【クリーンな体】
体育祭のシーズン真っ盛りな秋。
桜才学園も例にもれず、本日は体育祭の日である。
気持のよい晴空が広がる校庭で、生徒たちが整列し開会式を行っていた。
「選手宣誓!!
我々は、スポーツマンシップをのっとり……“に”のっとり、正々堂々と戦うことを誓います!!」
舞台の上では、マイクに向かってシノが選手宣誓を行っていた。
他の役員共は舞台の下で一列に並んで大人しくしていた。
大人しくしつつ、ふと疑問に思ったことを隣の津田に小さな声で質問するアリア。
「正々堂々じゃないスポーツマンシップってなんだろ?」
「ドーピングとかじゃないですかね?」
「確かに、Hな気分でスポーツするのは不純だもんね」
「勃起してたらこすれちゃって競技に集中できませんしね」
「私も乳首こすれちゃってたらスポーツどころじゃないわ」
「セックスをスポーツと見做すならそれもありでしょうけどね」
「そうね、でもセックスをスポーツというのはちょっとどうかと思うけどね?」
「ですよね」
「……その前に、開会式中にそういう話をするのはどうかと思うんだけど」
小声で話しているために他の人間には聞かれていなくても、アリアの隣にいるスズにはばっちり聞こえているのであった。
舞台の上でのシノの選手宣誓は、誰も真面目に聞いていなかった。
【空耳合図】
種目が順調に進み、盛り上がってきた体育祭。
次の種目は50Mの徒競争だ。
生徒会長であるシノも出場するということもあり、あちこちから歓声があがっている。
その中には女子生徒たちの黄色い声援が多く含まれており、いかに彼女が一般生徒に慕われているかが窺えた。
「よーい……」
ピストルを構えた女子生徒が、その手を上に構えてスタートの準備態勢に入る。
それを見たシノを含む参加者が、各自スタートラインに陣取って構えた。
次の瞬間、パァン!!……と渇いた音が鳴り響いた。
その音を合図に一斉に一歩目を踏み出そうとする走者たち。
「あのっ!?……私まだ鳴らしてないんだけど……」
「「「「「え?」」」」」
走り出し始めていた女子たちは、その言葉にたたらを踏んだ。
ピストルを持っていた女子生徒は、たしかにまだ引き金を引いていない。
では、先ほどの音はなんだったというのか。
その正体は、ある人物の自己申告によりすぐにわかった。
「いやぁ、ごめんごめん」
「横島先生……それに津田?」
トラックのそばで横島先生があるものを手に持って立っていた。
その傍では何故か津田が尻を押えてうずくまりつつ恍惚の表情を浮かべている。
「私がスパンキングの練習をしてたのよ。
そしたらなんかさー、誰かの尻を叩きたくなっちゃって……」
「二人ともつまみだす」
【状況考えろ】
玉入れの競技中。
現在は一年生の部で、生徒会メンバーである津田やスズも出場していた。
出場者は、一心不乱に自軍のかごに玉を投げ入れていく。
津田もなかなかに頑張っており、今もまた一つかごに入れることに成功した。
次の玉を拾おうと、地面に散らばる白い玉に手を伸ばす。
「あ」
津田が玉に手を触れたのと同じタイミングで、別の人物の手が彼の手に触れた。
丁度、クラスメートの三葉も同じ玉を拾おうとしたらしく偶然触れてしまったのだ。
その小さなアクシデントに、頬を若干赤く染めて手を引っ込める三葉。
「あ……ごめんタカトシ君」
「あ、いや。別に謝らなくても」
その光景を、別のクラスであるスズは呆れた目で見ていた。
全く、競技の最中に何をやっているのか。
まぁ、今のうちにこちらが多く投げ入れることができるので好都合。
彼女は頑張って高い所にある籠に玉を投げるのであった。
しかし低身長である彼女には位置が高すぎるのか、上手く入らない。
「ちっ……」
いらいらして小さく舌うちするのだった。
【だから状況を考えろ】
いまだ玉入れの最中。
制限時間の3分は半ばを切り、残すところ1分弱となっていた。
「きゃ!?」
「おっと……」
大人数が動きまわる籠の下、三葉が足もとに落ちてきた玉を踏んで足を滑らせた。
体勢を崩しこけるかと思われたが、ちょうど近くにいた津田の胸に飛び込む形となり助かった。
特に強い衝撃でもなかったので、危なげなく受け止める津田。
「わわわ!?……ごめんタカトシ君!」
「大丈夫か?」
「う、うん!! だいじょうびゅ!!」
先ほど以上に真っ赤になってうろたえる三葉。
思わず舌を噛んでしまったのを、クラスメートである友人の女子達がにやにやと眺めていた。
津田は思わぬ役得の状態に何食わぬ顔をしつつ、自分の胸に当たっている彼女の胸の柔らかさを堪能している。
もはや白組のほとんどのメンバーが、真面目に競技をしていなかった。
「あいつら本当に何やってんだ」
馬鹿どもは放っておくに限る。
今のうちに差を広げようと思うが、スズの投球した玉はなかなかうまく入らない。
先ほどから20近く投げているのに、入ったのは未だ3つだけだ。
まるで自分がちびだと籠に馬鹿にされているようで、さらに彼女はいらいらとするのだった。
絶対にそれが原因だ。
他にイライラする原因など、ないったらない。
だから自分を馬鹿にしているように見える籠めがけて、スズは力いっぱい投げつけるのだった。
【考えろよこのド阿呆が!】
残り時間30秒となった玉入れ。
立ち直った津田と三葉を含む白組も、玉を投げる作業を再開する。
しかし、そのうちの何人かは競技よりももっと面白いことを見つけたらしい。
もはや彼女たち(主に三葉の友人)には玉入れを真面目にする気は毛頭なかった。
「あっ、つだくんごめーん」
「うおわ!?」
乱戦に紛れるようにして、女子生徒が津田の背中を思い切り蹴飛ばした。
そのセリフが明らかに棒読みなところを見るに、絶対にわざとである。
予想外の攻撃に前につんのめる津田。
その蹴飛ばされた方向には三葉がいた。
「ひゃあ!?」
自然、思わぬアクシデントに二人とも上手く体勢を留めることができない。
丁度津田が三葉を押し倒す形で地面に倒れた。
「いつつ……ごめん三葉」
「あわ、わわわわわわわわ……」
自分の顔から数センチという所に津田の顔がある。
もはや訳がわからずに茹でダコ状態で混乱している三葉であった。
その様子をにやにやと笑う女子のクラスメート達。
しかし、この現状が楽しいのは彼女たちだけであった。
「「「「「いい加減にしろ!!」」」」」
「ぶぉ!?」
四方八方から津田に物が襲いかかった。
投げられた玉は白も赤も混ざっていることから、敵味方から攻撃されたようである。
さらに空き缶やペットボトル、はてはパイプ椅子が津田に投げられる。
津田の下にいた三葉は、盾のおかげで無傷であった。
良い感じに後頭部に空き缶が直撃して、一瞬眩暈が津田を襲う。
「いい加減に離れろ変態!」
その彼に、スズの股間蹴りがさらに襲いかかり弾き飛ばされた。
もはや玉入れを真面目にしているものは、誰ひとりいないのであった。
そして今回は何も落ち度がないのにスズに怒られた津田。
しかしその表情はどこか満ち足りていた。
【借りだされる男①】
競技が進んで現在は借り物競走。
この競技には生徒会の女子メンバーは全員参加しているのだった。
現在は第一走者であり、スズが出ている。
彼女はお題を確認すると、見物していた津田のところに向かった。
「津田、ちょっと一緒に来てくれる?」
「俺?」
別に断る理由もない彼はその言葉に、彼女のあとをホイホイついていく。
他の参加者は未だお題の品を探しているらしく、走らずとも十分余裕で一着がとれそうだ。
「なんて書いてあったの?」
「目標にしてる人」
「え……」
その内容に驚く津田。
まさか自分が彼女からそのように見られているとは思ってもいなかった。
だが、その内容は別に津田でなくとも通用するものである。
「あんた、この前自販機のあんこ茶買ってたでしょ?
あれ自力で買うのが私の夢なの」
「そんな、言ってくれればいつでも土台になるのに……」
「あんたみたいな馬鹿がいるから、余計に自分で買いたいのよ」
【借りだされる男②】
第四走者になり、今回はアリアが参加している。
お題の内容を確認すると、彼女は周囲をぐるぐると見回した。
そこで丁度津田を見つけ、彼に駆け寄る。
彼女もスズと同様に津田を連れていく気のようだ。
「津田君、一緒に来てくれるー?」
「いいですよ」
再びホイホイとついていく津田。
こんどはなんという内容なのだろうと気になった。
「内容はなんだったんです?」
「これ、ペットとしている動物」
うふふ、と楽しそうに笑うアリア。
成程、確かに普通の動物を探したところで校庭にいるわけもない。
一般客がペットを連れてくるわけもない。
お題としては、見つけられないはずれくじだろう。
だが、男をペットとしている女性は世の中に存在するし問題はないはず。
よく考えたものだと感心した。
「はい、それでは紙を見せてください」
「はい」
ゴールにいた審査員にアリアが紙を渡す。
こうやって、題目にあった品かどうかを確認しているのだ。
アリアに紙を渡された生徒はお題と、連れてこられた津田を見て顔をひきつらせる。
「あの……ペットって……さすがに人間はちょっとないんじゃ」
「えー? そんなことないわよ」
明らかに疑われている、というか表情からしてドン引きしている審査員の生徒。
「大丈夫、男がペットな場合もありますよ。ほら」
津田は、アリアを弁護するためにズボンの中からある物を取り出した。
それは鎖の付いた革製の首輪。
自身の首に首輪を装着すると、彼は鎖の先をアリアに持たせた。
「先輩、失礼します」
そう言って、その状態でアリアをお姫様だっこする。
「これでもまだペットとして認められませんか!?」
「……もうOKでいいです」
これ以上関わりたくなかった審査員は、投げやりに是を出すのだった。
【借り出される男③】
最終走者になり、今度はシノがスタートラインに立っている。
ピストルの音とともに走り出す競技者たち。
一斉に手に取った紙の内容を確認している。
閃いて走りだすもの、その場でお題の難しさに硬直しているもの様々だ。
シノは、お題を確認すると若干頬を染めながら津田のところに駆け寄ってきた。
「つ、津田……一緒に来てくれないか?」
「俺ですか?……いいですけど、生徒会メンバーコンプですね」
先の二人の時同様、ホイホイついていく津田。
また連れてこられた津田に、審査員の顔が引きつる。
シノに手渡された紙の内容を確認し、津田の顔を見て、また内容を確認し、津田の顔をまた見た。
審査員の顔がみるみる赤くなっていく。
「お、OKで……」
こうして見事一位通過するのであった。
「結局、なんて内容だったんですか?」
「う……」
スズやアリアと違い、何故か素直に答えてくれないシノ。
その様子に首をかしげつつ、まぁ、無理に聞く必要もないと判断した。
「まぁ、話したくなければ別に構いませんが」
「じゃ、じゃあ教えない」
彼女はどこか先ほどよりも顔を赤くしつつ、この話は終わりだと打ち切った。
ちなみに、津田は結局最後までこのお題を知ることはなかった。
本人の知らぬところで、他人にどう思われたかは定かではない。
おまけ
ちなみにシノの借り物競走のお題は『太くて長いもの』
お題を考えた生徒が悪ふざけで入れたものの一つであった。