理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百八話 夢から覚めれば

 ナギ・スプリングフィールドをリーダーとし、旧姓青山詠春、アルビレオ・イマ、メトゥーナトの4人は紅き翼と言うチームを組んでいた。その紅き翼は急いでいた。ウェスペリタティア王国にて、戦争が起ころうとしていたからだ。そのリーダー、ナギ・スプリングフィールドは焦っていた。急がなければ戦いが始まってしまうと、そう考えながら。

 

 

「くっ! 遅かったか!」

 

 

 しかし、すでに戦いは始まっていた。周囲には空を飛ぶ船と巨人が多数、そして、武器のような杖にまたがる兵士の姿が大多数。それらが闇に染まった空を覆い尽くしていた。さらに最悪なことに、完全に戦闘となっており、攻撃がはじまってしまっていたのだ。

 

 

「ちッ! 気に入らねぇぜ!」

 

 

 ナギは怒りをあらわにしながら、そう言葉にしていた。それは戦争が起こってしまい、間に合わなかったからというだけではなかった。また、その時、戦艦から精霊砲と呼ばれる砲撃が放たれた。だが、それは一つの塔の手前にて、完全に消滅したのである。

 

 

「黄昏の姫御子……。何だってそんなもん!?」

 

「歴史と伝統だけが売りの小国に、他に手はないでしょう」

 

 

 黄昏の姫御子。ナギはその名を呼んだ。その黄昏の姫御子とは、魔法を無効化するという。その力を利用して、先ほどの精霊砲を打ち消したのだ。そんな怒れるナギを宥めるかのように、静かにアルビレオが口を開いた。

 

 

「だが王族なんだろ!? まだ小さな女の子だって話も聞くぜ!?」

 

「冷静になれ! ナギ!」

 

「俺は冷静だっつーの!」

 

 

 

 黄昏の姫御子はまだ少女だと、ナギは聞いていた。そんな小さな女の子を利用して、このようなことをするのが許せなかったのだ。詠春は怒りの叫びを上げるナギに、落ち着くように声をかけた。それでもナギの怒りながらも自分は冷静だと叫んでいた。

 

 

「そう叫びたい気もわかるが、今は急ぐしか手はない……」

 

「んなこたぁーわかってんだよ!」

 

 

 怒りに燃えるナギを見て、ここで初めてメトゥーナトが口を開いた。確かに気持ちはわからなくもないだろう。幼き少女を戦争の道具にするなど、非人道的だと思うのも当然だ。しかし、今はまず、争いを止めることが先決だ。そのためには、急いであの塔まで行くしかないのだ。ナギもそのぐらいわかっていた。だから急いでいるのだ。

 

 

「戦争ですからね……。向こうの真の目的もおそらく……」

 

 

 これは戦争だ。戦争にルールはない、無慈悲なものだ。生きた力と生きた力の衝突だ。そして、相手の目的もおそらく、そう意味深な言葉を残すアルビレオだった。

 

 

「それに、少女の年齢も私やメトゥーナト同様、見た目どおりとは……」

 

「……」

 

 

 さらに、少女という姿と年齢は一致しないだろう。その幼い姿からは想像できぬような時間を過ごしてきたのだろうと、アルビレオはメトゥーナトを横目で見て語った。メトゥーナトもその言葉を無言で聞き、何か思うことがあったような様子を見せていた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

 ナギはそのアルビレオの話を聞いて、さらに苛立ちを募らせた。少女の姿のまま、ああやって何十年、何百年と道具として扱われているということに、無性に腹が立ったのだ。その怒りは自然に口からもれており、少し乱暴な言葉を飛ばしていた。

 

 そこに塔を攻撃しようと手を伸ばす巨人、鬼神兵の姿があった。その塔の中の魔法使いたちは障壁を張ろうとするが間に合わない様子で、最後は逃げ惑っていた。ただ、少女、黄昏の姫御子だけは逃げることは出来ない。鎖でつながれているからだ。むしろ、逃げることなども考えてはいない、もはやどうでもよさそうな状態だった。

 

 しかし、その魔手は突然の攻撃により防がれた。すさまじい一撃が、その鬼神兵の胴体を粉砕し、両断したからだ。それをしたのはあのナギだった。一撃で倒した鬼神兵など目もくれず、宙に浮きながらローブを風に揺らしていた。

 

 

「そんなガキまで担ぎ出すこたねぇ……。後は俺に任せときな!」

 

「お、お前は……!」

 

「紅き翼……、千の呪文の……!」

 

 

 そうだ、黄昏の姫御子など使わなくても、俺が、俺たちが敵を粉砕する。そうナギは言葉にした。そのナギの姿を見た塔の魔法使いたちは、あれが噂の紅き翼の、あの千の呪文の男なのかと思い、動揺していた。

 

 

「そう! ナギ・スプリングフィールド! またの名をサウザンドマスター!!!」

 

 

 さらに、魔法使いたちの言葉に反応し、ナギは自信満々にその名を叫んだ。そんなナギに呆れながら、自分で言うか普通と小さくこぼす詠春。いやはや、いつにもましてノリノリだと思うアルビレオ。そして、ナギの威風堂々とした姿を見て、仮面の下でふっと笑うメトゥーナトの姿があった。だが、すぐに誰もが真剣な表情となり、戦闘の構えを取り始めた。

 

 

「行くぜオラァ! ”千の雷”!!!」

 

 

 そして、そのナギが放った無数に天から降り注ぎ大地を焦がす雷をスタートに、各自攻撃を開始した。その戦い、まさに旋風、烈風、疾風のごとし。アルビレオの強力な重力魔法、詠春の斬撃、メトゥーナトの剣さばきが、その巨大な敵を打ち倒して言ったのだ。なんということだろうか、またたくまに鬼神兵と戦艦は撃破され、もはや残るは雑兵のみとなったのである。

 

 

「安心しな、俺たちが……、全部終わらせてやる」

 

「なっ、しかし!?」

 

 

 戦いに一区切りついたと感じたナギはその塔の中へと降り、魔法使いたちに自分たちで戦いを終わらすと豪語して見せた。それほどまでに、紅き翼は強いと言う自信があるのだ。だが、塔の魔法使いはその言葉を信用できなかった。

 

 

「敵の数を見たのか!? お前たちに何が……!?」

 

「俺を誰だと思っている、ジジィ……」

 

 

 確かに目の前で、すさまじい戦闘を繰り広げた紅き翼だが、敵の数はその数百倍。あの数を数人でどうこうできるなど、魔法使いには考えられなかったのだ。その言葉を耳にしたナギは、なめられたものだと思った。俺が何なのか忘れたのか、紅き翼のリーダー、千の呪文の男だ。

 

 

「俺は、最強の魔法使いだ」

 

 

 そう、俺こそが最強の魔法使い。この俺に倒せない敵など居ない。魔法使いの言葉にすさまじく怒りを覚えたナギは、ヤクザのような形相でそう答えたのだ。

 

 

「あんちょこ見ながら呪文を唱えてる、あなたが言っても今ひとつ説得力がありませんね」

 

「あーあ-、るせーよ」

 

 

 まあ、そんなナギも魔法学校中退と言う経歴の持ち主。魔法も使えはするが、あんちょこを読んで詠唱しているのだ。そんなヤツが何を言っているのかと、アルビレオは笑みを浮かべ話していた。いや耳が痛いことだ。ナギはそんな話など聞こえない聞こえないと、目をそらしながら言葉にしていた。

 

 

「それに、あなた個人の力がいかに強大であろうと、世界を変えることなど到底……」

 

 

 しかし、そこでアルビレオは急に表情を冷静なものへと変え、ナギにそう告げた。確かにナギは強い。世界広しと言えど、これほどの逸材は居ないだろう。それでも、世界を変えるのは難しい。一人だけが強かろうとも、世界は変わらないのだと。

 

 

「あのメトゥーナトのところの皇帝ですら、それが叶わずに今もあがいているというもの……」

 

「るせーっつってんだろ、アル。俺は俺がやりたいよーにやってるだけだ、バーカ」

 

 

 それこそ、あのメトゥーナトが仕えるアルカディアの皇帝ですら、いまだそれを実現出来ていないのだ。あの皇帝も最強と言われれば間違いないだろう。個人の力としては最高峰だ。そんな男が国を築き上げてまで、世界を変化させようともがいている。だが、そこまでやっても世界は変わらないのだ。世界を変えるには力だけでは無理なのだと、アルビレオは話していた。

 

 ナギもそんなことぐらい重々承知だ。自分ひとりで世界が変えられると思うほどのぼせ上がっていないのだ。だからこそ、自分が出来ることを、自分が思うことを勝手にやっているだけだと、ナギは本気で語っていた。

 

 

「そのメトゥーナトはどこに……?」

 

「さぁ……」

 

「メトのことなら心配いらねーだろ」

 

 

 メトゥーナトの名が出たことで、詠春はその本人はどこに行ったのかを疑問に感じたようだ。先ほどまでは自分たちと同じように戦っていたのに、ここには来ておらず姿が見当たらなかったのだ。アルビレオも確かにと思い、どこへ行ったのやらと考えていた。

 

 ただ、ナギはメトゥーナトに心配などしない。あの男は非常に強いのを知っている。だから心配など無用だと思っているのだ。そういい終えたナギは、一人の少女がこちらを見ていることに気がついた。橙色に近い色をした長い髪を、ツインテールにした少女。表情はなく、もはや全てのものに無関心な感じを受ける、とても寂しい姿をした少女だった。それは黄昏の姫御子と呼ばれた少女だ。

 

 

「よう、お譲ちゃん。名前は?」

 

「ナ……マエ……?」

 

 

 ナギは鎖につながれ座り込む少女へとゆっくりと近寄り、視線を同じぐらいにするためにしゃがんだ。そして、つながれた鎖を砕き、その血でぬれた口元をそっとぬぐってあげていた。また、そこでナギは、その少女の名を聞いた。少女は名前と聞いて、それはなんだったのだろうかと思い出すように、自分の名を語りだした。

 

 

「アスナ……。アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア」

 

「なげー名前だな、オイ」

 

 

 少女は名前を思い出し、その名を口にした。確か自分はアスナだった、そう呼ばれていた時もあったと、まるで他人事のような感覚で言葉にしていた。その名を聞いたナギは、とても長い名前だと感想を述べていた。

 

 

「けど……、アスナか。いい名前だ」

 

 

 それでも、いい名前だ。ナギは不敵な笑みを見せながら、そう率直に感じたことを話していた。

 

 

「よし! アスナ、待ってな!」

 

 

 ならば、アスナのためにも、この戦いをいち早く終わらせよう。ナギはそう考え、再び立ち上がり、宣言していた。

 

 

「行くぞアル! 詠春! 敵は雑魚ばかりだ! 行動不能で充分だぜ!」

 

「はいはい」

 

「やれやれ」

 

 

 そして、今この場に居る二人へ、敵を全滅させると叫んでいた。自分たちの前では目の前の敵も雑魚同然だ。動けなくするだけで十分だと。そんな様子のナギに、アルビレオははいはいと、わかっていますよと言う感じの様子を見せていた。詠春も、まったく困ったやつだと思いながらも、仕方ないと考えながら、ナギについていったのだった。

 

 

「……悪いが、外の連中は全て片付けた……」

 

 

 だが、そんなナギたちの目の前に、仮面の騎士が一枚のカードを右手の人差し指と中指の間に挟み、立ちふさがったのだ。それはこの場に居なかったメトゥーナトだった。なんとメトゥーナトは、突然ナギの目の前に姿を現し、戦いは終わったと告げたのだ。そう、メトゥーナトは三人がここに居る間、外で静かに、されど荒々しく戦っていたのだ。その皇帝から賜ったアーティファクトを使ってだ。

 

 

「なっ!?」

 

「おや」

 

「なんだと……?」

 

 

 そのメトゥーナトの言葉にナギも詠春も驚いた。なんということを簡単に言ってのけるんだこの仮面は。二人はそう思ったようだ。また、アルビレオは驚かず、むしろ意外だと感じた様子だった。メトゥーナトが率先して、単独でこのようなことをする男ではなかったと思っていたからだ。

 

 

「おいメト! 何やってんだ!? これからが俺の活躍するところだっつーのに!」

 

「だから悪いと言っただろう……」

 

「本当にこの短時間の内に一人でやったのか!?」

 

「……」

 

 

 だが、ナギはメトゥーナトの言葉を信じたようだ。むしろここまでかっこつけたのに、敵がもう居ないなんてダサすぎると考え、そのことへの文句を飛ばしていた。まあ、戦いが終わったのなら安心でもあるとも、ナギは思っているのだが。

 

 そう文句を言うナギに、だから最初に悪いと断ったと静かに話すメトゥーナト。実際は悪いなんて思ってないが、一応行っておくことが重要だと思っているのだ。そう言いながら、仮契約カードをそっと懐へとしまっていた。

 

 また、詠春は流石にメトゥーナトの言葉を疑っていた。一人で、しかも短い間に外の大量の兵隊を殲滅出来るなど、普通出来るはずがないからだ。

 

 しかし、アルビレオはむしろ静かにメトゥーナトを見ていた。あの男は仮契約のカードを指で掴んでいた。それはすなわち、アーティファクトを使って見せたと言うことだ。また、あのアーティファクトは皇帝から頂いたものだ。皇帝のためでなければ使わないものだ。それを使ったと言うことは、メトゥーナトが切り札を出したということなのだ。何故、全ての力を出し切ってまで外の敵を殲滅したのだろうか、アルビレオはそう考え、メトゥーナトを見ていたのである。

 

 

「あの程度造作も無い……。して、彼女が……?」

 

「あぁ、あの女の子が黄昏の姫御子……。いや、アスナだ」

 

「アスナか……」

 

 

 メトゥーナトは外の敵の殲滅を造作も無いと言葉にした。そんなことよりも、黄昏の姫御子の方が重要な様子だった。そこでメトゥーナトはあの少女が黄昏の姫御子なのかと尋ねると、ナギはそうだと、アスナと言う名だと答えていた。アスナ、メトゥーナトはその名を聞き、静かに復唱した。

 

 

「ならナギ、これを彼女に飲ませてやれ」

 

「ん? これは……?」

 

 

 そして、メトゥーナトは懐から、一本の瓶を取り出した。皇帝印の回復薬だ。それをアスナへ渡して欲しいと、メトゥーナトはナギに頼んだのである。ナギはそれに気がつき、一体なんだろうかと思ったようだ。

 

 

「彼女、口から血が出ていただろう。どこか悪いかもしれん……」

 

「確かな。だけどオメーが渡せばいいだろ?」

 

 

 何故メトゥーナトはそれを取り出したのか。その理由はアスナの口元に血をぬぐった後があったからだ。ならば体のどこから故障しているかもしれない。そう思ったメトゥーナトは、それをナギへ渡したのだ。ただナギは、それなら自分で渡して飲ませればいいと思ったようで、そのことを言葉にしていた。その二人のやりとりを、アスナはそのつぶらな瞳で眺め、不思議に感じていたようだ。

 

 

「お前の見せ場を奪ってしまったからな、譲ってやろうと思っただけだ……」

 

「おいおい、マジで言ってんのか?!」

 

 

 メトゥーナトはそのことについて、敵を全滅させてしまった侘びだと話した。ナギはそれを聞いて、そんなんで代わりになると思ったるのかと、少し怒りを見せていた。まあ、それでも戦いが早く終わったことは悪いことではない。なので、その瓶を受け取ると、すぐさまアスナへと手渡し、それを飲ませたのである。

 

 

「……」

 

「……なんだ?」

 

「いえ、別に……」

 

 

 そして、メトゥーナトはナギがアスナへ薬を飲ませているところを、少し遠くから見守っていた。また、アルビレオが先ほどから自分をずっと見ていることに気がつき、何か用なのだろうかと思い、声をかけたのだ。アルビレオはそこで、なんでもないと話した。しかし、その言葉に続きがあったようだ。

 

 

「ただ、あなたにしてはいつにもまして、張り切ったと思いましてね」

 

「そうか……」

 

 

 一体どういう風の吹き回しか。メトゥーナトがアーティファクトを出してまで、外の敵を殲滅させて見せた。普段では考えられないことだと、アルビレオはメトゥーナトへと話したのだ。メトゥーナトは少し考えた様子を見せ、そうかと一言だけ述べた。

 

 

「気になるのですか? あの少女が……」

 

「……さぁな……」

 

 

 また、メトゥーナトの視線の先には、先ほどの薬を飲み干したアスナが居た。アルビレオはそにれ気がつき、もしやあの少女が気になるのだろうかと思ったのだ。メトゥーナトにそれを聞くと、とぼけた素振りで流されてしまったようだ。

 

 アスナもメトゥーナトが自分に視線を向けていることに気がつき、メトゥーナトに顔を向けた。先ほどの話を聞けば、この薬はあの仮面の男がくれたものらしい。何故そんなことをしたのだろうか。アスナにはわからなかった。それだけではなく、あの仮面の下からのぞく瞳を見て、何を感じているのだろうかと、そうアスナは考えた。哀れみなのだろうか。同情なんだろうか。わからないが、どこか寂しげな瞳だったと感じていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 日は昇り、朝日がガラス越しにある部屋を照らしていた。そこは麻帆良の学生寮の一部屋だ。とは言え、日はそこそこ高い位置にあり、朝と言うよりは昼に近い時間帯となっていた。そして、その中にある二段ベッドの上で寝ている少女が一人、ようやく目覚めを迎えていた。

 

 

「ん……」

 

 

 その少女はアスナだ。夏休みの始まりと言うことで、少しのんびり寝ていたようだ。アスナはゆっくりと体を起こし、徐々に意識を覚醒させていく。

 

 

「あの時の夢……」

 

 

 そして、今見ていた夢のことを思い出していた。あれは初めて紅き翼に、ナギたちに、あのメトゥーナトに出会った時のことだ。悠々と話しかけてくれたナギも印象的だったが、少し離れた場所で見つめていたメトゥーナトも対照的で印象に残っていた。しかし、なぜ今頃になって、あの時の夢を見たのだろうか。原因は多分だが、メトゥーナトに魔法世界へ行くように言われたからだと考えた。でなければ、あのような夢を見るはずがないだろう、そうアスナは結論付けた。

 

 

「……っ、ダルい……」

 

 

 だが、体を起こして気がついた。非常に体の調子が悪いのだ。体が熱っぽく、全身に力が入らない。これは明らかに風邪の類だろう。アスナは体に倦怠感を感じ、これはまずいと思っていた。この時間までゆっくり寝ていたのは、調子の悪さからくるものだったようだ。

 

 

「昨日調子悪いのに無理したからかな……」

 

 

 というのも、やはり夏休み前日ということで、昨日はクラスで盛り上がったりしたようだ。それ以外にも自分の友人たちだけで集まり、随分遊びに熱中していた。その時確かに妙な気分の悪さを感じたが、大丈夫だろうと思い放置してしまったのだ。

 

 

「夏休み初日から風邪なんて最低……」

 

 

 いやはや、夏休みに入って早々だというのに風邪などと、旅立ち早々足を踏み外したようなものだと思ったようだ。こんな調子じゃこの夏休み、なんだか不安になるともアスナは考え、ため息をついていた。

 

 

「……このかは……、いないみたいね……」

 

 

 また、ルームメイトの木乃香の姿が見当たらないようだった。どこか出かけているのだろうか。予想では刹那の部屋か、エヴァンジェリンの別荘へ行っているか、はたまた覇王がいなくなる前に、会いに行った可能性もあると考えた。毎年夏休みになると覇王がどこかへ行ってしまい、夏休みが終わるころまで戻って来ないのを、木乃香もアスナも知っているからだ。しかし、居なくて正解だともアスナは思った。

 

 

「早く治さないと、このかにもうつしちゃう……」

 

 

 何せ自分は風邪を引いたのだ。木乃香にもうつしては申し訳ないと思ったのだ。だからあまりこの部屋に居ない方がよいと考え、今ここに木乃香が居ないことを安堵していたのである。

 

 

「……明日はパパとギガントさんを見送りに行く約束もあるのに……」

 

 

 さらに悪いことに、アスナには予定があった。あのメトゥーナトとギガントが明日にでも魔法世界へ帰るということだ。ここからでは魔法世界へ行けないので、アルカディア帝国に直結した扉のあるチリ領のイースター島へと行かなければならない。そのため飛行場である成田空港へ見送ることを、アスナは約束していたのだ。

 

 しかし、風邪を引いてしまってはそれも叶わないだろう。メトゥーナトのことだ、無理せず安静にしておけと言って、部屋へ連れ戻されるに決まっている。そうなれば見送りどころではない。それはあまりにも寂しいことだと、アスナは思っていた。

 

 

「今日は薬飲んで寝てよ……。明日までに治るかなー……」

 

 

 こうなっては仕方がない。薬を飲んで一日寝ているしかない。また、アスナの部屋に常備してある薬は、ギガントが作った特注品の魔法薬だ。ただ、魔法薬だからといって、飲んだらすぐに風邪が治る訳ではない。それか病院へ行って、しっかり治療してもらう以外治療方法はないと考えた。それでも風邪は一日二日で治るとは考えられない。ゆえに、明日の見送りの約束は果たせそうにないと考え、アスナはしゅんとした様子を見せていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 まあ、落ち込む前にとりあえず、熱を測って薬を飲もうとベッドから降り、道具箱を探し始めた。しかし、その時窓の方から、コンコンと音がしたのだ。それは何者かが窓をたたき、ノックしているような感じだったのだ。何かおかしいと感じたアスナは、窓の方に顔を向けると、そこには顔なじみの男性が張り付いていたのである。

 

 

「えっ……? 状助……?」

 

 

 その男性は状助だった。窓をたたき、入れてくれと口パクする状助。こんなところへやってきて、一体どうしたというのだろうか。流石に状助が窓の外に居ることは、アスナにとっても驚くべきことだった。

 

 

「何やってんの……?」

 

「オメーが昨日から調子悪そうだったからよぉ。ちと見舞いに来たんだぜ」

 

「ここ何階だと思ってるの!? どうやって昇ってきたのよ!?」

 

 

 アスナはとりあえず窓を開けると、状助が靴を脱いでそこから部屋へと入ってきた。一体何をしているのか、アスナはそう尋ねてみると、見舞いに来たと状助は言った。

 

 と言うのも、昨日は夏休み前ということで、アスナは木乃香たちと遊んでいた。その中に状助が居たのである。状助は古くからの友人であり、カラオケぐらい誘ってもいいだろうと思ったのだ。ゆえに、状助はアスナの調子が悪そうなのを知っていたので、ここまで見舞いにやってきたのだ。

 

 だが、アスナは別のことにも驚いていた。ここはこの寮の最上階、6階なのだ。どうやったらここまでこれるのか、アスナはそこに疑問を感じたのだ。確かに気をつかえるものならば、昇れるかもしれない。自分も多分出来るだろうと、アスナは思った。しかし、状助は気も使えない一般人。しいて言えば、スタンドと言う不思議な力を持った、ただの学生でしかないのだ。

 

 

「別に難しいこたぁねぇ。あらかじめ糸を切った風船を飛ばして、その糸を直した時に発生する引っ張られる力を利用することで、ここまで上ってきただけよ」

 

「……アンタの能力、便利ね……」

 

 

 アスナのその疑問を解消するべく、状助はしたり顔で説明を始めた。なんてことはない。クレイジー・ダイヤモンドの能力は直すことだ。二つに分かれた物体を修復した時、すさまじい引力が発生する。その力を利用することで、この場所までたどり着いたと、状助は説明したのだ。アスナは説明を聞いて、とんでもない&便利な能力だと思ったようだ。そりゃ何でも直せるというのは、とても便利なのは間違えない。

 

 

「……と言うか、こんなところに来て大丈夫なワケ?」

 

「バレねーように来たから大丈夫……かも……」

 

「そ、そう……」

 

 

 むしろ、ここって女子寮ではないか。男子たる状助がやってきて大丈夫だったのだろうか。アスナはそれを考えた。状助はその問いに、コソコソ隠れながらやってきたので、大丈夫だろう、多分と言葉にしたのだ。多分でいいのだろうか。バレたらまずいだろう。何でそんな無茶してこんなところへやってきたのだろうか。アスナはそう思いつつも、まあいいかと思ったようだ。

 

 

「むしろそっちこそ大丈夫かよぉ。ちと熱っぽいんじゃあねぇのか?」

 

「そうかも……。熱を測ってないからわかんないけど……」

 

「まっ、とりあえずそこで座って休んどけよ」

 

 

 状助は説明を終えた後、アスナの顔を見て熱っぽいと思ったようだ。顔は赤く、かなりダルそうな様子だったからだ。アスナも熱がありそうだと思っていたが、測っていなかったのでわからないと話していた。ならばと状助は、小さなガラスのテーブルの前で座ってろと言葉にしていた。

 

 

「……で、そんな無茶してまで状助は何しにきたのよ……」

 

「見舞いっつったろーがよぉ。でもそれ以外にも理由はちゃんとあるぜ」

 

「どんな……?」

 

 

 男子の状助が隠れながら無茶してまで、どうしてわざわざやってきたんだろうか。風邪をひいて弱りに弱った自分のところへやってきて、何がしたいのだろうか。アスナは再び疑問に感じた。確かに見舞いだと言っていたが、こんな無茶してまですることでもないだろうと思ったからだ。それに、この状助のことだから、やましいことではないのはわかっていた。でなければ部屋などに入れはしないだろう。それでも、風邪がうつると大変だと思っていたアスナは、何しに状助がここへ来たのかわからなかったのである。

 

 そう考えたアスナはそれを状助に聞くと、やはり見舞いに来たと答えが返ってきた。だが、状助の目的はそれだけではなかったようで、それ以外にもしっかりとした理由があると、自信をもって豪語していた。そんな様子の状助に、一体どんな理由があるものやらと、アスナは再び質問していた。

 

 

「そうだなぁ……、食欲はあるか?」

 

「んー。おなかの調子は特に悪くないと思う……」

 

 

 状助はそう聞かれると、腕を組んで考える素振りを見せた。そして、逆にアスナへ食欲があるかを尋ねたのだ。アスナはキョトンとした様子でそれを聞くと、お腹周りをさすりながら、腹の調子に問題はないと、少し自信なさげに話していた。

 

 

「そりゃよかったぜ。だったら悪ぃが、ちとキッチンを借りるぜ」

 

「いいけど……、何をする気?」

 

「キッチンといや料理だろう!?」

 

「状助が……? あー……」

 

 

 それなら大丈夫そうだと思った状助は、キッチンを貸してくれと言い出した。アスナは特に問題はないと思ったが、一体何を始めるつもりなのだと不思議に思ったようだ。と言うか、キッチンを使うなら料理以外ありえないだろう。状助は不思議そうに問うアスナへと、そう言い放ったのだ。そう聞いたアスナは状助が料理なんて出来るのだろうかと考えた。そこでアスナは、ようやく状助が料理の練習をしたり寮の部屋では料理当番だったことを思い出したようだ。

 

 

「おいおい、思い出したような顔するんじゃあねえよ……」

 

「……だって状助が料理する姿とか、イメージ湧かないし……」

 

「そう言われりゃ確かにそうかもしれねぇ……」

 

 

 思い出したように話すアスナに、状助は少しショックを受けていた。このたびずっと料理を鍛えてきたというのに、こんな言われようでは悲しくなるのも仕方のないことだ。ただ、アスナは状助が料理をする姿を思い描けなかったのだ。このリーゼントが料理とか、普通に考えたら無理だろうと思ってしまっていたのである。

 

 そう言われた状助も、確かにこんなナリの男が料理とか、想像できるはずがないと思ったようである。それでも料理が出来ないと思われていたのはやはりショックだったようで、ほんの少し落ち込む様子を見せていた。

 

 

「でも、材料とかはどうするの……?」

 

「そりゃ持ってきたぜ」

 

「準備がいいこと」

 

 

 アスナは状助が料理することはわかったが、その材料はどうするのだろうかと疑問に思った。まさか自分のところにあるものを使うのかと思ったが、流石に買いだめなんてことはしていない。だからそれを状助へと質問すると、状助は持ってきたと言葉にし、握っていたポリ袋を見せたのだ。アスナは袋を見て、準備万端ということかと思ったようだ。

 

 

「数分そこで座って待っててくれや。なんだったら寝ててもいいぜ?」

 

「うん……、大丈夫。よろしく」

 

 

 状助はアスナへと座って休んでいてくれと、むしろ辛いようであれば寝ていても構わないと告げていた。アスナは確かに気分が悪いと感じたが、数分ぐらい大丈夫だと思い、そこにとどまることにした。また、料理を作ってくれる状助へと、よろしくと微笑みながら頼んでいた。

 

 そして、数分間状助は料理に没頭し、その音だけが部屋に響いた。アスナも体の調子が悪かったので、体育座りの体勢で膝に顔を乗せて休んでいた。

 

 

「ほら、出来たぜ」

 

「おかゆ?」

 

「そりゃ風邪っつたらおかゆだろ?」

 

「そうだけど……」

 

 

 それからようやく料理が完成し、状助が運んできた料理を、アスナの前のテーブルへと静かに置いた。アスナはどんな料理だろうかと少し期待していたが、出てきたのは溶き卵がまぶされた普通のおかゆだった。とは言え半熟の溶き卵の上には刻んだ長ネギが乗っており見栄えは悪くなく、むしろ黄色と緑であざやかなものであった。

 

 しかし、アスナはほんの少しだけガッカリした様子を見せた。もう少し凝った料理が出てくると期待していたからだ。ただ、風邪と言えばおかゆである。状助はそれこそが定番だろうと、ガッカリするなという感じで言葉にしていたのだった。

 

 

「……いただきます」

 

「熱いから気をつけろよ?」

 

「わかってるわよ……」

 

 

 状助は、早速頂こうとするアスナへ、さましながら食べた方が良いと注意した。出来立てのおかゆは結構熱く、やけどするかもしれないからだ。しかし、アスナだってそんなことは先刻承知。当然わかっているので、おせっかいだと言う目でそう話していた。

 

 

「うまいか?」

 

「……おいしい……」

 

「そりゃよかったぜ……」

 

 

 アスナはレンゲですくったおかゆを吐息でさまし、そっと口へと運んだ。状助はそれを見て、味の意見を聞いていた。一応自分で作った料理、味見もしてうまいと状助は核心していた。が、それでも自分の味覚と他人の味覚は違うので、少々不安だったのである。

 

 だが、アスナはおいしいと言葉にし、ほんの少し驚いた様子を見せていた。まさかこの状助が、おかゆと言えどうまい料理が作れるとは思ってなかったのだ。状助はアスナのその言葉に安堵し、笑みを見せてよかったと言っていた。まずいとか言われたらどうしようかと、ずっとヒヤヒヤしていたからだ。

 

 

「でも、何でわざわざおかゆを作りに……?」

 

「なーに、もうすぐわかるぜ」

 

「はあ……?」

 

 

 しかし、アスナはそこで疑問に思った。どうして状助はおかゆを作るだけの為に、わざわざ危険を冒してまでここへやってきたのだろうかと。それをアスナは状助に聞くと、状助は笑いながらもうすぐその理由がわかると豪語したのだ。そんな状助にアスナは少し呆れ、一体何がわかるのだろうかと思ったのである。

 

 

「……なんか熱い……」

 

「効果が出てきたみてーだな」

 

「……何それ……。と言うか本当に熱い……」

 

 

 アスナは少しずつおかゆを口に運んでいたが、そこで突如異変が起きた。一体どうしたというのだろうか、アスナは自分の体がすごく熱くなっていることに気がついたのだ。この熱さは風邪の熱やおかゆを食べたという理由だけでは、説明がつかないものだった。まるでサウナに居るかのような熱さを感じ、顔を赤くして熱いと嘆くアスナを見て、状助はようやく効果が出てきたとこぼしていた。一体何の効果なのだろうか、アスナはそれに疑問感じた。

 

 

「熱っ……! 何なのこれ……。汗がいっぱい出てくる……!」

 

「治ってる証拠だぜ」

 

「意味わかんない……。でも、熱い……」

 

 

 だがアスナは、そんな疑問も体の異常なほてりで、どうでもよくなってしまった。また、全身から汗が噴出し、もはや水をかぶったような状態となってしまっていたのだ。それを見た状助は、それこそ風邪が治っている証拠だと、笑いながら言葉にしていた。ただ、アスナには状助の言葉の意味が理解できず、何を言っているのやらと思ったのだ。そこで、さらにアスナの体が発熱し、汗がとめどなく流れ出ていた。これは何なのだろうかとアスナは考えたが、熱さの前に思考がうまく出来なくなっていた。

 

 

「汗が、すごい……。パジャマがびしょびしょ……」

 

「うお!? おいおい!」

 

「なっ、何よ急に……」

 

 

 また、大量の発汗により、アスナの着ていたパジャマもびしょびしょになっていた。そして、パジャマは汗で濡れたせいか体に張り付き、ボディーラインを強調させていたのだ。さらにアスナは暑苦しさから、パジャマのボタンを第二ボタンまではずして首もとの襟を指で伸ばし、そこへ手をパタパタと振って風を送っていたのである。

 

 状助はアスナのその行動に驚き、突然変な声で叫んだ。張り付いたパジャマ越しにくっきり見えるボディーラインと、胸元が見えそうな状況のアスナに、状助は照れと驚きを同時に味わったのだ。

 

 と言うか、アスナは起きたばかりの恰好であり、当然ブラジャーなどしていない。そんな時にボタンをはずして襟を伸ばしたら、胸元が露出するのも当然というものだ。しかも張り付いたシャツがくっきりとボディーラインを浮かび上がらせ、とても色っぽい姿だったのだ。そしてアスナはそこそこ胸もあったので、状助にとってその光景が目に毒だったのである。

 

 そこで急に変な声を上げて驚き、体を後ろ向きにする状助を見て、アスナは一体どうしたのだろうかと思ったようだ。熱さのせいで思考が鈍っていたアスナは、今自分の姿を客観的に捉えられなかったのだ。

 

 

「なっ、なんでもねえぇ!」

 

「……? あっ……」

 

 

 アスナにどうしたのかと聞かれた状助は、顔を赤くしながら焦った声でなんでもないと叫んでいた。そこでアスナは状助の行動に疑問を感じ、首を下に向けて自分がどういう姿なのかを確認した。するとここでようやくアスナは、胸元がはだけてパジャマが体に張り付いているという、恥ずかしい姿だったことを認識したのだ。

 

 

「やだ、私ったら……」

 

「うおおお!!! 見てない! 俺はなーんにも見てないぞ!」

 

「……そこまでビビられるとヘコむんだけど……」

 

 

 アスナは自分の今の姿に驚き、胸元を両腕で隠しながら、顔を風邪とは別に真っ赤にして恥ずかしがっていた。状助であろうと男の前で、このような痴態を見せてしまったからだ。熱でどうかしてたにせよ、流石に何をやっているんだとアスナは思い、先ほどの行動を後悔していた。また、すぐさまパジャマのボタンをかけなおし、胸元がはだけぬようにしたのである。

 

 そして、状助の方を照れながら見れば、後ろを向いたまま両手を顔にあてて、何も見ていないと慌てながら騒いでいるではないか。状助が何か怯えてる感じに気づいたアスナは、確かにあられもない姿を見られたが、そんなに怯えなくてもいいじゃないかと少しショックを受けていた。ハッキリ言えば今のは気がつかなかった自分が悪いのであって、状助はそれを目の当たりにしただけだとアスナは思っていたのである。だから別に怒っていないし、状助に対して粛清しようなどとは考えていなかったからだ。

 

 しかし、状助はあんな恥ずかしいところを見たのだから、アスナが怒るのではないかと思ったのだ。普通に考えれば自分が殴られてもおかしくない状況だと考え、ヤバイと思っていたのである。だから少し怯えた様子を見せ、何も見ていないと必死で否定していたのだ。

 

 

「……別に怒ってないから大丈夫よ」

 

「ほっ、本当かぁ……!?」

 

「嘘ついてどーすんのよ……」

 

 

 アスナは状助の怯えように、完全に呆れてしまいジトっとした目でその背中を見ていた。だが、別にアスナは怒ってないので、状助へそれを伝えたのだ。それでも状助はそれを信じられない様子で、背を向けたまま嘘かどうかを尋ねてきたのである。そんな状助にさらに呆れたアスナは、嘘などついてないし、そんなことをする理由は無いと、ため息をまぜながら話したのである。

 

 

「そっ、そういや体はどうだ?」

 

「んー? そういえば汗もひいてきて熱も下がったみたい……」

 

 

 状助はアスナからそう言われたので、チラリと後ろを向いて見た。するとボタンをちゃんとかけなおし、身だしなみを戻したアスナが居た。表情の方も少し頬を紅色に染めているぐらいで、特に怒った様子もなかった。だから、大丈夫そうだと思い再びアスナの方へと体を向け、体の調子のことを聞いてみたのだ。するとアスナも急に汗がひいて熱も下がったことを感じ、そのことを不思議そうに述べていた。先ほどの症状は一体なんだったのかと疑問に思うぐらい、体が快適になっていたのだ。

 

 

「あれ? なんかすごい調子がいい……!」

 

 

 アスナは自分の体の調子が普段と同じぐらい良くなったようだと感じて、両手をぐるぐる回したりして見た。すると先ほどまでの倦怠感などの症状がなくなり、完全に元の調子を取り戻したことに気がついたのだ。

 

 

「嘘!? 体のダルいのがなくなった……!」

 

ベネ(よし)!」

 

 

 これは何事かとアスナは思い、驚きの表情をしていた。先ほどまでの調子の悪さはなんだったのかと思うぐらい、絶好調な体調となっていからだ。そんな驚くアスナを見て、状助はガッツポーズをして見せた。するとふいに状助は立ち上がり、再びキッチンの方へと歩いていったのだった。

 

 

「ほれ、水」

 

「ありがと……」

 

 

 状助はキッチンから戻ってくると、コップに水を入れて持ってきていた。アスナが随分汗をかいたので、水分がほしくなったのではないかと考えたからだ。アスナは状助から水を受け取り礼を述べると、グイッといっきに飲み干した。そして、そのコップをテーブルへ置くと、状助のもうひとつの能力を思い出したのだ。

 

 

「……あっ、そういえば状助のもうひとつの力は……」

 

「そうだぜ! 俺の能力のひとつは”パールジャム”っつー料理を食わせると体調を戻す力よ!」

 

「忘れてたわ……」

 

 

 状助のもうひとつの能力、それは”パールジャム”と呼ばれるスタンドだ。そのスタンドは料理とともに摂取することで、体調を整えてくれるという能力を持っていた。ただ、体調が戻る時に何かとオーバーなリアクションとなってしまうという欠点を持つ。肩こりが治る場合は肩から垢がボロボロ出たり、虫歯が治る場合は虫歯の歯が飛び出して抜け、その跡から新しい歯が生えるといった具合なのだ。つまりアスナが汗を大量に流していたのも、その副作用の影響だったのだ。

 

 アスナはそのことを思い出し、ふと口に出していた。状助はそれを聞き、自分のその能力を説明したのである。その説明を聞き終えたアスナは、その能力のことをうっかり忘れていたと話した。というのも、状助はクレイジー・ダイヤモンドばかり使っており、そのパールジャムを使っているところをアスナは見たことがなかったからだ。

 

 

「まあ覇王ぐらいにしか使ってねぇからしょーがねーだろうなあ……」

 

「そっか。状助はこのために来てくれたんだ」

 

「まーな。おめぇ昨日調子悪そうだったからよー。明日も用事があるし大変だと思ってさ」

 

 

 しかし、状助もそのことについてはわかっていたようだ。何せ能力が能力なので、ほとんど出番という出番がなかった。さらに、パールジャムを使っているのは寮で同室に住む覇王ぐらいだったのだ。だからまあ、昔説明したことだし覚えてなくてもしかたがないと感じたのである。そのことを語りながら、状助はアスナの食べ終わった食器などを片付けていた。

 

 そこでアスナは状助がこの場所へ来たことをようやく理解した。この状助は自分が風邪だということを知って、その能力で治しに来てくれたのだと。また、状助もアスナが調子悪そうにしているのをあらかじめ知っていた。それに明日はメトゥーナトたちが旅立ち、アスナが見送りに行く約束をしているのも知っていたのだ。そう言う訳で、状助はアスナの風邪を治そうと考え、この部屋までやってきたのである。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 アスナはふいに、しおらしい表情で状助へ礼を述べた。自分の風邪を治すために、明日の約束も守れるようするために、この場所まで来た状助にとても感謝していたからだ。普段の状助では考えられない大胆な行動に、アスナは感激していたのである。

 

 

「……!?」

 

 

 状助は今のアスナの表情に、ドキリとして驚いた。あのアスナがとてもしおらしくしながら、頬を紅く染めているのだ。普段見ることのないアスナの表情に、状助はかなりドギマギしていたのである。

 

 

「まっ、まあ、調子よくなったみてぇだし、俺は帰るぜ」

 

「もう?」

 

「そっ、そりゃこんなところに居るのバレたら、何されるかわかんねぇからよー」

 

 

 また、照れながらも状助は、調子が戻ったアスナを見て、さっさと帰ろうと窓へ近づいていった。そんな状助にアスナは、もう帰ってしまうのかと思ったようだ。アスナは風邪を治してくれた状助に、もう少しここでのんびりしていけばよいのにと思った。お茶ぐらい出すから、それを飲んでからでも遅くはないとも思ったのだ。

 

 ただ、状助はこの場所に長居すると危険だと考えた。何せここは女子だらけの女子寮。自分のような男がここに居るとバレたら何をされるかわからないと考えたのだ。祭り上げられてさらし者にされるかもしれないし、変に勘ぐられて話題にされたりしたら困るからだ。

 

 

「そんじゃ、またな!」

 

「うん、本当にありがとう!」

 

「おう!」

 

 

 状助は窓際で靴を履きなおし、右手を上げて別れを述べた。アスナも状助へと笑顔で、今日のことの感謝を再び叫んでいた。状助は一言大きな声で返すと、そのまま飛び去って行ったのである。

 

 

「あっ、昇ってくる時はわかったけど、どうやって降りたんだろう……」

 

 

 アスナは状助が去っていったのを見て、戻るときはどうするのだろうかと考えた。昇ってくる時のことは聞いたが、降りるときはどうするのかを聞いていなかったのだ。

 

 

「まっいいか。状助のことだから何とかしたでしょ」

 

 

 ただ、あの状助が考えなしでここまで昇ってはこないだろうとアスナは思い、大丈夫だろうと考えたようだ。だから心配する様子など見せず、特に気にしていなかった。

 

 

「……さて、流石に汗でベトベトなのは嫌ね……」

 

 

 それよりも気になったのは体に張り付いたパジャマだった。随分汗でベトベトになっており、気持ち悪いとアスナは感じていたのだ。

 

 

「とりあえずシャワーでも浴びようっと……」

 

 

 アスナはそれならとりあえず着替えだけでなく、シャワーも浴びてしまおうと考えた。随分汗で体も汚れたので、着替えだけではさっぱりしないと思ったのである。そして、自分の服をタンスから取り出し、風呂場へと入っていったのだった。


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