五河士道(23)によるデート・ア・ライブ   作:キラ

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嵐の前の静かな時

「悪かったな、わざわざ家にまでお邪魔しちゃって」

「気にする必要はない。有意義な時間を過ごすことができた」

 

 折紙の家を出るころには、時刻はすでに午後7時をまわっていた。夕陽もすっかり落ちてしまっていて、外に出た士道は若干の肌寒さを感じる。

 

「また明日、学校でな」

 

 玄関まで出てきた折紙にあいさつをして、背を向ける。

 

「先生」

「ん、どうした」

「あなたは、今の生活が楽しい?」

 

 背後からかけられた言葉は、なんとも突拍子もない内容のものに思えた。

 

「そうだな……」

 

 もう一度振り返り、士道は数秒の思考の後に口を開く。

 

「楽しいかな。お金に余裕がないわけじゃないし、教師って仕事にはやりがいを感じてる。周囲の人間にも恵まれてるしな」

「そう」

 

 向こうから尋ねてきたわりには、折紙の反応は淡白なものだった。これが彼女の普通だと言われれば、それまでなのだが。

 

「さようなら。また明日」

「ああ、さよなら」

 

 互いに小さく頭を下げて、今度こそ士道は鳶一宅を後にした。

 

 

 

 

 

 

 士道が帰宅すると、家には誰もいなかった。琴里はいまだに帰ってきていないらしい。

 仕方がないのでひとりで夕食を食べている間に、彼の頭にある考えが浮かんだ。

 

「向こうが帰ってこないんなら、こっちが様子を見に行けばいいのか」

 

 というわけで琴里に連絡し、現在、転移装置で〈フラクシナス〉に拾ってもらったところである。

 最初はいちいちそんなくだらない用事で来るなと一蹴されてしまったのだが、十香の様子も見ておきたいからと食い下がるとしぶしぶ了承してくれた。

 なんだかこれだと十香をダシに使った風に聞こえるが、〈フラクシナス〉で彼女がどんな様子で暮らしているのかを把握しておきたかったのも事実だ。

 

「十香、遊びに来たぞ」

「おお、シドーではないか!」

 

 士道が部屋を訪ねると、机で何かしていた十香が目を輝かせながら駆け寄ってきた。

 

「では、私はこれで」

「ありがとうございます」

 

 ここまで案内してくれたクルーの椎崎に礼を言うと、彼女は微笑みながら艦橋の方へ戻っていった。

 

「今日は何か用事か?」

「いや、特には何も。十香が元気でやってるか、様子を見に来ただけだよ」

「そうか。私は見ての通り元気だぞ」

「みたいだな」

 

 部屋にはお菓子の空袋などが多少置きっぱなしになっているものの、散らかりすぎというわけではない。本人も楽しそうなので、特にここでの生活に問題はなさそうだ。

 そんなことを考えていると、机の上に置かれていたものにふと目が留まった。

 

「あれ、ひょっとして勉強してたのか」

 

 士道が見つけたのは、現国や数学などのプリントの数々。近づいて拾い上げると、つたない文字だが何かしらの努力の跡が確認できた。

 

「一応、やろうとはしてみたのだ。でも全然わからん。イライラするから落書きをしてやった」

「落書き? ……ああ、これか」

 

 現国のプリントに男性の顔写真が載っていたのだが、口元が中世ヨーロッパの貴族みたいになっていた。どうやら十香はひげを描くのがうまいらしい。

 

「まだ教科書が届いてないからな……」

 

 明後日あたりに渡せる予定だが、それまでは自主的な勉強を行うのもなかなか難しいだろう。

 

「シドー。勉強というのは、難しいものだな。とても私にはできる気がしない」

「はじめは誰だってそうさ。十香は学校に通い始めたばかりなんだから、これから頑張ればいい」

 

 ちょっぴり落ち込んでいる様子の十香を励まし、士道は机に置かれたシャーペンを手に取った。

 

「俺が教えるから、今日は一緒に勉強頑張ってみるか?」

「シドーが? 解けるのか、このわけのわからない数字の羅列が」

「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ。お前達のクラスの担任教師だぞ」

 

 専門外の科目であろうと、高2序盤に出るような宿題なら十分解けるのである。

 

「おお、そういえばそうだったな」

「そういえばそうだったって……もしかして、俺ってあんまり先生らしくない?」

「私にとって、シドーはシドーだからな」

「ぬう」

 

 先生として接した時間がまだ少ない以上、仕方がないかと考える士道。これから教師らしいところを見せていけばいい。

 

「それで、どうする?」

「シドーが教えてくれるならやるぞ、私は」

「よし、じゃあ早速始めるか」

 

 どの教科から手をつけようかと吟味する。士道の担当科目は現国なので、一番教えやすいのがそれなのは事実だが……勉強しておかないと加速度的に授業についていけなくなる数学から始めた方がよさそうだ。

 

「よろしく頼む。シドー……いや、五河先生と呼んだ方がいいのか」

「はは、ここは学校じゃないから好きな呼び方でいいぞ」

「そうか、ならシドーだ。うむ、やはりシドーはシドーと呼ぶのが一番だな!」

 

 そう言ってはにかんだ十香は、椅子に座って宿題達と向き合った。

 士道は部屋にあったもうひとつの椅子を取ってくると、彼女の隣に腰を下ろす。

 

「数学のプリントを出してくれ」

「これだな」

 

 いきなり問題を解くのは難しいので、一から学習の要点を教えていく。

 うんうんうなりながらも、十香はなんとか理解しようと頑張ってくれた。もともと、頭は悪くないのだろうというのが士道の予想である。

 

「こ、こうか」

「そうそう。これでこの式の答えが出たから、次は――」

 

 士道が指針を示し、その後十香が真剣な目つきで計算を続ける。

 その最中、士道はふと、先ほど折紙に言われた言葉を思い出した。

 

「なあ、十香」

「ん? どうかしたか」

「今、楽しいか?」

 

 何気なく、軽い調子で尋ねてみる。

 急な話題に驚いた様子の十香だったが、やがて満面の笑みでこう答えた。

 

「ああ、楽しいぞ!」

「そうか。だとしたら、俺もうれしい」

 

 彼女に人間として生きる選択肢を提示した、自分の行動は間違っていなかった。

 それがわかって、士道も彼女に笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 1時間ほど十香に勉強を教えた後、士道は〈フラクシナス〉の艦長室を訪ねていた。

 

「お邪魔しまーす」

「お帰りください」

「いくらなんでも拒絶が速すぎないか?」

 

 入るなり椅子に座っていた琴里から鋭い視線をぶつけられ、思わずたじろいでしまう。

 

「お邪魔しますとか言ってるんだから自分が邪魔だって自覚はあるんでしょう? だったら何も言わず退室するのが礼儀ってものじゃない」

「残念ながら兄という存在は妹に無礼でも許されるのだ」

「じゃあ今だけ士道を私の兄から解雇するわ」

「呪われていて外せないぞ」

「どんだけ怖い装備なのよ!?」

 

 琴里の体のサイズに似合わない大きな机の上には、書類らしきものが何枚も積み重なっていた。

 

「そうカリカリしなくても大丈夫だ。顔を見に来ただけだから、すぐに帰るって」

「まったく……十香に会うって言ってたけど、機嫌損ねたりしてないでしょうね」

「ちょっと勉強を教えただけだし、心配ないと思うぞ」

「勉強ねえ。先生らしいことしちゃって」

 

 ひじをついたまま、琴里は士道との会話に応じる。作業の息抜きにはなると判断したのかもしれない。

 

「十香の様子はどんな感じだ? 俺は学校でしか見てないんだが」

「おおむね良好よ。1日2回の検査を若干嫌がっている節はあるけど、基本的に精神は安定しているわ」

「ならよかった」

「そのうち、地上に住まわせてあげることもできるでしょうね」

 

 そう言って、琴里は頬を緩めた。彼女達〈ラタトスク〉が目指してきたものが実現しつつあることに、喜びを感じているのだろう。

 

「いいな、それ。家は用意できてるのか?」

「ま、おいおいね。作ろうと思えばすぐ作れるし」

「はは……相変わらずとんでもないな、〈ラタトスク〉は」

「行動の重大性を考えれば当然よ」

「……そうだな」

 

 存在するだけで天災を巻き起こしてしまう精霊に対して、対話による平和的解決を目指す。そんな大それた計画の中心に自分がいることを、改めて自覚する士道。

 

「さて、俺はお邪魔みたいだからそろそろ帰るよ」

「もう会いに来るんじゃないわよ」

 

 しっし、と手を払われながら、士道は扉に向かって歩いていく。

 そして、出口のすぐ近くに来たところで立ち止まった。

 

「琴里」

「なによ」

「大丈夫か?」

「……大丈夫よ」

 

 真面目な顔で士道が尋ねると、少し驚きながらも琴里はうなずいた。

 

「そうか。じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 艦長室を出て、転移装置のある方向へ通路を歩いていく。

 

「もう来るな、ね」

 

 黒リボンバージョンの琴里は、本当に意地っ張りだと再認識する。

 

「大方、疲れてる顔を見せたくないんだろうなあ」

 

 平静を装っていたが、先ほどの琴里が疲労を隠しているのは丸わかりだった。なぜわかるのかと問われれば、お兄ちゃんだからだと答えるほかないだろう。長年妹を見続けていれば、細かな仕草からいろんなことが読み取れるのだ。それは、最近存在を知ったばかりの黒琴里に関しても変わらない。

 そんな彼女の意思を尊重して、士道は今回は素直に帰ることにした。本人が大丈夫だと言った以上、それを信じることにしたのである。

 今の彼にできることと言えば、自宅を綺麗にしておくことくらいだろう。

 

 

 

 

 

 

 風呂に入って明日の準備を終えた士道は、布団の中で今日の出来事を振り返っていた。

 

「両親を精霊に殺された、か」

 

 憎しみのこもった声が、耳に強く残っている。

 復讐を胸に抱き続ける少女。彼女の家の内装に、およそ生活感というものが感じられなかったことも、士道の不安をより一層強めていた。

 シンプルな家具が置かれただけの、個人の趣味が存在しない空間。鳶一折紙は、そこで何を考えているのか。

 

「訓練とかも、多いだろうしな」

 

 彼女は部活にも入っていない。ずっと戦闘やそのための準備に明け暮れるばかりで、女の子らしい遊びだって満足にできていないのではないだろうか。

 

「ああ、くそっ」

 

 復讐を願う気持ちは、理解できないわけではない。でも士道は、彼女に傷ついてほしくない。

 ただ、折紙に精霊との戦いをやめさせたとして、生きる最大の目的を失った彼女はどうなるのか。

 その答えに近いものを、士道は一度見ている。

 何をするでもなく現界と消失を繰り返し、ASTに命を狙われるだけだった精霊・十香の姿を、彼は知っているのだ。

 

『ああ、楽しいぞ!』

 

 今の十香は、本当に幸せそうだ。それは彼女に、生きる目的ができたから。新しいことを経験し、それを精一杯楽しむこと。十香にとって、大切なことだと士道は思う。

 ……ならば、折紙についても同じだ。

 彼女から大事なものを奪うのであれば、それに代わるものを与えなければならない。

 当然、困難だということはわかりきっているが。

 

「諦めたくはないしな」

 

 一度始めた以上、完全に手詰まりになるまではあがいてみたい。

 そんな決意を胸に、士道は深い眠りに落ちていった。

 

 

 悩み、迷い、歩みが遅くなろうとも、状況は絶えず変化していく。

 新たな精霊との出会いは、すぐそこまで近づいていた。

 




若干気持ち悪い要素を含む士道先生のシスコンぶりですが、おかげで琴里の強がりくらいなら見抜ける程度にはなっています。10コも年齢が離れていると、かなり冷静な目で見ることができるようです。

次回はそこそこ話が動く予定ですので、よろしくお願いします。


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