【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

27 / 34
辰姫 零 事件を知る

 10月6日、昼休み。零は久しぶりの今日、学校に登校していた。しばらく休んでいたために普段よりも浮いた存在となっていた零。唯でさえ喋らず、無表情の零は当然の事乍ら人付き合いが殆ど無かった。あるとすれば悠達との関係のみだろう。

 

 現在は昼食の時間。屋上で1人、食事を取る零はやはり隅っこに座っていた。唯静かにお弁当を開ける零。が、そんな彼女の横に誰かが座る。と同時に反対側にも誰かが座った。その人物を確認するためにゆっくりと顔を上げれば、そこには花の咲いたような笑顔を浮かべる雪子の姿。反対には苦笑いを浮かべる千枝が座っていた。お互いに両手でカップうどんとそばを持っていた。

 

「あはは、何時も1人でしょ? 偶には一緒に食べようって雪子がね。私も話したかったしさ」

 

「姫ちゃん、何時も居なくなっちゃってるから。あ、それ姫ちゃんの手作り?」

 

 千枝がここに来た理由を説明すれば、雪子が一瞬で表情を変えて悲しそうに言う。と同時にまた表情を変え、零の開いていたお弁当に気付いた。中に入っているのは定番の品ばかり。しかし出来ている物を入れている様には見えず、千枝もその中身が手作りなのだと考えるのに時間は掛からなかった。

 

 本来簡易食品で済ませる筈の食事も、雪子が家に来て確認などをする様になって早数か月。既に零の中で食事を作る事は毎日の行動に入る様になっていた。それは身体に取って素晴らしい事であり、雪子は言わずとも自分で食事を用意している姿に満足そうに嬉しそうに頷く。もうその行動はどう見ても母親だろう。

 

「1つ食べて良い?」

 

 雪子の言葉に零は頷いてお弁当を差し出す。その姿にお礼を言い、中身を1つ食べる雪子。と、ここで零は聞かれていないにも関わらず千枝にもお弁当を差し出した。「あたしも!?」と当然驚く千枝。しかし零はお弁当を下げることは無く、雪子はそんな姿に更に微笑み始める。どう考えても断れる雰囲気では無い。まぁ、現状。千枝に断る理由も無いので特に問題は無いのだが。

 

「えっと、じゃあ1つ……う、美味い……」

 

 少し戸惑いながらもお弁当の中身を1つ取り、口の中に居れれば千枝はダメージを受け乍ら言う。美味しく無かった訳では無い。唯単に、想像以上の味を受けて見えない大きな壁を感じてしまったのである。が、当然そんな感情を知る由も無い零は自分の食事を開始する。その頃には2人のカップ麺も出来上がっていた。

 

 美味しい物を食べたせいもあり、お腹を更に空かせた千枝は待ってましたと言わんばかりに食事を始める。そんな最中、千枝は何となく前回も同じ様な事があった事を思い出す。そう、食事の最中に雪子が零に食べさせていたあの出来事を。まさか、まさかと思いながら口に麺を含んで箸で押さえたまま首を横に向ける。そこには想像通り、雪子が食べさせようと行動する光景があった。

 

「はい、お返し」

 

「?」

 

 目の前に箸で挟まれたうどんを見せられて首を傾げる零。が、すぐに理解したのか特に気にする様子も無くそれを口に居れた。先ほどから笑い続けている雪子。その笑顔に千枝は眩しさすら感じてしまう。しかしそんな見ているだけの存在で居たかった千枝は雪子と目が合ってしまう。その目に宿る意思は言わずもがなである

 

「(駄目?)」

 

「(駄目)」

 

 目で質問し、目で即答される千枝。零は我関せずと食事を進めるが、そんな零の前方で向かい合う視線での会話。どうにかして逃げたい千枝を雪子は逃がすつもりは無いらしい。何時もの雪子ならば優しくやって欲しい等と言う願望形で言うだろう。だがこの時の2人の中だけでの会話では命令形である。どうやら決定事項の様だ。

 

 深く溜息をつく千枝。その様子は諦めた者であり、雪子は興味津々と言った表情で麺に手も付けずに2人を見守っている。そんな雪子に見守ら(監視され)れながら千枝は溜息とは違う大きな息をはくと、麺を箸につまんで「辰姫さん」と一声。零は顔を上げた。

 

「あ、あーん」

 

「?」

 

 雪子同様に首を傾げる零。だがまた同じように理解するとそれを口に入れた。そしてそれを噛み始める零。前回同様、まるで餌付けをしているかのようなこの状況に千枝は落ち着かない。故にそばを思いっきり啜り、気付く。今口の中に入っている箸は先程零の中に入っていた物。前回は気付かずに使っていたが、今回はそれに気付いた。いや、【気付いてしまった】。

 

 思わず咳き込む千枝に雪子は「大丈夫!?」と驚く。と、零が何も言わずに千枝の背中をさすり始めた。徐々に収まる咳と苦しさに千枝は零にお礼を言うと落ち着くために大きく息を吐く。そして雪子を見れば……何の問題も無い様にその箸でうどんを啜っていた。その光景に千枝は何となく想像がついていたために、そこまで驚くことは無い。が、その行動の勇気には若干引いて居た。

 

『伸びる』

 

「へ? あ、だね。ありがと」

 

 思考を飛ばしてボケっとしていた千枝は目の前に見せられた紙に驚いた後、持っていたそばを見る。結構な時間が経っているため、そろそろ伸び過ぎてしまうかも知れない。意を決して千枝はその箸でそばを食べ始める。その味が僅かにいつもより美味しい気がしたのは千枝の気のせいなのだろう。気のせいであって欲しいと千枝は願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、零はジュネスのフードコートの席に座っていた。理由は1つ。零も巻き込まれた今回の事件について話をするためである。故にこの場に居るのは零だけでは無く、零を救った悠達自称特別捜査隊のメンバーと零同様に救われた直斗の計9人の大所帯である。

 

 まず最初に直斗が話し始める。最初にチャイムが鳴り、急に後ろから掴まれて薬の様な物を嗅がされたと言う。後者については分からない物の、零も殆ど同様の手口であろう。しかし直斗は最初から攫われる気で居たために、心の準備が出来ていた。その結果、薬の効果は薄く意識があったと言う。その事にクマが褒めるも、最初から自分を囮にしていたことに完二は良い顔をしない。自分を顧みない行動は決して良いとは思えないからである。

 

 犯人は体格的に【男】であり、【テレビに落とされる間が短かった】。この手がかりは今現在無い物であり、それ自体は収穫だろう。そして今回、零と直斗がテレビに落とされたと言う事実から悠達が前回捕まえた犯人と思われる高校生。【久保 美津雄】は今回の事件の犯人では無いと言う事が明らかとなった。

 

 ここまで話をしていた時、静かに零が手を上げる。突然の行動に全員の視線が集まる中、零は紙に書いて見せた。そこに書いてあったのは今まで思って居た事だろう。

 

『説明して』

 

 その文を見て全員がハッとする。今この場に居る中で今回、事件に巻き込まれたのは直斗と零の2人。当然知っていた者達は事件の内容を知り、直斗もまた同じように追っていた人間。だが零は違う。今まで何事も無いかの様に事件が起きたとしても平和に過ごしてきていたのだ。説明が無ければ【真犯人】だの久保だの言われたところで当然分かる筈がない。故に零には必要なのだ。事件の始まりからこれまでの出来事に関する【説明】が。

 

 悠達は今までの出来事の説明を始める。その中にはりせが居なくなった時のも含まれており、一時居なくなった事に僅かながら心配した経緯を零は思い出す。突然帰ってきていたが、今回の説明でその理由も理解。やがて全容について分かる様になり、『もう平気』と言う紙を見せたところで説明が止まる。頭が良い事が幸いし、理解するのに時間はそう掛からなかった。

 

「では話を戻しましょう」

 

 直斗の言葉で全員は話を戻す。今までに計3人の人間が死亡し、その全員が高い所でぶら下げられると言う状態で発見。3人目であるモロキンは久保の模倣犯である事から残りの2人は別の犯人がおり、その犯人はまたこれからも誘拐していくことは明白であった。そして次に浮かぶ疑問は、久保が犯人でなければどうやってテレビの中の世界を知ったのか? と言う物。直斗がその疑問に「直接聞ければいいのですが、僕は既に警察から外れた身」と帽子の鍔を抑え乍ら言う。【警察】と言う言葉に、全員は難しい顔を浮かべる。

 

 テレビの中での出来事を話したところで、それを経験している者でなければ当然信用してくれないだろう。そして現状、久保はモロキンだけでなく他の2人も殺した犯人として世間に知れている。警察の信用として、【真犯人が居ました】などと軽々しく言える物では無いのだ。組織故の短所。直斗が外れた、いや、外されたのもその事を訴えたからだと言う。そしてその言葉に千枝は驚き、完二は怒りを露わにした。

 

 ここまで話をしていた時、陽介が直斗の冷静な姿と捕まってしまった事実を考えて疑問を抱く。それだけ冷静ならば、捕まえる事は無理でも後ろから簡単に捕まる様な事は可笑しいんじゃないかと? 探偵王子と言われる程の名探偵なのだ。思うのも無理は無い。そして直斗はその質問に顔を伏せながら言う。

 

「あ、あの……正直言うと……結構怖くて」

 

 予想外の返答だったのだろう。何時もの冷静な直斗と違い、今の直斗は純粋に怖がる乙女の様。その姿に雪子は自分達も捕まった事や、直斗が下級生の女の子であることを理由に仕方が無いと言う。陽介はその言葉にハッとした表情を浮かべる。今まで纏める様に凄まじい頭脳で会話をしていた存在が、年下の女子だと言うには僅かながら違和感があるのだろう。今まで男と思って居ただけにそれは大きい。故に言いにくそうに「忘れちまうんだよな」と言いながら直斗を見る。見られた直斗は何を言われるのかと思いながら陽介を見返した。

 

「な、なんですか?」

 

「……とんでる【お嬢さん】だな」

 

 言われた言葉に直斗は咳払いをすると無理矢理話を戻す。直斗自身、今回の事件の本当の姿を見えたところで一切引く気は無いのだろう。故にリーダーである悠を見て「僕にも協力させてください」と志願。

 

「もちろんだ。よろしく、直斗」

 

「……はい!」

 

 固い握手をしながら悠の言葉に元気よく返事をする。これで事件の内容についての纏めに関しては大きく終了。直斗も仲間となり、一先ずは一件落着……では当然無い。今の今まで会話をせずに静かに眺めていた零に当然全員の視線が言った。今まで見ているだけだったため、突然中心になった事に零は首を傾げる。分かって居ない様だ。

 

「ヒメちゃんは、一緒に犯人探すクマ?」

 

 クマの質問に零は何も言わずに黙り込む。先ほども同様、直斗の様に事件に大きく関心を持って過ごして居たわけでもなんでもない零はいきなり巻き込まれたも同然。悠と陽介は最初から。千枝は雪子を助けるために始め、雪子は自分が恨まれる理由を知るために。完二も同じく自分を入れた犯人を捕まえるため、りせは皆を助けるために。クマはテレビの中に住んでいたため、最初は中の平穏を取り戻すために。現在は皆と一緒に過ごすためにとそれぞれがそれぞれの理由で集まったのがこの自称特別捜査隊である。

 

 雪子は零を見ながら「無理しなくて良いんだよ?」と声を掛ける。事件の内容を聞いている時点でテレビに映った人が攫われると言う内容も聞いていた零。それはつまり恨みでは無いと言う事も分かる。誰かを助けるためと言う理由で悠達の様にすぐさま行動を起こせる訳でも無く、正義感と言う物をまだよくわかっている訳でも無いために今分かる事は危険な事に首を突っ込むか? と言う事ぐらい。零はしばらく考え込んだ末に答えを書く。その答えに誰かが何かを言うことは無い。唯単純に、零と言う存在の安全を考えるならばそれが一番であるから……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。