【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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序盤
辰姫 零 故郷に帰る


『次は~八十稲羽~八十稲羽~』

 

 電車内にアナウンスが鳴り響く。そしてそれを聞いて座っていた青年が立ち上がった。

 

 彼の名前は鳴上 悠。親の都合によって都会から八十稲羽に住む叔父の家へ1年間お世話になるためにやって来た高校生である。悠は網棚に置いてあった荷物を下ろすため、上へ手を伸ばした。そして荷物を手に少し後ろに下がろうとして、人とぶつかってしまう。

 

「あ、すいません」

 

 急いで後ろに振り向いて謝れば、そこに居たのは自分より背の低い少女だった。水色の長い髪をした少女。どうやらドアに向かって歩いていた様で、悠には右横顔しか見えない。それに急にぶつかったせいで、目は閉じていた。

 

「怪我は無いか?」

 

「……ん」

 

 悠の言葉に少女は小さく頭を下げる。そしてゆっくりと目を開いた。悠はその時、見える様になった真っ赤な瞳にまるで吸い込まれるかの様な錯覚を覚える。が、すぐに我へと返った。少女は既にその場から立ち去り、扉の前に移動している。そしてそれから悠とその少女が話をする事は無く、やがて電車は八十稲羽へと到着する。

 

 電車から降りて周りを見渡せば、そこは家などがある静かな場所であった。今まで都会に住んでいた悠にとって駅前は人の集まる場所。ほぼ無人のこの場は非常に珍しい事であった。

 

 周りを見渡していると声が掛けられる。それは自分がお世話になる叔父であり、悠は自己紹介と同時に従妹である少女を紹介される。これからお世話になるために失礼の無い様に返した悠。そんな悠の真後ろを先程ぶつかった少女が通り掛かった。

 

 少女は無言で前を見ながら歩き続ける。そして途中でバス停を見つけて時間を確認し、そのまましばらく待ち始めた。田舎であるここはバスが一日に数本しか通っていないのだ。

 

 少女がジッとただバス停で待っていると、一台の車が目の前を通過した。それは悠が乗っている車であり、悠は車の中から外の風景を眺めていた。当然、少女がその場に立っていた事にも気づく。だが電車で唯ぶつかっただけであり、行き先も同じだけだった相手だ。良く見かけるな、と思うだけであった。まさか近い内に再会する等、知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 少女はバスを降りる。着いたのは稲羽中央通り商店街。その南側であった。

 

 バスから降りた少女は商店街を歩く。そして北側にたどり着けば、目的地が少女の視界に映った。少女は真っ直ぐにその入り口とも言える【鳥居】を潜る。……そう、そこは神社である。

 

 辰姫神社と呼ばれるその神社には子供が何人か遊んでいた。少女はそんな子供達を少し見た後、迷う事無くその神社の境内へ入った。中は綺麗とまではいかないが、言う程汚くは無い。どうやら定期的に誰かが掃除をしているらしい。少女は持っていた荷物を置くと、中の掃除を始めることにした。

 

 数時間後、既に暗くなってしまった外を気にせずに少女は道具を整理していた。既に掃除は終わり、綺麗になっている境内。だが肝心の家具などは一切無い為、生活するにはかなり不便だろう。少女は持ってきていた小物などを取り敢えず出すと、使いやすい位置に配置する。右腕につけていた腕時計を見れば既に23時。少女は少し考えた後、その日は眠る事にする。夜更かしをすることは出来ない。何故なら少女は明日、この町にある高校へ転入する予定があったのだから。

 

 少女の朝は非常に早かった。眠ったのはあの後、お風呂に入る等を含めて24時頃。起きたのは朝の4時頃である。朝早く起きて何をするかといえば……特に何をする訳でもなかった。ただ綺麗になった縁側の部分に座り込み、まだ暗い空を見続ける。

 

『コン!』

 

「?」

 

 突然頭上から聞こえた鳴き声に少女は上を向いた。屋根の上、そこには人では無い何かの姿。その何かは飛び降りて少女の目の前に着地する。そして少女を観察する様に、静かに目の前で座り込んだ。

 

 対する少女は目の前に居る生き物に驚く様子を見せず、ただジッと見続ける。結果、お互いに見つめ合い続けた。秒、分、時が過ぎていく。が、少女も生き物も一切喋らず、何もしない。しかし突然目の前の生き物が座るのを止めて立ち上がると、屋根の上へ大きくジャンプして居なくなってしまう。そして今度はお爺さんが少女の前に姿を現した。

 

「あんれま! おぉおぉ、久しぶりじゃの。帰って来たんじゃな。お帰り」

 

 お爺さんは少女を見ると最初は驚き、その後嬉しそうに告げる。少女はそんなお爺さんへ静かに頭を下げた。が、お爺さんはそれを見て「これからは汚れなくて住みそうじゃの」と言うと、優しい笑顔を少女に向けた。どうやら神社の中がそこそこ綺麗だったのは目の前のお爺さんが掃除をしてくれていたからだと少女は気付いた。

 

「やや!? そう言えばもう高校生かいの。八十神高校に行くのかい?」

 

 お爺さんの言葉に少女は頷き、横に置いてあった荷物入れから制服を取り出す。それを見てお爺さんは「そうかそうか」と頷くと、その後少し喋ってから去っていった。時間を見れば既に7時。少女は置いてあった制服に着替えると、軽めの朝食を荷物入れの中から取り出した。それは簡単に栄養が取れる食べ物であり、少女はそれを食べるととある事をし、鞄を持って戸締りをしっかりした後に外へ出る。向かう先は八十神高等学校。今日から少女の新しい学校生活が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 少女はこれから歩き続けるであろう通学路を通る。道中には沢山の生徒達が通っており、知り合いを見つけては楽しそうに会話を始めていた。そしてしばらく歩いていると、目の前で苦しんでいる男子生徒と遭遇する。どうやら電柱に自転車でぶつかり、その時に大事な部分を強打した様である。が、少女は当然その苦しみが分からない。……静かにその場を通過した。

 

 学校の目の前にたどり着いた少女は学校を見上げる。これから2年近く通う事になる学校だ。その門を潜り、真っ直ぐに少女は職員室へ向かう。そして中に入ろうとした瞬間、目の前の扉が開いて出っ歯の先生が姿を現した。

 

「ん? 何だ貴様は? まさかもう1人の転入生か?」

 

 非常に高圧的な言葉で話かける先生。少女はその言葉に何も言わず、静かに頭を下げる。それを見て先生はしばらく黙った後、ついて来る様に少女へ告げて歩き始めた。すると、その後ろから青年が出て来る。銀髪で制服の前を開けた青年。その青年は少女を見て驚いた様子を見せる。青年は少女を知っていたのだ。学校で会う以前に見かけている。……青年は少女と電車でぶつかった鳴上 悠であった。

 

 悠は少女に話しかけようとするが、少女は何も言わずに先生の後を追ってしまう。別に無視をしている訳ではない。少女自身、悠の事を一切覚えていなかったのだ。

 

 2人が連れて来られたのは、2-2と書かれた札の付いている教室。2人も転入生が来た場合は違う教室に入れられそうだが、何故か少女と悠の教室は同じ様である。

 

 先生が入ればそれについて行く様に少女と悠も入る。そして先生から紹介をされるのだが、非常に先生の紹介の仕方は酷い物であった。都会から来た悠を落ち武者等と貶したのだ。が、悠は冷静に『誰が落ち武者だ』と返したことで周りの生徒は彼の度胸に驚いた。

 

 次に少女に関して説明が入ると思っていた生徒達。だが先生も余り知らないのか、特に何か特別な事は一切言わなかった。分かったのは少女の名が【辰姫 零】という事のみである。周りの学生同様、余り良い目で見られてはいない様だ。

 

 やがて先生の話が始まる。席を紹介されていない零と悠はその場に立ち尽くしていたが、突然座っていた1人の女子生徒が席について先生に話した事で2人は無事に座る事が出来た。どうやら席は誰かがずれる事で作っている様で、悠はその話をした女子生徒の隣。零は先程苦しんでいた男子生徒の隣であった。男子生徒は苦しみがまだあるのか、机に突っ伏している。

 

 その後、このクラスの担任でもある先生……諸岡 金四郎によって日程を教えられ、下校する時間となるまで零は静かに話を聞いていた。どうやら諸岡は生徒達から余り好かれていない様であり、周りの生徒は非常に残念だといった表情浮かべている。

 

 説明が終わったのか、諸岡は「明日から通常授業が始まるからな」と言って教室から出ようとする。だがその行動は突然流れた放送に止められてしまった。

 

『先生方にお知らせします。只今より、緊急職員会議を行いますので至急、職員室までお戻りください。また全校生徒は各自教室に戻り、絶対に指示があるまで下校しないでください』

 

 諸岡は少し黙った後、全員に教室から出ない様に指示を出してから教室を出て行く。そして少しして窓の外からパトカーのサイレンらしき音が聞こえた事で教室内はざわめいた。しかし零は教科書を鞄にしまい、後は指示が来るまで待つために本を取り出して読み始める。周りなど一切関係無い様だ。そんな零の前方では、天城と呼ばれた女子生徒に話かける男子生徒が居た。

 

「あ、あのさ、天城。ちょっと訊きたい事があるんだけど……天城の旅館にさ、山野アナが泊まってるってマジ?」

 

「悪いけどそう言うの、答えられない」

 

 男子生徒の質問に首を横に振って天城と呼ばれた女子生徒は答える。それを聞いて男子生徒は「だよな」と諦めて去っていった。と同時に女子生徒の後ろに居た者が話し掛ける。零と悠の席について諸岡に話した女子生徒だ。どうやら下校出来ない今の状態に不満を感じている様だ。

 

 すると突然再び放送が入った。内容は学区内で事件が起き、警察官が通学路に導入されるので、出来る限り保護者と連絡を取って欲しいという内容であった。そしてその放送と同時に零は立ち上がる。

 

「あ、ねぇ一緒に……」

 

「……」

 

 立ち上がった零に話をしていた女子生徒が話しかけるも、零は本を読んだまま気付かずに教室を出て行ってしまう。そんな姿を、天城と呼ばれた女子生徒は無言で見つめていた。そんな中、今度はもう1人の転入生である悠を誘う事にしたらしい女子生徒。悠はそれを了承し、一緒に帰る事にする。その時に苦しんでいた男子生徒と一悶着合ったりするが、悠はほぼ見ているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 零は本を読みながら歩き続ける。普通歩きながら本を読むのは危険な行為であり、今現在町には霧が出ているため更に危ない状態である。だが零は読みながらも前方がしっかり確認できている様で、一切危ない事は起きなかった。

 

 しばらく歩いていると、零は人だかりが出来ているのに気が付いた。そこは事件が起きた場所であり、野次馬の話では『早退していた女子生徒が民家のアンテナに引っ掛かる女性の死体を発見した』。との事であった。

 

 零は本から一時目を離してその場を見る。だがまるで興味が無い様に本へ視線を戻すと、再び歩き始めようとする。が、突然低い声で声を掛けられて零は顔を上げた。

 

「お前、八十神高校の生徒か? ここは通すなって言ったんだがな……おい待て、本を読みながら歩くな。今は霧も出ているから危ないしな。分かったな?」

 

 零の前に現れたのは1人の男性だった。無償髭を生やしたその凛々しい顔つきに怯える人も居そうだが、零は顔を上げると特に気にした様子もなく歩こうとする。しかし再び声を掛けられ、本を読まずに歩く様に注意されてしまった。ここに居る事や、先程の言動から察するにこの男性は刑事か何かの職に就いているのだろう。零は軽く頭を下げると、鞄に本をしまって再び男性に頭を軽く下げてからその場を離れる。そして男性に見えないところまで到着すると、再び本を取り出して歩き読みを始めた。どうやら零から本を離すのは難しいらしい。

 

 しばらく歩き続けた零はやがて家でもある神社に到着する。すると境内の前に沢山の箱が沢山置かれている事に気付いた。かなり大きな物から小さい物まで色々あり、それを見て軽くため息をついた零は家の中に入る。その後、1つ1つ箱を家の中に入れ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「? どうかしたの鳴上君?」

 

 悠は突然話し掛けられて顔を上げる。目の前には今日知り合った人物、里中 千枝がおり、その奥で天城 雪子が心配そうに悠の顔を見つめていた。

 

「ああ。今日一緒に転入した辰姫なんだが、実は会った事があるんだ」

 

「知り合いか何か?」

 

 悠は雪子の言葉に「いや、電車ですれ違ったぐらいだ」と答えると、再び考え始める。それを見て雪子は「何かあったの?」と質問した。その質問に悠は頷いてから口を開く。

 

「目の色が違う。横顔で見た時かなり印象に残ってるから間違いない。俺が見たのは『赤』だった」

 

「? でも私達が見た時は両方とも普通に『黒』かったよ? 見間違いじゃない?」

 

 悠の言葉に千枝は首を傾げて答える。そう、学校で出会った零の瞳は真っ黒であった。だが悠は電車の中で見た零の赤い瞳を確かに覚えている。吸い込まれそうとまで思ったくらいだ。だからこそ、その違いに悠は頭を悩ませる。しかし話の途中で事件現場に通りかかってしまい、その後悠達はその疑問を思考の外に出してしまった。

 

「横顔……赤い目……じゃあやっぱり」

 

 だが1人、天城 雪子のみは何かが引っかかるのか考えを止める事は無かった。


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