【目につく】
秋に入り、涼しくなり始めて夏が過ぎ去った事を実感させ始めたころ。
桜才学園は一大イベントの一つであり文化祭を間近に控えていた。
「来週はいよいよ文化祭だな」
生徒会室では、シノとアリアが一週間後に迫った文化祭について談笑していた。
このころになると、学園全体が当日に向けて慌ただしい動きを見せている。
文化祭とは本番当日だけではなく、それまでの過程を共に楽しむのも醍醐味の一つだ。
イベント事の好きなシノは、周囲の楽しげな空気に感化されてどこか嬉しそうである。
「秋の一大イベントだから胸が躍るねー」
シノの言葉に同意するようにして、楽しげに微笑むアリア。
子供のようにわくわくとして体を揺らすので、彼女の豊満な胸が言葉通り踊っていた。
「おどらすな!!」
「!?」
自分にはない母性の大きさに、つい理不尽に怒るシノ。
だが仕方がない。
彼女にとっては、嫌でも目につくほどの大きさの友人の有する母性の塊。
それが自分の胸にないことこそが理不尽なのだから。
【目につく?】
時間が経過した生徒会室。
先ほどの二人に津田を加えたメンツが、部屋の中で休憩していた。
「しっかし、文化祭まであと一週間ですか……」
「ああ、楽しみだな」
「秋の一大イベントだもんね」
津田の呟きにシノとアリアが反応する。
そういえばさっきも同じ内容の会話したなぁ、とか考えつつ彼の言葉に相槌を打った。
先ほどは言葉通りに胸を躍らせてしまい、アリアがシノに怒られたのであった。
それを思い出しつつ、なんとなく津田の股間に目をやるアリア。
「津田君も楽しみで股間が膨らんでるね!」
「膨らんでるのか!?」
「いやー、楽しみというよりも……疲れ?」
楽しみという感情半分。
貴重な男手ということで最近あっちこっちと引っ張り出されて疲れているのが半分。
要するに、疲れマ○であった。
【練習台】
次の日の生徒会室。
休憩中の津田にアリアがとある提案をしていた。
「演劇部の先輩から文化祭の劇、手伝うように頼まれちゃって……」
今回の文化祭での演劇の台本を持って少し困った表情をするアリア。
「練習につきあってくれないかなぁ?」
「いいですよ」
困った顔をしている女性の頼みごとを特に断る理由もない。
津田は深く考えることもなく、練習の相手を引き受けた。
特に相手との掛け合いのあるシーンであれば、一人で練習しても雰囲気もでないだろう。
津田が了承してくれたことに、彼女は嬉しそうな表情をする。
「ありがとうー、じゃあ、さっそくこの『メイドと犬が戯れるシーン』を……」
「……一応確認しますけど……どっちがどっち?」
「私がメイドで、津田君が犬だよ?」
「Yes!!」
思わずガッツポーズをする津田。
お嬢様であるアリア扮する巨乳メイド。
そして、彼女と戯れる犬である自分。
一粒で二度美味しい背徳的なこのシチュエーション。
役得以外のなにものでもない。
【わんわんプレイ】
生徒会室に風紀委員会の書類を届けにきた五十嵐カエデ。
文化祭に向けて浮足立っている今のような時期だからこそ、風紀委員たるもの学園内に目を光らせていなければならない。
当日の警備のローテーションの確認や、出し物に風紀に反するものがないかの定期的な確認。
やることはいくらでもある。
さっさと提出してしまって次の仕事にかかろう。
そう思って生徒会室の前に立ったまでは良かった。
「わん!!」
「……っ!?」
だが、問題はノックしようとした扉の向こう。
そこから彼女の苦手としている男子の声が聞こえてきたことだ。
生徒会室にいる男子など、考えられるのは一人しかいない……津田タカトシである。
男性恐怖症の五十嵐は、学園内の男子の中でもとりわけ彼が苦手であった。
初対面の時は、無理にでも視界に入ろうと変態的な動きでこちらの恐怖心をあおった。
体育祭の時のリレーでは、コースを外れて逃げだした自分をどこまでも追いかけてきた。
色々あって彼女にとって津田タカトシは天敵以外の何物でもなかった。
直接顔をあわしてすらいないのに、扉の向こうに奴がいると実感しただけで動けない。
心臓が早鐘を打ち、どうくどくどくどくと鼓動の音が耳に聞こえるような気がした。
「おて」
「わん! わん!」
「うふふ、上手ね~」
「わんわん!! わんわん!!」
「ちんちん」
「へっへっへっへっへっへっへ………」
さらに部屋の中には生徒会書記の七条アリアもいるらしい。
二人で何か変態的なことをやっているのか。
この目で見ているわけではないので確かではない。
だが、どう考えても津田の方の息使いは変態的に聞こえた。
そしてアリアの声も何故か嬉しそうである。
潔癖症の彼女からしてみれば、生徒会役員がアブノーマルなことをしているとしか思えなかった。
(どうしよう……ここは風紀委員として現場をおさえて説教するべきなのかしら?)
でも正直あの空間に入っていくのが怖い。
これはあれだ、きっと演劇か何かの練習かなんかだ。
普通、犬になりきったプレイなど、しかも生徒会室なんて場所でするはずがない。
いくらあの男が変態的でもさすがにないわよね。
まぁでも、劇の練習中に邪魔するのも悪いし出直そうかしら?
だって文化祭まで日もないし、劇の練習の邪魔しちゃ……
「あら、ここがいいの?」
劇の練習の邪魔しちゃ……
「くぅ~ん、くぅ~ん」
劇の……
「うふふ、くすぐったいわ。
あん、駄目、そんなに舐めちゃ……ひゃん!?」
練習……
「…………不潔よぉおおおおお!!」
劇の練習と思い込むこともできず、かといって不純異性交遊の現場に踏み行って止める度胸もない。
そんな自分に涙しつつ、叫びながら走りさる五十嵐であった。
【わんわんプレイ楽しいなあああああ!!】
「わん!!」
別の場所で一仕事終えたシノ。
彼女が生徒会室の前まで戻ってきたその時、部屋の中から津田らしき者の声が聞こえてきた。
(……津田?)
室内から聞こえてきたのは確かに津田の声だった。
だが、何故に「わん」なのだろうか?
犬の真似でもして遊んでいるのか。
ここ最近、生徒会以外でも男手として引っ張りだこの津田。
シノは彼が疲れから一人で変な遊びでもしているのかと思った。
だが……
「お手」
「わん! わん!」
「うふふ、上手ね~」
「わんわん!! わんわん!!」
室内から聞こえてきたのはアリアの声。
どうやら津田と一緒になりきりプレイをしているらしい。
語尾にハートマークでも付きそうな親友の声と犬真似をする後輩の声。
ドアノブにかけていた手の動きが止まり、シノは完全に部屋に入るタイミングを逸してしまっていた。
「ちんちん」
「へっへっへっへっへっへっへ…………」
「お~、よくできました。
いいこいいこね~」
「わん!」
「あら、ここがいいの?」
「くぅ~ん、くぅ~ん」
「うふふ、くすぐったいわ。
あん、駄目、そんなに舐めちゃ……ひゃん!?」
「…………」
中から聞こえてくるアブノーマルな内容を彷彿とさせる声に、さすがにドン引きするシノであった。
【ささいな問題】
さらに次の日。
再び合間を縫って劇の練習中の津田とアリア。
「失礼します」
そこに現れたのは、七条家専属メイドの出島さんであった。
前にアリアの家で会った時と同じく、落ちついたデザインのメイド服に身を包んでいる。
外見だけを見れば知的な雰囲気を醸し出すクールな美人である。
「演劇で使いたいというメイド服お届けに参りました」
「御苦労様」
今回、彼女がわざわざ学園にまで足を運んだのは、アリアがメイド服を所望したからだ。
しかし出島さんは手ぶらで来ており、メイド服は現在彼女が着ているもの以外見当たらない。
「いや、でも出島さん着てきちゃってますよ?」
そのことを指摘する津田。
「御心配なく、全裸で帰りますから」
無表情のまま何てことはないように言い切る出島さん。
出島さんは外見は知的美女でも、中身はアレな人であった。
しかし、さすがに女性を全裸で帰すわけにはいかない。
「仕方ありませんね……出島さん、よかったらこれ使ってください」
「これは……なるほど、紳士の嗜みということですか」
制服のブレザーのポケットから津田が取り出したもの。
それは紺色のブルマと、名前のまだ書かれていない体操服の上着であった。
名札の位置にマジックで「でじま」と書きこんで彼女に手渡す。
「ではありがたく使わせていただきましょう」
「うふふ、よかったね出島さん」
【言葉の現実】
文化祭を明日に控えた桜才学園。
その廊下を歩きつつ、明日に向けて準備する生徒を見て回る生徒会役員共。
「にわかに活気づいてきたわね」
「文化祭明日だからなー」
スズの言うとおり今日は今までで一番と周囲が活気づいている。
どこもかしこもわいわいがやがやと、まるで一日早く祭りが来たような錯覚を覚える。
それもそのはず。
今年の文化祭は共学化して初めての文化祭だ。
例年よりもどこも力を入れており、前日になった今でもてんやわんやしている。
今年は男手がいるということで、今までよりも屋台から何まで気合いが入っているものが多い。
デザインに気合いを入れればその分時間を食うのは当たり前。
要するに、時間に追われて焦っているものが大半だということだ。
だがそれ以上に、明日が待遠しいせいで余計に浮足立っているともいえる。
「みんな期待に胸をふくらませているのだろう」
「ふくらむねー」
シノの言葉に、彼女の隣に並び立つアリアが相槌を打つ。
(津田君の場合は股間が、だけどね~)
そんなことを考えつつ、アリアの視線は若干いつもよりもっこりしている津田のズボンに向かっていた。
だが、そんなことはシノの知ったことではない。
彼女にとって重要なことは、アリアの期待とともに膨らんだように見えた胸であった。
隣に並び立つせいで、自分と彼女の戦闘力の差が際立って見える。
「膨らむわけがない―――――!!」
つらい現実の壁に、涙を流して走りさる生徒会長であった。