理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百三話 少女たちと魔法

 ここは麻帆良女子中等部校舎内にある、学園長室。そこには数人の少女たちと、妖怪めいた姿をした学園長、さらには白髪のご老体の姿があった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 少女たちとは、夕映とのどかとハルナ、それに古菲と楓だ。また、白髪のご老体は、やはり人に変身したギガントだった。夕映は麻帆良祭の三日目にて、ビフォアの罠に嵌った時のことを、ギガントへと説明していた。そこには、このメンバーに魔法を見せてしまったことも含まれていた。

 

 また、本来ならばもう一人、ここに呼ばれていた。それは千雨だ。千雨も同じく魔法を見ていたので、一応呼ばれていたのである。だが、エヴァンジェリンが先客として呼んでいたので、彼女はそちらに任せた形となっていたのだ。

 

 

「ふむ、つまり、彼女たちに魔法がバレてしまった……、という訳じゃな?」

 

「はい……」

 

 

 魔法を見せたということは、つまり魔法がバレたということだ。魔法をバラしてはならないと、しっかり約束していた夕映。しかし、あの場ではどうしても魔法が必要だった。それでもバラしたことには変わりはないので、夕映はありのままのことを全て説明したのである。まあ、実際魔法をバラしたのはビフォアの部下どもで、成り行きとして仕方なく夕映も魔法を使わざるを得なかったのだが……。

 

 

「どうしたものかのう……。バレてしまったとはいえ、一概に彼女を責めることはできぬようじゃし……」

 

「全ての元凶はあのビフォアという男、どうしたものかと……」

 

 

 はっきり言えば悪いのはビフォアとその部下の連中。夕映は何とかみんなを助けたい一身だったはずだ。そう考えると、夕映を悪者になど出来るものかと、学園長も長い髭をなでつつ悩んでいた。ギガントも同じ気持ちだった。あのビフォアがそういったことをしなければ、特に問題など発生しなかったのだから当然だ。

 

 

「何かメッチャ空気が重いんだけどー!?」

 

「うむむ、難しいことを話してるアル……」

 

「どうしたものでござるか」

 

 

 この学園長室の空気が妙に重いと、ハルナは叫んでいた。実際説教されている訳ではないが、それに似た何かを感じているようだ。古菲は夕映と学園長との会話が少し難しく感じたようで、頭をこんがらがせていた。ただ、楓はこの雰囲気と会話からある程度のことを察し、この後どうなるのを考えている様子を見せていた。

 

 

「あの、みんなはどうなるんですか……?」

 

「それを決めかねておるのじゃ」

 

「うむ……」

 

 

 のどかは友人たちが、今後どうなるのか不安を感じたようだ。それを学園長に聞くと、学園長も随分と悩みに悩んだ様子で困った様子を見せていた。ギガントもまた、腕を組んで同じように悩んでいた。

 

 

「正直に言えばその部分の記憶のみを消去、または封印してもらい、普通の生活に戻るのが一番じゃと思っとるんじゃが……」

 

「それが一番ではないかとは思うが、さて……」

 

 

 やはり魔法使いのルールに則るならば、記憶を消して元の生活に戻らせるのが当然の処置である。ただ、これは明らかに事件に巻き込まれ、意図せずに魔法を知ってしまったと言う状況だ。だからこそ、学園長もギガントも、悩んでいたのである。

 

 

「……そこに私たちは含まれるのですか……?」

 

「本来なら約束を破ったということで、君たちも普通の生活に戻ってもらうのだが……」

 

 

 魔法をバラしたならば、また一般人として普通の生活へ戻ってもらう。そう約束していた。だから夕映も、どうなってしまうのだろうかと心配だった。本来ならば、そうするのが当然なのだろうが、そうさせたのはビフォアという男。ゆえに、ギガントは流石にそれはかわいそうだと思ったのである。

 

 

「事故、というよりも巻き込まれた形でやむをえない状況だったのだから、多少大目に見ることにはしようと思う」

 

「……本当ですか……?」

 

 

 ならば大目に見るてあげよう。本来ならば、約束どおり記憶を消して、普通の生活に戻ってもらうのが当然なのだ。それでも、やはりビフォアのせいでこうなったのなら、やむなしということにしたのである。夕映はそれを聞いて、本当なのか尋ねた。約束を考えるならば、このまま記憶を消されても仕方ないことだったからだ。

 

 

「本当じゃよ。むしろ友人を救ったのだから少しは誇ってもよいことじゃぞ?」

 

「魔法は人のために使うもの、それをしっかりと出来たのだから、悪いことではない」

 

 

 だが、学園長は本当だと優しく言った。むしろ、友人を救うべく魔法を使ったのだから、褒められて当然のことだと、笑みを浮かべて語ったのだ。また、ギガントも、学園長と同じ気持ちだった。バレてしまったものは仕方のないことだが、それ以上に友人を助けたことはすばらしいことだと思い、穏やかな表情を見せていた。そう、魔法とは人々の幸せのため、平和のために使われるべきものだ。それをしっかり実行できた二人を、責めるなど出来るはずがないのだ。

 

 

「……ですがハルナたちの記憶は……」

 

「うむ、残念だが仕方あるまい……」

 

 

 しかし、夕映はそこで友人たちはどうなってしまうのかを学園長へと心細そうに尋ねた。学園長は髭をなでつつ目を瞑りながら、記憶を消して日常に戻ってもらうしかないと静かに答えた。

 

 

「記憶をどうするって!?」

 

「消すって言ってたアル!」

 

「うっそー!?」

 

 

 それを耳にしたハルナは、記憶をどうこうすると言うことに反応して叫んでいた。記憶をどうする気だと叫ぶハルナの横で、消すと聞こえたと古菲が話した。ハルナは古菲の言葉を聞き、さらに騒がしく声を上げていた。記憶を消されるというのは、やはり不安なものなのである。

 

 

「心配はいらんよ。魔法にかかわった部分が思い出せなくなるだけで、それ以外は問題ない」

 

「十分問題ありじゃないのそれー!?」

 

「そうアルか?」

 

「そう言う魔法もあるのでござるかー……」

 

 

 学園長は不安がるハルナに、優しく語りかけた。別にすべての記憶が消えるわけではない、魔法にかかわった部分だけが思い出せ無くなるだけだと。実際記憶を消すにせよ、暗示などで思い出させない方法も存在する。乱暴に記憶を消去するだけが方法ではないのだ。

 

 ただ、魔法と言う面白いことを知ったハルナにとって、それはショックが大きいことだった。魔法はファンタジーな力であり、実在するなら使ってみたいと思うのも、思春期の少女として当然の考えでもあるからだ。だから学園長の提案に、問題ありだとオーバーにも泣き叫んでいたのである。

 

 そこで魔法にあまり関心の無い古菲は、学園長の提案に問題ないのではと思っていた。別に魔法を知らなくても、拳法家として強くなれればいいと思っているのが古菲だからだ。さらに楓は魔法の奥深さに関心していた。忍術には精通する楓も、そう言った技術は珍しいと思ったようだ。

 

 

「あの、ハルナたちにも魔法を知ったままにしてあげることは……」

 

「うーむ、確かに君たち二人には特例の処置として施したが……。どうしましょうか、近右衛門殿?」

 

 

 のどかはそこで、自分たちは大丈夫のようだが、他の友達のことがどうなってしまうのか、それを心配そうにギガントへと質問した。ギガントはその質問に、やはり腕を組んで考えていた。さてはて、どうしたらいいものかと。ならば責任者たる学園長に、どうするべきだろうかとギガントは尋ねてみたのだ。

 

 

「ふーむ……、おぬしたちはどうしたいかね?」

 

「え!? わ、私たちですか!?」

 

「そうじゃ」

 

 

 学園長も正直言って決めかねていた。確かに彼女たちは魔法を知ってしまった。本来ならば記憶を操作して、忘れてもらうのが当然なのだ。ただ、その原因はすべてビフォアにある。彼女たちはビフォアの被害者であり、無理やり記憶を消したりするのは気が引けていたのである。

 

 そこで学園長は、その三人にどうしたいかを尋ねた。突然の質問に、ハルナはキョロキョロ周りを見て、慌てた素振りを見せていた。そして、指を自分に向けながら、もしかして自分たちへの質問だったのかと、学園長へと聞いていた。学園長はその通りだと、一言だけ口を開いた。

 

 

「うーん、やっぱ記憶を消されちゃうってのは、あまりいい感じじゃないですねー……」

 

「もし間違って、頭がパーになったらイヤアル」

 

「拙者も頭の中をいじくられるのには抵抗があるでござる」

 

 

 ハルナはそれならと、腕を組みながら正直に答えた。面白そうな魔法を忘れるのも嫌なのだが、記憶が消えるということそのものにも嫌悪感を示していた。誰もが記憶を消すなど言われ、喜ぶものなどいないだろう。それはハルナとて同じだった。

 

 古菲はもしも魔法が失敗して、記憶喪失にならないかを心配していた。実際は然るべき処理として、万全な体制で臨むので、その様なことは起こらない。でも、やはり記憶を消すと言われれば、不安にもなると言うものだ。

 

 また、楓も二人と同じ意見だった。記憶を消されるというのは、やはり少々度が過ぎていると、そう思ったようである。楓は一応甲賀忍者の中忍だ。だが、麻帆良では一応一般人と言う扱いであり、本人も忍者と言うことを隠しているのだ。実際はあまり隠せていないが……。という訳で、魔法の隠蔽の為に、記憶を消されそうになっていた。

 

 

「…………そうじゃな、なら魔法のことを今後一切口にせぬというのであれば、記憶を消さずにしておくというのはどうかね?」

 

「学園長先生……!?」

 

 

 学園長は三人の意見を聞いて、少し悩んだ末に結論を出した。それは魔法のことを口外しなければ、記憶は消さないという有情の判断だった。その判断にのどかも夕映も少し驚いた表情をしていた。やはり記憶を消さずに済ませるという決定に、多少なりに信じられなかったからだ。

 

 

「魔法の隠蔽は絶対じゃ。じゃが、ワシらも強制的に生徒たちの記憶をいじるのはしのびないと思ってのう……」

 

「……それに今回はビフォアの起こした犯行によって、やむなく魔法を知らせてしまった。確かに甘い判断だろうが、近右衛門殿がそう言うのであれば……」

 

 

 学園長は魔法の隠蔽は絶対だと言葉にした。魔法使いのルールとして、一般人に魔法を知られることはあってはならないからだ。ただ、それを考慮したとしても、自分の生徒たちの記憶をいじくりまわすというのは、学園長もあまり気が乗らないことだった。

 

 さらにギガントが、その言葉の続きを述べた。ハッキリ言って今回の諸悪の根源はビフォアである。ビフォアが余計なことをしたせいで、三人に魔法がバレてしまったのだ。ならば、確かに甘い判断ではあるが、それもしかたないことだろうと思ったようだ。

 

 

「つまりそれって、記憶を消されずにすむってこと!?」

 

「それはよかったアル」

 

「うむうむ」

 

 

 記憶を消されずに済んだのかと、嬉しそうに叫ぶハルナ。一時はどうなることかと思ったが、なんとか記憶を消されることだけは避けられたと。古菲も同じく、よかったよかったと喜んでいた。楓も同じであり、腕を組みつつ普段どおりの表情で笑みをこぼしていた。

 

 

「本当にいいのですか……?!」

 

「近右衛門殿がそう言ったのだから、それでよいだろう」

 

 

 夕映は本当にそれでよいのか、ギガントへと尋ねた。本当なら記憶を消して普通の生活に戻すのがルールだからだ。ギガントはその問いに、責任者である学園長がそう言うのだから大丈夫なのだろうと、多少表情を硬くしつつも、夕映を心配させぬよう微笑んでそう言った。

 

 

「ただし、魔法を口外した場合は、しかるべき処置をさせてもらうことを約束してもらうがの?」

 

「は、はい! 絶対にしゃべりません!!」

 

「約束するアル!」

 

「拙者も同じく……」

 

 

 それでも、他人へ魔法のことをバラせば、当然記憶は消させてもらうと、少し脅すように威圧的に話す学園長。その約束は絶対であり、破られることは許されない。それを聞いた三人は、各々でその約束を誓っていた。

 

 

「いやー、よかったよかった!」

 

「ハルナ、本当に約束を守れますか?」

 

「だ、大丈夫大丈夫! ……タブン……」

 

「たぶんじゃ駄目だよー!?」

 

 

 記憶を消されずに済んだことに、ハルナは手を頭の後ろへ当てながら、よかったよかったと喜んでいた。記憶を消されるのもそうだが、魔法と言う面白おかしなことを忘れてしまうのは勿体無いと思ったのだ。

 

 そのことを見透かすように、夕映はハルナへと約束をしっかり守れるのかと質問していた。夕映の問いにピクリと反応し、大丈夫といいつつも最後に多分を付け加えたハルナ。と言うのもこのハルナ、結構口が軽いのだ。それは夕映ものどかも承知であり、本人も自覚していることだ。だからのどかも多分じゃ困る、と言うか記憶を消されることになると、慌てた様子を見せていた。

 

 記憶が消されずにすんだことは、古菲も楓も喜んだ。普通に考えて、記憶を消されるのは気持ちが悪いものだからだ。そんな時に、突如として部屋の隅の陰から、少女と思わしき声が聞こえてきた。

 

 

「……ほう、面白そうなことになってるじゃないか」

 

「む、その声は……」

 

 

 暗い影からゆっくりと、その声の主が姿を現した。影から抜け出し、その美しい長く整った黄金の髪が光に当たり、輝くように照らされていた。そして、色白の肌と白いドレスを身にまとった、可愛らしい少女が登場したのである。そう、それこそあのエヴァンジェリンだ。

 

 学園長はその声を聞き、すぐに誰だかわかったようだ。その近くに居たギガントもその姿を見て、せめて扉から入ってくればよいのに、と思ったようだ。

 

 

「えっ?」

 

「まさか転移の魔法……?」

 

 

 のどかも夕映も突然の客に驚きの声を出していた。さらに、転移による魔法を使って、ここへとジャンプしてきたのではないかと夕映は考えたようだ。その答えは正解だ。エヴァンジェリンは影を使った転移魔法にて、この場所へとやってきたのである。

 

 

「だ、誰?!」

 

「突然現れたアル!?」

 

「むむ……、気配もなく突如現れるとは……」

 

 

 ハルナたち三人も、突然現れた少女の姿に驚きを隠せないでいた。薄暗い影から現れた容姿が整った少女がいきなり現れたら、確かに誰でも驚くだろう。また、楓は気配もなく現れたエヴァンジェリンに、少しだけ戦慄していた。

 

 

「エヴァンジェリン殿、どうされましたかの?」

 

「何、例の件の話をしにな」

 

「例の件とはあの……?」

 

 

 学園長はやってきたエヴァンジェリンに、どんな用件かを尋ねてみた。すると、例の件と答えが返ってきた。それに学園長は反応し、いやまさかと思ったようだ。

 

 

「そうだ、長谷川千雨は私の弟子にした。だからその許可を貰いに来た」

 

「……ふむ」

 

 

 その用件こそ、長谷川千雨に魔法を教えるということだ。そして、その許可を貰いに来たと、エヴァンジェリンははっきり断言した。学園長は長い眉毛をピクリと揺らし、再び髭をなでつつどうするかを考えていた。

 

 

「今、千雨ちゃんの名前言ったよね……?」

 

「言ったアル」

 

「弟子とは一体何を教えるつもりでござろうか?」

 

 

 突然現れた少女が、自分のクラスメイトの名を呼んだ。ハルナはそれを聞き、またしても驚いていた。まさか千雨の名前が出てくるなどと思っても見なかったようだ。それを勘違いではないかと古菲へと聞くと、間違えないと返ってきた。

 

 楓も弟子というのであれば、何かを教えるのだろうが、何の弟子なのだろうと少しだけ考えた。いや、この流れで予想出来るのは、多分魔法なのだろう。楓はそう考えながら、腕を組んでいたのだった。

 

 

「まあ、エヴァンジェリン殿がそう言うのであれば……」

 

「ただし、しっかりと口外にせんと誓わせていただきたい」

 

「私がそんなヘマをすると思うのか?」

 

 

 学園長はその件の決定を口にした。エヴァンジェリンは優秀な魔法の指導者である。そんなエヴァンジェリンがじきじきに弟子を取るというのなら、大丈夫だろうと思ったのだ。

 

 しかし、ギガントはそこへ一言、エヴァンジェリンへと忠告を述べた。魔法の隠蔽は絶対ゆえに、それをしっかり誓わせ、もらさないと約束させてほしいと。

 

 少し威圧をかけるようにギガントから放たれた言葉を、涼しい顔で受け流すエヴァンジェリン。エヴァンジェリンとてその程度のことは重々承知。そのぐらいのミスなど、させるはずがないと自身を持って言葉にしていた。

 

 

「あの、どちら様で……?」

 

「あーっ! 思い出したアル! 私の怪我を治療してくれた人アルよ!」

 

「おや、あの時のチャイナ娘か」

 

 

 ハルナは突然現れた少女エヴァンジェリンに、誰なのだろうかと恐る恐る質問した。しかし、そこで突然大声で叫び、驚きながらも再会を喜ぶ古菲の姿があった。エヴァンジェリンも古菲の姿を見て、あの時のチャイナ娘かと思い出したようだ。

 

 

「あの時は助かったアル!」

 

「後遺症もなさそうで何よりだな」

 

「えっ!? 知り合い!?」

 

 

 すると古菲はエヴァンジェリンへと近づき、笑顔で礼をはっきりと言葉にした。古菲はエヴァンジェリンに、まほら武道会にて怪我を癒してもらった経緯があったからだ。そうやって元気に両手を振り回す古菲を見たエヴァンジェリンも、特に怪我による後遺症がないことを見て、少し安心した様子を見せていた。ただ、突然現れた謎の少女と元気よく会話する古菲を見て、ハルナは驚いていた。まさか古菲にこんな知り合いがいたなどと、思わなかったうえに意表をつかれたからだ。

 

 

「ここで自己紹介させてもらおう。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。魔法使いさ」

 

「まっ!?」

 

「魔法使い!?」

 

「やはり、と言ったところでござるか」

 

 

 そこで慌てふためくハルナを見て、先ほど問われた質問の答えをエヴァンジェリンは口にした。そう、自分は魔法使いであると。それを聞いたハルナと古菲はその言葉にやはり驚き、楓は予想通りだったとうなづいていた。

 

 

「あの時の治療も魔法だったアルか?!」

 

「そのとおりさ。痛みが消えたのはすでに怪我が治った証拠だよ」

 

 

 と言うことは、あの時まほら武道会での治療は魔法だったのだろうと思った古菲。それを聞けばそうだったと、不適に笑みながらエヴァンジェリンが答えたではないか。

 

 

「でも傷は残っていたアルよ?!」

 

「それは幻覚の魔法でそう見えていただけだよ。一晩経ったら跡形もなく消えていただろう?」

 

「そういえばそうだったアル……」

 

 

 しかし、それなら解せないことがあった。確かにあの時痛みは消えたが、傷は残っていたからだ。ただ、それはエヴァンジェリンがそう見せかけた幻覚であり、一晩だけのものだった。だから次の日になれば、傷はすっかり消えていただろうとエヴァンジェリンが話すと、古菲もそうだったと少し驚いて話していた。何せ古菲は一晩で消えた傷を見て、治りがメッチャ早くて助かった、程度の感想しかなかったらしく、その後まったく気にしなかったのだ。

 

 

「エヴァンジェリン殿、用件はそれだけかね?」

 

「本来はそれだけだったが、そうだな」

 

「まだなにか……?」

 

 

 突然自己紹介をしだしたエヴァンジェリンを見て、まだ用があるのだろうかと思った学園長。エヴァンジェリンはそれを聞くと、本来はそれだけだった、と過去形で話し出したのだ。つまり、それは今新しい用件が出来たということであり、学園長はそのことについて再び質問したのだ。

 

 

「こいつらもまとめて、私の教え子にしても問題ないだろう?」

 

「なっ、それは!?」

 

 

 さすればさらにとんでもないことを、この吸血鬼は言い出したではないか。なんと、ここに居る三人を自ら魔法などを教えてやると、悠々と語りだしたのだ。いやいや、少し待て、何故そうなったと思う学園長は、いかんだろうと思いながら驚き眼を見開いていた。

 

 

「いいじゃないか。どうせ魔法が知られているんだ」

 

「しかし……」

 

 

 そんな学園長を見たエヴァンジェリンは、いたずらっぽく笑いながら、魔法を知ってるんだから教えてもかまわんだろうと言葉にした。それでも流石に魔法を”知っている”のと”使える”のでは大違いだ。学園長はまたしても腕を組んで悩みだした。

 

 

「それに、地獄のような未来から無事生還したらしいじゃないか。そういうヤツらを育てるのも一興だと思わないか?」

 

「うーむ……」

 

 

 エヴァンジェリンは学園祭にて、ビフォアの策略により彼女たちが未来へと飛ばされたことを、超から聞かされていた。そして、そのおぞましい内容を聞いて、そこから戻ってこれた彼女たちに、少し興味がわいたのだ。そんな逸材を育てないなんてもってのほかだと、エヴァンジェリンはそう述べた。ただ、やはり魔法を知っているだけではなく、教えるというのに抵抗がある学園長。そんな学園長は、長い髭を何度もなでながら、どうしたものかと考えていた。

 

 

「別に危険なことを教える訳じゃない。それに、半端に知っているだけなら、魔法そのものを教えておいた方が良いと思うが?」

 

「確かにそうかもしれんが、ふむむ……」

 

 

 さらにエヴァンジェリンは、学園長を納得させるべく、言葉を続けた。魔法を知っているのならば、教えた方が良いと。半端は逆に問題なのではないかと、少し意地悪そうな笑みで話したのだ。学園長はその話を聞き、確かにそうかもしれんと思いながらも、やはり踏ん切りがつかない様子を見せていた。はて、このままエヴァンジェリンの話に乗せられてしまってもよいものかと、そう悩んでいたのである。

 

 

「何かどんどん話がすごい方向に!?」

 

「どうなってしまうアルか」

 

「魔法というのも確かに興味があるでござるが……」

 

 

 なんか話がすごいことになっとる。ハルナは魔法を知れるかもしれないと少しウキウキしながらも、この会話について来れていない様子だった。古菲も何がなにやらと、少し頭が混乱し始めていた。こう言う難しい会話は苦手のようだ。また、楓はエヴァンジェリンが、自分たちに魔法を教えようとしていることはよくわかった。しかし、楓は忍者なので、魔法に興味はあるが使って見ようとは思ってないのだ。

 

 

 

「あのー、つまり千雨さん意外にも、この三人に魔法を教えるということですか?」

 

「私はそうしたいと思ってるだけさ。許可を出すのはそこの学園長のジジイだ」

 

「そうですか……」

 

 

 そこで夕映が、千雨以外にもハルナたちにも魔法を教えるのだろうかと、恐々とエヴァンジェリンへと聞いたのだ。エヴァンジェリンはその問いに、そうしたいと答えた。だが、許可をするのは学園長、決定権はないと述べた。夕映は理解した趣旨を一言残すと、ハルナたちが魔法を教えてもらえる可能性が出てきたことを、ほんの少しだけ喜んでいた。

 

 

「何を悩む必要がある? この私がじきじきに魔法を教えてやるのだぞ? 悩む必要などないだろう?」

 

「とは言うが、流石に数が多いのではないかと」

 

「クックックッ、数が多いからなんだ? 既に特例を出してしまったんだから、数などもはや関係あるまい」

 

 

 学園長はエヴァンジェリンの問いに、結論が出ずに悩んでいた。流石に業を煮やしたのか、エヴァンジェリンは自分が魔法を教えるのだから、悩む必要などないだろうと得意げに豪語した。

 

 それでも、やはり学園長は決めかねていた。エヴァンジェリンの言うことも、確かに間違っていない部分もある。だが、それでこの娘たちに魔法を教えてしまってもよいものかと。教えるにせよ、流石に人数が多いのではないかと。ここの夕映とのどかの二人だけでなく、そこの三人にも教えてしまうのはまずいのではないかと。それをエヴァンジェリンへと話すと、エヴァンジェリンは鼻で笑った。

 

 数が多いからなんだというのか。エヴァンジェリンはそう言葉にしつつも、まるで悪役のように笑っていた。もう既に、夕映とのどかという特例を作ってしまった。であれば、もはや数など意味がない。特例を出した時点で、すでに前例を出してしまっただけなのだと、エヴァンジェリンは言葉にしたのだ。

 

 

「さて、どうするかのう……」

 

「まあ、彼女が言うのであれば、大丈夫だとは思うのだが……」

 

 

 そこまで言われてしまうと学園長はぐうの音も出なかった。どうするべきかと言葉にすると、ギガントはエヴァンジェリンなら任せられると学園長へと話した。ただ、ギガントも全体的に賛成している様子ではなく、妥協のような感じで不安の色が見えていた。

 

 

「当たり前だ。人数が多かろうと、しっかりと教育してやるから安心するがいい」

 

「うーむ……。なら、許可するとしようかのう……。エヴァンジェリン殿の実績は知っておるし、安心して任せられると信じよう」

 

「安心しろ。私とて、ただ魔法を教えようなどとは思わん」

 

 

 このエヴァンジェリン、魔法世界で名誉教授まで上り詰めた魔法研究者であり、魔法を多くのものに教えてきた偉大なる教師だ。魔法の隠蔽などもしっかり教え、約束させることは当然行おうと思っていた。それだけではなく、危険な魔法は教えることは絶対にせず、学園生活に支障をきたさぬよう配慮する予定だった。人が多かろうか少なかろうが、やることは変わらない。当然、節度ある魔法授業を約束すると学園長へと話したのだ。

 

 まあ、エヴァンジェリンほどの魔法使いがそういうのであればと、学園長は許可を出した。エヴァンジェリンの経歴は知っているので、信頼出来る。魔法を教えることに関してならば、学園長も信用しているのだ。それでも不安なのが、一般人を魔法使いにしすぎてしまうことなのである。

 

 

「さて、学園長の許可は下りた。貴様らは今日から、この私の教え子だ」

 

「なんだかわからないけどお願いします!」

 

「私もアルか?」

 

「拙者は魔法など専門外でござるが……」

 

 

 エヴァンジェリンは学園長の許可が出たことを喜び、不敵に笑っていた。そして、ハルナたち三人へと向きなおすと、今から自分はお前たちに魔法を教える教師だと、大きな態度で宣言したのだ。

 

 ハルナは正直嬉しくなった。魔法という不思議な力を知れるのだから、当たり前である。だからうなぎのぼりになるテンションを必死に抑えつつ、頭を下げて頼んでいた。

 

 ただ、古菲や楓は微妙な反応を見せていた。と言うよりも、古菲は魔法よりも中国拳法を鍛えたいと思っていた。確かに治癒の魔法をその体で受けた身としては、とてもすごいと感じたが、求めるものとは違ったのである。

 

 楓もやはり、忍術等で戦うタイプであり、魔法はまったくの門外漢。魔法を一から覚えるよりも、今使っている技術を伸ばしたいと思ったのである。

 

 

「ふむ、そこの二人は魔法より肉弾戦などが得意みたいだな」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンとてそのぐらい察せない訳ではない。まほら武道会を見学していたエヴァンジェリンは、二人の戦闘スタイルをしっかり理解していた。

 

 

「問題はないさ。そっちの方面にも浅からず知識はある。みっちり鍛えてやるから安心しろ」

 

「おー、それならお願いするアル!」

 

「そうであれば拙者も願い申す」

 

 

 エヴァンジェリンは長く生きた吸血鬼、そっちの方面もある程度知識がある。さらに、合気柔術を教え込まれ、使いこなせる身だ。ならば、そっちの方も鍛えてやっても良いと、二人を勧誘したのだ。

 

 二人はその話を聞き、それならばと頭を下げた。今よりもさらに強くなりたい二人は、そういう話に弱いのである。

 

 

「そうだ、エヴァンジェリン。そこの二人も頼む」

 

「ああ、貴様の弟子どもか」

 

「師匠?!」

 

 

 学園長が許可を出し、和気藹々となってるところへ、ギガントが口を開いた。それは、夕映とのどかをエヴァンジェリンに任せるというものだった。突然のギガントの言葉に、夕映は何故という表情でそれを問い、のどかはどうしてなのかと思ったようだ。

 

 

「ワシは少したったら一度自分の国へ戻らねばならなくなってな。そこのエヴァンジェリンに二人のことを頼もうと思っていたのだよ」

 

「そうだったんですか」

 

 

 何せギガントもメトゥーナトと同じく、夏休みごろにはアルカディア帝国へと帰還しなければならない。故に、すでにエヴァンジェリンに二人のことを頼んであったのだ。その説明に夕映も納得した様子を見せ、のどかも一言だけ静かに述べた。まあ、そんな二人も師匠であるギガントが居なくなってしまうのは、少し心細いとも感じたようではある。

 

 

「という訳だ。今度からは私の指示に従ってもらうぞ」

 

「よろしくお願いするです」

 

「お、お願いします!」

 

 

 ギガントが頼んだのだから、自分の指示にも従ってもらうと、言葉にするエヴァンジェリン。夕映ものどかも、そんな少し偉そうなエヴァンジェリンへと、頭を下げてお願いしますと言葉にしていた。

 

 

「いや愉快なことだな。面白い逸材がこんなにも手に入るとは」

 

「……くれぐれもバレぬようにお願いするぞ?」

 

「そこらへんもしっかり約束させるさ」

 

 

 その二人の様子を見て再び喜びがこみ上げてきたのか、愉快愉快とエヴァンジェリンは笑った。こいつらは教え甲斐がありそうだ、どうやって鍛えようか、そんな考えが湯水のように湧き出して、笑いが止まらないのである。そう悦に入るエヴァンジェリンへ、本当に大丈夫なんだろうかと思った学園長は、再度忠告を出していた。それを聞いたエヴァンジェリンは、人差し指を立てて見せて、当然のことだと話したのである。

 

 

「さて貴様たち、これから面白いところへ案内してやろう。こっちへ寄れ」

 

「は、はい!」

 

「どーゆーこと?」

 

 

 これで話はついた。エヴァンジェリンはそう考え、そこの五人の少女たちに面白いところへ連れて行くと言い出した。そして、自分の近くへ寄って来いと指示を出したのである。のどかは少しおどけながらに返事をし、ハルナは何をどうするのかわからない様子を見せていた。

 

 

「影での転移を行うだけだ」

 

「影の転移魔法……!?」

 

「そんなことが出来るの!?」

 

 

 何故近くに寄れとエヴァンジェリンが言ったのか。それは影の転移魔法を使おうと思ったからだ。大人数を転移させるには、やはり近寄らせなければならない。だからそう指示したのだ。それを説明すると、夕映はその魔法名を聞いて驚いていた。夕映はまだ水の転移魔法しか使えないからだ。また、ハルナは再び驚き興奮していた。影での転移とかすげー! と驚き叫んでいたのである。

 

 

「とりあえず私の近くへ来ればいいだけだ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

「転移ってゆえが使ったやつと似たようなやつアルか?」

 

「便利でござるなぁー」

 

 

 だから早く近くに来いと、エヴァンジェリンは催促した。それならと、のどかはそっとエヴァンジェリンの横へと移動した。それを見た他の少女たちも、そそくさとエヴァンジェリンの近くへと立ったのである。そこで古菲は転移ということで、麻帆良祭三日目の地獄めいた未来の麻帆良で、夕映が水の転移魔法を使ったことを思い出していた。転移と言うのならば、あれと同じような、近い感じなのだろうかと考えたようだ。楓はそんな瞬間移動の魔法に感心しながら、便利だと言葉にしていた。

 

 

「準備はいいな。では、夢のお茶会へ招待しよう」

 

 

 そして、全員が指示通りに近くへ寄ったことを確認すると、その全員を影へと沈め、転移して言ったのである。行き先は図書館島の地下、アルビレオが居るあの場所だ。故に、お茶会へと招待と、エヴァンジェリンは言葉にしたのだ。その発言の後、瞬間的に影へと消え去り転移していったのを、学園長は髭を撫でつつ眺めていた。

 

 

「本当にこれでよかったものか……」

 

「……エヴァンジェリンは聡明です。問題はないとは思います……」

 

「そうなんじゃが……」

 

 

 いやはや、本当にこれでよかったのだろうか。学園長は再び悩んでいた。エヴァンジェリンに言いくるめられてしまったような気分で、この選択が果たして正解だったのかと。

 

 そこへギガントは、あのエヴァンジェリンならば大丈夫だろう、問題は起こさないだろうと言葉にしていた。が、やはりギガントも内心、彼女たちに魔法を教えてしまってもよかったのかと考えていたのだ。

 

 学園長もエヴァンジェリンを高く評価しているし信用している。ただ、心配するのはそこではなく、やはり自分たちの選択が、はたして本当に正しかったのだろうかということだった。

 


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