義妹もいいけど、もうちょっと実妹の出番が増えて欲しいなんて思う今日この頃。
「ふわあ……」
大きなあくびをしながら、士道は歩き慣れた街の歩道の上で立ち止まる。
〈ラタトスク〉の一員としての初仕事を終えた昨日は、深夜にわたるまで映像を見ながらの反省会を一同で行っていたため、若干寝不足気味である。
「今日授業がないのは正直助かったな」
十香との対話は、士道の体力を想像以上に削っていた。この状態で授業を行っていたら、集中力を保てなかったかもしれない。
今日は平日なので、本来なら学校があるはずだった。が、来禅高校の校舎は昨日の戦闘の影響で無残にも破壊されてしまっており、早朝に休校情報が生徒と教職員一同に送られていたのである。
というわけで、士道はリフレッシュがてら本屋の前まで来ている。服装もジーンズにパーカーという比較的ラフなもので、完全な休日スタイルだ。
国語教師として普段から文字に親しんでおくのは義務みたいなものであるし、ついでに妹には見せられないようなムフフな雑誌を吟味するのもありだと考えた次第である。
「こっそり持ち帰らないとな」
めざとい琴里の目をかいくぐる方法を思い描きながら、自動ドアをくぐって中に入る。
「おお、シドー! やっと来たか」
「………」
入口付近に立っている人物を見た瞬間、士道は思わずまばたきを繰り返してしまった。
続いて目蓋をこすってみるも、やはり見える景色に違いはない。
「待ちくたびれたぞ。もう少しで針千本を調達しにかかるところだった」
「十香……? なんで、ここに」
「シドーが言ったのではないか。建物の中に入れと」
昨日出会って言葉を交わした精霊・十香は、確かにそこに存在していた。むすっとした顔で、士道のもとへ歩み寄ってくる。
空間震警報は出ていない。ゆえに、誰ひとりとして避難している人間はいない。開店からそう時間の経っていない本屋の中にも、少なくはあるが人がいる。
つまり、精霊の出現時に発生するはずの空間震が起きていない。〈ラタトスク〉もASTも、彼女が今ここにいることを把握していないことになる。
「どうした。黙り込んで」
「ああ、いやなんでもない。そうだな、俺が言ったんだもんな。遅れてすまなかった」
「わかればいい」
満足げにうなずく十香。そんな彼女を、横を通り過ぎる客が不思議そうに眺めていた。
そこでようやく、士道は彼女の格好が目立ちすぎることに思い至った。
「とりあえず、場所変えてもいいか。外に出よう」
「ん? 外に出てもかまわないのか」
「ああ。今日は大丈夫だ」
十香を連れて、本屋から人気のない路地まで移動する。
「昨日は、あの後どうなったんだ」
「いつもと同じだ。適当にあいつらをあしらっているうちに、私の身が消えて終わった」
「身が消える? それは、君の意思と関係なくってことか」
「そうだ」
琴里から精霊が異世界の存在であることは聞かされていた士道だが、姿を消すのが自己の意思でないというのは初耳だった。
「この世界ではない空間にいる間、私は休眠状態に入る。そして意思と関係なくこちらの世界に現れ、意思と関係なく消える」
想定していなかった内容の発言に、士道の思考は若干混乱してしまう。
十香の言葉が本当なら、彼女が空間震を引き起こすことには故意も過失も一切ない。にもかかわらず命を狙われるのは、やはり認められるような事態ではない。もちろん、AST側の事情が理解できないわけではないのだが。
「……今日は、人間の世界について教えようと思う。いろいろ楽しみながらな」
「人間の世界、か」
「気づいてたと思うけど、人の数が多いだろう? 今日はみんな地下に行っていないんだ」
「なんと、そうなのか。はっ、まさか人間総出で私を始末しようと!?」
「そんな物騒な話じゃないって。昨日も言ったろ? 君を襲おうとする人間はほんの一部だって」
「ぬ……そういえばそうだった」
ぽりぽりと頬をかく十香。この様子だと、先ほどの本屋でおとなしく待ってくれていたのは運がよかったのかもしれないと士道は思う。
「じゃあ、早速街に出ようと思うんだが……その前に、十香の服装をなんとかしないとな」
「服装? このままでは駄目なのか」
「目立ちすぎるんだよ。さっきもジロジロ見られてただろう?」
「あれは私の格好のせいだったのか。では、どんな服ならよいのだ」
そうだな、と腕を組む士道。
ちょうどその時、歩道を通る来禅高校の制服姿の女子が視界に入って来た。休校情報をうっかり聞き逃して登校してしまい、帰るついでに街をうろついているといったところだろうか。
「ああいう服ならいいのか」
「だな。でも追いはぎするわけにはいかないし、ここは俺の財布のひもを解き放つことにしよう」
近くのデパートにでも寄って、手早く女性物の服を買ってくればいい。別に制服である必要はないのだから――
「おい、シドー。これでかまわないか」
「へ?」
声をかけられたので横を向いて……士道はそこで絶句した。
いつの間にか、十香の服装が学生服に変わっていたのである。
「さっきの女から奪おうとも思ったが、お前が追いはぎは駄目だと言うから自前で用意したぞ」
「自前って、どうやって」
「霊装を解除して、先ほど見た服を再現してみただけだ。そう難しいことではない」
「す、すごいな……」
さすが精霊、と素直に感心する士道。
「しかし、少し胸がきついな……」
「………」
激しく自己主張する双子山から目を離し、ぶんぶんと首を振る。
沸き立つ邪念を抑え込み、彼は十香に優しく笑いかけた。
「行こうか」
彼女の歩幅に合わせることを意識して、ゆっくりと歩き出す。
「うむ」
隣に女の子を連れて歩くのは、何も今回が初めてではない。碌に成就したためしがなくとも、これまで重ねてきたデートの経験は確かに士道の中にあるのだ。
それを活かして、十香に満足してもらえるよう頑張るしかない。
「っと、そうだ」
歩きながら携帯電話を取り出し、メール送信画面を開く士道。十香と一緒にいることを、琴里に知らせておく必要がある。
十香の目の前で通話を始めると怪しまれる可能性があるので、メールで妥協することにしたのだ。
内容は、現在十香と行動していることと、これから商店街に向かうこと。
「送信完了」
「先ほどから何をしているのだ」
「ああ、ゲームだよ。やってみるか?」
「ゲェム? なんだそれは」
十香に画面をのぞきこまれる前にゲームアプリを起動し、うまくごまかすことに成功。
「これはテトリスっていうんだけどな。やり方は――」
*
同時刻。
食料の買い出しに出かけていた鳶一折紙は、今現在自らの視界に映るものに対して驚愕を禁じ得なかった。
街路を歩く男性についてはよく知っている。折紙のクラスの担任教師で、彼女にとって大切な人である五河士道。
そして、彼の隣を歩く女性についても、折紙はよく知っていた。
「なぜ、精霊が」
普通に考えればありえない。
空間震もなしに精霊が現れ、あまつさえ人間と仲良く歩いているなど。
だが、これまで何度も〈プリンセス〉と刃を交えてきた折紙が、敵の顔を見間違うはずもなかった。
「………」
早急に確かめる必要がある。
あの少女が〈プリンセス〉本人なのか、それとも他人の空似にすぎないのか。
もし本物なら、その時は――
*
商店街に到着した士道達は、十香が興味を示した店を中心に様々なところをまわり始めた。
「おいしいか? きなこパン」
「うまい、うまいぞシドー! このきなこという物、恐ろしいほどの美味だ……!」
「そうか、それはよかった」
精霊は食事をするのかどうか、何気に気になっていた士道だが、十香が自らパン屋から漂うパンの香りに誘われたことでその疑問も解決した。おいしそうにきなこパンを頬張っている姿を見ていると、味覚も人間と大差ないと感じられる。
「む、あっちからもいい匂いがするぞ。気になるな」
「……というか、むしろ並みの人間より食欲旺盛だな。これは」
見た目にそぐわず大食いだ、という感想を抱きながらも、足取り軽く向かいのカフェに進んでいく十香を微笑ましく思う士道。
「何をしているシドー。早く来い!」
「仰せのままに、お姫様」
一度言ってみたかったキザなセリフを口にしつつ、彼女のあとを追って店内に入った。
2人用の席に案内され、それぞれメニューを見て注文を決める。
「頼んだものが来るまでちょっと待たなきゃいけないんだけど、大丈夫か?」
「問題ない。……そうだシドー、時間が余るならテトリスがやりたいぞ」
「いいけど、うまくできないからってさっきみたいに握りつぶそうとするのはやめてくれよ」
「あ、あれは少し熱中しすぎただけだ。そんなくだらない理由で士道の私物を壊したりはしない」
「なら、いいんだけどな」
それから食事が運ばれてくるまで十香のテトリスを応援し、注文したものが来てからはおしゃべりしながら料理を味わった。
「そろそろ出るか」
伝票を持って立ち上がり、士道は会計を済ませようとレジへ向かう。十香が非常によく食べるため、給料日前の財布にはちょっとばかし厳しいダメージが与えられてしまった。が、必要経費だと割り切るしかない。
「……はい、ありがとうございます」
ついでに今は、財布の中身よりも目の前の店員にやたら見覚えがあることの方が気になっていた。
「えっと」
目にできた大きな隈とこの豊満な胸は間違いなく令音である。なぜこんなところに、と一瞬焦る士道だが、ひょっとしてメールを受け取った琴里がサポートのためによこしたのではないかという考えにたどり着いた。
「………」
その予想は正しかったようで、受け取ったレシートには自然なデートを続けるようにとのお達しが。
「これ、デートなのか」
今さらながらそんな疑問を抱く士道。そんな彼に、店員に扮した令音は商店街の福引き券を渡してきた。
「十香。次に行くところが決まったぞ」
「おお、どこだ?」
「福引きだ。来ればどんなものかわかるよ」
令音に小さく礼をしてから、士道は十香を連れてカフェを出た。
「ん?」
「お?」
「あれ?」
外に出た途端、見慣れた3人組と出くわした。
亜衣、麻衣、美衣のかしましトリオ(士道命名)だ。
「五河先生……隣の子、うちの制服着てるけど」
「まさか、ついに教え子に手を出した!?」
「マジ引くわー」
士道の横に立つ十香を見て、とんでもない勘違いをする彼女達。
「馬鹿、違うぞ。この子とはそういう関係じゃないし、教え子でもないし」
「うちの生徒じゃないのに制服着せてるの?」
「コスプレプレイかコラ」
「もう引くってレベルじゃないんだけど」
「いや、だからそうじゃなくて……ああもう、説明するのが面倒くさい!」
逃げるが勝ちと判断した士道は、十香の手を取って走り出す。
「し、シドー!? いきなりどうしたのだ」
「いいから、ちょっとだけ付き合ってくれ!」
福引きの行われている場所目指して、1分ほどダッシュし続けた。
後ろを振り向いて、士道は亜衣達の姿が見えないことを確認する。さすがに追いかけてくることはなかったようだ。
「ごめんな十香。もう走らなくていいぞ」
「まったく、何があったというのだ。さっきの者は敵か?」
「いや、敵じゃないんだけどさ」
士道としては、苦笑いを浮かべることしかできない。十香はそんな彼の様子を訝しげに眺めていたが、やがて別の方向へ視線を移した。
「シドー、あれはなんだ? 何やら人間が並んでいるようだが」
「ああ、あれが福引きだよ。やってみようか」
「よし、では行くぞ」
元気よく一歩を踏み出す十香だったが、そこで士道と手をつないだままであることに気づいたようだ。彼の体重分だけ、思ったように動けなかったからだろう。
「悪い。俺が手を引っ張ったんだよな」
一言謝ってから、すぐに手を離そうとする士道。
……ところが、なぜか十香は彼の手をぎゅっと握りしめてきた。
「十香?」
「こ、このままでいい。暖かくて、なかなか悪くない」
照れているのか、そっぽを向いてそう答える十香。
士道もそこで、改めて彼女の手の感触を確かめる。自分のものよりずっと小さく、ふにっとした柔らかさを持っていて、まさに女の子の手という風に感じられた。
「じゃあ、このままで」
手をつないだまま、福引きの列の最後尾に並ぶ。スタッフの人も並んでいる客も、全員〈フラクシナス〉のクルーとして士道が知っている人物だった。
「ああいう風に回せばいいのだな?」
「そうそう。あんまり力を入れすぎずに、ゆっくり回すんだ」
十香に説明している間に、士道達の番がやってきた。
「では――いくぞ!」
「だから力入れすぎるなって」
何度も注意した結果、十香はちゃんとゆっくりとした速度でガラポンを回し始めた。
そして、気になる結果は。
「大当たり! 1等のドリームランド完全無料ペアチケットです!」
スタッフの人(川越)が大声で叫びながら鐘を鳴らす。十香が出した玉は赤色で、本来はハズレのはずだが……おそらく、彼女が何色の玉を出しても1等にするつもりだったのだろうと士道は予想する。
「おお! 大当たりだぞシドー!」
「ああ、よかったな」
「裏に地図を書いていますので、ぜひ訪れてみてください」
受け取ったチケットの裏には、確かにドリームランドの場所を示した地図が描かれていた。
「行くぞ、シドー」
「お、おう」
福引き所から離れる十香を追いながらも、士道はドリームランドという名称に引っ掛かりを覚えていた。
遊園地のような名前だが、そのような施設がこの街に存在しているかは記憶していない。
「ドリームランド……確か、もっと違うジャンルで聞いた名前だ」
記憶を掘り起こそうとこめかみに手を当てる士道。
……そう。あれは数ヶ月前、歳の近い男性教師陣で飲みに行った時のこと。宴もたけなわといったところで、女性関連の話になって。
「……あ、思い出した」
「ぬ? どうかしたか」
「十香。ドリームランドは今日休みなんだ。だからまた今度にしよう」
「そうなのか? なら、仕方ないな……」
モテることで有名の柊教諭いわく『ドリームランドはサービスが充実しているから気分よくやれる』とのこと。
つまり、ドリームランドとは男女が2人でラブラブに愛し合うホテルである。悲しいことに士道は行ったことがない。
「危なかった」
危うくこの純真無垢な少女をオトナな空間に連れて行くところだった。早めに進路変更できたことに、士道はホッと一息をつく。
「マイエンジェルよ。なぜ君はそんな場所を知っているんだ……」
作戦の立案者であろう妹の顔を浮かべ、心の中で涙を流す。春休みまでのピュアな彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。そう思わずにはいられない士道であった。
しかし、心では泣いていても明るく振る舞うのが大人の男の仕事である。
「ドリームランドの代わりに、いろんなところに連れて行くから」
「本当か?」
「当たり前だ。まだまだ時間はたっぷりあるからな」
「よし、では改めて出発だ!」
笑顔で宣言をする十香の姿は、文句なしに可愛いものだった。
*
それからも、〈ラタトスク〉プロデュースのデートプランに乗っかって、士道と十香は濃密な時間を過ごした。
「ここからなら、街全体が見渡せる」
「おお、すごいな」
時刻はちょうど午後6時。夕焼けに染まった高台の公園で、彼らは先ほどまで歩き回っていた街の景色を眺めていた。
「あそこがきなこパンの店だな!」
「よくわかるな。確かに場所はあの辺だけど、俺は全然見えないぞ」
「自慢ではないが、私は目がいいのだ」
今日1日、十香には見るものすべてが新鮮に感じられたことだろう。
「どうだ? 人間の世界を見た感想は」
「……すごく、楽しかった。皆親切にしてくれて、時間を忘れるほどに夢中になった」
「そうか。そう言ってくれると、俺も案内したかいがあるってもんだ」
屈託のない笑みを浮かべる彼女を見て、士道は満足げにうなずく。人が生きる世界を気に入ってもらえたことが、素直にうれしかった。
「……だからこそ」
だが、そこで十香の表情に影が差す。必死に何かをこらえるような、そんな顔だ。
「だからこそ、私は許されないのだろうな」
士道の隣を離れて、彼女は彼に背を向ける。
「先ほど、シドーが教えてくれただろう。空間震とやらのこと、私を襲う……ASTというやつらのこと」
「ああ」
「私が現界するたびに、この景色を壊すことになる。人間達は地下に逃げなければならなくなる。そんな危険な存在――」
「十香。君は許されるよ」
士道の言葉に、十香の肩がびくりと震える。
彼女には、伝えなければならないことがたくさんあるのだ。
あっちを向いている以上こちらの顔は見えないだろうが、それでも士道は笑顔を作った。
「なぜなら君は美人で、そのうえ巨乳だからだ。胸が大きい女性はそれだけで許される」
「なっ……なんだそれはっ! わ、私は真面目な話をしているのだぞっ」
あまりに予想外の答えだったからか、焦燥した様子の十香は士道の方を振り向いた。軽いセクハラ発言を受けて、頬が薄くピンクに染まっている。
「まあ、今のは言いすぎにしてもだ。十香は素直で、さっきみたいに他人を気遣えるいい子だ。そんな優しい子、先生としては放っておけないんだよ」
「……そう言ってくれるのはうれしい。しかし」
「十香。もし、人間として生きていける方法があるって言ったら、どうする?」
十香の目が大きく見開かれる。驚いているのがよくわかった。
「そんな方法、あるはずがない」
「あるんだよ。精霊としての力は失うことになるけど、俺ならそれができる」
「……まさか、本当なのか」
「こんな嘘ついてどうするんだ。俺は本気だ」
もう一度、士道は眼前の少女に笑いかけた。
信じられないといった表情をしていた彼女だったが、次第にその瞳に希望の色が灯っていく。
「私は、ここにいていいのか。また、今日のような楽しい日を過ごせるのか」
「もちろんだ。ASTに命を狙われない、そんな日々がきっとやってくる。そうなったら、俺の学校に転校してくるのもいいかもしれないな」
「私が、シドーの生徒になるのか」
「個性的な子が多いから、きっと楽しいと思う」
「そうだな……それは、本当に楽しそうだ」
白い歯を見せる十香を見て、士道は改めて思う。
彼女には、戦いよりも平穏な日常が似合うに違いない、と。
「シドー」
両手を胸の前で組み、十香は彼の名を呼んだ。瞳は潤んでいるが、決して表情は暗くない。
「私は、生きて――」
彼女が一歩踏み出そうとした、その瞬間。
士道の目の前を、弾丸のような何かが横切った。
「………え?」
それは、どちらがあげた声だったのだろう。
そんな判断もつかないほど、士道の頭の中は空っぽになっていた。
「………ぁ」
十香が視線を下に向ける。
彼女の体には、どういうわけか大きな穴が開いていた。
「と、おか」
辺りの地面には、無造作に飛び散った赤い液体。
目の前で起きている事象を理解することもできず、一歩も動くことさえできず。
士道はただ、崩れ落ちる少女の体を見ていることしかできなかった。
「十香」
数秒経って、ようやく脳がまともに働き始める。
「十香っ!!」
周囲から突き刺さるような視線を感じつつも、かまわず十香のもとへ駆け寄ろうとする。
「……シ、ドー」
その瞬間、うつぶせに倒れていた彼女の指先がぴくりと動いた。
それを見て、士道は彼女がまだ死んでいないことに安堵を覚えた。今すぐ〈フラクシナス〉へ戻って、手当てをしてもらえばなんとかなるかもしれない。
「にげろ……シドー」
だが、希望を見出し近づこうとする士道を、十香のかすれた声が押しとどめた。
まるで何かに怯えているかのような、切羽詰まった懇願だった。
「はやく……制御、できな」
――刹那。
士道は、自らの足が地面を離れていることに気づいた。
「は……?」
爆風が、突然吹き荒れていた。士道の体は、それに耐えられず浮かび上がったのだ。
「ああああああっ!!」
突風の中心に、いつの間にか立ち上がった十香の姿があった。
霊装と呼ばれる紫の鎧を顕現させ、喉が潰れてしまいそうな叫びをあげている。
一瞬だけ見えた彼女の瞳は……光を失っていた。
「十香!」
名前を呼ぶも、彼の言葉は彼女には届かない。
今まで経験したことのない圧力の前に、士道の体は成すすべもなく吹き飛ばされた。
犯罪的な香りがするデートからの急展開。もう少しで十香編は終わりです。
彼女を襲った弾丸。撃ったのはもちろん――
原作と違い、士道は十香をかばうことができませんでした。
次回もよろしくお願いします。