理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百六話 機械の心

 ここは麻帆良大学工学部。麻帆良の一角に存在する高いビルのような建造物だ。その研究室で男子一人と女子二人が、なにやら分析を行っていた。それはやはり、超と葉加瀬と豪だった。コンピューターをいじり、モニターに映るグラフをチェックしながら、三人はなにやら悩んだ様子を見せていた。

 

 

「ふーむ、やはり茶々丸のGSライドの出力は30~40%前後しか出てないようだネ」

 

「みたいですねー……」

 

 

 三人は茶々丸のオーバーホールをかねて、隅々まで点検を行っていた。そこで茶々丸に組み込まれた、GSライドの出力があまり上がらないことを問題視していたのだ。

 

 ――――――GSライド。それは”勇者王ガオガイガー”に登場する装置の名称だ。GSライドとは、Gストーンからエネルギーを抽出するための装置である。無限情報サーキットであるGストーンからエネルギーを回収するには、このような特殊な機関が必要なのだ。

 

 

「これではせかくのGストーンの力もほとんど出し切れてないヨ」

 

「でも、一体どうしてでしょうか……?」

 

 

 超はこの現状を見て、Gストーンの力が出し切れていないことを少し嘆いた。また、超はこれではもったいないと言葉にすると、葉加瀬はなぜ出力が上昇しないのだろうかと疑問に感じたようだ。なぜならGSライド自体に欠陥はなく、間違いなく完全に機能しているからだ。

 

 

「やはり、AIがあまり成長しきっていないのだろう」

 

「それしか考えられないネ」

 

「AIの成長ですか……」

 

 

 その大きな理由はAIが成長しきれていないことだと、豪は語った。超も同じ意見だったようで、うなずきながら豪の言葉を肯定していた。AIの成長がGストーンに大きな影響を与える、葉加瀬にはそれがやはり不思議なものだと感じるのだ。

 

 

「氷竜と炎竜は教育プログラムを施したが、茶々丸には施してないからな」

 

「そのあたりは全てエヴァンジェリンサンに一任してるから仕方ないネ」

 

 

 豪の作り出した氷竜と炎竜には次世代型人工知能、超AIが搭載されている。それと同じものを茶々丸にも使用していた。だが、その二体と茶々丸には大きな違いがあった。それは教育プログラムの有無だ。豪は氷竜と炎竜には教育プログラムを施し、AIの成長を促進させていた。そのおかげでGSライドから、安定した高出力のエネルギーを得ることが出来るのである。

 

 しかし、茶々丸にはそれを行ってはいない。また、この超AIは人間の人格を移植することで、手早くAIを完成させる方法もあるが、それも茶々丸には行われていなかった。そして、そのAIの成長は主であるエヴァンジェリンに全て任せているのが現状だった。という訳で、完成から2年たった今でも、茶々丸のAIはあまり成長していないのである。

 

 とはいえ、あの氷竜と炎竜もAIのそのプログラムを用いたのにも関わらず、AI完成に1年ほどかかったのだ。教育プログラムを行っていない茶々丸のAIが育っていないのは、当然と言えば当然なのである。

 

 また、本来”原作”ならば、四月にてエヴァンジェリンが吸血活動を行っていた。それをやめさせるためにネギが動き、そこで茶々丸はネギのことが気になるようになっていくのだ。その心の揺らめきが大きくなり、恋心に近い感情へと成長していったのである。

 

 しかし、ここではそれが発生していない。エヴァンジェリンは吸血活動をせず、ネギと茶々丸の接点があまり大きくならなかったのだ。それゆえの弊害が、茶々丸のAIの成長速度に影響していたのである。

 

 そのことを超と豪が話しているところへ、葉加瀬が口を開いた。AIが成長しなければ、Gストーンの力が出ないのだろうかという質問だった。

 

 

「やはりAIが成長しないと、Gストーンの力を発揮できないものなんですか……?」

 

「Gストーンは勇気をエネルギーに変換する物質だ。AI、いや、”ココロ”が成長しなければ、その真価は発揮されない」

 

「不思議な石ネ。感情をエネルギーに変換するなんてネ」

 

「私も最初は疑いましたよ。なんたって非科学的じゃないですか」

 

 

 ――――――Gストーンは強い感情である勇気を、エネルギーへと変換する物質だ。強い感情を持ち、勇気あるものであれば、無限にエネルギーを生み出すことが可能なのである。しかし、逆に勇気がなければ、感情がなければ、その真価はまったく発揮できないのだ。

 

 上記の通りGSライドはGストーンのエネルギーを抽出する機関だ。だが、Gストーンの放つエネルギーが低ければ、GSライドもうまく機能を果たさないのだ。当然のことだが、Gストーンから発せられるエネルギーが低ければ、エネルギー回収率も悪くなる。無限のエネルギーを生み出すGストーンも、これではあまり意味がないのである。

 

 ただ、一定のエネルギーを抽出するために改良されたGストーンなら話は別だ。ソール11遊星主のエネルギー源として登場した”ラウドGストーン”であれば、感情に左右される必要もなく、一定でしかも膨大なエネルギーを得ることが出来るのである。だが、それはここにはない。あるのは通常のGストーンのみ。ならば、やはり感情を、勇気を得なければエネルギーを生成することが出来ないのだ。

 

 豪はそう言葉にすると、超もGストーンは不思議な石だと話していた。感情を、勇気という不確かなものをエネルギーに変えるなど、普通はおかしな話だからだ。

 

 葉加瀬も同じような意見だった。というのも、葉加瀬はGストーンの効果を聞いた時、正直冗談や嘘だと思った。AIが感情を持つこと自体、ありえないと思っていた葉加瀬は、AIの感情でエネルギーを生み出すなど、眉唾物で非現実的だと考えていたのだ。

 

 

「はたから見ればそう考えてしまうかもな」

 

「でも、あの氷竜と炎竜を見れば、それが現実だと理解させられます」

 

「あの二体は人間以上に人間らしく、感情に富んでるヨ」

 

「だからこそ、シンメトリカル・ドッキングも成功させられるんだ」

 

 

 豪もその時のことを思い出し、まあ普通そうだよな、と言葉にしていた。しかし、それを体現した存在である氷竜と炎竜が、現に動いている。二体は人間と同じように笑ったり怒ったり悲しんだりしている。性格も同時に稼動し、同じAIに同じソフトをドライブしているというのに、非常に個性的だ。

 

 さらに勇気をエネルギーに変換し、変形、合体している。そんなものを見せられてしまったら、考えを改めざるを得ないと、葉加瀬も思ったのだ。超も氷竜と炎竜の感情の激しさは人間よりも人間らしいと、高く評価していたようだ。

 

 豪はだからこそ、あの二体は合体が出来ると話した。シンメトリカル・ドッキングは二体の心がひとつにならなければならない。でなければシンパレート率が上がらず、合体が出来ないからだ。また、変形にもGSライドの出力が80%以上必要なのだ。そう考えればあの二体は感情を持ち、勇気あふれた勇者である証だと、豪は語っていたのである。

 

 

「と言うことは、やはり茶々丸のGSライドの出力上昇は、AIの成長が必要という訳ですか」

 

「まあ、そのあたりは気長にやていくしかないネ」

 

「心を成長させるんだ。効率のいい方法はないさ」

 

 

 ならば、はやり茶々丸のGSライドの出力上昇にはAIの成長が絶対だ。葉加瀬はその理由を聞いて納得し、ではどうすればいいか考えた。超はそのことについて、あまり結論を急がず、のんびり構える姿勢だった。何せ心を成長させるのだから、近道などありはしないのだ。豪もそれを口に出し、茶々丸のAIが成長してくれることを祈るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 メンテナンスを終えた茶々丸は、新しいボディを手に入れていた。それはビフォアのもたらした技術を改良したものだった。あの大友と呼ばれたロボを参考に、より人間に近い、ほぼ同じと言っても良いボディとなったのである。さらに、あの大会の戦闘技術を分析し、プログラムとして組み込むことで、瞬動術などの技術を使うことが可能になったのだ。ただ、今は時間がないので、そういったテストは明日後日ということになったようである。

 

 本来茶々丸の新ボディへの変更は、”原作”ではもう少し先のはずだった。だが、超は未来へ帰らず、豪というイレギュラーが存在した。そのため、すさまじい速度で開発が進み、茶々丸は、ザ・ニュー茶々丸へと生まれ変わったのである。

 

 

「よう、茶々丸! 新しいボディはどうだ?」

 

「炎竜兄さん。いえ、特に問題はありません」

 

 

 新しくなった体をなじませるように歩き、大学の外へ出た茶々丸。その茶々丸を待っていたように挨拶する大きな赤いロボが居た。炎竜だ。

 

 氷竜と炎竜は一応豪の私物であり、大学の近くでビーグルモードで待機している。ただ、今回はGストーンを分けた兄妹である茶々丸が改良されることを知って、建物の入り口でロボ形態で待っていたのだ。

 

 炎竜は軽快に茶々丸へ挨拶し、新しくなった体のことを質問した。茶々丸もその名を呼び、体への正直な感想を述べていた。

 

 

「炎竜はそう言うことを聞きたくて、その質問をしたのではないはずだ」

 

「氷竜兄さん、それはどういうことでしょう……?」

 

 

 そこへ隣に居た氷竜が、炎竜の質問の趣旨はそうではないと話した。その趣旨があまり理解出来ない茶々丸は、それが何なのかを、氷竜へと質問していた。

 

 

「体が新しくなって嬉しいとか、気分が好調したとか、そういうことを聞きたかったのさ」

 

「そうですか……。ですが私には、そのようなものを感じることがありませんので……」

 

「別に気にする必要はないさ。自分の思ったことを話すだけでも十分なのだからな」

 

 

 そこへ炎竜がその答えを話し出した。炎竜が聞きたかったこと、それは体が新しくなってワクワクしたり、ドキドキしたりという、そんな子供じみたものだった。しかし、茶々丸はそう言う感性がないようで、特に変わった様子がないと話すしかなかったのだ。そんな茶々丸を見て氷竜は、それを気にせず、自分が思ったことを話すだけでいいと、優しく答えていた。

 

 

「……とりあえず、私は超包子の仕事がありますので、これで失礼します」

 

「おう、頑張れよ!」

 

「道中は気をつけるんだぞ」

 

 

 茶々丸は超包子の手伝いをする約束があった。なので、兄たちとの会話は名残惜しいが、急がねばならなかった。それを一言述べて一礼すると、茶々丸はすぐさま立ち去っていった。そんな立ち去る茶々丸に、炎竜は笑顔で頑張れと応援していた。氷竜もクールな笑みを浮かべながら、事故を起こさぬよう注意を促していたのだった。

 

 

「……まだあんまりAIが成長してないようだな」

 

「仕方のないことだ。我々とは違い、教育プログラムを受けていないのだからな」

 

「まっ、AIの成長には時間がかかるし、気長に構えるしかないか」

 

「そういうことだ。それに我々も、昔は似たようなものだったしな」

 

 

 茶々丸が去って見えなくなった後、炎竜は茶々丸のAIがまだ未熟なことを、少し気にしていた。同じAIを使っているのは知っているので、もう少し感情が表に出てきてもよいのではないかと思ったのだ。そこへ氷竜は、自分たちは教育プログラムを受けたので、短期間で感情が芽生えたと話した。そして、茶々丸はそれを受けていないので、やはり時間がかかっているのだとも言葉にしていた。

 

 そう、心を成長させるには長い時間が必要だ。ハッキリ言えば効率が良い方ではないだろう。それでも、炎竜はゆっくりでも茶々丸が成長すればよいと語った。急げば回れとも言うし、今すぐ感情が芽生える必要はないと思ったのだ。氷竜も同じ意見だった。また、自分たちも感性直後は似たような感じだったことを思い出し、しみじみと懐かしさに浸っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 超包子。調理場と一体化した路面電車の屋台を中心に、野外に多くのテーブルを配置した店だ。普段から人気の店で、多くの人が利用している。それは教師とて例外ではないほどの人気っぷりなのだ。

 

 その一つの席に座り、くつろぐ少女が一人、それはエヴァンジェリンだ。頭に殺人人形のチャチャゼロを乗せ、食事としゃれ込んでいた。また、目的はそれだけではなかった。

 

 エヴァンジェリンのもう一つの目的は、茶々丸だった。そこへ店の雰囲気に合わせてチャイナドレスを身に着けた茶々丸が、エヴァンジェリンが注文した品を持ってきたのだ。茶々丸はここで手伝いをしているのをエヴァンジェリンは当然知っていた。なので、会うならばここでもいいだろうと思ったのである。

 

 

「調整は終わったのか? 茶々丸」

 

「はい、無事に終わりました」

 

「そうか」

 

 

 エヴァンジェリンは茶々丸が新ボディとなって調整が終えたのを知っていた。ゆえに、その確認と不都合な点はないのかを聞きに来たのだ。茶々丸はエヴァンジェリンの質問に、普段と変わらぬ態度で特に問題ないと話した。それを聞いたエヴァンジェリンも、その様子を見て大丈夫だと思い、一言そうかと述べたのだ。

 

 

「……何か浮かない顔をしているが、何かあったのか?」

 

「そうでしょうか? いつもと同じだと思いますが……?」

 

「いや、確かに少しだが元気がない感じだぞ?」

 

「ソウカー?」

 

 

 しかし、一つ気がかりな点がエヴァンジェリンにはあった。なにやら茶々丸の元気がなさそうなのである。表情にはまったく出ていないのだが、どこか覇気のない様子だったのだ。少し心配となったエヴァンジェリンはそれを茶々丸へ尋ねると、茶々丸は首をかしげてそんなことはないと口にしていた。

 

 だが、雰囲気は確かに元気の無い様子であり、エヴァンジェリンは間違えなく憂いに満ちていると感じていたのだ。まあ、まったく表情が変わらないので、頭の上のチャチャゼロは、エヴァンジェリンの診断を疑う様子を見せていた。

 

 

「……実を言うと、私のGSライドの出力があまり出ておりません……」

 

「ふむ、難しいことはわからんが、それでも十分問題ないのだろう?」

 

「通常稼動では問題ありません、ただ……」

 

「ただ?」

 

 

 茶々丸は憂鬱な気分など感じることは無いと思ったが、今日の調整で葉加瀬たちに言われたことを思い出し、それをエヴァンジェリンへと話した。それはGSライドの出力が上がらない問題だった。兄たちはほぼ100%近くまで出力が上がるのに対して、自分はまったく上げれないことに、少しだけ悩んでいたようだ。

 

 ただ、別にいつもと変わらぬ様子を見たエヴァンジェリンは、それでも問題はさそうだと思ったのだ。それをエヴァンジェリンは茶々丸へ尋ねると、茶々丸も通常稼動では問題ないと話した。実際茶々丸の通常稼動は別のエネルギー、魔力と電力を用いて運用されており、通常での稼動に支障はないのである。が、茶々丸はそれだけではやはり不安がある様子で、続きを言葉にし始めた。

 

 

 

「かなり大きくエネルギーを使う場合、問題が発生します」

 

「別にそこまですることなどないだろう? なら問題なんてないじゃないか」

 

「ソレニ、戦ウノハ全部御主人ダシナー」

 

 

 確かに通常稼動、普通に行動する上では問題はない。しかし、エネルギーを大量に使う場合は、それでは不十分だと茶々丸は説明した。

 

 茶々丸の動力部分には魔力を使用しており、それだけでも十分稼動できる。それだけではなく、内部には未来で家庭用に市販されている、Mr.フュージョンと呼ばれる核融合炉を搭載している。その装置は主に食物などを摂取し、それらを原子レベルまでに分解することで、核融合反応を起こさせ、膨大な電力を生み出すというものである。まあ、本来はゴミなどを燃料にする装置なのだが。つまるところ、電力と魔力のハイブリッドなのだ。そして、そのおかげでGストーンのエネルギーに頼らずとも、戦闘もある程度可能なのだ。

 

 ただ、茶々丸は魔力や電力を基礎駆動に使い、GストーンのGパワーを戦闘などに使うよう調整されている。そうでなければエネルギー消費が激しすぎて、エネルギーの再チャージが必要になってしまうからだ。それほどまでに、豪が搭載した特殊装備の燃費が悪いのである。

 

 だから、特殊な兵装などを使用するには、やはりGストーンのエネルギーが大量に必要なのである。さらに言えば、無限にエネルギーを生み出し続けるGストーンの出力は、その魔力や電力を用いた動力源よりも、高いパワーが発揮できるのだ。つまるところ、いまだ茶々丸は、100%の力を発揮することが出来ないと言うことだった。

 

 だが、エヴァンジェリンは茶々丸に無理なことをさせようと思ったことは無い。何せ戦うならば、自分とチャチャゼロで充分だからだ。それに、超や葉加瀬からは無理をさせないように言われていた。なので、基本的に高出力が必要になる場面に出す気はないのである。チャチャゼロも大きくエネルギーが必要と聞いて、それは戦うことだと思ったようだ。だから、戦いは主人たるエヴァンジェリンが行うので平気だと言っていた。

 

 

「……そういえば姉さんも、人形なのに随分感情的ですね……」

 

「ソウカ? 考エタコトモナカッタゼ」

 

「まあ、コイツには魂を吹き込んであるからな。それなりの感情ぐらいあるんだろうさ」

 

 

 そこで茶々丸は悠々と話すチャチャゼロを見て、チャチャゼロには感情があるような感じを受けたようだ。まあ、チャチャゼロはそんなことを一度も考えたことも無かったので、むしろ考えたことがあったかどうかを疑問に感じた様子だった。それに、エヴァンジェリンがチャチャゼロには魂を吹き込んであるので、感情ぐらいあるのかもしれないと、静かに説明していた。

 

 

「そうなんですか……」

 

「確カニ、ナンカ元気ネーナ……」

 

「……何を悩んでいるんだ?」

 

 

 それを聞いて、少し落ち込んだ様子を見せる茶々丸。姉のチャチャゼロにも感情があるのに、自分にはないことにショックを受けたようだ。そんな茶々丸を見たチャチャゼロも、確かに元気がなさそうだと言葉をこぼした。表情や仕草に差は無いが、なにやら陰鬱なオーラが出ている感じがしたからだ。なんとなく暗い感じの茶々丸に、エヴァンジェリンは一体どうしたのかと、少し心配そうに説明を求めた。

 

 

「……GSライドの出力が上がらないのは、私のAIが未熟だからだと聞かされたもので……」

 

「AI……。つまり、”心”が成長してないという訳か……?」

 

「はい……」

 

 

 茶々丸はエヴァンジェリンに聞かれた悩みを、ポツリポツリと語り始めた。それはAIの成熟度のことだった。AIが未発達がゆえに、GSライドの出力が上がらないのだと、葉加瀬たちから話を聞いたようだ。エヴァンジェリンは機械的な用語はあまりわからなかったが、AIと言う言葉は理解していた。AI、つまりは思考する回路、心というものが成長していないと言われたのだろうと、エヴァンジェリンは察したようだ。その答えはあっていたようで、茶々丸もエヴァンジェリンの言葉を静かに肯定した。

 

 

「そればかりは難しい問題だな。まあ私も茶々丸に家を任せっぱなしにしているのも悪いんだろうが……」

 

「いえ、そのようなことは決して……!」

 

「うーむ、まあゆっくり成長していくことだな。どうせ時間はいくらでもある」

 

「ですが……」

 

 

 心を成長させる、それは非常に難しいことだ。普通に考えて数年程度で成長する訳でもない。また、茶々丸は基本エヴァンジェリンの家の家事全般をまかされており、そういう機会があまりなかったようだ。そのことを申し訳なさそうに話すエヴァンジェリンに、主人は悪くないととっさに口を開く茶々丸だった。

 

 とはいえ、時間はいくらでもある。ゆっくりと成長するしかない、近道など無いのだと、エヴァンジェリンは悟ったようなことを話した。しかし、茶々丸は少しだけ焦っていた。このままGSライドの出力が上がらなかったらどうしようかと、考えていたのだ。

 

 

「心なんてすぐに成長するはずもないんだ。とりあえず何か感じたとか、何か思ったとか、そう言うことを考えていけばいいんじゃないか?」

 

「俺ハ最近何モ切リ刻ンデナクテ悲シーゼー!」

 

 

 そうだ、心はすぐにははぐくまない。それでも何かしたければ、何か感じたとか、何か思ったとか、そういうのを増やしたり考えたりするしかない。エヴァンジェリンは茶々丸へ、そうアドバイスした。そんな時にエヴァンジェリンの頭の上から声が発せられた。チャチャゼロも最近出番がなく、戦っていないことに不満があったようだ。

 

 

「そうだったか? そうだな、そろそろ()()()を相手させてもいいかもな」

 

「殺ラセテクレルノカ!? 御主人!!」

 

 

 チャチャゼロが本気で戦ったのは、一学期の吸血鬼事件の時ぐらいだった。あの時、自分に変身した転生者を切り刻んで以降、まったく戦ってなかったのだ。それを思い出したエヴァンジェリンは、ならば相手を作ってやるとニヤリと笑い言葉にした。

 

 

()()()の成長速度は半端じゃないからな。()()のままでもいいが、そろそろマンネリだろう」

 

「楽シミニシテルカラナー?」

 

「ああ、存分に切り刻んでもらうさ」

 

 

 その相手はやはりカギだ。カギすさまじい速度で成長している。アレという相手はエヴァンジェリンを模した人造霊であり、常にエヴァンジェリンの変わりにカギの修行をつけているのが現状だ。実際にはそれでも充分なので問題ないのだが、流石に同じ相手をさせているというのは飽きてきたとエヴァンジェリンは思っていた。

 

 それで自立稼動させたチャチャゼロでも相手をさせてみようと思ったのである。それを聞いたチャチャゼロは、カギを切り刻めることに喜び、楽しみにしてると言っていた。エヴァンジェリンも、そのカギを存分に切り刻ませてやると、喜ぶチャチャゼロへと笑いながら話したのだ。いやはや、カギの運命やいかに。

 

 

「やはり、姉さんにも感情がある……」

 

 

 そんな会話する二人を見て、茶々丸はやはり憂鬱な様子だった。チャチャゼロにも心があるように見えたからだ。兄である氷竜や炎竜にも心がある。しかし、自分には未だそれが実感できないことに、戸惑いを感じ始めていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 茶々丸は今日もいつもどおりに一日を終えてた。学校帰りにはいつもどおり人助けを行い、ゆったりと下校していた。そして、最後は日課の野良猫へ餌をあげるため、野良猫が集ういつもの場所へと足を踏み入れたのだ。

 

 

「今日も持ってきました……」

 

 

 茶々丸がそこへ現れると、周りからネコたちが集まり始めた。その餌に便乗しようと、小鳥たちも空から降りてきたのだ。まるでネコたちは茶々丸の登場を待っていたかのような、歓迎するかのように、ゆっくりと茶々丸の方へと歩いてきたのである。

 

 

「そんなに慌てなくてもすぐにあげますよ」

 

 

 茶々丸はにゃーにゃーと餌をねだるネコたちへ、皿を出して缶詰を開けていた。まだかまだかと体を寄せながら、茶々丸に甘えるネコたち。茶々丸はそのネコたちへ、もう少し待つよう優しく言葉にし、その皿へと缶詰を開けたのだ。

 

 

「……!」

 

 

 いつもどおりネコたちに餌を与え、それを嬉しそうに眺める茶々丸だったが、そこで一匹のネコが変なのに気がついた。歩くたびにヨタヨタとふらつき、少し調子が悪そうだったのだ。すぐさま茶々丸は、どうしたのだろうかとそのネコを拾い上げ、そのネコを診察して見た。

 

 

「怪我をしている……」

 

 

 するとそのネコの前足からは、少し血がぬれていた。前足を怪我していたのだ。その傷をかばうように歩いていたので、ヨタヨタとふらついていたのである。どこかでぶつけたのだろうか、その傷は深くはなさそうだったが、茶々丸はすぐさまそのネコを手当てをした。そして、この傷をマスターであるエヴァンジェリンに治してもらおうと考え、ログハウスへと連れて行ったのだった。

 

 

 茶々丸は家へ帰ると、エヴァンジェリンの下へとすぐに顔を出した。エヴァンジェリンはソファーに座っており、のんびりと休んでいる様子だった。そこで非常に申し訳なさそうな表情で、その頼みを聞いてもらおうと口を開いたのだ。

 

 

「マスター……、相談があるのですが……」

 

「ん? 茶々丸から相談とは面白いな。で、何の用だ?」

 

 

 茶々丸は先ほどの怪我したネコを、エヴァンジェリンの魔法で治してもらおうと思った。それを頼もうと、エヴァンジェリンへ頼みを持ちかけた。そこでエヴァンジェリンも、茶々丸からの頼みはめったにないことなので、珍しいと思ったようだ。

 

 

「この子の治療をお願いします……」

 

「ふむ、前足を怪我しているのか……」

 

 

 エヴァンジェリンはどういう相談なのだろうと考えていると、茶々丸は両手に抱えたネコを目の前に出したのだ。そして、茶々丸はこのネコの治療を頼むと話し、頭を丁寧に下げたのである。エヴァンジェリンもそのネコの前足の包帯を見て、確かに怪我をしているのを確認した。

 

 

「いや、すまないが断らせてもらうよ」

 

「……何故でしょうか……?」

 

「そのネコは茶々丸が見つけてきたんだろう? ならば最後まで自分で面倒を見るんだ」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはその相談を、少し申し訳なさそうな感じでやんわりと断った。茶々丸はまさか断られるなどとは思ってなかったようで、目を丸くして理由を聞いていた。そこでエヴァンジェリンは、その理由を腕を組んで語りだした。その怪我をしたネコは茶々丸が見つけたものだ。それなら自分に頼らず、最後まで治療すべきだと、そう話したのだ。

 

 

「私が……この子の治療を……?」

 

「そうだ。見たところ大きな怪我ではなさそうだし、手当てもちゃんと出来てるじゃないか」

 

「ですが……」

 

 

 エヴァンジェリンの説明に、茶々丸自分がネコを治療する必要性を考えた。何せエヴァンジェリンの治癒魔法は非常に高い質であり、この程度ならばすぐに癒せるからだ。それでもエヴァンジェリンは茶々丸にネコを任せることにした。何せ大きな怪我ではないし、手当てだって完璧だったからだ。しかし、茶々丸は少し不満そうだった。エヴァンジェリンの魔法なら、一瞬で怪我が治せるからだ。

 

 

「確かに私が魔法で治せば一瞬だ。だが、それじゃ意味が無いと思わないか?」

 

「……意味がわかりませんが……」

 

 

 だが、エヴァンジェリンの考えはそれだけではなかった。エヴァンジェリンはそのネコを通して、茶々丸の心が成長するかもしれないと考えた。

 

 また、魔法ですぐに治すのは簡単だが、それでは結果しか残らない。過程がないのだ。治ったというだけで、感動も喜びもなくなってしまう。最後は楽をしようと魔法に頼るばかりになってしまう。それではあまりにも意味がない。そうなってしまえば、いつまでたっても茶々丸のAIは成長しないのではないかと、エヴァンジェリンは考えた。

 

 だから、過程、つまり茶々丸に、ネコを世話することで何かを感じてほしい、ネコの傷が治っていく様子を見て喜んでほしいと思ったのだ。それゆえに、エヴァンジェリンは茶々丸の頼みを断ったということだった。

 

 ただ、そのことを茶々丸は理解出来ないので、首をかしげることしか出来なかった。魔法で治せばいいと考えていたからだ。すぐに治って元気になってほしいと思っていたからだ。

 

 

「フフフ、おのずとわかるようになるさ。ソイツは家に入れておいてもいいが、しっかり面倒を見るんだぞ?」

 

「……了解しました、マスター……」

 

 

 そんなキョトンとするお茶久々丸を見て、エヴァンジェリンはクスリと笑った。今はわからないだろうが、いずれは、心が成長すればわかると、そう言葉にしながら。そして、ならばそのネコを家に入れて飼ってよいと許可を出した。ただし、しっかりと面倒を見るという約束だと、言葉を続けた。

 

 茶々丸は主人であるエヴァンジェリンにそう言われてしまっては、それしかないと考えた。まあ、ネコを見捨てようという訳ではないことだけは理解したようで、多少安心した様子を見せていた。ならば、先ほどの応急手当ではなく、もっとしっかりとした治療をネコに施すため、茶々丸は別の部屋へと移動していった。

 

 

「……感情がないと言ったが、本当はただ気がついていないだけなんじゃないか……?」

 

「我ガ妹ナガラ不憫ヨナー」

 

 

 別の部屋へとネコを抱えて移動する茶々丸を見ながら、エヴァンジェリンは今の茶々丸の表情や仕草を見て、本当は感情があるのではないかと思った。怪我をしたネコがかわいそうだ、治してほしいと思うのは、感情があるからだと考えたのだ。その感情に気がついていないのだろうと言葉をもらすと、その横に座り込んだチャチャゼロも、同じようなことを思ったようで、不憫だと口に出していた。

 

 

…… …… ……

 

 

 茶々丸はネコの世話のしかたを入念に調べ、怪我をしたネコの世話を行っていた。だが、それは中々難しく、調べた通りにはいかなかった。

 

 

「そんなにはしゃぐと危ないですよ」

 

 

 ネコは常に気まぐれで、行動が予想できない。また、このネコは若い固体のようで、よく動くのである。前足を怪我しているというのに、ログハウス内を走り回ったり飛び回ったりしていたのだ。そんなネコを何とか宥めようと、茶々丸は必死に捕まえようとしていた。怪我しているので、その傷に響かないようにおとなしくしてもらいたいのである。

 

 

「少しはおとなしくしてください……!」

 

 

 それでも中々ネコを捕まえられない茶々丸。どんなに高性能なボディでも、暴れるネコを優しく捕まえるのは至難の業のようだ。傷の心配をする茶々丸をよそに、ネコは気ままに飛び跳ねる。そして、小さい体を活かし、すばやく別の部屋へと入っていってしまったのだ。

 

 

「あっ、待って……!」

 

 

 茶々丸は必死で後を追うも、またしても別の部屋へと逃げてしまうネコ。茶々丸はネコが捕まえられない焦りから、思わず待ってと言葉をもらしていた。未来の科学技術とガオガイガーの科学技術の集大成である茶々丸も、一匹のネコには適わない様子だった。

 

 

「ネコを飼うのも難しいものですね……」

 

 

 調べた通りにまったく行かない茶々丸は、そこで立ち止まってネコの世話の難しさをかみ締めていた。もう少しうまくやれると思っていたし、飼い方さえわかれば問題ないと思っていた。だが、現実は完全に別物だった。それでもエヴァンジェリンとの約束どおり、最後まで面倒を見ると誓った茶々丸は、もっと頑張ろうと考えたようだ。しかし、ネコが入っていった部屋へと移動した瞬間、茶々丸は衝撃的な光景を目にしたのである。

 

 

「……それはマスターの……!」

 

 

 なんと、ネコがエヴァンジェリンの私物であるぬいぐるみを爪で引っかいているではないか。これには茶々丸もかなり焦った。ヤバイと思った。さらにぬいぐるみは破れ、爪のあとがくっきりと残ってしまっているではないか。そう茶々丸が考えている間にも、ネコはどんどんぬいぐるみをボロボロにしていく。早く止めるべきだと思った茶々丸は、即座にネコを抱きかかえ、それをやめさせたのである。

 

 

「駄目です、こんなことをしては……」

 

 

 そして、ネコにめっ! と言って叱る茶々丸。これほどの被害を出してしまったネコを見ても、愛くるしい姿には茶々丸も勝てなかったようだ。だから、強くしかることができず、ネコと顔をにらめっこして、ちょっと怒るぐらいで済ませたのだ。

 

 ただ、やってしまったものは変わらない。ボロボロのぬいぐるみは現実に目の前にあるのだ。ああ、どうしましょう、茶々丸はそう思ったが、隠すことは出来ない。それに、ネコを預かったのは自分なのだから、責任は自分にあると思い、茶々丸は正直にエヴァンジェリンに話すことにしたのである。

 

 茶々丸は現在二階で休んでいるエヴァンジェリンに謝る為、ゆっくりと階段を上っていった。すごい怒られるのだろうか、ネコを捨てられないか心配になるあまり、その足取りは重く感じ、階段が長く感じていたのだった。ただ、茶々丸はそれが一つの感情であることに、まったく気がつかないでいた。

 

 

「あの、マスター……」

 

「どうした?」

 

 

 二階の一角に、和を感じさせるよう四畳の畳がしかれている場所。障子で遮られ、その中心には囲炉裏があり、他の部分とは明らかに異なったつくりとなっていた。そこに座ってのんびりするエヴァンジェリンへと、茶々丸は非常に申し訳なさそうに口を開いた。

 

 エヴァンジェリンは突然やってきて、なにか非常に困った様子の茶々丸に、どうしたのかと質問していた。とはいえ、実際そこまで茶々丸の表情に変化は無いのだが、そう感じさせる何かが茶々丸から発せられていたのである。

 

 

「申し訳ございません、マスター……。私がしっかり見ていなかったばかりに……、この子が……」

 

「……仕方ないな。まあ、私がソイツを家に入れることを許可したんだ、気にするな」

 

「ですが……」

 

 

 茶々丸はそこで、左手に持っていた破れたぬいぐるみをエヴァンジェリンへ見せた。次に右手に抱きかかえたネコを見せた後、ネコを庇うように自分が悪かったと言葉にしながら、深々と頭を下げて謝った。

 

 エヴァンジェリンはそのネコの爪でボロボロになったぬいぐるみを見て、少しショックだった。ただ、ネコを家に入れてよいと許可したのはこの自分。エヴァンジェリンはそう考え、小さくため息をつくと、そのことを許すことにしたのだ。

 

 しかし、茶々丸は怒られる訳でも無く、むしろ許されたというのに、微妙に不満な様子だった。こうなったのは自分の責任なのだから、その責任を取らせて欲しいと思っているのである。

 

 

「……別に直せば問題ない。それよりソイツに名前をつけたりはしないのか?」

 

「名前……ですか?」

 

「そうだ。いつまでも”この子”じゃあ不便だろう?」

 

 

 エヴァンジェリンはぬいぐるみがボロボロなのはショックだったが、別に直せばいいかと思った。むしろ、それより気になったのは、いまだ茶々丸がそのネコに名前をつけていないことだった。あんだけ世話を焼いているのに名前が無いのはおかしい。だから、名前をつけないのか聞いてみたのだ。

 

 茶々丸はそれを聞いて、名前をつけないことに疑問を感じてなど無い様子を見せた。そんな茶々丸に、エヴァンジェリンは名前が無いのは不便だろうと、小さく言葉にしていた。

 

 

「名前、考えもしませんでした」

 

「可愛がるんだから名前が必要だろう?」

 

「そうですか?」

 

 

 茶々丸は今エヴァンジェリンに言われるまで、名前をつけようと思わなかったらしい。これにはエヴァンジェリンも少し呆れた様子で、世話するには名前が必要だと話した。それでも茶々丸は、名前の必要性を感じていない様子で、首をかしげていたのだった。実際”この子”で通じてしまっていたので、さほど必要ないと思ってしまっていたようだ。

 

 

「そうだ、名前を考えてつけてやれ。その破れたぬいぐるみは私が預かる」

 

「了解しました……」

 

 

 とりあえずネコに名前をつけろ。エヴァンジェリンは茶々丸へとそう命令した。また、ボロボロになったぬいぐるみは自分が預かると話し、そのぬいぐるみを回収した。茶々丸は了解したと言葉にすると、ネコを抱いて名前を悩みながら、また下の階へと戻って行ったのだった。

 

 

「名前ですか……」

 

 

 1階に着くと茶々丸は、ソファーに座って膝にネコを乗せた。そして、ようやく落ち着いたネコの背中を優しくなでながら、このネコの名前を考えていたのだった。

 

 

「何がいいんでしょう……」

 

 

 しかし、茶々丸はネコの名前がなかなか思いつかないでいた。何がいいのか。何と呼べばよいのか。どういう名前が好まれるのか。考えても考えても、うまく決められずにいたのである。

 

 

「姉さんは何が良いと思いますか……?」

 

「テキトーデイインジャネーカ?」

 

 

 そこで茶々丸は、気がつけば隣に座っているチャチャゼロへ、どんな名前がよいのかを尋ねてみた。自分じゃ思いつかないが、チャチャゼロなら何か思いついてくれると思ったのだ。しかし、チャチャゼロはまったく考えずに、適当でも大丈夫だと言葉にしていた。

 

 

「やはり見た目からすればシロ、それかタマなのでしょうか」

 

「ドッチダッテ変ワラネーッテ」

 

「……」

 

 

 そう言われてしまうとどうしようもない。茶々丸は、それなら見た目が白いからシロか、ポピュラーでベタなタマ当たりが良いかと思ったようだ。そのどちらが良いかをチャチャゼロへと聞くと、チャチャゼロはどっちも同じだとケタケタ笑って答えた。

 

 

「では、タマでどうでしょうか?」

 

「妹ガソレデイーナラ、イーンジャネーノ?」

 

「なら、今からこの子はタマです」

 

 

 茶々丸は、ならばタマにしようと思ったようだ。シロだと、他の白いネコとかぶってしまうと思ったのである。チャチャゼロは、茶々丸がそう言うのならば、それでいいのだろうと話していた。そして、このネコの名は、”タマ”と名づけられたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 それから数日が立ち、タマの傷も随分と癒えた。しっかりとした手当てと栄養豊富な餌のおかげである。

 

 

「……だいぶ傷もよくなってきましたね。これならもうすぐ外で生活しても大丈夫でしょう……」

 

 

 茶々丸はタマの傷を手当しながら、もうほとんど治っていると考えた。これならもう大丈夫だろう、もうすぐ外で元気に走り回れるだろう、そう思った。

 

 

「……寂しくなりますね……」

 

 

 しかし、傷が治ればそれは別れでもある。そのことを茶々丸は、タマを抱きかかえ撫でながら考えていた。そして、気がつけば寂しいと言葉にしていた。寂しいとはなんだろうか。茶々丸は深く考えたがわからなかったが、とにかく寂しいと口からもらしたのである。

 

 

「あっ、タマ、どこへ……?」

 

 

 そう茶々丸が、別れの時を考えているところで、タマは茶々丸の腕の中から飛び出し、またもや別の部屋へと走っていってしまったのだ。すばやく移動するタマを再び追う茶々丸。しかし、傷が治って元気になってきたタマは、前よりもさらに動きが機敏になっていた。そのため、茶々丸が必死に追いかけているというのに、中々捕まえられないようである。

 

 

「待ってください! そっちは……!」

 

 

 タマはさらに奥へ奥へと逃げていった。しかし、その逃げた方向は入ってはならぬ場所だった。それは地下室である。地下室には人形置き場がある。それを荒されては困るというものだ。

 

 だが、それ以外にも奥の部屋には魔法球が設置されており、カギたちが修行するために使っているのだ。俗に言う”別荘”である。ダイオラマ魔法球と呼ばれており、そこそこ大きめの丸い瓶の中に、建造物らしきものが入ったボトルシップとジオラマをあわせたようなものである。それに近寄るとその瓶の中へ入れ、中にはある程度の広い世界が広がり、生活も出来るという優れものだ。

 

 しかし、そんな中にタマが迷い込まれたら、捜すのにかなり苦労することになるだろう。それを恐れた茶々丸は、すぐさま階段を下りてタマを追ったのである。

 

 

「タマ、どこへ行ったのですか、タマ……」

 

 

 地下室へと入っていった茶々丸は、まず人形置き場を徹底的に探した。ここは人形が大量に保管されており、タマが隠れそうな場所がたくさんあったからだ。それでも、いくら探してもタマは見つからなかった。

 

 

「まさか……」

 

 

 となれば、タマはさらに奥の部屋へと行ってしまったのだと茶々丸は考えた。それは、魔法球へ入っていってしまった可能性を示していた。それは非常にまずいことだ。茶々丸はタマの安否が気になった。だから、茶々丸はすぐさま魔法球へ入り、タマを探すことにしたのである。

 

 

「タマ……」

 

 

 魔法球内は非常に高い円状のビルのような構造物となっている。その一番下は海岸となっており、海水浴も楽しめる。そんな場所へと転移してきた茶々丸は、タマの名を呼びかけながら、まずはその建造物の天辺を隅々まで探して回った。しかし、探した場所にはおらず、下に降りてしまったのではないかと思った。いや、むしろ真下へ落っこちてしまったのではないかと考え、不安に駆られた茶々丸は下へと続く階段を走っていった。

 

 

「むっ、茶々丸か。どうした?」

 

「マスター、こちらにタマは来ておりませんか?」

 

「あのネコか……。そういえばそんなのがふと通ったような……」

 

 

 その建造物の一番下、そこは砂浜だ。茶々丸は急いでそこへ来ると、タマを必死に呼びかけ探した。と、そこにエヴァンジェリンが腕を組んで空を眺めており、茶々丸はタマを見なかったか、エヴァンジェリンへ尋ねたのだ。ただ、エヴァンジェリンは空の方をずっと眺めていたようで、タマかはわからないが小さい生き物が通ったかもしれないと、少し自信がない様子で言葉にしていた。

 

 

 

「それは本当ですか……!?」

 

「た、多分だがな……」

 

「探してきます……!」

 

 

 エヴァンジェリンの話を聞いた茶々丸は、飛び上がる勢いでそれが本当か再び尋ねた。この近くにタマがいることは間違えないと思い、急いで探さねばと思ったのだ。しかし、やはりエヴァンジェリンは見たという確証がなかったので、目を逸らしながら多分と口に出していた。それでもマスターたるエヴァンジェリンがそう言ったのであれば、近くに居る可能性を考え、茶々丸はすぐさま探しに走ったのだ。

 

 

「……随分あのネコに御執心じゃないか。いい傾向だ」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンはタマを必死に探す茶々丸を見て、柔らかな笑みを浮かべていた。やはりあのネコを茶々丸に世話をさせて正解だった。これで茶々丸の心が育てば、気がついてくれればよいと思ったのだ。

 

 

「タマ……、どこに……」

 

 

 エヴァンジェリンが居た場所の近くを、草木を分けてタマを探す茶々丸。エヴァンジェリンの目撃証言が本当ならば、絶対に近くに居ると確信していた。ゆえに、センサーを最大に駆使し、タマを探していたのである。

 

 

「あっ!」

 

 

 そして、とうとう茶々丸は、砂浜で寝転がるタマを発見したのだ。意外にも色が白く、浜辺に溶け込んでしまっていたようだ。だが、茶々丸の高性能センサーにはすぐにわかったのである。

 

 

「こんなところにいたんですか……。探しましたよ……」

 

 

 すぐさまタマを拾い上げ、優しく抱き上げた茶々丸。砂だらけになったタマを撫でながら、砂を落としてあげていた。また茶々丸は、ようやくタマを見つけられ、さらに無事だったことに安堵し、自然と笑みをこぼしていた。

 

 

「すぐに出たいところですが、一日たたなければ出れませんね……」

 

 

 そして、茶々丸はタマをつれて、すぐさまこの魔法球から出ようと考えた。しかし、この魔法球から出るには1日をここで過ごさなければならない。現実時間では1時間しか経たないが、出るには1日必要なのだ。そのことを考えながら、タマをかかえて歩いていると、突如爆音とともに、エヴァンジェリンの掛け声が聞こえてきたのだ。

 

 

「おいっ! 危ないぞ茶々丸!!」

 

「えっ?」

 

 

 突如エヴァンジェリンが、焦ったような声で茶々丸に注意を促したのだ。茶々丸も突然のエヴァンジェリンの言葉に、周りを見れば空から光の矢が、こちらに向かって飛んできているではないか。エヴァンジェリンはそのことを、必死に教えようと叫んでいたのだと、茶々丸はいまさらながらに理解したようだ。

 

 

「な、なんであんなところに茶々丸がッ!?」

 

「知ラネーヨ!」

 

 

 そして、その光の矢を放った張本人であるカギも、茶々丸の出現に驚いていた。カギは修行の相手として術具融合を施されたチャチャゼロと戦わされていた。そこで、魔法の射手の光の矢を11本打ち込んだのだ。しかし、それはチャチャゼロに全て回避され、その射線上に茶々丸が現れてしまったということだった。チャチャゼロも茶々丸が現れるなど思っていなかったので、回避してしまったことに焦っていた。今の状態ならば、光の矢程度、無傷で防御出来るからだ。

 

 

「避けろ茶々丸!」

 

「分析結果、回避不能……」

 

 

 エヴァンジェリンは茶々丸に、その魔法の矢を回避しろと叫んだ。だが、茶々丸はその軌道と速度を計算した結果、回避は出来ないと判断した。なにせ今はタマを抱えた状態だ。すさまじい速度で飛んでくる光の矢を、回避する手立てが無かったのだ。

 

 

「私は壊れてもかまいません。ですが、この子だけは……」

 

「クソ! 間に合わんか!?」

 

 

 もはや茶々丸は回避を諦めていた。それでもタマのことだけは諦めていなかった。自分が壊れてでもいいからタマを守ろうと、茶々丸はタマを抱きかかえ光の矢に背を向けたのだ。また、エヴァンジェリンも光の矢を防ごうと、茶々丸の下へと急いだ。しかし、それでも間に合うかどうかわからない、ギリギリの状況だったのである。

 

 

「よ、避けてくれー!!」

 

「アホカ!? 魔法ノ射手グライ操レルダロ!?」

 

 

 カギも何でこんなことになってしまったと思いながら、必死に避けろと叫んでいた。普通に修行していたのに、それが茶々丸の危機につながってしまうなんて思ってなかったのだ。出来ることならさっきの魔法を取り消したいと思いながら、カギは茶々丸の無事を祈るしかなかった。

 

 しかし、魔法の射手は術者が思うように操ることが可能なのだ。よって斜線を変更し、光の矢を茶々丸から逸らす事だって出来るはずなのだ。だが、カギは完全にテンパってしまっており、そのことすら頭から抜けてしまっているようだった。なんというマヌケなのか。

 

 完全にテンパってしまい避けろと叫ぶカギに、チャチャゼロは魔法の射手ぐらい逸らせるだろうと叫んでいた。このバカカギめ、そんなことも忘れたのかと、少々怒り気味にカギへとアドバイスをしたのである。

 

 

「そうだったー!? ヤベー! でも間に合わねぇぇ!?」

 

「馬鹿カオメーハ!?」

 

 

 カギはチャチャゼロにそう言われ、そのことにようやく気がついた。が、時すでに遅し。光の矢はすでに茶々丸の前まで来てしまっており、逸らすことが難しい状況となってしまっていたのだ。カギは間に合わんと思いながら、必死で光の矢を逆転させようとしていた。そんな馬鹿を仕出かしたカギに、チャチャゼロもかなりご立腹な様子で、馬鹿だなんだと叫んでいたのだった。

 

 

 茶々丸は迫り来る光の矢を見て、なんとしてでもタマを守りたいと思った。このままでは自分はおろか、タマも危ないかもしれないと思った。あの光の矢はかなり強力だ。たとえ自分が身を挺しても、タマを守りきれるかわからなかったのだ。マスターたるエヴァンジェリンも助けに急いでくれているが、間に合う確立は5%と計算された。もはや手は無いのか、茶々丸はあらゆる手段を検索し、タマが助かる道のりを探し出し始めたのだ。

 

 

「この子だけは、絶対に……!」

 

 

 そこで導き出された答えは、防御しかないというものだった。茶々丸には防御機能が備わっており、あの光の矢を防ぐことが可能なはずなのだ。だが、やはりそれにはGパワーが必要になる。この状況でGSライドの出力を急激に上げれるはずが無いと、茶々丸は思った。それでも茶々丸はタマを守りたかった。守りたいという気持ちと、光の矢を防がなければならないと言う強い意志が、ここで茶々丸に宿ったのだ。そしてその感覚が、茶々丸に変化を齎したのである。

 

 

「この感覚は……!」 

 

「茶々丸ッ!」

 

 

 この危機的状況の中、茶々丸は胸にこみ上げる何かを感じていた。それはタマをなんとしてでも守りたいという気持ちが、GSライドの出力を高めたのだ。Gストーンからすさまじいエネルギーが放出され、茶々丸はほんのり緑色に輝いたのである。ただ、エヴァンジェリンはそんなことよりも、茶々丸を光の矢から守らねばと急いでいた。それゆえ、その茶々丸の小さな変化に気がつかなかったようだ。

 

 

「……”プロテクト・シェード”っ!」

 

「何!」

 

 

 茶々丸は今なら防御が出来る気がした。だからタマを右手で抱え、光の矢に向かって左手を真っ直ぐ伸ばし、強力なバリアを張ったのだ。そして、光の矢はそのバリアに命中すると、エネルギーが収縮され、バリアの表面で五芒星を描いたではないか。さらに、その五芒星となった光の矢のエネルギーを反射し、飛んできた方向へと跳ね返したのである。

 

 ――――――これこそが、プロテクト・シェード。”勇者王ガオガイガー”にて、ガオガイガーの左腕に装備されたバリアシステムだ。通常の物理攻撃にも対応する他、相手が放った光線などのエネルギーを防御、反射することで、防御と反撃を同時に行うことが出来る、優れた防御システムなのである。茶々丸に搭載されているプロテクト・シェードは改良が加えられており、光学攻撃以外にも魔法に対応していた。それで光の矢を受け止め、反射することが出来たのである。

 

 またエヴァンジェリンは、茶々丸がそれで光の矢を防御したのを見て驚いた。あのような機能があったのを、実際見たのは初めてだったからだ。あのカギの11本の光の矢を受け止め、反射して見せたからだ。

 

 

「おお!? 防いだのか!? あべしっ!!」

 

「自業自得ダナ」

 

 

 カギは茶々丸が自分の魔法を防いだことを、驚きながら安堵していた。しかし、そのせいで反射された光の五芒星をモロに受けることになってしまったようだ。その反射攻撃が直撃し、まっさかさまに落ちるカギを見て、自業自得と頷くチャチャゼロだった。

 

 

「大丈夫だったか!」

 

「はい、何とか……」

 

 

 そこへようやくエヴァンジェリンが茶々丸の側へとやってきて、無事だったかを焦りの表情で尋ねていた。茶々丸は今のバリアにて、完全に光の矢を防ぐことが出来たので、特になんとも無かった。ゆえに、何とかなったと静かに言葉にしていた。

 

 

「今のは一体……?」

 

「私に内蔵されている防御機能の一つです……。出力不足で普段は使えませんでしたが……」

 

「それが使えたということは……つまり……」

 

 

 エヴァンジェリンは、茶々丸が今使った能力は一体何なのかを考えた。それを茶々丸に尋ねると、タマを撫でながらゆっくりと口を開いた。先ほどのバリアは元々装備されていたシステムで、出力不足ゆえに使えなかったと。なら、それが使えたということは、つまり出力が上昇したということだ。エヴァンジェリンはそう考え、ハッした様子を見せていた。

 

 

「一瞬だけでしたが、タマを守りたい一身で、出力が上がったようです」

 

「フフフ……。そうか」

 

 

 茶々丸は今の現象を冷静に分析し、タマを守ろうと必死になった結果、GSライドの出力が上昇したと判断した。ただ、何故そうなったのかまでは、理解していない様子だった。そう説明する茶々丸を見て、ふいに笑いをこぼすエヴァンジェリン。エヴァンジェリンは茶々丸が、少しの間だったが強い感情を発せられたことに、心から喜んでいたのだ。

 

 

「茶々丸よ、今の感覚を忘れるな」

 

「今の感覚……ですか……?」

 

「そうだ。今のが強い感情だ」

 

 

 そして、エヴァンジェリンはニヤリと笑いながら、それこそが感情だと茶々丸へ助言していた。今の感覚こそが強い感情。何かを守りたいために湧き上がったものだと。茶々丸はエヴァンジェリンの言葉に、首をかしげながらも、先ほどの感覚が感情だったということに、未だ疑問を感じていた。

 

 

「そうだったのでしょうか……」

 

「そういうもんだよ」

 

 

 だから茶々丸は、エヴァンジェリンへ、本当にそうだったのかを聞き返していた。確かにすごい力を感じたし、何かこみ上げてくるものはあった。しかし、それが強い感情とだと言う実感が、あまりなかったのである。そう聞き返されたエヴァンジェリンは、やはり笑みを浮かべながら、その通りだと一言述べた。それが強い感情でなくて、何が感情になるというのか。そう言いたげな表情だった。

 

 

「あっ、修行の邪魔をして申し訳ありませんでした……」

 

「別にいいさ。茶々丸も少し成長したみたいだしな」

 

 

 そこで茶々丸は、エヴァンジェリンがカギの修行を行っていたのに気がつき、ハッとした表情をした後、頭を下げていた。エヴァンジェリンはそんな茶々丸を眺めながら、茶々丸が少し成長したと思い、特に気にする様子を見せなかった。

 

 

「ケケケ、大丈夫カ?」

 

「自分の魔法を食らうのはイテェ……」

 

 

 だが、その修行を受けていたカギは、プロテクト・シェードの反射ダメージにより、砂浜に墜落して寝そべっていた。その様子を見ていたチャチャゼロは、ケタケタ笑いながら大丈夫かどうかを聞いていた。

 

 カギはその質問に、地面に落ちたことよりも、自分の魔法が反射してきたダメージの方が痛いと、涙目で言葉にしていたのだった。11本の光の矢が、全て集束された攻撃を受けたのだ。なんとか魔法障壁で防いだようだが、ダメージが大きいのはしかたないことだった。

 

 

「ここから離れますよ、タマ。っこら……」

 

「……ソイツの怪我はもう大丈夫のようだが、どうするつもりだ?」

 

 

 タマへとここを離れるのでおとなしくするよう茶々丸は話すと、タマは茶々丸の頬をペロペロ舐め始めた。タマは茶々丸が自分を守ってくれたことを理解したのかもしれない。そうやってタマに頬を舐められた茶々丸は、くすぐったそうにしながらも、ほんの少し喜ばしい様子で、小さな笑みを見せていた。そんな茶々丸を見てほっこりしたエヴァンジェリンだったが、タマの怪我が随分良くなっていることを察し、怪我が治ったらどうするかを尋ねたのだ。

 

 

「……元の場所に戻します」

 

「いいのか? それで」

 

「はい……。マスターとはそういう約束でしたし、迷惑をかけてしまいますので……」

 

 

 それを聞かれた茶々丸は、少し暗い様子となって、元いた場所へと戻すと話した。エヴァンジェリンは、茶々丸はそれでいいのかと、再び質問をした。すると茶々丸は、元々タマの傷が治るまで、このログハウスで面倒を見る約束だった。それに、随分とマスターであるエヴァンジェリンに迷惑をかけたと、申し訳ない気持ちを言葉にしていた。

 

 

「茶々丸、私はいつ迷惑だと言った?」

 

「それは……。ですがマスターの私物に被害を出してしまいました……」

 

「別に壊れたなら直せばいいと言ったはずだが?」

 

 

 しかし、そこでエヴァンジェリンは、自分が迷惑だと言葉にしたことがあったかを、茶々丸に聞いたのだ。茶々丸はそれを聞かれ、確かにエヴァンジェリンが迷惑と言う言葉を、一言も使ってなかったことを思い出した。それでもエヴァンジェリンの私物などを傷つけてしまったので、そう迷惑に思っているかもしれないと考えていたようだ。それを茶々丸が気分を沈めて話すと、エヴァンジェリンは再びこう答えた。前に壊れたなら直せばいいと話したと。別に気にしていないと。

 

 

「しかし……」

 

「……茶々丸がソイツを飼いたいというなら、これからも飼っててもいいぞ」

 

「……!」

 

 

 だが、茶々丸はずっとそのことを気にしていたらしく、タマを撫でながら憂いを感じた様子を見せていた。エヴァンジェリンはそんな茶々丸を見て、息を小さく吐き出した後、ならそのネコをこれからも面倒を見てよいと言葉にしたのだ。それはすなわち、タマをこのログハウスで飼っていいということだ。茶々丸は一瞬、何を言われたのか理解できず、とっさに顔を上げて、エヴァンジェリンの顔を見た。

 

 

「いいのですか……?」

 

「まあな。後、茶々丸がいつも餌をやってるネコも連れて来い」

 

「それは……」

 

 

 エヴァンジェリンの突然の許可に、戸惑いながらも本当に良いのかと、恐る恐る尋ねる茶々丸。エヴァンジェリンは問題ないと言う感じで一言述べると、さらに驚くことを口にしたのだ。それは茶々丸が毎日餌を与えているネコたちも、一緒に飼っていいということだった。

 

 エヴァンジェリンは茶々丸が野良猫に毎日餌を与えて居ることを知っていた。だから、そのネコたちも引き取って来いと、茶々丸へと静かに話したのだ。茶々丸はそれにも驚いたが、何せ数が多い。1匹でさえ大変だったのだから、さらに増えたら大変になると思ったのだ。

 

 

「別に1匹が5匹になろうが10匹になろうが変わらん。それに、現実時間に合わせた魔法球を用意するぐらい難しくは無いさ」

 

「マスター……」

 

「……というワケだ。とりあえずソイツを飼うことを許可する」

 

「……ありがとうございます……」

 

 

 流石に数が多いと考え悩む茶々丸に、エヴァンジェリンは言葉を続けた。1匹飼うのなら、数など無意味だと。また、ネコ専用の魔法球を用意する、居場所を確保してやると、微笑みながら説明したのだ。

 

 また、現実時間にあわせた魔法球を用意すると言うのは、ネコの寿命を考えてのことだ。外の一時間がここの一日になるこの魔法球だと、ネコがあっという間に年を取ってしまうと考えたのだ。ネコの寿命は人間よりもはるかに短い。それを考えたら、一時間が一日と言うのはかなり大きいものなのだ。だから、現実時間に合わせた、一日が一日の魔法球を用意しようと思ったのである。

 

 茶々丸はエヴァンジェリンの今の言葉に、非常に嬉しいという何かを感じ取っていた。感激と言うものを味わっていた。まあ、他のネコは置いておいて、まずはそのタマを飼っていいと、エヴァンジェリンはハッキリ許可を出したのだ。

 

 感激に身を震わせる茶々丸は、それを聞いてタマをしっかり抱きかかえ、エヴァンジェリンへと嬉しそうな表情で、頭を下げて礼を述べていた。ずっとタマと一緒にいられる。そう茶々丸は思っただけで、何か胸が熱くなるのを感じていたのだった。そして、タマを抱えて離れようと考えた茶々丸は、頭を再び下げた後、タマを抱えたまま建物の方へと歩いていった。

 

 

「……やれやれ。茶々丸の心を育てるようにと言われてなければ、ここまでしないんだがな……」

 

「そりゃ本当か師匠(マスター)?」

 

「少シ照レテネーカ? 御主人」

 

 

 歩き去った茶々丸を見て、エヴァンジェリンは肩をすくめた。エヴァンジェリンは茶々丸のAI育成に協力してくれるよう、葉加瀬たちから頼まれていたのだ。しかし、微笑んだ茶々丸から礼を言われたエヴァンジェリンは、ほんの少し照れてる感じだった。

 

 そこへやってきたカギが、本当にそれだけが理由なのだろうかと、ニヤニヤしながら少し面白おかしく言葉にしていた。チャチャゼロもやってきて、頬がほんのり赤いエヴァンジェリンに、照れてるだろと言ったのだ。

 

 

「うるさいな……。まあ、私の心は寛大だということがこれでよくわかっただろう!」

 

「俺の大海原より広い心よりも寛大なのがよーくわかりましたぜ!」

 

 

 エヴァンジェリンは照れ隠しなのか、うるさいと言葉をもらした。また、そこから急激にテンションを上げ、仁王立ちしていかに自分の心が広いか理解したかと、笑いながら豪語したのだ。カギはそんなエヴァンジェリンへ、自分の心は広いがエヴァンジェリンの心はもっと広いと、自画自賛を含めながら褒め称えていた。

 

 

「オメーノハアリエネーヨ」

 

「即座に否定!? ヒデェー!」

 

 

 そのカギへとすかさずツッコミをいれ、ありえねーと話すチャチャゼロがいた。カギの心が大海原より広かったら、それ以外の人間は宇宙ぐらい広いことになるとチャチャゼロは思ったのだ。それを聞いたカギは、瞬間的に自分の心の広さが否定されたのを聞いて、ひどすぎると叫びわめいた。

 

 

「チャチャゼロの言うとおりだな」

 

「そ、そんなっ! 師匠(マスター)までー!?」

 

 

 エヴァンジェリンもカギが大海原ぐらい心が広いとか、絶対にないと思い、チャチャゼロの言うとおりだと口を開いた。そこまで否定されたカギは、オーバーなリアクションで泣き叫び、ひどすぎると思いながら、二人の厳しいツッコミに打ちひしがれていた。流石にそこまで否定しなくても、とカギは微妙に落ち込んだフリをしたのである。ただ、あくまでフリであって、決して落ち込んではいないのだ。

 

 

「ふっ。さて、私は新しい魔法球を用意するので少し席をはずす。今のうちにじっくり休んでおけよ?」

 

「りょーかい!」

 

 

 明らかに落ち込むフリをして、チラチラとエヴァンジェリンを見るカギ。そんなカギを横目で見て、エヴァンジェリンは微笑していた。そして、茶々丸がつれてくるであろうネコ用の魔法球を用意するため、エヴァンジェリンはこの別荘の研究室に少し篭ることにしたようだ。だから、その間に休んでおけと、エヴァンジェリンはカギヘと伝えた。それを言われたカギは、嬉しそうにしながら元気よく返事をしていた。ようやく少し休めると思ったのである。

 

 

「心、か……」

 

 

 エヴァンジェリンは建物へと足を運びながら、ふと空を眺めた。心とはなんだろうかと、心とはどういうものなのかと、ほんの少し考えながら。

 

 


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