【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 林間学校の準備をする

 6月6日。放課後。零は素早く学校を後にした。実は前日の悠達と食事をした日、零は買い物に行く予定をしていたのだ。だが完全に忘れてしまっていた零はその日の夜、冷蔵庫の中が殆ど無いのに気づいた。そのため、この日は屋上には行かないで真っ直ぐにジュネスに行く事にしたのだ。

 

 ジュネスに付いた零は真っ直ぐにカロリーメイト等の食べ物が置かれている場所に向かう。そして結構な数を籠に入れると、今度はしっかりとした物を購入するために肉や魚と言った食品が並べられている場所に向かった。

 

 零は料理が出来る。が、非常に面倒と感じるのか出来ている物を買う癖があった。そのため持って3.4日の物ばかりであり、1週間に2回は買い物に来るのが零の決まりとなっていた。しかし昨日の食事の後、雪子に言われてしまったのだ。

 

『毎日は無理だけど、偶に見に行くからしっかりした物食べてね?』

 

 それは冗談ではなく、本気だと零は分かった。そのため出来ている物ではなく、カロリーメイトの様な物でも無い。調理する食材を買わなくてはいけなくなってしまったのだ。もしも見に来た時に食材が無ければ何時も怒らず静かな雪子も怒るかも知れない。零は仕方無くといった様子で食べ物を買う事にする。

 

 レジでお金を払った後、腐らない様にドライアイスや氷等を入れてもらって袋に閉じる。そうすれば食事をしている間も腐る事は無いだろう。零は買った物を持ってエレベーターに乗る。目指す場所は……フードコート。

 

 零はそこで前に来た時には無かったビフテキを頼む。そして屋根のある席で1人静かに食事を始める。荷物は脇に置いてあり、余りにも静かに食べるため周りは零に気づかない者も居た。そして

 

「完二、お前の出た例の特番は!?」

 

 聞き覚えのある声を聞いて零は前を見る。そこには悠達に零と何度か会っている完二を含めた5人が集まっており、何かを話し合っていた。陽介の顔は何か必死な様子で、話が逸れそうになると「いいから!」と少し声を上げて質問の問いを待つ。

 

 距離はそこそこあるため、先程の様に大き目の声で話さなければ零の耳には届かない。完二が陽介の質問に答えるが、零には何を言っているのか聞き取れなかった。が、どうやら向こうの話が非常に大事なのは見て取れる。そのため静かに邪魔をせず、その場で食事を続ける事にした。

 

 零が食べ終えた時、5人は立ち上がる。零はふと同じ様な事があったのを思い出す。そして食事が丁度終わっているのも同じだと考えた零は、前と同じ様に食器を返して荷物を持ち、悠達の後を追う。向かう場所も前回と同じテレビ売り場。前回消えてしまった事を覚えていた零は彼らが曲がった後に今度は早めに見える場所に移動する。が、やはり悠達の姿はそこに無かった。

 

 テレビ売り場の中に入り、隠れられそうな場所を探す零。テレビに触れた所で何も起きず、零はしばらく探した後にその場を去る。それから1分も経たない内に零の触ったテレビに波紋が広がり、そこから悠達は出て来るのだった。

 

 

 

 

 

 

 6月7日。昼休み。零の斜め前では悠達4人が話をしている。零は昼ご飯を食べる時に屋上へ行くため、この日も屋上に向かおうとした。が、それは雪子によって阻止されてしまう。話をしていた筈の雪子は零が立ち上がった瞬間に話し掛けたのだ。

 

「姫ちゃんも林間学校は始めてだよね?」

 

 どうやら悠達は来週の林間学校の話をしていた様で、雪子は零にもその話を振る。零は頷くと再び歩き出そうとして「一緒に食べようよ」と言われてしまう。雪子は勿論千枝も笑顔で頷いており、陽介も悠も嫌な顔はしていない。雰囲気では完全に断れなさそうである。だが零もとある理由で引けない様で首を横に振ると去ろうとした。が、それによって雪子は不審に思う。そしてすぐに答えに行き着いた。

 

「姫ちゃん。お昼ご飯、何食べるの?」

 

 雪子の言葉に千枝達も一昨日の話を聞いていたため、分かった様で零を見た。雪子の言葉に移動出来なくなってしまった零。仕方なく再び座ると、鞄からカロリーメイトを取り出す。そしてそれを見て雪子は「やっぱり」と言うと、隣の席に座り込んだ。そこは陽介の席だが、現在彼は悠の席の傍で立っているため、空いていたのだ。そして零の隣に座った雪子は「今度はちゃんとしたのを持ってきてね?」と言う。やはり悠達にはその姿が娘を心配する母親の様に見えた。

 

「あ、あたし達5人。一緒の斑でしょ?」

 

「一緒……まさか夜も一緒!?」

 

「んな訳あるか! 男女別! 行っとくけど夜にテント出たら一発で停学だからね」

 

 千枝が話を変えるために再び林間学校の話をする。実は1つの班は4人で構成される筈なのだが、悠と零が来た事で生徒の人数は29人となってしまった。つまり1人余ってしまうのだ。そして余ったのは誰とも話さない零。しかし零に何度も話し掛けたりしている雪子たちを見て、クラスが総意で彼らの班に零を足すと言う結論になった。そのため、悠達に零を足した5人の班が出来上がった。

 

 同じ班だと聞いた陽介の顔色が一気に変わる。が、千枝はすぐに陽介の考えた事が分かり、否定した。林間学校をどうやら楽しみにしていた陽介。しかし千枝と雪子の話ではゴミ拾い等をするだけの非常に詰まらない一泊二日になるとの事。陽介はそれを聞いてかなり考えと違った様で、肩を落とした。

 

「そう言えば去年は河原で遊んで帰ったね」

 

「? あそこって泳げんの?」

 

「入ってる奴居るよ、毎年」

 

 千枝は思い出した様に言う。どうやら林間学校で楽しみなのはそれぐらいの様だ。そしてそれを聞いた陽介は「そっか、泳げんのか」と呟きながら何かを考え始める。やがて林間学校の話は終わったのだが、終わった後に始まったのは再び零の食生活について話す雪子の姿。悠達はこの日、零の生活に色々と言う雪子をそのまま『母雪子』と名づけるのだった。

 

 

 

 

 

 6月8日。朝。雨のため零は片手には傘を、片手では本を持って読みながら歩いていた。本の世界に入ってしまっているため、周りの声は一切聞こえていない。そしてそんな零の後ろにここ最近、悠達と話す様になった完二が姿を現す。元々完二の家は染物屋。零の神社のすぐ横にあるため、通学路で会うのは何も可笑しい事ではなかった。

 

 零の姿を見て完二は目を見開く。水色の髪をした人は殆ど見ないため、見れば一瞬で分かるのだろう。完二は少し考えた後、零の真横に並ぶ様に移動する。流石に声は聞こえなくても周りの気配には敏感な零は、横に立った完二に本から視線を移す。完二は背が高いため、零は見上げる形となった。

 

「同じ学校だったんすね。……あの、天城先輩に聞いたんすけど……姫、なんすか?」

 

 視線を向けられた完二は少し顔を背けると、意を決した様に零へ話し掛ける。どうやら完二は1年生の様で、零から見ると1つ後輩に当たる様だ。完二もそれに気づいた様で、敬語で話し掛ける。そして零の事を雪子と同じ様に『姫』と呼んだ。零はしばらく黙った後、静かに頷く。そしてそれを見て完二は「マジなんすね」と静かに呟いた。

 

「突然居なくなったんで正直もう会うことは無いって思ってたんすけど……戻ってきたんすね。そういや、その目の色…………まだ気になるんすか?」

 

 乾いた笑みを浮かべながら零に言う完二。何時もの彼なら怒鳴りそうな気がするのだが、どうやら怒る感情よりも違う感情が今現在彼の心を支配している様であった。

 

 完二は一度落ち着く様に息を吐いた後、零に質問する。そして完二の問いに零は顔を逸らすと黙り、その後は紙に書いて完二に渡すと早足でその場を後にした。完二は受け取った紙を見る。そこにはたった一文、『誰にも言わないで』。それを見て完二は離れて行く零の後ろ姿を見る。

 

 その日も瞬く間に時間は過ぎて行き、放課後になると零は即座に立ち上がる。この日は生憎の雨だったため、真っ直ぐに帰るしかない。後ろの扉から出ようとする零。扉に手を掛けた時、零以外の力で扉は開かれた。開けたのは完二だ。

 

 零の姿を見て完二は一瞬驚く。が、その横を零は何も言わずに通り過ぎて行った。完二は去ってしまう零を見た後、目的であった悠達の場所へ移動。現在悠は陽介と何かを話していた様で、席に座っていた。

 

「お前も辰姫さんの知り合いだったよな。あんまり上手くいってないみたいだけどよ」

 

「うるせぇっすよ。姫……先輩には色々あるんすよ」

 

 先程の光景を陽介は見ていた様で、近づいてきた完二に話し掛ける。が、完二はそれを聞いて少し不機嫌になりながら返した。最初あだ名の『姫』で呼ぼうとしたが、流石に同じ学校の先輩になるため、少し間を置いてから付け足しながら。

 

「何があるんだ?」

 

「あー……姫先輩に言うなって言われちまったんで、それは勘弁して欲しいっす。それで先輩達は何か取り込み中っすか?」

 

「あぁ、バイクの話をな」

 

 悠の質問に完二は少し悩んだ後に答えず、話を変える。陽介は特にそれ以上話を掘り出す事はせず、悠と話していた内容を説明した。その間、悠は完二の言った零の『色々』について考え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 6月16日。昼休み。零は雪子と千枝の3人で昼ご飯を食べていた。前回の1件から零は学校にしっかりとお弁当を持ってきている。実は惣菜から箱に分けただけだったりするのだが、それでも今までに比べればしっかりとした食事になるだろう。雪子は満足げに頷いていた。

 

「明日林間学校じゃん? 皆で買出しに行くんだけど、辰姫さんも行かない? やっぱり皆で行かないと好みとか分んないしさ」

 

 千枝はカップ麺を啜りながら零に言う。そう、明日は林間学校。各自食材などを持って行くため、明日の夕飯の準備が必要なのだ。雪子は零に「行こ?」と言い、零はそれに静かに頷いた。そしてそれからは何を作るかと言う話になる。千枝と雪子はカレーかラーメンのどちらかにしようと言う話をしており、結果的にカレーに決まった。

 

 放課後。悠と陽介も交えて5人で零はジュネスのスーパーに到着する。陽介は上に用があるとその場を離れ、食材売り場には陽介を抜いた4人が立っていた。

 

 悠はカレーを作ると知らされ、女性陣が買い物をするのを見ている事にした。恐らく荷物持ちが仕事になるだろうと思っていたからだ。が、悠は目の前で繰り広げられる千枝と雪子の会話に恐怖を感じてしまう。薄力粉と強力粉では男子が居るので強力粉。辛くなければいけないと、唐辛子にキムチや胡椒。隠し味にヨーグルトやコーラを入れる等、非常に何を作るのかもわからなくなる様な会話が繰り広げられていた。

 

「不味いな……?」

 

 悠はどうにかしないといけないと思っていたが、ふと2人の側に零が居ない事に気づいた。零の姿を探せば全然違うところに彼女は立っており、片手には籠がある。そしてその中には色々な食材が入っていた。パッと見て分かるのは、ジャガイモ・玉ねぎ・人参・肉・カレールー。悠は思った。あれこそがカレーの食材だと。

 

 「魚介も混ぜる? 良いダシが出るよ?」と言う雪子。彼女達の会話を聞いて林間学校の食事に絶望していた悠は、静かに1人で買い物をしている零の姿に一筋の希望を感じるのだった。


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