【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 再会する

 4月17日。この日、零は神社の外を箒で掃いていた。服装は学生服でも私服でもなく、何と巫女服である。神社に居るのだから当然と言えば当然なのだが、この辺りでは余り見ない服装だ。

 

 学校は日曜日ので休み。空は晴天に恵まれ、零の目の前では子供達が遊んでいた。どうやら男の子が女の子に振り回されている様だ。

 

 零は掃除を終えると中へ入ると、小型の冷蔵庫を開ける。家の中には沢山の家具が置かれており、それは学校に初めて登校したあの日に置かれていた沢山の荷物の中身であった。学校から帰る度に少しずつ配置していったのだ。結果、神社の中はもう普通に暮らせる環境となっていた。

 

 零は冷蔵庫の中を見てため息をついた。中に入っているのは調味料のみであり、食べられそうな物が1つも入ってないからである。となれば買出しが必要だろう。零は着替えると、財布と買い物で必要な物を揃えて神社の戸締りをして外に出る。

 

 買い物をする場所、稲羽中央通り商店街には豆腐屋や染物屋といったお店が沢山あるものの、食材が置いてある店は意外な程に少ない。そんなこの町に、ジュネスという大きなデパートが建ったという話を零は生活の中で耳にしていた。どうやらそのジュネスのせいで商店街の活気が無くなっていると怒っている人も居る様である。が、零は特にそんな事は気にしない。

 

 ジュネスへの道のりを既に確認済みの零は、真っ直ぐにジュネスへ向かい始める。そして数十分移動した末に到着したのは見上げる程に大きな建物であった。扉の前に立てば勝手に開く自動ドア。商店街には存在しない設備である。零はそれに古と新の違いを感じながら中へ入った。どうやら最初の場所はエレベーターのみのフロアであり、そこから違う売り場へと移動する様だ。零は建物内の地図で食品売り場の場所を確認して、その階へ向かった。

 

 周りを見ても居るのは主婦の様な人ばかりであり、学生の姿は何処にも無い。そんな中で零は用意した籠へ適当に商品を入れていった。零は1人で暮らして居るため、料理は出来る。だが余り作る気は無いのか、その殆どが栄養食ばかりであった。

 

 零は買い物を終わらせて腕時計を見る。時刻は10時47分。ジュネスに着くまでが約30分程であり、買い物を終わらせて真っ直ぐに帰れば時間的にはお昼がまだ早い時間となる。実は零、建物内の地図に書かれていた【フードコート】という場所が気になっていた。だが真っ直ぐにそこへ行って食べるには時間が早く、それでいて食事を済ませられる程の時間が経てば肉類等は傷んでしまう可能性がある。少し考えた後、零は『1度帰ってもう1度来る』と言う結論に達した。

 

 30分程掛けて商店街に着いた零は、神社に向かう前に丸久豆腐店と書かれた看板のある豆腐屋に入った。中に居たのはお婆さん。そのお婆さんは零を見て「いらっしゃい」と笑顔で出迎える。

 

「お豆腐かい? それともがんもどきかい?」

 

 零はお婆さんの言葉に頷いた後、右手で3本指を立てた後に今度は2本立てる。その行動を見たお婆さんは少し分からないといった表情を浮かべるも、何かを思い出した様に「あらまぁ~」と嬉しそうに零へ視線を向けた。

 

「零ちゃんかい? 久しぶりだね~。帰って来てたのね」

 

 お婆さんの言葉に零は頭を下げる。その後お婆さんは「りせが居たら喜んだんだけどね~」と喋りながら、豆腐3つとがんもどき2つを用意して零に渡した。零はお金をお婆さんに渡して再び頭を下げると、丸久豆腐店から外へ。今の会話から分かる通り、ここは零が昔ここに住んでいた時からあるお店。そのため今のお婆さんは零の事を知っており、『りせ』というのは零の知り合いの名前であった。

 

 零は荷物を全て神社に置き、冷蔵庫に入れなくては駄目になってしまう物を速やかに入れる。そして数分休憩すれば、時間は11時30分。零は再びジュネスに向かって外出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零はフードコートで食事をする。昼にしては豪華なお肉料理。それを零はナイフとフォークを使って行儀良く食べていた。外食をする事はかなり贅沢な事であり、零はそれを出来る限り味わって食べ続ける。

 

 美味しく零が食事をしていたフードコート。その違う席に、悠は座っていた。悠だけではない。千枝と転入初日、苦しんでいた男子生徒……花村 陽介も座っている。そして彼らは非常に現実ではありえない話をしていた。それは雪子が行方不明になり、その雪子が『テレビの中に居る』という内容。そして彼らはその『テレビの中』に入る事が出来るのだ。

 

 食事を食べ終えた零。そんな零の目の前を3人は通り過ぎて行った。何か必死な様で、それで居て緊張もしている3人は零の存在に気づかない。零は通り過ぎた3人の明らかに可笑しな様子を見て少し不思議に思い、食べ終えた食器を片付けて3人を追い掛ける事にした。何時もの零ならば気にせずに帰るのだが、まるで『危険を覚悟している』かの様な表情を浮かべた3人を見れば気になるのも無理はない。

 

 3人が向かったのは家電製品が置かれている場所。だが零は3人の表情から何かを買うという考えは無いと思っていた。零は気付かれない様に3人の後を尾行する。

 

 やがて3人はテレビ売り場の方へと入って行った。そこは曲がり角となっており、零は静かに見える場所へと移動する。

 

「?」

 

 だが零は目の前の光景に首を傾げてしまう。確かにテレビ売り場の方へと入った3人。しかし見える場所に行っても、3人の姿は何処にも無かった。零はテレビ売り場の中に入って周りを見渡すが、やはり3人の姿は無い。少し周囲を見た後、零は諦めてその場を後にする。流石にテレビの中へ入るという発想は零には無い。故に1台のテレビ画面が波紋を生じさせていた事に、零は気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月30日。放課後、零は屋上で本を読んで居た。あの日以降、天城 雪子という生徒が居なくなったことで学校中がかなり騒いでいたが、今日無事に登校して来た事で学校関係者は安堵していた。

 

 ここ最近、この町では殺人事件が起きていた。最初は零と悠が転入した日に起きたアンテナに死体が引っかかっていた事件。そしてその事件の第一発見者が、後日同じ様に電柱に吊り下げられて発見されたのだ。この2人は一時行方が分からなくなっており、その後に死体で発見された事から雪子を心配する生徒もいた。しかし今回は無事に登校して来た事から、周りは非常に安心していた。

 

 突然屋上の扉が開かれる。そこから入ってきたのは、フードコートで見かけた悠達3人の姿であった。最初に零に気づいたのは悠。彼は零の姿を見て驚いた様な表情を浮かべる。悠の視線を追って、千枝と陽介も零の存在に気づいた。

 

「あ、えっと、辰姫さん、だっけ? ここで何を?」

 

 陽介が零に話し掛けると、零は本の間に栞を挟んで閉じてからそれを見せる。3人はその行為が『本を読んでいる』と言っているのだと分かった。が、何故ここなのか疑問にも思う。そしてそれよりも不味い事は、今から彼らは殺人事件について話そうとしていたのだ。ここに零が居る事は彼らに取って非常に不味い事であった。どうしようかと悩む悠達。しかし零は本を閉じたまま立ち上がると、屋上を後にする為に彼らの横を通過する。

 

「その、ごめんね? 気を使わせちゃって」

 

 その行動を見て千枝が零に謝ると、零は首を横に振って『気にしていない』と意思を示した。そして屋上から去る為に扉へ向かい、空いていた扉の向こうへ。目の前には階段。そして今日無事に登校を再開した天城 雪子が階段を上る姿があった。

 

「あ……」

 

 雪子は零の姿を見て固まる。何故か両手にはカップうどんとそばがあり、どうやら中にはお湯が入っている様だ。恐らく上に居る誰かが食べるのだろう。零は軽く頭を下げて去ろうとする。だが、

 

「ま、待って!」

 

 突然の静止の声に零は足を止めた。既に階段を下りている零は振り返って雪子を見上げる。雪子の表情は何かを戸惑っている様であり、だが少し時間が経った後に決意した表情で零へ話しかけた。

 

「もしも違うならごめんね。貴方は……姫ちゃん、なの?」

 

 雪子の言葉に零は黙る。そしてしばらく黙った後、静かに頷いた。と同時に零の目の前には人影が迫り、勢いよく押されるに近い衝撃を受けた零は倒れそうになるのをギリギリ耐える。首元にサラサラとした何かが当たり、それが髪だと分かるのにそこまで時間は要らなかった。背中には暖かい物があるため、それはカップうどんとそばだと分かる。そして零は今の状況を理解した。雪子が自分に抱きついているのだ。

 

「ずっと心配したんだよ!? あの日、神社に誰も居なくて。お母さんとか完二くんとか皆で探し回って……良かった、良かったよ……!」

 

 零は雪子の言葉を聞いてゆっくりと雪子の背中へ手を回す。そして背中を優しく叩く様にして雪子が落ち着く様に促した。だがしばらくこの状態が続いてしまい、結果的に雪子が元に戻った時には伸びてしまったカップうどんとそば。もう1度作り直す事になったのは仕方の無い事である。

 

 落ち着いた雪子と共に新しいカップうどんとそばを用意した零は帰宅する。その時雪子が一瞬寂しそうな顔をするも、彼女はこれから屋上の悠達と話をする予定だった事をすぐに思い出してお互いに別れる事になった。

 

「なんかさ。辰姫さんって物凄いレベル高いけど、あの関わるなオーラのせいで台無しって感じだよな」

 

「何時も本読んでるし、っていうか本しか読んでない気がするけど……あれ、なに読んでんだろ?」

 

 屋上に到着した雪子の耳に陽介と千枝の声が聞こえる。雪子が居ない間、事件の話では無く違う話をしていた様だ。そしてその内容は現在、先程までここに居た零の事になっていた。雪子は3人に待たせた事を少し謝ると、千枝に確認を取ってそばの方を渡す。

 

「姫ちゃんの話をしてたの?」

 

≪姫ちゃん?≫

 

 座り込んだ雪子が言った一言に千枝と陽介が驚いた様子で同じ事を聞き返す。それを見て雪子は「あ」と一瞬間の抜けた声を出した後に、自分が零と知り合いであった事を話し始めた。といっても詳しくと言う訳では無い。

 

 雪子の話を聞いて元々ここに住んでいた事を知った2人は『今度話しかけてみよう』といった会話をし始める。そしてそれを見て雪子は少し安心した表情を浮かべた。恐らく今の孤立した零の状況を彼女なりに心配していたのだろう。それに気づいた悠は黙って話す2人を見つめる。そしてしばらく他愛無い話をした後、事件について4人は話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日、夜。零は神社の縁側に座って本を読んでいた。春の心地良い風が吹いて零の長い髪を揺らす。だが流石に真っ暗になると読んでいた本に栞を挟み、閉じて中へ入る。そして閉めようとして、

 

『コン!』

 

 完全に襖が閉まるその前に、何かが勢い良く零の目の前を通過した。そしてそれは部屋の真ん中に置かれていたテーブルの上に座る。零は余りの出来事に閉めた襖に手を掛けたまま自分を見つめている生き物を見続ける。零は零で驚いているのだが、完全に無表情であった。

 

 お互いに見つめ合い続ける事数分。突然目の前に居たそれはテーブルから飛び降りて零の周りを駆け回り始める。そして何週かした後、零の足元に擦り寄り始めた。零はそれに答える様に頭を触る。黄色い毛に尖った耳。左目の部分と右目の斜め上に傷が出来ており、目つきは非常に鋭い。……それは誰がどう見ても狐であった。どうやら零は気に入られたようだ。

 

 その後、何故かキツネは零の近くから離れなかった。零はテーブルで本を読むが、その横に静かにキツネは座り続けており、何が楽しいのか零には分からなかった。流石に風呂に入る時などはついて来る事は無かったが、それ以外ではほぼ零と同じ場所に座っていた。だがそれもかなり遅くになると流石に何かがある様で、零に頭を下げた体勢のまま固まる。その様子に何となく零が頭を撫でると、キツネは器用に襖を開けて外へ飛び出して行った。

 

 零は去ったキツネを見送り、開いたままの襖を閉めて布団を敷く。そしてその日は眠る事にした。明日は休日のため、零は何をしようか考えながら目を閉じるのだった。


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