【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 ライブを無事に終える

 10月10日。昼間。この日、体育の日で学校は休日となって居た。故に学校に行かなくても問題の無い零だが、今現在彼女はジュネスのフードコートに設置されたステージの裏側に立って居た。手にはマラカスを持ち、ステージの隙間から外を覗きこんでいる陽介の姿を見る。そんな彼の向こうからは沢山の声が聞こえてきており、その声の主達は今現在裏に居る零達を待ち侘びて居た。

 

 外を覗いて居た陽介は沢山のお客さんが来ている事実に緊張の余り震え、お客さんが沢山来ていると言う陽介の言葉によって千枝は更に震える。陽介のピンチを救うために行う事になったライブだが、りせ以外にこの様な舞台に慣れて居る物など誰1人として居ない。緊張するのは当然の事である。完二は今の服装(冬の制服)に付いて不安を持つが、彼らにライブ用の衣装などは無い。元々高校生のライブ。制服である事には何の問題も無い事ではあるが、それでも小さい事を気にしてしまうのは仕方の無い事だろう。普段インタビューなどに出て居る直斗もこういう事は初めての様子。自分の失敗が周りに影響すると言う状況に、顔が強張って居た。

 

「お前、緊張しないのかよ?」

 

「特には。辰姫は……平気そうだな」

 

「流石姫先輩! うん、皆! 集まって!」

 

 この場で平然としているのはテレビに出慣れて居るりせ。緊張の面持ちを見せない悠。そして余り感じて居ない零の3人。悠の場合、顔に出て居ないと言う可能性はある物の陽介の質問に返す声音は普段通り。恐らく本当に緊張して居ないのだろう。零はずっとマラカスを手にボーっとしており、普段と変わらないその姿にりせは褒める様に声を上げた後に全員に集まってもらうために手招きをし乍ら告げた。一番慣れて居るのは確実に彼女の為、全員は成功させるためにもその集合にすぐ集まる。

 

「心臓バクバクでしょ? 私も。でもね? ライブにはパワーがある。だから【完璧】って思い過ぎちゃ駄目だよ。お客さんは楽しくなりたいんだから! その為にはまず私達が楽しまなきゃ!」

 

 例えアイドルと言えど、彼女も同じ人。緊張して居ると言う事実に驚きながらも同じである事に、そしてりせのアドバイスに全員の心が一度引き締まる。それは表情が変わらずとも零も同じであり、そのまま全員はりせの言葉の続きを待った。

 

「私が『せーの』って言ったら『おー!』って返してね? 姫先輩も。オッケー?」

 

 掛け声をするために言ったりせの言葉。最後に零に確認する様に視線を向けて聞けば、零はしばらく黙った後に静かに頷いた。その仕草を確認した後、りせはこの場の全員を元気づける様に最大級に笑顔を見せて声を上げた。

 

「ファンと! 仲間と! 自分に感謝! 完全燃焼! 一本勝負! せーの!」

 

≪おー!≫

 

「……おー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習の通りに、間違える事無く無事に演奏を終わらせた全員。だが、そんな全員に向けられる言葉があった。

 

≪アンコール! アンコール!≫

 

 アンコール。つまりもう1回。しかし残念ながら、全員で必死に練習をして出来上がった曲はたった1曲だけ。アンコールの場合、大体別の曲をする物だが他に無い全員にはどうすれば良いのか分からなくなってしまう。りせも忘れて居た様で、どうすれば良いのか困惑。彼女が対応できない物を対応する事等出来ず、他の全員も困惑してしまう。クマは「ダイブするクマ!」と提案し、それに雪子が楽しそうに「ダイブ……!」と呟く物の流石に人数が多いために迷惑となってしまう。今出来る事は、無視して下がるか同じ曲を演奏するか。

 

「……」

 

「姫先輩? ! それ!」

 

 そんなどうすれば良いか分からなくなってしまった状況の中、零が突然りせの傍へと近づいて行く。その手に握られて居たのは一枚の楽譜。りせにはそれに見覚えがあり、零に驚いた様に視線を向ける。零は何も言わず、それをりせに向けて差し出して静かに一度頷く。そして渡した後に今度は直斗の元へとそれを運び始める。何をしようとしているのか、千枝達は分からずにそれを見つめて居た。

 

「これは何かの曲……ですか?」

 

 渡された直斗はその楽譜を読みながら質問。それに零は頷いた後、悠と完二にもそれを手渡す。そして陽介に持って居たマラカスを手渡し、千枝と雪子に無言で楽器を降ろす様に催促する。零の行動は今現在、殆ど分かって居ない。だが彼女が無駄な事をする事は無いだろうと考え、直斗と悠は楽譜を読み始める。完二も必死にどのようにすれば良いのかを把握し始め、千枝と雪子は零の催促通りに楽器を手放した。そうして出来上がった持ち場は【悠・ベース】。【陽介・マラカス】。【千枝・無し】。【雪子・無し】。【完二・ドラム】。【クマ・タンバリン】。【直斗・キーボード】と言う形。すると零は千枝が置いたトランペットを手に取る。

 

「もしかしてあたし達が歌うの!? 聞いてないんだけど!」

 

「い、行き成りは流石に出来ないと思う……」

 

「先輩たち! そんな余裕無いよ! ほら、頑張って! (あのトランペットってさっきまで先輩が使ってた気が……)」

 

 楽器が無い。それはつまり、楽器を使わない。使わなくても良い立ち位置に居ると言う事。それに2人が気付いた時には既に遅く、りせは零の持つトランペットを見ながらも2人の背中を後押しした。そうしてかなりハードなぶっつけ本番となる物の2曲目がスタートした。昔からやって居た腕は中々の物で、直斗は問題なく弾く事に成功。悠も問題なく弾く事が出来、完二も不安そうな顔で自分が行う位置を的確に慎重に行っていく。元々器用な彼は、この様な事も上手い様子。零は曲を唯一知って居る物であり、当然演奏することが出来る。陽介はその光景に覚悟を決めると、普段戦う時の様に。クマは音楽に合わせて自分の思う様に手持ちの楽器を鳴らし始めた。

 

 流れ始める曲はゆっくりとした曲調。バラードと呼ばれる形式であり、初めて歌うリセ・千枝・雪子の3人は楽譜を見ながら歌を歌い始める。そしてその歌を歌って居る最中、悠達はその歌詞に驚いてしまった。歌詞の内容。それは1人の少女が生まれた時から意図せず背負った物を最初は優しき家族が包み様に接し、後に厳しい家族が迫害する。そして最後にはその2つを失い、1人生きて行くことを決意する。と言った物。その内容と曲調は聞いて居た者達の心を捉えさせるには十分な物であった。

 

 無事に歌い切った後、りせは「ありがとうございました!」と大声で言う。それに合わせて他の全員も言い、零は静かに頭を下げた後にステージを後にした。無事に何とか終わる事が出来た物の、全員の胸には歌の中に居た少女と零の存在が重なる。そんな全員の姿を見た後、零は一枚の紙を見せた。そしてそこに書かれていた内容に、りせは思わず零の身体に飛びつく様に抱き着く。そんな姿を見て何時もは引きはがす雪子だが、今回はその瞳から徐々に溢れ始める涙を拭く事で精一杯であった。そんな光景の中、ヒラヒラと落ちる一枚の紙にはたった一文だけ。

 

【もう私は1人じゃない】

 

 彼女は悠達のお蔭で徐々に変わって居る証明であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月11日。放課後。零は何時もの通りに授業を終え、帰ろうとして居た。前日にライブをしたとは思えない程普通の日常に陽介などは気落ちしていたが、何時もの日常に戻っただけの事。そもそも零に取って、煩かろうと静かであろうとそんなに関係は無いのである。

 

 荷物を持ち、帰ろうと席を立った零。そんな彼女の前に雪子が立つ。そして「これから皆で一緒に試験勉強しない?」と誘いを掛けた。が、零はそれを首を横に振って拒否した後に『今日は掃除する』と紙で答える。実は零、普段掃除をして居る明るい時間をここ数日はライブの練習に使って居たため、明るい時間の掃除はしばらくして居なかったのだ。授業が終わった午後とは言え、まだ空は明るい。故に零は今日、神社の掃除をする予定であった。その事に雪子は「そっか」とだけ返し、諦め去って行く。そもそも強制するつもりは無かったため、雪子の諦めは早かった。

 

 零は荷物を持ち、本を片手に神社へ向けて足を進め始める。やがて神社にたどり着いた時、零はその前方に誰かが立って居るのに気が付いた。青い帽子に白いYシャツ。赤と黒のチェック柄のスカートを履き、青い鞄を肩から掛けて居る1人の少女。その少女は静かに目の前に存在する辰姫神社を見つめ続け、零の存在には気付いて居なかった。零はここに帰ってきて既に約半年。しかし彼女の様な姿を見た覚えは無く、何処か別の街の人間なのだろうと結論付けると真っ直ぐ神社へ足を再び進めた。当然、神社を見て居た少女は零の存在に気付いた。そして神社へと入って行く零を見続ける。が、零はそんな視線を意も介さずに中へと入って行った。

 

 荷物を置き、準備をして巫女服に着替える。そして箒を片手に外へと出れば、まだ少女は神社の目の前に居た。そして外に出て来た零の姿に驚いた様な表情をしながらも、何も言わずにやはり見つめるのみ。零もまた、何も言わなければ何も用は無いのだろうと考えて少女の視線を気にする事は無い。そうしてかなりの時間、神社の中は箒を掃く音だけが響いて居た。……が、余りの長さに流石に我慢できなくなったのか、少女が小さく声を出した。

 

「……ねぇ」

 

「……?」

 

 たった一言。その少女の声に零は手を止めて顔を上げる。そうして零と少女は初めてお互いに目が会う事となった。が、掛けられた声に零は顔を上げるのみで次の言葉を待つだけ。対する少女は声を掛けはした物の何を言えば良いのか分からず、困り始めてしまった。必死に言葉を繋げようと頭の中で考えるが、最善の答えは出てこない。

 

「えっと……その……」

 

「……」

 

「……ってか何で私、こんな状況にならなきゃいけない訳……」

 

 言葉を待ち続ける零の姿を見ながら思わず小さな声で呟いた少女。と、そんな少女の横を何かがかなりの速さで通過した。それはこの神社の常連であり、零の顔見知り……キツネ。キツネは零の傍まで近づくとその頭を下げる。零もその場でしゃがみ、その頭に手を置いて撫で始めた。その行為を本来ならば鋭い瞳を閉じて受け入れるキツネ。少女はそんな1人と1匹の姿を見つめて居た。すると

 

『撫でる?』

 

「え? あ、……うん。じゃあ」

 

 零がキツネから手を離し、紙に書いて少女に聞いた。少女はどうして紙でなのかを心の中で疑問に思いながら、キツネに近づく。突然近づいて来た少女に警戒する様に数歩下がるキツネだが、再び零が撫で始めるとまるで安心したようにそれを受け入れて逃げる事も止めた。そうして少女は無事にキツネの身体に触れ、その毛並みを撫でる。思わず少女は呟いてしまった。「……もふもふ」と。それもその筈。キツネの毛並みは非常に心地よく、その通りにもふもふとして居たのだから。

 

 キツネを撫でて居た零は立ち上がり、再び掃除を始める。少女もまた零が撫でるのを止めた事で自分もキツネから手を離し、再びこの場を静寂が支配する。が、先程の静寂に比べればキツネのお蔭で少しばかり話しやすい事だろう。

 

「……この子、何時もここに来る、の?」

 

 少女の質問に零は頷いて返す。キツネは人が居なければ大概、零の傍に居る事が多い。そう言う意味ではこの様に零以外に人が居るこの状況で現れたのはかなり珍しい事であろう。少女は零の答えに「そう」とだけ返した後、しばらく黙った後に零に視線を向けた。

 

「貴女は本当の自分と向き合ったの?」

 

「!」

 

 静かに紡がれた少女の言葉に零はピタリと動かして居た手を止めて少女に視線を向ける。【本当の自分】。その言葉で思いつくのは誘拐された事件での出来事のみ。そしてその内容を知って居るのは零が知る限り、悠達のみであった。故に目の前の少女がその事に付いて知って居る事実に驚いてしまったのだ。それでも余り表情に出ないのは何時もの事。

 

『何で知ってるの?』

 

「彼と……悠とともだち、なんでしょ?」

 

 零は思わず首を傾げる。今までそこそこの付き合いをして居たが、『友達なのか?』と聞かれた場合、零としては何とも言えなかったのである。良い所、『知り合い』と言った所だろう。それを考えた後、零は『悠』と言う名前が出た事で目の前の少女が彼の知り合いなのだと理解する。そして少なくとも、悪い人間では無いと。

 

「違うの? わかんないや、ともだちの定義ってなんだろう?」

 

『わからない』

 

 首を傾げた零の姿に不思議な顔で呟く少女。その言葉の答えを零もまた分からず、紙に書いてそう答える。友達と言う物の意味や定義。それを理解出来ない2人。何処かお互いが似た様な、それでも決定的に違う様な、そんな違和感を2人は感じるのだった。そしてそれからしばらくの間、2人は会話と言う会話は無い物のお互いに何も言わずに時間を過ごす。少女の帰る時間は決まって居なかったのか、零の掃除が終わるその時まで……。


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