理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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補足を入れるつもりが、少し流れが変わってしまいました
申し訳ございません


日常編 その3
百二話 お茶会


 麻帆良祭、振り替え休日二日目。そこは図書館島の地下深く。されどいたるところから光が満ち溢れ、闇がほとんど存在しない、そんな空間。そこへやってきたのはいつものメンバー。アスナ、木乃香、刹那、ネギ、そして幽霊のさよだ。ただ、バーサーカーの姿はないようだ。もうここまで付き添う必要はないと判断し、邪魔にならないよう今回はついてこなかったのである。

 

 

「ここに来るのも何度目かしら」

 

「何度目やろなー」

 

 

 何度か通ったおなじみに場所。別に通い詰めたわけでもないが、数回はここを通っている。そんなことをアスナは考えながら、木乃香も同じようにそれを思い出していた。

 

 

「ドラゴンさん、こんにちわー」

 

「もはや顔パス……」

 

「一応通行書みたいなの貰ったんですけど……」

 

 

 門を守護する翼竜が、門の前で構えていた。が、もはや彼女たちを止める気も襲う気もないようだ。最初に出会った時に袋叩きに遭い、何度も顔を合わせているので、もういいだろうと思っているように見える。そんなドラゴンにのんきに挨拶する木乃香。ぽややーんとドラゴンへと手を振る様子ははやり異様だ。ドラゴンも挨拶されたのを理解したのか、頭を下げて歓迎していた。完全に手なずけられてしまっているようだ。

 

 完全に客人扱いの状況に、アスナも頭を悩ませていた。戦う必要がなくなったのはいいことだが、それはそれでいいものかとも複雑な心境のようだ。ネギも正直困惑ぎみだ。ここへやってきたのは、あのアルビレオから招待されたからだ。このドラゴンを通過するための手紙を一応貰っていたのである。しかし、そんなものなど不要な状況に、なんか悪いことをしているような気がしていたのだ。

 

 

 門をくぐるとそこには地下とは思えぬ、巨大な空間があった。その中心に建造物があり、そそくさとそこへ入っていくメンバー。その中の本棚だらけの場所を通り抜けると、テラスのような場所が広がっていた。

 

 

「ようこそ、私のお茶会へ。お待ちしておりましたよ」

 

「どうも、お招きいただいてありがとうございます。ア……く、クウネルさん」

 

 

 そこに現れたのは、紺の髪をしたローブの男、クウネル・サンダースのことアルビレオ・イマだった。穏やかな表情で、アルビレオはネギたちを出迎えたのだ。挨拶を行なったネギは、間違えて本名を呼びそうになりながらも、修正してクウネルの名を呼んでいた。ずっと前からその名で呼んでほしいと、アルビレオから頼まれていたからである。

 

 

「誰かと思えば弟の方か」

 

「お久しぶりです、エヴァンジェリンさん」

 

「エヴァちゃんも来てたんだ」

 

 

 そこにティーカップを片手にこちらをチラリと見ている少女が居た。それはエヴァンジェリンだ。今回は研究者のような服装では無く、純潔な白をしたドレスを見に纏っており、普段は見せないフリーな姿だった。

 

 ネギを見たエヴァンジェリンは、やって来たのが弟の方だと言葉をこぼした。兄の方であるカギは、一応エヴァンジェリンの弟子だからだ。

 

 どうしてエヴァンジェリンがここに居るのか。その理由は難しいものではない。エヴァンジェリンはまほら武道会にて、アルビレオと賭けをした。その賭けに勝ったので、約束を果たしてもらったのだ。

 

 その約束、それは転生者たちの記録を見せてもらうというものだ。アルビレオはこう見えても古くから存在する魔道書。転生者たちの存在や、その特殊な技能をずっと記録してきたのだ。エヴァンジェリンは技術向上のため、それを見せてもらう約束をしていたので、ここでそれらを見ていたという訳だった。

 

 そして、カップに入った紅茶をすするエヴァンジェリンへ、ネギが丁寧に挨拶していた。あまり大きな接点はなかったが、一応父親の知人なのでペコリとお辞儀したのである。

 

 その後ろからひょっこりと現れ、エヴァンジェリンがいたことを意外に思うアスナ。このアルビレオが変態でエヴァンジェリンが苦手としているのを知っていたので、何でわざわざこやつのテリトリーに居るのだろうかと疑問に思ったのだ。

 

 

「だからちゃん付けはやめろと……!」

 

「いーじゃない、別に」

 

「良くないから言ってるんだろうが! ……まあいい、ここで騒ぐとヤツの思う壺だ」

 

 

 しかし、またしても”ちゃん付け”で呼ぶアスナに、エヴァンジェリンは憤怒して叫んでいた。こんなナリだが600年間生きてきた吸血鬼なのだ。せめて”さん付け”にしてほしいと思っているのである。

 

 それでもそんなエヴァンジェリンなど気にせずに、別に良いではないかと言葉にするアスナ。”ちゃん付け”のどこが悪いのか、はっきり言ってわからないのだ。

 

 そうアスナに言われて、いや良くない、まったく良くないと、さらに顔を赤くして叫ぶエヴァンジェリン。と、そこで一瞬我に返り、すぐに冷静な態度を取り繕った。何せここにはアルビレオが居るのだ。下手な行動すれば、また何か言われかねないからだ。

 

 

「別に私はかまいませんよ?」

 

「魂胆がバレバレだ……。その憎たらしい顔からにじみ出てるぞ」

 

 

 そこへアルビレオが、別に騒いでも問題ないと言い出した。いやはや、何と言うすがすがしい笑みだろうか。そんな顔でそんなことを言うのだから、何か企んでいるとしか思えない。さわやかな笑顔を見せながらも、内では何を考えているのかわからないのが、このアルビレオと言う男だ。そう考えたエヴァンジェリンはちらっとそれを見た後、カップへ視線を移して、どの面でそれを言うかと言葉にしていた。

 

 

「そんなに怪しく見えますかね?」

 

「十分怪しいから安心して」

 

 

 エヴァンジェリンに怪しまれ、そんなに怪しい顔をしていたのかと、アルビレオはアスナへと聞いて見た。まあ、実際エヴァンジェリンが慌てふためく姿を見て、楽しみたいと思っているのは事実なのだが。そんなことを知ってか知らずか、アスナも当然怪しいとはっきり答えた。もう見るからに怪しい、企んでない方がおかしいと、アスナも思っていたことだ。

 

 

「あ、そうでした、エヴァンジェリンさん! 麻帆良祭ではお世話になりました、ありがとうございます!!」

 

「別に気にすることも無いんだがな」

 

 

 ネギはそこで、麻帆良祭にて色々とエヴァンジェリンに世話になったことを思い出し、しっかりとした礼を述べていた。二日目では魔法の指輪を、三日目ではビフォア打倒の為に協力してくれていたからだ。なんとまあ律儀な少年だろうか。

 

 だが、礼をされたエヴァンジェリンは、特に反応もなく、一言述べてカップに口をつけていた。エヴァンジェリンにとってその程度のことは、感謝される必要もないほど取るに足らないことだからである。

 

 

「お人形さんみたいにかわえー子やね。どこの子?」

 

「……見た目で判断するな、詠春の娘」

 

「ほえ!? 父様を知っとるん!?」

 

 

 アスナがそう細目でアルビレオを睨んでいる間に、木乃香がエヴァンジェリンを見てキャッキャと騒いでいた。エヴァンジェリンは600歳の吸血鬼だが、当然見た目は金髪の美少女。まるでフランス人形のように整った顔立ちだ。こんな小さくて可愛い子がどうしてこんなところに居るのか、木乃香は不思議に思ったのである。と言うのも、エヴァンジェリンは3-Aで生徒をしていない。つまり、初めて木乃香はエヴァンジェリンと顔を合わせたことになるのだ。

 

 いや、一応麻帆良祭三日目にて、ビフォアを倒すために協力した仲でもあった。が、エヴァンジェリンは基本遊撃と切り札の二つの役目を持っており、木乃香とは出会ってなかった。つまり、接点がなかったゆえに、ここで初めて顔を合わせたということだったのだ。

 

 木乃香に子供扱いされたエヴァンジェリンは、静かに口を開いた。確かに見た目は少女だが、それだけで判断するなと、木乃香の父の名を混ぜて話し出した。突然父親の名を聞かされた木乃香は、当然驚いた。こんな少女が父親を知っていることが、さらに不思議でならないからだ。

 

 

「まあな、そして私の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。かれこれ600年ほど生きてる吸血鬼さ」

 

「吸血鬼……!」

 

「吸血鬼ってあの!?」

 

 

 木乃香は当然父親のことを知っているか、エヴァンジェリンへ尋ねた。その問いに、一応知っている程度に答え、エヴァンジェリンは名を語った。また、そこで自分の正体も暴露することにした。このまま教えなければ、ずっと子供扱いされると思ったからである。

 

 吸血鬼、その言葉は木乃香を驚かすには十分だった。とはいえ、驚いた要因はエヴァンジェリンのような少女が吸血鬼だったということであり、吸血鬼それ自体に驚いている訳ではないのである。その木乃香の後ろでフワフワと浮くさよも、その単語に驚きの言葉をもらしていた。

 

 

「そ、そうだったんですか……。確かに小さいとは思っていましたが……」

 

「貴様がどう思っていたのか、よーくわかったよ……」

 

 

 その正体を始めて知った刹那も、そうだったのか、知らなかったそんなの……、とこぼしていた。刹那は一応麻帆良の夜の警備で、顔ぐらいは合わせていた。なので、多少なりにエヴァンジェリンのことを知っていたのだ。

 

 そして、言われて見ればこのような少女が、麻帆良の夜の警備などするはずがないとも考えていた。実際それ以外にも、人間とは異なる感覚を感じてはいた。が、真面目に警備するエヴァンジェリンを、不審に思うことはなかったのである。

 

 その刹那がもらした言葉を聴いて少し不機嫌そうに、エヴァンジェリンは口を開いた。驚くところが違うと言うのもあるが、まさか刹那にまで少女扱いで見られていたとは思ってなかったらしい。かなり怒気を含み威圧的な物言いで、刹那へと言葉を投げたのである。

 

 流石に今のは失言だったと思ったのか、刹那は口を手で押さえた後、必死に何度も頭を下げていた。それを見たエヴァンジェリンは、多少溜飲が下がったので、まあ許してやるかと思ったようだ。

 

 

「ホンマにおったんやなー、吸血鬼」

 

「覇王の弟子なら流石に驚くこともないか」

 

 

 まあ幽霊が居るなら吸血鬼ぐらい居てもおかしくはないだろう。木乃香はそうのんきに考えながら、エヴァンジェリンをまじまじと見ていた。その木乃香のマイペースな態度を見て、エヴァンジェリンも覇王の弟子なら驚くに値しない情報だったかと、少し面白そうに微笑んでいた。

 

 

「はおまで?! とゆーかウチだけがエヴァンジェリンちゃんのことを知らへんよーな感じなんやけど……」

 

「世の中って狭いんですねー」

 

 

 木乃香はエヴァンジェリンから出た覇王の名に、先ほど以上に驚きようを見せていた。エヴァンジェリンが覇王のことまで知っているとは、想像など出来なかったからだ。さらに言えば、師匠であり一番大好きな男子たる覇王の名を、少女の口から出たということにもっとも驚いていたのである。

 

 そこで木乃香は、もしやエヴァンジェリンを知らないのは、自分だけなのではないかと思い始めていた。アスナは自分から話しかけていたので、当然知人なのがわかる。刹那も先ほどの話を聞いて、知っているのだろうと予想がつく。ネギもペコリとお辞儀して挨拶していたので、知らない人ではないのも理解できる。それを考えたら、エヴァンジェリンを知らないのは自分ぐらいなのではと、少しショックを受けていたのだった。

 

 まあ、それ以外にさよも、エヴァンジェリンと初めて会ったのだが。そんなさよは木乃香の背後で、世の中は狭いと悟ったようなことを言っていた。身近なところにつながりがあるもんだと、のんきに納得していたのだ。

 

 

「……ちゃん付けはやめろ。一応貴様らよりもずっと年上なんだからな?」

 

「そ、そーやったな……、ゴメンなー」

 

「……わかればいい」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは木乃香がちゃん付けで呼んだことを聞き逃さなかった。とりあえずちゃん付けだけは勘弁だ。ゆえに、多少威圧するように、低い声でそれはやめろと言い放ったのだ。

 

 そう言われた木乃香は、それは申し訳なかったと感じて素直に謝った。見た目は少女だから仕方のないことなのだが、本人が嫌だと言うならもうしないと考えたようだ。エヴァンジェリンも謝罪を受け止め、二度とやらないならいいかと言う態度で、木乃香のことを許したのだ。

 

 

「あー、おそーなったけど、ウチ、近衛木乃香や! よろしゅー」

 

「知ってるが、まあよろしく」

 

 

 と、まあそれはさておき、木乃香はエヴァンジェリンへ、にこやかに自己紹介を行った。初めて会う人間なのだから、とりあえず自己紹介するのは当然だ。だが、エヴァンジェリンは木乃香のことを知っていた。まあ、それでもある程度であり、実際会ったのは初めてだ。だからよろしくとだけ、短く言葉にしていた。

 

 

「私は相坂さよですー、見えてたらどうぞよろしくー!」

 

「安心しろ、しっかり見えているさ」

 

「流石吸血鬼さん!」

 

「何かおちょくられてる気がしてきたぞ……」

 

 

 木乃香の後ろに居た幽霊のさよも、木乃香の自己紹介に便乗する形で挨拶を行っていた。自分は幽霊なので、見えたらでよいといいつつ、ふわふわした表情で自己紹介をしたのだ。

 

 ただ、吸血鬼であるエヴァンジェリンは当然幽霊を見ることが出来る。それをさよへ言うと、さよは喜んで吸血鬼はすごいというような様子を見せたのだ。そんなさよのマイペースな発言と態度に、エヴァンジェリンは少し馬鹿にされてるのではないかと勘ぐっていた。実際はそんなことはないのだが、なんだかそう感じざるを得ないのんきなオーラが、さよから発せられていたのである。

 

 

「ふむ、騒がしいと思ったが君たちも来たのか」

 

「来史渡さん、こんにちは」

 

「あら、パパもいたんだ」

 

 

 にぎやかな雰囲気を感じ、そこにメトゥーナトが姿を現した。メトゥーナトも当然アルビレオの仲間。ここに居ること自体は不思議ではない。そのメトゥーナトの登場に、ネギはしっかりと挨拶をしていた。アスナもメトゥーナトの登場に、居たのか、程度の感想を述べていた。

 

 

「わたしも色々と用があったものでね」

 

「ふーん」

 

 

 メトゥーナトはネギの挨拶に手を振って応じつつ、用があってここに来たとアスナに話していた。アスナはその話に、あまり興味がなさそうな反応だった。実際は何をしていたのか気になるところだが、たぶん話してくれないだろうと察しているからだ。

 

 

「そういえばエヴァンジェリン、あなたの弟子はどうしました?」

 

「ぬっ? 兄の方か。さぁな、ここには来てないようだが?」

 

「おや、私としたことが、うっかり忘れてしまいましたか?」

 

 

 そこでアルビレオは、ふとエヴァンジェリンが弟子を取っていることを思い出した。その弟子とはあのカギのことだ。と言うのも、アルビレオは一応カギもこの場所に呼んでいたのだ。が、その姿がまったく見えないので、とりあえず師であるエヴァンジェリンにそれを尋ねたのだ。

 

 弟子と言うことで、スプリングフィールド兄のことかと思ったエヴァンジェリンは、知らぬと一言で片付けた。アルビレオはカギを招待したと思っていたが、実は忘れてしまったのではないかと思い出すような素振りを見せていた。

 

 

「いえ、兄さんにも来るように伝えましたけど……」

 

「どうせあのぼーやのことだ。寝坊でもしたんだろう」

 

「確かに僕が部屋を出る時も寝ていました……」

 

 

 だが、実際は忘れてなどいなかった。しっかりとネギにカギにもこの場所へ来るように言付けてあったのだ。さらに、ネギも招待状を渡し、来るように伝えていた。と言うことは、約束を完全に忘れていたのはカギの方と言うことになるだろう。

 

 ネギのその話に、エヴァンジェリンはあらかた今でも寝てるのだろうと、呆れた顔で言葉にしていた。その言葉にネギが追撃するように、自分が部屋を出る時もカギが寝ていたと、困った様子で話したのである。また、一応ネギはカギを起こそうとしたが、まったく起きる様子がなかったので、仕方なく部屋に置いて来たのだった。

 

 

「まあいいでしょう。彼のことはエヴァンジェリンから聞けばよいでしょうし」

 

「そんな面倒なことが出来るか。もう一度呼べば済むことだろう?」

 

 

 来ていないものはしかたがない。それに、カギの師であるエヴァンジェリンに、そのカギのことを聴けばいい。アルビレオはそう考え、エヴァンジェリンへと笑みを浮かべていた。エヴァンジェリンはそんなアルビレオを突き放すように、面倒だとハッキリ言った。と言うか、今来ないなら別の時にでも呼べばいい。エヴァンジェリンはそうしろと、冷淡に述べたのだ。

 

 

「とりあえず、それはおいおいにしましょうか。さて、ネギ君」

 

「なんでしょうか?」

 

 

 まあ、カギのことは今は置いておくとして、そろそろ本題に入ろうと、アルビレオはネギへと話しかけた。ネギは一体なんだろうかと思い、アルビレオの方を向いたのだ。

 

 

「以前、ナギが生きていることを話したのを覚えていますか?」

 

「はい、ですが居場所まではわからないと……」

 

「そうです。私も残念ながら、彼の所在はわかりません」

 

 

 それは麻帆良祭二日目にて、ナギが生きているということだった。ネギにそのことを覚えているかをアルビレオは尋ね、ネギもしっかりと覚えていると話した。自分の憧れの父親の話なので、忘れることはないだろう。ただ、生きていることはわかるが、どこで何をしているかまではわからない、この前と同じ答えをアルビレオは静かに答えた。

 

 

「ですが、彼のことを知りたいのなら、英国のウェールズへ行くといいでしょう」

 

「ウェールズ?」

 

「そこには魔法世界、ムンドゥス・マギクスへの扉があります」

 

「魔法……世界……」

 

 

 しかし、ナギのことを知りたくば、英国へと戻ればよい。そこには魔法世界の入り口があると、アルビレオは話し出した。ネギは魔法世界に何があるのか、何がわかるのか、それが気になった様子を見せていた。

 

 ――――――魔法世界。その存在はネギも噂に聞いたことがあった。行った事はなかったが、魔法使いの集う国と言う程度には認識していた。

 

 また、以前にもその言葉は出てきていた。それはビフォアにより支配された地獄めいた未来の麻帆良でのことだ。ビフォアがアスナを挑発するために、魔法世界のこととアスナの正体を暴露した。その時にネギは魔法世界のこととアスナの正体を聞いていた。だが、その後の出来事やビフォアとの戦いと勝利により、記憶からそのことが吹き飛んでしまったていたようだ。

 

 

「魔法世界って、やっぱり魔法の国なんかなー?」

 

「どうなんでしょう……」

 

「神秘的な響きですねー」

 

 

 魔法世界、なんと聞こえのいい言葉か。木乃香はその言葉に、どんな世界なのか想像をめぐらせていた。魔法世界と言うのであれば、やはり魔法が飛び交うおとぎの国なのだろうかと、刹那に話をふったのである。刹那もあまり実感が湧かない様子で、どんなものなのかと考えていた。その横でさよも、幽霊が居れば魔法世界もあるんだろうと、のんきなことを考えていた。

 

 ……実は木乃香と刹那の友人たる覇王が、大型連休などにその場所へ赴き、転生者狩りをしていたりもする。とはいえそんなことを話すことは出来ないので、あえて二人には教えていないのだ。また、覇王の異名”星を統べるもの”というのも話には聞いていた。ただ、それが魔法世界で有名な異名だと言うことは、未だ知らないのである。

 

 さらに、魔法世界出身であるアスナや焔も、そのことを二人へ話してはいない。ゆえに、木乃香や刹那は魔法世界のことをまったく知らなかったのである。

 

 

「魔法世界、ねぇ……」

 

 

 魔法世界の話題で盛り上がる木乃香たちの横で、腕を組んで深刻そうな表情をするアスナ。魔法世界出身であるアスナは、魔法世界のことをよく知っている。また、自分が狙われていることも理解しているので、あまり行きたくない場所でもあるからだ。

 

 

「クウネル、彼に何をさせたいというのだ?」

 

「おや、怖い顔をしますね、来史渡」

 

「確かにアイツのことを知るのならば、そこが一番だろうが……」

 

 

 そこへメトゥーナトがアルビレオに話しかけた。妙に怒気の篭った声で、ネギをどうしたいのかと尋ねたのだ。メトゥーナトもまた魔法世界の情勢を理解している。あのような場所へと足を踏み入れさせるのは、どうにも納得出来ないのである。

 

 少し眉間にしわを寄せたメトゥーナトを見て、普段通りの胡散臭い笑みを浮かべるアルビレオ。そこまで怒る必要はないでしょうと、内心思っているのだろう。

 

 だが、メトゥーナトも()()()()()()()()()()ならば、魔法世界に行くのも間違えはないと思ったようだ。ナギは魔法世界で名を馳せた英雄だ。知らない人など、ほとんどいないだろう。さらに、ナギの仲間だった紅き翼の面々も魔法世界にいる。彼らに話を聞く事だって可能だと思ったのだ。

 

 

「わかっていますよ、もうすぐ大切な時期だということは」

 

「……本当にわかっているのだろうな?」

 

「もちろんですよ」

 

 

 それでもアルビレオは、一応メトゥーナトにとって、重要な時期であることもわかっていたようだ。だから、それは理解していると言葉にしていた。しかしメトゥーナトは、そんなことを言われても何を考えてるかわからないアルビレオに、本当に理解しているかを聞き返していた。アルビレオは、やはり普段通り胡散臭い笑みを浮かべながら、もちろんだと口を開いた。

 

 

「それに、こう言う言葉があるでしょう? 可愛い子には旅をさせろと」

 

「……しかし、この時期では我々もサポートが難しい……」

 

 

 さらにアルビレオはとぼけたように、あることわざを言い出した。まったく何を考えているのだろうか。そんなことを聞きながら、時期が悪いゆえに自分たちもサポートは厳しいと、メトゥーナトは話していた。だが、そこへアルビレオは、他にはわからぬようメトゥーナトのみに念話を送ってきたのである。

 

 

『……と言うより、あなたから話してきたはずですよ。あなたの皇帝が”原作通り”に事を移すと……』

 

『……む……』

 

 

 アルビレオはメトゥーナトから、皇帝の行動を教えられていた。だから、原作通りに動かすならば、ネギを魔法世界へと行かせるしかないと判断したようだ。

 

 そもそもアルビレオは昔から転生者の記憶と能力を収集してきた。その中に、”原作知識”というものが存在することも知っていたのだ。また、一応メトゥーナトからも、そのことを教えられており、大抵のことは理解していた。ただ、この事実を知るものは、紅き翼でもほんの一握りである。

 

 その突然の念話に、メトゥーナトも静かに唸っていた。そういえば話したのは自分だったと思い出しながらも、それがどうネギの魔法世界入りへつながるのかと、腕を組んで考えていた。

 

 

『確かにこのまま、ネギ君を魔法世界へ足を踏み入れさせるのは、私もしのびないのです』

 

『ならば何故……?』

 

 

 ただ、アルビレオとて鬼ではない。ネギを魔法世界へと行かせるのは、アルビレオとてあまり良いとは思ってないのだ。ならば、どうして魔法世界へネギを赴かせるのか。メトゥーナトは多少怒りをあらわにした思念を、アルビレオへと送ったのだ。

 

 

『先ほども言ったとおり、”原作通り”に事を進めるならば、ネギ君がこの夏に魔法世界へ行かせなくてはなりません』

 

『……だが、それはあまりにも危険だ……!』

 

 

 何故、その問いにアルビレオは答えた。それはやはり、先ほどと同じように、原作通りに進めるならば、というものだった。しかし、それはかなり危険なことであり、ほとんど賭けのようなものだ。最悪の場合、ネギが魔法世界で殺されてしまう可能性だって存在するのだ。メトゥーナトはその最悪な状況を考え、さらにヒートアップしていった。

 

 

『わかっていますよ。ですが、”転生者たち”が原作通りに事を進めようと、乱暴な行動に出る可能性もあります』

 

『それもわかっている、だが……』

 

 

 だが、アルビレオとて危険は承知だ。それでもなお、ネギを魔法世界に行かなければならない理由が別にあった。それは”原作遵守”に必死な転生者が、原作通りにならなかった時、凶行に走る可能性があるというものだった。

 

 そうなれば、ネギも無事では済まされない。その時点ですでに、ネギが危険に晒されるだろう。それをアルビレオはメトゥーナトへ説明すると、メトゥーナトもそのことについては考えていたようだ。

 

 

『……正直述べますと、最悪この麻帆良が戦場になる可能性も否定出来ません……』

 

『だからと言ってネギ少年を魔法世界に行かせるというのか……! ここが安全なら他はどうなっても良いと言う訳でもあるまい……』

 

 

 さらに、ネギを襲ってきたものたちが、この麻帆良で戦えばどうなるだろうか。この麻帆良にも転生者は多く存在する。その彼らと襲ってきたものたちが戦闘になれば、ビフォアが起こした戦いよりも、さらに悲惨なことになるのではないかと、アルビレオは思っていた。

 

 それでも、それでもネギを魔法世界に行かせるのには、かなりリスクがある。また、それでは麻帆良が無事ならば、ネギや魔法世界を生贄にしてもよいと言うような考え方も出来てしまう。メトゥーナトはそのことを考え、多少荒い感じで念話を送っていた。

 

 

『私もそれは悩みました……。ただ、あなたたちは皇帝の命により、アルカディアへと戻ることになっていたはず……』

 

 

 しかし、アルビレオとてそのぐらい考えない男ではない。麻帆良が無事なら他はどうでもいいはずがないのだ。だが、メトゥーナトたちはこの夏に麻帆良を撤収し、アルカディア帝国へ帰らねばならない。そうなった場合、麻帆良を守ることは不可能になるだろう。

 

 

『それならばいっそう、魔法世界へ行ってもらった方が、まだ対処しやすいのではないかと思いましてね』

 

『……うーむ……』

 

 

 メトゥーナトたちがアルカディア帝国へ戻るならば、そのアルカディア帝国のある魔法世界へ行ってもらった方が、まだ対処しやすいだろうとアルビレオは考えた。確かにサポートは難しいだろうが、ネギを近い位置で見守ることが可能なはずだと。アルビレオはそのあたりを踏まえて、ネギを魔法世界へと行かせようとしたようだ。

 

 メトゥーナトも、そう説明されたのであれば、仕方ないかと思い始めていた。確かにネギが魔法世界へ行かず、この麻帆良にとどまった場合、そう言った転生者が現れる可能性もある。その時、自分たちは麻帆良には居ない。そうなったら、麻帆良を守ることなど出来なくなってしまうだろう。

 

 あの覇王も夏休みになれば、転生者を倒すために魔法世界へと行くことになるはずだ。そんながら空きに近い麻帆良に転生者たちがいっせいにやってくれば、最悪火の海となってしまう可能性があった。

 

 ただ、これは最悪の中の最悪を想定したものであり、実際起こるかはわからない。それでもなお、最悪を想定した行動をしなければならないがゆえに、メトゥーナトも悩むのだった。

 

 それに、事の始まりからすでに、皇帝の指示は”原作通り”に行うこと。そのためならば、ネギを魔法世界へ行かせなければならないのは当然なのだ。そう、メトゥーナトもそうしなければならない、そうせざるを得ないことは、重々承知なのである。

 

 

「まあ、来史渡、それを決めるのは我々ではなく彼です。暖かく見守るのも悪くはないのでは?」

 

「お前と言うヤツは……」

 

 

 そして、それを決めるのは自分たちではない、ネギであると言葉にするアルビレオ。メトゥーナトも今の説明を聞くに、そこのアルビレオがネギや麻帆良、魔法世界を守ろうと考え抜いて出した結論なのだろうと考えたようだ。そう考えながらも、やはりこの男は胡散臭いと思い、吐いた言葉を震わせていた。

 

 

「……魔法世界に行けば、父さんのことが本当にわかるんですか……?」

 

「はい、もちろんですよ」

 

「そうですか……」

 

 

 ネギは魔法世界に行けば、父であるナギの詳しいことがわかるのだろうかと考えていた。それだけではなく、ナギがどこに居るのかわかるかもしれない。それで再び、本当にそれらがわかるかをアルビレオに尋ねた。アルビレオはそんなネギに、笑みでそれを肯定した。ネギはそれを聞き、再び右手の指を顎に当てて、深く悩む様子を見せたのだ。

 

 

「決めました、僕は魔法世界に行きます」

 

「えっ!?」

 

 

 数秒間悩んだ末、ネギは魔法世界に行って見ようと考えた。何があるあはわからないが、少し興味が湧いたようだ。その決意を聞いたアスナが、急にネギの方をむいて驚きの声を上げていた。

 

 

「なしてアスナが驚くん?」

 

「いや、何でも……」

 

「変なアスナやなー」

 

 

 突如変な声を出して驚いたアスナに、木乃香はどうしたのかと聞いていた。どうしてアスナが驚いたのかわからなかったようだ。アスナは魔法世界のことを知っているがゆえに、ネギのその判断に驚いたのだ。ただ、それを話せば長くなるので、あえて黙っておくことにした。そんなアスナを木乃香は変だと思いつつ、なら気にする必要はないと思ったようだ。

 

 

「でも、今すぐって訳ではありませんが……」

 

「卒業、早くとも夏休みと言った具合でしょうか」

 

「そうですね」

 

 

 とはいえ、すぐに魔法世界なんぞに行ける筈もない。まだまだ仕事が残っているのだ。ならば卒業式の後か、最も早くて夏休みにでも行けばよいのではないかと話すアルビレオ。その話を聞き、それがいいとばかりにネギは返事をしていた。

 

 

「ねぇちょっと、止めなくていいの……?」

 

「……ヤツにはヤツなりの考えがあるようだ……」

 

「その考えが胡散臭すぎるんだけど……」

 

 

 ネギとアルビレオが会話する中、アスナはメトゥーナトの裾を引っ張り、ネギを止めなくてもいいのかと話し出した。魔法世界は確かに物騒なところもある。そう言った場所に行かなければ大丈夫かもしれないが、やはりネギが行くとなれば心配になるのだ。

 

 ただ、メトゥーナトはそこで腕を組んで考えた。あのアルビレオの説明は、確かに間違ったものではなかった。それでもやはり、ネギを魔法世界に行かせるのはかなり危険だとも考えていた。ただ、それだけではないことを、悩みながらアスナへと話した。

 

 それでもアスナはアルビレオの考えが胡散臭いと思っていた。あのヘンタイは何を考えているかなど、わかったものではない。ネギの為にそうしているのであるにせよ、100%信用出来ないと思っているのだ。そこへ第三者がアスナへと話しかけてきた。それはあのエヴァンジェリンだった。

 

 

「確かに魔法世界へ行くのに、今の少年の実力では心配になるのもわかるがな」

 

「でしょう?」

 

「何、ならば心配にならない程度に、鍛えてやればいいだけのことだ」

 

「は?」

 

 

 今のネギでは到底魔法世界に行くなど厳しいだろう。ある程度自分の身を守れる程度には、強くなっていなければならん。そうエヴァンジェリンはアスナへと話しかけた。アスナも少し話の焦点がずれている気がしたが、そのことを肯定した。二人は今のネギがどの程度なのかは、まほら武道会を見てわかっていた。確かにある程度戦える、が、ある程度でしかないのだ。

 

 だったらさらに強くすれば良い。エヴァンジェリンは単純なことだと、ニヤリと笑って言い出した。それを聞いたアスナは聞き間違えたのかと言うような、口をあけたままのマヌケな表情で数秒間動けなくなっていた。

 

 

「貴様らのことは私が預かる事になった! 心して修行に励ませてやるぞ!」

 

「どういうこと!?」

 

 

 そんなアスナに畳み掛けるように、エヴァンジェリンは口を開いた。アスナたちのことは自分が預かったと、修行させてやると言い出したのだ。流石にアスナも一体どういうことなのかと、理解が追いつかないでいた。なので、どうしてそうなったと叫んでいたのである。

 

 

「もうすぐ来史渡どもはここを離れるからな。その間は私が面倒を見ることになったんだよ」

 

「そうだったの?!」

 

 

 先ほどのメトゥーナトとアルビレオの念話にも出てきたように、メトゥーナトやギガントはもうすぐこの麻帆良から離れ、帝国へと戻ることになっている。だからメトゥーナトがエヴァンジェリンに、アスナたちのことを頼んでいたのだ。そのことを初めて耳にしたアスナは、盛大に驚いていた。まさか知らないうちにそんなことになっているとは、思ってなかったのだ。

 

 

「後で言おうと思っていたのだが、もうすぐ皇帝陛下の下で新たな任務を行なわなければならない」

 

「そうなんだ……。と言うことはギガントさんも?」

 

「そうだ、だからとりあえずマクダウェルに君たちの事を頼んである」

 

「えっ? お師匠さまもどこかへ行ってしまうんですか……?」

 

 

 そこへメトゥーナトが、少し申し訳なさそうに、アスナへと説明を始めた。もうすぐ新しい任務が始まり、皇帝の下へと戻って働かなくてはならないと。

 

 アスナはその説明を素直に聞き入れ、それならメトゥーナトの同僚たるギガントもではないかと思い、それを尋ねた。するとその通りと言う答えがすぐさま返ってきた。ゆえに、エヴァンジェリンに頼んだと、メトゥーナトは静かに話した。また、ギガントも居なくなるということに、ネギが反応を見せていた。師であるギガントが居なくなるのは、多少寂しいと思ったからだ。

 

 

「そういうことだ。それに今よりも、もっと強くなりたいそうじゃないか。少し鍛えてやろうと思ってな」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「まあ、そういうワケなら……」

 

 

 メトゥーナトが説明を終えたところで、エヴァンジェリンが二人へ話しかけた。もっと強くなりたい、そう言葉にしていただろう。ならば、自ら鍛えてやると、少し偉そうな態度で言葉にしていた。ネギはそんなエヴァンジェリンにも、丁寧に頭を下げてむしろ自分かも頼むような様子を見せていた。アスナもメトゥーナトが頼んだならばと、頬を指でかいてそのことを受け入れた様子だった。

 

 

「そうそう、ネギ君は私の弟子でもあるので、変なことは教えないように」

 

「ほう、貴様も少年の師をしていたとはな。これは思ったよりも楽しめそうだ」

 

「本当にエヴァンジェリンは教えることが好きなんですね」

 

 

 そこへアルビレオがエヴァンジェリンへ、ネギについて話し出した。ネギはアルビレオから重力魔法の師事を受けていた。ゆえに、アルビレオにとってもネギは弟子同然なのだ。そんなネギに変なことを教えるなと、にこやかにエヴァンジェリンへと伝えていたのである。

 

 ただ、その言葉でさらに熱意を燃やすエヴァンジェリン。あのギガントから魔法を教えられ、さらにはこのアルビレオからも魔法の修練を受けている。これほどの逸材はなかないないと、楽しみだと思ったのである。その考えが表情に表れたのか、いつも以上に口元がつりあがっており、本当に楽しみにしていることが伺えた。

 

 いやはや、そんなに楽しみなのかと、アルビレオは思った。アルビレオもエヴァンジェリンのことはある程度知っているので、楽しそうにする彼女を見て教えることが好きなのだなと、嬉しそうに話しかけていた。

 

 

「当たり前だ。これでも()()()()()名誉教授なんだからな」

 

「小さい教授さんですね。そう言う立場だからこそ、いじり甲斐があると言うものです」

 

「貴様は本当にまったく……!」

 

 

 エヴァンジェリンは昔から、多数の人々に魔法を教えてきた。それが癖になっているのか、人に魔法を教えることに喜びを感じるようになっていたのだ。さらには魔法世界のアリアドネーにて、名誉教授まで授かった身だ。魔法を教えることも、趣味であり仕事だったのである。

 

 そんな笑いながらにワクワクするエヴァンジェリンを見て、ほっこりするアルビレオ。こんな小さい見た目で教授と言うギャップに萌えている様子だった。また、だからこそいじって楽しみたくなると、変態的な意見を言い出した。

 

 いや、何それ怖い。エヴァンジェリンはそれを聞いて少し頭にきたが、それ以上に呆れを感じていた。まったくコイツはいつもぶれないと、もはや諦めているのである。

 

 

「……()()()に戻るの?」

 

「今すぐではない。アスナが夏休みになる頃に帰還命令を受けている」

 

 

 そんな漫才を繰り広げる二人を他所に、アスナはメトゥーナトへ先ほどの話を尋ねていた。魔法世界、そこにあるアルカディア帝国に戻るのかと言うことだ。メトゥーナトはその問いに、静かに答えた。戻りはするが今すぐではない、ちょうど夏休みが始まるぐらいに帰るということをアスナへ答えた。

 

 

「そう、私はどうすればいい?」

 

「……どうしたものかと悩んでいるところだ……」

 

「……何かあったの?」

 

 

 ならば、自分はどうすればよいのか。一緒に戻った方がよいのだろうか。アスナは今度、それが気になった。再びメトゥーナトへそれを質問すると、メトゥーナトは腕を組んで目を瞑り、深く悩んだ様子を見せた。アスナはそのメトゥーナトの姿を見て、どうしたのだろうかと不思議に思ったようだ。

 

 ――――――なぜなら、どうしてもアスナも魔法世界へ行く必要があるからだ。ネギが”原作通り”魔法世界へ行くのならば、アスナが居なければならないからだ。さらに言えば、アスナは他のメンバーよりも、重要人物として扱われているからだ。そうなれば、魔法世界へ連れて行くとしても、アルカディア帝国へと連れ帰る訳にはいかない。ネギとともに魔法世界へ行って貰わなければならないのだ。

 

 ああ、それでもメトゥーナトは必死に悩む。本当にそれでいいのだろうかと。それは親代わりとして最低な行為だとわかった上で、そうさせなければならない自分に反吐が出ると。非常に心苦しいことだが、それでもそうさせなければならない、それが皇帝の命ならばと……。

 

 

「……正直に話そう。これはわたしの義務であり、皇帝陛下のご意思でもあるからだ……」

 

「急に深刻になってどうしたの……? えっ、これって……」

 

 

 メトゥーナトは決意し、全てをアスナへ話すことにした。本当はこんなことを話したくは無い。魔法世界に行かせたくはない。それでも、そうせざるを得ないのだ。そんな突然重苦しく口を開くメトゥーナトに、アスナも少し驚いていた。一体どうしたんだろうかと。

 

 すると、メトゥーナトは他者に会話を聞かれぬよう、強力な認識阻害を自分とアスナの周囲に張ったのだ。それを見たアスナは先ほど以上に驚き、本当に何を話すつもりなのだろかと、少し不安になったのだ。

 

 

「……アスナ、君にはネギ少年と一緒に、魔法世界へと行って貰うことになるだろう……」

 

「……どうして……?」

 

 

 そこで、メトゥーナトは静かに、いい辛そうに言葉を出した。ネギと一緒に魔法世界へと行って貰うということを。そこでアスナは、何で自分も行かなければならないのかわからなかった。何せ狙われている存在である自分が魔法世界へ行くというのは、それだけでも危険が伴うからだ。さらに、そこにネギが居るならば、巻き込みかねないと思ったからだ。

 

 

「本当はネギ少年にも魔法世界へ行ってほしくはない……」

 

「私だってそうよ」

 

 

 ただ、メトゥーナトの意見はやはり、ネギに魔法世界へ行ってほしくはないというものだった。魔法世界は荒れることが予想されている。いや、きっと荒れるに違いないだろう。そんな場所へと行かせるなど、普通はさせたくないものだ。アスナもそれは同じ気持ちで、メトゥーナトの言葉を肯定していた。

 

 

「だが、やはりそうしなければならぬ事情が出来てしまった……」

 

「……事情?」

 

 

 それでもネギを魔法世界へ行かせる必要はある。皇帝の計画通りに進めるならば、どうしても”原作通り”にしなければならないからだ。小さな違いはあれど、ネギが魔法世界へ必ず行かなければならない。すでに原作とは異なる道を進み、別のものとなっている。だが、それを知らぬ転生者たちが、危険な行動を起こす可能性があるからだ。

 

 

「今さっき、アルビレオと念話しながら話したのだが、やはりネギ少年には魔法世界へ行ってもらう必要があるかもしれん……」

 

「……あのヘンタイも色々考えてたってワケね……」

 

 

 それを先ほどアルビレオと話し合い、ネギには魔法世界へ赴いてもらうしかないだろう。まだ結論としてハッキリ出した訳ではないが、そうなる方が確率的に高いとメトゥーナトは考えていた。アスナもその話に、あのアルビレオも考えがあって、あんなことを言ったのだと、しっかりと認識したようだ。

 

 

「……まだ結論は出してはいないが、多分ネギ少年は、この夏に魔法世界へ行くだろう」

 

「その時に、私も一緒に魔法世界へ……?」

 

「……そうなる……」

 

 

 さらに、ネギは魔法世界へ行くと言葉にしていた。ならば、必ず魔法世界へ行くだろう。それがいつになるかはわからないが、やはり夏休み後半になるともメトゥーナトは予想していた。それを聞いたアスナは、その時にネギとともに魔法世界へ行く必要があるのだろうと察し、それをゆっくり言葉にしていた。そのアスナの意見を、メトゥーナトは残念そうに肯定した。

 

 

「……わたしも本当は、君を魔法世界に行かせたくはない……。それでも、皇帝陛下の計画には、それが必要なのだ……」

 

「……詳しいことはわからないけど、”大人の都合”ってやつ……?」

 

 

 それでもアスナにも魔法世界など行かせたくなどない。親代わりとしてきたメトゥーナトは、やはりアスナの安全が一番だからだ。だが、メトゥーナトはそれ以上に皇帝の部下。皇帝の計画を遂行するには、どうしてもそれが必要なのだ。そのことを、辛そうに語るメトゥーナトへ、アスナはいつもの大人の都合だと口にしたのだ。

 

 

「そうだ……」

 

「……そっか……」

 

 

 そう、またしても大人の都合、大人の我侭というやつだ。メトゥーナトはそう考え、そうだと一言もらした。アスナはそれを聞き、小さく息を吐き、一言だけそう述べた。

 

 

「……なら、しょうがないわね……!」

 

「……すまない……」

 

「っ……別にそんな謝る必要なんかないわよ!」

 

「しかし、またアスナを大人の我侭に付き合わせてしまった……」

 

 

 なんだ、いつもの大人の都合か。アスナは素直にそう思った。なら、いつも通りでいいではないか、アスナはそう考え、少しずつ元気を出していった。そして、静かに頭を下げ、謝るメトゥーナトを安心させるように、元気を出してもらうように、不安のない笑みの表情で、謝らなくても良いと答えたのだ。それでもメトゥーナトは申し訳ないと言う表情で、アスナを見ていた。大人の都合でまたしても、アスナを振り回すことに強い罪悪感を感じているからだ。

 

 

「別に、それは今始まったことじゃないでしょ?」

 

「そうだが……」

 

「それに、私は昔よりずーっと強くなってるワケだし、きっと大丈夫よ!」

 

「アスナ……」

 

 

 しかし、そんなことなど昔からやってきたことだ。この麻帆良で小学校に通うのも、その”大人の都合”というものだったはずだからだ。ならば、いまさら気にすることなんて何一つない。それに、昔ならいざ知らず、今の自分は強くなった。確かにビフォアに負けてしまったが、それでもそれは実感出来るものだった。

 

 なんという強気の姿勢だろうか。メトゥーナトはそんなアスナを見て、虚勢や空元気ではなく、本当に自信があるということを理解した。あんなに幼かった娘が、大きく逞しくなったことを実感していた。

 

 

「さらにエヴァちゃんが修行させてくれるんでしょ? それなら絶対に大丈夫だから!」

 

 

 それに、これからはエヴァンジェリンが鍛えてくれるそうではないか。それならもっと強くなれる自信があった。もっと強くなれば、魔法世界でもへこたれることなんてないだろう。無事に戻ってこれるだろうと、そう考えアスナは強く言葉にしていた。

 

 

「だから、心配なんかいらないでしょ!?」

 

「……そうだな」

 

「そうよ! だから元気だして、パパ!」

 

「……そうだな! そうするとしよう」

 

 

 だったら何を心配する必要がある。アスナはそう自信満々で言い放った。表情は明るく笑顔で、むしろメトゥーナトを励まし安心させるような表情だった。メトゥーナトもそうまで言うならばと、少しだけだが元気を出した。心配するべきアスナに、自分が逆に励まされている。そう思ったメトゥーナトは、ようやく普段通りの気分を取り戻したのだった。

 

 ならばもう、この話は終わりで大丈夫だろう。メトゥーナトはそう考え、認識阻害を解いた。すると、この二人の話がまとまり終わったところへ、珍客が現れたのだ。

 

 

「な、なんだここは……」

 

「……ん? あれは確か千雨ちゃん? それと茶々丸さん?」

 

「どうしてここに……?」

 

「ホンマやなー」

 

 

 その珍客は千雨だった。千雨がこんなところに来ると言うのは、明らかにおかしいことだ。誰もがそう感じていた。また、それ以外にもエヴァンジェリンの従者である、あの茶々丸も一緒に現れた。と言うよりも、むしろ茶々丸が千雨をつれてきた感じだった。

 

 アスナはその二人に気がつき、何であそこに居るのだろうかと名前を口にしていた。その名を聞いた刹那と木乃香も、なんでだろー、と思ったようで首をかしげていた。

 

 

「な、なんでテメーらが居るんだ……!?」

 

「それはこっちのセリフなんだけど……」

 

 

 千雨はアスナたちを発見するや否や、驚きの叫びを上げていた。何でこいつらがここに居るんだと、そんな話など聞いてないと思ったからだ。だが、むしろ千雨こそが珍客と思うアスナは、それはこっちのセリフだと静かに言った。

 

 

「気にするな、ソイツは私が呼んだ客だ」

 

「えっ!?」

 

「マスター、千雨さんをお連れしました」

 

「ご苦労」

 

 

 すると後ろからエヴァンジェリンが話しかけてきた。それは千雨を呼んだのは自分だと言うことだった。アスナはそれにも驚いた。一体どんな接点があって、千雨を呼んだというのかとさらなる疑問が浮かんだからだ。

 

 そんなアスナの近くで、エヴァンジェリンへと静かに一礼をしながら、千雨を呼んできたと語る茶々丸。その茶々丸にエヴァンジェリンは、一言ねぎらいの言葉をかけるのだった。

 

 

「一体どういうこと?」

 

「そこの長谷川千雨に魔法を教えてやろうと思ってな」

 

「えぇ? 何でそうなるワケ!?」

 

 

 一体何がどうなってるのか、アスナは少し混乱していた。ゆえにそれをエヴァンジェリンへ追求した。するとさらに驚きの答えが返ってきたではないか。なんということか、エヴァンジェリンがじきじきに、この千雨に魔法を教えると言い出したのだ。なんで? どうして? 意味がわからんと、アスナは大きな声を上げていた。

 

 

「あの時の話ですか?」

 

「そうだ。で、ようやく結論が出たようだな」

 

「ああ……。私はアンタに魔法を教えてもらいたい……。いや、是非教えてほしい!」

 

 

 ただ、ネギはなんとなく理解していた。なぜなら麻帆良祭二日目で、魔法を千雨に追求された時、エヴァンジェリンが現れそう言う話をしていたからだ。そこでエヴァンジェリンは千雨に、ようやく決意が固まったかと、嬉しそうに口にしていた。そして、千雨はエヴァンジェリンの前へやってきて、頭を下げて魔法の教えを乞うたのである。

 

 

「フフフ、そう言ってくると信じていたよ。任せておけ」

 

「本当か!?」

 

「当たり前だ」

 

 

 やはりそう来ると思っていた。エヴァンジェリンはまるで最初からこうなることを知っていたかのように話し出した。また、小さく笑いつつ任せておけと、千雨の願いを聞き入れたのだ。

 

 いや、言い出したのはエヴァンジェリンなので、その頼みを聞くのは当然のことであった。千雨はぱっと顔を上げ、驚きの表情でエヴァンジェリンを見た。そこには不敵に微笑んだ、美しい少女の顔があったのだった。

 

 

「一体どうなってんのかさっぱりなんだけど……」

 

「私もです」

 

「ネギ君は何か知ってそーやったけど、どーなん?」

 

 

 いやはや、一体なんのこっちゃ。アスナはその二人のやり取りを見て、ますます意味がわからなくなっていた。隣に居た刹那も、やはり理解できない様子を見せていた。木乃香は少し悩ましくしているネギを見て、彼なら何か知っているのかもしれないと思い、ネギへと質問した。

 

 

「いえ、この前の祭りの武道会で千雨さんに魔法がバレてしまいまして、それで……」

 

「あー、確かに派手だったしねぇ……」

 

「なんだかそれには、私も責任を感じざるを得ませんね……」

 

 

 ネギは木乃香に聞かれ、麻帆良二日目での出来事を素直に話し始めた。あの武道会にて、千雨が魔法を察してしまったと言うことだ。それを聞いたアスナは、ほんの少し自分たちも悪かったのではと思いながら、確かに派手だったとぬけぬけと言って見せた。刹那もそれは自分にも責任があると思い、少し反省するかのようにしんみりした態度を見せたのである。

 

 

「ならば、とりあえず学園長のジジイに話をつけてこんとな」

 

「今からですか?」

 

「こう言うのは早いほうがいい。それに、他の連中も似たようなことをしているはずだからな」

 

「……ふむ、そういえばギガントも、確か近右衛門殿と話があるようなことを言っていたな……」

 

 

 だったら膳は急げというやつだ。そう思ったエヴァンジェリンは、ならば学園長に話をつけてこようと、その席を立ち上がった。アルビレオはそれを見て、いささか急すぎではないかと思い、そのことを言葉にしていた。エヴァンジェリンはその言葉に答え、また、他にも自分のように話し合いをしているものがいるだろうと話した。

 

 それを聞いたメトゥーナトは、なにやら思い出したように口を開いた。同僚であるギガントも、何かの用事で学園長と話しをしている。そのことをふと、今のエヴァンジェリンの話で思い出したのだ。

 

 また、メトゥーナトは一般人である千雨という少女に、魔法を教えるのはどうなんだろうかと考えていた。まあ、それでもあのエヴァンジェリンが率先して魔法を教えるからには、何か考えがあるのだろうと思い、あえてそのことには口を出さなかったのである。

 

 

「少し席をはずすが、まあ楽しんでいてくれ」

 

「新しい紅茶を入れてお待ちしていますよ、エヴァンジェリン」

 

「それはありがたいな。では」

 

 

 という訳で、早速行って来ると、エヴァンジェリンは断りを述べた。それなら新しい紅茶を用意しておこうと、アルビレオも再び歓迎することを伝えたのだ。エヴァンジェリンはそれは嬉しいことだと思いそれを言葉にした後、そそくさと影の転移魔法にてこの場を去ったのである。

 

 

「どっか行っちゃった……」

 

「とりあえず、我々だけで楽しみましょう」

 

「そーなや! あっ、このお菓子おいしー!」

 

「いいなー、私も食べて見たいですー!」

 

 

 消えたエヴァンジェリン、その座っていた椅子の方をアスナは眺め、途方にくれた様子を見せていた。あまり説明がなされず謎を残したまま消えてしまったので、アスナはやはり何がなんだかわからなかったようである。

 

 刹那はこうしていても仕方がないと考え、とりあえずお茶会を楽しむことにしようと提案した。それを喜んで賛成し、お菓子をつまむ木乃香と、横でそれを羨むさよが楽しそうにしていたのだった。

 

 

「お、おい、これは放置プレイってヤツか!?」

 

「マスターならすぐに戻ってきますので、待っていればよいかと」

 

「それ本当だろうなー!?」

 

 

 また、エヴァンジェリンが消えたことに途方にくれるものがもう一人。それはやはり千雨だった。というか、勝手に呼んでおいて勝手に消えるやつがいるかと、千雨は思ったようだ。だから多少頭に来た様子を見せながら、放置されたと叫んでいた。

 

 そんな千雨の近くへやってきて、抑えるようになだめる茶々丸。エヴァンジェリンがすぐに戻ると言ったのだから、それを信じて待てばいいと、千雨へと語りかけていた。しかし、それを本当に信じてよいのかと、悩ましく思う千雨だった。

 

 


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