【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 林間学校に行く

 6月17日。午後。林間学校に来た零はゴミを拾っていた。零自身は楽しみにしていた訳では無い様で、当たり前の様に落ちている物を拾う。が、陽介は思っていた以上に楽しくない作業で完全に気落ちしていた。学校行事では楽しみとも言える外泊。しかしその内容がゴミ拾いでは、嬉しくなれる筈も無いのだ。

 

 自然の中には沢山のゴミが紛れており、全員で集めるとそれはかなりの量となる。零は現時点で半分程入ったゴミ袋を持っているが、実は2袋目である。拾っても拾っても、探せば落ちているのだ。だが流石に1年生だけでも合計8,90人程の人数。それでいて1,2年合同のため、その倍とかなりの人数が行っていれば、綺麗になるのも時間の問題。やがて数時間程でゴミ拾いは終了した。

 

 ゴミ拾いが終われば、今度は夕ご飯の準備となる。零と悠達5人の班では料理担当を女子と決め、準備に取り掛かった。悠と陽介の男子2人は拾い残した物が無いかの確認と、もしもあった場合の回収で再びゴミ拾いに行かされる。料理には時間が掛かるため、良い暇つぶしにはなるだろう。これぞ『働かざる物食うべからず』である。

 

 それから更に数時間。空は暗くなりかけており、悠と陽介は2回目のゴミ拾いを終わらせて戻って来ていた。そして夕食を食べる為、座って食事が来るのを待つ。陽介は旅館の娘である雪子の料理に大きな期待をしている様で、それでいて『女子の手料理』と言う言葉に惹かれている様である。だが悠は素直に喜べない。食材を買っている時、千枝と雪子の会話を聞いている彼には嫌な予感しかしないのだ。

 

「これ、味見する?」

 

 離れた場所では鍋に入っている完成したカレーを見ながら雪子が千枝に聞いていた。見た目は普通のカレー。しかしレードルで混ぜると、ただのカレーでは無い事が分かる。いくら混ぜても上手く混ざらないのだ。

 

 千枝は雪子の質問に表情を引き攣らせながら、「雪子がしないなら、しない」と答える。そして2人は向き合って頷いた後、陽介と悠の元にそのカレーを盛って運ぶ。結果は……最悪であった。陽介は意気揚々と迷いなく一口を食べ、即座にその一口を噴出して横に倒れてしまった。が、素早く起き上がると怒りながら感想を言う。辛いや甘いと感じる筈のカレーが臭く、食感はジャリジャリにドロドロ、そしてブヨブヨがあるとの事。千枝は何とか言い訳をしようとするが、陽介が不味いと言うと開き直った様に怒って悠へ視線を送る。

 

 悠は背中に冷や汗を流しながら、目の前のカレー? を見る。陽介は「遊びで勧めるのも躊躇う」と悠を何とか止めようとするが、千枝と雪子の目は『食べろ』と言っていた。やがて覚悟を決めて口に入れた悠。彼は陽介と同じ様にカレーを噴出し、倒れてしまう。

 

「どうすんだよ! 俺らの班、飯無しじゃん! こんな物体X、食えねぇよ!」

 

「……すみませんでした」

 

 悠の光景を見て、流石の千枝も素直に陽介の言葉に謝る。そこで悠は昨日の事を思い出した。今ここには1人、居ない人物がいる。その人物は今も千枝と雪子の傍には居ない。ならば何処に居るのか?

 

「辰姫はどこに?」

 

「ん? そう言えば姿が見えねぇよな」

 

 悠の言葉に陽介が思い出した様に周りを見る。認識すればかなりの存在感があるものの、認識しなければ完全に忘れてしまう。そんな影の濃い様で薄い零。ずっとゴミ拾いや料理等で忙しかった4人はすっかり彼女の存在を忘れてしまっていたのだ。この中では恐らく一番仲の良い雪子でさえ、料理に集中していた事で気づいていなかった。

 

「あれ? ゴミ拾いの時は居たよね? それで確か……そう! もう1つの鍋を使ってた!」

 

 千枝は思い出した様に言う。林間学校で使う鍋は最初から1班に2つまで用意されていた。火を炊く場所も一応は2箇所あり、もしも片方が使えなかった場合の予備として存在していた。そこで千枝は記憶を遡ると、自分達が料理を作っていた時に少し離れた場所で1人静かに本を読んでいる零の姿を思い出す。そしてそんな零の目の前には鍋が置かれていた事、その鍋には火が掛けられていた事を千枝は思い出した。思い出した場所を見れば……案の定、零が本を読んでいた。が、片手に本を持ち、もう片方の手ではレードルで鍋を混ぜている。

 

「陽介、助かるかも知れない」

 

「大丈夫か? こいつらの後だから凄ぇ怖いんだけど」

 

 どうやら先程のは陽介の中で一種のトラウマになってしまった様で、混ぜている零を見て喜びよりも不安を感じている様であった。

 

 先程の事から代表として千枝と雪子が行く事となり、陽介と悠はその場で待つ事にする。雪子が混ぜている零に話し掛けると零は顔を上げ、首を傾げる。それを悠達は見ていた。

 

「多分、大丈夫だ」

 

「何でだよ?」

 

「すぐに分かる」

 

 買い物の時に感じた安心感から陽介に大丈夫だと告げる悠。しかし陽介はその時の事を知らないため、当然聞き返す。しかし詳細を言う前にどうやら貰う事が出来た様で、悠はそれだけ答えて近づいてくる3人を見た。千枝と雪子は両手に、零は片手にカレーの盛られたお皿を持ち、2人の近くに到着。千枝は持っていたカレーを悠と陽介の目の前に置いた。

 

「別で辰姫さん、作ってたんだって」

 

 千枝はそう言うと零を見る。既に零は悠の隣に人2人分程の距離を置いて座っていた。そして手を合わせてお辞儀をすると、カレーを食べ始める。

 

「い、行くぜ! んむっ……」

 

 スプーンでカレーを掬った陽介は悠を見た後、震える手でそのカレーを口に含む。その光景を3人は静かに見守っていた。口の中にカレーが入った陽介はスプーンを入れたまま固まる。その姿に全員が不味いと思った。が、陽介は突然スプーンを口から抜くと噛み始める。そして飲み込み、

 

「う、うめぇ! これだよ、これがカレーだよ! ジャリジャリでもドロドロでもブヨブヨでもねぇ、正真正銘のカレーだ! ここまで上手いの食ったの始めてかもしんねぇ!」

 

 そう言うや否や、猛スピードで掻き込み始めた。それを見て千枝と雪子も座ると、カレーを食べ始める。悠も恐れる事無くカレーを食べた。

 

「お、おいしい!」

 

「姫ちゃん、料理上手だったんだね! だったらもう少し体の事も考えて……」

 

 千枝は陽介と同じ様に。雪子は食べた後、零へ話し掛けて母雪子となって。悠も周りの様に大きく反応はしないが、目の前のカレーを美味しいと感じていた。先程のカレーを食べたせいで、尚更そう感じるのかもしれない。食べた時はカレーの甘みを感じ、食べ続けると口の中が徐々に辛くなる。カレーとはこれだと悠は再認識するのだった。

 

「お代わり!」

 

「あ! あたしも!」

 

 陽介と千枝が皿を上に掲げて言う。それに反応したのは零だった。作った本人が盛るべきだと考えたのだろう。ジュネスでは数個で何円という形で食材を売っている為、多めに作っていた零。しかしそれは瞬く間に無くなるのだった。

 

 

 

 

 

 同日。夜。男女で分かれた零達はテントの中に入っていた。

 

 普通なら2人程で一杯のテント。しかし何故か零・千枝・雪子の3人が居るテントは普通の2倍程の広さがあった。それは人数が多いからという理由もあるが、何よりも原因となる存在が居た。

 

「ぐごがぁぁぁぁ!」

 

 1人の女子生徒の鼾がテントの中に響いていた。女子生徒の名前は大谷 花子。大きな巨体に直視していると恐怖すら感じる顔をした女子である。千枝と雪子は完全に押し付けられたと気づいてため息をつき、出来る限り花子から距離を取るために右端に移動。零は耳栓をしており、真ん中に近い場所で本の世界に入っていた。

 

「にしても辰姫さんって料理上手かったんだね。って聞こえて無いか。……はぁ~」

 

「眠れないね。私達のカレーがあれば気絶出来たかも。……鼻と口を塞いだら鼾って止まる?」

 

「いや、死ぬからそれ。……あぁ~、もうやだ!」

 

 余りに静まらない鼾に千枝は我慢の限界に達した様で、逃げようと雪子に提案する。だがテントから出れば1発で停学。当然、山を降りるなど真っ暗な今の時間では危険過ぎる。雪子はそれを千枝に言うと、彼女は力無く座り込んだ。すると突然、外で何かの物音がする。千枝はその音に反応して立ち上がり、少し後ろに下がった。そして零が千枝の妙な動きに気づき、耳栓を外した。

 

 再び音がする。今度は千枝以外の2人も立ち上がり、出口を警戒した。そして突然、布がずれて1人の『男子』が入り込んで来る。その男子は物凄い勢いで中に入って来ると、真っ直ぐに真ん中に居た零へ突撃した。

 

「女なんて怖くねぶはぁ!」

 

≪……≫

 

 突っ込んで来た男子に零は迷わず右足を大きく振り上げ、その男子の右顔面を蹴り飛ばした。その威力はかなりの物で、蹴られた男子は大きく左に飛ばされると、テントの布に頭から突っ込んだ。余りの光景に千枝も雪子も口を開けて黙ってしまう。

 

 正気に戻った2人は入って来た男子を見る。……それは完二であった。雪子は先程完二が遮られた言葉を思い出し、納得する。実はつい最近、完二が女性を苦手と感じていた事を千枝と雪子は知る機会があった。零の知らない場所、テレビの中でだ。入って来た理由が分かった2人はため息をついた。

 

「どうする? もう寝れないじゃん」

 

 千枝は目の前の光景を見て困った様に言う。左上の端では大谷 花子が騒音を出しながら眠り、その足元には完全に伸びてしまった完二の姿。最早ここで寝るなど不可能だろう。千枝と雪子はお互いを見合って頷くと、何事も無い様に本を再び読み始めた零の手を2人で片手ずつ引っ張ってテントから出る。

 

 外は夜のため真っ暗だが、偶に明かりが動いている。恐らく見回りの先生だろう。千枝と雪子は何とか気付かれない様に移動する。零は引っ張られたまま本を読んでおり、2人がしゃがんでも続かない零を千枝は強制的にしゃがませる。千枝も流石に零の事が少し分かってきたのか、既に注意すると言う考えは捨てていた。

 

 しばらく移動すると、目的のテントの目の前に辿り着いた。しかしそこに近づこうとした時、懐中電灯の光がすぐそこに迫る。その懐中電灯の持ち主は自分達の担任、諸岡 金四郎である事に気づいた2人。見つかれば即停学のルールだが、諸岡は非常に厳しい先生のため、最悪は退学すらありえる話だ。千枝は焦った様にテントの中へ声を掛けた。中から返事をしたのは……陽介。戻れという陽介。しかし今現在戻れそうに無い事を千枝が言うと、諸岡が喋り始める。どうやらかなり酔っている様だ。その声を聞いて察した陽介は仕方無く中へ引き込んだ。中には悠も居た。

 

「何なんだよ一体!?」

 

「その、完二君……伸びちゃってるから」

 

 陽介の言葉に雪子が答える。当然訳が分らない陽介は「はぁ?」と聞き返すも、千枝は強引に『入ってきて突然気絶した』と説明する。当然説明の意味が可笑しいため、陽介はそれを突っ込む。だが諸岡が近づいて来た事に気付き、素早く明かりを消した。

 

 諸岡は中を確認せず、声だけで陽介と悠を確認する。悠は「居ます」と、陽介は「もう寝てます!」と答えた。当然寝てたら答えられないため、諸岡は一瞬怒る。しかし酔っているせいか、そのまま立ち去って行った。

 

 安心する陽介と千枝。陽介はどうにか出て行ってもらおうとするが、流石に難しい事は千枝も分かっている。そのため「明日の朝早くに出て行くから!」と軽い逆切れをして、陽介に「妙な事はしないでよね!」と釘を刺してから荷物でバリケードを作り始めた。

 

 元々テントは悠と陽介の2人用のため、非常に狭い。5人が入り、荷物でバリケードを作れば窮屈だろう。もう夜遅いために零が端で横になると、同じ様に千枝と雪子も横になった。しかし狭すぎるためか、非常に顔が近くなる。

 

「あ、あはは……まさか男子と一緒に寝る事になるなんてね」

 

「鼾が無いだけ良いよ。きっと」

 

 雪子の言葉に零は頷いた。その後、千枝は「おやすみ」と言って荷物を枕に目を閉じる。雪子も同じ様にして目を瞑り、零は読んでいた本を枕にして目を閉じた。林間学校1日目はこうして終了するのだった。


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