【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 アイドルを泊める

 6月20日。午前。今現在零の居ない神社の前に、1人の少女が立っていた。サングラスを掛け、大きなバッグを持って神社を眺めるその姿はどう見ても疲れており、その瞳はとても悲しげであった。

 

 少女は賽銭箱まで近づいて中を覗いた後、何か驚いた様な顔をして走り出す。向かったのは神社の裏手、境内へ続く扉。そこをしっかり閉まっているが、誰もが見れば分かる。今ここに誰かが住んでいる、と。

 

「嘘……っ! 確かめなきゃ!」

 

 それを見た後、少女は神社を飛び出してその場を走り去った。

 

 

 同時刻。

 

「花村君! 話を聞いてる!? 日本で始めてボーナスが出たのは何時代?」

 

 八十神高校の教室では、先生に名指しで指された陽介が「げっ!」と見るからに焦っていた。慌てて答えを知るために悠へ話し掛けるも、どうやら彼も上の空だった様で首を横に振る。それを見て陽介はどうする事も出来ず、更に焦ってしまった。

 

 答えない陽介に苛々し始めている先生。クラスの視線も集中してしまい、陽介はかなりのピンチとなっていた。そんな時、陽介の机に突然1枚の紙が置かれる。そこには綺麗な字で『明治時代』と書かれており、陽介は咄嗟にそれを口に出した。

 

「め、明治時代です!」

 

「あら、ちゃんと聞いてたのね」

 

 陽介の言葉に先生は嬉しそうに言うと、授業を再開する。それを見て安堵のため息をついた陽介は紙を置いたであろう張本人へ視線を向ける。隣に座る、ノートへペンを走らせている零へ。

 

「ありがとな、助かったぜ」

 

 お礼を言われた零は手を止めて静かに頷くだけで、顔を向けたりはしない。だが悠も今の光景を見ていた様で、零から陽介に視線を移すと彼らの目は合った。そして2人は自然と笑い合う。お互いに感じたのだ。最初に出会った頃と比べ、2ヶ月の間に仲は確実に良くなっていると。

 

 最初は殆ど意思の伝達すらなかった零が、今では答えが分からない時に教えてくれるまでになったのだ。もしかしたらそれは気まぐれかも知れないが、それでも行ってくれるだけで最初に比べれば仲良くなれているのだと実感出来た。

 

 長い授業はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 同日。放課後。零は屋上で本を読んでいた。しかし何時もとは違い、今現在零の両脇には雪子と千枝の姿があった。静かに本を読む零の右では千枝が蕎麦をズルズルと音を立てて啜る。隣では雪子が出来る限り静かに食べており、食べ方もお上品という言葉が非常に似合っていた。

 

 零は特に何も食べずに本を読んでいるが、食べていた雪子が「少し食べる?」と聞けば、零は本から目を離して目の前で用意されている割り箸に挟まれたうどんを見る。それは徐々に近づき、零は口を開ける。そしてうどんは零の口に……入らなかった。

 

「ぶっ! 2人とも何やってんの!?」

 

 千枝は啜っていた麺が噴出しそうになるのをギリギリで抑える。目の前では口を開けてうどんを待っている零と、うどんを用意したまま零の口には入れずに寸止めしている雪子の姿があった。どう見ても餌を前にお預けを食らっている様にしか見えない。

 

 目の前の光景は数秒続く。雪子は笑いを頑張って堪えており、零は無表情をそのままだ。だがやがて雪子は零の口の中へうどんを入れると笑い始めた。それを見て千枝は色々な意味で引いてしまう。が、突然顔を赤くした彼女は蕎麦を箸で挟んで零の前に出した。雪子の真似をしたのだ。

 

「え、えっと……あーん」

 

 千枝の行動に零は特に何も気にせず、その蕎麦を口に含む。対する千枝は今の行動で顔が真っ赤になってしまっていた。そして箸を蕎麦の汁に戻すと、下を向いて黙ってしまう。そんな千枝を見て先程まで笑っていた雪子は何を考えたのか、割り箸でうどんを挟んで今度は千枝に食べさせ様とする。慌てて拒否した千枝だが、笑ったまま止める気配の無い雪子に観念してそれを食べる。

 

「ふふ。ねぇ、今度3人で何か一緒に食べない? こんな感じで」

 

「ゆ、雪子? 言葉の裏に何故か変な目的を感じるんだけど……」

 

 雪子の提案は別におかしなものでは無い。だが先程の行動を見て、その行動の被害者となった千枝は言葉の奥に何か別の目的を感じてしまった。仲良く食べるだけではなく、『食べさせ合う』といった目的を感じてしまったのだ。それ故に若干考えてしまう千枝だが、横で本に思考を戻している零を見て「ま、いっか」と笑って答えた。

 

 数分すると学校のチャイムが鳴り響く。それを聞いて千枝は立ち上がると、「今日も修行するぞー!」と大きな声で言ってガッツポーズを取った。零の知らない『テレビの中』では危険が付き物であり、それを乗り越えるために千枝は開いている日の殆どで『修行』をしていた。雪子はそれを知っているため何も言わずに見ているが、零は分からなかった様で首を傾げる。そしてそれに気づいた雪子が零に誤魔化しながら説明すれば、零は千枝に紙で『頑張れ』とエールを送った。

 

「ありがと。じゃああたし行くね? また明日!」

 

「あ、私もそろそろ手伝いしなくちゃいけないから。また明日ね」

 

 最初に千枝が去り、それについて行く様に雪子が屋上から去る。残された零はその場で少し本を読んだ後、やがて帰る事にしてその場を後にした。

 

 すれ違う人たちは皆、一様に同じ会話をしていた。アイドルの『久慈川 りせ』が一時休業して故郷であるこの町に帰って来るとの事。零は特に気にした様子も無く、やがて商店街へ到着した。

 

 零は買い物をする時に寄っている店の1つ、丸久豆腐店の目の前で足を止める。そこには人だかりが出来ており、入ろうにも入れそうに無い程であった。何を隠そう、この店こそが久慈川 りせの実家なのだ。そのためファン等が一目見ようと集まってしまい、この状況が出来てしまっていた。この日零は買い物をする予定では無かったため、特に問題は無い。だがもしこれが毎日続いてしまえば非常に迷惑だろう。どうやら目的の人物は居ない様で帰っていく者も居るが、中には店の前で待とうとする者も。どうやら周りの迷惑を考えて居ない者の様だ。

 

 目の前を通り過ぎ、鳥居を潜る。もう夕暮れのため、神社に人の姿は殆ど無い。零は神社の裏手に回ると、境内へ入る為に玄関の鍵を開けて扉を開いた。そして中に入ろうとして、突然声を掛けられる。

 

「待って!」

 

 零が振り返ると、そこにはⅠ人の少女が立っていた。

 

 お互いの視線が合う。零は無表情で少女を見続けるが、少女の方は違った。零の姿を捉えた瞬間、ゆっくりと一歩ずつ足を踏み出す。そしてサングラスに隠れた目から1粒の雫が落ち、それが地面に落ちた瞬間、一気に迫った少女に勢いよく抱きつかれて零は尻餅をついてしまう。

 

「また、会えた! ヒグッ、もう会えないって思って……良かったぁ!」

 

 尻餅をついた零に涙を流しながら喋る少女。零はそんな少女をしばらく見つめていたが、泣き続けるその姿を見て静かに頭へ手を置いて撫で始める。それからしばらくの間、少女が落ち着くまで玄関でその状態は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『落ち着いた?』

 

「う、うん。ごめんね? ……どうして紙なの?」

 

 泣き止んだ少女を中へ入れた零は、紙で見せてから首を傾げる。それを見て聞かれているのだと分かった少女は目を少し擦って恥ずかしそうに下を向いた。だがすぐに筆談である事に気付き、零に質問する。しかし零は答えなかった。そして思い出した様に少女は顔を上げると、零をしばらく見つめてから「何で急に居なくなったの!」と怒った様に質問。零はその質問に先程と同じ様に答えず、黙っているだけだった。いくら待っても答えが返ってこない事に少女は少し悲しそうな顔をするが、言わないのでは無く言えないと自分の中で完結させて、その質問は止めにする。

 

「今日、泊まって良い? 家の店、人で一杯だから多分帰ると騒ぎになっちゃって」

 

『裏口、駄目?』

 

「裏で待ってる人も居て、正直難しいと思う。……駄目?」

 

 少女の言葉に零は店の前を思い出す。目の前に居る彼女こそが、アイドルの久慈川 りせなのだ。もしも彼女をあの人だかりへ入れてしまえば、大騒ぎになるのは確実。実は丸久豆腐店の裏側には普通の玄関も存在するのだが、どうやらそこにもファンは居る様で、本格的に群衆が無くならなければ帰るのは難しいのだろう。

 

『連絡、出来る?』

 

「あ、うん。大丈夫」

 

 零の質問にりせは頷くと、携帯を取り出した。そして何処かに電話を掛け始めた。りせの会話に稀に「お婆ちゃん」と出る事から、丸久豆腐店だろう。買い物の時には毎回寄っている零。既にりせの祖母には存在を認識されており、りせが説明すれば驚く事もなく了承した様だ。明日の早朝ならば人も減るだろうと考えたりせはその時間に帰る事を伝えて電話を切る。そして「ね?」と可愛らしく零に言った。

 

「明日の学校に行く時間まで……あ、私。後輩だ」

 

 りせは零に話そうとするが、途中で固まるとその事実に気付いた。りせは近々八十神高校に通う予定なのだが、入る学年は1年生。現在零は2年生のため、りせは後輩となるのだ。学校においての交流を考えたりせは零が自分よりも1つ年上である事に今気付いたため、これから敬語で話さなければいけない事にも気付いた。

 

『気にしない』

 

「でも流石に学校では先輩で呼ぶね? ……じゃ、今から練習って事で! よろしくね、姫先輩!」

 

 りせの言葉に零は頷くと、冷蔵庫へ向かう。そして開けば中には数種類の食材。冷蔵庫は見た感じ中が少なく、近い内に買い物へ行かなくては行けないと零は考える。今日は2人分作るので尚更だろう。

 

 零は食材を持って料理を始める。そしてそれを手伝おうとりせも立ち上がり、2人で料理をする事に。だがりせは料理が余り出来ない様で、途中で普通は入れない物を入れそうになる場面も。何度か注意をされた末、りせは到頭待つ様に指示を出されてしまった。仕方なく零の後姿を見ながら家の中を見回したりせ。やがて彼女は本棚に注目した。

 

「何が置いて……あんまり変わらないな~」

 

 りせは本棚に置かれている本を見て呟いた。目の前には綺麗に整頓され、種類毎に本が立て掛けられている。全部で本棚は4段あり、一番上の部分には難しそうな本が。だがそれはその部分のみで、2段目には右から猫・犬・狐・鳥の4種類の生き物に関する本が並べられていた。そしてその1段下にも同じく動物に関する本が置かれている。

 

「……何だろう。これ」

 

 だが1番下は少し違った。りせはそこに置かれていた本を手に取る。表紙には題名も何も書かれておらず、最初の頁を開くとそこに書かれていたのは長い文。それはアイドルをしているりせだからこそ、分かった。文では無い、『歌詞』だ。次の頁を捲れば違うのが、その次にはまた違うのが書かれている。そして一気に頁を捲っていけば、殆どのページに書かれているのが分かった。やがて最後のページに入る時、りせの足元に何かが落ちる。それは1枚の写真。映っているのは……無表情の子供と笑顔の女性。

 

「この眼、姫先輩? 隣に居るのは……」

 

 りせは子供を見て呟き、女性について考えようとする。だがその時、少し大きな音が鳴ってりせは咄嗟に写真を戻して零を見た。キッチンに立っていた零は左手を見つめており、りせはそれに釣られて零の左手を見る。そして驚いた様子で本を棚に戻し、駆け寄った。どうやら零は包丁で左手の人差し指を切ってしまった様だ。それを確認したりせは焦った様子で治療をする為に行動を開始した。

 

「姫先輩!? ば、絆創膏! 救急箱は何処!」

 

 大慌てするりせの傍で零がまるで動物の様にペロッと舐めると、一度水で洗ってから再び料理を再開する。だがりせはそれで終わらせる気は無いらしく、「勝手に探すよ!」と言って部屋中を物色し始めた。そして救急箱が見つかると、料理を作っていた零の手を強引に止めて治療の後に絆創膏を無理矢理貼り付ける。

 

「もう少し自分を大切にしなきゃ駄目だよ、姫先輩」

 

 りせの言葉に零は黙った後、少し頷いて答える。そしてちょうど出来上がった料理を運び始めた。見ているだけでは不味いとりせも手伝いを始める。……りせは気付かなかった。本を見ていた時、零はその手を止めていた事を。りせが写真を見つけて考え始めた時、零は彼女の気を逸らすために『自分で指に傷をつけた事を』。その目的は果たされ、りせは完全に本と写真について考えるのを止めてしまった。

 

 その後、零の料理が美味しかった様で沢山食べたりせ。しばらくすれば流石にこの町へ戻って来る事やファンの事などで疲れていたのか、りせは眠気に襲われてしまう。そこで零は風呂を沸かし、りせに入る様に促して布団を敷いた。だが零はこの神社に1人で暮らしている。誰かが来た時用の布団は用意していなかったため、出てきたりせには布団を使う様に紙で書いて伝える。

 

「でも姫先輩、明日学校でしょ? ちゃんと休まなくちゃ。……だから、一緒に寝よ?」

 

 りせは風呂上りだからか、それとも別の理由だからか、顔を真っ赤にしながら言う。零はその言葉に少し黙った後、頷いて風呂へ入るためにその場から去って行った。誰も居なくなった部屋で、りせは恥ずかしさを誤魔化す様に顔を枕へ埋める。

 

「あ、姫の匂い……ふふ」

 

 枕も1つしか無かったため、顔を埋めるとその枕に篭っていた零の香りをりせは感じた。甘い様で、それでいて爽やかな匂い。それに安心したかの様に、りせは眠りについてしまう。その後、零は風呂から上がるとりせの入っている布団に自分も体を入れて電気を消す。そして小型の電気スタンドの明かりを付けて本を読み始め、しばらくするとその電気も消して零は眠ろうとする。

 

「ん、姫ぇ~」

 

 だがその瞬間、眠ったままのりせが零の体へ抱きつき始めた。りせとは逆の方向に身体を向けていたため、後ろから抱きしめられる形となった零。そしてりせは背中に顔を擦り付けてもう放さないとばかりに零を抱きしめる。そんな状況でも零は無表情のままため息をつくと、今度こそ眠る為に目を閉じるのだった。


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