貴様が向こうへ行く方がよっぽど危険だぞ?」

 

「そうかもね……」

 

「そうだ、だからやめておけ」

 

 

 それでもエヴァンジェリンはこう言った。アスナが魔法世界へ行く行為こそがすでに危険だと。何せ昔は他方から散々狙われたアスナだ。何かあったら真っ先に狙われる可能性も大きいのだ。ただ、アスナはそのことを自覚していた。当然そのことも予想していたのである。だからアスナはそうかもしれないと言葉にすると、エヴァンジェリンもゆえにやめておけと、静かに説得するように言葉にしていた。

 

 

「でも、やっぱりそれは出来ない……」

 

「何……?」

 

 

 だが、アスナはそれでも魔法世界へ行くと行った。そう決意していた。そんなアスナを見て、どうしてそれがわかっていながら、魔法世界へ行こうとするのかエヴァンジェリンは理解出来なかった。

 

 

「確かに、そうかもしれないけど……、私はみんなと魔法世界へ行きたい……!」

 

「どうしてそうこだわる……?」

 

 

 アスナも危険は承知だ。それでもみんなと魔法世界へ行きたいと、強い意志の元語ったのだ。エヴァンジェリンは少し険しい表情となり、それほどまでに魔法世界へ行くことにこだわるのは何故だとアスナに尋ねた。全てわかっているならいく必要はない。ここにいたほうが安全だと思っているからだ。

 

 

「私は……、みんなに迷惑かけたくないと思ったから、強くなろうと思った。だけど、それだけじゃない」

 

 

 そこでアスナは、自分が何故強くなろうと思ったのかを、静かに話し出した。そう、自分が狙われたことで、昔は散々迷惑をかけた。だから、自分の身は自分で守れるぐらいは強くなろうと思った。だが、それだけではない。他にも理由があると、言葉を続けた。

 

 

「自分の身は自分で守れるぐらい。いいえ、紅き翼の人たちと並んで歩けるようになるために、強くなろうと思った!」

 

 

 それは、紅き翼と並んで歩けるように、自分もあの中に入って戦えるようになるために、強くなろうと決めたのだと。そして、自分は強くなった。あの時よりもずっとずっと、強くなったとアスナは核心していた。

 

 

「だから頑張って鍛えたし、強くなったと思ってる」

 

 

 そうだ、そうなるためにアスナは必死で努力してきた。メトゥーナトに頼んで鍛えてもらったりもした。最近は刹那と共に修行し、さらに上を目指した。また、そのおかげで自分が強くなったことを、アスナはある程度実感出来るようになったと思っていた。

 

 

「それに、もう一人前なんだってところを、パパに見せて安心してもらいたい……」

 

 

 だからこそ、魔法世界で何かあっても、切り抜けられると言う自信があった。そこでどんなことがあろうとも、無事に済ませられればメトゥーナトを少しは安心させれると思っていたのだ。自分はもう一人前だと、もう守ってもらうだけの対象ではないと言うことを、アスナはメトゥーナトに見てもらいたいのである。

 

 

「だから、みんなと一緒に魔法世界へ行くわ。そして、みんなと無事にここへ戻ってくる……!」

 

「……」

 

 

 ゆえに、魔法世界へネギたちと共に歩みたい。だから、魔法世界へ行く。そして、誰もが無事にこの麻帆良へ戻ってくることを約束すると、エヴァンジェリンへはっきりとした口調でアスナは述べたのだ。エヴァンジェリンは今のアスナの話を、静かに聞いていた。

 

 

「……なーんて言ったけど、別に向こうで何もなければいいだけだしね」

 

「……ふっ……。フフフ……」

 

 

 アスナはそう偉そうに語ったものの、魔法世界で何事もなく無事に過ごせればいいと願っていた。むしろ何も起こらない方が嬉しいとさえ思っていたのだ。それを笑顔でアスナは話すと、エヴァンジェリンは何がおかしかったのか、少しずつ笑い出したのだ。

 

 

「ハッハッハッ、ハッハッハッハッ!」

 

「ちょっ! ちょっと笑うところじゃないでしょう!?」

 

 

 突然大笑いするエヴァンジェリンを見て、アスナは何が面白かったのか理解できなかった。それゆえ、今のは笑いどころではないと、少し怒った様子で叫んでいたのだった。だが、エヴァンジェリンはただひたすら何かがおかしい様子で爆笑していた。腹を抱えて笑っていたのだ。

 

 

「ハハ……、いや、貴様からそんな言葉が出るとは……、フフフッ……思ってなかったんでな。ふぅ……少し笑わせてもらったよ」

 

「失礼すぎないそれ!? しかも少しどころじゃなかったし!」

 

 

 エヴァンジェリンは笑った理由を、まだ少し笑いながらアスナへ話した。と言うのも、アスナからあのような決意あふれる言葉が出てくるとは、エヴァンジェリンも思っていなかったのだ。そのため、ついついそれがツボにはいってしまい大爆笑してしまったと言うことだった。

 

 アスナはそれを聞いて、失礼すぎると思い怒りの叫びを上げていた。自分だって色々考えているし、言われてからだけで魔法世界へ行こうと思うほど馬鹿ではないと思ったのだ。また、エヴァンジェリンの最後の言葉にアスナは、少しではなく大声で大爆笑してたじゃないかと、雄たけびのような声でツッコんでいたのだった。

 

 

「……やれやれ……。ならば私もついていくとしよう」

 

「え?」

 

 

 その会話の後、エヴァンジェリンは再び空を眺め、目を瞑って肩をすくめた。そして、自分もアスナたちと共に魔法世界へ行くと、微笑を見せながら言葉にしたのだ。アスナはエヴァンジェリンの今の言葉に驚き、一瞬表情を固めていた。エヴァンジェリンは魔法世界に来る気がないと思っていたアスナは、その言葉に衝撃を受けたのである。

 

 

「……私が貴様らの保護者として、一緒についていってやるよ」

 

「いいの?」

 

「いいと言っただろう?」

 

 

 エヴァンジェリンは目だけをアスナへ向け、ネギたちの保護者として魔法世界に出向いてやると話した。アスナは本当に来てくれるのだろうかと、エヴァンジェリンへ不思議そうな表情で聞いていた。本当に一緒に来てくれるなら、これほど心強いものはいないからだ。これほど頼りになるものはいないからだ。そして、とても嬉しいことだからだ。そう疑問の目を向けるアスナに、再びふっと笑いながら、言葉通りだと述べるエヴァンジェリン。嘘などではなく、本当について行くと、アスナへ伝えたのだ。

 

 

「……ありがとう」

 

「……別に礼を言われる筋合いはないさ。それに存分に笑わせてもらったしな」

 

「むっ……、失礼ねー……!」

 

 

 アスナはそんなエヴァンジェリンに、優しい笑顔で礼を言葉にしていた。なんだかんだ言って、自分のことを心配してくれたエヴァンジェリンへの、感謝の気持ちだった。こんな自分を心配してくれることに、非常に嬉しい気持ちをアスナは感じていたのだ。

 

 そう礼を言われたエヴァンジェリンは、目を空へ向け、照れくさそうにしていた。そして、照れ隠しのように、礼など不要だと言いながら、先ほどは大いに笑わせてくれたからよしとしたと言い出したのだ。

 

 それを聞いたアスナは、むくれた顔をして文句を言っていた。流石にヒドイことだと言いたげな様子だった。まあ、それでもエヴァンジェリンが来てくれるのはありがたいので、それ以上怒ることはなかったのである。

 


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