五河士道(23)によるデート・ア・ライブ   作:キラ

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それが彼女の選択

「………」

 

 休日の昼下がり。

 ソファに座っていた折紙は、いつの間にか自分がうたた寝をしていたことに気づいた。

 ASTからの召集もかかっていないので、今日は1日中フリーである。そのため、少し気が抜けてしまっていたらしい。

 軽く首を横に振り、意識をしっかり覚醒させる。

 

「最近、見ていなかったのに」

 

 ほんの30分ほどの睡眠だったが、折紙は確かに夢を見ていた。

 内容は、彼女がまだ幼い頃の日々の光景。父がいて、母がいて、当たり前の幸せを当たり前に享受していた時の思い出。

 5年以上前の出来事を夢に見たのは、本当に久しぶりのことだった。

 なぜ、今になって?

 原因を考えると、とある精霊の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「〈ハーミット〉」

 

 〈プリンセス〉より小柄な、青い髪の少女。だが、彼女も人類の脅威となる力を持っていることに違いはない。折紙にとっては、駆逐するべき存在。

 ……その、はずだ。

 

「………」

 

 ちょうど1週間前、折紙は〈ハーミット〉と行動をともにした。精霊を救うべく動いている五河士道と3人で、成り行き上遊園地をまわることになったのである。

 その時彼女に抱いた印象は、とにかく気弱で、けれど子供らしい純粋さを持った少女。

 あくまであの日に限れば、彼女に精霊らしさというものは感じられなかった。

 そして何より、彼女は昔の自分自身と重なってしまう。

 

『この子も十香と同じだ。むやみに人間を傷つけたりはしない』

 

 士道の言葉を思い出す。

 

『……ありがとう、よしのん』

 

 〈ハーミット〉の言葉を思い出す。

 

「私は」

 

 ――その時、けたたましい警報の音が街中に鳴り響いた。

 同時に、ASTの専用通信端末も音を立てながら震え始める。

 ……空間震警報。精霊が、現れるのだ。

 まだ見ぬ新たな精霊か、それとも。

 

「私は、変わらない」

 

 自らに言い聞かせるようにつぶやいた折紙は、端末を手に取りながら足早に屋外へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 士道が空間震警報を耳にしたのは、自室で仕事用の資料を整理している最中だった。

 同じく自宅にいた琴里とともに〈フラクシナス〉へ移動した彼は、艦橋で指示待ち状態に入っている。

 せわしなく作業を行っているクルーの人達を見ていると、ただ突っ立っているだけの自分がいたたまれなくならなくもない。しかし、だからといって手伝えることがあるわけでもないのだ。

 士道の役目は、精霊との直接交渉。出番が来るまでは、精神統一でもしているべきなのである。

 

「士道。〈ハーミット〉……四糸乃が現れたわ。今度こそ彼女をデレさせなさい」

 

 艦長席でモニターを見つめていた琴里に言われ、士道は改めて気を引き締める。四糸乃と会うのはこれで3度目、そろそろきっちりあの少女からの信用を勝ち取らなければならない。

 

「任せとけ。それで、俺はいつ出動なんだ?」

「焦らなくてもいいわ。彼女の行動パターンは把握済みだから、すぐに令音が次の目的地を割り出せる。屋内に行きそうになったところで、士道を投入する」

 

 前回の空間震の際にも、琴里は似たようなことを言っていた。その時は実際に四糸乃……ではなく、よしのんの先回りに成功していたので、自信のほどは確かなのだろう。

 なので、士道も命令を受けるまで素直にモニターを眺めていることにした。

 

「………」

 

 だが。

 

「……妙だ」

「令音、どうかしたの」

 

 艦橋下段でコンピュータを操作していた令音が、顎に手を当ててため息をつく。

 

「……〈ハーミット〉の行動パターンがいつもと違う。これでは予測が難しい」

「なんですって? 確かに、いつも以上にあちこち飛び回ってるようだけど……どうして今になって」

 

 なにやら会話の雲行きが怪しいことに気づいた士道は、琴里のもとへ近づいて状況を尋ねた。

 

「先回り、できないのか?」

「残念ながらそうなるわね。屋内に入る気配もまったくないし、こうも動き回られちゃ強引に放り込むこともできないし」

「次にこっちに来た時は、建物の中に入ってほしいって頼んでおくべきだった。……俺のミスだ」

 

 十香に頼んだ時と同じように、その言葉を告げるタイミングは確かにあった。他のことに気を取られて伝え忘れていたのを、今さらながら後悔する。

 

「過ぎたことを気にしても仕方ないわよ。士道、あなたは転移装置のもとへ向かいなさい。チャンスが来た時に、1秒でも早く動けるように」

「ああ、わかった」

 

 琴里の指示にうなずき、士道は艦橋を出る。インカムはいつも通り耳にはめているので、離れていても意思疎通は可能だ。

 

「四糸乃……」

 

 あれだけASTから攻撃を受けて、彼女はこれまでろくに反撃もしてこなかったらしい。

 きっと、他者を傷つけることをよしとしないのだろう。四糸乃も、よしのんも。

 そんな優しい子達を、辛い目に遭わせたくない。

 だから士道は、今ここにいるのだろう。

 

 

 

 

 

 

『四糸乃、こっちだよ!』

「う、うん」

 

 よしのんの言葉を受けながら、四糸乃は雨の中を駆け続ける。

 いつもなら、すべてをよしのんに任せて心を閉ざしていた彼女だが、今日に限っては確かに彼女の自我が存在していた。

 

『今日はちゃんと目的があるんだからね』

 

 あちらの世界で眠っていた間。虚ろな意識の中で、四糸乃は遊園地での出来事を思い返していた。

 五河士道さん。鳶一折紙さん。

 2人は、四糸乃と一緒に楽しい時間を過ごしてくれた。

 ……彼らのことを考えると、不思議な気持ちになる。

 その気持ちの正体を、どうしても知りたいと思った。

 

『もうすぐゴールだよー。ちょうどあの人達も撒けたみたいだし、頑張れ四糸乃!』

 

 だから今、彼女は一生懸命走っている。よしのんの案内をもらって、目指すのは――

 

「やはりここに来た」

 

 物陰から、突然人影が飛び出した。

 その人物の顔を見て、四糸乃は呆気にとられてしまう。

 

「あ……」

『わお、折紙ちゃんじゃなーい。これまた随分とかっちょいい格好だね』

 

 四糸乃やよしのんを攻撃してくる人達と同じ、大きな機械を身につけている。

 銃のようなものを見るだけで、四糸乃の体は弱々しく震えてしまう。

 

「ど、どうして……ですか」

『そうだよー。この前はすっごく優しくしてくれたじゃん』

「状況が状況だったから、そうしただけにすぎない。私の本来の役割は、対精霊部隊の一員として戦うこと」

 

 この瞬間まで、四糸乃は折紙があちら側の人間だということを知らなかった。よしのんは知っていても、ずっと戦場から目を背け続けていた四糸乃自身は、彼女を見た覚えがなかったのだ。

 

「今日のあなたの動きは、いつもと異なっていた。だから、ASTも見失いがちになってしまう」

 

 淡々と語り続ける折紙からは、冷たい雰囲気しか感じられない。それは、空から落ちてくる雨粒とともに、四糸乃の体から熱を奪っていくように感じられた。

 

「けれど私は気づいた。細かな方向転換をしながらも、あなたがある一点……私の住むマンションを目指して進んでいたことに」

『だから、先回りして待ってたってこと?』

「そう」

 

 折紙が右手を掲げる。そこから真っ直ぐに、光の刃がこちらに向かって伸びていた。

 

「精霊の力は、人間を脅かすもの。排除しなければならないもの」

 

 なんの感情も見せずに、彼女は告げる。

 

「あ、あ……っ!」

 

 対する四糸乃は、どうすればいいのかわからなかった。

 優しいと思っていた人が、よくしてくれると思っていた人が、剣の切っ先を向けている。

 その事実だけで、どうしようもなく動悸が激しくなってしまう。

 体中から力が抜けて、視界がぐにゃりと曲がる感覚とともに、彼女は。

 

「………」

 

 でも、理性を失う一歩手前で、あることに気づいた。

 折紙の持つ刃は、確かにこちらを向いている。

 けれどよく見ると、そこから伸びる線は四糸乃からは微妙にずれていた。

 まるで何かを指し示すかのように、彼女は四糸乃の背後の街並みに切っ先を向けていたのである。

 

「あなたのいるべき場所は、ここではない」

「えっ……?」

「私の前にいても、あなたは救われない」

 

 

 

 

 

 

 ようやく彼女が屋内、映画館の中に入ったことを知らされた士道は、すぐに〈フラクシナス〉から地上へ転移した。

 ASTに見つからないように建物内に足を踏み入れる。琴里の指示通りに3階に向かうと、ちょうど受付あたりのところに、フードを被った少女の姿を見つけた。

 

「四糸乃」

「あ……し、士道、さん」

『やっほー士道くん。おひさー、ってほどでもないかな』

 

 近寄って声をかけると、あちらも士道の名前を呼んでくれた。よしのんだけでなく、四糸乃もちゃんとここにいる。

 

「よかった……です。来て、くれて」

『折紙ちゃんの言う通りだったねー』

「鳶一の?」

 

 予想外の発言が出たので、士道が事情を尋ねると。

 

「あ、あの……私達、士道さんと、折紙さんに会いたいと思って……」

『最初は折紙ちゃんの家を目指してたんだけど、待ち伏せしてた本人に止められたんだよね』

「待ち伏せ……それで、どうなったんだ?」

『士道くんに会いたいのなら、大きな建物の中に入るといい。待ってれば必ず来てくれるって言われてさー。んでんで、その通りにしたらホントに士道くんが現れたってわけ!』

 

 興奮気味に両手をぱたぱたと動かすよしのん。四糸乃の方も、安心したような表情を浮かべている。

 

「鳶一が、そんなことを……」

 

 そうすると、今こうしてチャンスをつかむことができたのは、彼女のおかげということになる。

 ASTの隊員である彼女が、士道のために、精霊のために動いてくれたのだ。

 どんな意図があったのかはわからないが……今はただ、喜ぶべきだろう。

 

「士道、さん」

 

 四糸乃が口を開く。小さな声ではあるけれど、ちゃんと彼の耳には言葉が届く。

 

「私……わかりました」

 

 ところどころ詰まりそうになりながらも、よしのんの『がんばれ!』コールに支えられ、彼女はゆっくりと語り続ける。

 

「今日、私達に会いに来てくれて……危ないのに、来てくれて……だから」

 

 うつむいていた四糸乃が、顔を上げる。

 

「士道さんと、折紙さんのこと……信じられるって、わかりました」

「……ありがとう、四糸乃」

 

 その言葉が、何よりうれしい。敵意に曝され、ずっと心を閉ざしてきた少女が、恐怖を乗り越えて歩み寄ってくれたのだ。

 

『士道。今ならもう、好感度も十分よ』

 

 インカムからの琴里の声を聞いて、士道は一度深呼吸をする。

 

「四糸乃。人間の世界で、生きてみたくはないか」

 

 これが、最後の仕上げだ。

 

 

 

 

 

 

「鳶一」

 

 空間震から2日後の朝。

 週明けの学校に出勤した士道は、教室にいた折紙を呼び出し、人気のない廊下まで連れてきた。

 

「四糸乃の力の封印、うまくいったよ」

「そう」

 

 相変わらず、彼女の返事は淡白だ。何を考えているのか、非常に読み取りづらい。

 

「鳶一が、四糸乃に教えてくれたんだよな。屋内に入れって」

「一度建物の中に入れば、ASTは一定時間手を出さない。これまであなたは、その隙をついて精霊と接触しているようだったから」

「ありがとうな。本当に、助かった」

 

 頭を下げて礼を言う。

 四糸乃が人として生きて行けるようになったのは、間違いなく折紙のおかげだ。

 一昨日のことだけではなく、そもそも彼女がオーシャンパークでフォローしてくれていなければ、あの少女の心を開くにはもっと時間がかかっただろうと士道は思う。

 

「………」

 

 折紙は、そんな士道の姿をしばらく無言で見つめた後、静かに口を開いた。

 

「精霊の中には、人間を襲うことを躊躇わない者もいる。私の両親を殺した、あの精霊のように。だから、あなたの望みを聞くことはできない」

 

 士道の望み。折紙に戦いをやめてほしいと頼んだことを指しているのだろう。

 

「仇を討つその日まで、私は止まるつもりはない」

 

 声を張っているわけではないのに、恐ろしいほどに力強さを感じる言葉。

 内に秘めた復讐心が、どれだけのものかを感じさせるものだった。

 

「……そうか」

 

 四糸乃に関する問題は一段落ついたが、折紙については全然だ。

 士道は、何をすべきなのか。

 

「でも」

 

 と、そこで折紙の放つ緊張感が薄れた。心なしか、表情も柔らかくなっているような気がする。

 

「もし、彼女……四糸乃のような精霊が現れた時には、あなたの力になりたい」

「え……?」

「それだけ」

 

 くるりと背を向け、教室へ戻ろうと歩き出す折紙。

 

「……鳶一!」

 

 その背中を呼び止め、一言だけ言いたいことを投げかけた。

 

「また、四糸乃に会ってやってくれ。きっと喜ぶから」

「………」

 

 こくりと小さくうなずいて、彼女はそのまま去って行った。

 

「進んでる、よな」

 

 根本は解決していないのかもしれない。

 それでも、何も変わらないわけじゃない。

 この変化が、きっとよいものであることを、士道は信じる。

 

「今日も頑張るか」

 

 気合いを入れ直して、授業に臨むことにしよう。

 この学校の生徒は元気いっぱいだから、そうでなければついていけない。

 




四糸乃に必要なのは時間でした。時間をかけてゆっくりと思い返すことで、士道や折紙を信じることができるようになったというわけです。誰しも気持ちの整理は必要ですからね。
封印シーンは省きましたが、詳しくは次回で突っ込みを入れるつもりです。

次回で第2章は終わりです。後半出番のなかった十香ちゃんも出てきますので、よろしくお願いします。

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