「……つまり、お前の話をまとめるとこうなるのか」
琴里の説明を一通り聞いた士道は、そこでようやく口を開く。
「空間震は、そこのモニターに映ってる精霊ってやつが現れる時に起きるもので、それは精霊の意思とは関係なく発生してしまう」
「続けて」
「精霊は異世界に住む存在で、よくわからんがすごい力を持っている。で、危険だから一般人には秘密で自衛隊の部隊……AST? が処理しようとしてる。琴里達〈ラタトスク〉は、そんな精霊達を救おうと活動している組織。精霊を説得して、この世界や人間を好きになってもらおう、むやみに暴れないようにしてもらおうというのが目的だ。そして、その交渉役に俺が選ばれた。……ついでに、ここは上空15000メートルだっけか?」
「オーケー、一度で理解できたわね。最低限、社会人として必要な能力は備えてるってことかしら」
「到底信じがたい話だけどな」
「でも、士道は信じているでしょう?」
「実際にドンパチやってる映像とか外の景色とか見せられちゃあな。全部演出って可能性もあるけど、俺ひとりだますのにここまで大がかりな仕掛け使うなんてありえないし」
「当然ね」
満足げにうなずく琴里。好物のチュッパチャプスをくわえたまま、器用に話している。
「いくつか聞きたいことがあるんだが、まずひとついいか」
「何かしら」
足を組んで士道の言葉を待つ妹に対し、大きく深呼吸をひとつ。
「お前のそのキャラなんなんだ!?」
そして、あらん限りの思いをこめて最大の疑問をぶつけた。
「キャラって何よ。私は私、誰かの真似してるわけじゃないわ」
「ば、馬鹿な……! 俺の知ってる琴里はもっと可愛げがあってだな!」
「細かいこと気にしすぎ。そんなんだから23にもなって彼女のひとりもできないんでしょうが」
「お、お兄ちゃんはそんなひどいこと言う子に育てた覚えはないぞ」
「自分でお兄ちゃんとか言わないでよ気持ち悪い」
冷たい視線で睨まれ、士道はふらふらとよろめいた後、がくりと膝をつく。
「……いや、おかしいと思ってたんだよ。うちの妹はいつになっても反抗期が来ないなーって。このままでいられるなんて楽観視していた俺が駄目だった。まさか、まさか裏でこんなこと考えてたなんてな……」
ぶつぶつと独り言をつぶやき始める士道。そんな彼の傍らに、ひとりの青年が座りこんだ。
「はじめまして。副司令の神無月恭平です。ひとつ言わせてもらうなら、こうして美少女に罵倒されることをご褒美と考えてはいかがでしょうか。私はそう思っていますが」
「確かに、世の中にはそういう意見があるのは知っています。でも俺は、罵られるならもっと色気たっぷりのお姉さんだと決めてるんですよ! 琴里みたいなちっちゃい子にはエンジェルのままでいてほしかった!」
「……なるほど。あなたにも譲れない信念があるということですか。ならば後日、私と一緒に飲みに行きましょう。そこで思う存分語り合おうではありませんか」
「か、神無月さん……俺、俺っ!」
神無月の手を取り立ち上がる士道。そしてそのまま、固い握手を交わす。
「話が進まないから寒気のするようなやり取りはやめてもらえるかしら」
抱き合おうとしたところで、琴里に釘を刺されてしまった。
「なんだよ、せっかく男の友情を育もうとしてたのに」
「士道が神無月とお友達になろうがおホモだちになろうがかまわないけれど、今は精霊に関する話をしてるの。いくら馬鹿でもそのくらいはわかるでしょう?」
「俺はノーマルだっての」
とはいえ、士道も本題を見失っているわけではない。話を戻し、次の質問に移ることにした。
「俺が交渉役になった理由を教えてほしい。普通に考えたらありえない人選だ」
「もっともな疑問ね。確かに常識で考えれば、女の子との交際経験がろくにない士道に彼女達精霊の相手をさせるのはおかしいわ」
「もうちょっとオブラートに包めないかなあ?」
士道のツッコミはあえなくスル―され、琴里は淡々と事情を説明し始めた。
「要因は大きく分けて2つあるわ」
続いて彼女の口から語られる、士道に白羽の矢が立った理由。
その内容に、周囲の人物も驚いてるように見えた。どうやら彼らにも、今語られた内容は伝わっていなかったらしい。
「どう? これで納得できた?」
「……お前、自分がすっごく胡散臭いこと言ってるの、わかってるか」
「突拍子もない話なのは認めるわ。でも事実だし、確証もある」
「そうか。なら、信じるよ」
大きく息をついてから、士道は深くうなずいた。
「ずいぶんものわかりがいいのね。もっと余計な発言をするものかと思っていたんだけど」
「俺は基本的に、可愛い妹の言葉は信用するようにしてるんだ」
「……そう」
そっぽを向く琴里。横顔がちょっぴりうれしそうに見えるのは、士道の気のせいだろうか。
「まあ、話が早い分には助かるわ。早速、今後の作戦についてだけど」
「ちょっと待て。信じるとは言ったけど、俺は精霊と対話するなんて一言も口にしてないぞ」
「……なんですって?」
琴里が眉をひそめる。しかし士道の反応もある程度予想していたのか、さほど困惑している様子はなかった。
「精霊が本当に会話の通じる相手なのかどうか、まだわからないんだろう? 最悪、人間を滅ぼすのが使命、なんて極端な例もありえる。そんな得体の知れない、とんでもない力を持っているやつに近づくなんてリスクが大きすぎる」
モニターに映る、精霊とASTの戦闘映像に目をやる。
精霊は、ただ剣を一振りするだけで、何から何まで切り裂いてしまっていた。それが恐ろしい力であることは、こういった分野に明るくない士道にもはっきりと理解できる。
「やる前から諦めるってこと? 交渉できる相手じゃないと。確かに困難な道のりなのは想像に難くないけど、私達が全力でサポートするわ」
「……そもそも、俺はお前がそんな役職についてることにも納得がいってないんだ」
琴里はまだ13歳なのだ。とても組織の司令なんて役柄を背負うような年齢ではないはず。兄として、危険なことには手を出してほしくないというのが士道の本音である。
「私は、今の立場を捨てるつもりはないわよ」
「わかってるよ。今のはただの俺の意見だ、強制するつもりもない」
だが、手放しに賛成できないのも事実だ。
士道は再びモニターに視線を移し、戦闘の規模の大きさを再確認する。
こうして見る限り、ASTの隊員は命がけで戦っている。それだけ激しいものなのだと士道は考え――
「……っ! ちょっと、映像止めてくれ!」
「はあ? いきなりなによ」
「いいから頼む。ついでに、拡大とかしてくれると助かる」
「いいけど……」
映像が止まり、続いて精霊周辺の部分が拡大される。
そこには、精霊と真正面からぶつかり合うASTの隊員の姿があった。
黒の長髪をなびかせる精霊に対し……彼女は、白い髪を乱して戦っている。
「……間違いない」
どうりでシェルターにいなかったわけだ、と納得する士道。空間震警報が出ていた間、彼女は避難せず地上に残っていたのだ。
「映像、進めてくれ」
士道の言葉を、琴里は無言で受け入れた。拡大と停止が解除され、再び戦闘の様子が流れ始める。
「………」
精霊とつばぜり合いを行い、弾き飛ばされ、再び接近して。
鎧のようなものを身につけた少女は、精霊が姿を消す最後の瞬間まで、最前線で戦い続けていた。
先ほど心の中に浮かんだ言葉を、もう一度思い出す。
……ASTは、命がけで戦っている。
「琴里。確認するけど、今の仕事を辞めるつもりはないんだな」
「ええ。士道に何を言われても、続けるつもりよ」
「そうか」
迷いのない琴里の言葉を聞き、しばし逡巡を重ねて……覚悟を決めた士道は、首を縦に振った。
「受けるよ、交渉役」
「……急な心変わりの理由、聞かせてくれるかしら」
真っ直ぐな瞳が、彼を捉えている。琴里だけではなく、ここにいる全員が士道の発言に注目していた。
「さっき戦ってたASTの中に、うちの学校の生徒がいた」
鳶一折紙。
ほとんどいつも無表情な彼女が、敵対心をむき出しにして武器を振るっていた。
「精霊と戦うなんて危険なこと、彼女にはしてほしくない。そう思っただけだ」
映像で見ただけの、会ったことも話したこともない存在を救うために立ち上がることは難しい。
けれど、大事な教え子のためになら、ちゃんと立ち上がることができる。
「理由としては微妙なところね。これから精霊を口説こうっていうのに、他の女の子のことで頭がいっぱいだなんて」
「仕方ないだろ。そう思っちまったんだから」
「……ま、とりあえずはそれでいいわ」
厳しい表情をしていた琴里が、白い歯を見せる。
「改めて歓迎するわ。ようこそ〈ラタトスク〉へ」
「ああ」
この瞬間をもって、士道は本格的に非日常の世界へ足を踏み入れることとなったのだった。
精霊のためではなく、折紙のために動くことを決意する士道くんがいてもいいじゃない。
原作だと立場上どうしても損な役回りが多くなりがちな彼女ですが、僕は好きです。
シスコンで変態の気がある士道ですが、神無月とはまたベクトルが若干違います。
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では、次回もよろしくお願いします。