【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 気付かず過ごす

 5月16日。放課後。零は屋上で何時も通り本を読んだ後、帰宅する為に神社へ向かって歩いていた。学校が終わってから少し時間が経っているため、チラホラと学生の姿も見える。そして

 

『何見てんだぁゴラァァ!!』

 

 突然男の怒鳴り声が商店街に木霊する。現在零は本を読みながら豆腐屋の前を歩いており、怒鳴り声に顔を上げる。すると商店街の北側から悠達4人がまるで何かから逃げる姿が見えた。そして歩いていた零の真横を通り過ぎる。その時ふと見えた彼らの横顔は何かに恐怖しているかの様であった。

 

 零は4人から視線を外すと、真っ直ぐに北側へ入る。そして神社の鳥居の前で足を止めた。零の視線の先には1人の青年。その青年は悠達の逃げ去った南側を何故か睨み付けている。そして零の姿に気付くと驚いた様子で歩み寄った。

 

「あの時の奴だよな。お前」

 

 青年の言う『あの時』とは、恐らく暴走族と喧嘩をしていた5月9日の夜の事だろう。零は青年の問いに頷くと、神社の中へ入ろうとする。そんな零に青年は「あ、おい! 待てよ!」と声を掛けた。

 

「なぁ? 何でその……手当てしてくれたんだ?」

 

「?」

 

 少し顔を赤くしながら聞いた青年。しかし零はまるで意味が分かっていない様に首を傾げた。青年はそんな零を見て少し黙った後、「まさか、理由なんてねぇのか?」と質問をする。零は静かに首を縦に振ってそれを肯定すると、メモを取り出して文字を書いてから見せる。

 

「何だよ、怪我は治療すれば早く治る? ……いや、そうだけどよ。ってかお前、喋れないんだな。……あのよ。今更だけど、俺の事怖くないのかよ?」

 

 紙に書いてあった内容を読み上げた後、零が喋らない事に理解した青年はずっと気になっていた質問をする。確かに青年の見た目は少し怖めだ。そして何よりも青年は暴走族と喧嘩をしていた瞬間を零が見ていた事に気づいている。怪我の治療をされた時に、見られていたのだと悟ったのだ。そんな事があったのに、今現在目の前の零は青年に臆する事無く無表情で接している。実は我慢しているのではないか? と、零の本心が知りたかったのだ。

 

 零は青年の言葉に首を横に振る。そして再び紙に書いてそれを渡した。紙を受け取った青年はその紙を読む為に下を向く。今度はかなり字数があり、青年は少し読むのに時間が掛かった。が、それを読み終えた時。青年の顔は驚きに染まっていた。

 

「何でテメェが知って……って居ねぇのかよ!」

 

 読むのに時間を掛け過ぎたのかも知れない。既に青年が顔を上げた時、零の姿はそこに無かった。神社の中へ入ってしまっただけなのだが、未だに町の住人は一部を除いて神社の中が無人だと思っている者も多く、青年もその1人であったために何処へ行ったのか分からない。

 

 青年は受け取った紙を再び見る。そこには2度出会っただけでは絶対に知りえない自分の趣味や得意な事が書かれており、最後にはこう書かれていた。

 

『完二は優しい。変わらない』

 

 それを見て青年……巽 完二は黙って考え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 5月17日。放課後。今日、零は屋上へは行かずに真っ直ぐ家に帰宅する。どうやら何か用事があるらしい。そして校門を通ろうとした時、何故か隠れている悠達4人の姿を見つけた。何故隠れているのか分からない零は首を傾げるが、零の存在に気づいた雪子は「姫ちゃん!?」と小さめな声で驚く。そして慌てた様に千枝が「と、とにかく隠れて!」と言ってかなりの速さで零の腕を引っ張って強引に隠れさせた。

 

「今日は屋上に行かなかったんだね?」

 

 雪子の言葉に頷く零。すると千枝が「来たよ!」と突然声を上げる。それを合図に全員が身を潜め、彼らは一斉にある光景を監視し始めた。

 

「ごめん、待たせちゃったかな?」

 

「オ、オレも今、来たトコだから……」

 

 そこには帽子を被った小柄な少年らしき人物と一緒にその場を去る完二の姿があった。2人はまるで恋人が待ち合わせをしていたかの様な会話をするとその場から離れて行く。そしてその光景を見て陽介が引き攣った顔で「何だあれ?」と言った。他人から見れば完全に付き合っている2人だろう。だが、どう見ても2人は同性。付き合っているとするならば、引いてしまうのは当然である。

 

「と、とにかく追っ掛けようよ! 見失っちゃうって!」

 

「お、おう。じゃあ2手に分かれよう。完二を尾行するのと、店の張り込みな」

 

 陽介の言葉に千枝が相手を見つけるために周りを見る。そして零に視線を止めると「あ」と少し間抜けな声を出した。現在、今の状況の意味が分からない零は静かに本を読んでいた。が、本を持つのは片手。器用に親指で頁を捲っている。何故そんな読み方をしているかといえば……千枝が片腕を掴んでいたからだ。千枝はすぐに離して「辰姫さん、ごめんね?」と謝る。零は解放された腕を本に戻すと、無言でその場から歩き出した。

 

「あたし、怒らせちゃった?」

 

「昔からああだから大丈夫だよ。姫ちゃんが怒ったの、見たこと無いし」

 

 去って行く零を見ながら千枝が不安そうに聞くも、雪子の言葉に「そっか」と安心してから本来の目的に思考を戻す。そして気が付いた。もう完二の姿がかなり遠くにある事に。

 

 千枝はそれに気づいて陽介に「行くよ!」と言って走り始める。そして陽介が気づかれない様に恋人の振りをすると千枝に走りながら提案するも、バッサリと却下されてしまった。

 

 校門に取り残された雪子と悠。離れていく2人を見ながら雪子は「私達は染物屋さんだね」と悠に言う。悠はそれに頷くと、2人で染物屋へ向かう事にした。すると雪子が何かに気づいた様子で「少し急がない?」と悠に提案。理由の分からない悠は取り敢えず雪子の言葉に頷いて軽く走り始める。やがて数分すると……零の後姿が見えた。それを見て悠は納得する。

 

「姫ちゃん。私達、染物屋さんに用があるんだ。途中まで一緒に行かない?」

 

 突然聞こえた雪子の声に振り返った零。雪子が内容を言うと、零は静かに頷いて歩き始めた。そして悠と雪子で零を挟む様にして並ぶ。

 

 悠は非常に迷っていた。一緒に帰るまでは良い。だが一切会話が無い(・・・・・・・)のは非常に居心地が悪い。何でも良い、何か話を振らなくては。どんな内容の話を振るべきなのだろう? と。そしてすぐに思い浮かんだ選択肢は4つ。

 

『本の内容を聞く』

『目の色について聞く』

『今現在彼氏が居るのかを聞く』

『屋上に行かなかった理由を聞く』

 

 

「今日は真っ直ぐ帰るんだね?」

 

 だが選択する前に、悠は雪子に先を越されてしまう。零は雪子の言葉に頷くだけで本を読むのは止めない。やはり零と上手く話すには、否定と肯定では答えられない様な質問をするしか無い様だと悠は考える。そして雪子も同じ考えに至ったらしく、今度は形を変えて「どうして今日は屋上には行かなかったの?」と質問をした。すると零は本に栞を挟んで閉じ、メモに書き始める。器用に持っている本を下敷き代わりにしたため、字は何時もどおりの達筆だ。そうして記された答えは……『買い物』。

 

「買い物ってジュネスとかに行くの?」

 

『ジュネス。丸久豆腐店。四目内堂書店』

 

「辰姫らしいな。買い物の時は毎回行くのか?」

 

 雪子の質問に行く場所を箇条書きで示した零。悠はその最後に書かれていた四目内堂書店を見て何となく想像がつき、質問をした。零はその質問に頷くと前を見る。既に場所は商店街となっており、今現在3人が立っているのは神社の前だ。雪子はそれに気づくと、「それじゃあね?」と零に言う。それに頷いて返した零は鳥居を潜って中に入って行った。それを2人で見送り、雪子は飲み物を買いに行くと言ってその場を後にする。染物屋を見張るなら鳥居の近くが一番良いだろうと悠は考え、その場を動かない事にした。

 

 染物屋を稀に視界の端に入れながら、悠はその場に立ち続ける。そして何となく体と共に視界を一周させようとして……半周で止まった。真後ろに零が立っていたからだ。悠は先程零が『買い物』と書いていたのを思い出した。買い物に行くならば、入った後に出て来るのは当然である。

 

 零は鳥居の目の前でジッと立ち続ける悠をしばらく見続けた後、何も言わずにその場を後にする。悠は何となく零の頭に自分が『変な人』と認識された気がして肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 5月19日。昼休み。1人の女子生徒の言葉で教室内に緊張が走る。この日、遂に試験の結果が貼り出されたのだ。自信のある者は優々と、無い者は結果に恐怖しながら試験結果を見るために教室の外へ出る。

 

 陽介も「嫌な時間が来ちまった」と言って教室を出て行き、悠はその後を追って教室の外へ。零は見る気が無いのか座ったままだが、千枝が「辰姫さんも見に行こ!」と言って零の目の前に立った。その横には微笑む雪子の姿。断っても諦めなさそうな勢いだ。零はそんな2人の様子に諦めてその場を立つと、廊下へ歩き始める。そしてその横を2人が一緒について行った。

 

 陽介は結果が見たくないのか物凄い鈍足で向かっていた。そのため悠も陽介の歩調に合わせている。故に2人の横を通過した零は掲示板を見る。そこには名前と順位が沢山書かれていた。

 

「雪子、やっぱ頭良いよね。一番上見ればすぐだもん。で、辰姫さんは……すぐ下にあった。しかも同じ1番!?」

 

 千枝は最初に一番上を見る。そこには【1 天城 雪子】と書かれており、点数は出ていない。だが『1』と言うのが1番を示すのは誰でも分かる事だ。千枝は分かっていたかの様にそれを見た後、零の名前を探そうと1つ下に視線を動かす。そこには【1 辰姫 零】と書かれている部分が存在した。つまり零と雪子は同じ点数で1位だったという事になる。

 

「あ、あはは、何か物凄い差を感じるんだけど。あたし」

 

「姫ちゃん。頭良いね」

 

『そっちも』

 

 千枝が2人の凄さにへこむ中、雪子は零に笑顔で話し掛ける。零はその言葉に紙で答え、その場を後にした。その時、悠が7位だった事に陽介がまるで自分の事の様に嬉しがる光景が零の目に映る。が、特に気にはならない様だ。

 

「にしても雪子と辰姫さんは一緒に1位か。ってか1位が2人なんて前代未聞なんじゃない?」

 

「でも同じ点数だったらこうなるよ。名前順で早い方が1位は可愛そうだもん」

 

「どっちかの脳みそ、マジで少し分けて欲しいぜ」

 

「無理言うな」

 

 普通テストで同位になる事などそうそう起こらないだろう。だが現に起こってしまった今の状況に4人だけでなく、他の生徒達も驚いていた。稀に同位の場合は出席番号の早い方が1位になる学校もあるが、ここでは同じ順位となる様だ。雪子の言う通り、生まれ持った苗字で決められるのは可愛そうだという事だろう。

 

 陽介は雪子を見ながら思わず呟き、悠が冷静で冷酷に言い放つ。彼の言葉に「だよな」と肩を落とした陽介は両腕をブランと下げて力が出ない様な姿勢を取った。

 

「ふぅ。取り敢えず今日の放課後、あの完二と一緒に居た少年を探すぞ。準備しとけよ」

 

 突然陽介は顔を上げると3人へ言い放つ。実は零の知らない場所で今、事件は起きていた。零と話したあの青年……完二が『行方不明』となっているのだ。不良少年で知られている完二は稀に家へ帰らない事もある様で、周りは行方不明と見ていない。が、悠達4人は行方不明だとはっきり分かっていた。居なくなった大体の場所も特定済みである。

 

 彼らは放課後の行動についてを確認して、完二を助ける為に今日も動き出す。

 

「……」

 

 一方、何も知らない零は平和に何事も無い時間を過ごすのだった。


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