【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 謎の少年に聞かれる

 6月28日。放課後。雪子は授業が終わると、真っ先に零の席へ向かった。完二が救出されて以降、雪子は必ず放課後になる度に零へ話し掛ける様になったのだ。だが普段、雪子は家の旅館を手伝わなくてはいけないという大事な用事があるため、そこまで長い時間を話せる訳ではない。それでも少しでも、と話し掛けるのが雪子の習慣になっていた。

 

 零は本を取り出しており、今にも立ち上がりそうな状態だ。雪子が話し掛けると、零は立ち上がるのを止めて首を傾げる。そしていざ話をしようとする雪子だが、何を話して良いのか分からなくなってしまう。話が上手い悠でさえ、会話が中々出来ない零を相手に雪子が話で盛り上がるのは非常に難しい事であった。

 

「えっと……?」

 

 何を話そうか迷う雪子。しかし零はそんな彼女の様子を見て何かを書くと、雪子に見せた。その書いてある内容に雪子は更に何を言えば良いのか分からなくなってしまう。零が書いたのは『豆腐屋。りせ。最近見ない。何か知ってる?』という内容。そして雪子はりせが居なくなってしまった理由を知っている。しかしそれを説明するのは非常に難しい事であった。『テレビの中に居る』なんて説明は当然出来ず、話しても信用される可能性は低い。だが迷ってしまった事で『知らない』と答えれば、嘘を言っている事が簡単にばれてしまう。雪子はどう答えようか迷い、助けを求めるべく千枝に視線を向けた。

 

 千枝は突然の視線に驚いた後、どうにか話を逸らそうとする。だが良い案が一切浮かばない。そこで今度は陽介に目で『どうにかして』と助けを求めた。それを感じた陽介は「俺かよ」と驚いた後、一歩前へ。その距離約1cm。進んでいるとは到底言えない。そんな陽介を見て千枝は今度は悠に視線を送るが、悠は黙って見守るのみでなにも言わない。本当にどうするかと焦り始めた千枝。すると思わぬ人物が彼女達の危機を救った。

 

「ちぃーす。ちょっと聞きたいことがあるんすけど……って、何すかこの空気?」

 

 突然、1年生の完二が教室へ来訪したのだ。全員が心の中で『よく来た!』と歓迎し、陽介は少し大きな声で完二と話を始める。その時に「天城辺りに聞けば何でも知ってると思うぜ!」と答える事で、雪子を会話に入れられる様にする。零は突然入って来た完二に視線を向けていたため、雪子はここぞとばかりに完二へ「何を聞きたいの?」と質問。思わぬ歓迎をされ、何時もと明らかに違う対応の優しさに完二は何処か気持ち悪さを感じながら質問を始めた。

 

 都合良く完二が質問する途中で零は屋上に向かった。そんな零を見て、完二以外の全員が一斉に安堵のため息をつく。完二は安心し切った4人に「一体どうしたんすか?」と質問した。

 

「辰姫さん。りせちーと知り合いだからな。居なくなってるのを不審に思ってるみたいなんだ」

 

「あ~。確かに店でのあの会話は仲良かったっすからね」

 

「不味くない? 早く助けないと、今のであたし達の事を少し疑ったんじゃない?」

 

「かもしれない。迷った時点で何か知ってるとは思ってるだろうからな」

 

「ごめんね、上手く答えられなくて」

 

 雪子の謝罪に全員は仕方ないといった様子で返すと、本当にどうするかを話し始める。そして今回の久慈川 りせ救出はとにかく急いで行うべきと話が決着し、善は急げと今からテレビの中へ向かう事にした。

 

「……」

 

 零は変わらず、屋上で本を読む。彼女の何気ない質問が悠達の尻に火を付けた事等、彼女は知る由も無いままに残りの一日を過ごすのだった。

 

 

 

 

 7月5日。放課後。零は買い物をし続け、最後に丸久豆腐店へ入る。中にはやはりお婆ちゃんのみ。りせの姿は前回話して以降、見ていないのだ。そして今回も居ないと感じ、普段買っている物をお婆ちゃんに頼む。するとお婆ちゃんが品物を渡す時、笑顔で告げた。

 

「心配させてごめんなさいね。りせなら一昨日、帰ってきたのよ。でも少し疲れてるみたいでね。少し寝込んでるから、今日は無理だけど近い内にまた来てくれるとりせも喜ぶだろうね。がんもどき2個、おまけしとくよ。お礼だと思って受け取って頂戴」

 

 そう言ってお婆ちゃんは普段よりも多めにがんもどきの入った袋を零へ渡す。零はその言葉に一度、お婆ちゃん背後に見える開いていた襖へ視線を向けた。恐らくはその奥に寝込むりせの姿があるのだろう。その話を聞けただけでも安心出来たのか、零はお辞儀をして店の外へ出ようと振り返った。……そこに、1人の少年が立っていた。帽子を被っている少年。零はその姿に見覚えがある。以前、完二が学校の前で待ち合わせをしていた相手だ。

 

 少年は零に気付くと、何かを考える様な表情で零を見る。少年の姿に気付いたおばあちゃんはお客さんだと思ったのか、何が欲しいのかを質問。

 

「出来れば久慈川 りせさんと話をしたいのですが」

 

「ごめんなさいね。今りせは寝込んでいてね」

 

「そうですか……」

 

 しかし少年は買い物ではなく、りせと話をしたいと言い出す。りせはアイドルのため、この様に会いたがる人物は決して少なくない。だが零はこの少年がファンとしてりせに会いたいと言った訳では無いと感じる。しかし少年の目的を知ったところで意味は無いため、零はもう一度お婆ちゃんへお辞儀をしてから少年の横を通って店の外に出た。

 

 零は真っ直ぐに神社へと帰る。買った荷物を降ろして冷蔵庫に買った物をしまった後、零は一息をつくためにお茶を淹れようとする。その時、インターホンが家の中に響いた。例え神社でも、しっかり玄関の部分には取り付けられているのだ。

 

 零は入れていたお茶を置き、玄関へ向かう。そして戸を開けば、そこには先程会った少年の姿があった。

 

「突然申し訳ありません。少々お話を宜しいでしょうか?」

 

 少年は出て来た零に話し掛ける。零はそれに最初首を傾げるが、やがて首を了承して境内の中へ入って行った。それを見て少年は一瞬戸惑うも、零の後を追う様に「お邪魔します」と言って中へ入る。

 

 零はお茶を淹れようとしていたため、もう1つ湯飲みを取り出してそこにお茶を淹れてから少年の前へ差し出した。少年は無難に「ありがとうございます」と言い、一口。そして零も自分の分を淹れてから、少年の前に座る。

 

「僕は白鐘 直斗と言います。失礼ですが、名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 自己紹介をした少年……直斗は続けて、零の名前を聞いた。零は頷き、紙に自分の名前を書いて直斗に見せる。その行為に直斗は一度驚くが、特に何も言わずに表情を元に戻してから「先程のお店には頻繁に行かれるのですか?」と質問。零は頷いて肯定した。

 

「お婆さんとの話を少し聞いていたのですが、久慈川 りせさんとは仲が宜しい様ですね? どのような関係ですか?」

 

 更に直斗は質問をする。その表情は『何も見逃さない』とでも言う様に零をジッと見続けていた。だが零は特に気にした様子も見せずに『昔馴染み』と紙に書いて見せる。直斗はその昔馴染みがどういったものかを詳しく質問。零は昔ここに住んでいた事、子供の頃に遊んだ事がある事を紙で答えてからお茶を飲んだ。

 

 直斗は質問が終わると、今居る部屋を見回した始める。どうやら何かを探している様で、首を傾げる零に直斗は「失礼しました」と言って同じ様にお茶を飲んだ。

 

「この家にテレビは置いていないのですか?」

 

 何の意図があるのかは分からないその質問に零は頷いて答えた。すると今までで一番直斗は難しそうな表情を浮かべながら、「そうですか」と言って何かを考え始めてしまう。

 

「どうやら貴女は事件と無関係の様ですね」

 

『事件?』

 

「いえ、こちらの話です。突然お邪魔してすみませんでした。失礼させていただきます」

 

 突然直斗はそう言って立ち上がると、玄関の方へ向かう。零も見送るために玄関までついて行く事に。そして直斗が玄関から出ると、中で見送る零に振り返って「色々とありがとうございました」とお礼を告げてから去って行った。

 

 直斗が見えなくなると、零は時間を確認する。普段通りならば掃除をするのだが、今の会話でその時間を使ってしまった様だ。そのため、零は戻って夕飯の準備を始める事にするのだった。

 

 

 

 

 

 7月10日。昼間。昨晩雨が降った事で町中に霧が出ていたこの日、大変な騒ぎが起こっていた。4月に殺人事件が起きてから何も起こっていなかったこの町で、また殺人事件が起こったのだ。殺されたのは零や悠達の担任である諸岡 金四郎。2件目の被害者が同じ八十神高校の生徒であった事もあり、騒ぎは非常に大きかった。そしてその騒ぎは神社で掃除をしている零の耳にも入る。

 

 丸久豆腐店の前では、悠達がりせと話をしていた。霧のせいか、町は普段に比べて人通りも少ない。最初は聞かれたら不味い会話のため、移動しようと考える悠達。だが思いつく場所と言えば、用事が無ければ人が入って来る事の無い辰姫神社のみ。しかし悠達は零がこの時間、掃除をしているであろうと考えて行くのは止めた。そして結果的に邪魔にならない様、そこで会話をする事になったのだ。

 

 話が終わり、解散する事になった悠達。陽介はとある事情のため、真っ直ぐ帰宅。残った悠はこの後どうしようかと考える。すると、突然雪子が「そうだ」と何かを思いついた様に声を上げた。

 

「姫ちゃん。怖がってないかな?」

 

「姫先輩の事っすから、何時も通りじゃないっすか? ……やべ、腹痛くなってきやがった。俺、トイレ行くっすわ」

 

「ホームランバー、6本も食べっからそうなんのよ。ってあれ? りせちゃんは?」

 

 雪子の言葉に完二が言い、同時に彼のお腹が凄い音を鳴らす。そしてお腹を抱えて苦しそうに走り去る完二を見て、千枝は呆れた表情で突っ込んでから1人足りない事に気付いた。一緒に話をしていたりせが何処にも居なかったのだ。千枝の言葉に雪子と悠は周りを見渡す。しかし周囲にも居らず、Ⅲ人は顔を見合わせた。

 

 何処に行ったのだろうかと話す3人。だがその答えを予想するのは簡単だった。それが分かった途端、雪子は急いでその場所に向かう。向かった先は……辰姫神社だ。

 

「姫先輩、巫女服似合う! もう最高! 結婚して!」

 

 鳥居の向こうには箒を持て地面を掃いている零と、そんな彼女の服装を見て目を輝かせながら褒めるりせの姿があった。恐らく雪子が零の話を出した瞬間、りせはここへ飛んで来たのだろう。笑顔で元気なりせと、無表情で静かな零。間逆の2人が並んでいる様に悠は見えた。

 

 雪子は即座に2人の元へ近寄ると、りせに「勝手に居なくなっちゃ駄目だよ。心配しちゃうから」と注意する。だが何故かその顔は心配と言うよりも怒気に包まれていた。しかしりせはそんな雪子に「大丈夫!」と笑顔で返す、零を見ながら「もう二度と離れないから!」と答えて零の腕に自分の腕を組み始めた。雪子はそれを見て驚いた後、「掃除の邪魔になるから離れたほうが良いよ?」と笑わぬ目をした笑顔で言う。

 

「鳴上君。あれって世間で言う……修羅場?」

 

「ああ。修羅場だ」

 

 そんな光景を少し遠くで見ながら、悠と千枝の言葉に頷いた。同性を取り合う異常な光景。しかしあの中に入る程の勇気を流石に2人は持ち合わせておらず、始終見ているだけであった。その結果、零は掃除の邪魔をされる一方である。

 

「姫先輩、大丈夫? 今日、私泊まろっか?」

 

「何でりせちゃんが姫ちゃんの家に泊まるの?」

 

「だって殺人事件なんて怖い事が起きたんだもん。だから私が姫先輩と一緒に居てあげようかな~って。っね? それなら1人じゃないし安心でしょ?」

 

 りせの言葉を聞いて蟀谷辺りに青筋が1つ出来る雪子。遠くで見ていた悠と千枝には分かる。完全に怒っているのだ。だが雪子は怒ったとしても非常に冷静なタイプだ。青筋を浮かべながらも「りせちゃんが泊まる必要は無いと思うよ?」と告げる。しかしりせは「家もすぐそこだから問題ないし、それに『また』泊まりたいもん」と答えた。その時、言葉に入っていた『また』を雪子は聞き逃さない。

 

「また? どう言う事?」

 

「私、帰って来て最初の日は姫先輩の家に泊まったの。一緒の布団で寝て、家まで相合傘で帰って……」

 

「い、一緒の布団……相合傘……!?」

 

 りせの言葉を聞いて雪子は怒りから一転、余りの内容に放心に近い状態になってしまう。そんな雪子を見て『勝った』とでも言わんばかりの笑顔になったりせは、零に先程の泊まりについてどうするかを聞く。だが零は首を横に振って断った。りせがその理由を聞けば、零が紙に答えを書いて見せる。

 

『もう家に帰れる。問題無い』

 

 零は事件を聞いても特に怖いとは感じていない様で、りせも正論を言われてしまった事で何も言い返せなかった。そして同時に一切見向きもされていないと知り、肩を落とす。その時に零の腕を組んでいた手の力も抜けたため、零は自分の腕を開放してから静かになった2人を放置したまま掃除を再開した。普段と変わらぬ零の側に、放心に近い状態となった2人の姿。悠と千枝は苦笑いした後、零に挨拶をしてから2人を家へ送るのだった。


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