【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 平和な日常に戻る 【後編】

 10月3日。朝。まだ学校に復帰していない零は神社の外を誘拐される前同様、何時もの格好で何時もの様に掃除していた。目はしっかりとコンタクトをして本来の姿を隠している。八十稲羽に住む一般市民にとって、この目こそが零の普通と言う認識なのだ。故に零は1人の時や知っている人物以外に目を見せる気は無い。そして何よりも、普通に人に目を見せる事に零は不安を感じてしまうのだ。

 

 既に木々には紅葉が存在し、まれに落ちてきてはその紅葉を箒で一カ所に集める。そんな事を繰り返すうちに零の目の前には紅葉の山が出来上がってしまう。葉っぱなどが沢山落ちるこの時期は掃除をし続けても終わりが見えないのだろう。かと言って他にやることも無いのか、静かに箒で掃き続ける零。普通の生徒や子供は幼稚園や学校に行っている時間帯のため、商店街などに居るのは大人のみ。時間もまだ朝な事もあって人気は少なく、偶に吹く風の音しか零の耳には聞こえない……筈だった。

 

「おはようございます」

 

 突然の声に零が視線を向ければそこには小柄な帽子をかぶった少年……白鐘 直斗が立っていた。直斗もまた、誘拐された人物の1人であるために学校にはまだ復帰していなかったのだろう。零は直斗が自分と同じように誘拐されていたことを既に悠達によって教えられていた。故に零が最初に直斗に見せた紙に書かれていたのは『体は平気?』と言う心配する内容。直斗はそれを見て少し笑う。

 

「えぇ、僕は大丈夫です。辰姫さんこそ僕と同じ様に誘拐され、救出された時期は僕よりも後。体は大丈夫なのですか?」

 

 直斗の質問に零は静かに頷いて答えると止めていた箒を再び動かし始める。既に箒で掃いた場所の数カ所にまた紅葉が落ちており、動かすたびにそれは山の中へと移動していく。それを見て直斗は心の中で『幾らやっても今は無駄なのでは?』と考えてしまうも、それを口に出すことは無かった。

 

「今日お伺いしたのは僕たちが誘拐された事件について、少しでも聞いておきたかったからです。お邪魔をするつもりはありませんので、よろしければ誘拐される直前の事で何か覚えていることなどはありませんか?」

 

 零は直人の質問に動かしていた箒を再び止めてそれを脇に挟むと服の内側から紙とペンを取り出して書き始める。何かがあるのかと直斗は真剣だった顔をより深くし、その動作が終わるのを待つ。そして見せられた紙に書かれていたのは一言。

 

「【チャイムが鳴った】……ですか。他には何かありませんか?」

 

 書いてあった内容を見た直斗は少し黙った後に聞くが、零自身も覚えていることはそれだけの様で首を横に振った。当然のことながら零が嘘をつく理由も無いため、これ以上聞いても無理なことはすぐに分かる。故に直斗は「そうですか……」と静かに呟く。そして出来るのは……零が居る事で1度は発生する静寂の時間。直斗も事件の話が終わってしまった今、話せる内容が思いつかない……のでは無く、事件について考え始めてしまったために神社は静寂が何時までも続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、いつの間にかこんな時間に」

 

 深く考え出すと止まらないのか、直斗が気付いた時には既に1時間ほど時間が経っていた。零は未だに終わらない掃除をしており、1時間経ったぐらいでは人気が増える事も無い。

 

 直斗は掃除をしている零を少し見た後に溜息をつくと「また学校でお会いしましょう」と一言行ってその場を立ち去ろうとする。しかし直斗の言葉と同時に零の動かしていた筈の箒の掃く音が止み、それに気付いた直斗が振り返ればそこには紙に何かを書いている仕草をしている零の姿。直斗はそれを見て少し待つことにした。

 

『あなたは自分を認めた。だからここに居る』

 

「……はい、そうですね」

 

『でも周りは傍に変化があれば興味を持つ。それが相手に嫌な思いをさせても』

 

「……」

 

『負けないで』

 

「!」

 

 最後の紙に書かれた言葉に驚く直斗を尻目に零は再び掃除を再開し始める。雰囲気からもう何かを伝えようとする気は一切なく、直斗はそんな零の後姿を見続けた後に小さく「ありがとうございます」とお礼を言うとその場を立ち去る。商店街を歩き、バスに乗るためにバス停の前で直斗は止まると空を見上げる。雨雲など一切ない快晴。それを見上げながら何も無いにも関わらず、直斗は静かに微笑んだ。

 

「……辰姫さん……不思議な方ですね…………自分は自分」

 

 その言葉を呟くと同時にバスが到着し、直斗はそのバスに乗車する。悠達の活躍によって今まで無意識に伏せていた心を知り、彼……いや、【彼女】と言う存在はまた1人救われ、仲間に加わるのだった。

 

 一方その頃、学校では未だに空席になっている席を見て静かに溜息をつく存在が居た。

 

「どうしたら姫ちゃんの思いを変えてあげられるんだろう?」

 

「内容が内容だからな……全然思いつかないよ! なんてな!」

 

「……寒い」

 

 休み時間になっている教室では悠達2年生組が集まって話をしていた。昼休みの様な長い時間ではないため完二達1年生組は教室には来ていない。次の授業の準備も特に移動と言った類でなければ教科書などを用意するのみ。故に悠達は話を始める。

 

 雪子の一言から始まった話に自信満々に返す陽介だが、そんな彼の言葉が雪子のツボにはまることは無く静かに返される。余程自身があったのか、陽介の背中は誰が見ても沈んでいた。悠はそんな陽介の背中を優しく叩いて慰める。

 

「誰かの為になる死に方……そんなの本当にあるの?」

 

「例えば事故が起きる時に誰かを庇って、とかそう言った感じじゃねぇの?」

 

 千枝の質問に沈んていた陽介が答える。が、それを聞いて雪子は「そんなの救いでもなんでも無いよ」と言えば全員の間に静寂が支配した。陽介の言った例え。想像だけでは勇気のある行動なのかも知れないが、実質その【後】を考えれば辛い物が待って居る。もしも誰かが誰かを庇って死ぬようなことがあれば、死んだ周り。そしてその庇われた本人が『自分のせいで』と思っても不思議ではない。一見美しい物も、中には何があるかわからないのだ。

 

「とにかく辰姫に関しては気に掛けるべきだろう」

 

「だな。別に仲が悪いって訳じゃ無いし……何とかなるだろ」

 

「うん、何とかする。……最悪どんな手を使ってでも……ね」

 

 雪子の言葉に悠達3人は固まる。しかしそれに気付くことなく雪子はぶつぶつと何かを呟き始めてしまい、その内容に全員は冷や汗をかかずには居られないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日。放課後。既に八十神高校の生徒も帰宅を始める中、零は朝と変わらず神社を掃除していた。そしてそんな零の近くにはキツネも居り、せっせと落ちている紅葉を一カ所に集めている。利口過ぎる気もするが、零が気にする様子は無かった。

 

「姫先輩! 遊びに来たよ!」

 

 箒を動かしていると、零に向かって声が掛かる。振り返らなくてもそれがりせだと分かるのは顔見知りである以上にその声を聴きなれているからである。故に振り返らずに紙に何かを書くとそれを見せた。そこには『何も無い』の言葉。つまり『ここに遊びに来たところで、何もありません』と言いたいのだろう。が、りせはそれを見て「甘いよ!」と言うと零の前に仁王立ちする。そして大きく天を指さした。

 

「姫先輩がそこに居る! それだけで私がここに来る理由に値するんだよ!」

 

 元アイドルだからか、行動の力強さは誰よりもある。天を指して言い放ったその言葉の強さに知らない人でも『なるほど』と思ってしまうくらいだ。だが、残念なことに零には伝わらなかったのか首を傾げるのみ。りせの言葉はそのまま【零に会いに来ている】と言っているのと同義。それが伝わらなかったため、りせは大きく脱力した。

 

「姫先輩ってラノベの主人公並に鈍いんだった……」

 

 静かに呟いて零を見れば、再び箒を動かし始めていた。笑顔などでは無い物の、無表情に箒で地面を掃く巫女服姿の零。その光景はりせの中で神々しく、それでいて素晴らしい物であった。そして無表情なところを見て思い出す。テレビの中であった出来事で零が言った言葉を。

 

『……私は……感じたい……笑いたい……楽しみたい……喜怒哀楽が……欲しい』

 

「……そっか、鈍いとかじゃ無いんだ……」

 

 沢山の事を知っているようで知らなかったりせ。しかし今回の出来事で確実に零との距離が近くなったことを感じていた。そして今出た答えにまた1つ、近づけた気をりせは感じた。

 

 零は元々感情と言う物を押し殺していたのだ。だがそれは今回の件で一種の解放を迎え、零は零なりに感情を殺すことを止めた。それでも中々笑えないのは今まで笑っていなかった事もあるが、大きい理由としては2つ。1つは表情を変えずに何年も何年も過ごしてきたせいで、顔の筋肉が固まってしまっていると言う身体的理由。もう1つは今まで殺し、無視してきたせいで感情事態に慣れていないと言う精神的理由である。

 

 前者も後者も治すのには大きな時間が掛かるだろう。だがその現状を理解した時、りせの心の中に浮かんだのは逃げる事では無い。受け入れ、これから何があっても零を笑わせよう。そしていつか笑い合おうと言う思いであった。

 

「あわよくば一生……きゃ!」

 

 少し下心が混じっているが、とにもかくにもりせの心は更に燃え上がる事となった。そしてまずは今まで以上にスキンシップを取る事を決めると、零が動かしている箒を掴んで「姫先輩!」と大声で零の顔を見る。何故か掃除を中断されたことに零は怒るような表情は勿論、素振りすら見せずに首を傾げた。

 

「今夜、一緒にご飯食べに行こ!」

 

 りせの言葉に零は少し止まる。固まっているのではなく、考えているのだろう。そしてしばらくした後、静かに頷いた。それは了承の意を示している訳であり、りせはそれを理解すると箒から手を離して零に背を向けて少し猫背になる。結果、零からは見えない位置でりせは力強くガッツポーズを取る事が出来た。

 

 夕食の約束を取り付ける事に成功したりせは零に「私も手伝うからね!」と言って、箒を神社の中から取って来る。何故ある場所を知っているかと聞かれれば、昔から内装の変わらない神社の中は既にりせの頭の中で完全に把握されているからである。故に掃除道具が置かれている場所など目を瞑っても辿り着けるのだ。

 

 始める前に電話で家に夕食を外で食べる事を伝えるりせ。その後、零と同じように制服姿で掃除を始める。りせの頭の中では現在、零と一緒に掃除が出来る喜びと何処で食べようかと言う事で一杯であった。掃除自体はそこまで好きな部類では無い物の、【零と一緒】と言う部分が付くだけで心境は大きく変化する。それほどにりせの中で零は大きな存在なのである。

 

「ジュネスは花村先輩が居るかもだし……う~ん」

 

『愛屋』

 

 箒を動かしながら考えるりせに零は紙を見せる。まさかのリクエストにりせは驚くが、零自身が行きたいと思ったのならりせの中で断る理由など皆無。笑顔で「決定だね!」と頷いて掃除を再開した。

 

 現在の時刻は16時40分。まだ夕食には早い。故にりせはこの後、しばらくの間零と共に掃除をすることとなった。夕食の時間は早くてもやはり18時以降がベストだろう。1時間ほど掃除をし続け、手などを洗う。そして準備が出来た零は行こうとする。が、その恰好は巫女服のまま。りせは「その恰好で行くの?」と聞いた。

 

『何時もこのまま』

 

「え!? 姫先輩って1人で食べに行ったりするの!?」

 

 零はりせの言葉に静かに頷いた。実は零。初めて悠達と行った時以前や以降にも愛屋には何度も行っているのだ。零の姿を始めてみる人に取っては巫女さんが居る光景に驚く事だろう。だが既に【稀に巫女服の少女が居る】と言う事は愛屋の中では可笑しく無い事と化していた。それは零がここに戻ってきてしばらく立っているために、辰姫神社に住んでいることが既に普通の認識となっているからでもある。最初は新鮮でも、慣れればそれが普通となるのだ。因みにリアルに巫女を見たいと言う理由でお客が偶に来るため、愛屋事態は迷惑どころか感謝しているのだが、当然零が知ることは無い。

 

「それじゃあ、レッツゴー!」

 

「……ごー」

 

「ぶはっ!」

 

 思わずりせは元気よく振り上げた手を下げてむせてしまう。それもその筈。殆ど喋らない零があの事件以降、2人だけの時などに極稀に声を出すようになった。それだけでも当然大きい事であり、今は2人しか居ない為にそれ自体は何の問題も無い。嬉しい限りである。が、無表情&棒読み&スローで【りせと同じように拳を上げる】その動作にりせは不意打ちを受けたも同然。思わずその可愛らしい光景にダメージを受けてしまったのである。

 

「ひ、姫先輩……それは……反則、だよ」

 

 息も絶え絶えになりながら口では無く鼻を抑えて真っ赤な顔で言うりせ。しかし理由が分からない零はやはり首を傾げるしかないのであった。


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