【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

4 / 34
辰姫 零 春のテストを終える

 5月9日。午前。教室の中は静まり返っていた。稀に聞こえるのはペンの音と紙の擦れる音。今生徒達は全員、テストに集中しているのだ。

 

 悠は偶に手が止まるも、比較的スラスラと書いている。雪子は止まる事無くペンが動き続け、千枝と陽介は1度止まるとしばらく動かなかった。そして零は……既に終わっていた。

 

 テストの時間は50分。今の時間は開始15分。早くても半分程が普通だろう。だが零の場合、普段から筆談をしている故か非常に書くのが早い。それでいて伝える内容だけをすぐに頭の中で選んで書く判断力もあるため、問題が出ても素早く答えを頭の中に浮かべる事が出来るのだ。書く内容が決まれば、それを物凄い速さで書き記す。そんな事が繰り返す内に、気付けばテストは終了してしまった。

 

 テスト中なので本を読む事は出来ない。かといって授業の時には本の代わりに教科書を呼んでいたため、今現在その教科書すら無い机の上では自分が書いた答えを見直すしかなかった。零にとっては非常に退屈な時間。他の生徒の様に悩むのではなく、退屈という理由で地獄の時間を過ごす事となった。

 

 同日。放課後。1日目のテストが終わった教室は明日の事でテンションがかなり低かった。大体の生徒は勉強をするため、早めに帰ったり図書室に向かっている。この日は悠達も早めに帰るつもりで、零も屋上が閉まっている故に早く帰る事にした。

 

 本を読みながらの帰宅。既に零は前を見なくても道に何があるかを把握した様で、本にかなり集中している。そして神社の近くに来た時、町内掲示板にふと視線が留まった。そこには何個かのアルバイトも募集されており、零はそれを見続ける。

 

 零の住む神社、辰姫神社には賽銭箱がある。だが賽銭箱に入るお金など殆ど無いのが現状だ。零はここに来る前にお金を貯めていたが、放っておいてもお金は無くなるもの。八十神高校はアルバイトを禁止している訳では無い為、零はアルバイトをする事にした。選んだのは……封筒貼りの仕事。家で出来る物が良いのだろう。どうやら何処かに連絡する必要も無い様で、仕事を熟して送るだけで給料が入る仕組みの様である。

 

 メモを取り出して送る場所等を書き写すと、零は神社へと戻っていった。そして神社で行動する時の決まりなのか、巫女服に着替えてから神社の前を掃除し始める。これは雨の日以外は必ず行う零の仕事である。そして約1時間程掃除を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 同日。夜。零は本を読んでいた。既に時間は22時を過ぎ、神社の中は静まり返っていた。実はこの家、テレビが無いのだ。元々零自身テレビを見る習慣が無いのか、家にはテレビが置かれていない。その代わり部屋の隅には本棚が置かれており、そこには大量の本が入っている。種類は特に決まっていない様で、若者向けのノベル作品から歴史物の様な硬い内容まで様々である。

 

 突然何かの唸り声の様な音が聞こえ、零は本から目を離す。その唸り声は徐々に近づいており、最後にはすぐ側にまで聞こえる様になった。どうやら場所は神社の外の様だ。

 

 零は唸り声の元凶を確かめるつもりで神社の外へ出る。最初に外に出た時に見えたのは何かの明かり。その明かりは物凄い数ある様で、移動しているのが見て取れた。そして零が神社の鳥居辺りに到着した時、若者の笑い声が聞こえる。その声で零は元凶が何なのかに気づいた。

 

 うなり声の正体はバイク。そして若者は暴走族だ。どうやらこんな真夜中でも彼らには関係ない様で、好きな様に大きな音を出して近所をお構い無しに我が物顔で通り過ぎようとする。零はそれを静かに見続けていた。そして居なくなったのを見て神社に帰ろうとした時、金髪の青年が1人で神社の目の前を怖い顔で通り過ぎて行く。零は少しの間その青年を黙って見送った後、一度神社の中に戻ると箱を持ってその青年の後を追い掛けた。

 

 青年を追って到着したのは河川敷。そこで先程の暴走族と青年は喧嘩をしていた。よく見れば影に隠れる様にしてカメラを持った人が何人かでその映像を取っている。そしてしばらく喧嘩をした後、青年がカメラに向かって何かを叫ぶと再び喧嘩を始めた。1対多でありながらも、青年は喧嘩が強いのか周りを次々に倒していく。だがやはり人数と言うのは大きなハンデであり、稀に青年も殴られたりしていた。

 

 零は追い掛けて来たものの、目の前の喧嘩に飛び込む事はしない。遠くから見ているだけだ。そしてしばらく続いた喧嘩はやがて青年の強さに恐れをなした暴走族が逃げて行く事で決着が付いた。カメラを持った者達は逃げていった暴走族を追って行き、青年だけがその場に残る。青年は流石に疲れたのか近くにあった休憩所に腰を下ろした。そしてそれを見た零は青年へ近づき始める。

 

「んぁ? 何だよテメェ?」

 

 青年は零に気づくと威圧する様に話し掛ける。だが零は一切怯える事無く、青年に近づいて持っていた箱から道具を取り出した。それは怪我を消毒する薬とティッシュ。そして絆創膏である。零が持ってきたのは救急箱だ。

 

 零は何も言わずに突然青年の腕を取ると、怪我を確認。そこには切り傷の様なものがあった。恐らく先程の喧嘩で怪我をしたのだろう。顔にも殴られたせいか口元に少し痣が出来ており、血が出ている。そして零は切り傷と顔をかなりの手際で消毒し、絆創膏を張る。それは青年がハッとした頃には全て終わっていた。

 

「お、おま!? 何やってんだよ!」

 

「?」

 

 青年はすぐに立ち上がって吼える様に言うも、零は首を傾げるだけであった。それを見て青年はため息をついた後、顔を赤くして下を向きながら「あ、ありがとよ」とお礼を言う。どうやらお礼を言う事には慣れていない様で、異性と話すのも慣れていない様だ。零はその言葉に静かに頷くと、救急箱を片手にその場を離れる。青年は未だに下を向いているせいで離れていた事に気づかず、ふと前を見た時には目の前に誰も居なくなっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 5月12日。放課後。教室の中は解放感に包まれていた。中間テストが終わったのだ。零の目の前では千枝が雪子と共に答え合わせをしており、陽介は悠にテストが終わった事を嬉しそうに話していた。

 

「鳴上君、辰姫さん、太陽系で最も高い山って何にした?」

 

 帰る支度をしていた零は突然の質問に手を止める。当たり前の様に零に話し掛ける千枝に悠は内心で驚きと共に感心しながら、答えだと思った事を千枝に告げる。彼の答えは『オリンポス山』だ。そして悠の言葉を聞いて零は同意する様に頷いた。千枝はそんな2人の答えに「違うのにしちゃったよ!」と頭を抱え、雪子は零に「私と同じ答えだね」と笑って続けた。

 

「えっ、天城も!? 3人それじゃあ確実に正解っぽいじゃん……あぁ~あ、廊下に貼り出されんのが楽しみだよ、ったく」

 

 陽介は3人が同じ答えと聞いて確実にオリンポス山が正解だと確信し、ため息をついた。余り良い手応えは感じていない様だ。中間テストの結果は廊下に張り出されるため、悪い結果なら簡単に自分が馬鹿だと晒されてしまう。反対に良い結果なら、信頼されやすくもなるだろう。

 

 教室の端で男子生徒達が話しているのが全員の耳に聞こえる。内容は『テレビ局が来ており、暴走族の取材をしている』との事であった。その会話で自分に族の友達が居ると、本当かどうか分からない事を話す男子生徒。そんな彼の話は気にせず、悠達は暴走族について話し始める。陽介の話では『伝説を作った1年生が八十神高校に居る』との事であり、雪子がその言葉に目を輝かせる。伝説の意味を勘違いしている様で、そこは千枝が冷静に突っ込んだ。

 

 何はともあれ、テストは終了した。零が席を立つと雪子が「もう帰るの?」と質問をするが、零は首を横に振ると教室を出て行った。その行動に全員が首を傾げる。

 

「帰らない? じゃあ何処に行くんだろ?」

 

「あんまり寄り道しそうなイメージは無いよな。いや、意外にも悪かったりして」

 

「姫ちゃんに限ってそれは無いから」

 

「じょ、冗談だって天城」

 

 千枝の言葉に陽介が思った事を言うも、少し威圧感を出した雪子の言葉によって否定される。何故か普段と雰囲気が違うのは、零を冗談とはいえ悪く言ったからなのだろうか……余りの怖さに陽介は冷や汗を流しながら雪子に答えた。

 

「行く場所……屋上、かもな」

 

≪そこだ!≫

 

 悠の言葉に全員の言葉が一斉に重なるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 屋上の扉の前で悠達4人は固まっていた。何かを決意した様な表情を浮かべる千枝とソワソワしている陽介。深呼吸している雪子に何時も通りの悠。4人はこれから大きな事を始めようとしていた。題して、

 

「第2回、辰姫さんと仲良くなろう大作戦。やるよ!」

 

「第2回って。1回はいつやったんだよ?」

 

「奈々子ちゃんと一緒にジュネスに行った時に決まってるっしょ」

 

「あぁ、あれな。……絶対失敗だったよな、あれ」

 

「2人とも途中で逃げたもんね」

 

 雪子の言葉に悠は黙って頷いた。菜々子を含めた6人で行動した時、途中で確かに陽介と千枝は菜々子を理由に逃げたのだ。最後の最後には雪子がほぼ一方的な会話で零と話しており、悠は菜々子の相手もあったため、もしもあれが作戦ならば完全に失敗である。

 

 陽介と千枝は雪子の言葉と悠の行動に苦虫を潰した様な表情になる。そして陽介が「仕方ないだろ、あれは」と答えた。どうやら千枝も思っているらしく、頷きながら「鳴上君の質問も悪かったしね」と悠に罪を分ける様に告げた。その言葉に悠も苦虫を潰した様な表情になる。

 

「一筋縄ではいかないって事だよな。なぁ天城、昔はどうやって仲良くなったんだよ?」

 

「え? うーん。姫ちゃんは昔も静かだったけど、今みたいに筆談じゃなかったよ。途切れ途切れだけど話してたし、一応それで会話は出来てたからその頃に比べると難しいかも」

 

「そこなんだよね。やっぱ会話が出来ないとさ、仲良くなろうにも難しいじゃん」

 

「会話無しで仲良くなるなんてどんな無理ゲーだっつの」

 

「とにかく行こう」

 

 陽介の言葉を聞いた悠は屋上の扉を開ける。ドアノブに手を触れた時に陽介が「ま、待て! 心の準備が!」と大き目の声で言ったが、悠は止まらずにドアを開いた。屋上の扉は非常に大きな音を立てる。そして屋上は人が少ないため、扉が開けば嫌でも目立つ。

 

 悠はドアで見えない左側を見るためにドアよりも少し前に歩く。すると案の定、屋上にある石の段差に座って本を読む零の姿があった。そしてそれに気付いた悠は臆する事無く、零へ近づき始めた。余りにも堂々とした悠の行動に陽介は「相棒、スゲェよ」と呟いて彼に続く。ポカンとしていた千枝は雪子に「行こ?」と言われ、彼らに続いた。そして零の前に立った3人。しばらく沈黙が続いた後、陽介が話し掛けた。

 

「た、辰姫さん。あー、何読んでるんだ?」

 

 零は話し掛けられると、読んでいた本に栞を挟んで閉じる。その時に片手で音を立てて閉じたため、陽介は不味いかも知れないと心の中で思った。しかし零は立ち上がると、陽介の前に立って本を差し出す。予想外の行動に一瞬固まるも、すぐに我に返ると陽介はぎこちなくお礼を言って本を受け取った。本の題名は……狐の気持ち。

 

「くっ、ぷぷ、あ、あははは! 姫ちゃん! 読んでるの昔とあ、あんまり変わらない! つ、ツボ、ツボに入った!」

 

「お、俺が思ってたのと違う……」

 

「あたし、てっきり難しい本とか読んでると思った」

 

 本の題名を見た瞬間、雪子が物凄い勢いで笑い始める。陽介は受け取った本を見て非常に複雑そうな顔をしており、千枝は少し安心したのか笑顔になっている。そして悠は。

 

「……可愛いな」

 

「いっ!」

 

「な、鳴上君!?」

 

「あ、あははは! あはは、く、苦しい!」

 

 思った事を素直に呟く。が、その言葉に陽介は凄いものを見る様に。千枝はかなり驚いた様な表情で悠を見る。雪子は笑いで聞こえていない様だ。

 

 悠としては『静かで難しいのを読んでいそうなのに、意外にも可愛らしい本を読んでいる事』に「可愛い」と言ったのだが、普通の人はそうは思わない。当たり前の様に異性に可愛いと言うのは中々出来ない事だ。悠は驚く2人の意味が分からない様に不思議そうな顔をする。そして言われた本人は……相変わらずの無表情だった。

 

 陽介は悠に近づくと、先程とまったく同じ様に「相棒、スゲェよ」と告げる。だが先程と違ってその視線はまるで憧れの人物を見る様子であった。先程の様に自然な感じで人を褒めた悠に感心しているのだろう。モテる秘訣の1つだとも感じている様だ。非常に微妙な空気が屋上に漂ってしまい、全員が黙ってしまう。

 

「だ、誰か止めて! あ、あははは!」

 

 1人を除いて。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。