生徒会変態共!   作:真田蟲

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三十二人目

 

【妹は受験生】

 

「タカ兄ー、面接の練習付き合ってー」

 

津田が自室でくつろいでいる時、妹のコトミがそういって扉から顔を覗かせた。

いつもノックの一つもしろと言っているのだが、この妹はきいた試しがない。

はぁ、と小さくため息をつきつつ、暇だったのも事実なので付き合ってやることにしたのだった。

コトミをベッドに座るように促して、自分は勉強机に備え付けられた椅子に座る。

 

「えーと……我が校に入学したら何がしたいですか?」

 

コトミも桜才学園を受験するので、自分が受験の面接の際に何を聞かれたかを思い出しながら質問する。

うろ覚えではあるが、確か似たようなニュアンスの質問をされたはずだ。

 

「あー、その質問は考えてなかった」

 

「自分がやりたいこと言えばいいんだよ」

 

あまり難しく考えずに、まずは正直に答えてみろと促す。

この妹は自分では上手いこと言葉に表せないだろうから、一度聞いて自分が訂正してやればいい。

そう思っていたのだが……まぁ、彼女は他でもない津田タカトシの妹である。

 

「教師との背徳恋愛?」

 

「真っ先に出るのがそれかぁ」

 

却下で、と否定する。

さもありなん。彼女は津田の妹。

その思考回路も似たり寄ったりの思春期まっしぐらなのである。

 

「じゃあ、兄妹での背徳行為?」

 

「……もう学校関係なくね?」

 

訂正。思春期ではなく変態思考回路だった。

しかも恋愛飛ばして行為だよ、ランクアップしてるよ。

津田は妹の脳を諦めた。

彼は妹相手には割かし冷静にマトモな思考をするのだった。

 

 

 

 

 

 

【志望動機】

 

「桜才学園って人気あるから競争激しいんだー」

 

「そうなの?」

 

「制服も人気の一つだよ。可愛いって評判なの」

 

「へー」

 

そう言われると確かに可愛い気がする。

が、そこらへんは津田は男であることだしあまり女の子ほどよくわからない。

そもそも普段目にしている女生徒たちが制服関係無しに美少女ばかりである。

彼女達のイメージが入ってしまっているのもあるので、どう判断したものか。

自分は単純に家から近かったことと、元女子高という響きが良かったから選んだのだけれど。

女の子はやっぱり可愛い制服というのも重要なポイントなのだろう。

 

「じゃあコトミもそれが目的で?」

 

「私は家が近いから」

 

「さすが俺の妹だぜ」

 

「あっ、でもこういう時って「お兄ちゃんがいるから……」て言えば好感度あがるのかな?」

 

「それを俺に相談してる時点で駄目だと思うぞ」

 

「あー、タカ兄フラグ一つ逃した~」

 

コトミは脱力して兄のベッドに寝転がる。

なんでこう上手くいかないかなー、と口にしつつさりげなく枕に何か細工しようとしていた。

 

「おい、人の枕に勝手に何か入れようとするな」

 

「ちぇー、ばれたかー」

 

彼女の手には、自ら撮影したヌード写真があった。

 

 

 

 

 

 

 

【普通に疑問】

 

「あんたの妹、桜才受けるんだって?」

 

「ああ」

 

次の日の生徒会室。

一年生コンビは二人で書類整理を行っていた。

手を動かしつつ、スズは何気なく浮かんだ事を口にする。

 

「だから俺が今、あいつの勉強見てやってるんだ」

 

「ふーん」

 

傾向と対策についていろいろね、と応える津田。

彼も一年前に勉強した内容ではあるので、実際に受かっている以上教える分には問題ない。

ないのだが……

 

「大丈夫なのそれ?」

 

「あれ?」

 

スズの疑問も間違ってはいない。

津田はちゃんとこの学園に合格して通っているわけだが、成績は上位というわけではない。

何気に一学期の中間試験では学年2位という、スズに次いで好成績を記録していた。

しかしそれも、アリアのご褒美目当ての情熱があってこそ。

1位を取れずに燃え尽きた津田は、それ以降自分のペースに戻ってしまい順調に成績は下降していっている。

このままのペースでいけば二年になる頃には平均どころか赤点ラインを切る科目も出てくるだろう。

妹の家庭教師役という、彼からすればモチベーションのあがるようにも思えないもので上手くいくのか?

仮にモチベーションは問題ないとすると、むしろ津田の性格を考えればそちらのほうが問題ありかもしれない。

妹相手にご褒美的な何かを期待しているわけで……

いや、さすがに実の妹相手にそれはないか?

 

「さすがの俺も妹属性はないよ」

 

スズの思考を呼んだ津田が否定する。

変態の彼も、変態である前に妹に対しては一人のお兄ちゃんなのである。

 

「あっそ」

 

 

 

 

 

 

【提案】

 

「なんなら、休みの日とかでよければ私が教えてあげましょうか?」

 

「え?」

 

突然の彼女からの提案に津田の動きが止まる。

 

「だから、あんたの妹の勉強よ。次の日曜にでも教師役してあげようかって言ってんの」

 

「本当に?」

 

「別に用事があるわけじゃないし、構わないわ」

 

萩村が、俺の妹の教師?

それはつまり、コトミの勉強を見るために俺の家に来るってこと?

当然、そこは流れで「津田の部屋ってどんなの」的な流れもありえるわけで。

 

「美少女が俺の部屋にご来訪キタコレ」

 

あんな妹でも兄の役に立つ時があるとは。

さっそく今夜自室の掃除をしなければとテンションのあがる津田。

 

「なっ、ば、馬鹿言わないでよ! あんたが妹連れて私の家に来るの!!」

 

あんたの家に一人でなんて危なくて行けるわけ無いでしょ、と怒るスズ。

それを聞いて固まる津田。

 

「え?……行ってもいいのか?」

 

「べ、別にいいわよ。あんた一人じゃアレだけど、妹も一緒ならその……この間みたいなことには……ならないだろうし」

 

言葉は次第に尻すぼみになっていき、何を言っているのか聞き取れなくなってくる。

しかし、彼女の頬が徐々に赤みがかってきていることから、以前のことを思い出しているのだとわかる。

津田は以前に一度だけスズの家に行ったことがある。

そのとき、かくかくしこしこで思わず押し倒してしまったのだ。

あの時は萩村母が姿を見せなければ行くところまで行っていたかもしれない。

その後、お互い混乱して焦っていたこともあったので若さゆえの過ちとして互いに忘れることにしたのだった。

そのせいか、どこか津田が萩村家に行くような事態になることを避けていた傾向がある。

だが、他でもないスズが彼女の家を指定しているわけで。

そして今では耳まで真っ赤になっている以上、彼女も忘れると言いつつしっかりとあの時のことを覚えているわけで。

それでも、他でもない彼女自身から妹同伴とはいえOKが出た。

つまり、あんなことがあって尚、彼女は自分を家に招いても構わないと思うほどには好意的に見てくれているわけで。

 

「これは夢じゃなかろうか」

 

ああそうだ、これは夢だ。

こんな都合のいい夢を昼真っから見るなんて、ハハ、俺ってばお茶目さん。

とりあえず津田は眼を覚ますために掃除用ロッカーに頭突きをした。

 

「ちょっ!? 津田!?」

 

「……痛い……夢じゃなかったぁぁあああああああ!!」

 

額から血が流れるのもなんのその。

満面の笑みで、抑えきれないテンションに任せるままに津田は生徒会室を出て走り去った。

 

「ひぃ!?」

 

廊下の先に運悪く偶然(という名の必然)居合わせた風紀委員の五十嵐さん。

男嫌いの彼女は、血をだらだらと流しながら夢じゃなかったと叫ぶ男に恐怖した。

 

「いやああああああああああああああああああああああ!!」

 

「ゆめじゃなかったああああああああああああああああ!!」

 

テンションが高ぶって何も考えられない津田は、とりあえず本能の赴くままに逃げる物体を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

【萩村家リターンズ】

 

というわけでさっそく次の日曜日。

以前来たこともあるので特に道に迷うことも無く到着した津田兄妹。

 

「……着いてしまった」

 

「到着だねー」

 

前回、恥ずかしいところを萩村家の母に見られたこともあり若干緊張気味な津田。

対する妹は緊張感などかけらも感じさせていない。

自分の家よりも立派な家に感心している風だ。

玄関扉の横に備え付けられたインターホンを押そうと指を伸ばした。

 

「~~っ、~~~~~!」

 

「~~~」

 

その時、扉の向こうから何か言い合っているのが聞こえてきた。

扉越しなので何を言っているのかよく聞こえない。

 

「また萩村のお母さんが何かしてるのか?」

 

津田が思い出すのは、以前見たマンボウの死体。

どうやら彼女の母親は死んだフリやコスプレが好きなのか、娘は苦労しているようである。

同じくよく兄の前で死んだフリをしたりよくわからない格好をするコトミとは気が合うかもしれない。

そんな兄の思考を一切考慮しない妹。

コトミは中で誰かが言い争っていようがお構い無しにチャイムを鳴らした。

 

「いらっしゃーい!!」

 

「ちょっとお母さん!?」

 

待ってましたといわんばかりに、チャイムの鳴った直後に開け放たれる萩村家への扉。

そこには勝手に先走る母に慌てる娘と、丈の短いチャイナ服で美脚を晒すキョンシーがいた。

 

 

 

 

 

 

【自己紹介】

 

「お邪魔します」

 

「おじゃましまーす」

 

軽く一礼して扉をくぐる津田兄妹。

もう母の奇行を見られてしまった以上、ため息をつきつつスズはそれを迎え入れた。

 

「ほらコトミ、ちゃんと挨拶しろ」

 

「タカ兄の妹で津田コトミといいます。今日はお世話になります」

 

兄らしく、妹にきちんと挨拶するように促す津田。

彼に言われて姿勢を正したコトミは、お辞儀しつつ簡単に自己紹介する。

津田を迎えに来るスズには何度か家の前で会ったことがあるが、彼女の母親とは初対面である。

その為、もう一度名乗ったのである。

 

「あらあら、これは丁寧に。萩村スズの母親です。津田君はお久しぶりね」

 

「はい。お久しぶりです」

 

津田は前回、娘さんを絶賛押し倒し中のところを見られたので若干気まずかったりする。

だが、萩村母の瞳には剣呑なものは見えなかった。

むしろ自称娘の生徒会仲間にして怪しい関係の男との再会を喜んでいるようにも見える。

 

「もう、そんなに畏まらないで。自分のお母さんと話すようにしてくれていいのよ?」

 

「ちょっと待て」

 

何故にそうなる? と、娘が母の発言に対して待ったをかけた。

普通そういうときに言う社交辞令は「自分の家だと思って寛いで」とかだろうに。

スズの疑問に対し、30代後半とは思えない可愛らしさで首を傾げる母。

首を傾げたことで若干額に貼り付けた御札がはがれかけている。

 

「だって津田君がスズちゃんのお婿さんになったら、私にとっても子供でしょう?」

 

「なんと!」

 

スズは兄とそういう関係だったのか!と驚くコトミ。

それに慌てたのは、実際に怪しい場面を目撃された経験を持つスズだ。

 

「ちょっ!? 私と津田はそんな関係じゃないって何度も言ってるじゃない!!」

 

「もーぅ、恥ずかしがっちゃってー。スズちゃんってばかーわいーい」

 

「かーわいーい」

 

「フン!!」

 

「のぼす!?」

 

萩村母のからかいに乗じて、うかれていた津田は調子に乗ったのかスズをからかってしまった。

憤りの矛先を探していたスズの黄金の右足は、津田のボールを蹴り上げた。

久々の股間への一撃に玄関マットに沈む津田。

しかしそんな一連の行動も、萩村母にはいちゃついている様にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

【私も】

 

「タカ兄とスズ先輩がくっついたら、私とも姉妹になりますねぇ」

 

「あらあらそうねぇ。うふふふふ」

 

「だから、そんなんじゃないって……」

 

「先輩のこと、お姉ちゃんって呼んでいいですか?」

 

倒れこむ津田をよそに、会話の弾む女性陣。

彼との関係を否定しようとするスズだったが、コトミの提案に一瞬言葉が止まる。

なんというか、年上扱いされるのがものすごく新鮮で、耳に心地よい響きだったからだ。

同年代の人間よりもかなり小さい背丈の彼女は、今まで年上扱いされた経験があまりない。

自分よりも年下の者にさえ、子ども扱いされるばかりだ。

「お姉ちゃん」という呼ばれ方はそんな彼女にとってひどく魅力的に聞こえた。

そんな娘の思考などお見通しなのか、慈愛に満ちた目で娘を見る母。

津田との関係を否定したいという思いと、年上扱いされたいという葛藤。

娘が迷っていることを微笑ましく感じているようだ。

 

「ふふ、そうなったらコトミちゃんとも親戚ね」

 

「じゃあ、スズ先輩のお母さんのこともママって呼んでいいですか?」

 

「いいわよ」

 

「……なんでママなの?」

 

仮に、百歩譲って仮に自分が津田とそういう関係だったとしよう。

津田と結婚すれば、彼の妹であるコトミとは義理の姉妹ということになるのはわかる。

そういう意味では萩村家の住人と津田家の住人は親戚関係になるだろう。

だけど、婿の妹が嫁の母親を「ママ」と呼ぶのはあまりないと思うのだが……

そこらへん人間関係としてはどうなのだろう?

自分の母親も構わないと言っていることから、別段おかしなことでもないのか?

 

「だってスズ先輩がタカ兄とセッ○スしたら、将来タカ兄とセッ○スする予定の私とは竿姉妹ってことになりますよね!!」

 

「そうねぇ。そうなったらコトミちゃんも私の娘ね」

 

「いやー、ないないないないない」

 

うわー、こいつ実の兄をそういう目で見てるよー。

ドン引きするスズであった。

 

 

 

 

 

【実際問題どうよ?】

 

「あんたねぇ、津田は一応あんたのお兄さんでしょう?」

 

「そうですよ? ちゃんと同じ穴から生まれてきました」

 

「……そこは普通に血が繋がってるでいいだろうが」

 

勉強を教える前に、この子には他に教えなければならないことがありそうだ。

主に常識とか倫理とか常識とか。あと倫理とか。

 

「実の兄妹でそういうこと言わないの」

 

この国では近親相姦は禁忌とされている。

いや、探せばあるのかもしれないが、この国に限らずほぼ全ての国がそうなのではないだろうか?

 

「大丈夫!! 愛(……という名の欲求)があれば兄妹でも関係ないよ!!」

 

「そうねぇ、愛欲があれば問題ないんじゃないかしら」

 

「まてまてまてまてまってー、特にそこの大人まってー」

 

 

 

 

 

【新事実】

 

「でもスズちゃん、愛というのは障害があるほど燃え上がるものよ?」

 

「ですよねー」

 

萩村母の言葉に同意をしてうんうんと頷くコトミ。

 

「それに妹という立場はやっぱり兄に欲情するものなのよ」

 

「ですよねー」

 

「とりあえずお母さんは全国の妹の立場にある人に謝ったほうがいいと思う」

 

なんだか今日はいつもよりも母親が遠くに感じるスズちゃん。

困ったねー。本当に困ったねー。

 

「大体お母さんにはお兄さんなんていないでしょ?」

 

全くこの人は……何をさも自分もよくわかるみたいな顔をしてとんでもない事を言っているのか。

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「ん?」

 

「私、タダヒトさんのこと昔はお義兄ちゃんって呼んでたのよ?」

 

「……どういうこと?」

 

「私達、順縁婚みたいなものだから」

 

「じゅんえんこん?」

 

知らない単語が飛び出したからか、コトミは目を点にしてボケッとした顔をさらす。

順縁婚とは、妻が死んだ後に夫が妻の姉妹と結婚することをいう。

もしくは一夫多妻の場合、第二婦人に妻の姉妹を娶ったりすること。

ソロレート婚ともいうよ。詳しくない人はぐぐってみてね!

津田が夢の中で説明している間に、スズは母親の言葉に突っ込みを入れる。

だんだん頭が痛くなってきたのか彼女はこめかみをひくつかせていた。

 

「……伯母さん普通に生きてるんだけど」

 

今年の正月にも顔を合わせている。

無駄に頭をなでられながらお年玉をくれた覚えがある。

 

「みたいなって言ったでしょー。タダヒトさん最初は姉さんと結婚してたのよ」

 

「初耳なんだが」

 

「昔から兄妹での禁断の関係に興味津々だったんだけど、私にはお兄ちゃんっていなかったしねー。

 そんな時、姉さんがお義兄ちゃんと結婚したのよ。ね?」

 

何が「ね?」なのか。

理由が解ったでしょ的な顔をされても対応に困る。

 

「私的には絶好の機会!」

 

「ひゃー、ママってばやるぅ!」

 

だから、そんな昔を思い出してきらきらされても困る。

しかも外聞的にも相当アレな話でそんな顔されても本当に困る。

今度あった時は、妹に夫を取られたのにその娘に優しく接する器の広い伯母に優しくしようと考えるスズだった。

まぁ単に器が広いというより、彼女の伯母は当時寝取られに興味があっただけなのだが。

そんな事実は知らない。だーれもしーらなーい。

 

 

 

 

 

【コトミ育成方】

 

このままでは一向に目的の勉強会ができない。

そう判断したスズはコトミをつれて自室に向かった。

津田? 母親と二人っきりにさせたら何を吹き込まれるかわかったものじゃない。

精神衛生上非常によろしくない事態が想像できたので、無理矢理たたき起こしてつれてきている。

 

「……とゆーわけで臨時家庭教師、改めてよろしくお願いします」

 

「うん」

 

「ちなみに私は褒められると伸びます」

 

だから思う存分褒めてくれといった顔をするコトミ。

しかし正直、今までの言動を見ていて褒めるべきところが何一つ見当たらない。

 

「そして罵倒されると興奮します」

 

「どっちもしない」

 

「(ボケに)突っ込まれることに快感を覚えます。女ですから!!」

 

「そう、じゃあ突っ込まないわ」

 

「……そして冷静に流されるのも興奮します」

 

「…………」

 

スズ先輩のスルースキル、背中がゾクゾクするぅ~とプルプル震えて恍惚の表情をしているコトミ。

 

「……あんたの妹面倒くさいわね」

 

「なんかごめん」

 

 

 

 

 

 

 

【年上なお姉さん】

 

結構本気で、津田の妹の臨時家庭教師を請け負ったことを後悔し始めているスズ。

しかし自分から持ちかけたことだし、言い出した以上は責任を持って勉強を教える。

それが我らが生徒会会計、萩村スズである。

 

「―――で、これがこうなるの」

 

「ほー」

 

勉強を開始すると、先ほどまでは変態全開の話ばかりしていたコトミもちゃんと真面目に教わっている。

それはコトミが真面目なのではなく、ひとえにスズの教え方のタマモノなのだが。

問題が解らないことから来る思考停止をさせず、常に考えることをさせている。

コトミの問題を解く様子を観察し、何に躓いているのかを理解しているのだ。

 

「教え方上手いよねー」

 

「だろ? わかりやすいよな」

 

コトミのつぶやきに、以前自分もスズに勉強を見てもらっていた津田は同意する。

あの時はシノ、アリアを含めた三人にそれぞれの教科を教わったが、スズの指導が一番わかりやすかった。

 

「そ?」

 

「ここも教えて、スズお姉ちゃん!」

 

褒められて悪い気はしない。

しかし何より、この「スズお姉ちゃん」という呼ばれ方。

なんだか頬がにやけてくる。

さっきまでは引き受けたことを後悔していたが、今はちょっとだけ良かったと思えるスズであった。

 

 

 

 

 

 

【差し入れ】

 

「みんな差し入れだよー」

 

しばらくして、萩村母が差し入れをもって部屋を訪れた。

それまでずっと勉強をしていたので、ちょうど良いと休憩を挟むことにする。

 

「はいどーぞ」

 

「ありがとーございますー」

 

「わー」

 

「ありがと」

 

教科書とノートを片付けた机の上に、三人分のおにぎりとそれぞれの椀にわけられた豚汁が置かれる。

おいしそうに湯気をたてる作り立ての料理に、歓声をあげる津田兄妹。

 

「勉強するとお腹すくもんねー」

 

そういって、三人の前にそれぞれ飲み物も置いていく。

スズの前には愛用のピンクのマグカップ。

コトミの前には黄色のマグカップ。

津田の前にはビンビンマラと書かれた栄養ドリンク。

 

「いや、おかしいおかしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

【かくし味】

 

「いただきまーす」

 

「はいどーぞ」

 

おにぎりを手に取り、一口かじってみる。

ホカホカの白米が、海苔と塩で甘味を引き立たせられている。

素朴で温まる味だ。

 

「おいしい」

 

「おふくろの味だねー」

 

「よかった。母乳が効いてるのね」

 

「……うぇ?」

 

津田兄妹に続いておにぎりを口にしようとしていたスズの動きが止まる。

いやー、さすがに冗談だろう。

そう思い直して口にすると、いつもと同じ、母が作ったおにぎりの味がした。

 

「わー、この豚汁もおいしー」

 

「胃の中から温まりますね」

 

「本当?おしっこが効いてるのね」

 

「…………」

 

冗談……だよね?

なんで津田兄妹は全く食欲が減退している様子がないのだろう。

冗談とわかっているからか?

むしろコトミにいたっては、先ほどよりも食べるペースが速くなっているような……

 

 

 


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